神田森莉②『美々子、神サマになります!!』('96、日)
(承前)
デパート屋上の監視カメラには、異常行動を続けるおやじと二十代の好青年の姿が映し出されている。
二名の足元には既に死体と化した中年女性が横たわり、周囲は飛び散った鮮血で真っ赤だ。テーブルの間を行き来するウェイターも含め、かなりの人数が視界には見えているのだが、誰もまだ殺人行為が行われた事実には気づいていない。
だが、職務に忠実な監視要員は厳格な保守マニュアルの手続きに従い、それぞれ配色の異なるボタンふたつを同時に押した。
官警への通報、並びに上司への報告を同時に行ったのである。
彼は、通り魔的な犯行だろうか、などと適当なことを考えていたが、もし監視カメラ以外に高性能な指方向性マイクでも備え付けてあれば、二名の殺人者たちが以下のような会話を交わしていたのが聞き取れた筈である・・・・・・・。
「推定だが、私のチェックした範囲では、『美々子、神サマになります!!』が神田先生の一番長いホラー作品のようだ。
というワケで、この作品は重要なのだ。」
おやじが半分酔っ払った口調で続ける。
「読めば一発で理解できるだろうが、これはかのオウム事件をより下らなく、一層極悪に描き直したものだ。
あれが酷い事件だったことは衆目の一致を見ると思うが、どっかのバカがまたしても“事件がフィクションを越えてしまった!”などと責任放棄の戯言を抜かしたため、
親切な神田先生が一念発起、虚構の真の恐ろしさを改めて諸君に知らしめるべく、熱筆を奮ったのが『美々子』なのだ。」
「ボク、これ興味津々なんですが、残念ですが、未読です。」
食べ跡と血糊で口元を汚したスズキくんが、問いかける。
「どんなお話なんですか?」
「かいつまんで話そう。
美々子はごく普通の女子高生。ある日、クラスメートに誘われ怪しげな降霊儀式に立ち会うことになる。これが悪質な勧誘の手口で、同級生は実はサクラだった。
UFOインター教は、常にこうして信者の数を増やしていたのだ。
この辺は、別段オウムに特化した手法ではないわな。宗教団体なら、多かれ少なかれ必ずやっている行為、いわばセックスだ。
賢明にも危険な自分の立場を素早く見抜く美々子だったが、勧誘の場に居たイケメンに一目惚れしてしまう。
神田先生の登場人物たちの行動の規範が、常に、狂った愛だ、というのはもう説明したっけね?
彼等は愛に生き、愛に死んでいくのだ。
少女マンガに限らず、古典的なロマンだね。素敵だ。
ともかく、それを切っ掛けに美々子は教団に入信してしまい、連れ戻しに来た家族と争ったり、自宅に軟禁されたり、結構ベタに「マインドコントロール」をめぐるドタバタが続く感じ。
この時点では、まだ現実に即した常識的な展開で、宗教に目覚めた少女が、日常に紛れ込んだ異常者の如く描かれていて、わりとおとなしい。
神田先生の凶悪さが真価を発揮し始めるのは、この教団のボスが、手足のないダルマ人間だと判明した辺りからだ。
彼の元でハードな修行を積む美々子は、修行中、完全に発狂!座禅を組んでぴょんぴょん跳ね周り、泡を吹いて失神!
それを高みで見ながら哄笑する、極悪教祖!
そして彼に心酔する信徒達は、少しでも彼に近づこうと、競って手足を斬り落とし始める!
教団科学班は、危険な薬物を製造し、迫害する国家権力に対し、抗争の姿勢を露にする!
同時に、教祖に逆らったバカ女の首と、インコの首を挿げ替え、怪奇インコ女が誕生!両腕は短い羽根!飛べません!バタバタバタ!キーキー!うるさいだけ!
まったくもって、余計な科学力!
そんなところへ坂本弁護士事件を彷彿とさせるような、悪逆な拉致監禁、殺害事件が発生!かわいい男の子も、無惨に虐殺!官警は強制捜査に乗り出し、上九一色村によく似た教団本部へ一斉突入!
そんな大混乱の中、ダルマの教祖が裏切り者の手により、突如暗殺される!
美々子が恋したイケメンは、実は公安の手先のゲス野郎だったのだ!
怒りに言葉も出ない美々子は復讐を心に誓う。
教祖を失い、他に行き場がない哀れな教団の構成員達を擬似家族のように思い、盲目的な愛情を持つに到った美々子は、二代目教祖襲名を決意し、強大かつ冷酷無慈悲な現実社会に対し、全面戦争を開始する!
実は、彼女は自分で気づいていなかったが、瞬間移動も可能な超能力者だったのだ・・・。」
一気呵成に語りきったおやじは、真っ赤なマンゴージュースを飲み干した。
「グェッ・・・まずい。なんか、鉄分が多めだ。」
「トマトジュースですから。それ。」
平気の平左で素ッとぼけるスズキくんは、なにやら怪しい臓物の乗っかったパスタを器用に掬い上げながら、
「ダルマ教祖、ですか。確かに、むずかしい場所へ行きましたね。」
「これまでの作品の流れからすると、当然の帰結だがね。
同じ’96年に、これは小説だが、キャスリーン・ダンの『異形の愛』が邦訳されているんだ。あれも身体切断カルトが出てくるフリークス物だから、神田先生がシンパシーを感じてもまったく不思議はないね。サーカス一家に生まれたフリークスの子供たちが繰り広げる愛憎に満ちた年代記。フリークス版『百年の孤独』なんて評も当時あったな。
そういや、身体切断売春婦の大量出演する異端SF、K・W・ジーターの『ドクター・アダー』もこの頃だし、なんかそういうものが流行ったのかも知れないね。」
「それは、あれですよ、鬼畜ブーム。」
「鬼畜ブーム!!(爆笑)
久々に聞く名前だな(笑)。いったい、どんなブームだったんだ(笑)」
「そういうマスターも、村崎百郎『鬼畜のススメ』を持ってましたよね?」
「わしは、流行には弱いんだ。」
スズキくんは、持ち込んできたバッグを開け、異常な量の凶器類をテーブルに並べ始める。
スパナ、ドライバー、金槌などの工具から、ボウガン、エアピストルなどのサバゲー系、電動ドリルに小型チェインソー、ジャックナイフ、鹿撃銃、柄を短くした改造ショットガンまで持参とは恐れ入る。
「いずれにせよ、神田先生は結構なSF読者らしくて、HPの『タイタンのゲームプレイヤー』評に、“ああ、ディックだ。こけてもディックだ。”と書いてあるのに感動した。
この本はまったく読む価値がないんだ。そこが重要な作品である。さすが、わかってらっしゃる。ついでに『フロリクス8から来た友人』も同じ感想で載せて欲しかったな・・・。」
おやじは、愛用の山刀にワックスをかけ、ハーッと息を吐いて真鋳の刀身が曇らないかチェックしている。
「そろそろ、『美々子』に戻りましょうよ。
そもそも、この作品の問題点ってなんだったんですか?」
「充分面白いが、度肝を抜く超傑作ではなかったこと。」
おやじは即答した。
「現実に起こった事件をヒントにしたせいもあるが、全体としてバランスが悪いんだ。
外部からの狂気に翻弄され、おのれの内在するアブノーマル性に覚醒し、光り輝くヒロイン像というのは、傑作『まま母ビン詰め地獄』に共通する、神田先生の王道なんだが、
短編では有効に機能した八方破れの展開というのが、長編では単なる行き当たりばったりに見えてしまう。
もちろん、壊れていてこそ神田森莉なのだが、爆発のタイミングが妙に間延びして見えてしまい、連鎖する大爆発につながらない。惜しい。
長編向きの作風じゃないのかも知れないし、描き方が極められていないだけなのかも知れないが、それにしても惜しい。狂ったときの永井豪みたいな反則が出来る筈なんだが・・・。」
「さて、そろそろ、行きますか。」
スズキくんは適当な得物を手に立ち上がった。
「あぁ。でも、最後に言わせてくれ。
最終的に美々子たちの戦争は、テロ行為と片付けられ、大量の犠牲者が出て終結する。
生き延びた美々子や他の少女は妊娠しており、二世を産んでまたやるわよ!と明るく未来を誓ってこの話は終わるんだが、
これって筒井の『俗物図鑑』だよね?!凄えオマージュだよなぁ。」
タタタ、とおやじの腕の中でウージー機関銃が咆えた。
「じゃあ、いきましょう!」
・・・それから、デパート屋上で繰り広げられた阿鼻叫喚の惨劇には、駆けつけた警官隊も目を剥いた。人体がバラバラに四散し、到る所で鮮血の花が咲き、倒されたテーブルもデッキチェアーも噴き出した内臓の欠片でどどめ色に染め上げられている有様。
「いったい何人殺したんだ?!」
「この、薄汚い気狂いどもめ!」
飛び交う怒声の歓迎を受け、デロリはみ出した眼球を歪めて笑うおやじに、警官のひとりが心底不思議そうに声を掛けた。
「わからないな。・・・あんたら、なんでこんな残酷な真似をしたんだ?!」
やがて、なんとも複雑な表情で戻って来た警官に、仲間のひとりが尋ねる。
「で・・・なんだって?」
警官は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「政治家と金持ちと愛人の類いは、いくら殺してやっても罪にはならないんだってさ。
あの、気違いどもめ!!!」
頭の横で、くるくる指先を廻した。
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コメント
前々から気になっていた漫画の
あらすじがわかりやすくて、
ありがたかったです!
文も小説や映画みたいな会話調で
おもしろかったです^^
投稿: 碧海 | 2012年7月11日 (水) 00時20分