さくらまいこ『魔少女マヤの秘密』 ('87、日)
『サ・イ・ア・ク!!』というのは、カルチャークラブのベスト盤のタイトルであるが、およそこの題名が真の意味で似つかわしいのは、例えばさくらまいこの『魔少女マヤの秘密』であろう。
(よく使われるネタだが、彼女はさくらももこではないのでお間違えなく。)
美少女マヤは、実は蛇人間だ。
両親は魔力を持った蛇の一族で、とある避暑地の湖畔で、やって来る間抜けな観光客の生き血を吸って生活している。
それもどうかと思うが、ご当人達には一切の躊躇はなく、今日も斧を片手に人間狩りに精を出す始末。蛇の一族とはいえ、特殊な殺人技などある訳でもなく、主に犠牲者の首を斬り飛ばす。たまに勢い余って、手や足をポンポンもいでしまったりするが、切断面はギザギザな、実にぞんざいな描き方がされていて、それがまた最悪な気分に拍車を掛けてくれる。
ついでに説明しておくが、さくら先生の絵柄は、80年代ニューウェーブより以前、少女マンガの王道をいく素敵にロマンチックなものだが、残念ながら時代の花形としての役目はとうに終えてしまっている。端的に言うなら、古くさい絵柄だ。
「少女マンガの絵柄には、明らかに“旬”があります。」
と、春を感じてセーターを脱いだはいいが、寒の戻りにやられてへろへろのスズキくんが云う。
「ファッションの流行と同じで、その時代によってジャストな気分の絵があるみたいです。うまい、下手とは別の次元で、リアルタイムの読者を獲得できる魅力的な絵柄というのが、確実に存在するんです。いつも同じセーターばかり着ているボクには、よくわかりませんが。」
そう云うと、物まねを一個披露した。
「どうも。おすぎです。」
さて、蛇の一族のマヤの両親は、若き社長と身重の妻を見事罠に掛け捕らえるが、返り討ちに遭い、暖炉の炎の中へ突き飛ばされ、ふたりとも焼き殺されてしまう。
絶命しかかった母親の腹を食い破って、子蛇の姿で初登場したマヤは、やがて人間の少女に姿を変え、親のかたきの社長夫妻に近づいて来る。
社長夫妻には、みつぐという男の子がいて、蛇時代に命を救われたマヤは、彼にすっかり恋してしまう。
「女性心理は複雑ですね。マヤがみつぐに惹かれる理由ですが、彼がいい顔だから、としか云いようがないんです。」
これまた好青年のスズキくんが、解説を挟む。
「このあとの展開を見れば判るんですが、こいつ、純情そうな顔して周りの女性に手当たり次第声を掛けまくる、最低のヤツです。仁義もなにもない、下半身ずるむけ野郎です。コンパに出れば確かにもてますが、同性の間での評判は最悪でしょうね。」
記憶喪失のふりをして、みつぐの家庭に潜り込んだマヤは、やがて養女として迎え入れられ、すくすく成長していく。
この間、みつぐに近づいてくるガールフレンドを次々と惨殺。
お誕生日プレゼントのぬいぐるみは燃やす。ご本人は廃屋に連れ込んで首を噛み切る。
死体はゴミ箱に隠し、白骨化させて次の犠牲者を脅かす小道具に再使用。
脅すだけならまだしも、ちゃんとその後、鋭い牙で首を刈り取り、後始末。
さらに、みつぐになついたペットの犬まで斧で斬首、現場を見られたみつぐの友人の男も首吊り自殺に見せかけ、殺害。
やがてお年頃となり、みつぐに婚約者が出来ると、彼女を崖から突き落として死亡させ、そこへ偶然居合わせたみつぐの父親(マヤの両親のかたき)も、満を持して墜落死させてしまう。
「とにかく、殺しまくりなんです。さくら先生、血に飢えていたとしか思えない。
しかもなぜか、殺るときは必ず首を狙います。これは未開人種などの風習にも見られる通りで、死体を一種のトロフィー的なものに見立てるという原始習俗の表れなのでしょう。」
スズキくんは、稗田礼二郎のように考え深げに解説する。
「こんな超残酷劇を、古典的な少女マンガのスカスカの絵柄で展開するもんで、かえって嫌な気分が増幅する効果をあげています。まさに完璧です。
アナザー・川島のりかずとも考えられますし、神田森莉の先駆者とも云えます。」
「それにしても、」
スズキくんは遠い目をした。
「なにが彼女をそうさせていたんでしょうか・・・?」
相次ぐ殺戮に懲りることなく、またしても現れたみつぐの嫁志願者は、連続する不審死を特に疑問視することもなく、結納を交わし、遂に結婚式へとこぎつけた。
喜ぶみつぐの母親は、式の直前、実家の箪笥に長年隠されていた亡き夫(みつぐ父)の血染めのハンケチを発見する。
「マヤニ、ヤラレタ。キヲツケロ・・・。」
愕然とする母は、みつぐに事の真相を告げるが、「マヤに確認してみるよ。」などと呑気な回答。あまりのバカ息子っぷりに母も読者も呆れているところへ、待ちきれなくなったマヤ本人が登場。
「あの子も殺した、この子も殺した。」と過去の殺人を次々と列記しながら、まったく改悛の色などないマヤ。
「お前はその度に充分苦しんだわ。だから、みつぐは殺さない・・・。」
「ウワァァアアアーーーッ!!」
身勝手な理屈の並ぶバカげた会話の間隙を突いて、床に落ちていた大きな花瓶でマヤの頭を一撃する母。
床に倒れ伏せ、身動きしなくなったマヤを見て、すっかり殺してしまったと思い込むバカ親子。
まだ、首と胴体はつながってるのに。
「さぁ、結婚式場へ向かうのよ、みつぐ!ママは後から行くわ!」
母はひとり後始末に残った。そこへ昏倒から醒めたマヤが起き上がり・・・。
「この展開も、正直どうかと思いますが。」
スズキくんはセーターを脱いだり着たりを繰り返しながら、述懐する。
「血は繋がっていないとはいえ、妹同然に育てられた娘を自分の実の母親が殺害する、という異常なシチュエーション。しかも、その妹は連続殺人鬼と判明している。
そんな状況を無視して結婚式場に駆けつけるバカは、いったいどういう神経をしているのでしょうか。
案の定、式場に待っていたのは、車より素早く移動できる蛇人間だったのです。
母親を焼き殺し、式場へ駆けつけると、素早く花嫁の生首を作成し、ウェディングドレスに着替え、ご丁寧に(サロメよろしく)首を手でかざしてみせる・・・。」
物語は、「どこか遠い山奥」で仲睦まじく暮らす、記憶を喪したみつぐに良く似た青年と、魔少女マヤの風聞を伝えて、幕を閉じる。
この物語を形容するに、嫌な気分としか例えようがなく、そういう意味では完璧な作品と云えるだろう。必読。
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