川島のりかず②『狼少女のミイラ』 【血闘!大塚駅編】 ('85、日)
(カーステから勇壮なマーチ流れる。)
「・・・総司令、この曲は?!」
運転しながら、スズキくんが尋ねる。車は法定安全速度を軽く突破し、マッハの勢いだ。
「わしの考えた人類救済計画のテーマソングじゃ。『走れ、白タク』と名づけた。」
「嬉しくないなぁ。」
対抗車輌はない。
東京都の人口は、盛時の1200万から大幅に減少し、行政機構も弱体化している。交通違反を取り締まる人員が確保できないのが現状だ。
そもそも燃料輸入自体が不安定なのだから、昔ながらの化石燃料車など公的組織以外で乗り回す者は少ない。
したがって信号など無きに等しく、スズキくんは思いっきりぶっ飛ばすことが出来るのであった。
[シーン10・JR大塚駅南口]
車は春日通りを左折し、大塚駅南口へ進路を切った。大塚台公園を横目に、天祖神社をかすめて、駅南口ロータリーへと侵入する。
月夜に映える樹々の姿が印象的な、山手線の駅にしては割と風情の有る造りだ。
バス車線を突っ切って横転し、真っ赤な炎に黒い煙を噴き上げている警察車輌が見えた。
ところどころに動かない人影が転がり、犠牲者は相当数に上るようだ。警官隊は分断され、てんで烏合の衆と化しているが、スズキ9号車の到着に呑気に手を振る者もいる。
「ウチの部下は、どうしようもねぇな!」
自分のことは棚に上げて、ウンベル総司令が吐き捨てるように呟いた。「たかが小学生の女の子一名に、完全武装の一個部隊が壊滅しおった。」
「司令、相手は、仮にものりかずですよ。普通の尺度で考えてはいけない。」
スズキくんは、そこでふと思い当たり、予ねてよりの疑問を訊ねた。
「それにしても司令、そもそも、川島のりかずって、一体なんです?!」
「・・・人類最大の敵・・・。
それしか、私には答えられん。」
珍しく真面目な顔で、ウンベル総司令は答える。
「正しい進化の系統樹から外れた異形の生命体だという説もあるし、某国の研究していた生物兵器が暴走した結果、誕生したという者もいる。
だが、有史以前からのりかずは存在していたという、確かな証拠も発見されている。穴居生活を送る狩猟民族の洞窟壁画にも、あるいはシナイ山の神殿の祭壇部分にも、確かにのりかずを思わせる怪物の姿は描かれているのだ。
その姿は、人類の太古から持つ“悪魔”のイメージに似ている。
歴史が伝える最もポピュラーなのりかずの肖像は、
Gペンを耳に刺し、咥え煙草でゲームデンタクの当たる怪談絵はがきの抽選を行なう、気弱で優しげな青年の姿じゃ。」
「むむむ、おそろしい。」
スズキくんは、タクシーを徐行させ、路肩に停車した。
駅前広場は、祭りの後のような静けさに包まれ、うろつく警官隊の生き残りも放心状態のようだ。
「・・・どこにもいませんね、川島のりかず。」
「最近、相場が上がったと聞くしな。入手困難がしばらく続くかも知れんな。」
途端、ドンと激しい衝撃が走り、車体が大きく上下に揺れ始めた。
「うわわわわッ!!なんだ!?」
「司令ッ!!屋根の上です、突然近所のビルから落ちてきました!!」
鋭い爪が、タクシーの天板を切り裂き、目前に出現した。司令は、ヒェッとおかしな声を発すると、勢いで不自然な形状に歪んだ己が頭髪を押さえつける。
間髪入れずに、スズキくんはアクセルを踏み込んだ。
ズボンと黒い煙を吐き出し、瀕死の悲鳴を上げてタイヤが軋る。負荷最大級の急発進だ。
ヘッドライトが闇を切り裂く。
「・・・落ちたか?!」
まだ頭部を押さえたまま、ウンベル総司令が叫ぶ。
返答をするように、屋根に強烈な打撃が加えられた。衝撃で、特殊装甲ガラスにひびが走る。
タクシーは前後不覚の猛発進で、ロータリーを一直線に突っ切った。激しくバウンドするが、屋根の上にへばりついた怪物はまだ耐えている。
暗がりの中、眼前に、標識柱が迫った。
その瞬間を狙って、スズキくんは絶妙なタイミングでブレーキを踏み込んだ。
ドキキキキィィィーーーーッ!!
安全ベルトも裂けそうな衝撃がふたりを襲った。フロントガラスを越えて、黒い大きな影が前方へ飛び出すのが、ハッキリ見えた。
「・・・ひぇー、危ない、危ない。」
愛用の鬘がずれて、かなり危険な様相になったウンベル総司令が云う。
「たかがマンガのレビューで、命を失くすところだったぞ。」
「これ・・・どこが、マンガレビューなんですかね?」
スズキくんは慎重に前方の様子を窺っている。
「ちゃんと落ちたかな・・・?もういっぺん、轢いときましょうか?」
前方に倒れた黒い人影は身動きもしない。
遠くで燃える警察車の炎に微かに照らされ、闇そのものが蟠っているようだ。
それにしても、大きい。
小学生の女の子が変身したとは、俄かに信じれらない巨大さだ。
「こりゃ確かに、人狼ですね。全身濃い獣毛に覆われていて、牙もあれば爪もある。ありゃ、両の耳までしっかり伸びてやがらァー!」
その、耳がピクリと動いた。
「・・・え、えッ??」
途端に、僅かに首を擡げる格好で、くるりと振り返った爛々と眼光を放つ真っ赤な目が、タクシーの運転席を覗き込み、スズキくんをしっかり視野に捉えた。
スズキくんは、恐怖に声も出ない。
目は呪縛するかのように、しばし視線を合わせていたが、ふいにツッと離れた。脇で総司令が荒い息を吐く。
怪物は、走り去ったのだ。
「・・・総員、非常手配!」
意外に職務に忠実なウンベル総司令がマイクを引っつかみ、怒鳴る。外部スピーカーのスイッチを押し上げている。
「怪物は架線を越え、北口住宅地へ逃走した。繰り返す、総員、急行せよ!!」
腑抜けたようになっていた警官隊が、のろのろと集まってきた。
[シーン11・小宮山くんの自室]
前回から引き続き、全裸でシーツに包まった小宮山くんは、恐怖にガタガタ震え続けていた。
「由美子・・・ッ!!由美子が、来るッ・・・!!
オレには分かるんだ!!由美子が・・・。」
(以下次号、たぶん完結)
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