川島のりかず②『狼少女のミイラ』 【現ナマに手を出すな編】 ('85、日)
(激しい雄叫びが聞える。でも、彼女は雌だ。)
【ナレーション】
川島のりかずの描く狼人間がユニークなのは、一度変身すると元に戻れない点である。傍に来る者すべての首をチョンパし、手足をもぎ取る。完全な狂獣と化すのだ。
だって、直らない病気だから。
[シーン12・大塚駅北口方面]
夜の街路を疾走する狼人間。
両手を大きく宙に突き上げ、グリコのパッケージのようなスタイルだ。
大きな口をパックリ開け、だらりと垂れた長い舌が左右に揺れる。
その脳裏に去来する記憶の断片、フラッシュバックする。
かつて暮らした村の思い出。
村八分にされた記憶。
肺病にかかり助けの手ひとつ貸して貰えず、みすみす死なせた母しげ子。
父親とふたりで、峠を越えて運ぶ途中で、衰弱し息を引き取った母の死に顔。
(暗い街路に、通行人の影。
絶叫する間もなく、首をもがれ、絶命する。)
優しかった父親。
その父もあの病気に感染し、野獣と化して死んだ。
狂気を恐れ、自ら鎖で全身を岩に縛りつけ、最後まで人間であろうとしたが、病気は容赦なく理性を奪った。
父は人を襲い、返り討ちにあって死亡した。
(コンビニの明かり。終夜営業の店は珍しい。
狼人間が入っていくと、店番のにいちゃんが悲鳴を上げた。)
濁流に呑まれる村。
かろうじて逃れた由美子は、学校の裏山からそれを見る。
山崩れは夜明け前に村を押し流した。
いともたやすく崩壊する家々。あの下には、老人が、男女が、母に抱かれた乳飲み子が眠っているだろう。
(振り上げた前肢が棚を引き倒す。
背後で唖然とする客は、パチンコ雑誌を立ち読みしていたおっさん一人だ。その顔面が抉られ、血がドバッとしぶく。頭部は欠けたトマトのようになってしまい、自重でへしゃげた。
店員が逃げ出す気配を感じる。
追いつくのは容易い。)
小宮山ヨシオの記憶。
惨状の村からからくも逃げ出して来たのだが、片目を失った。
彼との再会を運命のように感じたのが、遠い昔のようだ。
それから、あれは・・・。
悲しそうにこっちを見ている、あの顔は・・・。
つい先刻、別れたばかりの一平くん。
・・・ダギューーーーーーーン。
回想を断ち切る、銃撃の音。
両手で拳銃を構えたスズキくんが立っていた。
[シーン13・コンビニ前]
「・・・って、場面転換の為に慣れない銃撃を行なってみたワケですが。」
射撃態勢を崩さないまま、スズキくんが云う。明らかな説明口調だ。
「生身の人間が、人狼に勝てる訳ないじゃないですか。このまま、ボクまで首と胴体が生き別れになってしまったら、御好評頂いたスズキくんサーガも目出度く完結、ということになるんでしょうね。」
狼人間は、銃弾程度ではまったく怯まない筈だが、明らかに効いている。
「その弾丸、特別製なんですよ。日銀さんのね。」
主人公の特権全開でスズキくんが解説する。
「いわゆる、百円玉です。」
ギャゥオォォーーーン!!
一声絶叫が響き渡ると、狼人間の眉間にめり込んだ硬貨が、ポロリと落ちた。
銀の含有量により威嚇以上の力はあったが、その足を止めるにはまだ弱いようだ。却って激情を誘発する効果があったと見える。
「硬貨、だけにね。」
ぺロリと舌を出すと、踵を返したスズキくんは駆け出した。
読者諸君の憎しみも味方した狼人間の黒い影が、疾風の如く追いすがる。
【ナレーション】
ウンベル豆知識。日銀発行の百円硬貨は、その六十パーセントが銀である。残りは銅と亜鉛。
スズキくんの今回使用した拳銃は、人類救済計画の科学技術陣が作り上げた、なんでも発射できる万能ピストルであった。弱点は唯一、普通の弾が装填できないことである。
って、万能じゃないじゃん!
[シーン14・路上]
「フゥッ、フゥッ・・・!」
久方ぶりの全力疾走にスズキくんの息も上がってくる。
「今の攻撃で、ボクのポケットマネーは残らず使っちまいましたー!兵力の維持にゼニカネが掛かる、というのは真実だったのだなァー!!」
前方に交差点が現れた。
直進すれば庚申塚方面に突き当たる、この辺りはもうじき巣鴨だ。
ズラリ、と横一列に並んだ警官隊が見えた。
囮役のスズキくんがその前を全速力で駆け抜けると、代わりに進み出たのは、全身シルバーメタルの制服に身を包んだウンベル総司令であった。
慌てて蹈鞴を踏む狼女だったが、左右は高い壁が並び、手がかりになりそうなものがない。
「撃てェェェーーーッ!!!」
号令と同時に無数の百円硬貨が宙を切り裂き、世にも凄まじい絶叫が轟いた。
「・・・見たか、のりかず!全員、自腹だ・・・!!」
ウンベル司令は、苦々しげに呟いた。
[シーン15・小宮山くんの部屋]
彼方で聞えた遠吠えに、ビクリとして擡げた小宮山くんの顔は・・・。
一面が獣毛に覆われ、牙も剥き出しになった地獄の形相だった!
「アァオォォォーーーーーーーン!!」
窓ガラスの破られる音が響き、何かが夜に飛び出した。
(以下次号)
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