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2010年3月16日 (火)

『地上最強の男・竜』 ('77、日)

 「まったく、馬鹿げている。」

 営業部長は、書類の束を机に投げ出した。
 
 「こんなとんでもないマンガが存在するものか。まるで頭の悪い中学生の妄想を忠実に作品化したみたいな話じゃないか。」

 困り果てた部下が、おろおろしながら答える。

 「おっしゃる通りです。明らかに、このマンガは無茶です。
 人間の描いていい範囲を越えています。
 しかし、似たアプローチを採りながら、風呂敷を広げるだけ広げ過ぎて破滅していった作品ばかりの中で、かろうじて土俵際で踏みとどまったのは、この『竜』だけではなかったか、と思えてならないのです。」

 部長は、椅子に深々と腰掛け、目を瞑った。

 「・・・ふむ。それが、永井豪とダイナミックプロの底力ということか。
 作者、風忍はアシスタント出身で、特異な作風で知られ、八十年代、海外でも高く評価されたのだったね。
 よろしい。
 今一度、検討してみよう。 
 ストーリーを復唱してみてくれないか。」

 「雷門 竜は、羅城門空手の若き使い手です。
 出場した全国空手選手権で、対戦相手の脳漿を木っ端微塵に砕いて、師匠道教に破門を宣告されます。
 幾本もの角が生えた異様な鉄仮面を被せられ、力を封印されて、地下の土蔵で暮らす竜。
 彼の味方は、妹の少女悦子だけ。ふたりの両親は既に亡く、家を乗っ取った意地の悪い叔父・叔母は悦子をいじめるのです。

 でも、彼女は予知能力を持っていました。
 師匠の道教が、竜に惨殺された対戦相手の婚約者、二階堂邦子を空手の達人に鍛え上げ、竜を殺しに来ることを事前に察知したのです。亡き父の造った巨大なマシンで竜を拘束し、防護迎撃システムを作動させる悦子。

 しかし、空手の力は科学を遥かに凌駕していました。
 道教の超能力はマシンを麻痺させ、電磁バリアの障壁をぶち破ります。空中へ吸い上げられた少女に、二階堂の容赦のない蹴りが炸裂。
 顔面を天井にめり込ませ、ボタボタと血を滴らして、(ダイナミックプロのお約束である)無惨な死を遂げる悦子を目撃し、竜は怒りを露に、鋼鉄の鎖を引き千切ります。
 
 「おれは、戦う!おまえら、ふたりとも地獄へ送ってやるぜ!」

 あとは、殺戮の嵐。
 最後の切り札として、ヘルメットで頭に丸のこを装着し、竜の全身をメッタ斬りにする二階堂でしたが、足を捉えられ無惨に脊髄をねじ切られて絶命。
 さらに、その屍骸を振り回し武器に代え、師匠の老人を叩きのめす竜。悪逆非道にも程があります。
 しまいに、強烈な手刀突きが、道教の身体の中心部を見事に貫通。背中まで指先が突き通ります。口からゴボッ、と血を吐きながらも、まだ闘志を剥き出しにする老人。両のこぶしを竜に向けて叩き込みますが、逆手に取られ、両掌を根元からもぎ取られてしまう!
 あわや流血と傷で、道教の生命も尽きんというとき、ちぎれた両掌が別の生き物のように動き出し、竜の首を締め上げる!高笑いする道教!念力による遠隔操作。さては、こいつも超能力者!」

 「おいおい。」
 営業部長は、ぼやいた。「さすがに、それはないんじゃないの・・・?」

 「しかし、奇跡はそれだけでは済まなかった。悦子の怨念が乗り移ったが如く、巨大マシンが勝手に動き出し、電磁波で二階堂の死体を操り、道教を攻撃!卑怯!
 なにせ相手はとっくに死んでいるので、いくら叩いてもダメージなし!
 業を煮やした道教、身を翻し猛烈な飛び蹴りをマシンのコントロールパネルに叩き込む!

 「馬鹿め!わしが、こんなマシーンに負けるものか!」

 なんて負けず嫌いなんだ!!
 当然、マシンは大爆発!
 意地の悪い叔父・叔母を含め、その場に居た全員を巻き込んで、竜の実家は跡形もなく吹き飛んでしまいます。」

 コツ、コツと鉛筆でテーブルを叩きながら、営業部長が諮問する。
 「・・・この時点で、既に一般読者の共感を得るには、ちょっと度が過ぎているんだが。
 荒唐無稽な空手物と云えど、最低限守るべき節度とマナーがあるだろう。常に破壊を心がけているダイナミックさんとはいえ、スポーツマンガには遵守すべきルールがある。
 きみは、そのへん、どう考えているのかね?」

 「お言葉を返すようですが、部長。」
 部下は額に浮いた汗を拭いながら、答える。
 「これは、スポーツマンガではないのです。なんというか、われわれの知っている既存のマンガとは別の何かです。
 この後の展開は、想像を絶しているので、要点を報告するのみに留めます。
 ある意味、変なマンガとして斯界では有名な作品ですので、競合他社との差別化を重視するわが社としましては、したり顔で、このマンガに一方的に突っ込むだけの愚行は繰り返したくないのです。」

 
「きみの立場も解るが。」
 部長は、顎の下を掻いた。「手短に頼むよ。そろそろ、会議なんだ。」

 「はい。

 生き延びた道教は、何千キロを素足で踏破し、羅城門空手の総本山へ走ります。
 寺の地下からは、阿弥陀如来像を頭部に持つ、超未来的な救世主機械が出現!道教に機械の拳を与え、コクピットに座らせます。
 怪異を感じたTV出演中の予言の大家は、大凶事の到来を告げると、和服の胸から心臓を飛び出させ、勝手に死亡!
 やがて機械が稼動し出すと、日本中の仏像が仏閣の屋根を突き破って空中に飛び上がります。
 日本上空を奔流となって合流地点を目指す仏像の群れ、数百万体!
 空中を舞い、螺旋うずまきのように機械を中心にしてグルグル回りだすと、仏像が壊れて内部から、脳、血管、目玉、骨格など人間の臓器がバラバラに出現!
 ジャキーン、ジャキーンと瞬く間に組みあがると、そこに鎧兜に身を包んだ、髯を伸ばし長髪で細面の、穏やかな瞳の男が立っていた!

 「救世主イエス・キリストよ!お待ちしておりました!」

 意表を突く凄まじい展開に、唖然とする読者。
 仏像の中から当然の如く復活したイエスは、誰も知らなかった意外な事実を道教に告げる。

 「道教・・・実はな、わたしは二千年前、竜に殺されたのだ。」

 『ダ・ヴィンチ・コード』など目じゃない驚愕の史実に、二の句も継げないわれわれ読者に、イエスはさらに言い放つ。

 「やつこそ、悪魔だ!わたしは、今度こそ必ず竜を殺す!!」

 もはや話の方向性がまったく見えない。
 さらに、イエスは刺客として、地上で最も強い男ふたりを死から蘇らせた。宮本武蔵とブルース・リー!二名を伴い、必勝を誓うイエス。

 その頃、竜は車に撥ねられ、交通事故で入院していた・・・!」
 
 「・・・って、それが一番、ビックリやったわ!
 漫★画太郎の作品かい!


 どこが地上最強やねん・・・!!」

 営業部長はひとこと絶叫すると、重苦しい沈黙のまま席を立った。
 部下がすかさず立ち上がり、ドアを開ける。

 「あ~ぁ。・・・とうとう、突っ込んじまった。」
 ひとり残された部下は、部長のデスクの上に胡坐をかいて座ると、煙草に火をつける。

 「・・・だみだ、こりゃ。」

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