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2010年3月 9日 (火)

『魔獣大陸』 ('68、英)

 男なら、心に大陸のひとつやふたつ持っているものだろう。
 アトランティス、ムー、暗黒大陸、情熱大陸、ヤコペッティの残酷大陸・・・・・・。

 そんなきみの、心の大陸名鑑に加えて欲しい傑作がここに誕生した!
 魔獣大陸。

 「男は、大陸で、磨かれる。」


 ・・・というようなCMがあった事実はまったくないのだが、英国ハマープロ空前の大失敗作『魔獣大陸』は、なんというか、おやじの煮汁をレアで一気飲みするが如き、凄まじい作品である。
 なにが凄いって、もう、なんだか本当に意味が解らない。
 レビューを書く人間がそれじゃいかんだろうと思うんだが、いや、もう理解不能なんだからしょうがない。
 これに比べりゃ、タルコフスキーなんざ子供のお遊戯大会だ。甘いんだよ、お前は。

 この映画、渋すぎる主題歌から始まるオープニングからして尋常ではない。
 007の主題歌と、ダスティ・スプリングフィールドのゴージャスなヒット曲の構成成分を、強力なジューサーにかけて裏漉しし、残った絞り滓のみを華麗に盛り付けたような、へんてこな曲。
 おやじの低いアカペラから入って、ムーディにじわじわ攻めて来る。粘っこい。中年のセックスみたいな曲。
 しかも歌の流れる背景は、ずーっと船の墓場。美術スタッフ、やたら頑張ってる。ミニチュアも造り、背景色をくすんだトーンに抑え、ムードあるカメラワーク。ロケハンも効果的で不気味な空気感が良く出ている。
 そこへ、なぜに、この主題歌なのか?
 かつて日曜洋画劇場のエンディングを観ながら、明日学校かぁー、と憂鬱な気分になった記憶が心に蘇る重たさ。一体なんだこれは?
 先に解答を教えておくが、この映画は、諸君の疑問に一切答える気がない。
 それでいい奴だけ、ついて来い!と云わんがばかりの強引さなのだ。
 しかし、私は嫌いになれないなぁ、この映画。
 どうでもいい作品なのは議論を待たないのだが・・・。

 歌が切れると一転、サルガッソー海のような船の墓場で、しめやかなお葬式。
 くすんだ空、荒涼たる船上。陰惨な雰囲気。
 子供らしき、小さな亡骸が聖衣に包まれ、海へと放り込まれる。水葬だ。厳粛に見守る船員達。女達も数名。あと、十七世紀のスペイン兵士。・・・え?!
 いま、画面になんかとんでもないものが映ってなかったか?これ、モンティ・パイソンじゃないよね?
 監督もさすがにまずいと思ったのだろう、お茶を濁すように、回想へ強引にトリップ!

 ・・・密輸の特殊爆薬を船倉いっぱいに積み込んだ、豪華客船カリタ号は勇躍、港を後にした。
 デッキは今日も、セレブとは程遠い、怪しい乗客の皆さんでいっぱい。
 そもそも、密輸の主犯である船長の挙動からして異常だ。常に脂汗を垂らし、誰彼構わず、怒鳴りつける。部下なんか、いい面の皮だ。人間、後ろめたいことがあると、こうなるのだろうか。身につまされる。
 そんな怪しい船だ、港を出るなり、税関の船に強力に追撃される。しかし、一等航海士をどやしつけ、エンジン全開にふかして、後続を振り切り、沖へと逃走。
 税関の連中も、「まぁ、次の港で捕まえりゃいいさ。」とさっさと引き返してしまう。非常にやる気がない。
 船はカラカスへと向かっている。
 ところで異常なのは、船長ばかりではないのだ。この船には、まともな人間はひとりも乗っていない。
 
 ドミニカ大統領の元愛人だったおばちゃん。大統領に三行半を突きつけ、カラカスに預けた自分の子供(大統領の私生児)を迎えに行く途中。
 実の娘に近親相姦を強要する悪徳医者。デブでメガネ。鈍臭そうで、アンディ・パートリッジに酷似。でも、その娘も娘で、完全な色情狂。V字に胸の谷間に切れ込む異常なナイトドレスを着用。(OK!)
 アル中のピアニスト。いつも上機嫌でへらへらしているが、酒が切れると、突然暴れ出すので、危険。
 実は凄腕の殺し屋である、ニヒルな黒人。細身でダークなスーツ、一見切れ者風。しかし、殺しの標的だったおばちゃんと、密かにベッドイン。まさに文字通り、抱き込まれてしまう。
 船長は密輸商の権力亡者で、機関助手の片目は潰れている。
 
そして、船員達はみんな欲求不満で、隙あらば叛乱を企てている。

 
・・・こんな船、嫌だ。その気持だけはよく理解できる。
 
 以上ポイントは、観客が感情移入できる登場人物がひとりも出てこない点だろう。
 かたぎは、ひとりもいない。残念だが、健常な生活を送る常識人など、ここには皆無。見事に。
 全員キャラが立ち過ぎで、自己紹介など必要ないくらい。(というか、勘弁してくれ!)そして、ヒーロー不在。ヒロイン不在。
 笑いの要素も(残念だが)一切無い。全員、憂鬱な境遇で、自己主張が強く、しかも全然本気なので始末に悪い。
 英国の煤けた灰色の空を、労働者階級の集うパブを、即連想させる、やりきれない華の無さである。
 
 この人物設定に関しては、たぶん、本気で失敗しているのである。でも、そこに深い意味はないのだ。
 監督・製作のマイケル・カレラスを取り巻く現実が、まさにこんな、つまらない、色彩を欠いたものだったのだろう。

 やがて船は海上で暴風雨に遭遇し、座礁。船員の叛乱やら、醜い生存競争やら、お決まりのなんやかんやが発生し、船長以下一同は船を捨て、ヒッチコック『救命艇』へ。
 食糧を食い延ばし、漕げや漕げやで漂流するうち、不気味な海草漂う、怪しい海へ辿り着く。
 食糧とを廻り、いざこざが起き、悪徳医者と船員Aが海中へ転落。
 そこへ・・・鮫だ!やっぱり!
 この鮫は、情けないことに背ビレしか見えないのが、まぁ、いい。医者は非常に情けない絶叫を残し、鮫に食われてしまった。
 近親相姦を強要されていた娘は、ざまぁみろ、と実父の死にそっぽを向く。
 船長は船員Aを助けようとして、偶然腕に巻きついた海草が、吸血性であることを知る。
 イテテテ、と顔を顰め、包帯を巻く船長。でも、そんだけ。フォローは一切なし。
 誰も、そんな非現実的な海草に対して、あえて突っ込まないのだった。実に見上げた大人の態度である。空想もロマンも、どうでもいい。
 明日の飯と、セックス。それだけが彼等の関心事なのだ。

 やがて、生き延びた一同はサルガッソー海の只中へと引き入れられ、とっくに沈んだと思っていた自分達の乗船とバッタリ再会する。
 船では、頭の緩んだ給仕のおやじが、ひとり残ってやけ酒を飲んでいた。
 「おかえんなさ~い。ヒック。」
 船長は怒って、問いただす。
 「おまえ、なんであの時、わしらと一緒に逃げなかったんだ?!」
 「どこへ逃げたって同じですよ。だいいち、あんたら、戻って来てんじゃん。」

 思わず言葉に詰まる船長であった。

 その夜、久々に自由の利く、広い甲板で濃い一発をキメようと、色情狂の罰当たり娘は、ニヒルな黒人を誘い出す。
 深い霧が立ち篭め、他に邪魔する者もなさそうだ。
 黒人は、「オレ、黒人に生まれて本当に良かった!モテモテじゃん!」と遠い故郷シカゴの両親に感謝しながら、下半身を、すなわち黒人自身を剥き出しにして、娘に襲い掛かろうと身構えた途端、背後から巨大イカに襲われた!
 「うわッ、襲うどころか、襲われてるの、オレかよ!」と嘆きつつ、海中に没する黒人!
娘は絶叫!
 
イカは、娘の乳房をいとおしげに撫で回すと、駆けつけた人々を嘲笑うかのように船べりから姿を消すのであった。

 この一件で、さすがに呑気な連中も、ようやく見張りを立てて眠ることを思いつく。
 歩哨に立った船員Bが、不貞腐れてうつらうつらしていた早朝。
 「おい!起きろ、間抜け!」
 誰より早くしょんべんに起き出した船長が叫ぶ。
 夜明けの光の中を、背中に気球を二個背負った人影が海面をジャンプしながら近づいて来る!
 しかも、揺れるその胸には、さらに大きな二個の膨らみが!異常に巨乳の娘だ!
 ご丁寧に、胸元の大きく開いたピチピチのシャツを着ている!
 背後から追いすがる、やはり気球を着用の男たち、数名!こちらは、鎧に兜を被り、旧世紀の剣を振りかざす、いかめしい髯づらの巨漢たち!
 スペインの異端宗教裁判だ!
 議論の余地なく、一同は巨乳の娘を助けに廻り、スペイン兵たちは哀れ、ボコボコにされて敗退する。
 以下助けた娘の談話。

 この近くに島があり、サルガッソーから脱出できなかった人々が、何世代にも渡り生活している。
 支配しているのは、十七世紀スペイン王族の末裔で、残忍な専制政治を敷いている。当主は十代の少年王で、悪魔のような神官の言いなりのまま、拷問と悪政を繰り返しているのだった。
 彼女は島で生まれた難破船の子孫で、処女です。

 俄然、色めき立つおやじども、現政権打倒を心に誓うのであった・・・。

 ・・・と、長々と続けて来たが、もういいだろう。勘弁してくれ。
 これから物語はいよいよクライマックスへと向かい、かの有名な、顔部分だけはスタン・ウィンストン張りに良く出来ているヤドカリ怪獣と、ど間抜けな巨大サソリの怪獣大決戦など、盛り上がらない見せ場は多々あるのだが、それは諸君が実際に確認してみることをお勧めする。
 絶対、がっかりするから。
 これほど自信を持ってお勧めできるケースは非常に稀だ。
 いい歳こいて、ロマンや空想や希望を真剣に追い求めている人は必見。
 この映画は、本物である。

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