御茶漬海苔『恐怖テレビ』('98、日)
「あのさ、これ。」
古本屋のおやじは、指差した。「恐怖マンガじゃないよね?」
スズキくんは、内心“きたか”と思いつつ、「そうですか?」と平然と応じる。
「低年齢層への薬物蔓延だとか、DVとか、サバゲー感覚の殺人とか、厚生省の非加熱製剤問題とか、沖縄米兵レイプ事件とか、潜水艦なだしおの衝突事故とか、全部実際に起こった事件なワケじゃない?
これが恐怖マンガだったら、日常は全部恐怖マンガだよね?」
「それはそうですが。
短いページで、結構うまく纏めてると思うんですが。」
おやじは、太い指を絡めて顎を乗せる。
「うん、関心を持つのは大いに結構だと思うんだよ。
こないだ、氏賀Y太の女子高生コンクリ詰め殺人をテーマにしたマンガを読んだ時にも思ったんだが、なにを描きたいのかは非常にハッキリしている。見せ方も心得ている。
確かに、起こった事件は最悪だ。
作品の題材としてみたい人がいても、おかしくない。
だがね、不遜な言い方かもしれないが、実際、現実に起こった事件を扱う場合、作者の立ち位置が問題になってくる。」
「立ち位置といいますと?」
「力量といってもいいかも知れないな。
まんま描いても、現実に負けるんだよ。
御茶漬さんなんか、作家力はあるタイプじゃないかと思うんだが、起こった出来事の重さに押されて、題材を生かしきれてない気がするね。
作家ってのは、作品世界において神として振舞うもんなんだよ。
ひどい奴らなんだ。」
「はァ・・・。」
「傍観者として見ていれば、現実にひどい事件は幾らでも起こってくる。
ジャーナリズムの立場から、報道し、社会に対して問題提起をするのは、必要なことだろう。
でも、作家の本分ってのは、また別のところにある。
創作世界の中で、その事件を再現するってことは、事件を起こした奴らと同じ場所に立つってことなんだ。
そのことの意味を突き詰めないと、現実に負けてしまうんだ。」
古本屋のおやじは、溜息をついた。
「・・・と、偉そうな口をきいているが、これは別にわしのオリジナルではないよ。
読んでみるかね、中井英夫の『虚無への供物』?
ジャック・ケッチャムの幾つかの作品でもいいし、アラン・ムーアの『フロム・ヘル』だっていい。
実在の人物や事件を扱うってのは、結構しんどいものなんだ。」
スズキくんは、急に寡黙になったおやじに、それでも小声で囁いた。
「・・・でも、非加熱製剤の隠蔽に関わった学者のジジイが、脳天串刺しになって惨死するところ、あれは良かったでしょ?」
「あぁ、ああいうのはいいね。」
ニヤリ、笑った。
「犠牲者の霊魂に押されて、病院の窓から転落するって展開は、月並みだけど・・・。」
おやじは嬉しそうに、毒づいてみせた。
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