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2010年2月15日 (月)

御茶漬海苔『恐怖テレビ』('98、日)

 「あのさ、これ。」

 古本屋のおやじは、指差した。「恐怖マンガじゃないよね?」

 スズキくんは、内心“きたか”と思いつつ、「そうですか?」と平然と応じる。

 「低年齢層への薬物蔓延だとか、DVとか、サバゲー感覚の殺人とか、厚生省の非加熱製剤問題とか、沖縄米兵レイプ事件とか、潜水艦なだしおの衝突事故とか、全部実際に起こった事件なワケじゃない?
 これが恐怖マンガだったら、日常は全部恐怖マンガだよね?」

 「それはそうですが。
 短いページで、結構うまく纏めてると思うんですが。」

 おやじは、太い指を絡めて顎を乗せる。

 「うん、関心を持つのは大いに結構だと思うんだよ。
 こないだ、氏賀Y太の女子高生コンクリ詰め殺人をテーマにしたマンガを読んだ時にも思ったんだが、なにを描きたいのかは非常にハッキリしている。見せ方も心得ている。
 確かに、起こった事件は最悪だ。
 作品の題材としてみたい人がいても、おかしくない。
 だがね、不遜な言い方かもしれないが、実際、現実に起こった事件を扱う場合、作者の立ち位置が問題になってくる。」

 「立ち位置といいますと?」

 「力量といってもいいかも知れないな。
 まんま描いても、現実に負けるんだよ。

 御茶漬さんなんか、作家力はあるタイプじゃないかと思うんだが、起こった出来事の重さに押されて、題材を生かしきれてない気がするね。
 作家ってのは、作品世界において神として振舞うもんなんだよ。
 ひどい奴らなんだ。」

 「はァ・・・。」

 「傍観者として見ていれば、現実にひどい事件は幾らでも起こってくる。
 ジャーナリズムの立場から、報道し、社会に対して問題提起をするのは、必要なことだろう。
 でも、作家の本分ってのは、また別のところにある。
 創作世界の中で、その事件を再現するってことは、事件を起こした奴らと同じ場所に立つってことなんだ。
 そのことの意味を突き詰めないと、現実に負けてしまうんだ。」

 古本屋のおやじは、溜息をついた。

 「・・・と、偉そうな口をきいているが、これは別にわしのオリジナルではないよ。
 読んでみるかね、中井英夫の『虚無への供物』?
 ジャック・ケッチャムの幾つかの作品でもいいし、アラン・ムーアの『フロム・ヘル』だっていい。
 実在の人物や事件を扱うってのは、結構しんどいものなんだ。」

 スズキくんは、急に寡黙になったおやじに、それでも小声で囁いた。

 「・・・でも、非加熱製剤の隠蔽に関わった学者のジジイが、脳天串刺しになって惨死するところ、あれは良かったでしょ?」

 「あぁ、ああいうのはいいね。」
 ニヤリ、笑った。
 「犠牲者の霊魂に押されて、病院の窓から転落するって展開は、月並みだけど・・・。」
 おやじは嬉しそうに、毒づいてみせた。

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