白川まり奈『母さん、お化けを生まないで』('88、日)
牛の首を持つおやじが、暗闇の土蔵に座っている。
表は、叩きつける豪雨だ。
時折り、ピカリと雷光が閃き、一面に獣毛の生えた牛の顔を照らし出す。
その顔は、見事なまでに、牛そのもの。
「ハッ・・・・・・ここは・・・・・・。」
意識を取り戻した、古本好きの好青年スズキくんは、半ば身を起こし呟いた。
後頭部を鈍器のようなもので殴られ、気がつけば此処にいた。
一体何が起こったのだろうか。
と、低く、震える声が響いた。
「よ・・・く・・・来たな、スズキくん。」
「うわわわわッ!!う、牛が喋った!!」
牛の頭を持つおやじは、悲しげに目を伏せた。ちゃんと感情が入って見えるのが、不思議だ。
「そうなのだ・・・。本来、私が喋るというのは、生涯にただ一度だけである筈で、それもこの国に大きな凶事が降りかかる時のみに限定されるのだが・・・。」
「あんた・・・くだん、か?」
震える舌でスズキくんは、その忌まわしい名前を口にした。
「自分・・・くだん、っす。」
「面白くないなぁー。」
「今日は、おまはんの未来を、バッチリ予言しに出て来ましたですよ!!」
怪物は、山本晋也監督か、深夜放送のD.Jみたいな口調になると、座敷の奥からにじり寄ってきた。ムッとする獣臭が濃くなり、スズキくんは思わず鼻をつまんだ。
「じゃあ、行きますよ。よく聞いてくださいね。
・・・名作『どんづる円盤』でお馴染みの、怪奇マンガ界の異能作家、白川まり奈先生は八十年代に入り、ご存知ひばり書房から3本連続で、長編単行本をリリースしてます。
ハイ、そのタイトルは?」
つられてスズキくん、鸚鵡返しに答えを捲し立てた。
「えーと。
『母さん、お化けを生まないで』
『怪奇!ニャンシーの街』
『血どくろマザーの怪』!!・・・って、クイズかよ?!」
「ハイ、正解です。
70年代の作品に比べ、世間の評価がやや落ちるとはいえ、
これらの本ですら、近年のまり奈先生のマニア人気加熱と共に、古書価格が高くなってしまいまして、おいそれ気軽に読めるもんではございません。
このほど、私も、意を決して『お化け』入手に踏み切りましたが、まる三日間悩みました。ハゲも出来ました。」
頭頂部を指差す。牛の頭を指す手は、紛れもない人間のものだ。
「さて、ここで問題。
果たして、『母さん、お化けを生まないで』は、面白かったんでしょ~か?!」
スズキくんが困ってもじもじするのを見て、牛の化け物は、被せるように恫喝した。
「おい、おい、まさか古本好きともあろうものが、読んでないってんじゃねぇだろうなッ?!」
スズキくんは、塩をかけられたなめくじのように萎縮してしまった。
「まぁ、いいや。じゃ、あらすじを教えてやろう。
俺は、ちゃんと読んでるからな。ガハハハハ。
まず、十三年前、墓地で呪われた赤ん坊が生まれるんだ。その姿を見た坊主は、恐怖のあまり、たまげて医者になってしまった。」
「ハァ?」
「それからな、十三年後、血の汗を流す特異体質の少女は、新宿高層ビル街で自殺を企てるも興信所の女探偵のナイスフォローにより、九死に一生を得る。
よかったね。」
「えぇ?」
「それから、家系図をめぐっていろいろ話があって、手下のジュンは発狂し、踊りながら門扉を出て行くんだ。蔵の前には底なし沼があって、井伊直弼はかつて大老職にあった人物だというのは御存知だろう。
そして、虐殺&虐殺!高速道路をローラースケートで牛とゲッタウェイ!」
「??」
「どうだ、わかったか?お前の運命が?!」
「なんじゃソラ!!」
怒りにまかせて立ち上がろうとした、スズキくんは、思わずアッと仰け反った。
持ち上げた自分の手が、ヒズメに!!
「のわッ!!こ、これは・・・・・・!!」
スズキくんは、顔だけ残して、身体はすっかり牛になっていた!!
「・・・・・・グフフフフフフ・・・。」
牛の首を持つおやじが、不気味に笑った。
「さて、それでは、本日最後の問題です。
牛の首を持つ中年おやじと、首から下が牛の好青年。
腕のよい医者がいれば、この難問を解決できると聞きますが、さて、その驚きの方法とは?
そして、どちらが生き残るべきなんでしょ~か?!」
「フフフフ・・・。」
事の真相に思い当たったスズキくんも、暗闇で低い声で笑った。
そうか。
これは、そういう話だったのか。
もはや事態は殺るか、殺られるかだ。
「まり奈先生、今回もアイディアは単行本三巻分ぐらい詰め込んであるな。怪奇マンガ界のベスターかも知れないな。
来いや、クソじじい!!返り討ちにしてくれるわ!!」
轟く雷鳴の中で、スズキくんのヒヅメが宙を蹴った。
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