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2010年2月26日 (金)

ムッシュー田中『狼女ロビズオーメン』('79、日) 【中編】

(前号までのあらすじ)
まぼろしの怪奇マンガ家ムッシュー田中を訪ねて、阿蘇山系奥深く分け入った我らがスズキくんは、不気味な城に仕えるメイドさんに、
 「この店、いくら?」と不躾な質問をしてしまうのであった。
 笑って許してくれたメイドさんに感謝!

 (承前)
 不吉なパイプオルガンの音色が室内を満たしている。
 それは捻じ曲がり、業病の中に崩れ落ち、苦悶の果てに地獄の底から悲鳴と共に吐き出されてくるような、ま、早い話がとても正気では考えられないくらい、ど下手過ぎる恐怖の旋律であった。
 広壮な洋間の一角に設置されたオルガンを奏でるのは、ムッシュー田中、この館の主である。
 演奏が続く間に、スズキくんの脈拍は明らかに変調を来たし、眩暈すら覚え、せっかく用意された豪勢な食事も喉を通らない有様。

 「・・・いかがかな?」
 ひとしきり演奏して気が済んだのか、ムッシューは振り返り、真顔で訊いた。
 「ムッシュー作曲、オルガン独奏曲『悲惨』第一楽章。余は作曲も手慰みにこなすのだ。」
 スズくんは目を白黒させながら、
 「いやー、素晴らしいっすねー。シャーロック・ホームズのヴァイオリンの腕はつと有名ですが、あれを越えましたねー。
 ボクの中では、ジャイアンに迫る勢いです。」

 
さすがのムッシューも、ジャイアンは解るらしく、明らかにムッとした顔で、
 「そうか、実に結構。
 それでは、独奏曲『悲惨』、第二楽章!」

 「うわわわわわッ!!ちょっと、待って!
 ・・・それよか、先生の代表作『狼女ロビズオーメン』について、お伺いしたいのですが。」

 「何かね。困るな、それは。
 余は、あまり自著について語ることを好まんのだよ。」

 と云いながら、言葉と裏腹のニコニコ顔、既に半身になっている。
 
 「はァ、それでは失礼して。」
 スズキくんは取材メモを取り出し、話し始めた。

 「そもそも、この物語は、阿蘇山中のとある村に人狼が出没する、しかもその正体はうら若い美女だ、という画期的なコンセプトに基づいている訳ですが。」

 「うん、うん。」

 「なんか、いまいち面白くないんですよ。なぜでしょう?」

 ムッシューの形相が一変した。「・・・ナニ?」

 「例えば、狼女に殺されて井戸に放り込まれた娘とかいますよね。井戸に潜った男に発見され、不気味な死に顔を見せつける。引き上げられた死体に周囲が勝手に驚いたり、父親が発狂したり(!)して大騒ぎになりますが、これが自然な人間のリアクションでしょうか?
 仮にも、知り合いの死体であれば、いかに不気味な顔に変形していても、駆け寄り名を呼ぶくらいはする筈でしょう。まして、実の親ですよ。
 犬神だの、たたりだの、二の次ですよ。当然でしょう。娘の死体を見るなり、抱きしめもせず、いきなり恐怖に発狂して踊り出す父親なんて、現実には絶対ありえません。
 いかにも、頭でこさえたツクリモノの感が拭えないのですが。」

 「むむゥ。」

 「おまけに、その死体を調べた生物学者の青年が、重大な発見をしました、とか思い詰めた顔で云う。“し、信じられん・・・。”とか、超くどい。
 でも、これはアリだと思うんですよ。期待させてくれます。
 常套句ですが、有効な引きです。
 で、読者が固唾を飲んで待ってると、そこで場面が切り変わる。
 屋敷の室内で、対峙する学者と村長。立ち会う主人公の少女。いよいよ、謎が解かれるのか、とこれだけ引っ張って、大げさな顔で脅かしておいて、
 
 “あの死体は、牙で切り裂いた跡がある。”
 
 ・・・って、伝えたい情報はそれだけかい?!
 お前ら、バカの集団か?!

 
 正直、殺意を覚えました。」
 
 ムッシューは無言になってしまった。
 両手を組み合わせ、ジッと聞いている。

 「あと、これはネタばらしになるんですが、アンジェロ冬木。
 狼少女、霧子がブラジル(!)で出会った美青年にして、婚約者。こいつの登場する場面は、全部ひどい。
 南米の草原(パンパ、でしたっけ?)で恋を語るなんてのも、どうかと思いますが、こいつ、登場場面がすべて白いスーツでネクタイも結んでるんだよね。そんなキザ野郎が、草原で愛を囁くなんて、絶対信用できるか!!
 
たちの悪い結婚詐欺師にしか見えません。
 おまけに、遠く南米にいて、どう九州の山奥の話に絡んでくるのかと思ったら、花嫁を迎えに日本へ旅立ったはいいが結局、到着しない。
 海を越えるジェット機の機内で、「いま、行くよ。」とか呟いてるうちに幕切れ。
 え?なにそれ?
 こんなに大げさに出てきて、まったく活躍しない奴は、初めて見ました。」

 「脂身ばかりのステーキ。
 あんたの作品は、浅薄な借り物ばかりだ。それがボクの結論です。ムッシュー田中。」

 オルガンの蓋が、バチンと閉じた。 
 ギリギリ、と唇を噛み締めていた男は、搾り出すような低い声で唸る。

 「・・・グググググ・・・。云いたいことは、それだけか、小僧ッ?!」

 
血の滲むような声であった。

 (以下次号)

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