ムッシュー田中『狼女ロビズオーメン』('79、日) 【後編】
(前号までのあらすじ)
怪奇マンガ界の貴公子ムッシュー田中の目の前で、作品をボロカスに貶めるという乱暴狼藉を働いた、セーターは二枚常備のスズキくん。お陰様で、世界は暗黒に包まれてしまった!どうしてくれるんだ?!そして、この店の料金は誰持ちなのか?!
戦え!狼人間ロビズオーメン!!
「・・・許さんぞ、許さんぞ。許さんぞう法師。」
席から立ち上がったムッシュー田中は、怒りの余り、小刻みに震え出した。
黒マントの巨躯がひとまわり、大きく膨らんで見える。
食事を奢ってもらった立場で、さすがにこの展開は不味いんじゃないの、とスズキくんも頭の片隅で思ったが、作品の正当な評価に懸ける並外れた情熱が、理性を押し流し圧倒した。
チャンピオン編集者なら、スズキくんの背後にブチ抜きの明朝体で、
「怪・奇・探・偵、復活!!」の写植を貼っていただろう。
「だいたい、ムッシュー、あんたの描く女性は全員、妙にむっちりして、付け睫毛バリバリでキャバレー嬢みたいですよ。もう、ムッシュむらむら、ですよ!
少年少女の潔癖さが感じられない。だから人知を越えた悲劇に見舞われても同情がまったく湧かないんだ。風俗店で女の愚痴を聞かされるぐらい退屈なことはないですからね!
・・・ま、この城のメイドさんは、可愛いですけどね。」
声を聞きつけたのか、戸口ににじり寄っていた、先刻のメイドさんに大げさなウィンクを送ると、スズキくんは続けた。
「あと、キャラクター造形で云うなら、ヒロインの父親の口ひげ!!
極太のマジックで描いて先を細めたような、空中に反り上がる重力無視の、不自然な口ひげ!
あれじゃあ、ひげ男大好きのゲイ作家、田亀源五郎先生も黙っちゃおれんですよ!
それはひげではない、謎の黒い物体だ!とか叫び出しますよ!!
減塩なのに絶品!!プロが作る花見弁当、食べてみませんか?!」
「ぬぬぬぬぬゥ、云わせておけば脈絡無視の暴言。」
確かに。
「余と、余の作品を愚弄する不届きなやからは、こうしてくれるわ!!」
突如、彼方で火山がドーンと噴火した。
館の正面を覆っていた窓ガラスが一斉にバリンと吹き飛び、真っ赤な光が周囲を照らし出す中に、次から次へと、ドス黒い吸血コウモリの群れが飛び込んで来た!
「“田中の怒り”を思い知るがよい!!」
テーブルの燭台を片手に薙ぎ払うスズキくんは、ちゃっかり「キャッ!」と叫んで蹲ったメイドさんを庇うように小抱きにすると、呪文を唱え始めた。
「アビラ、ウンケン、ソワカ・・・アビラ、ウンケン、ソワカ・・・。」
ボッ、ボッと炎に包まれ、撃墜されていくコウモリ。
「ぬぬッ、小癪な。」
気色ばむムッシューに、
「こちとら、ムー大陸で修行した身だい。魔術のひとつも使えなくてどうする。
だいたい、こういう危機的状況で主人公が発狂したり、片目をついばまれたりするのは、川島のりかず先生の作品だけ、と決まってるんだ!!」
火山の噴火と共にグラグラと揺れ出した城内で、シャンデリアの落下する音や、高価な陶器の壷の損壊する音が立て続けに聞こえる。
スズキくんは燭台を手放すと、胸元から、日頃から身につけ持ち歩いているオリハルコンの短剣を取り出し、切っ先を突きつけた。
「さぁ、ムッシュー、観念して負けを認めるんだ。
全国の読者の皆さんに、泣いてあやまりやがれ。余が間違っておりました、ごめんなさい、ってな!!」
「くッくッくッ・・・。」
低い声で笑い出すムッシュー。
「はじめて、ですよ。
私をここまでコケにしてくれたおバカさんは・・・。」
「アッ!!ドXゴンボールだ!!」
遠くで小さく叫ぶスズキくんの声。
「ならば、ムッシュー、最後の切り札、見せてあげましょう。
蘇るがいい!!鉄人シェフ!!」
ゴーーーン!!と銅鑼の鳴る音が炸裂し、食堂室の壁がぼかんと吹っ飛ぶ。
身の丈5メートルは越す、全身包帯だらけの巨漢が固漆喰の壁面を打ち破って乱入して来た!
ご丁寧に、フランケンシュタインのゴム製マスクを被っている。
「フランケン!フランケン!」
「うぉお、おおおお、おお!」
呆れたスズキくんが、メイドさんからメアドを聞き出そうと、違う方向に努力している間に、
辛うじて立ち上がったムッシューが叫んだ。
「よーーーし!!フランケン!!よく来たな!!
スズキくんを木っ端微塵に砕いておしまいなさい!!」
「ウィー、ムッシュー!!!」
ここで、実況が入った。
「さぁ、試合開始のゴングであります。戦闘態勢万全のフランケンシュタインの男、お馴染みの両手を持ち上げ指を折り曲げた構えで近づきますが、対するスズキくん、微動だにしない。
おッと、口説きだ。
一心不乱にメイドさんを口説いております。これは危ない。お財布がピンチだ。
余裕を見てトップロープに登ったフランケン、さては頭上からスズキくんを襲おうという作戦か。
双方向にピンチだ、スズキくん。しかし残念、本人に自覚はまったくないのか。
ほくそ笑むムッシュー田中。
あぁッ!!跳んだ!!
百キロを優に越す巨体が今、宙に舞いました。鮮やかな空中殺法。
チョ~~~ップ!!スズキくんの額に、必殺の手刀が見事にめり込んだ!!
確実に1センチ以上深く入っている。これは危険だ。常人なら頭蓋骨陥没は免れないところ。
しかし、スズキくん、頭の悪さには定評のあるところです。
まったく、動じません。
ハガネの無神経、ハガネの錬金術師だ。
まさにハガレン。まさに、ハガレンであります。
性懲りもなく、潰れた額でメイドさんを口説き続けるスズキくんに、怒り心頭のフランケンシュタインの男、今度は放送席に乱入し、パイプ椅子を取り出すと。
分解。
もはや、これはパイプ椅子ではない。
パイプだ。只のパイプだ。
リングで口説くスズキくんにおもむろに駆け寄ると、口をこじ開け。
鉄パイプを叩き込んだ!
見事、貫通!
口から肛門まで、見事に一本のパイプで貫き通された!
人間串刺し!人間串刺しだ!
かつて、イタリアの食人族が駆使したといわれる伝説の秘儀、人間串刺しが今夜、ここに復活!
・・・しかし、どうなってるんだ、スズキくん?!
まったく動ずる気配がないぞ!
口から鉄パイプの先端を覗かせたまま、平気でメイドさんと戯れている!
おそるべし、スケベごころ!
ライトエロは、人間の限界を超えるのか?!
これでは、試合ではありません!虐殺だ!一方的な殺戮行為だ!・・・・・・・。」
その頃、ムッシュー城を離れ、真っ赤な炎を吹き上げる火山を横目に見ながら道を急ぐ一台の馬車。
御者の席には、たづなを持つスズキくんが。後部のキャビネットには、失神し、手折られた花のように身を横たえるメイドさんの姿があった。
「そうです、読者の皆さん。」
片目をつぶり、ウィンクするスズキくん。
「忍法・変わり身の術。身代わりになったのは、あの気の毒な老御者というワケ。
ボクが実は忍術を得意することは、過去記事、伊藤潤二『よん&むー』のレビューをご参照ください。
末尾にちゃんと記載がございます。
それでは、また。」
意気揚々、漆黒の闇へ消えていった。
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