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2010年2月23日 (火)

ムッシュー田中 『狼女ロビズオーメン』('79、日) 【前編】

 パォーーーン、パォーーーンと遠吠えが聞える。

 「・・・いや、参ったな。こりゃ、えらいところへ迷い込んでしまった。」

 暗い夜の森で、スズキくんはカンテラ片手に呟いた。
 空には薄い鎌のような三日月が架かっているが、鬱蒼と茂る高い樹々の隙間に今にも隠れそうだ。

 「そもそもボクは、なんでこんな場所に居るのか?
 そう、著者奥付にはいつも、“年齢・国籍・過去など一切が不明、最近フィンランドから帰国したばかり”などと書かれている、あの怪し過ぎる謎のマンガ家、ムッシュー田中を捜し求めて、この阿蘇山中まではるばるやって来た訳なんだが。
 果たして、こんなところに人間が住んでいるものか・・・?」

 と、カタカタと車輪の転がる音がし、闇の向こうから何かが近づいて来る気配だ。
 唖然と見守るスズキくんの目の前に現れたのは、古色蒼然たる二頭立ての馬車であった。
 手綱を取るのは、萎びた老人だ。丈高いフードに身を隠し、鞭を振るう。地獄出身のような、真っ黒い馬達が嘶き、全力で彼方から疾走してくる。

 「ウーーーム、ドラキュラ城から迎えかな。」

 スズキくんが顎に手をやり考え込んでいる間に、馬車は滑るように近づき、車軸を軋ませて停止した。

 「ドーーーッ、ドーーーッ。・・・もしや、おぬし、スズキくんかな?」

 御者は、馬を宥めながら干乾びた声で話し掛ける。

 「いかにも、でございます。」
 スズキくんはいつもの低姿勢で云った。こうした、現代の若者にあるまじき礼儀正しさがパートの女性陣にも好評だ。

 「では、わしと一緒に来て貰おう。御主人様がお待ちかねじゃ。」

 「エッ??・・・もしや、それはムッシュー・・・。」

 「シッ!!・・・この場所で、その名前を口に出してはならぬ。」
 御者は大げさな身振りで制止すると、背後の客室の扉を指差した。

 「さぁ、乗った。乗った。」

 馬車は走り出した。
 意外に揺れる座席に身を預けながら、スズキくんは考え続ける。

 (ムッシュー田中・・・そのデビューは少年ジャンプだという。
 肉の脂身だけを盛り付けたステーキのような、濃すぎる絵柄。
 ゴシック調の墨ベタ重視。妙に重苦しい。
 男、女、おっさん問わず、主役キャラは似た顔しか描けない。潰しの効かぬキャラ設定。
 一見達者そうに見えて、実は無駄の多いコマ運び。
 そして、作中にマントを翻し自ら語り手として颯爽と登場するサービス精神。
 しかし、造り込み過剰で、結局只の空回り。
 空振り覚悟で大振りするクソ度胸は買えるけど。まったく有り難味に欠ける、その言質・・・。
 考え深げに見えて、全然知恵の足りない筋立てに、小生げんなり・・・。)
 
 やがて、前方に小高い丘が見えてきた。生い茂る森の樹々を睥睨するかのように、如何にも西洋風のシャトー(城館)が聳え立っている。

 「あれこそが、」
 御者が声を潜めて云う。「ムッシュー城です。」

 「うーーーむ、どう見ても関越沿いにあるラブホ・・・。」
 
 「シーッ!御主人に聞かれたら、ただでは済みませぬ!」
 御者は、恐ろしげに燈火ひとつ見えない城を仰ぎ見る。「御主人様の目となり耳となる生き物が、この森にはウヨウヨ居るのです。」

 「例えば?」

 「城の地下に巣くう、吸血コウモリです。夜になると穴倉から這い出してきて、この一帯を飛ぶのです。徒党を組んで、周辺の民家を襲うこともあります。住民達は、これを“田中の怒り”と呼んで恐れています。」

 「うーん、ネーミングにセンスがなァ・・・。それで、ムッシュ-は、テレパシーとかでコウモリを操る訳ですか?」

 「いや、実は時給制なのです。非正規雇用なので、安く上がります。」

 「むー、けしからん話。」

 古風な跳ね橋が見えて来た。

 「ドゥーーーッ!!」
 馬車は車輪を軋ませて停止した。馬を落ち着かせながら、御者は橋の向こうの巨大な鉄扉を指し示した。
 「私のご案内できるのは、ここまで。あの門に着いたら、呼び鈴を鳴らしなさい。」

 丁重に礼を云って別れたスズキくんは、この御者も“非正規雇用”なのだろうか、と気になった。そのフードの下からは、いま掘り出した死体のような悪臭がぷんぷんしたからだ。

 呼び鈴に応えて、重い鉄扉を開いたのは、意外なことに、華のような美少女であった。
 きちんと西洋風のお仕着せを着て、正式なメイドルックだ。
 キラキラした黒目がちの瞳に、お星様が飛んでいる。

 「あ、あの・・・。」
 連載初の正統派ロマン過ぎる展開に、焦ってスズキくんは訊いた。
 「このお店、チャージいくらですか?」

 少女は可愛く小首をかしげる。
 それでも健気に、鈴を震わせるような声で、云った。

 「あの、スズキさまですね?お待ちしておりました。」 

 案内されて通されたスズキくんは、おっかなびっくり重い絨毯を踏んで、広いホールを横切った。中央に大階段が二階へ伸びており、周囲を取り巻くようにテラス付きの回廊が廻らされている。

 「はて・・・。」
 スズキくんは、なぜか既視感に捉われ、首を捻る。
 「こんな建物、初めての筈なのに、なんでか見覚えがあるんだなァー・・・。」

 「あッ!!!」
 驚く少女を尻目に、階段の端に駆け寄る。
 「1F、向かって左の扉は食堂だ。」ちょっとドアを開けて、確かめる。「ということは・・・階段左手の隅には、タイプライターが・・・。」

 確かに、小卓の上にタイプライターが設置されていた。インクリボンも転がっている。

 「これは、バイオハザード1のオープニングの洋館じゃないか?!」

 
パチパチ、と拍手の音が聞えた。
 中央の階段を、何者かが重々しい足を引き摺りながら降りて来る。

 「ブラボー、ブラボー。ブラボー小松。さすが、怪奇探偵として名高いスズキくんだ。
 よく見破ったと褒めて遣わす。いかにも、本館の設計はカプコンの名作ゲーム、『バイオハザード』第一作を踏襲しておるのだ。」

 突き出た悪魔のような鷲鼻。
 鋭すぎて、睨んでいるような異様な眼光を放つ両目。銀髪。
 結びの長いリボン状のネクタイに、黒い光沢のあるスリーピース。
 偉丈夫な巨体を覆い隠す厚手のマントも、漆黒の闇の色。
 握りに髑髏をあしらったステッキを持ち、背後に獰猛そうな猟犬を伴って、ゆっくり階段を降りて近づいてきた。

 「ハロー。」

 よく透る低いバリトンの声が空気を震わせ、男は右手を伸ばす。

 「はじめまして。が、ムッシュー田中である。」

 
 (以下次号)

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