墓場鬼太郎 『-怪奇オリンピック-アホな男』('64、日)
地獄の風景は、なんだか物寂しい縁日に似ている。
ここは、砂漠だ。
真っ黒い、墨で塗ったような空に向かい、幾本もの巨大な卒塔婆が伸びる。
金銭からも世間のしがらみからも解放された亡者たちは、群れ集ったり、ひとり佇んだり、適当に位置がえをしながら、砂丘のあちこちに立っている。
怪奇オリンピックは、始まったばかりだ。
「父さん。」
「なんじゃ、スズ鬼太郎?」
スズキくんは、照れ臭くなって虎縞のちゃんちゃんこの裾を引っ張った。
「いや、いくらなんでも、こんな有名キャラのコスプレは恥ずかしい。これじゃあ、ボク、ウェンツ瑛士と変わらないじゃないですか。」
目玉一個の姿になった古本屋のおやじは、嘆息した。
「あつかましい奴だなぁ。ウェンツと同列か。
第一、マイナータイトルばかりでなく、もっとメジャーな作品も取り上げましょう、最近作品チョイスが偏り過ぎです、と進言してくれたのは、キミじゃないのか?」
「それは、そうですが。ウェンツ呼ばわりは、ちょっと。」
「バカ者。それじゃ、趣向を変えて“スズキのねずみ男”にしてやろうか。」
「いや、あの、ボカァ、清潔なイメージで売ってるんで。」
「同じセーターばかり着てるくせに。」
砂漠の彼方から、機関車のような勢いで、何か不可思議な形状のものが接近して来る。
「・・・父さん、あれはナンですか?」
「歩く植物じゃよ。あれも怪奇オリンピックに参加しておるんじゃ。」
植物は、小山のような高さで、なんの用途か古時計を正面にかざして、無数の根っこで砂を掻いて進んでくる。突き出した、尖塔のような切り株は苔むしていて、かなりの歳月を経ているようだ。
「うーむ、面白いなぁ。
それで、父さん、ボクらは、これからどうすればいいのですか?」
「別に、何も。
怪奇オリンピックは、参加することに意義があるんじゃ。」
と、スズキくん、背筋をピンと伸ばして、右手を挙げた。
「ストップ!そうはいかない。
せっかく、水木先生を取り上げたんだから、もう少し有意義なことを話しましょう。
やはり、水木先生の真骨頂は貸本時代の作品にあると思うんです。」
目玉のおやじは、どこから出たのか、お椀の湯船に浸かりながら、あくびした。
「それ、みんな云ってるよ。」
(ところで、一個の目玉があくびする姿をどう描けばいいか。U字型に瞑った目を描いて、手足をうんと上下にのばし、ト書き“う~~~ん”を横に入れる。これで生活臭さや可愛さが同時に表現できてしまうのだから、すごい。)
「一番有名な鬼太郎にしてからが、貸本時代がベストですよ。
のちに少年マガジンに連載されるものとは、まるで別物です。」
「どう違うというのかね?」
「んん・・・なんと云うか、とってもアダルティなんです。端的には、鬼太郎がシケモクを吸うとか、ぐうたら寝てばかりいるとか、大人びた行動ばかりが目立っちゃいますが、それだけじゃなくて、もっと価値観の全体が大人なんですよ。」
「そう!そこだよ!」
突如、目玉のおやじが身を乗り出して、云った。
「水木先生は、不思議な作家でね。どこまでが計算なんだか、さっぱりわからないところがある。
話を拵える道具はたくさん持っているのに、うまく転がっていかないんだ。
これはヒット作を生み出すようになってからも、そう。
リメイクの『河童の三平』とか『悪魔くん・千年王国』とか、一般的な意味での痛快譚にはまったくならない。
なんとも奇妙な印象が残る。独特の詩情もね。
凡百の作家なら、普通に、感動物語や勧善懲悪のロマンに簡単に置換してしまうような素材を、水木先生がいじると決してその通りにはならないんだ。
なんというか、キャラクターの扱い方とか、ストーリーの組み立て方とか、現世の価値観を越えているところがある。」
「怪奇オリンピックですね。」
「んん?」
「“オリンピック、パラリンピックときて、今度は怪奇オリンピック”ですよ。
佐藤まさあきの佐藤プロから出た貸本版鬼太郎の一冊に、『アホな男』というのがありまして、これが凄い傑作なんです。
前半はまたしても血液銀行ネタ(※鬼太郎第一作『妖奇伝』も同じネタで始まる。)で、ねずみ男の売った血で若返ったヤクザの老親分が、秘密を知った病院の院長と競争で、供血者の持つ不老不死の血を求めて、激しい争奪戦を繰り広げる。
一方で鬼太郎から“あの世保険”を売りつけられた漫画家水木さがるは、あの世で開催されるという怪奇オリンピックを見物するため、幽体離脱を遂げ、二度と現世に帰れなくなってしまった。
結局、典型的悪玉のヤクザの爺いは、ねずみ男に「かえしてもらうぜ。」と注射器で血を抜きとられ、元の老い耄れに戻って息絶えてしまう。(ここでのねずみ男、超クールでかっこいいです!)
対抗する院長は、鬼太郎のニセ情報にだまされ、“あの世保険”に加入してしまい、これまた死亡。
あの世の砂漠、」
スズキくんは、周囲の何も無い空間を指差し、
「そう、ちょうどこんな場所で、ふたりは怪奇オリンピックに参加することになる。
もちろん、怪奇オリンピックがなんなのか、水木先生は一切説明しません。
“千年に一歩歩く巨大な鳥”とか、“ちょっとした島ぐらいある、植物とも動物ともつかない奇妙な形状の生き物”がノソノソ動く姿を断片的に見せるだけ。
これがなんとも不可思議な情感に溢れている。
哀しいような、楽しいような、いい加減で自由な感じ。そして、不定形な無気味さと。
で、死んだ奴が、目玉のおやじに聞く訳ですよ。
われわれは、これからどうしたらいいのでしょうか、って。
おやじの答えが、“見物することでわれわれは怪奇オリンピックに参加しているのです。”
“オリンピックは、参加することに意義があるのですからネ。”
うーーーん ・・・・・・水木先生って、いいなぁ!」
感じ入るスズ鬼太郎を尻目に、目玉のおやじ(正体はウンベルの眼球)は、深く溜息をついた。
「なんだ、さっきのわしの説明と同じ結論じゃないか。
まァ、野暮は云いっこなしだ。
・・・・・・ホレ、あれを見たまえ、スズキくん。」
「うわぁー、すばらしい。お化けのダンスだ。楽しいなァ。」
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