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2010年1月 2日 (土)

『どんづる円盤』 (’78、日) <完結編>

   (承前)

    第六話、古物都市

 スズキくんは、身じろぎもせず座っていた。
 おやじはジッと腕を組み、考え深げに眼を閉じている。
 微かに、風が出てきたようだ。
 見上げれば、夜が漆黒の翼を広げ、一帯のまばらな灯りを包み込んで拡がっている。暗黒の大宇宙は底知れぬドス黒さに満ち溢れ、嵌め込まれたダイヤモンドの細かい粒のような星々さえもギラギラと凶暴な光を放って、なんだか落ち着かない。
 
 「最終章は、佐田雅男の手記の体裁で語られます。」
 
 スズキくんは、ようやく意を決したらしく、話し始めた。
 「この章が読者を混乱に陥れるのは、そこです。思考内容が地の文で次々に述べられ、マンガとしてのアクションがない。」
 「一番最後のオチ部分を除けば、だろう?」
 おやじは瞳を開いた。決して寝ていた訳ではないらしい。
 「あれこそが、恐怖マンガの常道への回帰だと、わしは思うね。」

 スズキくんはぐるぐる手を振り回しながら、
 「いや、だからこそ、話が余計ややこしくなるんです。それまでの説明をさらに錯綜させてしまう。
 でも、まァ、いいや、まずはストーリーの叙述を完成させてしまいませんか?
 それから残った問題について、じっくり検討するとしましょう。」

 おやじは右手を軽く差し上げた。やれ、と目配せする。
 流星が、南の空に光って消えた。

※     ※     ※     ※

11) エピローグ、最後の恐怖

 東京。佐田の自宅。
 ノートに向かい、その後の事件の経緯を書き綴る佐田。
 
 「円盤が去り、巨大ゴキブリは残らず死滅したが、
   ゴキブリの運んできた病原菌のために、大量の病人が出た。」

 「円盤のことは、誰も信用してくれない。
 テレパシーで僕達に話しかけてきたのは、確かにゴキブリだった。
 円盤の搭乗者がゴキブリだったなんて、誰が信じてくれるものか。
 だが、僕達は見たんだ。」


 妹ミチルは、あれからずっと眠ったままである。
 何かの原因により、昏睡状態に陥ってしまったようだ。

 「ゴキブリは、人類が生まれて来る以前、遥か古代から現在まで生き続けている昆虫だ。
 考えようによっては、地球を支配してきたとも云える。
 恐龍が滅んだように、人類もやがて滅ぶかも知れないが、ゴキブリは変わらず生き続けるだろう。」
   
 「円盤のゴキブリは、人間より優れた超能力を持っていた。
 あれは、宇宙のどこかで進化し発達した、恐るべき新種だったのだろうか。」


 考え深げに、窓の外を見やる佐田。

 「あいつは、神ということを云っていた。
 すると、われわれを助けたのも、神の意志を代行してのことか。」


※     ※     ※     ※

 「さて、この次の一行、二重に赤線、アンダーバー願おうか、スズキくん。」
 おやじは、カッと眼を見開いて云った。
 「チェックメイト。王手。」

※     ※     ※     ※

 「もし、ゴキブリが神の使徒だとしたら、今、家の中にいるゴキブリはわれわれ人間を監視しているのではないだろうか。」

※     ※     ※     ※

 「これって、“ゴキブリは神に等しい”って意味ですよね?」
 湧き上がる興奮を隠し切れずに、スズキくんが云った。

 「そうだ。
 この物語が、実は[ゴキブリによる人類飼育テーマ]を語っていたことが、ここで初めて明らかになるのだ!!」

 「意味不明だった<前編>(4)での、佐田家天井裏に張り付いたゴキブリの描写はこの為だった訳ですか?!」
 「重要な伏線だよ。作者は周到に筆を進めている。
 白川まり奈の頭の中に、最初からこの種明かしがあったのは、間違いない。但し、余りに壊れまくったストーリー展開に皆が翻弄されてしまい、最後の説明ですべてを救うどころか、さらなる混乱をきたしてしまったのだ。」

※     ※     ※     ※

 「ゴキブリは子供を大事にして、卵が孵るまで母親が持ち歩き、育てる。
 人間のようにどこかに生み捨てたりはしない。」


 昏睡を続ける、妹ミチルが寝ている部屋。
 自室の暗闇の中で、手記の執筆を続ける佐田雅男。
  
 と、ふいに、ミチルが暗がりで眼を見開く!

 「あの巨大ゴキブリも、自分の子孫を残そうと考えたのだろう。
 だから、円盤に潜り込んで現代にやって来たのだ。
 荒廃した未来の世界よりも、今のほうが生き延び易いだろうし、
 きっと、卵だって産もうとした筈だ。
 そうだ、その卵はどこかに隠れているのに違いない。」


※     ※     ※     ※

 「この記述は、すぐ前の前提と矛盾しますね。」
 スズキくんが、冷静に指摘する。
 「だって、“母親が持ち歩き、育てる”んでしょう?“人間のように、生み捨てたり”しませんよね?!」
 「私は、こういうとき、『たかがマンガですから』って、片付ける連中が嫌いなんだよ。」
 おやじは云う。
 「スズキくん、きみの云う通りだ。
 この記述は、先の説明と明らかに食い違っている。だがね・・・・・・。」
 
 「だが、なんです?」
 「いや・・・ともかく、最後まで続けよう。」

※     ※     ※     ※

 一階の自室で、手記の執筆を続ける佐田。
 不吉な予感に捉われ、天井を見上げると、天板びっしりに蠢く、無数のゴキブリ!!
 「ウァアアーッ!!」

 
異変に部屋を飛び出す佐田。階段を駆け上がる。
 
 「ミチルの部屋から出てくるぞ、どうしたことだろう?!」

 ドアの隙間から、行列となって吐き出される夥しいゴキブリの群れ!!

 「おい、ミチル!起きろよ、たいへんだぞ!」

 佐田、ドアノブに手を掛け、引き開け、
 恐怖に凍りついた!!!

 蒲団に転がった妹ミチルの全身を食い破り、孵化するゴキブリの大群!!
 どす黒い空洞となった眼窩から、鼻の穴から、
 ポッカリあいた恐ろしい口の穴から、
 あとから、あとから無限に這い出してくるゴキブリで、部屋は埋め尽くされていた!!


 佐田、最後の独白。

 「円盤のゴキブリは、ただ単に人類を助ける目的で、巨大ゴキブリを殺したのではない。
 もし、未来において奴らが飢えたとき、巨大ゴキブリは彼等の『食糧』を食い荒らす存在となるだろう。
 だから、助けたのだ。」

 「われわれは、彼らによって飼育されているのだ。
 地球という、飼育箱の中で。
 いや、地球は彼らにとって、未来の牧場なのかもしれない。」
  

   (END)

   第七話、古いろの誕生

 「・・・終わりましたね。」
 「うん、ようやく終わったようだ。」

 闇に沈んだ屯鶴峯を眺めながら、ふたりは深い息を吐いた。
 夜気は冷たさを増し、たいした標高でもないのに、妙に肌寒い感じがする。
 彼方に見える民家の明かりも、心なし少なくなったようだ。

 「集英社版の妖怪ハンター、章題をすべて載せることが出来て、わしは満足だよ。」
 「シリーズ以外の短編も二本含んでますがね。だいたい、ジャンプで連載されるも五本で打ち切りとなり、最終話なんか、先日までまったく復刻されなかったという。
 諸星先生自身が“不遇なシリーズ”と回顧されてますね。」
 
 「その先見の明がなかった編集者、一度顔を見てやりたいもんだが。
 ま、それはともかく。」
 おやじは、落ち着き払って続けた。
 「ゴキブリには二種類あったんだよ。
 巨大ゴキブリと、円盤のゴキブリは、別の種族だったってことなんだ。」

 「それが混乱の要因ですね。
 それにしても、最後、ミチルの身体から孵化したゴキブリは、小さい、普通のサイズのゴキブリでしたが?!」 
 
 おやじは、軽く手を振り、いなすと、
 「いや、あれは巨大ゴキブリの子供なんだろう。
 子供だから、小さいんだ(笑)。
 円盤のゴキブリが、人類の歴史以前から、この地球を支配している知性種だとすれば、巨大ゴキブリは知能を持たない、突然変異種ということになる。
 環境汚染が生んだ、ミュータントなんだよ。」

 「ははぁ。」
 スズキくんは、記憶を手繰り寄せ、溜息をついた。
 「<前編>の第一話、ラストで『地球環境を大切に』なんて、そぐわないこと云ったりして、あんた、アレも伏線だったって訳ですか。」

 しばし試す眇めつしていたスズキくんは、口を開いた。

 「ところで。最後に判らないことが、ひとつあるんです。」
 「何かね?」
 「先ほど、“ゴキブリは卵を産み捨てない”のくだりで、何か云い淀まれましたよね。
 あれは、どういう意味があるんですか?」

 「あァ、あれか。」
 おやじは、ニヤリと笑った。
 「スズキくん、きみは実際にゴキブリの卵を眼にした経験はないかね。」
 「エェ、あの、黒光りする、小さなお財布みたいなやつですよね?」
 「つまり、必ずしも、産み捨てない習性じゃないってことさ。

 例えば、ほら。」

「うわわぁぁぁぁーーーーーーーッ!!!」

 
どす黒い空洞となったおやじの眼窩から、
 鼻の穴から、
 ポッカリあいた恐ろしい口の穴から、
 あとから、あとから続く無数のゴキブリの洪水が、スズキくんの顔面目掛けて溢れ出して来た!!


 
その夜以来、ふたりを見掛けた者はいない。
 

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