『呪われた巨人ファン』 (’85、日)
(シーン1、ごく普通の住宅、二階の勉強部屋。)
部屋の片隅に、ダンボール箱を被った男が蹲っている。
なぜ、男と解るのかと云えば、箱の丈が短すぎて毛脛が剥き出しだからだ。
褪せたダンボールの側面には、マジックで舌を垂らしたおっさんの顔が描いてあり、一枚の紙切れが貼られている。
死亡診断書
「名前・うんべるけなひ」
「死因・スポーツマンガ嫌悪症、あと下らぬマンガに散財」
ふすまがスーッと開き、顔面血だらけのスズキくんが入ってくる。
「ウンベルさん。」
「うわぁッ!!・・・なんだ、スズキくんか。どうしたんだ、その顔は?」
「これですか。」
潰れた片目を醜く歪め、「来る途中、自動車に当て逃げされました。去年の夏から二度目です。」
「洒落にならないなぁー。半分、実話じゃないか。」
「前回は示談金をふんだくってやりましたがね。」ケケケと笑い、
「それにしても、ひどい扱いじゃないですか。
苦労して、城(きずき)たけし『呪われた巨人ファン』を捜し出してきたボクの貢献を、なんだと思ってるんですか。」
「だから、こうして“しろひ”のコスプレでお出迎えしている。」
バン、と箱を叩いて内部でそっくり返った様子だ。
「こんなの、キミ、まXだらけの店員でもやらないぜ。」
「レジ、打てないからじゃないですか。
それよか、どうでした?待望の『巨人ファン』は?いい具合に、相場もお高めでしたよ。」
「キミには本当に感謝している。当ブログのマンガコーナーはキミ抜きには成立しないくらいだ。
今度、まだらの卵入りのスキ焼きでも奢ってやるよ。
しかし、こりゃなんだな、世評ほど狂ったマンガとは思えんわなー。」
「意外と普通でしたね。
確かに、辻褄の合わない展開をするんですが、異常の連続ではないんです。」
「ここで、読んでない方のために、一応ストーリー紹介をしておこうかな。古本屋でも高くなってるし、復刻の陽の目も見そうにないからね。」
「まさに、呪われた一冊!」
「作者の城たけしは、これ一冊残して歴史の闇に葬り去られたのだったね。
よし、それじゃ、景気づけに場面を転換するぞ。」
(シーン2・赤い血ぬられた満月が照らす、石造りの砦のような建物。)
ブヒィーーーッ!
ブヒィーーーッ!と、哀しげな動物の鳴き声がする。
「あッ!!これは、“恐怖!!ブタの町”だ!!」
驚くスズキくんを尻目に、悠然と残飯をあさるウンベル。
「なに、きみへのサービスだよ。」
「嬉しくないなぁー。」
「両親が豚になる設定がまったく同じということで、日野日出志『恐怖!!ブタの町』は、宮崎駿『千と千尋の神隠し』に影響を与えている、というのが私の説なんだが、当たっているかなぁ。友成純一『狂鬼降臨』第二話が、直接の影響下にあるのは間違いないんだが・・・。」
「それよか、『呪われた巨人ファン』の話ですが。」
「ウーーーム、進行するねぇー。こりゃ大物だ、将来の出世は保証付きだね。」
「いい加減なこと云ってないで、今月の給料を上げてください。冗談抜きで。
それじゃ、行きますか。」
《あ~ ら~ す~ じ~》
昭和五十年代の話。巨人ファンの少年ひろしは、五万人が詰め掛けた後楽園球場で「巨人-阪神」の試合を観戦し、掛布のサヨナラで阪神が勝利するのを目撃する。
しかし、家に帰ると母親が、勝ったのは巨人だという。錯乱するひろしだったが、ニュースを確認すると確かに母の云う通りだ。ちくしょう。なんてことだ。
そんなプロ野球の勝敗程度の、クソのような出来事で現実不信に陥った小学生は、一緒にスタンドに居た証人の酔っ払いを捜して、担ぎ込まれた水道橋の大学病院に行き、彼があの夜に死亡していたことを知る。
帰路、酔っ払いの亡霊が出現、亡妻への連絡を頼まれ任務を果たすことに。無事託された死亡診断書を届けるも、ババァに、よくここが判ったね、と云われる。
「だって、死亡通知に書いてあるじゃないか。」
「なに云ってるんだい、これ、白紙だよ。」
ギャーーーッ!!
最早現実を信じられなくなったひろしは、グレて登校拒否。ダンボールを被り、「阪神ファンの“しろひ”でーーーす!!」と名乗り、ますます反現実世界に没入していくのであった・・・。
「ここまでで半分くらいかな。全体に意外と、と云うか、当然かも知れんが、野球がらみのネタが多くてね。わしゃ、これから箱人間が発狂して大暴れして、いよいよ面白くなるかと思ったら。」
「ウンベルさん、野球大嫌いですもんね。“しろひ”は、通りすがりの女の子を驚かすくらいで、たいした活動しないんですよね。」
「部屋で、ダンボールのまま首吊り状態の場面は良かったけどな。でも、ありゃ本人じゃなくて人形だったし。」
「交通事故で、顔ぐちゃぐちゃの女の子が訪ねて来るシーンは良かったですよ。あと、遡りますけど、酔っ払いのおっさんが死んだ病院の手術室。」
「残酷シーンばかりじゃないか!お前はウンベルか?!
でも、女の子、実はXんでない、という・・・。」(伏字、自主規制。)
「川島のりかず先生の発狂美学を信奉する人間としては、この設定、この話でハッピーエンドはありえないと思うんですよ!
それじゃ、全然残るものがないですよ。
ボクの評価は、ハッキリ云って、低いです。」
「・・・無理ないかな。
この人、誰かのアシスタント経験者だよね?予想より、ちゃんとした漫画力がある。あんまり、壊れてないもんね。ブヒッ。」
「え?」
「ブヒッ!ブヒッ!ブヒッ!」
会話しながら、残飯をあさっていたウンベルが、突如呻き出したかと思うと、その身体はみるみる、一頭の薄汚れた豚に!
「以前の『赤い蛇』レビューで、この展開、予想は出来てました。」
スズキくんはふところから、巨大な斧を取り出した。
真っ赤な満月の照り返しを受けて、ギラリと刃が光る。
「なにか、言い残すことはないですか?」
「ブヒッ!ブヒッ!」
「そうですか、わかりました。」
一刀両断!
鮮血を吹いて宙に舞う豚の首!白眼を剥いて地面に落ちた、その苦悶の表情が、みるみるスズキくんそっくりになっていく!
「しまった!!!」
臍を噛み、砦のような建物の尖塔を見上げると。
(シーン3・建物の塔の頂上部分。照らし出す赤い満月。)
軍服を身に纏った巨大なスズキくんの像が、剣を振りかざし直立している。
そして、このブログ記事を読んでいる読者の顔も、全員スズキくんに・・・・・・・。
不安げに見守るスズキくんの顔、顔、顔・・・・・・。
「ギィヤァァァーーーーーーッ!!」
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コメント
ウンベル君。
ノっているな。
真剣に単行本化を目指したまえよ。
投稿: 倉区田留頓 | 2010年1月 6日 (水) 12時40分