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2010年1月16日 (土)

『死を呼ぶコックリさん』 ('83、日)

 ろくに暖房もない室内は、ひんやりして霊安室を連想させる。

 「かなわんなぁー。」
 七三分けで、関西弁の男が云った。一番年配で、会議の長らしい。
 「定時を越えると、ビル管理会社の連中が、勝手に暖房切ってまうんや。どんだけ、節約せえっちゅうねん。」

 「墓編集長、とにかく始めましょう。私、まだ他に仕事、残ってるもので。」
 窓の外、街を覆う暗闇に目をやり、口の尖った気の強そうな女が云う。「スズキくん、資料を配って。」

 「へいへい、位牌さん、了解でございやす。」
 古本好きの好青年、現在のところ一介のサラリーマンのスズキくんが、愛想良くコピーを廻し始める。
 会議の出席者は、四名。
 あとの一名は、あきらかに挙動がおかしい中年男だ。宙を向いて、椅子に深く凭れ、ぽっかり開いた口からダラダラよだれを零している。

 「さて、お手元にお配りした資料ですが。」位牌さん、と呼ばれた女が、冷静な口調で述べる。
 「現在、我がびんばり書房で出版を検討している、高園寺司郎の作品です。」

 「うわ。」
 「あちゃー。」


 二名の口から、同時に嘆声が漏れた。
 コピーの中味は、マンガの原稿らしい。稚拙な線で描かれた少女の顔が絶叫している。

 「・・・こらまた、ずいぶん汚い絵やなぁー。」
 呆れたように、墓編集長が云った。「どっかの素人の、学生さんか何かか?」
 「いえ、別の出版社ではありますが、既に数冊、単行本も上梓している立派なプロの漫画家です。」
 「プロって、お前、この絵でか?ほんまに?」
 墓という奇妙な名前の男は、しげしげとコピーを眺めて、気短かそうに言い放った。
 「あかん、あかん。こんなの世に出したら、ウチの恥やないか!
 なんや、この腐った宮西計三みたいな描き込みは?!気色悪いわ!!」

 「しかし、お言葉ですが、墓編集長。」
 右手を挙げてスズキくんが、遮った。
 「ここまで酷いというのは、それはそれで、認めるべきひとつの価値じゃないかと・・・。」

 「新人。お茶淹れてきて。」
 位牌さんは冷酷に宣告した。スズキくんが出て行くと、テーブル越しに身を乗り出し、深いセーターのネック部分から覗く胸の谷間を強調しながら、
 「ちょっと、あんた。ウンベル。ちゃんと仕事しなさい。お給料貰ってるんでしょ!」

 「うがー。」
 ウンベルと呼ばれた中年男は、うつろな視線を向け、大声でゆっくり繰り返した。
 「がぁー。あぁー。おっぱい。おっぱい。けへへへ。」
 
そしてニンマリ笑った瞬間、ウンベルの顔面に位牌さんのパンチが炸裂した。ガクン、と首が仰け反り、ゆっくりと元に戻る。
 鼻血が垂れていた。
 
 困った墓氏は、見て見ぬ振りをしながら、
 「まぁ、それはともかくやな。・・・ストーリーを教えてくれへんか?」
 「ハイ。」
 位牌さんは、手の甲に付着した薄汚い血を拭いながら、メモを読み上げる。
 
 「“・・・榊 夏美は、明るい無邪気な女子中学生。しかし占いマニアだ。
 ある日、自宅でセルフで呼び出したコックリさんを帰すのに失敗し、それ以来、弟は何かに憑りつかれて、言動も行動もおかしくなる。
 よだれを流し、宙を見つめて「あば、あば」と呻くばかりの弟。ひとりで服を着替えることすら出来ない。
 しかしピュアな夏美は、その件に関して一切責任を感じていない。
 心配する父は、医者の勧めに従い、転地療法のために田舎の別荘へと姉弟を連れて来るが、この屋敷こそ、父方の先祖が百年前にフランス人少女をギロチンで処刑した(!)由緒ある場所だった。
 まったく意味不明なフランス人少女の呪いを受け、悪魔のような性格に変貌した夏美は、クラスメートを卑劣な罠に掛けては、地下室に監禁していく。
 コックリさんを始めるのに最適の人数は、四名。さぁ、全員揃ったら、楽しい5円玉プレイの始まりだー!!”」

 「・・・なんじゃ、ソラ?!」
 墓編集長は、全開で突っ込んだ。「なめとるんか?!」

 「なめてますよ、明らかに。」
 給湯室から戻ったスズキくんは、冷静に云った。
 「まぁ、描き込みの程度を見てやってください。冒頭から三分の一くらいは、まだやる気を見せて、背景も含めて細かく緻密ですが、中盤から俄かに崩れ出し、最後の三十ページなんか、完全に投げちゃってます。」
 背広にメガネで、つぶらな瞳(!)の父親が、奇怪なポーズでだんだら模様の床に寝そべり、不審物を捜索するシーン(P.154)を指差し、
 「このように驚くほど、ヒドイことになっていきます。どうやら途中で飽きてる、もしくは自分の画家としての才能の無さにようやく気づいて、今更ながら絶望してしまっているようなのです。」
   
 墓編集長は、嘆息した。
 「・・・甘えんぼう屋さんやなぁー。」

 「最終ページの見開き二ページなんか、決してやってはいけない、やっつけ仕事の見事過ぎるお手本です。適当なナレーションで話を強引に終らせてしまい、読者は完全に置いてけぼり。これで腹の立たない人が居たら、ぜひお目にかかりたい。」

 スズキくんが汲んで来たお茶を飲み、位牌女史は、データを読み上げる。
 「しかし、意外ですが、このボロ作家、高園寺司という名義で出した過去の作品は、みんな軒並み、高評価です。既に絶版ですが、古本屋では異常な高値でプレミアがついております。」
 「こんな、史上最悪のクズ作品がか??」
 「常識を越えてあんまりヒドイので、かえってカルト視されてしまっているようです。」

 「世も末やで。こんな腐れガキの作品がプレミアなんて・・・。」
 
 墓編集長は七三の分け目を神経質そうにいじりながら、気を取り直したらしく続けた。
 「そんでもな、わしかて関西人やねん。銭になるもん、売れとって流行っとるもんはな、絶対無視でけへんのや。
 よっしゃ、ほな、ぼちぼち決を採ろうか?高園寺の作品を出版するのに、賛成の人はおるか?」

 ななつの賛成票が集まった。

 「ななつ・・・って?!」
 全員が右手を挙手するなか、ウンベル一名が両手、両足をすべて挙げてニヤニヤ笑っていた。
 
 「ねぇ、スズキ。」
 会議を終えて、部屋を出て行く途中で、スズキくんは呼び止められた。
 「なんですか、位牌さん?」
 「さっき、会議の前に四人でやったコックリさんなんだけど・・・・・・。ちゃんとお帰りになったっけ?」
 「さぁ。」
 スズキくんは首をひねった。「ボクは見てませんけど。」
 「まぁ、いいや。飲みに行こうか。」
 「え??いいんですか、残業しなくても?」
 「なんか、やる気なくなった。行こ。」

 出て行く二人の背後で、両手両足を宙に差し上げたウンベルが、狂ったようにニヤニヤ笑いを続けていた。

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