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2010年1月30日 (土)

つのだじろう『悪魔の手毬唄』 ('76、日)

 暮れなずむ仙人峠から見下ろすと、鬼首村が一望される。
 
 本村の奥まった一隅に鬩ぎ合うようにして並ぶ、仁礼と由良の両屋敷。白い土塀と幾つもの蔵に囲まれ、それぞれに覇を競っている。
 左手には、墓地や陣屋跡を擁する寺の黒い甍が覗き、向かい合う小高い山は一面に、段々に造られた葡萄畑の棚に覆われている。急な斜路を上り詰めたところには、仁礼家の経営するぶどう酒工場がスレート葺きの屋根を広げている筈だ。
 山からは細々と滝が湧き出しており、あの可哀相な「枡で量って、漏斗で飲んだ」死体が発見された滝壺へと流れ落ちる。水の行く先は、深々と黒い水を湛えた大きな沼だ。夕暮れの光の中で不気味に静まり返る沼地の畔は、無数の葦に覆われ、嫋々とたなびく只中に多々良放庵の慎ましい苫屋が見え隠れしている。
 そして、峠を下ってすぐの辻に、青池リカの営む鉱泉宿「亀の湯」の看板が掛かり、あの痛ましい事件から長い時間が経過していることを忘れさせてくれる。煙突から白い筋が流れているのは、女中のお幹が夕餉の支度に勤しんでいるのであろうか。
 
 仙人峠を照らす夕陽は、今にも山の端に差し掛かり、暮れんとするばかり。
 そんな黄昏どきの山道で、異様な風体の人物が二名、対峙している。

 「ごめんくだせぇ。おりんでござりやす。」

  白い頬被りをして、長い木の杖を持ち、腰の曲がった老婆の扮装をしたスズキくんは、ジッと面を伏せたまま、低い声で云った。
 対面する人物も、まったく同じ格好だ。
 やはり、杖を突き、深くこうべを垂れた老婆である。こちらは、何故か焦ったのか、わざとらしいシワガレ声で一気呵成に喋った。

 「へぇへぇ、おりんでござりやす。今度お庄屋様のところへ、帰って参りやした。なにとぞ、可愛がってやってつかぁさい。」

 沈黙。
 ジリジリと時が流れる。
 両者、一歩も譲らず、互いに相手を窺っている気配だ。
 彼方でカラスの群れが、寝ぐらへ急ぐ。忙しない声が遠く響いた。

 「・・・おりんで、・・・・。」

 業を煮やしたスズキくんが躊躇いがちに口を開くと、相手が押し被せるように絶叫した。

 「ござりやぁーーーす!!」

 「なんだ、お前?!」
 キレたスズキくんが杖を投げ捨て掴み掛かると、相手も同じく組み付いて来た。
 しばし峠の山道では、腰の曲がった老婆同士の大格闘という珍しい光景が展開した。
 引っかく。摘む。殴る。蹴る。
 両者とも同じ格好だから、ドッペルゲンガー同士の戦いを見ているような、まさに悪夢の一場面である。

 しかし、「古本好き」という重いハンディキャップを背負っているとはいえ、まだ二十代の若さの好青年スズキくんは、次第に優勢となり、遂には相手を組み伏せることに成功。
 地面に顔を押し付けて、頬被りを外してみれば、

 「あッ、なんだ、あんたは。」
 
 卑屈そうに照れ笑いするその顔は、毎度お馴染み、行きつけの古本屋のおやじだ。
 「いやー、参った参った。強いなー、あんた。ホレボレしちゃうなーッ。」
 汚い歯茎を見せた。

 「マスター、なんでまた、こんなところに。」
 拍子抜けしたスズキくんは思わず素に戻り、問い正した。
 「その声はやっぱり、スズキくんか。」
 おやじは嬉しそうに笑い、背負った笈子を地面に降ろし、背伸びした。
 「あぁ、苦しい。正月に雑煮を喰い過ぎた年寄りみたいな気分だ。二十一世紀のことは、若手に任せて爺いは引退を決め込みたいんだが、この不景気で貰える筈の年金はカット。碌に手当てもありゃしない。逝くも地獄、生きるも地獄とはこのことだよ。」
 「なに、一息に捲くし立ててンですか。質問に答えてください。」
 「きみこそ、なにを素ッとぼけてるんだ。そんな格好をして。」

 「あの、総社の町でコスプレ大会が開催される。
 となりゃ、格好はこれ以外、なにがあるというんですか。ボクは思いつきません。」

 「おぉ、総社ね。忘れている人がいるといけないから、念のため情報を補足しておくと、横溝正史『悪魔の手毬唄』の事件が起こるのは、岡山県鬼首村。山間の小さな村だね。それに隣り合わせに、ラストの印象的なシーンの舞台となる総社の町があって、金田一は事件の手掛かりを求めて、仙人峠を通って歩きで往復したりする。
 その途中で遭遇するのが謎の怪老婆・・・・・・。」
 「おりん、でござりやーす。」
 チリン、と鈴を鳴らした。 

 「そういや、つのだじろうのマンガ版『悪魔の手毬唄』にも、おりんの場面は大きく扱われているんだよ。これを見てくれ。」

 おやじは、汚い茶巾袋から取り出した富士見書房ワイルド・コミックス版の単行本を地面に拡げて、
 「ホレこの通り、見開きと大ゴマを駆使して最大の見せ場として演出してるだろ。
 “ヒタ、ヒタ、ヒタ”なんて書き文字(擬音)にもかなりの気合いが感じられる。つのだも、この場面だけはハズせない、と覚悟を決めたんだろうな!」
 「日本の探偵小説で、名場面・名ゼリフ百選を決めるとしたら、間違いなくトップテンにランクインするシーンでしょうからね。
 でも正直、小説版の出来が良すぎて、映像化してみると意外と普通なんですよね。」
 「うん、小説だと、じわじわ来る怖さが味わえるけど、絵にしてしまうとそれきりだ。市川崑の映画では、余韻部分はカットして、それよか解り易くて見た目も派手な、死体陳列ショーに主眼を於いたつくりになってたな。」
 「土蔵に老婆の影が大写しになって、大空ゆかりが悲鳴を上げるなんて、いまどきコントにもならないですからね。映画公開当時、ドリフがよくパロってましたよね。」
 「おまえ、幾つなんだよ!年齢詐称か?!(笑)」
 
 「ところで、つのだが描く、おりんとの遭遇場面なんですが・・・・・・。」
 スズキくんは、不審そうに頁を指差した。
 「この、丸メガネでおばさんパーマで、チョビ髭の小男は誰です?小学校の校長なんか、出て来ましたっけ?」
 「バカモノ。
 それが、金田一耕助さんだ。」
 「ヒェェェーーーーーーッ!!たたりじゃーーーーーーッ!!」
 「古いなァ。」 

 「つのだ版は、その他にもストーリーとかキャラ設定とか、アレンジがとんでもないことになってるんだよ。
 まず、事件の鍵となる童謡『悪魔の手毬唄』なんだが、ムード歌謡として全国的大ヒット中だ!
 しかも、この歌詞たるや、裏の庭のスズメ三羽がまったく関係ない!つのだ先生が勝手に書き下ろした、セリフ入り殺人ソングだ!

 「♪あなたの背後に、手毬を持った白い髪の少女がいたら~」

 って、コレ、モチーフはフェリーニ『悪魔の首飾り』じゃないか!悪魔つながりか?!

 「♪(セリフ)そうよ、勿論殺すのよ!
 キラキラ光る銀の釘を、身体じゅうに打ち込んでやるわ!」

 この、不吉過ぎて常人の神経では耐えられない最低の唄を歌うのが、由良泰子、仁礼文子、別所ゆかりの三人で結成されたアイドルユニットだ!俺はもう、狂いそうだ!しかも、なぜか、全員トップレス!いやん!ばかん!」
 「その点は、エロサービス好きのマスター、高評価なんでは?」
 「ところがそうでもない。つのだの描く女性像は、劇画の脇役みたいで色気が皆無だ。おっぱいなんか、丸い円盤二個が張り付いただけ!目つきも恨みがましく、貧乏臭くて実用に耐えない。いい加減にしろ!」
 「相当、怒ってますね。エロ好きだからこそ出てくる、真の怒りですね。」
 「心の叫びだ。もっと真面目にやれ。
 その他、クライマックスには降霊会が開催され、死んだ犠牲者の霊が真犯人を語る、とか凄いことになるんだが、別段面白くはない。」

 
「エッ?!」
 「マンガとしては、さして面白い出来ではないよ。話の種に読んでみれば、ってレベルだよ。誰でも知ってる名作を、ここまで最低に改竄できる、って行為自体は魅力だけどな。横溝先生、怒って墓から出てくるぞ。」
 
「でも、つのだ先生、この時代に『八ッ墓村』『犬神家の一族』と連続で三本も横溝のマンガ化を任されてるんですよね。」
 「『手毬唄』が一番トチ狂った出来らしいけどな。実際、このシリーズはこれで打ち止めになるわけだし。映画版が'77年公開だから、先行プレミア公開だったんだよ、実は。そういう活躍を期待される場で、如何に自分勝手にやるか。その努力に関しては敢えて賞賛を送りたい。ハズした、という結果も含めて。」

 ふと気づけば、陽はとっぷりと暮れ、辺りは急速に暮色を増していく。
 老婆の扮装をしたふたりは、連れ立って鬼首村を後に、総社の町へと歩き始めた。
 と、前方から、ヒタ、ヒタと迫り来る不吉な足音が。
 
 「やべぇ、本物だ。」

 思わず顔を見合わせ、総毛立つふたりだったが、近づいて来たのは、木綿の絣を着た小柄な老女。
 杖などまったく突いていない。
 おやじが、恐る恐る声を掛けた。
 
 「・・・もし、おばあさん。どなた様だね?」

 老女は耳が遠いのか、しばらく、不信げに「あァ?!」とか、「うゥん?!」とか繰り返していたが、やがて得心したらしく、突如大きな声で返事した。

 「浦辺粂子でございますよぉぉぉーーーーーー!!」

 「なぁんだ、浦辺粂子か。」
 去って行く老女の後姿を見送りながら、おやじは胸を撫で下ろして云った。
 「安心しましたよ、有名女優の浦辺さんで。決して鶴太郎ではない訳ですしね。」
 スズキくんも、緊張のとれた顔で、額の汗を拭う。

 そして、二、三歩踏みかけてスズキくん、立ち止まり、 
 「ん?・・・ちょっと待って。」
 「どうした、スズキ?」
 
 「あの・・・その方、ご存命でしたっけ・・・?!」

 「ギィィィヤァァァーーーーーーーーッ!!!」


 途端、僅か残っていた残照の明かりが消え落ち、真っ黒い闇が頭上から襲い掛かって来て、彼等を押し潰した。

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コメント

ウンベル君。

鬼首村手毬歌が、

由良泰子・仁礼文子・大空ゆかりの3人組アイドルユニットに歌われ大ヒット中

コレ、ネタか?マジか?
一番確認したい点はそこだ。

今度のスタジオの時、貸してくれ。
2月第2週の予定だ。

投稿: 倉区田留頓 | 2010年1月30日 (土) 15時41分

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