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2010年1月26日 (火)

諸星大二郎 『ジュン子・恐喝』 ('70、日)

 「よりにもよって、コレですか。」

 スズキくんは、こたつ台の上にみかんの種を吐き出しながら抗議した。
 台の上には、様々な古文書、例えば室井狂蘭の『信濃秘誌』なんぞが並び、一見格調高く見せかけているが、油断はならない。
 その横には、しれっと、ル・コントス『歩行魚類』が鎮座ましましているからだ。

 「いや、私もどうかと思うのだけれどね。」
 今回は格調高く、古本屋のおやじは優雅に煙を吐き出した。「処女作には作家のすべてがある、なんてもっともらしい連中の鼻を明かしてやりたくてね。」
 「単なる臍曲りですよ、それは。」

 TVでは、『笑っていいとも』がやっている。局が惰性で番組を続けるのは、それについていく視聴者がいるからだ。逼迫しているだろうTV局の台所事情と、タモリのギャラの相関曲線をスズキくんは思った。
 『笑ってる場合ですよ』、『笑っていいとも』と来て、次に始まる番組のタイトルがあるとすれば、これだ。
 『笑えません』。
 (風間やんわりか、とスズキくんは内心突っ込む。)

 「諸星先生には、たくさんの著作があるじゃないですか。しかも傑作揃いだ。マスターもその辺は重々承知でしょう。」
 おやじは、TVなど時間の無駄とばかり、左手にユングの著作を捲りながら、頷く。
 「そりゃあ、作家単体に絞れば、現在うちの書棚に最も多く著作があるお方ですよ。だって何度も読み返しが効くんだもの。捨てられません。
 最初に読んだのが、ジャンプスーパーコミック版の『暗黒神話』かな。
 で、同じく創美社編集の『妖怪ハンター』。『アダムの肋骨』。秋田書店版の『マッドメン』二巻本。で、『コンプレックス・シティ』『地獄の戦士』『子供の王国』と来る頃には、大河連載『西遊妖猿伝』が始まる。」
 「2010年現在、まだ、連載やってますが(笑)。」
 「いや、ホント、その件は今回ね。どうする、どうなる『妖猿伝』、という企画も考えたんだが、なんか2ちゃんのスレで本当にありそうじゃないか。怖いから検索しないけど。たぶん、実際にあるんだよ、ソレ。」
 「なんか、嫌ですね。ガンダムの続きとかと一緒にされたくないですね。」
 「うん。これは由々しき問題でね。
 読者の側からハッキリ差別化しときたい。語るべき場を分けて考えたい。
 私の常々の持論なんだが、

 アニメはもっと社会的に差別されるべきだね。最近、調子に乗りすぎだよ、あいつら。
 諸星先生の偉業と比較できる訳がない。そんなのは、まともな知能を持った人間なら、瞬時に解ることだろう。
 こんなことなら『ヤマト』が出てきた頃に、さっさと潰しておけば良かった。」

 「まぁまぁ(笑)。あんただって、TVの『宇宙戦艦ヤマト』は観てるクチでしょ。だいたい、小学生じゃないですか。当時。」
 「で、『さらば宇宙戦艦ヤマト』で完全に決別、と。ジョン・ウォータースの云う“悪い悪趣味”って、あの映画のことだぜ。畜生。」
 「・・・まぁ、『ヤマト』もまたやるらしいですから。」
 「ぬわにぃぃぃ!!誰が許可したんだ!!(以下罵詈雑言)。」

 「いい加減、諸星先生に話を戻してくださいよ。アニメの悪口は、本当おっかないらしいですよ。あと、声優のことを悪く言うのも禁止です。」
 「エエッ、それもNGなのか?!」
 「特定職業の差別に該当しますんで。続けて。」
 
 「・・・諸星先生、ね。」

 おやじ、先程の激昂を嘘のように鎮めて、
 「最新刊『未来歳時記・バイオの黙示録』やら、『闇の鶯』『栞と紙魚子』シリーズに到るまで。あぁ、『無面目』『諸怪誌異』とかの中国モノやら、『海神記』とかもあったな。
 ひとりの作家で全作品の九割以上読んでる、しかも単行本で、というのは、さすがに私も他に例がないんだよ。まさにワン・アンド・オンリーの作家だね。
 似た例を探すと、あとはラファティくらいか。あ、でも原書で読んでないと自慢にならないな。残念。当然、他に凄い奴がいるわな。」
 「その人、翻訳一冊だけ抜けてるんですよね。しかも重要作『イースターワインに到着』が(笑)」
 「キーーーッ!!その話はするな!!悪魔は死んだ!!」
 再び、収拾がつかなくなって、座っていた位置からピョコリと立ち上がり、叫んだ。

 「話が脱線した。いくぞ、『ジュン子・恐喝』!!
 なんて、景気の悪い題名なんだ!!」

 
「これは、1970年に手塚傘下の『COM』に掲載された、諸星先生の記念すべき第一作ですね。
 内容は、ヤクザが、嘗て同棲していて、今は平凡な会社員の嫁になってる女に、たかりに来て、張り込んでた警察に捕まる。そんだけの話(笑)。
 それを過去と現在のカットバックで描いて、演出構成に閃きはあるけど、地味な印象は拭えない。どんより暗めな、当時流行りのテーマを扱った小品ですね。」
 スズキくんは、冷静に解説する。
 「諸星先生には、これが載る前に、コンテストで佳作になった別の作品があるようですな。
 ともかく、『ジュン子』掲載のあと、数年の雌伏期をおいて、アイディアも鮮やかな名作短編『生物都市』で手塚賞を獲り、なんと、あのジャンプで連載が始まる。伝説の『妖怪ハンター』です(笑)。でも、連載五回で編集者が打ち切り宣言を出し、あえなく頓挫(笑)。
 しかし、さすがに作家性を認められていたんでしょう、今度は歴史的名作『暗黒神話』が始まる。」
 「ま、その辺の話はまた別の機会に。もったいないから。
 で、『ジュン子』なんだが、これどうだったかね、スズキくん?」
 「えぇと・・・ソノ、絵の線が・・・固まってないですね。」
 
 おそるおそる、スズキくんが云うと、意外やおやじ、コックリ頷いた。
 「そこだ。
 
キャリアが四十年にも及ぶ諸星先生だが、実はデッサン力に関してはたいして進化していないのだ。いまだに、こんなもんだ。」
 「エエーーーッ?!」
 「勿論、見せ方は格段に進歩しているが、主線の捉えかたは同じだ。描き慣れて躊躇いによる不安定さがなくなっただけだ。」

 おやじは、自身の読者としての歴史も重ね合わせながら、しみじみとした口調で続けた。
 「80年代初頭に、『マンガ奇想天外』やら『スターログ』なんかで“SFマンガ家三人衆”呼ばわりされていたのが、大友克洋・星野宣之、それに諸星先生だ。
 大友は当時からいわゆる「マンガ」をあんまり描きたくなかったようだ。オレも最初はそれがナウい(笑)と思っていたが、実は違った。『AKIRA』が出たとき、遅まきながら気がついた。あんなの、マンガじゃねえよ。下らない。
 星野先生は、堅実で真面目な作風だったが、如何せん劇画のシャープ化みたいな絵柄が好きになれなかった。ちゃんとしてる。物凄くちゃんとしてるんだが、それ以上の訴求するサムシングに欠けていた。画面外に羽ばたくイマジネーション(笑)という奴だ。

 だから、オレは結果として、諸星先生を支持することにした。
 これは誰も指摘しないから敢えて言うが、『マッドメン』の一巻目で、

 黒いジャングルの中で、アエンの仮面が、現地人の首だけ飲み込んでコッチを睨んでいるカット、超恐えぇよ!!

 あの半ページの縦割りブチ抜きは、忘れられない。
 これこそが、マンガの恐怖表現なのだと思う。」

 「なんか、回答になってない気がするんですが・・・。それでも、諸星先生は絵が下手糞だと仰ってるんですよね?!」
 
 「いや。」
 おやじは、気障に手を振った。「線が不安定だとは云ったが、下手だとは云っていないよ。あれこそが、諸星先生にしか描けない、「異界への扉なのだ。
 マンガの歴史を見てごらんよ、スズキくん。先駆者は常に模倣され、無数のイミテーションは容易に生まれて来る。が、本当に残るのは一握りだ。

 才能とは、単なる器用さではない。
 決して模倣されえない、いびつな何かだ。」

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