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2010年1月 9日 (土)

『ザ・ベスト・オブ・INXS』 ('02、豪)

 宇宙船は、地球周回軌道を廻り続けている。

 『ヒューストンより、D。ヒューストンより、D。』
 「こちら、D。」

 搭乗員は、銀色の宇宙服に身を固めているので、どんな人物なのかよくわからない。
 船内は空気がないので、会話はラジオで行われている。

 「煮物をしようと思って、手を切った。現在、治療中。どうぞ。」
 『こちら、管制室。
 酸素がなければ、火は点かない。煮物はやめとけ、どうぞ。』

 宇宙服の男は、包帯を巻いた指先を船内監視カメラの方に向け、オッケーサインを出した。

 『十五分後に宇宙ステーションとドッキングする。軌道計算はすべて終了。状態は正常。姿勢制御噴射に備えろ。』

 「了解、ヒュ-ストン。」

 『あと、その音楽は止めてくれ。
 さっきからガンガン鳴っているが、うるさくてかなわん。』

 「あぁ、これか?」
 ボリュームをガリガリ。少し小さくなったが、止める気はないらしい。
 「なぁ、ところでベスト盤だけでキンクスを語れると思うか?」

 『こちら、ヒューストン。コンピュータで計算した。無理。』
 「ところがどっこい、80年代ポップス/ロックの宇宙には、ベスト盤程度で語れるバンドがごまんとあるのだ。
 それどころか、ヒットした一曲だけですべてが解る場合もある。なんでも聞いてくれ。どうぞ。」

 船体が震動し始めた。方向を微調整する噴射が始まったようだ。

 『ヒュ-ストンよりD。それは、一発屋ということか?』
 「そうだ。瞬間的なスーパーノヴァだ。
 オーストラリアの片田舎から出てきて全米ツアーをやるまでにのし上がったINXSも、そんなバンドだ。本日はこのバンドを伝授!どうぞ。」

 『・・・彼等は、数曲のトップテンヒットを持っていたと思うが。』
 「どれも、同じようなもんじゃん。」

 噴射が停止し、宇宙船の軌道が調整されたようだ。
 背後の窓を、「急カーブ、徐行」の黄色い看板が飛びすぎる。

 ジョージア、青缶のエメラルドマウンテンブレンドをグビリと飲んで、
 「当時僕は地元の高校に通っておりましたが、諸先輩方とは違ってまだXュリーには目覚めておらず、国内では佐野元春さんや杉真理さん、あとは洋楽中心の生活を送っておりました。どうぞ。」

 『口調がなんか変化したぞ。さては好感度を上げる作戦だな?どうぞ。』

 「この頃はMTV全盛の時代でして、彼らを知ったのも小林克也氏の『ベストヒットU.S.A.』だったと思います。
 覚えているのは、夜明けの埠頭で演奏する“オリジナル・シン”のクリップぐらいで、後は一切記憶に残っておりませんが、軽快かつアーバンな16ビートに乗せて、むせびなくサックスの音色が格好良かったです。以上。」

 『“以上”じゃねぇよ!続けろ。どうぞ。』

 「かなり俗悪趣味で、歌詞も下らないし、ビジュアルも最低。露骨にピーター・バラカン氏が嫌悪するタイプのミュージシャンだと思いますが、記憶に残っているということは、やはり何かの意味があったのでしょう。
 そう思って今回、思い切ってベスト盤を購入!特典DVDの映像は、これ!お宝ですか?
 『画像出ねぇじゃねぇかよ!だいたい、特典のDVDなんか付いてないし。』

 「参加ミュージシャンのクレジットを見たら、コーラスで、あのYOKOも尊敬するダリル・ホール氏の名前が!ガーーーン!そうだったんだー!思わぬ衝撃でした。」

 『歳ごまかして若い口調になってんじゃねぇよ。どうぞ。』

 「実際の音を聴けば、例えばB'zさんなんかの演ってるJ-POP路線に多大な影響を及ぼしているのが、よくお判りになると思います。
 これは、脱線しますが、ストロベリースィッチブレードを手掛けたデヴィット・モーションが初期のCHARAさんなんかをプロデュースしているのと同じ理屈です。
 80年代洋楽のエッセンスを吸収した世代が、90年代以降のJ-POP隆盛の基盤となっている。というのが僕の仮説です。」

 『なぁーーーにが、仮説だ!!
 じじいが懐メロやってます
、ってのとどこが違うんだ!!』

 「ひとつ違いがあるとすれば、コンピュータの投入です。」
 『なに、コンピュータ?YMO?』
 「(こいつ、コンピュータと言えばYMOかよ、と嫌悪感をあらわにしつつ、それでもキャラクターイメージに背いてはならない、と持ち前の計算高さで思い直し)
 INXSも、ポリスも、デュラン・デュランも、カルチャークラブも、カジャグーグーですら、リズムは人力なんですよ!
 サンプリング技術が進化し、素人でも高いお金を払ってソフトを買ってくれば、本格的なドラム打ち込みが実現できる、現代はそんな便利な時代ですが、
 この頃は、そんなことは全然ない!黎明期にあったのは、せいぜいドンカマくらいです。」
 『ドンカマ?』
 「リズムマシンのクリック音のことです。機械が発する音ですから、正確無類で、かつ無機的な訳です。開拓者YMOなんか、わざと千分の一単位で周期をずらして、人間的なグルーヴを得ようとした、なんて坂本龍一が豪語してましたがね。
 これに合わせてドラムを叩く、あるいは、ギター、キーボードを弾く。まず、これに耐えられる人間と、耐えられない人間が居るのです。」

 『で、アンタは?どっちなの?』
 「別に。
 それが、何か?」

 宇宙船は急カーブを曲がり、降り車線に入った。
 建築資材を満載したトラックが、反対車線を轟音を上げて通過する。
 Dは、泰然として、続ける。

 「ともかく、80年代のミュージシャンに突きつけられた課題は、“機械といかに共演するか?”ということでした。
 INXSも、ポリスも、デュラン・デュランも、カルチャークラブも、カジャグーグーですら、機械と戦ってたんですよ!
 相手は決してミスらないし、やってみりゃ判るだろうけど、もう大変なんですよ!」
 『現代のJ-POPにはその苦労がない、とでも?』
 「J-POPジャンルにも、僕の好きな優れたミュージシャンは沢山います。80年代当時の連中に比べて、技術的に優る人材も多数いらっしゃるでしょう。
 しかし、先人の苦労とは比較になりません。

 『あんた、それ、自分のブログじゃ決して云わない本音だね。
  ・・・ところで、“INXS”ってなんて読むの?』
 「この、格好いい表記は、“インエクセス”と読むのです。」
 『うわぁ、死ぬほどカッコイイぜ!!・・・・・・おっと!』
 「どうしましたか?トシ?」

 『こちら、ヒューストン。宇宙ステーションに到着した。』

 機体の前方に、周期的に回転をしながら衛星軌道を廻る、銀色のドーナツ状の構築物が見えてきた。 

 「こちらD。了解、直ちにドッキング姿勢に入ります。」

 『おまえ、ドッキング得意だもんな!』

 「うるせぇ!!」
 Dは、宇宙船のハッチを開くと、ステーション側のエアロックに取り付き、ピンポン、とベルを鳴らして、
 「こんにちは、宅配です。お届け物を持って上がりました。」

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