『ザ・ベスト・オブ・INXS』 ('02、豪)
宇宙船は、地球周回軌道を廻り続けている。
『ヒューストンより、D。ヒューストンより、D。』
「こちら、D。」
搭乗員は、銀色の宇宙服に身を固めているので、どんな人物なのかよくわからない。
船内は空気がないので、会話はラジオで行われている。
「煮物をしようと思って、手を切った。現在、治療中。どうぞ。」
『こちら、管制室。
酸素がなければ、火は点かない。煮物はやめとけ、どうぞ。』
宇宙服の男は、包帯を巻いた指先を船内監視カメラの方に向け、オッケーサインを出した。
『十五分後に宇宙ステーションとドッキングする。軌道計算はすべて終了。状態は正常。姿勢制御噴射に備えろ。』
「了解、ヒュ-ストン。」
『あと、その音楽は止めてくれ。
さっきからガンガン鳴っているが、うるさくてかなわん。』
「あぁ、これか?」
ボリュームをガリガリ。少し小さくなったが、止める気はないらしい。
「なぁ、ところでベスト盤だけでキンクスを語れると思うか?」
『こちら、ヒューストン。コンピュータで計算した。無理。』
「ところがどっこい、80年代ポップス/ロックの宇宙には、ベスト盤程度で語れるバンドがごまんとあるのだ。
それどころか、ヒットした一曲だけですべてが解る場合もある。なんでも聞いてくれ。どうぞ。」
船体が震動し始めた。方向を微調整する噴射が始まったようだ。
『ヒュ-ストンよりD。それは、一発屋ということか?』
「そうだ。瞬間的なスーパーノヴァだ。
オーストラリアの片田舎から出てきて全米ツアーをやるまでにのし上がったINXSも、そんなバンドだ。本日はこのバンドを伝授!どうぞ。」
『・・・彼等は、数曲のトップテンヒットを持っていたと思うが。』
「どれも、同じようなもんじゃん。」
噴射が停止し、宇宙船の軌道が調整されたようだ。
背後の窓を、「急カーブ、徐行」の黄色い看板が飛びすぎる。
ジョージア、青缶のエメラルドマウンテンブレンドをグビリと飲んで、
「当時僕は地元の高校に通っておりましたが、諸先輩方とは違ってまだXュリーには目覚めておらず、国内では佐野元春さんや杉真理さん、あとは洋楽中心の生活を送っておりました。どうぞ。」
『口調がなんか変化したぞ。さては好感度を上げる作戦だな?どうぞ。』
「この頃はMTV全盛の時代でして、彼らを知ったのも小林克也氏の『ベストヒットU.S.A.』だったと思います。
覚えているのは、夜明けの埠頭で演奏する“オリジナル・シン”のクリップぐらいで、後は一切記憶に残っておりませんが、軽快かつアーバンな16ビートに乗せて、むせびなくサックスの音色が格好良かったです。以上。」
『“以上”じゃねぇよ!続けろ。どうぞ。』
「かなり俗悪趣味で、歌詞も下らないし、ビジュアルも最低。露骨にピーター・バラカン氏が嫌悪するタイプのミュージシャンだと思いますが、記憶に残っているということは、やはり何かの意味があったのでしょう。
そう思って今回、思い切ってベスト盤を購入!特典DVDの映像は、これ!お宝ですか?」
『画像出ねぇじゃねぇかよ!だいたい、特典のDVDなんか付いてないし。』
「参加ミュージシャンのクレジットを見たら、コーラスで、あのYOKOも尊敬するダリル・ホール氏の名前が!ガーーーン!そうだったんだー!思わぬ衝撃でした。」
『歳ごまかして若い口調になってんじゃねぇよ。どうぞ。』
「実際の音を聴けば、例えばB'zさんなんかの演ってるJ-POP路線に多大な影響を及ぼしているのが、よくお判りになると思います。
これは、脱線しますが、ストロベリースィッチブレードを手掛けたデヴィット・モーションが初期のCHARAさんなんかをプロデュースしているのと同じ理屈です。
80年代洋楽のエッセンスを吸収した世代が、90年代以降のJ-POP隆盛の基盤となっている。というのが僕の仮説です。」
『なぁーーーにが、仮説だ!!
じじいが懐メロやってます、ってのとどこが違うんだ!!』
「ひとつ違いがあるとすれば、コンピュータの投入です。」
『なに、コンピュータ?YMO?』
「(こいつ、コンピュータと言えばYMOかよ、と嫌悪感をあらわにしつつ、それでもキャラクターイメージに背いてはならない、と持ち前の計算高さで思い直し)
INXSも、ポリスも、デュラン・デュランも、カルチャークラブも、カジャグーグーですら、リズムは人力なんですよ!
サンプリング技術が進化し、素人でも高いお金を払ってソフトを買ってくれば、本格的なドラム打ち込みが実現できる、現代はそんな便利な時代ですが、
この頃は、そんなことは全然ない!黎明期にあったのは、せいぜいドンカマくらいです。」
『ドンカマ?』
「リズムマシンのクリック音のことです。機械が発する音ですから、正確無類で、かつ無機的な訳です。開拓者YMOなんか、わざと千分の一単位で周期をずらして、人間的なグルーヴを得ようとした、なんて坂本龍一が豪語してましたがね。
これに合わせてドラムを叩く、あるいは、ギター、キーボードを弾く。まず、これに耐えられる人間と、耐えられない人間が居るのです。」
『で、アンタは?どっちなの?』
「別に。
それが、何か?」
宇宙船は急カーブを曲がり、降り車線に入った。
建築資材を満載したトラックが、反対車線を轟音を上げて通過する。
Dは、泰然として、続ける。
「ともかく、80年代のミュージシャンに突きつけられた課題は、“機械といかに共演するか?”ということでした。
INXSも、ポリスも、デュラン・デュランも、カルチャークラブも、カジャグーグーですら、機械と戦ってたんですよ!
相手は決してミスらないし、やってみりゃ判るだろうけど、もう大変なんですよ!」
『現代のJ-POPにはその苦労がない、とでも?』
「J-POPジャンルにも、僕の好きな優れたミュージシャンは沢山います。80年代当時の連中に比べて、技術的に優る人材も多数いらっしゃるでしょう。
しかし、先人の苦労とは比較になりません。」
『あんた、それ、自分のブログじゃ決して云わない本音だね。
・・・ところで、“INXS”ってなんて読むの?』
「この、格好いい表記は、“インエクセス”と読むのです。」
『うわぁ、死ぬほどカッコイイぜ!!・・・・・・おっと!』
「どうしましたか?トシ?」
『こちら、ヒューストン。宇宙ステーションに到着した。』
機体の前方に、周期的に回転をしながら衛星軌道を廻る、銀色のドーナツ状の構築物が見えてきた。
「こちらD。了解、直ちにドッキング姿勢に入ります。」
『おまえ、ドッキング得意だもんな!』
「うるせぇ!!」
Dは、宇宙船のハッチを開くと、ステーション側のエアロックに取り付き、ピンポン、とベルを鳴らして、
「こんにちは、宅配です。お届け物を持って上がりました。」
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