『どんづる円盤』 (’78、日) <後編>
(承前)
第五話、古人(いにしえびと)帰り
10) 夜の校舎上空に現れた巨大な葉巻型UFO、さらに円盤は次々と現れ、空を埋め尽くしていく!
「うわーッ!!UFOの大編隊だーッ!!」
屯鶴峯上空に集結したUFOは、怪光線を発射し巨大ゴキブリを焼き払っていった!
九死に一生を得て、嬉しさの余り校庭へ駆け出す、生存者たち。
煙を上げて燃えあがる小山のような巨大ゴキブリが、何匹もそこらに転がっている。
斉藤、広げた指の谷間をためす眇めつ眺めている。
「どうしたんだ、もとむくん?!」
「テレパシーだよ、宇宙人に逢えそうな予感がするんだ。」
どんづる峯の山中へ急行する、斉藤と佐田。
※ ※ ※ ※
「これ、非常に不自然な行動だと思うんですよ、ボクは。」
すっかり夜になり、暗闇にどっぷり浸かったスズキくんが、名探偵よろしく云う。
「普通に考えれば、ゴキブリ殲滅後、地上に着陸したUFOの母船から宇宙人が出てきてコンタクトが始まる筈なんです。
なんでもう一度、不時着したUFOの様子を見に、山中まで行く手間隙を掛けるんでしょうか?」
「そりゃ、きみ、伏線を回収する為だろうが。」
おやじは不興げに煙草に火を点ける。
闇の中に真っ赤な点が灯り、煙りを吐き出す気配がした。
「あのUFOの由来を読者に解説する必要がある。その場合、ご苦労だが、斉藤と佐田には現地へ飛んで貰うだろうさ。」
「説明のためのストーリー展開。
ここにボクは、この作品の本質があるような気がするんです。」
スズキくんは、続ける。
「少年向け科学解説書なんかによくあるスタイルですよね。無個性な主人公が居て、仲間が居て、事件があって。
で、たいてい、博士か何かがその謎に科学解説を加える。
この場合、作者が読ませたいのは科学解説の部分なんですよ。主体は、むしろそっちにある。」
「ストーリーの整合性を無視してもか?」
「無視しても語らなくてはならない、真実がある。」
※ ※ ※ ※
樹海に不時着した巨大な円盤に、再び入り込む斉藤と佐田。
倒れている宇宙服の人影、さらにその奥の船室に明かりが見えるようだ。
勇気を奮って、話しかけてみる斉藤。
「あなたがたが助けてくれたのですね、僕たちを?」
『そうだ。』
電気的に加工されたような、重々しい声が響く。
流暢な日本語で喋りだす宇宙人。遂に語られる驚愕の真相!
『宇宙の彼方から地球を救うため、われわれは来た。
あの巨大昆虫は、未来から来た怪物だ。放っておいたら、地球の人類はあの昆虫のために全滅してしまうところだった。』
驚愕する斉藤、佐田。
未来の世界では、相次ぐ核実験による放射能汚染、巨大産業プラントの吐き出す公害物質の増加により、動植物のほとんどが死滅してしまった。
深刻な食糧危機に陥った人間たちは、超光速の円盤を開発し、大宇宙へ食べ物を求めて飛び立った。
『そして、ある惑星で、食糧を見つけた。
大量にいて、捕獲しやすく、たいした重量でもない「動物」。
味もまずくないその「動物」を求め、遠征隊は繰り返し飛んで行った。』
説明コマの背景に描かれる、UFOの姿に驚嘆するアフリカ原住民。
その威容に、思わず倒れ伏す、牛車を降りた平安貴族。
『だが、その惑星とは、実は過去の地球だったのだ。』
「エェーーーッ?!」
最早二の句も接げない斉藤と佐田。(それに読者。)
『その惑星とは過去の地球で、かれらが獲って食べていたのは、かれらの先祖だったのだ。
円盤は、超光速で宇宙をひとまわりして、過去の地球に着いていたのだ。』
挿入される、サハラ砂漠に実在する、宇宙人と思しきヘルメット姿の巨人を描いた壁画。
そのデザインのままの宇宙人が今、話し続ける。
『しかし、そんな蛮行を神が許す筈がない。
やがて、頭蓋骨が異常な発達を示す、奇病が蔓延し始めた。産まれてきた赤ん坊にも、同様に。
その形状は、まるで角に似ていた。
きみたち。』
斉藤と佐田を指差し、
『ちょうど、きみたちの時代の人間を食べるようになってからだ。体内に蓄積された公害物質や放射能に汚染された物質が、そんな異変の原因を生んだと考える者もいる。
未来の人間は、みんなONI(鬼)になるのだ。』
※ ※ ※ ※
「永井豪の傑作短編、『鬼』ってこの頃でしたっけ?」
「’70年の発表だな。のちに『手天童子』(’73~’78)でも再利用される、未来から来た人間が鬼の伝説を生む、ってアイディアの先駆だよ。」
「なるほど。」
明確な物証を前にした刑事のように、スズキくんは深い溜息をついた。
「なるほど、ね。」
※ ※ ※ ※
宇宙人の解説は、続く。
『そして、さらに過酷な運命が、人類を待ち受けていた。
荒廃した環境でもしぶとく生き残った昆虫が、放射能で巨大化し、人間を襲い始めたのだ!
最後の円盤で、きみたちの世界に逃げて来ようとした者たちは、もぐり込んでいた怪物たちの餌になってしまった。』
周辺に散乱する、食い荒らされた宇宙服の人影。
人肉食という禁忌を破った者どもへの、あまりに無慈悲な神の裁きであろうか。
『今からでも遅くない。人間の未来がこうならないように、きみたち現在の人間がくれぐれも警戒することだ。』
語り終えようとする、声だけで姿を見せぬ宇宙人。話の内容から推察するに、その実体は、「鬼」ではないらしい。
佐田は、はやる好奇心を抑えきれず、斉藤に囁く。
「あの壁の向こうに、宇宙人がいる。どんなやつだか、見てやろう。」
いっせいに駆け出すふたり。
『われわれを見ようというのか?やめたまえ、愚かなことだ。』
壁の向こうは、宇宙船の制御室だった。
外部から伸びた無数のケーブルに連結され、巨大な土偶のような、かろうじて人型をした制御装置が中央に鎮座している。
「う、うわーッ!!」
制御装置の頭部付近に嵌め込まれたガラス球の中に蠢くのは、三匹の小さなゴキブリだった!!
こいつが、今まさに喋っていた相手だったのだ!!
その姿を眼にした途端、床にするすると穴が開き、宇宙船外に放り出される斉藤と佐田!
離陸する巨大UFO!
屯鶴峯一帯を埋め尽くしていた多数の円盤群も、一斉に空中へ飛び立つ!
葉巻型母船に付き従うように、宇宙へと消えていく円盤たち!
放心したかのように、空を見上げるふたりの背後に、場違いな浴衣を着た少女が現れる。(ご丁寧に団扇まで持ったままだ。)
妹の姿に気づいた佐田が、叫ぶ。
「あッ!ミチル、生きていたのか?!(中編(6)を参照。)どこにいたんだ?!」
顔は青ざめ、眼は据わり、血の気がまったく通っていないが、意外とミチルは普通に口を利くのだった。
「あたし、ゴキブリに攫われてどこかのほら穴に閉じ込められていたの。いま、ようやく逃げ出して来たのよ。」
三ヶ月の長期不在を説明するには余りに不審点の多すぎる説明だが、疑問の余地なく受け入れた佐田は、無邪気に再会を喜ぶのだった。
これにて事件は終わり、斉藤と深い友情を誓い合った佐田は、妹を伴い、帰京の途に着いた。
※ ※ ※ ※
「・・・・・・フーッ。ようやく辿り着いたゾ。」
慣れぬストーリー詳述にすっかり憔悴し切ったおやじは、暗闇の中で大きく伸びをした。
屯鶴峯一帯に夜は深く、彼方で鳴く虫の声に、時折りホー、ホーとふくろうの呼び声も混じるようだ。
「いよいよ、ですか。」
スズキくんは溜まりかねたように声をかける。
応えておやじは、重々しく宣言した。
「そうだ。
これより、最後の恐怖の幕が開く!」
(以下次号、また来年。)
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