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2009年12月23日 (水)

ギョーム・アポリネール『一万一千本の鞭』 (1907、仏)

 世界には、あからさまな下品が不足しているのではないか。

 アポリネールはシュールレアリズムの先駆者。象徴派の影響を受けた詩人、作家。
 1907年に出版した『一万一千本の鞭』は本国で発禁処分を受け、1970年まで出版されなかった。
 私はかつて翻訳の角川文庫版を古本屋のワゴンで百円で拾い、一読、唸った。
 まるで、根本敬のマンガのようだと思った。

 フランスでエロといえば、『エマニエル夫人』(世界三大夫人のひとり)、それにポリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』が有名だろうが、実はこれらは結構にソフトコアだ。
 ゼロ年代も終わらんとする現在、エマニエルにグッとくる者など皆無だと思われるし、積極的にそう願いたいが(一部に頑固な抵抗が予想されるのだが)、
 これは、決して演じたシルヴィア・クリステルが強力にババ臭いから、という単純な理由ではなく、エマニエルというキャラ自体が、常人が理解を示す程度のセックス好きでしかないからである。
 東南アジアに出掛けて行って、少女や少年含め、日常では許されない組み合わせでのセックスを謳歌する。
 この程度の逸脱なら、既に日本人だって八十年代以降、飯を喰うが如くやっている。
 ちょいと金を積めば、実現可能な世界。そこに神秘はない。歌舞伎町の論理が支配するばかりだ。

 (ついでに、映画『エマニエル夫人』にちょっとだけ触れておくと、全編、現代の視座では観れたもんではない退屈さなのであるが、イイ場面がひとつあった。
 エマニエルがレズ友達とバカンスに出掛けたことを知り、失意の夫はタイのストリップ・バーで酒を飲み、荒れる。
 背後では現地人少女が、股間を晒すハレンチな踊りを一生懸命続けている。
 ふとしたことで、現地人に絡まれた夫は乱闘騒ぎを起こし、大立ち回りの末、頭を酒瓶でカチ割られ、バーの床に寝そべり失神してしまう。ワイワイ大騒ぎの地元住民の皆さんの背後で、職業熱心な少女ストリッパーはまだ懸命に腰を振っていらっしゃる。
 カット切り替えしで、陽光溢れる田舎道をジープで行くエマニエルと女友達へ。
 「彼は?」
 「知らない。」 

 では、O嬢のことは?
 いい加減、面倒になってきたので適当にスッ飛ばすが、彼女の売り(!)は自傷行為だ。
 自ら調教を望み、監禁され、肉体に穴を開け、性器にリングを通す。
 コリンヌ・クレイ(『ムーンレイカー』ではボンドガールだ!)主演で、またしてもフランスの恥ジャスト・ジュカンが監督した映画版は、1mmも記憶に残らない退屈さだったが、
 彼女は、自分を痛めつける以外、たいしたことはやっていないのだから当然だ。
 自傷に到る心理の変貌が、実はこの小説の最もエロい部分になる筈だが、ジュカンが心理描写にたけている、とはさすがの水野晴郎先生もおっしゃらないだろう。
 (おっしゃる可能性は、充分考えられるが。)

 近代エロジャンルの開拓者、アポリネールが画期的だったのは、「セックスに狂う」という抽象的表現を、ずばり「発狂」という具体性に置き換えたことである。
 だから、この小説に出てくるのは、バカと気違いばかりだ。

 主人公はルーマニアの田舎の若き世襲太守。地元の権力者のお稚児さんをしている。彼には、華やかな都会パリに出て、憧れのパリジャンを思うがままに犯したいという夢があった。
 お陰で「パリ」と聞いただけで勃起する特異体質にまでなってしまっている。
 そんな男が一念発起で上京し、行きがけの大陸横断鉄道の中で貴族の若い娘及びメイドとうんこまみれのご乱交、辿り着いたパリでもさらなるご乱交、最中に突如強盗(正体は公用馬車の御者)に押し入られ、でも強盗くんも当然ながら度を越した異常プレイを披露、商売道具の馬車用鞭でしばく、絞める、の残虐行為を無制限に繰り返し、しまいに間抜けな若い娘二名は、うんこまみれで息絶えてしまう。
 「アッ、しまった。死んでしまった。」
 「逃げろ!」
 バカだから罪悪感ゼロで逃亡し、各地を遍歴し、老若男女と舐めたり、噛んだり、漏らしたり、しまいに胡散臭いニッポン人まで飛び出してハラキリするデタラメさ。
 少年は犯す、少女は殺す、ついでに赤ん坊も犯して殺す。人類の中でも特に最低と確信される行為を続けた挙句、果てはロシアの処刑場で、「一万一千本の鞭」に打たれ、極度のエクスタシーと流血の末に、脱糞しながら刑場の露と消えていく。
 とんだハッピーエンド。

 1907年、すなわち明治40年。漱石が『虞美人草』を、田山花袋が『蒲団』を書いていた時代。
 欧米コンプレックスもなにも、アポリネールは明らかに早すぎだ。
 ハーグ休戦協定の時代に、前置きなしのハードコア。
 この小説を読む際は、根本敬氏の絵柄をイメージして頂けると大変理解し易いので、傑作『怪人無礼講ララバイ』などの併読も、あわせてお勧め申し上げる。

 ま、諸君がラノベ(この略語自体、どうなのかね?)を読む際、アニメ絵を連想するのと同じことだ。

 諸君には、本当に迷惑している。

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