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2009年11月30日 (月)

いがらしみきお『Sink』(’02)/伊藤潤二『よん&むー』(’09)

 「ぐぢゅる、ぐぢゅる、ぐぢゅる」
 
 薄日の差す古本屋の軒先で、店主のおやじが鼻をかんでいる。

 「おや、マスター、どうしました?風邪でも引きましたか?」
 引き戸を開けて、入ってきたのは古本好きの好青年スズキくんだ。

 「うん、そのようだ。」ちん、と鼻をかみ終え、
 「先日、薄着がいちばん!などと見栄張って、ほっつき歩いたのがいけなかった。」

 「それ、毎年言ってませんか?」

 「しかし、結局、人類は寒さには勝てないのだなぁー。今日はもう、店仕舞いでもして、家に帰って『遊星からの物体X』(注・南極基地が舞台)でも観るかなぁー。」

 「かえって調子が悪くなりそうですが。
 それよか、今回はアレなんですね、初の試みでマンガ二本立てなんですね。」

 「うむ。最近、取りあげるべきネタが多いからな。それに、この頃マンガネタが載ってないです、不満ですって抗議してきたのは、スズキくん、きみじゃないか。」
 「抗議だなんて滅相もございません。」笑顔で否定すると、
 「じゃ、行きますか。」
 
 「まずは、いがらしみきお『Sink』、ですが。この物件、面白いんですか?」
 「あぁ、まだ読んでないのね。」
 「はァ、特に追いかけていなかった作家さんなんですけど。『ぼのぼの』とかの人ですよね。」
 「われわれ世代には、4コマギャグの『ネ暗トピア』とかでお馴染みだね。『Sink』はWebコミックで連載されてたもので、未刊のホラー長編『グール』に続き、恐怖ジャンルに挑んだ意欲作です。」
 (パラパラ見ながら)「ギャグとは絵のタッチ、違いますね。」
 「そりゃ当然そうだろ。
 かつて大友の『童夢』が散々持て囃されていたころ、いがらし先生がどんな気持で4コマを描いていたと思うんだ?!」
 「ちくしょう、とか?(笑)」
 「オレにも出来るぞ、この野郎、とか(笑)。同族嫌悪に近い感情が。でも、絵が、絵がなぁーーーーーーッ!!!(笑)」
 「そのへんの葛藤が、長い時間をかけて実を結んだのが、この作品という訳ですか。」
 「作家としての資質というか、キャラクターに感情移入をさせないところは、いがらしも大友も、どっちもそっくりなんだよ。」
 「非常に80年代っぽい属性ですね。」
 「ぼのぼの、なんて、どこが可愛いのか、俺にはわからん。あれは、デザイン的に可愛くしようとしてないよ。なんで、わからねぇんだ世間は?」
 「それ、竹書房的には、非常に否定したい見解でしょうね。」

 「『Sink』は構成要素として、その後のJホラー、黒沢清の、特に傑作『CURE』あたりが大分入ってる。これもさ、キューブリックの『シャイニング』と『童夢』の関係に似てるよね。いがらしは確か、八十年代のインタビューで、同じ東北人だけに、大友のことがめっちゃ憎い!!とか本当に発言してんだよ(笑)。確かに読んだ記憶がある。だから、積年の恨みの対象として、今回、意図的に仮想敵として『童夢』を設定したんじゃないかと思われる節がありますな。」
 「『AKIRA』じゃなくて?」
 「うん、『AKIRA』じゃなくて。あれは、同業者同士でも、精神的には悔しがらないだろ。技術レベルとか、映画化などの二次収入はともかく(笑)。しかし、あの当時、『童夢』の与えた衝撃がこんなに長く尾を引くとは、さすがに私も予想していなかったわ。」
 「三つ子の魂、ってぐらい、気の長いお話ですよね。」
 「そこで、ストーリーの内容の方に目を向けるとさ、これ、実は諸星的というか、半村良の伝奇SFみたいなアイディアが核にあるんだよ。説明しすぎないように、あまり前面に出さないけどね。その辺も、これまた、いがらし先生の趣味趣向に対して、忠実なんだと思うんだよね。
 傑作短編「ガンジョリ」って読んだ?」
 「いえ、まだ・・・。」
 「なんだ、頼りねぇな(ギョロリ)。まさに、東北版『悪魔のいけにえ』を目指しました、ってコンセプトで、あの不穏当な感じをうまいこと移し変えて使ってる。
 『Sink』も、そういう意味ではレベルが高い。
 ホラーファンとして、実に正統派を行く作劇なんだよ。目指すところに、ブレがない。
 だが、ね。」
 
 「え?」
 「不満を言おう。二点ある。

 1)ラストが、なんか本当に『童夢』というか、(大友がキャラクターをデザインした)アニメ版『幻魔大戦』みたいなんじゃーーーーーーッ!!」
 「(笑)」

 「次に、ホラーとしてのモラル(!)の問題に関わるんだが。重大なポイント。
  
 2)切断面の扱いかた。

  これでも、ネタばれには一応の配慮はしてる方なのでな(笑)、あまり具体的には書けないんだが、
  
 私は、あんな風になっちまったとき、あんな状態なのに、血がッ、血が一切出ないのが、演出効果だというのは重々承知の上で、でも、でも、
 やっぱり、やっぱり、不満でしたのじゃーーーーーーッ、いがらし先生ーーーーーーー!!!」

 (転倒。)

 「アッ!!マスター!!しっかり!!まだ、二本立ての予定、あと一本丸ごと残ってますよ!!」

 「・・・ぐぢゅる、ぐぢゅる、ぐぢゅる・・・。」虫の息。
 自らの鼻水で窒息してしまったようだ。

 「うーーーん、困ったなァ。えぇい、これは反則だが、仕方ない。

  つづく!!」(以下次号)

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