いがらしみきお『Sink』(’02)/伊藤潤二『よん&むー』(’09)
「ぐぢゅる、ぐぢゅる、ぐぢゅる」
薄日の差す古本屋の軒先で、店主のおやじが鼻をかんでいる。
「おや、マスター、どうしました?風邪でも引きましたか?」
引き戸を開けて、入ってきたのは古本好きの好青年スズキくんだ。
「うん、そのようだ。」ちん、と鼻をかみ終え、
「先日、薄着がいちばん!などと見栄張って、ほっつき歩いたのがいけなかった。」
「それ、毎年言ってませんか?」
「しかし、結局、人類は寒さには勝てないのだなぁー。今日はもう、店仕舞いでもして、家に帰って『遊星からの物体X』(注・南極基地が舞台)でも観るかなぁー。」
「かえって調子が悪くなりそうですが。
それよか、今回はアレなんですね、初の試みでマンガ二本立てなんですね。」
「うむ。最近、取りあげるべきネタが多いからな。それに、この頃マンガネタが載ってないです、不満ですって抗議してきたのは、スズキくん、きみじゃないか。」
「抗議だなんて滅相もございません。」笑顔で否定すると、
「じゃ、行きますか。」
「まずは、いがらしみきお『Sink』、ですが。この物件、面白いんですか?」
「あぁ、まだ読んでないのね。」
「はァ、特に追いかけていなかった作家さんなんですけど。『ぼのぼの』とかの人ですよね。」
「われわれ世代には、4コマギャグの『ネ暗トピア』とかでお馴染みだね。『Sink』はWebコミックで連載されてたもので、未刊のホラー長編『グール』に続き、恐怖ジャンルに挑んだ意欲作です。」
(パラパラ見ながら)「ギャグとは絵のタッチ、違いますね。」
「そりゃ当然そうだろ。
かつて大友の『童夢』が散々持て囃されていたころ、いがらし先生がどんな気持で4コマを描いていたと思うんだ?!」
「ちくしょう、とか?(笑)」
「オレにも出来るぞ、この野郎、とか(笑)。同族嫌悪に近い感情が。でも、絵が、絵がなぁーーーーーーッ!!!(笑)」
「そのへんの葛藤が、長い時間をかけて実を結んだのが、この作品という訳ですか。」
「作家としての資質というか、キャラクターに感情移入をさせないところは、いがらしも大友も、どっちもそっくりなんだよ。」
「非常に80年代っぽい属性ですね。」
「ぼのぼの、なんて、どこが可愛いのか、俺にはわからん。あれは、デザイン的に可愛くしようとしてないよ。なんで、わからねぇんだ世間は?」
「それ、竹書房的には、非常に否定したい見解でしょうね。」
「『Sink』は構成要素として、その後のJホラー、黒沢清の、特に傑作『CURE』あたりが大分入ってる。これもさ、キューブリックの『シャイニング』と『童夢』の関係に似てるよね。いがらしは確か、八十年代のインタビューで、同じ東北人だけに、大友のことがめっちゃ憎い!!とか本当に発言してんだよ(笑)。確かに読んだ記憶がある。だから、積年の恨みの対象として、今回、意図的に仮想敵として『童夢』を設定したんじゃないかと思われる節がありますな。」
「『AKIRA』じゃなくて?」
「うん、『AKIRA』じゃなくて。あれは、同業者同士でも、精神的には悔しがらないだろ。技術レベルとか、映画化などの二次収入はともかく(笑)。しかし、あの当時、『童夢』の与えた衝撃がこんなに長く尾を引くとは、さすがに私も予想していなかったわ。」
「三つ子の魂、ってぐらい、気の長いお話ですよね。」
「そこで、ストーリーの内容の方に目を向けるとさ、これ、実は諸星的というか、半村良の伝奇SFみたいなアイディアが核にあるんだよ。説明しすぎないように、あまり前面に出さないけどね。その辺も、これまた、いがらし先生の趣味趣向に対して、忠実なんだと思うんだよね。
傑作短編「ガンジョリ」って読んだ?」
「いえ、まだ・・・。」
「なんだ、頼りねぇな(ギョロリ)。まさに、東北版『悪魔のいけにえ』を目指しました、ってコンセプトで、あの不穏当な感じをうまいこと移し変えて使ってる。
『Sink』も、そういう意味ではレベルが高い。
ホラーファンとして、実に正統派を行く作劇なんだよ。目指すところに、ブレがない。
だが、ね。」
「え?」
「不満を言おう。二点ある。
1)ラストが、なんか本当に『童夢』というか、(大友がキャラクターをデザインした)アニメ版『幻魔大戦』みたいなんじゃーーーーーーッ!!」
「(笑)」
「次に、ホラーとしてのモラル(!)の問題に関わるんだが。重大なポイント。
2)切断面の扱いかた。
これでも、ネタばれには一応の配慮はしてる方なのでな(笑)、あまり具体的には書けないんだが、
私は、あんな風になっちまったとき、あんな状態なのに、血がッ、血が一切出ないのが、演出効果だというのは重々承知の上で、でも、でも、
やっぱり、やっぱり、不満でしたのじゃーーーーーーッ、いがらし先生ーーーーーーー!!!」
(転倒。)
「アッ!!マスター!!しっかり!!まだ、二本立ての予定、あと一本丸ごと残ってますよ!!」
「・・・ぐぢゅる、ぐぢゅる、ぐぢゅる・・・。」虫の息。
自らの鼻水で窒息してしまったようだ。
「うーーーん、困ったなァ。えぇい、これは反則だが、仕方ない。
つづく!!」(以下次号)
| 固定リンク
「マンガ!マンガ!マンガ!」カテゴリの記事
- 伊藤潤二「赤い糸」(’90、月刊ハロウィン掲載、朝日ソノラマ『脱走兵のいる家』収録)(2010.10.15)
- あさいもとゆき『ファミコンロッキー①』 (’85、てんとう虫コミックス)(2010.10.07)
- まちだ昌之『血ぬられた罠』 【風立ちて、D】('88、ひばり書房)(2010.09.29)
コメント