『フレッシュ・ゴードン』 ('74、米)
フレッシュ!! アァー! (失礼。)
嘘の様だが、私はこの映画を捜していた。必死にではなくて、適当にだらだらと。この世にはそういう捜され方に甘んじる作品が確かに存在する。
あれは穀潰しの大学生時代、レンタルビデオ文化華やかなりし頃、衝撃を受けた映画は星の数ほど無駄にたくさんあって、中でも『悪魔のいけにえ』と並んで私のつぼを刺激したのが、このいい加減極まるパロディーポルノなのだった。
学生自主映画の『いけにえ』と形態こそ違うが、ペントハウス制作の『フレッシュ・ゴードン』もまた、無謀なくらい低予算に徹した、しかも宇宙超大作だ。
この世界(どの世界なのか?)には後発で『アタック・オブ・ザ・キラートマト』(’78、米)という有名人が居て、同じ低予算でもあちらが見事に語るべき要素を持たない、単純すぎる馬鹿映画であるのに比べ、『フレッシュ・ゴードン』は殺伐とした撮影になにか奇妙なサムシングを感じさせる、不快な作品に仕上がっている。
邪悪な惑星から人類を色情狂に変えるセックス光線が発射され、地球は存亡の危機にさらされる。
人里離れた山奥で、金色の巨大ペニス型ロケットを開発していたバカ博士と、アイスホッケー(単にバカっぽい競技だということか)のアメリカ代表選手と、登場以降常にレイプの標的にされまくる、頭のねじの緩んだ若い娘(職業不明)は、いんちき臭い宇宙空間を越え、悪のウォン皇帝を倒しに立ち上がる!
この皇帝というのが、メイクも喋りも、かのMGM『オズの魔法使い』(’39、米)のライオンおやじそのものでありまして、無意味に笑かしてくれます。
それから、心に子供を飼う難儀な中年男子諸君には、ジム・ダンフォースやデビッド・アレンが中心となったモンスターの特撮、一つ目ペニス蛇やら甲虫男に魔神グレート・ゴッドポルノのシーンがお楽しみ頂けるでありましょう。
たとえどんなくだない映画でも、若く才能溢れるスタッフが無私の(ギャラなし伝説がある)膨大なエネルギーを注ぎ込んだ証しは、美しく輝くものだ。
特にビートルマンとの剣戟は見事。過去の資料に「カマキリロボット」とあるのは完全に間違いで、これはモデルアニメ界の神様ハリーハウゼンが企画段階でボツったモデルの完全再現であります。素晴らしい。この滑らかな動きを得るのに、どれだけ掛けてるんだ。泣ける。
映画全体としては、(世代的例えで恐縮だが)、かの「俺たちひょうきん族」の映画パロディコントに非常に似通った構造で、唐突すぎる展開と、弛緩したドラマライン、適当な冗談をまぶした、食えないピザ生地のようなものだ。
と、以上を語れば、一般的にはこの映画の話は終わりなのだが、何か釈然としないものが残る。
私が一番衝撃を受けたのは、まさにその“食えない”要素であって、
例えばモデルアニメ場面の見事さに比べ、全然適当な本編の特撮シーン(博士の家のミニチュアとか本当に酷い)の対比とか、
無理やりな消化試合を繰り返し続けるストーリー展開(だが、実は意外と原作を忠実に再現)だとか、
総じて、木造で高層建築を建てんが如き、異常に悪すぎる映画全体のバランス配分なのであった。
それは各キャラクターの性格、言動にも明確に現れており、端的にいえば、
「登場人物はセックスばかりしているのに、ぜんぜんやる気が感じられない」
ということだ。こういう映画は他にもあって、ヨーロッパじゃ文芸大作と呼ばれている。
観客の安易な感情移入を拒否する作劇の姿勢は、実はすさんだ低予算映画の現場を忠実に反映した結果であろうが、心無い感じが時に妙にかっこよく、斬新な創作態度のように思われてしまうのだ。
だが、諸君、これは罠だ。
壊れた映画は、ただ、ただ、ひたすらに壊れているのだ。
そこに注意。
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コメント
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人々は、金持ちだけだ。
懐が寒い僕は、手を出しは
しないのさ。
投稿: 鉛筆 | 2009年11月23日 (月) 03時50分