XTC『ノンサッチ』 (’92、英)
誠実につくられた音楽は、それだけで万人に価値を要求できるものだ。悪いことはいわない、諸君、今すぐこの前提を無条件に受け入れて頂きたい。事態は切迫しており、迷っている余地などないのだ。雷鳴が轟く。いのちが脅かされている!
特に深夜、XTCのアルバムを聴いていて、アンディ・パートリッジの声が山下達郎に聞こえたときには。
かつて、私の知っている人達はみんなXTCに好意的だった。あれはいつ頃の話だろうか。ショップでは洋楽ポップスのレコード棚へ真っ先に直行するような人種の間で、その名前は確かにひとつの暗黙の符号だった。『ドラムス&ワイヤース』...『ブラックシー』...『イングリッシュ・セツルメント』...『ママー』...『ビッグ・エキスプレス』。めくるめく傑作群。
長いキャリアでシングルヒットひとつ恵まれず、ドラマー脱退・神経症の発病などの事情からライブ活動休止にまで追い込まれ、結果アルバム制作はどんどんストイックかつ職人的色あいを強めていって、デュークス・オブ・ストラトスフィア名義のミニアルバム二枚を挟んだ後、かの『スカイラーキング』が満を持して到来。この時点で、XTC自体の変節はもはや確定的になっていたが、われわれはなお期待し聴き続けた。 英国ポップの文脈に、新たな血文字が刻印されるのを見届けようと。誰もが血が見たかったのだ。
だから、次の『オレンジズ&レモンズ』はそれなりに辛いアルバムだ。(ジャケットなどかなり痛い。)だが、「メイヤー・オブ・シンプルトン」があるじゃないか。(この曲が是であり、「ザ・ラヴィング」がクズなのはどうしてか。いまだにうまい謂い廻しが見つかりそうにない。)私はかなりの努力家だ。このアルバムを好きになろうと努力した。買ったばかりのCDラジカセで、何度も何度も聴き、歌詞カードも繰り返し熟読してみた。だが、毎回末尾の「チョークヒルズ・アンド・チルドレン」の頃には言い知れぬ疲労感と退屈を覚えているのだった。
そうして、無為に日々を送っていたところへ、『ノンサッチ』が出た。ジャケットに輝く英国建築、そして血。
しかし、アンディは全編に渡り、完全に唱法を変えていた。ポール・マッカートニーやブライアン・ウィルソンのようなメロディを本人に成り変って歌う。これは、達郎だ。山下達郎のような、誠実な姿勢だ。かつて万事に苛立っていた気狂いカミナリ小僧の面影など、微塵もない。とても立派で堂々としている。悪魔は去ったのだ。またもや負けてしまったのだ。夜明けの光が差し込んで、見目麗しい美女の献身が、悪を滅ぼす。いい話じゃないか。何億回繰り返しても。そうだろう?
だから、認めてくれ。今すぐ署名を。誠実につくられた音楽は、それだけで万人に価値を要求できるものなのだ!
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コメント
お~「ノンサッチ」!
ブログ公開前だと言うのに思わずコメントしてしまうぞ!
確かにアンディのヴォーカルスタイル変貌は、う~むイタイ。
しかしだね。
このアルバムの目玉はコーリン作曲の全トラックだぁ~!
特に。
「バンガロー」をナメてはいけませんよ~。
(いかにもナメられそうな曲だから言ってるんだが)
投稿: DYNAMITE | 2009年10月18日 (日) 13時43分