(2016)Barbe argentee

2016年2月 2日 (火)

2016.1.6東京国際フォーラムA 沢田研二『Barbe argentée』セットリスト&完全レポ

今回は執筆に1ヶ月弱もかかってしまいましたが、ツアーも無事に終わってから、ようやく『Barbe argentée』初日公演のレポートが完成いたしました。
いつものように、更新日付を執筆終了日に移動させて頂きます。
お読みくださったみなさまには、いつも以上に長々とおつきあいをお願いしてしまいました。どうもありがとうございました!


☆    ☆    ☆


正直驚いた。
初日に参加した方々の心中を察するよ。本来いるべきところにいるべき人がいないわけだから。
仰る通り我々は鉄人バンドしか知らないからね。免疫も無い分そりゃショックは大きいし複雑。
それだけ鉄人バンドは日常の光景だったってことだね。サウンドはもちろんキャラクターも4人絶妙なバランスでさ。

けど、ロック・ミュージシャンって基本は転がる石じゃん。
下山さんも、自分のライフワークを納得するところまでやりきったら戻ってくるんじゃないかな。
つーか戻ってきてまたジュリーの曲で変態ギター聴かせてくれ!
まだ俺は鉄人バンドを食べつくしてないマンジャーレ!


(以上、今回も始まった「メールでYOKO君に週に1曲ずつセトリを伝えつつスコア研究する」シリーズ、『Barbe argentee』版第1弾の、YOKO君からの1月11日付の返信冒頭文より)

そうかぁ、そうだよねぇ・・・。
何の前触れもなく姿を消すのも下山さんクオリティーなら、ふと見たら何の気配もなく再びステージに立っている・・・それもまた下山さんクオリティーのはず。
だって霊だから・・・。

今は、そんな日が来るのを信じよう。
ジュリーが今回新たなメンバーと決めたのは、「代わりのギタリスト」ではなくて、 あの依知川伸一さん・・・ベーシストだったのですから。
下山さん、いつでも戻ってこれるよね?



今回はレポ本文に着手するまで、大変、大変長らくお待たせしてしまいました。
下山さん不在、依知川さん復帰の新体制で2016年のスタートを切ったお正月LIVE『Barbe argentée』。
いざレポを書き始めるまで、盛り上がったり、落ち込んだりと気持ちが揺れまくった1週間でした。

1月6日、仕事を早退して駆けつけたフォーラム。
まず入場してバンドのセッティングを確認した時には「えっ、マジかよ・・・」と。
下手側、サウンドチェックのためにスタンバイしていたのはベースが2本。その後着席して隣のカミさんに「セッティング、ベースだ」と言ったら「見間違いじゃないんか?」と言うので、念のため開演直前にもう一度ステージ前まで確認しに行って・・・まじまじと見たけれどやっぱりベースで。
でもね、この時点で「心の準備はできた」とは思っていたんだけれど。

依知川さんが加わった新たな編成のステージが始まり、1曲目が正に「ベースありき」の「ス・ト・リ・ッ・パ・-」。そのままグイグイ引き込まれて、「やっぱりベースはイイ、厚みが全然違う!」と大興奮して。
僕はセットリストに新鮮さを求めるタイプですから、これまで何度となく聴いてきた「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「サムライ」「カサブランカ・ダンディ」のようなセットリスト常連の大ヒット曲も、ベースが加わった今回はまったく違う感じに聴こえて、「最高のステージじゃないか!」と。
打ち上げでも依知川さんのベースを絶賛しました。だって依知川さん、僕が今まで生で演奏を観てきたベーシストの中で2番目に「凄い!」と思ったほどのインパクトだったんです(1番はブロックヘッズのノーマン・ワットロイ)。個人的な感覚ですが、かつて観たアトラクションズのブルース・トーマスよりも、LOSERの建さんよりも、この日の依知川さんのベースは強烈に感じました。

ところが、数日経って「さぁ、レポを書くか」となった時・・・新たに加わったベースの音よりも、「無くなってしまった音」のことばかり思い出している自分がいました。
何だこの感覚?
筆の速さだけが取り柄の僕が、最初の一文を全然書き出せない・・・下山さんのことをどう書けば良いのかさっぱり分からん!という予期せぬ事態に。

それを救ってくれたのが、冒頭に付記したYOKO君のメールだったりするわけですが・・・最高のステージだったからこそ、複雑な感情に往生しまくりました、今回は。
しかも、フォーラムが終わってしばらく経ってから時間差でそれが来ましたからね。
自分はあくまでジュリーファンであって、バンドの真ん中にジュリーが立っていれば万事オッケーだと思っていた・・・はずなのにねぇ?

初めてのジュリーLIVE参加が『ジュリー祭り』だった僕にとって、バンドメンバーのチェンジはまったくの初体験。人生観まで変わってしまった『ジュリー祭り』で僕は、あの鉄人バンド4人の音でジュリーに堕ちたんだなぁ、と今改めて思います。
ただ、「ジュリーのバンドにベースがあれば」というのもまた、長年の願望でした。これはYOKO君も同じ。
「やっぱりベースが入ると違うなぁ」と僕は今回強くそう思いましたし、お客さん皆そうだったでしょう。
それはきっと、ステージで歌うジュリーも。
そして柴山さんも泰輝さんもGRACE姉さんもそうだったと思います。それがロックバンドですから。

でも、ベースレスの鉄人バンドは、2015年の時点でもう古今東西比するもの無し!というレベルに達していました。まがりなりにも邦洋様々なロックを聴きまくり、仕事絡みではいわゆる「売れセン」の音も一応はまんべんなく聴いている僕がこれは断言できる・・・鉄人バンドみたいな凄いバンドは、唯一無二だと。
だから、いつしか「ベースレス」の意識は(少なくとも僕は)消え去っていたかなぁ。

それにね、鉄人バンドの中で「ベースがあれば」と最も強く思っていたのは、根っからのロック・ギタリストである下山さんだったのでは、とも思うんですよね。
その下山さんが今ここにいない、という・・・。
泰輝さんとのジョイント・ライヴの時だったでしょうか、「家出していたキーボードが帰ってきたと思ったら、今度はベースが家出した。どうすればいいんですか私は!」と下山さんは言っていたんでしたっけ?

2016年、遂に再びベースを得たジュリー、そこに他でもない下山さんがいない、ということは・・・。
まだまだこの先があるんだ、と僕は考えたいです。
叶うかどうか分からないけれど、下山さんが帰ってきて、ベースの依知川さん含めた完全無欠にして最強形の「新生鉄人バンド結成」を僕は待ち望んでいたい。

だから今回のレポで僕は、依知川さん復帰の歓びも、下山さん不在の寂しさもどちらの気持ちもつつみ隠さず、新たに加わったベース音のカッコ良さだけでなく、今回は無くなってしまったギターの音の断固たる素晴らしさについても、初日のステージを観て僕が気づいた限りすべてを、書き留めたいと思います。

いつも以上に収拾つかない大長文レポートになってしまうかもしれないけど
「収拾なんてついてなくていいんじゃない?DYさんの今の気持ちのままに書いて欲しい」
とメッセージをくださった敬愛すべき先輩もいらっしゃるし、既にコメントでも暖かいお言葉をたくさん頂いてしまったし・・・とにかく魂を込めて書きます。

今回は変テコな感じの枕になって、ごめんなさいね。
それでは気をとり直しまして・・・ここからいつものようにセットリスト順に参ります。
開演!



1曲目「ス・ト・リ・ッ・パ・-

Stripper

依知川さん復帰のツアー・セットリスト、その初っ端が「ス・ト・リ・ッ・パ・-」とはニクい。
ベース復活!をまず押し出すのであれば、これに勝る選曲は無いでしょう。

まず第一に、鉄人バンドの「ス・ト・リ・ッ・パ・-」では、下山さんがギターでベースラインを弾いていましたから、僕もこの時点では「鉄人バンドの演奏でこれまで耳馴染んだ、鳴っているはずの音の不在」の寂しさは(音については)まったく感じませんでした。
そのパートが本来のベースの低音で再現されたわけですから、いやとにかくド迫力です。シャッフルのスピード感も、ベースがあると凄いですしね。
でも、YOKO君は冒頭のメールの続きで今回の「セトリ1曲目」について、こう書いていたのです。


本来「ス・ト・リ・ッ・パ・-」で鳴るべき音が加わるわけだから、そりゃロックするよね。 けど、今までその穴をカバーしていた鉄人4人のコンビネーションに改めて感服するよ。

そういうことなんですよね、逆に。
この曲をベースレスで何度も演奏していたのか、という驚嘆。それを改めて噛みしめられたこと。

イントロが始まるや、柴山さんと依知川さんが左右ステージ前方にせり出してきてジュリーと3人横並び。ここで依知川さんの存在に初めて気がつきビックリされたお客さんも多かったのでしょうか。
初日のこの日は、まだまだ新体制での緊張感もあったのかな・・・柴山さん、依知川さんはせり出してはいたけどお馴染みの横揺れはありませんでした(控え目にやっていたのかもしれませんが、僕のいた31列目からではその辺りは何とも・・・涙)。
でも、これは公演回数を重ねれば変わってくるかもしれません。初日はステージを観ながら下山さんの横揺れの姿を思い出さずにはいられませんでしたけど。
『CROQUEMADAME & HOTCAKES』の時みたいに、またジュリー、柴山さん、下山さん、依知川さん4人並びの横揺れ「ス・ト・リ・ッ・パ・-」が観たいなぁ・・・。

初日不参加だった長崎の先輩が、「そう言えば10年前にも「オーバチェア」アリの「ス・ト・リ・ッ・パ・-」で始まったツアーがあった」と仰っていました。
調べましたら、2006年の『俺たち最高』ツアーがそうでした。なるほど、「10年」か・・・僕はその先輩に教えて頂いて依知川さんの書かれたエッセイを読んだばかりなんですけど、「10年」の歳月というものには依知川さんも色々と思うところがあるようです。
このことについては、恒例の”セットリストを振り返る”シリーズ、「お気楽が極楽」の記事で書きますよ~。
以前から「三大壁曲」なんて言ってた曲ですけど、僕は今回ちゃっかり克服しましたからね!

そして、この「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の時点でもうね、ジュリーの声が若い若い!
サビの高音部で声がひっくり返るようなことも無く本当に気持ち良さそうに歌っていましたから、ベースラインの心地よさもあって、グイグイと引き込まれました。
ともあれ、いつもDVDで観ていた通りのハイレベル、ハイテクニックでデッカイ依知川さんが、変わらぬ腕と姿でジュリーのバンドに帰ってきてくれました。
豪快な鏡獅子ベース、バッサバッサと健在です!

2曲目「
希望

Ikitetarasiawase

先にセットリストだけ明記した段階で早速先輩からご指摘のコメントを頂き修正をかけましたが、この曲のタイトルは単に「希望」ではなく、「希望
」。
「きぼう・へいわ」と読むべきなのでしょう。

僕としては、昨年のお正月LIVE『昭和90年のVOICE∞』でようやく生で聴けた(『奇跡元年』で一度体感していますが、あの時は「知らない曲」だったんですよね・・・)本当に大好きな曲。
「LOVE & PEACE」の血が沸き立つ曲です。2年連続で聴けるとは嬉しい!

やはり今年もジュリーは「平和」を歌ってくれる・・・それが今ジュリーの切実なまでの「祈り」であることを、会場のファンはこの先のセットリストで実感することになるのですが、ここでは僕は心から楽しんでこの大好きな名曲に酔っていました。
もちろん昨年のお正月同様に、お客さんも全員でジュリーの「L→V」に合わせます。
サビでは「V」のポーズを何度も繰り出したジュリー。
最後はバンドのフレーズに合わせて拳を握り、ラスト2音でその拳を上げてのエンディング。素晴らしい!

さて、依知川さんが登場した「ス・ト・リ・ッ・パ・-」で僕は今回のセットリストについて、「ベースレスのスタイルでリリースされた曲(2006年のアルバム『俺たち最高』以降の曲達)は披露されるのか?」に興味を移していました。早くも2曲目で来ましたね!
この曲自体はよく知っていたとしても、すべてのジュリーファンがこの日初めて聴くアレンジ。
依知川さんは「希望
」に重厚なエイト・ビートの新たなベース・パートを加えてくれました。凄まじいまでの安定感です。8分音符の粒が全然フラフラしないんですよ。

音階移動も爽快にして強烈。
例えば「届けよ、MUSIC♪」直後のドミナントを半音上から下降する進行・・・これははからずも、昨年の『こっちの水苦いぞ』ファイナルで最後の最後に皆で歌った「想い出の渚」について僕が記事中で「加瀬さんのフェイント」と書いた、「いつまでも♪」の箇所と理屈は同じです。その半音下がりのライン(シ♭→ラ)をベースで豪快に上塗りされて、最高に心地よかった!
また、「歌に祈り込め♪」からのロングトーンのルート小節頭打ちも、ズッシンズッシンと胸から足元にまで響きます。このベースの頭打ちがあると、リスナーはその都度「起点」を与えられて、ジュリーの歌の後ろで裏メロを弾く泰輝さんのピアノの上昇→下降が強調され自然に耳に飛び込んできます。

しかしその一方で「無くなってしまった音」もあります。
例えば、Aメロ冒頭の

Img6063_2

この下段に記してある(殴り書きの譜面ですみません)サイドギターのシャキシャキなカッティングは、とうとうこの日再現されることはありませんでした。
これまでは、ツアーによって柴山さんが弾いたり下山さんが弾いたりしていた、「隠し味」的なギター・アレンジ。白井さんが施した「ベースレスのギター2本体制」ならではの音で、僕はとても好きな箇所でした。ジュリーのヴォーカルが切れると同時にこのカッティングが噛んできて、密やかに曲全体が盛り上がるんです。
無いと、やっぱり寂しかった・・・。

でもね、この日の演奏を聴くと依知川さんのエイト・ビートは本当にブ厚くてガッチリ芯が通っていますから、初日の手応えを得た柴山さんは、大阪以降の会場でこの箇所をパワー・コードのダウン・ストロークからカッティングに切り替えるかもしれません。
今回、初日一度きりの参加となってしまった僕はそれを確認する術がない・・・残念です。

そんなことも含めて・・・ジュリー、全国ツアーのセットリストにこの曲をスライドさせてくれないかなぁ?
僕はこの曲の痛快なジュリーの「LOVE & PEACE」を、この先何度でも聴きたいのです!

~MC~

ジュリーのツアー・タイトルの発音は「バルブ・アンジャンテ」と聴こえましたが・・・合ってるのかな?

「まずは・・・」
とジュリーが紹介してくれたのが
「新しい・・・と言いますか、復帰してくれたメンバーです。依知川伸一!」

獅子の長髪をなびかせ、大きく手を振りにこやかに声援に応える依知川さん。改めて(いや、僕は生では初めて観るんだけど)・・・デカいです!この体躯で空手とかやってるんだから、今や敵無しでしょうな~。

「あとは、お馴染みのメンバーですんで・・・」
と、紹介を省略すると見せかけておいて
「失礼しました」
からGRACE姉さん、泰輝さん、柴山さんと順にコールしてくれたジュリー。
「このメンバーで務めます!」
と。
ここは最近のステージでは「鉄人バンドともども・・・」と言うのが定番でしたから、「あぁ、下山さんがいないと鉄人バンドじゃないんだ」と、改めて寂しさが・・・。

「この日を心待ちにしてくれて、ありがとうございます。ホントに、こんな年寄りのコンサートにねぇ・・・あ、みなさんも年寄りでしたか!」
には会場爆笑。
すかさず
「ただいま、不穏当な発言がございました」
とおどけて一礼してくれたジュリーなのでした。
「不穏当」って表現が何ともジュリーらしいなぁ・・・。

お客さんも固唾を飲み微妙な雰囲気で待ち構えていた(のかな?)最初のMCでしたが、ジュリーは元気な笑顔で新年の第一声を届けてくれましたよ!

3曲目「
砂丘でダイヤ

Boukyaku

これは2011年お正月の『BALLAD AND ROCK’N ROLL』以来の体感になるんですけど、これまたベースが加わってずいぶん印象が変わりました。
それは単にCDに近くなった、というだけではないのです。後ノリの引きずるようなGRACE姉さんの生のドラムスがメチャクチャ生きる!

やはりベースレスだとリズム・パートとしてのドラムスが孤立する感覚というのはどうしてもあって、特に「砂丘のダイヤ」のような曲ではその傾向が強かったのではないでしょうか。と言うのは・・・。

「砂丘でダイヤ」は数えきれないほどあるジュリー・ナンバーの中でも、「スロー・テンポ」ということなら筆頭格でしょう。
比較しやすい洋楽ブルースで言えば、例えばエリック・クラプトンの「イット・ハーツ・ミー・トゥー」のテンポが「♪=70」。「砂丘でダイヤ」の場合はガ~ン!と一斉にロック・バンドの楽器が鳴っていながらにしてそれに比するほどのテンポとなりますから、パッと聴いただけでは「遅い」というイメージは抱きにくい人の方が多いかもしれませんね。
でも実際は相当に遅いわけで、「遅さ」を「重厚さ」に代えて聴かせることをこの曲の生演奏は宿命づけられているのですね。そのひとつがGRACE姉さんの後ノリのドラムスと言えますが、依知川さんのベースが今回それを完璧にサポートしています。
例えば、「ひとつダメな時は♪」からのヴァースでは、GRACE姉さんの刻みはシンバルの内円部に移行します。「キン、キン・・・」と鳴るその高い音は、ベースがあればこそ聴き取りやすいですし、威力もあります。

ベースには歪み系のエフェクターもかかっていたように聴こえましたが、自信はありません。
もう一度聴けば分かるのに・・・無念、NHKホール行きたかったな~。

ジュリーのヴォーカルも凄い。身体のキレや動きは同じ3連の「ハートの青さなら 空にさえ負けない」と似ていますが、発声は全然違いますよね。「砂丘でダイヤ」の場合はルーズに「殴り立てる」感じかなぁ。ジュリーの声の出し方は、歌詞を重視しているはずです。
ヤケクソ状態がここまでカッコイイ男・ジュリー。特に「砂丘でダイヤ」のような曲は、今の年齢で歌う方がより男っぽく、より色っぽいのかもしれませんね。

柴山さんの、1本指で2弦ぶんをセーハするフレット移動もカッコ良かったです。
にしても、『忘却の天才』の頃の曲のギター1本体制再現って、特に大変そうだ・・・。

4曲目「
届かない花々

Croquemadame

これはもう、生で何度も聴いている・・・もちろん大好きな曲ですし、「平和」をコンセプトとするセットリストにするならジュリーとしても外せない1曲。
やっぱり来たか!の思いと同時に、イントロから早くも「鉄人バンドと違う」の感覚はありました。
GRACE姉さんのゴースト・スネアにピタリと重なった「跳ねる」ベースライン。「そうそう、届かない花々って、CDだとこうなんだよな~」と。

『CROQUEMADAME & HOTCAKES』を購入してこの曲のレコーディング音源を初めて聴いた時(その時まで、タイトルを「届かない花束」だと思い込んでいました恥)、大好きなロン・セクスミスの「ディーズ・デイズ」を連想したのは、イントロのベースラインが強く印象に残ったからでした。
依知川さんの加入で本来のこの曲の形に戻ったんだ、と感動しながら聴いていたフォーラム。ところが、日が経って無性に思い出されるのは、「無くなってしまった」音・・・アコギのストロークだったんですよね。

この曲だけじゃないけど、大きなモーションで奏でられていた下山さんのアコギの存在感。
鉄人バンド・ヴァージョンの「届かない花々」は、最後のAメロ直前に、アコギだけが鳴ってる箇所が大きな見せ場だったじゃないですか。僕は毎回、下山さんのアップ・ストロークに魅せられていました。
ピックを掬い上げるように弦をかき鳴らして振り上げられた右手。「弾いている」箇所以上に、振り上げた状態で休符の箇所をやり過ごす下山さんの、呼吸までが伝わってくるかのような腕のしなり。
あそこはやっぱり、「下山さんのアコギ」で僕のイメージは固まっていたみたい。

一方、楽器の音以外の変化・・・とにかく素晴らしかったのが依知川さんのコーラスです。
DVDで観ていた頃から思っていましたが、依知川さんはベースの低音のみならず、コーラス・ワークでもバンド全体の厚みを担っています。
まだ僕は声そのものの判別まではできていないけど、依知川さんはかなり太い声質ですよね?

ジュリーの「手をつないでみて♪」には、もう言葉が無いです。心からの祈り、平和の切望。
ジュリーは穏やかな表情で歌っていたけれど、僕はそこに「もう猶予はない。お願いだから手を繋いでくれ」と訴えかけてくる切迫した心境をも感じました。

5曲目「
アルシオネ

Kitarubeki

ここで、下山さんのこととは別に僕をひどく落ち込ませたニュースについて語らねばなりません。

先日のデヴィッド・ボウイの突然の訃報は、本当にショックでした。
18ケ月の闘病・・・全然知らなかった。ボウイは世間には何も言わずに、身を賭して、本当に「最後」かもしれない覚悟でニュー・アルバムに取り組んでいたんだ・・・。
1月8日にリリースされた新譜『★(ブラックスター)』。
死力を振り絞って作られたような音楽であり、歌・・・そんなふうに感じます。そしてそれは比喩ではなく、本当にそうだったんだ、と思うと胸をかきむしられます。

まだ10代の頃に『ジギー・スターダスト』を聴くやボウイの虜となった僕はその後、『スペース・オディティ』からほぼ時代順にボウイのアルバムを聴いていきました。
『スケアリー・モンスターズ』までのボウイは歌手として、作詞家として、作曲家として僕にとっては「絶対」の存在。その次の『レッツ・ダンス』はタイムリーで聴いたんですけど、波長が合わなくてビックリ。何度も聴き直したけどその時は結局ダメで。
そこから先のアルバムは購入せずにレンタルやラジオで聴くに止め、聴き込みが足りなくなりました。
でも2013年の『ザ・ネクスト・デイ』(大名盤!)をきっかけに少しずつ『レッツ・ダンス』以降のアルバムもキチンと買い始めて、今さらながら良さが分かってきて。

僕は訃報の前日、現時点でキチンとした形で所有していなかったボウイのオリジナル・アルバム『アースリング』他4枚を「この機会に」と纏めて密林さんでポチして、「これでボウイは完全制覇!」なんて考えていました。突然の訃報は、そんなタイミングでした。
「今年、またボウイが新譜(『★(ブラック・スター)』を出してくれた。ボウイは70才に向けて再び躍動を始めたぞ!」と思っていた矢先。
ニュー・アルバムをファンに残して、その2日後に天国に旅立ってしまうなんて・・・こんなに切ない、悲し過ぎる「カッコ良さ」なんてあり得るのか・・・あんまりだ!

何故僕が「この機会にボウイを全部揃えよう」と思ったのか・・・それはジュリーが「アルシオネ」を歌ってくれたから、に他なりません。
ヒヨッコ・DYNAMITEは初めて生で体感する曲でした。

存在自体をデヴィッド・ボウイと比較される日本人なんて、ジュリー以外考えられません。
純粋に「音楽作品」としてジュリーとボウイの共通点を考えた時、まずアルバムならば『彼は眠れない』『単純な永遠』の2枚。
ボウイをリスペクトしている吉田建さんの「らしい」アレンジもさることながら、「虚構のスーパースターを演じる生身の人間を演じる」という二重構造、反骨精神と社会性は、サエキけんぞうさんを中心とする素晴らしい”言葉使い師”達による作詞世界を以って、『ダイヤモンドの犬』或いは70年代後半の「ベルリン三部作」あたりのボウイ作品と比較考察するのもアリではないでしょうか。
拙ブログでは早速”セットリストを振り返る”シリーズで「彼は眠れない」のお題を予定しています。

一方、「楽曲」単位でのオマージュと言えば、何をおいてもこの「アルシオネ」です。
「スターマン」を愛している人ならイントロ一発でそれと分かる・・・アコギの鳴り方も、スネアのフィルも。
作曲者である銀次さん、アレンジの白井さんの徹底したボウイへのリスペクトは痛快です。
フォーラム後、先輩から教えて頂き銀次さんのフェイスブックを拝見すると、そこには「スターマン」以外に「スペース・オディティ」「時の過ぎゆくままに」のタイトルも挙がっていて、僕は「あっ、なるほどそうか!」と。
銀次さんはきっと
「This is ground control to major Tom♪」

「時の過ぎゆくままに~♪」
という両曲の強烈なサビのメロディーが、偶然同一のコード進行に載っていることを探り当て、それが「アルシオネ」作曲のヒントにも繋がっていると思います。

今回ジュリーが「アルシオネ」を歌ってくれたことを本当に喜び感激されていた銀次さんでしたが、ボウイの訃報には一転、絶句するしかなかったでしょう。

銀次さんが、ボウイの姿を重ねつつジュリーに捧げた大名曲「アルシオネ」・・・まさか、僕のような『ジュリー祭り』デビュー組が生で聴ける日が来るとは。
印象的なアコギ・ストロークをかき鳴らしていたのは柴山さん。僕は最初の時点では、柴山さんが普通の体勢でアコギを弾いてるように見えていたんですよ。スタンドにはまったく気づきませんでした。
ジュリーの入魂(としか言いようがない・・・ここでもジュリーの「平和」への渇望を感じた僕は間違っているのでしょうか)のヴォーカルに聴き惚れていたら、アコギの音が不自然な箇所で途切れました。
ん?何だ・・・と思ったら、いつの間にやら柴山さんがエレキを持ってるじゃないですか!
あぁ、下山さんの魂が受け継がれている・・・なんて考えるのは大げさですか?
ギター2本体制であればあり得ない、柴山さんの姿。
依知川さんのベース、泰輝さんのストリングスによるアンサンブルは、ギターの音が途切れた一瞬を完璧にフォローし、柴山さんのソロへと繋がっていきます。

今ツアー、初日フォーラム1回きりの参加となってしまった僕にとっては、「最初で最後」なのかもしれない「アルシオネ」の生体感。
その僅か数日後に知らされたボウイの訃報。
一度きりの体感になったとしても、僕はこの日の「アルシオネ」を生涯忘れることはないでしょう。

6曲目「
光線

Sinpurunaeienn

「アルシオネ」から続いてこれ!
ジュリーのセットリストは、曲想であったり歌詞であったり、何か共通のコンセプトを持つ曲を連続で繰り出すことが多いです。今回の「アルシオネ」→「光線」はさしずめ「SF繋がり」といったところじゃないですか?

「光線」はセトリ常連とまでは言い切れないけど、ジュリーは定期的に歌いたくなる1曲のようですね。僕にとっては2010年お正月の『歌門来福』以来2度目のツアー体感となりました。
「遠未来」の情景は、「アルシオネ」の「浮上」から重厚な「巡廻」へと変化します。今だから思うのは・・・この曲もデヴィッド・ボウイを彷彿させるんですよね。
まぁ、「シンクロニシティ~♪」の箇所ではやっぱりポリスを思い出しちゃいますけど。この「シ~ティ~♪」のジュリーのヴォーカルが、伸びるような、それでいてブッた斬るようなニュアンスで痺れます。

『歌門来福』での鉄人バンドの演奏については、細かいところまでは覚えていないのです・・・。
ツアーが終わってからCDで復習した際、エンディングのコーラス4回し目だけがギターとユニゾンしていることに気づいて、どんなふうに再現していたのかな?と地団太踏んだことを思い出して、今回はその点注目して待ち構えていましたが、さすがにギター1本の体制では割愛されていました。
でも、間奏(この曲はここだけ長調!なんと鮮烈な構成でしょうか)で柴山さんがカッ飛んできてソロを弾いてくれるシーンは変わらず。
また、サビでジュリーが「Run」「Jump」「Out」「Cut」に合わせて鋭いアクションをキメて一瞬ピタッと静止する
あたりも確か『歌門来福』通り・・・カッコ良すぎます。

GRACE姉さんのドラムスに合わせて閃光のような照明がステージを切り裂く変則7拍子の箇所では、『歌門来福』の時は会場の手拍子が「おっとっと!」みたいな感じになっていた(裏拍で打ち続けていると次の小節の頭からズレちゃうんです)ことを覚えていますが、今回の初日のお客さんは手拍子よりも身体でノッていた人が多かったかな。
僕の前のお席にいらしたお2人連れ、「光線」
は大好物の曲だったようでノリまくっておられて、背中を見ていてこちらもつられて身体が動いてしまいます。
こういう状況は本当に楽しいです!

吉田光さんの作曲作品は本当にLIVE映えします。
いつか、一度で良いから「恋がしたいな」「Shangri-la」を生で聴いてみたいなぁ。


7曲目「麗人

Royal3

初っ端のスネア3打で分かった!
ようやく、ようやくです。「麗人」。思わず隣のカミさんに「やっと聴けた~!」と。

昨年の「恋のバッド・チューニング」と同じく、終演後にお会いした先輩方から「えっ、DYさん初めてだったの?」と言われましたが、そうなんです。『ジュリー祭り』のセトリからも外れ、その後「そのうち歌ってくれるだろう」と思い続けて毎回待ち望んでいたのにセトリ入りを見送られてきたエキソティクス期のヒット曲。僕もやっと生の「麗人」を体感することができました。

何度かブログにも書いていますが、僕はまずジュリーの「ルックス」という点で一番惹かれるのがこの曲。当時の「男装の麗人」みたいな衣装が、逆にジュリーの「男性」を際立たせているんじゃないか、というイメージは、みなさまとはちょっと違う・・・のかな?
テレビでもタイムリーで観ていました。クラスメートに「ス・ト・リ・ッ・パ・-」より「麗人」の方がイイ!と力説していたっけ。いや、もちろん「ス・ト・リ・ッ・パ・-」も当時から大好きだったんですよ。でも中学生男子で「麗人推し」ってのが自分でも気に入ってたりして。

それにしても67歳・ジュリーの「麗人」は、い~~や~~カッコ良かった!
「あれもタブー、これもタブー♪」のアクションは言わずもがな・・・何と言っても「アアァ!」ですよ。失禁するかと思うほどカッコ良かったです。

まったく初めて生で聴く曲ですから、新生バンドのアンサンブルにも「これが鉄人バンドだったら・・・」という違和感はまったく無し。
「たったひとつ、愛するだけ♪」の箇所のGRACE姉さんの鬼のキック16連打、聴きましたか?
凄いです。このキック連打の素晴らしさはCD音源でのユカさんの演奏でも味わうことができますので、みなさま是非聴き直してみてください。
で、LIVEになるとドラムス以上の音量で柴山さんが「ガッガッガッガッガッ・・・♪」とダウン・ピッキングでキックとユニゾンしてくれます。凄まじい緊張感・・・その直後にジュリーの「あ~いするだけ~♪」(←「あ」の発音の挑発っぷりが凄い!)から「アアァ!」が来るわけです。
泰輝さんの”神の両手”によるストリングスとピアノの「一人ユニゾン」攻撃も最高!

ねぇジュリー、僕は今回、ツアーオーラスのNHKホールに行けないんですよ・・・。
まさかこれが僕にとって最初で最後の「麗人」なんてことは・・・ないですよね?
また歌ってください。できれば今年の全国ツアーのセットリストにスライドさせて~!

8曲目「
女神

Royal80_2

GRACE姉さんのハイハットの細かい刻み、薄く流れるストリングスっぽい音色。
そんなイントロが始まってカミさんが「これ何?」と聞いてきて、ひと呼吸置いて頭にタイトルが降りてきました。「め、女神だこれ!」
いなや噛み込んできた、「チャララッ、チャララッ、チャララッ、チャ♪」に大興奮。

いやいや、麗人は「やっと」だったけど、「女神」
は「まさか!」でした。
ジュリーはもうこの曲は歌わないかもなぁと何となく思っていて、考察記事にもそう書いていたっけ。
それにしても何だこの「光線」→「麗人」→「女神」の漢字2文字タイトルの連続攻撃は。素晴らし過ぎる!

「女神」って、オリジナル音源では(もちろん狙いあってのことですが)ベースが全然目立たないんですよ。
ところがこの日の生演奏は・・・依知川さんのストイックにすべる指使いから繰り出されるシンプルなラインが、何と美しく響いたことか。
特に「どちらを選ぼうと~♪」の後の「ミ~ファ#~ソ~♪」(今回演奏のキーは下げていたようですが、オリジナル音源のホ短調の音階で表記しました)の上昇フレーズがビッシビシと胸に来ます。
柴山さんのハーフ・ディミニッシュも、なんだあの独特のフォーム・・・2弦~5弦で弾いてる?

ジュリーのヴォーカルは、もう何と表現して良いのか。「エロい」だけでは言葉も足りないような気がします。神話のような気高さを感じました。
「棘」とか「爪」とかいうフレーズをこんなふうに肉感的に歌い、伝えられる歌手が他にいるでしょうか。
ただ、エロいことは確実!
僕のような感性に劣る男性ですらそれが分かる、官能ほとばしるヴォーカルでした。

ジュリーは最後の最後に「スッ」とひざまずいてのエンディング。「求愛」と言うにはあまりに圧倒的、挑発的、俺様的な服従のポーズです。
「挑発的な服従」なんて普通あり得るのかな?
ジュリー、やっぱり普通じゃないですね!


9曲目「愛は痛い」

Samosutatto

柴山さんのバンジョーっぽいアコギ・アルペジオをフィーチャーしたキャッチーなイントロが来て、僕は
「ああっ、そっちですかジュリー!」
と。

そう・・・申し遅れましたが、DYNAMITEの正月LIVEセトリ予想記事は今回も見事当たらず、全敗記録をさらに更新したのでした。
ホント、正月コンに関しては、今まで1曲たりとも当たっていないという(涙)。
ただ、これまでは「カスリもしない!」という感じだったんですけど今回はね、アルバム『サーモスタットな夏』からの予想曲ということで、「オリーヴ・オイル」か「愛は痛い」の二択で最後まで迷っていたんですよ。
「オリーヴ・オイル」の予想記事中でも、可能性が高いのは「愛は痛い」の方だと思うけど・・・な~んて書いてますから。ね、ね、書いてるでしょ?
・・・って、何の自慢にもならん(泣)。

この日は、GRACE姉さんのフィルからイントロ演奏が始まるやすぐに手拍子をリードしてくれたジュリー。
僕は「愛は痛い」を『BALLAD AND ROCK'N ROLL』で体感しているけど、あの時は手拍子してましたっけ?
「ミネラル・ランチ」でのジュリーの手拍子リードは覚えているんですけど。

さて、その『BALLAD AND ROCK'N ROLL』での「愛は痛い」で印象に残ったのは何と言っても間奏・・・柴山さんと下山さんによる、ツイン・スライド・ソロでした。
これはオリジナルのレコーディング音源のアレンジを忠実に再現したもので、白井さんのアレンジ・アイデアはおそらくジョージ・ハリスン「マイ・スウィート・ロード」へのオマージュです(ジョージも箇所によって2トラックのソロを重ねてツイン・スライドに仕上げています)。

残念ながら、今回はこのツイン・スライドが再現不能。
ギター1本体制となった今回の間奏では、柴山さんが1小節ほどを依知川さんのベース・ルートに任せてアコギ・スタンドを離れ、背中に装着していたSGをクルリと正面に回してボトルネックを弾き始める、というスタイル・・・見事、と言うほかありません。
確かに下山さんとのツイン・スライドが無くなってしまったことは寂しい・・・それでも柴山さんのソロは、優しく力強く、説得力充分のスライド演奏でした。単音のはずなのに、下山さんが弾いていた3度の音までが聴こえてくるような・・・。
スタンドのアコギからエレキへ、という匠の技を下山さんから引き継ぎ、神々しいまでの孤高のソロ。
だって、あんなに忙しくしているはずなのに、僕にはSGをクルリとスタンバイする時の柴山さんの動作が、まるでスローモーションのように見えたんです。
超一流のアスリートがあまりになめらかな動きで難易度の高いことをしている時、不思議にゆっくりに見えることってあるじゃないですか。この曲の柴山さんの演奏に僕はそんな印象を受けましたが、みなさまはいかがだったでしょうか。

依知川さんの16ビートのベースもグッときました。
穏やかな曲ですが、ベースラインもギター同様に結構動き回っているんですね。

10曲目「
君をのせて

Acollection

新編成のこの曲では柴山さんがアコギを担当。スタンドは使わず、最後までアコギ1本で通します。
すなわち、鉄人バンド・ヴァージョンの間奏・・・泰平さんのストリングス→柴山さんのリード・ギター→泰輝さんのピアノというリレーは無くなり、泰輝さんがこれまで柴山さんの弾いていた2小節までストリングスで引っ張り、ピアノへ移行するスタイルに変わりました。
やっぱり寂しい気持ちがこみ上げます。間奏が始まって、お客さんの拍手にジュリーがバンドに手をかざして応えるシーンが、そのままだっただけにね・・・。

でも、依知川さんのベースは魂入ってました。
気づかれたかたも多いと思いますが、依知川さんの鏡獅子アクションは、激しい曲よりも静かなバラードの方が繰り出す頻度が高いようです。”ロングトーンを弾いている時に「バサッ」とやって間合いを測っている説”が有力と見ましたがどうでしょうか。

柴山さんのアコギの見どころは、Bメロからサビにかけてのストローク。
下山さんは「じゃ~んじゃっか、じゃ~んじゃっか♪」と弾いていましたが、柴山さんの場合は「じゃんじゃかじゃか、じゃんじゃかじゃか♪」と弾きます。
3連符を強調する細かいストロークで、モーションが小刻みになるのが特徴。同じ曲の同じパートでも、演奏者によって違うものなんだなぁ・・・。
オリジナル音源のアコギ・トラックを確認してみますと、間奏前半は下山さん、後半は柴山さんのように弾いていました。

ジュリーは今回も最後に腕をクルクル回して、優雅なお辞儀ポーズを見せてくれました。見慣れた光景ですが、ちゃんと一連の動作を3連符の演奏に合わせてキッチリのタイミングで終わらせているんですね~。
転調後の声も伸びやかで、(曲数をカウントしていた僕としては)あぁ、セットリスト前半の締めくくりにふさわしい10曲目「君をのせて」だなぁ、と思ったのでした。


~MC~

10曲目まで書いたところで、ギックリ腰による執筆中断。お読みくださっているみなさまには1週間以上もお待ち頂くことになり、すみませんでした。

再開はこのMC部からです。
すっかり時間が経ってしまい、MCの内容なんてほとんど覚えていない・・・かと言うと意外やほぼ覚えてます。いや、アンコール前のMCはすっかり細かい部分を忘れていますが、「ちょっと待ってね」から始まった「我が窮状」前のジュリーの言葉は覚えているんですよ。
僕が「知りたい」と思っていたことを話してくれたからでしょうか。そして、やっぱり僕など到底及ばぬ視野を持っている人なんだなぁ、と感激したからでしょうか。

ジュリーは基本「色々な考え方があっていい」と思っていますから、押しつけるようなことは話したくない・・・あくまで歌を聴いてそれぞれ考えて欲しい、というのが根幹にあると思うんですよね。
ですからMCで政治的な話をする時は、どうしてもオブラートにくるんだ表現になります。
そんな中でも「これだけは」という本音の吐露も確かにあって、この日で言うとまず

「考えてないと思ってるの?」

これですね。
「Prayだけではダメだ、Thinkしないと」という言葉に、強い反発を示したジュリー。

ジュリーがどこでどのようにこの言葉を知った(或いは言われた)のか・・・それは僕らには分からないことですが(ジュリーは具体的な発言者を胸に置いて話しているように感じられました)、僕について言えば、この「think」云々の言葉を知ったのはパリの事件の直後だったように記憶しています。
それ自体は真面目な言葉ではある、と思います。でもそこから連鎖して「平和平和と言う奴は、結局何も考えていない」などという考え方と同義的に使われていたのが、今も胸に鈍く突き刺さったままです。
それを言うなら、昨年「国際平和支援法案」だの「平和安全法制整備法」だのと体よく「平和」を連呼していたこの国の現与党から、今年になって「平和」という言葉がまったく出てこないのはどういうことか、と。
現与党の中、それが「think」故でそうなっている人と、そうでない人がいると僕は考えます。残念ながら今の日本の一番上の2人には全く「think」を感じませんね。

まぁそれはひとまず僕個人の考えとしまして。
ジュリーは言います。
「考えても考えてもどうしようもなくて、どうにもならなくて、祈るしかない。どうにもならないから普段はそういうことも横に置いて、ただ懸命に働くしかない。間違いなく、この国を形づくっているのはそんな人達」
だと。
今、声を上げている若者達についても触れてくれて
「そりゃあ、期待はしているところはある」けれども、(親指とひとさし指2本で小さく隙間を作ってみせて)「人数にしたら、こんなもんや」
と。

だからジュリーは、「この国を形づくっている」人達に向けて、「リラックスして(次の「我が窮状」を)聴いてください」と言ったわけです。
新聞報道の中に「ジュリー、若い世代にエール」という記事があったけれど、初日のMCについては実際はそうではなくて、ジュリーはほぼ同世代のお客さんにエールを送っていたんだ
、と僕は思っています。
そして、ジュリー自身もそうなんだ、と。
考えても考えてもどうにもならなくて、ただ懸命に働いている人達の中にジュリー自身もいる、と。
「今日なんて、たまの楽しみやもんな?」
と、日々懸命に働くお客さん達に優しい言葉をかけてくれた後、「僕も同じだよ」という意味で

「ワタシも、このトシで歌うのが楽しいんですよ!」

と話してくれました。
つまり、ジュリー自身も今日のこの日を楽しみに待っていた・・・それが分かって僕らファンは本当に嬉しく、印象にも残ったジュリーのMCでした。

「リラックスして聴いてください」とジュリーが言った時にはもう、次の曲が「我が窮状」だと分かりましたね。


11曲目「
我が窮状

Rocknrollmarch


昨年の『こっちの水苦いぞ』ツアーを体感していれば、ジュリーの「ちょっと待ってね」が何よりも気持ちの面で大切な時間、次に歌う曲への切り替えに必要な時間であることが分かるし(特に僕の場合は川越公演を直に観ていますから)、この初日も曲数をカウントしていて、10曲目「君をのせて」の後に「ちょっと待ってね」が入った時に「いよいよ後半、ここからツアーのテーマ本質の曲が来るぞ」と思いました。
今回の「我が窮状」はその最たるもので、「ちょっと待ってね」から「リラックスして聴いてください」への繋がりはいかにもジュリーらしい「間」だったと思います。

「我が窮状」をセットリスト9曲目以外で採り上げる場合、ジュリーにどんな意図があるのでしょうか。
思い出されるのは2012年、『3月8日の雲~カガヤケイノチ』ツアー。この時はまだ前半、後半の間に休憩があった時期で、あのショッキングな新曲4曲がセットリスト前半の最後に固められ、そのまま休憩へ。まだ新曲の重い余韻が残る中、後半スタートは「約束の地」「君をのせて」「我が窮状」「時の過ぎゆくままに」が立て続けに歌われました。
そのバラード4曲の心洗われてゆく感覚を僕は「憑き物落とし」と書いたんですけど、当時そんな役割を担った「我が窮状」も、今回は真逆のインパクト。
あの時と同じく「君をのせて」に続く配置なのに、受ける印象は全然違います。

ジュリーの「リラックスして聴いてください」は心からの言葉だったとは思いますが、僕は同時にそれが強い警鐘のようにも感じました。
この曲のような純粋なジュリーのメッセージが、「普通には」捉えられなくなってしまっている今の世の中ですからね。この数年で、一気にそうなった・・・。
ジュリーは「自分が普通にこの歌を歌い、皆普通に聴いてくれる」世の中を望んでいるんだろうなぁ。

さて、「我が窮状」は伴奏が泰輝さんのピアノ1本ですから、バンドメンバーの変化による違いはまったく感じないのか、と言うとそんなことは無いわけで。
下山さんと依知川さんが1人変わっただけで、コーラスの聴こえ方が全然違いましたよね。

僕は鉄人バンドの「我が窮状」でさえ、どのパートが誰で、ということはまったく分かっていない(女声のGRACE姉さんのパートが部分的に認識できるくらいのレベル)くらいですから、今回もじゃあどのパートが依知川さん、とはまだ言い切れなんですけど、以前と印象が変わったのは明らかにバリトンだったんですよ。ですから、バリトン・パートが下山さんから依知川さんに変わったんじゃないかなぁとは思っています。
全体的にコーラスの厚みが以前より増しているように感じたのは、依知川さんの声量が大きいからでしょうか。ポンタさん達とのバンドでは、依知川さんはリード・ヴォーカルとしても活躍されているようです。

この曲がセトリ入りする度に思うのは、ジュリーがこの曲を歌わなければならない社会情勢であればあるほど、ジュリーの歌が素晴らしくなってゆく皮肉。
MCで色々と考えさせられた直後だったせいか、僕はジュリーの美しい発声の中に切羽つまったギリギリの感情をも想像してしまいましたが、ステージに近い席で観ていらした先輩のお話では、ジュリーは歌いながら優しい微笑みの表情だった、とのこと。

この日の素晴らしい「我が窮状」にジュリーの笑顔を重ねられなかったとは・・・。
被災地への祈りの歌を聴く時もそうですが、ジュリーが歌を通して目線を同じくしている人達の存在を、僕はもっともっと考えなくてはならないようですね。


12曲目「
F.A.P.P.

38

ここから3曲、「鉄人バンド期」に入ってからリリースされたナンバーが続きました。いずれも鉄人バンドが作曲・アレンジし、ジュリーが「自分が歌いたいこと」をハッキリと打ち出して作詞した曲達です。
僕にとっては、タイムリーな「新曲」としてCDもLIVEも体験し、「ギターが2本鳴っている演奏を観ることが当たり前」の3曲だっただけに、バンド編成の変わった今回は、印象がずいぶん違いました。

まずは「F.A.P.P」。
元々ベースレスでアレンジされ、しかもホ長調から嬰ヘ長調、イ長調と目まぐるしく転調する複雑な進行・・・これを1本のギターで再現するのは本当に大変!
それでも柴山さんは、ハイ・ポジションの単音とローコードを使い分け、2役を成立させます。
Aメロでは「E→B→D→A」のフォーム移動が31列目から観ていてもハッキリ分かるほどでした。

近年の「鉄人バンド・オリジナル」ナンバーを今回のバンド編成で再現する場合、おもに2つのアプローチが考えられると思います。

① バッキングのギター・パートをベースのルート奏法で補う
② 2本のギター・パートを柴山さんが担い、ベースは新たなフレーズを繰り出す

常識的には、このどちらか。
ところが今回のバンドは「F.A.P.P」からの3曲で、①と②の両方をやっていたんです。
これはまず第一に、柴山さんの活躍あってこそ。

依知川さんは、もちろん鉄人バンドのアレンジへのリスペクトもあるのでしょう・・・黙々とルート奏法のビートに徹していました。曲のイメージを壊さず、さらに重厚さをも加えた職人芸の演奏。充分、ギターのバッキング・パートにとって代わっています。
これなら、泰輝さんもGRACE姉さんもアレンジはそのまま、柴山さんはメイン・パートのギター・トラックをひとつ再現するだけで良かったはず。

それでも柴山さんは、2つのパートを弾いたんです。

もちろん、2人ぶんの音を同時に鳴らすことはできませんから、箇所箇所によってどちらかのパートを弾きます。表情や動きからは、柴山さんも余裕でやっているようには見えますが、実際には相当な難易度。

柴山さんがバッキング・コードを弾いてくれたおかげで、絶対音感の無い僕も今回の「F.A.P.P」がオリジナル・キーでの演奏だったことを、目で確認できました。
毎回書きますが、この曲の最高音は高い「ラ」の音。これまで、ジュリーがキーを下げて歌ったことに気がつけた曲で考えていくと、どうやら高い「ソ」の音の登場が移調の目安となっているものと思われます。
なのに、「F.A.P.P」を採りあげる時は毎回、絶対にこの曲のキーを下げないジュリー。
「原発」の「つ」が高い「ソ#」。「HAPPINESS LAND」の「は」が高い「ラ」で、「ぴ」が高い「ソ#」。
何故、頑固なまでにこのとんでもない高音をそのままのキーで歌うのか・・・それだけで、ジュリーのこの曲への気持ちが分かるようではありませんか。
(さらにこの日僕は、ジュリーがキーを変えるのは音域だけの理由ではない、という新たなシーンに気づかされますが、そのお話はまた後ほど)

「HAPPINESS LAND♪」のジュリーの高音にはいつも感動させられますが、MCの後を受けての「我が窮状」から「F.A.P.P」の流れは格別でしたね。


13曲目「若者よ

Namidairo


「どうにもならない」と「なんとかしたい」の狭間で。
指で小さく「こんなもんや」のポーズはあったにせよ、あのジュリーから「期待する」という言葉を引き出した若者達を僕はリスペクトします。
でも、若者とは言えないながらも僕のような世代も含めて、「ジュリーのその言葉に本当に適うのかどうか、真価はこれから」なんだろうなぁとこの日思いました。

期待して 期待して
やめられちゃ報われない ♪

そう、やめるわけにはいかないよね・・・。
昨年、ジュリーの詞がまるで予言であったかのように、一気に世論の的に踊り出た若者達。
「若者よ」に限らず、彼等にジュリーの歌は少しでも届いているのでしょうか。

2010年リリース当時の「若者よ」でジュリーは、「世直し」に挑むもチグハグな状況が続き呆れられつつあった政権と、世の若い世代の無関心・・・その多くの閉塞感を覚醒させようとしたのか、と昨年来僕は大きくこの曲の解釈を変えています。
だからこそ、現在の状況下で「やめられちゃ報われない」のフレーズがズシンと来た初日でした。

さて、この日の「若者よ」の演奏については、僕の気づきの順の都合で次曲「限 界 臨 界」の項で再度触れる点もありますが、ここでは柴山さんのギターについて書いておかなければなりません。
下山さんがいなくなって「ギターが柴山さんが1人で大変そうだな」というのは会場のみなさま一様に感じたことではあるでしょう。目立ったところでは「アルシオネ」「愛は痛い」でのスタンドを使ったアコギとエレキの切り替えシーンなどは、視覚的にもそれが分かりやすかったですよね。
そんなシーンに加えて、(一応)プレイヤー目線から見えた「ギター1本体制」での柴山さんの工夫と、素晴らしさについて少し書かせてください。
動きや表情だけだと分からないかもしれませんが、「若者よ」の柴山さんの演奏は、「アルシオネ」や「愛は痛い」よりずっと大変だと思われます。

「若者よ」のオリジナル音源は、鉄人バンド4人による(ほぼ)一発録り。それをジュリーのLIVEで再現する際、これまで特別な工夫は必要ありませんでした。ベースレス、ギター2本のレコーディング・テイクと同じように演奏すれば良かったのです。
しかし今回はギターが柴山さん1人。先の「F.A.P.P」の項に書いたように、この曲でも柴山さんが2役を担いましたが、実はこれ「見るのと弾くのとでは大違い」で、とんでもない大技です。
注目すべきは間奏部。

じゃらららっ、ちゃっ、ちゃ~ ♪
               ちゃらりららら~ ♪

従来の、下山さんのバッキング・パートと柴山さんのソロ・パートを時間軸で表記すると、上の通りです。
これを1人でどちらもやろうなどとは普通は考えない・・・いかな柴山さんであっても、ここは依知川さんのベースにバッキングを託したとしても仕方のないところ。
でも柴山さんは、両方のギターの音が鳴ってないと納得できないんですよ、きっと。
だって、「F.A.P.P」もそうだけど、これは柴山さんの作曲作品なのですから。
リフから作曲のアイデアを膨らませていくパターンの作品が多い柴山さんのことです。「若者よ」のバッキング「じゃらららっ、ちゃっ、ちゃ~♪」は間違いなく作曲作業の最初期段階から決まっていたフレーズでしょう。
柴山さんにとっては、曲の根っこだと思うのです。

バッキングとソロとでは何が違うのか。色々ありますが、一番は音の太さです。複数の弦を「じゃら~ん」と纏めて鳴らすバッキングと、1本1本の弦を単独で弾くソロの音が、同じ太さであるはずがありません。
ですからエフェクターなどと使って、「ソロ」のぶっとい音を作るわけです。その上でソロを弾く人とバッキングを弾く人が2人いれば、それぞれのエフェクト設定を違えて双方の音の太さのバランスがとれます。
ところが1人で両方となると、バッキングからソロへの切り替えの瞬間、何らかの方法で音の設定を変える必要が生じます。普通に考えられるのはエフェクターを「ふん!」と足で踏む方法なんですけど、僕の席からは柴山さんの足までは見えなかったんだよなぁ。

ただ、これまで「若者よ」の間奏では(下山さんのバッキングの間隙を縫って)元気よくステージ前方にカッ飛んできてソロを弾いてくれていた柴山さんが、今回のフォーラムでは定位置にとどまったまま。
エフェクターを踏んでいたにせよ何にせよ、それだけ大きな負荷を柴山さんが自ら望んで背負っている、ということだけは言えそうです。

そして、ステージを重ねるに連れいつか柴山さんは何か絶妙な手法を編み出し、再び前方にせり出してこの曲のソロを弾いてくれるのではないでしょうか。

そんな見所もあって、個人的には次の全国ツアーでも引き続きのセトリ入りを期待したい1曲です。

14曲目「限 界 臨 界

Kottinomizunigaizo

『こっちの水苦いぞ』ツアーを体感して、昨年の新曲4曲の中で一番好きになった曲。そして、「若者よ」と合わせてジュリーの感性の両輪のように感じていた曲。

これまで何度か「お正月には「若者よ」と続けてこの曲を聴きたい」と書いてきて・・・それがまさかの実現!いやぁイントロでは「ホントに来た!」と興奮しました。
と同時に、「あれっ?」とすぐに気がついたのは。
前曲「若者よ」と同じキーで演奏されている・・・?

絶対音感の無い僕でも、さすがに連続で2つの曲を聴いた時には、2曲のキーが同じか違うかくらいは、耳だけで判断できます。間違いなく、フォーラムの「若者よ」「限界臨界」は同じキーで演奏されていました。
「あれっ?」というのは、僕はこの2曲いずれも過去に採譜作業をしていて、それぞれのキーをハッキリ覚えていたからです。
「若者よ」はハ長調、「限界臨界」はロ長調。
それが今回同じキーで演奏されたということは、「若者よ」を半音下げているか、それとも「限界臨界」を半音上げているか、どちらかということになります。
慌てて柴山さんと依知川さんのフレット使いをチェックしますと、今目の前で歌われている「限界臨界」はオリジナル通りのキーのようです。「B」のコードは特徴がありますからこれは歴然。
ってことは、「若者よ」を半音下げているのか・・・。
「ジュリーがそこまで苦労するような高音域の曲だったっけ?」と思い帰宅して音階を拾ってみたんですけど、(ジュリーにとっては)全然高くないんです。高音も低音も、まったく問題なさそう。
つまり
「音域の都合でキーを変えているのではなく、移調には何か別の理由がある」
と結論づけるしかないんですよ。

演奏上の理由?違います。
ハ長調をわざわざ#がつきまくるロ長調に変えて都合の良くなる楽器は無いですから。
僕には

ジュリーが「若者よ」と「限界臨界」の関連性を強く押し出すために2曲を続けて歌い、キーも揃えた

としか考えられません。
ジュリーにとっては、2016年最初のLIVEで、そこまでしても「特に聴いて欲しい」2曲だったのでは?
今回のセットリストの中で、今の世の中に対してジュリーが特に声を上げて言いたいこと、その本気度を象徴するのがこの2曲の流れ・・・僕は今のところそんなふうに考えていますがいかがでしょうか。
「若者よ」という曲が無ければ、「限界臨界」のジュリーの詞はああはなっていなかった、と思いますしね。

依知川さんのベースはギターのバッキング・パートを見事にカバー。
「限界臨界」の進行は少しずつジリジリと下降してゆく和音が肝ですから、そのルート音のクリシェを重厚なベースで表現したアレンジには、耳慣れた音と違う違和感よりも新たな迫力、魅力、グルーヴを感じずにはいられません。
それは、ここでもキッチリとオリジナル音源の2つのギター・トラックを細やかに切り替え担っていた柴山さんの活躍あってこそ・・・言うまでもないですね。
初日は、昨年のツアーと比較すると、柴山さんが1箇所(2番Aメロ2回し目)コーラス・パートを割愛していましたよね?その後の会場ではどうだったのでしょうか。

間奏後のGRACE姉さんの凄まじいタム、泰輝さんの尖った音階の低音ストリングスは、CDだけでは味わえないド迫力。素晴らしい!

そして、淡々としたAメロを信じられないほど叙情的に歌うジュリー。
「限界臨界」はやっぱり素晴らしいロック・ナンバーですし、ジュリーの偽らざる思いがたくさん詰まっている名曲なんだなぁ、と思いました。

15曲目「マッサラ」

Kitarubeki_2

2011年お正月、『BALLAD AND ROCK'N ROLL』以来2度目のツアー体感でした。
あのツアーは初日の渋谷公演が新年の仕事初めの日と重なってしまい、泣く泣く欠席。必死でネタバレ我慢して名古屋遠征で聴いたんだったな~。
でも、あの時の「マッサラ」の鉄人バンドのアレンジがなかなか思いだせなくて・・・。フォーラムではこの曲を聴きながら「下山さんのギターの音はどんなんだったっけなぁ」と考えていました。

一方、年末に「オリーヴ・オイル」の記事を書いた時、僕はDVD『祝・2000年正月大運動会』を鑑賞、初っ端の「オリーヴ・オイル」→「マッサラ」というワウ・ギター連続攻撃に魅入ったものでした。
「オリーヴ・オイル」のセトリ入りはなかったけれど、「マッサラ」はその時「セトリ入りあるかなぁ?」と一応マークしていた曲で、当時メンバーだった依知川さんのベース演奏をはからずも予習できていました。
しかも、僕が今渇望している、鉄人バンド+依知川さんの5人体制のステージでの予習だったわけですからねぇ。本当に素晴らしいツアーDVD作品ですよ。
今回柴山さんは、オリジナル音源のアコギのパートとエレキのソロ・パートを繋げて弾く、という大活躍を見せてくれたけど、僕としてはいつかギター2本体制のこの曲で、アコギを弾く下山さんも観てみたい・・・基本これまではエレキなんですけどね。

GRACE姉さんのオープン・ハイハットを合図に、今回のアレンジは当然柴山さんのワウから。
足が見えなかったんですがペダル踏んでました?
それともオートフィルターのかけ弾きかな?

以前依知川さんがメンバーだった頃から、この曲のLIVEではベース・ソロがあるんですよね。
今回もやってくれました。次曲の「お気楽が極楽」(依知川さん作曲作品)と合わせ、ベース・ソロを擁する「マッサラ」もまた、ジュリーが依知川さんのために用意した選曲だったのではないでしょうか。
ちなみに、かつて依知川さんのベース・ソロをフィーチャーしていた曲はもうひとつ、「睡蓮」があります。こちらはもう、今年の全国ツアーのセトリ予想で自信満々に採り上げるしかありませんね~。
この場で執筆予告しておきます!

ジュリーは歌詞に詰まって苦心するシーンもありましたが、やはりこの曲も今のジュリーにとって「平和」のキーワードが重要な自作詞曲となっているでしょう。
愛する家族、仲間、思いを寄せる人々がいるからこそ、「君なしにはありえない平和な日」という状況の尊さを僕らに堂々と伝えてくれるジュリーなのです。

例の「一瞬終わり」のフェイク・サイレントには、分かっていても「おっとっと」となってしまいます。
曲が終わったと思って拍手を始めるお客さんも少なからずいらしたようですね。
僕はこの「マッサラ」では「そこまでは引っかからなかったけど、次曲「お気楽が極楽」では見事引っかかり拍手のフライングに加わってしまいました。
こんなところでも、ちょっとしたアレンジの共通点を以って2曲連続攻撃を繰り出してくるジュリーのセットリスト・・・特に初日はね、本当に油断なりません(笑)。


16曲目「お気楽が極楽」

Iikazeyofuke

ということでいよいよ、ある意味では僕にとって今回のセットリストの目玉ともなった「お気楽が極楽」。
これはね・・・何度も書いたことがあるので知っているかたは「ま~たその話か」と思われるでしょうが、これはかつて「DYNAMITE三大壁曲」(俗に「素肌極楽ハッピーニューイヤー」と言います)の一角。僕が長年苦手とし、なかなか好きになれなかったという貴重な(?)ジュリー・ナンバーのひとつでした。
しかしその後、2013年お正月の『ひとりぼっちのバラード』ツアーでのジュリーの熱唱を体感し、まず「涙のhappy new year」を克服。超えなければならない壁は残すところ2曲となっていて、今回僕は見事「お気楽が極楽」も乗り越えることができたのです。
てか、今まで何故こんなにも楽しい曲を敬遠していたんだろう?と思わせてくれるジュリーのLIVEは本当に凄い!ということなんですけどね。

セトリ入りの予想こそしていなかったけれど、直前の記事に「自分は参加できないけど、是非今回この曲を歌って欲しい」とコメントをくださった先輩がいらしたので(ありがとうございます!)、無意識に心の準備はできていたみたい。
しかも前列のお2人連れのお客さんがこの曲でノリまくっていらしたので、つられた僕は呆れるほど自然に、あっさりと壁を超えてしまいました。

「壁曲」だったということは聴き込みも足りていない、聴き込みが足りていないということは・・・凄まじく新鮮に聴こえた、ということ。「びよ~ん、びよ~ん」というサンプリング音(当然、ここでは打ち込みではありませんが)も再現され、いやぁ楽しい!
あとは、この場で長々と語るより、本館の”セットリストを振り返る”シリーズで、じっくり腰を据えて考察記事を書こうと思っています。

そうそう、依知川さん作曲作品の中からジュリーがこの曲を選んだ(他に、同じくアルバム『いい風よ吹け』収録の「インチキ小町」などの名曲もありますからね)意図ですが、個人的にはこの日

察しいいんだぞ
こたえるんだよね ガキに言われて ♪

という歌詞部が痛烈に胸に刺さったんです。
トリッキーな詞だけれど、このあたりはやっぱりジュリーらしい芯がハッキリ表れてるな、と。
そしてそれがリリースから時を経た今になって、現実に社会に響いてくる・・・ジュリーの今で言う「ガキ」に僕は心当たりがあるけれど、それはもういいかな。威勢のいい勇ましいこと言ってた割には、しょうもないことで消えてった政治屋のことなんですけど。
とにかく、いつの時代にもピタリと嵌るメッセージを、当たり前のように既に持っているジュリーはつくづく稀有な歌手であり、粋な詩人なんだなぁと思うばかりです。

先に「マッサラ」の項で書いた通り、僕はエンディングの「びよ~ん♪」一発の直前フェイントに見事引っかかって、拍手のフライング。
本当に新鮮で、楽しい時間でした。
さぁ残る壁は1曲。
いつでもかかってこい素肌!(←これは間違いなく、一度生で聴けさえすれば大好きになれます)

17曲目「彼は眠れない」

Karehanemurenai

「お気楽が極楽」に続き、これまた別の先輩がコメントにて「是非聴きたい曲」として挙げていらっしゃいました。僕自身の予想記事は毎回狙い目がトンチンカンなことになっているようでまったく的中しませんが、こうして予想記事を読んでくださっているみなさまそれぞれがツアーを楽しみに待ちながら、あれこれ「聴きたい」曲に思いを馳せている・・・その中に一緒にいられることが僕はいつも本当に楽しいです。
長いファンの先輩方の素直な「聴きたい」というお気持ちが今回は面白いほど実現して、僕も嬉しい!

この「彼は眠れない」では次に歌われた「ポラロイドGIRL」とは逆で、新たなバンド編成による演奏、アレンジがしっくりと身体に入ってきました。
Aメロ、ジュリーのヴォーカルのバックで鳴っている柴山さんのリフが、依知川さんのベース(決して目立ってはいない、それが重要なポイントです!)に載ってすごく生きるのです。ギターがシャキシャキ聴こえるようになるんですね。
もちろん、これまでの鉄人バンド・スタイルの「彼は眠れない」も素晴らしかったんですよ(2010年お正月の『歌門来福』では下山さんがこのリフを弾いて、柴山さんが低音のバッキングだったと思うんですけど・・・自信がありません)。でもやはりこの曲については
、ベースがあった方がジュリーも歌いやすいのではないでしょうか。

「アルシオネ」の項に少し書きましたが、僕はこの曲、70年代後半のデヴィッド・ボウイの作品世界に近いものを感じます。ジュリーの「ねじ伏せる」ヴォーカルの孤高なインパクトは、生のLIVEで一層際立ちます。
ボウイとの比較も含め、そのあたりは是非”セットリストを振り返る”シリーズでお題に採り上げる際に掘り下げてみたいところですね。

柴山さんの「大車輪弾き」も大きな見せ場でしたが、僕はそれがアップ・ピッキングかダウン・ピッキングか、どちらのヴァージョンだったのかを覚えていないんですよ(涙)。ピッキングによって大車輪の回転方向が違ってくるのです。
もう確認の術は無いのか・・・嗚呼、NHKホール、参加したかったです(泣)。

18曲目「
ポラロイドGIRL

Karehanemurenai_2

6日の初日からずいぶんと日が経っているのに、まだまだレポが執筆途中で・・・(汗)、この「ポラロイドGIRL」の項を書いている時点で、ツアーはもうオーラスのNHKホール公演を残すのみという状況です。
その間、大阪、名古屋、そして再度の大阪と、ジュリーのパフォーマンスはどんどん素晴らしくなり、ゴキゲン度も増してきているようですね。

何と言っても驚いた情報は、26日の大阪フェス公演、ジュリーはこの「ポラロイドGIRL」で「一緒に歌って!」と歌詞を替えてくれたんですって?
そんなシーンを体感できたみなさまがうらやましい!
今回のツアーは、ほどよく各公演の間が空いているスケジュールが良かったのかもしれません。ジュリーやメンバーの体調や準備・・・全員「常に絶好調」でそれぞれの公演に臨めているのではないでしょうか。
29日のNHKホールもきっと素晴らしいオーラス公演になることでしょう。いいなぁ・・・でも僕は、ジュリーのMCの言葉を胸に一生懸命働くよ!

今回のセットリスト中、下山さん不在で一番寂しかったのは個人的にはこの曲かなぁ。
バンド最大の見せ場であるサイド・ギターのカッティング・ソロは柴山さんがやってくれたけど、『ジュリー祭り』がジュリーLIVEデビューの僕にとって、やっぱりあれは(3回転ジャンプ含めて)下山さんのイメージで固定されていましたからね。

以前、ジャズマスター期なんかはこの曲も柴山さんのギター1本体制で何度も演奏されていますから、「あの頃に戻った」という考え方はできます。
しかし、ですよ。そもそもCD音源の「ポラロイドGIRL」って、何本のギターが鳴っていると思います?
エレキ3本、アコギ1本の計4トラックなんです。
それを1本のギターで涼しい顔して再現してしまう柴山さんが凄過ぎるんだ、という話。でも柴山さんも本音では「この曲は下山くんがいた方がカッコイイんだよな」とは思っているんじゃないかなぁ。

ただ、依知川さんのベースは素晴らしかった!
例えば、建さんの演奏は映像でしか観たことはないですけど、全然違いますね。
いずれも文句なく素晴らしい上で、の感想ですが、建さんのこの曲のベースはもう純粋に「オリジナル」なんですよ。「この曲はこうだから」というね。
でも依知川さんが弾くとまた解釈が違うわけです。「ダーリン、ダーリン♪」直前の音階が上昇する箇所などは、「ハイ、サビ行くよ!」とばかりに裏拍のアタックが強くなったりね。で、こういう時に依知川さん、無意識なのでしょうか、「バサッ」とやってくれます。

フォーラム、お客さんも盛り上がりまくっていました。ジュリーに合わせてジャンプする人も多数。
床が「どん!」って言ってましたよ。


19曲目「緑色のkiss kiss kiss

Pleasure

「希望」と同じく、昨年お正月の『昭和90年のVOICE∞』に引き続き2年連続のセトリ入り。
ジュリーの「歌いたい」気持ちが「LOVE & PEACE」に向いていることは明らかですね。

さて、この曲がセトリ入りした時は毎回のこと・・・今回も、各会場にご参加の先輩方から「どうしてもあの手拍子に合わせられない。何か良いコツはありませんか?」とのお尋ねをたくさん頂いています。
これまではなかなか返答に窮していたんですが、今回はズバリ!の方法があるんですよ。

依知川さんのベースを意識する!

これに尽きます(←「オーラスのNHKが終わってからそんなこと言われても~!」というブーイングが聞こえてきそう・・・今ココを書いているのは、NHKホール・関東1本締めの約3時間後です汗)。

「緑色のkiss kiss kiss」のリズムは「ボ・ディドリー風のジャングル・ビート」と言うんですけど、このリズム・パターンの曲って、手拍子と同じ
「たん、つ、たん、つ、たん、うん・たんたん!」
を表現する楽器は、基本的にベースなのです。
例えば、ジュリー・ナンバーで一番「緑色のkiss kiss kiss」に近いリズムの曲は、これ
(up主さまありがとうございます!)
建さんのベースが、「緑色のkiss kiss kiss」でジュリーが先導する手拍子と同じリズムを弾いているでしょ?
試しにこの映像に合わせて、ベースと同じリズムで手拍子を合わせてみてください。低音のサポートがあると、ビックリするほどやり易くないですか?

「緑色のkiss kiss kiss」の場合は元々ベースレスで編曲、演奏されたナンバー。作曲者でもある泰輝さんのピアノをフィーチャーした素晴らしいアレンジで、ボ・ディドリーのリズムはGRACE姉さんのキックがとんでもなく頑張っています。
それが今回、依知川さんのベースが入ってリズムの輪郭がハッキリしただけでなく、本来このリズムを擁する曲が持つであろう黒っぽさ、ブルースっぽさが強調されます。泰輝さんのホンキー・トンクな音階も、くっきりと聴こえるようになりましたね。

その一方で僕は、下山さん不在で「無くなってしまった音」への寂しさも大きかったです。
思い出すのは、イントロからゴリゴリに奏でられていた下山さんのスライド。
鉄人バンド編成のこの曲では、まずGRACE姉さんのドラム・ソロから泰輝さんのピアノが噛み、続いてギターが加わって音の厚みが完成。ボトルネックを構えた下山さんが、自身登場のシーンまでの間、GRACE姉さんのドラムスに合わせて身体でリズムをとってスタンバイしていたイントロのシーンを覚えているかたも多いのではないでしょうか。
下山さんのあの動きは

「たん、つ、たん、つ、たん、うん・たんたん(うん!)」

の、最後の休符の「うん!」を測っているのです。
下山さんのスライドの最初のタッチが小節の頭ではなく、直前の小節の4拍目の裏だったから、そんなシーンも見られていたわけですね。
そんな下山さんのちょっとしたプロフェッショナルの所作が、音も姿も見られないのはとても寂しい・・・。

新しく加わった音と、無くなってしまった音。双方の素晴らしさを思う日々は、まだ続きます。

20曲目「
サムライ

Omoikirikiza

凄い「サムライ」でした。これまで幾度となくLIVEで聴いている曲ですが、今回の「サムライ」は圧倒的なナンバーワン、オンリーワンです。
何が、どう違ったんだろう?

もちろん一番はジュリーのヴォーカルでしょう。
加えて演奏・・・理屈で考えれば要因はいくつもあるけれど、「それだけじゃない」という思いが消えないまま初日から数日が経って。しょあ様のレポを拝見したり、セットリストを順に1曲ずつCDで聴き直してツアーの全体像を探っていく中で、今回の「サムライ」の特殊な役割について本当に色々と考えさせられました。
そして・・・僕の妄想の中で、いつしか「ジェニー」は男性の名前にとって代わりました。

確かに、ここまで明確に「平和」を押し出したツアー・コンセプトのセットリスト本割の大トリが「サムライ」というのは、特殊な配置と言えます。
単に「誰もが知るヒット曲で体裁を整えた」なんてことは、ジュリーのLIVEでは考えられませんからね。ジュリーに何か思うところがあって、この位置に「サムライ」が配されたはずだ、と思うのです。

改めてこの曲のリリース時、僕のあやふやな記憶を何とか辿ってみますと・・・。
当時僕はまだ小学生。外国人のファーストネームを聞いて、それが男性なのか女性なのか、も判別できなかった頃に聞いた「サムライ」の歌詞に登場する「ジェニー」は、歌っているお兄さんの愛称「ジュリー」とゴッチャになっていました。
「ジュリー」と「ジェニー」。語呂が近くて、「名前の親戚」みたいに感じていたのかな。
小学生の男子が「流行っている曲」を何の気なしに口ずさんだとしても、歌詞の物語の細かい把握なんてとてもできていません。だから、ジュリーが「ジェニー」と歌う時、それはジュリー自身をさしているんだ、と勘違いしたこともたぶんあったと思います。

部屋に留まる「ジェニー」と、去りゆく「サムライ」。
あぁ、確かにフォーラムで体感した「サムライ」は、ジュリーと下山さんの物語ようだ・・・。

難しいことは全然分からない。でも、ツアー初日から幾日か経ってCDで聴き直した「サムライ」を、僕は初めて「男同士の歌」としてシリアスに聴けたんですよね。
同時に、やっぱり阿久=大野時代のヒット曲はとんでもなく凄いな、とも。
昨年のツアーが「KASESONGS」で、その濃厚なセットリストに気持ちが入り込んでいたからなのでしょうか・・・何だかすごく久しぶりに阿久=大野コンビの名曲を生で聴いた気がします。

演奏について言えば、依知川さんのベースを得た「サムライ」は本当に新鮮でした。
後でCDで音源を聴き返してみて、「なるほどなぁ」と。
「サムライ」のオリジナル音源は、正に今回のバンド編成にピッタリのアレンジですね。
特に演奏を意識しないで聴くと、最も耳に馴染むのは華麗なピアノの音。しかし、8分の12の4拍子で採譜した時、表の1、3拍を支えるベースの低音と、裏の2、4拍を切り裂くギター・・・この組み合わせがアレンジの肝なのだと気づかされました。
これまでの鉄人バンドの演奏では、コード・ストロークがベース・パートの代わりだったんですね。よくぞ鉄人バンドはベースレスであそこまでこの曲を再現していたなぁ、ということも確実に言えます。
ただ、冒頭のサビの後、2小節の伴奏部に忽然と依知川さんが鳴らした「レ」の音がもう、凄まじい衝撃で。
鳥肌が立ちました。

「サムライ」はいくつか手持ちのスコアがあるんですけど、どれを見ても、この分数コード(Bm(onD)」は単に「Bm」としか採譜されていません。ところがCDで聴き返すと、確かにルートは「レ」の音なんです。
ポール・マッカートニーとか、ブライアン・ウィルソンみたいな独特の音階移動。
依知川さんのベースを生で体感しなかったら、たぶん一生気づけなかっただろうなぁ・・・。

でもね、やっぱり演奏のことだけじゃない。今回の「サムライ」が以前と変わっているのは。
新たなバンド編成で「驚くほど印象が変わった」阿久=大野時代の大ヒット、今回は2曲。
僕の気持ちは、「カサブランカ・ダンディ」が「驚嘆」で、「サムライ」は「戦慄」です。
まずジュリーのヴォーカルが強烈に胸にぶつかってきて、バンド演奏への感動が後からやって来るような感覚。「サムライ」ってこんなに尖った歌だったのか・・・ジュリーのヴォーカルには、「男」が漲っていました。
67才?信じられない!

色々ややこしいことも書いたけど、本当に名曲・・・「サムライ」は、ジュリーだけに歌われること望み生まれてきた大名曲なんだなぁ、と今改めて思っています。
7月からのツアーで、また聴きたいなぁ・・・。


~MC~

こちらのMCは、もうほとんど覚えていません・・・。
でも、「我が窮状」前のMCとは一転、ホッコリと和む時間だったことは確かです。ここでは、覚えていることだけを短めに書いておくことにしましょう。

僕らファンにとってとても気になること・・・「ジュリーは今デビュー何周年なのか」についてのジュリー自身の考えを聞けたことはとても良かったです。
「2016年が50周年なのでは?」という説も昨年から多く聞かれましたが、ジュリー自身の考え方としては「まだ50年には達していない」と。
あくまでザ・タイガース「僕のマリー」でレコード・デビューしてからのカウントですね。
「その前のファニーズ時代はどうなんや?とも思いますが、まぁそれはナシということで」
とのことです。

長いファンのみなさまがカウント方法をあれこれ考えてしまうのは、無理もない話。
例えば、ちょうどデヴィッド・ボウイからジュリーへのメッセージについてこの記事でコメントを頂いていますが、それは「デビュー20周年、おめでとう!」という内容で、掲載されているのが1986年の『不協和音』。

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『不協和音』Vol.3(1986年夏号)より

この数え方をそのまま踏襲するなら、今年2016年が50周年ということになります。そのあたりがどうにもハッキリしない、というのが先輩方の悩みだったかと想像しますが、この日のMCでスッキリしました。
ジュリーのデビュー50周年は、来年の2017年です。
さらに言えば、ジュリーが「僕は今、何周年なんだろう」と話してくれたということは・・・「50周年」を意識しているということになるのでしょうか。
来年は何か特別な企画があるのかな?
ザ・タイガース再集結の実現は?それともジュリーはむしろ翌年の「古希」に照準を絞ってる?
・・・色々と楽しみにしながら待ちたいと思います。

いずれにしても「エンドレスで歌う」宣言をしてくれたジュリーには、本当に大きな拍手が。
「どうしても立っていられなくなったら、自分で身体を起こせるようなベッドをステージに持ち込んで」
と冗談っぽく言った後で、「それでも(その状態でも)歌えるのであれば、歌いまっせ!」と。
「みなさまも充分お身体には気をつけて」からのメンバー紹介で、和やかなMCは〆となりました。

「それでは、お年賀です!」

~アンコール~

21曲目「
遠い夜明け

Kitarubeki_3

席が遠かったからなのか、まずイントロのピアノが真っ暗なステージから聴こえてきて、次第にジュリーの周りだけが白く明るくなってきて・・・と、そんなシーンが今思い出されるのですが記憶合ってるのかな?

この曲はもう、ジュリーにとっては「マスト」。
『ジュリー祭り』以降もだいたい2年に1度のペースで歌われていますね。ところがYOKO君が以前この曲について「『ジュリー祭り』以降1度も聴いてない」と言っていて驚いたことがあります。言われてみれば、最近のセットリスト入りは結構お正月に偏っているかな(2010年は全国ツアーでも歌われましたが、あの年YOKO君はジュリワンの方に参加)。
ジュリーとしては、「新しい年を迎えての決意」として自然に「歌いたい」気持ちになる曲なのでしょう。

僕は「しなやかさ」も「したたかさ」もジュリーには相当感じている大きな魅力だとは思っていますが、この曲で毎回「うまくやれない、それでいい♪」と歌われるとね・・・ジュリーの潔さと言うか、人間に打たれる、と言うのか。身につまされるような感動があります。
この曲はバラードですが、オリジナル音源ではベースが相当効いてて(ヴォーカル、バンドネオン、ベースのミックス・バランスが肝ですね、この曲は)静かな伴奏の中で、弦を指がすべる音まで聴こえますよね。依知川さんはちゃんとそのあたりまで再現してくれて。
あと・・・ふとGRACE姉さんのハミングに耳が行ったのは、どの箇所だったかなぁ?


僕はよくこの曲を『ジュリー祭り』のDVDで観ることが多いので、「鉄人バンドの演奏とはやっぱり違うなぁ」とは感じたけれど、また今回新たな名演がジュリーの歴史に加わった、と思います。
こんなバラードと歌う人、他にいないですよね。

22曲目「カサブランカ・ダンディ」

Royal

今回のセットリストで依知川さんのベースが一番心地よかった曲はダントツでこれ!

鉄人バンドのこの曲の演奏は、リフ部については柴山さんと下山さんがオクターブ・ユニゾンのツイン・リード、歌メロ部では下山さんがベースのアタックと同じタイミングでコード・ストローク。それがあまりに完璧だったから、すっかり鉄人バンドのこの曲が馴染んでいたところに、この日はイントロから低音がガンガン来て、「うわっ!」と。
いやぁ新鮮でした。
改めて、この曲は「跳ねる」ビートが肝なんだなぁ。

Aメロなんかは、基本ベースは表拍を2つ打ちだけ。でも依知川さんのひと粒ひと粒の音の切り方(譜面では表せない!)は、ちゃんとハーフタイム・シャッフルのグルーヴがあるんです。
ベースの「弾いていない箇所」の表現って本当に大切だし、その点やっぱり依知川さんは凄い!
で、サビになると手数が一気に増えて・・・。
「あんたの時代は良かった~♪」のあたりでブッとい高音フィル。フレットレスばりに指がすべっていました。これはギターでは再現できない音ですね。
後追いファンの僕ですら、何度も生で聴いてきた大ヒット曲・・・今さらながらに、「こんなにカッコ良いロック・ナンバーだったか!」と思い知らされました。

でも、僕はこうして「初めてベースが加わったこの曲を生で聴いた」ことに気持ちが行って演奏の感動ばかりをずっと噛みしめていたけど、NHKホールに来ていらした銀次さんのブログ・レポート(みなさまももう読まれたでしょう)を拝見し、ハッとしました。
「我が窮状」から連なるセットリスト後半の「今」のジュリーの曲を体感すると、その後に続くメッセージ・ソングもヒット・ナンバーも、すべてジュリーの世界として何の矛盾もないんだ、と。
「カサブランカ・ダンディ」は「いま」の歌だった、と。

「30年ぶり」のジュリーLIVEだったと仰っているのに、何よりもジュリーの「本質」を2時間のLIVEで自然に感じとられるとは、銀次さんは本当に凄い・・・。
感性に劣る僕としては、せめてもう一度今回の「カサブランカ・ダンディ」を体感して、そのあたりをじっくり味わいたかったなぁ。

贅沢なこととは思えど、やっぱりジュリーのツアーは初日以外に最低あと1公演は参加したいです~。

初日、イントロでジュリーはまずペットボトルを「ぽ~ん」と宙に投げて回転させたんですけど、キャッチできずに「スカッ」と床に落下。
「ありゃ?」みたいな表情をお客さんに見せて一瞬固まったジュリー。おもむろにペットボトルを拾い上げるや、しなやかな動きで再度放り投げ、今度は見事クルクルと旋回するそれをキャッチしました。

最初に1度落とすのはパフォーマンスだったのか、それとも初日ならではのアクシデントだったのか・・・その後の会場ではどうだったのでしょうか?


23曲目「耒タルベキ素敵

Kitarubeki_4

僕よりもずっと年若いJ友さんが、こんなことを仰っていました。
「ジュリーの歌や仕草、身ぶりにはすべて体温がある」
と。
「だからジュリーの歌を聴いていると一緒に呼吸しているような気持ちになる」
女性の感性って、凄いですね・・・男性の僕に、そんなことは到底思いつけません。
でも、言われてみると本当にその通りなんですよね。

もちろん、ジュリーの「体温」について、その時々、人それぞれで感じ方は違うと思います。でもジュリーのLIVEに通い続けていると、「今日はゴキゲンだな」とか「ちょっと悩んでいるのかな」とか・・・その日のジュリーの温度が伝わってくる、感じとれる、というのはジュリーファンみなさん同じではないでしょうか。

今回の『Barbe aegentée』のジュリーの体温、みなさまはどのように感じましたか?
僕は初日のフォーラム公演で、熱病のような温度の高さを感じました。
最初は高熱を冷やしていたものが、セットリストが進むに連れて少しずつとりはらわれて、ラストの「耒タルベキ素敵」で燃えるほどの高温に達したようでした。
ジュリーの体温を上げていたのは、「平和への祈り」だと僕は思っています。

GRACE姉さんの凄まじいフィルに続いて、いきなりサビ部から始まった今回の「耒タルベキ素敵」。
いつAメロに戻るのか、と思いながら固唾を飲んで聴いていましたが、バンドメンバーの鬼気迫るコーラスから、ジュリーのサビの絶唱だけがリフレインします。

(La La La La La・・・)
何もいらない ぼくたちの夢が
この世の平和と告白したら みんな笑うだろうな


ジュリーがこんなふうに曲の構成を変えてくるのって、とても珍しいことですよね。
特別な大トリだったことは間違いありません。

2016年が明けて、まず一番にジュリーが歌いたいこと、伝えたいこと、訴えたいことが、覚さんのこのサビの歌詞に収束されていました。
それを単に「平和への祈り」と文字にしてしまうと安直のようですが、会場では、ジュリーの本当に心からの切実な祈りがお客さんすべてに伝わったと思います。
大切な「平和」が今揺らいでいる・・・何とかならないか、と考えて考えて「祈り」に至ったジュリーの歌。
アウトロの伴奏部で、「V」の字を指で作って

ピ~~ス!

と咆哮したジュリー。
こんなジュリーを観て、何もせずにいられるものか。
自分にできることをやろう!と思いました。
しょうもない1人の人間、とるに足らぬ1人の人間の力など、広大な砂丘の中の1粒の砂のようなもの。でもその小さな砂粒こそが、本当は輝くダイヤなのかもしれないんだよね。
僕も、そんなダイヤを1粒ずつ(1人ずつ)増やしていく努力を今からでもしてみよう。
・・・なんて書くとみんな笑うかな?


☆    ☆    ☆

2016年明けて6日の初日公演から、早くもひと月が過ぎようとしています。
下山さんのことを色々と考えてなかなか書き出せなかったり、また「魔女の一撃」を2年ぶりに食らうという思わぬ事態でも途中中断もあり、今回はずいぶん時間のかかったレポートでしたが、「中身が濃かった」ぶん時間をかけた、とも言えます。

僕は今回初日たった1度の参加となってしまいましたが、そのインパクトや感動は薄れるどころか時を経て増してくるばかり・・・。

昨年の『昭和90年のVOICE∞』に参加して漠然と「ジュリーの大きな変化の時期に、僕は初めてタイムリーで立ち会えている」と思ったものでした。
そして1年後の『Barbe argentée』・・・確かにジュリーは変わりつつある、と確信しました。
ジュリーの新章が始まったのですね。
このままゆったりと、ひそやかに変わってゆくのか、それとも(これまでも)度々ジュリーの言葉で語られている「70越え」を軸に、劇的な「新生」を遂げるのか。
「ひそやか」はジュリー流だと思う一方で、「劇的」もジュリーらしい、とも思います。
僕にはその道筋は予想すらできないけれど、とにかくもうジュリーから目を逸らすことはできません。
そのメッセージが、いかに痛烈であろうとも。

NHKホールに遠征でご参加の先輩お2人と翌日お会いする機会があり、ファイナルの詳しいお話を伺うことができました。
ジュリーはMCで、今年のこれからのスケジュールを話してくれたそうですね。

2月にレコーディング・・・ということは今年も3月11日のジュリーの新譜リリースは間違いないのでしょう。
当然コンセプ トは『PRAY FOR EAST JAPAN』であり、終わったばかりの『Barbe argentée』セットリストから「今ジュリーが歌いたいこと」を推し量るならば、新曲それぞれに『LOVE & PEACE』のメッセージもこれまで以上に強く刻まれるはず。

その後音楽劇『悪名』を経て、全国ツアーは7月からスタート、とのこと。
半年後ですか・・・長いなぁ。でも、この「待っている」日常の時間がきっと大切なんですよね。


『Barbe argentée』、素晴らしいステージでした。
今回、個人的に初の生体感となったのが「アルシオネ」「麗人」「女神」「お気楽が極楽」の4曲。
そして、まだブログで記事お題に採り上げていないのが「愛は痛い」「マッサラ」「お気楽が極楽」「彼は眠れない」「カサブランカ・ダンディ」の計5曲。
留守が長くなってしまった本館では、これからジュリーの新譜がリリースされるまでに”セットリストを振り返る”シリーズとして、この5曲の記事を書きたいと考えています。どうぞよろしくお願い申し上げます。

では、例によりましてこちら別館side-Bは再び、半年間の雄伏期間に入ります。
夏にまたお会いしましょう!


20160106

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2016年1月 4日 (月)

『Barbe argentée』開幕!

いよいよ1月6日、『Barbe argentée』開幕です。
ツアー初日に参加できる喜びを胸に・・・昨年のうちに
仕事の早退予約もとっており、準備は万端。

僕は今回、その初日のみの参加となりました。
月の最終営業日はどうしても早退できないためNHKホールへの参加を断念せざるをえなかったことはとても残念ですが、そこは参加されたみなさまのご感想で楽しませて頂くつもりです。
そのぶん、初日フォーラムはいつも以上に気合を入れて、ジュリー達のステージを目と耳に焼きつけます。

”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズでは、「ユア・レディ」「護られているI love you」「KI・MA・GU・RE」「オリーヴ・オイル」「WE BEGAN TO START」の5曲を採りあげました。なんとか1曲くらいは的中させて、お正月LIVEのセトリ予想全敗記録更新にストップをかけたいところですが、果たしてどうなるでしょうか。
これ以外・・・既に記事執筆を終えていた曲から期待しているのは、まずは多くのみなさまと同じく「銀の骨」。そして個人的にはガツンと「若者よ」。

それに、やっぱり再発されたばかりのEMIの作品群からの選曲にも期待してしまいますね。
CO-CoLO期の曲も聴きたい・・・『Barbe argentee』が「銀の髭」の意と知った時、ジュリーのこの言葉を連想した先輩方もいらっしゃったんじゃないかな?

Keeponrunning02

↑ 『Keep on Runnning』ツアー・パンフレットより

ということで、僕は「STEPPIN' STONES」を予習したりしています。

あんまり書くと、昨年同様に「全然かすりもしない・・・」なんていう事態となりそうですから(いや、それはそれでとても嬉しいんですが)、このくらいにしましょう。

レポはこちらside-Bに執筆します。
初日ということで、ひとまず全セットリストを先に明記しつつ、本文執筆途中の更新とさせて頂き、徐々に加筆してゆくスタイルとなります。
なにせ仕事初めの週の平日真っ只中ですから、最初の更新までには数日を要するかと思います。ひと足早いみなさまのご感想などは、この記事のコメントでお待ちしております。

ジュリーの歌声と共に2016年も本格的に始まります。
改めまして、本年もよろしくお願い申し上げます。

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