『LUCKY/一生懸命』

2022年11月26日 (土)

沢田研二 「TOKIO 2022」

from『LUCKY/一生懸命』、2022

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1. LUCKY/一生懸命
2. TOKIO 2022

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長い間バタバタしておりましたが、今週からようやく落ち着きました。

まぁこれから年末にかけては休日に友人と会うことが多いですから相変わらず多忙と言えば多忙ですが、平日にブログの下書きができるのは有り難い・・・2022年ラストスパート、年末まで更新頑張っていきますよ~。
早速、「年内の執筆必須」と心に決めたジュリー・ナンバー5曲の編集CDを作り、通勤中に聴き込む日々です。

今日はその5曲からの第1弾「TOKIO 2022」。
先の東京国際フォーラム公演の感想も交えつつ更新、よろしくお願い申し上げます!


①反体制パンク→力強いラヴ・バラード!


まずは、お題曲「TOKIO 2022」の考察を。

これは今年6月25日に新譜『LUCKY/一生懸命』カップリングとして音源リリースされましたが、「柴山さんの演奏をギター1本体制時と比較したい」との思いがあり、お題記事執筆を保留していました。
いや~、慌てて書かないで本当に良かったです。
何故って、ギター1本体制アレンジのLIVE→バンド・スタイルのCD音源リリース→『まだまだ一生懸命』ツアー渋谷初日→今回の東京国際フォーラムのステージと、僕のこのヴァージョンへの印象は本当に大きく変わっていきましたから。

昨年のギター1本体制のツアー『BALLADE』で今年の「TOKIO 2022」基本形となる16ビート・ヴァージョン(「TOKIO 2021」と言うべきかな)を初めて聴いた際、僕はやはり「東京五輪の強引な開催」等社会的テーマと合わせてその斬新なアレンジを捉えていて、ゴリゴリにエレキ1本で歌うジュリーのヴォーカルをして「これはパンクだ!」と思いました。
柴山さんのギターには当然ニール・ヤングを連想させられ、ジュリーがかつて日本武道館公演で語った「僕らのような商売の者は、反体制であるべきだと思う」との言葉を象徴するような新アレンジ、ヴォーカルに舵を切ったものと考察していたものです(当時の記事がこちら)。

その柴山さんのギター・アレンジを土台とする形でさらにバンド・スタイルへと昇華された今年の新譜音源を聴いた時には「あれっ、明るいポップチューンに聴こえるなぁ」と印象が変化しました。

明快な理由もあって・・・まずこの斉藤さんアレンジの音源、キーは何だと思います?
きっと70年代前半までのスコアであれば、調号無しのイ短調で採譜するのでしょう。Aメロ冒頭のトニックでは明らかに「Am」が鳴っていますし。

しかしこれ、キーは「A」(イ長調)なのですよ。
したがって五線譜にした時の調号表記はシャープが3つ(「ド」「ファ」「ソ」)。
実際、歌い出し「そ~らを飛ぶ♪」の「そ」をジュリーは「ド#」で歌っているんです。
並の歌手、並のバンド・アンサンブルなら不協してしまうところ、ここは斉藤さんのアレンジそしてジュリーのリード・ギター半音チョーキングの如きヴォーカル・テクニックが光ります。
ブルーノートの逆転パターンとでも言うのかなぁ。

ただし音源リリース時点での僕の楽曲解釈変化は「良質で明るいポップス」にBARAKA特有のプログレッシブ・ロックを加味した感じ・・・までにとどまり、コンセプトについては、やはり社会性の高いプロテスト・ヴァージョンなのであろう、と思っていました。
特に平石さんのスネアの打点が変則的で(表で入ったり、裏の裏で入ったりします)、ハードなイメージも強くなったくらいです。

その考えはツアー初日渋谷でも大きくは変わらず。
ところが先日のフォーラム公演。客席に老虎メンバーが駆けつけていたこともあってか、セットリスト冒頭から超ゴキゲンモードなジュリー・・・初日以上に楽しい雰囲気の中で2度目の生体感となった「TOKIO 2022」を、僕は「I LOVE 東京」なラブ・バラードとして聴いたんですよね・・・。自分でもビックリしました。

ギター1本体制でこのリアレンジ基本形を聴いたジュリーファンの先輩の多くが、「バラード・ヴァージョン」と仰っていたのだけど、僕はその時には全然「バラード」とは感じられなかった・・・ここへきて懺悔、懺悔。音を理屈で聴いてしまうが故の盲目。
僕はどうやら間違っていたようで、みなさんの方がいち早く本質に気づかれていたのですねぇ。

考えてみれば、東京という街もずいぶん変わったなぁ、と。コロナ禍だけの話ではなく、「TOKIO」がりりースされてからこの数十年の間にね。

ド派手なスーパーシティ、「欲しいなら何もかもその手にできる」ほど何から何まで揃う街。
僕もそんなスーパーシティに憧れて大学入学とともに上京してきたクチで、その時はまだジュリーが80年代幕開けと共にシングル・ヒットさせた「TOKIO」のままの東京だったと思う・・・普通に歩き回れば欲しい本やレコードは難なく手にできたものです。
高田馬場駅からキャンパスまでの通学道中には舗道左右にズラリと古書店が並び、この店へ行けば海外SFノヴェルズは「マレヴィル」以外全部揃ってるとか、この店なら歴史群像バックナンバーは大抵買える、とか。
それが今ではほとんどの店がシャッターを降ろして、かつて「神保町と並ぶ二大古書街」と言われた面影はまったくありません。
時代が変わったと言えばそれまでですけど、やっぱり寂しいことですよ。

でも、じゃあ東京に愛想が尽きたかというとそんなことはなくて、今でも僕は東京がとても好きで。
「憧れ」から「応援」に愛情の方向性が変わっただけのような気がする・・・だからジュリーの「TOKIO 2022」を、現在の東京へのエール、愛する街への力強いラヴ・ソングだと思えたのかな。
個人的には、そんな「I LOVE 東京」の気持ちを再確認させてくれたジュリーと七福神(仮)の「TOKIO 2022」生LIVEに立ち会えたことを感謝する日々なのです。

ジュリーは「苦しみからなんとかして立ち直ろうとする人々」への共感を近年多くの自作詞で採り上げてきたと思いますし、それは「人」に限らず「街」に対しても同じではないのかなぁ?
「TOKIO 2022」の今ヴァージョンに一連の「祈り歌」を重ねるとすれば、プロテスト・ソングの面よりも愛情、シンパシー面の方だと今は考えます。
とても前向きな、愛すべきヴァージョンだと思いますよ!

それにしても、斬新なリアレンジで大きく楽曲が変わったとは言え加瀬さんのメロディーはそのままですから、オリジナルのニ長調から今回のイ長調へのキー変更は、ほとんど「女声→男声」くらいの大胆な移調です。
今のジュリー・ヴォーカルにこのキーが合っている、ということなのでしょうね。


②11.14 東京国際フォーラム公演の感想

「TOKIO 2022」の話が長くなりましたし、ここは駆け足の箇条形式で失礼いたします~。

「ジャスト フィット」
ツアー初日の衝撃再び。改めて、最初からテンションMAXになる素晴らしいオープニング!

「サーモスタットな夏」
前曲に続き、「うん・たた・うん・た♪」のリズム畳みかけ。過去のセトリを見ても、ジュリーってこういう「リズム繋がり」連発パターンをよくやってくれるんですよね。
初日同行した友人の佐藤君に渡していたセトリ予想CDで、歌う順番こそ違えど僕はこの2曲を繋げて収録していたんですよ~。・・・って、自慢にもなりませんが(汗)。

「I'M IN BLUE」
もちろんジュリー・ヴァージョンは最高。その上で、これは佐野さんのセルフカバー・ヴァージョンもとても良いので、未聴の方は是非アルバム『Someday』を聴いて頂きたいです。

「greenboy」
今度は前曲から「色」繋がり?
オリジナル音源には無い、斉藤さんのハモンドによる体位法の裏メロがメチャクチャ良いです。

「いい風よ吹け」
初日は高見さんの足元まで見えず、エフェクトはオートフィルター(あらかじめワウの設定ができるやつ)かなぁと思いましたが、今回ペダルを確認。
これまたオリジナル音源には無いアレンジ解釈です。

「勝手にしやがれ」
かつて下山さんが「オリジナル音源にギター・トラックがひとつしかないので、LIVEで弾く自分の音を探す」一例として挙げていたのがこれ。鉄人バンドの場合はベースレスですから下山さんは低音をカバーすべくパワー・コードを弾いたりしていました。
一方、フルバンド編成となった七福神(仮)で高見さんが「探した」音はなんとBメロでブラス・フレーズとのユニゾンという。その発想自体が凄いなぁ。

「時の過ぎゆくままに」
どこの会場でしたか、柴山さんがイントロをやらかしてしまったと聞いたのですが、具体的にどのような状況だったのかがいくら調べても判明せず。キーが違ったのか、音色なのか、フレーズなのか・・・もちろんフォーラムの柴山さんは完璧。見とれてしまいますね~。

「危険なふたり」
最近「年上のひと・物色パフォーマンス」を見てない気がする・・・あれ大好きなんだけどなぁ。近くで見ると細かくやってくれてるのかな?

「TOKIO 2022」
来年のさいたまアリーナには熱心なジュリーファンではない一般ピープルも多く参加されるでしょうから(絶賛声がけ中)、「勝手~」からの「有名曲連発」の流れでこのヴァージョンがどんな反応を会場に起こすのか、密かに楽しみにしています。

「LUCKY/一生懸命」
今回書いたように、「TOKIO 2022」のコンセプトを「エール」と解釈すると、さらに心地よいのがそこからこの曲を続けて歌ってくれるジュリーのセトリ配置。やっぱりこれが今ツアーの目玉かな。
セトリ中「この1曲」を挙げろと言われたら、フォーラム後の僕はこれを推します。

「Come On !! Come On !!」
本当に素晴らしい選曲。
欲を言えば平石さんには転調後の歌メロ直前の「ドコドン♪」をやって欲しいのですが・・・。

「時計/夏がいく」
今年の夏は行ってしまいましたが、やっぱり途方もなく好きな1曲。そう言えば初めてこれを生体感した『奇跡元年』の日は寒かったけど、このイントロで完全に汗だくになったっけ。

「君をいま抱かせてくれ」
縦横無尽な平石さんのドラムスが合いますね~。

「愛まで待てない」
ジュリーの躍動感、柴山さんと高見さんのギター・バトルが目立つ中、依知川さんのベースが密かに神!

「約束の地」
エンディング、左胸にじっと手を当てるジュリーに目を奪われます。
以前はここで大きく手をかざしたりしていたと思うけど、今回のジュリーの所作もまたグッと来ますねぇ。

「いつか君は」
あれだけ頑張って1週間のネット断ちを完遂して臨んだフォーラム公演当日、なんと僕はこの瞬間まで「セトリ入れ替えあり」の件をすっかり忘れていたという(笑)。イントロで電気走りましたよ。
いや、「いつか君は」を歌ってくれるのかな?とは事前に予想できていましたけど、「頑張んべぇよ」との入れ替えは僕は想定できませんでした。
でも、この日もMCで『土を喰らう十二ヵ月』の話をしてくれたジュリー、アンコール1曲目に主演映画の主題歌を歌うのは、セトリの流れから言うと「ここしかない!」配置でしょうか。
この曲はまだお題記事を書いていなくて、今年になって絶好の執筆機会を得た、と思っています。
次の次の更新で書きますよ!

「ダーリング」
ここでは「勝手にしやがれ」以上に凄まじい、高見さんが「探した」音・・・Aメロでのサックスとリードギターのユニゾンが素晴らしいです。
「(ここへすわってくれ~)チャララララッチャッチャ♪」
という。細かく言うと32分音符のニュアンスまで出してしまっている神技!

「あなたへの愛」
ラストにふさわしい名曲。大団円って感じですよね。


ということで、改めて素晴らしいステージでした。

お正月の渋谷に参加できない僕は、次のツアー参加予定がもうファイナルのさいたまアリーナです。
それまで長い期間が空いてしまいますが、ファイナルでも多少のセトリ変動は確実視される中、僕は無事に3公演参加で3パターンのセトリを網羅できた、ということになるのかそれとも年が明けてさらなるセトリ入れ替えがあるのか・・・もし入れ替えがあったら僕も今度はネタバレしますので教えてくださいね。
「遠い夏やったよ!」とか聞いたら悔し泣きしそうですが(笑)、みなさまどうぞよろしくお願い申し上げます。


③さいたまスーパーアリーナ公演にむけて

最後に・・・来年6月25日、ジュリー75歳の誕生日に開催が決定している、『まだまだ一生懸命』ツアー・ファイナル・さいたまスーパーアリーナ公演にむけて、1ジュリーファンとしてのささやかな希望など書いておこうと思います(と言うか、これから書くことはほとんどのジュリーファンの総意ではないのかなぁ?)。

長引いているコロナ禍にあって、ジュリーLIVEは今もスタンディング、声出し厳禁のイベントとして開催されています。
もちろん致し方ないことですし僕らファンも充分その意を汲み取り尊重し、ステージには懸命の拍手を送るにとどめて参加していますね。

一方世間に目を向ければ、スポーツ・イベントで声出し応援が解禁されているケースも多々ありますよね。
音楽イベントの現況って、今はその点どんな感じになっているのかなぁ。例えばピーさんの左門町LIVEは、今年からスタンディングと声出しが解禁されましたが・・・。

僕はプロレスが好きなんですけど、少し前まで「野球やサッカーは大丈夫なのに、プロレスだけ何故いつまでも静かに観戦しなきゃいけないの?」というファンの声が目立っていたのが、業界第一の団体であり先日亡くなられたアントニオ猪木さんが立ち上げた新日本プロレス。
当然それは主催側や出場選手にも同じように「何故我々はそれができないんだ」とのジレンマ、悔しさがあり、長い間ファンと共に耐えしのんできたわけです。

しかしそんな新日本プロレスも今夏から一部会場、一部公演について「声出し応援可」の開催が少しずつ復活しています(ただしマスク着用は必須)。

例えば、現在の新日本プロレス・オフィシャルサイトのスケジュール・ページから抜粋しますと

Njpw

このスクショ部では、長野はまだダメだけど静岡は声出し応援可の興行とアナウンスされています。

このような可否がそれぞれの自治体のガイドラインによるものなのかどうなのか、詳細は僕には分かりません。
収容人数や座席配置も関係するようです(新日本プロレスでも、声出し応援可の開催であっても一部座席に限り禁止、というパターンがありました)。
ただひとつ言えるのは・・・コロナ禍以来初の「声出し応援可」となった新日本プロレス後楽園ホール大会を僕は配信観戦したのですが、画面越しに見ても明らかに出場選手のテンションもこの2年間とは違いましたし、お客さんの喜び、熱量もひしひしと感じました。

これは音楽イベントについてもきっと同じなのだろう、と思います。
これから年末年始にかけて本格的に第8波が来る、と言われるコロナ禍ではありますが、行動制限が課せられない中だからこそ僕らは一層感染対策に気を配り少しでも早い収束を目指し、ファンの勝手な思いとは重々承知しつつ、なんとか来年6月のさいたまアリーナ公演が「スタンディング、声出し応援可」のイベントとならないものか、と夢想期待している次第。

いずれにしても、ジュリーもフォーラムのMCで(きっと他各会場でも)僕らの身体を気遣ってくれましたし、今後も油断せず、このパンデミックを力を合わせ乗り越えていきたいものです。


それでは次回は12月3日、僕の本格ジュリー堕ち記念日に更新の予定です。
あの『ジュリー祭り』からもう十数年が経ちますか・・・早いものですな~。

『ジュリー祭り』セットリストは、鉄人バンドのインスト含めジュリー70歳の年までに全曲お題記事を書き終えていて、数年前からは「過去記事懺悔やり直し伝授!」のカテゴリーにて「2度目の記事」を書くことにしています。
今年は『まだまだ一生懸命』ツアーのセトリから1曲、もうお題を決めていますよ~。
どうぞお楽しみに!



敬愛するパブ・ロック重要人物の一人、ウィルコ・ジョンソンの訃報が届いた。
ニック・ロウから経由してドクター・フィールグッドを初めて聴いた僕は、彼らの演奏する「Keep It Out Of Sight」に仰天させられた。ニック・ロウのオリジナルは明らかにデヴィッド・ボウイ「DJ」へのオマージュが見える仕上がりなのに、ドクター・フィールグッドのカバーは原曲とは全然違う攻撃的でパンキッシュなサウンドだった。
何が違うって、そりゃあウィルコのギターである。
鋼鉄のピックでも使っているのか、と思わせる通称”マシンガン・ギター”、この音をウィルコは指弾きしていると知った時の驚愕。いくら真似しようとしても同じ音は出なかった。
イアン・デューリー&ブロックヘッズの来日ツアーについてきてくれて、オープニング・アクトまでやってくれたあの後楽園ホールでの熱演は、当時20歳だった僕の脳裏に焼き付き、今も忘れることはない。
心より哀悼の意を捧げます。

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2022年7月16日 (土)

沢田研二 「LUCKY/一生懸命」

from『LUCKY/一生懸命』、2022

Lucky

1. LUCKY/一生懸命
2. TOKIO 2022

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先日、渋谷初日の先行予約を見事僕のぶんも合わせてゲットしてくれた友人の佐藤哲也君と会い、無事チケットを受け取りました。
実際に手にすると「もうすぐジュリーの全国ツアーが始まる!」実感がバリバリ沸いてきますね~。

新規ファンの佐藤君(ジュリーLIVE参加は今度で4回目)にはその際、DYNAMITE渾身の予習用セトリ予想CDを作って渡してきました(笑)。
どのような曲並びとなったか、それは近々にもゆる~いセトリ予想記事をupしますのでそちらに書くとしまして、今日はジュリー今年の新曲「LUCKY/一生懸命」の考察記事です。
カップリングの「TOKIO 2022」については、現場(LIVE)で色々と確認したいことがありますからツアーが始まってからの執筆。したがって今日はツアー前最後の楽曲お題考察記事となります。
よろしくお願い申し上げます。

それにしても気魄漲る新曲。さすがはジュリー、ここへきて新たな境地を開拓しました。
それではポイントごとに書いていきましょう!


①史上初「大悟ロック」誕生!

次項でも書きますが、この曲は近年のジュリー・ナンバーの中では「ポップ」寄りの傑作です。
だからと言ってロック色が薄れたわけではありません。ジュリーの詞曲ともに強力な「ロック」。「血が騒ぐ ROCK MUSIC」を意識して作られたからこそ生まれたポップ性、唯一無二のメッセージ・ソングです。

では、「LUCKY/一生懸命」に込められたジュリーのメッセージとは、どのようなものなのでしょう。

会いたい気持ちもがく 会えない想いおもく
D                             F#m

自分の大切みつめてた ♪
Bm                       A

この冒頭の歌声で、多くのファンがそれぞれの「コロナ禍でのの辛さ」を改めて想い起こしたでしょう。

実際僕も先日ピーさんの「久しき昔」の記事中で「コロナ以来、音楽仲間と集まって飲みに行けていない」と書いたばかり。
当然、もう2年以上も故郷の鹿児島やカミさんの実家にすら帰省もできていません。
「会えない気持ちもがき」というのは、今誰しもが共感できうる歌詞でしょう。

何よりこのコロナ禍では、それぞれの人にとっての「普通」「日常」がいかに尊いものだったかを思い知らされたわけで、僕らジュリーファンは一時「(例年ならば当たり前のようにある、と考えていた)ジュリーのLIVEが無くなってしまった」経験もし、ツアーがあった日々を恋しく思ったりしたものです。

それは、ジュリーも同じだったと。
ジュリーにとっては「お客さんの前で歌う」ことが当たり前の生活だったわけで、改めて「自分の大切」に思いを馳せていた・・・考えてみればこの新曲はコロナ禍以来のリリース、その間の日々をジュリーがそうして過ごしていたことが今回の新曲で伝わり、まずはファンとして嬉しく、有り難く感じた次第です。

ただジュリーの詞はそのことを起点としつつ、演奏時間7分を超える大作を自らの矜持とともに百花繚乱の言葉や表現で広がり、駆け巡ります。

ジュリー自身の歌人生(生き方、と言ってもよいでしょう)を明快にテーマとした新曲創作スタイルは、2019年の「SHOUT!」から始まっていて、2020年「頑張んべぇよ」にも引き継がれました。
いずれにも言えることですが、そのテーマをして歌が私的な「自己完結」に留まることが無いのが凄いです。
グローバルに開かれたメッセージ、これこそジュリーの特別さでしょう。

特に今年の「LUCKY/一生懸命」では「またしてもジュリー、未踏の境地に行っちゃったか!」とその「広がり」に驚嘆させられます。
コロナはもちろん、他のあらゆる社会問題をも内包。視野が広いし統括表現も凄い。

「最低な奴も最高な奴もLIVE!」
「世界の事情も家庭の事情もLIVE!」

といったあたりに社会風刺が見てとれます。
当然「LIVE」(ライヴ)は「LIVE」(リヴ=生きる」とダブルミーニングになっているのでしょう。

これほどの人生観、俯瞰力で歌を描けるということは・・・通して聴き終えるたびに、「常人ならざる地平に足を踏み入れたジュリー」を、浮世ですったもんだしてお天道様に恥じてばかりいる凡人の僕は考えてしまいます。
まるで悟りをひらいた「生き神様」を見るような、ね。

で、僕はこの新曲を「大悟ロック」であると勝手にジャンルづけしたのです。
もちろん、そんなふうに思えるロック・ナンバーはこれまで僕の知る限り古今東西存在しませんでしたが。

大悟=「たいご」と読みます。

これは仏教用語。
簡単に言えば、厳しい修行道程の、ある瞬間に「世の摂理すべてが分かった!」と突然「悟る」こと。
京極夏彦さんの『鉄鼠の檻』を読まれている方ならば、ご存知の言葉です。

「大悟。ただいま大悟いたした」
(『鉄鼠の檻』より)

一度は言ってみたい台詞ですが、僕のような者では生涯かけても無理でしょう。でも74歳のジュリーはこの新曲で堂々とそれを言っているように、僕には思えるんだよなぁ。
だから「一所懸命」ではなく「一生懸命」だとジュリーならば歌えるのです(これは最後の項で詳しく書きます)。

それにしても今回、いつも以上にジュリー独特の面白い言葉使いや表現が並んでいますよね。
そんな中で個人的に特に興味深いのは

諦めた時から 風がかわった
G             D    G            D

誰も知らない景色     も見たし ♪
G               D F#m(onC#) Bm

ここです。
「諦めた時」というのは「無欲」を会得した時なのでしょうが、「誰も知らない景色」というのは?

僕はこれが、あの『ジュリー祭り』のことだったら良いのになぁ、と想像しています。
僕のジュリーLIVE初参加にして「本格ジュリー堕ち」を果たした東京ドーム。それまで多くのロック・ステージを観てきた僕も、開演前から終演までのあんな空気管は初めてでしたし(当日はアリーナ席を羨ましく思ったけど、今は会場全体を一望できる2階席で良かった、と思っています)、ステージ上のジュリーから見てもそりゃあ凄い景色だったのではないかなぁ、と。

あと、これは細かいところですが「A級の不思議」という表現も面白くて。
僕は将棋ファンで、「A級」(順位戦の最上ランク)なる言葉に明快なイメージがあります。
230名もの将棋棋士のうち、「A級」に在籍できるのは僅か10名。しかも1年を通してA級9戦を闘い、最も成績の良かった1人が「名人」に挑戦できる代わりに、成績下位の2名はB級1組に陥落するという厳しいシステム(あの羽生善治九段ですら現在はB級です)。
棋士デビューして最初にランクインとなるC級2組からA級に辿り着くまでにはシステム上、最短でも5年がかかる道のりを考えても、正に「最高峰」を意味するのが「A級」です。

ジュリーがどういう経緯で「A級」という言葉を選んだのかは謎にせよ(「永久」と掛けてる?)、僕にはその言葉の気高さ、尊さが、「順位戦A級」のイメージと重なりヒシヒシと伝わるのです。
選ばれし者しか行き着けない場所に立ったジュリーが「A級ってこんな感じか~」と歌ってくれているような・・・曲中でとても好きな箇所のひとつですね~。

おっと、ジュリー自作の「曲」の方にも触れなければいけませんよね。
長くなってきましたので簡潔に。

大作にも関わらず冗長に感じないのは、ジュリーのヴァース構成が素晴らしいからです。

「複数の曲のアイデアを、1曲に纏めて投入する」作曲手法は、ポール・マッカートニーの得意技。
今回のジュリーの作曲は、それに近いことをやっているように思います。

まず確固とした「サビ」を作り、そこまでに至るヴァースに、別に温めていた作曲アイデアを惜しみなく継ぎこみ繋いでゆく、という手法。
例えば1番と、2番&3番のAメロ位置のヴァースは、コード進行もメロディーの音符割りもまったく違います。
2番&3番のそれは「ラップ」とまではいかないけど、細かく言葉を重ね16分音符で畳みかけてきます。実はこういうメロディーの載せ方は近年のジュリーは得意とするところじゃないかな。
「AZAYAKANI」で最初に手中にした音符割りの手法かと思います。

あと、やはり新バンド結成があったからでしょう、作曲段階からコーラス・パートを意識していますよね。
近い将来、もしLIVEでお客さんの声出しが解禁されたら、会場皆で揃って「ば~ばばば~♪」とか「じ~じじじ~♪」と歌いたいですよ(笑)。
いや、初めて聴いた時、ジュリーに「ばば~」とか言われて女性のファンの先輩方はどう思うんだろう?とか心配してしまったのですが、ジュリー道の師匠の先輩が「愛を感じる」と仰っていたのでひと安心(笑笑)。

ここでの「じじ~」はジュリーとしてはステージ側の自分とバンドを指していると思うけど、男性客の僕も仲間に入りたいので、その時が来たら楽しく「じ~じじじ~♪」 と歌いたいと思っています。


②「七福神(仮)」も気合充分!

ジュリー渾身最新の1曲に、バンドメンバーも全力で応えていますね。
GRACE姉さんのコーラス・ゲスト参加(女声ですし、やや左寄りの単独ミックスになっているので聴き取り易いです)も嬉しい!

まずは斉藤さんのアレンジの素晴らしさでしょう。
ジュリーの自作曲はずっと以前から、独特の小節割りが特徴のひとつでした(一方でコード進行も独特の作品が多いですが、今回の「LUCKY/一生懸命」についてはニ長調の王道です)。
職業作曲家とは異質のタイミングで意外な「間」があったりするわけです。

斉藤さんはその特徴をうまく生かし、特にジュリーが最初のサビ前に「everybody♪」と語るような感じで挿し込む小節の「間」に施されたアレンジは完璧で、曲中最も惹きこまれるジュリー・ヴォーカル部となりました。

他にもドミナント部に配された「間」にはあのザ・タイガース「廃虚の鳩」を彷彿させるようなフレーズを考案、演奏しています。
その音色は朴訥なオルガン系。最近の流行曲ではあまり耳にすることのできない良質なポップ性を感じます。
そう、今回のジュリーの新曲は、大作であるにも関わらず久々に「ポップ」で(これは強調したい!)、メッセージ性を邪魔しない「明るさ」や「軽さ」があります。それが斉藤さんのアレンジ(加えてバンドの演奏)と相性が良いのです。

例えば、いかにも鍵盤奏者ならではの王道分数コード・アレンジの採用。
何箇所かあるんですけど、ジュリーが歌いはじめる直前の「チャ、チャ~、チャ、チャ~♪」の和音が最も目立つでしょうか。
ここは「Em(onA)」。
なんとも優しげなドミナントで、僕はこのパターンの分数コードの理屈をポール・マッカートニー「しあわせの予感」(ウイングス名義)で覚えましたが、みなさまが絶対知っている曲だと、松田聖子さんの「赤いスイトピー」が挙げられます。
こちらも歌い出し直前で使われていますね。
いずれにしても究極にポップなアレンジです。

バンドの演奏に目を向けますと、まずドラムス。
お正月LIVEの記憶も新しい、平石さんの重厚な後ノリ・ビートがこの曲でも健在。冒頭Aメロの刻みがハイハットではなくキックってのが良いです。

依知川さんのベースは、高音からなだらかに下降するフレージングがマッカートニーしてますねぇ。
依知川さんは、ヴォーカル・パートとぶつからない裏メロを生み出すのが本当に上手いです。これは普段BARAKAでのプログレ志向あればこそ、でしょうね。

で、楽しくも悩ましいのがギターです。どれが柴山さんでどれが高見さんなのか、音源だけでは僕にはなかなか分からないという・・・。
演奏トラックは3つで、それぞれ左右とセンターにミックスされています。
左右のバッキング・パートについては、現時点では左が高見さん、右が柴山さんと見ています。
根拠は、右サイドの演奏に柴山さん得意のブラッシング音(ちゅく、ちゅく、ってやつね)を押し出したストロークが目立つこと。また右サイドでは、緒小額の「そのキスが欲しい」「サムライ」で魅せてくれた高見さんの「キュッ」とダウン・ピッキングで押さえ込むようなカッティングが聴けることです。
センターの間奏ソロはまったくお手上げで、渋谷初日の大きな楽しみにとっておきたいと思います。

当日は、僕の音楽仲間の中でも抜きん出てギターに精通している佐藤君が一所ですから、この曲のみならず各所奏法について終演後に色々と薫陶を受けられるでしょう。
本当に楽しみです!


③「一所懸命」と「一生懸命」

最後に、「”一生懸命”って僕らはよく使うけれど、実は凄くスケールの大きい言葉で、僅か限られた人しかそれはできないんだよ」というお話を。

僕の高校時代(国分高等学校・鹿児島県霧島市)の恩師は、地元では著名な歌人でもある末増省吾先生(現代文・古文・漢文)。
『源氏物語』に並々ならぬ愛情をお持ちだったということで、拙ブログではおもにアルバム『女たちよ』収録曲の記事で先生のことを書いています。

先生に教わった様々な事柄は今でも多く覚えているのですが、その中に「一所懸命」なる言葉があります。
現代頻繁に使われる「一生懸命」は元々「一所懸命」を誤用した熟語がいつの間にか定着したのだ、と。

「懸命」は文字通り「命を懸ける」ということ。
では「一所」は何かと言うとこれは「所領」なのですな。
戦国時代の武将が恩賞等で授かった土地。一武将はその「一所=所領)を護り司るために命を賭し精進した、それが言葉の由来です。

「今では転じて物事に必死に取り組むことを”一生懸命”と使うけれど、”一生”はあまりに手びろ過ぎる。我々凡人は”一生懸命”と大風呂敷を広げる才覚は持たない。だからお前たちも身の丈に沿って”一所懸命”に頑張りなさい」
と、末増先生はだいたいそんなふうに教えてくれました。
今思えば大学受験に向けての心構えの話だったのかな。そのあたりの記憶はもう曖昧なんですけど、高校生の僕が先生の教えを都合よく解釈し数学と理科を捨てて国語・英語・日本史しか勉強しなくなったことはは確かです(笑)。
まぁ普通の人ができることなんて限られているわけですし、欲張らずに「一所」に集中して努力すれば、そこそこの成果は得られる・・・僕も受験についてはそれを身を持って体験しました。

ただ、世の中には凡人には及ばぬ凄い人が稀にいて、「一所」に留まらない「一生懸命」を堂々と掲げることができるのです。
具体的に挙げるなら、これはもうジュリーですよ。

ジュリー自身は自分のことを特別な存在と思っていないのかもしれませんが、その年齢、経験、実績、矜持は「一生懸命」を掲げるにふさわしい。
ジュリーの歌人生は悠々そのレベルです。

Ohイーヤーエー SoイーヤーOh
               D                      D7

一生懸命 ♪
G        D

一生懸命(分の)LUCKY。
ジュリーはおそらく「一所懸命→一生懸命」の由来は知っているでしょう。でも自分は「一所」ではなく「一生懸命」をやるのだ、と。
現状に甘んじることなく高みを見る。
自分にハードルを課す。
例えば「平和」を必死に考える時に「一所」では足りないのだと・・・そういうことじゃないのかなぁ?

僕自身はと言えば、「一生懸命」を実行するには器量が足らず、難しい。
終息の見えないコロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻、物価上昇、凶悪な暴力犯罪、今年も世の中では色々なことがあって、先の参院選の際にはあれこれ懸命に考えたけれど、「一生懸命」には辿り着けなかったように思います。
しかし正解が判らなくとも思考を止めることはするまい、とジュリーの新曲から力を貰えているような気がする・・・僕もいよいよジジイな年齢ですが、未来を信じもう少しだけ「生きて生きたい」ものです。


それでは次回更新、ツアー開幕前までにもう1本、セトリ予想(と言うか、佐藤君のために作った予習用CDの曲目紹介笑)記事を書きます。
みなさまの予想とどのくらい重複しているか、または、かけ離れているか(汗)・・・どうぞお楽しみに!

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