過去記事懺悔やり直し伝授!

2021年12月 3日 (金)

沢田研二 「ある青春」

from『JULIE VI ある青春』、1973

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1. 朝焼けへの道
2. 胸いっぱいの悲しみ
3. 二人の肖像
4. 居酒屋ブルース
5. 悲しき船乗り
6. 船はインドへ
7. 気になるお前
8. 夕映えの海
9. よみがえる愛
10. 夜の翼
11. ある青春
12. ララバイ・フォー・ユー

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朝晩寒くなってきましたね。

前回ご報告させて頂いた左手親指つけ根の骨の負傷ですが、先日の診察では経過は良好とのことで、ひと安心しました。
まだ痛いことは痛いですけどね・・・。
次の診察は年明けの1月7日。それにかこつけて有給をとります。なにせその日は病院以外に、絶対に遅刻したくない大切な用事がありますからね~。
早めに出かけて有楽町交通会館で「うまかっちゃん」(九州限定のインスタントラーメン。鹿児島出身の僕にとっては原風景の味)とか「ロイズの板チョコ」(北海道の絶品チョコレート。水色のやつが1番好き!)を買ったり・・・ウロウロしていようかな、と思っています。


さて今日は『ジュリー祭り』(東京)記念日。
2008年の東京ドーム公演は、僕が友人YOKO君とともに初めて参加したジュリーLIVEです。

そこで本格的にジュリー堕ちを果たし、以来幾多のツアーに参加してきた僕にとって原点とも言うべき12月3日。毎年この日は必ず『ジュリー祭り』セットリストからお題を選んで記事更新しています。

鉄人バンドのインスト含めた全82曲について一応過去にすべてお題記事を書き終えていますが、2010年あたりまでの記事は本当にヒヨッコ丸出しの内容で(僕がジュリーファンとして多少ではありますが前進できたのは、2011年の東日本大震災を機に更新内容をとにかく全力で頑張り、加えて同年の老虎ツアーに向けてザ・タイガースのナンバーと真剣に向き合って以降だと思っています)、再読に耐えうるものではありません。

今日はそんなブログ初期に書いたお題から改めて「過去記事懺悔・やり直し伝授!」のカテゴリーにて、「ある青春」を採り上げます。
この曲は、本格ジュリー堕ち直後に色々とお世話になっていた先輩から「二大ドームのヴァージョンを」とのリクエストを頂き張り切って書いたのですが・・・今にしてみると、まぁ穴があったら入りたい内容で(泣)。

この機に、『ジュリー祭り』ヴァージョンのみならずオリジナル音源についても今思うところをしっかりと書いていきたいと思います。よろしくお願い申し上げます。


①常連曲なの?レア曲なの?

『ジュリー祭り』に参加した日のことは、LIVEだけでなくお昼に出かける時の胸の高鳴りから、終演後巣鴨似移動してサシ飲みしたYOKO君との会話まで鮮明に思い出すことができます。

開演前に立ち寄った水道橋の喫茶『リンデン』は僕がギャンブラー時代に毎週通っていたお店(ウインズで馬券を買って店内のテレビ競馬中継で観戦)。30代半ばでギャンブルから足を洗い、『ジュリー祭り』当日に久々の再会となったお店のママさんに「今日はジュリーを観にきました」と言ったら、さすがにご存知で「行くんだ!」と笑ってくれたなぁ。
『リンデン』はコロナ禍を乗り越え今も元気に営業しているだろうか、ママさんは元気だろうか、とそんなことも今考えます。

ドームに入場後は喫煙室で、長いジュリーファンなのであろうマダム達の会話に耳ダンボ。
その上品な冬の着こなしと落ち着いた様子に僕らは「さすがはジュリーを選んだ昭和の淑女だよね」とか「LIVEが始まったら、彼女達のコートの羽根がドーム内に舞い飛ぶんだろうね」とか好き勝手なことを話したり。

席に着いた時はまだドームの屋根から晴天(本当に素晴らしい天気でした)の光が透けていて、これから始まる「祭り」への期待は高まる一方でした。
一般販売でチケットを購入した僕とYOKO君の席は、いかにも「一般ピープル枠」な2階席。
ジュリーの言う「浮動票」の2人だったわけですが、本人達はいっぱしのジュリーファンのつもりでいて(あくまでも開演前はね)、遥かに下のアリーナ席を見つめながら「いいよなぁ、アリーナ」「俺等もあそこが良かったよねぇ」などと生意気を言いつつ、「どの曲が来たら(歌ってくれたら)ここからあそこ(アリーナ)にダイブする?」という物騒な会話に発展。
僕は「ロンリー・ウルフ」、YOKO君は「酒場でDABADA」を挙げました。
結局その2曲は歌われず、ばかりか現在まで僕らはLIVE未体感という状況が続いているんですよね。

で、その後も開演まで色々な話をして。
2人とも大好きなアルバム『JULIE Ⅵ』からどの曲をやると思う?なんて話になりました。
ヒヨッコの2人は過去のジュリーLIVEセトリなど知りませんから、常連曲とかレア曲とかおかまいなしに、予想と言うより自分が「歌って欲しい」と考えるナンバー2曲ずつを挙げたのでした。

僕は「朝焼けへの道」と「船はインドへ」。
YOKO君は「気になるお前」と「ある青春」。

いざ、勝負!の結果はご存知の通り、YOKO君の完勝に終わりました。
「シングルでもないアルバム収録曲をよくズバリ当てたよね」とアフターでのYOKO君はご満悦でしたが、後日「気になるお前」は超セトリ定番ナンバーであり、還暦記念の一大イベント『ジュリー祭り』で外れるはずがない1曲だったのだ、と知るわけです。

では、「ある青春」はどうなのでしょう?
ここが僕には未だによく分からない。
あの『ジュリー祭り』でこの曲が歌われた時、先輩方は「ちょっと前には時々は歌ってたなぁ」という感覚だったのか、それとも長いファン歴をもってしても「おおっ、この歌を生で聴いたことあったけ?あったとしても何10年ぶりだろう?」と驚かされるくらいのスーパー・サプライズだったのか・・・。
この機に是非、教えて頂きたいです。


②「小編成」の説得力

では、この不朽の名曲「ある青春」の『ジュリー祭り』ヴァージョンの方から考察していきましょう。

あの日ジュリーは前半セットリストにて怒涛の「有名曲」コーナーをお客さんの熱狂とともに駆け抜け、その後「Snow Blind」を挟んでからMCでこう言いました。

「今日はゲスト無し!(鉄人バンドのメンバーに手をかざして)私たち、だけ!」

大きな拍手が沸き起こりましたが、実はここでヒヨッコの僕とYOKO君は「えっ?」と。
2人ともポリドール時代の全アルバム、そしてDVDもいくつか観たことがある中で、還暦記念を銘打った『ジュリー祭り』なるLIVEタイトルから連想していたのは、DVD『ジュリーマニア(武道館)』のそれをさらに豪華に、さらに大きくスケールアップしたステージだったのです。
当然のように堯之さんや大野さんのゲスト参加、下手するとショーケンも出てくるぞ!くらいの期待感を抱いて「ゲスト登場」の瞬間を待ちわびていたという・・・今にして思えば(と言うか当日終演後には、この『ジュリー祭り』を5人でやり遂げた意義を何となくながら掴めていたのだけれど)その考えがどれほど浅かったか。

ジュリーは続けて「こんなに小編成なのに、もっと小編成にしてみたいと思います」と話して、次曲「明星」を歌いました。
ここから「風は知らない」「ある青春」「いくつかの場面」までの4曲の流れは、セットリスト全体の中で独立した「静かなるジュリー」とも言うべきワン・コーナー。僕には当日からそんなイメージがあります。
このコーナー4曲のヴォーカルがまぁ凄まじくて、僕らはあの時たぶん口を半開きにして圧倒されていたんじゃないかな。
特に「ある青春」は、『ジュリー祭り』で歌われた全80曲中ジュリー・ヴォーカルの情感、説得力において5本の指に入る、と今でも思います。

バンドの演奏者はたった1人。
泰輝さんのピアノです。

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しかも「ある青春」って本来、バンドに加えてフルオーケストラの曲なのですからね。
ジュリーの言う「小編成」を極めた特別なアレンジ、という点で『ジュリー祭り』の「ある青春」はとても貴重なパフォーマンスであり、ジュリー・ヴォーカルの真髄(キーはオリジナル通りのハ短調のまま。なんという高音の艶やかさよ!)だったというわけです。

そしてそれは、泰輝さんのアレンジ解釈、演奏なくして語れません。

オリジナル音源の「ある青春」では「豪華な演奏陣の中の1つのトラック」であるピアノ演奏、その肝はイントロをはじめ数回登場するクリシェ部でしょう。
クリシェというのは、和音の構成音をひとつだけ変えて進行させる手法です。「ある青春」の場合は2小節をひと塊として
「ソ・ド・ファ」→「ソ・ド・ミ♭」→「ソ・ド・レ」
と進行。
もしお部屋に鍵盤楽器がある方はこの通り鳴らしてみてください。簡単な3和音だけで「ある青春」の雰囲気に浸れますよ~。

で、泰輝さんはこの「肝」の部分は原曲通りに弾くのですが、ジュリーが歌に入るやいなや、オリジナルのピアノ・パートには無い経過音、テンション音を駆使し、見事に『ジュリー祭り』限定の特別な「ある青春」の世界を作り上げます。
ジュリーの歌、泰輝さんの伴奏双方が互いに影響し合い、グ~ッと気持ちが入っていくのが今DVD映像を観るだけでも分かる、というね。

みなさまもこの『ジュリー祭り』記念日にお手元のDVDを取り出し、ピアノ1本で歌われる「ある青春」に浸ってみてはいかがでしょうか。


③大名盤の看板・タイトルチューン!

続きましてここでは『JULIE Ⅵ ある青春』収録のオリジナル・ヴァージョンについて書いていきます。

「ジュリーのアルバムの中で1番好きな1枚」と言うと僕は『JULIE Ⅱ』で確定していますが、2番手は全然決まっていなくて、聴くごとに「これが2番目に好きだな」と思ってしまう名盤が10枚以上はありますね~。
『JULIE Ⅵ』も当然その中に入ってきます。
「ある青春」はそんな名盤のタイトルチューン。以前何度か書いたことがあるように、僕は勝手に『JULIE Ⅵ』をストーリー仕立てのコンセプト・アルバム(『Ⅱ』主人公の続きの物語」)として捉えていて。
港町を出奔し各国を巡り立派な船乗り(女性経験も含めて笑)へと成長した『Ⅱ』の主人公が濃密に駆け抜けた生涯を描いた1枚である、とね。

強引ながら、アルバムのラス前収録の「ある青春」は主人公の人生が終わろうとする瞬間を描き(最後の間際に煙草を吸う設定は、井上バンドゆかりの『太陽にほえろ!』でのジーパン刑事の名シーンを1年先取り)、続くラストの「ララバイ・フォー・ユー」はアンコール的な大団円として、「夢の中」(永遠の生命を得る彼岸の世界)で大切な人と再会を果たす、という物語を想像しながら僕はこの名盤を聴いているのです。

まぁこれは歌詞の内容だけで考えるならいかにも飛躍し過ぎた解釈なのでしょうけど、僕がそのように考える決め手は、「ある青春」のアレンジにあります。
エンディング、本当に曲の最後の最後の音に注目してください。
ハ短調の曲ならば②で記した和音のうちトニック・コードである「ソ・ド・ミ♭」で着地させるのが普通です。しかしこの曲は「ソ・ド・レ」でプツリと終わります。
この場合の「レ」は「add9」と言って、「後に続く和音」を求める役割の音であるにも関わらず・・・これはよくドラマ等で使われる「BGMが唐突に途切れて、登場人物の最後の瞬間を示唆する」手法と同じだと思うのですよ。

楽曲全体のアレンジは豪華絢爛。『ジュリー祭り』ヴァージョンとは対極と言える音の数です。

弦、木管、金管、打楽器総登場のフル・オーケストラ。そしてバンド・サウンド。
ドラムスのフィルのカッコ良さは、同アルバムでは「船はインドへ」と双璧です。
加えて、分数コードの役目を一手に担うベースライン。あとは相当気合入れて聴かないと耳に入ってきませんが、エレキギターもしっかり弾かれています(サビ部、左サイドで裏拍のカッティング)。

YOKO君はこの曲が大好きで(もちろん僕もそうですが彼と違ってアルバムの中で1番、とは言えません)、『ジュリー祭り』以前から「この曲はジュリーになりきって煙草を吸いながら聴く」と言っていました。
そんなふうに歌に浸れるのは、ジュリーのヴォーカルや詞の叙情性もさることながら、計算され尽くしたアレンジにあるのだ、と僕は考えます。
「譜面通りに弾く」プロフェッショナルな演奏の素晴らしさって、絶対にあるんですよ。

当然、独自の構成力やアドリブを以て演奏者の個性を押し出す素晴らしさというのもまたあるんですけど。
3年間に渡るジュリーLIVEのギター1本体制、採り上げられたあらゆる曲の演奏で柴山さんはその両方を魅せてくれていたことを、最後に一筆加えておきます。


それでは、オマケです!
今日のお題「ある青春」リリース年にあやかり、1973年『新春 沢田研二ショー』パンフレットをどうぞ~。

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これはお正月LIVEですから、「ある青春」リリースよりちょっと前のジュリー。最新シングル「あなたへの愛」を推し出したステージ構成なのですね。

先輩方からこの頃のパンフレットを見せて頂く度に思うのですが、みなさまパンフ購入は開演前ですよね?
ステージが始まる前に、パンフ記載のプログラムを先に見ちゃってました?それともLIVEが終わってから帰り道のお供にじっくりと?
そんなことが気になる後追いファンです。

思えば・・・。
ジュリーの歴史と共にある長いファンの先輩方ほど多くの経験は持たない僕ですら、ついこの間まで「ジュリーのお正月コンサート」とは毎年恒例の行事、開催されて当然、という日常の一端のような気持ちでいました。
それが本当はいかに特別な僥倖であったか、コロナ禍で思い知らされましたね。

『初詣ライブ』で始まる特別な2022年に期待を寄せつつ、この師走を乗り切っていきたいと思います、
まずは明日。
渋谷の一般販売、頑張ります!

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2021年6月19日 (土)

沢田研二 「TOKIO」

from『TOKIO』、1979

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1. TOKIO
2. MITSUKO
3. ロンリー・ウルフ
4. KNOCK TURN
5. ミュータント
6. DEAR
7. コインに任せて
8. 捨てぜりふ
9. アムネジア
10. 夢を語れる相手がいれば
11. TOKIO(REPRISE)

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さぁ、今日はジュリー1年4ヶ月ぶりのLIVE『BALLADE』セットリストから1曲選んでのお題です。

『BALLADE』セトリはすべて過去にお題執筆済、「2度目の記事を書く」ということで一応『過去記事懺悔やり直し伝授!』のカテゴリーをつけましたが、今日は「やり直し」と言うより、『BALLADE』初日東京公演でお客さん誰もが「ええっ?!」とド肝を抜いた「TOKIO」の斬新なヴァージョンを体感し、個人的に色々と考えさせられたことを書いていく、という内容です。
よろしくおつき合いください。


いや~、それにしてもまずジュリー、ブランクなんて言葉は脳裏をかすめもしないほどの素晴らしいヴォーカル、ステージでした。
いかな強い喉の持ち主と言えどもまったく何もせずにこの期間を過ごしていたらあれほどの声が出せるわけはなく、継続的に稽古を重ねていたのでしょう。あとは「歌いたい」という渇望が大きなエネルギーになるという・・・やはり「気持ち」の部分は大きかったのかな。
これぞジュリー、言うまでもなく惚れ直しました。

さて、お題の「TOKIO」です。
驚愕のギター・アレンジ、まるで呪詛を吐き出すかのような意表を突くジュリーのヴォーカル。
「スロー・ヴァージョン」「バラード・ヴァージョン」と捉え評する方々が多かったようで、それはごく自然な表現かとは思います。
ただ僕はスコアをやりますから日頃からBPMには敏感で、今回のヴァージョンがオリジナルと比べてさほどテンポを落としていないことはすぐに分かりました(もちろん遅くはなっています。しかしそれは「スローにした」と言うよりは8ビートを16ビートに転換させた影響です)。
加えて「バラード」とも感じませんでした。
過激なパンク・ロック解釈(これは僕のジュリー道の師匠が同じことを仰っていた、と後で知りました)による「ラジカル・ヴァージョン」の「TOKIO」、と僕はそう呼ぶことにしましょう。

まぁ、そうは言っても僕の場合は偉そうなことも言えないのです。なにせ現地においてはこのヴァージョンを「凄い!」と感嘆する以前に、違和感の方が大きくて。

アレンジも意表を突くものでしたが、何よりジュリーのあの「歌い方」に対してそう感じてしまったのかなぁ、と今にして思っています。
僕が『ジュリー祭り』以降LIVEに通うようになって以来ずっと、「TOKIO」は「気になるお前」と並びジュリー「陽」のヴォーカルの代表のような曲でしたから。
ですから僕などより長くファンを続けていらっしゃる先輩方はもしかしたら僕以上の違和感があったのではないか、とも想像します。

とは言えアレンジにもそりゃあビックリです。
今回、事前にセットリストを把握し参加された名古屋、大阪のみなさまはともかく、初日の東京公演のお客さんでこの曲のイントロを聴きすぐに「TOKIOだ!」と分かった人は皆無だったでしょう。
僕はてっきり「限 界 臨 界」だと思いました。客席にいらしたと聞くGRACE姉さん(「限 界 臨 界」 の作曲者)もそうだったんじゃないかなぁ。
柴山さんが小刻みに鳴らす荒々しいコード・クリシェのストロークは、いざジュリーの歌が始まるまでは、僕らがよく知っているあの陽気で輝かしい「TOKIO」の降臨をまったく感じさせませんでした。

何故ジュリーは今回、「TOKIO」をあんなふうに歌ったんだろう、柴山さんにあんなふうに弾いて貰ったのだろう・・・自分がジュリーの意図を汲み取れずにいるのがもどかしく、LIVE後は数日そのことばかり考えました。
そうすると、これは多くのみなさまが僕などより全然速く気づかれているように、やっぱり今年の東京五輪開催の問題に行き着くしかないんですよね。

開幕までほぼ1ヶ月にまで迫った東京五輪。
いまだ開催に賛否あれど、当然ながらオリンピック&パラリンピック、スポーツの祭典自体に罪は無し。代表選手に選ばれたアスリートも皆さんにもまったく罪は無し。そして「東京」にも罪は無いわけです。

しかしこのコロナ禍での開催に散々振り回される人達がいるように、東京=「TOKIO」という街もまた振り回され苦しんでいる、かつてジュリーの歌とともに「スーパーシティ」の名と栄光、未来、希望のシンボルを欲しいままにし80年代の幕を開けた「TOKIO」(アルバムは79年11月リリースながら、シングル盤TOKIOのリリースは翌80年元旦)、が40数年後の今、苦しみもがいている・・・。
ジュリーは今年「TOKIO」を歌うと決めた時そんな思いを抱き、あの衝撃的な発声、アレンジに至ったのではないでしょうか。

先の17日の菅さんの「表明」から、どうやら東京五輪予定通りの開催は動かないようです。
ただあの表明自体が「今頃ようやく」だったというのが実感。支持不支持や開催への賛否は置き、安倍さんが総理だったら「私の責任において開催する」くらいのことは遅くとも春には言っていたでしょう(それが良いかどうかは別の問題として)。
表明に対して開催反対のデモが都庁前で決行されるとのニュースもあり、1ヶ月前の時点でまだ
「結局やるのか、やめるのか?」
という丁々発止の現況はいかにも異常です。

例えば。
みなさまのお部屋や職場等にあるカレンダーは、昨年末か今年の初めに用意されたものですか?
もしそうであれば、7月の19日は「海の日」の祝日になっていますよね。まぁご存知の方々が多いかと思いますが、実際には(五輪が開催されるなら)この日は祝日ではありません。
開幕に併せて「海の日」は22日に移動、また翌23日は10月11日の「スポーツの日」が移動してきて、土日含め22~25日が4連休となります。
当然10月11日は平日となり、加えて8月11日の「山の日」が今度は閉会式に併せ8月8日の日曜日に移動、9日の月曜日が振替休日です。
なんだかややこしいですね。

とは言え一度把握してしまえば僕らサラリーマンもその通り動くわけですが、問題はこのことがほとんどメディアでの報道、注意喚起も無く(もちろん皆無ではありませんが)、現時点で「知らない」人達が世に少なからずいらっしゃる、ということです。

先日勤務先でこのようなことがありました。
配送、荷受けに常時使用しているトラックに大掛かりなメンテナンスが必要となり、いつもお世話になっている某社さん(ブルーバードのトコね)と相談、平日には使用しなければいけないけどメンテの作業には3日かかるので、土日祝日が並んでいるところでスケジュールを組みましょう」という話になりました。
そこで先方さんが出してきた日付が7月17~19日で。
こちらとしては当然
「19日は祝日ではないですよ」
「えっ、そうなんですか?」
なんてやりとりが、実際あったのです。

僕はまだガラケーなので(汗)確認できないんですけど、スマホのカレンダーも現状19日が「海の日」のままなのだとか・・・。
このままで行くと、リモートワークでもなく普通に通勤されている人達が来月19日を祝日と思い込んだまま出勤せず、日本全国各地でちょっとした騒動が頻発することも充分考えられます。
瑣末な問題かもしれませんけど、異常は異常だと僕などは思ってしまいます。

それでは僕自身が今年の五輪開催に賛か否か、と言われると・・・これが微妙。
「さすがにやらない方がよいのでは」とは思いつつ、僕はまず選手の気持ちを考えてしまいます。
サイレント・マジョリティーどころか明白な「反対多数」の世相を彼等が知らない筈はなく、心中相当苦しんでいらっしゃるのでは・・・。
主役たる選手にとっては、ジュリーの「祈り歌」で言えば「涙まみれFIRE FIGHTER」と「頑張んべぇよ」を掛け合わせたような状況かもしれない、とも思ったり。

ですから僕はいざ東京五輪が「開催」となればサニーサイドに切り替えて、日本はもちろん各国の選手を応援しますし、大会の無事の成功を祈ります。
「あなた自身や家族が感染してもそう言えるのか」と指摘されれば反論などできませんが・・・。

ただ1点。
「五輪開催反対は感情論」と切り捨て的な発言をした推進派の某政府高官には物申しておきたい。
「感情論」も正当な主張です。
今から30年数年ほど前、深夜の討論番組で「原発」が議題となった時、スタジオに参列されていた原発招致先の住民にして招致反対のみなさんの「経済や原子力の理屈は分からないけれど、なんだか怖い」との発言に対し、「頭の良い」某パネリストが「それは感情論だ」と一蹴したことがありました。「お話にならない」と議論を切って捨てたわけです(原発というのは「安心、安全」なのですよ、とすら言わなかった)。
結果どうであったか。
10年前のあの事故でそんなことを思い出した僕は、「畏怖」の感情というものは軽視してはならない、と強く思い知らされました。これはジュリーの「祈り歌」の根幹テーマのひとつでもある、と思っています。
強行とは言え「開催なら五輪を応援」と書いたばかりで本末転倒ながら、開催反対のみなさまが理屈よりむしろ「怖い」という感情で仰っているのならば、僕は大いにそこは共感できるのです。

あぁ、今回は純粋な楽曲考察とは関係無いことばかり書いてしまったようです。申し訳ありません。
でもこれが僕にとっての「TOKIO」ラジカル・ヴァージョンの感想なんだよなぁ・・・。

思えばまだコロナ禍の予兆無く、皆が当たり前のように日常を送っていたほんの数年前・・・2020年東京五輪開催へのカウントダウンの中、ジュリーの「TOKIO」をテーマ・ソングに!という話はファンのみならず一般メディアでも語られていましたよね。
詞曲アレンジ演奏、そしてヴォーカル。本当に「これぞ」というくらいふさわしい、完全無欠のスーパーシティー「東京」を歌ったヒット・チューンですから。もしかすると組織委レベルでそんなアイデアもあったかもしれません(ジュリーが承諾するはずないんだけど)。

1年遅れのオリンピック・イヤーとなる(なるであろう)2021年、ジュリーは開幕に先駆けた今回のステージでその「TOKIO」を歌いました。
苦しみ、痛み、怒り、迷い、躊躇いを吐き出すようなアレンジとヴォーカルで。

これが今年強行される五輪の「テーマソング」、今の「東京」へのジュリーの回答であったのかなぁ、と僕は考えますがいかがでしょうか。


最後に、「TOKIO」以外の『BALLADE』セットリストもいくつか振り返っておきましょう。

まず個人的に今回最も感動したのが「いくつかの場面」。アンコール前、本割の大トリでしたね。
セトリ常連でこれまで何度もLIVE体感できている名曲ですが、ジュリーのヴォーカルは過去幾多の熱唱を凌ぐ素晴らしさだったと思います。
Aメロの高音部も自然な発声で、ジュリーの底力を改めて思い知らされたということもありますが、やはり「天国へと旅立たれた方への思い」を強く感じました。
ジュリーのそうした思いはセトリ前半「海にむけて」「あの日は雨」「コバルトの季節の中で」と続いたあたりで既にハッキリ伝わってきていて、その上で最終盤にこの曲の熱唱だったのです。
1年4カ月、ジュリーがLIVEから離れざるを得なかった期間だけでも、志村さん、シローさん、ポンタさんと、ジュリーにとって大切な人達が旅立たれてしまいました。
思いは溢れ、歌に魂が宿り、圧倒されるほどでした。

「届かない花々」も凄かった。
ギター1本体制となってからは初のセトリ入りで、「ラヴ&ピース」のヴォーカルがダイレクトに突き刺さってきたことも大きいでしょう。
この曲は過去、ジュリー堕ち後ごく初期に書いた僕の考察があまりにも浅いので(「花々」の意味すら理解できていません汗)、いつか書き直さなければなりません。

LIVE前はてっきり「バラードづくし」になると思い込んでいましたから、「根腐れPolitician」のイントロが来た時は「これをやるのか!」と思いました

このヴォーカルがまた凄くて、ジョー・ストラマー或いはザ・ジャム時代のポール・ウェラーのような
「後先考えずに過激なフレーズを吐き出しているようで、実は根底で冷静かつ明快なロジックを持つ」
ヴォーカルだと感じました。
僕が好むパンク・ロックはそうした類のものです。
ただ僕がジュリーの発声にパンクを感じ取ったのはおそらく今回が初めてのことで、まさかそれがあの「TOKIO」に繋がってくるとは夢想だにしていませんでしたが。

あと、柴山さんのギターにももちろん触れておかねば。

今回個人的な柴山さんのベスト・プレイは、断然「三年想いよ」です。
表現の幅がまず素晴らしい。
この曲では、アルベジオ、軽くミュートさせたパワー・コードのダウン・ピッキング、思いきり振り下ろすストローク、そしてソロとヴァースによって奏法を変えてきます。バンド・サウンドならいざ知らず、ギター1本の伴奏でそれぞれのヴァースが見事に繋がり、しかもテンポは一切乱れません。
ソロの箇所なんかはもうちょっと「次へ、次へ」と急いても不思議はなさそうですが、さすがですねぇ。
これは決して「超絶」なプレイではないんです。「堅実」であり「細心」の名演。
人柄であったり、ジュリーへの信頼であったり、そうしたものが演奏に出ちゃってる、としか思えない素晴らしさなのですよ。

唯一アコギを使用した「あの日は雨」も良かった。
こちらはイントロ1発と言うか、やはりこの体制になってからは(たとえフレーズ自体が同じであっても)「冒頭からCDと同じ音色」で「おおっ!」と反応することが珍しくなってきている中で貴重な演奏をしてくれたと思います。
オブリガートは最小限、オリジナルのアコギパートに忠実な伴奏。こういうのもまた、良いものです。

ギター1本での体感が2度目、3度目という曲もいくつかあり、これまでと比較すると今回柴山さんは低音(ベースライン)をさらに押し出すようになったと感じました。
例えば「雨だれの挽歌」のイントロ。ここはギター・コードのルートがそのままベースではなくクリシェ・ラインになっているので、その効果は絶大だったと思います。

それにしても柴山さん、ツアーを重ねる度に手数(正確には「再現する楽器パートの数)が増えていって、この先どこまで行ってしまうのかと驚嘆するばかりです。



1年4ヶ月ぶりのLIVE、緊急事態宣言下・・・。
特に初日の東京国際フォーラム公演はジュリーとファン双方の特別な思いはもとより、特殊な状況が僕らを取り巻いたLIVEでした。
フォーラム横の広いスペースいっぱいに拡がった入場待ちの折り返し列。迫る開演時刻。
いつもは「ジュリーのLIVEは慣れっこよ」といった感じの頼もしげな表情で入場口に向かう先輩のみなさまが、この日の長蛇の列にあっては不安げな様子。
それは、『ジュリー祭り』堕ちの後追いファンの僕が初めて目にする光景でした。

でも、ジュリーと共に歩んできた長年のファンにとってこういうことは、何10年に一度か分からないけれど、きっと今までもあったんですよね?
不安を抱えたままジュリーに逢いに行って、LIVE後は一転安心して帰路に着いたことが。

僕としては、『ジュリー祭り』以来の「ヒヨッコ実感」のLIVEだったのかもしれないなぁ。

ジュリーは、今秋のツアー予定も知らせてくれました。
まだまだ全国津々浦々というわけにはいかないけれど、今度は地方の博多公演が予定されている模様。九州のファンのみなさま、朗報でしたね。
北海道、東北、北陸、中部、中国、四国・・・これから少しずつ、なのでしょう。

まずは次なるジュリーからの便りを、楽しみに待ちたいと思います。


それでは次回更新は、6月25日。この日だけは何としても更新せねばなりません。
近年拙ブログはジュリー誕生月の6月を「act月間」とするパターンが多かったのですが、今年は2つのLIVEのことを書かせて頂いたので、それは叶いませんでした。
でもせっかくだから、25日だけでもactのお題にしようかな、と考えていますよ~。

それではまた来週!

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2020年12月 3日 (木)

PYG 「花・太陽・雨」

『PYG/ゴールデン☆ベスト』収録
original released on single、1971
and album『PYG!』、1971

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1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花・太陽・雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Alubim Version)
13. ラブ・オブ・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Album Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

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本日12月3日は、僕が本格ジュリー堕ちを果たした『ジュリー祭り』東京ドーム公演記念日。
まるでこのタイミングに合わせたかのように、予約していたDVD『BEST OF NHK』も届きました。

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毎年めでたい日ではあるのですが、おかげで今年は格別の気分です。
今は忙しいのでお預けですが、年末年始の連休にじっくり鑑賞するつもりです。まぁ、その前にチラ見は絶対しちゃうでしょうけどね。

2008年のあの忘れ難い東京ドーム公演から、早いものでもう12周年ということで干支もひとまわり。今年はあの日と同じ「仏滅」なのですな~。感慨深いです。

毎年この日は『ジュリー祭り』セットリストからお題を選んでブログ更新しています。
鉄人バンドのインストも含めて全82曲、既にすべてお題記事は書き終えていますが、特に2010年あたりまでに書いた記事の多くは僕自身の知識も足りず身の丈もわきまえず、という状態で到底再読に耐えうるものではありません。
ですから、今日も、そしてこれから先もこの12月3日は『過去記事懺悔・やり直し伝授!』のカテゴリーにて、同公演セットリストから「2度目のお題記事」を更新させて頂くことになります。

今年はPYGの「花・太陽・雨」を選びました。
この曲の過去記事は『ジュリー祭り』直後に本当にお世話になった、僕にとっては最初に「ジュリー道」を示してくださった先輩からのリクエスト曲として書いたのですが、ヒヨッコ丸出しで「考察記事」とはとても言えない内容となってしまっていました。
今回は、その時にはまったく触れずに済ませてしまった「シングル、アルバムそれぞれのヴァージョン比較」をメインに考察していきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。


そもそも僕が「PYG」というバンドを知ったのはかなり遅く、『ジュリー祭り』のほんの数年前のことでした。”第一次ジュリー堕ち期”の頃にYOKO君から「タイガース解散後にジュリーとショーケンが同じバンドに在籍していた」と聞かされとても驚いたものです。
まぁYOKO君にしても当時はバンド名を平気で「ピーワイジー」と発音していたくらいですからヒヨッコには変わりなかったのですが、僕よりはいくらか先を行っていた、と。
僕がPYGのベスト盤を購入し初めて「花・太陽・雨」の2つのヴァージョンを聴いたのは、ちょうどその頃だったんじゃなかったかな。もはや記憶が(汗)

アルバム『PYG!』を聴いたのは・・・これはハッキリ覚えていて『ジュリー祭り』後でした。
当時「澤會」さんが会員の新期加入を一時停止していて、僕のような『ジュリー祭り』堕ち組はなかなか会員になれずツアー・チケットの申し込みができない状況でした。そこで先述の先輩が『Pleasure Pleasure』ツアー前半のチケット予約を代行してくださり、送ってくださったチケットにPYGの音源(ファーストと『FREE with PYG』の2枚)が同封されていたのです。
先輩としては「新しいジュリーファン」である僕に「PYG」を聴いて欲しいとのことだったのですが、それにしても本当に色々とお世話になりっ放しで・・・改めて感謝、感謝なのです。

さて、みなさまは「花・太陽・雨」のシングルとアルバム、どちらのヴァージョンが好きでしょうか?
アルバム・ヴァージョンは当然アルバムで聴くことが本道ではありますが、冒頭に添付した『ゴールデン☆ベスト』は2つのヴァージョンいずれも収録していますので、「聴き比べ」には重宝します。
お持ちのかたはここで今一度聴き比べてみてください。

さぁ、どうでしたか?

拙ブログをお読みくださっているのはほぼジュリーファンでしょう。故に僕は、「もちろんシングルも好きだけど、どちらかと言えばアルバムの方が好き!」派が多数を占めるのではないか、と予想します。
僕自身がそうですから。

シングル・ヴァージョンの方が音源全体の完成度が圧倒的に優れていることを前提、承知の上で、「ジュリー・ヴォーカル」の1点を以ってアルバム・ヴァージョンに軍配を上げることになるのですね。
例えば

色のない花 この世界
   Am                G

春の訪れのない 私の
   C                      Bm

この 青春  に問いかけ る ♪
    Am  Em G  A7    C B7  Em

特に「春」の発声です。
この楽曲は滅々とした雰囲気が逆に大きな魅力で、サリーさんの詞も否定的な意味を持つ言い回しが多いのだけど、歌の主人公は暗闇の中にひとすじの光をかすかに見据えている、実はそんな前向きなメッセージもあって、アルバム・ヴァージョンのジュリーのヴォーカル、発声にはそれを感じることができます(ジュリーはシングルも同じようには歌っているのでしょうが、ダブル・トラック処理に重きを置いていること、ミックス・レベル自体が小さいこと等がその点を抑えてしまっています)。

それにしてもサリーさんの詞は凄い。「青春に問いかける」「青春に呼びかける」のフレーズは、これが40代とか50代の作品ならば普通に出てくるのかもしれませんが、サリーさんは当時まだ20代半ばですから・・・凄まじいまでの俯瞰力!(これは「やすらぎを求めて」にも同じような凄味があると思います)

タイトルの「花・太陽・雨」には「・・・」とその後に続く言葉が隠されていて、それが「花・太陽・雨・・・愛」であることはシングル・ヴァージョンを聴いても分かります。
しかしこの歌が「まよ(迷)える人」に宛てたメッセージなのだということは、アルバム・ヴァージョンでしか判明しません。
そう、アルバムの方はエンディングに追加のフレーズがあるんですよね。初めて聴いた時は驚きました。
ちなみに堯之さんのソロが入るタイミングもヴァージョン違い。そこも含めてアルバム・ヴァージョンの方が「歌詞が多い」(←身も蓋も無い表現ですみません笑)ことは比較上特筆されるでしょう。

では、演奏とミックスについてはどうでしょうか。
「どちらがより広く受け入れられるか」との観点に立てば、シングルの方が圧倒的に優れています。
並行移調のBメロに噛み込む大野さんのドラマティックなオルガン、エッジを効かせた大口さんのシンバルの刻み、スネアの音色。
そして堯之さんのギターも、ソロ部以外にヴォーカルの間隙を縫うフレーズがあります。このパターンは後の「今、僕は倖せです」に引き継がれていますね。

シングルでの堯之さんのソロは、「ギターのダブル・トラック」です。ただしそれはエフェクター採用ではなく「同じフレーズを二度弾く」という手間を惜しまない手法。
「花・太陽・雨」ではイントロのギター4拍打ちがジョン・レノン「マザー」のオマージュとしてよく語られますが、このリードギター・ダブル・トラックはジョージ・ハリスンのアルバム『オール・シングス・マスト・パス』での「同一のパートを複数同じように演奏し重ねてゆく」手法を彷彿させます。こちらは特にアレンジ・オマージュではないけれど、『ジョンの魂』と同じくフィル・スペクターが深く関わったアルバムであり、いかにも71年という時代を象徴する堯之さんのテイク、と言えましょう。
「速く弾ける」ギタリストが」世に登場したからといってそこからすべて右に倣え、とはならない・・・それがロックの面白いところです。

曲想とはかけ離れた表現かもしれませんが、シングル・ヴァージョンの「花・太陽・雨」の音作りは「キャッチー」と言ってよいと僕は思います。
一方で僕はアルバムの方の音の仕上がりも好きなんですよね・・・。
各楽器パートが淡々としているぶん、左サイドに振られたアコギに耳が奪われるのです。この歌の世界観にはアコギのストロークが目立つアレンジが合っている、とも思うのですがいかがでしょうか。

最後に、『帰ってきたウルトラマン』の話も今回は書いておきましょうか。
(「花・太陽・雨」に関する逸話としてかなり有名のようですから、ジュリーファンのみなさまも、少なくとも「そんな話がある」との知識はお持ちかと思います)
第34話「許されざるいのち」でこの曲がBGMとして採用されているんですよね。

昭和の特撮ヒーロー番組を単に「子供向けだろう」などとナメてはいけません。
「ヒーロー番組とは教育番組である」・・・これは、『仮面ライダーV3』や『快傑ズバット』で主を張った、僕の世代にとっては永遠のヒーロー俳優である宮内洋さんのお言葉です。
僕の経験からしますと、宮内さんのそんな名言が心に響き実感として受け止められるようになるのは、実際に番組を観ていた子供達が大人になってからのことではないかと思います。
幼い頃に観たヒーロー番組を再視聴した時、「そういえばこのシーンでこんなふうに感じていた、こんなことを学んでいた」と自らの成長過程を思い当たるのです。

ウルトラマンシリーズにも当然そんな面はありました。
ただ、『ウルトラセブン』では地球規模、或いは宇宙規模のスケールで人類の奢り、環境破壊、差別などの問題提起が多かったのに対し、『帰ってきたウルトラマン』ではもっと身近な、主人公(郷秀樹)の周囲の近しい人達が非業の運命を辿る、大切な人を失ってしまうというダイレクトに胸抉られるようなストーリーが多かったように思います。

『許されざるいのち』では主人公の幼少時代の友人が、自ら生み出した「命」(怪獣レオゴン)の犠牲者となる道を選びます。
懺悔なのか、けじめなのか、怪獣に向かってゆきそのまま命を断とうとする友人を阻止すべく、湖を泳ぐ郷秀樹。郷の脳裏に甦る友人と過ごした幼少期の記憶。
しかし結局友人を救うことはできなかった・・・。
「花・太陽・雨」はそんな一連のシーンで忽然と流れ始めます。イントロのギター4拍の説得力たるや、BGMとしてこれ以上ない!という効果です。

今までは考えていなかったのですが、もしこれが『七人の刑事』の「レット・イット・ビー」のように「シングルではなく敢えてアルバム・ヴァージョン」だったら事件だな、と思い今回再度確認したところ、さすがにここでは普通にシングル・ヴァージョンでした(YOU TUBEにてBGMシーンだけ上げてくださっているかたがいらっしゃいました。ありがとうございます!→こちら)。

「許されざるいのち」は71年12月の放映ですから、タイムリーなBGMであったとは言えるにせよ、幾多ある歌、もっと有名なヒット曲があったにも関わらずのPYG「花・太陽・雨」の採用には演出の執念、高いセンスを感じずにいられません。
上記のようなシーンだからこそ選ばれた歌。
ジュリーの発声やサリーさんの詞に希望を見出すのもそれはそれで一局ですが、やはり「花・太陽・雨」は胸かきむしられる悲しみのメッセージ・ソングとして聴くのが王道なのでしょうね。


それでは、年内の更新はあと3本の予定です。
2020年も残り1ヶ月を切りました。これからはコロナ禍に加えてインフルエンザの同時流行も心配です。

みなさまどうぞ気を抜かず、うがい・手洗いを継続させましょう。僕もなんとか気をつけて、この師走を過ごしたいと思います。

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2020年1月19日 (日)

沢田研二 「PEARL HARBOR LOVE STORY」

from『サーモスタットな夏』、1997

Samosutatto

1. サーモスタットな夏
2. オリーヴ・オイル
3. 言葉にできない僕の気持ち
4. 僕がせめぎあう
5. PEARL HARBOR LOVE STORY
6. 愛は痛い
7. ミネラル・ランチ
8. ダメ
9. 恋なんて呼ばない
10. マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!

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『名福東阪阪東・寡黙なROCKER』NHKホール公演に参加のみなさま、千秋楽のジュリーはいかがでしたか?

僕は残念ながら参加できずお留守番組でしたが、今日はみなさまのお帰りのタイミングに合わせ、僕が今ツアー唯一観ることができた10日の東京フォーラム公演を振り返りつつ、セットリスト中「この1曲」のお題にて更新させて頂きます。

今回のセトリは、拙ブログで既に記事を書いている歌で占められていました。
その中から「2度目の執筆記事お題」として選んだのは「PEARL HARBOR LOVE STORY」。僕の中で「日替わり・ジュリー・ナンバーで一番好きな曲」常連の名曲ですが、前に記事を書いたのは『ジュリー祭り』直後でした。このブログを「じゅり風呂」へと変貌させた最初の記事と言ってよいでしょう。

当時僕は『ジュリー祭り』の感動のままに、まだ持っていなかった90年代以降のアルバムを猛烈な勢いで「大人買い」し始めた頃。
あの東京ドームで歌われた「サーモスタットな夏」「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」の2曲を収録しているということで期待して購入したアルバム『サーモスタットな夏』・・・その中で圧倒的に感嘆し、驚愕し、打ち抜かれたのが「PEARL HARBOR LOVE STORY」でした。この曲を知ったことが、僕のジュリーファンとしての歩みに拍車をかけたのは間違いありません。
ただ、当時の僕はまだまだ僕はジュリーについて無知でした。自作詞のメッセージ・ソングが他アルバムにも多々存在することすら知らず・・・まぁ、だからこそこの曲に驚かされた、感動させられたとも言えるのですが。

その後ジュリーのLIVEツアーに通うようになり、「PEARL HARBOR LOVE STORY」も鉄人バンドの演奏で何度か生体感することができました。
もちろんその度に狂喜しました。
しかし・・・正直に言うとこれは「LIVEで聴けて嬉しかったけど、レコーディング音源への愛情や感動を結局超えられない」というイメージの名曲でもありました(そうした曲は他に僅か数曲しかありません)。
オリジナル音源が僕の好みにドンピシャ過ぎるのです。

それをジュリーは10日フォーラムで超えてきました。
そもそも僕は未だに「ジュリーのLIVEはできればバンド・サウンドで聴きたい」と考えてしまう方で、まさかギター1本体制で塗り替えられるとは驚きです。
その意味で、『SHOUT!』ツアー初日の「そっとくちづけを」に並ぶ衝撃でした。

さらに言うと今回の「PEARL HARBOR LOVE STORY」、その伴奏を一手に担った柴山さんのギターがまず素晴らし過ぎました。
個人的にはこの体制以後のレパートリーで最高最強の演奏だと思っていて、なにせ曲が曲ですし、僕の安易な「想定」を軽々と飛び越えた柴山さんには「やられた!」という感じです。
緻密にして大胆、それでいてオリジナルのイメージも崩さず、ジュリーのヴォーカルを最大限引き立たせる・・・世に名ギタリスト多しと言えど、このパフォーマンスは柴山さん以外成し得ないでしょう。
今セトリは(おそらく偶然でしょうが)曲中にクリシェ進行が登場するナンバーがズラリと並んでいます。
ギター1本で表現するにはもってこい!の進行であり、「PEARL HARBOR LOVE STORY」もズバリその通りの名演となりました。

そして何より、ジュリーのヴォーカル。
凄かったです。

僕はこの大作の歌詞を完璧に覚えています(そのくらい好き)。これまで生のLIVEで何度か体感した際、日によってはジュリーが歌詞に詰まり僕は必死に口パクで歌ってステージに念を送ったりしたこともあったのに・・・今回ジュリーはスラスラと、それこそ吟遊詩人の語りのような澱みない滑舌で眩しく「PEARL HARBOR LOVE STORY」を歌いました。声が「眩しい」って変な表現だけど、本当にキラキラだったんだよなぁ。
最後の「愛」が二たび「恋」になったりとか細かな変更はあったと思うけど、ジュリーはストーリーとしても揺るぎない歌を聴かせてくれました。

歌が始まってすぐに僕は、自分が覚え込んでいる歌詞を前もって思い出すようなことはやめ、ジュリーの紡ぐ物語をそのまま受け入れてマッサラ純粋な「聴き手」となっていきました。ジュリーの歌で歌詞の物語を追体験するようなこの感覚は、ここ数年の「祈り歌」を歌うジュリーに対峙する時によく起こること。
今回の「PEARL HARBOR LOVE STORY」にはそれ以上のリアリティーがありました。
そしてこの歌は・・・と言うかジュリーのどの歌も本来はそう聴くべきものなのだ、とも思い知りました。

「物語」で片付けるにはあまりにシリアスな詞です。
しかし僕は敢えてこの日の「PEARL HARBOR LOVE STORY」を、「驚くほど美しい歌だった」と書いておきたい・・・こんな不穏な世界情勢の今だからこそ。

2012年以降の「祈り歌」はじめ、ジュリー自作詞のメッセージ・ソングには「聴き手の知識と想像力に解釈を任せる」という面が強いように思います。
いや、知識と言ってもそんなに大層なことではありません。例えば「PEARL HARBOR LOVE STORY」冒頭の「12月8日」とは、「歴史の渦」においてどういう日付なのか・・・基本的なことですよね(一方でジュリーは現在、そんな「基本的なこと」を僕らが知ることすら危うくなっている、という思いも胸に近年歌っているわけですが)。

「PEARL HARBOR LOVE STORY」でジュリーは「戦争」というフレーズに直接触れることはしていません。それを聴き手がいくつかのキーワードで受け止め想像する・・・さらに「戦争」のみならずここでは「格差」ひいては「差別」のテーマも登場しますが、それも直接的な歌詞で言及してはいません。僕らはハワイアン・タウマとジャパニーズ・マコトの(社会的には)結ばれ得ぬそれぞれの身の上の違いをジュリーに歌われることで、そうしたテーマに辿り着くのです。

10日フォーラムではそんなテーマや想像を本当にリアルタイムに、ジュリーの歌で次々と思い起こされられるということが僕の身に起こりました。
その上で「素晴らしく美しかった」「素晴らしい曲だった」「素晴らしい演奏だった」と感じました。

「普段何気なく口ずさんでいるポップ・ソングが、実はとんでもないメッセージ・ソングだった」・・・そんな曲を作ることがロックの役割のひとつである、と言ったのは、ブームタウン・ラッツのリーダー、ボブ・ゲルドフ(ライヴ・エイドの提唱者でもあります)でした。
今世界中のロッカーの中で、ステージ上でそれを最も体現している歌手がジュリーではないでしょうか。
いや、ジュリーの場合はボブ・ゲルドフとは少し違うかな。「これはとんでもないメッセージ・ソングだ・・・しかし、それにしても何て美しい曲なんだ!」という順番になりますから。

歌、演奏ともに最初から最後まで素晴らしかった中で、特に突き刺さった箇所を挙げておきましょう。
タウマとマコトが海に消えた後、大人達の後悔を受けて改めて2人の容姿が歌われるところがありますよね。

「たおやかな黒髪」。
「端正な胸」。

この箇所を歌うジュリーは声も仕草も美しさを超えて、エロティックですらあったのですよ・・・。

強者が弱者の立場に無頓着となった時、悲しい出来事は起こります。大国の身勝手、大人の身勝手。戦争も差別もそうでしょう。
「PEARL HARBOR LOVE STORY」をそんなふうに聴ける、そしてジュリーが歌い終えると、物語の深刻さが吹き飛ぶほどの「名曲」への感動がある・・・10日フォーラムでの「PEARL HARBOR LOVE STORY」は本当に素敵でした。
きっと今ツアー各会場そうだったのでしょう。
凄いぞ、ジュリー。凄いぞ、柴山さん。

最後に、アルバム『サーモスタットな夏』収録のレコーディング音源についても少し書いておきましょう。

作曲は朝本浩文さん(ジュリーの今回の選曲には、朝本さんへの思いもあったかもしれませんね)。
朝本さんが作ったジュリー・ナンバーはどれも好きですが、メロディーの尊さ、構成の巧みさ、志の高さはやっぱりこの曲が一番手だと個人的には思っています。
そして白井さんのアレンジとギター演奏、これがもう僕の好みとしては完璧なんです。
間奏のソロは「これぞジョージ・ハリスン直系」とも言いたくなる至高のスローハンド。この歌で間奏が超絶テクニックの早弾きだったとしたら却って興ざめのはずで、そのセンスは「さすが」としか言いようがありません。

楽曲全体を通してのアレンジの雰囲気には、ある洋楽曲へのオマージュが考えられます。たぶんこれです。

レッド・ツェッペリン「カシミール」

独特の緊迫感からか、テレビのバラエティー番組などでBGMとして使用されてることもあるので、ツェッペリンを知らなくても「なんとなく聴き覚えがある」という方も多いのではないでしょうか。
白井さんは詞曲吟味の上で「カシミール」の持つ緊迫感、或いは大作感をアレンジ・コンセプトとしたんじゃないかな。

アルバムの収録位置も凄くいい。
もしLPだったら「PEARL HARBOR LOVE STORY」はA面ラストということになりますよね。大トリ収録「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」とのS.E.合わせ技も白井さんのアイデアでしょう。僕はこうした「コンセプト・アルバム」的仕掛けが大好物。

新しいジュリーファンのみなさまには是非、アルバム『サーモスタットな夏』購入をお勧めしたいです。

『名福東阪阪東・寡黙なROCKER』LIVE全体のレポは多くのじゅり風呂さんが熱い記事を書いていらっしゃるのでこちらでは割愛させて頂きます。
ただし、僕も発信者のはしくれとして絶対にこのひと言だけは書いておかねばなりません。

ジュリー、すんげぇ着物着てたよ!

と。
ジュリー本人から「そうクチコミしといて」なんて言われたら、そんなん命令ですよ・・・(笑)。

それではまた、できるだけ近いうちに!

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2018年12月 3日 (月)

ザ・タイガース 「銀河のロマンス」

from single、1968
映画『世界はボクらを待っている』主題歌


Sekaihamovie

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今日は12月3日。
『ジュリー祭り』東京ドーム公演10周年です。僕がめでたく本格ジュリー堕ちを果たしたあの素晴らしいステージから、遂に10年目のこの日を(風邪を治して)迎えることができました。
過ぎてみれば速かったような気もするけど、本当に濃密濃厚な10年間で1年1年が長かった、という実感の方が大きいかなぁ。そんな時間がまだまだこの先も続こうとしている・・・「エンドレスで歌う」ジュリーの決意に感謝の気持ちを新たにしております。

さて、拙ブログでは毎年12月3日には『ジュリー祭り』セットリストから記事お題を選んで更新することと決めています。
今年6月25日更新「時の過ぎゆくままに」のお題を以って、ひとまず鉄人バンドのインスト2曲を含む『ジュリー祭り』演目全82曲の記事執筆は成りましたので、これからはそれらのお題記事の中から、知識不足で考察が甘かったり、執筆当時とは僕の解釈が変化した曲(自分では「Long Good-by」や「届かない花々」などがすぐに思い当たります)を、『過去記事懺悔・やり直し伝授!』のカテゴリーにて改めて書いてゆくことになります。
今年はその第1弾、お題はタイガースの「銀河のロマンス」を選びました。と言うのは・・・。

この12月3日は個人的には『ジュリー祭り』記念日であると同時に、結婚記念日でもあります。
もちろん「絶対に忘れない自信がある日付」であり、ジュリーファンとなった自分の大切な思い出の日ということで、満を持して(と言うか、かなり突っ走って笑)『ジュリー祭り』1周年にあやかり2009年12月3日の入籍としたわけですが、僕もカミさんも別に結婚記念日だから贅沢なお祝いをしたいとか、誰かに祝って貰いたいとか考えるタイプではありません。せっかく毎年忘れずに思い出してるんだから、ちょっと一杯やりますか、と基本的にはその程度で済ませます。
ただ、毎年必ずお祝いの言葉をくださっていたJ先輩の真樹さんがジュリーの古稀ツアー開幕直前の7月4日に亡くなられて、今年は12月に入っても真樹さんからの便りが無い・・・そのことを寂しく思い過ごしています。

今日は、多くの敬愛する先輩方と同じくジュリーのデビュー以来のファンで、ザ・タイガースが大好きだった真樹さんにこのお題記事を捧げたいと思います。
「銀河のロマンス」、天に届け~!


①2008年12月3日・仏滅『ジュリー祭り』東京ドーム公演の思い出

「やり直し伝授!」のカテゴリーは、まだ僕がジュリーやタイガースなどのお題曲をとりまく基本的な知識が明らかに不足している状況で書いた過去記事を1から塗り直す、ということを第一の目的として開設しました。
今回の「銀河のロマンス」もその点は同じなのですが、この曲の過去記事は「楽曲考察」ではなく僕自身初のジュリーLIVE参加となった2008年東京ドーム公演での思い出を書いたもので、今も愛着があります。なので今日も(当時の記事内容の繰り返しにはなりますが)、まずはその思い出を少し振り返っておきます。

『ジュリー祭り』参加の時点で僕が「よく知っている」と自覚していたタイガース・ナンバーは、あの東京ドームで歌われた中では「シーサイド・バウンド」「ラヴ・ラヴ・ラヴ」の僅か2曲(DVD『ジュリーマニア』『Zuzusongs』は所有していたため)でした。
「君だけに愛を」や「青い鳥」ですら、公演直前にサ~ッとYou Tubeで予習して「あぁ、なんか昔聴いたことあるような・・・」と感じた程度。「銀河のロマンス」に至っては「自分の知らないタイガースの曲、予習しておいて良かった」という状態だったのです。
当然「イントロで反応」することなど無理。ですから『ジュリー祭り』で「ザ・タイガースから最初の1曲」として歌われた「銀河のロマンス」のイントロ、本当にコンマ数秒で左隣席のお姉さんが「ビクン!」と大きく反応された時は「なんだなんだ?」と驚きました。

今の想像ですが、そのお姉さんは「中抜け」さんだったのではないかと思っています。
デビュー当時からのジュリーファンで、タイガースが大好きで、でもいつしかジュリーのライヴから離れ、長い年月ののち『ジュリー祭り』で復活された・・・真樹さんと同じようなファン歴の方なのかなぁ、と。ちょっと前までは、毎年ジュリーLIVEに参加し続けてこられた方だと思っていたけど、座席の位置(一般販売枠だと思います)や、タイガース・ナンバーへの特別な反応を改めて考えますとね・・・。
「ジュリーファンにとってザ・タイガースは特別」なのだと僕が最初に教わったのは、あの日の「銀河のロマンス」に素早く反応してくださったその隣席のお姉さまからの、ビシビシと伝わる波動だったのですよ。
以来、後追いファンの僕にとってこの曲は「ザ・タイガースの象徴」のように印象づけられました。

後年、有名な「花の首飾り」は本来この「銀河のロマンス」のシングルB面だったとか、そのA面とB面がひっくり返る事態をジュリーが「永遠に自分のウィークポイント」と自虐的に笑い語っている、とかいった知識を身につけ、なんとも不思議な感慨を持ちました。ジュリー自身がそう言うからには、多くのジュリーファンも「銀河のロマンス」と「花の首飾り」の関係にある種トラウマを抱えているのでしょう。
僕にはその複雑な胸中は分からないのだけれど、そういうトラウマ的な想い出を持つ逸話って、ファンにとっては逆にすごく大切なんだろうなぁと思います。
「自分がジュリーの目線で考えなければ」という「必死」とも言える愛情を、僕も先のさいたまスーパーアリーナの件でズシンと感じたわけですが、ジュリーのデビュー以来のファンの先輩方が「あのシングルは「銀河のロマンス」がA面よ!」と今でもお話ししてくださることがあるのは、そんな愛情の証しなのかなぁと想像するのです。

とにかく、僕が生涯初めて生で聴いたタイガース・ナンバーが「銀河のロマンス」であったことは動かぬ事実にして得がたい経験。
この曲を聴くと僕は必ず、あの東京ドーム『ジュリー祭り』でダーク・グレイの上品なブラウスを着ていらした隣席のお姉さんを思い出します。
間違いなくその道の大先輩・・・ドームでは声をおかけすることすらできなかったけれど、ご縁があれば再会したい、とその後ずっと思い続けています。

②映画主題歌としての「銀河のロマンス」

タイガースの3本の映画の中で、どの作品が特に好きか・・・みなさまも一度はお友達とそんな話をされたことがあるでしょう。
僕の周囲で圧倒的に人気が高いのは、2作目『華やかなる招待』。個人的にもこれは
ジュリーと瀬戸口さんが恋に落ちる
という衝撃のストーリー(笑)に過剰な思い入れがあり、少し前までは僕もこれが一番かなと思っていたんですけど、その後(具体的には、2013年の完全再結成のステージを観て以降)のDVD鑑賞率が一番高いのは『世界はボクらを待っている』なのです。今はこれが一番好きだ、と明言できますね。
以前はよく理解できていなかったタイガースの「動き回る」魅力、そして「オリジナル・メンバー5人だけの音」が繰り出す臨場感。この2点において『世界はボクらを待っている』は他2作を遥かに凌ぎます。
技術的なことで言えば2作目3作目の方が楽曲の挿し込みも緻密になってはいくのですが、10代の少年がスターダムを目指し仲間とともにバンドに賭ける、という青春の特権的パワー、或いはルックス含めたキャラクターの爆発がタイガースの最初の成功要因だったとすれば、その魅力を旬のうちにそのまま描いた1作目は、音楽も「タイガースの本質に忠実」という感じがして僕はとても好きですね~。みなさまはいかがですか?

そこでこのチャプターでは、「観る」だけでなくこの映画作品の音を「聴く」ことを重点的に掘り下げてみたいと思います。題材はもちろん「銀河のロマンス」です!

なんと贅沢な「主題歌」でしょうか。
主題歌であるからには作品内で様々なヴァリエーションがあります。まずは2パターンの歌入りテイク(間違いなく5人のメンバーの演奏です!)を見ていきましょう。

最初は、すぎやま先生と橋本先生が見守る(何故かタンバリンを持ったシルヴィも)中での「新曲」のリハーサル・シーンです。


Tigersmovie2

映画のストーリー的にここは演奏に「手探り感」が求められるわけですが、良い意味でタイガースの生演奏(このシーンは映像と音の同時録りだと思います)には元々そうした雰囲気はあって、「とりあえず思いっきりやってみる」タイプのジュリーとピー、「慎重に慎重に」というタイプのサリーとタロー、「まぁ、こんなモンでしょ」というタイプのトッポと、メンバーそれぞれの個性が滲み出る・・・「なんでこのテイクがサントラには入ってないの!」と、当時サントラ盤を購入した先輩方が落胆する様子すら想像できてしまうほどの素晴らしい演奏。
『世界はボクらを待っている』を観ないと、このテイクは聴けないんですよね?本当に贅沢です。

次に、映画の大団円とも言うべきステージ演奏シーン。こちらは映像と音は別録りでしょうが、演奏は紛れもないタイガースの5人によるものです。
特筆すべきはピーの演奏で、音色や打点の強弱はもちろん、細かなフレージングや腕を低く交差させるこの曲独特のフォームは、今現在の二十二世紀バンドでのステージでもまったく変わっていません。
映画ストーリーとしても、先のリハーサル・シーンからの進化がしっかり考案され、タローがギターではなくハーモニカに転じたアレンジとなります。

そして・・・圧巻はジュリーのヴォーカルですよ!
生演奏シーンの臨場感を出すために、という映画ならではの理由からでしょうか、ヴォーカル・マイクに人工のリヴァーブがかかっていません。なのに、これほどなめらかな声圧で歌えるものなのか、と(特に「シルヴィ~♪」と突き抜ける箇所が凄い!)。
「素」の声って、歌手の一番根っこのところじゃないですか。タイガース時代のジュリーはさかんに「歌がヘタだ」と言われていたと聞きますけど、じゃあ当時のいわゆる「歌が上手い」と識者(?)のお墨つきを貰っていた歌手達を纏めて連れてきて、この「銀河のロマンス」を歌うジュリーとまったく同じ環境・エフェクト設定の上でそれぞれの持ち歌を歌わせたとしたら、果たしてその中の何人がジュリーと対等に渡り合えますかねぇ。

「よりリアルなシーンに」と心血を注いだ映画スタッフの工夫が、はからずもジュリーの歌の才を根本から引き出してしまった・・・それを満天下に知らしめるためにサントラ発売や~!と思ったら、このテイクがまたサントラ盤には入っていないという謎のオチ。
そう、このステージ・シーンは途中からストリングス入りの別テイクに切り替わり(映画作品としてはアリな手法ですけど)、そちらのヴァージョンの方がサントラ盤収録されているのですな。
ジュリーの圧倒的な「銀河のロマンス」ヴォーカル・テイクも、映画『世界はボクらを待っている』を観ずして聴けないわけで、何とも貴重ではありませんか。
それにしてもこのサントラ盤、ほとんどの収録曲で実際の映画の音源とは乖離があり、リリース時の詳細を知らない後追いファンにとっては謎多き1枚です。ストリングス・ヴァージョンがフルで聴けるというのは価値がありますけど、出だしに映画でのジュリーのMCをそのまま使っているので、いきなりストリングス入りの行儀良いテイクが流れてきて戸惑った、と仰る先輩方も当時多くいらしたのではないでしょうか。

あとは主題歌ヴァリエーションとして、2つのインスト・ヴァージョンにも触れておきましょう。
いずれもタイガースの演奏ではなさそうですが、綿密に練られたアレンジが楽しめます。
原曲とほぼ同じミドル・テンポの方は、ハーモニカの音階がメチャクチャ高度。もうひとつのスローな方はBGMとしてとても豪華な仕上がりで、メロディーの甘さ、切なさが倍増。ジュリーがシルヴィへの思いをふと覗かせるシーンで採用されているのがドンピシャなんですよね。
他4人のメンバーがシルヴィの「星の王女」発言を訝しる中、ジュリーだけが「僕には彼女がデタラメを言ってるとは思えないんだ」とシルヴィの瞳を見つめるシーンと、「バンドのことを考えたら、これ以上シルヴィをここに置いておけない」とサリーに諭されたジュリーが大きく肩を落とすシーンで流れ、効果は抜群です。

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ちなみに、ジュリーを説得するサリーの棒読みセリフにハンパない大物オーラを感じてしまうのは、大俳優として活躍する現在の「岸部一徳」を知っているという後づけの感覚なのかなぁ。
リアルタイムで映画を観た先輩方は、当時サリーの演技をどう思われましたか?

最後に余談ですが、僕が初めてこの映画を観た時からの一番の個人的ツボのシーンは

Tigersmovie1

病室で遭遇したヘラクレスにファイティング・ポーズをとるピーを制止するトッポ。
「ピーよせ!相手が悪いぜ、見ろよ!」とヘラクレスを指差すのですが、「勝ち目が無い」から止めているのではなく、「コイツどう見ても変態だろ、関わりあうな」という感じに聞こえて、いつも笑ってしまうんですよね~。

③タイガース・ナンバー、今後のセトリ入りを考える

昨年(から今年のお正月)にかけてのジュリー・デビュー50周年ツアーではタイガースの代表的シングルも多く歌われましたが、惜しくも選曲漏れした重要な楽曲もいくつかあって、「銀河のロマンス」がそんな1曲。
現在古稀ツアーで歌われている「カサブランカ・ダンディ」同様、ジュリーとしては「またの機会にとっておこう」という感じなのかなぁ・・・聞くところによれば、ジュリーは古稀ツアーここ最近のMCで、「来年はヒット曲をもう少し増やす」と宣言しているのだそうで、もちろん「ヒット曲」はソロ期だけでなくタイガース期も含まれるはずですから、来年のツアーでは「銀河のロマンス」のセトリ入りを期待して良いかもしれません。

古稀ツアーでジュリーが選んだタイガース・ナンバーは「風は知らない」でした。これは相当前から決めていたんでしょうねぇ。柴山さんとの2人体制という新たなスタイル、新たなスタートに向けてふさわしい選曲だと(ツアーを実際に体感して初めて)思えます。

僕はタイガース再結成への道程に何とかリアルタイムで間に合いましたし、瞳みのる&二十二世紀バンドのLIVEも毎年欠かさず参加していますから、幸せなことに「未だ生体感できていないタイガースの代表作」もずいぶん少なくなりました(白夜の騎士」「都会」などをピーのLIVEで体感済)。
それでもまだ聴けていない、是非聴きたい!という曲もいくつか残っておりまして、筆頭格は「光ある世界」。あと、「素晴しい旅行」も一度は聴いてみたい。
近々に、ということになると、これらのセトリ入りはジュリーよりピーの方が実現味がありそう。
ピー、今年のツアーで採り上げてくれていないかなぁ?(←来週日曜日までネタバレ我慢中)
ジュリーもこの先少しずつタイガースの曲は歌ってくれると確信していますが、やっぱり「ヒット曲を小出しに」という感じになるような気がします。そう考えると、『ジュリー祭り』での「朝に別れのほほえみを」ってメチャメチャ貴重だったんですよね。
先に書いたように、僕は『ジュリー祭り』の時点ではタイガースの「た」の字も知らない状態でいましたから・・・叶うなら今一度体感してみたいものです。


それでは、オマケです!
今日は、以前ピーファンの先輩にお借りした資料で、『ザ・タイガース 第8巻』という・・・これは分類としては「企画盤レコード」ってことになるのかなぁ?
僕は「豪華なフォトブックにレコードが付いてる」という感じがしたものですが、とにかく貴重なお宝です。
その中から、前期タイガース5人のメンバーのプロフィール・ショットを纏めてどうぞ~。


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一部の生年月日についてはまぁ・・・今となってはご愛嬌ですかね。そういうキャクターづけ含めて、特別な世界の、特別なバンドだったということでしょうから。


ということで今日はタイガースのことをたっぷり書きましたが、僕は来たる9日、『瞳みのる&二十二世紀バンド』の四谷公演に参加します。チケット申込の締切間際にギックリ腰を発症、いつも仲良くしてくださるピーファンの先輩にお願いして一緒に申込して頂いたところ、なかなかの良席を授かりました。
ツアーはもう始まっていて、僕は今回もセットリストの情報を遮断してネタバレせずに臨みます。
先述の通り、毎年サプライズ級の選曲を組み込んでくれるピーですから、今年もそれが一番の楽しみ。いつものように公演後にパンフでじっくり演目の復習をしてからレポにとりかかる予定です。
その前に1本、スージーさんの本のレビュー記事を更新できればいいな、と考えていますが・・・公私慌しい中でどうなりますか。

とにかく年内はもう風邪をひかないように気をつけたいものです。みなさまもどうぞお元気で、この師走を過ごせますように。

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2018年4月10日 (火)

沢田研二 「美しい予感」

from single、1972

Forbiddenlove

1. 許されない愛
2. 美しい予感

from『JULIEⅡ』、1971

Julie2

1. 霧笛
2. 港の日々
3. おれたちは船乗りだ
4. 男の友情
5. 美しい予感
6. 揺れるこころ
7. 純白の夜明け
8. 二人の生活
9. 愛に死す
10. 許されない愛
11. 嘆きの人生
12. 船出の朝

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今年の新譜『OLD GUYS ROCK』からラスト1曲「屋久島 MAY」の記事を書き終えて1週間。この間にメールで頂いた3人の先輩方の記事へのご感想が何とすべて同じような内容だったのでビックリしました。
僕は「屋久島 MAY」の記事冒頭で、「多くのジュリーファンを仰天させた」と書いてしまったのですが、みなさん仰るには「収録理由というのは分からないけど、曲に仰天することはなかった。自然に素敵な歌だと思った」と。そう言えば記事コメントで「違和感は無かった」と書いてくださった方もいらっしゃいました。

「屋久島 MAY」をジュリーの放った「超・変化球」と受け取った僕は、どうやら少数派のようです。
考察とか解釈とかいう以前に、ジュリーが提示してきたいかなる曲でもスッと心にとりこみ「この曲好き!」と言える先輩方は素晴らしいし、「屋久島 MAY」のような曲をいきなり新譜に収録してくるジュリーと、違和感無く受け入れるファンの関係って・・・50年の歴史はダテじゃない。深過ぎます、ジュリー道。
「童謡調」なんてカテゴライズしている時点で僕はまだまだ青い、ということなのですな~。


さて、新譜全曲の記事も書き終わり、今日からまた自由お題期間。今回と次回の更新では、ジュリー・シングル珠玉のB面曲を続けて採り上げます。
まず今日は、過去に一度お題記事を書いたことがある大名曲「美しい予感」です。本当にとてつもなく大好きな曲なんですが、記事を書いたのが『ジュリー祭り』直後のスーパー・ヒヨッコ期でしたので、「考察」もなにも書けていません(一応過去記事は
こちら)。
ちょうどその頃、堯之さんが肺気腫のため一度引退を決意されたというニュースがあったので、安易に「堯之さん作曲のジュリー・ナンバーの中で一番好きな曲」ということで記事お題としてしまいました。
あ、ちなみに僕はまだこの時「遠い旅」という曲を知りません。今では堯之さん作曲のジュリー・ナンバーと言えば僕の中では「美しい予感」と「遠い旅」が双璧で、甲乙はつけ難いんですけどね。

ということで今日は、2015年に書いた「バイバイジェラシー」に次ぐ、『過去記事懺悔やり直し伝授!』カテゴリー記事の第2弾です。
(と言いつつ、「バイバイジェラシー」の記事はこの機に『S/T/R/I/P/P/E/R』の他収録曲と共にアルバムタイトルのカテゴリーに移行させるのですが)
よろしくおつき合いくださいませ~。


①『JULIEⅡ』の春夏秋冬と「美しい予感」

このところすっかり暖かくなって、先週はまるで初夏の陽気、という日も何日かありましたね。
僕は今日のお題「美しい予感」にそんな「初夏」の陽射しのイメージを持っています。以前『JULIEⅡ』から”秋を感じるジュリー・ナンバー”シリーズとして「二人の生活」を記事に採り上げたように、僕はこのコンセプト・アルバムをちょうど1年間のストーリーとして捉えることができると考えています。
春夏秋冬の3区分が収録12曲それぞれにピタリと嵌る・・・書き出してみますと

1月(旧暦12月、晩冬)「霧笛」
2月(旧暦1月、初春)「港の日々」
3月(旧暦2月、仲春)「おれたちは船乗りだ」
4月(旧暦3月、晩春)「男の友情」
5月(旧暦4月、初夏)「美しい予感」
6月(旧暦5月、仲夏)「揺れるこころ」
7月(旧暦6月、晩夏)「純白の夜明け」
8月(旧暦7月、初秋)「二人の生活」
9月(旧暦8月、仲秋)「愛に死す」
10月(旧暦9月、晩秋)「許されない愛」
11月(旧暦10月、初冬)「嘆きの人生」
12月(旧暦11月、仲冬)「船出の朝」

いかがでしょうか?

あなたに今 初めて逢い
C                 Em7(onB)

なぜに胸が      震えるのか ♪
      Am  Am7(onG)     Fmaj7

山上さんの詞は「美しい予感」でこのアルバム中最も美しく瑞々しいシーン「少年と船長夫人の最初の出逢い」を描きます。
浮かんでくる情景で、夫人はきっと日傘さしてたと僕は思うんですよね~。初夏の陽射しが美しい夫人の涼しげな瞳を実際眩しく思わせる・・・登場人物の2人に「美しい予感」が舞い降りる瞬間は季節的にも舞台が整っていたというわけです。

ジュリーの神秘的なまでに無垢なヴォーカルについては『JULIEⅡ』全曲を語る上での大前提として、僕はまずこの山上さんの詞と堯之さんの曲が大好物。
山上さんは別に難しい言葉は使っていないし、文字にしてもとても短く、同じヴァースの繰り返しもある簡潔な作品なのに何故こうもドキドキさせてくれるのか。
そしてその詞がこれほどピタリと堯之さんの高度な転調メロディーに違和感無く載ってしまうのか。
製作作業的には曲先でしょうが、いずれにしても奇跡的な名曲。ずっと以前に採譜は済ませていましたが、その後長崎の先輩からお借りしたスコアも今は手元にあります。ま~これが例によって大らかな採譜で(笑)。


Utukusiiyokan1

『沢田研二/ビッグヒット コレクション』より。このスコアでは何とBメロが転調しません!

この通り弾くと、なんだか物悲しい出逢いの歌になりますねぇ。天下のシンコーさんにも、これほど低い精度のスコアを販売していた時期があったとは・・・まぁこれが「時代」なのでしょうか。
だからこそ当時、プロのレコーディング現場で演奏者達に行き渡る、僕ら一般ピープルには決して拝むことのできない一流のスコアの存在というものがどれほど貴重であったか・・・という話は次のチャプターに譲るとして、Bメロの正しい進行は

涼しそうな瞳 僕を見つめた
      B♭                     F

なぜかそれが僕は眩しく ♪
B♭                       F

冒頭のハ長調からいつの間にかドミナント・コードの「F」がトニックにとって代わりヘ長調に転調するという斬新なアイデア。ちなみにこの曲、AメロとBメロ2つのヴァースしか登場しませんけど、僕としては冒頭部のみをAメロ、Bメロ後のAメロ繰り返し部を敢えて「サビ」と解釈したいです。
同じ進行なのにイメージがまったく違う・・・これも堯之さんの作り込んだ曲に山上さんの詞が載った「マジック」の成せるところ。
いい曲があって、いい詞が載って、そしてジュリーが歌う。正に名曲の条件が整った「美しい予感」。それを実際に真に名曲たらしめ、世に出すための「作品」としての作業完遂に不可欠なもうひとつの条件とは?
次のチャプターではそんな話をしていきます。


②「譜面通り」を侮るなかれ!

山上さんの叙情味溢れる名篇群、GS時代からジュリーに縁深い作曲家陣による入魂の書き下ろし、そして若きソロ歌手・ジュリーの無意識な覚醒。それぞれがいかに優れていようとも、それを生かすのは(特にこうしたコンセプト・アルバムの場合)アレンジと演奏次第。僕が『JULIEⅡ』を個人的にジュリーのキャリア中で最強の名盤と未だ推しまくるのは、東海林先生のアレンジと、現地ロンドンのオリンピック・サウンド・スタジオ・オーケストラによる超一流の演奏あればこそです。
演奏陣各パートのクレジットが無いのが本当に惜しいです。例えば「美しい予感」のギターは一体誰が弾いているのか・・・現地のオーケストラ専属バンドのギタリスト?いやもしかしたら、日本から誰か名手をロンドンまで同行させていたとか?
詳細、知りたいですねぇ・・・。

個々の1曲1曲を採り上げればそうとは言い切れませんし、そもそも技巧面に限っての話ではありますが、1枚全体の作品としてこれほどのアレンジと演奏を誇る『JULIEⅡ』を超えるレコーディング・アルバムはジュリー50年の歴史でも未だ生まれていない・・・2014年の『三年想いよ』が僅かに迫るくらいでしょうか。

『JULIEⅡ』のレコーディング・メンバーは、東海林先生が用意したスコアをほぼ「譜面通り」に演奏していると考えられます。こう書くといかにも機械的でグルーヴが無いように思われるかもしれませんが、一流の演奏者が、一流のアレンジャーの用意したスコアを手にした時の威力を決して侮ってはいけません。
僕レベルですら、ごく稀にスコアの音符並びを見ていてその曲の世界観が閃いたり、語りかけられているような感覚を掴めることがあります。おそらく一流の演奏者にかかると、スコアを一見するだけで曲が求めている心情から風景、色合いに至るまで瞬時に悟ることができるのでしょう。
加えて「この箇所はアドリブを欲しがっているよ」というスコアの声すら聞こえてきたりするのかもしれません。「美しい予感」では間奏部のベースがその一例と推測しますが、そのアドリブにしても自分一人で突っ走るのではなく、周囲の音がどう噛んでいるのかまで理解した上で発揮する、共に作り上げていくということ・・・これが一流のオーケストラ&バンドによる「譜面通り」の真髄。『JULIEⅡ』はその最高峰です。

やはり1971年というのは特別な年です。
世界のロックやポップスにおける演奏技術はおそらくこの時に絶頂を極めている、というのが僕の考え方。これ以降はその技術を踏襲したり焼き直ししたり、或いは部分的に改良(「速く弾く」というのもその一部)しているわけで、絶頂期独特の演奏者の「熱」は後年のそれを寄せつけないんですね~。
その意味で、71年という年にロンドン・レコーディングで最先端の演奏者の熱に触れているだけでも、ジュリーは「選ばれし歌手」の資格を得ているでしょう。

ではここで、「美しい予感」の演奏パートを具体的に見ていきましょうか。
派手なストリングスやホーンは無く、「オーケストラ」的な音はオーボエ1本。「譜面通り」のバンド演奏がこれほど素晴らしいグルーブを起こし得るのだ、というお手本のような編成です。
パートとミックス分けを列記しますと

左サイド・・・アコースティック・ギター(コード・ストローク)、ハモンド・オルガン
センター・・・ベース、オーボエ
右サイド・・・ドラムス、アコースティック・ギター(アルペジオ、ソロ、カッティング)

の6トラック。
右サイドのアコギの多指奏法がとにかく凄い!
アルペジオもコード・フォームのリフレインではなく、次々に「旋律」として展開。これこそが「アレンジありき」「スコアありき」の特性です。カッティングのしなやかさ、ソロの美しさは同一トラックとは思えないほどのメリハリで、「ここにはピアニシモがあったんだな」とか「ここはメゾフォルテなんだな」と、演者がスコアの表記まで甦らせてくれるようです。
もちろん他のパートもそれぞれ完璧な名演で、ドラムなんて「現代の若いバンドのドラマーにここまでデリカシーある演奏ができるのかな」と思うほど。
個人的な好みなのかもしれませんが、僕はレコーディング作品についてはこういう『JULIEⅡ』のようなスタイルが好きなんだなぁ。

その上で、ジュリーのヴォーカルが神がかっている・・・やはりこのアルバムはそこに尽きます。
「美しい予感」はアルバム収録曲の中でもジュリーとしては低めのキー設定。これには理由があって、転調後の最後のサビ部だけ2音上がってホ長調になっているのです。楽曲終盤の半音上がりや1音上がりの転調は王道ですが、一気に2音上がりは珍しい。
ズバリこの最後のサビ部がジュリーの適性キーなんですね(「屋久島 MAY」とほぼ同じ音域)。
つまり、転調するまでの間はキーの低さから歌詞を併せて何処となく「迷い考えている」感があります。それが2音上がりのホ長調でパ~ッと開ける!
ここぞ、と女声コーラス(よくぞ最後の最後までこの切り札をとっておいたものです。これもまた「アレンジ」の妙)が絡み、主人公の少年(ジュリー)に「性の覚醒」をうながす・・・「美しい予感」は最後の転調で「美しい確信」へと変貌するわけです。

これをして、堯之さんの作曲の素晴らしさは言うまでもありません。
もし「全ジュリー・ナンバーで格別に好きな曲を20曲挙げなさい」と言われた時、僕はバランス重視のタイプですから各時代まんべんなく、対象曲の作曲家も1人ずつに絞って列挙したいところなのですが、堯之さんの曲だけは2曲入ります。「美しい予感」と「遠い旅」が絶対に外せないからです。
しかもこれがいずれもシングルB面曲という・・・何度も書きますけど、ジュリーのシングルB面は真に名曲の宝庫なんですよね。


③『ジュリーB面ベストテン』(前半部)

さぁここでは、ジュリー珠玉のシングルB面お題にあやかり、ただいま猛勉強中のジュリーの過去ラジオ音源から(日時)『NISSAN ミッドナイト・ステーション』(毎週火曜日『沢田研二の夜は気ままに』)の特別企画、リスナーのハガキ投票による『ジュリーB面ベストテン』放送回をご紹介しましょう。

とにかく何につけても「ベストテン形式」が流行っていた時代。『夜は気ままに』でのベストテン企画は昨年「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」「STEPPIN' STONES」の記事で『A面ベストテン』の方をご紹介済ですが、僕としてはA面以上にB面曲への(当時の)ジュリーファンの評価に興味津々。
そもそもジュリー本人が自らの楽曲についてひと言でもふた言でもコメントする、という企画自体がメチャクチャ貴重です。ましてやシングルB面曲はその機会も本当に稀でしょうからねぇ。


「B面を笑う者はB面に泣く。隠れたところに名曲あり」ということで、みなさんの選んだ『B面ベストテン』はどのようになったでございましょうか。
『沢田研二の夜は気ままに』・・・今夜はB面と恋をしてみよう!


ジュリーはきっとこの頃、大滝詠一さんの「A面で恋をして」が収録された『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』のレコードを聴いていたんでしょうね。佐野元春さんとの繋がりが深い時期ですから。
ちなみに佐野さんセルフ・カバーの「彼女はデリケート」は、こちら『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』収録のヴァージョンがおススメですよ~。

話を戻しまして、まずは10位から8位の発表です。

10位「I am I」(36票)
9位「俺とお前」(43票)
8位「バイバイジェラシー」(44票)


というわけでございましてね、まぁ色々思い出もございますが。
10位の「I am I」。これは日産ブルーバードのコマーシャル・ソングでございまして、コマーシャルの方では「ジャスト・ブル~バ~ド、アイアムア~イ♪」と言っとるんですね。レコードになったやつでは・・・え~、何つってた?ちょっと待て(笑)、歌詞カードを見よう!(ゴソゴソさせながらレコード・ヴァージョンのサビ最後を歌って)なんだかよく分かりませんでしたね(笑)。

それから「俺とお前」。
これはね、「勝手にしやがれ」の次に出してね。「俺とお前」をA面にするんだろうなぁと思って。たぶん「憎みきれないろくでなし」みたいな曲だと渡辺プロの社長がOKしないだろうと思ってたら、「何を言っとるんだお前、これ以外にあるか!」なんて言われて(笑)。そういう思い出もございましたね。

「バイバイジェラシー」、これはこっちの方が本当はA面候補だったんですよね。ところがどういうわけか逆転いたしまして、「渚のラブレター」のB面になってしまって、というような事実もございましたけれども。


ハハ、さすがの加瀬さんも「バイバイジェラシー」のA面はすんでのところで気が引けたんでしょうか。ビリー・ブレムナーとニック・ロウに申し訳ない、みたいな?


続いて、7位から4位の発表。

7位「ロマンティックはご一緒に」(45票)
6位「気になるお前」(49票)
5位「ジャンジャンロック」(50票)
4位「お嬢さんお手上げだ」(51票)


9位から7位、6位から4位がそれぞれ「1票差」という偶然にテンションが上がるジュリーです。


「ロマンティックはご一緒に」、これはね、最近の曲だから。しかも僕が作った曲だから、ある程度票は獲得するだろうな、なんて思っておりましたけれども、第7位。
まぁちょっとでき過ぎかな、という気もいたしますがね。

「気になるお前」、これは実にロンドン録音でございますよ。
ジャケット見てみますとね、73年8月発売。ロンドン・オリンピック・スタジオ・・・ここで録音したというね。ミュージシャンも全部ロンドンの方でございますよ。
ジャケットがね、ちょうどロンドンのアンティーク・マーケットで買い物してて、お化粧も何もしておりません(笑)。素顔でございますね。

「ジャンジャンロック」、ジャケットはエキゾティクスのメンバーがみんな海賊ルックで映っとりやすね、うん。なかなか渋い!

「お嬢さんお手上げだ」、これは「ダーリング」のB面でございますよ。この曲もすごく評判良かったんですよ。ポリドールの営業サイドではこっちの方が(A面として)いい、という声もあったようでございますけれども、押し切りました、「ダーリング」で(笑)。


いやぁこうして聴いていると、後追いファンの僕には初めて知る話ばかりで。
バリバリのシングルのA面、とファンが当然のように認識している大ヒット曲についても、ひょんなことでB面と入れ替わっていた可能性もあったのだと。「もしこっちがA面だったらセールス的にはどうなっていただろうか」とあれこれ想像しながら改めてB面曲を聴くとまた違った味わいも出てきますね。

気になるベスト3の発表、また惜しくもベストテン入りを逃した11位から20位までのランキングなど、放送の後半部はまた次回。しばしお待ちくださいませ。


それでは、オマケです!
今日はMママ様からお預かりしている資料の中から、『女学生の友』の切り抜きです。
ジュリーはロンドン・レコーディングから帰国してすぐに、PYG北海道公演に駆けつけていたんですね。


Inhokkaido1

Inhokkaido2

Inhokkaido3

Inhokkaido4

Inhokkaido5



『過去記事懺悔やり直し伝授!』の記事頻度はこれからどんどん増していくと思っています。
他にまだまだ未執筆の曲もたくさんありますし、ジュリーが歌ったすべての曲を記事にするなんてことは一生かかっても無理、という中にあっても、このカテゴリーは機を見てやっていかなければならないこと。
例えば7月からの古稀ツアーが、僕が予想しているようなテーマ(「PRAY FOR JAPAN」或いは「LOVE AND PEACE」)を前面に押し出したものになったとして、そこでもし「PEARL HORBOR LOVE STORY」とか「風にそよいで」のような曲がセットリスト入りしたとすれば、やっぱり僕は改めて今やるべき「考察」をやり直したい・・・おそらくそういう曲が古稀ツアーでは出てくるだろう、と楽しみにしているところです。

では、次回更新もシングルB面がお題です。
今度は記事未執筆の曲。A面曲に比べてB面曲はまだまだ書いていない曲が多く残っていますね~。
もちろん、『ジュリーB面ベストテン』後半部もお届けする予定です。どうぞお楽しみに!

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