タイガース復活祈願草の根伝授!

2023年12月 3日 (日)

ザ・タイガース 「青い鳥」

from『ヒューマン・ルネッサンス』、1968

Human

1. 光ある世界
2. 生命のカンタータ
3. 730日目の朝
4. 青い鳥
5. 緑の丘
6. リラの祭り
7. 帆のない小舟
8. 朝に別れのほほえみを
9. 忘れかけた子守唄
10. 雨のレクイエム
11. 割れた地球
12. 廃虚の鳩

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(※ このお題曲は2011年にも記事を書いています)

大変、大変長らくのご無沙汰でした。

業績不振が続く勤務先では遂に僕の直部署でも大幅な人員削減リストラがあり、ちょうどピーさんの左門町LIVEが終わった翌日、つまり5月下旬から少人数による新体制に。
以来、怒涛に多忙な日々が続いています。
そしてこの先、今のような状況が「落ち着く」という時はおそらく来ないでしょう。
僕自身は会社には、自分のような者を活躍させて貰えた恩義があると思っていますので、身体が動く限りは全力で恩返しをしてゆくつもりです。

そんなわけで、とにかくブログ更新の時間がありません(と言うかネットを見る余裕がそもそも無い)。
たまに時間はあるのですが、肉体労働の負担が激増したので毎日疲れちゃってるんですよねぇ。
こうしてたまに更新があっても、以前のような長文は書けないと思います。ごめんなさい。

さて、今日この日ばかりは頑張って更新。
12月3日は、あの『ジュリー祭り』参加により僕が本格ジュリー堕ちを果たした記念日で、毎年『ジュリー祭り』セットリストからお題を選んで書くことにしています。

今年はザ・タイガースの「青い鳥」にしました。
『ジュリー祭り』で初体感してから、ザ・タイガース復活までの道程で何度も各地LIVEで聴き、今年のジュリー・さいたまスーパーアリーナ公演でもセットリスト入りした名曲です。
そして実はそのさいたまスーパーアリーナ公演のひと月ほど前、ピーさんの左門町LIVEでも「青い鳥」はセットリスト1曲目に配されていました。
今年は多忙のため左門町LIVEのレポすら書けませんでしたから、この機会に少しその時のことなど併せて少し書いておこうと思います。よろしくお願い申し上げます。

まず、さいたまスーパーアリーナでのタイガースのステージを振り返ってみましょう。
残念ながらトッポさんは不参加でしたが、名だたる著名プレイヤーにも「推し」が多いサリーさんのグルーヴ感溢れるピックベース。七福神(仮)のギタリスト2人にソロを譲ることなく「タイガース・オリジナル」を魅せてくれたタローさんのギター。素晴らしい老虎魂のステージでした。

そんな中もしあの会場に、初めてのタイガース・ステージを観にきてみた、というプレイヤー畑の音楽関係者がいたとして、どのメンバーの演奏に感銘を受けたかと彼等が問われたら、8割は「ドラムス」と答えるでしょうね。
もちろん平石さんの的確なサポートも見逃せませんが、ピーさんの演奏は2011年のいわゆる「老虎ツアー」から2013年の完全再結成時のそれと比べて驚異的に進化しているのですよ(と言うか、齢70代に入ってから音がどんどんデカくなっていくのが実は一番凄いこと)。
稽古量と踏んだ場数は裏切らない、というわけですな。

こと「青い鳥」について言えば、左門町LIVEでピーさんは「ドラム叩き語り」をみっちり稽古し演じた直後です。
さいたまアリーナに向けてのタイガース3人リハで、ジュリー不在の中、ドラムスのみならず「仮ヴォーカル」(バンドのリハでは必要不可欠なことです)までピーさんが買って出た、との話も頷けます。


作曲家としてのタローさんの「青い鳥」のコード進行は、この出世作の時点で既に凄い。
ホ短調のメロディーがサビでロ短調に転調するのですが、スタジオアルディの中村社長に伺ったお話では、当時この進行を「おかしい」と難癖をつけた石頭の批評家がいたそうです。
それまでに無かったパターンを受け入れられない、という時点でその人の音楽的器量は窺い知れますが、まぁ理屈よりもむしろタイガース人気への嫉妬だったのでしょうな。メンバーが作曲なぞ生意気だ、程度のやっかみ&イチャモンでしょう。

タローさんのアイデアで斬新なのは転調繋ぎ目のコード使いです。

小 さな幸福を 僕の手にのせたのに ♪
D7  G    C   B7  D7   G      C       F#7

の「F#7」と

青 い鳥  青 い鳥  行かないで ♪
Bm A  F#7  Bm A  F#7  G    A    B

の「B」。
いずれも、直後の転調先のドミナントとして配していて、調号はこの時点で変わるのです。

一方、タローさんの詞まで含んだ楽曲としての「青い鳥」についての僕の印象は、後追いのファンにありがちなように『ジュリー祭り』から十数年の間にずいぶん変わってきました。
「ほのぼのとした朴訥な良い曲」→「後期タイガースへのバンド志向を象徴するような野心作」と来て、今では、コンセプト・アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』の看板曲というイメージです。

瑞々しい詞曲に、タローさん本人が作曲時点では意識しなかったかもしれないメッセージ性を感じます。
ごく当たり前の小さな幸せを、抗い難い理不尽により失ってしまった人々の哀しみ・・・コロナ禍ひいては現在の世界情勢がそう思わせるのかもしれませんが、それもまたタイガース・マジックでしょうし、こうして色々な解釈ができるのは、やはり名曲!の証です。


ということで、駆け足の更新ですみませんでした。

本当にあっという間に師走がやって来ました。
年内ですが、毎年恒例の「自分で自分の誕生日を祝う」12月20日の更新は今年は無理そうです。

ただ、どうしても今年中に書いておかねばならないお題曲が1曲ありますので、年末ギリギリにはなりますが、冬休みに入ったら書く予定です。今度はザ・タイガースではない方のタイガースのお話をね。

多忙のため、先の東京国際フォーラム公演参加も断念・・・今僕の精神的支えとなっているのは、お正月LIVE『甲辰 静かなる岩』渋谷公演になんとか参加できそうだということ。
年末に書くお題は、そのセットリスト予想の1曲、とも言えましょうか。

それでは年の瀬にまた。

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2022年7月 4日 (月)

ザ・タイガース 「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」

from『ザ・タイガース/サウンズ・イン・コロシアム』

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disc-1
1. ホンキー・トンク・ウィメン
2. サティスファクション
3. スージーQ
4. アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー
5. ルート66!
6. ドッグ・オヴ・ザ・ベイ
7. ザ・ビージーズ・メドレー
8. ルーキー・ルーキー
9. コットン・フィールズ
10. 監獄ロック
11. トラベリン・バンド
12. ラレーニア
13. ホワッド・アイ・セイ
disc-2
1. 都会
2. ザ・タイガース・オリジナル・メドレー
3. スマイル・フォー・ミー
4. 散りゆく青春
5. 美しき愛の掟
6. 想い出を胸に
7. ヘイ・ジュテーム
8. エニーバディズ・アンサー
9. ハートブレイカー
10. 素晴しい旅行
11. 怒りの鐘を鳴らせ
12. ラヴ・ラヴ・ラヴ

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ジュリーの新曲考察の前に、今日はタイガースです。

7月4日は、敬愛するタイガースファンにしてジュリーファンの先輩である真樹さんの命日。
4年が経ちました。あっという間と言えばそうなんですけど、そのあっという間の期間に、真樹さんとお話したいことが溜まりまくっているという・・・、
すなわちジュリーの活躍いまなお留まるところを知らず、ということなのですね。

毎年この日はタイガースのお題記事を真樹さんに捧げていますが、昨年同様に『PEEが奏でる「四谷左門町LIVE」』にセトリ入りした、タイガースの代表的な洋楽カバーの中で『サウンズ・イン・コロシアム』にも収められている曲をお題に選びました。
田コロで「CCRの曲をお届けしました」と熱唱を終えた後に「水もしたたるなんとやら」とのジュリーのMCでお客さんが「キャ~!」となっている「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」です。

タイガース・リアル世代の先輩方にとっては懐かしい1曲なのではないでしょうか。
今日もよろしくおつき合いください。


①ザ・タイガースとCCR

僕がCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)のオリジナル・アルバム7枚すべてを聴いたのは、ここ数年でのことです。
気にはなっていたバンドでしたが何故か長年、しっかり聴く機会を逸していたんですよねぇ。

聴き始めたきっかけのひとつというのが他でもない、「瞳みのる&二十二世紀バンド」のLIVEで「グッド・ゴリー・ミス・モーリー」を生体感したから。
タイガースファンの先輩方の多くがずっと以前に経験されたであろう「タイガースの演奏を聴いて、カバー元の洋楽曲に興味を持つ」パターンを、40数年後に僕も違った形で追体験したわけです。
聴いてみるとCCRは僕にとってとても波長の合うバンドで、気に入ったいくつかの名曲は今ではコード進行まで頭に叩きこんでいます。

Iputaspellonyou_20220704182801

さてこのCCR、左門町LIVEに向けてのスタジオ・リハにてピーさん曰く
「有名な曲は意外とカバー(CCRのオリジナル・ナンバーではない)が多いんだよね」
と。
言われてみれば確かに。
タイガースがカバーしたものでも(つまり、「カバーのカバー」ということになりますか)「スージーQ」「コットン・フィールズ」「グッド・ゴリー・ミス・モーリー」そして記事お題の「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」がそうです。
もちろんジョン・フォガティが書いたCCRオリジナルも、有名な「雨をみたかい」や個人的に彼等のナンバーで最も好きな「ローダイ」、タイガースが『サウンズ・イン・コロシアム』で披露している「トラベリン・バンド」
等素晴らしい名曲ばかりですが、カバーのヒット曲、有名曲が多いことは事実。
でもタイガースはそれらの曲を「CCRのカバー」としてそステージで採り上げていたようです。

CCRは、決して演奏力が特に秀でたバンドというわけではありません。
「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」を同じ短調3連の「ハートブレイカー」(グランド・ファンク・レイルロード)とそれぞれ原曲比較すると、GFRの方は超絶に上手い。リズムも安定していますし各パートの手数も多いです。
ただ、どちらのグルーヴが好みかと言われれば僕は明快にCCRの3連符の方が好きなんですね。曲想は近くても、そのくらい原曲の感覚は違います。

ところがこの2曲、タイガースがカバーすると驚くほど似ていてグルーヴの統一感が出てきます。やはりこれはピーさんとサリーさんのリズム隊の個性なのでしょうか。
ドラムスについては、CCRの奏法をピーさんがGFRにも応用させた感じ。「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」のドラムはCCR音源の段階で既にピーさんの得意技でもある「神出鬼没な鬼神ロール」が炸裂していますから。

タイガースも決して当時から「上手い」と表現されるバンドではなかったそうです。
ピーさんとサリーさんのリズム隊が後年の再評価を待たなければならなかっらことは意外な気もしますが、CCRとの演奏観がよく似ていたことは特に『サウンズ・イン・コロシアム』での「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」を聴けば明らかで、やはりこのLIVE盤は名演オンパレードなのですねぇ。

リアル世代のファンにとって「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」は、「ホワッド・アイ・セイ」と並び、LP1枚目(disc-1)の目玉曲だったのではないでしょうか。


②PYGヴァージョンとの比較

先の左門町LIVEで主催のYOUさんがこの曲のセトリ入りを決めた際、ピーさんはじめバンドメンバーに配布した参考音源は『FREE with PYG』のヴァージョンでした。
間奏ギター・ソロをPYGでの堯之さんのフレージングで再現したい、との狙いがあったそうです。
YOUさん曰く「堯之さんが弾いたソロの中でこれが一番長いんだよね」と。
ただし小節割りはCCRのオリジナルもタイガースも同じですから、「一番長いギター・ソロ」は3つのバンドすべてについて言えそうですけど。

僕の印象では、タイガース・ヴァージョンとPYGヴァージョンで大きく違うのはまずドラムのフィル、そして何と言ってもジュリーのヴォーカルなのですね。

タイガース(田コロ)でのジュリーは、CCRの音源を忠実に再現しようと丁寧に歌っています。
歌詞フレーズや歌の抑揚を間違えないようにと腐心する、なぞるような歌い方・・・「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」のメロディーは、業界用語で言う「講釈」(いわばトーキング・スタイル。ボブ・ディランや吉田拓郎さんの歌をイメージして頂ければ分かり易いと思います)に近いものがありますので、ジュリーもその点稽古を重ねたのでしょう。

これがPYGになると突然ソウルフルなジュリー・ヴォーカルへと変わります。
講釈のスタイルを歌い慣れてきた以上に「こう歌うのが自分の解釈」という主張が出てきています。フレーズも部分部分で端折ったり、溜めを効かせてシャウトに繋げたりと、これは明らかに「ロック」であらんと意識して歌っていますね。
PYGというバンド自体に、ジュリーをしてそうさせる雰囲気があったのでしょう。

然るに、技巧的または情熱的と表現できるのはPYGのヴァージョンなのですが、じゃあ僕が個人的にどちらのジュリー・ヴォーカルが好きかと問われれば、これがタイガースの方なのです。

僕はよく『JULIE Ⅱ』(一番好きなジュリー・アルバム)収録曲についてある意味ジュリーは「歌わされている」状態のヴォーカルだと書きます。
それは若きジュリーの場合悪い意味では決してなくて、「これを歌って」と提示された時、「自分は歌が上手い歌手ではない」という自覚(そんなことは全然ないのにね)から、その素材を素直になぞる、楽曲に対して無垢なまでに対峙するという姿勢が、素晴らしい「ジュリーの歌」を目覚めさせるわけで、田コロの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」でも同じことが起こっているんですよね。

LIVEではそれが起こり易いのかな。ソロになってからも「ウィザウト・ユー」なんかはそうですから。

もちろん、PYGヴァージョンも素晴らしいんです。「どちらも生で観たよ」という先輩方が「わたしはPYGの方が好き」と仰ることも充分考えられると思っています。
僕の好みや考察は結局「後追いで、音源だけで聴いている」絶対的なハンデがあることを自覚した上で、個人的にはタイガース・ヴァージョンを推す、ということです。さてみなさまはいかがでしょうか。


③左門町LIVEの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」

せっかくですから最後は、5月に開催された『PEEが奏でる「四谷左門町LIVE」2022』でのこの曲のピーさんの熱演について書いておきましょう。

主催のYOUさんが今年のセットリストを決め、それを受けたピーさんが自宅での稽古を開始する中「一番厳しい。もしかしたらドラム叩き語りは無理かも」とも当初言っていたのが実はこの曲。
ピーさんがドラムに専念し、YOUさんがリード・ヴォーカルをとる案も出ていました。
しかしそこはピーさん、「無理難題に直面すると燃えてくる」という負けじ魂を滾らせて稽古を重ね、LIVEにご参加のみなさまならば御存知の通り、見事この難曲を仕上げてきました。

難しかったのはヴォーカルの抑揚だそうで、オリジナル音源を何度も聴いて語感を頭に叩きこんだそうです。
「(タイガース)当時は考えたことなかったけど、今にしてLIVE音源を聴くと沢田も早口に苦労していたのがよく分かる」と。

ピーさんの場合は加えてドラム演奏があります。
「ハートブレイカー」とよく似た重厚な3連符パターン。ピーさんとしては特に打点が強くなるリズムです。
結果、今年の左門町セットリストでは「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」→「エニーバディズ・アンサー」→「ハートブレイカー」という怒涛のコーナーが生まれ、ドラマー・ピーさんのステージ真骨頂となったのでした。

スタジオ・リハでも「しんどい、しんどい」と言いつつ自ら「もう1回!」と闘志むき出しの3曲(おかげで「ホンキー・トンク・ウィメン」の演奏が楽に感じる、とも)。
あまりに強い打点を誤ってリムに打ちつけた際には思わぬ指流血シーンも。それでも「出血大サービス!」とギャグを飛ばし心配する僕らを笑わせてくれるという。
そして本番ステージでは、稽古の苦労や当日3ステージの疲労をものともせずに「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」の詞の内容について
「お前に魔法をかけてやる。お前は俺のものだ!っていう歌です」
とサラリとカッコイイことを言ってお客さんを喜ばせるピーさん、やはりスターですな~。

不思議なもので、こうして何度も近い距離でピーさんの演奏を体感した上で改めて『サウンジ・イン・コロシアム』を聴くと、今までは(当時のミックス技術の関係で)よく聴きとれていなかった「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」での細かいキックが耳に入ってくるんですよね。
ピーさんのドラムスは豪快なフィルがまず明快な魅力ですが、通常箇所での独特なスネアとキックのコンビネーション、これが一番の持ち味なんだなぁと再認識した次第です。


それでは次回更新は、ジュリーの新曲「LUCKY/一生懸命」を書きます。
カップリングの「TOKIO2022」はツアーが始まってからにする予定(柴山さんのカッティングが昨年のツアーの演奏と同じかどうか確認したい)。

気合を入れて「LUCKY/一生懸命」を考察してから、満を持して『まだまだ一生懸命』ツアー渋谷初日を迎える所存・・・頑張りたいと思います!

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2021年12月28日 (火)

ザ・タイガース 「夢のファンタジア」

from『THE TIGERS CD-BOX』
disc-5『LEGEND OF THE TIGERS』


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1. タイガースのテーマ
2. スキニー・ミニー
3. 白いブーツの女の子
4. 愛するアニタ
5. 南の国のカーニバル
6. 涙のシャポー
7. 涙のシャポー(別テイク)
8. 傷だらけの心
9. 730日目の朝
10. 坊や祈っておくれ
11. Lovin' Life
12. 誰もとめはしない
13. 夢のファンタジア
14. ハーフ&ハーフ
15. 遠い旅人
16. タイガースの子守唄
17. あなたの世界
18. ビートルズ・メドレー(ヘイ・ジュード~レット・イット・ビー
19. 明治チョコレートのテーマ
20. あわて者のサンタ
21. 聖夜
22. デイ・トリッパー
23. アイム・ダウン
24. 雨のレクイエム
25. ギミー・シェルター

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年末、いきなり寒くなってきましたね。
一昨日は高校駅伝の中継で京都の天候を知り、驚きました。あんなに雪が降っていたとは。
みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。路面凍結、交通の混乱等充分お気をつけください。

とにもかくにも、『初詣ライブ』各開催日が良いお天気であることを、今から祈りたいです。

さて、ここ数年はジュリー人脈のレジェンド達の訃報が相次ぎ、僕自身の年齢も含め時の流れを痛感せざるを得ませんが、今年9月のすぎやまこういち先生の旅立ちはメディアでも特に大きく報じられました。
すぎやま先生の偉大な功績は、いまさら語るまでもないこと。
例えば、『帰ってきたウルトラマン』の主題歌を初めて耳にした時の「なんだか今までの(テレビヒーローものの)歌と違う!胸がワクワクする!」という褪せない想い出は、僕の世代共通のものではないでしょうか。

今日は改めてすぎやま先生のご冥福をお祈りしつつ書いていきます。

拙ブログでは、ジュリー関連のすぎやま作品でお題記事未執筆の曲が僅かながら残っていました。
大好きなアルバム『JULIE Ⅱ』に収録された「嘆きの人生」も候補に挙げつつ考えた末、今回はやはりタイガースのナンバーで(「すぎやま先生と言えばザ・タイガース」という話を書きたいので)、作詞一般公募による明治製菓とのコラボレーションから生まれた名曲「夢のファンタジア」をお題とすることにしました。
今年ラスト更新、よろしくおつき合いください。

Fantasia1
Fantasia2

(ちなみにこのピクチャー・レコードって、ちょうどCDくらいのサイズなんですよね。時代が経ってから取り出して、間違ってCDプレイヤーにかけてしまった、という先輩方はいらっしゃいませんか?)


①84年に求められた「ザ・タイガース」オマージュ

すぎやま先生の旅立ちを報道したテレビ・新聞等では、「ドラクエ」の文字が大きく躍りました。
先生の代名詞として、それは今なら当然でしょう。例えば僕の勤務先にはすぎやま先生監修によるドラクエのスコアがいくつかあり長年の主力商品となっていましたが、先生の訃報を受けさらに大量の販促注文が殺到、特に『ドラゴンクエストI~V全曲集』というピアノスコアはあっという間に在庫が底をつき、報道から数日のうちに重版をかけなければならなくなるほどでした。
他のギタースコア、ウクレレスコア、ブラスバンドスコアも現在まで継続し多数の出荷が続いています。

「すぎやま先生と言えばドラクエ」・・・それが90年代から現在までに至る音楽業界ひいては一般認識であることは間違いありません。
ただし、「ドラクエ」が一世を風靡する以前、80年代まではどうだったのでしょうか。

これはもう「すぎやま先生と言えばザ・タイガース」であった筈なのです。

そこでこのチャプターでは、ジュリーファンのみなさまがおそらくご存知ないであろう、ザ・タイガースへのオマージュとして84年にリリースされた、すぎやま作品の名盤をご紹介させてください。

ズバリ、田原俊彦さんのアルバム。
タイトルは『メルヘン』といいます

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たのきんリアル世代とはいえ田原さんの音源には詳しくなく有名シングルを数曲知っているのみ、という状態だった僕が10年ほど前にその存在を知った当アルバムは、全作詞・岩谷時子さん、全作曲・すぎやま先生の書き下ろしによる、「童話」をモチーフとしたコンセプト・アルバムです。

僕は古書店巡りが趣味で、『明星』や『平凡』付録の歌本も相当集めてきています。
もちろん『ジュリー祭り』以降はジュリー・ナンバー掲載号を狙って購入しているわけですが、なにせ筋金入りのスコアフェチですから、他歌手の懐かしいヒット曲を弾いてみたり、まったく知らない曲のメロ譜やコード譜を追いかけて「こういう曲だろう」と一度解釈してからオリジナル音源をYou Tubeで探し答え合わせをする、なんていう楽しみ方をしているわけです。

で、確か2011年の老虎武道館公演の前に神保町に寄って購入した『YOUNG SONG』84年8月号(掲載のジュリー・ナンバーは「渡り鳥 はぐれ鳥」。歌手クレジットがジュリーと新田さんの連名になっています)の「アルバム特集」ページで『メルヘン』全曲のスコアと出逢いました。

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まずジュリーとも縁深い作詞・作曲のクレジットに興味惹かれ、スコアを追ってみると・・・。

なんだこの斬新な進行!
僕レベルでは音源無しの楽曲解釈は無理!

ということでYou Tubeで1曲1曲探し、そのクオリティの高さ、コンセプト・アルバムとしての完成度に感銘を受けた、という流れです(CDを買おうと思ったのですが当時既に廃盤で入手困難のようでした。それは今も変わりません)。
注目すべきはこの『メルヘン』特集に寄せて、ディレクターさんのお話が載っていたこと。

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Marchen5

84年当時の業界のプロフェッショナルにとって「すぎやま先生と言えばザ・タイガース」であったことが、このお話からも明快ではありませんか。

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変幻自在の進行を繰り出すすぎやま先生の作曲に加え、トータル・コンセプト重視、しかもタイガース・リスペクトが随所に感じられる岩谷さんの詞も素晴らしいですし、緻密なアレンジ(「夢のファンタジア」に近いです)や、田原さんの「語り」から導入する曲もあったり、タイガースファンの琴線をくすぐる仕掛けが満載の名盤。
もし中古ショップ等でCDを見かけることがありましたら、みなさま手にとってみてはいかがでしょうか。


②中後期唯一!ファンタジー系タイガース・ナンバー

それではお題「夢のファンタジア」について。

タイガースが活動した67~71年は、邦洋問わずロック・ポップス・ミュージックの大変革期でした。
世界中のバンド(日本ではGS)がサイケデリック→フラワー・ムーヴメントへと傾倒し、やがてハード・ロックやプログレッシブ・ロックが台頭。
そんな中でタイガースをトッポさんからシローさんへのメンバー交代とは別に、すぎやま先生メインライター時代を「初期」、村井邦彦さん→クニ河内さんメインライター時代を「中後期」とするならば、ちょうどその狭間にヒッピー文化と結びつくカウンター・カルチャーの波があり、タイガースは音のみならずコンセプト含めた楽曲スタイルをこの時大きく変化させたと言えそうです。
この場合の「初期」は、橋本さんの歌詞も併せて、彼等の人気を決定づけた「ファンタジー系」のすぎやま作品抜きに語ることはできないでしょう。

ただしそのファンタジー性(「メルヘン性」と置き換えてもよい)は空想的、寓話的なものではなく「日常のふとした情景や心情(恋愛)にファンタジーを見る」というコンセプトであり、楽曲としてはデビュー・シングル「僕のマリー」や3枚目の「モナリザの微笑」が分かりやすい例かと思います。

カウンター・カルチャーの影響を受け、タイガース(彼等自身と言うより製作サイドと作家)は、その後「ファンタジー」から離れていきました。

そんなタイガースの音楽性の変化とは別の時空間で独立して生まれたかのような歌達・・・それが69年「明治チョコ・タイガースの歌(第3回)」企画の5曲です。
作詞が一般公募というのがポイントで、当選を果たした作詞者がタイガース・ファンであったが故にその奇跡は起こりました。
そして、「初期」タイガース上記2曲のようなイメージで書かれ公募された(ように僕には感じられます)であろう松島由美子さんの名篇に、他でもない、すぎやま先生が久々に作曲を受け持つことで、後期唯一のファンタジー系タイガース・ナンバー「夢のファンタジア」が誕生したわけです。
初恋のときめきを「ファンタジア」と捉え、その悲しい結末を短調のバラードでタイガースが歌う・・・「雨」のフレーズもあって、まるで「モナリザの微笑」の返歌のような名曲ではないでしょうか。

それにしてもこの明治製菓企画5曲のリリース、なんとコード付メロ譜が添えられているというね。
素晴らしい時代だったんだなぁ。

Fantasia3

「夢のファンタジア♪」と歌うところ、王道と言えば王道ながら「A♭maj7→G7→Cm」の流れはじみじみ良いんですよね。
ギターならばここは右手ルート親指のフォーフィンガーで、左手「A♭maj7」を1弦3フレットひとさし指、2弦4フレット中指、3弦5フレット薬指、ルートの6弦4フレットをネック上から親指(4、5弦はミュート)のフォームで弾くとメチャクチャ雰囲気が出ます。
続くドミナント・コードが「G」ではなく絶対に「G7」でなければならない、というすぎやま先生作曲の奥深さがよく分かるのです。
ギターをやる人は是非お試しください。
(と言いつつ、指の負傷のため僕は現在このフォームの「A♭maj7」がうまく押さえられないのですが)


③「タイガース・ナンバーの作詞」という特別な人生

僕は高校時代、故郷・鹿児島では有名な歌人でもある末増省吾先生(母校の国分高校で現代文・古文担当)に師事し俳句を学びました。
量産はするけれどセンスに欠ける僕の句を先生が添削し仕上げてくださるのですが、中には初稿の跡形もないほど全文に渡り添削される場合もあって、明らかに僕自身の創作能力を遥かに越えた名句となってしまったりするものですから
「これはもはや僕の句ではなく、先生の句なのでは?」
と思い尋ねたものでした。
しかし先生が仰るには「最初の着想がオマエなんだから、これはオマエの句なんだ」と。

僕は結局大成叶わず不肖の弟子となり先生はもう僕のことなど覚えていらっしゃらないでしょうが、世の俳人師弟の鍛錬ってすべからくそういうパターンみたいです。

明治製菓の作詞公募におけるなかにし礼さんの「補作詞」にも同じことは言えると思います。
ただ僕の場合と違うのは、当選作品いずれもオリジナルの段階で優れた名篇であること。
なかにしさんの補作詞はいわゆる「添削」ではなく、最終的にプロの作曲家が寄せたメロディーに載るように言葉を合わせ仕上げる、という作業だったのでしょう。

『TIGERS CD-BOX』の高柳和富さんの解説によれば、製作の順序はまず公募当選作を決め、その後で作品を割り振って名だたる作曲家にメロディーをつけて貰う、との流れだったったようです。
でも公募段階のオリジナル詞を見ると、メロディーとの言葉数とずいぶん乖離がありますから、正確には「当選作の世界観をイメージして作曲されたメロディーに、なかにしさんがオリジナルの着想を生かしうまくメロディーに載るようにフレーズを整える」経緯であったと僕は考えます。
「作詞」のクレジットは、あくまで当選された方々のものなのです。

それにしても、あの時代にタイガースの作詞者として選ばれる、というのはどんな感覚だったのでしょうか。
「うれしはずかし」なんて生易しい歓びではなかったでしょうね。
僕には想像もできません。きっと彼女達はそれだけで「特別な人生」を得たのだ、と思うばかりです。

ピーさんが芸能界復帰後まもなく「僕らの曲の作詞をした人のことを僕らが知らないのはおかしい」と思い立ち、「花の首飾り」の菅原房子さん、「白夜の騎士」の有川正子さんのその後を追ったことは有名ですよね。
僕などは残す明治製菓企画の5人の作詞者についても「どれほどの才媛だったのだろうか」とか、ピーさん復帰を機に実現したザ・タイガース再結成への道程で、彼女達はどんな思いを抱いたのだろうか、LIVEには参加されたのだろうか、というところまで考えたものです。

「あなたの世界」の伊藤栄知子さんについては、タイガースを通じて彼女のお友達の方からコメントを頂けたことがありました(拙ブログ過去記事「シー・シー・シー」および「あなたの世界」のコメント欄をご参照ください)。
若くして天国へと旅立たれた伊藤さんは、タイガースの作詞採用以後もずっと詩を書いていらしたそうです。

今日のお題「夢のファンタジア」の松島さんはじめ他の4人の方のことは何も分かっていないのですが、松島さんのこの詞は特にタイガース・デビュー間もない時期への愛情とリスペクトに満ち満ちていて、その後も長くタイガース愛を持ち続けていらっしゃるのでは?と想像しています。

また、膨大だったであろう公募作品の中には、当選作以外にも素晴らしい詞が多くあったはずです。
もしかしたら、このブログを読んでくださっている先輩方の作品も?
「タイガースの作詞」に青春のエネルギーを捧げたすべての人に今、幸あらんことを・・・と改めて願います。


それでは、オマケです!
今日は『グループ・サウンドのすべて』というスコア付のムック本(写真のページのみ以前添付したことがります)に寄稿された、すぎやま先生の文章をどうぞ~。

Gs01
Gs02
Gs10
Gs11

ということで、2021年のブログ更新はこれにてラスト。そして僕は明日から冬休み。
年が明ければすぐにジュリーのお正月LIVEがある、という状況に、久々の胸躍る年末です。

僕は初日フォーラムへの参加は確定していますが、渋谷はまだ(YOKO君達友人のぶんも含めて)ゲットできていません。
「ぴあ」のリセールも渋谷はとんと見かけない、と言うかアクセス集中で該当ページに辿り着くことすらひと苦労。ジュリーの変わらぬ人気、新生バンドへのファンの期待も実感できて、それは嬉しい悲鳴とも言えるのですが。
お正月LIVE、今から本当に楽しみですね。

それではみなさま、よいお年をお迎えください。

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2021年8月 1日 (日)

ザ・タイガース 「涙のシャポー」

from『THE TIGERS CD-BOX』
disc-5『LEGEND OF THE TIGERS』

Tigersbox

1. タイガースのテーマ
2. スキニー・ミニー
3. 白いブーツの女の子
4. 愛するアニタ
5. 南の国のカーニバル
6. 涙のシャポー
7. 涙のシャポー(別テイク)
8. 傷だらけの心
9. 730日目の朝
10. 坊や祈っておくれ
11. Lovin' Life
12. 誰もとめはしない
13. 夢のファンタジア
14. ハーフ&ハーフ
15. 遠い旅人
16. タイガースの子守唄
17. あなたの世界
18. ヘイ・ジュード~レット・イット・ビー
19. 明治チョコレートのテーマ
20. あわて者のサンタ
21. 聖夜
22. デイ・トリッパー
23. アイム・ダウン
24. 雨のレクイエム
25. ギミー・シェルター

---------------

ワクチン接種の予約が決まりません(涙)。
先日ようやく自治体から案内が来たのでやれやれ一歩前進、と思ったのもつかの間、その後の予約争奪戦に出遅れたみたいで・・・想定外ですよ、ジュリーのチケットじゃないんだから!

近隣自治体で同世代の同僚達とも話をしたところ、やはり軒並み年内は無理で、現時点ではどうにもこうにもならない状況です。
各地自治体によって差はあるのでしょうけど(対象病院の数にもよるのか、都内在住の人はスムーズに予約できるっぽい)、聞けば「1回目は打てたけど2回目の予約ができない」という人も続出しているとか?
「秋までには希望する人全員の接種を終える見込み」と国は言っていたのに、全然無理じゃん・・・。
どうしたものか。

ひとまず気をとり直しまして。
現在プロ野球は夏休み期間となっていますが・・・阪神、大丈夫なのかいな、という話から。

拙ブログでは以前より「次に阪神がリーグ優勝した年に「Rock 黄 Wind」の記事を書く!」と宣言しておりまして、まぁそうは言いつつも実際は「もう僕が生きている間は実現しないんじゃないか」と弱気に思っていたわけです。
それが今年、セパ交流戦が終わる頃までは予想外にも絶好調だった阪神。「遂に時は来た!間違いなく今年はブッチギリで優勝だ!」と確信するほどでした。
それが梅雨に入ったあたりからどんどん様子がおかしくなってきて、僕の勝手なトラウマ法則「阪神はシーズン終盤に巨人、ヤクルトと競る展開になると優勝できない」が現実味を帯びてまいりました。
でも今年はなんとか凌ぎきって欲しい!
ほら、拙ブログでは毎年自分の誕生日(12月20日)に「ジュリーが自分と同じ年齢の年にどんな歌を歌っていたか」をテーマにお題を選んで書いてるじゃないですか。今年僕は55歳になるので、ちょうどアルバム『明日は晴れる』の年なんですよ。
ならばその日に「Rock 黄 Wind」を書いて、自分の誕生日と阪神優勝を同時に祝う!という計画を夏前にはもう立てていたのです。
実現なるや、ならざるや・・・?

で、その日に備えシングル盤『明日は晴れる』を購入したいと探していますが、未だ見つかりません。
確かB面の「Rock 黄 Wind」はアルバムとはヴァージョンが違うんじゃなかったでしたっけ?
そのあたりを実物で確認したくてね・・・。

僕はジュリー・ナンバーはもちろん他に好きな洋楽とかでも「ヴァージョン違いフェチ」なのですな。
例えばジュリーの「サムライ」みたいにシングルとアルバムとでは「全っ然違う!」もの、「ヤマトより愛をこめて」みたいに「一部違うもの」、果ては「ポラロイドGIRL」みたいに音源トラックはすべて同じでもミックスが違うもの・・・すべて違いを把握したい、というタイプです。

そこで今日のお題はザ・タイガース。5枚組CD-BOXのdisc-5、『LEGEND OF THE TIGERS』から「涙のシャポー」を採り上げます。
収録された2つの異なるヴァージョン、しかも(当時)お蔵入りの曲なのにヴァージョン違いが聴ける、というのは贅沢にしてとても珍しいパターンですよね。
それでは今日もよろしくおつき合いください。


僕は後追いファンですから、タイガースそれぞれの楽曲やアルバムの時系列が今でも脳内で混沌としている状況(例えば、「廃虚の鳩」が『ヒューマン・ルネッサンス』からのファースト・シングル・カットだと思い込んでいましたがリリース順はまったく逆で、実際は先行シングルだったりとか)。
特に68年後半というのは彼等のレコーディング音源製作が最も充実し、各メンバーのエネルギーも怒涛に満ち溢れていた時期だったと思いますから、幻のシングル『涙のシャポー』も含めここで当時のシングル絡みの楽曲群を中心にきちんと時系列に把握し直してみることにします。

7月25日「ノアの箱舟」(「廃虚の鳩」原題)録音
7月31日「光ある世界」録音
9月19日「青い鳥」(アルバム・ヴァージョン)録音
10月3日「傷だらけの心」録音
10月3~4日「涙のシャッポ」(「涙のシャポー」原題)録音
10月5日 シングル『廃虚の鳩/光ある世界』リリース
10月14日「涙のシャポー」再録音
10月14日「僕のアイドル」(「ジンジン・バンバン」原題)録音
10月16日「青い鳥」(シングル・ヴァージョン)録音
11月5日 シングル『涙のシャポー/傷だらけの心』リリース予定→中止
12月1日 シングル『青い鳥/ジンジン・バンバン』リリース
12月5日 アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』リリース
(参考資料は『THE TIGERS CD-BOX』付属、高柳和富さん渾身の解説より。上日付はいずれも1968年)


いやぁ、これだけでも結構な情報量です。
少なくとも10月14日の「涙のシャポー」再録音の時点では「より洗練された仕上がりで次シングルに!」とメンバー、スタッフ一丸となっていたはず。
となれば同日録音の「ジンジン・バンバン」はもしかすると「傷だらけの心」に代わるB面候補曲として録音されたのかもしれず・・・。
う~む、かえって謎が増えたような(笑)。

結局「涙のシャポー」は楽曲として申し分ない出来映えであったにも関わらず、次シングルの座を「青い鳥」に譲りお蔵入りすることになります。何故そのような経緯となったのでしょうか。
想像するに、GSブームの中で絶対的なセールス・リーダーとなっていたタイガースは、特にこの頃「常に新しい」姿を求められていて、シングル曲も「それまでの彼等には無かった試み」が楽曲に反映されることが必要だと考えられたのではないでしょうか。
「涙のシャポー」は素晴らしい名曲ですが、雰囲気的に詞曲とも「初期タイガースに戻った」ような内容、仕上がりです。10月14日の再録音の2日後に「青い鳥」シングル・ヴァージョンがレコーディングされていますから、14日録音終了早々に「シングル戦略の見直し」の検討があったと推測できます。

先述した高柳さんの解説で『ヒューマン・ルネッサンス』収録の方の「青い鳥」への寄稿文中に大きなヒントがある、と思います。
当時タイガースはメディア等から「人気先行型、実力不足」と揶揄されることもあったのだそうです。
その要因として、先輩格のスパイダース、ブルー・コメッツ、ワイルドワンズと違って「メンバーのオリジナル曲が無い」点が指摘されていた、と。

世紀の名盤『ヒューマン・ルネッサンス』製作過程にあったメンバーやスタッフとしては「年内には世間がひっくり返るようなアルバム・リリースが控えているのに、何ワケの分からんことを言ってやがる」との思いがあった・・・容易に想像できますよね。
「だったら、アルバムの前に”森本太郎作詞・作曲”の「青い鳥」をシングルにしてそういう連中を黙らせてやろう!」と、タイガース初の「メンバー・オリジナルの大ヒット・シングル」が仕込まれた、そんな流れだったんじゃないかなぁ。

しかし「涙のシャポー」は、お蔵入りしたのが信じられないほどの名曲であることは確かで、今2つものレコーディング・ヴァージョンが無事残され、後年とは言えファンの手元に届けられている幸せを改めて感じます。

それでは拙ブログ恒例の「ヴァージョン比べ」について書いていきましょう。
僕はまったく予備知識無く2つのヴァージョンをこの5枚組BOXでいきなり聴きました。
『LEGEND OF THE TIGERS』では2テイクとも「涙のシャポー」の同タイトルとなっていて区別し辛いので、ここではバラード調のファースト・テイクを「ヴァージョン1」、テンポを速めたセカンド・テイクを「ヴァージョン2」と表記することにします。

キーはいずれのヴァージョンもヘ短調。
キャッチーなメロディー、半音下降のクリシェを楽器以上の表現でリードするトッポさんのコーラス。
曲は僕も一発で気に入りましたが、さてみなさまは、どちらのヴァージョンがお好きですか?

解説で高柳さんが書かれているように、スッキリして「シングル向き」なのは「ヴァージョン2」の方です。
メンバーのコーラス・ワークを前面に、との狙いが明快ですよね。初聴時、「ヴァージョン1」ではまったくそんな風に思わなかったのに、「ヴァージョン2」を聴いてストーンズの「シーズ・ア・レインボー」を想起したことをよく覚えています。
テンポと、あとはストリングスの華やかなアレンジの進化がそう思わせたのでしょう。

でも僕の好みは「ヴァージョン1」です。こちらの方がバンドとしてのタイガースらしい、と感じるんですよ。
イントロにしても
「ドシ♭ラ♭~、ラ♭ソファミ♭レ♭ドシ♭~♪」
をリード・ギターが弾きますし、先述のトッポさんのコーラスも「ヴァージョン1」のインパクトの方が強いように思います(「ヴァージョン2」ではコーラスに深めのディレイがかかっていてキラキラ感は増しているけど、個人的にトッポさんの声は「素」の高音が魅力、と思います)。
あと、「ヴァージョン2」のミックスって、ストリングスは大きいのにバンドの音が小さすぎる~。
ストリングスの低音が強いのでベースは存在が分かりにくくなっている上、歌メロ部のドラムスもほとんど聴こえないという・・・。

逆に、例えば「ヴァージョン1」の0’56”あたりを聴いてみてください。
これはミキサー泣かせ。フェーダーの赤ランプ「点灯」状態(「点滅」ではない笑)の豪快なフィルです。

或いは「ヴァージョン1」1'14"~15”での4分音符3打点。ここは他楽器が休みですから、普通はオシャレに手数を出しがち。事実「ヴァージョン2」の同箇所(1’08”~09”)ではそうしています。
でも僕は「ヴァージョン1」の「ドカ~ン!」「ドカ~ン!」「ドカ~ン!」というシンプルな3打が好き。
素晴らしい意味で「隙間を怖れない」演奏で、その豪打に「バラード」の概念すら吹き飛びます。これこそがタイガースらしさ、ではないでしょうか。

それを踏まえた上で、もちろん「ヴァージョン2」の方も名篇だとは思います。
高柳さんが仰るように、全体像をスッキリさせたことでタイガースが誇るコーラス・ワークの魅力が伝わり易くなりました。
そして何より、ジュリーのリード・ヴォーカルは「ヴァージョン2」の方が洗練されているんですね。
特に低音部が優しく発声されていて、なるほどジュリーは「歌の経験値を重ねれば重ねるほどよくなる」と。
当年の10月3日から10日間ほど、ジュリーは何度も何度も「涙のシャポー」を歌ったはずです。

素晴らしい2つのヴァージョンがお蔵入りしたのは(当時)本当に残念な、それでもやむを得ないタイガース史の出来事だったのでしょう。
『ヒューマン・ルネッサンス』リリース後すぐに彼らはニュー・アルバムのレコーディングに着手しています。
「悪魔の子供」「10時30分」「エンジェル」(「友情」原題)「さざ波」「坊や祈っておくれ」などの曲が収録される予定だったとのことで、製作・リリースが順調に進めば、「涙のシャポー」もアルバム収録にスライドされていた可能性も考えられます。
トッポさんの脱退がありアルバム製作が頓挫してしまった・・・後追いファンの僕からするとそれが一番残念なことだった、と考えてしまいます。

幻のオリジナル・アルバム・・・未知の1枚を、不完全でもよいので一度纏った形で聴いてみたいものです。


さて、明日からこちら関東3県(関西では大阪府も)で緊急事態宣言が発令となります。
法案ができた頃は、「ここぞという時に使う伝家の宝刀」などと言っていたのが、最早錆びきってしまっているような・・・もちろん仕事にも影響がありますし、感染の拡大はそれ以上に怖いですし、溜息しか出ません。

映画『キネマの神様』は無事に観られるかなぁ。
お盆休みに観に行く予定でいますが、この現状ではどうしたものやら、悩んでしまいます。
ただただ、無事を祈るばかりの夏ですね・・・。

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2021年7月 4日 (日)

ザ・タイガース 「エニーバディズ・アンサー」

from『ザ・タイガース/サウンズ・イン・コロシアム』

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disc-1
1. ホンキー・トンク・ウィメン
2. サティスファクション
3. スージーQ
4. アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー
5. ルート66!
6. ドック・オヴ・ザ・ベイ
7. ザ・ビージーズ・メドレー
8. ルーキー・ルーキー
9. コットン・フィールズ
10. 監獄ロック
11. トラベリン・バンド
12. ラレーニア
13. ホワッド・アイ・セイ
disc-2
1. 都会
2. ザ・タイガース・オリジナル・メドレー
3. スマイル・フォー・ミー
4. 散りゆく青春
5. 美しき愛の掟
6. 想い出を胸に
7. ヘイ・ジュテーム
8. エニーバディズ・アンサー
9. ハートブレイカー
10. 素晴しい旅行
11. 怒りの鐘を鳴らせ
12. ラヴ・ラヴ・ラヴ

-------------

みなさま、『BALLADE』追加公演の先行発売争奪戦はいかがでしたか?
僕はフォーラムのみの参加で他会場の枚数状況はチェックしませんでしたが、渋谷公会堂とか初日の博多とか、かなり大変だったんじゃないですか?

いずれにしても、渋谷に行ける人が羨ましい・・・僕は11月の千穐楽まで辛抱です。


それでは、今日はかねてからの予定通り『ザ・タイガース/サウンズ・イン・コロシアム』収録、グランド・ファンク・レイルロードのカバー「エニーバディズ・アンサー」を採り上げます。

敬愛するタイガース・ファンの先輩、真樹さんが天国へと旅立たれてから今日で丸3年が経ちました。
7月4日は拙ブログが「この日は必ず更新」と決めている日付のひとつ。毎年、タイガースの音源をお題として真樹さんに捧げています。

今日のお題「エニーバディズ・アンサー」は何と言っても5月に四谷LOTUSさんで開催された『PEEが奏でる四谷左門町LIVE2021』で「ピーさんが50年ぶりにドラムを叩いた」ステージを目の当たりにした・・・ばかりか、縁あってLIVEのお手伝いをさせて頂いた関係で、本番に向けたスタジオ・リハーサルで少なくとも10回はピーさんの熱演を間近で体感したという、僕としては今年この日に書くのはこれしかない!と思える1曲。

そんなわけで今日はコロシアムだけでなく1.24武道館のタイガースのLIVE音源もおさらいすると共に、直近のピーさんの進化した演奏にも触れながら書いていきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。


まず、左門町LIVEの主催者・YOUさんが「エニーバディズ・アンサー」のセットリスト入りを決めてピーさんに伝えたところ、ピーさんがかつてこの曲を演奏したことを「覚えていなかった」という衝撃の事実については、先の「ロード246」の記事でも書いた通り。
リハのスタジオで「いやぁあの時は時間も余裕も無くて」とピーさんが語ってくださったのは1.24の解散コンサートを指してのことだったのですが、よく考えたら「エニーバディズ・アンサー」はコロシアムでも演奏されているんですよね。
それでも覚えておられなかったのか・・・(笑)。

そこには様々な要因があるかと思いますが、僕が考えるに、ピーさんのみならずタイガースのメンバーにとって「エニーバディズ・アンサー」は「ハートブレイカー」と「2曲でひとつ」のイメージが強かったんじゃないかな、と。
これは僕自身が左門町LIVEの準備過程で改めて気づかされたことですが、上記GFRの2曲はとてもよく似ていて、キーが同じロ短調、トニックのBmから展開するコード進行も王道。
「エニーバディズ・アンサー」にはイントロとエンディングに3連へのリズムチェンジがあり、エンディングのそれがそのまま全編3連の「ハートブレイカー」イントロに置き換えることができます。

で、2曲のうちジュリー・ヴォーカルの3連適性や有名な「エビ反り」パフォーマンスでファンに熱狂的支持を得た(と後追いで知りました)「ハートブレーカー」の方が演者であるメンバーの記憶に強く残り、「エニーバディズ・サンサー」はちょっと地味な位置づけになっていたのかもしれません。
しかしこちらも当然の名曲であることはGFRの原曲、タイガースのカバー音源が共に示す通りです。

僕は「エニーバディーズ・アンサー」についてはタイガースのカバーを先に知りました。タイガース・ファンとしてはむしろそれが王道パターン。
個人的には歌詞の波長が合わない箇所もある曲なのですが、GFRの演奏は素晴らしく、技術もさることながら「スリーピースでこうなるのか!」という驚愕のテンションで繰り広げられるアンサンブルが凄まじいです。
ラジオっ子のカミさんが毎週「ばんばひろふみのロックな夜話」という番組を愛聴していて隣の僕の部屋まで聞こえてくるんですけど、ちょっと前にGFRの特集があり、「彼等がまだ無名の頃にレッド・ツェッペリンの前座で演奏したら、あまりの凄さにツェッペリンのメンバーがビビってしまった」との逸話をばんばさんが紹介してくださっていたっけ・・・。

そんなGFRの演奏を当時タイガースはとても丁寧にカバーしています。
タイガースの場合はギターが2本ですから(テンポチェンジ部以外のコード・ストロークのパートはシローさんですよね?)タローさんの負担が多少軽いとは言え、サリーさんのベースとピーさんのドラムスは誤魔化しが効きません。よって、タイガースのLIVEバンドとしての実力を語る上で、「エニーバディズ・アンサー」はこれ以上無い洋楽カバー曲と言えるでしょう。

では、そのタイガースの2つのライヴ音源を比較してみましょう(『フィナーレ』ではカットされている1.24の「エニーバディス・アンサー」は、5枚組のCD-BOXで聴くことができますね)。
面白いのは、サリーさんはコロシアムの方が、ピーさんは武道館の方が入魂度の高い演奏をされている、という・・・僕は有り難いことに武道館の当時のお話をピーさんから直接伺う機会がありましたから、今はなおさら
「気持ちって音に出るものなんだなぁ」
としみじみ聴き入ってしまいます。

いやしかしコロシアムのこの曲のサリーさんのベースは凄い。これはタイガースのステージとしてはサリーさんのベスト・プレイじゃないですか?
ガレージ以上の「うなる」という表現がズバリなピック奏法です。

ピーさんのドラムスでは、中間部でジュリーが絶唱する「SUN・・・♪」に満を持して噛み込んでくるキックの連打に注目して2つのヴァージョンを聴き比べるのがお勧めです。
武道館のヴァージョンは正に「鬼」。次の曲、さらにその先の曲のために体力をとっておこう、なんて考えはこのステージのピーさんには微塵も無かったようですね。
「誓いの明日」や「ラヴ・ラヴ・ラヴ」でピーさんのドラムスに乱れが生じているのはおそらく足が攣り、とうに限界を振り切っていたからなのだ・・・武道館ヴァージョンの「エニーバディズ・アンサー」は、タイガースの4年間を体感できなかった後追いファンの僕にそう示してくれるドラムス・テイクです。

タローさんのギターは2つのヴァージョン甲乙つけ難いところで、個人的な好みはコロシアムかな。
ただ武道館の方は音が太くて、ハードロックをよく聴く人はこちらが好き、と仰るかもしれません。

いずれにしても『サウンズ・イン・コロシアム』は「エニーバディズ・アンサー」「ハートブレイカー」2曲を繋がって楽しめるという点が非常に大きく、やはりタイガースLIVEの記録としての名盤ぶりは際立ちますね。
ここまで書いた2つのLIVE音源はいずれもピーさんのドラムが右サイドにミックスされており「聴きとり易い」一方で、サイドのトラックにギュッと振り分けるということはすなわち音を拾っているマイクは多くて2本(1本の可能性も高いと思います)。
ピーさんが凄まじい音量と手数足数で熱演されていることは充分伝わりますが、「生」の迫力はどうしても当時の録音技術的に半減してしまっています。

そこで触れておきたいのが「左門町LIVE2021」の「エニーバディズ・アンサー」ですよ。
そもそもピーさん自身に年齢と反比例するかのような「年々打点が強く大きくなる」進化があり、これは是非多くのタイガースファンの皆様に無期限アーカーブ(購入のご案内はこちら!)で鑑賞して頂きたい・・・「エニーバディーズ・アンサー」も本当に凄いドラムスですから。

加えてこれはピーさんの演奏スタイルが改めてよく把握できる1曲でもあります。
基本はスネアとキック、ハイハットのコンビネーション(神出鬼没にして強打の裏拍キックがピーさんの持ち味であったことを、この2年で実感させられました)。
その上で思いっきり打ちおろすクラッシュ・シンバルや随所に登場するロールは、華麗なアクセントであると同時に「魅せる」演奏なんですよね。
「技術的には理に適っていない」とも言えてしまう左右の手の動き、大きなモーションで繰り出される演奏は、当時爆発的な人気を得た「ザ・タイガースのドラマー」として宿命づけられたピーさん唯一無二のスタイル。
このスタイルのままピーさんが今も進化し続けている、というのがまた凄いんですけど。

最後に。
僕はここ2年の左門町LIVEにまつわる貴重な体験を通して、ピーさんのドラムスの「聴き分け」に相当な自信をつけました。
例えばスタジオ・レコーディングのタイガース・ナンバーについて「これはピーさんの演奏じゃなかったのか」と気づかされる楽曲も少なからず出てきています。
ただ、そういう聴き方って実は邪道なんですね。そんなことは考えずに聴く方が楽曲への思い入れや理解は深まるし、楽しいはず。

その意味で、間違いなく「タイガースの音」が詰まっている不朽のライヴ盤『サウンズ・イン・コロシアム』は僕の中で急速に重要度を増している作品です。
もちろん『ヒューマン・ルネッサンス』『自由と憧れと友情』のオリジナル・コンセプト・アルバムへの高評価は不変ながらも、「タイガースってライヴ・バンドだよなぁ」と今さらながらに感動します。
このあたりが、なかなか感覚として追いつけない、後追いファンのハンデだったのでしょうね。

真樹さんはこのコロシアム公演をリアルに体感されています。
当時高校生か大学生でいらしたのかな。
「だんだん陽が傾いてきて、風が出てきてね・・・」と思い出を話してくださった言葉がずっと忘れられません。
その「陽が傾いて、風が出てきた」のはちょうど「エニーバディズ・アンサー」が演奏されていたあたりの時間だったんじゃないか、と僕は想像するわけです。

穏やかな風だったのか、それともタイガースの近い将来への不安煽られるような風だったのか。
当時現地に駆けつけた先輩方にしか分からない独特の風が流れていたことは間違いないのでしょう。

来年のこの日も、また『サウンズ・イン・コロシアム』から1曲書こうかな、と思っています。



東京五輪、本当にやる気みたいですね・・・。
先月の「TOKIO」の記事で、僕は心情的には「中止した方がよい」と思うけれど、この時に向け想像を絶する努力を積み重ねてこられた各国代表アスリートのみなさんが世相に後ろめたい気持ちを抱えてしまうのではないか、とも考え「強行とは言えいざ開催ならサニーサイドに切り替えて応援」と書きました。
でもせめて無観客にならないものか・・・このままではやはり不安、心配が尽きません。
あと「五輪開催仕様の祝日スケジュール」の報道、全然観ないけど世間は大丈夫なのかいな。

と、色々思うところもある中で、まずは自分自身が気をつけて過ごす・・・それしかありませんね。

この土日は各地で大雨、長雨による大変な被害が出てしまいました。
気温天候変動の激しい季節、みなさまも充分お気をつけて、そしてお身体ご自愛ください。

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2020年11月27日 (金)

ザ・タイガース 「海の広さを知った時」

from『自由と憧れと友情』、1970

Jiyuutoakogaretoyuujou

1. 出発のほかに何がある
2. 友情
3. 処女航海
4. もっと人生を
5. つみ木の城
6. 青春
7. 世界はまわる
8. 誰れかがいるはず
9. 脱走列車
10. 人は・・・
11. 海の広さを知った時
12. 誓いの明日

------------------

三連休後の今週は寒い日もありましたが、みなさまお変わりないでしょうか。
新型コロナウィルス感染の第3波がやってきているとのことで、よほどのことが無い限り気軽な旅行、遠出も躊躇われる日々。
一体いつまでこんな状況が続くのでしょう。

そんな中でも僕らにとって何より待ち遠しいのはジュリーのLIVE活動再開ですが、いましばらく辛抱の時間が続きそうですね・・・。

さて今日は、楽曲考察ではなく徒然私的な短い記事での更新です。
ザ・タイガースのアルバム『自由と憧れと友情』から、「海の広さを知った時」をお題に借りました。
メロディーやヴォーカルなどは穏やかなようでいて、妙に不安をかきたてられる(←そこが良い!と思っています) 構成とアレンジ、そして歌詞が印象的な、大好きな1曲です。よろしくおつき合いください。


唐突ですが、僕はいわゆる「鉄オタ」です。
と言っても一般的な愛好家の中では少数派のタイプで車両自体にはまったく興味は無く、「駅」と「路線図」に萌え対象が特化した、たぶん「妄想鉄」の類です。
ネットで駅舎の写真や路線図を見ながら、実際に訪ねたような妄想に浸るというね。

もちろん「乗り鉄」な資質もあるにはあって、電車の旅ならできるだけ鈍行に乗って停車駅を味わいたいですし、若い頃はそうやってローカル線のフラリひとり旅などしていたものです。
電車が普通に走っている間は本を読み、停車前後だけ駅や周辺の集落の風景を楽しむというのが基本スタイル(ですから停車駅が多ければ多いほどよい、ということになるわけです)。

今年はコロナ禍もありカミさんの実家に帰省もできず、電車の旅がまったくできていません。
本当に、早く収束して欲しい・・・。

そんな僕が「あてなき鈍行列車の旅」の雰囲気を妄想し味わえるロック・アルバムこそ、我らがザ・タイガースの『自由と憧れと友情』。
リアル体験世代の先輩方にとってこのアルバムは、解散報道直後のリリースということでそんなのんびりした気持ちでは聴けなかったのではないかと想像していますが、後追いの僕にはそんな壁も無く・・・1曲目「出発のほかに何がある」からラスト「誓いの明日」まで、「妄想鉄」の気分で1枚通して楽しめます。
その意味では『ヒューマン・ルネッサンス』に比するコンセプト・アルバムとして聴いている、とも言えましょう。

アルバム終盤に収録された「海の広さを知った時」には、旅(歌)の主人公にとっての「見知らぬ土地」の雰囲気が満ちていて、「駅」の風景も浮かんだりします。
ここでの「海」とは歌詞のストーリー的には広い広い太平洋、下手するともっとグローバルに大西洋とかインド洋だったりするのかもしれませんが、僕のような「妄想鉄」目線からしますと「オホーツク海か日本海であって欲しい」なぁ、と。
このアルバムには全体的になんとなく「冬」のイメージがあるんですよ。リリースも12月ですしね。

ここで、僕がよくお邪魔する『海の見える駅』というページをご紹介させて頂きます(こちら)。
紹介されている駅のほとんどが、故郷・鹿児島県を除き訪れたことのない土地で、「いつか行ってみたい」と思いながらも叶わないだろうと憧れを抱く中、僕が「海の広さを知った時」の舞台として指名したい駅が2つあります。

まずはオホーツク海で、北海道の「北浜駅」(釧網本線)。
なんと「流氷が見える駅」で、写真からは小林信彦さんの名作『合言葉はオヨヨ』( 僕がこれまで読んできた小説のベスト3に入ります)のラストシーンを連想させられます。
『網走番外地』等の映画ロケ地としても知られている駅のようで、ホームに降り立った瞬間、視界に飛び込んでくる海に圧倒されるのでしょうねぇ。

もうひとつは日本海、新潟県の「越後寒川駅」(羽越本線)。
新潟県と言っても位置的には北東、山形県との県境付近で、「寒川」(「かんがわ」と読みます)ってくらいですから寒さの厳しい土地なのでしょう。
こちらは島田荘司さんの社会派ミステリー野心作『火刑都市』に駅舎や集落の描写がありました。

いずれにしても「海の広さを知った時」に登場する「海」のフレーズが似合うのは、寒さの厳しい土地の駅から望むそれだと個人的には思っています。

海の広さを知ると いつか
Fm7  B♭7      E♭maj7

生きていく ことの
Fm7      B♭7  E♭

静かな 孤独をわかる ♪
   G7         Cm    A♭m

未知なる土地を訪れる旅はもちろんワクワクもしますが、その中で一抹の寂しさ、不安を感じるところもあり、それが逆に趣き深く心地良かったり。
だからこそ賑やかな観光施設など無い土地の駅の方が僕は好きなんですよね。

「海の広さを知った時」は、サブ・ドミナントだった筈のコードがいつの間にかトニックに転ずるなどの複雑な展開に美しいメロディーが載っていて、不思議な浮遊感があります。
豪華な大作にしようと思えばいくらでもできる強力な曲なのに、途中で投げ出したかのようなフェイドアウト・エンディングであっという間に終わる・・・これは「敢えて」ではないでしょうか。

この潔さに「見知らぬ土地に降り立つ時の漠然とした不安」を僕は見出し、とても惹かれるのです。

今はこんな時ですけど、何の気兼ねも心配もなく鈍行列車の旅を楽しめる日常が1日も早く戻ってくることをとにかく願うばかりです。


では次回更新は、毎年恒例『ジュリー祭り』記念日、12月3日の予定です。
『ジュリー祭り』セットリストはすべてお題記事を書き終えていますので、『過去記事懺悔・やり直し伝授!』のカテゴリーにて、「2度目」の考察記事を書くことになります。
お題はもう決めていますよ~。

それではまた来週!

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2020年7月 4日 (土)

ザ・タイガース 「コットン・フィールズ」

from『ザ・タイガース・サウンズ・イン・コロシアム』

Soundsincolosseum

disc-1
1. ホンキー・トンク・ウィメン
2. サティスファクション
3. スージーQ
4. アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー
5. ルート66!
6. ドック・オヴ・ザ・ベイ
7. ザ・ビージーズ・メドレー
8. ルーキー・ルーキー
9. コットン・フィールズ
10. 監獄ロック
11. トラベリン・バンド
12. ラレーニア
13. ホワッド・アイ・セイ
disc-2
1. 都会
2. ザ・タイガース・オリジナル・メドレー
3. スマイル・フォー・ミー
4. 散りゆく青春
5. 美しき愛の掟
6. 想い出を胸に
7. ヘイ・ジュテーム
8. エニーバディズ・アンサー
9. ハートブレイカー
10. 素晴しい旅行
11. 怒りの鐘を鳴らせ
12. ラヴ・ラヴ・ラヴ

------------------

本日7月4日は、長い間格別に親しくさせて頂いていたタイガースファンの先輩、真樹さんの命日です。
早いものでもう丸2年が経ちました。

お会いしてお話する時、普段は聞き上手な真樹さんが一転会話をリードしてくださるのはやはりザ・タイガースの話題で、特に田園コロシアムLIVEについてはご自身が歴史的なステージに立ち合われたということもあり、詳しくお話を聞かせて頂いたものでした。
真樹さんに限らず、「タイガースのLIVEと言えばまず田コロ」というのは多くの先輩方がそう仰います。
後追いファンの僕などは、72年1月24日武道館が最も感動的なステージだったのではないかと当初は思いがちでしたが、そう単純な話ではないと徐々に分かってきました。とは言え実際の肌の感覚は持ち得ませんから、一生懸命それぞれのステージを想像するしかないんですけどね。

今日は他でもないその田園コロシアムLIVE音源『ザ・タイガース・サウンズ・イン・コロシアム』から、彼等の重要な洋楽カバー・レパートリーである「コットン・フィールズ」を採り上げ、今年のこの日に捧げたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。


「コットン・フィールズ」は元々アメリカのトラディショナル(歌・レッドベリー)なのだそうです。

Cottonfields 

↑ 『カントリー&ウエスタン名曲全集』より


ただ、ジュリーはこの曲の前のMCで「ロックンロール」だと紹介しているんですね。
当時この曲がロック・ナンバーとして認知されていたのは、60年代末からのカントリー・ロック・ブームによりアメリカのみならず世界中のロック・バンド、アーティストが土着的なメロディーのトラッド・ソングをカバーしロックへと昇華させた・・・「コットン・フィールズ」もその1曲であったということでしょう。

リアルタイムのタイガース・ファンのみなさまは、彼等の洋楽カバーを先に聴いてからカバー元の音源を知る、というパターンが多かったと想像します。
僕はタイガースもジュリーも後追いで、自分が既に知っている様々な洋楽のカバーも「こんな曲をやっていたんだなぁ」という感じで聴いていました。
ただ、中にはみなさまと同じようにタイガース(またはジュリーのソロ)から遡ってカバー元を知った曲もあります。「コットン・フィールズ」は特にCCRのヴァージョンがとても有名らしいですが、僕にとっては正に「タイガースが先」のパターンでした。

恥ずかしながら、僕は実はCCRを本格的に聴き始めたのがここ数年のことで。
タイガース・レパートリーにはCCRのカバー(或いはCCRがカバーしたことで有名になったロック・スタンダード)がかなり多いですよね。
「コットン・フィールズ」以外だと、「スージーQ」「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」「トラヴェリン・バンド」「グッド・ゴリー・ミス・モリー」・・・他にもあるかなぁ?
「スージーQ」はローリング・ストーンズが歌っていたのでずっと前から知っていたけど、残りの曲は2008年の「ジュリー堕ち」以降に遡って知識を得ていった曲です。「グッド・ゴリー・ミス・モリー」なんて、瞳みのる&二十二世紀バンドのLIVEセットリスト入りを体感して初めて「名曲」として意識したほどでした。

いずれにしても、「タイム・オン・マイ・サイド」をローリング・ストーンズのカバーとして演奏していたように(この曲はストーンズもカバー)、タイガースにとっては「コットン・フィールズ」も「CCRのカバー」なる認識だったのではないでしょうか。

僕はここ数年CCRの勉強を急ピッチで進め、『マルディ・グラ』以外のアルバムをすべて聴きました。
「コットン・フィールズ」は『ウィリー・アンド・プアボーイズ』というアルバムに収録されています(こちら)。
CDだと一瞬分かりにくいのですが、『ウィリー・アンド・プアボーイズ』 はレコード両面で収録楽曲が(ジャンル的に)対を成す面白い構成の名盤。A面3曲目「コットン・フィールズ」は、B面3曲目「ミッドナイト・スペシャル」とトラディショナル・カバーの括りで対となっています。

田園コロシアムの音源と比較しますと、2番歌詞部の割愛はあるものの、タイガースは基本このCCRの音源を踏襲し演奏していると分かります。ショート・ヴァージョンにアレンジされたカバーですね。
CCRはイ長調 ですが、タイガースは嬰ヘ長調に移調しています。タローさんの間奏リード・ギターがいかにもタイガース、というガレージ感を押し出しているものの、サリーさんのベースやジュリーのヴォーカル・ラインはCCRのヴァージョンにかなり忠実。
シローさんの音がよく聴き取れないのですが、もしアコギ・ストロークであれば完璧です。

ただ、ピーさんのドラムだけがCCRとはずいぶん違うんです。
そこでもうひとつ、「コットン・フィールズ」のカバー音源例で挙げておきたいのがビーチ・ボーイズのアルバム・ヴァージョン。リリースはCCRと同時期で、やはりカントリー・ブーム全盛期に採り上げたことになります。

僕はビーチ・ボーイズについても最近になってようやく熱心に聴いていて(若い頃に有名な『ペット・サウンズ』だけ聴いたけどその時はあまりピンと来ず。数年前に『フレンズ』というアルバムを聴いて感動、その後ほぼ全時代のアルバムを集めました)、ズバリ60年代末から70年代前半のアルバムが気に入っています。
「コットン・フィールズ」は『20/20』という69年のアルバムに収録(ただし、シングルはドラムスも含めアレンジが全然違っていて、一般的にはそちらの方が有名。残念ながらYou Tubeではスネア・ドラムが特徴的なアルバム・ヴァージョンは探ししきれませんでした)。
このビーチ・ボーイズのアルバム・ヴァージョンではドラムが1小節内のスネアの打点を1打と2打に分け、これで一気に「サーフ・ロック」のノリが出ます。
そして、田コロでのピーさんの演奏もそうなんですよ(打点配置は「2・1」で、ビーチ・ボーイズの「1・2」とは逆)。

タイガース全体としては一世を風靡したCCRヴァージョンのカバーとして採り上げながらも、ピーさんは独自に原曲や多くのカバー音源を研究したのか、または原点回帰のベンチャーズ・ビートが合う曲だと判断したのか・・・とにかく他メンバーとは異なるヴァリエーションを提示していますね。
今もなお研究熱心なピーさんのことです。近い将来「アメリカン・トラッド」の括りの中、「タイガース・ファンならご存知の歌」ということで、新たに日本語詞或いは漢詩を載せた「コットン・フィールズ」を、二十二世紀バンドとのLIVEで披露してくれるかもしれません。

タイガース、CCR、ビーチ・ボーイズいずれを聴いても、「コットン・フィールズ」はコーナス・ワークが重要な曲なのだと分かります。
タイガースのハーモニーの素晴らしさはCCR、ビーチボーイズにも負けていません。
その上でジュリーの主旋律のインパクトが強烈。
少なくとも後期タイガースについては、間違いなくヴォーカルのジュリーがステージ・バランサーです。
タイガースでLIVEを重ねるうち、鳴っているすべての音を聴き分けるセンスが磨かれたのでしょうか・・・1.24武道館でも演奏メンバーが溢れる思いのあまりテンポを乱しそうになった時、いち早く立て直したり。
そんなジュリーですから、「コットン・フィールズ」の「コーラス・ワークを聴かせたい箇所」では無意識にでも自分の声だけが前に出過ぎないように、と配慮していると思うのです。それでこの存在感なのですからね。

それと、3つのヴァージョン中BPMが一番速いのがタイガースの演奏です。
それによりキメのコーラス部でテンポをグッと落としている効果が明快となりますし、ドラムのフィル一発で速いテンポに切り替えるあたりには、バンドの稽古量が窺えます。
当時タイガースは猛烈に忙しかったのは当然として、メンバーそれぞれの考え方の違いも大きくなってきた時期だったと想像します。それでも田園コロシアムでの「コットン・フィールズ」を聴けば、ステージに向け全員が集まりリハーサルを重ねてきた・・・そんな光景が目に浮かびます。
よそ見していたりうわの空のメンバーがいたら、決して出来ない演奏なのです。

先日、コメントにてmomo様がタイガースの田園コロシアムLIVEを「長い刹那」(act『ELVIS PRESLEY』「愛していると言っておくれ」でジュリーの日本語詞に登場するフレーズ)と例えていらっしゃいました。
現実体感の無い僕は想像でしか言えないのですが、それはタイガース・オリジナル・ナンバーよりむしろここで採り上げられている洋楽カバーを聴き込み、それぞれの歌が当時(世間的に)どのようなスタンスであったかを理解してこそ得られる感覚なのかな、と思います。
来年のこの日もまた『サウンズ・イン・コロシアム』から洋楽カバーの記事を書けたら、と考えています。

70082206

↑ 『ザ・タイガース・サウンズ・イン・コロシアム』パンフレットより


それでは、申し訳ありませんがしばらくの間(ブログ更新の)夏休みを頂きます。

勤務先の8月〆の本決算作業がひと段落してから再始動しますので、次回更新は9月中旬になるかなぁ。
復帰1発目のお題曲はたぶんこれになるかな?という目星はつけているのですが、流動的です。

僕の故郷、九州ではまた大変な災害が起こりました。
本当に試練の大きい1年となっています。暑さの厳しい夏に向け、万全の備えと注意を払ってゆきましょう。
みなさまのご無事をお祈りしています。

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2019年7月 4日 (木)

ザ・タイガース 「風は知らない」

original released on 1969
single『美しき愛の掟』B面

Utukusikiainookite 
1. 美しき愛の掟
2. 風は知らない

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7月です。早いもので今年ももう半分が過ぎました。

今日7月4日は、昨年天国へと旅立たれたJ先輩、真樹さんの命日です。
亡くなられた2日後の6日がジュリー古稀ツアーの初日・武道館公演で、お通夜と重なりました。翌7日の告別式に参列、そこでBGMとして流れていたのが、真樹さんが最後の入院の際に緩和病棟で愛聴されていたという厳選のタイガース・ナンバー数曲。その中の1曲「風は知らない」をジュリーは古稀ツアーで歌ってくれたのでした。
武道館初日のステージで「風は知らない」を聴き、「来年の真樹さんの一周忌にはこの曲の記事を書こう」と僕は決めていたわけですが・・・それにしてももう1年経つのか、早いなぁというのが今の素直な気持ちです。

でも、感傷的なことを書くのはここまでにします。
今日も一気書きの記事文量にはなりますが、少しでもタイガースのことをたくさん書いた方が真樹さんも喜んでくださると思うので・・・。

「風は知らない」については2010年の12月3日に一度記事を書いているんですけど、その時は『ジュリー祭り』記念日にあやかって、オリジナルとはアレンジを違えた2008年のツアー・ヴァージョンをメインに考察しました。
今日は正真正銘・ザ・タイガースのオリジナル・ヴァージョンについて書くことにします。
よろしくお願い申し上げます。

ジュリーがメモリアル・イヤー「還暦の年も古稀の年にも歌った」という曲は全部で10曲。
いずれもジュリーにとって重要なナンバーなんだろうなぁと思いますが、その中でタイガースの歌は「風は知らない」唯1曲なんですよね。

2008年、2018年それぞれでアレンジも大胆に変えており、現在進行形のジュリーがその都度思い入れを以って新鮮に歌っていることが分かります。
ただ、『ジュリー祭り』も『OLD GUYS ROCK』も僕は生で観ることができ記憶も鮮明に残っているその一方、やはりこの曲はオリジナルのアレンジが一番良い、とも思っています。僕が体感できているツアーで言うと、ピーが復帰した2011~12年の老虎ツアーがオリジナルに近かったですね。

「ザ・タイガースで特に好きな曲」と言うと僕にとっては「風は知らない」「はだしで」「怒りの鐘を鳴らせ」が不動のトップ3です。
リアルタイムの先輩方と違うのは、「後期」に偏っていることでしょうか(いつもお話する先輩方は、特に好きな歌としてやはり前期の曲を挙げることが多いです)。
でも、「風は知らない」を単純に「後期」の括りとするのは乱暴ですね。トッポ在籍時を「前期」とするなら、これはそのラスト・ナンバー(B面)なのですから。
先輩方にも人気が高い1曲と認識しています。

ちなみに『シングルA面「美しき愛の掟」の方はコーラス・トラックをシローを含めた新メンバーで差し替えたけど、「風は知らない」はトッポのテイクがそのまま残った』というのは有名な話ですが、僕には「美しき愛の掟」の間奏ソロもトッポのテイクなのでは?と今は思っています。2013年の完全再結成時にトッポが弾いたギターを生で聴くとね・・・そうとしか聴こえない。
タイガースって、コーラス・テイクについてはクレジットがハッキリしているけど、演奏テイクは(タイガース自身の演奏かどうかも含めて)曖昧な記述が多いというのも特徴的です。それも時代なのでしょうかねぇ。

さて、このまったくタイプの違うシングル両面をジュリーが見事異なるニュアンスで歌いきっているのはもう天性としか言いようがありません。
しかし当時ジュリーはただひたすら「一生懸命に歌う」ことに徹し、「こういう表現がしたい」「こんな思いを届けたい」とまでは考えていないように思えます。
その点は、『ジュリー祭り』はじめ近年のLIVEでは違ってきているでしょう。

例えば昨年の古稀ツアー、歌詞で言えば、自らを「風」に置き換えた時、ジュリーは「果てしない大きな世界の中の、本当に小さな、ささやかな存在」として、だからこそ愛すべき生命を歌っていると感じます。
「知らないことがある」というのはこれから知る喜びがあるということでもあるし、自分を大きな存在、強い存在であると無理に誇るよりも、「広いこの世界で知らないことがたくさんある、それでもそのまま、自然に世界の片隅で生きている」と心得る考え方の方が僕の性には合っています。ことさら「強さ」をふりかざそうとする我が国も含めた今の世界各国のpolitician達に違和感を覚えるのはきっとジュリーもそうだろう・・・「風は知らない」の詞は今ならそんな解釈もできそうだ、と僕などは思っているのですがいかがでしょうか。

まぁでもそんなことを考えなくても、ただひたすら素晴らしい歌。
タイガースのオリジナル・ヴァージョンを聴けばたちまちその基本に僕のような者でも舞い戻ることができます。
岩谷時子さんの詞で個人的に一番好きなのは

淋しさに 夜更けも めざめ  ながら ♪
   B♭     Am7    Dm      Gm7  C   F

作詞家さんであれば「風」を擬人化することは誰でも容易いのでしょうけど、この表現はなかなか出てこないんじゃないか・・・正に天才肌。
夜眠る時に窓の外から風の音が聞こえてきたりすると、いつも思い出す1節です。

もちろん村井邦彦さんの作曲も素晴らしい!
タイガースの「音楽統括」は大きく3つの時期・・・すぎやま先生時代、村井さん時代、クニ河内さん時代に分けられると思いますが、シングルで言うと「美しき愛の掟/風は知らない」から本格的に村井さん時代に突入した感じですね。

多岐に渡る村井さんの音作りの中で、僕は特に長調の朴訥な作品がメロディー、アレンジともに好みで、その双璧が「仙人峠」(映画『悪魔の手毬唄』挿入曲)と、この「風は知らない」です。

演奏ではアコギの「跳ねる」ストロークが特徴。
「風は知らない」は確かに時代背景もあってフォーキーな曲とも言えるんですけど、アコギの独特のストローク(「雲の波間をさまよう♪」の箇所が分かり易いかと思います)が「カントリー・タッチ」へと曲全体のイメージを昇華させているように思うのです。

哀愁はあるけれど押しつけがましくなく、カラッとして開放的。
ジュリーもそう感じとったのか、大げさにならず訥々と歌っているのが良いんですよね。
村井さんとジュリーのコンビ、ソロ以降ももっと頻繁に実現すればよかったのになぁと思ってしまいます。

コード進行面では、曲中「ここぞ!」というところに配置される「A」(もしくは「A7」)が肝でしょう。
そこだけ伴奏和音の「ド」の音がシャープします。トッポのコーラス・メロディーなどにもそれは反映されて、グッとさせられます。

また、この曲のイントロのアルペジオがお好きな先輩も多いと思いますが、アコギが「Gm→Am→B♭→Am」とハッキリした音階移動であるにも関わらず、ぼんやりとした浮遊感がありますよね。
これはベース(残念ながら指弾きっぽいのでサリーではなさそう)がずっと「C」を弾いているから。
「風は知らない」のキーはヘ長調(F)で、「C」はドミナント・コードにあたります。華麗なアコギの独立フレーズの裏で「さぁ、もうすぐ歌が始まりますよ」というドミナントの役目をベースが一手に引き受けているという・・・とても緻密なアレンジなのです。

このように、「風は知らない」は詞曲アレンジ、ヴォーカル、コーラス
ともに「爽やか」な歌だと思います。
深読みすれば確かに「悲しい運命」を歌っているようにも感じますし、実際昨年のツアー初日に生で聴いた時には、個人的な思いで、まるでジュリーが真樹さんを追悼してくれているような気がして感傷的にもなりました。
それに、リアルタイムでシングルを買いもとめた先輩方はこの詞をトッポの脱退と重ねてしまったかもしれない、とも想像します。

でも本質的には爽快な名曲、本当に優れた楽曲。
ジュリーがまた大きな節目の年に採り上げてくれることを期待したいですね。


それでは、オマケです!
・・・と言うか今日は先輩方に「お尋ね」かな。
以下は、以前ピーファンの先輩にお借りしました『セブンティーン』の付録ソノシートなのですが・・・。

Seventeen6901
Seventeen6903

さすがに僕はソノシートまでは聴けていないんですよ。
シローが加入し再スタートを切った新生タイガースが、当時ど
んなことを語っていたのか・・・盤面に「さよならトッポ」とあるのがとても気になります。
実際これをお聞きしたことのある先輩方に、どんな内容だったのかを教えて頂きたいのです・・・。


最後になりましたが、この数日僕の故郷、鹿児島を記録的な大雨が襲い被害も出ています。
僕の実家は、全域に避難指示が出ていた霧島市の隼人町にあります。父親の話では、付近で通行止めとなった道があるとか。
幼い頃からよく知る懐かしい通学路の原風景達・・・特に天降川に接した低い土地や、のどかな山間での今後の被害が心配です。

これ以上何事も起こらないよう、ただ祈るしかありません。どうぞ無事でありますように・・・。


さて次の本館更新は未定ですが、19日の守山公演にカミさんの実家への帰省も兼ねて参加しますので、side-Bの方に初日のフォーラム公演と併せた形でレポが書けたらよいな、と考えています。

そうそう・・・僕は現在、多忙に加え五十肩の症状が長引き苦しんでいます(汗)。
守山公演はなかなかの良席を授かりましたが、この肩の状態では”おいっちに体操”は無理だなぁ・・・。
みなさまもお身体には充分お気をつけください。

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2019年6月25日 (火)

ザ・タイガース 「新世界」

from『THE TIGERS 1982』、1982

Tigers1982

1. 十年ロマンス
2. 新世界
3. 抱擁
4. 時が窓をあけて
5. めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ
6. 夢の街
7. 野バラの誓い
8. BA-BA-BANG
9. ライラ
10. 生きてることは素敵さ
11. LOOK UP IN THE SKY
12. 朝焼けのカンタータ

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みなさま大変ご無沙汰しております。
僕は相変わらず多忙な日々を送っていますが、今日は更新しなければね。

ジュリー、71歳のお誕生日おめでとうございます!

1974010
↑ 毎年恒例、「ありがとう」と言ってそうなジュリーのショット。これは74年かなぁ。
今年のツアー衣裳にちなみ「猫とジュリー」ということで選びました。


数日前まではこのジュリー誕生日の更新は写真だけの簡単な記事で済まそうと考えていたんですけど、実は昨日、ここ数週間悩まされている五十肩に加えて腰痛まで併発し(泣)1日だけ仕事をリタイヤ。
思わぬ時間ができたもので、せっかくですから楽曲お題の記事にしようと下書きをして過ごしておりました。

更新が滞っているけれど一応拙ブログ本文では現在ツアー・セットリストのネタバレ禁止期間ということで、お題には今後含めてセトリ入りの可能性が無さそうな(いや、断言はできませんけどね)同窓会タイガースのアルバム収録曲を選びました。
『THE TIGERS 1982』から、「新世界」です。考察とも言えない短い文量ですがよろしくおつき合いください。


アルバム『THE TIGERS 1982』収録曲は「あの頃(リアルなタイガース期)に思いを馳せながら、現在の自分達と向き合う」という歌詞コンセプトで統一され、いかにも80年代幕開け的な音とともに現在進行形(当時のね)の楽曲が並びます。
そんな中、音として真・タイガース時代を彷彿させるものがLP両面に1曲ずつ、計2曲あると僕は考えます。
デビュー当時の若き勢いを感じさせるB面の「BA-BA-BANG」と、デビューから少し経ってメンバーに「大人」の思索性が垣間見えるようになった頃・・・つまりアルバム『ヒューマン・ルネッサンス』の時期を思わせるのが、A面2曲目に配された「新世界」(まぁ後追いファンの僕はこの名盤をレコードで体感できてはいないのですが)。

「新世界」の場合はその要因がいくつかあって、まず何と言ってもタローの作曲が「青い鳥」直系の短調ミディアム・ポップスであること。
この後にTEA FOR THREEの「あなたがみえる」にも引き継がれるタローの得意技です。
「青い鳥」で作曲家として開眼したタローは同窓会期でも様々なタイプの楽曲をバンドに提供していますが、「新世界」はリアルタイムのファンにとって最も「懐かしい」パターン、タイガースの根っこ、とも言うべき曲だったのではないでしょうか。

さらにはジュリーとトッポによるヴォーカル・リレーです(厳密にはそれぞれソロ・ヴォーカルではなくコーラスを伴った中で主旋律を担当している、と言った方がよいのだけれど)。
これは「十年ロマンス」も同様のスタイルですが、「新世界」については曲調から「忘れかけた子守唄」を想起させるのが大きい、と僕は思っています。
「青い鳥」「忘れかけた子守唄」・・・いずれも『ヒューマン・ルネッサンス』の収録曲なんですよね。

一方で、アルバム中唯一の提供となる橋本淳さん(すぎやま先生と橋本先生のお2人こそがタイガースのイメージ、と仰る先輩方は多いでしょう)の詞は、解散から10年を経て成長したメンバーへの思い、エールともとれる現在進行形のアプローチ。
難しいフレーズはひとつとして出てこないのに何とも深みがあり、個人的にはとても好きな名篇です。
解散後それぞれの道のりを「旅」と見ているのでしょうか・・・歌詞中にタイトル・フレーズ「新世界」は一度も登場しませんが、旅の過程でのメンバーの経験や実績を、物事を「知る」人生観に繋げているあたりは、「タイガースの親」とも言うべき立場の橋本さんにしか思いつけないのでは?
僕はそれを鳥の「渡り」に例えた2番が特に好きです。

かなしみのみずうみを 渡ることもある
Em D        Em                     D       G 

傷ついた 人々の 声を聞くだろう ♪
Am          Em        D      B7     Em

「渡ること~もある~♪」と歌うジュリーの声に特に惹かれつつ、今改めてこの歌詞部を聴くと、僕が常々「吟遊詩人のようだ」と書いてい
る2012年以降のジュリーの創作姿勢(特に作詞)を橋本さんが予見していたかのように思えるほど。
また、同窓会時には不在だったピーももちろん含めて、きっと他メンバーそれぞれの「今」にも当て嵌まるものがこの詞にはあるでしょう。
そう思えるのは、メンバー全員が健在で元気に今も旅を続けているからこそ、の感慨なのかなぁ。

アルバムのトータル・コンセプトである「あなたの元へ帰ってきたよ」のメッセージは、橋本さんの「新世界」においても「旅からの帰還」という形で強くあります。
ただ、ザ・タイガースは10年の旅で締めくくられなかった・・・解散から40年経って完全再結成が実現するとは、82年の段階で誰も考えられなかったでしょうね。

最後に余談ですが、関西のみなさまが聞いたら驚く でしょう・・・ 僕は大阪に「新世界」と呼ばれるエリアがあることを10年前まで知りませんでした。それまで足を運ぶ機会が無く、本当に知らなかったんです。
2009年の『Pleasure Pleasure』ツアーで大阪遠征した際、カミさんに連れられて(その時点ではまだカミさんではなかったけど)初めて訪れ、串カツを食べました。それはちょうど僕にとって「初対面のジュリーファンの先輩方とお会いした際にタイガースの話題についていけない」状況を関東圏のLIVE会場で痛感し、とにかくタイガースの知識を蓄えなければ、と努力していた時期でもありました。当然、同窓会期の音源や、「再結成」ではない特殊な事情についての勉強も。

僕はその後、『THE TIGERS 1982』で「新世界」を聴くと、大阪の串カツを思い出すのです・・・(笑)。


それでは、オマケです!
今日は、以前先輩にお借りした同窓会期の資料から、『タイガース神話を追跡』という記事をどうぞ~。

Tg1101

Tg1102 

Tg1103 

Tg1104 

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この時期の記事ではどうしてもピーの不在が追記されているのが複雑な気持ちにさせられるわけですが、ご存知の通り芸能界復帰後のピーは嬉しいことに今はすっかりこの同窓会期も「タイガース」の歴史と捉え、「色つきの女でいてくれよ」をLIVE定番曲として積極的に歌ってくれるまでになりました。
個人的にはそろそろ『THE TIGERS 1982』から他の同窓会ナンバーも「瞳みのる&二十二世紀バンド」で採り上げて欲しい、と願っています。と言うかジュリーのツアーよりピーのツアーの方がセトリ入りの可能性が高い、と考えているほどで。
二十二世紀バンドには、つるうちはなさんという女性ヴォーカリストがいますし、ジュリーのパートをJEFFさん、トッポのパートをはなさんが歌う「新世界」「十年ロマンス」なんてどうでしょうかね~。


さて。
鳥の「渡り」はしばしば人生という旅の苦行にも例えられますが、そんな旅ができるのも健康あらばこそ・・・。
71歳を迎えたジュリーが今年も元気に全国ツアーを開催し、僕自身忙しいながらもいくつかの会場に参加できることに感謝しつつ、ジュリーと柴山さんが無事ツアー完走できるよう改めて祈願したいと思います。

では次回更新は7月4日、再びザ・タイガースのお題記事を予定しています。
まだまだ相変わらずの多忙状態なんですけど、この日ばかりは何としても更新せねばならんのです。昨年から心に決めていたことですから。
頑張りたいと思います。

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2018年10月12日 (金)

ザ・タイガース 「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」

from『THE TIGERS 1982』、1982

Tigers1982


1. 十年ロマンス
2. 新世界
3. 抱擁
4. 時が窓をあけて
5. めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ
6. 夢の街
7. 野バラの誓い
8. BA-BA-BANG
9. ライラ
10. 生きてることは素敵さ
11. LOOK UP IN THE SKY
12. 朝焼けのカンタータ

--------------------

涼しかったり暑くなったり、夏なの?秋なの?という最近の気候。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

「オマエ、またか!」とお思いでしょうが・・・僕は季節の変わり目恒例の風邪をひいてしまいました。
でもなんとか仕事は休まずに済んでいます。実は最近、よく効く市販の風邪薬を見つけましてね~。


1810122

これ!
我が家の風邪は、基本的に僕が喉、カミさんは鼻をやられます。そんな時この薬がそれぞれによく効いて、本当に助けられているのです(僕が紫、カミさんが青を服用。症状別にまだ他にも種類があるみたい)。
もちろん対処療法で「一時的に症状を抑える」類のものではありますが、今まで服用してみたどんな市販薬より効き目を実感できる・・・薬の効き方は個人差があるとは思いますが、もしみなさまの中に風邪っぴきの方がいらっしゃったら、是非一度試してみて!

さて本題。
『ジュリーのセトリとは関係なさそうなタイガース・ナンバー』シリーズ、今日はその第3弾にしてひとまずの最終回。同窓会期のアルバム『THE TIGERS 1982』からお題を採り上げます。
サリーが歌う「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」、常識範囲の文量にて(汗)早速伝授です~。


これまで何度か書いている通り、僕がザ・タイガースの曲と最初に出逢ったのは1982年の同窓会期、当時は毎週欠かさず見ていた『ザ・ベストテン』での「色つきの女でいてくれよ」でした(最近勉強したラジオ音源から、1番初めは「スポットライト」コーナーの出演だったことが分かっています)。
その後彼等のアルバムを買い求めるまでには至らなかったものの(『THE TIGERS 1982』を聴いたのは『ジュリー祭り』の半年後くらい)、ニューミュージック全盛の時代に「お気に入りの大ヒット曲」のひとつとして中学生の僕は「色つきの女でいてくれよ」を認識し、タイガースを知ったのです。
ところが当時、僕が5人のメンバーの中で顔と名前(相称)が一致するまで覚えたのは、既に知っていたジュリーとシロー、そして82年新たに知ったトッポまで。
トッポは何と言っても立ち位置が真ん中で、リードヴォーカルでしたからね。オリジナル・タイガースをまったく知らなかった僕は、「昔タイガースという伝説のバンドにあって、沢田研二はメンバー2番手のスタンスだったのか」と勘違いしたくらいに、「色つきの女でいてくれよ」でのトッポのハイトーンは存在感抜群でした。最初誤って「マッポ」と呼んでいて母親に「違うよ」と訂正された、というのも懐かしい思い出です。
一方でサリーとタローは「背が高いその他の2人」くらいの印象しか持てず・・・今となっては恥じ入るばかりですが、同窓会でタイガースを知った僕の世代はそういう視聴者も多かったんじゃないかなぁ。
それが今や、ピーも含めタイガース・メンバー6人で一般的に最も知られているのがサリーなんですよねぇ。
ジュリーファンの僕もそこは謙虚に(?)、「ジュリーは2番手」だと思ってます。

そのサリーがアルバム『THE TIGERS 1982』で主を張る(リード・ヴォーカル)唯一のナンバーが「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」。「こんにちは、僕らタイガースです!」的なコンセプトの曲をサリーが歌うという手法は、デビュー・ファースト・シングルのB面「こっちを向いて」と同様の狙いを感じます。

このアルバムでのジュリーの作曲作品は大きく3つのタイプに分けられる、と僕は考えています。
ひとつは「十年ロマンス」「抱擁」「ライラ」のように、80年代にジュリーが作曲家として開眼した「短調のハードな曲調」によるシリアスなビートもの。
さらに、2000年代の「平和」「日常」を歌うメッセージ・ソングで魅せるシンプルながら崇高なメロディーをこの時期に先取りしているかのような「野バラの誓い」。
そして、古き良きロックンロールの雰囲気を踏襲し、「再びザ・タイガースとして活動できる」喜びをそのまま曲に注入したようなもの・・・それが「BA-BA-BANG」と、この「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」です。
この2曲のようなオールディーズ・ロック・テイストのパターンは、実はジュリー自作曲としてはソロでまったく登場しないんです。ジュリーwithザ・ワイルドワンズの「熱愛台風」と併せ、自らを「バンドの一員である」と強く意識した時に限り、ジュリーはこの手のロック・ナンバーが頭に閃くようですね。

「BA-BA-BANG」と「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」は進行の理屈もよく似ています。キーは違いますが(「BA-BA-BANG」はハ長調、「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」はホ長調)いずれもロックンロール・スリー・コードの循環で押しまくるヴァースがあり、サビ前のドミナントを目一杯引っ張る小節割りも共通。
同じアルバムに収録されていると「似た者同士」のハンデが危惧されるところ、そこは我らがタイガース。ヴォーカリストが違うと曲の個性も違ってきます。
追っかけコーラスから組み立てて作曲したであろう「BA-BA-BANG」に対して、ジュリーは「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」を最初からサリーの歌を想定して作ったんじゃないかな。ストーンズ「テル・ミー」のカバーで魅せるようなサリー独特の「粘り」が、この曲のメロディーから既に滲み出ていますから。
結果「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」には「BA-BA-BANG」には無い「ブルース色」が表れていますね。サリーの歌声あってこそ、です。
デビューからタイガースをよく知る先輩方はこの曲に、「あの頃」と変わらぬサリーの渋み走った声の魅力と、ヒット・チャートに揉まれながら作曲家としても大きく羽ばたいたジュリーの成長・・・この2点を見たのではないでしょうか。

最後に。糸井重里さんの詞で1番に登場する

金のないやつらは 手拍子を頼むぜ
E  A      E        B   E   A      E     B 

金持ちはジャラジャラ 宝石鳴らせばいい ♪
E  A      E             B  E  A     E       B

このフレーズの元ネタとなったジョン・レノンの有名な発言の逸話について、ビートルズファンの僕としてはここで是非ご紹介しておきたいです(本当に有名な話ですのでご存知のみなさまも多いかもしれませんが)。

1963年、「プリーズ・プリーズ・ミー」の大ヒットにより本国イギリスで社会現象級の大人気となったビートルズ。その話題性はもう誰も無視できないほどになっていて、ビートルズは同年末の『ロイヤル・バラエティー・パフォーマンス』というイギリスの伝統的なコンサートに出演することになりました。このコンサートは噛み砕いて言うと、王室はじめイギリス上流階級社交界の紳士淑女が一堂に集って複数の歌手(バンド)の音楽を楽しみ、チケット収益金は音楽発展のためにしかるべき筋にドカンと寄付をしましょう、という・・・まぁ「金持ちの我々がみんなでタニマチになろうじゃないか」的なノリの催しなのかな。
今でこそ「ロック」は階級問わず市民権を得てはいますが、なにせ時は1963年です。そんな場で演奏することに対し「ロック」を掲げるビートルズ・メンバーとしては葛藤がありつつも、とにかく出演してまず3曲を披露しました。ところが、やっぱり客層が客層だけに、お客のみなさん行儀が良いのですな・・・なかなか「ロック・コンサート」の雰囲気にはならず、ビートルズ、客席双方に違和感バリバリの時間が過ぎていったそうです。
そこでラストの4曲目(何と「ツイスト・アンド・シャウト」です!)を歌う前に、業を煮やしたジョン・レノンが

「最後の曲は、みなさまにも協力して(盛り上げて)頂きたいと思います。安い席のお客さんは、拍手をお願いします。それ以外の(高い席のお客さんは)宝石をジャラジャラ鳴らしてください」

と言い放ったのです。
ジョークとしては結構な辛口ですけど、これが(客席のみならずそれを報道するメディアにも)大いにウケました。さすがはイギリス・・・「ビートルズなんてただの不良がうるさい音楽をやってるだけだと思ってたけど、いやいやユーモアのセンスもなかなかのモンだぞ」って感じだったのでしょうかね。
当然、そういう空気になれば「ツイスト・アンド・シャウト」なんて盛り上がるに決まっています。これを機にビートルズは「お堅い」連中にも一目置かれる存在となり、ますますファン層を拡大していきました。
糸井さんはこのジョン・レノンの有名な逸話を「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」歌詞中に採り入れタイガースに重ねた、というわけです。

タイガースはオリジナル期4年間の活動の中で、「対一般世間」で言えば本当に色々とあったと聞きますが、同窓会の頃にはそうしたお堅い連中の色眼鏡はほぼ無くなっていたのではないですか?
少なくとも『ザ・ベストテン』を観ていた僕はごく自然にタイガースを受け入れました。それはやはり、ジュリーがソロで一時代を築いた後だった、というのが大きかったんじゃないかなぁ。

冒頭に書いた通り、僕の世代は「あの沢田研二が在籍、デビューした伝説のバンド」という経緯と認識で「ザ・タイガース」を知ったのです。そう考えると、ピーの不参加で完全な形でなかったとは言え、同窓会期には特別な、深い「対世間」の意義があったのだと思います。
同様に、2011年から2013年にかけての完全再結成への道程では、「あの岸部一徳がかつて一世を風靡したバンドでベースを弾いていた、歌も歌っていた」と初めて認識した若い世代も多かったのでしょう。
そんな人達には是非アルバム『THE TIGERS 1982』も手にとって頂き、「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」を独特の声で歌うサリーも知って欲しいものです。


それでは、オマケです!
以前ピーファンの先輩からお借りした資料から、同窓会タイガース、CMタイアップのショットを3枚どうぞ~。

Irotuki1

Irotuki2

Quickone


ということで、拙ブログでは久しぶりにタイガース・ナンバーを続けて書く機会を得ましたが、やっぱりタイガースは良いですな~。
この2週間、『ヒューマン・ルネッサンス』『自由と憧れと友情』そして『THE TIGERS 1982』と3枚のアルバムをじっくり聴いて改めてそう思いました。
それぞれ全然違う魅力があって、音楽性も広いし面白い。「ザ・タイガースがいかに特別なバンドか」ということを僕は数年に渡り複数の先輩方から指南され、薫陶を受けてきました。そのおかげで自分でも驚くくらいにタイガースが好きになってきています。
2011~13年、奇跡の再結成への道程をリアルタイムで体感できたこと、心からメンバー全員と中井さん、そして多くのタイガースファンの先輩方に感謝です!


さぁ、この記事を書き終えて僕はいよいよ「さいたまアリーナ・モード」に気持ちを切り替えます。明日からはジュリー古稀ツアー・セトリCDを聴きまくりますよ~。
仕事が忙しい時期ですのでレポ執筆には時間がかかるかと思いますが、頑張りたい、楽しみたいと思っています。とにかく当日までに風邪を治さねば(汗)。

同公演にご参加のみなさま、広い会場満員でジュリーと柴山さんを迎え、盛り上げていきましょう!

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