ジュリーがカバーした洋楽を知ろう!

2014年5月28日 (水)

THE BEATLES 「HELLO GOODBYE」

from『JULIE Ⅲ SAWADA KENJI RECITAL』、1972
original released by THE BEATLES single、1967


I say high、you say low
You say why and I say I don't know
Oh、no
You say goodbye and I say hello

Hellogoodbye_2

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長らく更新が途絶え、申し訳ありませんでした。
今日は楽曲考察記事ではなく個人的な日記のような感じになりますが、気持ちも新たに再スタートです。

さて、今回なんとも皮肉なお題での久々の更新となってしまうわけですが・・・みなさまご存知の通り、楽しみにしていたポール・マッカートニーの半年ぶりの来日公演が、ポールの急病によりすべて中止となりました。

いや、自分が参加を予定していた初日の国立競技場公演だけが中止となり、その後の武道館や大阪公演が無事行われた、という状況であれば、僕もここまで長きに渡って落ち込んではいなかったと思います。
現実には、ポールはずっとこの日本の何処かで療養している・・・でも詳しいことは全然分からない、というヤキモキ感が続いたのが辛かった・・・。
この10日間ほど様々な情報が錯綜する中、ポールは公にその姿を見せず、僕は幼少からのアイドルでありスーパースターであり続けているポールの容態をただ心配しながら、オロオロと過ごすばかりの日々。

ここへ来ての報道によれば、どうやらポールは腸捻転と診断されていたようで、投薬のみの治療だと腸閉塞に至る怖れもあったため緊急手術に踏み切った、とのこと。
術後の経過も良好で、ポールはすでに26日には無事日本を飛び立ちロンドンに帰国にしたようで、ようやく多くのファン同様、僕も落ち着きを取り戻しすっかり元気になったところです。

今回のポールは、本当に「ハロー・グッドバイ」の歌詞そのままの来日になっちゃったなぁ・・・。
いや、詞の内容は、落ち込んでいる相手に「大丈夫だよ!」と言ってるんだと思ってはいます。そういったことも含めて、今回のことを象徴するような曲だなぁと考えて、記事タイトルにしたんですけどね。

YOKO君が言ってました。「当たり前だけど、ポールはスーパースターであってもスーパーマンじゃないってことだよね。70歳を超えた一人の高齢者でもある、と身につまされた」と。
でも、ツアー中の急病が他でもないこの日本公演のタイミングだったからこそ完璧にケアできたんだ、逆に良かったんだ、と思えますし、本当に元気になるまでゆっくり療養して欲しい・・・そう、とにかく「無事でありますよう」ということに尽きます。
そんな「祈り」の大切さを、最近ジュリーに教わったばかりですから。

それに、こんな時に僕を立ち直らせてくれたのがピー先生のLIVEのチケットでした。いよいよ6月13日から始まるツアー・・・先日無事に再配達で届いた初日のチケットが、とんでもなく素晴らしいお席で。
「ポールは残念だったね。でもそろそろ元気出せよ!」
とピー先生に励まされているような気がして・・・とても嬉しかったです。

そんなこんなで今日は、ポール初日公演予定だった5月17日からの顛末記を執筆し、自分の気持ちにひと区切りつけたいと思っています。
少しばかりおつき合いのほどを・・・。


☆    ☆    ☆

待ちに待ったツアー初日、5月17日。
僕が購入した国立競技場のチケットは、ステージから1番遠い位置の席でしたが、たった半年でまたポールに会える、それだけで幸せというものです。
野外の風を感じながら盛り上がるにはうってつけの席じゃないかな、とも思っていました。

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この日が来るまで、僕は某SNSで50日前からブッ通しで1日1曲ずつセットリスト予想を50曲分つぶやき続ける、という傍から見れば迷惑千万な気合の入れようでした。挙げた曲の中には今日の記事のお題とした「ハロー・グッドバイ」などの有名曲もあれば、「ホワット・ユー・アー・ドゥイング」「ジャンク」「バック・シート」といった”全然当たらない”系の予想もありました。

また、ポールの最新作『NEW』のアルバム・マッチング・スコア(洋書)が5月上旬に発売となり、いち早く購入して楽しんでいました。
弾いていて一番気持ちがいいのは、ギターだと「セイヴ・アス」、鍵盤だと「クイーニー・アイ」でしょうか。

Newscore

さて初日当日は素晴らしい快晴。正に絶好の野外コンサート日和となりました。
夫婦で早めに出かけ、散歩がてら新宿御苑を突っ切って南下するコースで会場に向かうことに。

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新宿御苑からは、ジュリーファンのみなさまお馴染みの建物が見えています。
今さらながら、今年の『悪名』公演に参加しなかったのは痛恨の極みでした・・・。

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のんびり御苑内を歩いた後、南口から出まして、今度は千駄ヶ谷駅周辺の散策。
僕は大の将棋ファンなのですが、千駄ヶ谷は関東将棋界の聖地なのです。カミさんを引きずり回すことにはなりましたが、将棋関連の有名な場所を訪れることもこの日の大きな楽しみのひとつでした。

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関東将棋会館。
平日は、ここで毎日のようにプロ棋士の対局が行われています。この日は休日だったのでピリピリした空気は無く、将来を志す子供達の姿をチラホラと見かけました。

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鳩森八幡神社。
千駄ヶ谷駅から将棋会館に向かうと、必然この神社の境内を抜けるのが最短ルートとなります。プロ棋士や、プロを目指す奨励会の若者達、将棋界関係者の方々の数え切れないほどの人生模様が今なお交差し続けている場所です。

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将棋会館で対局中の棋士が、昼夜の出前をとることで有名な『みろく庵』さん。もうひとつ『ほそ島や』さんというお店も有名なんですけど、そちらは発見できず残念。


そうこうするうち時刻が午後4時を過ぎ(開場時刻は午後3時半)たので、そろそろ入場しようと青山門を目指して歩いていたら、観音橋の交差点に物凄い人だかりが。どうやら入り待ちの人達のようです。
僕はLIVEでアーティストの入り待ちとかするタイプではないんですが、「ポールがここを通って会場入りするのか~」と、せっかくなので見ていこう、ということになり待機・・・でも、今考えるとその時から様子がおかしかったんですよね。場内へと進む人の流れが無くて。
後に知ったところによれば、開門こそしていたけどスタジアム内にまでは入ることはできない状態だったのだそうです。

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しばらくして集まっている人達の動きがなにやら慌しくなり・・・すぐ近くにいたガードマンのかたから「中止」の言葉を聞いた時には、その場に崩れそうになりました。
まぁその時点では翌々日の月曜日への振替公演の案内があり、すぐに気持ちも切り替えたのですが・・・結局はそれも叶わず全公演が中止に。

しかし、これはカミさんが言っていたんですけど、僕ら初日参加組はいくらか恵まれていた、と思わなければなりません。少なくとも「あと数時間でいよいよ」というドキドキ・ワクワク感は味わえたのですから(翌日以降はは、「本当に開演するんだろうか」との心配で、みなさんワクワクどころではなかったでしょうからね)。
その後、ポールの容態を心配しながら過ごす毎日がやってきました。ブログ執筆など色々なことがまったく手につかなくなり、自分でも驚いたのですが、毎晩ポールの夢を見ていました。中には、普通にコンサートが行われてその場に自分がいる、という生々しい夢も(でも、ジョージ・ハリスンがゲストでギター弾いてたりしてた)。

僕はこういう時、無理に沈む気持ちに逆らわずにドップリ落ち込んでしまう方が早い浮上のコツだと考えているので(それにしては結構時間がかかりましたが汗)、ずっとポールやビートルズの曲、映像に溺れていました。つい半年前の日本公演の映像などは、元気いっぱいの動くポールを観て切なくなったりはしましたが・・・。

こんな雑誌も買いました。

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『ビートレッグ』6月号。
来日に合わせての発刊で、もちろん「日本公演」への大きな期待の雰囲気に満ちた渾身の1冊(表紙左で素敵な笑顔を炸裂させているのが、昨年しょあ様がブログで大絶賛されていたポールのバンドのギタリスト、ラスティ・アンダーソンです)。
メインの特集は、1991年以降のTVライヴのセットリスト・データとエピソード。写真も充実しています。
また、ポール関連以外の記事では、ウィルコ・ジョンソンとノーマン・ワットロイというパブ・ロック・パーソン伝説の2人のインタビューが素晴らしかったです。

さらに、5月24日から全国イオングループの映画館などで封切られたニューヨーク・ライブ・フィルム上映企画の、ポール・マッカートニー『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ』も鑑賞してきました。

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曲単位ではバラバラにネットで観たことのある映像なんですけど(結局昨夜DVDをポチしてしまいました)、映画館の大スクリーンで観るとやはり臨場感が違いますし、それにこれは野外コンサートの映像ですから、「007/死ぬのは奴等だ」でのド派手な花火などを見ると、「あぁ、今回はこれが観られるはずだったんだよなぁ・・・」とウルウルしてしまいます。
(ポールは今回の来日前に「日本のファンに今度は花火の演出を観てもらいたい」と言ってくれていて、そのため東京・大阪共に野外のスタジアム公演が予定されていたのです)

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このニューヨーク公演のセットリストでは、アルバム『追憶の彼方に~メモリー・オールモスト・フル』から「ダンス・トゥナイト」「オンリー・ママ・ノウズ」の2曲、”ザ・ファイアーマン”名義のアルバム『エレクトリック・アーギュメンツ』から「シング・ザ・チェンジズ」「ハイウェイ」の2曲と、この時点でのポールの近作から計4曲がピックアップされていることが大きな特徴。
そして、アンコールの「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」で、僕も大好きなビリー・ジョエルがピアノとヴォーカルで飛び入り参加し盛り上がります。
他では、「アイヴ・ガット・ア・フィーリング」(ビートルズ)や「ミセス・ヴァンデビルト」(ウイングス)が最高に良かった・・・大きなスクリーンで観て今回初めて気づいたんですけど、「ミセス・ヴァンデルト」のエンディングのラスティが、「タイガースのテーマ」のダンスとそっくりな動きをしていたなぁ・・・(こちらの4’19”あたり)。

ちなみに今のポールのバンド(もう10数年、同じバンドでツアーを続けています)って、メンバーそれぞれのスタンスが鉄人バンドにそっくりなんですよ。
フロントマンへのリスペクト、楽曲へのリスペクト、どんなアレンジにも対応でき、全員が曲に応じてコーラスも担当する4人の超・職人集団・・・それだけで既に鉄人バンドっぽいのですが

・とにかく笑顔でぴょんぴょん飛び跳ね、ポールと絡むシーンも一番多い永遠のギター・キッズ、ラスティ・アンダーソン
・演奏中に霊力(?)で担当楽器を取り替える(「バンド・オン・ザ・ラン」でエレキ→12弦アコギ、「ヘイ・ジュード」でタンバリン→ベース、など)、痩身のギタリストにしてベーシスト、ブライアン・レイ
・神の両手で多彩な音色を駆使、静かに燃えるキーボーディスト、ポール・ウィックス・ウィッケンズ
・パワフルな演奏と、曲の世界に入り込む情熱のコーラス、そして自然にふりまかれるチャーミングな仕草でバンドに明るく華やかな雰囲気を添えるドラマー、エイブ・ラボリエル・ジュニア

・・・と、各メンバーのキャラまで見事に共通しているのです。
ウイングスのメンバーなど、ポールはこれまで幾多の素晴らしいミュージシャンとステージを共にしてきましたが、現在の「この5人ですべてをやる!」というスタイルこそが、ライヴバンド・サウンドを志すポールが辿り着いた究極のステージ形態なのでしょうね。いつもジュリーと鉄人バンドのLIVEを観ていますから、よけいにそう感じます。

残念ながら今回の来日公演は中止となりましたが、こうしてポールの素晴らしいパフォーマンス(バンドの4人も含めて)を大スクリーンで堪能し、「擬似ライヴ」体験ができて気持ちがいくらか晴れました。
実際、LIVE感覚でのシネマ鑑賞ということで言いますと、僕らの後列にいらした熟年のご夫婦らしきお客さんが、お二人でサイリウムを持ち、1曲終わるごとに拍手をされていました。その道の大先輩でいらしたのでしょう。
そして、上映初日にいらしたお客さんのほとんどが、同じ心境での鑑賞だったのかなぁと思います。

思えば、初日の国立競技場で開演直前に中止の案内があった時、遠方からはるばるお越しの方々も大勢いらした中、怒号が起こるようなこともなく、皆しゅんとうなだれながらも粛々と帰路に着く様子は、さすが日本のファン!という感じでした。
同時に、普段「当たり前」に思っていることがどれほどの奇跡であり、大切な時間であるのかを再認識させられました。ジュリーファンのみなさまならば、この意味を深くお分かり頂けるかと思いますが・・・。

今はただ、ポールの全快を祈るばかり。
きっとまた日本に来てくれるはずです!

We hope you GETTING BETTER
See you here Japan、AGAIN AND AGAIN AND AGAIN!

今回の『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ』上映、映画館に急遽ポールへのメッセージ・ボードが設置される、という話だったのですが僕が行ったトコには無かった・・・あったら、上の言葉を残してくるつもりでした。

☆    ☆    ☆

せっかくですから、今回お題とした「ハロー・グッドバイ」のジュリーのカヴァー・ヴァージョン(『JULIE Ⅲ』収録)について少し触れておきましょう。
ギター、ベース、ドラムスがほぼオリジナル完コピの渋い演奏で魅せる井上バンド。そんな中、大野さんのキーボードが自由度の高いアレンジでジュリーのヴォーカルを追いかけます。クレジットには、編曲・大野克夫とあります。カッコイイ躍動的なアレンジですね。
同じビートルズ・ナンバーの「ゲット・バック」へとメドレー形式にするため、コーダ部で細かく転調を繰り返してキーを下げていき、「ゲット・バック」の歌いだしに合わせる・・・これも大野さんのアイデアでしょう。
ビートルズのオリジナルではちょっとルーズに「ヘイラ♪」と聴こえるそのコーダ部のヴォーカルを、ジュリーは丁寧に、しかも艶のある瑞々しい声でハッキリ「ハ~ロ~♪」と歌います。伝えやすく発音しよう、という若きジュリーの几帳面な性格を思わせます。名演です!

ホント、どうして『JULIE Ⅲ』をはじめとするジュリー70年代の素晴らしいライヴ盤が未だCD化されずにいるのでしょうね?「鳥になった男」なんて、絶対にキチンとした形で後世に残すべきでしょう!
何か難しい問題でもあるのかな・・・。


ということで、「ポール無事帰国!」の報を受け僕も完全復活し、ブログも本格再始動。
次回は、吉田Qさんのファースト・アルバムをみなさまにご紹介いたします。
ご存知「涙がこぼれちゃう」を含む待望の吉田Qさんデビューアルバム『幸せの黄色いジャケット』は、胸キュン・歌謡ポップスの名曲揃い。僭越ながら、ライナーノーツ風に全曲解説させて頂きます!

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2012年7月15日 (日)

THE BEATLES 「LET IT BE」

拙ブログではまだ一応、『3月8日の雲~カガヤケイノチ』セットリストのネタバレ禁止体制が続いています。

解禁は、
びわ湖レポートからの予定。
それまではジュリー・ナンバーの楽曲考察記事も更新お預け状態ですが・・・今日は、ジュリーも何度か歌ったことのあるビートルズ・ナンバーについて、突然猛烈に書きたくなったもので・・・久々に更新いたします。
お題は「レット・イット・ビー」でございます。
畏れながら、伝授~!

本日、CS放映された、『七人の刑事』(78年版)第4話・「ひとりぼっちのビートルズ」を観ました。

僕は『七人の刑事』のドラマ自体、初見でした。
1978年と言えば、僕の育った田舎ではまだ民放が2つしかなかった時代。そんなド田舎ではドラマそのものが放映されていなかったのか、それとも僕は裏番組を観ていたのか・・・とにかく、『七人の刑事』に新ヴァージョンのクールが存在したことも今回初めて知りました。
三浦洋一さん(僕にとっては『池中玄太80キロ』のヒデさん)が、若手刑事役でレギュラーだったんですねぇ・・・。

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刑事ドラマというのは基本、数人のレギュラーチームの中から毎回誰か一人にスポットを当て主役とするのが脚本の常套です。
ところが『七人の刑事』が異端なのか、それともこの回が特別だったのか、ようやく一話だけ観たきりの僕にはまだ分かりませんが・・・「ひとりぼっちのビートルズ」は、完全に犯人役のジュリーが主を張っていますね。

「ひとりぼっちのビートルズ」は素晴らしい作品です。
あらすじの予習もせず・・・カミさんが録画してくれたものを「ま、一応」という感じで朝食後に一緒に観始めたのですが・・・。
グイグイと引き込まれました。

どのように素晴らしいかと言うと

”沢田研二”にただならぬ愛情を持つプロフェッショナルと、”ビートルズ”にただならぬ愛情を持つプロフェッショル・・・それぞれの崇高な志がガッチリ噛み合っている

ということなのです。
”沢田研二”にただならぬ愛情を持つ方面のお話については、いつもブログを読んでくださるみなさまの方が僕などより何倍も深くご存知でしょう。
上半身裸で仰向けに横たわるシーン

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や、「初めて酒を飲んだ」回想シーン

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など・・・犯人役をジュリーが演じていなければ、そして長谷川さんが書いていなければあり得ない脚本かと思いますが、その辺りはたぶん、たくさんの先輩ブロガーさんが数日中に大いに語ってくださるだろう、と推察いたします。
ですから僕はこの機に、この作品に込められたビートルズへの深く正しく強い愛情について語っておきたいと思います。

ひとりぼっちのビートルズ」・・・タイトルに堂々と”ビートルズ”を掲げるくらいですから、生半可な挿入歌や仕掛けでは、ビートルズ・フリークの僕としては到底納得はできないわけで・・・。
この作品には何よりもまず”ビートルズ”を掲げて恥じない愛情があり、長谷川さんの脚本に応えるだけの細かい演出、小道具もあり、その点大いに共感、引き込まれるものがありました。
当時の状況を何も知らない僕は、先輩方に教えて頂きながら色々とネットでその辺りを調べました。

まず・・・音楽担当は樋口康雄さん。
少し前に「ダメ」の記事を書いた際、先輩から芹澤廣明さんにまつわり『ステージ101』という番組をコメントにて逆伝授頂きました。
ジュリーを勉強していくと、こういう一見些細なことが後々別の線から繋がってくる、という楽しみが多いのですが・・・樋口さんについてもそうでした。樋口さんは、『ステージ101』で、”ピコ”の愛称で親しまれていた方だったのですね。

樋口さんが「ひとりぼっちのビートルズ」に投入したナンバーは、「レット・イット・ビー」。
1曲に絞ったのは大正解だと思います。

劇中で、3つの「レット・イット・ビー」が流れます。
まずは、ビートルズのオリジナル・ヴァージョン。前半部には、何度も何度も念を押すように流れます。犯人役の孤独な世界観を視聴者に植え付けているのです。
しかし、物語が加速する後半部ではピタッと流れなくなります。計算してのことでしょうね。その効果で、最後のジュリー・ヴォーカルのヴァージョンが生きるのです。

で、そのビートルズ・ヴァージョンについてですが・・・。
これはアルバム・ヴァージョンです!!

後に映画『悪霊島』でビートルズの「レット・イット・ビー」が主題歌に採り上げられたりしますが、こちらはシングル盤のヴァージョン。
一般的に何かの創作作品で「曲はレット・イット・ビー使おう!」となって音源調達すれば、まぁ普通に考えればシングル・ヴァージョンがまず最初に手配されるでしょう。
そして、製作者に特に曲に対する思い入れがなければ、そのままシングル・ヴァージョンが使用されるでしょう。それが自然な流れです。

しかし、「ひとりぼっちのビートルズ」で使われたのは、アルバム『レット・イット・ビー』からのヴァージョンでした。
わざわざアルバムヴァージョンの方を選んだ、ということなのです。樋口さんの特別な思いがそこにあったことは、明らかです。

ヴァージョンとして有名なのは・・・街中でふと流れているのを耳にすることがあるのは、もちろんシングルの方。
と言うより、ヴァージョン違いがあることは、ビートルズファンでなければそうそう知らないかもしれませんね。

例えば現代・・・何かのTVドラマで、ジュリーにただならぬ愛情を持つスタッフがたまたま制作を任されているものがあったとして、作品の挿入歌に「サムライ」のアルバム・ヴァージョンの方が使用されていたら、ジュリーファンのみなさまは「おおおっ!敢えてこっち?!」と思うでしょ?
それと同じことが、「ひとりぼっちのビートルズ」に言えるのです。

ビートルズ「レット・イット・ビー」の2つのヴァージョンは、ミックス以外だとジョージ・ハリスンのリード・ギターが大きく違います(その後、『ネイキッド』で第3のヴァージョンも公式リリースとなります)。

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美しさ、丁寧さを押し出した、シングル・ヴァージョンの間奏部スコア。
シンコー・ミュージック刊バンドスコア『ビートルズ/パスト・マスターズ1&2』より。


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荒々しさと野性味を主張する、アルバム・ヴァージョンの間奏部スコア。
シンコー・ミュージック刊バンドスコア『ビートルズ/レット・イット・ビー』より。

無難に、行儀よく纏めているのはシングル・ヴァージョンですが、アルバムで採用された、猛々しく破天荒なギブソン・レスポール・ファズのヴージョンはビートルズ・ファンの間で人気が高いです。
(このリード・ギター部、作品の中では

「野球やってんだろ、巨人戦!」と、車内に「レット・イット・ビー」のカセットを流し続けるジュリー運転手にイチャモンつけるおじさん

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など、ジュリーが様々な人達を日々乗せてタクシーを走らせる日常を切り取ったシーンに流れている時が、一番聴きとりやすいかと思います)

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僕も含めて、「レット・イット・ビー」の間奏はこの音でなければ!とこだわりを持つ人も多く、樋口さんもそのお一人だったのではないでしょうか・・・。

その樋口さん自身が演奏したという、ピアノ・ソロ・ヴァージョン。それが「ひとりぼっちのビートルズ」での第2の「レット・イット・ビー」。
ストーリーが大きく動き出した後半、回想シーンで使われましたね。自ら哀しい死を選んだ女性ディスクジョッキーに対する犯人のひとりよがりな愛情・・・そんな視点に合わせたような、ジャジーなアレンジになっています。
単にピアノ1本でカッコ良く弾いてみた、というのではなく、作中の進行に合致したアレンジになっているのが素晴らしい、と感じました。

そして第3の「レット・イット・ビー」は、もちろんジュリーのヴォーカル・ヴァージョン!
ジュリー演ずる犯人が復讐を全うし、身投げして命を断った後の、本当のラストシーンにて流れました。
流れるのは劇中ただの1回。しかもこのドラマのために樋口さんがアレンジし、ジュリーがそれに合わせて歌を吹き込んだという・・・なんで贅沢な時代なんだ!!
ジュリーの声のあまりの邪気の無さに、何十年経った今のジュリーが確実にリンクするのが凄いです。

また、樋口さんはじめスタッフさんの志の高さよ。
普通、ビートルズの「レット・イット・ビー」をジュリーが歌う、とかなったらもっと力んだりゴージャスに装飾したり、何かプロモート絡めたりするものでしょうに・・・そういう邪気が一切無いというのは・・・。
愛あるプロフェッショナルの仕事、としか言いようがないですね~。

ジュリー演ずる犯人の部屋に飾ってあるビートルズ関連のポスターについても、語ろうと思えばいくれでも語れるのですが・・・じゅり風呂の領分から外れてしまいますからねぇ・・・。
ほんのひとつだけ、一番その当時の時代背景を感じさせるアイテムについて語ります。

部屋の一番奥に、ウィングスのアルバム『LONDON TOWN』の大きな販促ポスターが貼ってあるんですね。

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『LONDON TOWN』がリリースされたのは1978年。つまり、「ひとりぼっちのビートルズ」制作時においては、最も新しいポール・マッカートニーの作品、ということになるんです。
街のレコード屋さんでタイムリーなLPを買うと、ポスターがついてくる・・・大らかで、良い時代でしたね・・・。

それにしてもジュリーの「レット・イット・ビー」。この時にフルで歌ったテイクは何処かに保存されているんでしょうかねぇ。
是非とも何らかの形で陽の目を見せて頂きたい、素晴らしい音源だと思いますが・・・。

『七人の刑事』では、「哀しきチェイサー」という回でまたジュリーの出演があるそうで・・・そちらもCS放送されると思いますが、ある先輩が仰るには「この時の”探偵~哀しきチェイサー”も(CDとは)別ヴァージョンだったような・・・」ということですのでまたまた楽しみですね。

それでは次回・・・ネタバレ解禁のびわ湖レポートでお会いしましょう!

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2009年7月 7日 (火)

THE ROLLING STONES「RUBY TUESDAY」

2010年6月註
ブライアン・ジョーンズ在籍期のローリング・ストーンズに詳しい方より、コメントにて、ブライアンのリコーダーおよびハーモニカの演奏技術につき、当記事での認識不足による記述についてのご指摘を頂きました。
不勉強で申し訳ございませんでした。
「ルビー・チューズデイ」のリコーダーが、レコーディング音源そのままの変ニ長調による演奏でないことは、リコーダーという楽器の構造上明らかと考えての安易な記述でしたが、その方によればブライアンは相当のリコーダー演奏技術を持っていることが、海賊版の音源などから明白だそうです。
ストーンズ、そしてブライアンを愛する先輩にお手数をおかけしてしまったことは、曲がりなりにもストーンズファンを名乗っている身として、大きな恥です。ごめんなさい。
調の移行については、当時良く見受けられた、マスターテープ回転管理の問題で、ハ長調が変ニ長調に速度を上げた(或いはニ長調によるレコーディングの回転速度を落とした)状態でミックスされた、と考えるのが適当ではないかと考え直しているところです。
このあたりは今後、「レコーディング・セッション」などの書物で確認が可能ならば、と思っています。
拙い記事へのご指摘、畏れ入ります。ありがとうございます。

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今、多くの先輩方が期待に胸を高鳴らせてやまない、復活のX-DAY。
あわよくばその末席に何とか加えさせて頂こうと、僕は現在タイガースを猛勉強中なのです。
今日は、ライブ・アルバム「THE TIGERS ON STAGE」からのお題にて、おつきあい頂きたいと思います。

さて。
PYGのLIVE音源や、70年代ジュリーのリサイタルを聴いた時も思った事ですが、タイガースもこんなに洋楽のカバーレパートリーがあったのですね。

しかも、僕が昔から好んで聴いているアーティストの楽曲が。
さらに特筆すべきはそのほとんどが、LIVE演奏された時点で、海の向うでもバリバリに流れていた新曲だったって事なんです。
ほとんどタイムリーに、旬な楽曲をカバーしてたんですねぇ。

そんな中から今回は、サイケ期ストーンズの代表曲「ルビー・チューズデイ」、伝授です!

「ルビー・チューズデイ」は1967年にストーンズが放ったビッグ・ヒットシングル「夜をぶっとばせ」のB面曲。
「THE TIGERS ON STAGE」も同年リリースですから、本当にホカホカの直輸入ナンバーとして演奏されたのでしょう。

「THE TIGERS ON STAGE」で演奏されたストーンズナンバーの選曲には素晴らしいものがあります。
「ルビー・チューズデイ」や「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」といった楽曲は、のちのちストーンズの多くのベスト盤に組み込まれ、代表曲として認知にいたりますが、僕がこのタイガース音源を知って本当に感心したのは、例えば1967年の時点では、「ルビー・チューズデイ」は単なるシングルのB面曲、というスタンスでしかない”隠れた名曲”の類だったということ。
これは(少し年代が遡りますが)「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」についても同じ事が言えるのです。

最先端の洋楽を聞き漁っていたであろう、若きタイガースのメンバー。
彼等が「今度のストーンズのシングル、聴いた?B面がカッコいいよな~」とか言いながら、「演ってみようぜ」なんて話をしてたのでしょうか。想像するだけで楽しいですね。

ストーンズの「ルビー・チューズデイ」は、なかなか歴史的意義のある楽曲でもございまして。
ロックミュージックにリコーダー(縦笛のこと。みなさんが小学校で吹いていた、アレです)を導入するという、ヤケクソのようなアイデアが成功してしまった名曲なんですわ。
「ビートルズの連中がハーモニカでウケるなら、こっちは笛じゃ~!」と言ったかどうかは解りませんが、ともかくこんな無茶を考えるのはブライアン・ジョーンズに違いなく、ギタリストとしてキース・リチャーズに大きく水をあけられたブライアンは、この頃から変な楽器を次から次に試しはじめるのです。
「ルビー・チューズデイ」のリコーダーは、その走りなのですね。

ただ、これは想像ですけど、ブライアン・ジョーンズのリコーダー。これはピッチ操作を使い、ゆっくりとしたテンポで吹いたテイクを、回転上げてミックスしてるんじゃないかなぁ。
だってこの曲、オリジナルキーがD♭だよ!そんなん、普通の腕前の男(すまんブライアン)が笛で吹けますかいな!
たぶん、半音テープの回転落として、Cで演奏してますね。

ここまで読んで、ストーンズヴァージョンを御存知ないジュリーマニアの先輩方は、チンプンカンプンになっていらっしゃるでしょうね。本題は、ここから。
つまり。
ライブ音源聴いて、初めて思ったのが。

おおっ、意外や(失礼)上手いバンドだ、タイガース!

先入観というのは恐ろしいもので、僕は少し前までタイガースはじめGSの演奏について、まぁアイドルの範疇であろう、としか想像していませんでした。
よくよく考えてみれば、GS出身の方々の多くが今なお音楽界の中心として活躍されているワケですから、当時から演奏についてもしっかりしていて当然なんですけどね。

タイガース版「ルビー・チューズデイ」では、リコーダーのパートをリードギターが奏でるという入魂ぶり。
左から聴こえるから、弾いているのはトッポなのかなぁ。これはかなり難易度高いです。
解りやすく言うと、2001年~2004年のキーボードレス時代のジュリーライブで、柴山さんが「ヤマトより愛をこめて」のピアノパートをギターで弾いたりしている、あの手法に近いんですよ。
それと、ピーのドラムス。完コピです!
ストーンズのオリジナルでは、チャーリー・ワッツがフィル・インで少し遅れて噛みこんでしまう部分が数箇所あるのですが、そんなトコまで忠実に真似てます。これは、上手い、とかいう以前に、オリジナル楽曲への愛情が無いと絶対に出来ないプレイです。
そして、ピーのドラムスは、上手いですよ。味があります。レコーディング音源を聴いただけでは、そうは思わなかったのですが(録音の場合は色々と細工ができますから、失礼な事に、タイガースもそうなのかな、と漠然と考えていました。どうやらそうではないようですね)。

で、結論。
ジュリーの声は、イイ!

結局、タイガースのLIVE音源を聴いても、行き着くのはソコか~。

お姉さま方、決してお顔に目がくらんだだけでは、ありませんよ。そこは誇ってください。
無意識であれ何であれ、あの声の素晴らしさには、皆様最初から気がついていたはずなのです。
還暦を過ぎた今、ジュリーはそれをも証明しているではないですか!

そうそう、「前夜祭」では、この曲歌ったみたいなんですよねぇ。
あ~あ、うらやましい。
DVDには、ならんのか~!!

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2009年4月16日 (木)

WINGS 「SO GLAD TO SEE YOU HERE」

お題とは繋がりにくいかもしれませんが、今日は、「毎年アルバムを出し続け、そのツアーを敢行する」というジュリーが数十年継続して打ちたててきた偉業を称えよう、というお話。

で。
みなさま、ウィングスって、知ってます?
ポール・マッカートニーが、ビートルズ解散後に結成したバンドです。
日本でレコード出す時は、”ポール・マッカートニー&ウィングス”っていうクレジットでしたが、後期正式名称は、ただの”ウィングス”。
ポール&リンダ夫妻とデニー・レイン以外のメンツはコロコロ変わったりして、まぁやっぱりポール・マッカートニーのワンマンバンド、ではありますね。

今でこそジュリー方式(何だそれは)でバックバンド引き連れてのLIVEをやっているポールですが、70年代は、「LIVEをやるには正式にバンドを結成していなければ意味がない」という信念があったのです。それが”ウィングス”という形態を必要としたのですね。
そう、この頃のポールもジュリーと同じく、「1年に1枚アルバムを出して、そのツアーをやる!」という事が大前提の人だったワケです。
ただ、それが継続したのはウィングス時代を含めてそう長くはありません。あれだけの枚数をリリースしている人ですからね。毎年やるってのは、いくらLIVE好きのアーティストにとっても、相当な高ハードルなのです。
超一流のライヴ・アーティスト、ポール・マッカートニーとの比較からも、ジュリーの偉業がお解りでしょう。
昭和のジュリー20年→平成のジュリー20年→奇跡のジュリー・・・・・・も、20年やる気です、あの人は。

で、昭和のジュリーの話なんですけど。
今日採り上げるのは、「JULIE ROCK'N TOUR ’79」から。
このLIVEは「TOKIO」の年ですね。当時僕はまだ中学1年生です。ジュリーを「ザ・ベストテン」とかで何とはなしに見てた頃ですねぇ。
こんなロック・コンサートをやってる人だとは、思いもしていなかったです。

この頃のジュリーLIVEを生で知っていらっしゃる先輩方・・・何がうらやましいって、やはり惜しげもなく歌われる洋楽名曲のレパートリーを、数多く堪能されている、という事なのです。
しかもジュリー、その年々で、有名アーティストの旬なアルバムから、「えっ?」というような渋い収録曲を演ってるんです。タイムラグは、ほとんど無いですよ。しかも訳詞(というよりも勝手気ままな作詞←褒めてるんです)までつけて。
ジュリーやバンドのメンバーが、いかに精力的にセットリストに取り組んでいたか、想像できますよね。
今回の記事も、「ジュリー、まさかこんな曲を演ってたとは・・・」シリーズです。
「JULIE ROCK'N TOUR ’79」では、何と一発目に演奏されました。ウィングスの「SO GLAD TO SEE YOU HERE」、伝授!

この曲、ウィングス名義としてはラストアルバムとなってしまった「BACK TO THE EGG」に収録されているナンバーで、シングルでもなければ、数多くリリースされているポール・マッカートニーのベスト盤いずれにも収録されていません。
本当に、アルバムの中の、1収録曲なのです。
「BACK TO THE EGG」はなかなか話題性の多かったアルバムで、メンバーを一新し、演奏力と楽曲の必然的融合、というのがコンセプトとしてあったようです。それまでのウィングスは、良くも悪くもポールとリード・ギタリストの音楽的嗜好が微妙にズレていて、一部の楽曲については、消化不良の感が否めませんでした。
新メンバーの演奏ではその点、軸がブレていない・・・これは先行シングル「Goodnight Tonight/Daytime Nightime Suffering」リリースの時点で証明されていた事です。
さらに「BACK TO THE EGG」には、大規模なスーパーバンド”ロケストラ”の企画も練りこまれました。
名だたる大物プレイヤーを一堂に会しての、「ロック・オーケストラ」演奏。
参加ミュージシャンはジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ、デイヴ・ギルモアといったスーパースター軍団であり、アルバムB面1曲目「ロケストラのテーマ」では、豪華メンバー勢ぞろいのPVも撮影され、ロックファンの垂涎を呼びます。
で、この「ロケストラのテーマ」以外に、「ついでにもう1曲録っとくか♪」みたいな感じでアルバムB面6曲目に収録されたのが、お題の「SO GLAD TO SEE YOU HERE」でした。

一応スーパーバンドの参加こそありますが、全プレイヤーに対して綿密な楽曲構成は指示されておらず、実は、つぎはぎだらけの「オマケ」的ナンバー。
アルバム3曲目収録の「WE'RE OPEN TONIGHT」のリフレインが、ウィングスのみの演奏によって楽曲後半に差し込まれたり、とか、リハ段階で録音されたと思われるジョン・ボーナムのドラムスがとってつけたように絡んできたり、とか、かなり強引かつ半端な仕上がりなのです。まぁ、いい曲ですけどね。

その強引な部分含め、「JULIE ROCK'N TOUR」では、ほぼそのまま忠実にカバーされています。「主役は俺さ~♪」なんていう詞を新たに作って、ジュリーは嬉々として歌い、シャウトします。

思えば、翌1980年に来日公演が決定していたウィングス。
ご存知の方も多いとは思います。結局ポールがヤバいモノを持ち込もうとして入国時に逮捕されてしまい、この日本公演は幻と消える事になってしまうのですが、多くの日本人アーティスト達が、こぞってウィングスの来日を心待ちにしていました。
おそらくジュリーや大野さん達も、観に行く気満々だったのではないでしょうか。「SO GLAD TO SEE YOU HERE」は、ジュリーのそんな期待感を反映したセットリストだったのかもしれません。

この日本公演中止をきっかけに、ポール・マッカートニーはアルバム制作スタンスを一変し、ウィングスも解散。ポールのLIVEツアーも、しばらくお休みとなりました。

その後、30年が経とうとしています。
その30年の間、一方のジュリーは・・・毎年アルバムを出してそのツアーをやる、というスタンスを、頓挫させる事はありませんでした。
「奇跡のジュリー」と銘打った、2009年。「歌う曲はたくさんあるから、しばらくニューアルバムは作らない」なんて話もありましたが、やっぱりアルバム作っているらしい、という嬉しいニュースが飛び込んできた、4月。

「ビートルズには間に合わなかったけど、”沢田研二”は健在」
とは、今夏アルバムツアーに臨んでの、ブログ「ジュリーな毎日」tomi様の名言ですが、云十年前の心意気を未だ持ち続けているジュリーのスタンスに、ファンはもっと誇りと感謝を持ってよいのではないでしょうか。
二度と歌われる事はないであろう「SO GLAD TO SEE YOU HERE」を実体験されている先輩方の、長い年月引き続いてのLIVE参戦にも、拍手を。

ツアー新参者としても、自分がこの先どんな楽曲の”証人”になるのか、とても楽しみにしているのです。

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2009年2月23日 (月)

THE BEATLES 「GET BACK」

「きめコン」セットリスト予想シリーズ。
と言いながら、ちょっと渋いトコ行っちゃったか?と思わないでもないですけど。
でも、ビートルズは必ず何曲かは演ると思うし、この曲、結構匂うんだよなぁ。
ジュリーは過去、71年クリスマス・イブの1stリサイタルでカバーしてます。幻のカセットテープリリース「JULIEⅢ」より、伝授!
(註:すみません、LPもちゃんと存在するみたいです。かの様、ご指摘ありがとうございました~。)

何故この曲を演りそうな気がするかと言いますと。
いきなり失礼な話なのですが、この「Get Back」って、一見するとガンガンに攻めるロッケンロール。でも実は、体力的に結構・・・楽なんです。
マーチのリズムなんで、演奏してる分には、聴こえるほどテンポ速くなかったりとか。
もちろん、ポール・マッカートニーのキーは、常人にはちょっと高くて苦しいですよ。でもそこは、ジュリーですから(って、裕也さんは?)。
歌詞も、好きに崩して歌えたり。歌唱の自由度がすごく高い曲で。最近のポール・マッカートニーのLIVEを観ても、他の曲より全然楽そう。ちなみにポールは、ジュリーより年上なんですけど。

ジュリー自身MCで「頑張って、でも頑張らないで、適度に力を加減して、無理せずやっていきたい」と語る事が多くなってきました。
今後もできる限り長く歌っていきたい、という決意ですよね。
「Get Back」は力を抜いてるようには見えない曲ですから、ジュリーもセットアップとして選びやすいんじゃないか、と。妥協ではなく、魅せる技術、ということです。

予想の理由はもうひとつあります。
この曲は、現在の鉄人バンド(ベースレス編成)に非常に合っているのです。
サイドギターが5・6弦(低い方の弦)を強調して、後ノリで弾くスタイル。これで低音がカバーできます。演るとしたらおそらく下山さんがこのパート。カントリー・タッチのリードギターパートを、柴山さんが担当してくれるでしょう。

そして、オリジナルのシングルヴァージョン(「LET IT BE」のB面)ではビリー・プレストンがゲスト参加していて、間奏ではホンキー・トンクなピアノをキメているのですが、これは泰輝さんも演るとなったら血が騒ぐのではないでしょうか。

ここまで書いて、本当に演りそうな気がしてきた・・・観たいなぁ・・・。

今回の伝授曲、ビートルズから「I Saw Her Standing There」とどちらを採るか、迷いました。でも、「I Saw Her~」はハンパなく体力使う曲なんで、今回はどうかなぁ、と。
それに、僕が観れないLIVEで「I Saw Her~」演るのだけは勘弁してくれ~(何処かで聞いたような話だな)という自分勝手な思いもありますもので。「Get Back」を推奨させて頂いた次第であります。

もしも、だよ。
「Get Back」演らずに「I Saw Her」だったとしたら、それってジュリー、ガチ本気だから。その場合は、観れなくて悔しいが仕方無い!参戦する皆様にすべてをお任せしますので、モッシュ行ってください。
「Get Back」は、普通に手拍子でね。
頼んだよ~(泣)!

最後に、「Get Back」収録CDの紹介を。
まぁ、普通はアルバム「Let It Be」で聴くんでしょうが、ここはシングルヴァージョンでの予習をオススメしておきます。

THE BEATLES 「PAST MASTERS vol. 2」
こちらでひとつ。そう、先日伝授致しました「Day Tripper」と同じCDですよ。ジュリーのカバー曲のオリジナルを2曲押さえる事ができます。
ちなみに、万が一ジュリーがギター持つとしたら、「Day Tripper」はかなり有力。いや、加瀬さんが弾く可能性もあるなぁ・・・。

それでは皆様、張りきっていってらっしゃいませ~。

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2009年2月11日 (水)

THE BEATLES「DAY TRIPPER」 THE ROLLING STONES「(I can't get no)SATISFACTION」

またか、とお思いでしょうが、新たなカテゴリー作りました。
ズバリ、ジュリーがこれまで歌ってきた洋楽のカバー曲を、ジュリーのスタンスと絡めながら伝授して行こう、というものです。

この部分においては、ひょっとしたら何人かのジュリーマニアの先輩方よりも、僕の方が詳しい場合があるやも知れません。
今後のジュリーが「歌う曲がいっぱいあるから」という事で、完全にライブ中心の活動をしていくとすれば、昔歌っていた洋楽カバー曲の出番も増えるものと思われます。
そんな時、皆様が「あぁ、あそこに書いてあったのはこの曲かぁ!」と、少しでも思い出して頂ければ、そして、少しでもヴォーカリスト・ジュリーのマニアックな部分を知る手助けができれば、と考えております。

第1回は、これはもう基本中の基本ですが、ビートルスの「デイ・トリッパー」とストーンズの「サティスファクション」。最近のLIVEでも何度か演ってますが、この2曲が何故メドレーセットで歌われるのか、などなど語って参りたいと思います。伝授!

いわゆる、「リフ一発もの」というジャンルがロックには存在しますが、それが完全に確立されたのは1965年。「デイ・トリッパー」「サティスファクション」の2曲が、シングル大ヒットをカッ飛ばした年です。
それ以前にも「リフもの」と言える楽曲は多数存在していて、古いところでは「ツイスト・アンド・シャウト」とか「ポイズン・アイヴィー」とか(2曲とも、後にビートルズ、ストーンズがそれぞれカバーしています)。和音弾きによるリフですが、キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」もその類です。

では、65年リリースのこの2曲が「リフ一発ロック」の礎石と言われ、それまでの「リフもの」とどういう点において異なった要素を持っていたかと言うと

① リードギタリストの地位向上
それまでは、間奏でステージ前方にせり出してきて、音を間違えないように丁寧にメロディーを奏で、拍手を受ける、というパターンであったリード・ギタリストが、イントロから他楽器を差し置いて完全ソロ状態でスタート、「俺を見ろ!」とばかりに余裕で弾きまくる、という主役級へと転換した

② 歌メロとは別の旋律が、楽曲の売りに
歌が始まってしまえばお休みタイムとなり、適当なくずしコードを弾いたりしてお茶を濁していた、というのがそれまでの楽曲のリードギター部アレンジ構成だったが、この2曲では、歌が始まっても延々と単音を弾きまくり、ヴォーカルメロディーとは別の「もうひとつの旋律」として楽曲のイメージを決定づけた

③ とにかく、曲が攻撃的であった
リードギターがガンガンに攻める曲、ということで、それまでに無いハードなサウンドとなった為か、歌われる歌詞の内容も、反社会的でモラルに縛られないものであった

こんなところでしょうか。
①で述べた「余裕で弾きまくる」というのは結構重要なポイントなのですが、2曲ともEメジャー(ホ長調)をトニックとしていて、ギターという楽器で一番楽に演奏可能なポジションで作曲されています。
少年時代の瀬戸口はレコードを聴き「うわ~カッケ~!このギター難しいんだろうなぁ~」とコピーに挑戦したところ、あまりの簡単さに腰を抜かしましたが、まぁこのあたりはプレイヤーの内緒の観点でもあるので言わぬが華かと(言ってんじゃん)。
とにかく、ギターを見ずに前をしっかり向いてガンガン弾く、というのが、当時はすごく新鮮でカッコ良かったのでしょう。
もちろん、70年代に入る頃には「リフ一発ロック」も相当進化し、難易度の高いフレーズを余裕でブチかますバンドが続々と登場します。
レッド・ツェッペリンの「リヴィング・ラヴィング・ウーマン」であるとか、挙げていけばキリがないほどです。

と、ここまでの説明で多少は伝わったでしょうか、「デイ・トリッパー」と「サティスファクション」、この2曲は作り込みがすごく似ているのです。
瀬戸口少年もよく、「デイトリッパーからサティスファクションへの切り替え遊び」を楽しんだものです。
ジュリーは、この童心をそのままLIVEで演っちゃっているわけです。
想像ですが、ジュリーも若い頃に、この2曲のリフは私生活で散々ギターで弾いて楽しんでいたと思いますよ。
「デイ・トリッパー」「サティスファクション」がジュリーのステージで続け様に演奏されるのは、ジュリー自身が、”洋楽ロックが好きな小僧”とか”不良少年のイノセンス”という心を永遠に持ち続けている、という証なのです。

ひとつマニアックな楽しみ方を付け加えますと、近年のジュリーLIVEでこの2曲のメドレーが演奏される際、キーボードの泰輝さんがタンバリンを叩く、というのは多くの皆様お気づきかと思います。
が。
皆様、これ、鍵盤のパートが無いので、泰輝さんは単に盛り上げ役としてタンバリンを持ってる、と思っておられませんか?
それは大変な間違いなのです。
オリジナル音源の「デイ・トリッパー」「サティスファクション」共に、タンバリンは重要な役割を果たしている楽器です。レコードミックスにおいて、両楽曲ともスネアドラムよりも全然目立っていますし、叩き方も楽曲の進行によりパターンが変化し、アレンジの目玉とも言えるほどの名演が聴けます。
そして、泰輝さんのプレイは、ほぼオリジナル完コピです!
先日伝授致しました「サーモスタットな夏」DVDでは、一番オイシイ部分で、しっかり泰輝さんにカメラが切り替わりますので、是非注意して御覧になって下さい。

この2曲、オリジナル音源に興味のある方に、どのCDで聴くべきか、というのを最後にひとつ。
どちらの曲も超有名なシングルなので、色々なベスト盤で聴く事ができますが、僕のおススメは次の2枚。

「DAY TRIPPER」収録CD
THE BEATLES 「PAST MASTERS vol. 2」

「(I can't get no)SATISFACTION」収録CD
THE ROLLING STONES 「STILL LIFE」

両CDとも、普通のベスト盤でもオリジナルアルバムでもありませんが、自信を持っておススメします。
ストーンズの「STILL LIFE」の方はLIVE盤CDなのですが、数年後には貴重盤となってしまう可能性があります。ジュリーマニアの皆様ならお馴染みの「Time Is On My Side」も演ってますぜ~。
騙されたと思ってひとつ、いかが?

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2008年8月26日 (火)

バッドフィンガー 「デイ・アフター・デイ」

(2009年10月1日註:若き日のジュリーがこの曲をカバーしていた事を、先日初めて知りました。遅ればせながら、カテゴリーをジュリー系に移行いたします。ジュリー・カテゴリーになると、何が変わるのか・・・文字が大きくなって改行が増え、目に優しくなります~)


昨夜の伝授で少しだけ触れた、バッドフィンガー。今回はこ奴等にご登場願いましょう。アルバム「ストレート・アップ」収録の代表曲「デイ・アフター・デイ」、伝授!

このアルバム、何と言っても特筆すべきは、プロデューサーがジョージ・ハリスンとトッド・ラングレン、の2枚看板であるという事だ。
と言っても2人の共同作業ではなく、ジョージが制作途中で力尽きて投げ出してしまった(多分ね)後、トッドが救いの神よろしくポップ洪水アルバムへと纏め上げた、という状況。

ジョージの仕事は鬼気迫る入魂ぶりで、まぁジョンやポール、ひいては世間に対する見栄とかもあったんだろうが、とにかく妥協せず、自分のプロデュース能力以上の、遥か高みを目指したもの。
弟分のバッドフィンガーは文句を言うワケにもいかず、必死にジョージの描く青写真についていこうとするものの、遂に両者電池切れとなる。その辺りの格闘・苦闘状況は、ボーナストラックであるアルバム収録曲の別テイクを聴けば良く解る。
それだけに、最終的に生き残ったジョージプロデュースの4曲は、いずれも難産の末に産み落とされた名曲であり、中でも、シングルにもなった「デイ・アフター・デイ」は、バッドフィンガーの代表曲のひとつとして世間に認知されるに至った。

アルバムのラストを飾る「イッツ・オーバー」にしてもそうだが、ちょっとサイケの匂いがするのがオイシイ。良質のメロディーとひねったアレンジを擁する、ねじれポップ。

「デイ・アフター・デイ」では、ジョージ渾身のスライドギターも炸裂する。
この人、他人の楽曲に参加した時の方が、自分の楽曲よりも生き生きとした音色を奏でるのは一体どういう事だろうか。
推察するに、要は練習の賜物なのだろうと思う。多分彼、自分のアルバムのリードギターについては、ほとんど練習せずにレコーディングに臨んでいる。が、「あのジョージ・ハリスンが遂にギターを弾く」などという状況を迎えた「デイ・アフター・デイ」リードギター録音の際には、必死でフレーズ組み立てて、ちゃんと前日自宅で何回も練習して、いざ本番のスタジオでは「こんな感じでどうだい?」みたいに適当・余裕のふりをして演奏し、最敬礼とかされてたんだろうなぁ、目に浮かぶわ。
考え過ぎかな?

てな事で、そんなジョージとバッドフィンガーの丁々発止を感じとりたいならば、ボーナス付きのCDを買うのが良いでしょう。
話がジョージに偏りましたが、このアルバムをポップ魂あふれる名盤たらしめたのは、どっちかってぇとトッド・ラングレンの功績です。
そこはお忘れなきよう。

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