ジュリーがカバーした洋楽を知ろう!

2009年7月 7日 (火)

THE ROLLING STONES「RUBY TUESDAY」

今、多くの先輩方が期待に胸を高鳴らせてやまない、復活のX-DAY。
あわよくばその末席に何とか加えさせて頂こうと、僕は現在タイガースを猛勉強中なのです。
今日は、ライブ・アルバム「THE TIGERS ON STAGE」からのお題にて、おつきあい頂きたいと思います。

さて。
PYGのLIVE音源や、70年代ジュリーのリサイタルを聴いた時も思った事ですが、タイガースもこんなに洋楽のカバーレパートリーがあったのですね。

しかも、僕が昔から好んで聴いているアーティストの楽曲が。
さらに特筆すべきはそのほとんどが、LIVE演奏された時点で、海の向うでもバリバリに流れていた新曲だったって事なんです。
ほとんどタイムリーに、旬な楽曲をカバーしてたんですねぇ。

そんな中から今回は、サイケ期ストーンズの代表曲「ルビー・チューズデイ」、伝授です!

「ルビー・チューズデイ」は1967年にストーンズが放ったビッグ・ヒットシングル「夜をぶっとばせ」のB面曲。
「THE TIGERS ON STAGE」も同年リリースですから、本当にホカホカの直輸入ナンバーとして演奏されたのでしょう。

「THE TIGERS ON STAGE」で演奏されたストーンズナンバーの選曲には素晴らしいものがあります。
「ルビー・チューズデイ」や「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」といった楽曲は、のちのちストーンズの多くのベスト盤に組み込まれ、代表曲として認知にいたりますが、僕がこのタイガース音源を知って本当に感心したのは、例えば1967年の時点では、「ルビー・チューズデイ」は単なるシングルのB面曲、というスタンスでしかない”隠れた名曲”の類だったということ。
これは(少し年代が遡りますが)「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」についても同じ事が言えるのです。

最先端の洋楽を聞き漁っていたであろう、若きタイガースのメンバー。
彼等が「今度のストーンズのシングル、聴いた?B面がカッコいいよな~」とか言いながら、「演ってみようぜ」なんて話をしてたのでしょうか。想像するだけで楽しいですね。

ストーンズの「ルビー・チューズデイ」は、なかなか歴史的意義のある楽曲でもございまして。
ロックミュージックにリコーダー(縦笛のこと。みなさんが小学校で吹いていた、アレです)を導入するという、ヤケクソのようなアイデアが成功してしまった名曲なんですわ。
「ビートルズの連中がハーモニカでウケるなら、こっちは笛じゃ~!」と言ったかどうかは解りませんが、ともかくこんな無茶を考えるのはブライアン・ジョーンズに違いなく、ギタリストとしてキース・リチャーズに大きく水をあけられたブライアンは、この頃から変な楽器を次から次に試しはじめるのです。
「ルビー・チューズデイ」のリコーダーは、その走りなのですね。

ただ、これは想像ですけど、ブライアン・ジョーンズのリコーダー。これはピッチ操作を使い、ゆっくりとしたテンポで吹いたテイクを、回転上げてミックスしてるんじゃないかなぁ。
だってこの曲、オリジナルキーがD♭だよ!そんなん、普通の腕前の男(すまんブライアン)が笛で吹けますかいな!
たぶん、半音テープの回転落として、Cで演奏してますね。

ここまで読んで、ストーンズヴァージョンを御存知ないジュリーマニアの先輩方は、チンプンカンプンになっていらっしゃるでしょうね。本題は、ここから。
つまり。
ライブ音源聴いて、初めて思ったのが。

おおっ、意外や(失礼)上手いバンドだ、タイガース!

先入観というのは恐ろしいもので、僕は少し前までタイガースはじめGSの演奏について、まぁアイドルの範疇であろう、としか想像していませんでした。
よくよく考えてみれば、GS出身の方々の多くが今なお音楽界の中心として活躍されているワケですから、当時から演奏についてもしっかりしていて当然なんですけどね。

タイガース版「ルビー・チューズデイ」では、リコーダーのパートをリードギターが奏でるという入魂ぶり。
左から聴こえるから、弾いているのはトッポなのかなぁ。これはかなり難易度高いです。
解りやすく言うと、2001年~2004年のキーボードレス時代のジュリーライブで、柴山さんが「ヤマトより愛をこめて」のピアノパートをギターで弾いたりしている、あの手法に近いんですよ。
それと、ピーのドラムス。完コピです!
ストーンズのオリジナルでは、チャーリー・ワッツがフィル・インで少し遅れて噛みこんでしまう部分が数箇所あるのですが、そんなトコまで忠実に真似てます。これは、上手い、とかいう以前に、オリジナル楽曲への愛情が無いと絶対に出来ないプレイです。
そして、ピーのドラムスは、上手いですよ。味があります。レコーディング音源を聴いただけでは、そうは思わなかったのですが(録音の場合は色々と細工ができますから、失礼な事に、タイガースもそうなのかな、と漠然と考えていました。どうやらそうではないようですね)。

で、結論。
ジュリーの声は、イイ!

結局、タイガースのLIVE音源を聴いても、行き着くのはソコか~。

お姉さま方、決してお顔に目がくらんだだけでは、ありませんよ。そこは誇ってください。
無意識であれ何であれ、あの声の素晴らしさには、皆様最初から気がついていたはずなのです。
還暦を過ぎた今、ジュリーはそれをも証明しているではないですか!

そうそう、「前夜祭」では、この曲歌ったみたいなんですよねぇ。
あ~あ、うらやましい。
DVDには、ならんのか~!!

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2009年4月16日 (木)

WINGS 「SO GLAD TO SEE YOU HERE」

お題とは繋がりにくいかもしれませんが、今日は、「毎年アルバムを出し続け、そのツアーを敢行する」というジュリーが数十年継続して打ちたててきた偉業を称えよう、というお話。

で。
みなさま、ウィングスって、知ってます?
ポール・マッカートニーが、ビートルズ解散後に結成したバンドです。
日本でレコード出す時は、”ポール・マッカートニー&ウィングス”っていうクレジットでしたが、後期正式名称は、ただの”ウィングス”。
ポール&リンダ夫妻とデニー・レイン以外のメンツはコロコロ変わったりして、まぁやっぱりポール・マッカートニーのワンマンバンド、ではありますね。

今でこそジュリー方式(何だそれは)でバックバンド引き連れてのLIVEをやっているポールですが、70年代は、「LIVEをやるには正式にバンドを結成していなければ意味がない」という信念があったのです。それが”ウィングス”という形態を必要としたのですね。
そう、この頃のポールもジュリーと同じく、「1年に1枚アルバムを出して、そのツアーをやる!」という事が大前提の人だったワケです。
ただ、それが継続したのはウィングス時代を含めてそう長くはありません。あれだけの枚数をリリースしている人ですからね。毎年やるってのは、いくらLIVE好きのアーティストにとっても、相当な高ハードルなのです。
超一流のライヴ・アーティスト、ポール・マッカートニーとの比較からも、ジュリーの偉業がお解りでしょう。
昭和のジュリー20年→平成のジュリー20年→奇跡のジュリー・・・・・・も、20年やる気です、あの人は。

で、昭和のジュリーの話なんですけど。
今日採り上げるのは、「JULIE ROCK'N TOUR ’79」から。
このLIVEは「TOKIO」の年ですね。当時僕はまだ中学1年生です。ジュリーを「ザ・ベストテン」とかで何とはなしに見てた頃ですねぇ。
こんなロック・コンサートをやってる人だとは、思いもしていなかったです。

この頃のジュリーLIVEを生で知っていらっしゃる先輩方・・・何がうらやましいって、やはり惜しげもなく歌われる洋楽名曲のレパートリーを、数多く堪能されている、という事なのです。
しかもジュリー、その年々で、有名アーティストの旬なアルバムから、「えっ?」というような渋い収録曲を演ってるんです。タイムラグは、ほとんど無いですよ。しかも訳詞(というよりも勝手気ままな作詞←褒めてるんです)までつけて。
ジュリーやバンドのメンバーが、いかに精力的にセットリストに取り組んでいたか、想像できますよね。
今回の記事も、「ジュリー、まさかこんな曲を演ってたとは・・・」シリーズです。
「JULIE ROCK'N TOUR ’79」では、何と一発目に演奏されました。ウィングスの「SO GLAD TO SEE YOU HERE」、伝授!

この曲、ウィングス名義としてはラストアルバムとなってしまった「BACK TO THE EGG」に収録されているナンバーで、シングルでもなければ、数多くリリースされているポール・マッカートニーのベスト盤いずれにも収録されていません。
本当に、アルバムの中の、1収録曲なのです。
「BACK TO THE EGG」はなかなか話題性の多かったアルバムで、メンバーを一新し、演奏力と楽曲の必然的融合、というのがコンセプトとしてあったようです。それまでのウィングスは、良くも悪くもポールとリード・ギタリストの音楽的嗜好が微妙にズレていて、一部の楽曲については、消化不良の感が否めませんでした。
新メンバーの演奏ではその点、軸がブレていない・・・これは先行シングル「Goodnight Tonight/Daytime Nightime Suffering」リリースの時点で証明されていた事です。
さらに「BACK TO THE EGG」には、大規模なスーパーバンド”ロケストラ”の企画も練りこまれました。
名だたる大物プレイヤーを一堂に会しての、「ロック・オーケストラ」演奏。
参加ミュージシャンはジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ、デイヴ・ギルモアといったスーパースター軍団であり、アルバムB面1曲目「ロケストラのテーマ」では、豪華メンバー勢ぞろいのPVも撮影され、ロックファンの垂涎を呼びます。
で、この「ロケストラのテーマ」以外に、「ついでにもう1曲録っとくか♪」みたいな感じでアルバムB面6曲目に収録されたのが、お題の「SO GLAD TO SEE YOU HERE」でした。

一応スーパーバンドの参加こそありますが、全プレイヤーに対して綿密な楽曲構成は指示されておらず、実は、つぎはぎだらけの「オマケ」的ナンバー。
アルバム3曲目収録の「WE'RE OPEN TONIGHT」のリフレインが、ウィングスのみの演奏によって楽曲後半に差し込まれたり、とか、リハ段階で録音されたと思われるジョン・ボーナムのドラムスがとってつけたように絡んできたり、とか、かなり強引かつ半端な仕上がりなのです。まぁ、いい曲ですけどね。

その強引な部分含め、「JULIE ROCK'N TOUR」では、ほぼそのまま忠実にカバーされています。「主役は俺さ~♪」なんていう詞を新たに作って、ジュリーは嬉々として歌い、シャウトします。

思えば、翌1980年に来日公演が決定していたウィングス。
ご存知の方も多いとは思います。結局ポールがヤバいモノを持ち込もうとして入国時に逮捕されてしまい、この日本公演は幻と消える事になってしまうのですが、多くの日本人アーティスト達が、こぞってウィングスの来日を心待ちにしていました。
おそらくジュリーや大野さん達も、観に行く気満々だったのではないでしょうか。「SO GLAD TO SEE YOU HERE」は、ジュリーのそんな期待感を反映したセットリストだったのかもしれません。

この日本公演中止をきっかけに、ポール・マッカートニーはアルバム制作スタンスを一変し、ウィングスも解散。ポールのLIVEツアーも、しばらくお休みとなりました。

その後、30年が経とうとしています。
その30年の間、一方のジュリーは・・・毎年アルバムを出してそのツアーをやる、というスタンスを、頓挫させる事はありませんでした。
「奇跡のジュリー」と銘打った、2009年。「歌う曲はたくさんあるから、しばらくニューアルバムは作らない」なんて話もありましたが、やっぱりアルバム作っているらしい、という嬉しいニュースが飛び込んできた、4月。

「ビートルズには間に合わなかったけど、”沢田研二”は健在」
とは、今夏アルバムツアーに臨んでの、ブログ「ジュリーな毎日」tomi様の名言ですが、云十年前の心意気を未だ持ち続けているジュリーのスタンスに、ファンはもっと誇りと感謝を持ってよいのではないでしょうか。
二度と歌われる事はないであろう「SO GLAD TO SEE YOU HERE」を実体験されている先輩方の、長い年月引き続いてのLIVE参戦にも、拍手を。

ツアー新参者としても、自分がこの先どんな楽曲の”証人”になるのか、とても楽しみにしているのです。

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2009年2月23日 (月)

THE BEATLES 「GET BACK」

「きめコン」セットリスト予想シリーズ。
と言いながら、ちょっと渋いトコ行っちゃったか?と思わないでもないですけど。
でも、ビートルズは必ず何曲かは演ると思うし、この曲、結構匂うんだよなぁ。
ジュリーは過去、71年クリスマス・イブの1stリサイタルでカバーしてます。幻のカセットテープリリース「JULIEⅢ」より、伝授!
(註:すみません、LPもちゃんと存在するみたいです。かの様、ご指摘ありがとうございました~。)

何故この曲を演りそうな気がするかと言いますと。
いきなり失礼な話なのですが、この「Get Back」って、一見するとガンガンに攻めるロッケンロール。でも実は、体力的に結構・・・楽なんです。
マーチのリズムなんで、演奏してる分には、聴こえるほどテンポ速くなかったりとか。
もちろん、ポール・マッカートニーのキーは、常人にはちょっと高くて苦しいですよ。でもそこは、ジュリーですから(って、裕也さんは?)。
歌詞も、好きに崩して歌えたり。歌唱の自由度がすごく高い曲で。最近のポール・マッカートニーのLIVEを観ても、他の曲より全然楽そう。ちなみにポールは、ジュリーより年上なんですけど。

ジュリー自身MCで「頑張って、でも頑張らないで、適度に力を加減して、無理せずやっていきたい」と語る事が多くなってきました。
今後もできる限り長く歌っていきたい、という決意ですよね。
「Get Back」は力を抜いてるようには見えない曲ですから、ジュリーもセットアップとして選びやすいんじゃないか、と。妥協ではなく、魅せる技術、ということです。

予想の理由はもうひとつあります。
この曲は、現在の鉄人バンド(ベースレス編成)に非常に合っているのです。
サイドギターが5・6弦(低い方の弦)を強調して、後ノリで弾くスタイル。これで低音がカバーできます。演るとしたらおそらく下山さんがこのパート。カントリー・タッチのリードギターパートを、柴山さんが担当してくれるでしょう。

そして、オリジナルのシングルヴァージョン(「LET IT BE」のB面)ではビリー・プレストンがゲスト参加していて、間奏ではホンキー・トンクなピアノをキメているのですが、これは泰輝さんも演るとなったら血が騒ぐのではないでしょうか。

ここまで書いて、本当に演りそうな気がしてきた・・・観たいなぁ・・・。

今回の伝授曲、ビートルズから「I Saw Her Standing There」とどちらを採るか、迷いました。でも、「I Saw Her~」はハンパなく体力使う曲なんで、今回はどうかなぁ、と。
それに、僕が観れないLIVEで「I Saw Her~」演るのだけは勘弁してくれ~(何処かで聞いたような話だな)という自分勝手な思いもありますもので。「Get Back」を推奨させて頂いた次第であります。

もしも、だよ。
「Get Back」演らずに「I Saw Her」だったとしたら、それってジュリー、ガチ本気だから。その場合は、観れなくて悔しいが仕方無い!参戦する皆様にすべてをお任せしますので、モッシュ行ってください。
「Get Back」は、普通に手拍子でね。
頼んだよ~(泣)!

最後に、「Get Back」収録CDの紹介を。
まぁ、普通はアルバム「Let It Be」で聴くんでしょうが、ここはシングルヴァージョンでの予習をオススメしておきます。

THE BEATLES 「PAST MASTERS vol. 2」
こちらでひとつ。そう、先日伝授致しました「Day Tripper」と同じCDですよ。ジュリーのカバー曲のオリジナルを2曲押さえる事ができます。
ちなみに、万が一ジュリーがギター持つとしたら、「Day Tripper」はかなり有力。いや、加瀬さんが弾く可能性もあるなぁ・・・。

それでは皆様、張りきっていってらっしゃいませ~。

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2009年2月11日 (水)

THE BEATLES「DAY TRIPPER」      THE ROLLING STONES「(I can't get no)SATISFACTION」

またか、とお思いでしょうが、新たなカテゴリー作りました。
ズバリ、ジュリーがこれまで歌ってきた洋楽のカバー曲を、ジュリーのスタンスと絡めながら伝授して行こう、というものです。

この部分においては、ひょっとしたら何人かのジュリーマニアの先輩方よりも、僕の方が詳しい場合があるやも知れません。
今後のジュリーが「歌う曲がいっぱいあるから」という事で、完全にライブ中心の活動をしていくとすれば、昔歌っていた洋楽カバー曲の出番も増えるものと思われます。
そんな時、皆様が「あぁ、あそこに書いてあったのはこの曲かぁ!」と、少しでも思い出して頂ければ、そして、少しでもヴォーカリスト・ジュリーのマニアックな部分を知る手助けができれば、と考えております。

第1回は、これはもう基本中の基本ですが、ビートルスの「デイ・トリッパー」とストーンズの「サティスファクション」。最近のLIVEでも何度か演ってますが、この2曲が何故メドレーセットで歌われるのか、などなど語って参りたいと思います。伝授!

いわゆる、「リフ一発もの」というジャンルがロックには存在しますが、それが完全に確立されたのは1965年。「デイ・トリッパー」「サティスファクション」の2曲が、シングル大ヒットをカッ飛ばした年です。
それ以前にも「リフもの」と言える楽曲は多数存在していて、古いところでは「ツイスト・アンド・シャウト」とか「ポイズン・アイヴィー」とか(2曲とも、後にビートルズ、ストーンズがそれぞれカバーしています)。和音弾きによるリフですが、キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」もその類です。

では、65年リリースのこの2曲が「リフ一発ロック」の礎石と言われ、それまでの「リフもの」とどういう点において異なった要素を持っていたかと言うと

① リードギタリストの地位向上
それまでは、間奏でステージ前方にせり出してきて、音を間違えないように丁寧にメロディーを奏で、拍手を受ける、というパターンであったリード・ギタリストが、イントロから他楽器を差し置いて完全ソロ状態でスタート、「俺を見ろ!」とばかりに余裕で弾きまくる、という主役級へと転換した

② 歌メロとは別の旋律が、楽曲の売りに
歌が始まってしまえばお休みタイムとなり、適当なくずしコードを弾いたりしてお茶を濁していた、というのがそれまでの楽曲のリードギター部アレンジ構成だったが、この2曲では、歌が始まっても延々と単音を弾きまくり、ヴォーカルメロディーとは別の「もうひとつの旋律」として楽曲のイメージを決定づけた

③ とにかく、曲が攻撃的であった
リードギターがガンガンに攻める曲、ということで、それまでに無いハードなサウンドとなった為か、歌われる歌詞の内容も、反社会的でモラルに縛られないものであった

こんなところでしょうか。
①で述べた「余裕で弾きまくる」というのは結構重要なポイントなのですが、2曲ともEメジャー(ホ長調)をトニックとしていて、ギターという楽器で一番楽に演奏可能なポジションで作曲されています。
少年時代の瀬戸口はレコードを聴き「うわ~カッケ~!このギター難しいんだろうなぁ~」とコピーに挑戦したところ、あまりの簡単さに腰を抜かしましたが、まぁこのあたりはプレイヤーの内緒の観点でもあるので言わぬが華かと(言ってんじゃん)。
とにかく、ギターを見ずに前をしっかり向いてガンガン弾く、というのが、当時はすごく新鮮でカッコ良かったのでしょう。
もちろん、70年代に入る頃には「リフ一発ロック」も相当進化し、難易度の高いフレーズを余裕でブチかますバンドが続々と登場します。
レッド・ツェッペリンの「リヴィング・ラヴィング・ウーマン」であるとか、挙げていけばキリがないほどです。

と、ここまでの説明で多少は伝わったでしょうか、「デイ・トリッパー」と「サティスファクション」、この2曲は作り込みがすごく似ているのです。
瀬戸口少年もよく、「デイトリッパーからサティスファクションへの切り替え遊び」を楽しんだものです。
ジュリーは、この童心をそのままLIVEで演っちゃっているわけです。
想像ですが、ジュリーも若い頃に、この2曲のリフは私生活で散々ギターで弾いて楽しんでいたと思いますよ。
「デイ・トリッパー」「サティスファクション」がジュリーのステージで続け様に演奏されるのは、ジュリー自身が、”洋楽ロックが好きな小僧”とか”不良少年のイノセンス”という心を永遠に持ち続けている、という証なのです。

ひとつマニアックな楽しみ方を付け加えますと、近年のジュリーLIVEでこの2曲のメドレーが演奏される際、キーボードの泰輝さんがタンバリンを叩く、というのは多くの皆様お気づきかと思います。
が。
皆様、これ、鍵盤のパートが無いので、泰輝さんは単に盛り上げ役としてタンバリンを持ってる、と思っておられませんか?
それは大変な間違いなのです。
オリジナル音源の「デイ・トリッパー」「サティスファクション」共に、タンバリンは重要な役割を果たしている楽器です。レコードミックスにおいて、両楽曲ともスネアドラムよりも全然目立っていますし、叩き方も楽曲の進行によりパターンが変化し、アレンジの目玉とも言えるほどの名演が聴けます。
そして、泰輝さんのプレイは、ほぼオリジナル完コピです!
先日伝授致しました「サーモスタットな夏」DVDでは、一番オイシイ部分で、しっかり泰輝さんにカメラが切り替わりますので、是非注意して御覧になって下さい。

この2曲、オリジナル音源に興味のある方に、どのCDで聴くべきか、というのを最後にひとつ。
どちらの曲も超有名なシングルなので、色々なベスト盤で聴く事ができますが、僕のおススメは次の2枚。

「DAY TRIPPER」収録CD
THE BEATLES 「PAST MASTERS vol. 2」

「(I can't get no)SATISFACTION」収録CD
THE ROLLING STONES 「STILL LIFE」

両CDとも、普通のベスト盤でもオリジナルアルバムでもありませんが、自信を持っておススメします。
ストーンズの「STILL LIFE」の方はLIVE盤CDなのですが、数年後には貴重盤となってしまう可能性があります。ジュリーマニアの皆様ならお馴染みの「Time Is On My Side」も演ってますぜ~。
騙されたと思ってひとつ、いかが?

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2008年8月 8日 (金)

バッドフィンガー 「デイ・アフター・デイ」

(2009年10月1日註:若き日のジュリーがこの曲をカバーしていた事を、先日初めて知りました。遅ればせながら、カテゴリーをジュリー系に移行いたします。ジュリー・カテゴリーになると、何が変わるのか・・・文字が大きくなって改行が増え、目に優しくなります~)


昨夜の伝授で少しだけ触れた、バッドフィンガー。今回はこ奴等にご登場願いましょう。アルバム「ストレート・アップ」収録の代表曲「デイ・アフター・デイ」、伝授!

このアルバム、何と言っても特筆すべきは、プロデューサーがジョージ・ハリスンとトッド・ラングレン、の2枚看板であるという事だ。
と言っても2人の共同作業ではなく、ジョージが制作途中で力尽きて投げ出してしまった(多分ね)後、トッドが救いの神よろしくポップ洪水アルバムへと纏め上げた、という状況。

ジョージの仕事は鬼気迫る入魂ぶりで、まぁジョンやポール、ひいては世間に対する見栄とかもあったんだろうが、とにかく妥協せず、自分のプロデュース能力以上の、遥か高みを目指したもの。
弟分のバッドフィンガーは文句を言うワケにもいかず、必死にジョージの描く青写真についていこうとするものの、遂に両者電池切れとなる。その辺りの格闘・苦闘状況は、ボーナストラックであるアルバム収録曲の別テイクを聴けば良く解る。
それだけに、最終的に生き残ったジョージプロデュースの4曲は、いずれも難産の末に産み落とされた名曲であり、中でも、シングルにもなった「デイ・アフター・デイ」は、バッドフィンガーの代表曲のひとつとして世間に認知されるに至った。

アルバムのラストを飾る「イッツ・オーバー」にしてもそうだが、ちょっとサイケの匂いがするのがオイシイ。良質のメロディーとひねったアレンジを擁する、ねじれポップ。

「デイ・アフター・デイ」では、ジョージ渾身のスライドギターも炸裂する。
この人、他人の楽曲に参加した時の方が、自分の楽曲よりも生き生きとした音色を奏でるのは一体どういう事だろうか。
推察するに、要は練習の賜物なのだろうと思う。多分彼、自分のアルバムのリードギターについては、ほとんど練習せずにレコーディングに臨んでいる。が、「あのジョージ・ハリスンが遂にギターを弾く」などという状況を迎えた「デイ・アフター・デイ」リードギター録音の際には、必死でフレーズ組み立てて、ちゃんと前日自宅で何回も練習して、いざ本番のスタジオでは「こんな感じでどうだい?」みたいに適当・余裕のふりをして演奏し、最敬礼とかされてたんだろうなぁ、目に浮かぶわ。
考え過ぎかな?

てな事で、そんなジョージとバッドフィンガーの丁々発止を感じとりたいならば、ボーナス付きのCDを買うのが良いでしょう。
話がジョージに偏りましたが、このアルバムをポップ魂あふれる名盤たらしめたのは、どっちかってぇとトッド・ラングレンの功績です。
そこはお忘れなきよう。

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