沢田研二 「立ちどまるな ふりむくな」
~from「A面コレクション」とか シングル、1976
え~、明日からの3連休、お留守にします。
で、月曜の夜に帰ってきまして、みなさまのコメントをチェックしたのち、今度は1週間ほど更新をお休みします。
月末に引越しなんですよ~。部屋、全然片付いてない・・・(汗)。PCもそろそろ厳重に格納しなければ。
引越し代を浮かすべく、職場同僚の力持ちのお兄さんを二人ほどコキ使う予定でおりますが、なんせその二人、男気はあれど運転は荒い!
ブログ復帰予定日は、12月3日に間に合わせたい。
そう、僕が完全にジュリー堕ちした東京ドーム1周年の日に、と考えています。
頼むよ、ニフティさん。
これまで僕の住所をお知らせしてきたJ先輩やJ友さん達にも、折を見て新住所の御報告をしてまいりたいと思っております次第。
しばしのお別れの前に。
本日は、先頃見事ニアピンの20,0001アクセスをヒットなさったhayamiさまのリクエストにお応えしたいと思います。
渋い曲が来ましたよ~。嬉しいですね。
大ヒットした「時の過ぎゆくままに」の後を受けて、同じ阿久=大野ナンバーでヒット連発を目論んだものの、セールス的には今ひとつだった、マニア以外には印象の薄いであろうシングル曲。
しかし僕たちジュリーファンは、このナンバーが、あの70年代後半に大爆発した楽曲群の幕開けとも言える曲であることを、知っています。
今回はその意味合いを、サウンド面から紐解いてみましょう。
「立ち止まるな ふりむくな」、伝授!
リクエストを頂きましたhayami様が、こう仰っています。
「ジュリーナンバーとしては異色の演歌調に聴こえ、それでいて自分が何故この曲が大好きなのか説明できない」
そりゃ、ヴォーカルでしょ~。
え?そんな事は先刻ご承知ですか・・・。
いやいや、結構秘密があるんですよ、この曲のヴォーカルは。
まず、レコーディング技術面。
「思いきり気障な人生」で開花するヴォーカル処理の手法が、ジュリーナンバーで最初に試されたのがこの「立ち止まるな ふりむくな」なのです。
いわゆる「お風呂エコー」の最先端の形(当時ね)で、バックの音に対してすごく山盛り状態に聴こえるのが特徴です。
マイク自体の進歩も関係しているでしょうが、ジュリーのヴォーカルにこの処理が施された最初の理由はおそらく
徹底的に、レコード向けの声になる
という事だったと思います。
ですから、デジタルCD全盛の今の時代、このヴォーカル処理は多少の古くささを感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。
レコーディングの技術革新が次々に起こった70年代。
それ以前の楽曲では、耳元で囁くようなヴォーカル処理だったのが、少し離れた位置から大声で恫喝するような(って、他に上手い言い方がないのか?)処理にとって代わりました。
好みはそれぞれでしょうが、ジュリーならばどちらの手法でも魅力はあるワケで。
そして、録音技術ばかりではない、ジュリーが「天性のヴォーカリスト」である事を証明する箇所が、この曲にはひっそりと存在します。
おそらく、大野さんの作曲段階とは違ったメロディーを歌っている箇所が。
1番
♪コートの襟を立て~走っていけよ~♪
2番
♪あてなく揺れながら~歩いてゆけよ~♪
お分かりでしょうか。
生粋のジュリーファンを集めてカラオケでこの曲を歌って頂いたとしても、この部分をジュリーと同じように歌える人は10人に1人くらいだと僕は踏みますね。
音階で表記しますが、ほとんどの方は
♪ラシレレレレレ~シラ~、ララッソラソソ~♪
と、歌うでしょう。
でも、ジュリーが歌っているメロディーは
♪ラシレレレレレ~シラシ~、ララッソラソソ~♪
なのですよ。
しかも、この太字の「シ」の声を、吐息のようにしてスッとさりげなく歌っています。
これはジュリーがまさにこの当時、フランス語の歌唱を勉強していた事と無関係ではないでしょう。
みなさまが、耳で聴いてこの曲のメロディーを覚えてはいても、いざ自分で歌ってみるとその通りには歌っていない・・・そしてそれに気づかない。そんな事態が、多くのベテランのジュリーファンの方々にさえ起こり得る、と思っています。
さらに、ジュリーのヴォーカル秘技はそれに留まらず。
さりげない吐息があれば、一方でははっきりとしたセクシー声もある、ということ。
日本人については、「たちつてと」をセクシーに歌うヴォーカリストに僕は惹かれます。
女性だと、刑事ドラマ「Gメン75」のエンディングを歌った頃の、しまざき由理さん。
そして男性では当然、阿久=大野時代のジュリー。この「立ち止まるな ふりむくな」では、ジュリーの「タ行セクシー声」の全貌が露出します。
何と言ってもこの曲の歌詞、「たちつてと」率が異常に高いですから!
初っ端の「立ち止まるな~♪」は言うに及ばず、「ちぎれた糸を~♪」とか、「うわ~」って感じ。
でも、これは僕だけの感覚かもしれません。
しかしながらこの路線はその後しばらくお休みとなり(当時のジュリーの置かれた環境をようやく認識した今日この頃)、「ウィンクでさよなら」の加瀬さん路線や、アルバム「チャコールグレイの肖像」での囁き路線をもう一度経たのち、「立ち止まるな ふりむくな」のパターンを踏襲した、阿久=大野=ジュリーのセールス黄金時代がやって来るのですね。
それ故、「立ち止まるな ふりむくな」というナンバーは、アルバム「思いきり気障な人生」に収録されていたとしてもおそらく違和感はありません。
つくづく、面白いシングル盤だなぁと思います。だって、一方のB面曲は、「いくつかの場面」以外のどのアルバムに収録されていても違和感バリバリであろう「流転」なんですから。
この2曲がドーナツ盤のカップリングってのは、ジュリーの歴史、2つの大きな波が交差した時代の産物とは言え、スゴ過ぎますわ。
最後に。
「立ち止まるな ふりむくな」が、なんとなく「演歌っぽく聴こえる」原因を説明いたしますと。
これ、実際に演歌でよく使われるパターンなのですが
キメのリードギターとストリングスがユニゾン(同じメロを弾いている)!
というアレンジの為せる業なんです。短調の曲でそれをやる、ってのがポイントね。
試しに・・・そうだなぁ、「恋は邪魔もの」とか「追憶」のイントロ。
リードギターに、脳内で全く同じメロディーのストリングスを重ねてみてごらんくださいませ。
演歌っぽいでしょ~?
でも、ジュリーが歌うと演歌にはなりえない。
アレンジに左右される歌手ではなく、アレンジを噛みくだいて飲み込んでしまうヴォーカリストなんですよね、ジュリーは。
ちなみに、相互リンクさせて頂いておりますkeinatumeg様のブログ「僕らは、いつも楽しい驚き!」さんに、「立ち止まるな ふりむくな」の季節感について書かれた御記事がございます。
keinatumeg様の流麗な文章群の中でも、僕が個人的に大好きな内容の御記事です。
みなさまも是非、お読みになってくださいね。
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