みなさまからのリクエスト伝授!

2009年11月21日 (土)

沢田研二 「立ちどまるな ふりむくな」

~from「A面コレクション」とか シングル、1976

え~、明日からの3連休、お留守にします。
で、月曜の夜に帰ってきまして、みなさまのコメントをチェックしたのち、今度は1週間ほど更新をお休みします。
月末に引越しなんですよ~。部屋、全然片付いてない・・・(汗)。PCもそろそろ厳重に格納しなければ。
引越し代を浮かすべく、職場同僚の力持ちのお兄さんを二人ほどコキ使う予定でおりますが、なんせその二人、男気はあれど運転は荒い!

ブログ復帰予定日は、12月3日に間に合わせたい。

そう、僕が完全にジュリー堕ちした東京ドーム1周年の日に、と考えています。
頼むよ、ニフティさん。

これまで僕の住所をお知らせしてきたJ先輩やJ友さん達にも、折を見て新住所の御報告をしてまいりたいと思っております次第。
しばしのお別れの前に。
本日は、先頃見事ニアピンの20,0001アクセスをヒットなさったhayamiさまのリクエストにお応えしたいと思います。

渋い曲が来ましたよ~。嬉しいですね。

大ヒットした「時の過ぎゆくままに」の後を受けて、同じ阿久=大野ナンバーでヒット連発を目論んだものの、セールス的には今ひとつだった、マニア以外には印象の薄いであろうシングル曲。
しかし僕たちジュリーファンは、このナンバーが、あの70年代後半に大爆発した楽曲群の幕開けとも言える曲であることを、知っています。
今回はその意味合いを、サウンド面から紐解いてみましょう。
「立ち止まるな ふりむくな」、伝授!

リクエストを頂きましたhayami様が、こう仰っています。
「ジュリーナンバーとしては異色の演歌調に聴こえ、それでいて自分が何故この曲が大好きなのか説明できない」

そりゃ、ヴォーカルでしょ~。
え?そんな事は先刻ご承知ですか・・・。

いやいや、結構秘密があるんですよ、この曲のヴォーカルは。

まず、レコーディング技術面。
「思いきり気障な人生」で開花するヴォーカル処理の手法が、ジュリーナンバーで最初に試されたのがこの「立ち止まるな ふりむくな」なのです。
いわゆる「お風呂エコー」の最先端の形(当時ね)で、バックの音に対してすごく山盛り状態に聴こえるのが特徴です。
マイク自体の進歩も関係しているでしょうが、ジュリーのヴォーカルにこの処理が施された最初の理由はおそらく

徹底的に、レコード向けの声になる

という事だったと思います。
ですから、デジタルCD全盛の今の時代、このヴォーカル処理は多少の古くささを感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。


レコーディングの技術革新が次々に起こった70年代。
それ以前の楽曲では、耳元で囁くようなヴォーカル処理だったのが、少し離れた位置から大声で恫喝するような(って、他に上手い言い方がないのか?)処理にとって代わりました。
好みはそれぞれでしょうが、ジュリーならばどちらの手法でも魅力はあるワケで。

そして、録音技術ばかりではない、ジュリーが「天性のヴォーカリスト」である事を証明する箇所が、この曲にはひっそりと存在します。
おそらく、大野さんの作曲段階とは違ったメロディーを歌っている箇所が。

1番
♪コートの襟を立
て~走っていけよ~♪

2番
♪あてなく揺れながら~歩いてゆけよ~♪

お分かりでしょうか。
生粋のジュリーファンを集めてカラオケでこの曲を歌って頂いたとしても、この部分をジュリーと同じように歌える人は10人に1人くらいだと僕は踏みますね。
音階で表記しますが、ほとんどの方は

♪ラシレレレレレ~シラ~、ララッソラソソ~♪

と、歌うでしょう。
でも、ジュリーが歌っているメロディーは

♪ラシレレレレレ~シラ~、ララッソラソソ~♪

なのですよ。
しかも、この太字の「シ」の声を、吐息のようにしてスッとさりげなく歌っています。

これはジュリーがまさにこの当時、フランス語の歌唱を勉強していた事と無関係ではないでしょう。

みなさまが、耳で聴いてこの曲のメロディーを覚えてはいても、いざ自分で歌ってみるとその通りには歌っていない・・・そしてそれに気づかない。そんな事態が、多くのベテランのジュリーファンの方々にさえ起こり得る、と思っています。

さらに、ジュリーのヴォーカル秘技はそれに留まらず。
さりげない吐息があれば、一方でははっきりとしたセクシー声もある、ということ。
日本人については、「たちつてと」をセクシーに歌うヴォーカリストに僕は惹かれます。
女性だと、刑事ドラマ「Gメン75」のエンディングを歌った頃の、しまざき由理さん。
そして男性では当然、阿久=大野時代のジュリー。この「立ち止まるな ふりむくな」では、ジュリーの「タ行セクシー声」の全貌が露出します。

何と言ってもこの曲の歌詞、「たちつてと」率が異常に高いですから!
初っ端の「立ち止まるな~♪」は言うに及ばず、「ちぎれた糸を~♪」とか、「うわ~」って感じ。
でも、これは僕だけの感覚かもしれません。

しかしながらこの路線はその後しばらくお休みとなり(当時のジュリーの置かれた環境をようやく認識した今日この頃)、「ウィンクでさよなら」の加瀬さん路線や、アルバム「チャコールグレイの肖像」での囁き路線をもう一度経たのち、「立ち止まるな ふりむくな」のパターンを踏襲した、阿久=大野=ジュリーのセールス黄金時代がやって来るのですね。

それ故、「立ち止まるな ふりむくな」というナンバーは、アルバム「思いきり気障な人生」に収録されていたとしてもおそらく違和感はありません。
つくづく、面白いシングル盤だなぁと思います。だって、一方のB面曲は、「いくつかの場面」以外のどのアルバムに収録されていても違和感バリバリであろう「流転」なんですから。
この2曲がドーナツ盤のカップリングってのは、ジュリーの歴史、2つの大きな波が交差した時代の産物とは言え、スゴ過ぎますわ。

最後に。
「立ち止まるな ふりむくな」が、なんとなく「演歌っぽく聴こえる」原因を説明いたしますと。
これ、実際に演歌でよく使われるパターンなのですが

キメのリードギターとストリングスがユニゾン(同じメロを弾いている)!

というアレンジの為せる業なんです。短調の曲でそれをやる、ってのがポイントね。
試しに・・・そうだなぁ、「恋は邪魔もの」とか「追憶」のイントロ。
リードギターに、脳内で全く同じメロディーのストリングスを重ねてみてごらんくださいませ。
演歌っぽいでしょ~?

でも、ジュリーが歌うと演歌にはなりえない。
アレンジに左右される歌手ではなく、アレンジを噛みくだいて飲み込んでしまうヴォーカリストなんですよね、ジュリーは。

ちなみに、相互リンクさせて頂いておりますkeinatumeg様のブログ「僕らは、いつも楽しい驚き!」さんに、「立ち止まるな ふりむくな」の季節感について書かれた御記事がございます。
keinatumeg様の流麗な文章群の中でも、僕が個人的に大好きな内容の御記事です。
みなさまも是非、お読みになってくださいね。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2009年11月15日 (日)

ザ・タイガース 「素晴しい旅行」

「THE TIGERS SINGLE COLLECTION」収録
original released on 1970、シングル

(11月16日註:以下の本記事にて、タイガース音源に関して大変無知な考察を記述してしまいました事、お詫び申しあげます。
サポート無しで演奏された田コロLIVEの「スペル・オン・ミー」にてギター音源を勉強しました結果、「素晴しい旅行」レコーディング音源の間奏は、間違いなく森本タローさんの音である、との結論に至りました。「世界はまわる」も同様です。
無知ゆえの想像・・・お恥ずかしい次第です。)

(11月17日註:この曲のタイトルなのですが「素晴らしい旅行」ではなく「素晴しい旅行」という表記が正しいようです!う~、今まで全然気づかなかった~。そうだ、あいらさんもこの曲の記事を書いておられたはず(と、チェックしに行く)・・・うぅ、さすが!ちゃんと正しく書いていらっしゃいます・・・後追いだから気づかなかった、というのは理由にならないようです。すみません!ただいま修正いたしました~)

20万ヒットのキリ番の方~!
リクエストお待ちしておりますよ~!

と叫んでみました。
いや~、nekomodoki様から「トイレに行ってる間に20万超えてた」とのコメントを頂きましたもので。
「どうなっとるん?」と思って、ココログさんのサービスを使い、拙ブログの「11月14日・1時間ごとのアクセス推移」ってのを見てみたんですけどね。

091114

「午前0時~午後1時」が、60人で277アクセス?
こんな状況、初めて見た・・・。
この推移グラフは、一番高い棒線を基準に自動的にデザインされるので(ちなみに黒っぽい棒線が前日値)、一見他の時間帯のアクセスが少ないように見えますが、これはいたって通常の数字です。
つまり、午前0時台のアクセスだけが異常!という事です。
まさか、みなさんキリ番のために競争してたの・・・と一瞬思いましたけど、まぁおそらくワイルドワンズの記事を書いたから集中したんでしょうね。
狙っていらした方々、すみません・・・到達予想時刻が大幅に外れてしまって・・・。

キリ番の方をお待ちしつつも、他のお待たせしておりますリクエストにもお応えしていかなければ。
これから12月にかけては、みなさまから頂いたリクエスト曲を中心に記事を書いていきたいと思います。
年が明けたら、歌門モードになりますけどね。

さて今回は。
このお方のリクエストだけは、年を越すまでお待たせするワケには参りません。
本当にこの奇跡元年、ず~っと、めいっぱい、お世話になったんです。
大恩人(って書くと怒られちゃうけど)・fuji様からタイガース・ナンバーを頂いております。
「素晴しい旅行」、伝授!

この曲の構成は、まぁ当然ビートルズなんですよ。
「デイ・トリッパー」と「ペ-パーバック・ライター」と「アイ・フィール・ファイン」の複合技。
だから、生粋のビートルズフリークたる僕は、イントロの瞬間「おぉ~っ、リフ一発系ビートルズ!」と盛り上がるのが自然だったのでしょう。

しかし。
この曲を初めて「タイガース・シングル・コレクション」で聴いていた頃の僕はと言いますと、ですね。
毎日毎日、ジュリーばっかり聴き続けて早数ヶ月・・・という一番濃い時期でございました。頭の中は完全にジュリー・ナンバーで埋め尽くされ、それまで聴いていた洋楽の記憶が薄れてきていたのでしょうか。
イントロの瞬間・・・いや、ほんのギターリフ・ワンフレーズの瞬間なんですけど。
条件反射のようにいきなり

「ダメ」

が、脳内でかかりました。
「ダメ」・・・「サーモスタットな夏」の収録曲ですよ。みなさま、すぐにイントロ出てきますか~?

キーは全然違うんですけどね(「素晴しい旅行」はホ長調、「ダメ」はト短調)。
でも「素晴らしい旅行」のイントロは長調とは言え7th進行(「ロック」ってことよ!)なので、ギターリフのみの演奏段階だと短調音階に聴こえるんです。
まさか「素晴しい旅行」と「ダメ」が似てるなどとは、先輩方もお気づきございますまい。みなさまは当然、後追いの僕のように、短期間で「サーモスタット~」とタイガースを合わせ聴くような事はなかったでしょうから。

ま、似てるのは本当に、イントロのリフほんの一瞬。
ふ~、良かった(何が)。

このギターリフ、音階が「デイ・トリッパー」のアナグラムで、音の進行は「アイ・フィール・ファイン」で、音色が「ペ-パーバック・ライター」というスゴイ状況なのですが、作曲者のジュリーから演奏者へ、リフのサジェスチョンがあったんじゃないかと僕は思っています。
ホ長調(キーがE)の7th進行、ってのがポイントですよ。

ギターのチューニングは上弦からミ→ラ→レとなっていますから、一番太くてヘヴィーな音は、最上6弦の「ミ」ということになります。
以前に「デイ・トリッパー~サティスファクション」の記事でご紹介したように、これはリフ一発ロックとして一世を風靡した進行で、ある程度ギターが弾ける人なら、似た感じのフレーズを量産できます。
そしてそれは、ギターの6弦を起点とするポジションのため、ホ長調に仕上がるのが必然となります。僕は、このリフロックの発想からジュリーが作曲に着手した説(細かい音階構成・ポジショニングは編曲の井上さんでしょうが)に一票ですね。

あと、リードギターの演奏者なんですけど・・・。
これ、タローですか?

後追いで、しかもタイガースのレコーディング関連知識を持たない僕にはいずれにしても断言はできないのですが、この曲のリードギターは、かなり指圧が強いギタリストの音なんですよ。
井上さんの姿が目に浮かぶんです。
リフだけなら、タローかも知れません。しかし、間奏は・・・かなりエグイ最先端の演奏ですね。
日頃からザ・フーとかを丹念にコピーしているギタリストが弾いている、としか思えません。

ジュリー自身の作曲作品がシングル、という点にしても、当時としては相当な事だと思うんですよ。しかも、できる限りハードに作ろうという意図が見えます。

「豚のように虐げられても、自分達のやりたい音楽をやるんだ」

・・・あまりにも有名なキーワードが、初めてタイガースに持ち込まれた楽曲が「素晴しい旅行」だったのではないでしょうか。ジュリーの自作だからこそ、そんな気がします。

以下、付記ながらアレンジについて。

ベースの音量レベルを、レコードの針が吹っ飛ぶくらいに上げてミックスしているのは、「ペーパーバック・ライター」と同じ試み。
タイガース後期のサリーのベースには、「俺はベースで食っていくんだ!」という気概が窺えます。役者になろうなんて、まったく考えていませんよね~。そういう音ですよ!
ギターとユニゾンで噛みこむ箇所が特にオイシイです。

また、トランペットのミックス及びイコライジングは、ザ・バーズの「ロックンロール・スター」。
わざとチープにして、バンドサウンドに埋めこんでしまおう、という手法です。僕はこの処理、大好きです。

ただ、Bメロなどはどうしてもそれまでのタイガースの作りを引きずり、徹底的なシリアス路線には至っていません。
プロデュースの束縛も、あったかもしれません。
しかし、そんな柵を一気に取り払った伝説のバンドの誕生が、この時点でほんの先にまで迫っていたワケですね。

PYGの夜明け。
タイガース・ナンバーながら、「素晴しい旅行」は、僕の中ではそんな位置づけとなっている名曲なのです。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2009年11月11日 (水)

沢田研二 「砂丘でダイヤ」

~from「忘却の天才」、2002

「ブルース」と言いますと、多くのみなさまが短調のコブシの効いた切ない曲を想像なさるでしょうが、いわゆるロック界で「ブルース」(ピーター・バラカンさんは頑なに「ブルーズ」と濁ります)と言えば、1小節に8分音符の3連符4つ並びの武骨な7th・コードスケールのナンバーを指します。
リズムのニュアンスは”ロッカ・バラード”と近いものがありますので、「おまえがパラダイス」の記事も参照して頂ければ。

ブルース・ロックの楽曲は、ハッキリ言って歌い手を選びます。生半可な歌唱表現力では、どんなに優れた詞曲のブルースであっても、無残なゴミ曲と化してしまうんです。
ズバリ、僕では無理です。

じゃあジュリーはどうか、と言いますと・・・これがもう、ブルースを歌うべくして生まれたのではないか、というくらいの適性があるんですね~。

しかし若い頃のジュリーは、そのあまりに美しい声に多くの人が耳を奪われ、泥臭いブルースナンバーのヴォーカルにジュリーを起用する事は、なかなか発想し辛かったのでしょう。
例えばですね。タイガースのアルバム「自由と憧れと友情」収録の「世界はまわる」というブルースロック・ナンバー。
派手なリードギターをフューチャーし、サリーのトボケたヴォーカルもあって愉快な佳曲ですね。これはこれで相当良いですが、もしジュリーが歌っていたら・・・と考えてみてください。
ヴォーカルが、楽曲のすべてを支配してしまったでしょう。リードギターはとてつもなくハードに聴こえるでしょうし、ベースはアグレッシブな生き物のように耳に残ったはず。
優れたヴォーカリストにはバックの演奏を昇華させる力がありますが、それが最も形に現れやすいのが「ブルース」というジャンルなのです。

今日は、ヴォーカリストとして円熟期に入ったジュリーの、ド迫力なブルース・ナンバーを採り上げたいと思います。

先日「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」楽譜付写真集を譲ってくださったnekomodoki様より、「姉のリクエストです」とご依頼を頂きました。
「送料はこのリクエストで」と仰られては、何を置いても速やかに書かねばなりません。語り甲斐のある楽曲を指定して下さり、僕も大変嬉しく思っております。
アルバム「忘却の天才」より、「砂丘でダイヤ」・伝授!

作詞・覚和歌子、作曲・沢田研二

・・・これはある意味黄金コンビなんじゃないですか?
ちょっと言葉の意味は違いますけど、相思相愛のお二人。

♪ いいんだ笑って、思いっきり
  煤けたジャケット、虚ろな目
   ふられた男は、こうでなけりゃ ♪

ジュリーが”フラれた直後のダメ男”を歌うと、何故こうもカッコイイのか!
どうして朝」とかもそうだよねぇ。
もちろん覚さんの詞(「どうして朝」は岡田冨美子さん)の豪快な作詞表現も要因としてありますけど、ジュリーの潔いヴォーカルのなせる業でしょう、このカッコ良さというのは。
こんなにガツンと歌っているにも関わらず、まったく押しつけがましくないんです。
LIVEで聴いたら卒倒モノでしょう。「歌門来福」・・・微々たる可能性ながら、期待しちゃうなぁ。

この曲は詞先のような気がします。
他の作曲家さんなら、メロ作って覚さんに依頼という流れでしょうけど、このナンバーはまず詞があって、ジュリーが「俺が自分で曲つける!」と意気込んだパターンなのでは?
根拠は、ブリッジ部の譜割りです。

♪ ひとつダメな時は
  何もかもがすべる~~ a-ha ha ha ha♪

ココ!
分かるかなぁ?

通常、ロックやポップスってのは、小節4つ(あるいは2つ)の偶数でひとくくりに作曲するのが自然です。
ところがこの部分は「3小節+4小節」。奇数なんですよ。
歌詞に合わせた曲作りだと思われます。
これがもし曲先だと

♪ ひとつダメな時は~~ あ、はぁ、あんあ、あぁ
  何もかもがすべる~~ あ、はぁ、あんあ、あぁ♪

てな風に歌メロが載っていた可能性が高いワケで、いきなりマヌケな曲になります。そりゃフラれるわ!みたいな感じ。

あと、このブリッジ部分はブルース進行ではなく、ちょっと泣き系のコードで展開されています。
この曲はイ長調なので原則として「ド」「ファ」「ソ」の音に#がつきますが、1箇所だけジュリー作曲ならではの面白い箇所があって

ド#・ミ・ソ#(ひとつ♪)→レ・ファ#・ラ(だめな♪)→ド#・ミ・ソ#(ときは♪)→ファ#・ラ・ド#(なにも♪)ファ#・ラ・ド#・ミ(かもが♪)→ソ[ナチュラル]・シ・レ(すべる~♪)→ミ・ソ#・シ

この「ソ」の音がナチュラルするソ・シ・レの和音(G)を経てから、ドミナントのミ・ソ#・シ(E)へと辿り着くのが、なんともルーズな雰囲気を醸し出していて良いんですよ~。
直球のブルース進行ではなく、こうした仕かけを入れることで曲が刺激的に聴こえますし、伊豆田さんの甘いコーラスも自然に溶けこんでいけるのですね。

ヴォーカルがスゴいと、その分演奏も盛り上がるのがブルースナンバーの醍醐味。
「爛漫甲申独唱会」DVDの記事でご紹介したように、LIVEでGRACE姉さんの「ぬお~」が出たり、ブルースのリズムは、腕に覚えのあるドラマーさんの大好物なんですよ。
洋楽の例ですと、レッド・ツェッペリンのファーストアルバムとか、全9曲のうち4曲までもが強いブルース色を持っているのは、明らかに演奏してて気持ちが良かったからだと思います。特に、ボンゾさんがね。

さて、ジュリーはこの「砂丘でダイヤ」以降、ここまで明確なブルースナンバーはずっとリリースしていません。
そろそろ来るんじゃないかなぁ、と思っておる次第なのです。
今の声でブルース歌ったら、スゴイ事になるよきっと!

来年も新譜が出ることを期待しましょ~。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年10月22日 (木)

ザ・タイガース「青春」

~from「自由と憧れと友情」、1970

「歌門来福」とツアータイトルも決まり、いよいよか~!
と、そんな感覚になってきますが、実際には、お正月コンサートまでまだ3ケ月もあるのですね。
プレプレツアーの3ケ月前にも、同じこと書いてたような気がする・・・。

今まで(とは言ってもドーム以降1年未満の期間ですが)、ジュリーLIVEへ向けての先輩方のご様子を、ブログを通じて、或いは実際にお話したりして感じていたのが、みなさま意外と初日にはこだわらず、ファイナルに重点を置いていらっしゃるなぁ、という印象。
ところが今回の「歌門来福」。僕の周りの先輩方に「初日、初日」と仰る方が多くて。
「奇跡元年」や「Pleasure Pleasure」の時はそんな空気は無かったように思うのに、何でだろう・・・と考えていて、ハタと気がつきました。

1・24!

これか~!この日付が重要なんだ、きっと!

ということで、本日の記事は、”タイガース=青春時代”なお姉さま方に捧げますよ~。
keikoj様からリクエストを頂いております。アルバム「自由と憧れと友情」から、ズバリ「青春」、伝授です!

「青春」という言葉を投げかけられた時・・・みなさまは、はっきりと自分の人生において時代の線引きがおありでしょうか?
僕は、あります。大学進学で上京し、環境が大きく変わったので。
鹿児島のド田舎から東京へ。凡人の僕にとって初めての大都会は、とにかくワケもわからず邁進するだけで、精一杯。

だから僕が、ゆるやかでありつつはかなく短い「青春」のイメージを問われたならば、それは上京前の故郷の風景・・・10代後半のイメージなんです。
「青春」にはっきりした時代の線引きを自分の中で持っている人は、このように何か特別な環境または心境の変化を体験しているのではないでしょうか。

そうしますと、タイガースをタイムリーで体験した先輩方にとって、1971年1月24日・・・この日が「青春」を区切った日であっても、おかしくない・・・そう思いました。


楽曲の「青春」では、それが淡い恋の思い出と重なり、まだ年を重ねてもいないのに振り返らずにはいられない・・・そんな心情を歌います。

イントロからバリバリのオーケストラ装飾。これがインタルードとなって、いざ本割に入ると、独りで振り返る、というイメージを狙ったのでしょうか、静かなピアノが。

ファ・ラ・ド→ファ・ラ・ド・ミ♭→ファ・シ♭・レ→ファ・シ♭・レ♭

シンプルな和音演奏に合わせて、ジュリーのヴォーカルが美しい~。
これがAメロですが、この時点でかなり深めのディレイ処理が施されています。
オケに加えて、女性コーラスが途中から加わり、う~ん、こりゃ、ジュリーのソロって趣きだなぁ。バンドの音が聴こえてこない・・・。
などと油断しておりましたら、サビ直前に独特のドラムス・フィルインがドカ~ン!と噛みこみます。

あぁ、このアレンジはビートルズの「ヘイ・ジュード」だ!

そうすると、アレンジの一番の肝は、最初に噛み込むドラムスに他なりません。
タイガースの演奏の中で、「あぁ、この人のプレイだ!」とハッキリ解るのは、ピーのドラムスなんですよね。

例えばギターについては、トッポとタロー、或いはシローの区別はなかなかつきにくく、そもそも曲によってはゲストプレイヤーが弾いてるんじゃないの?という音が(特にアルバム「自由と憧れと友情」には)結構ありますし、ベースにしても、タイガースすべての楽曲がサリーのプレイだ、と言い切る耳は、残念ながら僕にはありません。

しかし、ピーのドラムスは解る。
「あれっ、このドラムス誰?」って曲は1曲も無いんです。
独特の間を持つ、正統派マージービート。リンゴ・スター直系のスタイル。僕はこういうドラムスが大好きなのですね。
ちなみに、僕がタイガースの楽曲の中で一番「ドラムス最高!」とシビれるのは、「はだしで」。
次点が「怒りの鐘を鳴らせ」かなぁ。この2曲については、いずれ記事を書きたいと思っているところです。

この「青春」という楽曲、タイガースメンバーに限ってはほとんどジュリーとピーの二人舞台と化しておりますが、実は「ヘイ・ジュード」もそうなんですよ。あちらは、ポールとリンゴ。
アコギのミックスが極端に小さいのは、「ヘイ・ジュード」を意識しての作業だと思われます。

しかし、「ヘイ・ジュード」がエンディングに向かって怒涛ににぎやかになりフェイドアウトするのに対し、「青春」は安井かずみさんの歌詞構成を最大限に生かした起承転結があります。

♪ 振り返るにはまだ早すぎる
    初恋の愛とその涙 ♪

最後の最後まで「初恋」という言葉をとっておくのです。

1番において「青い風の物語」というフレーズで聴き手にイメージを投げかけ、2番で「いつの日にか泣いて読み返す♪」と表現される「日記」という言葉が重要な「承」の役目を果たしているのですね。
だから3番で「幸せとは何か」と問いかけた後の、最後の「初恋」というフレーズが生きる。
最初から「恋」と言ってしまっては、聴き手のイメージを束縛してしまいます。

タイムリーでタイガースを体験したお姉さま方にとって、「初恋」がタイガースそのものであったのかもしれません。それが「青春」であり、1月24日という日が、ひとつの結末であったのかもしれません。
しかし、ですよ。
ジュリーと同世代のアラ還の先輩方も、ジュリーのファンである限り、正に「振り返るにはまだ早すぎる」のです!

「若者は未来を夢に見、年老いた者は過去を夢見る」
という言葉がありますが、ジュリーは未だ現役。ジュリー自身が、まだ未来へ向けて夢を見ている限り、ファンである我々も、未来を夢に見続けられるのです。
ジュリーが「セルフカバーなんてやらん!」と言ったり、「いい曲ができた!」と語ってくれるのが、どれほど素晴らしいことか。それらの言葉は、ジュリーが今も常に未来へ向かっている事の証明ではないでしょうか。
ファンは、そんなジュリーに導かれています。

線引きは、一度払拭してみよう。
先輩方も、僕も、同志のみなさまも、今が「青春」!しつこく青春!
「歌門来福」というメッセージを受けた直後だからでしょうか、僕は今日「青春」という曲を聴き直して、そんな事を考えたのでした。

ってことは、中抜け組のみなさまは、突然の青春復活、ということになりますか。
ある意味うらやましい~。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年10月 2日 (金)

沢田研二 「whisper」

~from「CROQUEMADAME & HOTCAKES」、2004

本日は何と、2月の”きめ今”直後に頂いておりましたリクエストを、今になって(お待たせしてすみません)・・・。

あみ様、シロップ。様、そしてYOKO君。
多くのみなさまから熱烈な支持を受けております、ビートルズ直系のパワーポップ・ナンバー、「whisper」です。!

イイ曲なんだよねぇ。
しかしながら、「すろ~だんす♪」の部分の進行とリズム割りがビートルス「NO REPLY」のオマージュ、というくらいしか記事ネタが思い浮かばず、しばし熟慮(というか放置)期間を頂いておりました。
いえね、全体のメロディーやアレンジの雰囲気が、僕の知ってる何かの洋楽に似てるんだけどなぁ・・・とずっと思ってはいたのですが、それが何の曲なのか把握できないままだったんですよ。

そしてつい先日。
ファイナル渋谷からの帰り道、いきなり「!」と思い当たりましたので、遅ればせながらその事を書きたいと思います。
アルバム「CROQUEMADAME & HOTCAKES」から、伝授!

唐突ですが、ブログというスタイルは更新が簡単で、執筆者にとってはとても便利な情報発信源なんですけど、読者のみなさまからしますと、なかなか過去記事にまで遡っての閲覧は面倒な作業のようです。
ですから拙ブログ、完全にジュリー専門の場所だと思っていらっしゃる方々がすごく多くて。

それはそれで嬉しい誤算なのですが・・・まぁ実のところ、以前は全然ジュリーとは関係の無い洋楽などを伝授していたんですね。

ジュリー祭り(東京ドーム)のレポを書いて以降、あまりの反響に執筆者が調子に乗ってジュリーブログに化けた、というのが正直なところでございます。
それ以前に記事にしたジュリーの楽曲は「バイバイジェラシー」ただ1曲でした。

そんな過去にまで遡って読んでくださっている方はそういらっしゃらないだろう、と思っておりましたところ・・・。

渋谷終演後にご挨拶させて頂いた黄身様が、ふと、バッドフィンガーというバンドの「デイ・アフター・デイ」なる楽曲をお題に僕が書いた過去記事について、お話をしてくださいました。
そして、
「瀬戸口さんが一番好きな「JULIEⅡ」の時期に、ジュリーはLIVEであの曲をカバーしてたんですよ」
と、仰るではありませんか!
思わず
「ええぇ!! ウィザウト・ユー(コレもバッドフィンガーの曲なんです)じゃなくて、デイ・アフター・デイですかぁ?」
と素っ頓狂に叫んでしまいましたよ。

僕はこのブログで、基本的に自分の好きな楽曲しか記事を書きません(ジュリーの曲は全部好きだからどんなリクエストも大丈夫。さぁかかって来い素肌極楽!)。
ドーム以前に書いたお題の洋楽も、僕にとってはすべて思い入れの深い歌ばかりです。
そんな中の1曲を、70年代初期のジュリーが歌っていた?あの声で?
ひえ~!

黄身様にお会いできて、素敵な逆伝授を頂いたのです。
帰りの電車内で
(そう言えば、バッドフィンガーのCDも長いこと聴いてないなぁ・・・)
などと考えておりましたら、パッと気がつきました。どこか「whisper」に似ている、と気になっていた楽曲。
バッドフィンガーの「NO MATTER WHAT」だぁ!何という見落とし!
僕にビートルズを伝授してくれた著名人の一人、松村雄策さんをして「初めて聴いた時、ポールの新曲だと思った」とまで言わしめた、ビートルズ直系・パワーポップ不朽の名曲なのです。

「whisper」は単独で聴くと、リキの入ったガンガン系のパワーポップですが、何と言っても収録アルバムが「CROQUEMADAME~」ですからね。
流麗なメロ、コード進行を擁しているため、ハードな他収録曲に混ざると、ものすごく胸キュン系に聴こえます。
この”胸キュン”というのが実はビートルズ直系のパワーポップの肝でして。

ビートルズが解散し、多くの熱心なリスナーが新たな心の寄り処を求めていた時期。
その頃ノシてきたレッド・ツェッペリンやキング・クリムゾンなどが、どちらかと言うと「ビートルズなんてもう過去のモンなんだぜ」というスタンスで躍進したのに対し、バッドフィンガーは、愚直なまでにビートルズの幻影を追い求めたリスナー達にこそ受け入れられたバンドでした。
僕はどちらも好きなのですが、ツェッペリンではなくバッドフィンガーを選んだ人達は、パワーあふれる演奏の中にも、どこか胸キュンなメロディーを擁した楽曲に惹かれたのだと思います。
「CROQUEMADAME~」を初めて聴いた時、僕が「whisper」に抱いた印象は、まさにそんな感じでした。

作曲の八島順一さんは、本当にジュリーにピッタリの作品ばかり書く人です。
ジュリーに提供した楽曲数はそれほど多くありませんが、八島さんのジュリーナンバーはLIVEで歌われ続けているものが多いし、どの曲もメロディーに「泣き」の要素が含まれています。
また、覚和歌子さんとの相性がやっぱり抜群でね。

「whisper」はおそらく曲先の作品だと思うんですけど、一番の謎は「スローダンス♪」ですよ。
これは覚さんが作ったフレーズではないと思います。歌詞カードにも記載されてないし。
ジュリーの考案かもしれませんが、僕は、案外八島さんがデタラメ英語か何かで作曲した際のフレーズがそのまま残った可能性を考えています。
LIVEでは、この部分でジュリーがクルクル回ることによって、ちょっとエロティックなフレーズに昇華していますね。

とかエラそうな事を書いてまいりましたが・・・ご承知の方も多いでしょう、僕は「whisper」を生で聴いた事がありませ~ん(号泣)!
まさか”きめ今”でこの曲が採り上げられるとは・・・。
あのコンサートは、「星空、それより贅沢な一度きりの夜♪」だったのでしょうか。
そんな殺生な。DVDにもならないなんて。

裕也さん、加瀬さん、是非またお願いします!

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2009年9月 5日 (土)

沢田研二 「コバルトの季節の中で」

~from「チャコールグレイの肖像」、1976

この数ヶ月、本当に色々なジュリーファンの方々と出会い、LIVE会場でお話させて頂いたり、ブログにてコメントを頂いたりする中で、数多くの方々から
「ブログの文章にジュリーへの愛情を感じる」
と、過分なお言葉を頂いたりしています。

実はこれは僕にとって、すごく意外な、あまりに畏れ多い評価なのです。
自分としては、いわゆる「愛情」という点について、ジュリーファンの先輩方には全く太刀打ちできない、かなわない、という思いがあるんですよ。
僕のジュリーへの愛情の中には、「LOVE」という観念が無いのです。「リスペクト」や「憧れ」は充満しているんですけど。
特に女性の先輩方が持つ「LOVE」パワーには、とても勝てる気がいたしません。

まぁそれは、僕が男性である以上当然、と思っていましたが、どうも世間的にはそうでもないらしい・・・。
普通に男性がジュリーに「LOVE」な感情を持つ可能性を考えているファンの方々が多いんですね。
実際にはどうだか分からないですけど、久世光彦さんなどは、そんな観点からファンの間で語られる事が多い、という状況を僕はつい最近まで知らなかったのです。

今日は、その久世さんが”小谷夏”名義で作詞、ジュリーが作曲した超メジャーなナンバーを。
実は昨年末に、東京ドーム参戦の相方であるYOKO君からリクエストされていたのですが、ずっと放置していた曲。
さらに言えば、有名な曲であるにも関わらず、アルバムで聴くまではほとんどメロすら覚えていなかった、という・・・。

先日、幸せソナタ様から新たにリクエストを頂きましたので、このナンバーにぴったりの秋風の中(東京は明日からまた暑いらしいですが)、お題に採り上げてみたいと思います。
アルバム「チャコール・グレイの肖像」4曲目、無論ジュリー祭りでも歌われ、多くの観客を感動させました。
アルバムからは唯一のシングル曲でもある「コバルトの季節の中で」、僭越ながら伝授!

最初に断っておかなければならないのですが、僕は長い間、久世光彦さんをかろうじて名前だけ知っているという状態でした。
「悪魔のようなあいつ」も未だにキチンと観る事ができていません。
ですから、ジュリーと久世さんの関係(いや、いわゆる普通に言うトコロの「関係」よ)についても認識が甘い。
トンチンカンな事を書いていたら、遠慮なく叱咤してくださいね。

まずは、初めてアルバム「チャコール・グレイの肖像」を聴いた時、純粋に「コバルトの季節の中で」という楽曲に抱いた印象から語るのが、僕にとっては一番自然かなぁ。

このアルバム、1曲目が「ジョセフィーヌのために」じゃないですか。
僕は基本、初めての音源は歌詞カードを熟読しながら聴きます。当然、作曲クレジットや演奏者をチェックしながら。

作詞・小谷夏?知らんなぁ・・・。

ヒヨッコの僕は、まずそう思ったワケですね。
「ジョセフィーヌのために」の退廃・耽美紙一重の詞の世界は一発で気に入りました。そしてヒヨッコは、こうも思ったのです。

やはり、ジュリーナンバーの女性作詞陣にハズレなし!

そう、僕は完全に”小谷夏”という作詞家を、女性と勘違いしてしまいました。
いやね、みなさまも一度知識をリセットして、「ジョセフィーヌ~」の歌詞だけ読み返してみて下さいよ。
この視点が男性とはとても思えない。と言うより、歌詞中の「あなた」が男性にしか見えないから、当然それを見つめている主人公は女性である、と認識するしかなかったんです。

アルバムは進んで、いよいよ「コバルトの季節の中で」。
へぇ、この曲も小谷さんって女の人が書いてるのか・・・と思いながら、噛みしめるように聴きました。大名曲だ・・・ジュリーの曲もイイけど、歌詞最高!

で、ここでも歌詞中の「あなた」を男性=ジュリーと認識するに至ったワケですね。
それにしても

♪だから今朝は何も話しかけません♪

このフレーズなんて特に、相手(あなた)を全肯定している究極の愛情表現だと思うんですよ。
「あなた」の行動はすべて肯定する、受け入れる、それ以上は望まない・・・そんな視点です。ただ、見つめさせていてほしい、という。

この詞は、”小谷さん”からジュリーへのラブレターなんだろうなぁ、と思いました。
髪型を変えたのも、風の日が嫌いなのも、ジュリーの事なんじゃないか・・・。

♪あなたを見失いたくないのです♪

いい詞だなぁ・・・。
ラブレター出した相手が、それに曲つけて、しかも歌ってくれてるんだから、幸せな作詞家さんだよなぁ、と。

で、後日YOKO君が小谷夏=久世さんについて教えてくれました。

へぇ~。
男だったのか!
あんな視点で詞が書けるなんて、どんだけ才能ある人なんだよ!

と、その時点ではまぁそのくらいの感想だったんですけど、ドーム後に色々と調べていくうちに、どうも久世さんとジュリーの間に妖美な空気が漂っている(らしい)事が分かってきました。そうしますと

「コバルト~」の詞は才気あふれる男性(久世さん)が敢えて女性視点を狙って書いた作品ではなくて、実は本気も本気、大本気なんじゃないか?

という結論に、勝手に至ってしまいました。
自分の無知から二転三転した末での都合の良い解釈ではありますが、そんなに的はずれな考察でもないんじゃないか、と僕は思っているのですが。どうなんでしょうかねぇ。

もちろん比較するのも畏れ多い事ですが、僕が久世さんのような愛情をジュリーに持てるかと言ったら、それは無理。
人格、才能の桁外れな差・・・それ以上に、もっと何か深いところで、僕は劣っているのだと思えてきます。

ちょっとヤバい話になってきましたので、楽曲考察を普通の方向に転換(おいおい)。
「コバルトの季節の中で」は、メロディーとコード進行も実に華麗で、作曲家・ジュリーの実力を、初めてお堅い評論家の方々にも知らしめたナンバーであった事が想像できます。
この曲以前のジュリーの作るコード進行は、良くも悪くも、洋楽を手本に色々な工夫を凝らしたものでしたが、「コバルト~」で言うと

♪足早に 過ぎていく この秋の中で♪

の部分。
オリジナルキーは変ホ長調ですが、便宜上ハ長調に移調して表記しますと

(最初にCを鳴らしてから歌ってね)
F(ファ・ラ・ド)→B(シ・レ#・ファ#)→C(ド・ミ・ソ)→D(レ・ファ#・ラ)

この進行は世界初、ジュリー・オリジナルでしょう。
サブ・ドミナントのFから、Bなんていうトコへ一見素っ頓狂な移行をしたかと思うと、さらにトニックのCから1音上がってDへの浮遊。この見たこともない和音展開がこれほど美しいとは!
これは、ある程度ギターやピアノの弾き語り経験がある人なら「うぉ~!」と唸るに違いない、驚愕のコード進行なんですよ~。

さて最後に蛇足ですが。

女性だと思ってたら実は男性だった!と世間が徐々に認識し始めている人物と言えば、YOKO君もその一人ですね(どれだけ狭い世間だよ)。
「ようこ君」、ではなく「よこ君」です。

色んな人から
「え~と・・・YOKO君とはどういう関係?」
と聞かれる・・・(泣)。

「そういう面白そうな話は、拾っとけ!」
と、肝の据わったYOKO君は言ってますけどね。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年8月22日 (土)

沢田研二 「ストリッパー」

~from「S/T/R/I/P/P/E/R」、1981

久々の直球です、ド直球!
まぁ僕がいくら直球投げても時速80Kmくらいしか出ないんですが、それでも投げなきゃならん時があるワケです。

このお題、ブログを通じて知り合った数多くいらっしゃる大恩人の先輩方のお一人・みゆきママ様から、5月に頂いていたリクエストなのですよ~。
安城でお会いした際、「私のリクエスト、覚えてる?」と優しくツッコまれましたわ。

お待たせいたしまして。
みゆきママ様が安城サルビアホール横の喫茶店で放った名言によりますと

「ストリッパー」だけは、ジュリー以外の人が歌うのは認めん!

う~ん、解る気がする・・・。

と言っておきながらみゆきママ様、御自身のカラオケ十八番なのでそうです・・・言わずと知れたスーパーヒット、僭越ながら伝授!

「ストリッパー」は1981年リリースのアルバムのタイトルチューンでもありますが、まずこのアルバムの特色から述べて参りますとですね。
前作「G.S. I LOVE YOU」と並び、80年代ロッケン・ジュリー頂点の大名盤なのですが、「G.S.~」が白っぽく、この「ストリッパー」は黒っぽい、という大きな違いがあります。
サイケデリックな要素を加味しながらも、基本エイトビートで攻める楽曲が中心であった「G.S.~」から一転、「ストリッパー」収録曲には、素直なエイトビート・ナンバーがほとんど無し!
これはちょっとした冒険ですよ。

一見エイトビートの「想い出のアニー・ローリー」も、2拍目の裏拍を強調した後ノリのビートになっていますし、何よりシャッフル(3連符)ナンバーがアルバムの大半を占める、というおおよそ日本人離れした大胆な構成なのです。

ここでよく引き合いに出されるのがストレイ・キャッツというバンドですが、更に言うならこれ、デイブ・エドモンズ(ニック・ロウと並ぶ、ロックパイルの中心人物)流のロカビリーでもあるワケです。エレキベースのロカビリーですね。
シングル盤「ストリッパー」のB面、「ジャンジャンロック」なんて、モロにそうですからね。建さんのベースは神業です。

ストリッパーという楽曲にもその流れは汲まれていますが、ジュリー自身の作曲が実は相当に美しく、積極的に前にせり出す感じのメロですから、上手いこと和洋折衷されている(ロカビリーは基本的にはクールに歌いますから、メロ自体は平坦だったりする場合が多いのです)とも言えます。

さて、終始怒涛の3連符シャッフル・リズムで押す、「ストリッパー」。
エイトビートとシャッフルを比較した際、最もその技術レベルを求められる演奏者は、ドラマーさんです。
エイトビートを上手く叩きこなすドラマーはアマチュアにも数多くいますが、シャッフルを叩くとアララ?な人が多いんですよ。

責められない事です。本当に難しいんです、シャッフルのドラムスって。それがプロとアマチュアの差と言っても良いほどです。

エキゾチックスの上原さんは、当時あの若さで考えられないほど上手いドラマーでした。まぁエキゾチックスって、メンバー全員そういうレベルの人達だったのですが。
当然、「ストリッパー」のような迫力あるシャッフルナンバーでも、リズムを乱すなど有り得ません。「タカタ・タカタ・タカタ・タカタ♪」と、寸分の狂いもなく、しかも肉感的なアクセントでスネアドラムが噛みこんでくるのが、文句なくカッコイイですよね~。

ただ、曲が曲ですから、レコーディングリハを重ねていくうち、相当に体力を消耗したはずです。
そのせいなのか、どうか。
正規ヴァージョンに1箇所、可愛いミスタッチがあるんですよ。

この曲の演奏の肝は、何と言っても

♪俺のすべ~てを~(タカタ・タカタ・タカタ・タカタ
  見せ~てやる~(タカタ・タカタ・タカタ・タカタ)
 おまえの~すべてを~(タカタ・タカタ・タカタ・タカタ)
  見った~い~♪

うわ~、ソコまで頑張るか!という「タカタタカタ3連符スネアドラム連打」ですが、上原さん、エンディングまであと少しに迫った3分04秒のあたりで。
1打だけ、振り下ろしたスティックで、スネアの表面にたどり着く前に、勢い余ってもう片方の手に持ったスティックを叩いちゃってます。

♪見せ~てやる~(タカタ・キン!カタ・タカタ・タカタ)♪

・・・痛恨だったでしょうねぇ。
これねぇ、現在の一般的な録音手法なら、「もう一丁!」のテイクです。
ただ、エキゾチックスほどの技術レベルの高いバンド・・・であるが故に、レコーディングは複数楽器の同時録音で、バンドのグルーヴ感に重点を置いて演奏していたと思うんですよ。
ですから、ドラムスがもう一丁となると、他の楽器も同時にもう一丁!ってことになるワケで。

メンバー全員、「キン!」には気づいたはずです。
以下妄想。

カズさん「どうする?」
ユカさん「ごめんもう1回、頼む!もう1回!」
建さん「え~っ!今、俺すごい良かったのに~」
銀次兄さん「(コントロールルームから)いいよいいよアレくらい!
このテイクで行こう!」

てな感じだったのではないかと・・・。

なんか、今回はジュリーについて全然書いてませんね(汗)。
でも、この曲の詞曲の衝撃や、バンドを引き連れたジュリーの絵的な凄みについては、先輩方の方が良く御存知でしょうし、僕が敢えて書かなくても、ね。

ただ、「て」問題(厳密には「て」だけじゃないけど)にはちょっと触れておきましょう。
多くの先輩方の意見と同じく、僕もレコーディングヴァージョンのメロディーの方がイイと思うんだ~。
メロがフレーズごとに次のフレーズの頭の音まで上がっていく、というね。
その方が、次々に脱ぎ捨てる感じが出ると思うんだけどなぁ・・・。
結構リキ入れて歌う曲だし、ひょっとしたらジュリー、生で歌う時に低いシの音が出しにくいのかも知れないですね。
だからLIVEでは同音階連発のメロディーにシフトしたのかも、です。

いずれにしても、今ツアーでこの曲が聴けなかったのは残念ですが、それは来年のお楽しみにとっておこうと思います。
ベストテン世代の僕は、「沢田研二」と言えばまず「ストリッパー」を連想するんですよね。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

沢田研二 「ある青春」

「人間60年 ジュリー祭り」25曲目演奏曲
original track from 「JULIEⅥ~ある青春」、1973

一度も中断する事無く、40年以上のキャリアを積み上げてきたジュリー。
その歴史を知るファンの方々が、毎年のLIVEを胸をときめかせて待つ時間・・・その日が来るまでの至福の時間。
僕も今年、ようやくその醍醐味を少しだけ味わうことができました。

あれだけのレパートリーを持つジュリーです。
「今度は、どんな曲を演ってくれるんだろう?」というLIVE前のワクワク感は、何にも変えがたい楽しみのひとつですよね。
ましてや昨年。
「80曲を歌う」というジュリー祭りを目前にした時は・・・先輩方の至福の日々がどれほどのものだったか、うらやましいほどに想像できます。

残念ながらジュリー祭り参戦時の僕は(同行のYOKO君も)、そのレベルには達していませんでした。
楽曲知識が追いついておらず、ファンにとってどの曲が「おぉっ!コレを演ってくれるとは!」という選曲であったのか、判別できていなかったのです。

そんな僕とYOKO君でしたが、若輩者ながらそんな中でも「おぉぉ!」と盛り上がった意外な選曲がありました。
今日は、そんなナンバーを。

10万ヒット記念リクエストの第2弾です。
ウモン様より「ドームヴァージョンでお願いします」という、ジュリーの歴史を知り尽くした大先輩ならでは、の熱い思いを感じさせるリクエストを頂きました。
アルバム「JULIEⅥ」のタイトルチューンでもあります、名曲「ある青春」、伝授!

ジュリーの楽曲には、普通の人だとなかなか表現しきれない音域のメロディーを擁するものが数多くありますが、「ある青春」もその中のひとつです。
音域が広い、という事は、歌い手の声域都合に合わせたキー移動ができない、という事でもあります。
キーを下げると一番低い音が出ない、上げると当然高い音が出ない。
還暦のジュリーが歌った「ある青春」は、1973年の若きジュリーが歌ったものと全く同じ音階です。

調はCm(ハ短調)。最高音は高いG(ソ)で最下音は低いB♭(シ♭)。

この曲一番の聴かせ所は何と言っても最高音の部分です。

♪終わりがもう来たのか~♪

の、「か~♪」のトコですね。
ドームでの「ある青春」のヴォーカルを改めて聴くと、「終わりがもう来たのか♪の最後のココだけは、絶対に、何が何でも突き抜ける!」というジュリーの魂を感じます。
その場に少し立ち止まり、青い自分を振り返る、という歌詞の内容を考えても、ジュリーが「ある青春」をドームのセットリストに加えた意味は深いと思いますし、聴かせ所は何としてもキメる!という決意は当然あったものと考えます。

しかも、ドームでは演奏形態がピアノ弾き語りです。
バックの音が少なければ少ないほど、ヴォーカルのゴマカしは効きません。ジュリーは、それを承知で臨んでいるのです。

オリジナルの「ある青春」と比較しますと、70年代ジュリー独特の、無垢なまでに伸び上がる歌声とはまた違った魅力がドームのヴォーカルには感じられます。
僕がこの曲のヴォーカルでシビれたのは、最高音の「か~♪」をギリギリまで伸ばした直後のブレス(息つぎ)なんです。

まるで、ブレスそれ自体がヴォーカルの一部のような、素晴らしい表現でした。
メロディー発声以外の部分、ブレスで歌の世界を描いてしまう歌唱があるなんて・・・これは、60歳のジュリーだからこそ可能な表現だったかもしれません。
1番の、この部分です。

♪終わりがもう来たのか~(ブレス)めぐり逢い~♪

DVDやCDをお持ちのみなさま、先刻ご承知でいらっしゃるかもしれませんが、1番のこの部分を是非聴き直してみて頂きたいと思います。

「JULIEⅥ」収録のオリジナル・ヴァージョンは、ピアノを骨子にストリングスやホーンも絡むなかなか豪華なアレンジで、ドームでの弾き語りアレンジについては、泰輝さんにかかるプレッシャーもあったかと思いますが、手数が多いながらも優しいタッチの演奏。
一旦ご挨拶にステージ前方出てくると、スキップスキップ♪の愉快なキャラクターが目立つ泰輝さん。でも、特にこういったバラード演奏時は、真剣を持ったサムライのようです。それがどのような内容の楽曲であるか、と解釈するタイプの演奏者だと思います。
鉄人バンドは、そんな歌心を持ったプレイヤーを擁しているのが最大の強み。ジュリーからの信頼が厚いのは当然ですね。

あと、これはDVDのお話になってしまうのですが。
「ある青春」の2番、

♪この窓から見える空が、きれいだった♪

ココで空(くう)を見つめるジュリーの表情が・・・。
「人間60年」という言葉が凝縮されているような感じ・・・深くて、穏やかで、もちろんDVDで観て初めて気がついた事ですけど、僕はこの瞬間のジュリーの表情、姿に大いにヤラれました。
みなさまは、どうお感じでしょうか?

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2009年7月31日 (金)

沢田研二 「おまえがパラダイス」

~from「G. S. I LOVE YOU」、1980

今週末は安城!
僕にとっては初の関東圏外ジュリーLIVE、遠征です。

~近所の普通のお父さんやお母さんが「ちょっと行ってみるか~」と自転車でやって来て、ロッケン・ジュリーにド肝を抜かれる、の図~

一番観たいのは、実はそんなシーン。
地方の小さな会場で観るジュリー、楽しみです~。

さて、ネタバレも解禁し、どんな曲でも心おきなく記事に書けるようになりました。
溜まっておりますリクエストを少しずつやっていかないとね。リクエストなさった御本人が忘れちゃってるかもしれません。

そんな中から、今日は有名シングル曲シリーズ。
5月に、「大好きな曲」と、あみ様からリクエストを頂いております「おまえがパラダイス」、僭越ながら伝授!

僕は観に行けませんでしたが、あみ様はじめ多くの方々は、今年「きめコン」でこの曲を観ていらっしゃるんですよね。
うらやましい!

最近のジュリーは、往年のロッケンなヒット曲を歌う際、ちょっと(というか、かなり)楽曲自体をイジり倒して照れ隠しのようにおフザケに走る場合が多いですが、「おまえがパラダイス」のヴォーカルは、近年のDVDを観たりしますと、むしろどんどんカッコ良さを増してきていますね。
これはですね。
ジュリーは3連符ロッカ・バラードの絶唱が、大得意なんです!
大得意だから、歌ってて気持ちがいいんだと思います。陶酔の境地に入るんですね。

3連符というのは、1拍が「チャチャチャ」という8分音符三つで構成されている、という理屈でして、この「チャチャチャ」がスローテンポで4つ並んで1小節、というのが「3連符ロッカ・バラード」という奴です。
ロッカ・バラードの譜面は、その昔「4分の4」拍子表記でしたが、最近は「8分の12」拍子と表記するのが主流となっています。

スローテンポかつ3連符構成の4拍子というのは、かつてはムーディーなバラード専門のリズムでした。
オールディーズの名曲「オンリー・ユー」がその代表格でしょう。ダンス会場(いつの時代の話だよ)などでは、このリズムの曲がかかると男女が密着したりしてたワケですよ。
例えば「君をのせて」などは、その手のナンバーですね。
古き良き、洋楽直系のバラードです。

ところがこの3連符構成の4拍子バラードを、敢えてハチャメチャにシャウトしまくる、という新たな試みに挑戦したのが、ポール・マッカートニー。
ビートルズの「Oh!Darling」という曲です。

おそらくポールは、ホワイトアルバムでジョンが歌った「ヤー・ブルース」のヴォーカルからヒントを得ています。
ブルースというジャンルも3連符構成の4拍子ですが、バラードではありません。セブンスコード主体のハードな進行で、ジョンの絶唱は文句なくカッコいい。そのまま同じ事をやっても、自分はジョンに敵わない、ならば・・・とアプローチを工夫するのがポールのスゴイところ。同じリズムのバラードを絶唱シャウトしてしまえ!というワケです。

この試みは大成功し、「バラードなのにギンギンにロックってどういう事?」と世間をアッと言わせ、遂に「ロッカ・バラード」という新たな言葉が生まれました。
リズムマシンの内臓パターンでも、このリズムは「ROCK'A BALLAD」というカテゴリーで登録されています。今やジャンル用語として確立しているのですね。

70年代初期のジュリーナンバーにも、本来ロッカ・バラードに収束するべき楽曲がいくつかありました。「あなただけでいい」「胸いっぱいの悲しみ」などがそうです。
ところがその頃は、アレンジが「ロック」というベクトルを向いていなかった・・・と言うか、それはちょっと冒険が過ぎる、と敬遠されていたようです。せっかくジュリーが3連符のスローテンポを歌うなら、美しく繊細なヴォーカルに仕上げた方が良い、という判断でしょう。

ところが、エキゾチックス(あ、この頃はまだオールウェイズか)を引き連れたジュリーを銀次兄さんがアレンジするとなれば、そうは行きません。
「まずロックであれ」という意識を歌い手・演奏者・編曲者全員が持ち、加瀬さん作曲の3連符バラード「おまえがパラダイス」は、見事にロッカ・バラードに変貌して仕上げられます。

ひとつひとつの拍を強調して、縦にノるリズム表現。
リリース当時の映像を観ても、明らかな縦ノリですよね。ジュリーも、コーラス時の柴山さんも、ガクンガクンと縦に身体を動かしています。

ジュリーは、その頃よりずっと前から、こういうヴォーカルを試したくて仕方無かったのではないでしょうか。
絶対自分に合うはずだ、という確信を抱いていたと思います。

ジュリーが次シングル「渚のラブレター」について、後に「う~ん、ちょっと・・・」みたいな発言をしている事はよく知られていますが、それは、「おまパラと同リズムで、美しい路線のヴォーカルに戻って試してみたけど、やっぱりロックな歌い方の方が性に合うなぁ」という自身の認識によるものだと思います。
もちろん、「渚のラブレター」は大名曲のひとつですし、ヴォーカルも神レベルですよ!これはあくまで、ジュリー自身の歌い方の好みのお話でしょうね。

「おまえがパラダイス」は、いよいよジュリーが本格的にロックへとシフトしたアルバム「G.S. I LOVE YOU」に収録されています。
このアルバムは、イギリスのネオモッズの連中のオハコであった「擬似ステレオもどき」というミックスがなされていて、演奏楽器の各パートいずれかが、左右どちらかのチャンネルに完全に独立して振られているんです。
この辺りは洋楽へのオマージュ、一種の遊び心で作られたアルバムと言えますが、それ故に他のアルバムとは明らかにミックスバランスが違います。例えばベスト盤をヘッドホンで聴いた際、「おまえがパラダイス」のトコだけ、何か脳ミソを半分に割られるような感覚があるはずです。

ですので僕は、「おまえがパラダイス」をベスト盤、編集盤で聴く事はお勧めしません。
是非とも「G. S. I LOVE YOU」という名盤の、同じ音作りの楽曲の流れの中で聴いて頂きたいと思っています。このアルバムが、曲間の隙間を詰めて作られている、という事の意味がそこにあるのです。

最後に。「おまえがパラダイス」の話ではないのですが、ひとつだけ。

今回の記事で、ジュリーはこの頃よりずっと前から、歌い方ひとつで「ロッカ・バラード」へと変貌するはずだった楽曲を持っていた、という事で「あなただけでいい」「胸いっぱいの悲しみ」を例に挙げました。
ジュリーは近年、その思いを実践していたんだなぁ、と思ったのが、2004年の正月コンサート「爛漫甲申演唱会」。
僕はもちろんDVDでしか観ていませんが、このステージでの「あなただけでいい」は完全にロッカ・バラードとして新しいスタイルの楽曲に変換しています。
僕は、美しい慟哭スタイルの「あなただけでいい」ももちろん好きで、どちらが良いとは言えませんが、これは観ておく価値がありますよ。

そして密かに、今後のLIVEで「胸いっぱいの悲しみ~ロッカ・バラード・ヴァージョン」が聴ける事を楽しみにしているのですが、果たして・・・?

あ、今年のツアーでは、「おまパラ」も「あなただけ」も「胸いっぱい」も演ってませんから、念のため(あ~ネタバレって気楽♪)。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

沢田研二 「Child」

~from「REALLY LOVE YA!!」、1993

みなさま、本日もたくさんのアクセス、ありがとうございます。
ここ数日で、新しく遊びにいらっしゃって下さる方々も増えているような気がします。
やはり、毎回のLIVEレポ記事を境に、少しずつ検索ヒットしやすくなっているのでしょう。
ベストテンには入ってこないでしょうが、本日の検索ワードの中には

「もっと太ったろか」

というのがありましたよ~(笑)。
ありがたい事です。

そんなみなさまに支えられ、拙ブログは去る26日未明、累計アクセスを10万の大台に載せました。
ジュリーの歴史に詳しいでもなく、LIVEでの容姿を詳細にお伝えするでもなく、ただ自分が書きたいことを長々と書いてしまうスタイルでずっとやっておりますが、それでも多くのみなさまが支持してくださり、叱咤激励を頂きつつ、ジュリー祭りの記事更新以降の半年ちょっとでここまで来ました。
やはり「読まれている」「応援してくれる方がいる」という実感がなければ、更新を続けては来れなかったでしょう。
改めて、御礼申しあげます。

今日は、10万ヒット記念リクエストの第1弾。
(もうひと方いらっしゃいます。ウモン様、リクエストお待ちしております。さらに、ニアピンのみなさまも是非どうぞ!)
同世代、新規組とのことで、ジュリーファンの中にあって僕と似通ったスタンスでいらっしゃいます、鯛焼き丸様からのリクエストです。
アルバム「REALLY LOVE YA!!」から、いかにも吉田建さんプロデュース期らしいポップ・ナンバー「Child」、感謝を込めて伝授!

吉田建さんプロデュース、(現時点で)最後のアルバムとなった「REALLY LOVE YA!!」は、演奏面において、次作「HELLO」やその後のセルフ・プロデュース時代への橋渡し的な仕上がりになっています。
楽曲提供者や参加ミュージシャンも多岐に渡り、その意味でも過渡期と言えそうです。

そんな中、建さん自身の「これが最後!」という気合が見えている作品でもあります。
「とにかく、ベースだけは俺が全部弾く!」という。

ドラムスが楽曲の土台とするならば、ベースは基本的な楽曲の色を決めるパートと言えるでしょう。
打ち込み嫌いの建さんが、アルバム制作課程である程度の打ち込み音を導入せざるを得なかったのがちょうどこの時代。
ならば、とアレンジとベースラインでグルーブを持たせたEMI期のジュリー作品。このアルバムも編曲に演奏に妥協なき信念を注いでいます。

「Child」のようなエイトビート(8分音符主体の4拍子)のポップス系ナンバーは、ピックベースが主流ですが、ここでも頑なに指で弾く建さん。
指弾きとピック弾きで最も違いが現れるのは、音の粒の揃え方です。
実際、エイトビートで「ドッドッドッドッ」と同音連打するベースラインは、ピックの方が全然弾き易い。
「Child」で言うと「このままっ、じゃいけない♪」の部分。
ここだけなら、ピックの方が全然楽に弾けるはずです。
それでも指で弾くのは、Aメロのグルーブ感あふれるラインのため。これは、指弾きでなければ出せない味なのですね。

どんな楽器にしてもそうなのですが、「次の小節へと向かっていく意識」を持った演奏者はレベルが高いと言われています。
これはある程度キャリアを積んだプレイヤーなら、アマチュアであっても基本的な話ではあるのですが、例えば「Child」のAメロ。
「タクシー、窓に流れゆく♪」の部分。
動き回る独創的なラインもさることながら、Cコード(ドミソの和音)の小節からAm(ラドミの和音)の小節へ移行する際、建さんはCの小節のラスト2拍あたりでもう次のコードAmを意識して、シンコペーションのラインを奏でます。そのラインの中に、CとAmのルート経過音である「シ」の音が噛むのです。
センスに劣る演奏者だと、この部分をピックで、
「ド~ドド~、ド~ドド~、ラ~ララ~、ラ~ララ~♪」
と弾くかもしれませんが、建さんのプレイにそれは有り得ません。
これは、氷山のほんの一角の例なのですが。

ピックベースにはピックベースの良さがありますが、建さんはやはり指弾きならではの発想を持った人ですね。

鯛焼き丸様のコメントにありましたので、「Child」、ジュリー自身の詞にも触れましょう。
ちょうど「BURNING SEXY SILENT NIGHT」の記事で書きましたが、ジュリーの作詞スタイルはここまで目まぐるしく変遷してきました。
2000年以降確立した「些細な日常の素直な投影」というスタイルの片鱗が、「Child」には窺えます。

「生き急いだヒーロー」時代の詞から、CO-CoLO時代の「素直な吐露」へ。
ところが恋愛についての観点で言うと、CO-CoLO時代の詞は、まだ「恋愛」が特別な感情として描かれています。
今のジュリーにとって「恋愛」とは「日常のシアワセ」に包有される感情であり、作詞においてもそれが明らかに前面に出されていますが、「Child」にも部分的にそのスタンスが見受けられます。
「Child」には「サヨナラを決める」というフレーズこそありますが、これは別れの歌ではなく、「気持ちの伝え方が解らない」という、ふとした一瞬を捉えたものだと思います。

また、「不思議ちゃん系」と呼ばれる”ジュリー言葉”ももうすでにこの詞にあって、「君があくび♪」なんてフレーズをあのメロディーに載せてしまうのがジュリー流。
数年経つと、キツネだタヌキだ芋だと言い始めてしまうのですが。僕は、それはそれでジュリーの持ち味だと思うし、何よりも「素直」というベクトルに惹かれています。

あ、最後のコーラス「素直に伝えよう♪」のトコ、先日「影-ルーマニアン・ナイト」の記事で書いた、「トラックを抜き出してエフェクトをかけ、機械的な声にする」という手法を、コーラスパートで使っていますよ。
細かい事ですが、僕はこのようなミックス段階でのちょっとしたお遊びが好きなんです。

蛇足ですが、僕はこの「Child」という曲を聴くと、何故か「DELIC」というアマチュアバンドがイカ天で演奏した楽曲を思い出します。メロディーのアプローチが似ていたんじゃないかと思います。
楽曲のタイトルも覚えていませんが、「個人的には好きだけど、このバンドがブレイクしたりはしないんだろうなぁ」と思いながら観ていた記憶があります。
確か審査員の反応は、建さんが辛口で、銀次兄さんは絶賛してたんじゃなかったかなぁ。

| | コメント (11) | トラックバック (2)