みなさまからのリクエスト伝授!

2017年7月12日 (水)

PYG 「自由に歩いて愛して」

released on 1971、single

Nowthetimeforlove

side-A 自由に歩いて愛して
side-B 淋しさをわかりかけた時

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大雨の深刻な被害に襲われた九州。日に日に拡大してゆく被災のニュースに心が痛みます。
そして昨日、今度は僕の実家がある故郷・鹿児島で大きな地震が起きました。ジュリーファンの先輩方からもご心配頂きましたが、地震発生後すぐに父親の無事を確認できたことは幸いでした。

何処で起ころうと、地震のニュースは本当に怖い。
今回鹿児島市内で観測されたのは震度5強。僕が東日本大震災の日に職場で体験した大きな揺れは震度5弱でしたから「あれ以上だったのか」と驚きました。
鹿児島というのは活火山・桜島の噴火こそ日常茶飯事ですが、大きな地震は珍しい土地なのです。

こんな時どうしても考えてしまうのは、鹿児島では川内原発の2基が稼働中である、ということ。
もし津波があったら、もし想定外の自然災害が起こったら、もしそれが引金となり過酷な「人災としての原発事故」の悪夢が故郷・鹿児島の地で繰り返されていたら・・・僕は素晴らしい席を授かっているジュリーのデビュー50周年ツアー初日・NHKホール公演への参加を断念しなければならなかったでしょう。

災害や事故というのは決して他人事などではないのだ、と改めて考えこみます。
今回の鹿児島の地震では現時点で大きな被害の情報はありませんが、たとえ被害がほとんど無かったとしても、川内原発のことも含めてそれは望外の奇跡だったのだ、と考えるべきです。
現在の鹿児島県知事、三反園さんは、「川内原発を止める」と選挙を戦い勝利した人。当選後に一転、「消極的再稼働容認」へと変節しています。
今、どのようにお考えなのでしょうか。
ひとまずは気をとり直していつものように記事を更新しますが、なんともやりきれない思いです・・・。


いや、沈みがちな枕で失礼しました。
『沢田研二50周年記念LIVE 2017-2018』の開幕までいよいよあと数日、というところまで来ました。個人的にもなかなか慌ただしい猛暑の日々なのですが、大きな楽しみを目前に控え、僕は身体の方は絶好調。
初日NHKホールにご参加予定の方、その後の各地方が私の初日、という方それぞれに気持ちも盛り上がっている頃でしょう。体調おもわしくない方、大変な困難の中にある方も、皆ジュリーのデビュー50周年をお祝いに万難排して駆けつけようという歴史的ツアーです。遂に始まるのですね。
みなさまの無事のご参加を改めてお祈りいたします。

今日は”全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待したいセットリスト予想シリーズ”第3弾にして締めくくりのお題。ツアー開幕を待つ先輩方の多くが「是非」と期待を寄せていらっしゃる名曲です。
僕自身は「セトリ入りはかなり可能性低いのでは」と考えている曲ですが、いつもお世話になっている先輩から記事のリクエストを頂き下書きを始めてみますと「いや、もしかしたら」と思わないでもありません。
後追いファンのヒヨッコはそのあたりもブレブレで、何と言っても先輩方の思い入れであったり実体験を想像するだに荷が重い、とは思うんですけど、この機に頑張って書いておこうと思います。

困難や悲しみに直面した時には、本当に勇気づけられ奮い立てる名曲だと思います。
PYG「自由に歩いて愛して」、僭越ながら伝授!



Img001



①それでも「ロックである」としか言いようがない!

「ロックである、とかロックではない、とか言ってるアンタが一番ロックじゃないんだよ」
これは椎名林檎さんのパラドックス的な名言です。
ジュリー本格堕ち以前、いやほんの数年前までの自分なら「なんじゃそりゃ?」と気にも留めなかったであろう言葉。でも今は、僕のような者が肝に銘じ常に自戒せねばならない真理なのだろうと思っています。

『ジュリー祭り』以降ずっとジュリーを観続け、同時に過去の作品やパフォーマンスも勉強してゆく中で、「ロック」の枠に囚われていると見えてこないジュリーの魅力って本当にたくさんあるのだなぁと学びました。
もちろんジュリーはロックです。今現在、世界中の誰よりもジュリーはロックだと僕は思っていますし、それはジュリーという歌手の過去50年間の積み重ねがあってのことでもあり・・・大人になって、身の丈程度には金銭的な余裕もできたからこそ自分の中で厳選するロックというものが出てきて、そこで僕は確かにジュリーを選んでいるわけですが、「ロック」を掲げ固執することがジュリーへの理解を狭めていると感じること、これまで何度も体験しています。
これ、ガチガチのロックファンが遅れて「ジュリー堕ち」した際の宿命的な感覚なんですかね~。

例えば、僕がPYGの『ゴールデン☆ベスト』で「自由に歩いて愛して」のLIVEヴァージョンを初めて聴いた時。ジュリーのMC、曲紹介が終わってあの素晴らしい堯之さんのイントロのギターが始まるまでの数秒間に、「キャ~!」という女の子の悲鳴が聴こえて一瞬戸惑った、ということが確かにありました。
これが「ロック」の定義に囚われていたがための違和感、その最たる例。リアルタイムで「本物」を見抜き「自由に歩いて愛して」を世間の逆風ものともせず支持していたのはその女の子達であって、正しいのは彼女達であり、僕の「ロック」が間違っていたのだと後々に気がつくことになります。
僕は感性が鈍い方だし、自分でがんじがらめになった「ロック」を標榜するのはやめようと今では充分気をつけているつもりですが、まだまだ未熟です。

それを自覚した上で改めて、そして敢えて書くと、PYGの「自由に歩いて愛して」はそれでも
ロックである、としか言いようがない!
のです。
僕の未熟や(当時の)世間の狭量を根こそぎ吹き飛ばすほどに「ロック」なナンバー。
それを理屈ではなく感性で汲み取っていた女性ファンの先輩方、そして僕より10年早く生まれ、変人扱いされながらも(と想像いたします)タイガースやPYGをロックバンドとして真っ当に評価されていた男性ファンの先輩方には、心底頭が下がります。
ですから僕は安井かずみさんの詞についても、何やら自分のひとりよがりな固執(心の扉)をこじ開けられるような感覚で聴いてしまいます。

誰か  が今   ドアを叩い た ♪
Fmaj7   G  Am    Fmaj7  Em  Am

文字にすればたったこれだけのフレーズ。
安井さんのこの曲の詞は全編に渡ってそうですが、難しいことは何ひとつ言っていない、書いていない・・・なのに驚くほど深くて、思索的。聴く者はメロディーを追いながら安井さんの明快な言葉に心を強く叩かれ、揺さぶられ、目覚めさせられます。
冒頭から配され圧倒的なまでに根を下ろすキメのメロディーに、よくぞこの詞が載ったものです。

「自由に歩いて愛して」は、言う間でもなくショーケン→ジュリーのツイン・ヴォーカルが最高に嵌った、という意味でも世紀の大名曲。
Aメロがショーケンでサビがジュリーですが、単に「割り振った」だけの安易なリレーではありません。双方の適性、個性を踏まえ、堯之さんの作曲やバンドのアレンジに必然性があります。
まずはリズム。
Aメロは1971年にして驚異の16ビートです。ショーケンの個性でもある引き摺るような粘りの発声

この 心の とびらを 開けろと
Am G  Am G     Am G      Am  G   

今  やさしい 季節が 来たんだ ♪
Am G     Am  G    Am G       Am  G

「こ~の♪」「(ここ)ろ~の♪」「(とび)ら~を♪」と、2小節目からのシンコペーションのメロディーで「引き摺る」「貼り付く」独特の発声が生かされます。
メロディーとしては60年代末から70年代初頭のカウンター・カルチャー系の手法ですけど、日本語でまったく無理なくそれをやっている、というのが凄いです。

一方サビでは一転エイトビートのニュアンスが強くなり、メロディーは(コーラス・パートも含めて)究極にポップ。正に「心の扉」が開かれる瞬間の開放感。
ここぞ!のジュリーですね。

空はみんなの 愛はあなたの
C           F      C           F

ものになる時 今こそ ♪
C            F          E7

でも、ジュリーwithザ・ワイルドワンズの「プロフィール」もそうですが、曲の最初から通してジュリーのソロ・ヴォーカルだったとしたら、ここまでの開放感は出ないように思うんですよ。
面白いのは、これがタイガースになるとジュリー→トッポの方がサビの開放感が強いという・・・リレー形式ツイン・ヴォーカルの相性、役割って不思議ですよね。

個人的には、シングル大名曲とは言え「自由に歩いて愛して」にせよ「十年ロマンス」にせよ、今年ジュリーが「デビュー50周年」として特別にショーケンやトッポのパートを自ら通してフルで歌う、というイメージは沸きにくいです。2曲とも過去にジュリーは1人で歌ったことはありますけど、ツイン・ヴォーカルの相棒のヴォーカリストに対して、またオリジナル楽曲に対してのリスペクトは、年齢を重ねたが故にジュリーの中で深まっているような気がするからです。
また、僕はジュリーのヴォーカルが当然大好きではありますが、「自由に歩いて愛して」はショーケンがAメロを歌ってこそ完成する、とも思います。
しかしこれも所詮は僕の現時点での個人的な想像に過ぎませんからね。
見事ジュリーに僕の予想・想像を裏切られる状況も楽しみにしていますが・・・さて、先輩方が切実に願うサプライズのセットリスト入りは成るでしょうか。

もし実現したら僕は、2014年のツアー・ファイナル・東京国際フォーラム公演の直後、この曲に勇気づけられていたことを思い出すだろうな、と夢想しています。


Nowthetimeforlove2


②堯之さん×大野さん、最強のシングル盤!

ここではPYGの演奏、アレンジ面について掘り下げたいと思いますが、「もし今年のツアーでセトリ入りしたら」というところからその重要性を考えてみましょう。

お正月LIVEのMCで全国ツアーの予定を話してくれた際にジュリーは「(デビュー50周年にちなんで)50という数字には拘りたい」と宣言してくれました。
ジュリーが「考えに考えて」至った結論は、「ワンコーラスのアレンジにすることで、セットリスト50曲を実現する」とのアイデア。その時には「フルコーラスで50曲を歌って欲しい」と安易に考え「え~~っ!」などと声に出してしまった僕らでしたが、よく考えればジュリーの方法はとても豪華かつ現実的で、「これしかない!」ものだと分かりますよね。
今は皆が「それぞれの曲がどんなアレンジになるのか」をツアーの楽しみのひとつとしているはず。

「ワンコーラス」とは言っても基本「1番+サビもう一丁!」のアレンジ・スタイルが多数を占めるでしょう。
そんな中、「間奏のバンドのソロ・パート」をフルで再現する曲がいくつかあるのではないでしょうか。「この曲はこの楽器のソロが無ければ」と考えられる曲・・・僕はもし「自由に歩いて愛して」がセットリスト入りするならば、そのうちの1曲になると予想します。

PYGの全音源の中で僕が白眉と考える間奏テイクは2つあって、「自由に歩いて愛して」での大野さんのオルガン・ソロと、「淋しさをわかりかけた時」での堯之さんのギター・ソロです。
奇跡的なシングル両面。しかも大野さんのオルガンが乱舞する「自由に歩いて愛して」が堯之さん作曲、堯之さんのストイックなギターが炸裂する「淋しさをわかりかけた時」が大野さんの作曲、と演奏の主役と作曲クレジットが入れ替わっているのが素晴らしい。
PYGがいかにバンドとして秀でていたかを証明するようなこのシングルは、堯之さんと大野さんのキャリア中最強の1枚と言えるのではないでしょうか。

「自由に歩いて愛して」にはこのオルガン・ソロは欠かせない・・・今回のツアーで特別なショート・ヴァージョンのアレンジが施されたとしても、泰輝さんはきっとこのソロを再現してくれると僕は思っています。
具体的には、1番を歌ってオルガン・ソロの間奏、その後に「Now the time for love♪」のコーダ・リフレインで締めくくる構成ではないか、と。

この曲に「欠かせない」と言えば当然堯之さん考案、渾身のギター・リフもそうですね。
イントロはじめ何度も登場するフレーズ、コピーする立場からするとこれがメチャクチャ難しい!
譜面見ただけで「うへぇ・・・」と唸ってしまいます。


Nowthetimeforlovescore1

↑ 『沢田研二/イン・コンサート』より

何が難しいって、「1、2、3、4」の4拍子に構成音それぞれをキッチリ組み込むことからして至難の業です。
「Am」ローコード・アルペジオのヴァリエーションではあるんだけど、綿密な16分音符にひとつの無駄な音(いわゆる「指の運動」的な安易な音の挿入)が無い上に、通常のアルペジオとは運指も音階移動も全然違うし、3拍目を「裏の裏」のシンコペーションで入らなければなりません。リズムが乱れやすいんです。
LIVEヴァージョンでの堯之さんの安定感はハンパないです。自らがストイックに考案したオリジナル・フレーズだからこそ、の名演でしょう。

今回のツアーでセットリスト入りしたら、もちろん柴山さんなら問題なく再現はできますが、さすがにニコニコしてはいられないはずですよ。
「眉間に皺寄せる」柴山さん渾身の表情に注目です!

このように、PYGの演奏、特に「自由に歩いて愛して」のそれは非常にレベルが高く、しかもオリジナリティーに満ちています。
「自由に歩いて愛して」がリリースされた時、世のロック・リスナー達は「遂に日本でこういう曲が出るようになったか!」とリアルタイムで思わなければならなかったわけで、今でこそPYGのニュー・ロックは高い評価を得ていますけど、当時は頭の固い連中も少なからずいたみたいですね。下手すると僕も10年早く生まれていたらそんな連中に追従していたかもしれません。
断言しますが、それは単なる「やっかみ」ですから。

ちなみに、繰り返しておきますとPYGの音の素晴らしさはまず堯之さんのギターと大野さんの鍵盤。
ジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)の有名な発言もあって、世間ではサリーのベースの評価が際立っていますが、PYGでのサリーはどちらかと言うと自分の役割を黙々とこなしている感じです。考案力、構成力はやっぱり堯之さんと大野さんですよ。
この点は、しっかりここで書いておきたいです。

③ソロ曲以外のセトリ入り・大予想!

今日はPYGがお題ということで、このチャプターでは「ジュリーが選ぶシングル50曲」の中にソロ以外(ザ・タイガース、PYG、TEA FOR THREE、ジュリーwithザ・ワイルドワンズ)でどんな曲がセットリスト入りするかを、あくまで個人的な予想として書いておきましょう。

まずは、ソロ曲との曲目数がどのくらいの比率になるか・・・これは35:15から40;10くらいでしょうかね~。そのほとんがタイガース・ナンバーではないでしょうか。
でも、タイガースで「鉄板」だと僕が思うのは「君だけに愛を」と「青い鳥」くらいなんですよ。「僕のマリー」や「シーサイド・バウンド」「銀河のロマンス」「ラヴ・ラヴ・ラヴ」といった、普通に考えれば鉄板曲の中から何か1曲「あれっ、そう言えばやらなかったね」という曲が出てくるかもしれない、と考えています。
ジュリー独特の感覚で選曲されるんじゃないか、と。
ただタイガースの曲をかなり多く歌うだろうとは思っていて、希望的観測ながら、まだ一度も生で聴いたことがない「素晴しい旅行」に期待しています。

で、タイガースはタイガースでもまったく分からないのが同窓会期。「十年ロマンス」「色つきの女でいてくれよ」いずれも、ジュリーが今回トッポのパートを自分で歌う、というイメージが僕には沸きません。
ジュリー・ヴォーカルで通すイメージが沸くシングルということなら「銀河旅行」ですが、まさかねぇ。
よって、「同窓会期のタイガース・ナンバーは今回は無し」と予想しておきます。もちろん、予想が外れることを楽しみにしつつ、ですよ(笑)。

次にPYG。
これは「花・太陽・雨」で堅いと思っています。でもそれはPYGを1曲のみと考えた場合で、もし2曲歌うなら今日のお題「自由に歩いて愛して」以外考えられませんね。先輩方の思いが届くことに期待しましょう。

続いてTEA FOR THREE。
普通ならエアポケットに入ってしまいそうなところなんですが、何処の会場でしたか、ジュリーがお正月のMCでTEA FOR THREEの話をしてくれたそうですね。
昨年のタローの古希LIVEで、本割の間客席からステージを観ていたジュリーは、TEA FOR THREEの曲をタローさんが歌うのを久々に聴いて「エエ曲やな」と改めて思った、と。
そんな話が全国ツアー内容告知MCの最中に語られたわけですから、「君を真実に愛せなくては他の何も続けられない」の今回のセトリ入りは相当に有力。
この数ヶ月の間にジュリーの気が変わっていなければ、新規ファンの僕も遂にTEA FOR THREEナンバー初の生体感となります。これまた楽しみです!

最後にジュリワン。採り上げられるならば「渚でシャララ」しかあり得ないけど、ちょっと厳しいかなぁ。
でももし実現したら、会場の皆でダンスを踊るというあの2010年以来の楽しい時間が再現されます。
加瀬さんを送るツアーとなった2015年、セトリのネタバレ我慢に悶々としながらYOKO君が「渚でシャララ」のダンスを夜な夜な練習していた、という笑い話があるんですけど、「ジュリワンツアーで、客の中で1人スカしてダンスに参加しなかったことだけが、俺の中で加瀬さんに対する唯一にして最大の心残り」と言うYOKO君に、今年思わぬリベンジの機会が訪れるのか・・・可能性は低いと見ますが大きな楽しみのひとつとしたいです。

さぁ、みなさまの予想はいかがでしょうか。
日曜日には答が出るのです。本当に楽しみですね。


それでは、オマケです!
今日はいずれもMママ様からお預かりしている切り抜き資料で、時期的にはPYGのデビュー前。
タイガースの解散も含め、この特殊な僅かな期間の空気は、僕のような新規ファンにとって想像することすらなかなか難しいんですよね・・・。


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ということで、NHKホール初日前にあと1本、恒例のside-Bご利用のお願い記事を書くことは書きますが、これで僕もあとはひたすらツアー開幕を待つばかり。
「どん底」「CHANCE」「自由に歩いて愛して」と予想してきまして、さぁこの3曲のセットリスト入りは果たして実現するのでしょうか。
もう少し時間があればあと「muda」と「DOWN」も書いておきたかったのですが、もし歌われたら”セットリストを振り返る”シリーズで採り上げることにしましょう。
まぁそれ以外の記事未執筆のシングル曲で、今年のセトリを振り返るシリーズについては少なくとも「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」「愛まで待てない」の2曲を必ず書くことになるだろう、と思っていますけどね。

とにかく、毎日この暑さです。
僕は今年も『奇跡元年』タオルに保冷財をくるんで首に巻きつつ仕事をしていますよ。あと数日油断せず、しっかりと体調管理をしなければ。
みなさまも熱中症などには充分お気をつけください。

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2017年3月10日 (金)

沢田研二 「EDEN」

from『TRUE BLUE』、1988

Trueblue

1. TRUE BLUE
2. 強くなって
3. 笑ってやるハッ! ハッ!!
4. 旅芸人
5. EDEN
6. WALL IN NIGHT
7. 風の中
8. 痛み

---------------------

まだインフォが来ません・・・。
我が家はだいたい澤會さんの封筒は首都圏のみなさまより1日遅れで届くパターンが多いのですが、2日以上遅れた、というのはちょっと記憶にありません。
今年の全国ツアー・・・ジュリー50周年のメモリアル・イヤーをたくさんの人に観て欲しくて、友人、知人にスケジュールを知らせ申込日を決めて貰わなければならないんだけど、大丈夫かなぁ。
まぁ、おとなしく待つしかありませんが・・・。


ということで、新譜リリース直前の「プチ・みなさまからのリクエスト伝授!週間」、ひとまず締めくくりの今日のお題は「EDEN」です。
最初にお断りしておかなければならないのは、これから僕が書くのはあくまで『TRUE BLUE』に収録されたアルバム・ヴァージョンの「EDEN」(ニュー・リミックス)についての考察記事だということです。

本来なら2つ存在するヴァージョンの比較考察などしたいところですが、僕は未だシングル(B面)のヴァージョンを聴いたことがないんですよ・・・。
前回に続いてkeinatumeg様のすばらしい御記事を参照させて頂くと(
こちら)、どうやら「EDEN」はシングルとアルバムとでは単なる「ミックス違い」とは言い切れないようで、keinatumeg様は「演奏も別物」との可能性に言及していらっしゃいます。今後機会あれば(と言うかユニバーサルさん、CO-CoLO期まで含んだ『B面コレクション』の企画を是非お願いしますよ~)じっくり聴き比べたいと思っていますが、とりあえず今日はアルバム・ヴァージョンに絞って書いてみたいと思います。

リクエストをくださったのは、今では僕にとって「ジュリー道の師匠」とも言える存在のJ先輩。
と言ってもリクエストのお話があったのはもうずいぶん以前のことで、「アルバム『TRUE BLUE』から石間さんの曲を」ということでした。
長らくお待たせしてしまった最大の理由は、僕自身の『TRUE BLUE』という作品への評価が遅れまくっていたことです。それが今では「CO-CoLO期のアルバムの中では一番好き!」なまでになっているのですから、ジュリー道は本当に奥深い。
『TRUE BLUE』は「新曲を聴く直前に気息を整える」には最も適したアルバムのようにも思えます。
頑張って書きたいと思います。僭越ながら伝授!


最初にアルバムについての話を少しだけ。
僕が『TRUE BLUE』を「大好きな名盤」と思うようになるまでには2つの段階がありました。
まず第1は、一昨年のEMI期全オリジナル・アルバムのリマスター復刻。それまで僕はCO-CoLO期のアルバムを正式な形で購入しておらず、音源のみを所有している状態で、特に『TRUE BLUE』については歌詞カードのコピーも手元に無く、そのため明らかに聴き込みが不足していました。
そうした経緯の反動なのでしょうか、改めて購入し揃えた『架空のオペラ』含むCO-CoLO期の4枚の中では『TRUE BLUE』のリピート率が圧倒的に高くなり、「こんなに素敵なアルバムだったか!」と遅まきながら再認識、「WALL IN NIGHT」の考察記事を書いたのです。

第2段階は、個人的なことですが昨年10月に人生初の外科手術で内痔核の切除を行い、聞きしに勝る術後の痛みの中で「不思議な鎮痛効果があり癒される」ジュリー・アルバムとして『MIS CAST』と共に繰り返し聴いていたのが『TRUE BLUE』。
その中でも特に心を穏やかに落ち着かせてくれた名曲が「EDEN」でした。

「EDEN」の鎮痛効果には、3つの成分があります。
ひとつは、困難の中にあっても己をしっかりと持ち、「陽気な無頼」でエールを送ってくれるような大津あきらさんの歌詞。
さらには、全ジュリー・ナンバーの中で最もネイチャーで本格的なレゲエのリズムを採り入れた石間さんのメロディーとCO-CoLOの演奏。
そして、ジュリーの素晴らしいヴォーカル。
この3つです。

まず、『TRUE BLUE』というアルバムは、どの曲も歌詞が良いんですよね。しかもこの時期限定的な独特の味わいがあるように思います。
90年代後半から2000年代にかけては、覚和歌子さんやGRACE姉さんの詞がジュリーの生き方とリンクし、まるでジュリー自身の作詞作品のように聴こえる、ナンバーが多く見られますが、この『TRUE BLUE』では先んじて男性の詞でそれが起こっていたようです。
「WALL IN NIGHT」の記事にも書いた通り、僕がリマスターCDを購入し改めてこのアルバムのクレジットを見て驚いたのは、ジュリーの作詞作品が「風の中」唯1曲であったこと。音源だけ所有していた時点では、なんとなく収録曲の半分以上はジュリーの作詞のように聴こえていましたから。

「EDEN」の主人公は今、苦境にじっと耐える時期に身を置いていて、それでも無頼に「笑い飛ばす」「歌い飛ばす」矜持を忘れてはいません。
こんなふうに「心めかして」困難に立ち向かえたら・・・と、そんな憧れ、理想の人間像が浮かびます。
で、これは今だから思えることなんですが

素敵なお尋ね者 いなくなったね
Em                    D

寂しんで 楽しんで 心めかして ♪
   Em          G            D

僕は以前からこの歌詞部が凄く好きで、特に「素敵なお尋ね者」という表現に惹かれていました。それは、「愚かで横暴な正義をふりかざす保安官に立ち向かうウォンテッド・ガンマン」のイメージがあったんですけど、今はこれ、「スマートな無頼漢」を表したフレーズのように思えています。
ジュリーの「無頼」はどちらかと言うと寡黙なものですが、昔からジュリーの周りには「素敵なお尋ね者」的な弁も立つ無頼漢がたくさんいたんじゃないか、と。裕也さんや加瀬さんがそうかもしれないし、特にイメージがピタリなのは、かまやつさんなんですよね。
「EDEN」の主人公はそんな無頼漢が生き辛くなり少なくなってゆく世を嘆いてもいるような・・・。
ただ、そこで単にじっと孤独に耐えるだけではなく

焦らず探せば エデンが見える ♪
D          Em    G              D          

この「探せば」が重要だと思うんですよね。
光を見出すのは自分の力だと。「探す」を「目標を持つ」に置き換えても良いかもしれません。
昨年の術後の僕は正にそんな感じで「EDEN」に癒されていました。今もこの大津さんの詞には、人が辛い時、苦しい時、痛い時の人生のエールを思います。

次に、ズバリ!なレゲエ・サウンドに仕上がった石間さんの曲とCO-CoLOの演奏について。
『TRUE BLUE』に寄せた石間さんの作曲作品2曲がいずれもレゲエ・ビートというのはなかなか興味深いです。ジュリーにはレゲエを採り入れた曲も意外と多いですけど(「メモリーズ」「バタフライ・ムーン」「ボンボワヤージュ」「SAYONARA」など)、アルバムに2曲というのは珍しい。そして、「EDEN」はそれらの中で最もネイティヴなレゲエに近づいた特殊な1曲です。

僕はボブ・マーリーなどの本家レゲエはさほど詳しくなくて、どちらかと言うと自分が好んで聴く洋楽バンドの曲達の中に時々見かけるレゲエ・スタイルのナンバーで勉強していったという感じ。
初めて「レゲエ」なるジャンルを意識させられたのは、ストーンズのアルバム『ブラック・アンド・ブルー』に収録されているエリック・ドナルドソンのカバー「チェリー・オー・ベイビー」で、その後キンクスの「ブラック・メサイア」が大好きになったり、ポリスのアルバム『白いレガッタ』を聴いて「なんじゃあこりゃあ!」と衝撃を受けたりしながら血肉としていきました。

「自由度が高いんだけど、譲れない大切な決まりごと(裏拍アクセント)がある」
「パッと聴きラフなようでいて、実際の演奏はメチャクチャ難しい!」
「リフレインに誘われる眠気がクセになり癒される」

それが僕の持つレゲエのイメージです。
「自由度」については後でジュリーのヴォーカルに絡めて書くとして、ここでは「実は難易度の高さハンパない」点を書きたいと思いますが・・・さてみなさま、どの箇所でも良いですからこの曲の途中から「1、2、3、4・・・」とスッと数え始めることができますか?
どこが「1」だか分かります?
「あれれ?」となりませんか?

普段僕らが聴いているロック、ポップスのバンド・サウンドは、「小節頭の1拍目をバスドラ(キック)とベースでビシッと合わせる」のが基本中の基本です。アマチュア・バンドの稽古もまずはそこから始まります。
ところがレゲエではその肝心要の1拍目をわざと「抜く」んですよ。その点をほんの数打以外最後まで徹底しているジュリー・ナンバーは「EDEN」だけ。先程この曲を「ネイティヴのレゲエに最も近づいた特殊な1曲」と書いたのはそのためです。

例えばイントロ。
キックの音が聴こえてきますね。2、4拍目の裏拍を刻んでいます。他楽器が噛みこんでくると「裏の裏」も登場します。でも、初っ端のシンコペーション2打目以降は素直に「1拍目」を刻むことはありません。
「EDEN」のリズムは徹頭徹尾「裏」ノリなのです。これはベースについても同様です。

さらにアレンジで言うと、曲のクライマックス・・・リフレインに載せたアドリヴ演奏で聴き手が「落ちる」頃合を見計らって、ギターやキーボードなどの「装飾担当」パートがサ~ッと退き、ベースだけが明快に残るという手法。「EDEN」ではジュリーが「It's gonna be good」とトーキングを始めるあたりのアレンジですね。これまたレゲエの本道です。
それまで特に演奏を意識せずにゆらゆらと曲に身を任せていた聴き手が、とり残されたかのようなベースのフレーズに気がつく瞬間、いやぁ最高なんですよ。これが癒されるんです。
このベースをはじめ、僕らがそうそう容易くカウントをとれないほどレゲエの演奏は難易度が高い・・・「EDEN」はCO-CoLO期の全ナンバーの中でも演奏の素晴らしさ、凄さは筆頭格ではないでしょうか。それでいて、能天気なキーボードの音色や賑やかなパーカッションなど、難しいことを考えるのが馬鹿らしくなるほどの暢気さ、陽気さがこの曲の「音」の魅力なのだと思います。

最後に、ジュリーのヴォーカルです。
「素敵なお尋ね者」「スマートな無頼」を感じさせるのはやっぱりこのジュリーの声ですな~。
独特の閉塞感はあるけど「怖れ」は無い。力みも無い。良い意味で『告白-CONFFESION』から僅か1年後のヴォーカルとは思えない歌い方・・・このジュリーの自由度を引き出したのはまず石間さんのレゲエ・アプローチな曲想だったと思いますが、当然それだけではありません。

世のレゲエ・ナンバーって、ヴォーカル録りする時の気分で自由にメロディーを組み立ててアドリブっぽく歌っているんだろうなぁ、という印象があります。元々の作曲のメロディーもそんなに煮詰めていないんじゃないかなぁ、と。
ジュリーの「EDEN」も、そういう意味では自由度は高いと思うんです。ラストの「エデンが見える♪」の発声とか、1番「運ぶだけっっさ!」みたいなニュアンスとか。
でも、レコーディング現場の思いつき、って感じは受けない・・・ここがジュリーの几帳面さ、真面目さなのではと僕は大いに惹かれます。
あらかじめメロディーの自由度をリハで吟味した上で、「ここはこういうふうに歌う」と決めてから本番に臨んでいる感じを受けるんですよ。でなければ

ボンヤリ ノンビリ でもイカシテル
D                 Em   G            D         

シッカリ バッチリ だけどアブナイ ♪
D                Em   G                D

この字ハモ後録りコーラスが神技すぎます!
「アブナイ」の後の「ない、ない♪」も、発声からメロディーから「こう!」と決めてなければこんなにピタリとハモれないのではないでしょうか。
ちなみに、あまり語られることは少ないのですが、ジュリーの「自分ハモリ」はどの曲も本当に素晴らしいです。天賦の才ももちろんとして、几帳面な性格をそのまま反映している部分もあるんじゃないかなぁ。
「真面目で几帳面なジュリー」「陽気で無頼なジュリー」、この2面を同じように感じられる「EDEN」のヴォーカル・・・貴重な名曲だと思います。

『TRUE BLUE』はキャリアの長いジュリーファンの間では「CO-CoLO期ならこれ!」と仰る先輩も多く人気が高いようです。しかし、少し前の僕がそうだったように新規ファンの評価は今ひとつのような。
多くの人の再評価を望みたい名盤。特に・・・苦境に挫けそうな時、「EDEN」は効きますよ!


さて、ジュリー自身も「EDEN」はアルバムの中で特にお気に入りの曲のようで、ラジオでは「い~でん」の話をしてくれたり、「ぼんやり、のんびり」な雰囲気もジュリーの性に合っているんだな、と感じます。
でも、あくまでシングルとしてもB面曲ですから夏からのツアーで歌われることはなさそう。いつか生で聴ける日は来るのでしょうか。

アルバムからの「シングル」となるとタイトルチューンの「TRUE BLUE」。こちらはどうでしょう?
う~ん、50曲のセットリストの中に噛み込むのは厳しいかな~。待ち望んでいるファンも多いと思うし、是非柴山さんのアコギで聴いてみたいものです。


それでは、オマケです!
時期としては1年前の資料ということになりますが、『不協和音』Vol.6から、CO-CoLO各メンバーの貴重なインタビューをどうぞ~。


Fukyou618

Fukyou619

Fukyou620

Fukyou621

Fukyou622


では次回更新はいよいよ今年の新曲です!
さすがに新曲についてはじっくり腰を据えて考える時間が必要で、ハイペースでの更新とはいきません。かなりお待たせしてしまうかと思います。

その間のお留守番画像として、今日のお題「EDEN」の歌詞にあやかった若き日のジュリーのショットを3枚、最後に置いておきますね。



Pic0013

ぼんやり♪


Paper263

のんびり♪


005

でもイカしてる♪


アマゾンさんに予約しておいた『ISONOMIA』が、今年は発売日に先んじて今日届けられました。
でも、ここはじっと我慢・・・封を切り歌を聴くのは明日「3月11日」になってからにしたいと思います。

それではみなさまもご一緒に、これからしばしの新曲どっぷり週間といたしましょう!

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2017年3月 7日 (火)

沢田研二 「枯葉のように囁いて」

『JULIE SINGLE COLLECTION BOX~Polydor Yeas』収録
original released on 1983 シングル『きめてやる今夜』B面


Kimeteyarukonya

disc-40
1. きめてやる今夜
2. 枯葉のように囁いて

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前回はかまやつさんのことがあって枕で触れることができず、相当遅れての話題となってしまいますが・・・先月26日、今度は忘れずに『熱中世代』を観ました。
いや~貴重な映像でしたね。ザ・タイガース5人揃っての演奏シーンももちろんですが、2012年の中野サンプラザ公演(タローとスーパースター、ピーのジョイント・コンサート)に向けての音合わせ(ブルース進行のセッション)、タローがキーボードを弾きピーが歌う「楽しい時は歌おうよ」のリハなどのシーンは新鮮でした。
あと、やっぱり僕は「新曲」や「ツアー」に今後も向かっていこうというピーの姿勢はとても好きですね。
もちろん、「小説」(!)も是非書いて欲しいですし楽しみにしていますけど。

それにしても、メンバーの古希のお祝いに皆が元気な姿で駆けつけて演奏までしてしまうなんて、ザ・タイガースというバンドは50年の時を超えてもやはり特別な存在であり続けていますね。
全員、いつまでも元気でいて欲しいものです。


それでは本題。
3月11日の新譜リリースまでプチ開催中の「みなさまからのリクエスト」週間・・・今日は「枯葉のように囁いて」をお題に採り上げます。

お正月のMCでユニバーサルさんにチクリとやったジュリーですが、そりゃあ「アリもんをそのまま」貸してください、出させてください、は虫が良過ぎってもので、せめてファンのニーズを調べた上で、ジュリーが「おっ?」と思う企画打診をして貰いたいですよね。
『Rockn' Tour』などのLIVE盤CD化の実現はファンの悲願ですが、もうひとつ「絶対喜ばれる」のは『B面コレクション』。そこで初めて「CO-CoLO時代まで網羅して・・・」ということになれば素敵な話です。
本当に、ジュリーのシングルB面は名曲の宝庫。加えて、B面ならではの冒険的なアイデアは、時代の流行をハッキリ映し出すこともしばしば。

いつも仲良くしてくださる先輩から頂いたリクエスト・・・気合と気持ちを入れて頑張ります。伝授!


「流行を映し出す」意味では、これはジュリー・ナンバーの中でも特にニュー・ウェイヴ色、ニュー・ロマンティック色の強い1曲と言えます。

70年代末から80年代にかけてロック界を席巻した「ニュー・ウェイヴ」。その定義はなかなか難しくて、海の向こうだと僕の好きなパブ・ロックやネオ・モッズも含まれることがありますし、アフター・パンク・ビートの勢いでデビューしたXTCやポリスあたりも。
ただ日本の場合はYMOの影響力がメチャクチャ強くて、「ニュー・ウェイヴ」と言えば初期はかなりの比重でテクノ・ロックに寄せられているようです。

ジュリーのニュー・ウェイヴ期はアルバム『TOKIO』に始まり、大きな括りではかなり長く継続します。
でも、「TOKIO」という楽曲=テクノかと言うと実はそうでもない・・・S.Eや糸井重里さんの歌詞世界は確かにYMOを彷彿させますが、少なくともバンド・アンサンブルは全然テクノではありません。むしろ、洋楽ニュー・ウェイヴを採り入れた結果日本のテクノ・ブームとも接近したので、「仕上げに狙った」のだと思います。

80年代に入り、邦洋それぞれのニュー・ウェイヴは多様化していきます。
テクノの土台から進化する日本、YMOの世界的な流行を採り入れつつ洗練されてゆく海外。
ジュリーはどちらかと言うと洋楽ニュー・ウェーヴの進化過程をなぞり、ネオ・モッズの『G.S. I LOVE YOU』、パブ・ロックの『S/T/R/I/P/P/E/R』と来て、ちょうどその後・・・82年以降次第に邦洋双方のニュー・ウェイヴが「ダンス・ビート」の方向で足並みが揃います。
いわゆる「ニュー・ロマンティック」の台頭です。
ルックス、ヴィジュアルも重視。ダンサブルかつファッショナブルで、10代の女の子が躊躇いなく「好き!」と言える空気感があって、なおかつ音楽性にも秀でている・・・「ニュー・ロマンティック」って、そんなイメージ。
洋楽の代表格をデュラン・デュランとするなら、邦楽の代表格は・・・僕も今なら分かります。

それは”JULIE & EXOTICS”だったのだ、と。

楽曲で言うと「PAPER DREAM」「デモンストレーション Air Line」「水をへだてて」そして「枯葉のように囁いて」などはズバリ!ですね。

「枯葉のように囁いて」の建さんのアレンジには、ニュー・ロマンティックの手管が満載。ダンサブルなリズムとして、ロカビリーとスカ・ビートを融合するという斬新なアイデアは驚嘆のひと言です。
ところがこの曲は、そんなニュー・ウェーヴ、ニュー・ロマンティック流の手管よりも、三浦徳子さんの詞と井上大輔さんのメロディー、そしてジュリーのヴォーカルの方が全然主張も色も強いという・・・これこそが、リクエストをくださった先輩はじめ「この曲が好き」と仰るジュリーファンの多さの秘密ではないでしょうか。

何と言っても強力なのが井上さんのメロディーです。
イ短調王道の進行で、最高音が高い「ファ」の音ですからジュリーの声域と相性はバッチリ。三浦さんの詞もなめらかに載っていますね。
詞、メロディー、ヴォーカル三位一体。最大の聴きどころは、歌メロ冒頭部はじめ曲中数回登場する

ああ 今、止めようと思っ たのに ♪
   Am          Dm       Am   E7   Am

このフレーズでしょう。
ジュリー必殺の「ああ♪」も箇所ごとにニュアンスが異なります(前の小節の裏を食って「ああ♪」と言うより「あああ♪」みたいに歌う箇所が個人的には大好物)。

で、この詞で描かれる男女、どういうシチュエーションだとみなさまは思われますか?
井上さんの曲が哀愁漂う短調のメロディーですから、なんとなく「人目を憚って逢瀬を重ねる」男女・・・例えば阿久さんの「24時間のバラード」のような物語を連想しますが、まぁそうであってもなくても、僕はこの歌の主人公と相手の女性、「メチャクチャうまくいっている、最高潮のおつきあい」真っ只中だと思うのです。

長いこと あなたに逢っていない
      Am                               Dm

そんな気がして 壁を見つめた
         E7                           Am

グレイのソファの くぼみが指さす
         Am                             Dm

ついさっきまで あなたが居たこと ♪
      G7               E7               Am

状況としては、2人でどっぷりと愛を奏でまくって(←上品に書いたつもりが文字にしてみるとなんだか下世話笑)、「じゃあまたね!」といったん別れた直後、早くも次の逢瀬が待ちきれず悶々としている主人公の様子が浮かびます。
70年代の阿久さん作品だとその状況に何らかの諍いや障壁が垣間見えるのですが、この曲でそうしたものは一切無し。ただひたすら「もっと逢っていたかった」感に暮れる主人公なのです。だって、「あなた」も「僕」も「まだ緑色」だと言ってますから。
逢っている間は常に緑色で、「果てることを知らない」2人(←度々下世話な表現ですみません汗)。

「緑色」と「枯葉色」の対比で心情を描いた楽曲と言えば、サイモン&ガーファンクルの「木の葉は緑」という名曲があります。これは曲調的には一見爽やかな「緑」の謳歌をイメージさせますが実は「枯葉」の嘆きが歌詞の主張。
でも「枯葉のように囁いて」の場合はそれとはまったく逆。曲調からは「枯葉」の切なさを思わせるのに、主人公も彼女も心はバリバリの緑色。
さらにジュリーにこの声で歌われると、パッと見では華奢なヤサ男が実は「あなたと逢っている間は、俺は枯れることはない!」と断言するほどの絶倫男(笑)である、という・・・歌詞の「心」を「身体」に置き換えてみると分かり易いのですが、このギャップに先輩方は萌えるのではないですか?

くちづけしたから あなたは 僕のもの
        Dm                      Am  G7    C

腕時計はずして僕は あなたの  もの ♪
       Dm              Am   Dm  Bm7-5  E7

このあたりは、情景としてずいぶ 具体的ですしねぇ。
う~ん、もしかするとこの曲もまた先日書いた「絹の部屋」同様に、「男性の僕が聴くにはハンデがある」官能の名曲なのかもしれません・・・。

ということで、ここまでは妄想。ここから先は拙ブログ得意の邪推コーナー(似たようなものか汗)です。
以前から「枯葉のように囁いて」の考察記事を書く時が来たら是非触れたいと考えていた、「アレンジの謎」に迫りたいと思います。

この曲の建さんのアレンジ、一番の目玉は3’13”あたり、狂おしく噛み込んでくるヴァイオリンでしょう。
シンセの音であれば考察内容も全然違ってくるのですが、これは明らかに生のヴァイオリンなんですね。こういう曲に生のヴァイオリンをカマす、という時点で「ビバ!ニューウェイヴ!」で、建さんのセンスが炸裂しています。しかもこのヴァイオリンが、あまりにブッ飛んだ熱演にして名演ですから。
で、手持ちの『SINGLE COLLECTION BOX』で見ても、この『きめてやる今夜/枯葉のように囁いて』には演奏者クレジットの掲載がありません。
シングル盤をリアルタイムで購入された先輩方の中にも「このヴァイオリンは誰が弾いてるの?」と疑問を抱いた方はいらしたでしょうね。

その点について、僕と同世代ながらジュリーファンとしては大先輩でいらっしゃるkeinatumeg様の素晴らしい御記事をここで参照させてください(
こちら)。

keinatumeg様はいくつかの材料からこのヴァイオリン奏者を、建さんと深い関わりを持つムーンライダースの武川雅寛さんではないか、と推測されています。記事を拝見し、僕もきっとそうに違いないと思いました。
ところが、ですよ。
同年リリースのアルバム『JULIE SONG CALENDER』収録、武川さんのヴァイオリンをフィーチャーした「裏切り者と朝食を」あたりと比べてみて「枯葉のように囁いて」が明らかに異質なのは、ヴァイオリンのジュリーの・ヴォーカルとの絡み方です。
ヴォーカルもヴァイオリンも、それぞれ互いのトラックを「ガン無視」状態・・・そもそも「ジュリーの歌メロに絡む」となればヴァイオリンのフレーズ自体こうはならないだろう、とアレンジフェチの僕は思うのです。両方表メロ、という感じになっていますからね。
「あれよあれよとあなたは♪」のあたりでは、一部分だけヴォーカルのメロディーとユニゾンしています。通常のバッキング・アレンジではあり得ないことです。

そこで、ヴァイオリンが噛んでくる直前のヴァースの繋ぎ目をよく聴いてみましょう。
ジュリーのヴォーカル「思ったのに♪」の語尾と、「愛が枯葉に♪」の出だしがクロスしています!
つまり、基本「一発録り」で歌うジュリーをして、この曲では何故か「愛が枯葉に♪」以降のヴォーカルを別トラックで後から重ね録りした、ということになります。
これはどうしたことでしょう?

ここで僕の得意の推測(邪推)となるわけですが・・・この曲、建さんの当初のアレンジ構想は、「間奏」としてのヴァイオリン・ソロありき、で組み立てられていたのではないでしょうか。
すなわち、ヴァイオリンが鳴っているBメロと同進行のヴァースが丸々「間奏」で、その後にジュリーの最後のダメ押し「ああ、今止めようと思ったのに♪」のリフレインで曲が終わる、という仕上がりです。

ところが、最終段階でゲスト(おそらく武川さん)のヴァイオリン・ソロを追加録音してみると・・・「ここはヴァイオリンにかぶせてジュリーの歌があった方が面白いのでは?」と建さんがアイデアを変更、「間奏」予定だった箇所から改めてジュリーが歌ったセカンド・トラックを以て曲が完成した・・・これが僕の推測。
その結果、「ジュリーのヴォーカルは主人公の男性」「狂おしいヴァイオリンは部屋を出ていった相手の女性」・・・と、2人それぞれの心情を文字通りくんずほぐれつで体現しきった素晴らしい異色のアレンジ・テイクが誕生した、というわけ。

深読みかもしれないけれど、ジュリーが敢えてリード・ヴォーカルを2度に分けて録った理由が、僕には他に見つけられないのです。
いかがでしょうか?


さて、数日中には夏からの全国ツアー・インフォメーションが届きますね。
日程を目にしたら一層期待は膨らみ、どんなセットリストになるのかワクワクしてくるのでしょう。

今日採り上げたのはB面曲ですが、このシングルのA面「きめてやる今夜」は果たして歌われるでしょうか。仮に「1年1曲」というセレクトだとすると、83年からは「晴れのちBLUE BOY」が最有力。でも僕は「きめてやる今夜」をまだ生で聴いたことがないので、セトリ入りへの期待もとても大きいのです。
ジュリー、歌ってくれないかなぁ?


それでは、オマケです!
今日は83年の2つの資料をお届けます。
まずは、福岡の先輩よりお預かりしている『ヤング』バックナンバーの中から、83年9月号です。


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シングル『きめてやる今夜/枯葉のように囁いて』は、アルバム『女たちよ』と同時期だったんですね。こういうことも、後追いファンの僕は資料などで確認し、頭に入れてゆくしかありません。
で、『女たちよ』と言えば・・・最近、同い年の男性ジュリーファンの方からお借りした資料があるんですよ。僅か2ページではありますが、貴重な内容です。
83年発行のキーボード専門誌『KEYPLE』から!


Keyple8301

Keyple8302

僕はこんな雑誌があったことすら先日初めて知ったのですが、いかにもキーボード誌らしい切り口の記事はとても面白いと思いました。


では次回更新は・・・新譜リリースの11日の前になんとかあと1曲、ギリギリになるとは思いますが書いておきたい曲があります。

今では「師」と仰ぐまでに親しくさせて頂いている先輩からリクエストを頂いたのは、もうずいぶん前のこと。
なかなか書けなかったのは、曲が収録されているアルバムの僕自身の評価が遅れまくっていたこと。そして「ヴァージョン違い」の音源が聴けていないこと。
無念ではありますが、結局ヴァージョン違いの「シングルB面」音源は未聴のまま記事を書くことにしました。ホント、CO-CoLO期まで含んだ『B面コレクション』発売祈願!の気持ちも込めて書きたいと思っています。

ということで次回、久々のCO-CoLOナンバーです!

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2017年3月 4日 (土)

PYG 「淋しさをわかりかけた時」

『PYG/GOLDEN★BEST』収録
original released on 1971
シングル『自由に歩いて愛して』B面


Pygbest

1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version)
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花、太陽、雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Album Version)
13. ラブ・アンド・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Live Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

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かまやつひろしさん(ムッシュかまやつさん)が、先の3月1日に亡くなられました。
昨年かまやつさんが入院され病気を公表された時、僕はちょうど人生初の外科手術直前でした。
大変な病気と真正面から向き合い、復活を目指すかまやつさんのお姿に僕は喝を入れられ励まされました。
かまやつさんから勇気を貰い、手術も無事終わって術後の日々が一段落してから、僕は「午前3時のエレベーター」の考察記事を更新、かまやつさんのことをたくさん書きました。
あれからまだ数ヵ月しか経っていない・・・かまやつさんは宣言通りにラジオの仕事もされ、年末には堺正章さんの古希のお祝いに駆けつけるなど、お元気になられたものとばかり思っていました。
突然の旅立ちの知らせは信じられません。

作曲家としてのかまやつさんと言えば、スパイダースをリアルタイムで知らない僕の世代が真っ先に思い浮かべるのは、『はじめ人間ギャートルズ』のオープニング、エンディングの2曲です。
オープニング「はじめ人間ギャートルズ」は、ユーモラスなメロディーにファンキーなリズム、でも土台には武骨なブルース進行がある斬新な名曲。エンディング「やつらの足音のバラード」は、切なくも美しいワルツのメロディーで人類創生が歌われます。いずれも当時から変わらず大好きな曲です。
その後、かまやつさんがジュリーやタイガースに提供した名曲群を知り、スパイダースでの活躍を知り・・・日本のポピュラー音楽の礎を築いたレジェンドだったのだ、と学びました。

訃報があった2日は、ずっと「港の日々」を聴いていました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

☆    ☆    ☆

3月になりました。
祈りの月・・・ジュリーの新譜『ISONOMIA/揺るぎない優しさ』が今年も3月11日にリリースされます。また、澤會さんのツアー・インフォメーションは来週半ばに発送されるとのことで、新曲を聴きながら日程とにらめっこすることになりますね。

今年の新曲は久々の白井良明さん作曲の2曲。
お正月LIVEに1度聴いているとは言え、歌詞やメロディー、アレンジについてはまだ未知数の部分が多く今からCD音源を楽しみにしていますが、新譜発売までのこの3月上旬、拙ブログではこれまでみなさまから頂いていたリクエストお題の中から何とか頑張って3曲を書かせて頂くつもりです。
まず第1弾として、いつも丁寧にブログを読んでくださっている先輩から授かりましたリクエスト曲、PYGの「淋しさをわかりかけた時」を採り上げます。
この曲のリクエストを頂いてからは、ずいぶん時間が経ってしまいました・・・。

そして、今日は「伝授」とは言えない「懺悔」モードがメインの記事となります。
「そんなのつまらない!」とのお声もあるでしょう。でも僕は特にこの数ヶ月、大好きな将棋界の未曾有うの混乱、迷走ぶりを目の当たりにして、「懺悔」「謝罪」がいかに大事なことかを痛感しています。
ほとんどの方はこの将棋界を揺るがす大問題について詳しいことをご存知ないでしょうが、長い将棋ファンの多くが今怒り嘆いているのは、一部の「当事者」である棋士が何故「酷いことを考え、口に出してしまった。ごめんなさい」のひと言を言えないのか、という1点に尽きるのです。しかもそれを言わないのが、悉く僕が普段から個人的に応援してきた棋士達であるという・・・なんともやりきれない思いです。
僕自身が同じではいけません。時間はかかってしまいましたが、今こそ「ごめんなさい」を言う時。
恐縮ながら・・・よろしくおつき合いくださいませ。


Img196

まずは、ちょっと長くなるんですが・・・今日のお題リクエストを先輩から授かり、今回の執筆に至るまでの経緯について書かせてください。

僕のブログ(に向かう心構え)はこれまで幾度かの転機を重ねていますが、その中でも2011年には2度に渡って大きなきっかけがあり、その時に色々と自問自答し考えたことは今も継続して自分に言い聞かせています。
考えたことを具体的に言うと
「読んでくれる人の気持ちを考える」
「己の無知、至らなさを自覚する」
この2点です。シンプルなことではありますが、以前の僕はそれがまるでできていなかったのですよ・・・。
じゃあ今それがうまくいっているかと言うとどうか分かりませんが(自分で「なってなかったなぁ・・・」と思う時もままあります)、常に頭にあることです。

2008年12月の『ジュリー祭り』東京ドーム公演レポートを機に「じゅり風呂」となったこのブログ。有難いことにたくさんの方が訪問してくださるようになりました。
それだけに今振り返って、特に2010年までの記事の中には、大間違いの記述に恥ずかしくて削除してしまいたい、あまりにも失礼な物言いで穴があったら入りたい、と思える記事も多いです。
楽曲考察記事については「あまりにも」と感じる部分を後からこっそり修正することもあるんですけど、問題はLIVEレポート。生ものの記事ですから修正も躊躇われ、自戒も込めてすべてそのままにしてあります。
酷い記述、傲慢な表現・・・とても多いですよ。
記憶の大間違いというだけならまだマシ。例えば2009年『奇跡元年』のレポートで僕は、鉄人バンドのインストのコーナーを平気で「休憩」と書いています。
演奏の諸々を偉そうに薀蓄垂れておきながら、ありえないことですよね。

まぁ、2009年までは「目下勉強中」ということで良かった・・・翌2010年、地方にお住まいの先述の先輩がわざわざ時間を作ってくださり、このブログについてアドバイスをくださるまでの期間は、かなり問題ありでした。
まず僕は同年リリースの新譜『涙色の空』を聴いて「これは凄いことになった」と感じました。
ベースレスの鉄人バンドが、完全に新たな境地に達した、ジュリーは奇跡のバンドを遂に手にした、と。特にタイトルチューン「涙色の空」での「1人1トラック体制」はちょっとこれまで聴いたことがない、こんなふうに音をぶつけてくるバンドは世界中でも他にないとの気持ちが強く、それなのに世間にそれが知られることなく、多くのジュリーファンにも伝わっているのかどうかも分からず・・・「聴くからには真に理解して欲しい」などと偉そうなことを思うようになり、演じ手と聴き手の乖離についてツアー・レポートで書いてしまいました。
「乖離」は実は自分の足元にこそありました。

その先輩は僕の書いたことを「ショックだった」と仰いました。そこで初めて、僕は自身の酷い傲慢に気がつくことになります。
ひとりよがりで調子に乗っていた、自分が見えていなかった、と思い知らされました。

その後しばらく、試行錯誤の時期が続きます。
「失礼のないように」と考えながらブログに向かうようにはなったのですが、具体的に何をどう変えていけばよいのかまでは分からずにいました。
「こう変えよう」と心が決まったのは2011年・・・先述の通り2つの大きな出来事が契機となりました。
ひとつはあの震災です。
遅すぎましたが、ようやく「人の気持ちを考えて書く」ことに思い至りました。自分の考えたこと、思うことを書く前にまずその点を考える・・・それをしないとブログを続けられないほど、あの震災は深刻な出来事でした。
もうひとつの出来事は、”ほぼ虎”という形ではありましたが、初めてザ・タイガースを生体感したこと。
「ロック」のカテゴライズに縛られて音や演奏を追いかけていたのでは見えてこない大切な魅力がここにあるのだ、と半年間の全国ツアーでガツンと知らされたように思います。
僕の想定外のところで「ステージと客席が通じ合う」不思議な雰囲気が漂う公演に何度も遭遇しました。ツアー前に2ケ月使って20曲の考察記事を書いたことも含め、タイガースと真正面から向き合ってみると、自分の至らない点が次々に見えてくるようでした。
何も分かっていないのは僕の方じゃあないか、と。

それからですよ。タイガースでなくとも・・・ジュリーのソロ・コンサートに参加していて、本当に時々ですけど「今、ステージとお客さんの間で特別なことが起こっている。僕はその境地に追いつけていないなぁ」と思う瞬間を感じるようになったのは。
2012年『3月8日の雲~カガヤケイノチ』ツアー後半の「気になるお前」が最初かな。
それまでもきっとあったそんなシーンに、僕は気づけていなかったのですね。
今回は参加叶わず生で体感できませんでしたが、先のお正月の「頑張れ!」エールのシーンもそうだったんじゃないかなぁ、と想像しています。
ジュリー=ロックという考えには今でも変わりありませんし、それどころか「今、世界で一番ロックしている歌手」だと思ってはいますが、今ではそこに「ジュリーはロックというジャンルだけでは括れないけれど」との枕が常に脳内についてきます。この感覚は2011年以降ずっと僕の中にあるものです。

以来、「ロック」を振りかざしたり、自分の考察を絶対のように押しつけることだけはやめよう、と決めました。これは、2010年に先輩が色々とお話くださらなければできなかったことだったかもしれません。御礼が本当に遅れましたが、とても感謝しています。

さて、そこで今日のお題「淋しさをわかりかけた時」。
PYGナンバーの考察は、タイガース以上に僕には難しいのです。当然僕はPYGのステージを生で体感したことがないですし、実はジュリーのデビュー以来の長いファンでいらっしゃる先輩方の中にも、「タイガースのLIVEは観たことがあるけどPYGは機会を逃してしまった」と仰るかたも多いほど。
まして僕などは当時の空気感も想像すら困難。ただただレコーディング音源を聴き込んで色々と考えていくしかないのですが・・・これは何という名曲でしょうか。

1971年リリースという時期を考えても、演奏の完成度はもとより、タイガース解散の記憶も新しいこのタイミングでジュリーはこんな歌を歌っていたのか、との驚き。その声、詞、メロディー、演奏からは美しいほどの切なさが襲ってきます。
これは・・・何だろう?
先述の先輩からリクエストを頂いた際には、リクエスト曲とその時の先輩のお話とは別物と考えていましたが、いやいやそうではなかったのかなぁ、と。
安井かずみさんのこの詞は、「人の気持ちや痛みを考える」内容ともとれるのではないでしょうか。

雨には雨の歌があ  る さ
Gm        Am      Dm  C   F

忘れてたやさしさ ♪
Gm        B♭   F

こちらの気持ちが「晴れ」であっても、相手は「雨」の時もある。雨には雨の歌がある・・・。

愛には愛の明日があ  る よ
Gm        Am         Dm  C    B♭maj7

淋しさをわかり かけた時 ♪
   B♭   Em7-5  A7       Dm

「分かった」ではなく「わかりかけた時」。完全に理解はできていなくとも、「気づき」があれば自分から変わっていける・・・これは、2011年のあの震災と”ほぼ虎”ツアーで僕が悩みながら自分の意思で「変わらなきゃ」と考え過ごした日々と驚くほどリンクします。

この曲はじめ、PYGの演奏は圧倒的にロックです。「ロックバンド」以外の何物でもない・・・だからこそ、当時もしかすると少し前の僕のように、彼等が実際に奏でる音楽とLIVEに訪れるファンの応援のありかたの乖離を書きたてた評論家さんもいたかもしれません(具体的にそのような資料は見たことはないですけど)。
今はそれがまったくナンセンスと分かります。「淋しさをわかりかけた時」の安井さんの詞に、僕はそんなことも改めて教わる思いがします。

・・・と、ここまでは「考察」と言うより個人的に「書いておきたかったこと」です。長々とごめんなさい。
ここからはこの名曲の聴きどころを探ってみましょう。

Sabisisawowakari


今日の参考スコアは、『深夜放送ファン・別冊/沢田研二のすばらしい世界』から。採譜されたコードは相当怪しく誤りだらけですが、本当に貴重な資料です。

まずイントロ、無機質な鐘の音とハモンド・オルガンの低音で「不穏な」感じを受けますね。「花・太陽・雨」でのジョン・レノンの「マザー」のような4拍の重々しいギター連打の印象と重なります。
ところがこのイントロの進行は、曲の最後のハミング部で再度登場。ハモンドの音階が変わり、ハミングのヴォーカル・メロディーが加わるとこうも違うのか!と言うほどの爽快さに驚かされます。
そりゃあそのはず・・・これは、あの「風は知らない」のイントロとまったく同じ進行なのですから。

歌メロが始まると

今  なら話せる傷ついた過去
Dm   C     F       B♭          C   A7

今  なら許せる
Dm   C     F   B♭

あいつ 若い日の憎しみも
      Gm              Am7   Dm   C

今  なら歩ける あの夕陽の丘 ♪
B♭  Am7 F            B♭        C  A7


(ちなみに、『沢田研二の素晴らしい世界』ではAメロの出だしをすべて「Dm→Am→F」で統一していますがこれは二重の意味で誤りです。「今なら許せる」と「今なら歩ける」でコード進行を変えてきているのがPYGの素晴らしい工夫です)

重い歌詞です。
想像でしかありませんが、リアルタイムで聴いたジュリーファン、タイガースファンは、この歌に同年1月24日の記憶を呼び起こされたりしませんでしたか?
新規ファンの僕ですら、この詞を歌うジュリーに「涙」のニュアンスを感じるほど・・・実際、手持ちのCD『GOLDEN★BEST』に収録されているライヴ・ヴァージョンでは、「心では泣いてても」と歌うジュリーの声が涙で震えているように聴こえます。
でも、それがまたジュリー・ヴォーカルと大野さんのメロディーの魅力。背負うものも多い中で、「自分達はこういう音楽をやっていくのだ」との覚悟も感じます。

それにしても、リアルタイムでドーナツ盤のシングル『自由に歩いて愛して』で両面2曲を聴くインパクト、感じられるバンドの気迫は如何ほどだったでしょう。
A面、B面合わせてのコンセプト・シングルという点では、タイガースからのジュリー50年のキャリア中でも突出した1枚かと思います。
PYGの気迫、一体感はこの2曲それぞれのアレンジにも表れていて、間奏ひとつとっても、堯之さん作曲の「自由に歩いて愛して」で大野さんのオルガン・ソロ、大野さん作曲の「淋しさをわかりかけた時」で堯之さんのギター・ソロと、対をなしています。

「淋しさをわかりかけた時」の堯之さんのソロは素晴らしい名演で、「花・太陽・雨」のソロを短期間で進化させたかのようです。
左サイドにギターのコード・カッティングのトラックがありますから、このソロは満を持しての「後録り」でしょう。堯之さんは、チョーキングの際に上弦に触れるかすかな音すら「こう!」とストイックに作りこんでレコーディングに臨んだのではないでしょうか。

それと、これは以前「初めての涙」の記事でも書いたのですが、ジュリーのヴォーカルに身を委ねている時、瞬間瞬間で飛び込んでくるショーケンの声に耳を奪われハッとする、ということがこの「淋しさをわかりかけた時」でも起こります。
例えば1’27”の「明日が♪」のあたり。ショーケン独特の濁音表現の存在感、ハンパないですね。

PYGの曲には、たとえ明るい曲調、前向きな歌詞であってもどこか(良い意味で)影があるように思います。これは、70年代初期洋楽ロックのカウンター・カルチャー色を採り入れているとも言えますし、日本独自のニュー・ロック的な表現であるとも言えます。
苦境の中から立ち上がって行こう、という感覚でしょうか。ですから、ちょっと落ち込んだりしている時に心に染み入ってくる曲が多くなります。

僕はこの「淋しさをわかりかけた時」と「自由に歩いて愛して」の2曲を、2014年のツアー・ファイナル直後によく聴いていました。
ステージで色々とあって僕らジュリーファンの気持ちも沈みがちだったあの時期、この曲を歌う71年のジュリーの声になんとも言えず癒されたものです。
「ただ明るいだけ」の曲ではそうはいかなかったかもなぁ、と思います。

もうひとつ重要だと思えるのは、ジュリーがこの曲を2007年のお正月コンサート『ワイルドボアの平和』で採り上げ、冒頭1曲目で歌っていることです。
『ジュリー祭り』の後、僕は先輩方からタイガースについて色々と教えて頂く機会が多かったのですが、その時「数年前から、ジュリーがピーに会おうとしている」ということを何人もの先輩から伺ったものでした。

タイガースの再結成とかそういうことではなく、長い間疎遠になってしまった友達との再会を望んだジュリー。そんな最中の2007年、「淋しさをわかりかけた時」のような歌をジュリーが歌った、というのは何か深い意味があるようで・・・考え過ぎなのでしょうか。
僕は『ワイルドボアの平和』でジュリーが1曲目に歌った「淋しさをわかりかけた時」をリアルタイムで体感した長いジュリーファンの先輩方が、その時どのような感想を持たれたのかとても気になります。
「おおっ、すごくレアな曲が聴けた!」というそれだけではなかったのではないですか?
コンサートに参加されたみなさま、是非この機にお話を聞かせてください。

今夏からの50周年メモリアル全国ツアー、「シングルばかりを歌う」ということで、ファンは「PYGの曲は歌われるだろうか」と期待を寄せています。
多くの先輩方はその中でも「自由に歩いて愛して」を切望されていますが、どうなるでしょうか。
個人的にはやっぱり「花・太陽・雨」じゃないかなぁと予想しています。
僕が生でPYGナンバーを聴いたのは『ジュリー祭り』の「花・太陽。雨」唯1度。他の曲となるとすべて未体感です。タイガースについてはどうにかこうにか先輩方の後から必死に追いかけ、末席からでもついてはいけてるなぁと思いはじめた僕ですが、PYGは本当に未知のゾーン。気をつけていないと未だにバンド名を「ぴー・わい・じー」と呼んでしまいます(これはYOKO君も同様)。
夏からのツアーで、少しでもPYG追体験の感覚に浸れると嬉しいのですが・・・。


それでは、オマケです!
Mママ様からお預かりしている切り抜き資料の中から、『叫び pyg言行録』をどうぞ~。


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では、みなさまからのリクエスト週間、次回も「シングルB面」のお題が続きます。
今度はジュリーのソロ、エキゾティクス期の名曲。

僕としては珍しく(汗)、リクエストを頂いてから僅かひと月で書くことになります。
その曲に
は、以前から「書きたい!」と考えていた「アレンジの謎」があるのですよ~。この機に独自の推測でその謎を紐解いていきたいと思っています。
引き続き頑張ります!

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2015年8月 1日 (土)

沢田研二 「二人の肖像」

from『JULIEⅥ ある青春』、1973

Julie6

1. 朝焼けへの道
2. 胸いっぱいの悲しみ
3. 二人の肖像
4. 居酒屋ブルース
5. 悲しき船乗り
6. 船はインドへ
7. 気になるお前
8. 夕映えの海
9. よみがえる愛
10. 夜の翼
11. ある青春
12. ララバイ・フォー・ユー

---------------------

暑中お見舞い申し上げます。

関東では、水曜、木曜といくらか気温が下がった(とは言えそれでも充分暑かった)のですが、週末にはまたまた過酷なまでの暑さが戻ってきたようです。
熱中症など、本当に気をつけないといけませんね。
どうしても長く外を歩かざるをえない場合は、試しに『奇跡元年タオル』に保冷剤をくるんで首に巻きつけてみてください。首筋が冷えるだけでも全然違いますよ~。
いや、別にタオルの種類は『奇跡元年』でなくても何でも良いんですけど(笑)。

今週後半は暑い中、郵便屋さんが大活躍。澤會さんからツアー・チケットが各地に届いたようです。
会場振替希望の申込が21日の締切だったことを考えると、7月中のチケット発送というのは澤會さんにとって相当大変な作業だったはずです。ファンにとって最高の暑中お見舞いに、感謝しかありませんね・・・。
今回僕が受け取ったのは、YOKO君と参加予定の大宮公演のチケット。今年の僕はポール・マッカートニーの来日公演で席運をすべて使い果たしておりますので、大宮も初日フォーラムと似たような感じのお席を頂くこととなりましたが・・・全然オッケ~、楽しみです!

澤會さんと言えば、再発されることになったEMI期のアルバム、僕は先日申し込みを済ませました。
今週ずっとうっかりしていて、木曜の朝になって突然思い出し出勤前に払込書を記入していたという(汗)。締切ギリギリの申込となってしまいました。
もちろん普通のCD再発ですから締切を過ぎても一般のショップさんで購入することは可能なんですけど(アマゾンさんなどでも予約受付が始まっているようですね)、今回は色々と感謝の気持ちもあって、澤會さんから購入したいと思っていたのです。
澤會さんでは今回、5枚以上の申し込みで特典グッズがついてくるとのことでしたが、僕が購入するのは『架空のオペラ』を含むCO-CoLO期の4枚ということで残念ながら1枚分足りず。まぁ、仕方ありませんね・・・。

さて。
暦は8月となり、『こっちの水苦いぞ』ツアー初日まであと2週間ちょっと、というところまで来ました。

拙ブログでは、4月末から一貫して加瀬さんの作曲作品のお題で更新を続けてきました。ツアー日程の延期を受けて改めて目標として掲げた「ジュリーが歌ったKASE SONGS全曲考察記事制覇」・・・残すは今日のお題含め3曲となっています。
17日の東京国際フォーラムまでに、必ず目標を達成したいと思います。

本日採り上げる曲は、アルバム『JULIEⅥ ある青春』から、「二人の肖像」。
6月半ばの段階でほぼ記事の下書きを終えていたのですが、加瀬さんが作った切ないメロディーに合わせてしまったかのような暗い考察内容で、その直後に僕の気持ちが「心から加瀬さんの曲を楽しみ、笑顔で加瀬さんを送りたい」と変化したこともあり、「いずれの機会に再考察を」といったん横に置いていた曲です。
今回、改めて新しい角度から色々と紐解いてみた結果、その時の下書きを全面的に書き直すほどの考察記事となったのは嬉しい誤算でした。

この曲が大好きで「記事を楽しみにしています」と仰ってくださったナタリー様はじめ数人の先輩方に感謝を込めて、みなさまからのリクエストという形で今日は記事更新させて頂こうと思います。
伝授!

「二人の肖像」・・・アルバムの中でも大好きな曲ですが、一方で「異色作」のイメージも持っています。
まずは何故僕がこの曲を「異色」と感じているのかを語っていきましょう。

これまで何度か他収録曲の記事で書いたことがあるのですが、僕は『JULIEⅥ ある青春』というアルバムを、『JULIEⅡ』(僕がこの世で最も愛するアルバム)で描かれた物語の主人公の少年が成長した数年後の物語・・・「ジュリー=船乗り」のコンセプトを持つ続編作品のようにして聴いています。
「許されない愛」を断ち切り港町を離れ、文字通り人生の大海へと踏み出した『JULIEⅡ』主人公の少年は、『JULIEⅥ ある青春』では日焼けした逞しい船乗りの男へと成長していて、自らの船を持ち仲間達と楽しい航海の日々を送っている・・・立ち寄った港ごとに気ままに恋をし、時にはちょっとだけ傷ついたり、時には仲間の恋路にも介入したり(笑)。
収録曲それぞれに「船」「海」「港」などのイメージを得て、僕はこの『JULIEⅥ ある青春』を『JULIEⅡ』に続くコンセプト・アルバムとして楽しんでいるわけです。

しかしながらただ1曲、そんなイメージに当てはめることのできない、「都会の日常の中のラヴ・ソング」としか捉えられない曲・・・それこそがこの「二人の肖像」。
ちょっとしたことで諍いとなり、別れ話をしてしまう恋人同士。でもいざ腰を据えてひとり考えてみると、相手の存在は一層愛おしく、どちらからともなく再び言葉をかわしている・・・これはさすがに「自由気ままな船乗り」のストーリーとは解釈しようがありませんよね。

もう1つの「異色」は、季節のイメージ。
これは以前「夜の翼」の記事で書いたんですけど、僕が『JULIEⅥ ある青春』に勝手に抱いている季節は「真夏」(レコーディングは「初夏」あたりなのでしょうが)。
他のすべての収録曲が真夏の灼熱の太陽と海を連想させる中、「二人の肖像」だけは「秋」から「冬」にかけての雑踏のイメージなんですよね・・・。
これは、初めてこの曲を聴いた時に「短調のバラード」であること、或いは楽曲タイトルに「二人」というフレーズがある、という共通点から『いくつかの場面』収録の「燃えつきた二人」を連想したことが大きいと思います(僕はポリドール時代のアルバムも後追いで大人買いしていて、『JULIEⅥ ある青春』より先に『いくつかの場面』を聴いていました)。
ただ、この2曲が共に加瀬さんの作曲作品である、と気づいたのはずっと後のことで(汗)、僕はある時期まで「二人の肖像」を山上路夫さん作詞、森田公一さん作曲のナンバーだと思い込んでいたのですからお恥ずかしい限りです。『JULIEⅥ ある青春』について、「山上=森田作品が7曲でZUZU=加瀬作品が5曲」だと何かの曲の記事の時に書いてしまっている記憶も(汗汗)。

これは本当に楽曲の雰囲気から勝手に決めてかかっていた思い込みによるもの。
というのは、「二人の肖像」はアルバム・タイトルチューンの「ある青春」(山上=森田作品)と曲想がとても似ているのですよ。もの悲しいピアノ伴奏から導入して、ジュリーが切々と歌う感じがね・・・。

多くのジュリーファンのみなさまは「短調のバラード」というと、阿久さん=大野さんコンビによる情念に濡れた独特の世界観を持つ幾多の名曲をまず想起するかもしれません。「時の過ぎゆくままに」がそうですし、加瀬さん作曲のナンバーをその類にカテゴライズするなら、先日執筆した「愛はもう偽り」などがそうでしょう(まぁ、「愛はもう偽り」の場合は井上バンドの演奏により「バラード度」よりも「ロック度」の方がずいぶん高くはなっているけれど)。
でも、「燃えつきた二人」と「二人の肖像」は短調のバラードでもタイプが違いますね。
どこか渇いている、それでいて寂寥感溢れる加瀬さんならではのメロディーとコード進行。
あの天真爛漫な加瀬さんが、「重いバラード」を追求し短調のメロディーをジュリーのキャラクターに重ねた結果、曲にかけられた魔法・・・「二人の肖像」はそんな名曲だと思います。

ここで、加瀬さんがかつてジュリーへの楽曲提供について語った言葉が掲載されている資料をご紹介しましょう。Mママ様からお預かりしているお宝切り抜き資料のひとつで、73年の『沢田研二新聞』です。


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「ヒットを狙うばかりでなく重みのある作品を心がける」・・・加瀬さんのこの言葉には、「俺はジュリーを安売りさせない!」という気魄を感じます。
「重みのある作品」とは別に曲想に限ったことではなくもっと根本的なコンセプトを指すものと思いますが、「重み」という言葉から単純に連想するメロディーはやはり「二人の肖像」のような短調の曲です。

また、「重み」は「深み」でもあり「広がり」でもあるでしょう。ジュリーという特別な存在は、その活動のひとつひとつが互いに関わり合いを持ち、結果大きなイメージへと収束することこそ望ましい、と加瀬さんは考えていたのではないでしょうか。


ここで、「広がり」「ひとつひとつの活動それぞれの関わり合い」の観点から、今度は「二人の肖像」での安井さんの作詞について考えてみましょう。
淡々と、恋人達のやりとりを描いているこの詞こそ、僕が「船乗り」の物語を勝手に抱いている『JULIEⅥ ある青春』の世界観の中では異色作。
アルバム全体を考えればもっと大陸的なイメージの詞で重い短調に合わせた方が自然ですし、安井さんならそれは容易くできたはず。安井さんは何故この曲で、都会の片隅で育まれるさりげない恋人同士の物語を描いたのでしょう?

数週間前の僕ならこの疑問にはお手上げ、「たまたまそういう歌詞が生まれたのだろう」程度で片付けていたかと思いますが、幸いにも今は一考察ありますよ~。
キーとなるのはアルバム・リリースの「1973年」。
この年のジュリーの歌以外の活動と言えば・・・そう、ドラマ『同棲時代』があります。

安井さんは、『同棲時代』を演じた俳優・ジュリーに触発されて「二人の肖像」の物語を書いたのでは?
物語的にも時期的にも、リンクしますよね?

ヒヨッコの後追いファンが、単に「同年の作品だ!」と今さら発見しフンコーしているだけという怖れもありましたので、いつもお世話になっている先輩に、「二人の肖像」と『同棲時代』に共通するイメージが当時あったのかどうか尋ねてみました。
「自分も含めて、そう考えていたジュリーファンは多いと思うし、実際そうしたことをネットに書いているかたもいらっしゃる」
と、教えて頂きまして・・・まぁ実際のところは安井さん本人にしか分からないこととは言え、「やっぱりそうか!」と思うと同時に、73年当時のジュリーをとりまく空気感も、少しだけ分かったような気がしました。

僕が「二人の肖像」と『同棲時代』との関連の可能性に思い当たったのは、ほんの先日のこと。
改めての考察に向け各地の先輩方からお預かりしている73年のお宝資料をあれこれと読みながらネタ探しをしていて、「あっ!」と目に止まったのが、『Letter』という小冊子に掲載されていた『同棲時代』についての素敵な文章でした。
これまた岐阜のJ先輩であるMママ様にお借りしているこの小冊子『Letter』は、『ロックセクション名古屋』さんの製作。(おそらく、ですが)商業誌ではなく、あくまでジュリーファン手作りの冊子ということで、このようなブログでその誌面をご紹介してしまうことは、心血注いで編集に打ち込んだその道の大先輩の方々に大変な失礼に当たると考えますから内容画像の添付は控えたいと思いますが(いつの日か、制作に携わった先輩方とのご縁を頂き、その一部でもブログへの掲載を直接お願いする日が叶うことを夢見ています)、本当に丁寧な編集作業とジュリーへの愛情が伝わってくる素晴らしい1冊です(まず、『Letter』というタイトルが素敵じゃないですか!)。
特に、当時ジュリーファンの間で最高に旬な話題だってであろう『同棲時代』への感想を綴った文章には、ただただその感性に打ちのめされるばかりで・・・「なるほど、ジュリーファンはきっとみなさんそんな気持ちだったんだろうなぁ」と思わせてくれました。

「二人の肖像」の歌詞で最も目を惹くのは

幾度 ふたりが   別れ話しを・・・ ♪
Dm             Am7   Dm        Am7

と、詞の最初と最後にまったく同じフレーズを配した構成。「別れ話しを・・・」と、物語を途中経過状態で放り投げた(結論が出ない)ような印象を受けます。
これが『同棲時代』の、「壊れそうで壊れない恋人同士の生活」を示している、
ともとれるんですよ。

ひと月ほど前に一度この曲の最初の考察に取り組んでいた時の下書きで、僕はこんなことを書いていました。


「二人の肖像」に登場する若い男女の行く末に、僕はどうしてもハッピーエンドを感じないんですよ・・・

これは僕が加瀬さんの「短調のバラード」に惹き込まれている、憑りつかれている証でもありました。当然、そうした思いは今でも持ち続けています。
この曲は確かにサビの

帰った後で気がつく 嫌いじゃないのさ むしろ♪
F       A7      Dm      F          A7         Dm

の箇所から、
明るい長調のニュアンスへの変化も見せてくれます(平行移調)。でもサビの最後の着地点は物悲しい短調のトニック・コードなのです。この点は「燃えつきた二人」ととてもよく似ています。

僕はそんな点からいったんは、「悲劇的結末」に拘ってこの曲を考察していました。
きっとタイムリーで『同棲時代』を観ていらした先輩方の「二人の肖像」への思いは、曲想やアレンジに感想を左右されがちだった僕とは全然違って
「何故この人と一緒にいるんだろう?」
と、お互いに疑問を持つ「二人の肖像」に登場する男女のその後に、「それは、好き合っているから!」というシンプルな答を自然に見出していらしたのでは・・・?
先輩方には「二人の肖像」のハッピー・エンドが見えているのかも、と今回僕の思考もそこまで進みました。いかがでしょうか?

このように、73年というあの時代の若い男女が互いに強く惹かれつつも「何故つきあっているんだろう」「何故一緒にいたいんだろう」とふと立ち止まるシーンを描いた「二人の肖像」は、『同棲時代』と色々な意味でイメージが重なります。
現代においては、「愛することの責任」「頼り頼られることの意味」は若者の間で希薄となり、すべてがヴァーチャル体験の延長のようになっている、と見る向きもありますが、「二人の肖像」や『同棲時代』のような物語は現代でも若い人達の日常で普通に起こっていて、それぞれが相手のことを見つめ、自分の在り方を自問しながら生きているのではないでしょうか。

若い時期に「真剣に打ち込む」対象が「恋愛」で何も悪かろうはずがない・・・そうした経験はきっと「考える」力を育てるのでしょう。
そんな力を持つ若者よ、俺達は信じてるぜ!

さてさて、この曲も(これまた長崎の先輩から長々とお借りしてしまっている)手元のお宝本『沢田研二のすべて』にスコアが掲載されています。


Futarinosyouzou

これがね~、大らかさでは掲載曲中1、2を争う採譜になっておりまして、表記通りに演奏すると、何やら落ち着きのない、愉快な歌になります。コードがお分かりになるかた、試しにちょっと弾いてみて(笑)。

しかしながら、それを叩き台にしてあれこれ修正していくのがまた曲の真髄に迫る作業でもあるので、このスコアはやっぱりとてつもなく貴重な資料なのです。
ほぼ全面的な修正が必要となる中で、「特にここは!」と語りたい箇所・・・スコアでは採譜されていないコード進行で最も大切な、加瀬さん渾身の作曲手法が堪能できる部分は2箇所あると僕は考えます。
まずは何と言っても

特別   理由もないのに アア ♪
   B♭maj7     B♭       C     Caug

この「あ~あ♪」の「Caug」です!

これまで何度も書いていますが、加瀬さんはジュリーのファースト・ソロ・シングル「君をのせて」について、「あ~あ♪と歌うところが沢田らしくてイイ!」と絶賛、ジュリー曰く「その後ワタシは、あ~あ♪と歌う曲が多くなりました」とのこと。
「二人の肖像」もそんな1曲なのですね。
この曲の記事を「楽しみ」と仰ってくださった先輩も、この「あ~あ♪」は特に好きな箇所とのこと。ジュリー必殺の「あ~あ♪」に、「二人の肖像」の進行の中で一番おいしいオーギュメント・コードのアイデアをあてた加瀬さん、確信犯だと思います。

当時のZUZU=加瀬さんコンビのジュリー・ナンバー制作は、加瀬さんの曲が先にあって後から安井さんが詞を載せる、という作業順序であったことが、最近いくつかの資料から分かってきました。
おそらく加瀬さんは作曲のデモ・テイクでは、メロディーにでたらめな英語やハミングを載せて録っていたものと思いますが、きっと「二人の肖像」のこの部分についてはデモ録音の段階から既に「あ~あ♪」と歌っていたんじゃないかな?
安井さんは加瀬さんの「あ~あ♪」への渇望(?)を暗黙のうちに汲み取り、そのまま歌詞に使用した・・・そんな推測はいかがでしょうか。

オーギュメント・コードを使った進行には様々なパターンがありますが、「二人の肖像」での加瀬さんによる上記進行は、ビートルズ「イッツ・オンリー・ラヴ」の「my oh my♪」の部分と理屈は同じ(ビートルズの中では有名な曲ではないので分かり辛いかな・・・)。
ちなみに加瀬さんはジュリワンの「渚でシャララ」で「二人の肖像」とはまったく違ったオーギュメント進行を採り入れていて、こちらは2012年のジュリーのマキシ・シングル『Pray』収録「Fridays Voice」の「この国が♪」から始まるBメロ部の進行が同じ理屈です。

もうひとつ僕が惹かれるコードを挙げると

お前を 好きだよ ただひとり ♪
    Gm7       B♭m      Dm

この「B♭m」。
これは少し前に記事を書いたワイルドワンズ「バラの恋人」のサビで「すねてるような♪」と歌われる箇所と理屈は同じで、「揺れる」気持ちをメロディーに注入し「少年性」を感じさせる進行となっています。

演奏については、いかにもロンドン・レコーディングの『JULIEⅥ ある青春』収録のバラードらしく、華麗なオーケストラ・アレンジがまず耳を惹きますが、僕が注目したいのは右サイドにミックスされている渋いストロークのアコースティック・ギター。
1番Aメロは最初ピアノ1本の伴奏からスタートするんですけど、「2回し目から噛む」のではなく、1回し目の「特別♪」「理由も♪」から、歌メロとユニゾンのリズムで、ジュリーのヴォーカルを追いかけるように切り込んでくるんですよね・・・。
豪快で奔放なロック・アレンジの曲も良いけれど、「二人の肖像」のアコースティック・ギターに象徴されるような、緻密な編曲による「譜面通り」の演奏もまた、若いジュリーの美声を存分に生かすプロフェッショナルの素晴らしさと言えるのではないでしょうか。

それにしても・・・6月の段階で「二人の肖像」の記事を下書きしていた時には、「果たしてこの歌に登場する恋人同士はその後幸せになり得ただろうか?」という考察がメインで、「燃えつきた二人」と併せ加瀬さん独特の「短調のバラード」に詞を寄せた安井さんと松本隆さんが、共に加瀬さんのメロディーとシンクロし「若い恋人同士の破局を、男性視点から淡々と描こうとしたのでは?」といった内容になっていました。
そもそも、『同棲時代』についてはまったく思い至っていなかったのですよ。

こうして、一度仕上げかけた記事をいったん置いて「別の角度から何かネタを見つけてみよう」と再考するのって、実は大切なことなのでしょうね。
まぁ拙ブログの場合は甘すぎる考察のまま仕上げた記事でも、みなさまから頂くコメントで大いに助けられていますが・・・(最近では、「泣きべそなブラッド・ムーン」などがそうでした)。
今回この「二人の肖像」の記事(下書き)を短期間のうちに2度書いたこと・・・貴重な経験になりました。改めて「ZUZU=加瀬」コンビの作品は懐が深いなぁ、と。



それでは、オマケです!
今日は、文中で触れた『Letter』はじめ数々のお宝をお貸しくださっているMママ様が、73年当時にせっせと切り抜いていらした『同棲時代』関連の資料をどうぞ~。

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ちなみに僕は『同棲時代』主演の梶芽衣子さんは個人的に好きな女優さんのひとり。
もちろん、73年当時僕はこのドラマを観ていなくて、女優としての梶さんを知ったのはずいぶん後になってからです。テレビドラマをほとんど観ていなかった大学時代、珍しく毎週楽しみにしていた『教師びんびん物語Ⅱ』(毎週号泣していた汗)・・・梶さんは、田○俊彦さん演じる主人公の敵役であると同時に実は・・・というとても重要な役どころで、美しさと知性に憧れたものでしたね~。
つい先日久しぶりに、安住アナと一緒に街を散策しておられる番組をたまたま観まして、その様子が(素敵な意味で)天然で、「あぁ、普段はこんな感じのかたなのか~」と思いました。


さて、先輩の情報によりますと、GRACE姉さんはいよいよドラムセットに就いて徐々に身体を慣らしてゆく段階にまで快復されているようです。
8月に入り、そろそろツアー・セットリストのリハーサルも始まるのでしょう。とにかく毎日のこの暑さです。GRACE姉さん、どうか無理だけはなさらず・・・。

今回のツアーで「二人の肖像」がセットリスト入りすることはまず無いでしょうけど、この曲のドラムスだと僕は3’13”からの3連符のニュアンスを持ったフィルが好きで・・・このフィルをGRACE姉さんの生の音で聴いてみたいなぁ、と思ったり。
『PREASURE PREASURE』ツアーの時の「探偵~哀しきチェイサー」などがそうでしたが、ずっと昔の70年代のジュリー・ナンバーでも、「これ!」という重要なフィルをGRACE姉さんはオリジナル完コピで再現してくれます。そうすると、フィルから続くジュリーの歌がス~ッと聴いているこちらの身体に入ってくるんですよね。
これ、特にバラードではとても大切なことだと思う・・・GRACE姉さんは歌心があるから、自然にそういう演奏ができるのかなぁ。もちろん、ロック・ナンバーでの豪快なアドリブも素晴らしいですけどね!


といったところで。
拙ブログの「ジュリーが歌ったKASE SONGS」全曲記事制覇まで、残すは僅か2曲となりました。
次回は「この炎は燃えつきず」を採り上げます。
正直、新米の僕が記事を書くにはまだまだ荷が重いナンバーだとは今でも思っていますが、ここまで来たら臆せず全力で考察に取り組みますよ~。

本当に暑い日が続きます。
みなさまそれぞれのツアー初日を楽しみに、共に猛暑の日々を乗り切ってゆきましょう!

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2014年10月26日 (日)

沢田研二 「二人の生活」

from『JULIEⅡ』、1971

Julie2

1. 霧笛
2. 港の日々
3. おれたちは船乗りだ
4. 男の友情
5. 美しい予感
6. 揺れるこころ
7. 純白の夜明け
8. 二人の生活
9. 愛に死す
10. 許されない愛
11. 嘆きの人生
12. 船出の朝

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昨日の神奈川県民ホールのジュリーや鉄人バンドは、どんな様子だったのかな~。長かった全国ツアーも、いつの間にやらもうラストスパートです。
(阪神の方の)タイガースも、日本シリーズで上々のスタートを切りました(今日はどうかな?)。

そんな中突如舞い込んだのが、DVD『さよなら日劇ウェスタン・カーニバル』が年明け早々に発売される、という情報。これはビッグニュースでしたね!
何と言ってもジュリーのソロ・コーナーが完全収録される、というのがメチャクチャ貴重です。
このウェスタン・カーニバル・フィナーレをはじめとする日本音楽界のGS復活の動きは、元々海の向こうのネオ・モッズによる60年代回帰のムーヴメントを踏襲するところから始まっているわけで、日本でその道をまず切り開いたのが、ジュリーwithオールウェイズのアルバム『G. S. I LOVE YOU』。そんな大名盤の収録曲をガンガンかましているステージが遂に完全に映像作品化されるとは・・・いやぁめでたい!
もちろん、タイガース・コーナーも楽しみ。僕が観たことない映像もあるのかなぁ。


さて・・・”足早に過ぎてゆくこの秋の中で”シリーズも、いよいよ今日で最終回となりました。
このところ数回は、シングルやアルバムがリリースされた季節から「秋」を求めてお題を探してきましたが、今回は「個人的に勝手に秋をイメージしている曲」について書かせて頂きます。

何度も書きますが・・・僕がこの世で最も愛しているアルバムは、『JULIEⅡ』。多くのジュリーファンの中でも、ここまで「フェイバリット・ナンバー1」がハッキリしているパターンは珍しいんじゃないかなぁ。
有名な「許されない愛」にしても、僕にとっては大ヒット・シングルと言うより『JULIEⅡ』の収録曲、という印象の方が全然強いです(もちろん後追いファンだから、ですけどね)。すべての収録曲が、ひとつの壮大な物語の中のワンシーン。世のロックにストーリーありきのコンセプト・アルバム多しと言えども、それぞれの曲がここまで見事に、完璧なピースとなり物語の時間を辿り、綿密に全体構築されている作品は、洋楽ロック含めて比するものはありません(断言)!

その愛すべきピースの中には、「時の経過を表現する」「あらすじを追う」といった感じで、「繋ぎ」の役割を担う小作品もあります。僕にはその「小ささ」「地味さ」がまた、たまらなくいとおしいんですよね・・・。
激しい情熱や慟哭を歌った「目立つ曲」と、そうした「小作品」とがガッチリ噛み合って、すべてのナンバー全12収録曲でひとつの物語、ひとつのアルバム。それこそが『JULIEⅡ』。完璧なのです。
僕なりに纏めてみますと・・・

・父の顔も名も知らず育ち、ただひとりの肉親である母親に旅立たれて天涯孤独となった傷心の少年が、放浪の果てに小さな港町に辿り着く・・・「霧笛」。
・港町のカフェに住み込んだ少年が、店の飼い犬「マルチェロ」との交流で本来の明るさ、屈託の無さ、そして人生に希望を取り戻してゆく・・・「港の日々」。
・店に出入りする粋な船員達の賑やかさに触れた少年が、「海への憧れ」を知る・・・「俺たちは船乗りだ」。
・船乗り達を束ねる船長に目をかけてもらった少年は、船長に理想の父親像を重ねながら日々成長し、やがて自らの「男性」を自覚する・・・「男の友情」。
・再び長い海の旅に出ることになった船乗り達。夫の旅立ちを見送る船長夫人の涼しげな瞳に、少年はかつてない胸のときめきを覚える・・・「美しい予感」。
・船長の長い留守にふさぎこむ夫人を励ます少年。日々を共に過ごし好意を通わせ合う二人の心に、次第に言い知れぬ感情が募ってくる・・・「揺れるこころ」。
・激しい雷雨の夜、恐怖にしがみついてきた夫人を思わず抱きしめる少年。激情は開放され、遂に結ばれた二人は初めての朝を迎える・・「純白の夜明け」。
・夫人との愛が永遠に続くことを微塵も疑わず、一途に二人の愛情を盲信した少年は、生涯この愛に身を捧げ、命までも賭すと決意する・・・「愛に死す」。
・船長が帰国し、夫人は再び元の慎ましい家庭生活に身を置いた。己の熱情を必死に堪える少年だが、夫人を奪い取り連れ去りたい、という衝動に身を貫かれ苦悩する・・・「許されない愛」。
・夫人はもう自分の元には戻ってくるべきではない。非情な現実を認識し、自らの存在までをも否定し絶望した少年は、夫人に別れを告げると、荒波打ち寄せる海辺を徘徊する・・・「嘆きの人生」。
・遂に港町を去る決意を固めた少年。夫人への愛を断ち切ったその瞳の先には広大な海が広がっている。さぁ、この海へとまた旅立つのだ・・・「船出の朝」。

う~ん、完璧だ。
・・・って、あれっ?11曲しか書いてないぞ。
何か1曲、地味な曲を忘れて抜かしちゃってる?

・・・などと小芝居を打つのはやめましょう。
おそらく『JULIEⅡ』収録曲の中で、最も「小さく」、最も「繋ぎ」的な小品。その「地味」さは逆に比類無い存在。だからこそ愛おしい。だからこそ名曲。
長い間、先輩方と『JULIEⅡ』のお話を時折させて頂いても、まったく話題に上ることは無かった曲。でも昨年、このブログを読んでくださっているおひとりの先輩が「大好きな曲」だとコメントをくださった時、本当に嬉しくて・・・誠に勝手ながら今回は、その先輩のリクエストという形で考察記事を書かせて頂きます。
「二人の生活」、伝授!

まずは、何故僕がこの曲に「秋」のイメージを持つに至ったのか、ということから説明しておきましょう。

僕は後追いファンですから、当然『JULIEⅡ』もCDで購入しました。このアルバム、歌詞カードもすごく豪華で素敵な写真が満載なんですけど、美しいジュリーのショットを目を凝らしてしげしげと眺める、というにはCDだとなにせサイズが小さいわけです。必然、写真の構図などをキチンと把握しないまま、時は過ぎていきました。

さて、数ケ月前のある日こと・・・。
有り難いことに僕は今、何人かの先輩方からジュリー関連の貴重な資料をお預かりさせて頂いていて、まぁそれがとんでもなく膨大な数に上っております。
暇を見てはそれらをせっせと年代ごとにファイルしているんですけど、中には自力で年代特定できない、或いは特定の自信が持てない資料もたくさんあります。
ですから時々、そんな資料を某SNSに画像添付し、「これは何年ですか?」と広く先輩方にお尋ねすることがあるのです。
その日、先輩方にお尋ねした資料が、こちら。
『ロンドンの女(ひと)』という見出しで2ページ。「レコーディングがてら・・・」ということから、おそらく71年なんだろうな、とは思いつつ『JULIE IN LONDON』と書いてあるLPタイトルの全容に自信が無くて・・・まぁ結局それが『JULIEⅡ』の原題だったそうなんですけど(同タイトルの写真集もありますしね)。

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で、SNSをチェックしてこの資料をご覧になったある先輩が、早速コメントを残してくださいました。
「これ、『JULIEⅡ』のプロモーション撮影ですよ。CDの歌詞カード見るべし!」
と。

これはしたり!
そう言われてみれば、この女の人は何処かで見たような覚えがあるぞ・・・。
と、そこでまたまたハタと思い出したのは・・・実は2009年の暮れに僕は、岐阜研人会のN様から「私はもうレコード・プレイヤーでは聴けませんから・・・」と、ほとんど結婚祝いのような感じでLP盤の『JULIEⅡ』をプレゼントされてしまっていたのですよ。
ここは是非、レコードの大きな写真で確認せねば!

ということで貴重なLP盤をとりだしますと、豪華なブックレット形式の歌詞部に・・・ありましたありました、”ロンドンの女(ひと)”と一緒のジュリーのショットが。

Lifefortwo


↑ もちろん、LPからスキャンしています!

これがズバリ、「二人の生活」歌詞ページに配された写真です。『JULIEⅡ』の舞台となっている港町の一風景として、少年と船長夫人が愛を育んでいる、というシーンを模したショットでしょう。
実際には、秋のロンドンの1コマだったんですね~。
いやぁ、いかにも秋ですよ。ジュリーはこんな季節、こんな風景の中であの名盤を制作していたんだなぁ・・・。

ということで、多くの『JULIEⅡ』のショットの中でハッキリとジュリーがロンドンに滞在していた季節を感じさせてくれる「二人の生活」のワンシーンが、僕の中で完全に「秋」とインプットされたというわけです。

ちなみに”ロンドンの女”の彼女ですが、『JULIEⅡ』歌詞カードでは他に「純白の夜明け」「愛に死す」に配されたショットで、ジュリーと一緒に登場しています。
「純白の夜明け」は二人の顔のアップの写真でして、見つめあうジュリーと彼女の構図にそのまま歌詞全体が映りこんでしまっているので、ここでは添付を控えます。残る「愛に死す」のショットはこんな感じ。

Diedoflove

これも「二人の生活」同様に「秋」のイメージはあるんですが、ご覧の通り3枚の連続ショット仕立てとなっていて、それぞれの写真がちょっと小さいんですよね。LPからのスキャンでこんな感じになるんですから、CDで見るとホント何が何だか分からないですよ。
やっぱりレコードとして制作されたジャケットやブックレット・デザインなどは、当時作られたサイズで鑑賞するのが一番のようです。散々「『JULIEⅡ』が一番好き!」と宣言しまくっていたジュリー堕ち間もない若輩の言葉を覚えていてくださったN様に、改めて感謝。

ということで僕にとって「二人の生活」という曲は、少年と船長夫人が「純白の夜明け」で互いの気持ちを確かめ合った後の「秋」の日々を連想させる曲です。
「愛に死す」が晩秋、「許されない愛」が冬の初め、「嘆きの人生」が極寒の真冬、と続いていく・・・そんなイメージまでをも得るに至りました。
そう考えていくとほら、「港の日々」なんかは春の初めって感じがするし、「美しい予感」あたりは初夏で、港に立つ船長夫人は日傘をさしているように思えてくるし、「純白の夜明け」でゴロゴロいってるのは真夏の雷雨、って感じになってきませんか?

僕が勝手に組み立てた『JULIEⅡ』の物語は、10代半ばの少年の、激動の1年間の物語。
それも考え合わせて、やっぱり「純白の夜明け」の直後に配される曲がいきなり「愛に死す」では、少年の「命をも賭す」という決意表明がちょっと早過ぎるんですよ。物語が進行する上で、二人が愛を育んでゆく過程のシーンを描いた「繋ぎ」の曲は絶対に必要だと思いますし、重要です。
ただ、それが大上段に構えるド派手な曲ではダメなんです。地味ながら可愛らしく、愛が始まったばかりの穏やかな日々、小さな幸せの日常を歌った「二人の生活」は本当にピッタリと物語のピースに嵌った名曲。

曲から浮かんでくる映像は、先の資料『ロンドンの女(ひと)』でのジュリーと外人さんの彼女のカップルで決まり。彼女の方が背が高かったり、ジュリーがどこか遠慮がちな表情をしているところなんかも含めて、写真のジュリーは本当に「少年」に見えるんだなぁ。
資料の一番下の、二人が手をとりあってはしゃいでいるショットにマルチェロが一緒に映っていれば、なお完璧でしたけどね~。いや、この状況になった時点で少年としてはもう犬どころじゃない・・・のかな?マルチェロがさみしがっているぞ!

そして、この「小品」ならではの筒美京平さんの作曲が本当に素晴らしいのです。
曲全体のイメージは、上品かつ静謐。
軽快なテンポのワルツ進行は、ひそやかに愛を育む「二人の生活」そのもの。その上で、さりげな~いおいしい工夫が、ポップス王道のメロディーにいくつも散りばめられています。

この曲には「同主音による近親移調」が登場します。理屈は知らずともメロディーを追えば、Aメロが物悲しい感じで、サビが明るくウキウキする感じ、というのはみなさまもお分かりでしょう。
これは、Aメロがニ短調で、サビがニ長調。トニックのルート音は変わらずに短調から長調に転調しています。この理屈については、以前「白い部屋」の記事で詳しく書きました(「白い部屋」自体は転調しないんですけどね)。その際にチラッと参考楽曲として「二人の生活」を挙げたところ、先述しました先輩のコメントが頂けたというわけです。

短調で始まった曲がサビで長調に同主音転調すると、視界がサ~ッと開けたような開放感があります。ジュリーにはこのパターンの曲が多く、加瀬さんもこうした作曲を得意としていたようですね。
筒美さん作曲の他歌手への提供曲ということで探していきますと、「抱きしめてTONIGHT」(歌・田原○彦さん)に同主音による近親移調が登場します。やはりこの転調手法ならではのサビの開放感が魅力の大ヒット曲と言えましょう。

「二人の生活」の場合は、「抱きしめてTONIGHT」或いは加瀬さん作の「追憶」のような、ド~ン!と派手にサビを炸裂させるような感覚はありません。
歌詞に描かれた二人の逢瀬が秘事であるために、「こっそり」みたいな気持ちがまず短調部に込められます。しかしどうにも抑えきれない歓び、ときめき・・・その溢れる様子が、サビの転調に表れてくるのです。これ、考察自体は完全に後づけ・・・と言うかこじつけなんですけど、本当にそんなふうに聴こえませんか~?

「楽しさ」を歌うなら、ハナから明るい長調で始めてもいいんじゃない?と考えるのは簡単ですが・・・じゃあ試しに、Aメロを長調に書き換えてみましょうか?

あさの     きてき     うたう  ま   どのそと ♪
ラレファ#ラレファ#シラレ ド#シラ ソラ


台無しです!
なんかこのメロディーだと・・・少年と船長夫人二人とも、な~んも深く考えてないような気がする。
やっぱりAメロが短調の進行であって初めて、静謐で上品な曲と言えるんですよ。

だからこそ、スパ~ン!と長調に切り替わるサビ部が僕は特に好きだなぁ。初めて聴いた時には「白い蝶のサンバ」(歌・森山加代子さん)みたいなメロディーだなぁと感じたけど、実際は全然違います。転調直後のサビの切り口は、なんとなく似てはいますけどね。
手元には、先輩からお預かりしている「二人の生活」の貴重なスコアがあります。

Lifefortwoscore

↑ 超絶お宝資料 『沢田研二のすべて』より

この本の超適当な採譜・・・だんだん病みつきになってきました(笑)。ここから最終的な真理を導き出すまでの数時間が、なんとも得がたい至福の時。
ということで・・・

誰も知らない 愛の暮しよ
D   F#m         G    D    B7

あ   なたといれ ば   時は流れて ♪
Em  A7  F#m7  Bm   E7          A7      

まぁ、サビはこう直してあげるべきでしょうな~。
あと、サビ直前の「あなたと~ふたり~♪」のトコも、単にドミナントだけの「A7→Dm」ではなくて

あなたと ふたり ♪
E7-9  A7    Dm

と、「E7-9」をキチンと採譜しておかないと、筒美先生に怒られそうです~。これは先生作曲の「九月の雨」(歌・太田裕美さん)にも違うキーで登場する重要なコード進行ですから。
ちなみにギターですと「E7-9」は、1弦1フレット、3弦1フレット、5弦2フレットですべての弦を「ジャ~ン♪」と鳴らせるローコードのフォームがオススメです。

細かい工夫は筒美さんの作曲ばかりではありません。大活躍するオーケストラ・アレンジ、刻みのソロをめまぐるしく立ち代わるストリングスとバンドネオンの演奏スキルの高さ、サビ直前の一瞬に強調されるピアノのミックス・・・等々。
地味で、「繋ぎ」的で、「小さな」曲にもこれだけのアイデアと細部の詰めが施されている・・・やはり昭和のプロフェッショナル・レコーディング・スタッフは邦洋問わず恐るべし、なんですよ。それでもこの曲が、アルバムの主役に躍り出ることはあり得ません。
不思議な曲ですよね・・・。

『JULIEⅡ』収録曲のヴォーカル中で、「楽に歌っているなぁ」と感じさせるのも、小品にして名曲、という「二人の生活」の不思議な魅力故ではないでしょうか。
「佳曲」というのは「二人の生活」のような曲のためにある言葉だとしみじみ思います。歌入れ当時のジュリーもきっと、とっつきやすかったんだと思いますよ。
まぁ、今となってはこの先のLIVEで採り上げられることなど絶対に無い曲でしょうが、「普遍的にジュリーの喉には合ってる」1曲だと思っています。
是非みなさまの再評価を!



それでは次回更新ですが・・・ちょっと特殊な記事を考えています。
男性タイガース・ファンの大先輩であり、ロックを語れる年長の友人でもあり、何よりその生き方をリスペクトしている憧れの男性でもある人・・・2012年に僕が書いた”ほぼ虎”武道館公演のレポート記事をきっかけに知り合ったYOU様が、ご自身の還暦記念に敢行したLIVEに参加した時の様子を書こうと思います。

YOU様の還暦記念LIVEは3部構成でした。
第3部は、普段からYOU様が活動していらっしゃる”いつも通り”のX-JAPANコピーバンドのステージ。
ただこの日は、還暦記念ということで特別です。
急遽結成されたバンド”JULIE SPIRIT”で挑んだジュリー・ナンバーのカバー。しかもYOU様はこのバンドで、生涯初めてのフロント・ヴォーカルに立ち向かいました。これが第1部。
そして・・・会場に駆けつけたYOU様の多くの友人の中に少なからずいらしたすべてのタイガースファンのみなさまが、腰を抜かすほど驚き、あまりにビックリして号泣するお客さんが続出した(マジです)、第2部トークコーナーでのビッグ・サプライズ。

記事には一応、ジュリー・ナンバーのお題をつけます(もちろん、記事内容と関係のある楽曲です)。
どんなふうに書こうか、まだ決めかねているんですけど・・・いずれにしても、ジュリーの『三年想いよ』ツアー・ファイナル、東京国際フォーラム公演の前までには書き終えなければ。10月末か11月頭の更新になるかと思います。
よろしくおつきあいくださいませ~。

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2014年10月16日 (木)

沢田研二 「AFTERMATH」

from『REALLY LOVE YA !!』、1993

Reallyloveya

1. Come On !! Come On !!
2. 憂鬱なパルス
3. そのキスが欲しい
4. DON'T SAY IT
5. 幻の恋
6. あなたを想う以外には
7. Child
8. F.S.M.
9. 勝利者
10. 夜明けに溶けても
11. AFTERMATH

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全国ツアーのインフォが来た時からずっと気になっていた、ジュリーの『三年想いよ』10・8南相馬公演は、大盛況、大成功に終わったようです。
参加されたみなさまから届けられる、絶賛と感動の声。僕はこの1週間、自分が参加してもいない南相馬公演の余韻にどっぷりと浸る(ついでに風邪ひいたりもしていますが汗)という不思議な日々を過ごし、ブログの更新間隔が空いてしまいました。

素晴らしいステージだったって。
素晴らしいお客さんだったって。

普通、自分が参加していないLIVEが「素晴らしかった」と聞くと、まず「羨ましい」という感情が先に来るのですが、何故か今回はそれが無くて・・・。
みなさまのレポートやお話のおかげで、まるでその場に居合わせたような感覚が沸いてきました。

星のかけら様のレポートでは、本割ラストの「いくつかの場面」、アンコール大トリの「ヤマトより愛をこめて」を歌うジュリーの姿、声がリアルに伝わってくるようで、改めて今回のセットリストで採り上げられたジュリー幾多の名曲が、今また新しい力を纏っている不思議さ、嬉しさ、頼もしさを思いました。
しかも「大ヒット曲」ということで言えば、まだまだ今回歌われた曲以外にもある・・・来年の全国ツアーに向けて(きっと東北公演もあるでしょう!)ジュリーは、「許されない愛」「時の過ぎゆくままに」「サムライ」「TOKIO」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」
あたりを今からセットリストに考えているかもしれませんね。
本当に、ジュリーに「危険なふたり」や「ダーリング」や「勝手にしやがれ」があって良かった!
もう僕は金輪際、ツアー・セットリストで”みなさまにも多少は耳馴染みのあるシット曲”が歌われた時、「またか~」などと考えたりすることはないでしょう。

また、今回の公演で一番気がかりだったこと・・・一般のお客さんの感想をしょあ様のレポートで拝見した時には、安堵すると同時にとにかく嬉しくて、一気に涙腺決壊。会社のティッシュ使いまくり
(←コラコラ)
素晴らしいレポートでした。大宮公演でお会いした際にはしょあ様はまだ、「本当に自分が行ってよいのか」と悩んでいらしたのを知っているだけに・・・。
良かったなぁ。本当に良かった!

もちろん、僕などが「良かった」と思うだけでは済まされないことがあるのです。
実際に現場で体感するのと遠方から想像するのとでは、天と地ほどの違いがあると思います。
それでも、南相馬の町の様子や、そこに至るまでの道のりなども含め、本当に様々な光景を今回多くの先輩方が伝えてくださいました。
「途中停車および二輪車、歩行者の通行は禁止」の条件つきで開通を再開したばかりの国道6号北上のルートで会場に向かった先輩もいらして、「櫻舗道」で歌われている「非常線のふるさと」を行く道中の写真を何枚も見せて頂きました。
僕らがもしジュリーファンでなければ、ひょっとすると過ぎゆく月日の中で、何処か遠い世界のことのように思ってしまっていたかもしれない風景。しかしそれはこの日本の今、紛れもなく「誇大でない現実」であり、ジュリーは正にそれを歌っているのだと改めて感じます。

実際に訪れてみなければ分からないことがある、現地の人達と触れ合わなければ感じとれないことがある・・・何よりも、そのことを教えて頂けました。
風化なんて許されない。
僕もこの目で見なければ、と思いました。


さて拙ブログでは現在、”足早に過ぎてゆくこの秋の中で”シリーズということで「秋」を感じるジュリーナンバーをお題に記事更新を頑張っています。
今日ははからずも、南相馬公演の熱い余韻を残しつつ、静かにジュリーの声に身を委ねるにはピッタリのバラードについて書くことになりました。

今回も、ジュリーの過去のアルバム発売時期から「秋」のお題を探す、ということで曲を選んでいます。
採り上げるアルバムは『REALLY LOVE YA !!』。1993年の
秋も終わろうかという時期・・・11月17日にリリースされている大名盤です。

ちなみにこのアルバムからの先行シングルは、御存知「そのキスが欲しい」ですが、実はWikiの記述が間違っておりまして。「5月20日発売」と書いてあったんです(誤記はシングル一覧の項。本文の発売日付の記述「10月20日発売」が正しいようです)。
で、後追い勉強中の僕はすっかりWikiの記述を鵜呑みにし、「このシングルとアルバム発売の半年ものタイムラグは一体?」みたいなことをこの記事に下書きしていました。それが間違いだと分かったのが、本当についさっき(「さて、昼休みに更新するか~!」と準備していたまさにその時)なんですよ。

情報の早いみなさまのことですから、中将タカノリさんの神戸公演レポートはもうお読みでしょう。
素晴らしいレポートでしたね。
その中で、「そのキスが欲しい」が94年のシングルと書かれていて(誤植?)、某SNSで「93年ですよね?」みたいなお話をしていたら、ジュリー学について僕が完全に信頼している長崎の先輩が「93年10月発売」と仰っていたので、「あれえっ?」と。
「Wikiに5月発売って書いてあるんですけど・・・」とお話したら、すぐにご自宅の「2階に駆け上がって現物確認」(笑)してくださって、「10月20日発売で間違いありません」とお知らせくださいました。
危なかった~。昨夜書き終えた下書きのまま更新していたら、読んでくださった先輩方から優しき総ツッコミを頂くところでしたよ・・・。
ということで、この部分だけ後から急遽書き直して更新しております(汗)。

あ、「そのキスが欲しい」はまだ楽曲考察記事を書いていないんですけど、この曲は僕にとって「本格ジュリー堕ちした『ジュリー祭り』東京ドーム公演の1曲目」という大切な思い出があるものですから、2017年12月3日の記事更新と決めています(ちなみに「時の過ぎゆくままに」が2018年6月25日の予定。気の長い話?)

ともあれ、タイムリーで購入された先輩方にとって、この『REALLY LOVE YA !!』というアルバムには「秋」のイメージがあるのかな?
収録曲を見ていくと、特に季節を限定した作品はほとんど無く、リリースされた時期がそのままみなさまの季節の記憶と重なっていても不思議はないのでは。

そこで今日は、『REALLY LOVE YA !!』収録の記事未執筆のナンバーの中から、秋の夜にじっくり聴きたいバラードをお題に選びました。

今回は、物凄い考察テーマに挑みます。
ズバリ、「ジュリーが自らの”性衝動”を自作詞に託した曲とは?」という(滝汗)。
いや、こういうことを僕のような鈍い感性の男が考えるからこそ、導かれる一考察もあるんじゃないかと・・・。
みなさまの異論、非難、苦情は数限りなく出てくることかと思いますが、実際問題僕はこれまでジュリーを性的な目で見たことがまったくないので、却って自由に想像できる、と言うか虚心坦懐に書ける、と言うのか。
まぁ、楽曲考察の一端として読んで頂けましたら幸いでございます。

これは、以前に先輩から記事リクエストを頂いていた曲でもあります。ずいぶんお待たせしてしまいました。
「AFTERMATH」、伝授!

ジュリーに”濡れ場”を喚起されるエロ・ナンバーは数多くありますが、今日はその中で、他ならぬジュリー自身が作詞した曲を対象に、ジュリー本人の性衝動について真面目に(←本当かよ)考察してみましょう。

多くのジュリーファンは、「ジュリー作詞のエロ・ナンバー」と言うとまず「感じすぎビンビン」を真っ先に思い起こすのではないでしょうか。
もちろん「感じすぎビンビン」はエロいです。それは間違いありません。後追いの僕も有り難いことに、2010年お正月LIVE『BALLAD AND ROCK'N ROLL』で実際に生のこの歌を体感済です。
ジュリー、確かにエロかった・・・。

でも、「感じすぎビンビン」って、いわゆる”性衝動を謳歌したナンバー”なのでしょうか。
僕はちょっと違うと思っています。

どちらかと言うとジュリーの狙いは、ハードなギター・ロック嗜好の開放。自身の好みの音と演奏を得ての、ステージ表現への渇望を僕は強く感じます。もちろんそのための手管として、聴き手に「エロ」を煽ることはジュリーも確信犯的に狙っているでしょうけど。
これはジュリーwithザ・ワイルドワンズの「熱愛台風」もおそらく同じです。初めて聴いた時には、「ずいぶんプライヴェートと言うか、具体的な詞だなぁ」と思ったけれど、よく聴くと・・・例えば「シビレルような恋になろうぜ♪」で高い「ミ」の音がバシバシ連続している箇所など、「自分の作った最高にロックなメロディー」にどんな言葉を載せれば自分でより気持ちよく歌えるのか、ということを主眼にして詞をつけているんじゃないかと。エロい歌詞だとステージで尚ロックできる!ということです。
覚さんの作詞にタイトルのサジェスチョンがあったという「オリーブ・オイル」も同じ狙いかもしれません。まずロックな曲ありき、のエロなんですよ。
サウンドの主張がエロい歌詞を求めている、という・・・ジュリー自身が内から湧き出る性衝動を詞に託した、というのとは少し違うと思うんです。

じゃあ、ジュリーが自らの性衝動を歌詞に託したくなる曲とは、どんな曲想なのか。
僕が思うにズバリ、バラードです!

ジュリーが閨(ねや)での睦言をストレートに自作詞に託したと考えられる曲を、行為の時間軸(下品な表現でゴメン!)に沿って順に挙げますと

・(ビフォー)「Don't be afraid to LOVE」
・(本番)「PinpointでLove」
・(アフター)「AFTERMATH」

いかがでしょうか(笑)。
いや、真面目な話・・・作曲者はそれぞれ違うのに、詞も曲もアレンジも、とてもよく似た雰囲気の名バラードが並んでいると思われませんか?

これら3曲は、レコーディング時期から考えて「曲先」の作業で作られたものと考えられます。
3曲すべて外部作曲家による提供作品で、ジュリーは作詞のみを担当、というのが大きなポイントのような気がします。アルバム制作時に受け取った、優しげでエロティックな曲想からジュリーがかき立てられたのが、自身の性衝動だったのではないでしょうか。
どれも穏やかで、深くて。さらには、感情が溢れているようでいてどこか理知的でもあります。

青い空を抱き 窓の遠く見つめたら
E    Amaj7      Am7             E

僕の右腕を 赤い涙で濡らして    oh
E    Amaj7       D                C#m     C#m(onF#)

PILLOW TALKなど ほどほどに ♪
Amaj7               B               E       Esus4  E

これ、どう考えたって「終わった後」のシチュエーションを描いているでしょう。しかも、いかにもジュリーらしい俯瞰力があります。
なるほど、ジュリーって、腕枕は右なのか・・・。


さて、ジュリーが何処からこの「AFTERMATH」なるタイトルを引っ張ってきたのか、という点について
はハッキリしていると思います。ローリング・ストーンズにズバリ『AFTERMATH』というアルバムがあるんですよ。
ストーンズが初めて全収録曲をメンバーのオリジナルで固めた(すべてミック・ジャガーとキース・リチャーズの連名クレジット)アルバムとして重要な名盤。ジュリーファン、タイガースファンのみなさまならご存知の「アンダー・マイ・サム」「レディー・ジェーン」という名曲2曲が収録されています。

では、「AFTERMATH」という単語自体は本来どういう意味なのでしょうか。
英語としては大きく2つの意味があるようです。

・牧草の二番刈り(ある程度成長してから刈りとること。葉が多い、柔らかい、などの特徴が出る)
・災害や大きな事件などの余波、結果

ジュリーの歌詞はどちらなのかな。
それとも他に何か意味づけがあるのでしょうか。「災害」「事件」などの悪い意味でジュリーがこの言葉を使っていないことは明らかですし、僕としては、少し抽象的だけど「狂おしい大きな衝動を遂げた直後」の虚無(平穏、静けさ)の状態を表そうとしてつけたタイトルではないかと考えていますが・・・。

「Don't be afraido to LOVE」や「PinpointでLove」そして「AFTERMATH」。この3曲のエロ・バラード、ジュリーの歌い方や発声がそっくりだと思いませんか?
注目すべきは、いずれも「LOVE」というフレーズのロングトーンが登場すること。

夢の中へ MAKE IT LOVE ♪
Dm6・9                  E

透き通るようで、無垢で、しかも色っぽい「LOVE」。
ちなみに「Dm6・9」ってのは、才の無い僕が強引にひねり出したコード採譜表記。ギターの1弦、2弦、4弦、5弦が開放、3弦のみ2フレットを押さえるフォームです。こう弾く以外、他にしっくりくるフォームを思いつけなかったんですよね・・・。

また、いかにもジュリーらしいなぁ、と思うのは

ぬくもりだけじゃ こなせない
     Amaj7                      B

君の愛は 深く重いよ ♪
   G#m7                C#7

この「重いよ」というのが、職業作詞家さんではなかなか出てこない表現だと思います。ジュリー流のリアリズムですね。「ヘヴィー」ではなく「プレシャス」という意味を持たせているんじゃないかな?

作曲のSAKI&MATSYZAKIさんについては、『ジュリー祭り』直後に一度調べたことがありました。もちろん「そのキスが欲しい」の作曲者の情報を求めて。
あの頃はドームのセットリスト1曲1曲について、自分の不勉強に追いつくのが精一杯で・・・一気に知識を吸収できていませんね。
SAKI&MATSUZAKIさんはアルバム『REALLY LOVE YA !!』で「そのキスが欲しい」「AFTERMATH」2曲の作曲を担当。検索してみますと、「Birthday Suit」というフォーク・デュオのメンバーとして佐木伸誘さん、松崎真人さんのお名前がヒットします。同じ東芝EMI所属ということで、ジュリーとの縁があったようですね。
メンバーお2人とも北海道の出身で、僕よりも少しだけ年上。『REALLY LOVE YA !!』リリース時はまだ20代ですから、秋間経夫さんや高野寛さん同様、「若い才能を作家陣に抜擢」というコンセプトでの起用だったと考えられます。
その提供2曲がそれぞれシングル曲とアルバム・タイトルチューン(バラード・ベストの企画盤)となったわけですから、凄いですよね。

「Birthday Suit」としての曲をYou Tubeで見つけることはできませんでしたが、「そのキスが欲しい」が短調のアップテンポ、「AFTERMATH」が長調のバラードということで、なるほどフォーク・デュオ王道の作曲をされるお2人なのでしょう。
ただ、”完全無欠のヒット・チューン”的な仕上がりの「そのキスが欲しい」に比べ、「AFTERMATH」にはぼんやりした輪郭の、不思議なアレンジが施されています。それがまた「Don't be afraid to LOVE」「PinpointでLove」との作詞以外の共通点でもあります。

加えて「AFTERMATH」の場合は、「打ちこみ」のリズム・トラックの導入により、幻想的でありながら何処か淡々としていて、穏やかな中に何か秘めたものがある・・・そんな印象のバラードに仕上がっています。

前回記事で、アルバム『女たちよ』に採り入れられているレコーディング(骨子となるリズム・プログラミングがあり、その上で生のドラムスが重ねられている)について触れました。この「AFTERMATH」も同じ手法でアレンジが組み立てられています。
少し違うのは、プログラム自体がドラムス各パーツを擬したパターンのループになっていること。この点は「緑色の部屋」に近いですが、「緑色の部屋」には生のドラムスは重ねられていません。「AFTERMATH」の場合は冒頭からAメロ1回し目までは機械のリズムのみですが、1’04”から豪快な生のドラムスが噛んできます。
人間と機械による、2トラックのツイン・ドラムス体制とも言えますね。

機械のリズム・ループには催眠効果みたいな感覚があって、ジュリーの歌詞にも合っています。
だってこれ、「このまますぐに眠っちゃいたい」って歌ですよね?「ピロー・トークなどほどほどに♪」と、相手に背中を向けてしまっている・・・。並の男ならNG、歌っているのがジュリーだからこそ成立する至福な時間、空間の表現でしょう。

アルバム『REALLY LOVE YA !!』は実は最前作にあたる『BEAUTIFUL WORLD』よりもむしろ前々作『パノラマ』に近い作品だと僕は考えていて、アレンジや作曲家、演奏者の主張、そして何より吉田建さんのプロデュース色が強いと感じます。ただ、『パノラマ』がジュリー自作詞の「Don't be afraido to LOVE」で締めくくられたように、このアルバムも「AFTERMATH」という、「アルバム曲順的に、後に続く曲がイメージできない」バラードで終わります。僕はそこに、『sur←』から始まるセルフ・プロデュース期へと繋がるジュリーの渇望を見てとります。
その渇望が、自らの性衝動の解放を歌ったバラードに託されたところに、歌手・ジュリーの原点を改めて思うわけです。ジュリーは歌手となったその日から、「自分の歌いたいことを歌いたいなぁ」と考え続けていたのではないか、と・・・。

アルバム・タイトルを掲げた全国ツアーで、アルバムの収録曲がアンコールに配されるセットリストって、かなり珍しいパターンですよね?
その意味で「AFTERMATH」というバラードは、”スーパースター・ジュリーとしての栄光(物語的な激動)直後の、沢田研二としての平穏(私的な安定)”を意味するタイトルなのかもしれない、とも思ったり・・・。

最後に「AFTERMATH」のギター・トラックの素晴らしさにも触れておきましょう。
ジュリーのエロティックな歌詞を最も色濃く反映させているのは、間奏とエンディングのギター・ソロではないでしょうか。単に「ジャズ風」というだけではない粘りのフレーズと、独特なピッキングの感触。名演です!
やっぱりアレンジャーとしても、ジュリーのエロいバラードにはこういうギター・ソロを合わせたいものなのかな。編曲者、演奏者の異なる「PinpointでLove」でも、似た感じのギターを味わうことができます。

「AFTERMATH」がこの先のLIVEで採り上げられるかどうかは分かりませんが、鉄人バンドでこの曲を再現するなら、ギター・ソロは柴山さんが弾くしかないでしょう(アルバムでは誰が弾いているのかな?)。
「さよならを待たせて」にもひけをとらないぬおっぷりが堪能できるかもしれません。
是非生で聴いてみたい1曲ですね。


それでは・・・次回も引き続き「秋」をテーマにピックアップしたジュリー・ナンバーの記事を書きます。
実は、ピー先生のツアーが終わってから書こう、と以前から決めていたちょっと特殊な記事の構想があって、それが10月末ギリギリか11月頭の更新になると思います。それまでになんとかあと2曲、秋っぽい曲を自由お題で採り上げておきたいと考えているところ。

あと・・・「今年はそれは無さそうだな~」と思っていたけど、一応「Rock 黄 Wind」の記事執筆にも備えておいた方がいい・・・のかな?(笑)
いや、我が阪神タイガースがクライマックス・シリーズ第2ステージで巨人を下して(菅野投手が出場できないなら充分チャンスあり。でも、沢村投手を打ち崩すイメージが沸かないんだよなぁ・・・)日本シリーズ進出、というだけでは書きませんよ。それは「リーグ優勝」とはまた別のことですから。
ただ、万が一
(←コラ)日本シリーズにも勝ってしまい(相手はホークスかなぁ?)「日本一」になったとしたら、さすがにね。書かなきゃイカンでしょう。
まぁ、そういう楽しみが持てるのも今だけかもしれませんが・・・とりあえず、阪神タイガース、鬼門のクライマックス・シリーズ初の第1ステージ突破、おめでとう!
(カープファンのみなさま、すみません。にしても、僕は第1ステージでのリーグ2位球団のアドバンテージって、ホーム開催の権利だけかと思い込んでた・・・。1勝1引分で良い、ってルールがあったんですね~)

そんな中、次回は久々にCO-CoLo時代のナンバーを、と考えております。
毎度毎度、気温の変化についていくのが苦手な僕はやっぱりこの時期風邪をひいていますが、みなさまも充分お気をつけくださいませ・・・。

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2014年7月 4日 (金)

沢田研二 「Caress」

from『俺たち最高』、2006

Oretatisaikou

1. 涙のhappy new year
2. 俺たち最高
3. Caress
4. 勇気凛々
5. 桜舞う
6. weeping swallow
7. 遠い夏
8. now here man
9. Aurora
10. 未来地図

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各地のみなさま、大雨は大丈夫でしたか?
関東でもこの一週間、毎朝傘を持って仕事にでかけ、使う日もあればそのまま持って帰るだけの日もあり・・・なんとも鬱陶しい天気が続いていますが、いよいよカウントダウンとなったジュリーの『三年想いよ』ツアー初日を楽しみに、毎日を頑張っているところです。

さて、”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズ・・・今日のお題はその第3弾となります。
拙ブログでは、全国ツアー前のセトリ予想シリーズで「今年聴きたいジュリーのエロ・ナンバー」というテーマで1曲採り上げて書くことが多いんですけど(『3月8日の雲~カガヤケイノチ』ツアー前に「キューバな女」、『Pray』ツアー前に「ZA ZA ZA」を予想)、毎度毎度の大ハズレが続いております(泣)。
今年こそはスカッと当てたいところですが・・・。

採り上げるのは、アルバム『俺たち最高』から、鉄人バンド・スタイルの演奏がドンピシャに想像できるハード・ロック・ナンバー「Caress」。
エロエロなお題として「感じすぎビンビン」「オーガニック・オーガズム」あたりもセットリスト候補に考えましたし、アルバム『俺たち最高』収録曲で僕が今回セトリ入りを強くマークしているのは「Caress」以上に「weeping swallow」だったりするんですけど、実はこの「Caress」、周囲のJ先輩から熱烈なリクエストを頂いていた曲なのです。
もちろん「そろそろジュリーのエロいナンバーが聴きたい!」という話繋がり(『三年想いよ』CDリリース直前にそんなお話が出ていました)でね。

ジュリーのヴォーカルやアレンジの魅力もさることながら、もしセトリ入りしたら2006年以来久々!というレア度もあって、ファンも相当盛り上がるのではないか、と期待を高めています。伝授!

アルバム『俺たち最高』は、ベースレス・スタイルとして最初のレコーディング作品です。
CDを購入して初めて聴いた時に、僕にはいくつかの収録曲についてベースレス・アレンジの違和感がありましたが、今ではすっかりそれも無くなりました。むしろ、ベース・パートが「無い」ことを前提とした潔いアレンジだと感じています。
ベースレスのアルバムでアレンジを練ってゆく経緯については、『ロックジェット Vol.56』のインタビューで白井さんが熱く語ってくれていました。

Rockjet57


↑ 『ロックジェット Vol.56』白井良明インタビューより

何と言っても、ジュリーの「やめましょうよ」のひと言ですよね。この、型破りにして実は自然な発想、決断というものが、並みの人ではなかなか出てこないわけです。
白井さんの言葉から、ジュリーは泰然と、ごく当たり前のようにそう決断したことが窺えます。ジュリーならではの、枠に囚われることのない大局観、恐るべしですよ!

「ベースがあることが当たり前と思って今までやってきた」白井さんが、ジュリーの言葉を受けマッサラな状態に立ち戻りアレンジした『俺たち最高』・・・じっくり聴くと、シンセの擬似ベースに頼らず低音をカバーするために、様々な工夫が採り入れられていることが分かってきます。

まず耳を惹くのが、「シンセ・ブラス」の音色導入。
タイトルチューンの「俺たち最高」や「勇気凛々」、そしてこの「Caress」で採用されている、”ホーン・セクション”とは一線を画した「いかにもシンセ」的な音。これが実に上手くベースレスのサウンドをカバーしているんですよね(「Caress」では1番Aメロの2回し目から、ギター・リフとのユニゾン音階で噛んできます)。

そしてもうひとつ。
「Caress」のドラム・ソロのイントロを聴くとよく分かるのが、ドラム・トラックの独特なレコーディング設定。特に、ベースレスにより低音比重が高くなるバス・ドラムの音にそれが顕著です。
ジョン・ボーナムばりの後ノリでヘヴィーに”跳ねる”、良い意味で”引きずる”ドラミングにあって、キック(バス・ドラム)にはまるで狭い地下室で演奏されているような独特の反響があります。ペダルを踏み込むたびに豪快に吐き出される空気の揺らぎまで感じられる、重厚な音で録られているのです。

これは、アリスタ時代のキンクス・・・アメリカ・マーケットを意識し、よりハードな音作りのバンドに転身した彼等が1981年にリリースした通算21枚目のアルバム、『ギヴ・ザ・ピープル・ホワット・ゼイ・ウォント』のドラムス・トラックの音にとてもよく似ています。
「メンバーの好みがバラバラで、全員が持っているキンクス唯一のアルバムが『ソープ・オペラ』(ひっじょ~にマニアックな作品です)」というムーンライダースの逸話を、昔何かで読んだことがあります。そんなメンバーの中にあって、ハードロック志向の強い白井さんなら、アリスタ時代のキンキー・サウンドは必ずや自身のアレンジ、音作りの引き出しに組み込まれているはず。
きっとドラムスの録り方にも拘りをもって仕上げたのではないでしょうか。
「Caress」で白井さん自身が演奏するギター・トラックも、何処かアリスタ時代のデイヴ・デイヴィス(キンクスのギタリスト)のフレージングを彷彿とさせるものがあります(音の切り方とかね)。

「Caress」は、作曲も白井さんですね。
(ウィキでは何故か「作曲・沢田研二」と表記されています。誰か修正してあげて~)
これがまた、エロい詞が載ることを前提にして作られたような、官能のハード・ロックなのです。おそらく、左サイドで演奏されるギター・リフがまず作られ、そこからメロディーを展開させていったのでしょう。
ハードなリフ・ロックと言えば、キーはE(ホ長調)と最初から決まっていたも同然。

「もっと深く彷徨って まだよ瞳開けないで」
E7

耳元囁く 感じるだけ 手も出ない ♪
E7          F#m      D   B          E7

Aメロは、まず「E7」(ギター1本で弾き語る場合は、ジミヘン・コードの「E7+9」の方が雰囲気が出ます)のワン・コードで押し、「感じるだけ♪」から官能の展開を見せ、「D→B」を経由して「E7」に舞い戻るのですが・・・何とこの着地した「E7」はトニック・コードではなく、サビメロのドミナント・コードに切り替わっています。気づかない間にA(イ長調)に転調しているんですよ!

このように、途中までサブ・ドミナント或いはドミナントだったコードがいつの間にかトニックに代わっている、という理屈の転調を織り込んだ作曲手法は、実はジョン・レノンの若き日からの得意技。ビートルズ時代は「僕が泣く」「ドクター・ロバート」のような一見シンプルなロックンロール・ナンバーでそれが見られますが、ソロになってからは「マインド・ゲームス」「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」といった有名シングル曲のバラードにも採り入れられるようになります。他にも「インテューイション」「アウト・ザ・ブルー」など多くの楽曲例があり、本当にジョンの「おハコ」な転調パターンと言えます。

白井さんの「Caress」の場合は、転調後のサビからAメロのハードなギター・リフをいったん離れ、美しいメロディーに切り替わるのが特徴です。「エロ開放!」のイメージなのでしょうか。

触れる つかむ 揺さぶる
A      

辿る爪先の跡
C#m

僕の心さえ自由に操     る ♪
F#m                    C#7  E

あと、1番よりも2番のリフレインが長い構成も重要なポイントでしょう。絶頂に到達するまでの押し引きの表現でしょうね。このあたりは、作詞のGRACE姉さんとの打ち合わせにより構成が確定した可能性も考えられます。
それにしてもGRACE姉さん、これ完全に男性視点の歌詞ですけど・・・分かっていらっしゃる(笑)。

「Caress」の楽器構成、演奏トラックはシンプルで、ギターが左右に分かれて計2本、あとはドラムスとシンセサイザー。いざLIVEで鉄人バンドがそれぞれ1人1トラックを受け持って再現できるアレンジとなっています。
僕は『ジュリー祭り』が初のジュリーLIVE参加でしたから、2006年の『俺たち最高』ツアーを観ていません。この頃は既に、(バンド名こそついていませんでしたが)今と同じ鉄人バンドによる演奏でのツアーですよね。そこで「Caress」の2本のギターは、どちらがどちらを担当していたのでしょうか。
僕が想像するのは、立ち位置と同じく左サイドのジリジリ、ネチネチと焦らすリフ・パートが下山さん、右サイドの「辛抱たまらん!」的な官能開放のリード・パートが柴山さん。やっぱりこの配置が鉄人バンドらしいんじゃないかな、と。
特に間奏・・・柴山さんには、エロ・ナンバーお約束の真っ赤な照明をピンで当てて頂きたい!

もちろん、生で聴けるとなればジュリーのヴォーカルが一番の楽しみ。レコーディング音源でもここぞ!という時の喘ぎ声が炸裂しますが、LIVEだとその回数も倍増するでしょう。
ロングトーンだけでなく、「か行」「た行」の語尾を程よいタイミングで叩き斬るようなカッコ良さもあり、汗が飛び散るジュリーの熱唱が心ゆくまで堪能できそうです。

最後になりましたが、僕は今年に入ってからアルバム『俺たち最高』の個人的な「好き」度が急激に上がっています。それ以前は、正直あまりアルバムを通して聴く機会は少なかったのです。
何故急に「大好きなアルバム」になったのか・・・これはもう、長年(とは言ってもファン歴が浅いので偉そうなことは言えませんが)”DYNAMITE三大壁曲”の筆頭として立ち塞がっていた1曲目「涙のhappy new year」を、先のお正月LIVE『ひとりぼっちのバラード』でジュリーが素晴らしいヴォーカルで見事壁を打ち破り、僕の視界を拡げてくれたからに他なりません。ジュリーの生歌をもってすれば、僕ごときの「壁」を破ることなど容易いのだ、と身をもって知りました
(ということで、今ツアーでもさぁかかってこい素肌極楽!)
どの曲もそうかと思いますが、やっぱり生のジュリーの歌声を体感しているかどうかは、その曲が収録されているアルバムの「好き」度に密接に関係してくるようです。

『俺たち最高』から、僕はこれまで「涙のhappy new year」「俺たち最高」「桜舞う」の3曲を現時点では生のLIVEで体感できています。そして今年の全国ツアーで、さらにそんな曲が新たに加わり、一層アルバムが好きになることを期待しているところです。
今日のお題「Caress」への期待は当然ですが、冒頭で触れたように僕は「weeping swallow」のセトリ入り予想に大いに入れ込んでいます。今年に入ってからの世の中の動き・・・このままだと数年後に今度は強引に徴兵制導入の論議まで出てくるんじゃないの?とすら恐れてしまう正に今、ジュリーが声を上げ歌いたい曲なのでは、と思うからです。
もちろん、「我が窮状」「緑色のKiss Kiss Kiss」「希望」などのナンバーも考えられます。しかし、今ジュリーは「平和」のテーマを、明確な意思表示を以って、躍動的な「攻め」の曲想で歌いたいのではないでしょうか。
「weeping swallow」はうってつけの1曲なのです。アレンジもカッコイイですしね!

今回、アルバム『俺たち最高』からのセトリ予想記事は「Caress」をお題選択しましたが・・・もし僕の望みが叶い、『三年想いよ』ツアーでジュリーが「weeping swallow」を歌ってくれたら、ツアー後の”セットリストを振り返る”シリーズにて、じっくり考察記事を書きたいと考えています。


それでは、今日のオマケです!
『俺たち最高』リリースの2006年関連の資料が手元にありませんで・・・ここはエロ・ジュリー・ナンバー「Caress」にあやかり、若き日のエロいジュリーの画像をいくつか添付したいと思います。
とは言っても、ソノ方面にはまったくセンスの無い僕ですので(汗)どんなジュリーがエロいのか客観的な判別ができません・・・とりあえず、肌の露出度の高いショットばかりを選んでみました~。
Mママ様と、大分の先輩からお預かりしている様々な資料からのご紹介です。


Paper001


↑ タイガース後期・・・だと思う

001

↑ 僕の眼力では年代特定できません・・・

Paper22

↑ これも年代不明・・・

19730109


↑ 1973年『プレイファイヴ』より。72~73年にかけて、横縞シャツはジュリーのトレードマークだった?

197525


↑ 1975年プレイファイヴ特集『限界なき男ジュリー』より

Gs7

『G. S. I LOVE YOU』ツアー・パンフレットより(1980)

Stripper6


↑『S/T/R/P/P/E/R』ツアー・パンフレットより(1981)


といったところで次回更新は、”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズ・・・『三年想いよ』ツアー初日に向け、あと1曲書きますよ~。
ここまで採り上げた3曲は、先輩方としては「う~ん・・・セトリ候補としてはどうだかなぁ」というのが正直なところでしょうが、ラスト1曲は「自信あり!」の予想です。
昨年の『Pray』ツアー前の予想記事でも、一番最後に書いた「あなたに今夜はワインをふりかけ」1曲だけは辛うじて当てましたからね。

それにあやかって・・・というわけでもないのですが、今回の予想シリーズも最後の1曲は、”誰もが知る有名なナンバー”(ジュリー言うところの「みなさまにも多少は耳馴染みのある”シット曲”」)を採り上げ締めくくりたいと思っています!

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2014年6月25日 (水)

沢田研二 「ベンチャー・サーフ」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

----------------------

まずは!
ジュリー、66歳のお誕生日おめでとうございます!

301

今年は6千人と言わず、6万人でお祝いしましょう!


ジュリーも遂に66(ロックンロール)な御年になってしまいました。いや、「遂に」とか「なってしまいました」などと言うのは失礼千万。だってジュリー66歳、一層元気に、一層のロックンロールな魂を以って、僕らを変わらず楽しませてくれるのですからね。
めでたきこの日、ジュリーはどう過ごされるのでしょうか。って、言うまでもありませんね。おそらく・・・朝4時頃に起きてテレビの前にスタンバイ。その後、「よっしゃ!」とか「アカン!」とか、大いに声を上げていらっしゃったのではないかと。
試合の結果は残念でしたけどね・・・。

ともあれ。
66歳のジュリー、これからのジュリーを、末席のヒヨッコファンも本当に楽しみにしております!


☆    ☆    ☆

さてみなさま、『三年想いよ』ツアー7月分のチケットは無事受け取られましたか?
我が家にも先週土曜日に届きました。カミさんと行く渋谷初日は天空の端席でしたが、YOKO君と行く大宮は13列目を頂きました。
僕のツアー参加は、大宮の次は9月の神戸遠征までお預け、というスケジュールです。まずはツアー序盤、7月のこの2公演に向けて精神集中!
チケットを手にし、これでもう完全に僕は『三年想いよ』ツアー・モードとなりました。

ということで拙ブログでは、来たる全国ツアーに向けいよいよ今回から”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズを開始いたします!
第1回の本日、6月25日は、ジュリーのお誕生日更新にふさわしいお題にてスタートです。

これは、僕が『ジュリー祭り』で完全ジュリー堕ちを果たしてからの数ヶ月間・・・あまりに部屋が散らかり過ぎていて(汗)、数年前に購入したまましっかり聴くこともせずにいた(恥)『耒タルベキ素敵』CDをなかなか発掘できずに泣いていた時、「見つかるまでコレ聴いとき!」と音源を焼いてくださったJ友さんから、記事のリクエストを頂いていた曲でもあります(ずいぶんお待たせしてしまいました)。
「ベンチャー・サーフ」、伝授!

え?
この曲のどのあたりが「セットリスト予想として採り上げる根拠」で、どのあたりが「ジュリーのお誕生日にふさわしいお題なのか」、ですと?

ご尤もでございます。
軽く説明いたしましょう。まずセットリスト予想にこの曲を挙げた、ヒヨッコなりの薄弱な根拠とは・・・

・アルバム『耒タルベキ素敵』収録曲は、いつどの曲がセトリ入りするか、本当に油断ならないというのが『ジュリー祭り』以降の個人的な印象。ツアー前にはアルバム全曲について「ドンと来い!」の準備が必要と考えます。
・今年も猛暑・酷暑の気配。長い夏を乗り越えてゆくツアーに向け、ジュリーは「夏」のリズムで走り回る曲を1曲採り上げるような気がします。お馴染みなのは「サーモスタットな夏」「時計/夏がいく」といったあたりですが、今年はこの「ベンチャー・サーフ」で爽快に駆け回るジュリーに期待します!

という感じ。
まぁ、希望的観測ではありましょう。でも、セトリ予想の狙いとしては渋いトコ突いてるんじゃないかな~。

で、「誕生日にふさわしい」という件ですけど・・・これは楽曲のアレンジ考察と関連しているのです。
ジュリーの2000年前後のパワー・アルバムの名作群・・・特に『耒タルベキ素敵』で前面に押し出されている、白井良明さんの広い引き出しから味つけされた、洋楽のアレンジ・オマージュ。明快なところですと、「アルシオネ」がデヴィッド・ボウイの「スターマン」、「無事でありますよう」がエルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」、「everyday Joe」がジミ・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ」だったりするわけですが・・・じゃあこの「ベンチャー・サーフ」は何かと言うと、たぶんコレじゃないかと。

タイトルもズバリ、「バースディ」!
リンクした映像は、比較的最近のポール・マッカートニーのソロツアーのものですが(今年の来日公演ではこの曲をやってくれるのでは?と期待していました・・・涙)、原曲は、かつてジュリーもビートルズのアルバムの中で特に好きだと語っていた『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』レコードC面1曲目収録の、痛快なロックンロール・ナンバーです。
ギター・リフをフィーチャーしたアレンジが、「ベンチャー・サーフ」を思わせますでしょ?
今年のジュリーの「バースディ」更新ではこの曲をお題に・・・ということは、ポールの来日を待ち焦がれていた時期から心に決めていたのでした。

ちなみに「バースディ」と「ベンチャー・サーフ」はキーも同じ(イ長調)です。
「バースディ」のギター・リフはイ長調のトニックである「A」のコード・トーンから編み出されたもの。「ベンチャー・サーフ」については、堯之さんの作曲段階からギター・リフのアイデアはあったかもしれませんが、白井さんがここぞとばかりにジョージ・ハリスンばりのコード・トーン・リフを遠慮なく炸裂させていますし、リフを追いかけるドラムの頭拍4つ打ちフレーズのアレンジも併せ、これは白井さん、もう明らかに「分かる人は分かってくれ!」と狙っていますね。
僕としては「everyday Joe」並にストレートなオマージュだと思っていますが、いかがでしょうか。

あと、これはオマージュではありませんが、間奏のギター・ソロ部だけ転調する構成も、白井さんのアレンジ段階でのアイデアのような気がします。

さて、『耒タルベキ素敵』は19世紀の沢田研二・メモリアル・アルバムというコンセプトもあり、かつてジュリーに素晴らしい名曲を提供したビッグ・ネームの作家陣がズラリと並びますが、中でも井上堯之さんはこの時、ジュリー作品で本当に久々のクレジットだったのですね。
メロディー自体が明るく、GRACE姉さんの独特の歌詞もありどこかユーモラスな印象を受ける「ベンチャー・サーフ」。しかし堯之さんの作曲手法は、PYG時代を彷彿させるストイックなブルース進行が採り入れられていて、いかにもギター職人の作品だと思います。
「沢田、この曲でROCKしろよ!」という堯之さんのメッセージが込められているのでしょうか。

まずはAメジャーのワン・コードで押し、ドミナント(E)→サブ・ドミナント(D7)と経由してトニックに帰還するブルース進行。その途中にメロディアスな展開が組み込まれているのが堯之さんが持つ「ジュリーのイメージ」を表しているのかな。それが


使い捨てのカタログみたい
E                                F#m

スタイルだけボードにのる
E

情報のサーファーだ ♪
D7   E                A

「カタログみたい♪」の語尾での「F#m」の採用ですね。
70年代ジュリーの「ブルース進行のロック」解釈に、堯之さんは加瀬さん作曲の「気になるお前」に代表されるような「一瞬のマイナーコードでキャッチーに」というイメージを持っていて(「気になるお前」で言うと「渡さないで♪」の語尾の箇所)、それを「ベンチャー・サーフ」に盛り込んだのではないでしょうか。
その一方で、キメの「情報のサーファーだ♪」には泥臭いブルース特有のメロディーも登場。ジュリー・ヴォーカルの表情の変化が楽しめる曲です。このあたりはジュリーと堯之さん、お互いがお互いのポイントを心得ている、という感じでしょうか。

そんな堯之さんの曲想からすると、GRACE姉さんの詞は少し意表を突いた感じなのかな。
でもこれが「2000年代のジュリー」なわけです。何となく、「ベンチャー・サーフ」がジュリー自身の作詞作品だと思っているファンも多いような気がする・・・語呂合わせの展開や、「ドットコム♪」のあたりの語感に、ジュリーとのシンクロ度の高さを感じさせる作詞ですね。
ちょっとユーモラスな言葉遣いの中に、その時代の社会に対する風刺を盛り込むアプローチは、ジュリーの作詞作品で言うと「NAPOLITAIN」に近いかなぁと僕は思います。

歌メロの最後に登場するジュリーのルーズなファルセットもカッコ良いこの曲・・・明快なギター・リフを擁するロックンロール・ナンバーですから、LIVE向きであることは間違いありません。
遅れてきたジュリーファンとしては、是非一度は生で体感したいと願っている曲ですが、果たして今年の『三年想いよ』ツアーでその希望は叶えられるでしょうか・・・?
『耒タルベキ素敵』収録曲では他に、「月からの秋波」「猛毒の蜜」「君のキレイのために」「キューバな女」「ゼロになれ」「生きてる実感」といったあたりが個人的にマーク強めです。
みなさまはいかがですか?


それでは、今回のオマケです!
以前、P様がお貸しくださった貴重なお宝切り抜き集の中から・・・何と今から遡ること46年前、若虎時代のジュリー20歳のバースディ・ショットをどうぞ~(冒頭に添付したショットもその一部です)。



Julie202

Julie203

Julie204

(1番下のショットだけ、掲載誌或いは掲載号が異なるものと思われます)

今年もまたジュリーにとって良き1年となりますよう・・・66歳のツアー無事成功と併せて祈ります!


では、次回更新お題も引き続き”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズです。
こちらも呆れずおつき合いのほどを・・・。

そうそう、みなさまは万事ぬかりはないでしょうが、27日のビバリー昼ズもお忘れなく!
(僕は仕事ですので聴けませぬ涙)

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2014年2月19日 (水)

沢田研二 「緑色の部屋」

from『sur←』、1995

Sur

1. sur←
2. 緑色の部屋
3. ZA ZA ZA
4. 恋がしたいな
5. 時計/夏がいく
6. さよならを待たせて
7. あんじょうやりや
8. 君が嫁いだ景色
9. 泥棒
10. 銀の骨

---------------------

まず、今回大雪の被害に逢われた方々にお見舞いを申し上げます。
各地のJ先輩やJ友さんも大変な苦労を強いられていらっしゃる方々が多数。今週になって仕事でも物流のトラブルが相次ぎ、改めて深刻な状況を実感しています。
みなさまの無事、ご不便の復旧をお祈り申し上げます。

さて今日は・・・前回、前々回に引き続きまして、”『ひとりぼっちのバラード』セットリストを振り返る”シリーズとしての更新です。
まだ深い余韻の残る、あの素晴らしいステージで採り上げられた名曲群から6曲を執筆する予定でシリーズ開催中。今日はその第3弾となります。

お題は偶然にも、ブログの相互リンクをさせて頂いておりますJ先輩、aiju様より昨年記事執筆のリクエストを頂いていた曲でもあります。
僕も大好きな曲でしたが、いかにもアレンジ考察や採譜が大変そうな印象で、じっくり腰を据えていつの日か・・・と考えていました。そこへきて今回の(個人的には)アッと驚くセットリスト入り。これはもう、「今が書く時だ!」と思わざるを得ません。
難解な楽曲構成を、頑張って紐解きましたよ~。

アルバム『sur←』から。
「緑色の部屋」、伝授です!

それにしても、何というセットリストだったのでしょう。ジュリーのヴォーカルは常に素晴らしいのですが、今回はその真髄、MAXの魅力が味わえる曲が次々に繰り出されました。
初日、「緑色の部屋」が歌われて
「うわ、ジュリー、一体何処まで突き抜けるつもりなんだ!」
と思いましたからね。
しかもそれはまだまだ序の口だったという・・・。ジュリーのバラードづくしのセットリストがこれほど強力だったとは。分かってはいたけれど、想像以上でした。

そして・・・この一見すると風変わりな変化球ナンバーが多くの先輩方に熱烈な支持を得ていたことに、まずは驚きましたよ。「緑色の部屋」は、意外や人気の高い1曲だったのですね。
初日公演終了後にロビーでお会いしたりんだ様が、大変な感激のご様子で
「私、あんなおどろおどろしい曲が大好きなのよ・・・おかしいでしょ?」
と仰っていましたが、いやいやおかしくなどありませんよ。名曲ですから!

でも考えてみますと、「緑色の部屋」は確かに「とっつきやすい」曲とは思えません。
ところがジュリーはこれまでの歌手人生で、キャッチーな曲ばかりを歌っていたわけでは決してなく、時代時代にこうした「緑色の部屋」のような、いわゆる「気難しい曲」
(←byジュリー)を少なからずリリースし続けているんですよね・・・。
以前aiju様が「緑色の部屋と印象が重なる」と書いていらした「影絵」などは正にその好例で、しかもそういった「一般ウケしにくい」と思える曲が、ファンの間では自然に支持され、しっかりジュリーの名曲として認知されている・・・やはりジュリーは只の歌手ではありません。

「影絵」もそうですが、「緑色の部屋」は曲想、アレンジ、演奏に暗い炎のような衝動を感じます。聴き手はその混沌とする衝動の中を彷徨いながら、ジュリーの「生身」を求め、聴こえてくる歌声にひたすら縋るのです。
それこそがジュリー・ヴォーカルの肉感的魔力なのだ、と思います。

それでは、何故僕がこの曲を「この先LIVEで採り上げられることはないだろう」と考えてしまっていたか、という点から話を進めてまいりましょう。
これには2つの大きな理由があります。

第1点は、歌詞です。
後追いファンの宿命・・・短期間に近年のジュリー・ナンバーやLIVEセットリスト情報を一気に吸収したことで、幾多の収録アルバム曲に登場する歌詞の中、「あぁ、ジュリーにとってこの言葉は特別なんだな」と認識させられたフレーズがいくつかあります。
代表的な例は、やはり「平和」。
『ジュリー三昧』の中でジュリー自身は、「アルバム『忘却の天才』あたりから(自作詞曲で意識的に)そうした言葉が入ってくる」と語っていましたね。

他、いくつか重要と考えられるフレーズが挙げられますが、その中に「緑色」というのもあると思います。
緑色とはおそらく「平和」の色、「少年」の色、「高原」の色・・・ジュリーが普段からの思いを持つ様々な言葉とシンクロする、自らの志、心のありようを象徴する色、なのではないでしょうか。
みなさまも、「緑色のkiss kiss kiss」「greenboy」といったジュリー作詞作品をすぐに思い浮かべるでしょう。

ところが、本格ジュリー堕ち前の僕には、「緑」という色に何かおどろおどろしい、不吉なイメージが実はあったのでした。
そしてそのイメージは「緑色の部屋」の無気味な(褒めていますよ!)曲想と重なり、「あぁ、自作の詞ではないし、この曲の”緑色”というフレーズはちょっと異色だな」と感じていたのです。

僕の「緑色」へのイメージはおそらく幼児体験・・・まずは少年期に読んだいくつかの本の影響があります。
江戸川乱歩の『緑衣の鬼』、ジョン・ウィンダムの『トリフィドの日』、ピーター・ディキンスンの『緑色遺伝子』・・・特に『緑色遺伝子』などは社会性の強いテーマからくるその閉塞感がそのまま「緑色の部屋」のイメージとダブり、この歌詞に何らかのインスパイアがされているのではないか、と当初は勘ぐってしまったほどです(アルバム1曲目の「sur←」がウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』にインスパイアされているのは確実なので、最初に聴いた時、「このアルバムは、SF小説がモチーフなのか?」と考えた、ということもあります)。

また、僕の世代なら少年期に絶対観ている『ウルトラセブン』。その第2話に「緑の恐怖」という名編がありました。
”ワイアール星人”という森林のお化けみたいな宇宙人が夜の住宅街を闊歩するシーンがあり、まぁ今ならばツッコミながら楽しく観れますが、子供時分は無性に怖かったものです。
さらに映画だと『マタンゴ』。これは今でも怖い!
いずれも、「緑色」=怖い色、なのだと幼い少年に植えつけてしまう大きなインパクトがあったわけです。

ジュリーの「緑色の部屋」には、そんな「緑色」を僕に勝手に想起させるものがあり(浅く聴けば、ですよ)、「これは今のジュリーが歌いたい”緑”とは違う。勿体無いけど、もうジュリーはこの曲の”緑”は歌わないだろうなぁ」と思えてしまいました。

第2点は、演奏面です。
昨年末、記事を書かせて頂きました「銀の骨」・・・リクエストをくださった先輩、ちこ様からは、「ドラムスについての解説を」ということでポンタさんの名演について語りましたが、さすがはドラムスの音に耳聡いちこ様、『ひとりぼっちのバラード』閉幕後に、過去のLIVEで採り上げられた「緑色の部屋」について、ドラムス演奏についてのお尋ねがございました。
僕はうかつにもDVD『21世紀三大都市公演』が手元に無い状況だったので、てっきり「緑色の部屋」は1995年のツアー『あんじょうやりや』でしか過去に採り上げられていないと思い込んでいたんですけど・・・その『あんじょうやりや』でのこの曲のドラムスは、いわゆる「打ち込み」ではないですか?というのが、ちこ様の抱かれた疑問でした。
そして、それは正にその通りなのです。

「緑色の部屋」はまず、アルバム『sur←』収録のレコーディング音源が打ち込みのドラムスを使用したテイクです。これは、歌詞カードにもハッキリと朝本浩文さんのプログラミング・クレジットが明記されています(当然、生のドラムス・クレジットはありません。ドラムス演奏に重きが置かれているアルバムであればこそ、その異色のアレンジは際立っています)。
これは、アルバム『生きてたらシアワセ』や『ROCK'N ROLL MARCH』で白井良明さんが採り入れた”擬似ドラム”的な打ち込みとは似て非なるもの。敢えて”リズムボックス”的なプログラミングが施されているのです。

さらにリリース同年のツアー『あんじょうやりや』のこの曲では、レコーディング音源と同一の「打ち込み音」がバックに流れています。おそらく朝本さんのプログラミング・テイク(レコード・ノイズS.E.も含めて)がそのままツアーに流用されたのではないでしょうか。

僕はもちろん95年のツアーを生で観ていませんから、打ち込みをプレイバックとした上でポンタさんが何かしらの演奏を行っていたのかどうかまでは判断できません。
音と映像、セットリスト曲順配置から推察しますと、ポンタさんは完全に演奏から離れているように思えますが・・・いずれにしてもこの年のツアーでの「緑色の部屋」が、打ち込み音の自動演奏を採り入れた、ジュリーLIVEとしては逆に貴重な1曲であったことは確かです。
もちろんそれは楽曲コンセプトに沿って、究極の悲しみ、別れの曲であればこその硬質、無機的な表現を狙っての英断だったのでしょう。

ところが今のジュリーLIVEは、特に2010年以降の鉄人バンドとの音源制作段階からの一体感、信頼関係もあり、あくまで「生音」に拘っているように思います。
ですから僕は「打ち込み」での表現が求められる「緑色の部屋」は、今後もう採り上げられることはないのではないか、と思ってしまったのでした(実際には、2001年にGRACE姉さんの生ドラムで演奏されていますから、これは僕の明らかな「うっかり」なんですけどね)。

しかし、そんな僕の考えは本当に甘かった。
ジュリーの凄さを基本に立ち返って考えれば、ジュリーはたとえどんな歌詞、どんなフレーズであろうと、その時々の自身の「思い」によって曲へのアプローチを変化させる・・・と言うか自在に表現できる歌手なんですよね。
ツアー・タイトルの「ひとりぼっちのバラード」が、正にそうだったではありませんか。

今のジュリーが、「緑色の部屋」を歌おうとした理由はきっとあるはず・・・それは何だったんだろう?

僕などのレベルで考えが及ぶのは、稚拙きわまりないところでしかないのですが・・・「そっとくちづけを」の前に配されている、というセットリストの繋がりから、ジュリーなりの「レクイエム」だったのかなぁ、と推測するのが精一杯。
「別れの悲しみ」「やり場の無い寂しさ」「無力」「不条理」などを表現していたのかな、と。
LIVEに実際参加して確かに言えることは、Aメロでの囁きかけるようなヴォーカル、テンポアップしてからのほとばしる感情の叫びが、ビンビンに客席に伝わってきた、という実感。
前回記事の「涙のhappy new year」同様に、後になってから色々考えてしまうことはあるけれど、『ひとりぼっちのバラード』でのジュリーのあのヴォーカルを生で体感して受けた感動こそがすべて・・・なのでしょう。

では、この一見複雑怪奇な変化球ナンバー「緑色の部屋」が、何故多くのジュリーファンの心を掴んでいるのか・・・拙ブログとしましてはここで、その名曲たる所以、秘密をいくつか、楽曲構成を紐解くことから考察してみましょう。

まずは、(リズムボックスの硬質なリフレインも手伝って)無気味なほどにクール、かつ暗い情念を以って聴き手に迫ってくるキーボード・アルペジオに載せたAメロ部について。
キーは、ホ短調です。

それで 君はどう したいの
Em      Em(onD#)  E
m(onD)  C#m7-5

長かった沈黙   ah 終わりにしなければ
              Cmaj7  B7                 E

冒頭の「Em」から「Cmaj7」までの進行は「クリシェ」と言って、和音の一部が半音ずつ下がっていく、という理屈になっています。
前回記事「涙のhappy new year」のAメロでは、逆に半音ずつの上昇。比較すると、いずれも美しい進行ながら、聴き手が受けるイメージの明暗がずいぶん違うことが分かりますね。

で、この「Em」からの半音下降、鍵盤を使う場合の音階で記すと、右手が「ミ・ソ・シ」のまま、左手を1小節ごとに「ミ」→「レ#」→「レ」→「ド#」→「ド」と下げて弾いていけば再現できます。
この時の和音構成から、みなさまよくご存知の有名な胸キュンなナンバーのAメロとの一致が見出せます。
それは他でもない、ザ・タイガースのデビュー・シングル「僕のマリー」です。

「僕のマリー」のAメロは
「Em」→「Emmaj7」→「Em7」→「Em6」
これは「緑色の部屋」の「Em」から「C#m7-5」までの進行とまったく同じ理屈なのです。コードネームが異なるのはこの場合、ベース(『ひとりぼっちのバラード』では泰輝さんが左手で演奏)が下降しているかギターが下降しているかの違いに過ぎません。
「僕のマリー」の記事で僕はこのクリシェを「万人に訴える胸キュンな進行」だと書きましたけど、「緑色の部屋」で鳴っているおどろおどろしい楽器の音色(?)の裏には、「僕のマリー」からみなさまが受ける「キュン」とする感覚・・・それとまったく同じ理屈が隠されれているのです。
みなさまは、無意識にその進行の美しさを感じとっていらっしゃるのではないでしょうか。

さらに・・・「ミ・ソ・シ」の和音のままベースだけが半音ずつ「ド」の音まで下がってきた「Cmaj7」の次のコードは「B7」。
これはルート音が「シ」の音ですから、厳密にはここまでがクリシェ進行となります。その「B7」をドミナント・コードとして「終わりにしなければ♪」の「ば」は突如ホ長調へと着地します。
ホ短調からホ長調へ。こうした「一瞬の」同主音近親移調の手法については、これまで「ルナ」や「幻の恋」の記事で触れたことがありますが、まだブログでお題に採り上げていない名曲で、もっと「緑色の部屋」に近い曲想を持つ例があります。
『JEWEL JULIE -追憶-』収録の「衣裳」です。
「緑色の部屋」がお好きなかたは、きっと「衣裳」も大好きに違いない!というのが僕の論理的(?)推察なのですが・・・その点いかがでしょうか?

そして曲は激しいリズムチェンジと共に、今度はとんでもない転調が登場します。ここでガラリと雰囲気が変わるのは、テンポや演奏だけに限らない・・・実はキー自体がまったく別物になっているんですよ。

もうこのまま 追いかけられず
G#m

もう明日を 塗りかえられず
E

色    は   こんな   に 褪せてゆく
D#m  G#m  C#m7 F#7      B

緑色のままで
D#7       G#m   G#

この部分は嬰ト短調です。
ホ短調とも、ホ長調とも完全に分離独立したキー・・・転調と言うよりも、全然別個の2曲を繋ぎ合わせたかのような構成に、聴き手はただただ飲み込まれるしかないのです。

ここまで斬新な転調となると、元のホ短調への回帰も容易ではありません。朝本さんが繰り出したアイデアは、キーボードのクロスフェードで2番Aメロへと戻っていく、という非常に凝った構成。
これ、絶対音感の無い僕などでは、CDと一緒に歌った時、2番の冒頭でうまく音程を合わせることすらできませんからね・・・。これまたジュリー・ヴォーカルの、この場合は技術的なレベルの高さを物語っています。

しかし・・・そんな難解な構成を擁しつつ、「緑色の部屋」でのジュリー・ヴォーカルの聴き手との「近さ」は本当に凄い。
非情とも言える別れの曲なのに、ジュリーに

「それで・・・君はどうしたいの?」

な~んて耳に息をかけられるように歌われると、おそらく女性ファンはもう「好きなようにして~」と身を投げ出したくなることでしょう。
「別れ」がテーマの曲で歌詞や歌に自己投影して浸れる、というのは世の楽曲にも多くあれど、歌い手に向かって「イヤ!別れない!」と駄々をこねたくなる曲なんて、そうそう無いと思いますよ。

その意味で、今回の『ひとりぼっちのバラード』の「緑色の部屋」で悶絶した女性ファンはきっと多くいらっしゃったはずです。

最後に・・・作詞は、いつもジュリー・ヴォーカルにピッタリな詞を書いてくれる朝水彼方さん。朝永(ともなが)さんではありません。朝水(あさみず)さんです。さすがに今ではもうしっかり覚えました(汗)。
僕は朝水さんの作詞作品ですと、「愛しい勇気」や「夜明けに溶けても」といったハートウォームな名編をまず思い出すのですが、この「緑色の部屋」のような悲しい詞も良いですね。
主人公は男性なんですけど、いかにも女性らしい達観、潔さがあって、それがまたジュリーのような男性ヴォーカリストに素晴らしく似合っているという。

朝水さんは、どんな思いでこうした別れの情景を「緑色」というイメージに託したのでしょうか・・・。
もっともっと、ジュリーの曲作りに関わって欲しかった作家さんの一人です。


さて次回のお題・・・これは、いわゆる”『ジュリー祭り』ポカン曲・リベンジ”シリーズでもあります。
「ポカン曲」というのは、畏れ多いことながら拙ブログで生まれた、ヒヨッコ・ジュリーファン用語だったりするんですよね~。

あの2008年の二大ドーム公演がジュリーLIVE初参加、或いは久々の参加、という方々はとても多いと思います。
そんな後追いのヒヨッコ新規ファン、或いは出戻り組のみなさまならでは!という大きな楽しみのひとつ・・・それが、ドームで「知らない曲だ・・・」とポカ~ンとしてしまい、その後のじゅり勉で素晴らしさを再確認した曲達の改めてのツアー・セットリスト入りです。
僕も2009年お正月の『奇跡元年』以来、毎回ツアーの度にそんな名曲達と再会しています。もちろん今回の『ひとりぼっちのバラード』にも該当曲がありましたよ。5年後のリベンジ成就です!

今月末は仕事の決算で忙しくなるため、更新が遅れてしまうかもしれませんが、例によって語りたいことは山積み状態となっております。
気合入れて書かせて頂きます~。

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