みなさまからのリクエスト伝授!

2009年11月11日 (水)

沢田研二 「砂丘でダイヤ」

~from「忘却の天才」、2002

「ブルース」と言いますと、多くのみなさまが短調のコブシの効いた切ない曲を想像なさるでしょうが、いわゆるロック界で「ブルース」(ピーター・バラカンさんは頑なに「ブルーズ」と濁ります)と言えば、1小節に8分音符の3連符4つ並びの武骨な7th・コードスケールのナンバーを指します。
リズムのニュアンスは”ロッカ・バラード”と近いものがありますので、「おまえがパラダイス」の記事も参照して頂ければ。

ブルース・ロックの楽曲は、ハッキリ言って歌い手を選びます。生半可な歌唱表現力では、どんなに優れた詞曲のブルースであっても、無残なゴミ曲と化してしまうんです。
ズバリ、僕では無理です。

じゃあジュリーはどうか、と言いますと・・・これがもう、ブルースを歌うべくして生まれたのではないか、というくらいの適性があるんですね~。

しかし若い頃のジュリーは、そのあまりに美しい声に多くの人が耳を奪われ、泥臭いブルースナンバーのヴォーカルにジュリーを起用する事は、なかなか発想し辛かったのでしょう。
例えばですね。タイガースのアルバム「自由と憧れと友情」収録の「世界はまわる」というブルースロック・ナンバー。
派手なリードギターをフューチャーし、サリーのトボケたヴォーカルもあって愉快な佳曲ですね。これはこれで相当良いですが、もしジュリーが歌っていたら・・・と考えてみてください。
ヴォーカルが、楽曲のすべてを支配してしまったでしょう。リードギターはとてつもなくハードに聴こえるでしょうし、ベースはアグレッシブな生き物のように耳に残ったはず。
優れたヴォーカリストにはバックの演奏を昇華させる力がありますが、それが最も形に現れやすいのが「ブルース」というジャンルなのです。

今日は、ヴォーカリストとして円熟期に入ったジュリーの、ド迫力なブルース・ナンバーを採り上げたいと思います。

先日「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」楽譜付写真集を譲ってくださったnekomodoki様より、「姉のリクエストです」とご依頼を頂きました。
「送料はこのリクエストで」と仰られては、何を置いても速やかに書かねばなりません。語り甲斐のある楽曲を指定して下さり、僕も大変嬉しく思っております。
アルバム「忘却の天才」より、「砂丘でダイヤ」・伝授!

作詞・覚和歌子、作曲・沢田研二

・・・これはある意味黄金コンビなんじゃないですか?
ちょっと言葉の意味は違いますけど、相思相愛のお二人。

♪ いいんだ笑って、思いっきり
  煤けたジャケット、虚ろな目
   ふられた男は、こうでなけりゃ ♪

ジュリーが”フラれた直後のダメ男”を歌うと、何故こうもカッコイイのか!
どうして朝」とかもそうだよねぇ。
もちろん覚さんの詞(「どうして朝」は岡田冨美子さん)の豪快な作詞表現も要因としてありますけど、ジュリーの潔いヴォーカルのなせる業でしょう、このカッコ良さというのは。
こんなにガツンと歌っているにも関わらず、まったく押しつけがましくないんです。
LIVEで聴いたら卒倒モノでしょう。「歌門来福」・・・微々たる可能性ながら、期待しちゃうなぁ。

この曲は詞先のような気がします。
他の作曲家さんなら、メロ作って覚さんに依頼という流れでしょうけど、このナンバーはまず詞があって、ジュリーが「俺が自分で曲つける!」と意気込んだパターンなのでは?
根拠は、ブリッジ部の譜割りです。

♪ ひとつダメな時は
  何もかもがすべる~~ a-ha ha ha ha♪

ココ!
分かるかなぁ?

通常、ロックやポップスってのは、小節4つ(あるいは2つ)の偶数でひとくくりに作曲するのが自然です。
ところがこの部分は「3小節+4小節」。奇数なんですよ。
歌詞に合わせた曲作りだと思われます。
これがもし曲先だと

♪ ひとつダメな時は~~ あ、はぁ、あんあ、あぁ
  何もかもがすべる~~ あ、はぁ、あんあ、あぁ♪

てな風に歌メロが載っていた可能性が高いワケで、いきなりマヌケな曲になります。そりゃフラれるわ!みたいな感じ。

あと、このブリッジ部分はブルース進行ではなく、ちょっと泣き系のコードで展開されています。
この曲はイ長調なので原則として「ド」「ファ」「ソ」の音に#がつきますが、1箇所だけジュリー作曲ならではの面白い箇所があって

ド#・ミ・ソ#(ひとつ♪)→レ・ファ#・ラ(だめな♪)→ド#・ミ・ソ#(ときは♪)→ファ#・ラ・ド#(なにも♪)ファ#・ラ・ド#・ミ(かもが♪)→ソ[ナチュラル]・シ・レ(すべる~♪)→ミ・ソ#・シ

この「ソ」の音がナチュラルするソ・シ・レの和音(G)を経てから、ドミナントのミ・ソ#・シ(E)へと辿り着くのが、なんともルーズな雰囲気を醸し出していて良いんですよ~。
直球のブルース進行ではなく、こうした仕かけを入れることで曲が刺激的に聴こえますし、伊豆田さんの甘いコーラスも自然に溶けこんでいけるのですね。

ヴォーカルがスゴいと、その分演奏も盛り上がるのがブルースナンバーの醍醐味。
「爛漫甲申独唱会」DVDの記事でご紹介したように、LIVEでGRACE姉さんの「ぬお~」が出たり、ブルースのリズムは、腕に覚えのあるドラマーさんの大好物なんですよ。
洋楽の例ですと、レッド・ツェッペリンのファーストアルバムとか、全9曲のうち4曲までもが強いブルース色を持っているのは、明らかに演奏してて気持ちが良かったからだと思います。特に、ボンゾさんがね。

さて、ジュリーはこの「砂丘でダイヤ」以降、ここまで明確なブルースナンバーはずっとリリースしていません。
そろそろ来るんじゃないかなぁ、と思っておる次第なのです。
今の声でブルース歌ったら、スゴイ事になるよきっと!

来年も新譜が出ることを期待しましょ~。

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2009年10月22日 (木)

ザ・タイガース「青春」

~from「自由と憧れと友情」、1970

「歌門来福」とツアータイトルも決まり、いよいよか~!
と、そんな感覚になってきますが、実際には、お正月コンサートまでまだ3ケ月もあるのですね。
プレプレツアーの3ケ月前にも、同じこと書いてたような気がする・・・。

今まで(とは言ってもドーム以降1年未満の期間ですが)、ジュリーLIVEへ向けての先輩方のご様子を、ブログを通じて、或いは実際にお話したりして感じていたのが、みなさま意外と初日にはこだわらず、ファイナルに重点を置いていらっしゃるなぁ、という印象。
ところが今回の「歌門来福」。僕の周りの先輩方に「初日、初日」と仰る方が多くて。
「奇跡元年」や「Pleasure Pleasure」の時はそんな空気は無かったように思うのに、何でだろう・・・と考えていて、ハタと気がつきました。

1・24!

これか~!この日付が重要なんだ、きっと!

ということで、本日の記事は、”タイガース=青春時代”なお姉さま方に捧げますよ~。
keikoj様からリクエストを頂いております。アルバム「自由と憧れと友情」から、ズバリ「青春」、伝授です!

「青春」という言葉を投げかけられた時・・・みなさまは、はっきりと自分の人生において時代の線引きがおありでしょうか?
僕は、あります。大学進学で上京し、環境が大きく変わったので。
鹿児島のド田舎から東京へ。凡人の僕にとって初めての大都会は、とにかくワケもわからず邁進するだけで、精一杯。

だから僕が、ゆるやかでありつつはかなく短い「青春」のイメージを問われたならば、それは上京前の故郷の風景・・・10代後半のイメージなんです。
「青春」にはっきりした時代の線引きを自分の中で持っている人は、このように何か特別な環境または心境の変化を体験しているのではないでしょうか。

そうしますと、タイガースをタイムリーで体験した先輩方にとって、1971年1月24日・・・この日が「青春」を区切った日であっても、おかしくない・・・そう思いました。


楽曲の「青春」では、それが淡い恋の思い出と重なり、まだ年を重ねてもいないのに振り返らずにはいられない・・・そんな心情を歌います。

イントロからバリバリのオーケストラ装飾。これがインタルードとなって、いざ本割に入ると、独りで振り返る、というイメージを狙ったのでしょうか、静かなピアノが。

ファ・ラ・ド→ファ・ラ・ド・ミ♭→ファ・シ♭・レ→ファ・シ♭・レ♭

シンプルな和音演奏に合わせて、ジュリーのヴォーカルが美しい~。
これがAメロですが、この時点でかなり深めのディレイ処理が施されています。
オケに加えて、女性コーラスが途中から加わり、う~ん、こりゃ、ジュリーのソロって趣きだなぁ。バンドの音が聴こえてこない・・・。
などと油断しておりましたら、サビ直前に独特のドラムス・フィルインがドカ~ン!と噛みこみます。

あぁ、このアレンジはビートルズの「ヘイ・ジュード」だ!

そうすると、アレンジの一番の肝は、最初に噛み込むドラムスに他なりません。
タイガースの演奏の中で、「あぁ、この人のプレイだ!」とハッキリ解るのは、ピーのドラムスなんですよね。

例えばギターについては、トッポとタロー、或いはシローの区別はなかなかつきにくく、そもそも曲によってはゲストプレイヤーが弾いてるんじゃないの?という音が(特にアルバム「自由と憧れと友情」には)結構ありますし、ベースにしても、タイガースすべての楽曲がサリーのプレイだ、と言い切る耳は、残念ながら僕にはありません。

しかし、ピーのドラムスは解る。
「あれっ、このドラムス誰?」って曲は1曲も無いんです。
独特の間を持つ、正統派マージービート。リンゴ・スター直系のスタイル。僕はこういうドラムスが大好きなのですね。
ちなみに、僕がタイガースの楽曲の中で一番「ドラムス最高!」とシビれるのは、「はだしで」。
次点が「怒りの鐘を鳴らせ」かなぁ。この2曲については、いずれ記事を書きたいと思っているところです。

この「青春」という楽曲、タイガースメンバーに限ってはほとんどジュリーとピーの二人舞台と化しておりますが、実は「ヘイ・ジュード」もそうなんですよ。あちらは、ポールとリンゴ。
アコギのミックスが極端に小さいのは、「ヘイ・ジュード」を意識しての作業だと思われます。

しかし、「ヘイ・ジュード」がエンディングに向かって怒涛ににぎやかになりフェイドアウトするのに対し、「青春」は安井かずみさんの歌詞構成を最大限に生かした起承転結があります。

♪ 振り返るにはまだ早すぎる
    初恋の愛とその涙 ♪

最後の最後まで「初恋」という言葉をとっておくのです。

1番において「青い風の物語」というフレーズで聴き手にイメージを投げかけ、2番で「いつの日にか泣いて読み返す♪」と表現される「日記」という言葉が重要な「承」の役目を果たしているのですね。
だから3番で「幸せとは何か」と問いかけた後の、最後の「初恋」というフレーズが生きる。
最初から「恋」と言ってしまっては、聴き手のイメージを束縛してしまいます。

タイムリーでタイガースを体験したお姉さま方にとって、「初恋」がタイガースそのものであったのかもしれません。それが「青春」であり、1月24日という日が、ひとつの結末であったのかもしれません。
しかし、ですよ。
ジュリーと同世代のアラ還の先輩方も、ジュリーのファンである限り、正に「振り返るにはまだ早すぎる」のです!

「若者は未来を夢に見、年老いた者は過去を夢見る」
という言葉がありますが、ジュリーは未だ現役。ジュリー自身が、まだ未来へ向けて夢を見ている限り、ファンである我々も、未来を夢に見続けられるのです。
ジュリーが「セルフカバーなんてやらん!」と言ったり、「いい曲ができた!」と語ってくれるのが、どれほど素晴らしいことか。それらの言葉は、ジュリーが今も常に未来へ向かっている事の証明ではないでしょうか。
ファンは、そんなジュリーに導かれています。

線引きは、一度払拭してみよう。
先輩方も、僕も、同志のみなさまも、今が「青春」!しつこく青春!
「歌門来福」というメッセージを受けた直後だからでしょうか、僕は今日「青春」という曲を聴き直して、そんな事を考えたのでした。

ってことは、中抜け組のみなさまは、突然の青春復活、ということになりますか。
ある意味うらやましい~。

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2009年10月 2日 (金)

沢田研二 「whisper」

~from「CROQUEMADAME & HOTCAKES」、2004

本日は何と、2月の”きめ今”直後に頂いておりましたリクエストを、今になって(お待たせしてすみません)・・・。

あみ様、シロップ。様、そしてYOKO君。
多くのみなさまから熱烈な支持を受けております、ビートルズ直系のパワーポップ・ナンバー、「whisper」です。!

イイ曲なんだよねぇ。
しかしながら、「すろ~だんす♪」の部分の進行とリズム割りがビートルス「NO REPLY」のオマージュ、というくらいしか記事ネタが思い浮かばず、しばし熟慮(というか放置)期間を頂いておりました。
いえね、全体のメロディーやアレンジの雰囲気が、僕の知ってる何かの洋楽に似てるんだけどなぁ・・・とずっと思ってはいたのですが、それが何の曲なのか把握できないままだったんですよ。

そしてつい先日。
ファイナル渋谷からの帰り道、いきなり「!」と思い当たりましたので、遅ればせながらその事を書きたいと思います。
アルバム「CROQUEMADAME & HOTCAKES」から、伝授!

唐突ですが、ブログというスタイルは更新が簡単で、執筆者にとってはとても便利な情報発信源なんですけど、読者のみなさまからしますと、なかなか過去記事にまで遡っての閲覧は面倒な作業のようです。
ですから拙ブログ、完全にジュリー専門の場所だと思っていらっしゃる方々がすごく多くて。

それはそれで嬉しい誤算なのですが・・・まぁ実のところ、以前は全然ジュリーとは関係の無い洋楽などを伝授していたんですね。

ジュリー祭り(東京ドーム)のレポを書いて以降、あまりの反響に執筆者が調子に乗ってジュリーブログに化けた、というのが正直なところでございます。
それ以前に記事にしたジュリーの楽曲は「バイバイジェラシー」ただ1曲でした。

そんな過去にまで遡って読んでくださっている方はそういらっしゃらないだろう、と思っておりましたところ・・・。

渋谷終演後にご挨拶させて頂いた黄身様が、ふと、バッドフィンガーというバンドの「デイ・アフター・デイ」なる楽曲をお題に僕が書いた過去記事について、お話をしてくださいました。
そして、
「瀬戸口さんが一番好きな「JULIEⅡ」の時期に、ジュリーはLIVEであの曲をカバーしてたんですよ」
と、仰るではありませんか!
思わず
「ええぇ!! ウィザウト・ユー(コレもバッドフィンガーの曲なんです)じゃなくて、デイ・アフター・デイですかぁ?」
と素っ頓狂に叫んでしまいましたよ。

僕はこのブログで、基本的に自分の好きな楽曲しか記事を書きません(ジュリーの曲は全部好きだからどんなリクエストも大丈夫。さぁかかって来い素肌極楽!)。
ドーム以前に書いたお題の洋楽も、僕にとってはすべて思い入れの深い歌ばかりです。
そんな中の1曲を、70年代初期のジュリーが歌っていた?あの声で?
ひえ~!

黄身様にお会いできて、素敵な逆伝授を頂いたのです。
帰りの電車内で
(そう言えば、バッドフィンガーのCDも長いこと聴いてないなぁ・・・)
などと考えておりましたら、パッと気がつきました。どこか「whisper」に似ている、と気になっていた楽曲。
バッドフィンガーの「NO MATTER WHAT」だぁ!何という見落とし!
僕にビートルズを伝授してくれた著名人の一人、松村雄策さんをして「初めて聴いた時、ポールの新曲だと思った」とまで言わしめた、ビートルズ直系・パワーポップ不朽の名曲なのです。

「whisper」は単独で聴くと、リキの入ったガンガン系のパワーポップですが、何と言っても収録アルバムが「CROQUEMADAME~」ですからね。
流麗なメロ、コード進行を擁しているため、ハードな他収録曲に混ざると、ものすごく胸キュン系に聴こえます。
この”胸キュン”というのが実はビートルズ直系のパワーポップの肝でして。

ビートルズが解散し、多くの熱心なリスナーが新たな心の寄り処を求めていた時期。
その頃ノシてきたレッド・ツェッペリンやキング・クリムゾンなどが、どちらかと言うと「ビートルズなんてもう過去のモンなんだぜ」というスタンスで躍進したのに対し、バッドフィンガーは、愚直なまでにビートルズの幻影を追い求めたリスナー達にこそ受け入れられたバンドでした。
僕はどちらも好きなのですが、ツェッペリンではなくバッドフィンガーを選んだ人達は、パワーあふれる演奏の中にも、どこか胸キュンなメロディーを擁した楽曲に惹かれたのだと思います。
「CROQUEMADAME~」を初めて聴いた時、僕が「whisper」に抱いた印象は、まさにそんな感じでした。

作曲の八島順一さんは、本当にジュリーにピッタリの作品ばかり書く人です。
ジュリーに提供した楽曲数はそれほど多くありませんが、八島さんのジュリーナンバーはLIVEで歌われ続けているものが多いし、どの曲もメロディーに「泣き」の要素が含まれています。
また、覚和歌子さんとの相性がやっぱり抜群でね。

「whisper」はおそらく曲先の作品だと思うんですけど、一番の謎は「スローダンス♪」ですよ。
これは覚さんが作ったフレーズではないと思います。歌詞カードにも記載されてないし。
ジュリーの考案かもしれませんが、僕は、案外八島さんがデタラメ英語か何かで作曲した際のフレーズがそのまま残った可能性を考えています。
LIVEでは、この部分でジュリーがクルクル回ることによって、ちょっとエロティックなフレーズに昇華していますね。

とかエラそうな事を書いてまいりましたが・・・ご承知の方も多いでしょう、僕は「whisper」を生で聴いた事がありませ~ん(号泣)!
まさか”きめ今”でこの曲が採り上げられるとは・・・。
あのコンサートは、「星空、それより贅沢な一度きりの夜♪」だったのでしょうか。
そんな殺生な。DVDにもならないなんて。

裕也さん、加瀬さん、是非またお願いします!

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2009年9月 5日 (土)

沢田研二 「コバルトの季節の中で」

~from「チャコールグレイの肖像」、1976

この数ヶ月、本当に色々なジュリーファンの方々と出会い、LIVE会場でお話させて頂いたり、ブログにてコメントを頂いたりする中で、数多くの方々から
「ブログの文章にジュリーへの愛情を感じる」
と、過分なお言葉を頂いたりしています。

実はこれは僕にとって、すごく意外な、あまりに畏れ多い評価なのです。
自分としては、いわゆる「愛情」という点について、ジュリーファンの先輩方には全く太刀打ちできない、かなわない、という思いがあるんですよ。
僕のジュリーへの愛情の中には、「LOVE」という観念が無いのです。「リスペクト」や「憧れ」は充満しているんですけど。
特に女性の先輩方が持つ「LOVE」パワーには、とても勝てる気がいたしません。

まぁそれは、僕が男性である以上当然、と思っていましたが、どうも世間的にはそうでもないらしい・・・。
普通に男性がジュリーに「LOVE」な感情を持つ可能性を考えているファンの方々が多いんですね。
実際にはどうだか分からないですけど、久世光彦さんなどは、そんな観点からファンの間で語られる事が多い、という状況を僕はつい最近まで知らなかったのです。

今日は、その久世さんが”小谷夏”名義で作詞、ジュリーが作曲した超メジャーなナンバーを。
実は昨年末に、東京ドーム参戦の相方であるYOKO君からリクエストされていたのですが、ずっと放置していた曲。
さらに言えば、有名な曲であるにも関わらず、アルバムで聴くまではほとんどメロすら覚えていなかった、という・・・。

先日、幸せソナタ様から新たにリクエストを頂きましたので、このナンバーにぴったりの秋風の中(東京は明日からまた暑いらしいですが)、お題に採り上げてみたいと思います。
アルバム「チャコール・グレイの肖像」4曲目、無論ジュリー祭りでも歌われ、多くの観客を感動させました。
アルバムからは唯一のシングル曲でもある「コバルトの季節の中で」、僭越ながら伝授!

最初に断っておかなければならないのですが、僕は長い間、久世光彦さんをかろうじて名前だけ知っているという状態でした。
「悪魔のようなあいつ」も未だにキチンと観る事ができていません。
ですから、ジュリーと久世さんの関係(いや、いわゆる普通に言うトコロの「関係」よ)についても認識が甘い。
トンチンカンな事を書いていたら、遠慮なく叱咤してくださいね。

まずは、初めてアルバム「チャコール・グレイの肖像」を聴いた時、純粋に「コバルトの季節の中で」という楽曲に抱いた印象から語るのが、僕にとっては一番自然かなぁ。

このアルバム、1曲目が「ジョセフィーヌのために」じゃないですか。
僕は基本、初めての音源は歌詞カードを熟読しながら聴きます。当然、作曲クレジットや演奏者をチェックしながら。

作詞・小谷夏?知らんなぁ・・・。

ヒヨッコの僕は、まずそう思ったワケですね。
「ジョセフィーヌのために」の退廃・耽美紙一重の詞の世界は一発で気に入りました。そしてヒヨッコは、こうも思ったのです。

やはり、ジュリーナンバーの女性作詞陣にハズレなし!

そう、僕は完全に”小谷夏”という作詞家を、女性と勘違いしてしまいました。
いやね、みなさまも一度知識をリセットして、「ジョセフィーヌ~」の歌詞だけ読み返してみて下さいよ。
この視点が男性とはとても思えない。と言うより、歌詞中の「あなた」が男性にしか見えないから、当然それを見つめている主人公は女性である、と認識するしかなかったんです。

アルバムは進んで、いよいよ「コバルトの季節の中で」。
へぇ、この曲も小谷さんって女の人が書いてるのか・・・と思いながら、噛みしめるように聴きました。大名曲だ・・・ジュリーの曲もイイけど、歌詞最高!

で、ここでも歌詞中の「あなた」を男性=ジュリーと認識するに至ったワケですね。
それにしても

♪だから今朝は何も話しかけません♪

このフレーズなんて特に、相手(あなた)を全肯定している究極の愛情表現だと思うんですよ。
「あなた」の行動はすべて肯定する、受け入れる、それ以上は望まない・・・そんな視点です。ただ、見つめさせていてほしい、という。

この詞は、”小谷さん”からジュリーへのラブレターなんだろうなぁ、と思いました。
髪型を変えたのも、風の日が嫌いなのも、ジュリーの事なんじゃないか・・・。

♪あなたを見失いたくないのです♪

いい詞だなぁ・・・。
ラブレター出した相手が、それに曲つけて、しかも歌ってくれてるんだから、幸せな作詞家さんだよなぁ、と。

で、後日YOKO君が小谷夏=久世さんについて教えてくれました。

へぇ~。
男だったのか!
あんな視点で詞が書けるなんて、どんだけ才能ある人なんだよ!

と、その時点ではまぁそのくらいの感想だったんですけど、ドーム後に色々と調べていくうちに、どうも久世さんとジュリーの間に妖美な空気が漂っている(らしい)事が分かってきました。そうしますと

「コバルト~」の詞は才気あふれる男性(久世さん)が敢えて女性視点を狙って書いた作品ではなくて、実は本気も本気、大本気なんじゃないか?

という結論に、勝手に至ってしまいました。
自分の無知から二転三転した末での都合の良い解釈ではありますが、そんなに的はずれな考察でもないんじゃないか、と僕は思っているのですが。どうなんでしょうかねぇ。

もちろん比較するのも畏れ多い事ですが、僕が久世さんのような愛情をジュリーに持てるかと言ったら、それは無理。
人格、才能の桁外れな差・・・それ以上に、もっと何か深いところで、僕は劣っているのだと思えてきます。

ちょっとヤバい話になってきましたので、楽曲考察を普通の方向に転換(おいおい)。
「コバルトの季節の中で」は、メロディーとコード進行も実に華麗で、作曲家・ジュリーの実力を、初めてお堅い評論家の方々にも知らしめたナンバーであった事が想像できます。
この曲以前のジュリーの作るコード進行は、良くも悪くも、洋楽を手本に色々な工夫を凝らしたものでしたが、「コバルト~」で言うと

♪足早に 過ぎていく この秋の中で♪

の部分。
オリジナルキーは変ホ長調ですが、便宜上ハ長調に移調して表記しますと

(最初にCを鳴らしてから歌ってね)
F(ファ・ラ・ド)→B(シ・レ#・ファ#)→C(ド・ミ・ソ)→D(レ・ファ#・ラ)

この進行は世界初、ジュリー・オリジナルでしょう。
サブ・ドミナントのFから、Bなんていうトコへ一見素っ頓狂な移行をしたかと思うと、さらにトニックのCから1音上がってDへの浮遊。この見たこともない和音展開がこれほど美しいとは!
これは、ある程度ギターやピアノの弾き語り経験がある人なら「うぉ~!」と唸るに違いない、驚愕のコード進行なんですよ~。

さて最後に蛇足ですが。

女性だと思ってたら実は男性だった!と世間が徐々に認識し始めている人物と言えば、YOKO君もその一人ですね(どれだけ狭い世間だよ)。
「ようこ君」、ではなく「よこ君」です。

色んな人から
「え~と・・・YOKO君とはどういう関係?」
と聞かれる・・・(泣)。

「そういう面白そうな話は、拾っとけ!」
と、肝の据わったYOKO君は言ってますけどね。

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2009年8月22日 (土)

沢田研二 「ストリッパー」

~from「S/T/R/I/P/P/E/R」、1981

久々の直球です、ド直球!
まぁ僕がいくら直球投げても時速80Kmくらいしか出ないんですが、それでも投げなきゃならん時があるワケです。

このお題、ブログを通じて知り合った数多くいらっしゃる大恩人の先輩方のお一人・みゆきママ様から、5月に頂いていたリクエストなのですよ~。
安城でお会いした際、「私のリクエスト、覚えてる?」と優しくツッコまれましたわ。

お待たせいたしまして。
みゆきママ様が安城サルビアホール横の喫茶店で放った名言によりますと

「ストリッパー」だけは、ジュリー以外の人が歌うのは認めん!

う~ん、解る気がする・・・。

と言っておきながらみゆきママ様、御自身のカラオケ十八番なのでそうです・・・言わずと知れたスーパーヒット、僭越ながら伝授!

「ストリッパー」は1981年リリースのアルバムのタイトルチューンでもありますが、まずこのアルバムの特色から述べて参りますとですね。
前作「G.S. I LOVE YOU」と並び、80年代ロッケン・ジュリー頂点の大名盤なのですが、「G.S.~」が白っぽく、この「ストリッパー」は黒っぽい、という大きな違いがあります。
サイケデリックな要素を加味しながらも、基本エイトビートで攻める楽曲が中心であった「G.S.~」から一転、「ストリッパー」収録曲には、素直なエイトビート・ナンバーがほとんど無し!
これはちょっとした冒険ですよ。

一見エイトビートの「想い出のアニー・ローリー」も、2拍目の裏拍を強調した後ノリのビートになっていますし、何よりシャッフル(3連符)ナンバーがアルバムの大半を占める、というおおよそ日本人離れした大胆な構成なのです。

ここでよく引き合いに出されるのがストレイ・キャッツというバンドですが、更に言うならこれ、デイブ・エドモンズ(ニック・ロウと並ぶ、ロックパイルの中心人物)流のロカビリーでもあるワケです。エレキベースのロカビリーですね。
シングル盤「ストリッパー」のB面、「ジャンジャンロック」なんて、モロにそうですからね。建さんのベースは神業です。

ストリッパーという楽曲にもその流れは汲まれていますが、ジュリー自身の作曲が実は相当に美しく、積極的に前にせり出す感じのメロですから、上手いこと和洋折衷されている(ロカビリーは基本的にはクールに歌いますから、メロ自体は平坦だったりする場合が多いのです)とも言えます。

さて、終始怒涛の3連符シャッフル・リズムで押す、「ストリッパー」。
エイトビートとシャッフルを比較した際、最もその技術レベルを求められる演奏者は、ドラマーさんです。
エイトビートを上手く叩きこなすドラマーはアマチュアにも数多くいますが、シャッフルを叩くとアララ?な人が多いんですよ。

責められない事です。本当に難しいんです、シャッフルのドラムスって。それがプロとアマチュアの差と言っても良いほどです。

エキゾチックスの上原さんは、当時あの若さで考えられないほど上手いドラマーでした。まぁエキゾチックスって、メンバー全員そういうレベルの人達だったのですが。
当然、「ストリッパー」のような迫力あるシャッフルナンバーでも、リズムを乱すなど有り得ません。「タカタ・タカタ・タカタ・タカタ♪」と、寸分の狂いもなく、しかも肉感的なアクセントでスネアドラムが噛みこんでくるのが、文句なくカッコイイですよね~。

ただ、曲が曲ですから、レコーディングリハを重ねていくうち、相当に体力を消耗したはずです。
そのせいなのか、どうか。
正規ヴァージョンに1箇所、可愛いミスタッチがあるんですよ。

この曲の演奏の肝は、何と言っても

♪俺のすべ~てを~(タカタ・タカタ・タカタ・タカタ
  見せ~てやる~(タカタ・タカタ・タカタ・タカタ)
 おまえの~すべてを~(タカタ・タカタ・タカタ・タカタ)
  見った~い~♪

うわ~、ソコまで頑張るか!という「タカタタカタ3連符スネアドラム連打」ですが、上原さん、エンディングまであと少しに迫った3分04秒のあたりで。
1打だけ、振り下ろしたスティックで、スネアの表面にたどり着く前に、勢い余ってもう片方の手に持ったスティックを叩いちゃってます。

♪見せ~てやる~(タカタ・キン!カタ・タカタ・タカタ)♪

・・・痛恨だったでしょうねぇ。
これねぇ、現在の一般的な録音手法なら、「もう一丁!」のテイクです。
ただ、エキゾチックスほどの技術レベルの高いバンド・・・であるが故に、レコーディングは複数楽器の同時録音で、バンドのグルーヴ感に重点を置いて演奏していたと思うんですよ。
ですから、ドラムスがもう一丁となると、他の楽器も同時にもう一丁!ってことになるワケで。

メンバー全員、「キン!」には気づいたはずです。
以下妄想。

カズさん「どうする?」
ユカさん「ごめんもう1回、頼む!もう1回!」
建さん「え~っ!今、俺すごい良かったのに~」
銀次兄さん「(コントロールルームから)いいよいいよアレくらい!
このテイクで行こう!」

てな感じだったのではないかと・・・。

なんか、今回はジュリーについて全然書いてませんね(汗)。
でも、この曲の詞曲の衝撃や、バンドを引き連れたジュリーの絵的な凄みについては、先輩方の方が良く御存知でしょうし、僕が敢えて書かなくても、ね。

ただ、「て」問題(厳密には「て」だけじゃないけど)にはちょっと触れておきましょう。
多くの先輩方の意見と同じく、僕もレコーディングヴァージョンのメロディーの方がイイと思うんだ~。
メロがフレーズごとに次のフレーズの頭の音まで上がっていく、というね。
その方が、次々に脱ぎ捨てる感じが出ると思うんだけどなぁ・・・。
結構リキ入れて歌う曲だし、ひょっとしたらジュリー、生で歌う時に低いシの音が出しにくいのかも知れないですね。
だからLIVEでは同音階連発のメロディーにシフトしたのかも、です。

いずれにしても、今ツアーでこの曲が聴けなかったのは残念ですが、それは来年のお楽しみにとっておこうと思います。
ベストテン世代の僕は、「沢田研二」と言えばまず「ストリッパー」を連想するんですよね。

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2009年8月 6日 (木)

沢田研二 「ある青春」

「人間60年 ジュリー祭り」25曲目演奏曲
original track from 「JULIEⅥ~ある青春」、1973

一度も中断する事無く、40年以上のキャリアを積み上げてきたジュリー。
その歴史を知るファンの方々が、毎年のLIVEを胸をときめかせて待つ時間・・・その日が来るまでの至福の時間。
僕も今年、ようやくその醍醐味を少しだけ味わうことができました。

あれだけのレパートリーを持つジュリーです。
「今度は、どんな曲を演ってくれるんだろう?」というLIVE前のワクワク感は、何にも変えがたい楽しみのひとつですよね。
ましてや昨年。
「80曲を歌う」というジュリー祭りを目前にした時は・・・先輩方の至福の日々がどれほどのものだったか、うらやましいほどに想像できます。

残念ながらジュリー祭り参戦時の僕は(同行のYOKO君も)、そのレベルには達していませんでした。
楽曲知識が追いついておらず、ファンにとってどの曲が「おぉっ!コレを演ってくれるとは!」という選曲であったのか、判別できていなかったのです。

そんな僕とYOKO君でしたが、若輩者ながらそんな中でも「おぉぉ!」と盛り上がった意外な選曲がありました。
今日は、そんなナンバーを。

10万ヒット記念リクエストの第2弾です。
ウモン様より「ドームヴァージョンでお願いします」という、ジュリーの歴史を知り尽くした大先輩ならでは、の熱い思いを感じさせるリクエストを頂きました。
アルバム「JULIEⅥ」のタイトルチューンでもあります、名曲「ある青春」、伝授!

ジュリーの楽曲には、普通の人だとなかなか表現しきれない音域のメロディーを擁するものが数多くありますが、「ある青春」もその中のひとつです。
音域が広い、という事は、歌い手の声域都合に合わせたキー移動ができない、という事でもあります。
キーを下げると一番低い音が出ない、上げると当然高い音が出ない。
還暦のジュリーが歌った「ある青春」は、1973年の若きジュリーが歌ったものと全く同じ音階です。

調はCm(ハ短調)。最高音は高いG(ソ)で最下音は低いB♭(シ♭)。

この曲一番の聴かせ所は何と言っても最高音の部分です。

♪終わりがもう来たのか~♪

の、「か~♪」のトコですね。
ドームでの「ある青春」のヴォーカルを改めて聴くと、「終わりがもう来たのか♪の最後のココだけは、絶対に、何が何でも突き抜ける!」というジュリーの魂を感じます。
その場に少し立ち止まり、青い自分を振り返る、という歌詞の内容を考えても、ジュリーが「ある青春」をドームのセットリストに加えた意味は深いと思いますし、聴かせ所は何としてもキメる!という決意は当然あったものと考えます。

しかも、ドームでは演奏形態がピアノ弾き語りです。
バックの音が少なければ少ないほど、ヴォーカルのゴマカしは効きません。ジュリーは、それを承知で臨んでいるのです。

オリジナルの「ある青春」と比較しますと、70年代ジュリー独特の、無垢なまでに伸び上がる歌声とはまた違った魅力がドームのヴォーカルには感じられます。
僕がこの曲のヴォーカルでシビれたのは、最高音の「か~♪」をギリギリまで伸ばした直後のブレス(息つぎ)なんです。

まるで、ブレスそれ自体がヴォーカルの一部のような、素晴らしい表現でした。
メロディー発声以外の部分、ブレスで歌の世界を描いてしまう歌唱があるなんて・・・これは、60歳のジュリーだからこそ可能な表現だったかもしれません。
1番の、この部分です。

♪終わりがもう来たのか~(ブレス)めぐり逢い~♪

DVDやCDをお持ちのみなさま、先刻ご承知でいらっしゃるかもしれませんが、1番のこの部分を是非聴き直してみて頂きたいと思います。

「JULIEⅥ」収録のオリジナル・ヴァージョンは、ピアノを骨子にストリングスやホーンも絡むなかなか豪華なアレンジで、ドームでの弾き語りアレンジについては、泰輝さんにかかるプレッシャーもあったかと思いますが、手数が多いながらも優しいタッチの演奏。
一旦ご挨拶にステージ前方出てくると、スキップスキップ♪の愉快なキャラクターが目立つ泰輝さん。でも、特にこういったバラード演奏時は、真剣を持ったサムライのようです。それがどのような内容の楽曲であるか、と解釈するタイプの演奏者だと思います。
鉄人バンドは、そんな歌心を持ったプレイヤーを擁しているのが最大の強み。ジュリーからの信頼が厚いのは当然ですね。

あと、これはDVDのお話になってしまうのですが。
「ある青春」の2番、

♪この窓から見える空が、きれいだった♪

ココで空(くう)を見つめるジュリーの表情が・・・。
「人間60年」という言葉が凝縮されているような感じ・・・深くて、穏やかで、もちろんDVDで観て初めて気がついた事ですけど、僕はこの瞬間のジュリーの表情、姿に大いにヤラれました。
みなさまは、どうお感じでしょうか?

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2009年7月31日 (金)

沢田研二 「おまえがパラダイス」

~from「G. S. I LOVE YOU」、1980

今週末は安城!
僕にとっては初の関東圏外ジュリーLIVE、遠征です。

~近所の普通のお父さんやお母さんが「ちょっと行ってみるか~」と自転車でやって来て、ロッケン・ジュリーにド肝を抜かれる、の図~

一番観たいのは、実はそんなシーン。
地方の小さな会場で観るジュリー、楽しみです~。

さて、ネタバレも解禁し、どんな曲でも心おきなく記事に書けるようになりました。
溜まっておりますリクエストを少しずつやっていかないとね。リクエストなさった御本人が忘れちゃってるかもしれません。

そんな中から、今日は有名シングル曲シリーズ。
5月に、「大好きな曲」と、あみ様からリクエストを頂いております「おまえがパラダイス」、僭越ながら伝授!

僕は観に行けませんでしたが、あみ様はじめ多くの方々は、今年「きめコン」でこの曲を観ていらっしゃるんですよね。
うらやましい!

最近のジュリーは、往年のロッケンなヒット曲を歌う際、ちょっと(というか、かなり)楽曲自体をイジり倒して照れ隠しのようにおフザケに走る場合が多いですが、「おまえがパラダイス」のヴォーカルは、近年のDVDを観たりしますと、むしろどんどんカッコ良さを増してきていますね。
これはですね。
ジュリーは3連符ロッカ・バラードの絶唱が、大得意なんです!
大得意だから、歌ってて気持ちがいいんだと思います。陶酔の境地に入るんですね。

3連符というのは、1拍が「チャチャチャ」という8分音符三つで構成されている、という理屈でして、この「チャチャチャ」がスローテンポで4つ並んで1小節、というのが「3連符ロッカ・バラード」という奴です。
ロッカ・バラードの譜面は、その昔「4分の4」拍子表記でしたが、最近は「8分の12」拍子と表記するのが主流となっています。

スローテンポかつ3連符構成の4拍子というのは、かつてはムーディーなバラード専門のリズムでした。
オールディーズの名曲「オンリー・ユー」がその代表格でしょう。ダンス会場(いつの時代の話だよ)などでは、このリズムの曲がかかると男女が密着したりしてたワケですよ。
例えば「君をのせて」などは、その手のナンバーですね。
古き良き、洋楽直系のバラードです。

ところがこの3連符構成の4拍子バラードを、敢えてハチャメチャにシャウトしまくる、という新たな試みに挑戦したのが、ポール・マッカートニー。
ビートルズの「Oh!Darling」という曲です。

おそらくポールは、ホワイトアルバムでジョンが歌った「ヤー・ブルース」のヴォーカルからヒントを得ています。
ブルースというジャンルも3連符構成の4拍子ですが、バラードではありません。セブンスコード主体のハードな進行で、ジョンの絶唱は文句なくカッコいい。そのまま同じ事をやっても、自分はジョンに敵わない、ならば・・・とアプローチを工夫するのがポールのスゴイところ。同じリズムのバラードを絶唱シャウトしてしまえ!というワケです。

この試みは大成功し、「バラードなのにギンギンにロックってどういう事?」と世間をアッと言わせ、遂に「ロッカ・バラード」という新たな言葉が生まれました。
リズムマシンの内臓パターンでも、このリズムは「ROCK'A BALLAD」というカテゴリーで登録されています。今やジャンル用語として確立しているのですね。

70年代初期のジュリーナンバーにも、本来ロッカ・バラードに収束するべき楽曲がいくつかありました。「あなただけでいい」「胸いっぱいの悲しみ」などがそうです。
ところがその頃は、アレンジが「ロック」というベクトルを向いていなかった・・・と言うか、それはちょっと冒険が過ぎる、と敬遠されていたようです。せっかくジュリーが3連符のスローテンポを歌うなら、美しく繊細なヴォーカルに仕上げた方が良い、という判断でしょう。

ところが、エキゾチックス(あ、この頃はまだオールウェイズか)を引き連れたジュリーを銀次兄さんがアレンジするとなれば、そうは行きません。
「まずロックであれ」という意識を歌い手・演奏者・編曲者全員が持ち、加瀬さん作曲の3連符バラード「おまえがパラダイス」は、見事にロッカ・バラードに変貌して仕上げられます。

ひとつひとつの拍を強調して、縦にノるリズム表現。
リリース当時の映像を観ても、明らかな縦ノリですよね。ジュリーも、コーラス時の柴山さんも、ガクンガクンと縦に身体を動かしています。

ジュリーは、その頃よりずっと前から、こういうヴォーカルを試したくて仕方無かったのではないでしょうか。
絶対自分に合うはずだ、という確信を抱いていたと思います。

ジュリーが次シングル「渚のラブレター」について、後に「う~ん、ちょっと・・・」みたいな発言をしている事はよく知られていますが、それは、「おまパラと同リズムで、美しい路線のヴォーカルに戻って試してみたけど、やっぱりロックな歌い方の方が性に合うなぁ」という自身の認識によるものだと思います。
もちろん、「渚のラブレター」は大名曲のひとつですし、ヴォーカルも神レベルですよ!これはあくまで、ジュリー自身の歌い方の好みのお話でしょうね。

「おまえがパラダイス」は、いよいよジュリーが本格的にロックへとシフトしたアルバム「G.S. I LOVE YOU」に収録されています。
このアルバムは、イギリスのネオモッズの連中のオハコであった「擬似ステレオもどき」というミックスがなされていて、演奏楽器の各パートいずれかが、左右どちらかのチャンネルに完全に独立して振られているんです。
この辺りは洋楽へのオマージュ、一種の遊び心で作られたアルバムと言えますが、それ故に他のアルバムとは明らかにミックスバランスが違います。例えばベスト盤をヘッドホンで聴いた際、「おまえがパラダイス」のトコだけ、何か脳ミソを半分に割られるような感覚があるはずです。

ですので僕は、「おまえがパラダイス」をベスト盤、編集盤で聴く事はお勧めしません。
是非とも「G. S. I LOVE YOU」という名盤の、同じ音作りの楽曲の流れの中で聴いて頂きたいと思っています。このアルバムが、曲間の隙間を詰めて作られている、という事の意味がそこにあるのです。

最後に。「おまえがパラダイス」の話ではないのですが、ひとつだけ。

今回の記事で、ジュリーはこの頃よりずっと前から、歌い方ひとつで「ロッカ・バラード」へと変貌するはずだった楽曲を持っていた、という事で「あなただけでいい」「胸いっぱいの悲しみ」を例に挙げました。
ジュリーは近年、その思いを実践していたんだなぁ、と思ったのが、2004年の正月コンサート「爛漫甲申演唱会」。
僕はもちろんDVDでしか観ていませんが、このステージでの「あなただけでいい」は完全にロッカ・バラードとして新しいスタイルの楽曲に変換しています。
僕は、美しい慟哭スタイルの「あなただけでいい」ももちろん好きで、どちらが良いとは言えませんが、これは観ておく価値がありますよ。

そして密かに、今後のLIVEで「胸いっぱいの悲しみ~ロッカ・バラード・ヴァージョン」が聴ける事を楽しみにしているのですが、果たして・・・?

あ、今年のツアーでは、「おまパラ」も「あなただけ」も「胸いっぱい」も演ってませんから、念のため(あ~ネタバレって気楽♪)。

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2009年7月29日 (水)

沢田研二 「Child」

~from「REALLY LOVE YA!!」、1993

みなさま、本日もたくさんのアクセス、ありがとうございます。
ここ数日で、新しく遊びにいらっしゃって下さる方々も増えているような気がします。
やはり、毎回のLIVEレポ記事を境に、少しずつ検索ヒットしやすくなっているのでしょう。
ベストテンには入ってこないでしょうが、本日の検索ワードの中には

「もっと太ったろか」

というのがありましたよ~(笑)。
ありがたい事です。

そんなみなさまに支えられ、拙ブログは去る26日未明、累計アクセスを10万の大台に載せました。
ジュリーの歴史に詳しいでもなく、LIVEでの容姿を詳細にお伝えするでもなく、ただ自分が書きたいことを長々と書いてしまうスタイルでずっとやっておりますが、それでも多くのみなさまが支持してくださり、叱咤激励を頂きつつ、ジュリー祭りの記事更新以降の半年ちょっとでここまで来ました。
やはり「読まれている」「応援してくれる方がいる」という実感がなければ、更新を続けては来れなかったでしょう。
改めて、御礼申しあげます。

今日は、10万ヒット記念リクエストの第1弾。
(もうひと方いらっしゃいます。ウモン様、リクエストお待ちしております。さらに、ニアピンのみなさまも是非どうぞ!)
同世代、新規組とのことで、ジュリーファンの中にあって僕と似通ったスタンスでいらっしゃいます、鯛焼き丸様からのリクエストです。
アルバム「REALLY LOVE YA!!」から、いかにも吉田建さんプロデュース期らしいポップ・ナンバー「Child」、感謝を込めて伝授!

吉田建さんプロデュース、(現時点で)最後のアルバムとなった「REALLY LOVE YA!!」は、演奏面において、次作「HELLO」やその後のセルフ・プロデュース時代への橋渡し的な仕上がりになっています。
楽曲提供者や参加ミュージシャンも多岐に渡り、その意味でも過渡期と言えそうです。

そんな中、建さん自身の「これが最後!」という気合が見えている作品でもあります。
「とにかく、ベースだけは俺が全部弾く!」という。

ドラムスが楽曲の土台とするならば、ベースは基本的な楽曲の色を決めるパートと言えるでしょう。
打ち込み嫌いの建さんが、アルバム制作課程である程度の打ち込み音を導入せざるを得なかったのがちょうどこの時代。
ならば、とアレンジとベースラインでグルーブを持たせたEMI期のジュリー作品。このアルバムも編曲に演奏に妥協なき信念を注いでいます。

「Child」のようなエイトビート(8分音符主体の4拍子)のポップス系ナンバーは、ピックベースが主流ですが、ここでも頑なに指で弾く建さん。
指弾きとピック弾きで最も違いが現れるのは、音の粒の揃え方です。
実際、エイトビートで「ドッドッドッドッ」と同音連打するベースラインは、ピックの方が全然弾き易い。
「Child」で言うと「このままっ、じゃいけない♪」の部分。
ここだけなら、ピックの方が全然楽に弾けるはずです。
それでも指で弾くのは、Aメロのグルーブ感あふれるラインのため。これは、指弾きでなければ出せない味なのですね。

どんな楽器にしてもそうなのですが、「次の小節へと向かっていく意識」を持った演奏者はレベルが高いと言われています。
これはある程度キャリアを積んだプレイヤーなら、アマチュアであっても基本的な話ではあるのですが、例えば「Child」のAメロ。
「タクシー、窓に流れゆく♪」の部分。
動き回る独創的なラインもさることながら、Cコード(ドミソの和音)の小節からAm(ラドミの和音)の小節へ移行する際、建さんはCの小節のラスト2拍あたりでもう次のコードAmを意識して、シンコペーションのラインを奏でます。そのラインの中に、CとAmのルート経過音である「シ」の音が噛むのです。
センスに劣る演奏者だと、この部分をピックで、
「ド~ドド~、ド~ドド~、ラ~ララ~、ラ~ララ~♪」
と弾くかもしれませんが、建さんのプレイにそれは有り得ません。
これは、氷山のほんの一角の例なのですが。

ピックベースにはピックベースの良さがありますが、建さんはやはり指弾きならではの発想を持った人ですね。

鯛焼き丸様のコメントにありましたので、「Child」、ジュリー自身の詞にも触れましょう。
ちょうど「BURNING SEXY SILENT NIGHT」の記事で書きましたが、ジュリーの作詞スタイルはここまで目まぐるしく変遷してきました。
2000年以降確立した「些細な日常の素直な投影」というスタイルの片鱗が、「Child」には窺えます。

「生き急いだヒーロー」時代の詞から、CO-CoLO時代の「素直な吐露」へ。
ところが恋愛についての観点で言うと、CO-CoLO時代の詞は、まだ「恋愛」が特別な感情として描かれています。
今のジュリーにとって「恋愛」とは「日常のシアワセ」に包有される感情であり、作詞においてもそれが明らかに前面に出されていますが、「Child」にも部分的にそのスタンスが見受けられます。
「Child」には「サヨナラを決める」というフレーズこそありますが、これは別れの歌ではなく、「気持ちの伝え方が解らない」という、ふとした一瞬を捉えたものだと思います。

また、「不思議ちゃん系」と呼ばれる”ジュリー言葉”ももうすでにこの詞にあって、「君があくび♪」なんてフレーズをあのメロディーに載せてしまうのがジュリー流。
数年経つと、キツネだタヌキだ芋だと言い始めてしまうのですが。僕は、それはそれでジュリーの持ち味だと思うし、何よりも「素直」というベクトルに惹かれています。

あ、最後のコーラス「素直に伝えよう♪」のトコ、先日「影-ルーマニアン・ナイト」の記事で書いた、「トラックを抜き出してエフェクトをかけ、機械的な声にする」という手法を、コーラスパートで使っていますよ。
細かい事ですが、僕はこのようなミックス段階でのちょっとしたお遊びが好きなんです。

蛇足ですが、僕はこの「Child」という曲を聴くと、何故か「DELIC」というアマチュアバンドがイカ天で演奏した楽曲を思い出します。メロディーのアプローチが似ていたんじゃないかと思います。
楽曲のタイトルも覚えていませんが、「個人的には好きだけど、このバンドがブレイクしたりはしないんだろうなぁ」と思いながら観ていた記憶があります。
確か審査員の反応は、建さんが辛口で、銀次兄さんは絶賛してたんじゃなかったかなぁ。

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2009年5月 9日 (土)

沢田研二 「おまえにチェック・イン」

~from「A WONDERFUL TIME」、1982

普段から当ブログにお越しの皆様、今日はド直球のお題で申し訳ありません。

これねぇ、後輩からのリクエストなんですわ。
リクエスト自体は随分前に受けてたんですけど。指定楽曲があまりにも有名なシングル・・・。なかなかに、二の足を踏んでおりましたのです。
当ブログはここまで、一般的に(いや、ジュリーマニア以外の皆様にとって、という意味ですよ)渋いアルバム収録曲を中心にやってまいりましたので、「伝授」なんちゅう大それた言葉も、まぁ自分で許せてはきたのですが。

「おまえにチェック・イン」って!(汗)

いえね、名曲ですよ。当然ながら。
僕だって、セールス全盛期のシングルで一番好きな曲かもしれません。

しかしねぇ。
新着記事ではどんな楽曲を・・・って、楽しみにして下さっている先輩方、拍子抜けしたんじゃないでしょうか?心配だ・・・。

まぁ、どうか許してやってください。
リクエストをくれたYoji君は、昨年末からの僕のジュリー堕ちを目の当たりにして、当初は
「瀬戸口さん、どうしちゃったんですか!早く目を覚ましてください!」
などと、ぬかしておったワケですよ。
でもまぁそこは、かつて彼に強引にキンクスを仕込んだように、徐々に調教していきました。
「ストリッパー」「忘却の天才」「JULIEⅡ」と順番に聴かせて(どういう順番よ?)いきまして。

3月半ばになる頃、遂に彼は自力で「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」3枚を購入するに至りました。どうだ、まいったか若者よ!

で、結局「ロイヤル~」3枚の中で、彼の一番のお気に入りになった曲が「おまえにチェック・イン」だったらしいのです。
なかなか見所のある奴、とも言えるわさ。

ということで、常連の皆様には今さら、ではございますが、超新規組・Yoji君のリクエスト。
1982年の大ヒット(と言うかその頃のシングルはだいたい大ヒットだけどさ)ナンバー「おまえにチェック・イン」、伝授!

とは、言いながら。
さすがに普通の伝授は、しませんよ。
作曲者の大沢誉志幸さんが、これを書いた時はまだデビュー前だった、とかそういう話は、ここに来てくださる先輩方は先刻承知なんだからね、Yoji君。

この曲、どの映像で観るのが一番萌えるのか、という事を中心に、書きます。

最近巷で議論されている、「ストリッパー」の「て」問題を挙げる間でもなく(ずいぶん狭い巷だな)、昔ながらのヒット曲というのは、ジュリーはもう数え切れないくらい歌ってきているワケで、当然歌い方とかもリリース当時とは違ってきたりしてますよね。
その変化具合というのは楽曲にもよるんですが、お題の「おまえにチェック・イン」・・・これは相当変わってきてます。
サビが、ね。

「♪ほ~みたい、うん!ほみたい、うん!ほみ、たいあいあいあぁい!♪」

近年のジュリーが歌うと、こう。
この「うん!」っていう合いの手が、良くわからない。
一体、いつから、何がきっかけで、こうなったんでしょ?(と聞くと、優しい先輩が教えてくれるからね、Yoji君)

「うん!」の時のキバリ拳(そんな言い方、あるのか?)。あれを初めて観た方々は、引いたでしょうねぇ。

先日、DVD「greenboy」を観ましたが、そこではあろうことか「たいあいあいあぁい!♪」の部分をキバリ拳スタイルで闊歩する、という・・・。
僕は大爆笑しましたけどね。女性ファンの中には、「カッコ悪いからやめて!」と悲しみに暮れた方々も多くいたでしょう。
もう、あのカッコいい「おまえにチェック・イン」には出会えないのか・・・、と。

その、カッコいい「おまえにチェック・イン」を、皆様はどの映像で堪能されていますか?

僕は、ダントツで「快傑ジュリーの冒険」です。
ジュリーがレギュラー出演していたテレビ番組「クイズ・ドレミファ・ドン」から、シングル曲の歌唱・演奏シーンを抜粋・編集したDVD作品。

これが、歌番組でもないのに全て生歌&生演奏なんですわ~。
その意味で、どの曲も素晴らしいのですが、僕が一番好きなのが「おまえにチェック・イン」の映像で。
他の曲ではカメラがほとんどジュリーのみを追っかけているのに、この曲ではエキゾチックスの面々もかなり露出してます。
ジュリーだけを捕らえていると伝わり辛い「生演奏でトコトン盛り上がる」感覚が十二分に味わえるんですよね。
ジュリーがハジけまくって歌っているので、メンバー全員、完全につられちゃってます。
柴山さんのハッチャケぶりってのは、現在進行形で観る事ができますが。

必死の形相&無我の境地で足をバタつかせて盛り上がる吉田建さん!

これは、なかなか他作品では観れません。
「ポラロイド・ガール」PVとかで、渋く、カッコ良くキメる建さんでは、ありません。また、「おまえがパラダイス」での、まだまだテレビ慣れしていない、ギコチないままポーズをとる建さんでも、ありません。
我を忘れて心ごと楽曲に入り込む建さんです。
もちろん、あのクールな建さんをそうさせているのは、ジュリーのブッ飛びオーラの魔力、のなせる業なのです。

ヴォーカルも、基本レコードヴァージョンであるのに加えて、バンド演奏の盛り上がりによる相乗効果、自然なアドリブ満載。

「♪いつもの顔で~ハ~レルヤ~♪・・・ハ・レ・ル・ヤ!」

サビ直前の、アドリブシャウトのカッコ良さよ!
無論、この展開で「うん!」などありえません。

ここに遊びにきてくださっている方々なら大抵はお持ちの作品でしょうが、今一度、「おまえにチェック・イン」だけ是非リピートしてみてください(って、頭出しはできないけどね)。

蛇足ながら、録音ヴァージョン収録のアルバム「A Wonderful Time」についても少々。
一応前作「S/T/R/I/P/P/E/R」を受け継いだ「ロック」アルバム形式ではあるのですが、楽曲的には和洋折衷路線。アレンジも、当時一世風靡した「シティサウンド」「マリンサウンド」へのアプローチも見られ、それ故に僕個人としては及第点くらいの評価です。全曲オッケ~、ではないですね。

ただ、メチャクチャ好きな曲もあって。
「PAPER DREAM」と「パフューム」。あ、「おまえにチェック・イン」もね。
佐野元春さんのファンなら、「Why Oh Why」が貴重。
タイトルチューン「A Wonderful Time」も、ジュリーならではのマリンサウンドで、透き通るヴォーカルは、聴き惚れます。

が・・・。
実は僕、ラストの「素肌に星を散りばめて」が、ダメなんです(汗)。

なんか、どうしても80年代集団アイドル系の楽曲に聴こえてしまって・・・。
多くの先輩方に人気の高い曲みたいだし、今後100回くらい聴き倒して、何とか好きにならないと・・・。

頑張ります~。

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2009年4月 5日 (日)

沢田研二 「アルシオネ」

~from「耒タルベキ素敵」、2000

突然ですが僕は、「いわゆる無骨なロック楽曲のバックでアコースティックギターがガッシャンガッシャン元気よくコードを弾いてるアレンジフェチ」(長いよ)なのです。

意識こそしていませんでしたが、たぶん、中学時代ビートルズを聴きまくっていた頃にその嗜好はすでに刷り込まれていたのでしょう。
だからこそ、ロックパイル(ニック・ロウ)の「Cruel To Be Kind」を聴いて、その後ポップス寄りのパブロックにハマっていったんだと思います。

2000年リリース、ジュリーの記念碑的2枚組アルバム「耒タルベキ素敵」(耒の字がどうしても変換できず、Web上から拾ってまいりました)には、そんな曲がたくさん収録されています。硬派なアレンジに支えられて、威勢良く弾き倒すアコギ、この組み合わせが好きなんですよねぇ。DVDで「生きてる実感」を演ってる時も、下山さんばかり見てしまう、という。

今日はそんな「耒タルベキ素敵」の楽曲群の中から、アコギの使い方が一番僕好みの名曲を。
当ブログのコメント常連さん第1号(たぶん)のシロップ。様のリクエストです。感謝をこめて、「アルシオネ」伝授!

歌詞も素晴らしい、メロディーもキレイで(この曲も「届かない花々」同様、媚のない泣き曲です)、もちろんジュリーのヴォーカルも抜群に良い。アルバムの中でこの曲が一番好き、という方も多いのではないでしょうか。
僕もその一人ではありますが、聴き方がちょっと変。
一番好きな箇所はイントロ、浮遊感のあるシンセに護られてジャカジャカと鳴ってるアコギに、ベースとドラムスが突然絡んで、ヴォーカルに雪崩込むところなんです。

アレンジについては、白井良明さんに一任されていたのか、作曲者の伊藤銀次さんのサジェスチョンがあったのか、そこは定かではありませんが、オマージュ楽曲として、デヴィッド・ボウイの「スターマン」が挙げられます。これは、いかにも銀次兄さんの好みっぽいんですが。
「スペース・オディティ」から「ジギー・スターダスト」までのデヴィッド・ボウイは一貫して、どんな激しい曲でも、どんな壮大なバラードでも、果てはどんな変テコな曲であっても、とにかく元気良くアコギをかき鳴らします。
そこへ、ミック・ロンソンのギターを始めとする、妥協の無い尖った音が噛んでくるのが、アレンジの持ち味なのですね。

メロディーは全然違う曲なのですが、なぜ「アルシオネ」に「スターマン」へのオマージュが取り入れられたのでしょうか。
これはおそらく、歌詞に喚起されたアイデアだと思います。
「星」という単語からだけでなく、「天空を見上げる」とか「夜空から落ちてくる」というイメージ。
ストリングスが不協ギリギリの音階を奏でているのも、その産物のひとつです。

これは、ひとつには「耒タルベキ素敵」というアルバムが、パロディー的要素を多分に含んだ作品である事も踏まえての考察でもあります。
まずは、ジュリー自身の楽曲歴史のパロディー。大沢誉志幸さん作曲の「君のキレイのために」を挙げる間でもなく、その点については僕などよりもジュリーファンの先輩方の方がより楽しんでアルバムを聴いておられるはずです。
もうひとつ、このアルバムには、結構直球の洋楽パロディーがふんだんに盛り込まれているのですね。
「キューバな女」はサンタナのビッグ・ヒット「哀愁のヨーロッパ」であり、「everyday joe」はジミー・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ」であるとか。この2曲は洋楽にさほど詳しくない方でも、「あれっ、どっかで聴いたことあるような・・・」と感じるかもしれません。
「アルシオネ」も、実は結構な直球パロディーなんですよ。興味のある方は、「スターマン」の音源を探してみてくださいね。イントロ注目です。

あと、GRACE姉さんがジュリーに詞を提供し始めたのがこのアルバムからで、いきなり「アルシオネ」みたいな傑作を書いちゃうんですから、スゴい人です。本職ドラマーさんですよ・・・才媛です。
姉さん、宇宙ネタ、というか浮遊ネタがお好きのようで、この「アルシオネ」のパターンを応用したのが、次アルバム「新しい想い出2001」収録の「心の宇宙(ソラ)」、浮遊感を突き詰めたのが「忘却の天才」収録の「不死鳥の調べ」、といったように、彼女の詞もどんどん進化していきます。アルバム「耒タルベキ素敵」は、詩人・GRACE女史の出世作でもあるわけです。

で、最後に。
もう懺悔のしようもありませんが、僕は以前書きました通り、CD「耒タルベキ素敵」を紛失中であります。一応、音源も歌詞カードもさる筋から揃える事はできました(感謝)が、決して良い事ではありませんし、イバれる話でもありません。恥じ入る次第なのです。
思うところもあり、ここ1ケ月、人生で初めて自らの意思で部屋の掃除などしております。それでも現時点まで発掘には至っておりません。
ジュリー祭りの相方、YOKO君曰く
「プラケースのCDなら考えにくいが、ダブルの紙ジャケってのがポイント。おそらく「週刊プロレス」のページの間に挟まったまま捨てられたのであろう」
との名推理。

否定できん・・・。

あ。
本文とは関係ありませんが、音楽劇「探偵~哀しきチェイサー」参戦のみなさま、おつかれさまです。楽しいお芝居だったようですね。
拙ブログの「探偵~」伝授ページのアクセス数に、ちょっとビビっておりますです・・・。

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2009年3月14日 (土)

PYG 「花、太陽、雨」

親知らずを抜いてきました。
ご飯もキチンと食べてます。ツアーへ向け、楽曲知識のみならず身体の方も準備万端、万全にしておかねばなりません。現時点で告知のあるツアー前半部だけで、5ケ所もの参戦が確定しておりますので。
自らの意思で金銭面、健康面の自己管理をする、なんて生まれて初めてじゃなかろうか。

それはそれ、まぁ肝要なのはやはり楽曲の予習で。
3ケ月の猛勉強と親切な方々のおかげで、過去のアルバムについてはかなり網羅できました。

CoCo-lo時代がゴソッと抜けてますけどね(CD「架空のオペラ」がAMAZON最安値20云万円って、一体どうなっとるねん!)。

あとは、タイガース&PYGの勉強ですわ。
これについてはねぇ。楽曲の知識だけでは、イカンのよねぇ。
ライブで演るのは有名な曲が多いし、ベスト盤買ってみたら、ジュリー堕ち以前から仕事関係やら何やらで既に知ってた曲が大半で。
でも、リリース当時のジュリー(或いは他メンバー)をとりまく環境・・・これを知らないままだと、どこまで楽曲を理解できてるかどうか。
特にPYGは、作詞のメインが岸部兄さん(まだ、気軽に「サリー」と表記できない。この辺りも今後の課題だなぁ)ですから、尚更なんですよ。
以前「あのままだよ」の記事で少し触れましたが、岸部兄さんの詞って、どうもその時の個人的感情がハッキリ反映するみたいなのです。
PYGについては、結構試練のステージがあったとか色々噂は聞いていますが、タイムリーの知識でないと、どうも解りにくくて・・・。
今日の記事は、そんなPYGから。ズバリ、代表曲「花、太陽、雨」です。

夏ツアーのチケットで、今回大変なご好意を賜る事になったfuji様からのリクエスト。
実は、「御礼に何か1曲、お好きな曲の記事を書きます」と申し出ましたのが先週土曜の夜で、fuji様、最初は「遠い旅」をリクエストしようとなさったそうです。
で、日曜の朝に当ブログに来てみたら、何も言わないうちから「遠い旅」が既にアップされていて驚かれたとか。

そのお話を伺った時は、自分の神がかった行為に僕自身も驚きましたけどね。
じゃあ他のを1曲、ということで頂いたのが「花、太陽、雨」。

ついに来たか・・・。

試練が。
タイガースやPYGの有名な曲って、ずいぶん前に音楽業界でグループサウンズの復刻が当たってた頃に覚えたものが多くて。
その頃はまだジュリー堕ち以前ですから、個々の楽曲として音源を持っていて、どれがタイガースでどれがテンプターズでどれがPYGで・・・とか区別していなかったのですね。
今でも若干その影響が・・・。ライブDVD観てても、これはタイガースだっけPYGだっけ、みたいな。
こんな状況でまともな記事書けるんでしょうか。
しかし、やらねばならんのです。
大恩人の先輩からのリクエストなのですから。もう僕は、fuji様のためなら人の誹り受けて牢屋で死んでもかまいはしない・・・って、だからそれはPYGじゃなくてタイガースやって!

「花、太陽、雨」、サウンド面については、一応色々と、洋楽フェチならではの考察がありまして。
タイガースやジュリー70年代ソロとかもそうなのですが、殊にPYGは、英米で発信されたセンセーショナルな音作りを、瞬時にして取り入れています。タイムラグは1年未満。
ロックバンドとして最先端であろう、という気概が窺えるのです。
60年代末から70年代初頭にかけての音作りは、アフターサイケ時代と言われておりまして、いよいよロックが多様化し、それぞれ枝ごとに進化していくのですね。
「情熱の60年代」だとしたら、70年代は狂乱の時代。何でもアリです。例えば「花、太陽、雨」のイントロ。ある意味、聴く者を不快にさせる(不安に落とし込む)狙いで作られていますが、こういうアプローチがアリになったのがちょうどこの時期で。
突如としてドラムスのフィルインへと続くこのイントロ構成は、プリティ・シングスというバンドの「パラシュート」というアルバム冒頭に、オマージュの源を見ることができます。「パラシュート」は70年リリース、「指輪物語」にイメージ喚起されたという、いわゆる「ロック・オペラ」の名盤。「花、太陽、雨」とのタイムラグはほとんどありませんね。

プリティ・シングスはそれほど有名なバンドではありませんが、いかにも井上尭之さんが好みそうな求道者タイプの音作りをする連中で、デヴィッド・ボウイがこのバンドの大ファンであったことは良く知られています。

もうひとつ重要なのは、ジム・モリソン、シド・バレットといった才能がロックシーンに絡んでくる事により、「ネガティヴなカッコよさ」というスタイルが確立されたのが、ちょうど70年代初頭のことなのです。
彼等の登場がロックミュージシャンに与えた影響は、はかり知れないものでした。ジョン・レノンの過激さ、ミック・ジャガーの猥雑さ、というのがしごく健全に思われてしまったほどです。
彼等には「否定」というキーワードがあります。
社会のみならず、自分の存在をも否定しようとする。ライブに足を運んだ観客をも否定する。それにリスナーがシビレる、という非日常の魅力。
ただ、それ故に彼等は孤独であり、常に戦闘状態でした。80年代になり、「ネガティブ+ヘタレの美学」というスタイル(いや、それはそれで好きですよ僕は)がザ・スミスやアズティック・カメラなどのバンドにより進化確立されるまでは、リスナーからの同情・共感を否定する事でしか、70年代の天才達の生きる道は無かったのです。

長く「花、太陽、雨」と関係ない事を語っているようですが、これは岸部兄さんの詞について、僕の可能な範囲で考えたことなのです。
この詞って、自分に関わる事象を否定する事から入っていきますよね。

よろこびの時笑えない人
色のない花

憎しみだけのさかさまの愛
水のない雨

まずは、すべてを否定しようと試みます。
ところが、感情的には否定できても、対象の存在そのものを消し去る事はできない、という壁が立ちはだかるのです。
花であれ太陽であれ雨であれ、ネガティブな言葉で罵り否定する事はできますが、その意思だけで存在自体が消滅する事はない、と。
楽曲が進行するに連れて詞の内容が、「あなたの愛」も、そんな存在であるのだろうか、花や太陽や雨のように、消えない存在であるのか、あってほしい、という肯定の思考へと変化していくように思えるのですが、どうでしょうか。

最後の最後、「あなたの愛」と「花、太陽、雨」の発音が韻を踏んでる、とか、その辺はもう、言うだけ野暮な事ですね。

一応、僕が考察できるところを書きましたが、本当にこの曲に関してどの程度自分が解釈できているのか、自信がありません。
今回、先輩の皆様には、この「花、太陽、雨」リリース当時のジュリーや、岸部兄さん・尭之さん達がどんな状況にあり、どういう経験をしていたのか、教えて頂きたいと思っているのです。
僕の浅はかな理屈をくつがえすような新しい発見があるかも。
この曲は多くのファンの皆様にとって特別な1曲である、という認識でおりますので、是非ご意見をお聞かせ下さいませ。

乞、逆伝授!

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2009年2月21日 (土)

沢田研二 「届かない花々」

~from「CROQUEMADAME & HOTCAKES」、2004

ようやくこの日がやってまいりましたか。
いえね、この「届かない花々」については、アルバム「クロックマダム&ホットケイクス」購入の瞬間から、いつかブログで語らねばイカン、と思い続けてきたのでした。

何故かって?
もちろん、大好きな曲だから、というのも当然あります。
が、それ以上に。

当ブログに遊びに来ていらっしゃる皆様に、ちょっと謝らなければならない事があるのですよ。その機会が、やっと訪れました。

何度も申しあげている通り、僕は東京ドーム参戦時、90年代以降のジュリーの楽曲知識に乏しく、3分の1程度の演奏曲目については、翌日の新聞記事でタイトルを確認したのでした。
その頃は、世の中にこんなに多くのジュリーファンサイトが存在するとは全く知りませんでしたので、僭越ながらと言うか、無謀な試みと言うか、神をも怖れぬ行為とでも言うのか・・・

「よっしゃ、この俺がドームのセットリスト全曲を網羅したレポートを書いて、世の中のジュリーファンに貢献したる!」

などと、大それた事を考えたのでした。
何をエラそうな・・・今、当時の自分のそんな行為を振り返ると、冷や汗が噴き出ます。
まぁ、そんな大胆な発想が、結果として若手(一応)ジュリーマニアである自分を自ら育てあげた事も確かなので、どうかその辺は寛大なお心で見逃して頂ければ、と(汗)。

とにかく。
例え知らない曲についてでも、極力調査して一言でも良いから書く!
という方針でしたので、まずは新聞(サンスポ)で楽曲タイトルを確認、という作業から始めたわけですよ。
するといきなり、

4曲目「A. B. C.」

とか書いてある(笑)。
オイオイこの記事本当に大丈夫なんだろうな~?
とか思いながらも、他に手立てが思いつかなかったので、いちいちWikiで確認しながら(当時は、知らない曲について、収録アルバムやリリース時期が全く解らなかったため、Wikiでも探しきれなかった曲もいくつかありました)、せっせとレポート書いたんですよ~。

で、東京ドームの記事、アップしたんです。
まぁね、書いたには書いたけど、ブログそのもののタイトルに「ジュリー」とか「沢田研二」とか入ってるワケじゃなし、どのくらいの方々の目に触れるか、なんて考えもしてなかったんですけどね。
まぁ、2、3人の本当に濃いマニアの方が偶然見つけて「なんか暑苦しいヤツがいるなぁ」程度の感想を持たれて終わりかな、と。

ところが。
12月中旬あたりから、なんか徐々に検索フレーズランキングの様子がおかしくなってまいりまして(「瀬戸口 ジュリー」とか「ジュリー 伝授してやる」←笑 とか)、下旬になる頃には、一日のアクセスが3桁超えたりとか。
何だ、これは?
と焦った僕は、その後購入した最近のジュリーアルバムについて、必死でドームレポート記事に加筆していったりとか、勘違い記述を訂正したりとか、なんとかジュリーマニアの先輩方が読むに耐え得るものにしよう、という努力の日々に突入する事になりました。

何でいきなりこんなアクセス集中すんねん!ネットおそるべし!
てゆ~か、バリバリ本名で露出しちまった!こんなん想定外だっての!

未熟な僕は、嬉しいやらビビるやらではありましたが。
まぁ、1月中旬くらいにやっと判明したのですが、どうも主にメイ様としゃん様の所で晒されていたのがアクセス集中の原因だったようです(いや、ありがとうございました。成長させて頂きましたです)。てか、よくお二方とも、こんなブログ見つけられましたねぇ。

え~と、それでね。
なんとかドームの記事も、ジュリーマニアとして通用する形にまで加筆修正できたかなぁ、と思い始めていた1月上旬に、アルバム「クロックマダム~」を購入した僕は、収録曲のタイトルを見て、愕然としました。

届かない・・・・・・・・・・・・・花々

ちょっと待て~!

たぶん、12月から遊びに来て下さっている方々は、気がついてる人も多いとは思いますが、瀬戸口、この瞬間まで、ず~~~っとこの楽曲のタイトルを「届かない花束」だと、勘違いしておったのです。
当然ドームのレポート記事も、アップから1ケ月もの間、その状態で放置されて晒され続けておりました。

当方の調査によりますと、あの記事を「記念に印刷して読んだ」とおっしゃって下さっている有り難い方々が三人ほどおられますが、それらはすべて、

28曲目「届かない花束

と書かれているはずです。
え~と。
今からでもその・・・印刷し直して頂くわけには・・・(汗汗)

ということで。
少し咽の閊えがとれたような。長々とホント、くだらないお詫びにおつき合い頂きましてどうも。
それでは、いつも有り難いコメントを頂いているYUKA様よりのリクエスト、「最近赤丸急上昇」だとおっしゃっておられます、名曲「届かない
花々」、伝授です!

1960年代前半までのロックでは、いわゆる「ロック」ナンバーと「バラード」ナンバーというのが明確に区別されておりました。
その頃の「バラード」というのは、言葉は悪いですが「媚びる」ナンバーでありまして、感情を思いっきり露出して、「ホレ、泣け、泣け」とリスナーに訴える役割を与えられていたのです。それは決して悪い事ではなく、ロックアルバムの中にそういった楽曲をいくつか差し込む事によって、アーティストのステータスを押し上げていたのでした。
ところが、66年以降のサイケデリックブームの中で、「媚びないバラード」というべき楽曲が数多く台頭してまいります。
抒情的というより幻想的。エモーショナルというより、クール。

明確なエイトビートではなく、小刻みにリズムが跳ねて、演奏者は常に3連符を意識。
マイナーコードへ展開して泣きを取るのではなく、トニックのセブンスコードを主軸として意外性を選ぶ、というのが「媚びない」バラードの特徴。

現在の音楽シーンでは、そんな構成のバラード楽曲も多様化し、却って媚びたりもしていますが、「届かない花々」は、徹底的にクールな進行で作曲され、素晴らしくストイックな名曲に仕上がっています。
こんなに感動的なバラードであるにも関わらず、マイナーコードは一切使われていないのです。ハッキリと泣きを狙ったバラード楽曲を否定はしませんが、「届かない花々」のようなナンバーがアルバム収録されてこそ、良質なロックミュージックの醍醐味が味わえると言えます。

全体のコード進行は、キンクスの「FULL MOON」という全く無名な楽曲に代表される、固い感じの構築。あと、白井さんがアレンジの段階で施したものと思いますが、イントロのドラムスとベースのアンサンブルに、正にその頃ロックマニアの間で旬と言われた、ロン・セクスミスというカナダのアーティストの名曲「THESE DAYS」へのオマージュが見られます。どちらの曲も、ストイックな「媚びない」バラードなのです。

ジュリーはそんな楽曲に、幻想的でありながらも非常に前向きな、骨のある強い歌詞を載せました。
この曲のみならず、90年後半からのジュリーの作詞センスの急激な成長には、目を見張るものがあります。

アルバム「クロックマダム~」その他の収録曲につきましては、当ブログ2009年2月3日付の「感情ドライブ」記事をご参照下さいませ。

で、先程述べたお三方・・・少しでも哀れとお思いでしたらどうか・・・刷り直してやってください~。
ちなみにこれ、後に調べましたところ、サンスポさんの間違いではありませんでした。僕が勝手な思い込みで誤って覚えてしまったようです。
「花束」って・・・どっから出てきたんだろ?
おそらく、ストーンズの「DEAD FLOWERS」あたりからの連想だったものと思われます。その節は、大変失礼致しました~。

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2009年2月 3日 (火)

沢田研二「感情ドライブ」

~from「CROQUEMADAME & HOTCAKES」、2004

ジュリーの90年以降最近のアルバムをほとんど知らずに2008年を迎えてしまった、と、当ブログに散々書きまして、先輩方にひたすら頭を下げてきたのですが、逆にそれは僕にとってすごく贅沢な日々を与えてくれました。
次のコンサートのため、勉強!と思い買ったアルバム、傑作。すぐに他のアルバムも聴いてみると、傑作。更にまとめて買う、またこれが傑作揃い。
先輩の皆様が長い年月をかけ、1年ごとに味わってきた感覚およそ10数年分を、1ケ月で体験してしまうという絶頂。こんな贅沢がありますかいな。

その課程で、覚和歌子さんという素晴らしい女流作詞家を知ったり、ジュリーのセルフプロデュースという形態がすごく醍醐味にあふれている事を肌で感じたり(これは、1年ごとのリリースでは解りにくかったのでは?一気に聴いた身としてはそこが一番ラッキーだったかもしれません)と、それはもう、素晴らしい毎日でした。
そうして、最近のジュリーが以前にも増して1にも2にもロックであり、作詞・作曲がこのコンビなら間違いナシ!と自然に頭に叩きこまれてしまったのが、GRACEさんと白井良明さん。

ジュリーのアルバムがロックである、というその証明のような曲ばかりを書き続けているお二人。
僕よりもさらに若い世代にジュリーを伝え広めていく中で、確実に鍵(手がかり)となるのが、このコンビが書いたロックナンバーなのです。

そんな中から今回は、いてまえ隊・しゃん様(御本人の自覚がどれほどかは不明ですが、ジュリーマニアの間ではハッキリ言って今や超有名人。冗談ではなく、近い将来のマスコミ取材対応、心の準備などなさっておく事をお勧めします。決め今2daysで最もブレイクするのは、いてまえグッズである、と僕は確信していますから)より光栄にもリクエストを頂いた、最高にブッ飛んでるナンバーを。
アルバム「CROQUEMADAME & HOTCAKES」より、「感情ドライブ」、伝授!

まず、恐る恐るGRACE姉さんの詞に触れますと、ジュリーナンバーでここまでモロな詞は、他に無いです!敢えて言えば「オリーブ・オイル」くらいでしょうか。
(3月2日註:すみません、ありました。シングル「おまえがパラダイス」のB面曲「クライマックス」!作詞は糸井重里さんです。)
そう言えば、「オリーブ・オイル」は覚和歌子さんの詞ですが、タイトルや内容について、ジュリー自身のリクエストがあり、あまりのキワドさに、覚さんが手綱を締めてこのタイトルに落ち着いた、という話があります。
ジュリー、セルフ・プロデュースの醍醐味は、こんな逸話からも窺えるわけです。
そう考えると、今一番ジュリーの身近にいる作詞家さんと言えば、GRACEさん。ツアーメンバーでもあるのですから、ジュリーと直接話す機会も多いでしょう。
「良明さんがものすごいブッ飛んだ曲を作ったから、ここは是非、全開でブッ飛んだ詞を書いて」
ジュリーからそんなサジェスチョンが、あったのかどうか。
「感情ドライブ」ですよ。この語感をナメてはいけません。野暮な事言いますが、通常ロックで「ドライブ」と言えば9割方アノ方面です。
詳しい内容は、まぁ実際聴いて頂いた方が早いでしょう。と言うより、これ以上は公の場では書けません、残念ながら。

ただ、GRACEさんも、この曲でなかったらここまでは書かなかったでしょう。「感情ドライブ」での白井さんの曲作りとアレンジは、明らかにトランス、倒錯といったイメージを狙っています。
この曲に限らず、白井さんの作曲には独特の個性があって、ガツ~ンと次々に落下していくような転調を得意としています。そしてその特徴故に、楽曲構成をして、Aメロ・Bメロ・サビ、と言うよりは、全く異なった楽曲のヴァースを繋ぎ合わせた2部構成・3部構成と表現したくなります。こう言うと尺の長い楽曲を想像されるかもしれませんが、白井さんの曲は比較的短めのものが多く、その中で構成変化が目まぐるしく現れる、という、まぁこれは失礼ながら一種の変態路線です。

「感情ドライブ」に話を戻し、GRACEさんの詞を合わせて解釈しながら白井さんの狙いを紐解いていきますと、まずAメロ(第1部)、ハードなギターコードリフで押します。ここでは徐々に昂ぶる感情を表現しているものと思われます。この部分では主人公は一人暴走です。
Bメロ(第2部)は、接続を表現。ハードに叩きつける第1部から一転、流麗なメロディーにより、ドライブ相手とのやりとりが見えてきます。
サビ(第3部)では、融合。純粋3部構成のコムズカしい楽曲なら、理屈としてここで曲は終わりですが、これはロックミュージックですので、ここまででようやく1番終了。
すぐに2番に突入するのはナンなので、当然間奏が入るのですが、白井さんはここに官能タイムを導入します。
しゃん様が「この間奏は一体何がどうなっているんですか?」とおっしゃっていた部分ですね。
本当は理屈なんて必要ないのです。間奏でリスナーをトランスさせる、という狙いがハッキリしているのですから、「何だ何だワケ解らん!」と圧倒されながら聴く、というのが正解で。
まぁ、せっかくですので分析しますと、ここはギターリフに合わせて4分の11拍子になってます

譜面だと「4分の4」+「4分の4」+「4分の3」という書き方になるでしょう。最後の「4分の3」の部分は、いわゆる♪ブンチャッチャッ♪というワルツの4分の3ではなく、4分の4の最後の1拍が、強引に削ぎ取られている、という感覚です。
変拍子で有名な洋楽の例を挙げますと、ピンクフロイドの「MONEY」という曲があります。御存知の方も多いでしょう。これは「4分の4」+「4分の3」の7拍子なのですが、最初から最後までカッチリしたギターリフが継続しますので、ギターを追いかけてさえいれば、道に迷うことはありません。
ところが、我等が「感情ドライブ」の間奏はちょっとタチが悪い。
2回し目までは、渋いリムショットに合わせて淡々と進むワケですが、3回し目で他の楽器が噛みこんできたと思ったら、ギターリフがちょっとヤンチャを始めます。
リフの最初の1音が、前のリフの最後の1音と繋がって、1拍前のめりに演奏されるのです。これはシンコペーションと言う技術。
僕は中学時代ブラスバンドをやってましたが、吹奏楽の課題曲は難易度別のランクがあって、シンコペーションの頻度が高い曲ほど、ランクが上がります。中には、主旋律など皆無で、各楽器が至るところでシンコペーションし、その組み合わせで楽曲が成立しているという、ほとんど技術を磨くためだけに作曲されたような課題曲もありました。僕は正直ギブでした。
これ要するに、「感情ドライブ」の間奏は演奏が難しい、という事なのです。ギターリフ弾いてる白井さんではなく、周りで合わせている皆様の方が、です。
そんなわけですので、聴く人は無理に理解などする必要はありません。ひたすら圧倒され、たじろぐよろし!

間奏後の2番は1番と同じ構成ですが、サビのダメ押し後、最後の最後に、オーガズムで終了。
各楽器、ちゃんと「トビタッ」っております。
で、続く曲が「彼方の空へ」・・・って、一体何を考えているんでしょうかこのアルバムの曲順は!

このナンバーの伝授だけで伝わったかな、とは思いますが、「CROQUEMADAME & HOTCAKES」は、完璧にロック一色のアルバムです。「忘却の天才」よりもハードさでは上だと思います。
冒頭の「オーガニック・オーガズム」は白井さんらしい非常にカッコ良いナンバーで、これがシングル。
ドームで演奏された「届かない花々」は収録曲で最も僕が気に入っているナンバーで、一見バラードなのですが、その実サイケデリック期の洋楽へのオマージュがあったり、ロン・セクスミスやアリスタ時代のキンクスが混ざっていたりと、非常に完成度の高い曲。
「カリスマ」「PinpointでLove」では土屋昌巳さんが作曲を手がけ、ジュリーの世界に新たな一面が加わりました。
先に少し触れました「彼方の空へ」は、GRACEさんの詞が先立つ人へ向けたレクイエムなのですが、曲は演奏時間3分にも満たないスッキリした潔いロックで(作曲はジュリー自身)大変好感が持てます。
あと、「G」の覚和歌子さんの歌詞が最高に好きで、「不自由選ぶ、それも自由だ」はもはや僕の座右の銘となっております。

以上、色々ウンチクは並べましたが、一番スゴイのはとにかくヴォーカル!
どれだけ理屈をコネても、最後はジュリーのヴォーカルが、全てを凌駕するのです。
ゴタク並べてる暇があったらもっと聴けぃ!と自分を戒めまして、今日のところは。

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2009年1月31日 (土)

沢田研二「あんじょうやりや」

~from「Sur←」、1995

このブログに遊びにきてくださっている皆様のために何かできないか、と考えまして、新たなカテゴリーを開始しました。
ズバリ、伝授請け負いコーナーです。

他の人が「この曲が大好きだ!」と言っているのを知り、あらためて聴き返してみる、というのは僕自身よくある事です。それまで普通に聴いていたその楽曲が全く違って聴こえ、とても好きになる瞬間って、なんとも言えずイイものです。
そこで!
多くのジュリーマニアの皆様が「この曲、いろんな人にもっとよく知ってもらいたい!」と考えていらっしゃる楽曲を、不肖瀬戸口がこの場を借りて伝授、ジュリーファンの輪を拡げるとともに、今後のライブでその楽曲が演奏されたあかつきには、是非とも全員で盛り上がろうではないか、という遠大なプランであります(本当かよ?)。

ただ、肝心の瀬戸口がまだまだ勉強中の身ですので、全てのリクエストに速攻でお応えするのはなかなか難しい。
できれば2、3曲挙げて頂いた中から瀬戸口が1曲選んで(汗)・・・というスタイルが有り難いです。
なにとぞ御慈悲をお持ち頂きまして、どうかよろしくお願い申しあげます。

さて第一回は、Alice様からのリクエスト。
「最近のお気に入り」とコメントを下さった中から、アルバム「ルーシュ」収録の関西弁ブルースナンバー「あんじょうやりや」、伝授!

関西弁の、かなり悪そうな男がこの歌の主人公。
ちょっと浮気でもしてたのか、はたまた飲んだくれてたのか、それとも博打でもブッてたのか、とにかくある日、その男が朝帰りになりまして、眠らずに男の帰りを待っていた同棲の女性(なんか、正式に結婚していないような気がする、この二人)が、怒り心頭の御様子。
男は、作り話でゴマかすやら、そうかと思えば逆ギレするやら、果ては謝り倒すやらと、手管を重ねて彼女の御機嫌を直そうと努力しますが、一向に効き目がありません。

これねぇ、世の中では結構よくあるケースかと思いますが、何で手管の順序を逆にしないのか、と(爆)。
謝るより先に、まず言い訳してしまうのですね、何故だか。
困り果てた主人公は、遂に最後の手段に出るわけですが、これはジュリーが歌っているから説得力があるわけで、一般男性の皆様は決してマネしないように。最悪の事態を招くかもしれませんので、一応。

そんなクドキ文句が、正当なブルース進行にのっとって歌われます。
ジュリーの楽曲には、8分の6、8分の12譜による正統派ブルース進行のものが多く見受けられます。洋楽ロックでは今尚さかんに採り上げられる進行、楽曲構成です。
ちょっとヒネリがありますが、「奇跡元年」で演奏され多くの方の感動を呼んだ「ヘイ、デイヴ」もそのタイプ。あと、洋楽的解釈度の強い「砂丘でダイヤ」(アルバム「忘却の天才」収録)なども忘れてはいけません。
ブルース進行の楽曲、最大の特徴として「くずしメロ」という重要な要素があります。
言葉の隙間を圧縮したり、伸ばしたりして、歌の感情を表現するのです。ライブで歌う場合では、表現を変えてみたり、より伝わりやすいようにアドリブも必要になってきます。ですからこの手の楽曲は、相当表現力に長けた歌い手でないと、情けないほどにショボく聴こえてしまいますし、また歌い手自身も楽曲を楽しめない、という状況が生まれてしまうのです。
その意味で、ジュリーがブルースナンバーを好んで歌い、見事な表現で聴き手をひきつけている事に、ファンは誇りを持って良いと思います。

少し話がそれますが、瀬戸口は最近になって一応定価で購入可能なジュリーのアルバムを買い揃え終わりました。貴重盤となっていた「HELLO」も、こちらに遊びに来てくださっていたみゆきママ様の大変な御好意により入手する事ができました。これでCD購入については、しばらく様子見の状況になっております。
だからと言って「大人買い期間」が終わったのかというと、そうでもないのです。CDの他にもうひとつ、DVDという素晴らしい作品群が待ち構えているのですね。

「奇跡元年」に感動した僕は、過去の正月コンサートの雰囲気を味わってみたい、という欲求に駆られ、つい最近「祝2000年正月大運動会」DVDを購入しました。この年を選んだのは、アルバム「いい風よ吹け」ツアー直後ということで、「奇跡」を演っているんじゃないか、と想像したからです(瀬戸口はDVD作品についても、できるだけ事前に曲目を把握する事は避けています。タイムリーでライブを観るような感覚で鑑賞したいのです)。
素晴らしい作品でした。
そして、この年のライブでは「あんじょうやりや」が演奏されていて、強く印象に残ったのです。
実際生で観た方も多くいらっしゃるかと思いますが、ここでの「あんじょうやりや」のエンディング、凄いですよねぇ。
最後の歌詞「俺の目見ぃや♪」の後、客席に向かって、本当にクドいているかのように
「見ぃや、な?」「な?」「な?」
と、スゴイ表情で何度も何度も語りかけます。
男の僕がDVDで観て背筋に電気走ったくらいですから、生で、実際にその場でこのシーンに出くわした女性ファンの皆様は、エライ事になっていたのではないですか?
感電死寸前、それこそ蛇に睨まれたカエルのように、カチカチに固まってしまっていたものと思われます。

御機嫌直すどころの騒ぎではない、と。

「あんじょうやりや」、僕もいつか生のライブで聴いてみたい曲のひとつです。
そしてこれは、かなり可能性が高いような気がしているのです。その日が今からとても楽しみです。

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