瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!

2017年11月 1日 (水)

沢田研二 「STEPPIN' STONES」

from『告白 -CONFESSION-』、1987

Kokuhaku

1. 女びいき
2. 般若湯
3. FADE IN
4. STEPPIN' STONES
5. 明星 -Venus-
6. DEAR MY FATHER
7. 青春藪ん中
8. 晴れた日
9. 透明な孔雀
10. 護り給え

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ジュリーの全国ツアーも進化しながら順調に進んでいるようで、いよいよ明後日が松戸公演!というところまで来ました。
秋も深まり(と言うかもう冬なのか?)朝晩冷え込んできましたが、みなさま風邪などひいていないでしょうか。僕は先週完全にこじらせてしまいましたが、なんとか松戸公演の前に体調を戻すことができました。

で、松戸公演の前日・・・つまり明日には、以前からお知らせしているBARAKA・20周年記念LIVEもございます。残念ながら僕は仕事で参加できませんが、カミさんが応援に駆けつけますし、ジュリーファンの先輩の中にも何人か参加される方を知っています。

Baraka3

依知川さんはBARAKAのフォーラム、翌日がジュリーの松戸と連日のステージとなりますね。
いずれの会場も大成功、大盛況となりますように。


さて今日は、ジュリー50周年記念LIVE”セットリストを振り返る”シリーズ第4弾として、前回に引き続いてのCO-CoLO期、ジュリー作詞・作曲による名シングル「STEPPIN' STONES」をお題に採り上げます。
「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」同様、僕としては特に「勉強途上」を自覚している時期の作品です。無知故の至らぬ点も多々あるかと思いますが、今のベストを尽くして考察記事を書いてまいります。
枕もそこそこに、伝授!


①山あり谷あり・・・されど「光」あり!

30代の後半って、ジュリーのような特別な人に限らず僕らのような一般ピープルにとっても、それまで続けてきた仕事で「正念場」「過渡期」「踏ん張りどころ」を迎え、もがき悩むと同時に、自分自身の才覚と行動を以ってそれを乗り越えようとガムシャラに頑張る・・・多くの「仕事を持つ人間」の人生においてそんな時期なのではないでしょうか。

ジュリーとは比較にならないくらいの低いレベルだけど、僕も40才になる直前はそうだったなぁ。
色々な選択肢が見える中で、僕の場合は「なんとかしてスキルを上げてこのまま同じ仕事を続ける」ことを頑張って乗り越えたわけだけど、人によっては変化と可能性を求めて違う世界の仕事に飛び立つパターンもあるし、「ガムシャラ」の方向性は人それぞれ。30代後半のこの時期にどれほどガムシャラになれたか、は後々の人生に大きく影響してきます。
まぁそんなふうに振り返るようになったのは、つい最近なんですけどね。

ジュリーはいつの時代も全力、入魂の姿勢を変えませんが、「乗り越えよう」とするガムシャラがハッキリ見えるのは、やはり30代後半のCO-CoLO期。
それがそのまま自作曲として反映されたシングルこそ「STEPPIN' STONES」だと僕は考えます。

今ツアーのMCではこれまでの歌人生を振り返って「山あり谷ありだった」と語ることも多いジュリー。
僕などは後追いの新規ファンなので、ジュリーの「正直過ぎる」(と感じる)MCにはいまだに驚いたりドキドキしたり、ということもあるんですけど・・・。

ジュリー自身の「谷」の想い出のひとつ、なのでしょうか、先の広島公演で「バンドメンバーの意を汲んで一度小さな会場でやってみたけど・・・」と話をしてくれたそうです。ジュリーは大きな会場で、自分のファン以外のお客さんも混ざっている中で歌うのが好きなんだ、と続けて今後の決意を語ってくれた、と
僕は詳しいことは分からないのですが、その「小さな会場」って正に今日のお題「STEPPIN' STONES」を歌ったという、このステージのことなのでしょうか?


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『不協和音 Vol.6』より。今日の記事は文脈に沿う形で、これがそのままオマケ画像コーナーとなっております~。


実際のステージがどんな感じだったのか・・・想像すら難しいのですが、僕は『INKSTICK』を観ている先輩方を心底羨ましいと思います。たとえジュリーが「小さな会場」に気乗りしていなかったとしても、それは素晴らしい「LIVE」だったんだろうなぁ。
そして、そこでのジュリーの歌、ステージの素晴らしさを「STEPPIN' STONES」というシングル曲の考察を以って後追いすることは可能ではないでしょうか。

めざす道にかすか見える光 虹色
D                                  C       D

夜の奥で拳かざす 髪を清めて
D                             C       G

祈る言葉も響かない 静かな日々に別れ告げ ♪
A                            G                           A7

苦境の中でベストを尽くす・・・本当に難しいことだけれど、そこでガムシャラに頑張るだけなら僕らにもなんとかできなくはない。でもジュリーが凄いのは、しっかり「虹色のかすかな光」を見据えていたこと。
誰にでもできることではありません。
その「光」を遂にジュリーが手にしたのが還暦の『ジュリー祭り』だったのだ、という少し前までの僕の考えは、単に自分のファン歴に無理矢理こじつけていたんだなぁ、と反省し畏れ入ったのが今年の50周年ツアー。
とにかく僕は今回初めて「STEPPIN' STONES」を生で聴きましたのでね。やはり生歌を聴くと、楽曲の解釈もずいぶん変わるものです。

ヒシヒシと感じたのは、ジュリーの「継続する(Keep on running)」力の尊さでした。
「夜の奥で拳かざす」ような時期は、人生を振り返れば誰しも(特に男性は)覚えがあるはず。
ではそこでどうするか。祈るだけでなく行動しよう、自分の力で何かやろう、と。
ジュリーにとってそれが歌を作り歌うことだったわけで、今もずっとそれは継続していて。
ゴールを決めない、妥協しない、迎合もしない、というのは本当に強い人にしかできないことで、ましてやそれをひたすら続けるなんてねぇ。何度も書きますが、あれだけの才と実績を誇る人が「地道に一生懸命努力し続ける」ことを大切にしている・・・僕はそんなジュリーにどうしようもなく惹かれます。
普通の人は、いつもぬくぬくとしたお湯に浸かっていたいと思うものですよね。でもジュリーはそういう道は選ばない、と。

実は、僕が「STEPPIN' STONES」のジュリーの詞の素晴らしさを実感できるようになったのは、ほんのここ数年のことでして(恥)。
最近はそういうことも少なくなりましたが、僕の場合はまず「自分の持つ引き出しと照らし合わせる」聴き方をしてしまう傾向があり、「STEPPIN' STONES」についてはその点で詞よりも強烈なインパクトがあったものですから、却って曲全体の本質を把握できなかったのだと思います。
数年前までの僕はこの曲をどのように解釈し聴いていたのか・・・甘い考察だったとは言え「間違い」でもなさそうなので、次チャプターではおもにジュリーの「作曲」の面からそのあたりのお話をしてみましょう。

②「ローリング・ストーン」と「ステッピン・ストーン」


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今日の参考スコアは当然『不協和音 Vol.6』。残念ながら五線譜ではなくコード付歌詞の表記ですが、貴重な資料です。


僕が「STEPPIN' STONES」を初めて知ったのは、前回お題「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」と同時です。
ただし、聴いた瞬間にジュリーの自作詞に魅せられた「アリフ~」と違い、当初「STEPPIN' STONES」の詞については軽視していた・・・これは先述の通り。
僕が真っ先に見つけた「STEPPIN' STONES」の魅力とは、「この曲のジュリー、ミック・ジャガーにそっくり!」という洋楽フェチならでは、そして「映像から先に曲を知った」という後追いファンならではのものでした。

CD音源だけで明快にミック・ジャガーを見出すことのできる「お前は魔法使い」に対し、「STEPPIN' STONES」はレコーディング音源についてはさほどミック・ジャガーの影響、ローリング・ストーンズへのアレンジ・オマージュは強く感じません(個人的に石間さんのギターはストーンズ脱退後のミック・テイラーという印象)。
スタジオLIVEでせり上がるようにして熱唱するジュリー、そのアクションがミックっぽいわけですね。

とは言え、ジュリーが作曲段階で相当ストーンズを意識していたことは間違いないでしょう。
サビでトニックから連なるロックンロール王道のスリーコードにトーキング・スタイルを織り交ぜた抑揚のメロディーを載せるあたりは、「ひとりぼっちの世界」で確立したストーンズ独特のグルーヴ・パターンですし、なにせタイトルが「STEPPIN' STONES」。
CO-CoLO時代のインタビューではストーンズに言及していることの多いジュリーです。前回書いた「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」では「どんなメロディーが自分の声に合っているのか」を突き詰めていたのが、翌年のこの自作曲では「自分はどんな曲が本当に好きなのか」を突き詰めたのではないでしょうか。
「大好きなストーンズみたいな曲」をとっかかりのコンセプトとして生まれたシングルが「STEPPIN' STONES」だったと僕は推測します。

重要なのは「ローリング・ストーンズ」転じて「ステッピン・ストーンズ」の発想。
以前何かの記事でも書いたことがある通り、「ローリング・ストーン=転がる石」なるフレーズには「とるに足らない存在」という意味合いがあります。
かつて栄華を極めた人物が奈落の底に転落し、誰からもその存在を気にもとめられなくなる・・・「どんな気分だ、転がる石のような今のそのザマは?」と歌ったのはボブ・ディランですが(「ライク・ア・ローリング・ストーン」)、ジュリーは「いや、それは傍から見てる奴の言い草だろう」と言わんばかりに、「ステッピン・ストーン」なるフレーズを考案。このタイトル・フレーズがジュリー自らの行く様、歌人生を表現していることについては、先輩方も異論の無いところでしょう。
(ちなみにこの曲、ジュリーはストーンズだけどCO-CoLOはディラン、というのがレコーディング音源初聴時の僕のイメージ。ゴスペルっぽいコーラスも、70年代末から80年代にかけてのディランを想起します。以前も書きましたが、僕がジュリーの曲にディランを重ねるのはCO-CoLO期のみです)

ここからは最近の考察となりますが・・・ジュリーは何を置いても歌う、どんな状況でも歌う、例え世間からは谷底へ転がり落ちる石のように見える状況(三流紙お得意の「浮き沈みを論ずる」対象となることもそのうちのひとつでしょう)であろうとも、ジュリー自身の感覚は「Keep on runninng」なステッピン・ストーン。
歌い続ける限りはそうであると。

不思議なことに、今ツアーで生体感した「STEPPIN' STONES」を歌うジュリーに、僕はまったくミック・ジャガーの影を見なかったという・・・髄までジュリー、ジュリー以外の何者でもない歌だなぁ、と思ったわけです。

さあ我を忘れて さあ肌を立たせて
G           D        G             D

さあ遥か見つける HALLELUJA ♪
G             D                   A7

1番のみのショート・ヴァージョンなので今ツアーではこの2番の歌詞までは聴けないんだけど、歌詞その通りのジュリーが今確かにそこにいます。
虹色の光はもう「かすか」ではなくハッキリ見えていて、ジュリーの身を纏っていますね。

「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」「CHANCE」ともども、ジュリーは今回のステージでCO-CoLO期の名シングル群でのお客さんの盛り上がりをひときわ嬉しく思っているように見えます。
これを機に、来年以降CO-CoLOナンバーのセットリスト入り率が上がっていくことを期待したいです。

③『NISSAN ミッドナイト・ステーション』より ジュリーA面ベストテン(後半部)

ここでは前回記事の続き・・・「シングルA面」ということだけにあやかりまして、82年放送のラジオ音源『NISSAN ミッドナイト・ステーション』から特別企画『ジュリーA面ベストテン』の後半部をお届けいたします。
まずは第4位から2位までの発表。


4位「コバルトの季節の中で」(168通)
3位「勝手にしやがれ」(190通)
2位「時の過ぎゆくままに(221通)

「コバルト」、これが4位ってのは予想外でございましたね、うん。まぁひょっとしてベストテンの中に入るかなとは思っておりましたが、こんなに上位に食い込むとは。大健闘でございますね。
今年は秋になってからも暖かい日が続いたりなんかして、やっと今「秋」という感じでね。ちょうどこの曲が合うのかな、とそんなことを思ったりなんかしたんですけれども。
まぁ「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」というのは順当なところではなかろうかと思いますが、しかしこうなると1位は何でございましょうか。


と勿体つけるジュリーですが、その第1位の発表の前にここで少しの間、僕としてはかなり興味深い、なるほどなぁという話をしてくれています。

しかし、(シングルを出す時に)A面を選ぶっていうのもね~、本当に難しい作業なんですよね。
まぁ、割とここんところ(最近)は、「シングルだから」というような、いわゆる「大衆にウケなければいけない!」ということでもって、ある種の迎合と言いますかね、そういうものはとんと無くなってきまして。どんどんどんどん突っ走れと。新しいのがイイんだ、というようなね、沢田研二のA面に関しては、そういう具合になってきました。
だから、「こんなのが大衆に受け入れられるのか?」というようなね、今の「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」みたいなああいうサウンドが、大衆の中にこう、すんなり入っていくっていうのは凄いことだ、と言ってくれた評論家の人達もいたくらいで。
やっぱり、大ヒットするような曲を見ますと、サウンド的には「新しいと売れない」みたいな、逆にね、そういうところもあるでしょ。あみんの「待つわ」にしても別に「新しさ」っていうものは(サウンドについては)無いんだけど、歌詞の中にはそういうね、女心のね、あんたがフラレるまで待つわ、というような、(大衆に)引っかかるところがあるわけで、あれは歌詞で売れたんじゃないかな、と僕は分析してるんですが(笑)。

とにかく僕の場合はサウンド面、バンドを従えてのサウンドということもあったりなんかして、必ずこう、大きなヒットになるっていうのは過去見てまぁ、例えばレコードの売上が1等賞になったのが「危険なふたり」「追憶」「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「カサブランカ・ダンディ」と、こういう具合に、この1等賞になった(5曲の)中には「重なったパターン」ってのが無いわけね。
だから、独自のパターン、5つのパターンっつうのがあるもんかと。この5つ以外のもの(パターン)でヒットを出さなきゃいけないっていうことで、その後ず~っとやっとるわけだよね~。
でも、まぁしかしねぇ・・・ほんっとに最近は、ヒットを生むというのは・・・え~~~・・・・痛みを感じますなぁ、うん(笑)。
何度も何度も言うようではございますが、これだけヒット曲があるっていうのは本当に嬉しいことでございますね。

で、ここでね、1曲聴いて頂きたい曲があるんですけれども・・・ソロになってからの最初のヒットなんですよ。
レコード大賞の方でもね、歌唱賞に初めて選ばれて、昔は歌唱賞ってのは5人選ばれたんですよ。その中から最優秀歌唱賞ってのがまた選ばれてたんですけれども、今は「金賞」って言って10人選ばれる。倍になって値打ちが薄なった、って感じがするんですけど、まぁそんなことで、初めての歌唱賞受賞曲でもございました、「許されない愛」。これを聴いて下さい。


「許されない愛」オンエア

これは、1972年。ロンドンで録音して、LPの中に入ってた曲なんですけれども、まぁ、周りの、正論を仰る人達の反対を押し切って出したら、当たったというやつなんですね(笑)。
だから僕はやっぱり、結局は「冒険をしないとイカン」ということなんやね、最後まで。うん、そう思っております。


ジュリーのアルバムの中で『JULIEⅡ』が一番好き、という僕にとって「許されない愛」は格別に思い入れのあるシングル曲(リアルタイムで知っていたわけではないのですが)。でもなんとなく「アルバムの中の1曲」としての評価の方が高くて。
ジュリーの話を聞き、やっぱりそうかと思いました。
シングル・カットの話が最初からあったのではないのですね。会社の上層部の難色を、おそらくジュリー本人や加瀬さん、池田さんあたりが押し切ってシングルとして出して、それが大当たりしたと。
それで、以前から知っていた「会社が”許されない愛”大ヒットのご褒美としてジュリーのセルフ・プロデュース・アルバム製作(『JULIE Ⅳ 今、僕は倖せです』にGOを出した」という話にも繋がります。
いやぁ、勉強になりました!


さて!残る1曲(第1位)は何でございましょうか。
大好きなのに(まだ)かかってないという、あの曲でございますよ。あなたの予想とピッタシ行きますかどうか。

第1位「ス・ト・リ・ッ・パ・-」(253通)


というわけで1等賞は「ス・ト・リ・ッ・パ・-」ということでございましてね、うん。そうか~。自分で作った曲でございますからね、嬉しいんですが・・・何が(良くて)1位だったのかなぁと色々分析しておるんですがね。割と最近(の曲)である、ということと、エキゾティクスとの最初の仕事でもあったし、それから、テレビなんかの出方が結構派手に、「ヒラヒラ巻物」が印象的でもあっただろうし、というね。色んなことが考えられるわけでございますけれども。
エキゾティクスのファンの人達の票も入ってる(笑)、という、そんな分析もしておりますね。


82年という時期を考えますと、ファン投票の1位が「ス・ト・リ・ッ・パ・-」というのは当然に感じます。
ジュリーも「そうかそうか~」と満足げですが、最後にひと言だけボソリと


「ス・ト・リ・ッ・パ・-」・・・なんでもっと売れなかったのかなぁ?なんて思ったりもするんですが。

と。
「ス・ト・リ・ッ・パ・-」は実際のセールス・ランキングでは「1等賞」に届かなかったのですね。少年時代の僕の記憶では「すごく売れている」印象なのですが。


さて、このリスナー投票のA面ベストテン企画、今実現したらどうなるんだろう、とどうしても夢想してしまいますが・・・順位は大きく変動するでしょうね。第1位の本命は「そのキスが欲しい」ではないでしょうか。
そんな中、この当時と変わらず「コバルトの季節の中で」は上位に食い込んでくるはずです。

ちなみに先輩方の多くは覚えていらっしゃるのでしょうが、この『ジュリーA面ベストテン』の前回放送では『B面ベストテン』も開催されています。
これがまた面白い!
いずれシングルB面曲のお題記事の際に書きたいと思っておりますので、気長にお待ちくださいませ。


では次回更新は、松戸公演のレポートです。8月の大宮以来のジュリー・・・待ち遠しかったです。

今回はYOKO君も含め音楽仲間(&その奥様2名)を誘い、総勢7名での参加。
この人数だとどんなふうにチケットが来るんだろう、と思っていたのですが、前後2列に3名、4名ずつで固まるパターンでした。
YOKO君が「DYNAMITEの真後ろ希望」と言っておりまして、どうやら彼は今セットリスト中で熱烈推しの「STEPPIN' STONES」のイントロで後ろから僕の首を絞めようと企んでいるらしい・・・なんとかその着席配置だけは避けたいです(笑)。
1階の、前過ぎず後ろ過ぎないセンターブロックということで、初めてのジュリーLIVEとなる面々を引き連れて参加するには絶好の席を頂けたと思います。
皆のビビッドな反応、感想が楽しみです。

50曲すべてのレポを書くとひと月かかってしまうことが分かっているので、何か別のスタイルで、とは考えていますがまだ具体的なことは決めていません。
こればかりは、実際終わってみないとね~。
何はともあれ、気合入れて行ってまいります!

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2017年10月18日 (水)

沢田研二 「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」

from『ROYAL STRAIGHT FLUSH Vol.3』
original released on single、1982

Royal3

1. どん底
2. きめてやる今夜
3. 晴れのちBLUE BOY
4. 背中まで45分
5. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
6. ”おまえにチェック・イン”
7. 麗人
8. ス・ト・リ・ッ・パ・-
9. TOKIO
10. サムライ
11. 勝手にしやがれ
12. あなたへの愛
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みなさま大絶賛のフォーラム公演の後、先の土日にジュリーの50周年記念ツアーは”プチ関西シリーズ”の奈良、三田の公演を終えました。
この三田公演の評判がまた大変良いのですな~。
ジュリーとお客さん双方がどんどん高め合い、暖め合う素晴らしい雰囲気のステージだったようで・・・僕は参加していないので実感は沸きませんが、小さな会場での名演は、昨年で言えば三木公演のような感じだったのでしょうか。フォーラムともども、体感されたみなさまを羨ましく思うばかりです。
今日の新潟はどうだったでしょうか。

さて、前回からスタートした今ツアーの”セットリストを振り返る”シリーズ。今日のお題は超・有名曲「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」です。
セットリストの佳境、この曲で一般ピープルのお客さんも完全に巻き込み、直後に怒涛の「愛まで待てない」→「ROCK'N ROLL MARCH」→「そのキスが欲しい」の流れへと繋がっていく・・・重要な位置に配された大ヒット・ナンバー。次回参加、松戸公演に誘っている音楽仲間達も絶対に知っている曲で、反応が楽しみです。
新規ファンの僕が最近になって知ったこの曲にまつわる逸話も多く、またまた大長文となるやもしれませんので枕もそこそこに・・・僭越ながら伝授!

①「6番目」の解釈、意味づけ・あれこれ

まずはこの摩訶不思議な楽曲タイトル「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」・・・「何故”6番目”なのか」についての諸説様々な解釈を考えてみたいと思います。

とは言っても「6番目」なるフレーズには「特に意味は無い」という事実、先輩方ならご存知ですよね。僕はそのことを今年になって勉強した『歌謡ベストテン』のラジオ音源でのジュリーの話で初めて知ったのでした。
しかしジュリーファン以外の一般のリスナーが、特によく知られているこの大ヒット・シングルのタイトルについて、当時から現在に至るまで「どういう意味だろう」と考えてみる、というのはごく自然なこと。数え切れないほどの解釈が世に存在するのでしょう。
まずは82年秋から冬にかけ『ザ・ベストテン』で毎週のようにこの曲を聴いていた若き日のDYNAMITE少年がどう考えていたのか、から書いていくことにします。

僕の場合は、「6番目」=「第六感」と推測しました。
確か曲と同時期、もしくはその少し前だったかもしれませんが、『霊感・ヤマカン・第六感』というテレビ番組を時々見ていて、そこから連想したのだと思います。
人間の基本感覚である「五感」、加えて選ばれし人だけが持つ超常能力としての「第六感」。後にジュリーがズバリのタイトルで98年にアルバム・タイトルとしたこの言葉は、「科学的な説明はできないけれど、感ずる当人にとっては何よりも確かな”誠”の感覚」といったところでしょうか。
今年のツアーではそのアルバム『第六感』から、名曲「永遠に」が歌われていますね。

幼い頃からSFやミステリーが大好きだった僕は、「特殊な超常能力の持ち主であるミュータント(エスパー)の、その能力故の孤独」を扱ったような小説もたくさん読んでいましたから、「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」とはそうした「特殊な人間」の苦悩(憂鬱)をテーマにした曲であろうとの解釈に至ったわけです。
例えば「ミュータントもの」で考えるなら、どんなに素敵な恋人であろうと相手の心が完全に読めてしまっては、そりゃユウウツにもなるわな、という。
その解釈は、テレビで観る妖しく神秘的なジュリーのルックスとも自然にリンクするものでした。

「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」なるタイトルについて僕のこの考え方は、おそらく多数派だったんじゃないかな。
それとは別の、僕などでは想像もできないような様々な少数派解釈もあったはずで、何と言っても有名な曲ですから、今に至るまで多岐多様な解釈の拡がりが継続し、世に存在しているのではないでしょうか。

その中のひとつ・・・ここでご紹介したいのは、「歌詞(タイトル)解釈」というのとは少し違いますが、某病院の仲○和正医師による「老人の鬱病」総説です。
これは以前、J先輩から教えて頂いていた論説で、仲○先生がが3年前に発表されたもの。本文こそ専門的で難しい内容ですが、冒頭にジュリーの「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」の紹介があり、歌詞の引用が登場します。
原文のまま書き出しますと


昔、沢田研二(ジュリー、66歳)の「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」(三浦徳子作詞)という歌がありました。家内の友人がジュリーのファンで毎年欠かさずコンサートに行ってるのですが、ジュリーが「75歳までコンサートやるぞ!皆いいか!」と言うと「オー!」とおばさん、おっさん皆で総立ちで歓声を上げるのだそうです。

という「掴み」に始まり


6番目のユ・ウ・ウ・ツ」の歌詞は次のようなもので、大うつ病(Major Depressive Disorder)の診断クライテリアのうち6つ満たします。5つ以上で「うつ」確定です。

「毎日僕ねむれない(不眠)やるせない(焦燥感)
毎日僕生きてない(無価値感)愛せない
あなたを抱いても 誰かを抱いても ユ・ウ・ウ・ツだよ(喜びの消失と憂鬱感)」
「もっと血を流してみたい 見知らぬナイフに傷つけば そこはmisty zone(自殺念慮)」

特に、「誰かを抱いても、ユ・ウ・ウ・ツだよ」こそは、鬱病の中核症状(core symptom)である2大症状、すなわち喜び・興味の消失(anhedonia)と憂鬱(depressed mood)とを含んでいます。
中核症状を忘れたら「誰かを抱いてもユウウツだよ」と歌ってみれば良いのです。だけど、この歌は、歌詞は鬱っぽいけどリズムが良くて歌うと元気になると思います。

「6番目」のタイトルをヒントと捉え、鍵となるフレーズを歌詞本編の中から6つ拾い上げる、という考察。正に理系ならではの着眼で、純文系の僕には到底思いもつかない斬新な切り口。面白いですね~。
そう、確かに暗い、危険な感覚の歌詞なのです。でも「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」という歌は歌うと元気になる・・・先生の仰る通りではないでしょうか。

こんなふうに、本当は「特に意味は無い」のだとしても、「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」は聴き手の数だけ自由に内容を紐解ける懐の深さがあります。まるで謎解きをしているかのように楽しめるミステリアスな名曲・・・その意味で数あるジュリー・シングルの中でも唯一無二、素晴らしい「大ヒット曲」と言えるでしょう。
みなさまは、それぞれどのような「6番目」の自由な解釈を思い浮かべるでしょうか。

②謎解きの楽しさは歌詞(タイトル)のみにあらず!


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続いて楽曲全体の考察ですが、この名曲の「謎解き」の楽しさは歌詞(タイトル)にとどまらず、様々なポイントでミステリー感が満載!です。

最も基本的な「謎
」と言えば、あの印象的な「擬似・女声コーラス」ですね。
サビにも負けないインパクトがあって、幼い子供達の琴線にも引っかかる重要なパートですが、じゃあその声が実際何と歌っているか、という。

僕自身は今でこそ「I don't need your love at all♪」の認識は持っていますが、いつ頃「正解」を把握したかは我が事ながら不明。確かなのはこの曲が大ヒットしていた当時はまったく分かっていなかった、と。
謎は謎のまま残しておいて、テレビのジュリーを観ながらあのコーラスを楽しんでいました。
今でもハッキリ覚えていますが、当時DYNAMITE少年が通学の自転車に乗りながら口ずさむこの曲は必ずコーラス部で、言葉の意味などまるで意識せずに

あどみちゃ、らばほ~、らばほ~、らばほ~
あどみちゃ、らばほ~、らばほ~ほ~、hoo!


と歌っていましたねぇ。
って、計算してみたら僕は「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」が流行っている頃にはもう高校1年生になってるぞ・・・。そんなアホだったのか僕は(笑)。
英語の成績は悪くはなかった筈ですが・・・まぁ、学校の勉強と人生現場の実践とはまた全然別の話、ってことなのでしょうな~(←言い訳)。

続いて「音」の面。これね、「この曲のオリジナル・キーは?」という大きな謎があるのです。
82年にリリースされたオリジナル音源のキーは、「ホ短調とへ短調の間」、つまり一番最初の和音で言うと「ミ・ソ・シ」なのか「ファ・ラ♭・ド」なのかが曖昧。この曲は最初から最後まで「鍵盤には存在しない」微妙にズレた音が鳴り続けているんですよ。こういうマスタリングって、ピッチ・コントロールのマスターテープ録音の時代には時折あるんですが、絶対音感をお持ちの方々にはどんなふうに聴こえるのかな。
要は、楽器と歌すべてのトラックをレコーディングした後にピッチをいじってミックスダウンしているわけですが、元がヘ短調の録音であればピッチを下げて(テンポを遅くして)、ホ短調の録音であればピッチを上げて(テンポを速くして)処理しているということ。

手元には、同い年の男性ジュリーファンの友人がコピーしてくれたこの曲の貴重なバンドスコアがあり、そこでは♭4つのヘ短調(Fm)での採譜となっています。


Yuuutu


でも僕は、この曲は元々ホ短調(Em)でレコーディングされていた、と解きます。
根拠はジュリーのヴォーカル。よ~く聴き込むと、この曲のジュリーは当時の地声より少しだけ高い、細い声で歌っているように感じませんか?
つまり、一度ホ短調で完成したテイクがあり、その後から(おそらく加瀬さんあたりの)「もうちょっとテンポを速くした方がいいんじゃない?」との提言を受け、ピッチを上げてミックスダウン作業に移行した、という推測ですね。
この謎解き、僕は自信ありますよ。ですので以下の考察はすべて、参考スコアとは違うホ短調のコード表記とさせて頂きます。

SFやミステリー小説は、物語導入からしばらくは一見関連性の無いいくつかのエピソードが描かれ、それが物語が進むに連れて密接に関わり絡み合い「謎」が一気に収束していく・・・そんな醍醐味があります。
「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」で西平彰さんが作り上げた楽曲構成は正にそれ。Aメロ、Bメロ、そしてサビ。それぞれ別の曲から持ってきたようなヴァースが見事に絡み合い進行していくディープ・インパクトは、ジュリー・シングルの中でも抜群の構成力を誇ります。
次チャプターでラジオでのジュリーの言葉を借りて書きますが、この「新曲」のキャッチ・フレーズは「クラシカル・ニューウェイヴ」。その心は、「新しい魅力もあれば、古い(懐かしい)魅力もある」曲なのだと。
言われてみますとAメロは

泣きたいときにはいつも
Em7        Bm7          Am7   Bm7

聖母のほほえみで・・・ほら
Em7    Bm7        Am7    D

レースのハンカチーフ 僕に差し出すよ
Am                           Em

できすぎた  恋人さ ♪
G         D(onF#)  A


(う~ん、こりゃ主人公だけじゃなくて相手の恋人もテレパスという状況でしょうか笑)

コード進行も歌メロも、懐かしき歌謡曲黄金時代・・・ジュリーで言えば阿久=大野時代の雰囲気。ミディアム・テンポの艶やかなヒット性を感じます。
それがBメロになると突然イ長調に転調して(ホ短調でも違和感の無い「A→G」を一度経て、「あふれすぎて♪」の「D」がサブ・ドミナント、「いるよ♪」の「A」でようやくトニックという仕組みですから、ここは転調に気づかず聴いている人も多いと思います)「ビート」感がハッキリと出てきます。
続く強烈なサビ。このサビに繋ぐ(ホ短調に舞い戻る)瞬間の進行がまず斬新過ぎます。

この部屋は暖かすぎる まるで safety zone ♪
A             G           D            A

この1行、最初「A」と最後の「A」の鳴りが、同じ和音なのに全然違う・・・こんな戻り方、聴いたことないですよ(西平さんのメロディー展開の素晴らしさ故です)。
しかもジュリーの「safety zone♪」があまりに妖しく美しく、盛り上げ感が凄い。「さぁ、サビ行くぞ!」と煽られた聴き手はワケもわからずサビの「ハッ!ハッ!ハッ!」までグ~ッとそのまま引っ張り込まれるという・・・ミステリー・パズルの完璧な収束ですね。

このシングル盤、ジュリーは自作曲をA面にするつもりでいたのを(「ロマンティックはご一緒に」のことでしょうね)、西平さんの「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」と入れ替えられた・・・「彰に負けた」と当時ジュリーがよく話していた、と先輩から教えて頂いたことがありますが、これほどの曲が出来たからにはジュリーも「これはイケる!」と納得のA面リリースだったのではないでしょうか。

で、先程レコーディング後のテンポ・アップの話をしましたが、Aメロについては元々のテンポ(キー)がしっくりきて、それで録音したと思うんですよ。
出来上がってみたらあまりにBメロとサビのビートの説得力が凄いので、それを生かすために「全体のピッチを上げる」アイデアが生まれたんじゃないかなぁ。

長くなってきましたが(汗)、蛇足ながら、もうひとつだけこの曲の「謎」の話を。
これは僕の長年の「うっかり」で、実はこの記事を書き始めてからようやく氷解したという、無知なヒヨッコならではのくだらない「謎」なんですが・・・。

「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」って『ROYAL STRAIGHT FLUSH Vol.3』の5曲目に収録されているじゃないですか。僕は「せっかくの特別な編集盤なんだから、「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」を6曲目にする気の効かせ方ができなかったのかいな」などと考えていました。
今回の記事で冒頭に収録曲目を書いていて・・・「あっ、これ”新しい”曲順に並んでるんだ!」と。
気づくのが遅い、話にならんぞDYNAMITE!
このルールはポリドール期の『ROYAL STRAIGHT FLUSH』3枚の中で『3』だけのものですから、今まで完全に見落としていました(恥)。
それでラストが「あなたへの愛」なんですね・・・。

③『歌謡ベストテン』よりジュリー・インタビュー

ここでは、僕が今年勉強したラジオ音源の中から、シングル「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」リリース直後の『コーセー・歌謡ベストテン』での話をご紹介です。

当時テレビはベストテン形式の番組全盛期ですが、同形式のラジオ番組もあったんですね。『歌謡ベストテン』・・・恥ずかしながら知りませんでした。
「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」をリリースしたばかりのジュリーがゲスト出演し、色々とお話をしてくれた回のこの音源を、僕は最近になって勉強したばかり。
全編書き起こしてみましょう。



- ツアーが始まりまして、今日静岡なんですけれども、出発前の大変慌ただしい時にお邪魔をしまして、どうもすみません。

J 「いえいえ」


- 新曲の方が・・・今年最後のシングル盤になりますね?

J 「たぶんそうだと思いますね。まぁこの調子でいきますと、(年内この曲で)持つと思います(笑)」


- 「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」、今大ヒット中で『歌謡ベストテン』では今週第7位なんです。

J 「ああそうですか。ありがとうございます」


- この曲を初めて聴いた時、ものすごく印象的で、不思議な世界に惹き込まれるみたいな感じがしたんですけど。パンクっぽい、と言うのか・・・(本人としては)どういう曲なんですか?

J 「まぁね~、パンクっぽい雰囲気もあるし、ファシズム的な匂いもしないでもないし、クラシカルな面もあるし、ってんで・・・スタッフなんかも相談して、キャッチフレーズは「クラシカル・ニューウェーヴ」っていうね。古い部分もあって新しい部分もあって、ってそういう感じの曲にしたつもりなんですけどね」


- ”6番目”ということにはあまり意味は無いそうですね。

J 「タイトルを決める時に結構苦労したんですね。みんなで徹夜で考えて朝までかかってね。
まぁ”6番目”ってすると”何で6番目なんですか?”って言われるんじゃないかとかね、その時のために答を用意しておかないといけないけれども。でも、なんとなく映画のタイトルみたいでね。『7年目の浮気』とか、そういう映画ありましたよね?だからそういう感じで、”何か意味があるのかな?”と思ってみんなが考えてくれるんじゃないか、とか言ってね(笑)。結局これになったんですけども」


- それでは、「クラシカル・ニューウェーヴ」の「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」です。

(「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」、フルサイズでオンエア)

- さて、いま秋のコンサート・ツアー中ということで、今日の静岡から始まりまして、相模原、千葉、豊田、四日市、松山、久留米とその他14箇所、夏にず~っと(ツアーを)まわっていらして、そこをまわれなかった所をカバーするということで。

J 「そうですね」


- じゃあ、内容的にはほとんど同じ?

J 「ほとんど同じで、あと新曲が入って、中身が少し・・・一部変わる、ということですね」


- (ツアーの)タイトルも、『A WONDERFUL TIME パート2』という・・・。やっぱりあの、『パート1』を終えて、反省の意味もこめてパート2はこうしたいんだ、みたいなところはあります?

J 「そうですね~。(パート1」は)結構喋る時間が長かったんですね。30分か・・・ちょっとハメ外すと40分くらい喋ってて。評論家のかたに「ちょっとダレ気味だった」とか書かれてね。(今回は)短くしようと思いまして、喋りを(笑)」


- 今年の予定としては、あと映画をやる、というお話も来ているようですね。それから、アルバムも12月頃には出る予定だということですけれども、今年はもう沢田さんが頭からずっと連続ヒットで、とてもいい年だったと思うんですけれども、やはり歌謡界はもう10月ともなりますと(1年の)終わりというのが近づいてきましたから・・・振り返ってみてどうですか?

J 「まぁあの~、今年は歌の方ではタイガース(同窓会)があったでしょう。で、「色つきの女でいてくれよ」ってのが、これがもう当たったもんですからね~。沢田研二個人としては、「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」でその(売上)枚数を抜かないと(笑)。なんか、タイガースに賞を持っていかれそうな感じですから(笑)。
ですから、なんとか頑張って・・・(賞については)岩崎宏美さんもいるし、細川たかしさんもいるし、聖子ちゃん、マッチ、トシちゃんと・・・この中に入って何となく6番目あたりにつけてるな、って感じなんでね(笑)。これではイカンので。
なんとかもうちょっと頑張りたいと思ってます」


- この曲(「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」)はまだ出たばっかりですからね。まだまだずっと上位までいきそうですから、頑張って下さい。今日はどうもありがとうございました。

J 「ありがとうございました」



なるほど、曲先の作業で作詞は三浦さんだけど、タイトルについてはレコーディングの最後の最後まで正式決定していなかったわけですね。

一般のリスナーはそんなことはないでしょうけど、「今週第7位です」に対するジュリーの「ああそうですか」に、「まだ7位なのか~」というニュアンスが混ざっているのは、ジュリーファンなら分かっちゃいますよね~。
いつも思うことですが、ジュリーって正直過ぎるくらいにその時の気持ちが声のトーンに表れる人です。そこがイイんですね。だから、ジュリーが嬉しいとこちらも嬉しい、悔しいとこちらも悔しい・・・そんな不思議な気持ちの疎通があって、長いファンの先輩方はずっとそうしてきたんだなぁ、と。

「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」はこのインタビューでも語られた通り、82年末の賞レースに向けて「この曲で勝負!」的なリリースだったようです。「大ヒット」と言って良い曲なのでしょうけど、その意味ではジュリーの目指した特等賞には惜しくも届かず、という結果でした。
ただ、そこから30数年、リリース時のキャッチ・フレーズ「クラシカル・ニューウェーブ」がまったく色褪せないまま今もステージで歌い続けられていること、それが本当に素晴らしい。今この曲をひょんなことで聴いて、「こんな曲を歌いたい!」と考える若いアイドル、歌手は多いんじゃないかな。
時代が変わっても、楽曲の鮮度は変わらないまま。

数あるヒット曲の中でもLIVEセットリスト入り率の特に高い1曲で、『ジュリー祭り』から僅か9年のキャリアの僕ですら、もうオリジナル音源よりもLIVEヴァージョンのイメージの方が強くなってきているシングルのひとつ。
先輩方はそれこそリリースから30数年この曲の生歌を聴き続けていらっしゃるわけですから、たまにCDでこの曲を聴いた時に「あれっ、6番目のユ・ウ・ウ・ツって最後フェイドアウトだったんだ」と再確認、なんてこともあったりするんじゃないですか?

ともあれ次参加の松戸公演では、仲間達の前でビシッ!と最後の「ハイ!」を合わせてきますよ~。
チケット、早く来い来い!


それでは、オマケです!
今日は、『ミスキャスト』ツアーのパンフレットから、まだ過去に添付していないジュリーのショットです。
このツアー・パンフレットは、写真撮影がちょうど「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」がヒットしていた時期(或いはリリース直前)と思われ、アルバム『ミスキャスト』より少し前のジュリー、というイメージのショットが多いです。


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次回のお題は「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」です。
この曲については、まだ僕の知らない事実や逸話がたくさんありそう。先輩方に色々とコメントで教えて頂かなければならない内容の考察になりそうですが、ひとまず自分のベストを尽くして書いてみます。

あと、前回記事でちょっと触れた『NISSAN ミッドナイト・ステーション』の特別企画『ジュリーA面ベストテン』についてお2人の先輩から「興味津々」「懐かしい」とのお言葉を頂いておりますので、「シングルA面」というそれだけにかこつけて、ラジオ音源コーナーのチャプターも設けます(僕自身の勉強のためにも)。
ただし、なにせ『NISSAN ミッドナイト・ステーション』は60分番組です。一気に全部書くと大変な文量になってしまいますから、次回「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」、次々回「STEPPIN' STONES」と2つのお題に分けて書いていくことにいたします。どうぞお楽しみに!

今週は肌寒い日が続いています。またか、とお思いでしょうが実は月曜から少し喉の調子が・・・(汗)。
みなさまも油断なさいませぬよう。

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2017年10月14日 (土)

沢田研二 「愛の逃亡者」

from『愛の逃亡者』、1974

Fugitive

1. 愛の逃亡者/THE FUGITIVE
2. ゴー・スージー・ゴー/GO SUSY GO
3. ウォーキング・イン・ザ・シティ/WALKING IN THE CITY
4. サタデー・ナイト/SATURDAY NIGHT
5. 悪夢の銀行強盗/RUN WITH THE DEVIL
6. マンデー・モーニング/MONDAY MORNING
7. 恋のジューク・ボックス/JUKE BOX JIVE
8. 十代のロックンロール/WAY BACK IN THE FIFTIES
9. 傷心の日々/NOTHING BUT A HEARTACHE
10. アイ・ウォズ・ボーン・ト・ラヴ・ユー/I WAS BORN TO LOVE YOU
11. L.A. ウーマン/L. A. WOMAN
12. キャンディー/CANDY

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50周年ツアーも一昨日の東京国際フォーラム公演を終え(タイガースや沢田組メンバーを客席に迎えての素晴らしいステージだったと聞いています。参加されたみなさまが羨ましい!)、今日が奈良。長いツアーのほぼ折り返し地点というところでしょうか。
例年であれば「もう全国ツアーの公演会場も残すところ僅か、という季節なのですが今回はまだまだ続きます。ジュリー達に疲れが無い筈はありませんが、元気いっぱいのパフォーマンスが各地で続いているようで、本当に頼もしいですね。

さて今日からはその50周年記念LIVEの”セットリストを振り返る”シリーズとして、僕の次回参加の松戸公演(チケットまだかいな~。発送が待ち遠しいです)までに5曲を採り上げ考察記事を書いてまいります。
本当は前回更新から間髪入れず開始する予定だったんですけど、いつもコメントをくださるねこ仮面様が、奈良公演までセットリストのネタバレ我慢を続けていらっしゃるようで(素晴らしき鋼鉄の意志。ツアー初日から3ケ月のネタバレ我慢など僕には到底無理です)、記事本文は読まずとも、うっかり僕のブログを開いてレアな楽曲タイトルが目に飛び込んできたりするとあまりに申し訳ない・・・ということで、今回のこのシリーズ第1弾更新は奈良公演の当日に、と待ち構えていた次第。

本日、シリーズ第1弾のお題は「愛の逃亡者」です。
神席で観たばかりの(自慢汗)今年のジュリーのステージを思い浮かべながら・・・張り切って伝授!


①「完璧な音」ゆえの現地セールス苦戦?


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以前ピーファンの先輩にお借りした75年お正月LIVE『新春歌いぞめ』パンフレットより。
「愛の逃亡者」が最新シングル、というステージですね。


「パリは良かった、ロンドンはダメだった」
74年末から勇躍開始された海外戦略、フランス、イギリス双方の現地ファースト・シングル「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」「愛の逃亡者」のセールスについてジュリーは近年も(今年の大宮公演でも)よくそんな話をしてくれます。
2曲とも素晴らしい名曲ですが、どういうわけでセールスにそれほどの差がついたのでしょうか。

最後のチャプターで詳しく書きますが、僕は今年になって『愛をもとめて』のラジオ音源を勉強し、イギリスとフランスでのレコーディング手法の違い、ジュリー自身の手応えの有無を、2曲それぞれについて今さらのように実感しているところです。
フルアルバム12曲ぶんを一気に録ったロンドンと、とりあえず第1弾シングルに絞ったパリとではそりゃあ単純比較はできません。でもジュリーのラジオでの話を聞くと、双方の現地プロデュースに両極とも言える大きな違いがあったことが分かります。

まず、「歌入れ終わったらもう大丈夫。あとは完璧に仕上げておくから任せて!」というイギリスはビッカートン&ワディントンのポップ職人幼馴染コンビ。
ジュリーの発音についても「普段喋ってる言葉じゃないんだから」とフォロー発言すらあった・・・というのは以前先輩から教えて頂いた逸話でした。
これまで何度か書いてきた通り、ビッカートン&ワディントンは驚異のポップ性を持つ名コンビで、ジュリーのアルバムについても「序盤・中盤・終盤隙が無い」音作りで完璧、極上の名盤を作り上げてくれました。
もちろんジュリーの歌だって最高に素晴らしい。ただ、僕レベルでは分からないのですが、完璧な音ゆえに「現地で通用する発音」として見るとジュリーの「歌」の方には若干ハンデがあったかもしれません。
アルバム収録曲で言うと、例えば「傷心の日々」での「everyday」「teardrop」などの単語は(あくまで発音については)僕でも「んん?」という違和感はあって、そのあたりが「愛の逃亡者」についても現地のリスナーにハッキリと持たれたりしたのかなぁ、と。

対して「一番の土台(歌)がキチンとしていないとダメ。話はそれからだ」というパリはフランス・ポリドールのピエールさん。
実は、このロンドン、パリのプロデュース手法でどちらが個人的に肌が合うかと言うと、僕はビッカートン&ワディントンの方なんですね。
これはおそらく加瀬さんもそうだったと思います。加瀬さんには「ジュリーという天賦の素材をプロデューサーの色に染める。そこでジュリーがどう映えるかを楽しむ」という感覚はあった筈です。その点、「愛の逃亡者」の仕上がりには満足していたんじゃないかな。

言わば、「音楽人気質」のプロデュースと「ビジネス気質」のプロデュースの違い。
ジュリーは歌手なんだから前者の方が良いだろう、とは単純にいかないところがまた音楽の面白さ。タイガース時代「時計の針のよう」と言われたと聞く「きっちり、しっかり」派のジュリーにとって、パリでのビジネス気質のプロデュース・・・徹底的にしごかれる、それに対してなにくそと徹底的に努力する、というレコーディングの方が性に合っていて、結果それがイギリスとパリとのセールスに素直に反映されたのかもしれません。

とは言え、僕ら日本人が「ジュリーの英語曲」として聴く限りは「愛の逃亡者」は大変な名曲。何よりジュリーが今も歌い続けてくれている、というのが大きい。
時間を超えて、当時のセールス状況に惑わされずに聴くジュリー・シングル。今年は「CHANCE」もそうでしたが、「愛の逃亡者」も僕などは初めて生体感してようやく「いや、これは素晴らしい曲だ」と大興奮でした。新規ファンにはそういう人は多いと思います。
次のチャプターでは、僕が今年改めて頭に叩き込んだこの曲の魅力について紐解いていきましょう。

②これほどの名曲!再確認させられたセトリ入り


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今日の参考スコア、『YOUNG SONG』75年1月号より


今ツアーでは、「時の過ぎゆくままに」→「勝手にしやがれ」という超特大ヒット曲連発の直後に配されたこの曲。後に続くのがCO-CoLOコーナーというのがまた渋くて、セトリ順を完全に覚えこんだ状態で臨む今後参加会場では、「待ち構える」感覚で楽しみにしている僕にとっての「LIVEレア曲」です。
考えてみると『ジュリー祭り』から9年、僕はアルバム『愛の逃亡者』収録曲を今年初めて生体感したことになります(「キャンディー」を歌った2009年の『きめてやる今夜』は無念の不参加でした)。

洋楽に詳しいつもりでいながら、ビッカートン&ワディントンの魅力を初めて知ったのも2005年のポリドール再発シリーズで購入したこのアルバムで、ジュリーの名盤の中でも格別に好きな1枚です。
ただし、実はタイトルチューンにしてシングルの「愛の逃亡者」は今まで軽視していました。イギリスのセールス戦略、これじゃなくてアルバムの他収録曲にシングル・カットの有力候補があったのでは、みたいなことも生意気に以前の記事で書いたこともあります。
それが今年の初生歌、初生演奏で見事ヤラれたという。素晴らしい存在感を持つ曲ですよ!

その上で改めて74年のレコーディング音源を聴くと、ジュリーの歌はもちろん、鳴っているすべての音が心地よいんですよね。
まずはギター。左右に分けてミックスされたトラックはいずれもバッキングに徹し、ワウを効かせて楽曲全体の輪郭を作り上げます(今年のツアーで柴山さんもワウを使用しています)。

あとはベース、ドラムスの基本隊に加えてブラス、ストリングス、そして何より素晴らしいのが鍵盤パート。この曲はキーボードが2トラックですが、2つの異なる音色が入れ替わり立ち替わり、かと思いきやユニゾンしたり・・・さすがはビッカートン&ワディントン御大のプロデュース、本当に緻密かつ耳に優しいです。
そして「あぁ、泰輝さんも確かにこのアレンジ、この通りの音色で演奏していたなぁ」と、今ツアーで聴いたばかりのこの曲に思いを馳せるのです。泰輝さんのキーボード、最高にカッコ良かったですからね~。
松戸では再度チェックしてきます!

ジュリーのヴォーカルはガ~ッと一気に録った感じなのでしょうか。僕はこのアルバムのヴォーカルはとても好きですが(良い意味で「歌わされている」時のジュリーになにやら「歌の神」が降臨するパターンのヴォーカル・・・個人的には「ウォーキング・イン・ザ・シティー」に最もそれが表れているように思います)、ジュリー本人には「もっと良くなったかもしれない」といった心残りは多少あったのではないでしょうか。
これは『愛をもとめて』でのロンドン報告とパリ報告でのジュリーのテンションの違いから感じること。
いや、ロンドン報告は「いつものジュリー」なんですよ。ただ、パリ報告の方が尋常でなくテンションが高いんですね。まだいずれもセールスの結果が出る前の放送ですから、それはジュリーの率直な手応えを反映していると考えて良いでしょう。パリは「やりきった」、ロンドンは「もう少し頑張れたんじゃないか」と。
今も変わらず、当時からジュリーは「話す」ことについては本当に正直で、気持ちがそのまま声に表れる人なんだなぁと思ったり。

でも、先述したように・・・だからこそ作品化された後もその時の曲達をステージで歌い続けているジュリーに特別さ、格別さ、突出性を感じます。
アルバム『愛の逃亡者』なら、長い歌人生の中でLIVEセットリスト入り率の高い「キャンディー」そしてシングル曲「愛の逃亡者」は正にその代表格でしょう。
あと、アルバムではさほど目立たない(←個人的な感想です)「ゴー・スージー・ゴー」のLIVEヴァージョンを聴いた時の衝撃たるや。確か2009年、先輩に聴かせて貰った比叡山のテイクだったかな・・・レコーディング音源の時からあっという間に進化を遂げています。きっと発音も、もちろんエモーションもね。
僕はジュリーの「努力家」の面がとても好きです。あれほどの才能、輝きを持っていながら努力家ってのが本当にイイですね~。元々が素晴らしいので、努力の成果の表れ方も凄いですし。
イギリス現地では思うような結果は出なかったかもしれませんが、今年のツアーで「愛の逃亡者」を聴いて、ジュリーのそんな資質を観た気がします。

ジュリー・ナンバーに「裏打ち」のレゲエ・スタイルはさほど多くはありませんから、その意味でも「愛の逃亡者」は貴重な1曲。
似通ったコンセプトやリズムの曲を連続で繰り出すセトリ順を好むジュリー・・・レゲエ・ビートに必要不可欠なベースについても、今は依知川さんもバンド復帰してくれましたし、いつか「愛の逃亡者」→「EDEN」→「海に還るべき・だろう」なんていう夢のようなセットリストを体感してみたいものです。


③『愛をもとめて』より”イギリスの報告”編

最後に、ジュリー・ラジオ音源のコーナーです。
このコーナーは僕自身の勉強の意味もあって、参考資料として最近の考察記事ではよく採り上げているんですが、多くの先輩方にとっては「昔からよく知っている話題のおさらい」という感じになるのかなぁ?

今日はもちろん、75年(たぶん2月初めの放送)の『愛をもとめて』からお届けいたします。
現地でリリースされた曲のプロモーション遠征から帰ってきたばかりのジュリーのお話です(この次の放送回が、以前「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事で書いた「パリの報告」という順序になります)。


イギリスでは、ご存知「愛の逃亡者」・・・もちろん英語版でございますが、向こうでは正式に「THE FUGITIVE KIND」というタイトルになっておりましてですね。B面が日本では「I WAS BORN TO LOVE YOU」でしたけれども向こうでは「NOTHING BUT A HEARTACHE」というのが入っております。

「愛の逃亡者」は日本盤では併記の英語タイトルが単に「THE FUGITIVE」ですね。そこがまず違う、と。
また、日本盤とイギリス盤のB面収録曲の違いは以前先輩にコメントでご指摘頂いたことがあり(僕はその時まで同じカップリングだと思い込んでいました)そこはもう知識として持っていたんですが、「愛の逃亡者」と「傷心の日々」の組み合わせって、相当攻めていますね。イギリスではまず「ロック」に拘る、という戦略を加瀬さん達スタッフも持っていたのではないでしょうか。

それはさておき、続いて僕がこのラジオ音源を聞くまで知らなかった話が飛び出します。


で、「FUGITIVE KIND」のミキシングね、日本で出たやつは「あっ!」「うっ!」っていう掛け声が入ってるでしょ?あれが(イギリス盤シングルでは)無くなってましてね。

これ、何故なんでしょうねぇ。あの掛け声は間違いなく「愛の逃亡者」の肝だと思うし、現地でもあった方が良かったんじゃないかと思うのですが・・・。
これはビッカートンさんの好みの問題なのかな。声を余計に入れるよりも、後からオーヴァーダブした豪華なブラスやストリングスにリスナーの耳が行くよう仕上げたい、という狙いだったとするならそれはそれで分かるような気もします。


そのレコードのプロモートのために行ったわけですが、1月26日の日曜日ですかな・・・その日はロンドンに泊まりまして、月曜日にはロンドン以外のおもな都市を歩いたんです。歩いたって言うか、要するにラジオ局を回ったんですね。

ジュリーの話によれば、イギリスでは国営放送(BBC)の支所がローカル局として各都市にある、加えて民放もある、それを順繰りに訪ねていったようです。
各地を歩き回った中でジュリーが特に挙げて話をしてくれた町は、サウスポート。


リバプール近くの小さな町なんですけど、(ジュリーが訪れる)一週間くらい前から、ケンジ・サワダという日本で有名な歌手が来ます、というチラシがあってね。結構女の子達もいっぱい集まってて、その中にね、去年の夏頃までかな、原宿に住んでたっていう女の子がいてね。
裏口から入って控室みたいなところにちょっと待機してたら、「いらっしゃいませ」なんてこう日本語で言われてね。「あっ?」てね。話を聞いてみたら、「私、一番好きなのジュリーさんね。その次マチャアキ、その次ににしきのあきらさん」ってね、そういう女の子もいたんですが。


いやぁ、日本じゃ「控室でジュリーとお話する」なんてことは夢物語ですからね。当時ラジオを聞いていらした先輩方は、「ムキ~!」となったんじゃないですか?

イギリスでよく尋ねられたのは、左手の薬指に指輪をしていたので「結婚してるのか?」とか、「日本でそんなに有名なのに、何故またこっちでやるのか?」というようなことだったとか。
あと、「君はイギリスの歌手で言うと誰なんだ?デヴィッド・○○か?」(○○の部分が聴き取れません涙。「ボウイ」とは言ってないように思いますが)と言われて、「いや、ミック・ジャガーだ」と答えたらしいですよ~。
なるほど、「日本のミック・ジャガー」がイギリスでシングル・リリースとなったら、B面は「アイ・ウォズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」よりも「傷心の日々」の方がふさわしいですか。納得です。

そしてジュリーの話は現地のセールス状況に。


なかなかこれ難しいんですね。ってのは、レコード屋さん自体が買取でね、返品できない、そういう日本なんかとは違う販売システムで、BBCっていう国営放送のポピュラー音楽ベスト50位以内に入らないと店頭には置かないっていう・・・損したくないっていうね。

この話は聞いたことあるなぁ。いつか何処かのジュリーのMCで聞いたんだっけなぁ?思い出せません。
ただこのシステムはラジオからじわじわと火が点いてヒットに繋がるパターンも多いらしくて、日本のように(シングルで出した曲が)1ケ月経ってダメだったらその後もずっとダメ、ということは言えないみたい。


だからプロデューサーの人も言ってましたけど、10週間はかかるだろうと。2ケ月経ってやっとこう、どうなのかな、っていう状態が掴めると。まぁ、(まだ)分かんないですね、とにかく。あとは成りゆきに任せるしかないし。

このあたりのジュリーの発言が、次放送回のパリ編とずいぶん違うんです。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」については「楽しみ楽しみ!」みたいなことを、セールスの結果が出る前からジュリーは盛り上がって話しているわけですから、やっぱりこれはジュリー本人のレコーディングの手応えが違ったのでしょう。
それでもイギリス戦略についてジュリーは最後に


自分自身への戒めと言うか、教訓を授かるっていうことが多いしね。勉強になるだけでもいい、と思っている次第であります。

今年のツアーで自らの歌手生活50年を振り返り、「良いことだけでなく悪いことも糧としてきた」といった内容のMCを時々聞かせてくれているジュリー。
イギリスの「愛の逃亡者」も、フランスの「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」も同じように血肉としてきた、ということでしょうか。

まぁ大宮のMCではロンドンの話は数秒、パリの話は30分近く(あくまで僕の体感ですが)、と双方にかなりの差が出てましたけどね(笑)。


それでは、オマケです!
今日は、冒頭にも1枚添付しました75年『新春歌いぞめ』パンフレットから数ページぶんをどうぞ~。


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このLIVEに参加されていた先輩方は、衣装やセトリを覚えていらっしゃるのかな?
ステージの様子は、こちらは福岡の先輩からお預かりしている資料『ヤング』75年2月号で(1ページだけの記事ですが)窺うことができます。


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さて、次回更新では僭越ながら、「一般ピープルもよくご存知」な超有名曲「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」の考察に挑戦させて頂きます。
もうとっくに書き終えていても不思議のない曲ですけど、ここまで記事お題に採り上げるタイミングを逃していたのが逆に幸い・・・これまた今年になって勉強したラジオ音源で初めて知ったあれやこれやの逸話がとても多いシングル曲なのです。
ちょっと前までは『NISSANミッドナイト・ステーション』で開催されていた『ジュリーA面ベストテン』という企画放送回をご紹介するつもりでいましたが予定を変更。
ズバリ「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」リリース直後に放送された『歌謡ベストテン』でのジュリーのインタビュー音源を採り上げつつ、この名曲の妖しげな魅力を僕なりに紐解いていきたいと考えています。


去年の今頃は痔核切除の術後の激痛にのたうち回っていたので、「秋をしみじみ実感する」余裕など無かったですが、今年はなんとか元気に過ごせています。
こちら関東は昨日の雨で急激に気温が下がり、まぁ涼しくなってよく眠れるのは嬉しいんですけど、体調管理には特に気を遣わなければいけない季節(僕は季節の変わり目によく風邪をひくので)となりました。
みなさまもどうぞお気をつけて!

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2017年10月 4日 (水)

沢田研二 「Aurora」

from『俺たち最高』、2006

Oretatisaikou

1. 涙のhappy new year
2. 俺たち最高
3. Caress
4. 勇気凛々
5. 桜舞う
6. weeping swallow
7. 遠い夏
8. now here man
9. Aurora
10. 未来地図

---------------------

はじめに。
またしてもロック・レジェンドの訃報・・・トム・ペティの突然の旅立ちにはただただ驚き、肩を落とすばかりです。
過剰な装飾音を嫌い、土の匂いがするロックを貫いた偉大なシンガーであり、プレイヤーでした。訃報を受けてのボブ・ディランのコメントが本当に切ないです。
天国でジョージ・ハリスンやロイ・オービソンとも再会を果たし、早速バリバリ活躍しているんだ、と今はそう思うことしかできません。ご冥福をお祈りいたします・・・。

☆    ☆    ☆

10月です。すっかり秋ですな~。

ツアーが始まってから記事更新の頻度が落ちているので、今月は頑張りますよ!せっせと更新を頑張っているうちに、僕の次回参加会場・松戸公演が自然に近づいてくる、という目論みです。
で、恒例の”セットリストを振り返る”シリーズに入る前に、今日はアルバム『俺たち最高』から1曲採り上げておきたいと思います。

枕もそこそこに・・・なるべくタイトな文量で、とは考えていますがどうなりますやら。
依知川さんの作曲作品で、「Aurora」伝授です!


①応援!BARAKA結成20周年記念公演

まずここでは依知川さん作曲作品のお題にあやかり、依知川さん率いるプログレッシヴ・バンド、BARAKA(ジャンルで括るにはあまりにも多彩なクオリティーを誇るバンドですが、ひとまず「プログレ」とするのが最も適切でしょう)について書かせて頂きます。

僕は今年の5月、依知川さんと浅野孝巳さん(ゴダイゴのギタリスト)のユニット「あさいち」のLIVEに参加、そこでたまたま同席させて頂いたBARAKA後援会の男性お2人とお友達になり、BARAKAが今年結成20周年を迎えること、そのメモリアルLIVEとして来たる11月2日の東京国際フォーラムC公演が決定しており、「なんとか会場満員のお客さんでお祝いしたい」と後援会一丸となって集客を頑張っていらっしゃることを知りました。

僕自身は11・2への参加は仕事的に厳しい状況なのですが、お2人の熱意に打たれメモリアルLIVE成功祈願と、ジュリーファンへの呼びかけをお約束し、これまで何度か記事中にてこの件に触れてきました。
いよいよ公演まで残すところ1ケ月を切ったというタイミングですので、今日は改めての告知です!


Baraka3

BARAKAを未体感のジュリーファンのみなさまが気になるのは、「そもそもBARAKAってどんなバンドなの?」ということかと思います。
僕は先の9月1日、BARAKAの埼玉・鶴ヶ島公演を観てきましたので、その時の感想を交えて僭越ながらここで解説させて頂きましょう。

楽曲はインストゥルメンタル(歌無し)が中心です。
20年間のキャリアで多数のオリジナルCDをリリースしてきたBARAKA。その中から、会場で再会した後援会のM様お勧めの1枚を購入してみたところ、歌入りのオリジナル曲もありフォーラムではそうした曲も披露されるとは思いますが、鶴ヶ島ではアンコールの2曲(ビートルズとジミヘンのカバー)を除きセットリスト本割はすべてインストでした。

プログレというのは大作志向が強く、BARAKAのオリジナル曲も例外ではありません。特に鶴ヶ島セトリ本割ラストの曲は超大作で、40~50分くらいの演奏時間だったでしょうか。ただし長時間とは言っても、楽章形式とも言うべき無数のアイデアを凝縮した楽曲構成は、パートの見せ場が矢継ぎ早に繰り出されるスリリングな「音の物語性」重視でまったく飽きさせません。
美味しいメロディーやテクニカルなソロが代わる代わるに織り成す「ロックバンド」の醍醐味が味わえる「超大作」なのです。

演奏されたほとんどの曲のリズムは複雑怪奇で、僕も最初は「今いったい何分の何拍子なんだ?」と意地になって確認しながら聴いていましたが、あまりに高度過ぎて途中でギブアップ。本割のセトリで唯一の洋楽カバーとして披露されたビートルズ・メドレーにしても、一体何処から何処までが「キャント・バイ・ミー・ラヴ」で何処から何処までが「サムシング」なのか・・・ビートルズ・ナンバーならばメロディーもアレンジもすべて頭に叩き込んでいる、と自負する僕が迷子になるほどの斬新なアレンジには完全に白旗状態でした。

(追記:記事を読んでくださったM様よりご紹介頂いた、BARAKAの「キャント・バイ・ミー・ラヴ」「ラヴ・ミー・ドゥ」「「サムシング」一発録り生演奏映像です)

ところがBARAKAの音って、「頭で考える」聴き方を放棄してからが凄まじい快感で。
余計なことは考えず無心で演奏を受け入れる状態こそが心地よい・・・そんなサウンドなのですよ。

パートはギター(高見一生さん)、ベース(依知川さん)、ドラムス(平石正樹さん)の3人編成。
曲によって時折シンセの音色が流れてくるのは、依知川さんがサスティン・ペダルを併奏しているんじゃないかな(鶴ヶ島で僕は依知川さん真ん前のテーブル席で観たのですが、残念ながら足元は死角でした)。

3人とも超絶のテクニシャンです。分かり易く例えるならば、正にこのフライヤーのキャッチコピーの通り。


Baraka4

「ジミヘン」はジミー・ヘンドリックス、「マッカートニー」はポール・マッカートニー(ビートルズ)、「ボンゾ」はジョン・ボーナム(レッド・ツェッペリン)。
そんな3人が個性と技量をぶつけ合って「プログレする」のですからそりゃあ凄いわけですよ!

依知川さんはジュリーLIVEとはガラリとスタイルを変え(と言うかこちらが「普段」の姿)、5弦ベースを徹底的に指弾きで魅せてくれます。楽曲中でギターと交互に主メロを高音で担当するシーンも多く、かつて「まるでリード・ギターのように動き回る」と評されたポール・マッカートニーへのリスペクトが確かに感じられます。

僕は今回の鶴ヶ島公演が初めてのBARAKA体感だったわけですが、最も感銘を受けたのが高見さんのギター演奏でした。
特に楽器演奏についての知識など無くても、高見さんのギターの「凄さ」は万人に伝わるものと思います。「百聞は一見に如かず」ですから、余計な説明は野暮というもの。「自由度の高さ」という点で、僕がこれまで生で観た中ではダントツのギタリストですね~。
アンコールでの「カム・トゥゲザー」(ビートルズ)なんて、あのお馴染みのリフをそのままではなく3度上、5度上で弾く・・・そんなスタイルの演奏が炸裂しまくり。まったく新しいフレーズを弾いているように聴こえるんです(依知川さんがキッチリとオリジナルそのままに弾いているのがまた不思議なハーモニーへと昇華)。
高見さんは演奏時の表情も豊かで、「良いギタリストって、チョーキングで「ぬお~っ!」となるものなんだなぁ」と改めて納得した次第です。
これほどまでに自由奔放なスタイル、しかもメンバー中最年少の高見さんが、結成時からずっとBARAKAで演奏を続けていることが即ち、依知川さんと平石さんの高い技量、度量を証明しているとも言えそうです。

加えて高見さんは、ハードで攻撃的な演奏と人懐っこい天然なキャラクターのギャップも魅力。
例えば、BARAKAは来年2月に海外遠征ツアーも決定しており、それが何とイエス主催(!)による世界に名だたるプログレッシブ・ロックのレジェンドが一同に会する豪華な対バン形式の船上公演なのだとか。
それについて依知川さんの場合はMCで
「(世界のレジェンド達に対して)もちろんリスペクトはありますけど、同じ人間。ステージ上では対等、という気持ちで臨みたいと思います」
と静かな闘志を燃やしていたのですが、片や高見さんはと言うと、のんびりとした口調で
「(競演者の)スティーヴ・ハケット(ジェネシス)とジャック・ダニエルが飲みたいな~」
とまぁ、驚異的なまでの超自然体モード。
その気負いの無さこそ、高見さんのスケールの大きさなのでしょうか。

ともあれBARAKAの演奏は世界に通じる素晴らしいものですから、来年の海外ツアーでは世界のレジェンド達の間でも、「ジャパンから来た3人組、相当ヤリやがるぜ!」と話題となること、疑いありません。
演奏を終えた高見さんにスティーヴ・ハケットが駆け寄ってジャック・ダニエルを振る舞う、というシーンはきっと現実となるでしょうね~。

ただ、その前に今年11月2日、BARAKAにとって大きなステージが控えているという状況。
鶴ヶ島公演の時点で「あと2ケ月」に迫っていたフォーラム公演。依知川さんがMCで曰く「まだ良い席も残っている」とのことでした。
後援会のM様も、集客の手応えは「まだまだ」と満足には至っていないご様子で、「是非ともジュリーファンの方々も」と改めてお誘いを頂きました。

ジュリーファンのみなさま、依知川さんのジュリーバンド復帰というタイミングでの巡り合わせ・・・これも何かのご縁です。ここはひとつ、フォーラム満員のお客さんでBARAKAの20周年お祝いと行きましょう!
ご都合のよろしい方は、是非11月2日の公演にご参加ください。ジュリー松戸公演の前日です。
よろしくお願い申し上げます!

②「Aurora」楽曲考察

チャプター①が想定以上の長文となってしまいましたので、ここからはちょっと駆け足でまいります(笑)。

アルバム『俺たち最高』はジュリー初のベースレス・アレンジのアルバムですね。後追いファンの僕は『ジュリー祭り』の年に予習として『ROCK'N ROLL MARCH』を購入した時にもベースレスのアレンジに強烈な違和感を覚えましたが、その後遡って聴いた『俺たち最高』の方がその感覚はより強かったような気がします。
『生きてたらシアワセ』『ROCK'N ROLL MARCH』とは違い「ドラムスは生なのにベースが無いなんて・・・」と、生意気にもそんなふうに考えた記憶が(汗)。
ただ、収録曲で言うと「Aurora」についてはその感覚はありませんでした。
初めて聴いた時に「おっ、これはドアーズだな」と思ったからです。

ベースレスでのアルバム製作は、音源作品とステージとの乖離を最小にとどめたい、という以前からのジュリーの考え方に沿う手法だったでしょうが、ジュリーは当初そのことについて
「LIVEではキーボードが左手でベースを弾く。ドアーズみたいでカッコイイ!」
と話していたそうですね。
斬新な試みを以ってアルバム『俺たち最高』のアレンジを託された白井良明さんにも当然「ベースレス・ロックバンドの先駆者」であるドアーズの楽曲群は引き出しにあったはずです。それが最も明快に表れた収録曲が「Aurora」というわけ。

肝はキーボード。良い意味でチープなオルガンの音色が、左右のギター・トラックとくんずほぐれつに絡み合う・・・具体的には、ジュリーの歌メロ部では左サイドのバッキングとリズムを揃え、歌の隙間に右トラックのリード・ギターと音階を揃えます。
それをワントラックのキーボードでやる、というのがドアーズのレコーディング作品でよく見られるレイ・マンザレク直系のスタイル。
このオルガンを柱としたベースレスのアレンジは、後の鉄人バンドによる「こっちの水苦いぞ」の演奏で、より洗練された形で引き継がれていると思います。

依知川さんのジュリーへの提供曲は、昨年の「犀か象」以外すべて直球。
BARAKAではメロディーもリズムもあれほど変則的な作曲をする依知川さん、懐が深い!のひと言です。
「Aurora」でも調号の変化は無く、シンプルなリズムに王道・イ短調のメロディーを採用。コード割りは白井さんが相当イジリ倒していると思いますけど。

僕がこの曲で今着目したいのは、ジュリーの作詞に登場する英フレーズ。今年の新譜「ISONOMIA」と比較してみるととても面白いのです。
「ISONOMIA」には、英フレーズが計8単語が繰り出されます。それぞれジュリーが「良い意味」と考える「~ful」が4つ、「悪い意味」の「~ness」が4つずつ。良い、悪いの対比はハッキリしていますね。
一方「Aurora」に登場する英フレーズは3つで、「Happiness」「Loneliness」「Tenderness」。
普通に考えると「Happiness」「Tenderness」は「良い」、「Loneliness」は「悪い」意味合いでしょうが、ジュリーがそれぞれに組み合わせた日本語が逆説的で

「薄光のHappiness」
「女神はLoneliness」
「寒風のTenderness」

となっています。「薄光」「寒風」は楽曲タイトル「Aurora」からの連想、そして「オーロラの見える国」=「平和な国」とするなら、本来は平和の象徴であるはずの「女神」・・・これは「届かない花々」に同じく「9.11」の意味を持たせてジュリーは言葉を選んでいるかもしれません。

『俺たち最高』は音作りの面でも前作『greenboy』とはガラリと作風を変えましたが、「Aurora」などいくつかの収録曲では「日常の尊さ」をコンセプトとして受け継ぎつつ、さらに平和へのメッセージが強く加味するという、貴重なターニング・ポイント的な名盤と言えるのではないでしょうか。

それにしても「旨いものなさそうだけど♪」はジュリーらしさ全開ですよね~。
はからずも明日から東北・北海道へと向かう50周年記念ツアー。ジュリー達は各地で美味しいものをたくさん食べるのでしょう。
それが楽しみで、この季節に北へと向かうスケジュールを組んだんだったりして・・・。

③アルバム『俺たち最高』、今後のセトリ入りは?

最後に、「隠れた名盤」とも言うべきスタンスかと思いますが、アルバム『俺たち最高』について。
先日お会いしたJ友さんとたまたまこのアルバムの話になって、「最初はとっつきにくかったよねぇ」と。

これは新規ファン独特の感覚なのかな・・・僕の場合はまず先述の「ベースレス」への違和感があり、加えて、今でこそ「ジュリーってこんな感じ」としっかり身につけているんですけど、ジュリーの自作詞の奇抜さと言うか奔放さと言うか、そういう面が目立つナンバーが多く収録されているように感じていました。
例えば僕は長い間「涙のhappy new year」の詞の言葉並びが苦手で(今はそうは思っていませんよ!)、このブログでも「三大壁曲の筆頭」と書いていたほど。
2014年お正月LIVEでのジュリーの生歌と鉄人バンドの演奏の素晴らしさで完全に克服、今では大好きなジュリー・バラードとなっていますが、「1曲目がダメ」という長い時期がこのアルバムの正当な評価を個人的に遅らせていたことは事実です。でも実際は、本当にジュリーファンが愛すべき1枚・・・名盤なんですよね。

収録曲中僕がこれまで生のLIVEで体感できているのは、今触れた「涙のhappy new year」と、「俺たち最高」(『ジュリー祭り』)「桜舞う」(『燃えろ東京スワローズ』)の計3曲。2000年代のアルバムとしては、セトリ入り率は低い方なのかな。
アルバムで一番好きな曲は「未来地図」。ただし「この先LIVEで一番聴きたい曲は?」ということになると圧倒的に「weeping swallow」です。毎回、ツアーの度に期待をかけていますが未だ実現せず・・・これまで何度も「セットリスト予想」に書こうと思いつつ機を逸しているうち、「そう簡単に書いてよい曲じゃないぞ」と考えが変わってきました。なにせ昨今のこの国、ひいては世界情勢がね・・・もしこの曲の考察記事を書くなら、自分の中の「NO WAR」をトコトン追求してからでないと、と今は思っています。
今日のお題が「Aurora」ということで、アルバム『俺たち最高』収録曲の中で僕がまだ記事未執筆の曲は「weeping awallow」1曲を残すのみとなっておりまして、いつか「平和」を実感しながら書くのが一番ふさわしいとは思いますが、まだ時間はかかりそうですねぇ。

この「weeping swallow」をはじめ「勇気凛々」「遠い夏」、そして「Aurora」・・・これらジュリー作詞のナンバーはいつツアー・セットリスト入りがあってもおかしくないと僕は思っています。
中でも「Aurora」は依知川さんの作曲作品ですし、近々要チェックの予習必須曲ではないでしょうか。

「エンドレスで歌い続ける」と宣言してくれたジュリー・・・今後は「久々に歌うか~」と次々にレア曲を採り上げてくれるのではないか、と。
とりあえず来年の古希イヤーでは、『ジュリー祭り』以来となるアルバム・タイトルチューン「俺たち最高」のセトリ入りに期待しています!


☆    ☆    ☆

さて、今日はオマケの添付画像がありません。
2006年関連資料の手元のネタが尽きてしまっているのですよ・・・。そのぶん次回は奮発するつもりです。

それでは次回から”『沢田研二50周年記念LIVE』・セットリストを振り返る”シリーズへと突入します。
今回のセトリで記事未執筆の曲は全部で6曲。その中から「時の過ぎゆくままに」以外(以前からの予告の通り、「時過ぎ」は来年の6月25日の更新お題と決めています)の5曲を矢継ぎ早に書いてまいります。
どうぞお楽しみに~!

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2017年7月 6日 (木)

沢田研二 「CHANCE」

from『ROYAL STRAIGHT FLUSH 1980-1996』
original released on 1987、single


Royal80

disc-1
1. TOKIO
2. 恋のバッド・チューニング
3. 酒場でDABADA
4. おまえがパラダイス
5. 渚のラブレター
6. ス・ト・リ・ッ・パ・-
7. 麗人
8. ”おまえにチェック・イン”
9. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
10. 背中まで45分
11. 晴れのちBLUE BOY
12. きめてやる今夜
13. どん底
14. 渡り鳥 はぐれ鳥
15. AMAPOLA
16. 灰とダイヤモンド
17. アリフ・ライラ・ウィ・ライラ~千夜一夜物語~
disc-2
1. 女神
2. きわどい季節
3. STEPPIN' STONES
4. CHANCE
5. TRUE BLUE
6. Stranger -Only Tonight-
7. Muda
8. ポラロイドGIRL
9. DOWN
10. 世界はUp & Fall
11. SPLEEN ~六月の風にゆれて~
12. 太陽のひとりごと
13. そのキスが欲しい
14. HELLO
15. YOKOHAMA BAY BLUES
16. あんじょうやりや
17. 愛まで待てない

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今週、こちらは蒸し暑い日が続いています。
全国的にも暑いようですが、それだけならまだしも、台風や大雨の被害のニュースを見ると「また今年も・・・」とやるせない気持ちになります。
このところ毎年のようにこの季節は極端な天候となり、今年もこちら東京、埼玉では昨日、ダムの取水制限が決まったりして水不足が懸念されている一方、西の地では猛烈な雨で大変な被害が発生。特に故郷・九州の深刻な被害には絶句するしかありません。

相次ぐ痛ましいニュースで無力感、焦燥感に駆られますが、僕にできるのは「普段通りの記事を書くこと」しか無いのです。
平穏無事、とは本当に尊いものです。
全国各地のジュリーファンのみなさまの、今回のツアーへの無事のご参加をお祈りいたします。

そのジュリーの全国ツアーですが、今回はチケットの発送が変則的だったそうで、後便となっていた方々の元には昨日あたりからチケットが届き始めているようですね。まだ届かない、と気が気ではないご様子の先輩もいらっしゃいますが、やっぱり実際にチケットを手にするまでは落ち着かないものですからねぇ。

ということで、『沢田研二 50周年記念LIVE 2017-2018』ツアー開幕までいよいよ10日ほどとなりました。
今日のお題は
全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待したいセットリスト予想シリーズ
の第2弾。
「ジュリーが選ぶ50曲に入るかどうかギリギリのライン」だと個人的に考えるシングルA面曲の中から、CO-CoLO期の名曲を採り上げます。
またまた大長文になりそうなので、枕もそこそこに参りましょう。87年リリース、ソリッドな名演にして名曲「CHANCE」、伝授です!


①ジュリー・ヴォーカルの高音適性

今のジュリーが、シングル曲に限らず過去幾多の名曲群をLIVEで採り上げる際、「意地になって原曲のキーで歌っている」曲もあれば、現在の声域で歌い易くキーを下げて歌われる曲もあります。
僕は絶対音感を持ちませんがひと通りの楽器をやるので、コード・フォームであったりフレットのポジショニングであったり楽器のチェンジなどからそのあたりに気がつくケースが多いんですよね。
では、ジュリーは現在、どんな曲、どんな基準でキーを下げる場合があるのでしょうか。

これは単純に音階の問題ではなさそうです。ある程度は、高い「ソ」の音あたりが目安となっているようですが、「カサブランカ・ダンディ」などは「意地になって」原曲のままのキー(ホ短調)で歌っています。
また、「君をのせて」もジュリーはずっとオリジナル・キー(ハ長調→嬰ハ長調)で歌い続けているんですけど、こちらは「意地になって」いる感じはまったく無くて。あの転調後のサビの高音を昔のままに堂々と歌うジュリーは本当に凄いです。リリース当時はどうだったのか分かりませんが、今ジュリーは「君をのせて」を「なんて俺の喉に合う歌なんだ」と毎回新たな感動を覚えながら気持ちよく歌っているように見えます。
いずれにしてもこの2曲は当然今回のツアーでもセットリスト入りするでしょう。

一方、「最近ご無沙汰」な曲をセットリストに組み込んだ際に、ジュリーならば今の声域でも気合入れれば充分対応できる音域であるにも関わらず、キーを下げて歌う場合があります。2015年、加瀬さんに捧げるために久々に披露してくれた「恋のバッド・チューニング」などはそのパターンでした。
要は今のジュリー自身の感覚として「歌い慣れ」ているかどうか、「自分の喉に合っているかどうか」という、傍から推し量ることのできない基準でキー設定の目安とする場合があるのではないでしょうか。

「シングルばかり50曲を歌う」と宣言している今回のツアー、久々に歌うことになる曲も多くあるでしょう。その中に「メロディーの最高音が高いソの音以上」なんてシングル曲はゴロゴロしているわけです。
そこでジュリーが「ちょっと今の自分の喉には辛いかな」と考えてキーを下げる曲もあるでしょうし、「よし、これはいけそうだ!」と原曲キーで歌う曲もあるはず。
そこで今日のお題「CHANCE」。メロディー音域について言えば、この曲はもうとんでもなく高いです!
高い「ソ」の音どころか最高音は「ラ」にまで至りますし、高い「ミ」から「ラ」までをうろつくサビのメロディーは、例えば僕のような普通の男性がカラオケで歌ったら息も絶え絶え、声がひっくり返りまくります。

ジュリーとて、さすがに69歳となってこの曲をオリジナル・キーで歌うというのはキツイ。しかし重要なのは、この曲がジュリー自身の作曲作品だということ。
「渚のラブレター」「バタフライ・ムーン」・・・ジュリーには普通の男性ではとても太刀打ちできない高音域のメロディーを擁する作曲作品が数多くあります。
自分でギターを弾きながら作曲するわけですから、メロディーを考えながら平気でその音域を口ずさめているわけで、ジュリーが生来の声の良さに加え優れた声域の持ち主であることは、こうした自作曲のキー設定で証明できますね。

もうひとつ、「CHANCE」はジュリーが高音域ヴォーカルを特に自在に操る曲調・・・ブルース進行を土台として作曲、アレンジされている点にも注目。
ジュリーはもちろん若い頃はどんな曲だって高い「ラ」の音は楽々出ていました。『Zuzusongs』で、「ラヴ・ラヴ・ラヴ」を歌った後に「いや~、高っかい!」と息を整えながら、昔は「G」どころか「A」も楽に出た、と語っていますが、この「A」というのが「CHANCE」のメロディー最高音である高い「ラ」の音のことです。
裏を返せば、『Zuzusongs』の時点でジュリーは「最近はG(高い「ソ」の音)ですらキツくなってきた。でも今歌った「ラヴ・ラヴ・ラヴ」では意地になって「A」を出しとるんやで」という意味。
「苦しいことは苦しい」と吐露しているわけです。
その後の90年代後半そして2000年代のナンバーにも高い「ソ」「ラ」の音は楽曲によって時折登場し、ジュリーは問題もなく歌っています。つまり同じ高音でも、ジュリーには「出しやすい」曲調、メロディーというものがあると考えられます。

高い「ラ」の音は、2005年の「GO-READY-GO」を最後にしばらく封印されます。
再度登場したのは2012年「F.A.P.P」「カガヤケイノチ」の2曲。これは「自分自身が限界ギリギリの高音で歌うことをしないと意味がない」とのジュリーの決意でありキー設定の例外であったと僕は考えます。『PRAY FOR EAST JAPAN』第1作なのですからね。
ですからジュリーが「年齢を重ねても高い音が歌いやすい」曲調として「GO-READY-GO」はひとつの判断基準となりそうです。
「GO-READY-GO」はブルース進行でこそありませんが、せりあがるロックなメロディーはジュリーが歌うブルース調の過去のナンバーの特徴とも言え、それは「CHANCE」とも共通するもの。もし今回のツアーで「CHANCE」が採り上げられるとすれば、ジュリーは「意地になって」でも原曲のキーで歌うと僕は予想します。

まぁ、キーを下げる下げない抜きにして、「CHANCE」のような(最近は)レアなシングル曲がセットリスト入りするかもしれない、と期待を抱かせるデビュー50周年記念LIVE・・・開幕が本当に楽しみですね。

②楽曲全体の考察

まずはジュリー・ヴォーカルについての補足です。
「CHANCE」のヴォーカルは、いわゆる「ダブル・トラック」なのですね。僕は初めてレコーディング音源を聴いた時(2009年、『正月歌劇』を勧めてくださった先輩にお願いして、CO-CoLO期のシングル音源を授かった頃のことです)、「ジュリーの本テイクをコンマ数秒ずらした新たな複製トラックを作成」したミックスダウンの手法によるダブル・トラックであろうと思い込みました。
でもその後聴き込んで「いや、違う!」と。

これ、ジュリーが別々に歌ったテイクを同時に流しているんですよ。パッと聴いただけだと、音程のみならず抑揚や音の伸ばし方まであまりにキレイに2つの声が揃っているので、機械の作業だと勘違いしてしまいます。
持って生まれたセンス(天才です!)に加え、徹底的に「こういうふうに歌う」と決めて本番レコーディングに臨むという「準備怠りなし」の努力。凄いぞジュリー!
それでもジュリーとて人間。よ~く聴くと2つのテイクには微妙なズレ、違いがあることに気づきます。
とは言え僕レベルで把握できているのは、歌の最後の最後にたったの2箇所。

オレのボスは「チャンス」あんただけさ
F#m7                         Bm7

古い愛され方 彼女は知らない ♪
      C#7                            F#m7

「彼女は、知らない~♪」の語尾のロングトーンを切る位置が少しだけ違うのと、直後の「Ah!Ah!Ah!」のシャウトが、(おそらく2度目のテイクの方は)「Ha!Ha!Ha!」と変わっています。
さすがにこのメチャクチャ高音域のサビをリフレインしていてジュリーも若干苦しくなり、咄嗟に「息を吐く」ようなスタイルのシャウトに切り替えたのかなぁ、と僕などはニヤリとしてしまうのですが、それも含めて「CHANCE」のヴォーカルは圧巻。
ジュリーの全身全霊を感じずにはいられません。

このように「CHANCE」は凄まじい高音ヴォーカルがまず最大の魅力ですが、CO-CoLOの演奏がまたまた素晴らしい。ジュリーの全シングルの中で最も「ソリッド」なナンバーと言えるでしょう。
「ソリッド」とは楽曲を評する際にしばしば使われる表現ですが、同じ「硬質」の魅力を表す言葉として「ハード」とはしっかり区別をつけたいものです。
僕の中では、いくつかの単体の楽曲において例外はあるにせよ、基本アルバム『sur←』までが「ソリッド」であり、『愛まで待てない』以降が「ハード」です。
いずれも大絶賛の意を込めての評価ながら、「ソリッド」という表現が最もふさわしいのはCO-CoLOのアレンジ、演奏であり、その中でも「CHANCE」は最高峰だと僕は考えています。

まずはアレンジ。音作り以前に、調の解釈でCO-CoLOならではの特性があります。
Aメロが嬰ヘ長調のブルース、Bメロとサビが近親移調して嬰ヘ短調の歌謡曲よりのロック。
同じ曲の進行上でサブ・ドミナントが「B7」なのか「Bm7」なのかでここまで印象が違うというのがCO-CoLOならではの渋さ、素晴らしさ。
でもね。

金曜日の夜が始まり 又オレは一人になった
F#7                         B7                         F#7

着飾ったshow-windowに
C#7

横目でwink ツイてないのさ ♪
B7                                F#7

その作曲家としての個性、キャリアから推し測ると、ジュリーはおそらくAメロの「F#7」の箇所をすべて「F#m7」で作ってプリプロしていたと思うのですよ。
それをCO-CoLOがジュリーのヴォーカルに合わせてコードまで踏み込んでいじっているのではないかと・・・。嬰ヘ長調のAメロのブルース・アレンジこそがCO-CoLOの「ソリッド」真骨頂ではないでしょうか。

僕はCO-CoLO時代の石間さんのギターを聴いていて、「まるでミック・テイラーみたいだなぁ」と思うことがよくあります。ただしそれはストーンズ時代のミックではなく、ストーンズ脱退後、80年代にボブ・ディランのバックでレコーディングに参加していた頃のミックのギターのイメージなのですね。
双方どう違うかと言うと、これがそのまま「ハード」と「ソリッド」の違いでして。
ストーンズ時代はとにかくヴォーカル部であろうがなんであろうが容赦なく弾きまくり、しまいには「誰かアイツに、そこではギターを弾かなくていい、と教えてやれ!」な~んて言われたこともあったみたいですけど、僕も含めて特にミック在籍時のストーンズの音作りには熱烈なファンも多いです。
ところが数年後のディランのバックになると、これがとにかく渋い!ベタ~ッと絡みつくような独特のフレージングや音色、運指は変わらないのだけれど、どこか一歩退いていると言うのか、「ソロです!」という箇所になってもバッキングっぽい音を続けたり、敢えて単音に切れ目を作ったり、要は「間」があるんですよ。
それが逆に不思議な存在感となって、ディランの孤高の世界観に合うのです。

この微妙にして絶妙なバランスが、僕にはジュリーのヴォーカルと石間さんのギターの相性に重なります。
堯之さんや柴山さんとはまた異なる「ジュリー・サウンドのギター」。CO-CoLOの音は石間さんのギターである、と言っても良いんじゃないかなぁ。
例えば「CHANCE」の間奏での「じれったさ」(←良い意味ですよ!)、後奏の「収拾のつかなさ」(←これも絶賛の意で言ってます)なども本当に独特。
僕はジュリー・ナンバーにディランを感じることってほとんど無いのだけど、CO-CoLO期のいくつかの曲については例外です。それは石間さんのギターによるところが大きい、と思っています。

アレンジ全体としては、やはりCO-CoLO、キーボードとパーカッションの活躍が真っ先に多くのリスナーの耳を捕えるでしょうか。
キーボードはイントロから全編を彩る単音が2種類と、シンセベース。当然ながらこの曲は普通にエレキベースも入っていますから、シンセも合わせてツインベース体制ということになりますが、シンセベースの方は要所要所にビシッと噛み込んでくるスタイル。通常のシンセベースよりもオクターブ上で弾いているっぽいですね。

どのパートもニューウェイヴから派生し枝分かれした様々な洋楽ロックの趣向、流れを踏襲していることは間違いないと思われ、『NON POLICY』の頃のようなシティ・サウンドとは似て非なるもの。
80年代半ばのエイティーズ・ロック直系の演奏とアレンジ、その中でも優れた大衆性を押し出したサウンドからの影響・・・YOKO君は「ダイア・ストレイツを思わせる」と言っていましたが僕はホール&オーツです。
例えばこの曲(「
ポゼッション・オブセッション」)。
どうです、CO-CoLOっぽいなぁと思いません?

いずれにしても「CHANCE」は80年代半ばから後半の海の向こうの「売れ線」的な音作りであることは確かで、特に僕などはエイティーズ・ロックがドンピシャの世代ですから、初聴時から「懐かしい」タイプの名曲だと感じたものでした。
もちろん今年のツアーで「CHANCE」が採り上げられたとしてもリリース当時そのままの雰囲気にはならないでしょう。でも、泰輝さんがきっとシンセの3つの音色をキッチリ再現してくれる筈ですし、「ハード」のみならず「ソリッド」の名手でもある柴山さんは、原曲のアレンジに忠実な音階でギターを奏でてくれると思います。

そしてジュリーのヴォーカル。今の声で歌ったらメチャクチャにカッコイイと思いますよ!
たぶん生で聴いた時に一番痺れる箇所は

こんなはずじゃないのに
Bm                          A

Oh My God 逆らう罰あたり ♪
G#7            C#7

この2番のサビ直前の刺激的なフレーズ。ここはジュリーも松本さんの歌詞を受けて、今現在の世相も重ね合わせて気合入れて歌うんじゃないかな。
今年の新曲「ISONOMIA」で歌われている「ヒエラルキー」ってわけじゃないだろうけど、世の不公平をして「身をわきまえろ」的な天の決定に「罰当たり上等!」で逆らってやろうってのがね、ジュリーの好むロックなコンセプトだと思いますから。
リリース当時とはまた違ったジュリーの歌詞解釈、気持ちがググッと入ってくると思いますよ。

あ、でも今回はもし「CHANCE」がセットリスト入りしたとしても、2番まで歌わないアレンジになるのか・・・。
まぁ贅沢を言うはやめましょう。
とにかく、一度は生で聴いてみたい名曲・・・正に今年はその「チャンス」です!
松本さんの詞は様々な解釈ができそうですが、その中から「一攫千金」的なニュアンスを掘り起こして、当時あの豪快なアクション(札束をばらまく)のアイデアが生まれているわけですよね。
さすがに小道具の再現は無理としても、身振りだけでもジュリーのあのカッコイイ動きを今年のツアーで僕ら新規ファンも追体験できたら、と妄想しています。

③私的セトリ予想・CO-CoLO期シングル篇

今回僕がセットリスト予想記事で書く3曲はいずれも「セットリストに入るかどうかは微妙だけど是非期待したい」位置にあるシングルで、今日の「CHANCE」も実際歌われるかどうかは可能性半々、もしくはちょっと分が悪いかな、という感じです。
では、他のCO-CoLO期シングルはどうでしょう?
これが前回の『A面コレクション』とは違って、「絶対」と言い切れる鉄板曲は無いんですね(あ、「灰とダイタモンド」を一応CO-CoLO期とするなら鉄板かとは思いますが)。そんな中で個人的にセットリスト入りの可能性上位として考えているのは「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」「STEPPIN' STONES」の2曲です。

まず「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」の方は、『ジュリー祭り』の80曲からは惜しくも漏れましたが、明けて2009年のお正月LIVE『奇跡元年』ですぐに採り上げられているところを見ると、当初ジュリーが『ジュリー祭り』に向けてひとまず88曲の候補を挙げた中には入っていた曲だったと考えられます。
その後も2010年の『歌門来福』で歌われるなど、ジュリーにとってはお気に入りの自作曲(作詞・作曲)で、今年厳選される「50曲のシングル」の中にCO-CoLO期代表曲のひとつとして加わる可能性は充分。
一方こちらもジュリー自身の作詞・作曲による名曲「STEPPIN' STONES」については、個人的に「正にこの2017年の特別なツアーで歌われることを約束されていたような歌詞」との思いがありまして。
ちょうど30年前、ジュリーがしっかりと見据えていた「虹色のかすか光」は今やハッキリと輝きを現しジュリーファンならば誰の目にも見えています。各会場大盛況間違いなし!の歴史的ステージにふさわしいシングル曲と言えるのではないでしょうか。

その他ですと、「女神」「きわどい季節」の2曲は、比較的最近セットリスト入りを果たしている(つまり『ジュリー祭り』以降採り上げられたことがあり、新規ファンの僕でも生で体感できている)こと、あとは阿久さんの作詞作品という共通点があります。
採り上げられたとしても不思議はありませんが、見送られたとしても(もちろん残念ですが)納得はできる、という本当に微妙な位置づけの2曲です。でも、「CHANCE」よりほんの少しだけ優位かもしれません。
残る1曲が「TRUE BLUE」。これはいつもお世話になっている先輩が期待していらっしゃいますし、僕としても是非とも生で聴いてみたい名曲なんですけど、今年の「デビュー50周年記念」50曲の括りで考えるとセットリスト入りは厳しそうです。
むしろ来年の古希イヤー、噂されている武道館3daysでのセトリ入り候補として考えてみたいと思うのですがいかがでしょうか。

こうしてみると「CHANCE」はギリギリ見送られてしまうのかなぁ、とも考えてしまいますが、所詮はこのヒヨッコの個人的な予想ですから。
ジュリーの歌人生を共に歩んでこられた目利きの先輩方の「いや、「CHANCE」歌うならココしかないでしょ!」という力強いコメントをお待ちしております(笑)。


それでは、オマケです!
今日は87年繋がりということで、『Keep on Running』ツアー・パンフレットから数枚どうぞ~。


Keeponrunning01

Keeponrunning02

Keeponrunning03

Keeponrunning07

Keeponrunning12


それでは次回更新は、いよいよ”全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待したいセットリスト予想シリーズ”第3弾にして締めくくりのお題。
ズバリ、「周囲の多くの先輩方の、本当に熱烈なセトリ入り希望を耳にしている」大名曲です。
個人的には「う~ん、歌われない可能性の方が高いんじゃないかなぁ」とは思っているんですけど、長いファンのみなさまから圧倒的に切望されている曲のようで、「DYさんが予想記事書いちゃうと選曲から漏れちゃいそうだけど、でもこの機に書いて欲しい」との有難くも恐縮なリクエストを頂きました。

先達のみなさまの深い思い入れを想像すると大きなプレッシャーもかかる・・・そんな特別な1曲ではありますが、なんとか頑張って書いてみたいと思います。
どうぞお楽しみに!

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2017年7月 1日 (土)

沢田研二 「どん底」

from『A面コレクション』
orginal released on 1984、single


Acollection

disc-1
1. 君をのせて
2. 許されない愛
3. あなただけでいい
4. 死んでもいい
5. あなたへの愛
6. 危険なふたり
7. 胸いっぱいの悲しみ
8. 魅せられた夜
9. 恋は邪魔もの
10. 追憶
11. 愛の逃亡者
12. 白い部屋
13. 巴里にひとり
14. 時の過ぎゆくままに
15. 立ちどまるな ふりむくな
16. ウィンクでさよなら
disc-2
1. コバルトの季節の中で
2. さよならをいう気もない
3. 勝手にしやがれ
4. MEMORIES(メモリーズ)
5. 憎みきれないろくでなし
6. サムライ
7. ダーリング
8. ヤマトより愛をこめて
9. LOVE(抱きしめたい)
10. カサブランカ・ダンディ
11. OH!ギャル
12. ロンリー・ウルフ
13. TOKIO
14. 恋のバッド・チューニング
disc-3
1. 酒場でDABADA
2. おまえがパラダイス
3. 渚のラブレター
4. ス・ト・リ・ッ・パ・-
5. 麗人
6. ”おまえにチェック・イン”
7. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
8. 背中まで45分
9. 晴れのちBLUE BOY
10. きめてやる今夜
11. どん底
12. 渡り鳥 はぐれ鳥
13. AMAPOLA
14. 灰とダイヤモンド

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『沢田研二 50周年記念LIVE 2017~2018』、初回チケット発送が始まっていますな~。どうやら今回は発送日に時間差があるらしく、僕の周囲ではまだ到着していない人の方が多いくらいですが、我が家は早々に初日のチケット2枚を受け取ることができました。
カミさんと参加するんですけど、授かったチケットは・・・ま~思いもかけず素晴らしい席で。以来、ず~っとニマニマが止まりません。
何度見てるんだ、ってくらい頻繁にNHKホールの座席表を開いてポ~ッとしております。この歴史的ツアーの初日に、本当に有難く畏れ多いことです。
初日については落選しなかっただけでもう「ラッキ~!」という感じで、良席の期待など全くしていなかったので、想定外の素敵な巡り合わせに感謝しかありません。

さぁ、いよいよ今月16日、ジュリーのデビュー50周年記念・全国ツアー開幕ということで、拙ブログでは今日からセットリスト予想シリーズに突入、厳選した3曲のお題考察に取り組みます。題して

”全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待したいセットリスト予想”シリーズ

お正月LIVEで、「50という数字にはこだわりたい」とシングル50曲+αのセットリストを予告してくれたジュリーですが、2009年以降のマキシシングルはもちろん、ザ・タイガース、PYG、TEA FOR THREE、ジュリワン・・・A面だけでも100曲超えるシングル名曲群の中から、果たしてどの曲が選ばれるのでしょうか。
お正月LIVEでジュリーの「おそらく漏れはないと思いますが・・・」との言葉がありましたので、ジュリーは一般ピープルまで対象に「みなさまご存知の曲」についてはすべて歌う気でいるでしょう。
ギター1本体制で「時の過ぎゆくままに」をどうアレンジしてくるか、というのが見所のひとつです。

そんな中、「選ばれるか選ばれないか微妙なラインにいる曲は?」というのが今回の僕のセトリ予想のコンセプトとなります。
まず今日は、問答無用にして究極のベスト盤とも言える『A面コレクション』収録曲で、そんなギリギリの線上に位置する曲を探してみましょう。

『A面コレクション』、収録全44曲。
50という数字よりは少ないですけど、あくまでこれは85年リリース「灰とダイヤモンド」までのシングルA面曲を並べたもの。「灰とダイヤモンド」に続く「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」以降のシングルなど、セットリスト候補曲はまだまだ他にもあるわけですから、この圧倒的3枚組『A面コレクション』ですら、数曲(10数曲?)はセットリストから外れることが予想されます。
そこでみなさま、考えてみてください。
『A面コレクション』から今回のツアーで残念ながら漏れてしまうのはどの曲だと思いますか?

みなさまのお考えで一番手に挙がりそうなのが「MEMORIES」でしょうか。いや、僕もみなさまももちろん大好きな1曲ですよね。ただしこの曲は海外戦略がメインで、日本でのリリースについては「一応」という感じだったでしょうから一般ピープルの認知度も低く(実際、僕はYOKO君に『A面コレクション』を借りるまでは知らない曲でした)、厳選50曲の中には入ってこないと思われます。
では、その次にみなさまが「う~ん・・・」と悩みに悩んだ結果、多くの方が二番手に挙げそうだなぁと個人的に想像している曲。それが今日のお題です。

僕がこれまでお話を伺ったりコメントを読ませて頂いたりしたジュリーファンの先輩方、本当にたくさんいらっしゃるんですが、未だこの曲を「大好き!」と仰る方には出逢ったことがありません。
でもね。
「イヤよイヤよも好きのうち」とも申しまして、実は先輩方もLIVEでもう一度聴いてみたいんじゃないか、今のジュリーが生で歌うのを体感したら「最高!」と仰るんじゃないか・・・僕はそんなふうに想像しながら、サプライズなセットリスト入りを期待しているところです。
84年リリースのシングル。
名曲ですよ・・・「どん底」、伝授!

Donzoko83


↑ 『YOUNG SONG』84年5月号より

①阿久=大野時代をオマージュする意義

僕はリアルタイムでは知らなかったのですが、この曲を歌っていた頃「今が”どん底”です」という、83年からシングルのセールス苦戦の状況が続いていたジュリーの自虐的(?)な発言もあったそうですね。
言われてみれば歌番組全盛期に10代を過ごした僕も、「どん底」をテレビで歌うジュリーを見かけたのはほんの数回だったような気がします。

今日の記事では最後のチャプターで84年新春のラジオ音源のことを書きますが、そこでは84年一発目のシングル「どん底」リリースにあたって「ヒットに飢えている」ジュリーの様子がヒシヒシと伝わってきます。
「去年(83年)は今ひとつだった」と振り返り、とにかくこの新曲で巻き返したいと。
結論から言えば「どん底」はジュリー自身やスタッフ、ファンが期待したような結果を出せませんでしたが、「なんとか大ヒットを!」と気合を入れて世に送り込まれたシングルであったことは間違いなさそうです。

83年のシングル「背中まで45分」「晴れのちBLUE BOY」「きめてやる今夜」の3曲について、「きめてやる今夜」で色々と賞を貰った、ちょっと盛り返した、との認識があり(ラジオでジュリー曰く、「もちろん一番大きいの(大賞)はトシちゃんとか細川さんのところへ行ったわけですが・・・」とのこと)、製作サイドも「やっぱりジュリーはキザでギンギンな曲がヒットするのではないか」と狙ったのでしょう・・・84年のニュー・ソングル「どん底」はB面の「愛情物語」も併せ、70年代後半のセールス黄金期の阿久=大野ナンバーへのオマージュを明快に見てとることができます。
作詞・大津あきらさん、作曲・編曲・井上大輔さん。
ジュリーのセールス黄金期へのオマージュを託すには申し分のない組み合わせであり、実際「どん底」はとても良い曲なんですけど、僕自身この曲がジュリー・シングルの中で特に好きな曲かと言われればそうではありません。長いジュリーファンの先輩方もそれは同様なのではないかと推察いたします。
リアルタイムでテレビでチラッと曲を聴いた時、「勝手にしやがれ」の二番煎じだと感じたものでした。

でも、何故か今気になる曲なんです。本当に「二番煎じ」なんて括ってよい曲だろうか、と。
LIVEでバ~ン!とあのイントロが流れ、69歳のジュリーがあのアクションも交えて歌ったら、歌詞や曲調とジュリーの年齢の乖離など微塵も感じずメチャクチャ盛り上がるシングル曲なんじゃないか、とね。
むしろここは一丁、「勝手にしやがれ」と繋げて歌って欲しい!と希望しています。

僕のような新規ファンには分からない感覚ですが・・・一昨年のEMI期アルバム再発時、これまでずっとジュリーをリアルタイムで観て、曲を聴き続けてこられた先輩方の多くが、CO-CoLO時代のアルバムについて「あの頃は馴染めなかったけど、今改めて聴くとすごく良い」と仰っています。どこの会場でしたか、LIVE前に近くの席に座っていらしたお2人連れの先輩が『TRUE BLUE』についてそんなお話をされていたのを耳にしたりもしています。
これね、たぶんポリドール期の終盤のシングルやアルバムについても同じ感覚はきっとある、と僕は想像しているんです。さらに言えば、「どん底」の場合は「生のLIVEで聴いたら絶対」なのでは、と考えるわけです。

いや、もちろん「どん底」は純粋に音源作品としても名テイクです。腕ききのエキゾティクスの演奏は各パートとも自在かつ綿密ですし、ジュリーのヴォーカルもヴァースごとに表情を変え、ドツボに嵌った恋人同士のシチュエーションをズバリ叩き斬っています。
物語の状況やフレージングは「勝手にしやがれ」を受けていますが、「どん底」の大津さんの詞には80年代ならではの「リアル」があります。主人公の「普通さ」が逆に、あのブッ飛んだ阿久=大野ナンバーの世界観へのオマージュを面白く掘り下げているのです。

ドアを蹴って行ってくれ
E♭m

しゃくなドラマに仕立ててくれ
B♭m

やけに想い出 しぼんでいるから ♪
A♭               G♭        A♭    B♭m

「勝手にしやがれ」の主人公は自ら率先してヤケンパチのハイテンション状態ですが、「どん底」では
「いっそヤケンパチにしてくれ」
って感じじゃないですか。「俺はこのどん底のシチュエーションで、なんとかテンションを上げていきたいんだ!」というのははからずもこの時期のジュリーのセールス状況を投影しているようですし、ひいては僕らが過ごしてきた「モノが溢れかえっているけど真に自分が求めているものを探しあぐねている」80年代半ばの世の中の閉塞感をも思い起こさせます。

なんとか「突き抜けて」生きたい。たとえ今、最悪の状況に身を置いていたとしても。

今が最悪  男と女
D♭  B♭m  G♭  A♭

続けてゆくなら 涙をおくれよ
D♭    B♭m     G♭         A♭

サヨナラするなら 台詞はいらない
F7                      B♭m           G♭

答えは背中に投げてくれ
Cm7-5          F7        B♭m

どっちにしたって どっちにしたって
A♭                   G♭

やってられない どん底さ ♪
F7                   A♭     B♭m

1984年・・・みなさまも思い出してみてください。人々の生活、そして音楽の世界でもスマートに「アツくならない」ことがカッコ良いとされた時代です。でも皆本当は感情の吐露に飢えていたのではないでしょうか。
だからジュリーが阿久=大野時代のシチュエーションに再挑戦したかのような「どん底」には、今振り返って「あぁ、あの頃だからそれをやることに意味があったんだ」と思わせるものがあります。当時ヒットはしなかったけど、「ジュリー・シングルに「どん底」あり!」を是非今回のツアーで改めて体感したいものです。

ちなみに、これは楽器弾く人限定の感覚かもしれませんが、この曲のイントロは「福幸よ」のそれと似ているのです(トニックのマイナー・コードからディミニッシュへの進行は、キーこそ違いますがまったく同じ理屈)。


Donzoko113

↑ 同い年の男性ジュリーファンの方がコピーしてくださった貴重なバンドスコア!まさか「どん底」のバンドスコアなんてモノがこの世に存在していたとは・・・。

僕は今年のお正月LIVEの1曲目、イントロ一瞬だけ「まさかのどん底来た!」と勘違いしましたからね。後にYOKO君にその話をしたら、「いや、『祈り歌LOVEDONG特集』ってツアーで「どん底」はさすがにナイでしょ!」と笑われました。
ただし今回の全国ツアーは状況が違います。マイナー→ディミニッシュの初っ端3秒で「おおっ、今度こそどん底キター!」と即座に反応したい、と妄想しています!

②『ROYAL STRAIGHT FLUSH Vol.3』について

このチャプターでは、「どん底」が収録されているベスト盤『ROYAL STRAGHT FLUSH Vol.3』の話をちょっとしておきたいと思います。

僕が完全に「ジュリー堕ち」したのは2008年の『ジュリー祭り』東京ドーム公演でしたが、これまで何度か書いているように、僕にはその前に数年間の”第一次ジュリー堕ち期”があります。2005年にリマスター再発された3枚の『ROYAL STRAIGHT FLUSH』から、『Vol.2』をたまたま聴いて「これは」と感動したことがきっかけで、残る『1』『3』もすぐに聴き、さらにはポリドール期の全オリジナル・アルバム大人買いへと繋がっていったのでした。
そんな経緯が無ければ僕が『ジュリー祭り』にYOKO君を誘って「行ってみようか」と言い出すこともなかったのは明らかで、僕にとって『ROYAL STRAIGHT FLUSH』の3枚は『A面コレクション』以上に大切な、特別なベスト盤ではあるんですけど、ある程度ジュリーのポリドール期について(音源だけは)血肉としたかなぁという時期、ふと「ロイヤルの『3』って個人的にはお気に入りで大好きな想い出の1枚だけど、果たしてこの選曲で正解なんだろうか」と考えたことがありました。

『ROYAL STRAIGHT FLUSH』の収録曲構成は、まず冒頭1曲目にリリース当時の「最新シングル」をド~ン!と配して販促的な要素を持たせ、残りの11曲と併せて豪華な「ベスト」とするものですよね。
『1』の「カサブランカ・ダンディ」、『2』の「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」、『3』の「どん底」。
「今、旬なジュリー・シングル」が1曲目としてそれぞれの『ROYAL STRAIGHT FLUSH』の「顔」となります。

まず『1』は、ソロ・デビューから「カサブランカ・ダンディ」までのジュリーのキャリアの中から「誰もが知る」正に最強のラインナップ。厳選された文句のつけようのない圧倒的な「ベスト」です。
次に『2』の収録曲構成を見てみますと、「OH!ギャル」から「ス・ト・リ・ッ・パ・-」までの全シングル8曲。残る4曲に、惜しくも『1』の選曲から漏れてしまっていたシングルの中から「ウィンクでさよなら」「コバルトの季節の中で」「立ちどまるな ふりむくな」「さよならをいう気もない」をピックアップしています。当時既に『1』を購入済みのリスナーにとってはバランスの良い選曲で、こちらも先輩方は「文句なし」だったでしょう。

対して『3』の場合は・・・。
「麗人」から「どん底」までの全シングル7曲。ここまでは問題無しとして、残りの5曲で『1』から漏れていたシングル曲の収載は「あなたへの愛」のみ。あとは「勝手にしやがれ」「サムライ」「TOKIO」「ス・ト・リ・ッ・パ・-」という定番曲を再度収録しています。
いや、これは84年当時としては最適の選曲であったのかもしれません。レコードの時代ですし、もしかするとその頃『1』『2』の重版が止まり、お店で入手し辛くなっていた可能性も考えられます。新曲「どん底」を押し出し、新たなファンを開拓しようというなら、「ジュリーと言えばこの曲!」という大ヒット・ナンバーを『1』『2』と重複させる手はアリだったでしょう(まぁそれなら「危険なふたり」「時の過ぎゆくままに」も併せて全14曲にすべきだったのでは・・・とも考えますが、さすがに収録時間的にレコードの溝がキツイかな?)。
ただ、今になってみるとね。
ジュリーはその後も現役で歌い続けて、今年はデビュー50周年、「シングルばかり歌う」全国ツアーで、さらに新しいファン、中抜けのファンを獲得するでしょう。それはもう間違いない。そんなファンが、「やっぱりジュリーは凄い!何かCDを聴いてみよう」となった時、まず『ROYAL STRAIGHT FLUSH』はとても求め易い。『1』を買って、感動して『2』も買って・・・さらに『3』も買おうかと思ったら「あれっ、4曲かぶってるなぁ」みたいな感じになりはしないかな?と。

だからやっぱり僕は『3』の選曲については、当時としては無理っぽかったのかもしれないけど、まだまだ『1』に漏れたシングルもあったわけですから、「あなたへの愛」に加えて、「君をのせて」「あなただけでいい」「死んでもいい」「胸いっぱいの悲しみ」「魅せられた夜」「愛の逃亡者」「白い部屋」「巴里にひとり」の中から4曲選んで収録した方が良かったんじゃないか、と(今さらのように)考えてしまうわけです。
そのあたり、『ROYAL STRAIGHT FLUSH』3枚それぞれをリアルタイムで購入してこられた先輩方はいかがでしょうか。あ、でも先輩方はどのみちシングル盤も購入していらっしゃるから「重複」はさほど気にならない・・・むしろ日常茶飯事な感じだったのかなぁ?
まぁ僕自身も、半数以上の重複なんてまるで問題なく、喜んで『黒盤』買いましたけどね・・・。

③ジュリーがラジオで語った「どん底」の話

とんでもない大長文を避けるために記事をチャプター分けしているのに、今日はいつも以上に長くなってしまいますが・・・少し前に福岡の先輩から『愛をもとめて』以外のジュリーのラジオ音源を授かっておりまして(厖大な量です!じゅり勉途上の身としては本当に感謝、感謝です)、その中に「どん底」について語られている84年元旦放送のものがありますので、この機会に書いておきたいと思います。
これは『ニューイヤー・トップスター・スペシャル/おめでとう沢田研二です』という新春特番のようです。


今年にかける意気込みであるとか、あれこれを面白おかしく、おとそ気分でお届けしたいと思います。

とのことで、長尺で色々な話をしてくれるジュリー。「あっ、それ当時聴いた!」と仰る先輩方は多いでしょうけど、当然僕は今回初めて聴いたラジオ音源。
冒頭では「初夢」の話とかしてくれていますが、それは来年の元旦に更新する記事のネタにとっておきましょう(鬼が笑うで~)。
他、「きめてやる今夜」や『山河燃ゆ』の話題などもまたいずれの機会に譲り、番組の最後、ニュー・シングル「どん底」リリース告知(この時点で曲はもう完成していて音源を流してくれています)に絡めてジュリーが語る84年の展望の話を書いていきましょう。


今年は歌の方でも頑張らなければいけない、と言っておりますが、どういう具合に頑張るのか・・・2月の1日に新曲が出ます!これは普通のことではございません。普通ですと1月中に出す(笑)!

ここでジュリーが笑っているのは、84年のジュリーはこの元旦のラジオの仕事が終わったら1週間の休みなのだそうで、「こんなこと初めてですよ!」と。
働き者のジュリーですからねぇ・・・物足りない、ウズウズする、みたいな雰囲気が伝わってきます。長い「休み」があることに自嘲気味にもなっているんですね。


エネルギーを溜めて、2月からドッ!とこう突っ走ろうという。この(新曲の)タイトルがなんと「どん底」。
酒飲みの東京近辺の人は「新宿に”どん底”という酒場があったなぁ」とか、読書家の人ならゴーリキーのね、僕は読んどりませんが、話だけは知っております・・・そっちを思い出しているかたもいらっしゃるかもしれません。


実は僕も、ゴーリキーは読んだことがありません・・・。
ジュリーは明るい調子でさらに話を続けますが、その声から「僕はもっともっと仕事がしたい!」感がますます伝わってくるという。


僕は(去年1年を)シビアに反省しているんです。
「背中まで45分」、ズッコケた。井上陽水に騙された・・・ウソウソ(笑)。「晴れのちBLUE BOY」・・・これは過激に走った。加瀬さんが「これは絶対売れる!」と言った・・・加瀬さんに騙された(もちろんこれも冗談です)。人のせいにしてはいけない!
そこで、大ちゃんだ、あの井上大輔さんだ、と言って「きめてやる今夜」。自分の作った曲を捨ててまで井上さんに作って貰った。これで賞をたくさん貰ったけど、いまひとつだった。こういう反省の上に立ちまして、今年は自分の枠をもっと拡げよう、と。


で、問題はここからの話なんです。僕が今日このラジオ音源のことを書いたのは、先輩方に教わりたいことがあるから・・・ジュリーはこの後、新規ファンの僕にはまるで分からない「84年の予定」について話すんです。


今年はアルバムを2枚出す!

と。
そこまで聞いていた段階で僕はそれを『NON POLICY』と先述の『ROYAL STRAIGHT FLUSH Vol.3』のことだと思いました。でもどうやら違うみたいで。
まず「
全国ツアー最中の夏に1枚出す、派手なアルバムにしたい!」と話してくれて、これは間違いなく『NON POLICY』のことですわな。続けて「今はまだ詳しく話せないのですが、秋くらいに」ということで

これはタネも仕掛けもある・・・話せない話というのが面白い話だ、と思って貰っていいわけです。「えっ、何で?何でそうなってるの?」と(ラジオを聴いてくれているみなさまが)思うような話ですから。話したくてしょうがない、でも話せない。

これは一体・・・?
84年の秋にアルバムは出てません・・・よね?もしかして僕の知らない企画盤とか、ショーとかあったのでしょうか。それともこの時のジュリーの話はその後立ち消えになったとか?
僕にはまったく分かりません・・・。

ともあれジュリーは番組の最後に


今年は本当に、バッチシ決めてみるからね!


と宣言。同時期の『ヤング』にも記述があったように、ジュリーがこの新曲「どん底」に並々ならぬ気合で臨んでいたことを改めてこのラジオ音源で学びました。

繰り返しになりますけど、結果としてセールスの成功は勝ち取れなかったシングル「どん底」。
ジュリー自身にも、長いファンの先輩方にとってもこのシングルは苦い思いが未だ残っている不遇の曲なのかもしれません。でも、もしジュリーが今回のデビュー50周年記念ツアーでこの曲を採り上げたとしたら、リリース当時の気合、意気込みをそのまま改めて再現してくれるような、素晴らしいパフォーマンスを魅せてくれるのではないでしょうか。
最高にカッコイイですよ、きっと。
実現したら、それがそのまま最後の機会となるかもしれませんしね。ここはひとつ、「どん底」のセットリスト入りを大いに期待しようではありませんか!


それでは、オマケです!
先日ピーファンの先輩に新たにお借りした貴重な切り抜き集の中に、ちょうど84年繋がりで『ときめきに死す』の資料がありましたので、今日はそちらをどうぞ~。


Tokimekinisisu1

Tokimekinisisu2

Tokimekinisisu3

Tokimekinisisu4

Tokimekinisisu5


それでは次回更新は・・・。
今日は『A面コレクション』から「セットリスト入りギリギリ線上」の曲を考えました。次はCO-CoLO時代のシングル群に目を向けてみたいと思います。
これは『A面コレクション』以上に悩みどころですよ。どの曲も「この機に歌ってくれる」ようでもあり「ギリギリのところで割愛される」ようでもあり・・・。
でもジュリー自身がかつてMCで語った「心を込めて作ったのに、一度のツアーしか歌っていない曲もある」ようなアルバム収録曲、隠れた名曲と比較した時、「今回のツアーではもしかしたら・・・」と、光を当てられる機会を僕らファンが期待できるぶん、やっぱり「シングルA面」というだけでそれは特別な曲なんですよね。

みなさまもCO-CoLO時代のシングルの中で、「是非今回のツアーで聴きたい」と考える意中の曲はあるでしょう。ですので、お題曲だけではなく「CO-CoLOのシングル」という括りの話も少しだけ交えるつもりです。
どうぞお楽しみに!

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2017年5月31日 (水)

沢田研二 「雨の日の出来事」

from『JULIE』、1969

Julie1

1. 君を許す
2. ビロードの風
3. 誰もとめはしない
4. 愛のプレリュード
5. 光と花の思い出
6. バラを捨てて
7. 君をさがして
8. 未知の友へ
9. ひとりぼっちのバラード
10. 雨の日の出来事
11. マイ・ラヴ
12. 愛の世界のために

---------------------

『大悪名』千葉公演にお出かけのみなさま、お帰りなさいませ。いかがでしたか?
これで残すは甲府、そして池袋。27日放送のNHKラジオではcobaさんがジュリーの音楽劇のお話をしてくれたそうですが、本当に「これで最後」なんですね・・・。
千葉で観劇されたみなさまの中には当然「池袋も行く」と仰る方々も多いでしょう。僕は一度きりの観劇ですが、cobaさんの演奏をとても楽しみにしています。

それにしても暑いですな~。
この調子だと真夏は一体どんなことになってしまうのか・・・思いやられます。
そんな中、”『愛をもとめて』でのジュリーの話から関連したお題を探す”シリーズ、ひとまずの締めくくり・・・なんとか5月ギリギリの更新成りました。
真夏の前にはうっとおしい梅雨の季節もやってきます。でも6月って僕らジュリーファンは「ジュリーの誕生月」ということで嫌いにはなれないんですよね。「梅雨はイヤだけどい6月は好き」といったところかな?
今日の記事はそんな梅雨のシーズンに向けて、ひと足早く「雨」がテーマです。
もちろんジュリーの『愛をもとめて』も雨のお話。放送日はまったく分かりませんが、やっぱり梅雨時のオンエアだったんじゃないですかね~。

あやかります考察楽曲お題は、ジュリーの記念すべきファースト・ソロ・アルバム『JULIE』から、切なくも爽やか、可愛らしい小品名曲「雨の日の出来事」です。
早速伝授!


①「雨の歌」名曲あれこれ


古今東西、「雨の歌」には名曲が多いのですな~。
ただし、日本と西洋(イギリス)とでは国民性と言うか、作者やリスナーの「雨」に込めたニュアンスは違うんだよ、という話を少年時代にラジオで聴いたことがあります(まぁ現代までそれが同じように言えるのかどうかは分かりませんけど)。
ビートルズの「レイン」を引き合いに、「ロンドンの人達にとって、雨というのはとても嫌なもの、うっとおしいものという考えがあって、雨をテーマにした詞はどこか後ろ向きだったり哲学的になりがち。日本人も雨が好きな人は少ないだろうけど、いざ曲になると”もののあはれ”を感じていい気持ちになる傾向がある」という・・・話をしてくれていたのは渋谷陽一さんだったか松原みきさんだったか曖昧ながら「へぇ、そんなもんなんだ」と思った記憶が残っています。

確かに僕ら日本人にとって雨の歌というのは叙情的で物語性が強いイメージ。でも、例えばジュリーの曲にしても色々な雨の歌がありますよねぇ。
「爽快」なのは「今夜の雨はいい奴」。内省的なのは「ドシャ降り、抜けて」。でもやっぱり日本の「雨の歌」も悲しい詞の歌が多いのかな。「雨だれの挽歌」や「あの日は雨」がそうです。
哲学的、思想的ということになるとタイガースで「雨のレクイエム」、PYGで「花・太陽・雨」・・・探せばまだまだジュリーが歌った「雨」の歌はありそうですね。

そんな中、ジュリーのファースト・アルバム収録の愛すべき佳作「雨の日の出来事」は、短いポップ・チューンにそのすべての要素を含んでいると言いますか。
村井さんのメロディーが爽やかであるのに対し、安井さんの詞は悲しく内省的。加えて東海林さんのアレンジが哲学的でね。タイガースのジュリー、初のソロ・プロジェクト・レコーディングとして、忙しいスケジュールを縫って3人のプロフェッショナルが短時間でバ~ッと仕上げたからこそ、それぞれの色が強く独立した形で反映されたのではないでしょうか。
アルバム収録曲の中でも、三方向からのアイデアが良い意味でバラバラであることがこの曲の個性であり魅力だと僕は思っています。「ひとりぼっちのバラード」と「マイ・ラブ」という壮大な2曲に挟まれた小品ながら、個人的にはこの曲、「光と花の思い出」「ひとりぼっちのバラード」と並んでアルバム中特に好きな1曲なのです。

詳しい楽曲考察は次のチャプターに譲るとして、ここでお題曲の話ではないのですが・・・「雨の歌」関連でこの場を借りてみなさまにお尋ねしたいことが。
実は最近ある先輩からお尋ねを頂きまして、タイガースの「淋しい雨」に原曲、と言うか英語ヴァージョンの現地レコーディング作品って存在するのでしょうか。
僕のつたない知識では分かりようもなく、もしかしたら拙ブログを読んでくださっているみなさまの中にご存知の方がいらっしゃるのでないかと期待するところなのですが・・・いかがでしょうか。

②楽曲全体の考察

先述の通り、村井さんの爽快なメロディーに安井さんが載せた悲しい詞・・その不思議なバランスに僕は惹かれています。
エンディングのキラキラとした東海林さんのアレンジにしても、歌メロの〆でジュリーが歌う

やさしい言   葉は むなしく  聞こえる
C         Fmaj7  Em7  F    Dm7  C    A7

僕は憎む いつわりを ♪
Dm7        F(onG)  C

の歌詞とは乖離がありドキッとしますよね。
シチュエーションとしては、主人公にはつい最近までつき合っていた恋人がいて、別れ際には「あなたには私なんかよりもっとふさわしい人がいる」な~んて言われた感じですかね~。
その後、ある雨降りの夜に鬱々とした気持ちで街を歩いていたら、その彼女がちゃっかり新しい恋人らしき人とデートしているのを見かけてしまった、と。
安井さんは女性視点で書いた可能性が高いので、対象は「彼」かもしれませんが・・・。

君が誰かと通りすぎたのを
C

僕はみてた  雨の夜 ♪
Fmaj7  Dm9   G7     Cmaj7

ただね、村井さんのメロディー、ジュリーの歌をを聴いていると浮かんでくるのは、歌詞にある「夜」ではなくて、「午後」の雨の景色なんですよね。
次のチャプターで、ジュリー自身の「雨はイヤだけど夕立の雨上がりはいい」という雨についての話を書きますけど、楽曲としての「雨の日の出来事」の雨は午後の夕立を思わせます。雨があがったら主人公はパッと気持ちを切り替えて笑顔をとり戻したんじゃないか・・・そんなふうに聴き手が想像してしまう歌だと思うのです。
いつまでも暗く落ち込んでいる、という主人公の姿が見えてこない・・・これはやっぱり当時のジュリーの声の為せるところですかね~。

例えば僕はトッポ自作詞のソロで「雨上がりと僕」という曲がかなり好きなんですが、そこでは主人公が
「水たまりに映った自分の暗い顔を見たくないから、雨があがって欲しくない」
と歌うわけで、これがトッポのジュリーとは対照的な声の個性と合っているのです。
道を分けたタイガースのヴォーカリスト2人が、ごく近い時期に雨の歌、しかもいずれも素晴らしい曲を歌っていて、その「声」と「雨」の相性がまるっきり違うというのはとても面白いことです。

同時に、「君」とその連れの2人に気づかれないように顔を伏せて、心の中で雨に向かって問いかける・・・そんな情景も併せてやっぱりこの歌は「タイガースの頃」のジュリーだなぁ、とも思えます。
アルバム『JULIE』って、タイガースの音楽性とは一線を画していますよね。
「愛のプレリュード」「君をさがして」の曲想や、「ひとりぼっちのバラード」「マイ・ラブ」の高度な転調採用などから考えると、これはジュリーをして「歌謡界の新星歌手」たらんとするセールス戦略です。
逆に言えばタイガースが(「歌謡曲」の対義としての)ロックである、と事務所の認識があったことの証明。でもジュリーのソロでは一度そこから離れてみよう、と。
だからこそ「君を許す」のタイガース・シングルへのシフトがややこしいわけですが・・・。

『JULIE』の中で「タイガースのジュリー」を最も投影している曲は「雨の日の出来事」だ、と僕は思っています。
アルバム中唯一ロック色を前面に出した「誰もとめはしない」はタイガース・ヴァージョンもあるけれど、シローのコーラス以外タイガースのメンバーは関わっていなさそうですからね。テイクは違えど、どうもいずれも同じ演奏者によるトラックっぽいですから。サリーのベース、ピーのドラムスが入っていればシングルA面級の仕上がりとなったはずのナンバーですが、これは『JULIE』演奏陣による別ヴァージョンでしょう。
もちろん素晴らしい曲ではありますけど、タイガース色は薄いのです。
そこで、ロック・チューン「誰もとめはしない」よりむしろ「雨の日の出来事」の方が曲想的にもジュリーのイメージ的にも「タイガース寄り」だな、と僕は感じます。
「雨がしとしと、日曜日♪」のジュリーを受け継いでいるように思いますよ。

それに、この曲は『JULIE』収録曲の中でジュリーの高音の魅力も際立つ異色作。村井さんは敢えてこのアルバムではタイガースよりもキーを低く設定しているそうで、それは成功していましょうし、「雨の日の出来事」の音域でもそれはその通りなんですけど

ふりしきる   雨に聞いても知らない
   F      Fmaj7 F                          C

今では   もう言いわけもいらない ♪
F    Fmaj7  Fm7            D7        G7

このヴァースに登場する曲の最高音(高い「ミ」の音)を歌うジュリーに、タイガースでの高音ヴォーカルが重なりませんか?
この声にどことなく「風はしらない」を連想させられるのは僕だけなのでしょうか。

確かにアルバムはタイガースとは毛色の違う作品だけど、ジュリーファンとしては「これがロッカー・ジュリーのファースト」と称し誇れる1枚であり、1曲1曲。
遅れてきたファンの僕がこのアルバムから「ひとりぼっちのバラード」を生で聴けているのは奇跡のようなことで、しかもそれがタイガース再結成直後のセットリストだったというのがまたね・・・不思議な「後体験」の繋がりだったなぁとしみじみ思っています。

③『愛をもとめて』より 雨の話

今日の『愛をもとめて』は、「雨」をテーマにつらつらと話をしてくれるジュリーです。
毎回かどうかは分かりませんが、番組冒頭にジュリーの「ひとこと」があって、だいたい「こんばんは、沢田研二です」から始まるんですけど、ポエム朗読がある回は詩の内容に沿った「台本」(だと思っています)を読んでくれる場合がありますね。
この回もそうで、冒頭でのジュリーの「台詞」は


雨に濡れた女性はなかなか色っぽいですね。
季節で言ったら、あなたはいつの雨が好きですか?


とまぁ・・・とにかく甘やかな声でね~。
リアルタイムでラジオを聞いていらした先輩方がポ~ッとなってしまう様子が想像できるほどです(笑)。
そんな台詞に続いて朗読されたポエム、これまたタイトルが分からないのですが、印象的な箇所を書き起こしてみますと


あの人と別れた悲しみを、何処へ持っていけばいいか・・・
(中略)
寒い心が濡れそぼります。みぞれまじりの冬の雨に、心の芯が凍ります。やがて雪になりそうです。


なかなか切ない「雨」のポエムです。
でもジュリーは朗読が終わるとキッチリ気持ちを切り替えて、朗らかな声で「雨」の話を始めてくれます。


いろんな雨がありますけど、まぁ雨を好きな人ってのもいらっしゃるでしょうが、だいたい雨が降っていいことっつうのは・・・ないですなぁ。雨上がりってのは好きですけど、でもほら、ドシャ降りでもう一週間もしょぼしょぼしょぼしょぼ降られて、その後の雨上がりはちっとも気持ちよくないですけど。
夕立ちっていうのかなぁ。ザ~ッと降ってパッとこうあがるとね、土の匂いがプ~ンとしてって言うか、なんとも言えないすっきりした気分になるでしょ?

やっぱり雨が降るとよくないことが多いでしょ?
たとえば小さい頃から考えると、遠足とかね、ピクニックとかね、運動会とかそういうのも全部中止になるしねぇ。
僕なんか小さい頃は京都にいたわけですが、京都っつうのはお祭りが多いわけ。時代祭、葵祭、祇園祭・・・雨が降ると全部中止になっちゃいますからね。


恥ずかしながら、ジュリーの発音「じだいまつり」がどんなお祭りなのか僕は分からず、調べました。
「時代祭」は「葵」「祇園」と合わせて京都三大祭でしたか!知らなかった・・・えっ常識ですか?(汗)


(今でも)野外でステージやったりする時にね、まぁ~ホントに雨のことが気になって気になってしょうがないですよね。「雨天決行」って書いてもさぁ、やっぱりこういうこと書くと雨が降りそうな気がするから書かないでおこう、とか色々気を遣ったりなんかするわけですけれども。
やっぱりカラ~ッと晴れて、適当にどうでもいい時にサラッとこう降ってくれる雨はなかなか結構ですが?


と〆てくれたジュリー。先輩方は、雨天決行のジュリー野外LIVEって体験されてるんですかねぇ。
LIVEそれ自体も大変なんだろうけど、業界でよく言われるのは「雨の野外LIVEは会場販売グッズが売れない!」という・・・だからやはりジュリーの言う通り、だいたい雨が降っていいことってのはないんですね。


で、最後の最後にジュリーがこの日オンエアしたBGMを紹介してくれるのですが

今日は、「ディンドン」ジョージ・ハリスン、これを聴いて頂きました。それではまた。

ひゃあ・・・時代を感じますね。あんまり売れなかったけど、「ディン・ドン」はジョージが74年末にリリースしたアルバム『ダーク・ホース』からのシングル・カット曲。
これは隠れた名曲ですよ。某アイドル・グループに同じタイトルの曲があるけど、本家はジョージです。
『愛をもとめて』ではこんなふうにして、ジュリーの曲ばかりじゃなくて、その当時のタイムリーな洋楽とかかけてくれてたんだなぁ、と改めて70年代の旧き良き雰囲気を満喫できた回でした。

ということで、今月は『愛をもとめて』のジュリーの話にあやかったお題を5曲ほど書いてきました。このシリーズはまた秋くらいに書きたいなぁと思っています。
実はその後、福岡の先輩からは『愛をもとめて』以外のラジオ音源も大量に授かってしまいましてね~。エキゾ時代の『NISSAN ミッドナイト・ステーション』とか。
今我が家はお宝ラジオ音源の山ですよ。
僕一人が楽しんでいても勿体無いので、”ラジオのジュリーの話に関連したお題を探すシリーズ”、今後も定期的に開催したいと思います。
僕自身、メチャクチャ勉強にもなりますからね!


それでは、オマケです!
今日は「雨」に関連しまして、Mママ様からお預かりしている切り抜き資料を。
「あめはきらい」というタイトルのジュリー自筆のポエムが載っているんですが、これ『女学生の友』ですかね?フォトポエムの連載とは全然違うようですが・・・。


Img494

Img495


う~ん、僕にはこれが何年くらいのジュリーなのかも分かりません・・・(汗)。


では次回更新は・・・ジュリー69歳の誕生月である6月は、昨年に引き続いて”act月間”といたします。
まだまだ分からないこと、把握しきれていないことの多いactの名曲群。どのくらいのペースで更新していけるか見当もつかない状態ですが、最低でも5曲は書きたいと思っています。
今年もよろしくおつきあいくださいませ~。

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2017年5月28日 (日)

沢田研二 「我が心のラ・セーヌ」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

---------------------

『大悪名』、どんどん進んでいきますね~。
僕は一応ストーリーを知らない状態で池袋公演に参加しようと思っていますが、ジュリーの様子も気になるし・・・各所チラ見チラ見で過ごしております。

毎日暑いですな~。関東だけ?
さぁ、拙ブログでは引き続き”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連したお題を探す”シリーズ・・・今日はジュリーのフランスの話・第2弾です。
あやかったお題は作詞・作曲ともにジュリーのペンによるナンバーで、アルバム『忘却の天才』から「我が心のラ・セーヌ」。
枕もそこそこに、伝授です!


①エレキ大好きなジュリーがアコギ好きにシフト?

ジュリーはやっぱりこの曲に自分なりの「シャンソン」魂を吹き込んで作ったと思います。
素直なメロディー、素直な進行。
耳馴染みの良い穏やかな曲調に、「以前どこかで聴いたような気がする」と、リアルタイムでアルバムを購入した先輩方も思ったのではないでしょうか。
みなさまが真っ先に思い浮かべたのは、あまりに有名なこの曲だったかな?

ところが、白井さんのアレンジの仕上がりはあっと驚く(ジュリー自身も?)トラディショナルな雰囲気のパワー・ポップとなりました。
ギンギンのハード・ギター・アルバムである『忘却の天才』に完全なアコースティック・アレンジのこの曲が入っているというのは重要なポイントでしょう。何故なら翌2003年、突如ジュリーLIVEに「アコースティック・コーナー」が登場するからです。
お正月の『LOVE & PEACE』ツアーは、過去の様々なナンバーが「えっ、この曲でエレキ使わないの?」という斬新なアレンジに変身・・・リアルタイムで観た先輩方はビックリされたでしょうね。
これ、「我が心のラ・セーヌ」のアレンジ・アプローチを気に入ったジュリーが、キーボードレス(当時はそうでしたね)のステージに柔らかな「変化」を求めたアイデアだったと考えてみるのはどうでしょう。
キーボードが無い以上、ギター・サウンドの枠内でアレンジに明確な変化をつけようとするならアコギ重視の選択肢は当然と言えば当然。とは言えオリジナルのアレンジをあそこまで大胆に変えてくるとはさすがの先輩方でも予想できなかったのでは?

ただし、「アコギ・サウンド=ロック色の薄さ」とは(ジュリーに限らずそうですが)言えません。
後追いファンの僕はその点を踏まえて「我が心のラ・セーヌ」を聴き、「うん、ギターがアコギしか使っていなくたって、この穏やかなメロディーの曲がこんなにもロックするじゃないか!」と改めて考えるのです。
次のチャプターでは、ジュリーとしてはシンプルなコード進行の曲を白井さんがいかに装飾したか、ということも含めて曲の細部を分析していくことにしましょう。

②楽曲全体の考察

僕はジュリーがこの曲の原型を作曲したというテレビ番組『フランス・僕のなかにもセーヌが流れる』を観たことがありません。今回その点で楽曲考察が片手落ちとなりますが、いずれ勉強の機会はあるでしょう。
ジュリーが番組の中で披露してくれたと聞く「我が心のラ・セーヌ」は、当然ながら元々即興性の高い曲だったということになりますね。
「自然に口ずさむ」スタイルで作曲したであろうジュリー、おそらくアルバムに向けて後に全体を完成させた際にも、使用したコードは「E」「A」「B7」(ホ長調のスリー・コード)と、サビ最後に登場する「C7」、この4つのみであったと考えられます。

僕はこれまでいくつかのジュリー作曲作品について、かつて堯之さんが語った「沢田は普通では考えられないコード進行の曲を作る」との言葉を引用し、記事中でその斬新さ、自由さ、独創性に触れてきました。
しかし面白いことにジュリーは2001年から2003年の時期に集中して、多くの曲でシンプルで素直な進行を採り入れます。「AZAYAKANI」「糸車のレチタティーボ」「明日は晴れる」・・・そして「我が心のラ・セーヌ」。
いずれもジュリーが作詞も併せて担っていることを考えると、この時期に「内なるメッセージの開放」を明確に創作コンセプトとしたジュリーの新たな姿勢と、そのメロディー作りとは無関係ではないでしょう。
ジュリーが提示したのは、牧歌的、いやそれ以上に「平和的」なメロディーなのだと思います。

誰が知るだろう あのせせらぎたち
E                                           A

三つの源流  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
A            E     B7                         E

ちなみに「Ma Belle」は僕が12才の時に初めて覚えたフランス語だったりします。(ビートルズの「ミッシェル」で)。日本語に訳すとニュアンスが崩れちゃうんですが、ジュリーはこの部分を、「川」を擬人化する感じで歌っていると思います。
いずれにしても、25年の歳月を経てフランスを旅したジュリーに、かつて「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を苦労して録音し大ヒットさせた当時の様々な記憶が甦ったであろうことは想像に難くなく、加瀬さんと道中を共にしたことなども思い出していたのではないでしょうか。
「我が心のラ・セーヌ」のメロディー、コード進行は長年の歌人生の中でジュリーの血肉となっていた要素がそのまま素直に反映されたかのような朴訥さが魅力ですが、曲中唯一の「フェイク」部とも言えるサビ部「C7」の採用に、加瀬さんに関連する不思議な符号を見出すことができます。

(ジュリー)
25 年 ♪
C7   B7

(加瀬さん)
いつまでも ♪
C7         B7

そう、「我が心のラ・セーヌ」でジュリーは、かつて加瀬さんが(まだこの進行に日本で馴染みが無かった時代に)「想い出の渚」のサビで採用した「C7→B7」の半音移動をまったく同じように踏襲しているのです。
2曲ともに朴訥なポップ・チューン。全体的にはジュリーの方が硬派(加瀬さんの「想い出の渚」とは違い、歌メロにマイナー・コードが登場しません)ですけど。

さて白井さんのアレンジですが、ジュリーが作曲した「歌メロ」の部分についてはコードまで変えることはしていないと思います。
対して伴奏部、或いはヴォーカルの隙間隙間は「これでもか!」というくらいいじり倒していますね~。
例えばこの曲、Aメロの1回し目と2回し目の間にパッと雰囲気を一変するお洒落な伴奏部が挿し込まれています。コードは「Am7→Gmaj7→C#m7-5→B7」。
進行自体は、ジュリーとはまた違った白井さん流の「シャンソン」的解釈と見ましたが、それを曲のキーであるホ長調そのままではなく突然転調させてト長調のスケールでやる、というのがね・・・なんとも白井さんらしいと言うか、ロックなんですよ。

白井さんのロック色についてはイントロはじめ頻繁に登場するアコギのカッティング・リフにも同じことが言えて、進行は「E→F#→G→C→B」。
もしかするとみなさまの中にはリズムの切り方、音の響きなどから2012年の「3月8日の雲」との共通点をお考えの先輩方がいらっしゃるかもしれません。でもこれ実は全然違う進行で。
「3月8日の雲」の方は他ジュリー・ナンバーで言うと「悲しき船乗り」とか「希望
」でも採り入れられているポップ・ロックの王道パターン(ホ長調で表記すると「E」の次に素直に「G」が来る)。「我が心のラ・セーヌ」での「E→F#→G→C→B」なんて進行、僕はこの曲以外知りません。ジュリー作曲作品とは言えこれは正に白井さんオリジナル。ヤンチャでロックなアレンジなのです。
かつて白井さんが「凡庸がいいな」のエレキ・サウンドで試したアレンジ手管をアコギに転換させたらこうなったのでは、と僕は密かに睨んでいるのですが・・・。

ジュリーの詞は、やはりかつてのフランス進出を含めたそれまでのジュリーの歌人生を振り返って、という気持ちで聴くとグッときます。ですから、ずっとジュリーから離れずに歩いてこられた先輩方がリアルタイムで聴いた時のインパクト、感動は大きかったんじゃないかなぁと想像します。
おそらくみなさまが特に惹かれているのは、1番、2番ともサビのこの部分ではないですか?

(1番)
忘れられる想い出がいいな
             A                   E

悲しいこと うれしいこと ♪
            B7               E    E7

(2番)
変わってゆく 視線の高さが
               A                  E

嫌なことも 好きなことも ♪
            B7               E    E7

今僕が勉強している『愛をもとめて』でも強く感じられる、本当に飾らない言葉。藤公之介さんのお言葉を借りれば(ビビアン様、教えてくださりありがとうございます!)「ある時は告白的に、ある時はグチっぽく、自分の心を隠さずに語ってくれる」ジュリーがそのまま表れたような歌詞です。
独白の色合いが強いぶん、ファンなら絶対に共感できるという特別な名篇。音的には徹底してハードなコンセプト・アルバム『忘却の天才』で、収録曲中ただひとつの純粋なアコギ・サウンド。その1曲にジュリーのこの名篇、歌詞が載っているというのがね・・・白井さんのアレンジは大成功だったのではないでしょうか。

後追いファン、しかも『ジュリー祭り』後に未聴のアルバムを一気に購入したせいもあったでしょう・・・僕はそんな「大人買い」の作品の中で最初期に聴いたアルバム『忘却の天才』を一発で気に入ったけど、「我が心のラ・セーヌ」という楽曲自体にはさほど心を動かされなかったんです。
今思えばそれも止む無し。ジュリーのことを深く知らずして理解できる曲ではありませんからね。
僕がこの曲を好きになったのは、ツアーDVDを観た時でした。「おっ、今まで気がついていなかったけど、なんかイイ!」と。その「なんかイイ」の「なんか」が何だったのか・・・僕はこの10年で少しずつ会得してきたわけです。
それにしたってまだまだこれから!ですけどね。

『愛をもとめて』でジュリーのフランス話を聞いて、今さらに「我が心のラ・セーヌ」の詞が沁みてきます。

変わらぬのは 見えぬ未来
                A                 E

流れてゆく  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
             B7  C7                          B7

セーヌの川の流れに、時の流れを重ねて見るジュリー。今よりずっとずっと昔から、ジュリーは時代時代を旅する吟遊詩人だったんですね・・・。

③『愛をもとめて』より フランスの話(第2弾)

さて今日はですね、もし可能であればみなさまにはちょっとここで読むのを中断して頂きまして、お手持ちであろう『夜のヒットスタジオ』DVDのdisc-1の2曲目「巴里にひとり」の映像をご鑑賞くださいませ。

・・・よろしゅうございますか?

実は今日の『愛をもとめて』コーナーはズバリ、『夜ヒット』でジュリーがあの”発音に厳しい”ピエールさんから手渡しでフランス・ポリドールのゴールデン・ディスク賞のトロフィーを受け取った、正にその日に放送(収録?)されたお話なのです。
これは只今猛勉強中の『愛をもとめて』幾多の放送回の中で、ヒヨッコ後追いファンの僕が日付特定できる数少ない回なのですよ~(75年5月5日)。

ということで、4月14日~18日の渡仏の報告、ならびに「今日頂いたばかり」というゴールデン・ディスク受賞の喜び(←本当に嬉しそう)を語るジュリーです。


1月に「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」という曲のプロモートのために1度行ってるんですが、(その後に曲が)どういうわけか大ヒットしまして・・・。

う~ん、この時点でのジュリー渡仏の回数が僕には微妙に分からないなぁ。レコーディングとは別にあと1回行ってたってこと?
そのあたり、まだ把握しきれていません・・・。
喋っているジュリーがね、特に「どういうわけか」と話す時の声の抑揚が、今でも時々LIVEのMCでちょっと照れ隠しのようにおどけながら自画自賛みたいな話をしてくれる、あの感じのトーンなんですよね。そういう時のジュリーの声、変わってないです!


花のフランスで大ヒットしまして、予定にはなかったんですが(向こうから)「是非来てくれ」と。3日間でもいいから来てくれと言われまして、「じゃあ行ってやろうじゃないの!」(←ここもおどけた感じの声のトーン)とそんな感じになりましてですね~。
やっぱり1月に行った時とはだいぶ、扱いと言うか待遇と言うか、それも大変よいものでございまして・・・。
なにしろ今ヒット中の曲を歌っている、そしてまたはるばるジャポンから来たケンジ・サワダということでですね、大変テレビの出番も良かったし、ラジオなんかも出て、それもインタビューの時間が、前なんか「ヘラヘラヘラヘラ~」っとやられたんですけどね、今度はじっくりとやって貰えたりとか、色々ありました。


そうかぁ・・・今回はあの厳しい厳しいピエールさんも「OH~、ケンジ、やったな!よく来てくれた!」と再会のハグとかしてきたのかなぁ、なんて妄想します。
いえね、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事を書きながら思っていたんですよ。やっぱりフランスの成功ってピエールさんのような現地スタッフの厳しさ、判断力、眼力があっての結果だったと思うんですよね。ジュリーもそれに対して「望むところ」と頑張った、その充実感も結果以前に確かにあったのでしょうし。

『愛をもとめて』では「ロンドンの報告」の回もありますが(いずれの機会に書きます)、ジュリーの話すテンションが「パリの報告」とは全然違うんです。まだロンドン、パリいずれも結果が分からない時期の放送なんだけど、ジュリーの「手ごたえ」からセールスの予想がついちゃうと言うか・・・。
一気にアルバムぶんの曲数を録ったロンドンと、曲を絞って集中して取り組んだパリとでは単純に比較できないかもしれないけど、現地スタッフの熱意、東洋の若い歌手の「作品」創りに向かう姿勢の違いがそのまま結果に表れた、という面もあると思うなぁ。

「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」はフランスのみならずベルギー、スイス、オーストリア、カナダと発売されて、ジュリーの夢でもあった「インターナショナルな立場で仕事がしたい」というのがひとつひとつ実現していってる、と。

1曲目がこんなにうまくいくとは思わなかったし、むこう(フランスの)の人達も口では「絶対ヒットする」とは言ってたけれども、ここまでうまくいくとは思ってなかったと思うんですよね。
だって僕らがそうなんだから。


2曲目、3曲目の話もすでに決まっていて、2曲目はもう(歌の)レコーディングも終わっている、と。
この時点でジュリーは曲のタイトルを口にしてはいませんが、「アテン・モワ」のことですよね。なんでも、多忙なジュリーに気を遣ってくれたフランス・ポリドールの計らいで、この2曲目からジュリーは歌だけ日本で録る、というスタイルになったのだそうです。


ちょうど18日に加瀬さんと渡辺美佐さんと、フランス・ポリドールのミッシェルさんと一緒に(日本に)帰ってきましてですね。

ミッシェルさんはジュリーの歌入れのために、フランスで録ったバックの演奏のテープを持って来日したというわけです。現地の若手プロデューサー、ミッシェルさんにとっても「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」の大ヒットは嬉しかったでしょうからね~。
2曲目をピエールさんに一任され、張り切ってジュリー達に同行し日本の地に降り立ったことでしょう。


なにしろフランスだけで25万から30万(枚)近く売れてるわけですよね。大ヒットしたわけですから、ゴールデン・ディスクをフランス・ポリドールから頂いたわけでございまして。

ここから先程みなさまに改めて観て頂いた『夜ヒット』の受賞シーンの話に。遂にピエールさんも来日!

あの人はミッシェルさんの上の人ですよ!「製作部長」って感じなのかな。わざわざね・・・直接(ゴールデン・ディスクの受賞トロフィーを)貰ったわけでございまして。

日本のポリドールでは曲が出た次の年になってからそういった受賞セレモニーがあるけど、フランス・ポリドールは結果が出たら速攻なのだそうですね。

やっぱり向こうのゴールデン・ディスクってイイんですね、うん・・・最近ほら、(日本では)何でもそうだけど、クイズ番組にしても何にしてもすぐトロフィーが出てきてさ、みんなチャチっこいトロフィーとかそんなんだから。一見重そうだけど持ってみたら全然軽かった、ってのが多い中で、(フランスのは)こじんまりしてるんだけれども、なんとなくイイんだ~っていうそういう感じでね。

2曲目、3曲目もコンスタントに評価されるように一生懸命頑張りたいと、このように思っている次第でございます。

いや~、いい話だなぁ。『愛をもとめて』でのフランス話はどれも本当に良い話です。
ちなみにフランスの話・第3弾は、新曲「アテン・モワ」についての話が中心なんですけど、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」を現地で生で歌った際に、お客さんが「Hoo、ooo~♪」のコーラスをつけてくれた、というこれまたジ~ンとする逸話が。
またいずれの機会に採り上げて書きますので、気長にお待ちくださいね。


それでは、オマケです!
今日は、以前大分の先輩から授かりました2002年『桂春団治』についてのインタビュー記事です。


Harudanji1

Harudanji2


では次回更新は、今月中に間に合うかどうか微妙なところではあるんですが、もう1本だけ”『愛をもとめて』のジュリーの話に関連したお題を探す”シリーズを書いて、その次から”祝!ジュリー69歳の誕生月・act月間”へと移りたいと思っています。

で、次回採り上げる予定の『愛をもとめて』放送回は、朗読したポエムのテーマにちなんでジュリーがつらつらと語ってくれる、本当に「ちょっとした話」なのです。
でも先日「あなたでよかった」で書いた「写生大会の話」もそうなんですけど、日々の仕事のこととはさほど関係しないそんなジュリーのちょっとした話というのがまた、『愛をもとめて』という番組の醍醐味のように思えてとても良いんですよね~。
なるべく早めに更新したいと思います!

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2017年5月24日 (水)

沢田研二 「指」

from『架空のオペラ』、1985

Kakuu

1. 
2. はるかに遠い夢
3. 灰とダイヤモンド
4. 君が泣くのを見た
5. 吟遊詩人
6. 砂漠のバレリーナ
7. 影 -ルーマニアン・ナイト
8. 私生活のない女
9. 絹の部屋

--------------------

いやぁ先週末からとにかく暑いですな~。
まだ5月だというのに職場では冷房がかかりまくっています。僕はあまりクーラーが得意ではないので重ね着したりして体調に気をつけていますが、みなさまはこの暑さの中いかがお過ごしでしょうか。
こちらでは今日の夕方から暑さは少しマシになったっぽいので、『大悪名』海老名公演にお出かけのみなさまにとっては幸いでしたね。

さて、自分の中での予定よりも少しだけ更新が遅れました。案の定と言うか、今日のお題曲の採譜に手こずりましてね~。でも、斬新な進行を地道に確認してゆく作業は本当に楽しいのです。
最近また大長文傾向にある拙ブログですから(と言うか『愛をもとめて』のチャプターに気合が入りまくっている笑)、今回も枕は短めに・・・”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連してお題を選ぶ”シリーズ、今日はジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれた回を書きますので、考察お題は当然蜷川さん繋がりの圧倒的大作バラード、「指」を採り上げたいと思います。
アルバム『架空のオペラ』から、伝授!


①猟奇?妖美? 「指」はどのようにエロいのか

僕は小学校高学年で既に江戸川乱歩の「大人向け」な数々の名作を読破していたという、自慢できるようなヤバイような少年時代を過ごしておりました。
とは言っても別にませていたわけではなくて、小学校低学年で読んでいたポプラ社の少年探偵モノから、ごく自然にシフトしていったというわけです。

ただねぇ、そんな年齢ではいくら「孤島の鬼」やら「パノラマ島奇譚」やら「陰獣」やらを「面白い面白い」と夢中になって読んだとしても、その真髄は理解できようはずがないんですよ。やっぱり、ある程度の年齢になって読み返してじわじわとね。
それでも子供心に「面白い」と思っていたことは確かです。ただし、中には10代そこそこでは「理解できない」ばかりか「面白いとも思えずひたすら気持ち悪い思いをしただけだった」作品もいくつかありました。
そのひとつが「盲獣」。
もちろん今は大変な名作と思ってはいますが、なにせ「謎解き」とかまるで関係ないし、物語が解決することもない・・・いや、一応解決はしているんですけど初読の年齢ではそれが分からない、どこが面白いのかサっパリ理解不能だったのでした。
エグ過ぎるストーリーなので詳しい説明はやめておくとして、ただ1点、「異常なまでに触感が研ぎ澄まされた」男が登場する物語、とだけ記しておきます。
なまめかしくもゾゾゾ~っとする男の指の描写は、DYNAMITE少年の数年間に及ぶトラウマとなりました。

そんな僕が初めてアルバム『架空のオペラ』で「指」を聴いた時、良い意味で幼少期の「盲獣」のトラウマが甦ってきたのも、この曲の特殊「性」あらばこそ。
「ジュリー・ナンバーにエロ多し」と言えども「指」はやはり異質。では、何がどう異質なのでしょうか。

「身体を差し出すようなエゴイズム」?
「自傷と紙一重のナルシズム」?

いやいや、僕のそんな陳腐な表現では全然ダメ。もっと深くて・・・そして、敢えてこう表現しますがもっともっと「不健全」なものだ、と感じます。
もちろんこれは僕自身に美的センスが皆無、ということも影響しているとは思いますが(涙)、例えばこの曲で有名なのは何と言っても蜷川さん演出の、雨に打たれて歌い、泥水にまみれるジュリーですよね。
個人的にはあの映像を単に「斬新」「美しい」では済まされない。不愉快と快感ギリギリのところでジュリーが苦しみ、あがいているように思われるのです。
ある意味あんなに猟奇的、自虐的、耽美的なことをして見事に歌、詞、演奏とガッチリ嵌っているにも関わらず、歌っているジュリーの「ノーマル」な本質がそれを抗っていると言うか・・・いや、ジュリーだけじゃないなぁ。松本一起さんの詞も、僕はこれ実はすごくノーマルなんじゃないか、と思っています。

人さし指 5本の指 10本の指
G           Gmaj7      Dm7

君の肩を 胸を腰を 暗闇に描く
C                                  G

君を抱きしめた この生きもので
   Dm7                                Cmaj7  C#dim

思い出より 君を憶えている この指で ♪
      Dm7           Fm     G7          C

このサビなんかも、表現としては凄まじくエロいし「ズバリ!」ではあるんですけど、これ特に異常な情景や心情ではないわけですからね。誰しもが共感し体験することでもあるでしょう。

敬愛する先輩が以前仰っていたけど、蜷川さんのこの演出が無くてもジュリーが普通に「指」という歌を歌えば、聴き手それぞれが何か尋常ならざるものをかきたてられる、ということは起こるはず。でもあの演出で「指」は確信犯的に聴き手を異質の場所へと誘導し引きずりこんでしまいます。
それは「水」と「泥」の触感。
水の冷たさや泥の手触り、肌触りなんて気持ちの良いものではないのだけれど、その触感を与えておいた上で、そこから歌全体のイメージが改めて刷り込まれるという・・・ですから僕にとって「指」のエロとは、蜷川さん演出の映像を観る前と後とではとんでもなく感じ方が変わりました。
今はね、「怖いもの見たさ」に近い感覚。少年時代にはまるで理解できなかった乱歩の「盲獣」を、大人になってから読み返した時の戦慄によく似ています。
僕の中にある「ノーマル」な感性がチクチク刺され剥がされていく感じですかね~。

たぶんこの曲には、聴き手の「闇」を抉る力があって、それが他のジュリー・ナンバーとは比較し得ない「エロ」として迫ってくるのではないでしょうか。
まぁ僕の持つ「闇」なんてそんな大層なものではないですが(←卑屈になってるのか言い訳してるのかどっちだ?笑)、それでも「指」は本当にヤバイ曲ですよ。
だからこそ凄まじい名曲なのでしょう。

②楽曲全体の考察

歌っているジュリー、作詞の松本さんが「ノーマル」であると書きましたが、対峙する「アブノーマル」として「指」には蜷川さんの演出以外にもうひとつ、「危険な淫靡」をもたらす要因があると僕は考えます。それが大野さんの作曲です。

大野さんの作曲作品って、王道の進行に流麗なメロディーを載せてくるパターンが多くて、調号の変化が登場するナンバーは数えるほどしかありません。
ただ、大野さんがひとたび転調を採用するととてつもない大作、とんでもない斬新な作品が生まれます。ロック調なら「残された時間」、そしてバラードなら・・・僕はこれまで「ママ・・・・・・」だと考えていましたが、やっぱり「指」も負けないくらいに凄かった!
まずホ長調(Aメロ、Bメロまで)で始まる歌メロがサビでト長調、そしてサビの途中から(!)いつの間にやらハ長調へと転じています。

しかも、同じホ長調であるにも関わらず、AメロとBメロは全然印象が違いますよね。
おそらく「指」で大野さんは、「まったく異なる楽曲のアイデアを合体させて1曲の大作とする」作曲手法をとったのではないでしょうか。
この手法はクイーンの作曲クレジットが有名で、例えばフレディ・マーキュリーとブライアン・メイが持ち寄った別々の曲を合体させちゃうわけです。同一の作曲家であれば、ジョン・レノンの「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」が、「ヴァースごとにまったく違う!」この手法の大成功例ですかね。

「指」の進行、Aメロに限っては王道です。

同じ夜 同じ星 だけど違う場所
      E          C#7         F#m7     B

今 寂しくはないのか?
         A            G#m7

君はどこにいる ♪
   C#m      D     B7

これがBメロになると、一瞬だけ「んん?」と唸るフェイクが顔を出します。

最初の炎 ただ揺れて燃えつきて
E                                E(onD)

過去を見つめ うつろにワインを飲み終える ♪
                       C#7                         C

最後の「C」が、突然の半音堕ち。なんか・・・ここエロいですよね(笑)。危険な香りがします。

サビに突入すると、もう「今何がどうなった?」とクラクラするほど。3度登場するコードの中で「Dm7」の役割がそれぞれまるっきり違うんですよ。
(コードはチャプター①を参照)
1度目の「Dm7」は、ト長調のドミナントをマイナーに変換するという、「福幸よ」「犀か象」で昨年解説しまくった手法。これだけでも充分斬新ですけど、2度目の「Dm7」は、「みんな気づかないと思うけど、ここからハ長調になってるよ!」という「仕込み」です。これが無ければ次の「この生きもので~~~~♪」の圧巻のメロディー(ハ長調のトニックに着地)、ジュリー・ヴォーカルのあの突き抜け感には繋がりません。
3度目の「Dm7」は、ここはもうシレッとハ長調のサブ・ドミナント。「G7」(ドミナント)と共に、「この指で♪」の着地を助ける役割を担います。この「Dm7」と「G7」の間に突如「Fm」が挟まっているから、パズルみたいな進行になるのですな~。

「指」そしてアルバム『架空のオペラ』が素晴らしいのは、この斬新な進行のバラード大作をアルバムの冒頭1曲目に配していること。
演奏時間長めの重厚かつ複雑な構成のバラードで幕を開け、聴き手のド肝を抜く・・・ジュリーのアルバムでこのパターンは珍しいですよね。敢えて言えば、『思いきり気障な人生』もそうかな?
いずれにしてもそのインパクトは強烈。特に『架空のオペラ』はアルバム全体を通しての「こんなジュリー、今まで無かった!」感を冒頭の「指」がそのまま支配し続けているわけで、リアルタイムで聴いた先輩方はさぞ驚かれたのではないでしょうか。

アレンジも豪華です。個人的に好みの手管が2つあって、まずは歌メロ最後の最後、後奏へと向かって切り込むティンパニが痺れる!
「ここぞ!」のタイミングで噛み込むティンパニって、僕は昔からの大好物。『真田丸』のメインテーマでも一番好きなのは、イントロ「ちゃっ、ちゃっちゃっちゃっ、ちゃららっ、ちゃっちゃっ、ちゃっ♪」直後の「でけでんでん、でけでんでん!」のトコですからね。
もうひとつは、これも後奏で目立つのですが、ストリングス3連符の刻み。
壮大なバラードならではのアレンジで、この刻みのリズムは僕が現時点で最も好きなactナンバーである「エディットへ」にも登場します。

85年というのは、大野さんのアレンジャー・キャリアで言えばちょうど「サンプリング」を採り入れた大変革の時期と言えます。これは『太陽にほえろ!』の挿入曲の歴史を辿ってみても明らか。
『架空のオペラ』収録曲ですと、「はるかに遠い夢」などは「マイコン刑事」のために大野さんが作曲・編曲した2つのテーマソングと密接に繋がります。
もちろん「打ち込み打ち込みしたサウンド」もそれはそれで素晴らしいのですが、この「指」についてはサンプリング(タンバリンが一番目立ちますね)すら独特の緊張感があって、生の感触が強いように思います。ストリングスとかイントロの木管とか、これシンセなんですかね?僕には生音のように聴こえてしまっていますが・・・。

いずれにしても、「灰とダイヤモンド」以外すべて大野さんの作曲、そして全ナンバーのアレンジを大野さんが担当することによって『架空のオペラ』に魔法がかかり、「指」=1曲目の斬新な配置も大野さんの曲並びからすんなり決まったのでしょうね。
僕は決してアルバムの中で「指」が抜きん出て好きというわけではありませんが、「別格の名曲」とは考えていて、やっぱりこの曲なくして『架空のオペラ』は成立しない・・・たぶん一度でもジュリーの生歌を聴けたら「超別格曲」と認識を改めるであろうことは確実(同時に、こうして文章で語り倒すことの無意味さ、愚かさをも痛感することになるでしょう)とは言え、果たしてこの先機会がありますかどうか。
とりあえず『架空のオペラ』からは、今年のツアーで「灰とダイヤモンド」セットリスト入りを期待します!

③『愛をもとめて』より 『唐版・滝の白糸』の話

今日の『沢田研二の愛をもとめて』のコーナーは蜷川さん繋がりということで、ジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれている回を採り上げます。
この回は、「追憶」「白い部屋」2曲ぶんのBGMの間、「公演が終わってひと安心しているところ」という心境のままにたっぷりと話してくれるジュリーです。
まずはこのお芝居をやることになったきっかけを


こういうのも巡り合わせでね、別に「どうしてこうして」っていうんじゃなくて、偶然が偶然を呼んでトントントントンと。

と、ジュリーはまったく本心で話しているでしょうが、「偶然」は確かにあれども、周りがジュリーの魅力、適性を放ってはおかなかった面もたぶんにあるんじゃないかなぁ、と思いながら僕は聞いていました。


まぁ僕も(話が具体化する)途中で本を読んでみたり色々したら、もう台詞はいっぱいあるしね~。長いしね~。
初めてでしょう、僕が舞台で生のお芝居をやる、なんていうのはね。テレビとか映画だったら、「カット割り」とか、そこだけとにかくやって次のところはまた練習して、ってできるけどお芝居は始まっちゃったらず~っとねぇ。
まして僕なんか、ほとんど最初っから出ずっぱり。途中ちょっと5分か10分くらい引っこんでるだけでね、(お芝居全体の中の)1時間半くらいは丸々ね。大主役なわけですよ。


そうかぁ、ジュリーはこれが初のお芝居だったか~と、後追いファンの僕は改めて再確認。その後40年余が過ぎて、今まさにジュリーは「最後の音楽劇」となる『大悪名』公演真っ最中という・・・。


だから最初話が決まりかけた時にね、僕はイヤでイヤでしょうがなかった。いや、今だから言えるんだけれども(笑)。怖くてね、こんなの僕にできるのかな、なんて思ってね。

稽古に入ってから最初の2、3日は台本見ながらやったそうです。ジュリーはどうしても台本を見てしまう、頼ってしまうという状況だったそうですが


「そろそろ台本離してやりましょう」と蜷川さんがおっしゃいましてね。「怖い、怖い」なんて思ってね。
稽古は12日くらいやってたのかな。(稽古期間の)真ん中くらいにきて、台詞を覚え出した頃から、だんだんこう、面白くなってきてね。やってるうちに、自分で酔えるっていうかね。
大映の東京撮影所で作ったセットで、本番通りに照明もして、やってたらね、自分でやってて涙が出てくる、胸をかきむしられるような、っていう。こういう時って、歌を歌っててもそうだけど、別に「悲しい」とかそんなんじゃなくて、涙がじ~っと出てくるっていう・・・そういう時って一番嬉しい時だから。


なるほど・・・これが「表現者」がよく言うところの「無心の涙」なのかな。
僕もジュリーのLIVEに行くようになって、何度か「歌っている最中に涙が上がってきている」ジュリーを観ています。もちろんそれは歌の内容、歌詞によるところが大いにあるんだけど、それ以上に歌に入り込んで、邪気を無くした時に起こると。
だから、カッコをつけたり、「こういうことを歌っている」と思考し主張しながら歌ったり演じたりしていると逆にそれは起きないことなんだろうなぁ。
ジュリーは『唐版・滝の白糸』で、初めてのお芝居にして高い境地に達していたのですね。


評判も良かったしね。今思ったらやっぱり「よくやったなぁ」と思うんだけれども、この仕事をしてね、いつもいつも軽い仕事ばっかりしてるとね、人間ダメになってしまうなぁと思ったりもしてるし、うまくいったらいったで・・・まぁ現金なものだけど、今終わって振り返ってみて、やっぱり唐十郎さんとか、共演してくださった麗仙さんって人も、本当にあの人とやってる時ってのはね、あの人は(お芝居全体の)真ん中あたりから出てくるんだけれども、あの人が出てから僕の気持ちもビシ~ッ!と締まってきてね、どんどんどんどんリードされるわけですよね。
「アングラの華」って言われてあんまりテレビとかそういうとこ出ないで、ご存知ないかたの方が多いのかもしれないけど、隠れたところで頑張って一生懸命やってる人もたくさんいるんだなぁと。


最後はしみじみと、演出の蜷川さんはじめスタッフがお金の計算とか考えずに、「とにかくいいものを!」と打ち込む、そういう仕事ってのは大切なんだなぁと語っていたジュリー。初めてのお芝居を大成功させて


今度の中野サンプラザのステージは頑張ってやろう・・・と、やる気になったんです。ものすごく。

改めて羨ましいなぁと思うのは、首都圏にお住まいの(或いは75年当時お住まいだった)先輩方の中には、『唐版・滝の白糸』を観劇され、続く中野サンプラザのLIVEにも参加、ジュリーの進化を目の当たりにした方々が実際いらっしゃるのだ、というね。
いつもお世話になっているピーファンの先輩から以前お借りしたスクラップ・ブックの中にも、チケット半券が大切に保管されていました。

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また、別の先輩には『唐版・滝の白糸』の批評が掲載されている新聞記事の切り抜きを見せて頂いたことがあります。僕のような後追いファンとしては、その切り抜きの存在自体がもう夢かうつつか、という感じで現実感が持てなくて。
今回『愛をもとめて』でのジュリーの話を聞き、勉強して、今までリアルに飲み込めていなかった感覚を少しだけ克服できたような気がしているところです。

僕がジュリーのスケジュールをリアルタイムで把握するようになったのは『ジュリー祭り』が明けた2009年以降ですが、「お芝居をやってから全国ツアー」というスタイルでずっと来ていますよね。
体力的にも大変でしょうしシンドイのでしょうが、ジュリーの中では仕事をしてゆく上でそれが自然にして必然の「いい流れ」だったのでしょう。
音楽劇は今年2017年でラスト・・・70歳となる来年からはまた違ったスケジュールに切り替えてコツコツと、ということになるのでしょうが、最後の音楽劇を僕もしっかり見届けなければ、と思いを強くしました。

そうそう、今回の『大悪名』豪華キャストの中で僕が特に注目しているのは、茂山宗彦さん(つい先日出演されていることに気がつきました)。あの懐かしい『ちりとてちん』の小草若じゃあないですか~。
「底抜けに痺れましたがな!」の茂山さんがどんなお芝居を魅せてくださるのか・・・楽しみです!


それでは、オマケです!
こちらも福岡の先輩のお世話になり手元にございます『ヤング』のバックナンバー、85年1月号から。


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この頃はジュリーの「今後の情報」というのがまったく無くて、ファンからは次のコンサートの問い合わせなどが相次いでいたそうですね。
その「次のコンサート」で皆のド肝を抜いたのが、お題の「指」であったりした・・・のかな?
そして、この『新春かくし芸大会』から30余年。今ジュリーは貫録の「親分」を演じているのですね~。


では次回更新ですが、実は、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事で書いたジュリーのフランス話・第1弾が秘かに大変な好評でございまして。
普段優しくも厳しく拙ブログの内容を叱咤してくださる指南格の先輩方が揃って、珍しくただただハートマーク状態となり(笑)「続きを~」と切望していらっしゃいますので、フランスの話・第2弾を書こうと思います。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」大ヒットを受けてジュリーが再度渡仏した際の話や、有名な「フランス・ポリドールのゴールデン・ディスク受賞」の話も出てきて、これまた素敵な回ですよ~。

考察お題曲は「フランス関連」ということで、ジュリー自身の作詞・作曲による2000年代のアコースティック・パワーポップなあの名曲を採り上げます(←バレバレ)。
どうぞお楽しみに!

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2017年5月18日 (木)

沢田研二 「あなたでよかった」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

音楽劇『大悪名』の大阪公演は「河内音頭」のサプライズと共に大盛況に終わり、週末は栃木。いよいよ沢田組が関東に帰ってきますが、僕が観劇する池袋までにはあと1ヶ月ほど待たねばなりませんねぇ・・・。

さて今日は、楽曲考察以外に書きたいネタが満載。
暑苦しい大長文が懸念されますので(それはいつものことか汗)、枕もそこそこに本題に突入しますよ~。
お題は依知川さん作曲のアコースティック・バラード「あなたでよかった」です。
アルバム『耒タルベキ素敵』から、伝授!


①『あさいち』LIVEの「あなたでよかった」

前記事で少し触れた通り、先の土曜日(5月13日)、浅野孝巳さんと依知川さんのアコースティック・ユニット『あさいち』LIVEを観に水道橋まで行ってきました。
会場はイタリアン・レストラン『la cucina VIVACE』。音楽好きのマスター(かつて、あの『ミュージック・マガジン』に寄稿されていたという凄い方でした)が企画し、『あさいち』初の出演会場となるお店だそうです。
まず最初の1時間はお店のイタリアンをバイキング形式で頂き、お店のセッティングを変えてからLIVEが始まるという二部構成。昔アマチュアの弾き語りLIVEで出演していた荻窪『グッドマン』を思い起こす独特な雰囲気のお店、ステージングでした。
料理は味、量とも大満足!

想定外に楽しかったのは、その食事タイムで相席となった男性お2人がとても博識かつ面白い方達で。
BARAKA(依知川さんのバンド)の後援会をされているとのことで、人柄的にも懐の深そうなお2人でしたが、何と言っても同世代というのが大きくて(僕も含めた男3人が、昭和40年、41年、42年生まれという偶然)、音楽の話が次から次へと繋がる繋がる!
楽器の話、エイティーズ・ロックの話、プログレの話、ゴダイゴの話、そして当然世代的にお2人ともジュリーの有名シングル曲はご存知でしたから、「カサブランカ・ダンディ」や「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の話もしましたよ!

そんなお2人が力を入れて今頑張っていらっしゃるのが・・・結成20周年を迎えたBARAKAの今年の全国ツアーで11月2日・東京国際フォーラム公演が決定していて(依知川さん、翌日のジュリー松戸公演と連チャンですね~)、「なんとか満員にしたい!」と。
もちろん話を聞いた僕も何とか応援せねばと思い、拙ブログでも今後機を見て『BARAKA・東京国際フォーラム公演』の広報活動を心がけてまいります。


Baraka1

Baraka2

ジュリーファンのみなさま、ご都合よろしければ是非!

さて、メインである『あさいち』のLIVEですが、これが本当に素晴らしかったです。
浅野さんも依知川さんも「音の求道者」って感じで・・・もちろん依知川さんが素晴らしいことは生のジュリーLIVEで知っていましたが、日本が誇るレジェンド・ギタリストである浅野さんの演奏を、僕は今回初めて生体感することになりました。
何と言っても僕が生まれて初めて自分で買ったレコードは、ゴダイゴの『ガンダーラ』のシングル盤でしたからね。僕は浅野さんの音をキャッチするアンテナを、幼少時の原風景と共にバッチリ持っているんですよ。

ゴダイゴの曲(演奏順に「ホーリー&ブライト」「ビューティフル・ネーム」「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「銀河鉄道999」)とビートルズの曲(同じく「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「サムシング」「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」)を中心に、モンキーズ、サンタナ、ジェフ・ベック・・・たっぷり堪能しました。
この日演奏は無かったのですが、僕は『いろはの”い”』というドラマのサントラでの浅野さんのギターが大好きで。とにかく音色と指圧が圧倒的なんですよね。
そのあたりも「あぁ、あの浅野さんの音だなぁ」と数々の曲で実感することができました。

また依知川さんのベース演奏では、特にジョン・レノンの「ラヴ」のアレンジに痺れましたね~。
前奏と後奏、ハイフレットのベース・ソロで美しい歌メロを再現(アンコールの3曲以外、僕の席からは依知川さんの指使い、楽器はまったく見えませんでしたが、この曲はフレットレスのように聴こえました。自信はありませんが・・・)。同個所で切々としたピアノ・ソロを配した原曲アレンジへのリスペクトが窺えました。
あと、セットリスト前半の「ビートルズ・コーナー」でやってくれた「サムシング」では、サビの「I don't wanna leave her now♪」を追いかける素晴らしいオリジナル・ベースラインを2番以降はキッチリ再現してくれたんです。
依知川さんはリード・ヴォーカルをとりながらの演奏でしたから、なおさら凄い!
演奏後に「ジョージの曲の時のポールのベースはイイんですよ~」としみじみ語っていた依知川さん。
これは本当に仰る通りです!ビートルズの他のジョージ・ナンバーでは、高速シャッフルの「オールド・ブラウン・シュー」とか、16ビートの「タックスマン」とかね。
そういえばお正月のジュリーLIVE、依知川さんは「こっちの水苦いぞ」で、オリジナル音源に入っている泰輝さんのシンセベースのコピーではなく、新たに考案したベースラインを披露してくれました。それが「タックスマン」でのポールの演奏とよく似ていたのです。
依知川さん、僕はあの時大喜びしていましたよ!

で、この日「今日は2人のオリジナルも1曲ずつやろうと思います」とのことで採り上げられた依知川さんの曲が、ズバリ「あなたでよかった」でした。ジュリーファンとしては特大にラッキー!
依知川さんのMCを振り返ってみましょう。


昨年からまた沢田研二さんのバンドをやっていまして、今年はシングル曲をたくさん歌う、というツアーが全国66公演決定しております(客席からは「そんなにやるんだ?」と驚きの声も)。
今は、(ツアーのセットリストに)どんな曲が来るんだろう?と楽しみにしているところなのですが、それとは別に、沢田さんのために(依知川さんご自身が)書いた曲がいくつかありまして、その中から・・・これは詞を載せてくれたのが覚和歌子さん。『千と千尋の神隠し』などで有名な方ですが、本当に”詩人”なんですよねぇ。
お父さんのことを歌った詞なんですが、沢田さんの歌が本当に素晴らしくて、自分が歌うなんておこがましいのですが・・・。

そんなMCに続いて始まった「あなたでよかった」。
浅野さんがアコギ(アルペジオからストローク)、依知川さんがベースとリード・ヴォーカルです。
この曲はジュリーのオリジナル音源にベースが入っていませんから、音としてはまずその点が新鮮でした。ドミナント・コードで開放弦を使う依知川さん、その際空いた左手でトレードマークの長髪を「バサ~ッ」とかき上げます。これはもうお約束なのですな~。

僕は依知川さんのリード・ヴォーカルをこの日初めて聴いたわけですが、ハスキーで柔らかいハイトーンに驚きました。あの体躯ですから、なんとなくドスの効いた男らしい歌声を想像していたので本当に意外です。
でもよくよく考えてみれば依知川さんは、ジュリーの「麗しき裏切り」なんかではメチャクチャ高音域を綺麗なハイトーンでハモっていますからね。
ジュリーとはまた違った魅力溢れる「あなたでよかった」が聴けました(依知川さんが作った美しいメロディーについての考察は、次のチャプターで書きます)。

そうそう、依知川さんは歌だけでなく普通にお話される時の声もまるで女声のような柔らかさでしたよ。
セットリスト前半後の休憩時に僕らの席の横を通りかかった依知川さんが「楽しんでますか?」とその美声で話しかけてくれまして。自ら手を差し出し握手もしてくださってね(カミさん、「キャ~!」言うてた笑)。
LIVEが終わってお店を出る際にも、もう一度握手。もしお願いしたら一緒に写真も撮って頂けそうな雰囲気でしたが、僕らジュリーファンからするとやっぱり依知川さんって特別な人じゃないですか。畏れ多いやら恥ずかしいやらでそこまではとても無理。
「BARAKAにも行きます!」とお伝えするのが精一杯でしたね・・・。

浅野さんの方はもうね、レジェンド・オーラが凄くて。
食事の時にお客さんの各テーブルに乾杯にきてくださいましたが、「あのゴダイゴの浅野さんと乾杯ってマジか~!」と、僕は完全に舞い上がっていました。
「ジャズコのセッティングすべて12時がベスト、って本当ですか?」とかお尋ねする勇気は無し!
とにもかくにも、素敵な夜でした。

ではこのチャプターの締めくくりに。
お店のマスターが仰るには、「動画はダメだけど、写真はどんどん撮ってどんどんupして、今日来れなかった人に自慢してください!」とのことでしたから、カミさんが撮影した当日のステージ・ショットを1枚どうぞ。

20170513asaichi1


依知川さんが立って演奏しているので、アンコールでやってくれた「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「銀河鉄道999」「サンシャイン・ラヴ」いずれかのシーンだと思います。
ちなみに「ス・ト・リ・ッ・パ・-」はオリジナルと同じホ短調での演奏でした。この曲のベースは本当にカッコイイ!

マスターはお店での『あさいち』公演・第2弾も考えていらっしゃるそうです。
お食事含めて本当に楽しい時間、空間ですので、こちらもみなさま是非一度・・・詳しい情報が入りましたら拙ブログでもご案内させて頂きたいと思います!


②楽曲全体の考察

多くのジュリーファンのみなさまもそうかと思いますが、この曲はどうしても自分の父親のことを重ねてしんみり聴いてしまいますね。それだけ力のある詞でありメロディーであり、ヴォーカルだということです。

僕はちょうどジュリーがお母さんを亡くしたのと同じくらいの年齢で、母親を病気で早くに亡くしました。でも、その後いつの間にやら80歳を越えた父親はまだまだ元気で、調剤師の仕事も現役。有難いことです。
体格は僕とは違ってガッチリ型。僕は体質など身体的には完全に母親似なんですけど、性格や人との接し方などは男兄弟3人の中で一番父親に近いです。

ひたいを押しつける 上着に染みついた
Gm             Cm7     F7             D7

強い煙草の匂いと ♪
Gm        Cm7    D7

今はもうやめていますが、僕の父親もかつてはヘヴィー・スモーカーで、ピースを1日60本吸ってましたからね。上着には煙草の匂いが染みついていましたよ。
『あさいち』でこの曲を情感こめて歌った依知川さんも、ご自身のお父さんを思いながらの熱唱だったのかなぁ。ハスキーな美声で切々と歌っていました。

依知川さんがジュリーに提供したナンバーの中で、「あなたでよかった」は唯一のバラードということになるでしょうか。その上で依知川さんらしさと言うか、音楽的嗜好がよく表れた名曲だと思います。
キーはト短調。

やさしさと弱さを
        Gm  F   E♭maj7

裏おもてにして
D7       Gm       F   E♭maj7   D7

目立たぬようにと     歩いてきたよね ♪
          Gm F    E♭maj7   D7       Gm

サビの進行自体は王道ですけど、メロディーの載せ方や音符割りには、依知川さんの好きなクリーム「ホワイト・ルーム」のAメロをバラードにしたらこんな感じになるのかなぁ、と思わせる武骨な面もあります。
また、依知川さんが『あさいち』2人の「共通項です」とLIVEで話されていた、ビートルズのエッセンスも。
僕が特に想起させられるのは、ポール・マッカートニーのアルバム『オフ・ザ・グラウンド』に収録されている、アコースティック・アルペジオ・バラード「アイ・オウ・イット・オール・トゥ・ユー」です。まぁこれはアレンジ段階で白井良明さんが狙った解釈なのかもしれませんが、とにかくメロディーが美しいのです。
ヴァースごとの着地も丁寧で、このあたりは「書」にも通じる「結び」の感性と技術ではないでしょうか。

そして、依知川さんも「本当に素晴らしい」と語っていたジュリーのヴォーカル。

夕映え の坂道
   Cm7   F7    B♭  B♭(onA)

思うたび 泣ける のを こらえる ♪
   Gm             Cm7  F7          B♭   D7

特にグッとくるのはここですよね。
嗚咽しながら歌ったこのヴォーカルが正規テイクとなったのは必然でしょう。
これは歌い手の魂がそうさせている、と言えば良いのでしょうか。いずれ別の機会に記事に書きますけど(次回かな?)、『沢田研二の愛をもとめて』で、『唐版・滝の白糸』についての回があります。その中で、演じながら(歌いながら)涙があがってくることがあった、という話が出てきますが、それは何も「悲しいから」とかそういうことではない、と。無心のままに起こることなのだと。

もちろんそれは、「あなたでよかった」で言えば覚さんの歌詞、依知川さんのメロディーに身体ごと入り込んで歌っている証。まったく「あざとさ」が無いんですよ。
アルバム『耒タルベキ素敵』収録曲の中でも、屈指のヴォーカル・テイクだと思います。


③『愛をもとめて』より 写生大会の話

さて今日は「あなたでよかった」が記事お題ということで、『沢田研二の愛をもとめて』で何か関連する話題の放送回音源があるかな、と探しまして。
ほんの少しなんですけど、ジュリーがお父様の話をしてくれた回について書くことにしました。

もちろん僕は詳しくは知りませんが、この番組では時々「アンコール・ポエム」と題して、詩集の中から視聴者リクエストを募ってジュリーが朗読するコーナーがあったようですね。
この回朗読されたのは、「風景」とか「絵」をテーマにした作品でした(タイトルまでは分かりません)。
詩の印象的な箇所を書き起こしますと


おまえと歩いた道のり おまえと耐えてきた風雪が
まるで美術全集の1冊のように心の中にしまいこまれている

明日から描く僕の心の風景画には
おまえの姿はどこにも見あたらないだろう
寒い、さみしい景色だけが 色あせて広がるだけだろう


詩集をお持ちの先輩方なら、「あぁ、あれか!」とすぐに思い当たるのかな?
いつか僕も実物を拝んでみたいものです。

朗読を終えたジュリーは、自身の「絵」にまつわる思い出話をしてくれます。
小学校や中学校では「写生大会」なるものがあって、生徒みんなその日は喜んでいたものだった、と。


成績はともかく、おべんと持って外へ出られる、というのが非常に良かった。
中学2年か・・・3年だったかな?(その写生大会の日に)ケンカをしたんですなぁ。(相手は)他の学校の卒業生で、もう働いていた人だったのかな。僕らのいた岡崎中は、当時ケンカが強くてガラの悪いことで有名な学校でして、まぁ簡単に言うと「番長グループ」の中に僕らもいて。でも、僕らはケンカはするけど一応真面目に不良をやっておったのです。


と、苦笑いも交えつつ力説するジュリー。つまり「粗にして野なれど卑ではない」ってやつですな。
CO-CoLO時代の名曲「青春藪ん中」は、「お兄さんのことを歌った」と解釈するファンもいらっしゃいますが、僕はこの頃の仲間のことを歌ったんだと思うなぁ。
男子が実の兄弟のことを「ブラザー」とは言わんだろう、と・・・。「ブラザー」ってやっぱり「男同士のダチ」のことですよ。
で、そんな「ブラザー」達と一緒に


その日も僕らは真面目に絵を描いておったんですよ。

とジュリー。
「円山公園の方に向かって・・・」と詳しくその場所も説明してくれていますが、京都の地理に疎い僕にはなかなか聞き取り辛くて・・・すみません。
そうしていたら一人の男がぶつくさと因縁をつけてきて、それでケンカになったと。


僕らも腹立ったから「ドカ~ン!」と蹴ったりなんかしてね。

そんなこんなで色々とあって、まぁ派手に暴れたぶん後で騒ぎも大きくなったのでしょうし、代償もね・・・詳しく書くことは控えますが、そのケンカの件が元でお父様にも大変な心配、苦労をかけてしまったようです。


その時の親父の気持ちが、僕には痛いほど分かった。
(ケンカした)手も痛かったし、心も痛かった、というような思い出があるんですが・・・「絵」に関してこういう思い出を持っているっつうのは僕くらいのもんでしょうかね~。僕と、その仲間だけですなぁ。


有名な芸能人のこういう話って、武勇伝的に語られることが多いように思います。でもジュリー違います。
何についてもそうなんですけど、自分を大きく見せようとか、カッコつけようみたいな感触が一切ありません。むしろ「僕はごく普通の人」という自然体が際立つと言いますか・・・。この放送回も、ごくごく自然に「絵」についての少年時代の思い出話をしてくれていて、それがまたファンとしては特別、格別な感じがしてね。
40年以上経ってから初めてそんな語り口に触れると、いかにジュリーが得難いまでに真っ当な感性をもって、それでいて奇跡のような歌人生を歩き続けてきたのか、ということを思います。

そんなジュリーの1年1年にずっと立ち会えている先輩方が僕はひたすらに羨ましく・・・貴重なラジオ音源と昭和の良き時代に改めて感謝するばかりなのです。


それでは、オマケです!
今日は2000年の資料ということで、まずはミュージカル『ペーパームーン』再演に向けてのジュリーのインタビュー記事を2枚。


200011

200012


続いて、『音楽倶楽部Vol.4』から、『耒タルベキ素敵』ジュリー全国ツアー・レポート中で紹介されていた、「あなたでよかった」作曲当時の依知川さんです。

2000oc09

2000年はBARAKA結成3年目ですか。さすがに若い!


では次回更新ですが、『愛をもとめて』でのジュリーの話から関連したお題を探すシリーズを続けます。
先に少し触れた『唐版・滝の白糸』の話をしてくれた回が有力候補ですが、そうなると当然蜷川さんの関連で、ほとんどのジュリーファンが大好物であろうあの大作エロ・ナンバーをお題に採り上げるしかありません。
いかにも難しそうなあの名曲を、短期間で僕がキチンと採譜し楽曲構成を完全に血肉とできますかどうか・・・。難しいようでしたら他の話題、選曲に切り替えますが、とりあえずベストは尽くしてみます。

暑いのか寒いのかよく分からない気候が続きます。
みなさま体調を崩さぬようくれぐれもお気をつけください。僕は今のところ大丈夫ですが、「大丈夫」と書くとその直後に風邪をひくのが毎度パターン化しているような気がしますので、ホント気をつけよう・・・(汗)。

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