瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!

2022年5月20日 (金)

沢田研二 「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」

『FOREVER ~沢田研二ベスト・セレクション』収録
original released on single、1976 UK

Forever
side-A
1. 危険なふたり
2. 立ちどまるな ふりむくな
3. 巴里にひとり
4. あなただけでいい
5. 君をのせて
6. ある青春
side-B
1. 時の過ぎゆくままに
2. 許されない愛
3. あなたへの愛
4. 魅せられた夜
5. 今 僕は倖せです
6. 追憶
side-C
1. ウィンクでさよなら
2. 恋は邪魔もの
3. 燃えつきた二人
4. 胸いっぱいの悲しみ
5. 死んでもいい
6. 白い部屋
side-D
1. 悪い予感
2. WHEN THE LIGHTS WENT OUT
3. ELLE
4. 愛は限りなく
5. 絆(きずな)

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ご無沙汰しております。
みなさま、ジュリーの全国ツアー『まだまだ一生懸命』先行発売争奪戦はいかがでしたか?

まぁまぁ関東中心圏のはずの我が家にインフォが届いたのはギリギリの発売前日金曜でしたが、ジュリーファンの情報網のおかげで事無きを得、前々日までには音楽仲間を動員した争奪戦の段取りを組めました。
結果僕は(自力ではありませんでしたが)7月の渋谷と11月のフォーラムを無事確保し、この購入システムとなって以来初めて、先行受付終了後日を安心して過ごすことができています。

「ツアー初日の渋谷」という大激戦のチケットを僕の分も一緒にとってくれた友人の佐藤哲也君(彼1人だけが渋谷に繋がりました)は、過去ジュリーLIVE3回参加の新規ファン。彼は今年お正月の渋谷も自力でゲットし参加していました。そして、あの怒涛のセトリにまんまと「完オチ」してしまったという流れで、今回の争奪戦は相当気合が入っていたようです。
今回僕はその恩恵にあずかることができました。

一方で希望会場の先行チケットがとれなかった、という方も多くいらっしゃるでしょう。
みなさまにおかれましては、一般発売等での今後のご健闘をお祈り申し上げます。


さて僕はそのチケット先行販売の翌日、スタッフとしてお手伝いさせて頂いた『PEEが奏でる「四谷左門町LIVE」』で無事任務を完遂、公演は盛況に終わって正にホッとひと息、という状況。
ブログ更新の時間がとれる日常に戻りました。

左門町のピーさんのLIVEについては、来月半ばくらいに満を持して長文記事をupする予定です。
ひとまず今月~来月上旬は更新復活の肩慣らしとして、『まだまだ一生懸命』セトリ予想とはまったく関係してこないであろうジュリーの隠れた名曲をお題に、短めの文量で書いていこうと思っています。

今日は「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。


デビュー以来、ジュリーが音楽的にも流行を常に先取りしセールスをリードしてきたことはご存知の通り。
ただそんな中、個人的に「むしろあと1年か2年リリースが遅かったら大ヒットしていたのでは?」と思える(一般的には)マニアックなジュリー・シングルが2曲あります。
いずれも「少しだけ時代を先取りし過ぎた」「1、2年後のリリースなら、世間の音楽流行にバッチリ嵌った」と考える完璧な名曲なのです。

ひとつは「muda」。
ブラス・アレンジを効かせたファンク・ロックで、シングル・リリース当時世間では、米米CLUBが「KOME KOME WAR」や「FUNK FUJIYAMA」のヒットで「和製ファンク全盛」を予感させていた時期だったのですが、同バンド「浪漫飛行」の爆発的大ヒットや、「イカ天」でのフライング・キッズ等フォロワー・バンドの登場による「一般リスナーもファンクに親しむ」ムーヴメントまでには至っておらず、最高にファンキーなジュリーの「muda」は「知る人ぞ知る」名曲に終わりました。
「たられば」の話をしてしまうと、これが「DOWN」くらいの時期にシングル・リリースされていたら、セールスも突き抜けていたと思うんですよねぇ。

そしてもう1曲がズバリお題の「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」です。
76年イギリス発売のシングルですね。
こちらは日本ではなく海外セールスの話になりますが、状況は「muda」のケースとよく似ているのです。

「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」は明らかに、74年あたりからじわじわと世界的流行の兆しがあったディスコ・サウンドを意識して作られています。

75年にあのビージーズが「ジャイブ・トーキン」「ブロードウェイの夜」でシングル・ヒット連発。これによりビージーズはその後完全にディスコ路線へとシフト、76年には「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」が大ヒットしました。
「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」を盟友・YOKO君に初めて聴かせた際、彼が「ビージーズのアルバム『チルドレン・オブ・ザ・ワールド』(「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」収載)を思わせる名曲」と言ったのは僕もまったく同感で、ビージーズのアレンジをさらにソリッドに、さらにゴージャスに進化させた完璧なアレンジ、演奏、ヴォーカル(ジュリーのテンションは英国リリース曲の中で最も高いです!)だと思っています。

ただ、「愛の逃亡者」の見事なリベンジとなる筈だったジュリーのイギリス戦略、このシングルは2年ほど「早過ぎ」ました。
と言うのも「一般ピープルをも巻き込んだディスコ・サウンドの世界的ブーム」到来までには、翌77年末公開の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(トラボルタ主演、主題歌はこれまたビージーズの「ステイン・アライブ」)の爆発的ヒットを待たなければならないからです。

僕は『サタデー・ナイト・フィーバー』を全編通して観たことがないですし、その後の空前のディスコ・サウンド・ムーヴメントにもさほどの思い入れは持ちませんが、その流行なくしてストーンズの「ミス・ユー」(78年)やウイングスの「グッドナイト・トゥナイト」(79年)、キンクスの「スーパーマン」(79年)といった大好きな曲が生まれ得なかったことは理解しています。
ちなみにジュリー・ナンバーで言えば、「アメリカン・バラエティー」(「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」と並ぶジュリーのディスコ・ロック2枚看板)、「サンセット広場」(阿久さんの歌詞に「トラボルタ」「フィーバー」のフレーズが登場)という大名曲も生まれてはいなかったはず。
決して軽視してはいけないムーヴメントなのです。

もし「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」が78年リリースだったら、これほどの完成度を誇るディスコ・サウンド・シングルを、英国チャートは放っておかなかったでしょう。
フランス以上の成功も夢ではなかった、と考えるのですがいかがでしょうか。


後追いファンの僕はこの曲を、以前に大分の先輩から授かったカセットテープ(ジュリーの海外シングル曲を編集して作ってくださったもの)で初めて聴きました。
本格ジュリー堕ち後数年が経った頃で、「まだこんな未知の名曲があったのか!」と驚いたものです。

ジュリーのヴォーカルはもちろん、演奏のグルーヴ(特にベースが凄い!)、ホーン・セクションのミックス・バランス、意表を突くエンディング・・・どこをとっても完璧。しかもB面「FOOLING AROUND WITH LOVE」がまたディスコ・サウンドならではの素晴らしいソウル・バラード、ときています。
こんな名シングルが広く知られずにいるのも逆にジュリーの偉大さなのでしょうけど、現在普通に音源購入できないのは本当に勿体無い話ですよね。

「ELLE」「ROCK'N ROLL CHILD」等も併せ、『ジュリー海外シングル・コレクション』発売を切に希望します。


それでは、オマケです!
記事お題「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」と76年繋がりということで、福岡の先輩よりお預かりしている『ヤング』バックナンバー、76年2月号からどうぞ~。

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「2月号」ということは、先輩方がこれをリアルタイムで手にされたのは1月半ばくらいなのかな。
となると、LIVEはもちろんとして、みなさまは「もうすぐ公開」の
ジュリー主演映画『パリの哀愁』を楽しみに待っていらした時期?

そして現在・・・映画と言えば『土を喰らう十二ヶ月』のヴィジュアルが出ましたね!
公開の11月には『まだまだ一生懸命』ツアーで東京、奈良、京都の公演があります。MCで「もう観てくれた?」なんて話が飛び出すのかなぁ?
ジュリーファンにとって楽しみな秋になりそうです。


それでは次回更新は来月頭、ジュリー・ナンバーにお題を借りたゆる~い「旅日記」になると思います。

多忙そして人出の心配もあって、我が家はゴールデンウィーク中おとなしく過ごしました(1日だけ、ジュリー道の師匠の薫陶を受けに都内に出かけて、「ツアーの情報、まだですかねぇ」とかお話ししてました笑)。
その代わり、人出の少ない時期を狙って来週の土日にコロナ前以来となる夫婦旅行を計画しています。
もちろん油断はせず感染対策は万全に。
新潟の上越市というところに行って、上杉謙信公のパワーを貰ってきます!

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2022年4月 8日 (金)

沢田研二 「痛み」

from『TRUE BLUE』、1988

Trueblue

1. TRUE BLUE
2. 強くなって
3. 笑ってやるハッ!ハッ !!
4. 旅芸人
5. EDEN
6. WALL IN NIGHT
7. 風の中
8. 痛み

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僕は今年も5月15日に開催が決まっているピーさんの四谷左門町LIVE(年長のタイガースファンの友人であるYOUさんが毎年主催)をお手伝いするので、今かなり忙しくしています。
例の尿管結石騒動で準備作業中断期間もあったため、現在急ピッチで追い込みをかけているのですが・・・。

ウクライナの惨状、そして当たり前のように侵略、虐殺がまかり通っている酷い現状をニュースで見聞きするうち、やはりこの曲は今採り上げなければ、との思いに駆られました。
急遽、更新いたします。


「80年代ジュリーの祈り歌アルバム」と言ってもよい名盤『TRUE BLUE』。

確か『OLD GUYS ROCK』ツアーの和光市公演で、開演前にたまたま近くの席の先輩お2人がこのアルバムについて「当時はピンと来なかったけど、今聴くとすごくいい」とお話されているのを耳にしました。
僕はリアルタイムのファンではないけれど、その先輩方のお話がよく分かるような気がします。

『ジュリー祭り』後、怒涛のように未聴のジュリー・アルバムを聴いていった僕も、当初『TRUE BLUE』は地味な印象が拭えずほとんどリピートしていませんでした。遅ればせながら再評価し大好きな1枚となったのは、ジュリーが『PRAY FOR EAST JAPAN』の歌作りにシフトしてからのことです。
『TRUE BLUE』って、近年のジュリーの創作姿勢と不思議にリンクする名盤なんですよね。

お題の「痛み」はジュリー自身ではなく松本一起さんの作詞ですが(作曲は篠原信彦さん)、以前「WALL IN NIGHT」の記事に書いたように、僕には『TRUE BLUE』ラスト収録の3曲(「WALL IN NIGHT」「風の中」「痛み」)には共通のコンセプトがあるように思え、特にジュリーの「祈り」を強く感じます。

とは言え、歌について感じること、歌詞解釈はその時々で違っていて。
例えば「WALL IN NIGHT」の記事を書いた時僕は『PRAY FOR JAPAN』と結びつけるようにして上記3曲の流れを聴いていました。
それが今は・・・。
僕には「痛み」がまるで独裁者を糾弾し憐れむような歌のように聴こえています。

人は欲望だけ追いかけて
   C  D        G         E7

人は自分のため武器を持つ
   C     D        G         Em

誰一人として他人の幸せ
     C       D       G   Em

奪う事なんてできないのに何故
     C       D         G         E7

僕は普段、文中で歌詞引用する際は最後に「♪」をつけるのですが、2012年以降のジュリー・ナンバーにはそれを躊躇われる歌が多くなってきました。
今回の「痛み」でも同じ感覚を持ったのは、それがジュリーの「祈り歌」の特性だからかもしれません。

以前「un democratic love」の記事を書いた時に僕は「反日」の謗りを受けた経験があります。
これは本当に遺憾も甚だしいのですよ。自分の愛国心は相当なものだ、と自覚していますから。
同性の友人に政治的な考え方が違う人が多く、それでも親しく時に彼等と闊達に議論ができるのは、大げさに言えばお互いの「憂国の士たらん」とする志を認め合っているからです。

ただし僕は愛国であっても、「選民思想」を持ったことはありません。
日本民族が他民族より優れているとか、特別に選ばれた民族であるとは思っていません。我が国の歴史を重んじ誇りを持つことと、倨傲・大風な優越感に取り憑かれることはまったく別、という考えです。

どの国どの民族であっても、「我が民族は特別だ」との思想は結局それを掲げる個人の「自分は特別だ」に帰結する危険が高い・・・もちろんそれも人にはよるでょうが、選民思想というのは結局個人のコンプレックスから来るものなのだろう、と思っています。
いえ、コンプレックスを持つこと自体は悪いことではありません。
プーチンは身体が小さい方だったからこそ柔道に打ち込み「柔よく剛を制す」を会得したと言います。
そこまでは良い、むしろ素晴らしい。

しかし権力者となり長期政権の保身に走り選民思想を掲げる独裁者となった今。

此の世に一人で生まれてきたけど
        C       D         G         Em

誰でも一人で生きてはゆけない
      C      D         G         Em

「自分は特別」に帰結した者は「最終的には自ら以外を殲滅してしまい世界にたった1人とり残される」愚かな運命の歩みに気づけないのでしょうか。

夜明けを忘れて
G

世界は幕切れに向かう
G                  D7

そうなる前に、今すぐ戦争を止めること。
彼がウクライナ、ロシア双方の民の痛みを知り、引き返すための選択肢はそれしかありません。


最後に、「痛み」の音楽面について少し。
ト長調の王道進行によるバラード。このメロディーならばラヴ・ソングとの相性の良さを考えますが、そこに意外や痛烈な詞が載せてくる手法、これまたジュリー近年の「祈り歌」との共通点と言えるかなぁ。
アルバムがジュリーのセルフ・プロデュースですから、そのあたりの狙いも松本さんと打ち合わせがあったのかもしれませんね。

僕はよくジュリーナンバーの「詞曲の乖離」パターンでの逆説的な素晴らしさを書くことがありますけど、そもそもこの手法は歌い手の力量が無いと成立しないと思っています。

「痛み」に限らずアルバム『TRUE BLUE』を通してのジュリー・ヴォーカル・・・聴くたびに、後追いファンの僕は前作『告白-CONFESSION』から後作『彼は眠れない』までの3枚がたった3年(1年おき)にリリースされているという事実に驚かされます。

佐野元春さんが確立し大沢誉志幸さんなど幾多のヴォーカリストも踏襲、和製ロック界を席巻していた「ら行」「た行」のイングリッシュライクな発音・発声に挑んだ『告白 CONFESSION-』。
イカ天ブームに沸くセールス戦略の最中、吉田建さんをプロデュースに迎え「本物の実力」で切り込み多彩な表現を駆使した『彼は眠れない』。

その2枚の間にあって、まるでロックなテクニックに一切執着など無いかのような「歌」声でリリースされた『TRUE BLUE』の存在は光ります。
もちろん前後2枚でのジュリーのヴォーカル・テクニックは素晴らしい。しかし、じゃあジュリーの声や歌の本質の姿は?と問われれば、『TRUE BLUE』のヴォーカルの方だと思うんですね。

「痛み」のメッセージは、そんなジュリーの声で届けられるのです。
このヴォーカルでなかったら、コーダ部で大胆にバンドのインストに転換させたり、エンディングにS.E.を配するアレンジ・アイデアも単に奇をてらったように聴こえてしまうかもしれません。


間違いなくウクライナのことが関連していると思いますが、アクセス解析を見ると拙ブログでは先月から「脱走兵」(act『BORIS VIAN』)の記事が、特にジュリーファンではない一般の方々からも多く検索され読まれているようです。
世にある様々な反戦歌が今、再評価、再認識される動き・・・その一例なのでしょう。

ブログに来訪してくださった一般のみなさまにも、この機にジュリーの「痛み」という歌を知って頂ければ・・・と、切に思っています。

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2022年3月25日 (金)

沢田研二 「護り給え」

from『告白 -CONFESSION-』、1987

Kokuhaku_20220325094801

1. 女びいき
2. 般若湯
3. FADE IN
4. STEPPIN' STONES
5. 明星 -Venus-
6. DEAR MY FATHER
7. 青春藪ん中
8. 晴れた日
9. 透明な孔雀
10. 護り給え

-----------------

ようやく尿管結石が治まり(CT検査ですべての石の排出を確認)、復活いたしました。
腎臓内にはまだ予備軍の石が残っていますから今後再発の怖れもあれど、痛みも熱も無い平凡な日常をひとまず取り戻しました。
発症から1ヶ月・・・同時に2個の石が尿管に落ちたため、通常より長い闘病となったようです。

いやぁ年が明けて1月からバタバタし始めて、2月3月と酷い目に逢いましたよ・・・。

まず1月中旬、勤務先でコロナ陽性者が出てしまいましてね。結局2部署で各1名、計2名の陽性に留まりはしましたが、1人は再度の検査で陰性となったり、色々と分からないことも多くて。

僕の立場で一番大変だったのは、会社として保健所や得意先とやりとりして様々な対処をしなければならなかったことです。
感染者に落ち度があるわけでもなく、とにかくこのコロナという奴自体が迷惑この上ない!
保健所経由で国が定めた菌の付着期間を聞くと、プラやビニールが80時間、ダンボールは24時間って・・・ダンボールについてはいかにも経済流通に気を遣ってそうな甘い感じで、疑問を持ち出すとキリが無いんです。
ですから最終的には対象問わず社員総出で徹底的に消毒作業する、という方法をとるしかありませんでした。大変だった・・・。
もちろん僕も含めて、社員はすぐに抗原検査を受けました。陰性判定とは言え、僕としてはちょうどその週末にジュリー渋谷公演というタイミングの出来事だったわけで、2月の瞳みのる&二十二世紀バンドの箪笥町公演も併せてさすがにLIVE参加は自粛せざるを得ず・・・本当に無念の欠席となりました。
なにより僕のために渋谷のチケットを探してくださっていたみなさまにはご迷惑、ご心配をおかけしてしまいました。この場を借り心より御礼、お詫びを申し上げます。

幸い僕はツアー初日のフォーラム公演には参加でき、ジュリーの新生バンドお披露目には立ち会うことができました。
今回はそれで満足としなければならないでしょう。

さて、その後の尿管結石騒動については本文で触れることとしまして(笑)、今日は本当に遅くなりましたがジュリー『初詣ライブ』振り返りも兼ねての更新です。

セトリ1曲目の「護り給え」を記事お題に選びました。
理由は、セットリストの中で唯一僕のLIVE初体感ナンバーだったことと、過去に書いたお題記事が特殊な内容で、楽曲考察に触れていなかったこと。
そして、僕自身が今回の闘病生活で色々と考えさせられたタイミングの1曲であったこと。
この機に「護り給え」という隠れた名曲を改めて採り上げます。よろしくお願い申し上げます。


①80年代ジュリーの「祈り歌」

今回のセトリ、2011年の大震災を受けて『PRAY FOR EAST JAPAN』(のちに『PRAY FOR JAPAN』にシフトして以降のジュリー・ナンバーが「核なき世界」1曲のみというのは意外に思いました(でも、オリジナル音源時点でギター1本体制のこの曲をバンドで披露してくれたのですから、それだけで濃密な『PRAY FOR JAPAN』の印象は残ります)。
そのぶん、冒頭の2曲「護り給え」「神々たちよ護れ」は『初詣ライブ』における「祈り歌」の括りと考えて良いでしょうね。

ジュリーの「祈り歌」は自分のためだけの祈りではない・・・もっと言うと「他者の苦難のために祈る」コンセプトの含みが重要なのかなぁと思います。
「護り給え」では例えば

愛を彼岸に  送り給え ♪
C  D    G  Em   Am7  D7  

このあたりの歌詞部で僕はそれを感じます。

実は前回「護り給え」の記事を書いた時にも同じような心境になったのですが・・・僕は2月14日の明け方に突然尿管結石を発症。
痛い痛いとは聞いていたけど想像以上の痛みにのたうち回り、救急車のお世話になってしまいました。
尿管に2個落ちた石のうち1個は2週間後に落ちて(トイレで「カタン!」と音がしたので分かりました。空き缶と空き缶が軽くぶつかるような独特の音でしたな~)、痛みも一時消えたので「やれやれ」と思ったのもつかの間、数日後には残る1個がまた暴れだし激痛が復活、さらに腎盂腎炎も併発して高熱が続き一時はどうなることかと思ったのでした。

で、そんな苦しみの中で僕はまず、ただひたすら自分自身のためだけに「どうにかしてくれ」「助けてくれ」と祈っていたのです。
そんな時起こったのが、あのロシアによる(と言うかプーチンによる)ウクライナ侵攻。
たかだか数ミリの石の痛みなど、戦争に巻き込まれる人々の苦しみに比べていかほどのものなのか、と。

当初から次の記事お題と決めていた「護り給え」を繰り返し聴くたびに僕はそんなことを考え、今もとにかく彼の地の平和を祈り続けています。

現在の世界情勢を受けてジュリーはこれから『PRAY FOR THE WORLD』(または『PRAY FOR THE EARTH』)へと進むような気がします。
いつなのかは分からないけれど、新譜もまたきっとリリースしてくれるはず。その内容は間違いなく「祈り歌」なのでしょうし、僕らファンが歌を受けとめて考えることも今まで以上にシリアスになってくるのでしょう。

さて、記憶があやふやなんですけど、遅れてきたジュリーファンの僕は「護り給え」という曲をオリジナル音源(ただし正規のCDではなく先輩からアルバム音源のみを授かったもの)とほぼ同時にDVD『ワイルドボアの平和』で知ったんじゃなかったかな。
2009年だったと思います。

あの頃はとにかく85~94年のジュリーのアルバムはどれも入手困難でした(今はめでたく再発され、僕も正規品で揃えることができています)。
ですから後追いファンにとって「貴重な未知の楽曲」はそれだけで魅力的、LIVE映像ヴァージョンの存在は嬉しかったですね。

『ワイルドボアの平和』ツアーは2007年で、今回15年ぶりのセットリスト入りということになりますか。
そこで、15年前の映像と『初詣ライブ』の体感記憶を比べてみることにしましょう。

『ワイルドボアの平和』は決してド派手なセットリストではないものの、個人的にかなり好きなツアーDVD作品のひとつです。購入当時、ちょうど鉄人バンドへの特別な思い入れが芽生え始めていたことが大きいのですよ。
2007年の時点ではバンド名称こそ無いものの、メンバーは同じですから。
セトリも「坂道」或いはPYGの「淋しさをわかりかけた時」などレア曲が採り上げられていますしね。

加えて、新規ファンの僕にとっては「護り給え」も新鮮なレア曲だったというわけです。

今観返してみると、ここでの「護り給え」は2012~15年の鉄人バンドのステージを彷彿させる「祈り歌」であり、ツアー・タイトルの「平和」を象徴する1曲だでもあったのかなぁと考えます。

一方『初詣ライブ』。
ステージにドラムセットがあるだけで開演前からワクワクしていて、いざ1曲目。すわさん達のコーラスから始まってね・・・バンドサウンドを待ちわびている僕らお客さんは、まぁ焦らされる焦らされる(笑)。そしていよいよ平石さんのドラムがバ~ン!と噛んできた時の感動!

ポイントは、最初のコーラス・ワークがオリジナル音源や『ウィルドボアの平和』ヴァージョンには無い、新生バンドによる特別なアレンジであったこと。
イントロ数秒まで僕は、同じ8分の6のワルツでコーラス・ワークから始まる「Pray~神の与え賜いし」かと思って聴いていたくらいです。

「護り給え」のような曲で久々のバンド復活を味わえたというのは、のっけからロック全開!という曲よりむしろ効果的だったんじゃないかなぁ。
もちろんオープニングの祈祷を受けて1曲目に配したジュリーのコンセプトだったとは思いますが、サウンド面としても憎い選曲でした。

さぁこうなってくると、「TRUE BLUE」はいつ来る?などと僕は考えてしまいます。
「TRUE BLUE」に限らずとも、特に『告白 -CONFESSION』と『TRUE BLUE』のCO-CoLO期アルバム2枚は「80年代ジュリーの祈り歌」の宝庫です。
今回の「護り給え」が、そうした名曲達をジュリーがこれから少しずつバンドのLIVEで歌ってゆく・・・その幕開けであらんことを、と僕は勝手に期待しているのです。


②新生バンドは『七福神』?

それでは、ここから『初詣ライブ』振り返りです。
今回は何と言っても久々のバンドスタイル、楽しみにしていた以上に脳も身体もシビレ圧倒される、素晴らしいステージでした。
立ち位置は下手側から依知川さん、高見さん、平石さん、柴山さん、すわさん、山崎さん、斎藤さんで、ジュリーを半円形で7人のメンバーが取り囲むような感じ。
絵としては、柴山さんとコーラスのお2人が高い位置にいるのがポイントかな。いやぁ豪華です。

ジュリーはMCで「バンド名をつけることはまだ決めていない」と語ったそばから「七福神」とか「ウルトラセブン」とか「七草」(初日フォーラムは1月7日公演でした)とか冗談交じりにバンド名の候補を挙げていましたが、個人的には「七福神」に1票!

まず意外だったのは、すわさん&山崎さんが文字通りの「コーラス隊」に徹していたこと。
特筆すべきは「恋のバッド・チューニング」でしょう。僕はこれまでこの曲を2015年「KASE SONGS」オンパレードとなった『こっちの水苦いぞ』ツアーで体感していました。しかしあの時ジュリーは「バッ、チューニン、バッ、チューニン♪」のコーラス・パートを歌っていたんですね。
今回そこは当然すわさん達がやってくれますから、本来の主メロである追っかけの「バッ、チューニ~ング♪」をジュリーが歌うことができたのです。
これは本当に良かった!

僕の貧弱な予想に反し、ジュリーは「コーラス隊がいるから」というセトリ構成には拘らず、これまで通りその時その時での自然なチョイスに2人をチャレンジさせる、という手法をとったようです。
この先どんな進化が待っているのか、楽しみです。

楽器陣はね、良い意味でこんな個々重視のバンド・スタイルはジュリーも初めてなんじゃないかな。
それぞれが思うようにやってよ、みたいな話があったのかどうかは分かりませんけど、オリジナル・フレーズに忠実な柴山さんと斎藤さん、自由な解釈で楽曲イメージを一新させる高見さんと平石さんと真っ二つに分かれていたのがスリリングでしたね~。
依知川さんが「さて俺はどっちについたものか」とでも言いたげにニコニコしながら全体のバランスをとっていたり、演者1人1人の嗜好がよく表れていたと思います。

キーボードの斎藤さんは、音色まで含め「完コピ」の職人でした(柴山さんの場合は曲によってフレーズが同じでも音色は違うことがあります)。
「憎みきれないろくでなし」「ポラロイドGIRL」などは複数のパートが入り組む状態で完璧にオリジナルのフレーズ、音色を再現してくれますから、ファンとしては抜群の安心感があります。
少しだけフレーズを変えてくるのがピアノ・パートの時(ピアノは専用の別鍵盤を用意されていましたね)。入魂の音符足し!といったところでしょうか。
「サムライ」のピアノ・ソロなどは、みなさまも強く印象に残ったでしょう。

そんな中、今回僕が推したい斎藤さんのピアノ演奏は「神々たちよ護れ」。
ビリー・プレストンかニッキー・ホプキンスか、という・・・ビートルズとストーンズ双方のピアノ・ロックを彷彿させる名演で、個人的にとても好みの演奏でした。

平石さんのドラムはポンタさん以上に「自由」でした。
昨年のセトリ予想記事で僕は「ス・ト・リ・ッ・パ・-」はドラマーによって聴こえ方が変わる稀有な曲、と書いたのですが正にそれを実感。
GRACE姉さんの「ス・ト・リ・ッ・パ・-」が

つっ、たん!つっつ、たん!

と聴こえていたのに対し、平石さんは

どんど、どんだ!どんど、どんだ!

と聴こえます(分かりにくくてすみません)。
硬めのチューニングかつPAに頼らない完全生音勝負。GRACE姉さんが楽曲を包むようなスタイルとすれば、平石さんは楽曲に切り込む感じでしょうか。
もちろんお2人ともそれぞれ逆のスタイルはできるのですが、「ジュリーLIVE」に臨むスタンスの違いが表れたのでしょう。
これはやっぱりジュリーから今回のバンド結成に際し「自由にしていいよ」とサジェスチョンがあったんじゃないかと僕は思うなぁ。
今後も平石さんの大暴れから目が離せません。

さらに「自由」と言えば高見さんのギターですよ。
平石さんと違うのは「大暴れ」ではなくこれが高見さんの「天然」なのだと(当然絶賛しているのですよ!)。
「そのキスが欲しい」のバッキングなんて、ヴァースの途中でエフェクター変えたりしてましたからね。演じながら探求していく、というのかな・・・「やっぱこっちか、うんうん」みたいな。

「LOVE(抱きしめたい)」では
「え~っ、そこでギター弾く?しかもキーボードとユニゾンと見せかけて別の拍に着地?」
というように、とにかく新鮮そのもの。
「憎みきれないろくでなし」では間奏ソロでジュリーに迫られてましたけど(堯之さんとよくやってたやつね)、高見さんはそれでもなんだか余裕、自然体なんだなぁ。なにせBARAKAの海外ツアー殴りこみに向けて「スティ-ヴ・ハケットとジャック・ダニエルが飲みたいな」と言って力みもなくほのぼのしているようなお方ですからね。
メチャクチャ魅力的なギタリストです。

依知川さんのベースは安定感、グルーヴとも期待通り・・・いや期待以上!
演奏中にBARAKAの2人に送る視線に「パイセン感」が滲み出るのも楽しかったです。
思うに「核なき世界」のバンド・アレンジをリハ段階でリードしたのは依知川さんかもしれません。ガッツリとアレンジの土台に徹していましたから・・・他メンバーの見せ場を一手に支えるようなベースライン、感服しました。

そして柴山さん。3年に渡るギター1本体制での貢献は計り知れず(LIVEのみならずCD音源も)、それは柴山さん以外の他の誰も成し得なかったことだったのだ、と改めて振り返った上で今回思ったのが、「バンドマスター」としての柴山さんは最高だよなぁと。

特に印象に残った2曲があります。
「そのキスが欲しい」で、前方にカッ飛んできての間奏ソロ部含めてまったくフレットを見ない!(すなわち笑顔を客席に浴びせ放題)とか、「A・C・B」の「うん・たん、うん・たん、うん、たんたん!」の手拍子リードとか。
こういうシーンは、やっぱりギター1本体制では見ることができなかったのです。
「永遠のバンド・キッズ」柴山さんの演奏スタイル復活は、ジュリーファンとして本当に嬉しいです。

もちろんこの「七福神(仮)」、まだまだ伸びしろありまくりです。
これからどんな進化を魅せてくれるのか・・・全国ツアーのチケットも厳しい争奪戦になりそうですが、僕としても今回参加できなかった音楽仲間(結局、佐藤哲也君が渋谷に参加できたのみ。YOKO君他数名は涙を飲みました)に「新バンド最高!」と伝えてありますし、「次こそは皆と一緒に観たい」という気持ちが強く、次の全国ツアーまで期待を膨らませて待っていたいと思います。


③ジュリー・ヴォーカルとセトリ総括

 (セトリ一覧はこちら!)

いやぁ、「怒涛」「圧巻」と表現するにふさわしい豪華セットリストでしたね。

僕のセトリ予想は当然のように外れまくりでした(辛うじて「ス・ト・リ・ッ・パ・-」と「ROCKN'ROLL MARCH」の鉄板曲だけが当たり)。
「護り給え」「神々たちよ護れ」と2曲続いた時点では「こりゃあ、いかにもお正月LIVEという感じのマニアックなセトリが来るぞ!」と思ったのですが、最初のMC以降(3曲目から)のジュリーLIVE王道ナンバー畳み掛けには息つく間も無いと言うか、圧倒されっ放しでした。
冒頭2曲+「核なき世界」以外はファンにとってお馴染みのLIVE定番曲&ヒット曲ばかり。
また(お客さんの年齢にもよりましょうが)、ジュリーLIVE初心者にとっても半分以上は知っている曲だったでしょうから、これはもう「ヒット・パレード」なステージと言ってよいでしょう。
ここまで徹底した王道セトリって、稀じゃないですか?

多くのみなさまが想像していらっしゃるように、新メンバーに「やってみたい曲」を募った結果そうなったのかもしれません(もしそうなら、「ス・ト・リ・ッ・パ・-」は平石さんのリクエストだったと思う!)。

しかし、よく考えてみますと。
今回「時の過ぎゆくままに」も「勝手にしやがれ」も「危険なふたり」も「TOKIO」も「許されない愛」も「追憶」も「ダーリング」も「ヤマトより愛をこめて」も「”おまえにチェック・イン”」も歌っていないんですね。それでも「ヒット・パレード」の説得力充分というのは・・・ジュリー、一体どれだけヒット曲を持っているのか、という話。

終演後にお会いした「はじめまして」の先輩がお話ししてくれたのですが、以前1度だけ旦那さんを誘って夫婦でLIVEに参加されたことがあったそうで、その時のセトリで旦那さんが知っていたのは「勝手にしやがれ」1曲だけだった、と。
以来、旦那さんは誘っても参加してくれないとのことで、「今回のセトリなら大喜びだったはず」とね。
もしそれが叶っていたら、きっと「今回は歌わなかった」他の有名曲を求めて次のツアー再び参加の意欲を持たれたのではないでしょうか。
僕だって、ジュリーLIVEデビューがあの『ジュリー祭り』だったからこそ本格的にジュリー堕ちして、その後ずっとLIVEに通うようになったわけで、あれが『』ツアーのようなセトリだったらどうなっていたかな・・・自信は持てないんです。

すなわち今回の『初詣ライブ』、初めてジュリーLIVEに参加したお客さん(もちろんそういう方々はいらしたでしょう)を一発で虜にした、「また来たい」と決意させた・・・間違いなくそんなセトリだったと思います。

それもこれも、ジュリーの今も変わらぬヴォーカル・インパクトあればこそ。

僕は最近、若い人達の間で「口から音源」というヴォーカリストの実力を讃える表現があることを知りました。
吉田Qさんの「夜桜デート」が今年になって突然バズり、曲のLIVEヴァージョン映像までを観た若者達の多くが「口から音源」なるコメントをYOU TUBEに残しているのです。
おそらく、オリジナル音源を聴いて歌を気に入っても、LIVEになると「あれ?」となってしまうパターンのヴォーカリストが今は多いのでしょうか。

その点ジュリーは間違いないのですね。
キーを下げている曲も中にはあったとは言え(僕は絶対音感を持ちませんが、鍵盤を上から見降ろせる2階席での参加でした)、オリジナル音源でお馴染み有名ナンバーでの、リリース当時と遜色ない声の艶。そこに加えてLIVEならではの臨場感ですから。
個人的には今回「憎みきれないろくでなし」「恋のバッド・チューニング」が双璧でした。
みなさまはどの曲のジュリー・ヴォーカルが印象に残りましたか?



さて、春を迎えるこの季節、「まん防」も解除されGWにかけて人出の増加は避けられないでしょう。
しかしこのコロナ禍、決して収束したわけではありません。たとえ重症化リスクが低くなっているとは言っても(ちなみにこうした報道で言われる「重症」なる言葉にも気をつけなければなりません。重症化率を致死率が上回っているというのが現実。酸素ボンベをしていても「重症」と呼ばなかったりしますから。「重症」=「危篤」くらいには把握しておくべきです)、例えば僕が尿管結石の激痛で病院にかつぎこまれた時も、到着してすぐには処置して貰えないのです。
まず鼻に棒をねじこまれPCR検査の結果待ちで、約1時間はのたうち回りながらただただ待機。陰性の結果が出てようやく看護士さんが座薬を入れてくれたのでした(初日はそれも効かず点滴に移行したんですが)。

これがもし命にかかわる一刻の猶予もないケースだったら・・・さらに、もしコロナ症状無自覚でありながらその時の検査で陽性反応が出てしまっていたら・・・考えるだけでもゾッとします。
これからたとえ花見や旅行に出かけるにしても、1人1人が油断せず充分に感染対策を心がけ、無責任な行動をとらないことが肝要だと思います。

また、先の16日の地震に被災された方々、現地で怖い思いをされた方々に、この場を借りまして心よりお見舞いを申し上げます。
関東圏の我が家も大きな長い揺れを感じました。報道によれば2011年のあの大震災の余震の可能性が高いとのことで、本当に怖いです。
みなさまの無事を祈ります。

そして最後に。

STOP KILLING、NO WAR!

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2021年12月20日 (月)

沢田研二 「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」

from『明日は晴れる』、2003

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1. 明日は晴れる
2. 違いのわかる男
3. 睡蓮
4. Rock 黄 Wind
5. 甘い印象
6. Silence Love
7. Hot!Spring
8. ひぃ・ふぅ・みぃ・よ
9. 100倍の愛しさ
10. 夢見る時間が過ぎたら

--------------

ジュリーから遅れること数ヶ月(?)、この度遂にガラケーを卒業しスマホデビューいたしました。

どのみち来年3月にはガラケーのサービスは終了するので「やむなし」と言えばそうなのですが、僕の場合も変更に至った経緯はほぼジュリーと同じ。
2日ほどブラックアウト期間がありまして、その間にご連絡頂いた方にはお返事無しの状態になっているかと思います。申し訳ありません。
au→auの機種変でしたから旧アドレス、旧電話番号ともそのまま生きております。今後ともよろしくお願い申し上げます(と、いうことで引き続き、渋谷のチケット3枚探し中でございます汗)。

いやしかし、僕のようなアナログ人間に初めてのスマホは扱いが難しい。
「はじめてスマホ」というプランにしたのですがそれでも勝手が分かりません。
あくまで先方の尽力により、家族やYOKO君をはじめとする友人数人とはLINEも通じたものの、他のみなさまにこちらからどのようにコンタクトすればいのか皆目・・・という状況で困っています。
まぁ、そのうち慣れるでしょう。


さて本日12月20日は僕の誕生日。
55歳になってしまいました。
無事に生きれば還暦までもうあと5年というところまで来て、そりゃあ身体も色々出てくるわけだ・・・。
そんな時「自分と同い年のジュリーはこんなに元気だったんだ」と実感することはとても励みになります。
ですから毎年この日は「現在の僕の年齢の年にジュリーはどんな歌を歌っていたか」というテーマで楽曲お題を選び更新することにしています。

ジュリーが55歳の年にリリースしたアルバムは、『明日は晴れる』。
2002年から06年まで続いた変則パッケージ作品の中でも特にゴツくて(盾型)、収納場所が悩ましい1枚。
中身もパッケージに劣らずゴツいパワー・ポップ系ながら、優しい詞の歌が多くメッセージ性の強い名盤だと思います。
今日は収録曲の中から記事未執筆だった「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」を採り上げての更新・・・日々スマホと格闘していたため下書きの時間が無くほぼ一気書きです。あちこち脱線しながらいつもよりライトな内容となりますが、よろしくおつき合いくださいませ。


①タイガース(阪神の方)はいつ優勝するのか(泣

のっけから脱線話です。
例年は本当に近くなってから考えることなのですが、「今年の誕生日更新はアルバム『明日は晴れる』からのお題だな」という意識が僕には5月くらいからあって。楽しみで楽しみでね。

と言うのも今年のプロ野球、セ・リーグは開幕から阪神タイガースがまさかまさかの絶好調。
以前から僕は

「Rock 黄 Wind」は、阪神が優勝した年に書く!

と宣言しておりましたから、遂に来た!と。

どちらかと言うと弱気な阪神ファンを自覚する僕が、梅雨くらいまでは「今年は間違いない!ブッちぎりで優勝DA~!」と確信するほどの強さでした。
拙ブログ的には話として出来過ぎ、運命的なんですよ。だって、「Rock 黄 Wind」をアンコールに配したジュリー55歳のツアー『明日は晴れる』は、日程が進むたびにそのセットリストに呼応するかのごとく阪神がどんどん勝っていって、最後にはジュリー・ツアーも阪神もお祭り騒ぎ、圧倒的な優勝を飾りお祝いした年なのですから(まぁ、遅れてきたジュリーファンの僕はリアルタイムで当時のツアーを体感できていませんが、DVDはしょっちゅう観ます。レビュー記事はこちら!)

そうか、僕が55歳になって『明日は晴れる』からお題記事を書く年まで待っていてくれたのか、我が愛するタイガースよ・・・。

などと早々に「その気」になるのも無理ない展開。
だから本当は今日の更新は「Rock 黄 Wind」がお題になるはず・・・だったのです。

ところが、夏くらいからかなぁ。雲行きが怪しくなってきて、ジャイアンツと競りはじめたなと思っていたらスルスルとスワローズが上昇してきてね。
この3チームが終盤優勝を争うパターンになると阪神は優勝できない、そして最後に優勝を攫うのは何故かヤクルト、というトラウマが過去の体験上僕には染み付いているのですが、正に今年もその通りとなりました。
それにしたって今年は・・・ゲーム差ゼロですよ。勝ち数だけなら阪神の方が上なんですよ。
悔しいじゃあありませんか・・・。

果たして僕がこうして元気にブログを続けられているうちに、阪神は優勝するのでしょうか。「Rock 黄 Wind」の記事を書く日は来るのでしょうか。
優勝できる力はここ数年で整ってきている、とは思うのですが。

いずれにしても、イケイケな確信からあっという間に「弱気な阪神ファン」へと逆戻りした・・・僕にとってはそんな2021年後半でしたな~。


②「数字がつくジュリー・ナンバー」CDを作ってみた

ジュリーほどの長いキャリア、しかも基本的に毎年新譜をリリースし続けるというスタンスの歌手になると当然ながらその楽曲数は厖大です。シャッフルで全曲一気聴きするとなると何日かかることやら。
ですから基本アルバム単位で聴くことになりますが、それとは別に個人的に自分用の編集盤CDを何枚も作って聴く、という楽しみ方ができるのもジュリーのキャリア、持ち歌の多さならではです。
みなさまも「LIVEセトリCD」はよく作成されているのではないですか?

僕がよく作るのは、何らかのテーマを決めて通勤時間に合わせた15曲入りの編集盤(15曲にすると、通勤時間BGMとしてちょうど良い長さになります)。
例えば「歌詞に人名が出てくる歌」「同じく地名が出てくる歌」果ては「アルバムのラスト収録曲ばかりを集めた」CDなどを作ったことがあります。

で、今日の更新に備えて先週作ったのが「タイトルに数字の入っている歌」特集でした(いつもなら更新に向けてお題曲収録のアルバムを聴くのですが、今回は「Rock 黄 Wind」を聴くのが悔しかった笑)。

どんなテーマで作るにせよジュリー・ナンバーには相当な該当曲が見つかりますから、15曲におさめるとなれば泣く泣く外す曲もあって、その時の気分で「聴きたい!」と考えた厳選集CDとなります。各年代からバランス良く選曲、ただし僕の場合はシャッフル感覚が好きなので敢えて曲順は年代ランダムに作ります。
結果、このようになりました。

1.「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」
2.「十年ロマンス」(ザ・タイガース)
3.「15の時」
4.「三年想いよ」
5.「1989」
6.「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」
7.「SPLEEN~六月の風にゆれて」
8.「ゼロになれ」
9.「24時間のバラード」
10.「目抜き通りの6月」
11.「背中まで45分」(シングル・ヴァージョン)
12.「午前三時のエレベーター」
13.「君にだけの感情(第六感)」
14.「8月のリグレット」
15.「100倍の愛しさ」

なかなか盛り上がる編集盤でしたよ~。
アルバム『明日は晴れる』にはちょうど記事未執筆の該当曲が2曲あり、CDの最初と最後に配しました。
毎日の通勤中にこれをBGMとしながら「さて、どちらにしようか」と考えていたわけです。

「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」「100倍の愛しさ」いずれもこの時期のジュリー・ナンバーらしいメッセージ性、パワー・ポップの要素があり「名曲」を再確認した上で、今回はGRACE姉さんの詞とカースケさんのドラムスが印象的な「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」を選んだ次第です。


③「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ」と数えるのはどんな時?


やっとお題曲の話です(汗)。

僕は(ジュリーと同じく)GRACE姉さんの詞が大好きですが、曲によっては時に「え~とこれは、ジュリーの詞だっけGRACE姉さんだっけ?」と分からなくなり再確認することもしばしば。
特に「平穏な日常」を描いた作品でそのパターンが多いみたいです。

対して「これはGRACE姉さん!」と迷うことなく明快に系統だてられる歌達もあって。僕の中で「星・宇宙系」と分類されているGRACE姉さん一連の名作群を2000年から時代順に並べていくと

「アルシオネ」
「心の宇宙(ソラ)」
「不死鳥の調べ」
「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」

と、見事に1本の線で繋がります。

「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」は夜空の星を数える歌。
ここで考えるのは、僕らが何かをカウントしようとする時「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ、いつ、む・・・」と数えるのはどんな時だろう?という。
僕の場合は仕事なんかで本とかペラとかを数える際には、普通は「1、2、3、4・・・」か、或いは2つ跳びで「にぃ、し、ろ、ぱ・・・」とやります。いずれにしてもスピード重視ですな。
さっさと数え終わりたいな、と気持ちが焦って却って躓きやすいんですけど。

一方「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ・・・」の数え方には、ゆったりした時間の感覚があります。
どう考えても最後まで数えきれないもの、数の答が出なさそうなものを漠然とカウントする、数えること自体が目的ではないと言うか、「結果が知れない」ものに対しての数え方なんじゃないかと。
ゆっくりと、ひとつずつ・・・そんな感じです。
対象が良いことあれ悪いことであれ、ハッキリとは分からないもの。例えば、このコロナ禍終息までの日数。いつかその日が来る、と信じて日々指を折る「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」であったり、世界の危機を憂う学者が「終末時計」の秒針がじりじりと進んでゆくのを見つめる「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」であったり。
僕にはそんなふうに思えます。

GRACE姉さんの「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」は決してハッピーな内容とは言えません。
星を数える時に都会の明かりが邪魔になったり、自然、地球、宇宙を脅かす何者かへの糾弾ともとれるメッセージ・ソング。それでも歌詞全体に豊かさや癒しがあるのは、あくせくした日常の「時間」からの脱却が感じられるからじゃないかなぁ。

「時間は最大のミステリーだ。それが分かれば宇宙の謎もすべて解ける」
と言ったのは誰でしたっけ?
でも科学者ならざる僕ら凡人ならば、時間を解明するでもなく「忘れる」ことで「謎」(解決できないこと)から解放されているのかもしれません。
それが「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」と星を数えてみる時。勝手な解釈ですけど、そんな歌なのかな。

白井さんの作曲はかなりの変化球です。
ホ長調のメロディーを「Cmaj7」に着地させるとは・・・五線譜だと臨時のナチュラルが満載となりそう。
進行の理屈としては短調寄りなのです。
でもこの曲での白井さんは理屈関係なく、ギター独特の「鳴り」を生かしたフォーメーションのクリシェ移行でコード展開させているようで、作曲手法は「ISONOMIA」に近いのではないでしょうか。

あと、僕はこのレコーディング音源でのカースケさんのドラムがとても気に入っています。
タムの噛ませ方が60年代ロック幾多のドラマーの名演を連想させるんですよ。リンゴ・スターっぽくもあり、キース・ムーンっぽくもあり。
他ジュリー・ナンバーでGRACE姉さんの「限 界 臨 界」や、オータコージさんの「揺るぎない優しさ」にも同じような感触を僕は持っています。

僕が現時点でアルバム『明日は晴れる』からLIVE体感できているのは、「明日は晴れる」「睡蓮」「Rock 黄 Wind」の3曲のみ。
開幕まで3週間ほどに迫った初詣ライブでは「睡蓮」のセトリ入りが堅いと考えていますが、まだ未体感でアルバムでも特に好きな「違いのわかる男」「夢見る時間が過ぎたら」にも期待しています。
「ひぃ・ふぅ・みぃ・よ」はちょっと難しいかなぁ。まぁ、僕のセトリ予想なんていざ蓋を開けたら毎回ピントが外れまくっているんですけどね。


それでは、オマケです!
今日は2003年『音楽専科』のインタビュー記事。
これは当時50代のジュリーにそれぞれ20代、30代、40代のインタビュアーが話を聞く3部構成の記事で、30代、40代のインタビュアー部は過去記事にて添付済(こちらこちら)。
残っていた20代のインタビュアー部をどうぞ~。

20032
20033
20034
20035
20036

記事中で『OLD GUYS ROCK』ツアーから始まった柴山さんとのギター1本体制を予感させるようなジュリーの言葉があったり、なかなか興味深い内容ですよね。


それでは次回、年内にあと1本更新の予定です。
昨年の最後の記事は、シローさんの追悼で「野生の馬」を書きましたが、今年も追悼の記事で1年の更新を締めくくることになります。

お題はザ・タイガースのナンバーで。
よろしくお願い申し上げます。

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2021年11月20日 (土)

沢田研二 「女はワルだ」

from『今度は、華麗な宴にどうぞ。』、1978

Konndohakareina_20211119183001
1. ダーリング
2. 酔いどれ関係
3. ハッピー・レディー
4. 女はワルだ
5. 探偵(哀しきチェイサー)
6. ヤマトより愛をこめて
7. お嬢さんお手上げだ
8. グッバイ・マリア
9. スピリット

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関東圏も寒くなってきました。
みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。

唐突ですが僕は20代の頃「占い」に凝ってかなり深く勉強しておりました。
特に姓名判断はプロに混ざってもまぁ対等に行けるだろう、というレベルまでに当時は達していたと自負しています(今もソコソコ行けますので何かの機会あらばご相談を笑)。
とはいえ占い自体を信じているかと言うとさほどでもなくて。例えばジュリーとか松任谷由実さんとか、姓名判断だと良くない数字ばかりで画数構成された名前です。社会的な成功は期待できないと診断せざるを得ませんが、現実は全然違いますからね。
僕の場合は単に「統計フェチ」。無数にある例をを調べあげ積み重ねる作業が好きな性分なのですな。

で、これは誕生日系の占いの話なのですが・・・今年の僕は最悪の星まわりなのだそうで。
それが当たったのかどうかはともかく、年明けの健康診断で腎臓が引っかかったのを皮切りに、僕にとって2021年は身体的に厳しい1年となってしまいました。
それだけに先日のジュリーの「バンド復活」宣言がどれほど嬉しかったか・・・「よし、今年もあと2ヶ月を切った、来年こそは明るい年になる、なんたって新年早々ジュリーのバンドLIVEがあるし!」と思い、以来改めて気合を入れ直し過ごしておりました。

ところが、ここへ来て左手親指のつけ根の骨にヒビが入るという怪我に見舞われてしまった・・・。
情けないことに、原因の心当たりがまったく無いのです。おそらく勤務中に何かやらかしたのでしょうが、昼過ぎに「なんだか痛いな」と思い始めたのが、帰宅した頃には夕食の茶碗が痛くてうまく持てない、そして夜中には激痛に及ぶ、という王道パターン。
翌朝病院に行き、その日予定していたジュリー道の師匠との2年ぶりの会食もキャンセル・・・「このタイミングで今度は骨か!」と、さすがに凹みましたよ。
ただ、お医者さんにソフトな固定のコツを教えて貰ったりして、無理さえしなければさほどの痛みではなくなりましたし、ここはジュリーに倣って「この程度で済んだ。護られている」と考えたいです。

そんなわけで今日の記事はかなり苦労しながらPCキーボードを打って書いたものです。
いつも以上に誤字脱字ありましょうが、ご容赦ください。


みなさまもきっとそうでしょうが、僕は相変わらず『沢田研二2022 初詣ライブ』が楽しみ過ぎて、セトリ妄想に明け暮れているところ。
そうこうしているうちに、2021年も残すところひと月半を切りました。
来月12月に更新予定の記事はお題曲を決めてしまっていたので、この11月のうちに『恒例・全然当たらないセットリスト予想』シリーズとして1本書いておこうかな、ということで今日のお題がズバリ「女はワルだ」。

セトリ予想と言うには無茶ぶりにもホドがあるぞ!とのお声が聴こえてきそうですが、まぁこのあたりが拙ブログの特色ですから(笑)。
よろしくおつき合いくださいませ。


①「コーラス隊」から考えるセトリ予想

本当に楽しみ&予測不能なジュリーの新生バンドによる初ステージ。前回記事では「BARAKA」のイメージから考えた僕のセトリ予想を「鉄板」3曲&「無茶ぶり」3曲の計6曲挙げさせて頂きました。

そこで今日はバンドのメンバーとして正式に告知された、すわ親治さん&山崎イサオさんによる「コーラス隊」の存在から導かれたセトリ予想を、前回同様に書いてみたいと思います。
まずは「鉄板」予想の3曲から。

・「この空を見てたら」
言うまでもなく、すぎやまこういちさんへの追悼の意味合いがあります。
ピーさんが既に次の二十二世紀バンドとのLIVEで「すぎやまさんの作品を多く」と予告されていますが、ジュリーの場合は新バンドの個性も考えタイガース・ナンバーではなく敢えてこの2000年リリースのすぎやまさん作曲作品で、というのが僕の予想です。自信あり!
もちろん、タイガース・オマージュのコーラス・パートが重要な1曲ですよね。

・「ROCK'N ROLL MARCH」
これはもう、グリグリの黒二重丸。ナリタブライアンの菊花賞や77年のレコード大賞くらい堅いセトリ入り超鉄板ナンバー。すわさんと山崎さんが拳を振り上げて「DA~!」とやってくれるわけです。
間奏では柴山さんと高見さんのギター・バトル実現も確実でしょう。

・「Fridays Voice」
近年の「祈り歌」からの選曲は必ずある、という中で、楽曲構成だけでなく詞のコンセプトとしても「コーラスの厚み」が特に重要なこの名曲を推します。
『初詣ライブ』公演スケジュールを見ると、初日とオーラスの東京、そして大阪、つまり名古屋以外の3公演が金曜日開催。「完全にフラグは立っている!」と。
こちらも自信ありです。

続いて「無茶ぶり」予想の3曲は・・・。

・「女はワルだ」
ハイ、今日のお題曲です。
あの印象的な女声コーラス・パートをすわさん達が再現してくれるという正に無茶ぶりなセトリ予想。
でも、「ジュリーwithすわさん&山崎さん」がLIVEステージで並び立つシーンを想像すると、コーラス隊の振り幅に制限など無いように思えるのです。
ハードなロック・ナンバーがズラリと揃ったセトリの中に、ふとコミカルな雰囲気のレア曲が挿し込まれてくるのも面白いんじゃないかな~。

・「想い出のアニー・ローリー」
今回は「追っかけコーラスのロッケンロー」が1曲入ってきそうな気がします。
そんな中「無茶ぶり」予想となれば、ここ数年で遅まきながらプレスリーに嵌った僕としてはこの「想い出のアニー・ローリー」が聴きたいですねぇ。
ジュリーとすわさん達の「カモン!」「カモン!」の掛け合いだけで、どんぶり飯3杯はいけそう。

・「不死鳥の調べ」
個人的にはアルバム『忘却の天才』の中で一番好きな曲です。
英語のコーラス・パートは歌詞カードに明記が無く、聴き取りでまぁこんな感じだろうな、と思ったフレーズを自前の採譜でも記してありますが(「スカイ・ハイ♪」は絶対ミル・マスカラスから来てると思う・・・なんたって「不死鳥の調べ」ですから)、万一この曲がセトリ入りしたら、すわさん達のコーラスに耳ダンボでその点を再確認したいところです。

こんな感じで、「コーラス隊の存在だけでセトリ予想を絞る」というのも楽しいですよね。
今回は少なくとも全体の半分以上が、オリジナル音源の段階で「コーラスありき」の曲が採り上げられるセットリストとなると思います。

すわさん達コーラス隊は最初から最後まで出ずっぱりなのか、それとも「参加曲時入場パターン」(直近のポール・マッカートニーLIVEでのホーン・セクション・メンバーの3人がそうでした)となるのか。
もしかすると、「前半コーラス無し、後半コーラスあり」みたいにコーナー分けしてくるかも。

そうしたことも含め、予測不能の楽しみ満載!なお正月LIVEですね~。


②すわさん&山崎さんの自由な活躍に期待!

ということで今日は、①で予想に挙げた6曲のうち過去にお題記事を書いていなかった「女はワルだ」を採り上げよう、と思い立った次第です。

僕はジュリー初心者の人に「アルバムだとまず何を聴けばいい?」と問われた時、相手のキャラクターや音楽の好みにもよりますが、『今度は、華麗な宴にどうぞ。』を勧めることが多いです。
世間一般の「ド派手なジュリー」なイメージそのままの濃厚な作品ですし、2曲のシングル有名曲が絶妙の位置で収載されていて、その上でアルバム全体にストーリー性があって。
ジュリーの特別さに「嵌る」要素が強い1枚だと思っています。
加えて、阿久さんの描くストーリー性がそう思わせるのか、購入当時には無かった「アルバムのどの曲をとってもマキノノゾミさんの音楽劇にフィットしそう」という感想も今は持っているんですよね。

正攻法でお正月LIVEのセトリ予想をするなら、このアルバムからは「探偵~哀しきチェイサー」「お嬢さんお手上げだ」の2択でしょう。
『LOVE~愛とは不幸を怖れないこと』収録の「雨だれの挽歌」と併せ、最近のジュリーはこの「音楽劇ナンバー」3曲をローテーションで回しはじめていますから(「グッバイ・マリア」も油断なりませんが)。
しかし敢えて僕は今回「音楽劇っぽい」アルバム他収録曲を指名。
今日のお題は「ハッピー・レディー」とどちらにするか最後まで迷いましたが、すわさん&山崎さんの「コーラス隊」活躍の最大幅を考え、「女声コーラスのソロ・パートも平気でやっちゃう」という魅惑の要素を持つ「女はワルだ」を無茶ぶり予想としました。

ジュリーのヴォーカルが始まる前にまずすわさん&山崎さんのコーラスで

今さら遅い  遅すぎる
E       C#m    A       B7

女のワルに 気づいても ♪
E    C#m    A          B7

こう炸裂するわけです。
長いファンの先輩方は70年代にリアルな女声コーラスを配したこの曲のLIVEも体感していらっしゃるでしょうが、当時とは雰囲気も違ってくるのではないでしょうか。

万一この予想が当たったとして、セトリの前後がどんなハードな曲になるにせよ、この曲だけは素晴らしい意味でバンド全体がコミカルな空気に包まれるはず。
会場の全ジュリーファンがすわさん達に最敬礼、これにはシャッポを脱がないわけにはいかない!

そうそう、この時代の阿久さんの詞って、今ではほぼ使われなくなった言葉、表現が「ひょい」と身軽に登場するのが良いんですよね。
「シャッポを脱ぐ」なんてのはその極み。
阿久さんの場合はさらにひねって「脱がないわけにはいかない」と。これには大野さんもニヤニヤしながら曲をつけたんじゃないかな。
そもそも「女はワルだ」は『今度は、華麗な宴にどうぞ。』の中で大野さんの曲想的に「アルバムの中で唯一この1曲」というハートウォーム系、ミュージカルライクなナンバーで、アルバム完成度に貢献する役割はとても大きいと思うんです。これは『思いきり気障な人生』での「ラム酒入りのオレンジ」、『LOVE~愛とは不幸を怖れないこと』での「サンセット広場」にも同じことが言えましょう。

とまぁ、完全に「外しにいった」予想ではありますが、こうして妄想するだけで楽しすぎます。
かつて「ドリフ第6の男」と言われ「全員集合リアル世代」なら絶対知っているレジェンド・コメディアンであり、しかも僕にとっては同郷のすわさん。70年代、80年代ロックに造詣の深い山崎さん。
せっかくそんなお2人が参画する「コーラス隊を率いたバンドスタイル」なのですから・・・まさかまさかの「女はワルだ」、ダメ元で期待してみましょう!

ちなみにこの曲のオリジナル音源、ジュリー史上5本の指に入る「変なミックス」に仕上げられています。
気づいている人も多いでしょうが、ベース・トラックが2つあるんです。しかもこれ、2つのトラックで別のフレーズを弾いてアレンジ構築しているのではなく、同じように弾いていくつか録ったテイクのうち2つを左右に振り分けて同時に流すという・・・つまり「ベースだけのウォール・サウンド」なのですよ。
リード・ヴォーカルやアコギならよくある手法だけど、ベースでこれをやってるミックスの曲を僕は「女はワルだ」以外知りません。フィル・スペクターもビックリだ~。
制作の最終段階で「もうちょっと厚みを出そう!」と考え生み出されたアイデアだったのかなぁ?


③まだまだある!コーラス炸裂ジュリー・ナンバー

最後に、これは予想と言うか「コーラス隊がいるならこんな曲もアリだな、やってくれたら楽しいだろうな」と思うジュリー・ナンバーを列挙しておきましょう。

「誰もが知る」有名シングルA面からは、「憎みきれないろくでなし」「サムライ」「恋のバッド・チューニング」「"おまえにチェック・イン"」「晴れのちBLUE BOY」がパッと頭に浮かびます。どれも絶対盛り上がる!
あと「おまえがパラダイス」。これは最後のリフレインだけ柴山さんが定位置を離れコーラス隊のマイクを奪って歌うという・・・ギター2本体制なら可能な「ジュリーに髪をクシャクシャされる」シーンまで考えたいですね。実現すれば、2003年以来ということになるのかな。

他、セトリ常連曲から「あなたに今夜はワインをふりかけ」「彼女はデリケート」「ポラロイドGIRL」「単純な永遠」「サーモスタットな夏」「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」「greenboy」あたり。

レアなところだと「湯屋さん」。
最近のジュリーはアルバム『今 僕は倖せです』からの選曲が多いので、この機に採り上げられるかも。

あとは個人的に大好きな「muda」ですよ~。
LIVE体感してから満を持してお題記事に、と前々からスタンバイしてるのにジュリーはなかなか歌ってくれないんですよね・・・。

極めつけは「アイ・ビリーヴ・イン・ミュージック」。これは先輩方、泣いちゃうんじゃないですか~?

さぁ、みなさまはどんな「コーラスありジュリー・ナンバー」に期待されていますか?


それでは、久々にオマケです!
お題曲のリリース年にあやかって、78年『non-no』の記事をどうぞ~!

78nonno2
78nonno1
78nonno3
78nonno4
78nonno5
78nonno6

次回更新は12月3日の予定です。
毎年この日は2008年の僕のジュリーLIVE初体感&本格ジュリー堕ち記念日として、『ジュリー祭り』セットリストからお題を選ぶことにしています。

一応セットリスト演目すべて(インスト含め82曲)一度はもう書いておりますので、拙い過去記事を一新する「やり直し伝授」のカテゴリーにて。今年のお題はもう決めています。
しばしのお待ちを~。

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2021年8月 8日 (日)

沢田研二 「8月のリグレット」

from『NON POLICY』、1984

Nonpolicy

1. ナンセンス
2. 8月のリグレット
3. 真夏のconversation
4. SMILE
5. ミラーボール・ドリーマー
6. シルクの夜
7. すべてはこの夜に
8. 眠れ巴里
9. ノン ポリシー
10. 渡り鳥 はぐれ鳥

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暑いですな・・・。
酷暑、猛暑、炎暑など様々な言い方をしますが、先日更新されたピーさんのブログ記事で、ピーさんオリジナルの「蛮暑」との新語がありまして。
いや正に!
地上の人間や生物達が天の熱に蹂躪されほどの暑さ。「蛮暑」はズバリの表現、さすがはピーさん、漢文の専門家でいらっしゃいます。

毎年思うのですが、8月って(特にここ数年は)グッタリするほど暑いのに、毎日のように陽が短くなっていくのが実感できてなんだか寂しい月なんですよね。
たぶん子供の頃の「夏休みがどんどん過ぎていってしまう」感覚が染み付いてるんじゃないかな。

ですから「夏の歌」も「さぁ夏だ!」と盛り上がる7月っぽい歌と、「もう夏も終わり」な哀愁漂う8月っぽい歌とでは全然違う気がします。
僕がジュリー・ナンバーで7月っぽいと感じるのは「サーモスタットな夏」とか「RED SUMMER」とか。
では「8月っぽい」となれば、今日のお題がズバリ「8月のリグレット」。お盆が近づいてきて、夏休みも折り返しが見えて「もっとああすれば良かった、こうすれば良かった」と「夏の後悔」に囚われた少年時代の記憶とリンクしまくる名曲です。

たまには”季節に合わせたお題シリーズ”をやらなくちゃ、ということでアルバム『NON POLICY』から。
くれぐれも涼しいお部屋にて、今日もよろしくおつき合いください。


僕はポリドール期のジュリー・アルバムを、本格ジュリー堕ち(『ジュリー祭り』参加時)以前にすべて聴きました(2005年のリマスター一斉再発の時に大人買い)が、『NON POLICY』の評価は当初高くありませんでした。
「名盤」と思えるようになったのは2011年くらいでしたか(ジュリー道の師匠からの指南も大きかった)。それまでは「シルクの夜」や「眠れ巴里」、そして「渡り鳥 はぐれ鳥」の素晴らしさに気づけていなかったのですから、我ながら呆れます。

ただ初聴一発で大好きになった曲が3曲あって、それが「ナンセンス」「8月のリグレット」「すべてはこの夜に」。
この3曲の共通点はいずれも「ピアノ・ロック」であったこと。80年代邦楽ロックの一大ブームとも言えるサウンドでありアレンジです。
高校時代に佐野元春さんをよく聴いていた僕は『NON POLICY』でまず、佐野さん作曲の「すべてはこの夜に」は当然のこと、「ナンセンス」「8月のリグレット」のアレンジに、少年時代に愛聴した佐野さんの「ピアノ・ロック」なエッセンスを感じとりました(ちなみに『A WONDERFUL TIME.』収録の「PAPER DREAM」や、ブルーバードCM曲の「素敵な気分になってくれ」についてもまったく同じ感触が僕にはあります)。
70年代までならおおむねサイド・ギターが受け持つであろうアレンジ・パートを複音のピアノが担当する、という・・・例えば「8月のリグレット」の0’24”~0’25”あたりのピアノにご注目ください。佐野さんのファンでこのフレージングに惹かれない人はいないでしょう。

この手法は実際には70年代からあって、海の向こうではビリー・ジョエル、エルトン・ジョン、或いはストーンズにおけるニッキー・ホプキンス参加曲であったり、特に僕の好みだとアトラクションズ(エルヴィス・コステロのバンド)とか、「ピアノの連打でロックする」ことは当時勢いを増していたハード・ロックへのアンチテーゼでもあったのかなぁと思っています。
ジュリーもアルバム『愛の逃亡者』をはじめ、他にも井上バンドの演奏で大野さんのピアノにそれっぽい曲はいくつかありました。
それでも邦楽において「ピアノ・ロック」を一躍メジャーにした、世間の認知を広く得た最初のソロ・アーティストは誰かと言えば、これが「8月のリグレット」作曲者の原田真二さんだったと思うんですよ。
容姿的にもカッコイイ男性シンガーがピアノを弾きながらロックを歌う、というね。
原田さんのデビューは70年代も後半になりますから決してそのスタイルの「先駆者」とは言えませんが、テレビの歌番組で普通にそうした楽曲を一般ピープルに知らしめたのは、原田さんが最初じゃないかなぁ。
少なくとも僕にとってはそうでした。

原田さんの作る曲はいかにも日本人離れな感じで、カッチリしていて、曲中どこかに必ず「おっ!」と耳惹かれる極上にキャッチーな進行が織り込まれているというのが僕の印象です。
パターン自体は王道であっても、メロディーの単独性、ヴァースの配置が個性的だと思うんですよね。
「8月のリグレット」で言うと

カーブにちぎれた
F          F#dim

蒼 いフラッシュライト ♪
Gm  F               E♭

のテンションの挿し込み方だったり

行く先はない 狂っ た砂時計 ♪
Gm  Gmmaj7 Gm7  Em7-5 E♭(onF)

のクリシェ・ラインの美しさだったり。
これがジュリー・ヴォーカルとの相性抜群です。

原田さんのジュリーへの提供曲はこの『NON POLICY』収録2曲のみですよね?
以前アルバム収録曲お題記事のどれかで書いたはずですが、『NON POLICY』のジュリーは曲の随所で「おぅ・・・」と喘ぐようなプチ・シャウトを結構な頻度で入れてきます。これがまた原田さんの曲と合うのです。
もっともっとジュリーと組んでも良かった作家さんだと思うのですが・・・。

ちなみにアルバム1曲目の「ナンセンス」にも「8月のリグレット」上記箇所と似たクリシェが登場します。

おれの  気紛れだから
      Gm   Gmmaj7   Gm7

ハートを痛めるなんて ナンセンスだよ ♪
Em7-5        Cm    F7  B♭            D7

これが僕の中の原田さんのイメージにとても近く、僕はアルバム購入から数年間「ナンセンス」を原田さん作曲作品と勘違いしていました(歌詞カード該当ページのクレジットを、横ではなく縦に認識してました汗)。
いずれにしても、「ナンセンス」がト短調、「8月のリグレット」が変ロ長調とこの2曲は並行調の関係にありますし、アルバム冒頭2曲流れは最高に心地よいです。

「8月のリグレット」は井上鑑さんのアレンジも素晴らしく、シングルでも行けたんじゃないか、と思うほどの完成度。
ただ1点個人的に引っかかるのはYMOばりのサンプリング音で、もちろん曲によってそれは効果絶大、実際僕はYMO「アブソリュート・エゴ・ダンス」(音色やタッチは「8月のリグレットとほぼ同じ)とか大好きなのですが、これ「8月のリグレット」に限っては不釣合いだったんじゃないか、と思うんだよなぁ。
まぁそれも含めてアルバム『NON POLICY』特有の雰囲気なんですけど。

僕は『NON POLICY』からは現時点で「すべてはこの夜に」唯1曲しかLIVE生体感できていません。
先日「言葉にできない僕の気持ち」の記事を書いた際に『サーモスタットな夏』ツアーDVDを観返し、「渡り鳥 はぐれ鳥」でのジュリー圧巻のパフォーマンス、泰輝さん狂乱のダンスを久々に堪能、「いいなぁ、いいなぁ」と思いましたよ。
僕が『NON POLICY』から次にLIVEで出逢うとしたらこの曲でしょうね。

あとは『ジュリーマニア』で採り上げられていたタイトルチューン「ノンポリシー」も可能性あり。
ジュリー自身の作曲作品ということで「眠れ巴里」のサプライズ降臨も考えられます。
残りの曲は「8月のリグレット」含めてなかなか難しいのかな~。どのジュリー・アルバムについて語っても「一度でよいので是非生で聴いてみたい!」というのは、キリのない話ではありますけどね。


最後に。
リアルタイムのジュリーファンの先輩方は『NON POLICY』をLPレコードで聴かれたのですよね?
僕がポール・マッカートニーの新譜購入体験で思い起こすに、86年の『プレス・トゥ・プレイ』はCDでしたがその前作、84年の『ヤァ!ブロード・ストリート』はレコードでした。ですから84年の『NON POLICY』もみなさまレコードでお持ちだったんじゃないか、と想像する次第。

そこで、このブログを特にジュリーファンでない音楽愛好家の方々がどのくらい見つけてくださっているのか分からないのですが・・・。
今、日本のみならずアジア各地で空前の和製「シティーポップ」ブームが到来しています。
例えば中古CD・レコード店の雄であるディスクユニオンさんは、今年に入ってまず渋谷に全国最大規模の新規店をオープン、続いて先月には新宿にワンエリア一気4店をオープンさせました。いずれにも僕は一度開店早々お邪魔する機会を得ましたが、お客さんの様子を見ていますと目玉は明らかにシティー・ポップやそれに順ずるJ-POP系をこれでもか、と揃えたレコード商品なのですね。
もちろん今日のお題「8月のリグレット」作曲者の原田真二さんや、大滝詠一さん、佐野元春さん、伊藤銀次さん、大沢誉志幸さん、NOBODYさん等ジュリーと縁の深いアーティストのレコードも人気のようです。

そこで、もし「シティポップのレコード収集」に打ち込んでいる最中の一般の方がこの記事を読んでいらっしゃいましたら、我らがジュリーの80年代前半のアルバムを是非聴いて頂きたいなぁ、と思うのです。
シティーポップ王道を求めておられる方には、特に『A WONDERFUL TIME.』『NON POLICY』の2枚を自信をもってお勧めいたします!

騙されたと思って、手始めに「8月のリグレット」1曲だけでもYou Tubeで聴いてみてください。
『NON POLICY』のレコードが欲しくなるはずですよ~。

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2021年5月26日 (水)

沢田研二 「悲しくなると」

from『JULIE Ⅳ 今 僕は倖せです』、1972

Julie4

1. 今、僕は倖せです
2. 被害妄想
3. 不良時代
4. 湯屋さん
5. 悲しくなると
6. 古い巣
7. 
8. 怒りの捨て場
9. 一人ベッドで
10. 誕生日
11. ラヴ ソング
12. 気がかりな奴
13. お前なら

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5月も残り僅かとなり、ジュリーファンとしては「いよいよ!」となってきましたね。

今日も先週に続き、『恒例・全然当たらないセットリスト予想』シリーズでの更新です。
前回は「ワルツ」括りの予想を書きましたが、今回着目したのは「ジュリー自作(作詞・作曲)」の名曲群。
さらに押し進めて「ソロ初期の自作曲」で括った予想を立ててみることにしました。

柴山さんとのギター1本体制のツアーが始まって以降、後追いファンにとっての「レア曲」がいくつか降臨してきている中、「ソロ初期のジュリー自作曲」率が高いなぁ、と感じています。
何と言っても目立つのは、アルバム『JULIE Ⅳ 今、僕は倖せです』からの選曲。「お前なら」「誕生日」「涙」と続いていますね。
また、長いファンの先輩方としては「常連曲」のイメージがあったであろう「お前は魔法使い」(アルバム『JEWEL JULIE 追憶』)も、『ジュリー祭り』デビューの僕は一昨年のセトリ入りがようやくの初体感でした。
これら4曲すべて、70年代ジュリーが自ら作詞・作曲していた名曲だったというわけです。
やはり自作曲ですからジュリー自身、製作当時に歌に込めた気持ちや状況が甦り易く、それが最近のセットリスト入りと連動しているんじゃないかなぁ。

ということで、まずは今回も「ソロ初期のジュリー作詞・作曲」括りの僕の個人的なセトリ予想を、競馬専門紙風に列挙してみましょう。

本命◎ 「不良時代」
先述の「お前は魔法使い」同様、長いファンの先輩方は何度となくLIVE体感されている名曲中の名曲なのでしょう。でも後追いの僕がこれまで生で聴けているのは、あの『ジュリー祭り』ただ一度きりなんですよ。
そろそろ来るんじゃないですか~?
ちなみに『ジュリー祭り』でこの曲は後半1曲目。前半後の休憩で僕は同行の盟友YOKO君とハンバーガーをかき込み、トイレに向かおうとしたところで場内からイントロが流れてきて、慌てて席に戻りました(YOKO君はそのままトイレに走る)。ですからあの時は完全にフルでは聴けていないんですよね・・・。

対抗○ 「今、僕は倖せです」
個人的には『JULIE Ⅳ』の中で一番好きな曲。
ずっとセトリ入りを待ち続けていますが、最近の『JULIE Ⅳ』からのレア曲連発傾向から「今回こそ」と大いに期待しています。
ギター1本でどんなアレンジになるかは分かりませんが、以前お題記事で書いたように、ジュリーのヴォーカルに絡むリード・ギター裏メロは、堯之さんのベスト・レコーディング・テイクだと僕は今でも思っています。

伏兵△ 「四月の雪」
ジュリーって、「歌のテーマを季節に合わせて選曲」という拘りはさほど無いですよね。
真夏を駆け抜ける全国ツアーでクリスマス・ソングを採り上げるパターンも多いです。
歌に込めた心情重視、なのかな。
その意味で「四月の雪」は、コロナ禍の収束をじっと辛抱して待つ現状、さらには「静かに熱く」のコンセプトにふさわしい1曲ではないでしょうか。
僕も含めLIVE未体感のファンにとって、「一度はこの歌声を生で聴きたい」と熱望するジュリー・バラードの代表格だと思います。

大穴▲ 「悲しくなると」
ハイ、今日のお題でございます。
「全然当たらない予想」シリーズの看板を裏切らない(笑)、これぞ隠れた名曲ですね~。

これはずっと以前、先輩に「ジュリーの処女作」だと教わった気がするんだけど、記憶違いかな。
とても瑞々しいバラードでありながら、ジュリーらしい自由度の高いコード展開。初期のジュリーの作曲はトニックの半音上のメジャー・コードを採用することが多く(「今、僕は倖せです」なんかもそう)、堯之さんが当時から「普通では考えられない進行」とジュリーの作曲センスを評していた、これもその一例と言えましょう。

誰とも 話さない ♪
F    E   F       B7

この「F」の箇所ですな。
尖っていると言うか「男らしい」(←この表現はジュリーにとっては禁句?)と言うか、その上で叙情性をも感じさせる進行です。
でもジュリー本人は別に変装的な作曲を狙ったわけでもなく、「これ、クニさんの「怒りの鐘を鳴らせ」とよく似たパターン(誰もみんな~♪」のトコね)だよ!」と思っていたかもしれませんね。
デビューしてから徐々に身体に沁み込ませていたメロディーの応用、優れた先達の手法をコツコツと学びとっていった・・・とすればいかにもジュリーらしいなぁとも思えますが、さて「怒りの鐘を鳴らせ」とこの曲と、どちらが先の作曲だったのかな。

僕が『JULIE Ⅳ』収録曲中、ミックスについてはこの曲が最も好きです。
左サイドがアコギ、ピアノ双方のバッキング、そしてジュリーのヴォーカル。右サイドがピアノ、アコギの単音とドラムス、ベース、オルガン。
くっきり分かれて聴こえてきますよね。
こうしたミックスって、曲の途中からドラムス、ベースのイン・テンポが噛むアレンジでこそ威力を発揮すると思いますし、大野さんのアレンジも映えます。

右サイドのピアノが他パートと比べてほんの僅かに低いピッチで演奏されているのも好きです。良い意味で古い、懐かしい、心地よいほろ苦さが出るんですよ。
並行調の嬰ハ短調部のみひっそりと流れるオルガンもとても好みで、『太陽にほえろ!』のバラード系の挿入曲を思わせます。

ただ「セトリ入り予想」としての肝は、このジュリーの詞の素晴らしさ、味わい深さ故なんです。
『JULIE Ⅳ』のリリースはジュリー24歳の年。50年近く前の製作ですから、収録曲によっては当時と今とではジュリーの考え方や伝えたい思いが変わってきている歌もあって当然。
例えば昨年のお正月LIVEで採り上げられた「涙」。ジュリーはMCで、「一部歌詞を変えて歌います」と話してから歌ってくれました。
「悲しい涙」は堪えて、「嬉しい涙」を流そう、という当時の自作詞の解釈を変え、悲しい時は涙を流しても良いんだ、と歌で伝えてくれたのです。

では「悲しくなると」はどうでしょうか。
こちらは今のジュリーの考え方や、コロナ禍の状況下という今歌うとしても、当時のままの詞で生かせるのではないでしょうか。

一人ぽっちの淋しさが
E                Am    E

ほら逢いに来た 僕だけに ♪
E                      Am    E

「淋しさ」に対して「逢いにきてくれた」と表現した弱冠24歳のジュリーの作詞感性は本当に凄いと改めて思う一方で、詞のフレーズを変えずとも50年近く経ってまた新たな意味、深みが加味される不思議な感覚。
世の中にどんなことが起こっても、その時にふさわしい歌をジュリーは既に持っている、というのはあの震災の時にも思い知らされたことです。

コロナ禍でそれぞれの人に孤独な時間が増えてしまった今、そして東日本大震災から10年。忍耐や哀しみの時間を穏やかに歌い癒してくれる隠れた名曲。
今、生で聴きたい若き日のジュリー・バラードです。

さていかがだったでしょうか、「ソロ初期のジュリー作詞・作曲」括りの僕の予想は。
他に『JULIE Ⅳ』からですともう1曲「古い巣」や、『チャコール・グレイの肖像』から「ヘヴィーだね」もちょっと考えましたが、この2曲はさすがに今歌うにはテーマが重いかな、と思い無印としました(ちなみに「古い巣」は、ここ数日通勤BGMでアルバムを通して聴く中で「凄い曲だ!」と再評価。さすがはYOKO君のフェイバリットのひとつ。『チャコールグレイの肖像』アルバム全体の雰囲気を72年の段階で先取りしているような重要なジュリー自作曲だと思いました)。

こんなふうにLIVE直前にセットリストをあれこれ予想するのも久しぶりのことで、ジュリーファンにとってはこのコロナ禍からの「夜明け」が少し見えてきたかのような・・・心情的にはとても有り難いことです。


さぁ、本当に「いよいよ」です。
最後に僕のセットリスト予想、他の曲をいくつか書いておきましょう。

近年の「祈り歌」からは、やはり柴山さん作曲作品が歌われそうです。
「Fridays Voice」「涙まみれFIRE FIGHTER」「ロイヤル・ピーチ」。この3曲がLIVEタイトルにふさわしい「KAZZ BALLADE」で、さぁどれが来る?と。
柴山さん作曲作品以外では、「un democratic love」「三年(十年)想いよ」をマークしています。

また、時代問わず「シングル曲」で考えると、
まず「ソロデビュー50周年」を謳っているからには「君をのせて」が鉄板だと思います。
あとは加瀬さんの「追憶」、ピーさんが16日のLIVEで歌ったばかりの「LOVE(抱きしめたい)」も有力と予想。
そして何より期待しているのが、僕にとっては『ジュリー祭り』参加時からの「ダイブ曲」と公言していながら未だ生体感が叶っていない「ロンリー・ウルフ」です。
まるで『BALLADE』のツアー・タイトルまで満を持していたようだ、とか、50曲を歌ったデビュー50周年記念のツアーの時に選に漏れたバラードのシングルがここで!というタイミングのようにも思えたり。
ならば「背中まで45分」や「TRUE BLUE」なんかも・・・と妄想は膨らむばかりなのですが。

果たして僕の予想は今回も「全然当たらない」のか、それとも?

いずれにしても「久々」という以上に特別な、忘れ難いステージになること、間違いありません。
ジュリーからの注意事項を皆で守り、各自出来うる感染防止対策に万全を尽くして、素晴らしい『BALLADE』初日にしましょう!

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2021年5月21日 (金)

沢田研二 「夜明け前のセレナーデ」

from『PANORAMA』、1991

Panorama

1. 失われた楽園
2. 涙が満月を曇らせる
3. SPLEEN ~六月の風にゆれて~
4. 2人はランデブー
5. BACK DOORから
6. 夜明け前のセレナーデ
7. STOIC HEAVY ~盗まれた記憶~
8. テキーラ・サンセット
9. 君の憂鬱さえも愛してる
10. 月の刃
11. Don't be afraid to LOVE

--------------

またまたお久しぶりです。

こちらでは緊急事態宣言が発出されている中、僕はずっと忙しくしておりまして・・・。
去る5月16日、数ヶ月間準備をしてきた『PEEが奏でる四谷左門町LIVE2021』での重要な任務を無事終えまして(後日詳しく記事を書きます!)、ようやくブログ更新に宛てる時間ができました。

今日は”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズのお題更新となります。久しぶりだなぁ、感慨深い。
そう、約1年半ぶりとなるジュリーLIVE『BALLADE』の開幕が迫ってきました。

みなさまもうご承知かもしれませんが、今回の初日東京国際フォーラム公演を無事成功させるために僕らが守らなければならないことが、オフィシャルから注意事項としてupされています。

21052101

21052102

入場時の検温と手指消毒、公演中の常時着席、声出し禁止は当然として、その他に
・「会場へは直行・直帰」(ビフォー、アフターの会食を控えて下さい、ということですな)
・「チケット半券(入場時にもぎられる方)裏面に氏名・電話番号を明記」
・厚生労働省「新型コロナウィルス接触感染アプリ(COCOA)」への登録」
この3点は特に普段慣れないことですから、念を入れ準備しなければいけませんね。

ジュリーの決意表明をそれぞれが胸に抱き、皆で何としても公演を成功させましょう!


それでは本題です。
LIVEタイトル『BALLADE』(最後に「E」が入るのが良いですねぇ)ということでみなさまも様々なジュリー・バラードのセットリスト入りを予想されているでしょう。
僕はそんなバラード名曲群の中でも、コロナ禍で皆が辛抱に努めている現況を考え、特に「癒し」効果のある「ワルツ」のリズムを特色とするバラード(4分の3だけでなく8分の6、8分の9まで含む。ただし8分の12の3連ロッカ・バラードはここでは除外)に着目してみました。

ジュリー・ナンバーには幾多のワルツ名曲があります(actを除くとそんなに率は高くはないのだけれど、持ち歌全体の数が数ですからね)。
そこで競馬専門紙風に僕が立てたワルツ括りのセットリスト予想が以下の通り。

本命◎ 「Pray~神の与え賜いし」
リリース時とはまた違った意味も加え、今こそジュリーが「歌いたい」歌ではないでしょうか。
イントロからしばらく続くコーラス部は、コードが変わる箇所の小節頭で柴山さんが「じゃら~ん♪」とロングトーンを鳴らすアレンジになると予想します。
ジュリーは(コロナに限らず)世の様々な現状を踏まえ、一部歌詞を変えてくるかも。

対抗○ 「風に押されぼくは」
かつてジュリーが「いつかバラードしか歌えなくなる時が来る」と語ったことがありました。
それはあくまで体力面を考えてのジュリーとお客さん双方のための「心の準備」的な発言だったのですが、今回思いもよらない別の形でその時が来たわけです。
ジュリーは2011年お正月の『BALAAD AND ROCK'N ROLL』前半部で、「バラードずくし」「常時着席」のセットリストを一度試し斬りしています。その時2曲目に歌われたワルツ・ナンバーがこの曲でしたね。

伏兵△ 「護り給え」
CO-CoLO期のジュリー・ナンバーには、改めて聴くと2012年以降の「祈り歌」を先取りしているかのようなコンセプトを持つ歌が多いです。その中でワルツ・ナンバーの決定版とも言うべき名曲がこれ。
最近で歌われたのは2007年『ワイルドボアの平和』ということになり、ジュリーがここぞという要所で採り上げたい曲のひとつなのかな、とイメージしています。
『ジュリー祭り』がLIVEデビューの僕はまだ生で聴いたことのない歌で、今回密かに期待しています。

そして
大穴▲ 「夜明け前のセレナーデ」
これが今日のお題曲です。
いかにも「全然当たらない」が売り(?)の僕のセトリ予想らしい名曲でしょ?

もちろん僕はLIVE未体感の曲。

アルバム『PANORAMA』では陣内大蔵さんが2曲を提供(このアルバム限り)しています。
一方の雄「君の憂鬱さえも愛してる」は個人的にはアルバムの中で1、2を争うほど大好きな曲(「涙が満月を曇らせる」と日によって入れ替わります)ですが、「夜明け前のセレナーデ」も本当に素晴らしい名曲。
こちらは陣内さんが作曲のみならず作詞もされていて、書き下ろしだったかどうかは別としてもジュリーへのリスペクトの深さでは勝る提供曲だったかもしれません。

満ち溢れているのは「穏やかさ」「優しさ」、その上でエロティックで神秘的、というジュリー・バラードの真髄要素。
ジュリーのヴォーカルはもちろん、カノン風の進行が登場する等メロディーや演奏の耳あたりの柔らかさ、癒され度の高さは『PANORAMA』中でも随一と言えます。
アルバム他収録曲に尖ったコンセプトのものが多いので、なおさら目立つのかな。
例えばこの曲、ポンタさんのブラシ奏法が聴ける貴重なジュリー・ナンバーでもあります。
ポンタさんの、パワー一辺倒ではない楽曲解釈能力を証明する1曲でしょう。

また、コロナ禍のため長らくお会いできていない僕のジュリー道の師匠の先輩は、建さんプロデュース期の5枚のアルバムへの評価はさほど高くなくて、どちらかと言うと当時並行していたactの方に熱量を注がれていたそうですが、この「夜明け雨のセレナーデ」は大好きだと仰っていたことがありました。
「ワルツ率の高さ」を誇るact作品を彷彿させる歌でもあった、ということではないでしょうか。

もし『PANORAMA』のLP盤があるなら(あるのかな?)、これはB面1曲目の配置が良いなぁ。
なんとなく『NON POLICY』での「シルクの夜」と、アルバムへの貢献性が似ている気がするのです。

先に僕が挙げたワルツ4曲は、セトリ入り予想理由としてそれぞれの詞の内容も踏まえての指名です。
「夜明け前のセレナーデ」の詞も、「今こそ」と思える良さなんですよね~。

ここでジュリーは「夜明け前」を

夜でもない昼でもない一瞬 ♪
Bmaj7                    G#m7

なのだと歌います。
もうすぐ明るい陽射しを受ける時がやってくる、静かにその時を待つ穏やかさ。
コロナ禍に耐え明るい日常の到来を待ち望む今こそ、ジュリーに歌って欲しい歌。女性ファンなら、ジュリーに口説かれているような気持ちになれるんじゃないかな。

夜明け前の      
   B      D#m7(onA#) 

セレナーデ
G#m     G#m7(onF#)

すべての夜をぬけだして
E       B        C#m7   F#7

夜明け前の     
B         D#m7(onA#)

セレナーデ
G#m     G#m7(onF#)

僕は君にたどりつける ♪
E           F#           B

ジュリー、お客さん双方が1年以上の「夜」に耐えて再会を果たすべく辿り着いたLIVEで歌われるバラード(=BALLADE)として、今回のセットリストにふさわしい名曲ではないでしょうか。

2009年、ジュリーがステージのMCで「心を込めて作ったのに、まだ1度(1ツアー)しか歌っていない歌もある」と話してくれたことがありました。そうした歌をこれから少しずつ歌っていきたい、というジュリーの志は今なお燃えているでしょう。
「夜明け前のセレナーデ」が『PANORAMA』のツアー以外で歌われたことがあったのかどうか、後追いの僕は把握できていないんですけど、2021年『BALLADE』でこの曲のサプライズ降臨を夢想しています。

ちなみに平時のツアーであれば、「ワルツ」括りのセトリ予想で「本命」「対抗」クラスとして「ラヴ・ラヴ・ラヴ」「カガヤケイノチ」が挙がると思います。
ただ今回は「ソロ・デビュー50周年」を謳っていることからタイガースの曲は外してくるのではないか(逆に言えば、ソロ・デビュー・シングル「君をのせて」は単勝1.1倍の鉄板ですな)、さらには「お客さんが一緒に歌って成立する歌はこの状況下でさすがに無理では」とのそれぞれの理由で上記2曲は予想圏外としました。

さてみなさまは、ワルツに限らずどのバラードのセットリスト入りを予想されているでしょうか。

そうそう、ザ・タイガースのお仲間のピーさんは、「LOVE(抱きしめたい)」をやるんじゃない?・・・な~んて予想されていましたよ。
実はピーさんは、16日の四谷左門町LIVEでこの曲を歌っているのです(ドラム叩き語り)。当然ピーさんにとって「まったく初めて歌う歌」で、スタジオでの稽古奮闘中、そんな「予想」が飛び出しました。
しみじみと仰るには
「バラードなのに歌うのにすごくパワーが要る。とても疲れる。沢田はさすが」
と。

これまた『BALLADE』のタイトルから多くのジュリーファンがすぐに連想した1曲かもしれません。
セトリ入りの可能性は高いかな?


最後に。
お題とは全然関係ないのですが、タイガースはタイガースでもプロ野球の方の阪神タイガースの話。

阪神ファンの僕は以前から
「次に阪神がリーグ優勝した時に「Rock 黄 Wind」のお題記事を書く!」
と宣言していましたが、内心「僕が生きている間は優勝は無理かも」と弱気になっておりました(笑)。
ところが、ですよ。
今年の阪神は開幕から絶好調!

例年であれば「どうせ今だけでしょ」と自虐するところ、今年はそんな考えも沸いてこないほど強い!
コロナ禍でホーム甲子園が満員にならないのが逆に選手をノビノビと躍動させているのではないか、という分析は半分冗談として、今年は明らかに久しくチームに欠けていた2つの要因がガッチリ嵌っているのです。

・助っ人外国人が揃って好調
・待望の和製大砲登場(2020年度ドラフト1位ルーキーの佐藤選手)

思えば長い間懸案事項だった「固定の1番打者不在」は2年前から近本選手の加入でクリアし、さらにもともと投手力は良かった上にそんな2つの要因が加わったわけで。マジで優勝するぞ、これは・・・。

ということで僕は今から秋の記事更新時の参考資料として「Rock 黄 Wind」のシングル盤(「明日は晴れる」のカップリング)を購入しておこう、とブツを探し中。
ひとまず来月『まんだらけ海馬店』さんのジュリー生誕月フェアで店頭に並ぶかも、と期待しています!

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2020年12月20日 (日)

沢田研二 「1989」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

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少しご無沙汰してしまいました。
気持ちが上がったり下がったりの週末になりました。

昨日はポール・マッカートニーの新譜『マッカートニーⅢ』が到着。
『I』『Ⅱ』に思い入れのある身としては期待通りの角度から作られた新譜で、大いに気に入りました。

かと思ったら、ジュリーのオフィシャル・サイトでの突然のお知らせがありました。
いや、「突然の」という言い方はきっと当て嵌まらないのでしょう。熟慮巡らせ至ったであろうジュリーの決断を僕らは尊重し、今は「辛抱」に努めるしかありません。

ブログは本当は先週に1本更新の予定でいたのですが、例年以上に多忙な師走となり断念。
ただ、今はこのようなご時世です。大変な苦労をされている業種の方々がいらっしゃる中で、自分が「忙しい」ことを感謝しなければなりません。
僕の勤務先も特に4月、5月の業績落ち込みは凄まじく、「このままでは立ち行かなくなるのではないか」と心配しました。ところが有り難いことに、夏に出版した新刊が「20年に1度」クラスの特大ヒット商品となり、救われたのです(こちら)。
半年ほどが経った今もフル回転で重版に継ぐ重版という状況で、忙しくさせて頂いています。
『BEST OF NHK』のチラ見もできてない・・・年末年始の連休にとっておくしかありませんね。

さて本日12月20日は僕の誕生日です。
54才になりました。杉真理さん風に言えば「6×9(ロック)=54」というメモリアルイヤー(?)。

毎年この日は「ジュリーが自分と同じ年齢の年にどんな歌を歌っていたか」をテーマにお題を選んでいます。
今年は、ジュリーが54才になる年にリリースしたアルバム『忘却の天才』から「1989」を採り上げました。
よろしくおつき合い下さい。


ラジオ『ジュリー三昧』によれば、ジュリーはこのアルバムあたりから、『平和』を意識して歌うようになったとのことで、『忘却の天才』はジュリー史上重要な1枚と言えますね。それはジュリー自作詞に限らず、GRACE姉さん作詞の「1989」にもコンセプトとして及んでいたようです。
ただし僕はその点悲しき「後追いファン」でして、『ジュリー祭り』以降短期間で未聴のアルバムを大量に摂取したせいか、僅かな例を除き、2000年代ジュリー・ナンバーの「歌詞解釈」は後回しになっていました。
当初はとにかく「歌が凄え!曲がカッコイイ!」という面を先立って聴いていたように思います。白状すると、僕はアルバム購入後しばらくの間「1989」のタイトルの意味すら考えていませんでした。

『ジュリー祭り』以降ジュリーのLIVEに通うようになって12年。「1989」は『忘却の天才』収録曲中「生で聴いた」回数が最も多い曲じゃないかな。
初めて生体感できた時はあまりのカッコ良さに興奮したことを今でも覚えていますが、その日の打ち上げ、確か長崎の先輩方とご一緒した席で僕はうっかり独り言のような感じで
「そういえば、1989って何の数字なんですかねぇ?」
と口に出してしまい、みなさまに「え~~~~っ?!」とドン退きされました(恥)。
「”壁”って言ってるじゃないの~」と言われた瞬間に「あっ、そうか!」と気がついた次第で・・・。
でも先輩方は優しく「リアタイで新曲として聴いていないと、そういうところまで考えないものかもね」とフォローしてくださいましたが。

対立の壁砕けて 審判の鐘が鳴った
B7

賛美のマーチと共に 再会の唄うたった
B7

Woh Woh Woh 始まりは あの日 ♪
F#                                     B

1989年、ベルリンの壁崩壊。
世界中がアッと驚き、歴史は大きく動きました。

みなさまは普段、「1989」の曲タイトルをどう発音されていますか?
僕は単純に「いち・きゅう・はち・きゅう」と読んでいます。おそらくそれが多数派でしょう。
でもGRACE姉さん的には「ナインティーン・エイティー・ナイン」なのかなぁ、と。

デヴィッド・ボウイに「1984(ナインティーン・エイティー・フォー)」という名曲があるんです。
これはSF作家のジョージ・オーウェルが1949年に発表した同タイトル小説にインスパイアされたナンバーで、僕はオーウェルの同作を早川書房のSF全集で高校時代に読んでいますが、ひとことで言うと世界的な核戦争後の管理体制を「アンチ・ユートピア」として描いています。近未来に来るかもしれない恐ろしい世界の有り様です。

GRACE姉さんの「1989」は「今」(楽曲リリース時の2002年)の人々の志を問いかけるような詞で、対立の壁が崩れ時代が大きく変わった現在から見て、未来の世界がユートピアとなるかディストピアとなるか、それは僕らの行動にかかっている・・・そんなメッセージ・ソングではないかと今は捉えています。

このように僕の初聴時時点で歌詞解釈は遅れてしまいましたが、一方で「1989」のジュリーの作曲についてはアルバムを聴いて一発で好きになっていました。
ジュリーはこの年あたりから「なるべくマイナー・コードを使用しない」曲作りを心がけるようになったんじゃないかなぁ。
今はもうそれは完全に徹底されていますけど、「1989」の場合はその上でとても凝った進行です。
特にブッ飛んでいるのは

剥がれ落ちてく プライド ♪
G       A           D      G#

ロ長調の曲に採用する進行としては異色のコード展開、そして着地。
メジャーコードを複雑に絡ませてジュリー独特の武骨なメロディーを繋いでゆく・・・そんな作曲手法は「夜の河を渡る前に」を彷彿させます。

全体的にハードなメロディーであるにも関わらずポップな手触りも感じるのは、伊豆田さんのコーラスの貢献が大でしょう。
白井さんのアレンジもキレッキレで、イントロなどに登場するアルペジオ・リフのオマージュ元は、白井さんならビートルズの「アイブ・ガッタ・フィーリング」かな、それともジョージ・ハリスンの「ワー・ワー」あたりかな、と僕の好みに寄せてあれこれ想像するのも楽しい1曲。

ジュリー自身もお気に入りの歌のようですし、「遂にLIVE活動再開!」となった時、セットリストの有力候補ではないでしょうか。
その日が本当に待ち遠しいですね・・・。


さぁ、色々あった2020年も残り僅かとなりました。
ジュリーからのお知らせに朝から動揺した誕生日でしたが、ジュリーが歌をやめると言ったわけではないし、来年の3.11にはまた新譜もリリースしてくれるはず。
普通に誰もが不安なく、いっぱいのお客さんで大ホールLIVEが開催できる日を一刻も早く届けて貰うために、僕等は「今自分ができること」を頑張りましょう。

年内に残された日数は少ないですが、「今年中に書きたい」と12月頭に考えていたお題が2つ残っています。2020年師走、せめてそれくらいは僕も頑張ろう・・・。
ということであと2本、年内更新です!

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2020年11月18日 (水)

沢田研二 「夢を語れる相手がいれば」

from『TOKIO』、1979

Tokio

1. TOKIO
2. MITSUKO
3. ロンリー・ウルフ
4. KNOCK TURN
5. ミュータント
6. DEAR
7. コインに任せて
8. 捨てぜりふ
9. アムネジア
10. 夢を語れる相手がいれば
11. TOKIO(REPRISE)

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一週間続いたマンションの排水管更新立ち入り工事も今日が最終日。
在宅担当の僕は予定通り1日かけてブログの更新に充てることとなりました。

前回記事で、個人的妄想舞台『act#11 阿久悠』オープニング曲に「思いきり気障な人生」こそふさわしい、なんてことを書きましたが、今日はエンディング。
指名曲は「夢を語れる相手がいれば」です。
どうでしょう・・・ジュリーが阿久さんの作詞家人生をactで歌い演じるとしたら、これこそエンディングにぴったりだと思いませんか?

またしても妄想考察系の記事となりますが、今回もよろしくおつき合いください。


まず最初に、僕の考える『act#11 阿久悠』全演目20曲の阿久作品をご紹介しておきましょう。
(カッコ内は「作曲者/歌手」です)

1. 思いきり気障な人生
 (大野克夫/沢田研二)
2. 時の過ぎゆくままに
 (大野克夫/沢田研二)
3. 探偵~哀しきチェイサー
 (大野克夫/沢田研二)
4. アメリカン・バラエティー
 (大野克夫/沢田研二) 
5. ウォンテッド
 (都倉俊一/ピンク・レディー)
6. グッバイ・マリア
 (大野克夫/沢田研二)
7. 五番街のマリーへ
 (都倉俊一/ペドロ&カプリシャス)
8. ブルージンの子守歌
 (加藤和彦/萩原健一)
9. ナイフをとれよ
 (大野克夫/沢田研二)
10. マッハバロン
 (井上忠夫/すぎうらよしひろ)
11. 真赤なスカーフ
 (宮川泰/ささきいさお)
12. 愛よその日まで
 (布施明/布施明)
13. ヤマトより愛をこめて
 (大野克夫/沢田研二)
14. お前に惚れた
 (井上堯之/萩原健一)
15. 麗人
 (沢田研二/沢田研二)
16. 女神
 (佐藤隆/沢田研二)
17. 薔薇の門
 (大野克夫/沢田研二)
18. 吟遊詩人
 (大野克夫/沢田研二)
19. 十年ロマンス
 (沢田研二/ザ・タイガース)
20. 夢を語れる相手がいれば
 (大野克夫/沢田研二)

いかがでしょうか?
とにかく20曲に絞るだけでも大変な作業でした。泣く泣く外した曲がどれだけあったか・・・。
ご覧の通り、ジュリー・ナンバーについては超有名曲ももちろん外せないものは入れましたが、世間的にはあまり知られていないであろう「隠れた名曲」を多めにピックアップしてみました。

一方で他歌手が歌った阿久作品の「カバー曲」はメジャーどころを選びましたから、みなさまも一部を除きほぼご存知というセットリストになっていようかと思います。
例外は、昭和の特撮&アニメ番組から抜擢した「マッハバロン」「真赤なスカーフ」の2曲でしょうか。
酔狂で選んだわけではありません。阿久さんは、僕らの世代にとって原風景とも言えるこのジャンルにおいても「一線を超えた」素晴らしい詞を多く残されているのです(本当は「今日もどこかでデビルマン」(アニメ『デビルマン』エンディングテーマ)なども入れたかったのですが、さすがにキリが無いので2曲に抑えました)。
そんな阿久さんの名篇をジュリーが歌う、という妄想は本当に心躍ります。

「マッハバロン」は井上忠夫さんの作曲がT-レックスばりのグラム・ロックでマニアの間でも評価が高いのですが、突出しているのは何といっても阿久さんの歌詞。

悪の天才が 時に野心を抱き
世界征服を夢見た時に
君はどうする 君はどうするか 君は
蹂躪されて 黙っているか

超絶なる悪から見ると「世界征服」とは「夢見る」ものなのだという発想も戦慄ながら、小学生の子供達が観るヒーローもののテレビ番組主題歌に「蹂躪」なんて言葉を採用するセンスには驚くほか他ありません。

当時はたとえ大人であっても馴染みの薄いフレーズ。
その証拠に、「パチソン」(昭和文化のひとつで、テレビ番組の主題歌を各地の名も無いバンドが耳コピで演奏し録音したフェイク・レコードがスーパー等で格安で売られていた時代の記憶はみなさまお持ちなのではないでしょうか。
その独創的過ぎる「コピー」っぷり(笑)は「パチソン」なるジャンルで現代も様々な意味で高い評価を得ています)版の「マッハバロン」はアレンジばかりか歌詞も耳コピだったらしく、「蹂躪」の聞き取りができていません(マニアにはそこがウケているのですが)。

オリジナル版「マッハバロン」
パチソン版「マッハバロン」

阿久さんの奔放斬新なフレーズ使いが生んだ「歌詞違いパチソン」伝説の1曲にまつわる逸話です。

「真赤なスカーフ」の方は、女子でもアニメ『宇宙戦艦ヤマト』を観ていた人は多そうですから、このエンディングの名バラードもご存知のかたはいらっしゃるでしょうね。
上記セトリで「真赤なスカーフ」、布施さんの「愛よその日まで」、そしてジュリーの「ヤマトより愛をこめて」の3曲は、「ヤマト」繋がりのメドレー形式をイメージ。
(余談ながら、「探偵~哀しきチェイサー」から「ナイフをとれよ」までが、「阿久探偵」物語だったりします)

さて、「夢を語れる相手がいれば」。
僕はこの歌を、アルバム『思いきり気障な人生』収録の「ナイフをとれよ」の一人称・二人称を入れ替えた「返し歌」のように聴いているのです。
つまり「ナイフをとれよ」で、「女の愛に傷つけられ」て主人公の部屋に転がり込んできた親友の男「おまえ」が一晩中したたかに酔い、あくる朝に煙草の煙を残して去っていき、そのまま行方知れずとなった・・・そんな親友同士の久々の偶然の再会を人物視点を変えて描いた歌が「夢を語れる相手がいれば」というわけです。

三年前から 深酒はやめにした
E♭                Cm           Gm7

その朝 悲しい女の顔を見たから
      A♭    B♭  E♭  Cm    G7   B♭

だけど今夜は 君と出会えて
      A♭            E♭       C7

久々に飲もうかと 思っているよ ♪
   Fm7        B♭7    F7   B♭ E♭

「ナイフをとれよ」では主人公を歌い手のジュリー、酔い潰れた友人を阿久さん自身の分身として詞に託していたのが、「夢を語れる相手がいれば」では逆に主人公が阿久さんで、「君」(ジュリー)と行き会って久々に酒を酌み交わしている、それを歌手・ジュリーが歌い演じているという二重構図。

また、この曲を語る上で欠かせないと思うのが、当時現実の時代背景です。

70年代から80年代への移り変わりって、特に音楽においては独特なんだよなぁといつも思います。
ジュリーで言うとシングル「TOKIO」が80年代幕開けの曲として広く語られていますし、それは正しくその通り。でもアルバム『TOKIO』は79年にレコーディング、リリースされていて、『思いきり気障な人生』『今度は、華麗な宴にどうぞ。』『LOVE~愛とは不幸を怖れないこと』と続いた阿久=大野時代から大胆にコンセプト・チェンジ、音作りもテクノやニューウェーヴの影響を受けガラリと変わったという面はあるにせよ、どちらかと言えば「70年代締めくくりの1枚」として製作が始まったんじゃないかと思うんですよ。
お題の「夢を語れる相手がいれば」が阿久=大野作品の集大成的な詞曲ですし、何よりアルバムに大野さんだけでなく堯之さんや速水さん作曲のナンバーが収録されている点に注目したい・・・当初は、『JEWEL JULIE』のような「井上バンドとのアルバム」としてスタートしたんじゃないかなぁ、と。

ジュリーがアルバムから選んだファースト・シングルが大野さんの「ロンリー・ウルフ」だったというのもそんな経緯からかなぁと想像したりね。

しかし加瀬さんの「TOKIO」が糸井重里さんを作詞に迎え完成した時点で、このアルバムは時代を先取りした前衛的なコンセプトを宿命づけられました。そのくらいインパクトの強い楽曲が誕生したのです。
「TOKIO」をアルバム・オープニングとエンディングのリプライズに配する構成は、製作途中で切り替えられたアイデアだったんじゃないかなぁ。
まぁこれも僕の妄想ですけどね。

でも「TOKIO」の2ヴァージョンに挟まれたアルバム収録各曲の本質はあくまで「70年代」のジュリーであり、「夢を語れる相手がいれば」はそれを明快に表すバラードだと僕は考えます。

阿久さんについては、もちろん80年代に入っても幾多の名篇を手がけていますし、ジュリーとの絡みもすぐにザ・タイガース同窓会時に実現しています。
ただ当時のシングル・レコード情報歌本(『YOUNG SONG』『HEIBON SONG』)を見返すと、70年代までは阿久さんの作詞クレジットがこれでもか!と居並び歌謡界のド真ん中に君臨していたのが、作品数だけで言えば80年代に入ってまず松本隆さんにその座を譲っているという現実があります。
それをして「阿久悠=70年代歌謡曲の象徴」との見方はできるのかもしれません。

ジュリーはその直中で阿久さんと一緒に時代を作っていたわけで、阿久さんにとってジュリーが(作品を通して)「夢を語れる(矜持を託せる)相手」だったことは間違いないでしょう。
70年代の最後の最後に阿久さんがジュリーに提供した「夢を語れる相手がいれば」を、そんなふうに聴いてみるのもアリではないでしょうか。


それでは次回更新は、未執筆だったザ・タイガースのオリジナル・ナンバーを考えています。

今週は結構暖かい日が続いていますが、これからあっという間に冬らしくなるのでしょう。
みなさま、お身体どうぞご自愛ください。

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