沢田研二 「君をのせて」
~from「A面コレクション」とか シングル、1971
キリ番のお方が現れてくださらない・・・。
もしかしたら、ほんの通りすがりの方が踏んでいかれたのかもしれませんね。
ブログが繁盛するのも善し悪しでございまして、拙ブログは今や、ジュリーと何ら関係ない検索フレーズでも、記事文中に同フレーズがあれば検索結果上位に表示されてしまうようで・・・。
例えば、9月くらいでしたか、検索フレーズランキングに「ガードルチラ」というのがありまして、「なんだ~?」と思いクリックしてみたら、「酔いどれ関係」の記事に飛びました(泣)。
検索なさった方は、大層気を落とされたことでしょう。
さて、リスエスト週間に入っております。
今回は、特別に「リクエスト」という形で承ってはおりませんが、「君をのせて」について書きたいと思います。
つい先日、日頃お世話になっております先輩と、この曲についてメールのやりとりをする機会がありました。
その先輩は僕などより数百倍もの知識をお持ちで、いつも色々と知らない事を教えてくださいます。
そして、先日のやりとりでは、最後になんとなく「機会があったらこの曲の記事も書いてみて♪」というメッセージを僕に送ってくださったように思いました。
僕なりの考察しか書けませんが、この機に思うところを記したいと思います。常々、世紀の大名曲だと思っておりましたから。
言わずと知れた、ジュリーのファースト・ソロ・シングルです。
「君をのせて」、僭越ながら伝授!
今回の執筆は、いつにも増して気合が入ります。
ジュリーの「普遍性」と「絶対性」について語ろうと考えるからです。
「普遍性」とは。
ちょうどメイ様のお家で、シングル売り上げランキングでみなさまがショックを受けていらっしゃいましたけど・・・。
例えば、現時点でジュリーより上位にランキングしているバンドなりアーティストが、20年後今と同じようなペースでシングルリリースし、かつ売れ続けていくとは思えません。
ジュリーがその気になって、これから毎年年に3枚ずつシングル出して行けば80歳でトップ帰り咲きでしょう(でも、満タンシングルのスタイルだと、アルバムに部類されちゃうんだなぁ)。
そして、極端な話。
200年後にも聴き継がれていると思うんだなぁ、ジュリー。「かつて人間がこんな美しい声を出していた」みたいな聴かれ方かも知れませんが。
その楽曲は、少なくとも僕の中では「勝手にしやがれ」ではなく、「君をのせて」なのですよ。イメージの問題でしょうかねぇ。
そして、「絶対性」。
僕は、「君をのせて」を歌えるのはジュリーのみ!という観点に立ちます。
この曲を歌うに際して、やってはいけない事が2つあるように僕は思うのです。
・これは、いい曲!という事を主張しようとして、上手く聴かせようとしてはいけない
・これは、いい詞!という事を主張しようとして、感情的に表現しようとしてはいけない
求められるのは、無垢な心で曲と対峙すること。
詞・曲・アレンジに自然に身を委ね、無防備とも言える裸の姿で歌う・・・それがこの楽曲の良さを伝える最も有効な歌唱なのではないでしょうか。
すると、あの時期のジュリーが、初のソロシングルとして「君をのせて」を歌ったという事が、奇跡のように思えてきます。
果たして他の歌手にこの曲が歌えるモンでしょうか?
ジュリー唯一無二の曲と言えませんか?
ジュリーは比較的最近のLIVEで、当時「君をのせて」は歌うのが難しくて・・・と言っていますよね。
本能的に、この曲とどのように対峙しなければならないか、を若きジュリーは分かっていたのだと思います。その心境を思い起こしての発言ではないでしょうか。
加瀬さんが「あ~あ~ああ君を~♪」のトコが沢田らしくてイイ!と絶賛したのも、そういう事を感じとったのだと思うのです。
では、「君をのせて」をジュリーが無垢に歌唱すると、どのようなことが起きるかと言いますと。
まず、詞の世界に拡大解釈が起こります。
多くのみなさまもきっと賛同してくださるでしょう。「君をのせて」の詞で一番グッとくる箇所は
♪肩と肩をぶつけながら♪
ココです!
なんとも危うい、幼い、美しい表現です。
この詞は普通に、若い男女の物語ですよ。作詞の段階では、それは明らかです。「肩と肩を~♪」の箇所は、抜群にセンスの良いフレーズ・・・詞だけ読むと、そうなります。
ところが、ジュリーが歌うと雲行きが怪しくなる(爆)。
男同士の友人の親愛表現の代表的行為と言えるのですが(いや、ごく当たり前の、普通の親愛の情、ですよ!)
”ポケットに手を突っ込んで、肩から相手の肩に激突する”
そんな絵が、浮かぶんですな~。
僕も実際、やった事ありますもん。
女性のみなさまはなかなかこういう経験は無いでしょうから、想像しにくいでしょうねぇ。
ソコに過剰に反応したのが、かの久世さんであり、栗本薫さんだったと思うんですよね。
別にそういう解釈が絶対なのではありません。と言いますか、少数派で良いんです。
ただ、そんな想像を掻き立てているのが、詞よりもむしろジュリーのヴォーカルだという事が、スゴイのであって。
そして、曲。
これほど、どんなアレンジにも耐え得る楽曲というのも特筆モノです。
レコーディングヴァージョンの段階では、古き良きオールディーズ(「オンリー・ユー」など)テイストのバラード。
PYGという新たな、過激とも言えるスタイルで再出発したジュリー。オロオロと見つめるしかないタイガースファンのお姉さま方を、ググッと鎖で繋ぎとめるに相応しいアレンジだったかと推測する次第です。
その後、幾度もLIVE演奏されたのでしょうが、僕は一気に時代が飛びまして(汗)。
「サーモスタットな夏」ツアーでは、各楽器起承転結を配した、よりドラマティックなアレンジに。
「いい風よ吹け」ツアーでは、まさかまさかのロッカ・バラードに。
「songs」では、白井さんの手によるより豪華で鋭角的なオーケストレイションに。
そして「ジュリー祭り」では、タイガース、PYGのナンバーからの流れを重視した、時代的統一感のあるアレンジに。
それらのアレンジ、それぞれジュリーのヴォーカル・アプローチが異なっているのが驚異としか言えません。
どんなアレンジ、どんなヴォーカルにも耐え得る「君をのせて」の普遍性。それはしかし、ジュリーが歌う、という絶対性の元に成り立っているわけです。
なんか、熱く語り過ぎて汗かいてきた・・・。
最後に、ド~デモイイお話でお茶を濁します。
「君をのせて」の作曲者・宮川泰さん。
息子さんの彬良さんも、今第一線で活躍されていますね。
彬良さんが携わっていらっしゃる素晴らしいお仕事は多々ありますが、その中に、NHK教育テレビで放映中の音楽番組「ゆうがたクインテット」というものがあります。御存知の方も多いでしょう。
で、何が言いたいかと申しますと。
僕は、行く先々で
「ゆうがたクインテットのお兄さんにソックリ」
と言われます。
容姿のみならず、姿勢も似てると言われます。
いや、最後に無駄なお話をしてしまいましたか。
ごめんなさい。
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