瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!

2019年3月 6日 (水)

沢田研二 「叫び」

from『比叡山フリーコンサート 時の過ぎゆくままに』

Freeconcertaimthiei

~opening~
1. ビー・マイ・ブラザー、ビー・マイ・フレンド
2. 夢のつづき
3. グッドナイト・ウィーン
4. 夜の都会(ナイト・タイム)
5. 恋のジューク・ボックス
6. 十代のロックンロール
7. キャンディー
8. トゥ・ラヴ・サムバディ
9. 時の過ぎゆくままに
10. お前は魔法使い
11. メドレー
 a.グループバンド
 b.ムーヴ・オーバー
 c.ジーン・ジニー
 d.ユー・ガッタ・ムーヴ
 e.シー・シー・ライダー
12. 美し過ぎて
13. 花・太陽・雨
14. 自由に歩いて愛して
15. ホワッド・アイ・セイ
16. 聖者の行進
17. 気になるお前
18. 悲しい戦い
19. 残された時間
20. 叫び

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インフォ来ましたね!
今年も必ず「祈り歌」の新譜リリースがある。そしてジュリーは「作るからには3.11リリースでないと意味がない」・・・そう考えているのではないかと期待しつつ、さすがに日が迫り「間に合わないのかなぁ?」と心配していただけに嬉しい新譜情報の解禁でした。

そこで今日は、ジュリー作詞・作曲の70年代ナンバー「叫び」をお題に借りまして、まもなく発売される新譜の内容を予想してみたいと思います。
拙ブログ恒例の「全然当たらない予想」パターンにはなりましょうが、今夜はたまたま時間もあり、急遽一気書きの短い記事にておつき合いくださいませ~。


インフォによりますと、今年の新譜は2曲入り。
各トラックの詳細は

1.「根腐れPolitician」
作詞・沢田研二/作曲・柴山和彦

2.「SHOUT!」
作詞・作曲・沢田研二

となっています。
タイトルだけパッと見ると、曲調は2曲ともに武骨なロック・ナンバーを思わせます。
少なくとも柴山さん作曲の「根腐れPolitician」はそうでしょう。根拠は「politictian」なる英フレーズの語感です。詞の内容は「一極化」へとひた走る政権の腐敗に向けた痛烈なメッセージかと思いますが、その前の段階・・・ジュリーは80年代以降、自作詞に際し「メロディーに載せた際の語感とフレーズの韻」に拘り続けているように思えますので、柴山さんの作ったキメのフレーズに嵌る単語としての「politician」。ジュリーの作詞動機と最初の作業はそこだったのではないか、と想像しました。
それにしても「根腐れPolitician」とは、かなり「思い切った」タイトル。ジュリーとすれば、もう容赦はならぬ、といったところでしょうか。
ジュリー得意のダブル・ミーニングが鋭く散りばめられたリフ・ロック・ナンバーと予想しておきます。

続いて、5月からの全国ツアー・タイトルともなっている2曲目の「SHOUT」。
こちらは久々にジュリーの「書き下ろし」作曲作品である可能性が高く、それだけで心躍ります。
しかし反面、ジュリーの詞に悲痛を感じさせるタイトルと言えるかもしれません。被災者を含めた「弱者」の声ならぬ「叫び」を歌っているのではないでしょうか。
そして・・・その曲調について僕の予想の振り幅はとても大きいのです。

まず「ロック調」と仮定してみた時、ジュリーにしては珍しいストレートなコード進行と予想します。
キーはホ長調。何故曲のキーまで予想に入れるかと言うと、ジュリーが詞だけでなく作曲においても何らかの「隠しメッセージ」を込めている場合を考えたから。
ホ長調のスリー・コードは「E」「A」「B」。これを使って「A」→「B」→「E」と和音進行させメロディーを載せることができると気がつきました。
「A」→「B」→「E」です。お分かり頂けたでしょうか。
もし詞の内容が特定の人物に向けた弱者達の叫びを代弁し歌ったものだとすれば、コード進行がそのまま歌詞中の二人称を指す手法となり得る・・・今のジュリーなら、そして今の世の中なら、怒髪天・ジュリーがそこまで斬り込んでも不思議はないと思ってしまったのですが、まぁさすがにこれは考え過ぎですか。
予想と言うより妄想かな(汗)。

一方で。
「ホ長調スリー・コードのロック・ナンバー」案はジュリーの「作曲」クレジットの意義を深める予想ではありますけど、それ以上に魅力的な予想が、「SHOUT!」のタイトルでバラードを歌うジュリー(!)というもの。

ここで振り返ってみたいのが、本日のお題に借りた「叫び」。先輩方はよく御存じの、70年代ジュリーの自作(作詞・作曲)曲の中でも特に重要な名曲です。

僕が『比叡山フリー・コンサート』で歌われたこの曲の存在を把握したのは『ジュリー祭り』から数年後でしたが、歌詞の一部については今から15年ほど以前、『ROYAL STRAIGHT FLUSH』3枚のリマスター再発試聴盤を機に僕自身に訪れた「第一次ジュリー堕ち期」(ポリドール期のアルバムを大人買い)に、それとは知らず目にしていたのでした。これです。

Sakebi01


見事に折り目がついてしまって・・・すみません。
それだけ大好きなアルバムで、歌詞カードも読み込んでいるということでどうかひとつ(汗)。


78年リリースのアルバム『今度は、華麗な宴にどうぞ』歌詞カードに記された刺激的な一節。
新規ファンの僕は当時これを、当アルバム製作に寄せて、トップスターの道を行くジュリーが決意を表し書き下したコンセプト・フレーズだと勘違いしました。
『ロックジェット』にジュリー・アルバム解説を連載されたヒロ宗和さんも、その時の僕の解釈とまったく同じことを書いていらっしゃいました。しかしそれは誤りで、これこそが「叫び」からの歌詞引用だったのですね。

「歌を枕に」を文字通り芸能活動とリンクさせ始めたスーパースター・・・良い意味での「虚像」を演ずる阿久=大野時代のジュリーを象徴するにふさわしいキャッチフレーズとしてこの引用は的確とは言え、実際にはそれはさらに若き日の「人間・ジュリー」による本音の言葉であり決意であり、偽らざる心情の吐露でした。
そして、過激とも言える楽曲タイトルや歌詞フレーズからの連想とは真逆、というくらいに「叫び」の曲調は穏やかにスタートします。
ジュリー自身が奏でるギターの説得力。シンプルな演奏に載せて迸る「歌」。それがジュリーの「叫び」。

その後40年以上の年月が経ち・・・近年のジュリーにとって「SHOUT」(叫び)とは、相反しつつも「祈り」とごく近しいフレーズとなっているのではないでしょうか。
例えば2013年リリースのGRACE姉さん作曲「Pray~神の与え賜いし」に載せたジュリーの歌詞とヴォーカルには、穏やかに始まる曲調の中にギリギリと憤りを増してゆく「SHOUT」のニュアンスが歴然とありました。
27歳の時、「叫び」という自作曲に自らの歌人生に向けての「祈り」を歌い上げたジュリーが、古稀を超えて今度は「SHOUT!」のタイトルで弱者に成りかわっての「祈り歌」を歌う、とすれば。
それが穏やかなバラード・ナンバーであることは、特に比叡山での「叫び」をリアルタイムで体感された先輩方にとって何ら違和感は無いのではないか・・・と、僕はそんなふうにも考えてみたのですがいかがでしょうか。

いずれにしても(予想が当たるかどうかはともかく)、今年もジュリーの新曲が聴ける・・・もちろん柴山さんの演奏も楽しみですし、本当に嬉しく、変わらぬ姿勢のジュリーを頼もしく思った新譜の情報でした。

最後に余談ながら・・・。「叫び」は世間的には相当マニアックな曲だと思いますが、なんと僕の手元にはかつて市販されていたスコアがございます。

Sakebi02

↑ 『沢田研二/イン・コンサート』より


僕の勤務先からちょうど40年前に発売されたギター弾き語りスコアで、なにせ発売当時僕はまだ小学生だったくらいですから、編集担当者が誰だったのか(そもそも僕の知っている人なのか)等、製作の詳細は今ではまったく分からなくなっています。
想像するに、参考音源として取り寄せたレコードの中に『比叡山フリー・コンサート』のライヴ盤もあって、「この中からも1曲」という流れだったのでしょう。「残された時間」こそ収載を見送られていますが(採譜作業が大変な曲ですからね←経験者は語る笑)、「叫び」の貴重なスコアが残されたこと、僕が思いもかけずそれに出逢えていること・・・不思議な縁だなぁと思います。

ちなみにレコード時代にありがちな正規音源のピッチの曖昧さ故でしょうか、このスコアで「叫び」は変ホ長調(E♭)で採譜されています。
しかし僕は、ジュリーはこの曲をニ長調(D)で作曲していると確信します。
イントロから登場する「sus4→トニック→add9」のクリシェ進行は、Dのフォームのギターで演奏するのが一番カッコ良い、とロック界では決まっていますからね!

さて新譜リリースは今年も当然3月11日。
現時点ではネット店舗の予約が開始されておらず、発売日に聴くためには当日ショップに出向くことが一番確実、という状況です。
ただ僕は来週、公私共にバタバタに拍車がかかる予定なんですよ~(泣)。
11日にショップに行くのは無理かと思います。残念ながら、発売日より遅れての購入となるでしょう。

僕はLIVEツアーとは違い新譜の歌詞や曲調の事前ネタバレはOKですので、先に聴かれたみなさまの感想、この記事のコメントにてお待ちしていますね。
ジュリー2019年の新曲、楽しみです!

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2019年3月 2日 (土)

沢田研二 「サムシング」

from『Gentle Guitar Dreams』、2002

Gentleguitar

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ご無沙汰しております。
多忙と風邪(汗)のためブログ更新ままならぬ日々ですが、あまりに間が空いてしまうとみなさまに忘れられてしまう・・・時々は頑張って書いていきますよ~。

2月を振り返れば、ジュリーの古稀ツアーも無事終了、オーラス大宮も武道館3daysに負けないほどの大変な盛り上がりだったようで、参加されたMママ様が当日夜にお電話くださいました(「声が最高だったよ!」と大興奮状態←うらやま)。
聞けば何とMCで「お正月コンサート復活」を宣言してくれたというではありませんか。これは嬉しい!
大都市限定のお正月コンサートはセットリストが独特。例えばこれまでお正月のツアーに参加したことのないYOKO君は未だに「PEARL HARBOR LOVE STORY」を生体感できていません。僕などからすると「結構セトリ入りしているなぁ」と感じるのですが、『ジュリー祭り』以降に限るとこの曲はお正月しか歌われていないんですよね。
気の早い話ではありますが、その2020年のお正月コンサートは新年早々の5日東京国際フォーラムにて開幕予定とのことで、調べるとこれが日曜日。YOKO君に限らず音楽仲間を誘い易い日程です。
現時点でリリースされている2019年全国ツアーのスケジュールだと彼等を誘うのは難しい、と肩を落としていたので本当に嬉しい情報でした。YOKO君も遂に初の正月LIVE参加実現なる・・・かな?

さて本題。
今日はジュリーの幾多ある洋楽カバー名演・名曲の中から、ビートルズの「サムシング」をお題に採り上げたいと思います。
作詞・作曲はジョージ・ハリスン。ジュリーのカバー・ヴァージョンは、2001年に亡くなったジョージへの追悼トリビュート・アルバム(邦楽アーティスト、バンドによるジョージ・ナンバーのカバー集、2002年リリース)『Gentle Guitar Dreams』に収録されています。
僭越ながら伝授!


①OLD GUYSとジョージ・ハリスン

このお題記事を書こうと決めたのは、僕の古稀ツアーのラスト参加となった1月20日武道館公演でのジュリーのMCをその後よく思い出していたからです。

「ロックの聖地」と言われる日本武道館も渋谷公会堂同様にいよいよ改修の時期が来て、今年には着工するとか。
ザ・タイガース解散コンサート、デビュー25周年記念の『ジュリーマニア』、タイガースの完全再結成、そして今回の古稀ツアー3days・・・等々、ジュリーにとっても特別な思い出の会場であろう武道館。会場に駆けつけたファンともども色々な記憶を甦らせたに違いありませんが、ジュリーがMCで語ったのは自身のデビュー前、ザ・ビートルズの来日公演(「初」にして「最後」の来日です)鑑賞時のエピソードでした。
「確か南西スタンドにいました」というジュリーは、周囲が「ジョ~ン!」とか「ポール!」とか叫んでいる中で、1人「ジョージ!」と声援を送っていたのだそうで。

後追いジュリーファンの僕は、ジュリーがかつて「ビートルズ・メンバーの中ではジョージが好きだった」と語っていたことを『ジュリー祭り』後に知りました。
それまでジュリーに「幼少時に観ていたテレビの中のスーパースター」のイメージしか持てていなかった僕にとって、『ジュリー祭り』からの数年間は「人間・ジュリー」を学ぶ濃密な時期となりましたが、ビートルズの4人の中で当時「静かなビートル」と呼ばれあまり目立つ存在ではなかった(らしい)ジョージに着目し惹かれる、というのがまたジュリーの人間味を示しているようで興味深く、そして納得もしたものです。
テレビではあれほど目立ち、比類なき存在感を誇るジュリーが実は素の部分ではとてもシャイで、ちょっとだけ神経質で、決して「俺が、俺が」のタイプではなかった・・・ジョージが好きだ、というのも自らの性質と似た部分を見ていた故ではないのかなぁ、と。

ビートルズのLIVEステージでもジョージは黙々と演奏するので、よく「何故他のメンバーのようにアピールしないのか」と記者に尋ねられたりしたのだそうです。
するとジョージ答えて曰く「僕はリード・ギターだから。他のメンバーは多少間違えてもお客さんは気づかないけど、僕は間違えられない」と。
この頃のリード・ギターのソロって、今のように「くあ~っ!」とか「ぬお~っ!」とか陶酔して弾きまくるんじゃなくて、楽曲アレンジの根本としてのフレーズありき(もちろん例外もありますけど)だったんです。
分かり易いのが、歌メロと同じ音階をギターが間奏で受け持つパターン。タイガースで言うと「銀河のロマンス」ね。ファンは皆メロディーをよく知ってるから、その通りにギターも弾かなきゃいけないんだ、という着想で、当時のジョージは頑固なまでにそこに拘りました。

この話と関連して僕が今回の古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』について強く感じていたのが、ジュリーと柴山さんの演者としての変化なのです。
「冒険」的なギター1本体制。どちらかが自由に走ってしまうと、もちろんこの2人の実力であればそれはそれで素晴らしいパフォーマンスたりえるけれども、原曲のイメージを逸脱させてしまう。それぞれの曲を「2人だけでどう再現するか」に徹して練りこまれたアレンジ、フレーズをキッチリそのまま歌と音にすることがとても重要になったわけで。
だから、原曲とは異なるリズム割りの「風は知らない」についてはツアー中の試行錯誤も出てきた・・・それは必要なことだった、と今僕は考えています。

「間違うわけにはいかない」とのかつてのジョージの心構えが、この先のジュリーと柴山さんにも同じようについてくるはずで、特に柴山さんにかかるプレッシャーは相当のもの。それでも静かに、しかしハートは熱く柴山さんはやり遂げてゆくでしょう。それが出来るギタリストと出逢えていたから、ジュリーはこの道を選べたのだと思います。
ギターのスタイルはずいぶん違えども、ジョージ・ハリスンのことが好きなジュリーは、柴山さんのことも大好き・・・間違いありませんよ。
まぁそれはジュリー自身が古稀ツアーのステージ上で堂々カミングアウトしてくれましたが(笑)。

②「正攻法」で捧げるジョージ愛

僕はジョージについてはビートルズ期はもちろんソロ時代もすべての公式リリース音源を所有する黒帯ファンですが、そんなマニアな視点で見てもこのトリビュート盤のラインナップはとても濃厚で、提供アーティスト、バンドそれぞれのジョージ愛を感じる素晴らしい選曲となっています。

Gentleguitarback

特に「ザ・ライト・ザット・ハッド・ライテッド・ザ・ワールド」(ソロ・アルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』収録)や「ファー・イースト・マン」(ソロ・アルバム『ダーク・ホース』収録)の2曲は、隠れた名曲に光が当てられたようで嬉しく思います。
さらにザ・コレクターズがジョージのソロ最高傑作と言われるアルバム『オール・シングス・マスト・パス』から有名な「マイ・スウィート・ロード」ではなく敢えて「美しき人生」を採り上げているのも最高に渋い。また音の面でもムーンライダース提供の「アイ・ニード・ユー」(ビートルズ『4人はアイドル』収録)、BOX提供の「タックスマン」(ビートルズ『リボルバー』収録)は、カバー・タイトル以外のジョージ作品が合わせ技のアレンジで組み込まれ、ジョージへの深いリスペクトを感じさせます。
ただし、そうしたマニアックで「我こそは」的な選曲群の中に、「これは誰でも知ってるよね」という「看板」曲があって初めてトリビュート盤の完成度は保たれ豊饒の遺産たり得るわけで、ここでその看板を背負っているのが我らがジュリー!なのですよ。

ジョージ・ナンバーで世に最も知られているのは間違いなくビートルズの「サムシング」でしょう。
ジョージの作品としては唯一のビートルズ・シングルと言うだけでなく、完璧なメロディーとコード進行にアレンジ、崇高な詞は正にロック史上に輝く大名曲です。
ジョージが亡くなった後はポール・マッカートニーがこの曲をLIVEの定番ナンバーとして歌い継いでいますが、歌い終えた後時々話してくれるMCネタがあって


この間、○○っていう人(←結構な有名人)に初めて会ったんだけど、僕とビートルズの大ファンということですごく感激してくれてね・・・でも、彼がこう言うんだよ。一番好きなレノン=マッカートニー・ソングは「サムシング」だ!ってね・・・。

と、「それ俺の曲じゃないし・・・」みたいな感じでおどけて肩をすぼめる、という。
これを要するに、「サムシング」は本当に有名なビートルズ・ナンバーだけど、それがジョンやポールではなくジョージ・ハリスンの作品だというのは(一般的には)意外に浸透していないのではないかと。
ですから、「ジョージ・ハリスンのトリビュート」を広く世に問うにあたり「あの有名な「サムシング」はジョージの曲なんだよ」との大看板を担うことは、大変な責任を伴います。生半可なテイクを収めるわけにはいきません。

白井良明さんがジョージファンであることは、ジュリーの「愛は痛い」や「勇気凛々」でのリードギター・トラックを聴けば一目。そんな白井さんでも、ジュリーというヴォーカリストなくしてこの企画にジョージ最高峰の王道ナンバー「サムシング」を立てて挑み、故人に捧げることはできなかったでしょう。
ジュリーは何らトリッキーに走ることなく、背伸びもせずへりくだりもせず、誰もが知るこの楽曲をただ心を込めて歌う・・・そこに徹するのみ。
CDを通して聴けば歴然なのですが、その歌声はもう他収録曲とは別次元なんですよ。ジュリーの正攻法は、ジョージへの最高のリスペクトだと感じます。

見事看板を担ったジュリーと、「沢田さんが歌うならそれができる」と確信を持った白井さんに、ジョージファンとしても大きな拍手を贈りたいです。

③キーボードレス期ジュリー・アレンジの基本形

最後に、ジュリー版「サムシング」の音について簡単に。

ジョージが天国へと旅立った2001年は、ちょうどジュリーが新たな創作スタイルへとシフトした時期でした。翌2002年から始まるキーボードレスのハード・ロック期。そのすべてにレコーディング音源のアレンジマスターとして大きな役割を果たしたのが白井さんで、このトリビュートに収録された「サムシング」はその音作りの基本形、と見ることができます。
ベースにスティング宮本さん、ドラムスにカースケさんという当時のジュリー・アルバムでもお馴染みのリズム隊。そこに白井さんの多様に絡むギター・トラックが載って全体のアレンジが構築されます。
白井さんのギター・トラックは3つ。それぞれ明快に音色が異なる上、几帳面にPANが振られているので聴き取り易いですね。
リード・ギターのフレーズについてはオリジナル完コピ。イントロから鳴っているアルペジオのバッキング・トラックのみ白井さんの新たなアレンジ提案で、これは「サムシング」でのジョージ渾身の美しいクリシェをこれでもかと詰め込まれた進行を強調し聴き手に伝えようと編み出されたのではないでしょうか。

そして何より、ジュリーのヴォーカルがガツン!と耳にダイレクトで飛び込んでくる感覚こそが2000年代ジュリー×白井さん創作音源の真骨頂。
僕はジョージファンでありながら長らくこのトリビュート盤を耳に留めず、ジュリーの「サムシング」含め初めて聴いたのが『ジュリー祭り』後の本格ジュリー堕ちの後だった、というのも「遅れたけれど出逢いのタイミングとして最高だった」と今は思っています。
良い曲を、良い声で歌うという朴訥かつ武骨な2000年代ジュリーの基本形・・・ジュリーの「サムシング」は、ここへ来てまた増え続けている新しいジュリーファンの皆様にも是非押さえて欲しい1曲です。


さて、5月から始まる全国ツアーのタイトルは『SHOUT!』と発表されました。なんとも心躍る一発フレーズ・・・ジュリーの並々ならぬ気魄を感じます。
これは今年の新譜タイトルでもあるのでしょうか?
昨年の『OLD GUYS ROCK』は、収録各曲とは別にCDタイトルがつけられそれがツアーのタイトルにもなりました。今年も同じパターンなのかなと予想していますが、その新譜情報が3月に入ってもまだ解禁されません。

今年はツアーの振替公演が2月に入ったことで、新譜制作のスケジュールが相当タイトになっていると予想できます。普通に考えれば不可能でしょう。
しかしジュリーは毎年の「3・11リリース」には無理をしてでも拘ってゆくと思うので、ギリギリの日程でやはり今年も新譜発売はあるのではないでしょうか。
情報解禁を楽しみに待ちましょう。


風邪はだいぶ良くなってきました。気温変動の
激しい折、みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年12月20日 (木)

沢田研二 「この空を見てたら」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki


disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

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『瞳みのる&二十二世紀バンド LIVE2018』四谷公演レポートの連載途中ではありますが、ひとつジュリー・ナンバーお題の記事を挟みます。

私事ながら今日12月20日は僕の52歳の誕生日。毎年この日は「ジュリーが自分と同じ年齢の年にどんな歌を歌っていたか」をテーマに更新すると決めていまして、四谷のレポ連載に全力投球中ですので今年は楽曲考察ではなく、お題曲にあやかって思うところを自分の年齢にも重ねて少しだけ書きとめておくという短い文量の記事となります。
曲は、52歳のジュリーが自らの原点であるザ・タイガースのメンバーをゲストに、作曲にもすぎやま先生を迎えて歌った「この空を見てたら」を選びました。
ジュリーの沖縄公演に思いを馳せながら・・・気軽におつき合いくださいませ。


52歳ねぇ・・・。あの『ジュリー祭り』から10年経っているのですから当たり前のこととは言え、僕もいよいよ「初老」の男になってきましたよ。
ただ、同い年の友人や会社の同僚などが「こんな年になってしまった・・・」と肩を落としている中で、僕はそういうマイナスの思いは全然無いのですな。だって、52歳ってジュリーがアルバム『耒タルベキ素敵』をリリースした年ですよ。バリバリじゃないですか!
もちろん僕も身体のあちこちにガタは来ています。それでも「『耒タルベキ素敵』のジュリーと同じ年」というのは何と励みになることか。

僕は「『耒タルベキ素敵』も後追いで聴きましたから、初聴時には世間一般の額面通り
「2000年というメモリアルイヤーに、ジュリーが過去に縁のある作家陣を集結させて豪華絢爛のミレニアム記念盤を製作した」
というその1点を以ってのみ、すぎやま先生の作曲およびサリー、タローのゲスト参加の動機をなんとか把握するに留まっていました。
その後じゅり勉に励むこと10年。
リアルタイムの先輩方はきっと「この空を見てたら」を、「TEA FOR THREE」の最新曲という意味合いも加味して聴かれたのではないか、そして「作曲・すぎやまこういち」のクレジットに心躍らせ、ザ・タイガース復活への道程もチラリと考えていらしたのではないか・・・今はそんなふうに想像しています。

すぎやま先生が作った「この空を見てたら」のメロディーは、もちろん良い意味での大衆性、娯楽性を突き詰めたかのようなプロフェッショナルな力作。メロディーとリズムだけ抜き出してみると、例えば特撮ヒーローもの、戦隊もの、或いは人気アニメ・ドラマの主題歌としても成立する普遍性を感じます。
そこにジュリーが詞を載せ歌い、サリーとタローがコーラス参加することでTEA FOR THREE色ひいてはザ・タイガース色に仕上げられている、というのが僕の考え方。ただし、最終的に重厚なギター・サウンドに転換しアルバム収録曲としてバランスを整えた白井さんの功績も忘れてはいけませんよね。

2000年のこの曲のリリースから時を経て夢のザ・タイガース完全再結成は実現し、さらにその後のメンバーそれぞれの活躍も続く現在は、熱いエネルギーが再び溜め込まれ雄伏している時期なのかもしれません。
今年古稀を迎えたジュリーは、「大好きなギタリスト」柴山さんと2人だけで今後の歌人生を歩む、という大きな決断をしました。
ジュリーは必ずそれを貫き通すはずです。しかし、ふと「バンドのLIVEが恋しいな」とジュリーが考える瞬間もまた近々に訪れるんじゃないか、と考えたりします。
そんな時、孤高の古稀越えロッカー・ジュリーが唯一、弟キャラで「バンドの音を頼ろう」と考え得る存在はザ・タイガース以外無いでしょう。

同じ志の年長者がいる、というのは本当に有難くて、僕の場合この12月、自分の誕生日の前に18日、19日と敬愛するJ先輩の誕生日が続き、「好きな人の年齢を追いかける」感覚の尊さを毎年実感します。
ジュリーにとってタイガースのメンバーがそんな存在ではないか、と思うのです。
今「この空を見てたら」を聴きながら、僕らはもう一度ザ・タイガースのあの熱いエネルギーを受け止める準備をしておくべきなのでは、と夢想するのですが・・・それは勝手な願望、なのかなぁ?


今日は下書きもしない一気書きの短い記事にて失礼いたしました。オマケ画像もなくて、すみません。
次回更新は再び瞳みのる&二十二世紀バンド四谷公演のレポに戻って、連載第4回『怒涛のタイガース・レパートリー』編をお届けします。
連載はそれも含めてあと2回、なんとか年内に完成させたいと思っていますが・・・。

ともあれ不詳DYNAMITE、52歳の年も気合を入れてジュリーを応援する所存。変わらぬおつき合いの程、よろしくお願い申し上げます!

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2018年11月25日 (日)

沢田研二 「十代のロックンロール」

from『愛の逃亡者 THE FUGITIVE』

Fugitive

1. 愛の逃亡者/THE FUGITIVE
2. ゴー・スージー・ゴー/GO SUSY GO
3. ウォーキング・イン・ザ・シティ/WALKING IN THE CITY
4. サタデー・ナイト/SATURDAY NIGHT
5. 悪夢の銀行強盗/RUN WITH THE DEVIL
6. マンデー・モーニング/MONDAY MORNING
7. 恋のジューク・ボックス/JUKE BOX JIVE
8. 十代のロックンロール/WAY BACK IN THE FIFTIES
9. 傷心の日々/NOTHING BUT A HEARTACHE
10. アイ・ウォズ・ボーン・ト・ラヴ・ユー/I WAS BORN TO LOVE YOU
11. L.A. ウーマン/L. A. WOMAN
12. キャンディー/CANDY

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いやはや、更新遅れました。
実は先週、『聖の青春』という映画を観ましてな~。

僕は将棋ファンですから、故村山聖八段(のち追悼九段)の生涯を描いた大崎善生さんの原作小説も発行時に読んでいましたし、この映画化作品も絶対に観るつもりではいました。ただ劇場上映期間は機会を逃し、いずれDVDを購入と思っていたのがそのままになっていて。
それをたまたまアマゾンプライムで見つけてしまい、「こんなお手軽に観ていいのか?」と一瞬躊躇するも抑えきれず全篇鑑賞。観終わったらもう、脳から身体から溢れ出るテンションのやり場が無い!
「自分は何をやってるんだ?」とかそんなことまで考えたり、とにかく興奮状態がずっと続いて、村山さん生前の棋譜ばかり見て過ごしておりました。

映画『聖の青春』、大変な傑作だと思います。
主演の松山ケンイチさんや、村山さんの師匠である森信雄七段(引退)役のリリー・フランキーさんの素晴らしさは言うまでもなく、個人的には羽生善治(現竜王)役の東出昌大さんの演技に驚愕。予告編を見ていた段階で僕は「羽生さんってこんなに背高くないからなぁ」と違和感を持っていたのが、いざ観たら・・・対局シーンでの優勢、劣勢それぞれを意識した時の仕草や表情は正に羽生さんそのものです。また、村山さんから意外な時におずおずとサシ飲みを誘われた羽生さんが「行きましょう行きましょう」と応えるシーンも、東出さんが本当に羽生さんにしか見えませんでした。

この映画が、将棋をよく知らない人にどのくらい評価されるのか僕には分かりません。
例えば村山さんと弟弟子が殴り合いに至るまでのストーリー展開は、奨励会のシステムに詳しくないとうまく飲み込めないかもしれない(この点については、現在公開中の映画『泣き虫しょったんの奇跡』を観ればよく理解できます)。しかし、将棋に興味の無い人達にもストーリーが分かり易いように原作(=現実のドキュメント)とは対象人物や設定を変える(登場人物を絞り込む)工夫は見事成功しています。
多くの一般ピープルにこの映画を観て欲しい、と強く思いました。アマゾンプライム会員の方であれば、今すぐに鑑賞できます。是非!


さて本題。
今日もまた11月1日のポール・マッカートニー東京ドーム公演の話から入ります。
3人体制のホーン・セクションの出番はセトリ全曲ではなく、ブラス・アレンジの曲の時だけステージ下手側に登場するというスタイルでしたが、セットリスト中、いわゆる「ブラス・ロック」としてファンが普段から当たり前のように認識していた「ワインカラーの少女」「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」「幸せのノック」「レディ・マドンナ」「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」「007/死ぬのは奴らだ」といったナンバーのインパクトは当然として、敢えて言えばホーンの存在が決して「目立たない」曲、下手すると遠い席のお客さんはブラスが入っていることすら気づけなかったかもしれない曲・・・具体的には「レット・イット・ビー」「ヘイ・ジュード」「キャリー・ザット・ウェイト」「ジ・エンド」のブラスにも僕としては大いに感銘を受けたのでした。
「レット・イット・ビー」のサビで「ラ~ソ~ファ~ミ~♪」と優しく噛んできたり、「ジ・エンド」で「ラ」の音をシャキシャキと吹き続けているだけで、同じセトリ定番曲でも昨年までとは音全体の聴こえ方が全然違うのです。

今日はそんな「気をつて聴かないとスルーしてしまう、でも実はあるのと無いのとでは大違い!」という、ある意味究極のプロフェッショナル・ブラス・アレンジが施されたジュリー・ナンバーのお話です。
このテーマを語るにふさわしいアルバムこそ、74年の『愛の逃亡者 THE FUGITIVE』。その中から「十代のロックンロール」をお題に採り上げことにしました。
よろしくお願い申し上げます!


①まったく意識していなかったサックス・ソロ(汗)

アルバム『THE FUGITIVE 愛の逃亡者』収録全12曲のうち、ホーンが入っている曲は「愛の逃亡者」「ウォークング・イン・ザ・シティ」「十代のロックンロール」「傷心の日々」「L.A. ウーマン」「キャンディー」の計6曲。
この中で「愛の逃亡者」「ウォーキング・イン・ザ・シティ」「キャンディー」と既に考察記事を書き終えている3曲以外の収録曲については、ブラスが入っていたか否かを今回改めて確認作業しなければなりませんでした。大好きなアルバムで相当回数聴いていて、しかも日頃から「自分はアレンジ・フェチ」と自認していると言うのに・・・。それほど、このアルバムのホーン・セクションは目立ちません。
だからこそ、「もし入っていなかったら?」と脳内でシミュレーションしながら聴き返すとその素晴らしさ、的確さ、黒子の徹底ぶりに改めて打たれる思いです。
先述した今年のポールの公演でも、「レット・イット・ビー」が始まってホーン・セクションがスタンバイした瞬間「あれっ、この曲ホーン入ってたっけ?ストリングスは絶対入ってるけど・・・」と迷いました。そしていざその重厚なブラスを体感する・・・これは『THE FUGITIVE 愛の逃亡者』収録のナンバーにも同じことが言えて、特に「十代のロックンロール」はアルバムの中でも個人的にはベスト3に入るほどお気に入りの曲だっただけに、「こんなに聴き込んでいる曲でも、まだ新鮮な驚きと感動は隠されているものなのか!」ということで、今回お題に選んだ次第です。

まず、「十代のロックンロール」はこのアルバムで唯一サックス・ソロが聴ける曲なのです。
そのサックス・ソロに今までまったく意識が行っていなかったという・・・絶対耳では聴いてはいるし、その度に音も追いかけていたはずなのに。
「あまりに完璧なアレンジで、その素晴らしさ故埋没していたのだ!」などと言うのは言い訳で、所詮僕のリスニング能力がその程度ということ(泣)。
でもそんな凡人基準はすなわち大衆の平均でもあって、やっぱり『THE FUGITIVE 愛の逃亡者』で施されたホーン・セクションって、アレンジとしては「隠し味」なんじゃないかと思います。あるのと無いのとでは大違いだけど、それに気づかず全体の音を楽しんでいる聴き手が少なからずいる、という。
その意味でもこのアルバムはいかにも「職人的」。ジュリーの出演した過去のラジオ音源を一昨年から勉強し始めて、「巴里にひとり」のフランス・レコーディング苦労秘話、逸話の数々に大いに感動させられる中、「それに比べてイギリスはずいぶんあっさりと、短期間で12曲も録っちゃったんだなぁ」なんて思ってはいたけれど、これは映像監督に例えるなら
「演者は余計な色をつけなくていい。素材(ここでは歌い手であるジュリーの「声」ということになりましょう)のままでやってくれ。色は後で俺がつけるよ」
とでも言うようなピッカートン先生の偉大さ、引き出しの多さを証明するのが「十代のロックンロール」のブラス・アレンジでもあるわけです。

決して大げさではない、ひけらかさないプロデュースやアレンジの手管は、さすが74年のロンドン・レコーディング、という気がしています。
ちなみに「十代のロックンロール」のキーは「B♭」(変ホ長調)ですから、ホーンセクションは楽々、ウキウキだったと思いますよ~。

②ジュリー流「ポップンロール」の決定版?

え~と、最後に「?」をつけたのは何故かと言うと、この記事を書く段になって今さらのように「ポップンロール」の定義が曖昧であることに気づいたからです。
用語としてはウィキにも記載が無いので、誰かが「言いえて妙」な造語として使い始めたのでしょうが、僕がこの言葉を覚えたのは間違いなく杉真理さん絡み。でも僕の解釈が杉さんのそれと合っているのかどうかは分からない、という状態で。
僕のよく知らないジャンル・カテゴライズに「バブルガム・ポップ」というのもあって、それはたぶん僕の中の「ポップンロール」と近いのかなとは思うけど、実際のところはどうなのか・・・。
なのでここではポップンロール自己流定義を書き出してみますと

・おもにティーンエイジャーをターゲットとした明るい曲調のビート・ポップス(これはウィキによると「バブルガム・ポップ」とほぼ同じ)
・曲調は明るいんだけど、コードはメジャー一辺倒ではなくマイナーも多用し、バラードばりの泣きメロが随所に登場する
・演奏はギターよりもピアノの方が目立つ

これが「十代のロックンロール」にピタリ当て嵌まります。
僕は初めてこの曲を聴いた時、エルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック」を想い出しました。「ポップンロール」ということで言えばエルトン・ジョンは僕が真っ先に挙げたいアーティストで、「クロコダイル・ロック」はその代名詞のような名曲。ギター(これがブラス以上に目立たない!)のミュート奏法をはじめ、アレンジ全体の雰囲気は「十代のロックンロール」とよく似ている、とは今でも思っていますが、今回採譜してみますと、「十代のロックンロール」は土台のメロディー、コード進行が「ダニエル」という曲(「クロコダイル・ロック」と同じくエルトン・ジョンのアルバム『ピアニストを撃つな!』の収録曲)との共通点が多いことが分かりました(こちら)。
0’23”~0’30”あたりは「十代のロックンロール」の

Watching all those movie stars
Cm7                    F7

upon the silver screens ♪
D7                 Gm

の箇所とそっくりです(王道ですけどね)。
ピッカートン先生はその作風からしてエルトン・ジョンの曲作りに大いに共鳴していたでしょうから、「ダニエル」をテンポアップさせてロック調にしたら?と意識しつつ「十代のロックンロール」を作曲したかもしれません。

いずれにしても、こういうポップンロールをテレビ企画番組などのちょっとしたカバーではなく自身のオリジナル・ナンバーとして英語詞で歌って自然に受け止められる(ポップ・スターの空気を纏い得る)日本人歌手は、当時ジュリーをおいて他に無かったでしょう。
その意味で『愛の逃亡者 THE FUGITIVE』収録曲中最も「ジュリー」が迸っているのはこの曲ではないでしょうか。複雑なコード展開でステージ映えする「キャンディー」と、ストレートなポップンロールにして王道進行の「十代のロックンロール」は、この名盤の表裏二枚看板だと僕は思っています。

③来年ツアーで「キャンディー」を切望!

今日も最後のチャプターではお題曲収録アルバムから今後のセトリ入りの可能性を考えていきます。
僕の場合は何と言っても、完全にジュリー堕ちした直後だったにも関わらず、裕也さんとのジョイント『きめてやる今夜』に参加できなかったということで、「キャンディー」をいつか生体感できなければおさまりがつかん!という心境ですな~。
裏を返せばセトリ入りの可能性は充分、ということ。『ジュリーマニア』でも採り上げられていますしね。
これはギター1本体制だと「セーハの鬼」柴山さんのフォーム・チェンジが最大の見どころでしょう。エレキで弾くために生まれてきたようなコード進行の曲です。

アルバム『愛の逃亡者 THE FUGITIVE』から現時点で僕が生体感できているのは、昨50周年ツアーでの「愛の逃亡者」1曲のみ。
大変な名盤ですが、リリースから時が経ってからは「愛の逃亡者」と「キャンディー」、この2曲以外のセトリ入りはなかなか叶えられていない状況のようです。
でも「もし歌ってくれたら」と想像できるナンバーもいくつかあって、まず「アルバムのスタジオ・ヴァージョンよりライヴ・ヴァージョンの音源の方が好き」と常日頃から感じている「ゴー・スージー・ゴー」。
さらにジュリーファン以外にもよく知られているらしい「恋のジューク・ボックス」・・・いや、僕はジュリー・ヴァージョンを聴くまで全然知らなかったんだけど、手元の歌本資料の中にこんなページがあるので。


Jukeboxjive1

『YOUNG SONG』洋楽コーナーに載ってるってことは、当時話題のヒットチューンであることは確実!

この2曲は今後突然のセトリ入りがあっても不思議は無さそう。その代わり、僕がこのアルバム中格別に好きな3曲「ウォーキング・イン・ザ・シティ」「マンデー・モーニング」そして今日のお題「十代のロックンロール」については、厳しいかなぁ。
とにかく、実現味も考え合わせ来年のツアーで「キャンディー」が聴きたい!どうか叶いますように。

そうそう、古稀ツアーでは開演前のBGMが「ジュリーの外国語ナンバー」特集という感じで、当然アルバム『愛の逃亡者 THE FUGITIVE』収録曲も流れますが、その(BGM用の)曲順が謎過ぎます!
どなたか、僕の思いつかないような特別な根拠で謎解きされていないものでしょうか・・・?


それでは。オマケです!
今日もMママ様所有の切り抜き資料から、映画『炎の肖像』関連の記事をどうぞ~。


Img669

Img670

Img671

Img672

公開日は74年の暮れで、アルバム『愛の逃亡者 THE FUGITIVE』リリースのすぐ後だったんですね。


さて。
この記事の下書きを始めた時は全然なんともなかったのですが、どうも風邪をひいてしまったようです。何故こうも弱いのか・・・情けない、としか言えません。
片方の喉が腫れるいつものパターンに加えて、今回は頭痛があり、関節も痛むし寒気もします。
12月に入ると忙しくなるしプライヴェートの予定も立て込んでいるので、早く治さなければ・・・。

ということで、『ホーンが入ってるジュリー・ナンバー』シリーズは今回はここまでとし(本当はもう1曲「muda」を考えていたのですが)、次回更新はちょっと間をあけて12月3日とさせて下さい。
その日は早いもので『ジュリー祭り』10周年。毎年この日は『ジュリー祭り』セットリストから記事お題を選んでいましたが、鉄人バンドのインスト含めた演目全82曲を今年の6月25日をもってすべて書き終えています。
ですから今年からは、過去に書いた『ジュリー祭り』セトリ記事の中から「やり直し伝授!」をしてゆくことになりますな~。
お題はこれから決めます。

とにかく、みなさまは僕のようにタチの悪い風邪に捕まらないように・・・充分お気をつけください。

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2018年11月14日 (水)

沢田研二 「alone」

from『Beautiful World』、1992

Beautifulworld

1. alone
2. SOMEBODY'S CRYIN’
3. 太陽のひとりごと
4. 坂道
5. a long good-bye
6. Beautiful World
7. 懲りないスクリプト
8. SAYONARA
9. 月明かりなら眩しすぎない
10. 約束の地
11. Courage

---------------------

先週末までは暖かかったのですが、今週は月曜から急に寒くなりました。
ジュリーも最近風邪をひいてしまったそうで、喉も本調子でない中、それでも九州シリーズ(長崎→熊本)は大盛況の素晴らしいステージだったと聞いています。
みなさまは大丈夫ですか?
これから冬本番、僕もなんとか風邪をひかずに年末を乗り切りたいところですが・・・毎年12月にやられちゃうんですよねぇ。気をつけたいと思います。

さて今日は前回の「誰もとめはしない」に引き続き、超神席で観たポール・マッカートニーのホーン・セクション入り新編成バンドにあやかった「ホーンが入ってるジュリー・ナンバー」シリーズの第2弾として更新。「サックス・ソロ」に焦点を当てます。
ポールのLIVEでは「レディ・マドンナ」で生サックス・ソロがありまして、セトリ定番曲にバリバリの新鮮味が加わり大変感動したのですが、考えてみるとビートルズが60年代に確立した、ロックやポップス・ナンバーにおける「サックス・ソロ」のアレンジも、いつしか王道の手管としてすっかり定着しているんですよねぇ。
僕の世代だと、「サックス」がその意味での市民権を得ていると普通に実感したのはやっぱりチェッカーズが登場した時からかな。でも実はビリー・ジョエルの「さよならハリウッド」「ニューヨークの想い」「素顔のままで」であったり、日本では特に佐野元春さん・・・僕が高校生になってようやく聴くようになった音楽の中にそうしたアレンジの名曲が既に巷には溢れていました。
もちろんジュリー・ナンバーにも。

そこで今日はアルバム『Beautiful World』から井上大輔さん作曲の「alone」をお題に採り上げ、サックスの話をあれやこれやと書いていこうと思っています。
よろしくお願い申し上げます。


①井上大輔さん「哀 戦士」の思い出

僕は一応ブラスバンド部出身で、担当楽器は小学生時代から愛聴していた『太陽にほえろ!』のサントラで憧れていたドラムスを志願。
音楽的下地があったわけではないので、当初は他部員の担当楽器についてそれぞれの音の特性を深く知ろうともせず、太鼓にばかり集中していました。そもそも『太陽にほえろ!』のサントラにしても、メインテーマがサックスで「青春のテーマ」がトランペットで、といったことすら意識していなかったのです(恥)。
ただ、部員達が持っている楽器の形状だけは知らず知らずのうちに覚えていた、というちょうどそんな頃・・・「サックスってこんなにカッコ良いのか!」と教えられたのが他でもない、本日お題「alone」の作曲者である井上大輔さんが出演された『ザ・ベストテン』放映回でした(「今週のスポットライト」のコーナー)。
披露された曲は「哀 戦士」。

僕はSF好きでしたから当時『機動戦士ガンダム』にも興味があって、モビルスーツのプラモデルなんかを集めていた世代。「へぇ、ガンダムの曲か」くらいの軽い気持ちでその時井上さんの歌を聴き始めて・・・最初は(井上さんがフリーハンドで歌っている間は)気づかなかったんですが、歌が進み井上さんがサッ!と横に置いてあったサックスを構えましてね。「あれっサックスだ」と気づいてからはもう目からウロコの大感動。
『ザ・ベストテン』でもギターを弾きながら歌う人はカッコ良いなぁと思ってそれまでも色々な歌手、バンドを観ていたけれど、サックスを構えて歌う姿というのがこれほどカッコ良いとは!と。
しかもその音の響き・・・「間奏ソロ」としての説得力抜群ではないですか。

それからですよ、自分の知っている音楽にホーンが入っていると、この音はサックス、この音はトランペット・・・と注意して聴く習慣ができたのは。ビートルズの曲だってそうだったんですから。
ブラスバンドでも他部員の出す音が聴こえてくるようになって、そのせいだか何なんだか、テナーサックス吹いてた1コ年下のT子ちゃんに片思いの恋をする、というワケ分からないオチもつきました(笑)。
まぁそんな話はさておき、あの時の井上さん出演の『ザ・ベストテン』映像がupされてないかなぁ、とYou Tubeを探してみたら、ありました!

こちら

な、懐かしい・・・(感涙)。
そうかぁ、ちょうど岩崎宏美さんが「すみれ色の涙」を大ヒットさせていたのと同じ時期だったんですね。僕はあの頃ブルー・コメッツも知らなかったから・・・。

それでは次チャプターにて、偉大な作曲家にして最高にカッコ良いサックス・プレイヤー、井上大輔さんが91年のジュリーに提供した『Beautiful World』のトップを飾る名曲「alone」について色々と書いていきましょう。

②サックスの導入は井上さんへのリスペクト?

今ちょうど通勤時間にスージー鈴木さん渾身の名著『イントロの法則80's』を読んでいるところ。世代が同じ(と言うか同い年です)こともあり共感しまくりの内容なんですが、寺尾聰さん「ルビーの指輪」の項で


「(この曲がヒットした時)自分はもうギターを弾いていたけど、キーが「Gm」(ト短調)ってのに敷居の高さを感じてた」

と書いていらして。
これ、僕もリアルタイムでまったく同じことを考えたんですね。クラスで誰かが持ってきた歌本広げて皆でワイワイと歌ったりする時、一応僕がギターで伴奏役を受け持つんだけど、「ルビーの指輪?ちょっと待ってそれGm?え~とえ~と・・・」みたいな。
ギターから楽器演奏を覚えると初心者の頃はどうしても「Gm」とか「Cm」、「B♭」や「E♭」がキーの曲は「面倒くせぇ!」となってしまいます。
ところがホーンを覚えると劇的にそれが変わります。
僕の場合は40歳くらいに独学でトランペットでしたが、それまで敬遠しがちだったフラット系のキーの方が、慣れ親しんできたシャープ系より遥かに演奏し易くなるという・・・これは衝撃的な経験でしたね。

もちろんプロのミュージシャンならどんなキーであろうが難なくスラスラと演奏できるものなのでしょうが(例外は、アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』のロンドン・レコーディングで「バタフライ・ムーン」のために急遽呼ばれて来たイギリス人のペット奏者くらいか?笑)、それでもフラット系のキーの方が自由度が高くて吹き易い、って感覚はプロにもあるんじゃないかなぁ。

そんな想像をしながら「alone」のサックス・ソロを聴くと、噛み込んでくる瞬間のうねるような音がとても楽しそうでね~。「alone」のキーは「G」(ト長調)ですけど、サックス・ソロ部はいったん「B♭」(変ホ長調)に転調させて始まるんですよ。
これはおそらくアレンジの小林信吾さんのアイデア。でも伏線は井上さんの作曲段階から既にあって、この曲で井上さんは同主音による近親移調を採用し、Bメロのキーは「Gm」(ト短調)に転じています。

眠れぬ夜ばかり いくつも数えた  よ
Gm7   Cm7    F7            B♭maj7  E♭maj7

吐息で部屋がかすんだ
         Cm7        Fsus4  F  Fadd9  F

どうしてこんなに 君でなきゃならない
Gm7    Cm7        F7      B♭maj7  E♭maj7

おかしいほどに ♪
A7         D7

このト短調が、サックス・ソロ部の変ホ長調とは並行調の関係。だから1番、2番と歌われてきたメロディーを引き継いでの間奏でサックスの導入は「これしかない!」というくらいに自然で、インパクトも強いです。
小林さんは、大先輩である井上さんの作曲への敬意をもって「alone」の間奏にフラット系のキーでサックス・アレンジを捧げたのではないでしょうか。
ちなみに先述した「哀 戦士」での井上さんの作曲も、歌メロのキーは「C」ですがサックス・ソロ部は転調して「E♭」→「F」→「A♭」と進行します。

それにしてもこの曲のBメロ部後半、ジュリーの「セルフ字ハモコーラス」のキレの良さよ!
本当に語られることが少ないのですが、ジュリーの「自分のヴォーカルに重ねてハモる」才能は超一級です。音についての俯瞰力の高さ、なのでしょうか。
またいつか、新曲でその類稀なる才を魅せてくれる日を期待しています。

あと、覚さんの詞についても少し。
「alone」というタイトルは、普通だと寂しいイメージの単語です(ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」とか)。でもこの歌は違うんですよね。
「君」に逢うために今までずっと1人、或いは「君」に触れるために今この時は1人、という主人公。超未来志向の「意思」を感じさせるラブ・ソング。こうした覚さんの「男らしい」面(かつてジュリーは、男性よりも女性の詞の方がむしろ男らしい、と語っていますね)がジュリーは大好きなんだろうなぁ、と。
その点で「alone」はアルバム収録曲の中でも最強で、オープニング・クレジットにふさわしい名曲です。この詞のコンセプトが後の「銀の骨」や「グランドクロス」あたりに引き継がれていったのではないでしょうか。

ジュリー史において覚さんとの出逢いはその後の創作活動の方向性を決定づけるほどの運命的なもので、95年から始まるセルフ・プロデュース期への後押しにもなったんじゃないかなぁ、と後追いファンの僕は考えています。
自らの意志を以って「alone」である限り、道を選ぶのは自分自身でしかない、良いこともそうでないこともすべて自分に還ってくる、帰結できる、というのがジュリーにとっての「セルフ・プロデュース」の動機であり志ではないか、と僕は想像していますが・・・いかがでしょうか。

③恒例(?)アルバムから今後のセトリ入り予想

これはね、『Beautiful World』は収録全曲油断ならん!というのが個人的な考えです。

まず僕がこのアルバムからこれまで生のLIVEで体感できているのは、セトリ常連の「約束の地」と『歌門来福』(2010年お正月)での「SOMEBODY'S CRYIN'」。僅か2曲ではあるんですけど、本格ジュリー堕ち以降大人買いしたツアーDVDのセットリストを改めて見ると、結構渋めの他収録曲もこの20年ほどの間にちょこちょこ歌われてきていることが分かります。
それに、「約束の地」は言うに及ばず、シングル・カットされた「太陽のひとりごと」や「坂道」「月明かりなら眩しすぎない」「Courage」のバラード群は、柴山さんとの2人体制がとても似合いそうだと思いませんか?

『Beautiful World』は、建さんプロデュース期の5作品の中では決して目立つ方ではないけれど、ジュリー自身の志の高さを反映するような楽曲がズラリと並ぶタイプの名盤だと思うんです。覚さんの詞で統一されているのが大きいんですよね。
ジュリー本来の「歌心」が存分に引き出されている1枚。同年のact『SALBADOR DALI』も合わせ、情熱的でありながらも「ちょっと離れたところから自らを見おろしている」ようなジュリー・ヴォーカルが素敵な時期です。

加えて、贅沢な作家陣に負けじと書き下ろされたジュリー自作の3曲、「SOMEBODY'S CRYIN'」「懲りないスクリプト」「Courage」は作曲家・ジュリーとしてもかなりの自信作なんじゃないかな。80年代入ってから「意識した」と語っていた「リズムから入る曲作り」を、それぞれ違うパターンで成就させた3曲だと想像していますから。
まぁでも、来年のツアー・セトリ入り候補1番手はやっぱり「約束の地」でしょう。その後機を見て他収録曲が少しずつ体感できていければ良いな、と期待します。


それでは、オマケです!
今日は1992年リリースの「alone」がお題ということで、act『SALBADOR DALI』パンフレットから過去記事で未添付のショットを数枚どうぞ~。


Dali06

Dali11

Dali17

Dali21



それでは次回更新は、また時代を遡って70年代のナンバーを採り上げる予定です。
「このアルバムから!」というのは決めていますが、どの曲にするかは思案中。
もちろん引き続き「ホーンが入ってるジュリー・ナンバー」シリーズとしてのお題ですよ~。

この記事を下書きしている数日の間に、カミさんが風邪をひいてしまいました。僕も本当に気をつけなくては・・・夜更かしなどしないよう心がけたいと思います。
みなさまも充分お気をつけください。




記事をupしようとしてココログさんのサイドバーをふと見たら、佐山雅弘さんの訃報が・・・絶句。まだまだお若いのに!
ご冥福をお祈り申し上げます。

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2018年11月 8日 (木)

沢田研二 「誰もとめはしない」

from『JULIE』、1969

Julie1

1. 君を許す
2. ビロードの風
3. 誰もとめはしない
4. 愛のプレリュード
5. 光と花の思い出
6. バラを捨てて
7. 君をさがして
8. 未知の友へ
9. ひとりぼっちのバラード
10. 雨の日の出来事
11. マイ・ラヴ
12. 愛の世界のために

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from『THE TIGERS CD-BOX』
disc-5『Legend of THE TIGERS』


Tigersbox

1. タイガースのテーマ
2. スキニー・ミニー
3. 白いブーツの女の子
4. 愛するアニタ
5. 南の国のカーニバル
6. 涙のシャポー
7. 涙のシャポー(別テイク)
8. 傷だらけの心
9. 730日目の朝
10. 坊や祈っておくれ
11. Lovin' Life
12. 誰もとめはしない
13. 夢のファンタジア
14. ハーフ&ハーフ
15. 遠い旅人
16. タイガースの子守唄
17. あなたの世界
18. ヘイ・ジュード~レット・イット・ビー
19. 明治チョコレートのテーマ
20. あわて者のサンタ
21. 聖夜
22. デイ・トリッパー
23. アイム・ダウン
24. 雨のレクイエム
25. ギミー・シェルター

-------------------

11月に入り、名古屋そして仙台と大会場を満員御礼で成功させたジュリー。参加されたみなさまの感動のお言葉がとても嬉しい留守番組のDYNAMITEです。

そんな中、先の月曜日にさいたまスーパーアリーナのチケット振替申込用紙も無事到着し、YOKO君、S君とも相談の上、僕らは3人揃って年明け1月5日の大宮ソニック公演に振り替えることにしました。
ジュリーの元気な「あけましておめでとうございます!」が聞けることでしょう。色々あったけれど、今は「楽しみ!」の気持ちに満ちています。

さて僕は11月1日のポール・マッカートニー東京ドーム公演をアリーナド真ん中11列目という超神席で観てまいりまして、未だ夢見心地の日々でもあります。
ごく普通の一般先行発売で奇跡的に(カミさんが)引き当てたこの特等席・・・すぐ近くの斜め前に矢沢永吉さんがいらっしゃるという、そんな席ですよ!
そのもっと前にはYOSHIKIさん(最前列)、さらには藤田朋子さん(2列目か3列目。開演前のBGMからノリノリ!ビートルズファンでいらっしゃったんですねぇ)のお姿も。着席するまでに3度も係員さんにチケット提示しないと進入できないというそんな選ばれし者だけの神席エリアで、ポールの3時間ブッ通し(!)の熱演を肉眼で体感できたこと、一生の宝物となりました。

で、今回のポールはお馴染みのバンドメンバーに加えて、3人体制のホーン・セクション(編成はサックス、トランペット、トロンボーン)を引き連れての来日公演だったのです。僕は一切のネタバレを我慢しての参加でしたのでこれは衝撃的でした。
当然その編成は選曲にも反映され、日本のポールファン全員が「いつの日か」とセットリスト入りを待ち続けていたであろう「幸せのノック」のイントロ(チャイム音)が流れた瞬間は狂喜乱舞。他、「ワインカラーの少女」「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」「007/死ぬのは奴らだ」等の大好きなブラス・ナンバーはもちろん、「さすがに耳タコになってきたなぁ」と感じていたセトリ鉄板の「レディ・マドンナ」「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」なども生のホーンが入るととても新鮮で、本当に素晴らしいライヴでした。次回来日ではこの編成で「心のラブ・ソング」「カミング・アップ」あたりも期待できるかもしれないなぁ、と夢が広がっています。
それにしてもポールのLIVEで「イエスタディ」無しのセットリストって、さすがに僕も初めてだったなぁ。個人的にそれは何ら問題ありませんが。

ポール・マッカートニー76歳、健在。となれば古稀になったばかりのジュリーもまだまだ行けますよ~。
そこで!
拙ブログでは今回からしばらくの間、ポールのホーン・セクション入りバンド新体制にあやかりまして、「ホーンが入っているジュリー・ナンバー」シリーズを開催し、楽曲お題を選んでいきたいと思います。
豪快なブラス・ロックは言うに及ばず、サックスやトランペットのソロを採用したナンバー等、ジュリー史にあって該当する名曲は数えきれないほど存在しますが、その中からこの機に3、4曲を採り上げていければ・・・可能な限りどしどし更新したいと思っています。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

まず今日は、ファースト・アルバム『JULIE』およびタイガースのレア音源集『Legend of THE TIGERS』収録と、2つのヴァージョンが残されているブラス・ロック・ナンバー、「誰もとめはしない」をお届けいたします。
確信と妄想が入り乱れての伝授です!


Nobodycanmakeyoustop


①2つのヴァージョン聴きくらべ

まず、みなさまにお尋ねしましょう。
『JULIE』ヴァージョンとタイガース・ヴァージョン、どちらの「誰もとめはしない」がお好きですか?

この質問にはおそらく多くの先輩方が「タイガースの方!」と答えると思います。
シローのコーラスが入ってて、「うわぁ、タイガースこの曲レコーディングしてたんだ~!」という、先輩方でもリアルタイムでは知り得なかった貴重なヴァージョンの後年の公式リリースの衝撃、感動・・・そうした思いが大きいのではないでしょうか?

でも、ちょっと待って!
僕もこの曲大好きですけど、「どちらか」と言われれば『JULIE』ヴァージョンの方が「推し」なんですね。
もちろんそれは「後追い」のファンの少数派感覚でもありましょう。しかしながら、楽曲全体の仕上がりが優れているのは確実に『JULIE』ヴァージョンの方です。
これにはみなさま、こう仰るでしょう。「でもでも~、タイガースが演奏してる、ってことが重要でしょ!」
まったくその通りです・・・ただし、タイガース・ヴァージョンが実際に「タイガースの演奏」ならば。

かなりの自信を持って書きますと、「誰もとめはしない」の2つのヴァージョンは、いずれも同一の演奏者によるもので、タイガース・ヴァージョンに参加しているタイガースのメンバーはヴォーカルのジュリーとコーラスのシローだけ、というのが僕の結論です。

まず、数年前の僕なら「タイガース名義の音源であればドラムスは絶対ピーが叩いてるはず」と頭から決めてかかっていました。でも、その後僕はピーのドラミングを実際にこの耳で、ロックな曲もバラードも、スネアの音や叩き方、もちろんシンバルもタムもキックも毎年必ず生のLIVEで聴き続けているわけです。僕はレベルの低いアマチュア演奏者ではあるけれど、ピーのドラムスについて「プレイヤーの個性」はもう把握しました。
それでも判別つかないタイガース・ナンバー(あくまでレコーディング音源に限ります)は残っていますが、「これはピーじゃないなぁ」と最近ハッキリ分かってきた曲もいくつかあって、「誰もとめはしない」のタイガース・ヴァージョンもその中のひとつ。
ピーならサビでキックが突っ込むでしょうし、シンバルも「バッシャ~ン!」と豪快に行くでしょう。フロアタムの打点ももっと強い。そもそも『JULIE』ヴァージョンがスタジオ・ミュージシャンのドラマーでタイガース・ヴァージョンがピーだったならば、ここまでフレージングやフィルが同じにはならないはずです。

次にベース。タイガース・ヴァージョンはベースの音量設定が大きくフレージングの聴き取りは容易です。
サリーが特にロックなナンバーで得意とするオクターブ・フィルがまったく登場しません。逆に、コードトーンからフレーズを組み立てるタイプのサリーの演奏では聴いたことがない、半音移動の経過音奏法が登場。
69年当時でこの奏法を採用するのは、ジャズの心得があるプレイヤーでしょう。サリーがこの曲だけわざわざ慣れない弾き方をした、とは考えにくいのです。

最後にギター。こちらは自信は持てません。でもサリー、ピー不参加でタローだけ参加するものかなぁ?
それに、2つのヴァージョンでフレージングは異なりますが間奏の音色設定が同じで、演奏者が違う人とは思えないんですよ。

以上「同一演奏者による2つのヴァージョン」聴き比べを前提として、次チャプターでは僕が『JULIE』ヴァージョンの方を推す理由を書いていきましょう。

②静かなるアルバムに投入されたブラス・ロック!

ここからは、個人的な推測が大いに混ざりますが・・・僕はこの「誰もとめはしない」は「タイガース→ジュリーのソロ」とプリプロがシフトしていく過程と結果によって2つのヴァージョンが偶発的に存在していると考えます。
アルバム『JULIE』以前にまずザ・タイガースの新曲として進行していた製作途中のテイクが後日「未発表音源」リリースの陽の目を見た、という考え方ですね。

最大の根拠はホーン・トラックの進化。先述した「音源の仕上がりとして『JULIE』ヴァージョンの方が優れている」所以もこの1点に尽きます。
みなさま、試しに「ホーン・セクションの音」だけに集中してまずはタイガース・ヴァージョンの方からじっくり聴いてみて下さい。
あれっ、ホーンはなかなか登場しませんね。サビに入ってようやく噛んできますが、高い音が目立つばかりで何となくぎこちなく、寂しく感じませんか?
そこで続いてジュリーのソロの方を聴いてみましょう。いきなり「パパパ~♪」とイントロ・リフからガツン!と耳に入ってきますよね。
歌が始まっても

忘れるために ひとりきた
G7                 C7       G7

     見知らぬ街は 陽もくれる ♪
F7 F#7 G7                  C7       G7

ジュリーのヴォーカルの合間をすぐに追いかけて、「パラララパ~ラ~、パラッパッ!」と。
この低音パートの歯切れの良さ。これこそがブラス・ロックですよ!ミックスも完璧で、左サイドが高音、右サイドでは低音部隊がしっかり鳴っています。
そう、タイガース・ヴァージョンではホーン・セクション低音の肝であるトロンボーンが不在なのです。

これは、まずタイガースの新曲としてジュリーのヴォーカル、シローのコーラスを録り終えてから、「ちょっとパンチが足りないな。ブラスを入れたらどうなる?」とのアイデアが出た・・・そこでまず急場試しに吹いて貰った。つまり、アレンジを固める前の「リハ」作業です。
正にその「未完成」テイクを今僕らはタイガースの未発表音源として聴いている・・・それが僕の推測です。

アルバム『JULIE』製作の話がどの時点で持ち上がっていたかは分かりませんが、「誰もとめはしない」レコーディング中にスタッフの間でふと
「これ、ジュリーのソロ・アルバムに入れたらどうかな?」「確かに・・・1曲くらいこんな感じのロック・ナンバーが入ってて良いかもね」
な~んて話になって(もちろん会話は僕の妄想です)、東海林先生にアレンジを依頼、仕上げまで至らなかったタイガース・ヴァージョンのトラックを再利用する形で、「誰もとめはしない」はアルバム『JULIE』収録曲へとシフトされ、リリースされた、と。
もしかするとこの経緯がきっかけで、安井かずみさん=村井邦彦さんコンビで固めたジュリー・ソロデビュー案が出てきた・・・そんな順序も考えられなくはありません(さすがにそこまで行くと妄想が過ぎるかな汗)。

確かに、シローのコーラスの効果もあってタイガース・ヴァージョンのジュリー・ヴォーカルはパッと聴きだと「うん、バンドしているよね!」という感じがしてしまうのですが、しっかり比較するとヴォーカル・トラックに差異はなく(と言うか、『JULIE』ヴァージョンの0’30”あたりではシローの生き霊の声をジュリーのトラックが拾っちゃってるのが分かる笑)、その上でブラス・アレンジの素晴らしさを加味すれば、『JULIE』ヴァージョンの方が楽曲全体として「ロック」だと僕は思うのです。

アルバム『JULIE』は、後期タイガース・シングルですら散見される「ジュリーを前面に押し出して歌謡色を強め大衆性を持たせる」というプロモート戦略が徹底されたようなソロ・デビュー作品ですが(だからこそ、その対極と言える『サリー&シロー/トラ70619』のクオリティーも大いに評価されるべきなんですけどね)、そんな中に突如挿し込まれたブラス・ロック「誰もとめはしない」の存在はひと際光っています。
ファンの間でも語られることは少ないながら、ジュリー史を彩る重要な1曲ではないでしょうか。

③記念すべきファーストから今後のセトリ入りは?

僕がアルバム『ジュリー』収録曲で生のLIVEを体感できているのは、「ひとりぼっちのバラード」ただ1曲。それ以外の曲は、僕の初ジュリーLIVE『ジュリー祭り』以前を遡ってもなかなかセトリ入りが見られません。
やはりオーケストラ・サウンドのアレンジで、歌謡曲に寄せている曲想
が多いからなのかな。

ただ、古稀ツアーでの柴山さんとの2人体制を観た今となっては、今後のジュリーLIVEで「原曲のアレンジに左右されない選曲」が可能であることは確信しました。今年の「お前なら」級のサプライズを僕らはこの先毎年のように体感できるかもしれないわけで、ならばこのファースト・アルバムなら個人的には「光と花の思い出」に▲印を打っておきたいです。

「光と花の思い出」は「ひとりぼっちのバラード」「雨の日の出来事」と並び『ジュリー』収録曲の中で僕が格別に好きな曲。候補に挙げる理由はそれに加えて安井かずみさんの詞ですね。ジュリーがふとこの詞に思いを託せるような出来事があるかもしれない、と。
どちらかと言うと悲しい内容の詞ですが、爽やかなメロディーに載せて歌われるシンプルな言葉並びはとても清潔で美しい・・・「ひとりぼっちのバラード」がそうだったように、今現在のジュリーが歌ってしっくりくる詞でありメロディーではないでしょうか。

一方で今日お題の「誰もとめはしない」をはじめ他の曲はなかなかセトリ入りの想像がつきにくいです。
「マイ・ラブ」や「愛の世界のために」あたりは現在のジュリー好みかなとは思うけど、同じテーマならジュリーは近年の自作詞ナンバーの方を選ぶでしょう。
と言いながら、こちらがビックリ仰天するような今後のラインナップをジュリーは既に練っているかもしれませんし、とにかく「あと10年は頑張る、その先はエンドレス」という頼もし過ぎるジュリーの言葉が僕らには本当に嬉しく、楽しみですよね。
70代のジュリーにもますます期待しましょう!


それでは、オマケです!
今日はタイガース時代にリリースされたファーストのナンバーがお題記事ということで、若虎ジュリーのショットを数枚どうぞ。すべてMママ様所有の資料です!

Img101

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Img320


本日11月8日、ジュリーは長崎、ポールは名古屋。どちらも素晴らしいステージだったことでしょう。

では次回更新も『ホーンが入っているジュリー・ナンバー』シリーズ、この勢いで続けてまいります。
どの時代の曲にしようかな・・・お楽しみに!

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2018年10月31日 (水)

沢田研二 「お前なら」

from『JULIE Ⅳ 今 僕は倖せです』、1972

Julie4

1. 今、僕は倖せです
2. 被害妄想
3. 不良時代
4. 湯屋さん
5. 悲しくなると
6. 古い巣
7. 
8. 怒りの捨て場
9. 一人ベッドで
10. 誕生日
11. ラヴ ソング
12. 気がかりな奴
13. お前なら

--------------------

世間の騒がしさも僕自身の忙しさもどうやら落ち着いてきまして、久しぶりの更新です。

今日は恒例の『ツアー・セットリストを振り返る』シリーズ。今年は「この1曲!」(セトリ全18曲のうち、過去に記事にしていなかったのがこの曲のみ)ということで、アルバム『JULIE Ⅳ 今 僕は倖せです』から「お前なら」をお届けいたします。
おそらくジュリーが何年も前から「カズさんと2人でやる最初のツアーで歌いたい」と用意してくれていたであろう1曲だったのでしょうね。
枕もそこそこに、まいります!


①古稀ツアー・セットリストを改めて考える

ツアー初日の武道館公演を観た時、ギター1本体制のインパクトや大会場が随所にひしめく圧巻のスケジュールなども併せ、僕は「ツアー途中のセトリ変更があるかもしれない」と考えたものでした。
しかし長いツアーも折り返しに入った今もジュリーにそんな気配はなく、「古稀ツアーはこのラインナップで!」とのジュリーの強い意志を感じます。

僕は直接は聞けていませんが、今回のセトリについてジュリーがMCで
「柴山さんとのギター1本体制を決めた時に(選曲を)だいたい考えていた」
と語ったのだそうですね。
僕としてはこれはなかなかにジュリー愛に火の点く類の言葉でありまして(ジュリーが自分の「想定」を越えていった時にしばしばそんな気持ちになります)、改めて古稀ツアーのセトリを考えるきっかけになりました。

もちろん、「50周年で敢えてやらなかった」と言う「カサブランカ・ダンディ」等、ここ1、2年の間に決められた選曲も混ざってはいるでしょうが、ジュリーがずいぶん前から「この時」のために密かに用意してくれていた曲とはどの曲なのか・・・それを想像し考えると、ジュリーの決意や思いが色々と見えてきます。
レアなナンバーであればあるほど、ジュリー自身が明快に意図するところがあるのでしょう。
例えば「雨だれの挽歌」は音楽劇のメンバー、スタッフへの感謝かなぁ、と思いますし、「風は知らない」はこの先ジュリー自身がまだ見果てぬ地平へ臨もうとする心境を代弁するかのようです(ちなみに「風は知らない」については『からすの落墨ブログ』様が素晴らしい
御記事を書いてくださっています。既にお読みになったファンも多いでしょうが、この方の着想や文章表現力はジュリーについての著名なプロライターの人達が発信されているそれと比較したとしても、ちょっと頭抜けていますね)。
そして、永遠の相方としてジュリーが選んだギタリスト・柴山さんへの信頼を以って「これから2人で行く道を歌っている」ように聴こえてしまうのが、「あなただけでいい」であり「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」であり「Don't be afraid to LOVE」であり、そして何をおいても「お前なら」であると僕は受けとめています。
今回に限っては「お前」=柴山さんである、と。

敬愛するJ先輩のブログで、ジュリーがこの曲の歌詞「歌の力を♪」の箇所を「ギターの力を♪」と替えて歌っているようだった、との地方公演についての記事を拝読した時は「我が意を得たり」と嬉しく思いました。
ただ、先日のさいたまスーパーアリーナの1件があり、その後の騒がしい世間、ジュリーとファン双方の気持ちを考えた今となっては、ファンはこの先の会場で「お前なら」の「お前」をジュリー自身のことだ、と思って聴くことになるでしょう。
リリースから時が経ったいつの時代も、その時その時を予言暗示しているような名曲を多く持つジュリーですが、今度の「お前なら」は相当運命的ですよね。

では、そもそも今から46年前の1972年、「お前なら」を作詞作曲したジュリーが、当時誰のことを「お前」と呼び歌に投影していたのか・・・今度はその点について次のチャプターで書いていきたいと思います。

②「お前」って誰のこと?

リリース当時からジュリーファンでいらした先輩方の多くは、「お前なら」という歌をジュリーがジュリー自身に宛てたエールと受け取っていらっしゃるようです。
リアルタイムの感覚は「本物」だと思いますから、おそらくそれが正解。まぁ、40年以上経ってジュリーが古稀を迎えた時、その歌詞解釈がこれほど重要になってくる、というところまでは誰ひとりとして予想はできなかったでしょうけれど。
でもここでは、後追いファンの僕が短期間の「ジュリー史」猛勉強の過程で勝手に想像していた1案を書きとめておきましょう。
ズバリ「お前」=ショーケン説です。

僕がアルバム『JULIE Ⅳ 今 僕は倖せです』を初めて聴いたのは『ジュリー祭り』より少し前の2005年か2006年。その時は「セルフ・プロデュースで好きに作った等身大の名盤」くらいの感想だったんですけど、本格的にジュリー堕ち後色々と勉強するうち、「当時のジュリーの音楽(歌手)活動は何よりまず身近な仲間達とともにあった」ことが分かってきました。もちろん家族、恋人、友人も含まれます。
「題材がハッキリしていた方が書きやすい」と当時のインタビューでもジュリーが語っていたように、このアルバムの詞の内容は具体的なんじゃないか、と。
収録曲のうち「今、僕は倖せです」「誕生日」はそんな仲間達が総登場という歌ですし、「不良時代」は京都の旧友達のこと、「湯屋さん」は言うまでもなく裕也さんに捧げられたもの。さらに「気がかりな奴」はトッポじゃないかなぁと僕には思えたり。

で、「仲間」と言えばその頃のジュリーとすればまず井上バンド(当時の呼称は「井上堯之グループ」)で間違いないですが、裏ジャケット表記にもある通りジュリーの中ではそこにショーケンも加えた「PYG」継続への強い拘りがあったことが分かります。
バンドの仲間であり、歌手、芸能人としてのライバルでもあり盟友でもあるショーケンの存在を抜きにこのアルバム・コンセプトは成立しないような気がします。

アルバム制作の直前だったのでしょうか、72年にジュリーはショーケンと一緒にギリシャのエーゲ海に写真撮影の仕事に行っているんですよね。


Aegean84

↑ 『JULIE in AEGEAN』より

この頃は『女学生の友』連載などジュリーに「作詞」動機が盛んだったと思われる時期。忙しかったでしょうから現地でバリバリ作詞、というほどではなかったにせよ、帰国してから異国での仕事を思い返して曲作りのネタにしていた例はあるんじゃないかなぁ。
例えば「一人ベッドで」は、1日の終わりのホテルの部屋の心象だったりとか。
彼の地では少ないプライヴェート・タイムにショーケンとそれぞれの野心と言うか、今後の活動について語り合う機会もあったんじゃないか、その時の思いや共感が「お前なら」に反映されているんじゃないか・・・僕はそんなふうに考えてみたわけです。

そばにはいつも俺がいるよ
Cm                    A♭

恐れていないでやってみろ ♪
Cm                       D7   G7

この一人称の「俺」が強烈に「ジュリー」だと思うんですよ。ならば二人称の「お前」はジュリー以外に、ほぼジュリーと同格という感じで当時存在していたんじゃないか・・・それはショーケンしか考えられない、と。

これはたぶん間違った解釈ではあるんだけど、いつもお世話になっている「ジュリーひと筋」の先輩をして「彼も素敵だったわよ」と言わしめるほどのショーケン。
何度もそうしてタイガース直後のジュリーとPYGのお話を聞かせて頂いているうち、僕の中で「ジュリーと並び立つ」若いショーケンのイメージができあがり、あのジュリーが「俺」「お前」と呼び合う存在としてピッタリ当て嵌まるようになったのだと思います。
僕は『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事も後追いですが、72年のショーケンは本当にカッコ良い!
その活躍に、ジュリーはきっと「よし俺も!」と仕事への気魄を燃やしていたのではないでしょうか。

③「お前なら」と「ISONOMIA」

中止となったさいたまアリーナに、僕はYOKO君ともう1人音楽仲間の友人S君を誘っていました。
S君は昨年の50周年ツアー松戸公演も共にしましたが、ジュリーのLIVEで昨年と大きく異なるのは、演奏体制はもちろん、彼の知っているであろう曲がとても少ないというセットリストです。そこで僕は当日の帰りに「復習用」としてセトリ全曲を収録したCDを彼のために用意していました。
しかし公演は中止となり、「こうなったら俺も武道館に行く!」と言ってくれたS君(振替の大宮になる可能性も出てきましたが)にとってそのCDは結果「予習用」となったわけですが、後日CDの感想メールが届き、「特に気に入った曲」としてS君が挙げたのが

「カサブランカ・ダンディ」
「彼女はデリケート」
「お前なら」
「F.A.P.P.」
「ISONOMIA」
「核なき世界」
「A・C・B」
「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」

の8曲。
「A・C・B」あたりは絶対彼の好みだろうな、と予想していた中で、「お前なら」「ISONOMIA」については少し意外に感じました。特にジュリーファンでない人にとってはさほど強い印象が残る曲ではないんじゃないかな、と思っていたからです。
でもすぐに「そうか、S君はギタリストだもんな!」と納得(ギター演奏の技量は仲間内で彼が抜きん出ています)。あくまで僕がCDに収めたレコーディング音源の話として、今回のセットリスト中「ギター・アレンジ」に特化した演奏の魅力は、「お前なら」「ISONOMIA」・・・この2曲に尽きるのです。

2曲の共通点は、歌のメロディーとコード・バッキングがユニゾンしていること。
ただし、最初から「ギター1本のアレンジ」を念頭に白井さんが作曲、演奏した「ISONOMIA」(古稀ツアーのスタイルを見越してジュリーからアレンジ・アイデアのリクエストがあったのでしょうね。今にしてそれが分かります)が、「トニック」→「add9」→「sus4」のクリシェ音移動をそのままメロディーに採用しているのに対し、「お前なら」はジュリーが作ったメロディーに堯之さんが音節ごとにコードを当ててゆく、という土台からの綿密地道なアレンジ作業です。

俺    は 信   じ  る
G F# F  C    C# C  B♭  G  F  G

お前  の 未 来   を ♪
G F# F C   C#  C B♭ G  F  G

歌詞も含めて徹底した武骨なナンバーに堯之さんから渾身の「応え」が返ってきて、ジュリーはとても嬉しかったのではないでしょうか。
普通のギタリストやアレンジャーなら、もっと別の対位的な手管やフレージングを使って「ギタリストの主張」を振りかざしそうなものですが、「楽曲ありき」「歌ありき」のアレンジに堯之さんのジュリーへの親愛を感じます。
まるで、ジュリーの詞の内容がそのまま堯之さんの気持ちにリンクしたかのような・・・堯之さんにとってこの曲の「俺」が堯之さん自身で、「お前」とはジュリーを指す、というわけですね。
堯之さんだったら「ISONOMIA」をどんなふうに弾くかなぁ、と僕は今そんなことを考えています。

そして、長いファンの先輩方も「激レア」と驚いた「お前なら」の古稀ツアー・セットリストへの抜擢。
堯之さんが考案力なら、柴山さんは超一流の再現力・・・「お前なら」のオリジナル音源で堯之さんは3つのギター・トラックを重ねているのですが(ピアノ、ベースと共に歌メロとユニゾンするコード・バッキング・トラックに加えて単音のトラックが2つ)、柴山さんは今回のステージでそのすべてを一手に弾きます。
ジュリーが柴山さんを信頼するのは、人柄ととともにこの優れた再現力でしょう。

本当に見どころ、聴きどころ満載の貴重なセットリスト入り。S君が生でこの曲を体感して、一体どんな感想を持つか・・・今から楽しみにしているのです。


それでは、オマケです!
今日はMママ様からお預かりしている資料で、アルバム『JULIE Ⅳ 今 僕は倖せです』からのお題記事では恒例、『女学生の友』連載のフォトポエムをどうぞ~。


Photo72

Photo71

Photo73



さぁ、色々あった10月も今日で終わり。
明日11月1日、僕はポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行ってまいります。
「ポールのLIVEの一般販売でこんな席が来ることあるの?」とビックリ仰天の神席に恵まれ、自分史上最短距離までポールに接近してきますよ~。

ちなみに先日中将タカノリさんが断固ジュリー支持のネット記事を書いてくださいましたが、文中のポール・マッカートニーについての記述は大変な誤りです。
ポールが既にチケット発売された状態で日本公演をキャンセルしたのは、ウィングスとして来日した80年、大麻不法所持による入国拒否の時と、2014年5月の腸捻転発症によるツアー直前の公演中止(この時は僕も現場の国立競技場にいました)の2回のみです。それを「日本公演だけで約20回のドタキャン」とは中将さん、いくらなんでも盛り過ぎですよ!
当然、「2日酔いのためにキャンセルしたと思われる」日本公演などは存在しません。ジュリーファンのみなさまが、あの記事でポールについて誤った情報を身につけてしまわれないよう、切に願います・・・。

さて、ポールのパフォーマンスとセトリ次第では、僕はしばらく現実に戻ってこれなくなるやもしれません。よって、次回更新は何を書くか決めずにおきます。

とにかく寒暖の変化が厳しい季節です。
ま~た風邪をひいてしまわぬよう気をつけます。みなさまもどうぞご自愛を・・・。
次更新までの間、ジュリー古稀ツアー各会場のご感想などもコメントにてお待ちしております!

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2018年7月 1日 (日)

沢田研二 「背中まで45分」

from『MIS CAST』、1982

Miscast

1. News
2. デモンストレーション Air Line
3. 背中まで45分
4. Darling
5. A. B. C. D.
6. チャイニーズ フード
7. How Many "Good Bye"
8. 次のデイト
9. ジャスト フィット
10. ミスキャスト

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from『ROYAL STRAIGHT FLUSH 3』

Royal3

1. どん底
2. きめてやる今夜
3. 晴れのちBLUE BOY
4. 背中まで45分
5. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
6. ”おまえにチェック・イン”
7. 麗人
8. ス・ト・リ・ッ・パ・-
9. TOKIO
10. サムライ
11. 勝手にしやがれ
12. あなたへの愛

---------------------

7月です。
遂に古稀ツアーが始まりますね。長いじゅり枯れもあと数日の辛抱、というファンが多いでしょう。

僕もそうなんですけど、実はギックリ腰の症状が長引いて困っています。以前は1週間もすればなんともなくなっていたのが、今回はまだ体勢によっては痛みも残っていますし、サッサと歩くこともままなりません。
まぁ徐々に、少しづつですが良くはなってはいるんですけどね・・・とにかく治りが遅いのです。
仕事はともかくとして(←コラコラ)、ジュリーのツアー初日・武道館公演がこの状態ではマズい。なんとかそれまでに完治すれば良いのですが・・・。


さて今日は、古稀ツアーに向けての”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズ。腰を痛める前に途中まで下書きを済ませていた「背中まで45分」の記事を仕上げて更新しておきます。
今になってセトリ入りにまったく自信が持てなくなってきているんですが、いずれにしても50周年ツアーの選曲から漏れたシングル曲をここでひとつ書いておきたい、というのは以前から考えていましたので。

あと、アルバム『MIS CAST』って、暑さ対策になかなか向いていますよ~。
こちら関東では先の思いやられる暑さが続いていますが、みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。ダンディーな「背中まで45分」で納涼といきましょう!


①ジュリー流「ニュー・ロマンティック」本格化

70年代後半のニュー・ウェーヴ・ムーヴメントから枝分かれしたいくつかのジャンル・カテゴライズの中で、ジュリーは80年『G. S. I LOVE YOU』でネオ・モッズを、81年『S/T/R/I/P/P/E/R』でパブ・ロックを我がものとし、さて82年。「アルバムごとに変化を魅せる」ジュリーが挑んだ音は・・・『A WONDERFUL TIME.』がシティ・サウンドだったとすれば、『MIS CAST』はニュー・ロマンティックと言えるでしょう。

もちろん『A WONDERFUL TIME.』の時点でニュー・ロンティック的な手法は既に見えていますが、アレンジャーに白井さんを迎えたことでより徹底的に、革命的に音作りが変化しました。
83年に入るとシンセ・プログラミングの導入によりさらに拍車はかかるのですが、純粋な意味でのジュリー流ニュー・ロマンティックは『MIS CAST』にトドメを刺す、というのが僕の見方です。
一般的には82年という時期はニュー・ロマンティックなるジャンルも行き詰まり多種多様化して霧散したと言われますが、それはロンドン出身のバンドやアーティストを起点とした捉え方であって、この頃デュラン・デュラン(バーミンガム出身)あたりは最全盛期。
僕は最近スコアを入手したこともあって今ちょうどデュラン・デュランをよく聴いているのですが、82~83年のジュリー流ニュー・ロマンティックの手法との共通点は多いです。ちょっと挙げてみますと

・ヴォーカルのジュリーは当然として、エキゾティクス含めた「バンド」メンバー全員が美男子であり、ルックスのインパクトが音楽性とマッチしていること
・シングル盤をはじめプロモーション戦略で押し出される楽曲については、エンディングのミックスがフェイド・アウトであること
・楽曲のクオリティ-の高さもさることながら、PV的な作品世界観を重視していること

例えば今日のお題「背中まで45分」。
これまでテレビ出演でシングルが披露される場合、演奏はもちろん衣装や立ち位置まで生バンドならではの勢いを最重視したスタイルだったのが、この曲では生出演でそのままPVを表現しているような・・・。

長いファンの先輩方でも楽器に詳しくなければ「えっ?」と驚かれるかもしれませんが、「背中まで45分」のレコーディング音源って、シングル・ヴァージョンはエレキベースなんですよ。「俺、ウッドベース弾こうかな」と手を上げて録音したという有名な以前の逸話が示す通り、建さんはウッド・ベースの達人でもありますが、それは「背中で45分」についてはアルバム・ヴァージョンに限ります。
その辺りを混同した公式の商業誌掲載の文章も多いですけど、よ~く聴けばみなさまもシングルの方はエレキだと分かるはずです。
ただ、「シングル曲」としてテレビ出演する際の建さんはウッドベースを持っていますよね。何故か・・・その方が、PV的な完成度が高いからでしょう。映像の構図まで込みで「背中まで45分」という作品なのだと。
また、フェイド・アウト処理にも似た意味があります。PVというのは基本「エディット」しません。曲の最初から最後まで聴かせる、見せることで作品となります。
僕はどちらかと言うと「ばば~ん!」とキッチリ終わるエンディングの方がミックス、アレンジとしては好みですが、「背中まで45分」にフェイド・アウトは「絶対」の要素だと思います。エディットなんてできないし、途中を端折ることもできません。
しかもこの歌は「終わり」を描かないのがポイント。

それがちょうど それがちょうど 今
F#m7                                     B7

背中まで45分 ♪
Amaj7    G#m7

「今」のその先に起こること・・・ドラマなんかだと白いスモークがかかって大事なトコを隠すシーン(笑)が後に続くという、それがこの曲のフェイド・アウト。
ニュー・ロマンティックが流行した頃のロックって、フェイド・アウト処理自体がクールでカッコ良い、確かにそんな時代だったなぁと思い出します。

先の50周年ツアーで「背中まで45分」のセトリ入りが見送られたのは当然のこと。ワンコーラスだけ歌う、ってわけにはいかない曲ですからね。
ジュリーがじっくり、しっぽり、艶っぽくフルコーラスで歌う「背中まで45分」を今回の古稀ツアーでは改めて期待しようではありませんか。
さすがにフェイドアウトは無いとは思う一方、もし打ち込みが導入された場合は(この曲については可能性あり、と考えています。詳しくはチャプター③で!)、あり得ない手法ではないですよ~。

僕はアルバム『MIS CAST』からはまだ「ジャスト フィット」唯1曲しか生体感が無く、「背中まで45分」は未体験ジュリー・シングルとして残された数曲のひとつ。
個人的には一昨年の手術後によく聴いていたアルバムで、「音の噛みは過激なのに不思議な鎮痛効果がある」という観点に立てば、ジュリーが「背中まで45分」をシングルに抜擢したのはズバリの選択だったんじゃないか、と今になって思います。
是非1度は生体感してみたい1曲です。


②「背中まで45分」3つのヴァージョン聴き比べ

「3つ?シングルとアルバムともうひとつは何?」と、みなさま思われたでしょうね。
3つ目というのは


1806_051

井上陽水さんのアルバム『ライオン&ペリカン』収録のセルフカバー・ヴァージョンです。
聴いたことのある方もいらっしゃるでしょうけど、今日はせっかくの機会。まずはこの陽水さんのヴァージョンについて書いてみましょう。

僕が後追いで知った話によれば、陽水さんはジュリーの『MIS CAST』収録全曲の創作に没頭するあまり、ご自身のアルバムの収録曲が足りなくなってしまったのだとか。そこで「背中まで45分」と「チャイニーズ フード」を自らのアルバムにも収録するにあたり、ジュリーに「いいかな?」と尋ねてきたのだそうです。
ジュリーは「どうぞどうぞ!」と。
このあたりの経緯についてはラジオ番組『NISSANミッドナイト・ステーション』でジュリーが詳しく話してくれていますので、いずれ『MIS CAST』他収録曲のお題記事でご紹介するつもりです。

で、そのラジオ音源を聴いて僕は陽水さんのセルフカバー・ヴァージョンも聴いてみたくなり、『ライオン&ペリカン』を購入したというわけ。

ジュリーへの提供2曲を聴いて、まずビックリしました。
「背中まで45分」ですと、シンプルな16ビートのパターンを延々とリフレインするリズムボックスと、気まぐれなエレキギターのストローク。あとはベースと、擬似ストリングス(ギターを使用しているように聴こえます)、そして陽水さんのダブルトラック・ヴォーカル。
いくらなんでもこれは粗すぎるのでは、と思ったら、どうやらジュリーに渡したデモテープ音源をそのまま流用したらしいんですね。
そう知ると「粗さ」は逆にジュリーファンとして魅力に変わり、色々なことが見えてきて興味そそられます。
例えば「ここからちょっと歌お休みの間奏ね!」という箇所(15分前から5分前の間ね)の直前には突発的なフィル・パターンがプログラムされていて、陽水さんが楽曲全体の構成までしっかり決めてジュリーに届けていたことが分かります。陽水さん、相当入れ込んでノリまくってデモを作っていますね~。
もちろん陽水さんが提示した構成は、そのままエキゾティクスの演奏に引き継がれています。

では、ジュリーの2つのヴァージョンについて。
アレンジが異なるのにさほど印象の乖離を感じないのは、ジュリー・ヴォーカルの成せるところでしょう。でも実際アルバムとシングルでは相当違いますよ。

Senakamade


↑ 本日の参考スコアは歌本『YOUNG SONG』!


ジュリーはアルバム『MIS CAST』リリース時にラジオで「いろんな音が入っている」と紹介してくれています。「背中まで45分」のアルバム・ヴァージョンも当然その言葉通りで、シーケンサーのような音やギターの逆回転音が左右からひっきりなしに襲いかかってくる・・・いかにも白井さん、といった感じのS.E.ですね。

演奏トラックで特徴的なのはキーボードで、Aメロは
「シシシド#~ド#シ~、シシシド#~ド#シ~♪」
を貫き通します。ホ長調のコード・トーンとは言え、「F#m7」に行こうが「B7」に行こうがずっとその音階で不動となれば、若干の「居心地の悪さ」が出てくる・・・それが逆に気持ち良い、というわけです。
さらにBメロ(サビ)では「シ」の音を16分音符でひたすらに連打。抑揚の無い1音階を繰り返すことでクールなPV感覚が生まれ、歌がより映像的になります。

ところがこのキーボード・フレーズがシングル・ヴァージョンではバッサリ無くなります。
建さんが「シングル」向きに「シ~ド#~ソ#~、ド#~シド#レ#~シソ#ド#~ソ#~・・・♪」という新たなテーマ・フレーズを考案。
続いてBメロにはジュリーのヴォーカルを追いかけるディレイたっぷりのピアノ。これらは当然アルバム・ヴァージョンには無かった音です。

そして先述した通り、アルバム・ヴァージョンはウッドベースでシングルはエレキベース。これがいずれも素晴らしい名演!
特に好きなのがシングル・ヴァージョンのフレージングです。「E」の2小節、「C#m」の2小節、どちらのコードでも最初の1小節はビシッ!とミュートさせ、続く2小説目は冒険的なまでに音を伸ばす・・・「フレーズの終わらせ方」が決して安易に繰り返されない、一辺倒にならない、というところが建さんの真骨頂。

シングルとアルバムでヴァージョン違いのジュリー・ナンバーは数多くありますが、ここまで「音」自体が変化している曲は珍しいです。
圧倒的なジュリー・ヴォーカルに隠れていますが、白井さんと建さんがアレンジャーとして素晴らしい「職人」ぶりを発揮した、それぞれ甲乙つけ難い2つのヴァージョン・・・みなさまはどちらがお好みでしょうか。


③セトリ入りが実現したら、いつ以来?

もしセトリ入りしたら・・・簡単に、ではございますが今回もその見どころを2つの演奏スタイルに分けて書いてみましょう。

まず、伴奏がギター1本だった場合。先に少し触れたように、この曲については「生きてたらシアワセ」同様、打ち込みの導入を僕は考えます。プログラミングと相性の良い曲だと思うんですよ。「ループ」パターンが曲の雰囲気を壊さないのです。
打楽器音に限らず、アルバム・ヴァージョンでキーボードが奏でている
「シシシド#~ド#シ~、シシシド#~ド#シ~♪」
これをループさせればカッコ良い打ち込みになると思う・・・柴山さんはシングル・ヴァージョンの雰囲気でギターを弾くでしょうから、実現すれば2つのヴァージョンのアレンジ・アイデアが合体、ということになりますね。
となれば、フェイド・アウトの再現も視野に入ります。

一方、古稀ツアーで新たなバンドがお披露目されるなら、この曲はもうすべてのパートが見どころです。どんな感じになるのか、まったく予想がつきませんから。
手持ちのDVD作品に限って言うと、僕はこの曲のLIVE映像はたぶん観たことがないはず。
もしかして「背中まで45分」って、ここ30年くらいで考えると、長いファンの先輩方にとっても相当なレア曲、待ち続けている1曲ではないのですか?
僕の”全然当たらないセットリスト予想”が万一的中しサプライズが実現したら、一体いつ以来の生歌、生演奏になるのでしょう。期待したいです。

ジュリーのヴォーカルについては、やはり

それから よりそい 二人で 恋をし
Amaj7      G#m7     Amaj7    G#m7

長い廊下 転がされて
A

迷い込んだ ホテル ラウンジバー ♪
B7

ここでしょうかね~。
オリジナル音源を聴くだけでとろけそうな美声際立つ箇所ですが、生で聴くといかほどか、という。
ホ長調のキーで高い「ミ」の音を押してくるメロディーは、今も昔もジュリーにピッタリなのですね・・・。


それでは、オマケです!
『MIS CAST』ツアー・パンフレットから、まだ拙ブログ未添付のショットを数枚どうぞ~。


Miscast8

Miscast15

Miscast2_2

Miscast19

Miscast23


これにて、ポリドール期の『ROYAL STRAIGHT FLUSH』全3巻の収録曲もすべて書き終えました。10年も続けているとこのように色々と積み重ねも目に見えるようになってきますが、それでも「ジュリー・ナンバー」を全部書く、というのは一生かかっても無理。
終わりが見えないことがこんなに幸せとは・・・。


いよいよ週末の金曜日は待ちに待ったジュリー古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』初日、武道館公演です!
とにかく今回はどんな演奏スタイルになるのか、もしバンドなら新たにどんな顔ぶれとなるのか・・・本当に情報が無くてドキドキ感がいつになく凄まじい(笑)。
きっとみなさまもそうでしょうね。

セットリスト全体のコンセプトはLOVE & PEACEと予想しますが、じゃあどの曲を?と言われると難しい。
社会性の高いラインナップにはなると思う・・・ジュリー、きっと今「ブチかましたい」はずですから。ブチかます気持ちこそがジュリーの「冒険」、というのが僕の個人的な推測なのです。さぁ実際はどうでしょうか?

初日までにはもう1本、簡単なお知らせ記事(別館side-Bのご案内)を更新します。
今回は盟友・YOKO君の初日が10月のさいたまスーパーアリーナということで、拙ブログは3ケ月半に渡る長い長いネタバレ禁止期間に入りますが、それはあくまで僕が書く記事本文のこと。
コメント欄についてはツアーへの言及OKです。みなさまその点はどうぞお気遣いなきよう・・・。

とにかくあと5日のうちに、腰をなんとかせねば!
みなさまも、お身体のことはもちろん不慮のアクシデントなど、充分ご注意ください。

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2018年6月25日 (月)

沢田研二 「時の過ぎゆくままに」

from『人間60年 ジュリー祭り』、2008

Juliematuricd

disc-1
1. OVERTUREそのキスが欲しい
2. 60th. Anniversary Club Soda
3. 確信
4. A. C. B.
5. 銀の骨
6. すべてはこの夜に
7. 銀河のロマンス
8. モナリザの微笑
9. 青い鳥
10. シーサイド・バウンド
11. 君だけに愛を
12. 花・太陽・雨
disc-2
1. 君をのせて
2. 許されない愛
3. あなたへの愛
4. 追憶
5. コバルトの季節の中で
6. 巴里にひとり
7. おまえがパラダイス
8. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
9. 晴れのちBLUE BOY
10. Snow Blind
11. 明星 -Venus-
12. 風は知らない
13. ある青春
14. いくつかの場面
disc-3
1. 単純な永遠
2. 届かない花々
3. つづくシアワセ
4. 生きてたらシアワセ
5. greenboy
6. 俺たち最高
7. 睡蓮
8. ポラロイドGIRL
9. a・b・c...i love you
10. サーモスタットな夏
11. 彼女はデリケート
12. 君のキレイのために
13. マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!
14. さよならを待たせて
15. 世紀の片恋
16. ラヴ・ラヴ・ラヴ
disc-4
1. 不良時代
2. Long Good-by
3. 
4. 美しき愛の掟
5. 護られているI Love You
6. あなただけでいい
7. サムライ
8. 風に押され僕は
9. 我が窮状
10. Beloved
11. やわらかな後悔
12. 海にむけて
13. 憎みきれないろくでなし
14. ウィンクでさよなら
15. ダーリング
16. TOKIO
17. Instrumental
disc-5
1. Don't be afraid to LOVE
2. 約束の地
3. ユア・レディ
4. ロマンスブルー
5. TOMO=DACHI
6. 神々たちよ護れ
7. ス・ト・リ・ッ・パ・-
8. 危険なふたり
9. ”おまえにチェック・イン”
10. 君をいま抱かせてくれ
11. ROCK' ROLL MARCH
disc-6
1. カサブランカ・ダンディ
2. 勝手にしやがれ
3. 恋は邪魔もの
4. あなたに今夜はワインをふりかけ
5. 時の過ぎゆくままに
6. ヤマトより愛をこめて
7. 気になるお前
8. 朝に別れのほほえみを
9. 遠い夜明け
10. いい風よ吹け
11. 愛まで待てない
--------------------

from『いくつかの場面』、1975

Ikutuka

1. 時の過ぎゆくままに
2. 外は吹雪
3. 燃えつきた二人
4. 人待ち顔
5. 遥かなるラグタイム
6. U. F. O.
7. めぐり逢う日のために
8. 黄昏のなかで
9. あの娘に御用心
10. 流転
11. いくつかの場面
--------------------


またしても関西で大きな地震があり、痛ましい犠牲も出てしまいました。
カミさんの実家や友人達は無事でしたが、「地震国・日本」ということをどれほどの人が常に考えているのか、と改めて思いました。天災は防ぐことはできないにしても、そこで人災の被害が連鎖してはなりません。

僕はと言うと・・・実は先週、季節の変わり目の風邪予防だけに気をとられていたら、久々に重度のギックリ腰に見舞われ身動きがとれなくなっていました。
もしこんな時大きな災害に遭ったら、逃げることもできません。身につまされる地震報道でした。

さてそのギックリ腰ですが、職場で何の気なしに台車から梱包本を持ち上げた瞬間、「ぴき~ん!」と行きました。いわゆる「魔女の一撃」というやつです。
横着をして、膝を曲げなかったのが悪かったのですな・・・ヤバイ!と思った時は既に遅く、モノに掴まらなければ歩くこともできないという重度の症状に。
その日は同僚に車で家まで送って貰い早退。以後、ひたすら休養。先週木曜あたりの更新を狙って下書きしていた今日とは別のお題記事も未完成のまま頓挫し、ジュリー70歳の誕生日に贈る大切なこの記事も突貫の執筆となってしまいました。
休養さえしていれば徐々に回復する症状ではあるんですけど、ほぼ10年越しの拙ブログの大目標達成目前、想定外に追い詰められてとにかく焦りました。
なんとか今日の更新にこぎつけましたが、ほとんど走り書きのような記事で申し訳ないです・・・。

一応、古稀ツアーに向けての”全然当たらないセットリスト予想”シリーズの1曲。でも僕としては「これで『ジュリー祭り』の全82曲を記事に書き終える」という意義の方が大きい・・・今日はそんな感じの内容。
初日・武道館公演のチケットも届き(ステージ真横、視界の上半分が屋根という1階西スタンドの奥深い席を頂きました。どうやら前ツアーの驚異的な席運の反動が来たようです笑)、いよいよ「70越えのジュリー」をこの目にするんだ、と実感も沸いてきました。
お題の「時の過ぎゆくままに」・・・全ジュリー・ナンバー中、おそらく新規ファンが考察するには最もハードルが高い大ヒット曲でしょうが、半年間に渡る古稀ツアーの大成功祈願とともに、まだまだ痛みの残る腰を適度にいたわりつつ、頑張って書きたいと思います。


①約束の年がやって来た!

まずは・・・。
ジュリー、70歳のお誕生日おめでとうございます!

Paper011


↑ 毎年恒例、「ありがとう」と言ってそうな若きジュリーのショット。これは45年前くらいでしょうか?

古来稀なる歌手・ジュリーの祈りが、すべての人に届きますように。


今日は恐縮ながら個人的なお話から。
初のジュリーLIVE参加となった『ジュリー祭り』東京ドーム公演から半年、2009年の『Pleasure Pleasure』ツアーは、「自分はジュリーファンである」ということが僕自身の身の丈に合ってきた、自分でしっくりくるようになった・・・そんなツアーでした。
公演参加回数も過去ツアーの中では一番です。
このツアーでのジュリーのMCは、おもに前年末に大成功をおさめた二大ドーム公演の振り返りと、「ワタシの70越えを見届けて下さい!」宣言でした。
ファンになったばかりの僕は、初めてジュリーと「約束」をしたような気持ちになったものです。10年近くも先のことで、まだまだ遠い将来で、その日が来るという実感など持てないままのヒヨッコ時代の約束でしたが、ずっとファンであり続けたまま、遂に時は来ました。
長かったのか、短かったのか・・・。

僕が「ジュリー70越えまでに、鉄人バンドのインスト2曲も含めた『ジュリー祭り』セットリスト全82曲のブログお題記事を書き終える」ことを思いついたのは、そんな『Pleasure Pleasure』ツアーMCを受けて、1ファンとして「ジュリーとの約束」のつもりでいました。
それを宣言(と言うか文字にして退路を断ち自らに絶対の目標を課す)した時には、「大変な公約をしてしまった。そんなこと本当にできるのかいな」と我ながらビビッたものです。「我が窮状」なんてどういうふうに書けばいいんだろう、と心配したりね。

「10年あれば大抵のことは成し遂げられる」
依知川さんがエッセイに書いていらした言葉です。
僕はとりたてて何の才も持たない凡人ですが、コツコツと積み重ねることだけは昔から得意。先の見えない目標に向かって不安を抱えつつ、それでもそれなりの計画性を持って取り組んでいたら、いつしか「行ける!」と手応えも感じるようになりました。
ラスト1曲を「時の過ぎゆくままに」にしようと決めたのは、そんな手応えが出てきてから。
言わずと知れた有名な曲ですが、時代背景や作曲時の逸話等々、ジュリーファンとなって初めて知ることがとても多く、『ジュリー祭り』以降の僕自身の「じゅり勉」を象徴する曲だと思ったのと、やっぱり「キマる」じゃないですか。大トリがこの曲、というのは。

そしてやって来た今年、2018年6月。ジュリーの誕生月。目標達成までこの「時の過ぎゆくままに」1曲のみを残す状況になって、ハッキリ言って僕は「ここまで来たらもう大丈夫」と油断しました。
慢心を突くがごとき「魔女の一撃」。
お題記事執筆までに全話を鑑賞予定だった『悪魔のようなあいつ』も観ること叶わず、この一週間はひたすら静養するしかなく・・・この記事は僅か2日で仕上げなければならないところまで追いつめられました。
「ギックリ腰のため目標達成ならず」なんてことになったら、この10年コツコツ頑張ってきた過去の自分に申し訳なさ過ぎる!
ということで、なんとか頑張りました。

古稀ツアーのチケットも第1陣が到着し、初日までのカウントダウンが始まる・・・ちょうど今、ジュリーファンが一番ソワソワ、ウキウキする時期です。そんな時、「魔女の一撃」は忍び寄るのだと思います。
みなさま、ゆめゆめ油断なさいませぬよう・・・。


②『悪魔のようなあいつ』と『いくつかの場面』

先述の通り、僕はこの日の更新に向けてDVD『悪魔のようなあいつ』全話鑑賞を目指してきましたが無念ながら間に合いませんでした(現在は第6巻、良が野々村さんの銃を奪って逃走する話まで鑑賞済み)。
ですからドラマの総括などは今回ここではできないんですけど、「時の過ぎゆくままに」の考察でこの作品に触れないのは片手落ち・・・少し書いておきます。

Akuma

僕は『ジュリー祭り』以降ジュリーについて基本的なことから勉強を始めるその前までずっと、ジュリー最大のヒット(セールス)シングルは「勝手にしやがれ」だとばかり思い込んでいました。
そうではなくて「時の過ぎゆくままに」が最大のヒット曲で、かつて『悪魔のようなあいつ』なるTVドラマがあり(先輩方にとっては信じ難いことでしょうが、僕がこのドラマの存在を把握したのは2009年になってからです)その劇中歌でもあった、と知った際には、「なるほど、大流行したドラマとのタイアップで爆発的に一般大衆に浸透した大ヒットのパターンか~」と勝手に合点。
例えば、僕が小学生の時初めて自分で買ったシングル・レコードはゴダイゴの『ガンダーラ』。当然、当時ゴールデンタイム放映のドラマ『西遊記』を観ていたから主題歌のシングル盤が欲しくなったわけで、そういう人達が全国各地にたくさんいて、「ガンダーラ」大ヒットに繋がったのです。75年の「時の過ぎゆくままに」においても世間にそれと同じムーヴがあったのだろう、と僕はまず考えました。

しかし『悪魔のようなあいつ』が決してゴールデンタイムの流行ドラマなどではなく、視聴率も苦戦していたと分かったのがさらにその数年後です。

今回DVD全話鑑賞が間に合わなかったのは、もちろん時間のことやら腰痛のことやら色々な理由はあるのですが、一番は「サクッと気軽に観流せる内容ではない」という、ヒヨッコならではの「想定外」に惑わされたこと・・・正直、ここまで濃厚だとは予想していなかったんです。完全に深夜枠映像じゃないですかこれ。
「リアルタイムでは親が見せてくれなかった」と仰る先輩方がいらしても不思議はありません。

ですから「時の過ぎゆくままに」の大ヒットは、90年代で言うところの「トレンディードラマ・タイアップ」のセールス戦略とは似て非なるもの。
当時流行の対象から逸れ気味だったドラマは後に伝説的な再評価を得て、「えっ、あの”時の過ぎゆくままに”って劇中歌だったの?」と後追いで知る人(←僕です)が出てくる・・・世間的にはそういう順序になります。
純粋に、詞とメロディー、歌が素晴らしかった、何か得体の知れないエネルギーを抱え鬱屈しつつも外の世界へと気持ちが向かっていた1975年の一般大衆の心をジャストに捕えた・・・そんな大ヒット曲だったのですね。
ただ、その詞とメロディーを生んだのが『悪魔のようなあいつ』だったことは厳然たる事実。そこはジュリーファンが後世、伝えていかなければいけません。

いずれにしてもリアルタイムでこのドラマを観ていた先輩方が語る「時の過ぎゆくままに」と、僕のような後追いが頭だけで当時の状況を考えて語るそれとではレベルが違う、と思っています。
「私達の妄想がそのまま映像になってるんだから、そりゃ大変だったわよ」とは、先月お会いした師匠のお言葉(笑)。なんでも、毎週の放送が終わったら速攻でお友達から「観た?」と電話がかかってきていたとか。

また、放映開始前から胸ときめかせていた先輩方・・・そのお一人であるMママ様が、貴重な当時の新聞切り抜きを5種類も残してくださっています。

Tokisugi1

Tokisugi2

Tokisugi3

Tokisugi4

Tokisugi5

こうしてみると、やはり放映前は「あのジュリーが3億円事件の犯人役を!」というだけで世間の注目度は高かったと分かります。
残念ながら視聴率は伸びず・・・そのあたりは『愛をもとめて』でジュリーも「もっと頑張らないと」と語っていたりしますが、それはまたいずれの機会に。

そうそう、僕は三木聖子さんが「まちぶせ」の元祖であることを昨年知ったばかり。
ジュリー以外の出演者についても、この先「そうだったのか!」と知ってゆくことは多いのでしょうね。


アルバム『いくつかの場面』から僕がこれまで生体感できているのは、お題の「時の過ぎゆくままに」と「いくつかの場面」。ただ、この2曲以外の収録曲は今後のLIVEでセトリ入りすることはないように思います。

27歳のジュリーが歌う、当時の若者達の無軌道、純情、破綻。及川恒平さんや加藤登紀子さんの作品だけに限らず、深い社会性を採り入れたトータルイメージは、不思議に古稀・ジュリーの行く道と重なります。
個人的にはこのアルバムでは「U. F. O.」と「人待ち顔」が頭抜けて好きですが、やはり「時の過ぎゆくままに」で始まり「いくつかの場面」で終わる・・・ハッキリそのように構成された1枚ですよね。
数あるジュリー・アルバムの中でも特に「曲順の必然性」が強い名盤ではないでしょうか。


③バンドで聴きたい!普遍のギター・フレーズ

ギター1本の伴奏パターンも想像することはできるけど、「時の過ぎゆくままに」は個人的にはどんなビートものよりも、バンド編成で聴きたい1曲です。
同時に、若手を起用した新しいバンド結成が古稀ツアーでもし実現するなら、絶対にセトリ入りして欲しい定番ヒット曲でもあります。この名曲の普遍性を次代に繋ぐ歴史的なシーンになる、と思いますから。

僕は先の17日、新宿の朝日カルチャーセンターで人見先生(←今回は講義でしたからこの表記で)の『ピーが語るポップスの変遷』に参加してきましたが、「メロディーに国境はない」とのコンセプトのもと、「時の過ぎゆくままに」の紹介もありました。
(ちなみに、タイガース・メンバーによるジュリー古稀お祝いの会には、先の入院で心配されたサリーも元気に出席予定、とのことでした)

「雅(みやび)」の階級意識よりも「俗(ぞく)」の大衆性を説く人見先生のお話は、そのまま「時の過ぎゆくままに」の優れた「俗性」に重なる、と感じました。
そう、とても良い意味を込めて敢えて表現するなら、これは本当に「俗っぽい」メロディーなんですね。
そもそも大野さんは、バラードであってもメロディーが和音より前に出てくると言うか、ハキハキしているのが大きな魅力。それが阿久さんの詞と合うのです。

時の過ぎゆくままに この身をまかせ ♪
   G             B7       C       D        G

これまで何度か書いてきたように「G→B7」は「ポップス」解説には必ず登場する王道の(「俗」の)胸キュン進行。その進行代表例として「時の過ぎゆくままに」は地位を確かなものとしています。

だからこそ、です。
このメロディーを大ヒットに導いた他の要素、阿久さんの詞であり、堯之さん考案のギター・フレーズであり、4ビートのドラムスであり、シンプルなベースであり・・・偉大なポップス・スタンダードのすべてが、本家のジュリー・ヴォーカルのバックで次代のバンドに受け継がれる歴史的シーンを観てみたい、と僕は思います。
だって・・・これほどまでに「演奏者を選ばない」スタンダード・ナンバーは本当に珍しいのですよ。

こう書くと、もしかしたら「いや、”時の過ぎゆくままに”は堯之さんのギターでなければ」と反論する先輩方もいらっしゃるかもしれません。
でもね、考えてみてください。「危険なふたり」や「恋は邪魔もの」ならいざ知らず、「時の過ぎゆくままに」のギターをみなさんプレイヤーで区別できます?

例えば「時の過ぎゆくままに」の過去幾多の演奏音源から、リードギターのパートだけを抜き取っていくつか並べて聴いたとします。どれが堯之さんで、どれが柴山さんで、どれがそれ以外で・・・とスラスラ答えられる人は100人に1人もいないでしょう。
少なくとも僕には判別は無理です。
「危険なふたり」と違い「時の過ぎゆくままに」のあのイントロのギターは、どんなギタリストがどんなモデルで弾いてもまったく同じ運指にしかなりようがない「絶対」のフレーズなんですよね。だから、「堯之さんの考案力」を僕はこれまで何度も書いてきたのです。
驚異なまでに普遍的フレーズを大野さんのコード進行に載せた、という素晴らしさです。

神技でもない、難しい指使いでもない。ある程度ギターを嗜む人なら素人でも弾けるフレーズ。
でも「こう」しか弾けない。弾き手の「我流」を許さない。

Tokisugiint


↑ 同い年の男性ジュリーファンの友人がお持ちの、貴重な「時の過ぎゆくままに」バンドスコア。有名な曲ですから巷に多くのピアノ譜、ギター譜は溢れていますが、演奏全パート同時進行採譜のバンドスコア資料は本当に珍しいです。

誰がギターを持っても、誰が再現しても、上画像のTAB譜の通りに弾く以外ないギター・フレーズ。
作曲した大野さんももちろん凄いですが、このフレーズは正に堯之さん渾身のオリジナル!


「時の過ぎゆくままに」のギターについては、堯之さんと柴山さんのやりとりの話が有名ですよね。僕は、あの話はジュリーファンにちょっと誤解も含んで広まっている、と感じています。
堯之さんの「こっちがオリジナル」発言は、柴山さんの音や弾き方がオリジナルとは違う、と言っているのでは決してなく、この普遍的フレーズの「考案者は自分である。元祖である。自分以外の誰が弾いても、それは「元祖のフレーズを次世代として受け継ぐ側」の演奏となる、という意味なのです。
もちろん柴山さんにその意は伝わっています。いかにも堯之さんらしい、柴山さんの技量にもリスペクトのあるギタリストならではの言葉だということも。
先輩方の間で言われているように、「ムキになって張り合った」内容ではないと僕は思うんですよ。
もし「張り合う」気持ちが2人にあったとするならば、それはギターの良しあしではなく、「ジュリーの隣にどちらがふさわしいか」という存在意義みたいなことです。ですから柴山さんの「回数なら僕」というのは、その意味で絶妙の切り返しなのですね。これには堯之さん、「1本とられたな~」と思ったはずですよ。

何故堯之さんが晩年まで「時の過ぎゆくままに」のギターに拘り、弾き続けたか。
それは「後に残そう」という、「元祖の人」でしかあり得ない衝動、伝授の志だったんじゃないかなぁ。

もちろん堯之さんのこの曲への貢献はイントロのギター・フレーズにとどまりません。

からだの傷なら なおせるけれど
      Em             Am               Em

心のいたでは いやせはしない ♪
G          Em   Am               D

以前「今、僕は倖せです」の記事で書いたように、「沢田がこう歌っているから、こうなるんだ」という綿密な構成によるフレージングこそが堯之さんの真骨頂。
「時の過ぎゆくままに」のあのジュリーのヴォーカルに、第2の旋律を差し出すかのような裏メロでの絡み。これもまた僕ら聴き手としては「これ以外ない」という絶対のギターですよね。
古稀ツアーのセットリストで、ジュリーは当然堯之さんのことも考えたと思います。そこで、堯之さんの作曲作品より先に「時の過ぎゆくままに」のギター・フレーズをジュリーはまず想ったのではないでしょうか。

堯之さんの旅立ちの悲しい知らせから、まだ2ケ月も経っていません。
僕も、このタイミングで「時の過ぎゆくままに」の記事を書くとなれば、やはり堯之さんのことばかり書いてしまう・・・でも、それがこの曲の本質、とも思えたり。

今回、必ず歌われる曲だろうと予想しています。


それでは、オマケです!
まずは、『ヤング』バックナンバーから75年9月号。

750901

750902


続いて『プレイファイヴ(限界なき男ジュリー)』から、まだブログで添付していないショットを数枚!

197502

197504

197508

197512

197516

197517

197524

197526


さぁ、これにて「ジュリーの70越えまでに『ジュリー祭り』セットリスト全82曲のお題記事を書き終える」という拙ブログの大目標は達成できました。
「才は無いけどコツコツ積み重ねるのは得意」などと先に書きましたが、読んでくださる方々がいらっしゃる、その励みなくしては到底為し得なかったことです。
本当にありがとうございました。

また次なる新たな大目標を近いうちに見つけたいと思っています。ジュリーが今回の古稀ツアーで早々にヒントをくれそうな予感・・・楽しみです!


では次回更新は・・・古稀ツアー初日・武道館公演までまだ日にちもありますので、腰を痛める前に3分の1ほど下書きを済ませていたセトリ予想記事を、せっかくですので仕上げておきたいと思います。
お題は先の50周年ツアーでは選曲から漏れたシングルで、今になって「セトリ入りはちょっと難しいかなぁ?」と弱気になっているのですが・・・。

ともあれ、あと10日ほどの間に腰を元の状態に戻さなければ。武道館スタンド席は立ち位置が狭い上に傾斜が急ですから腰への負担も大きいのです。
みなさまもお身体万全を期して、それぞれのツアー初日をお迎えください。

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2018年6月15日 (金)

沢田研二 「君のキレイのために」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

この一週間、全国各地のジュリーファンの話題は『セブンスターショー』が攫っていたでしょう。
いやぁ堪能しました。
冒頭「1本だけ残されたテープ」のテロップにまず感動。TBSさん、よくぞ保管されていました!

期待通りの綺麗な映像でしたね。オープニングのジュリーの顔の黒さなんかは、今まで観ていた画質のものではよく分からなかったですから。
最も印象深かったのは「悪い予感」。
多くの先輩方が放映前にこの曲を「楽しみ!」と仰っていたのも大納得。あれは凄い・・・ジュリーの素晴らしさはもちろんですが、2階立てセットの2階部がリズム隊、という無理矢理なセッティングをまるで苦にしない井上バンドの演奏は「ブラボー!」のひと言です。
「絆」は僕の手元にある2つの音源いずれのヴァージョンとも違いました。この曲は少なくとも3つのヴァージョンが存在するんですね。
あと、堯之さんってノッってくるとブラッシングの鬼になるんですねぇ。「危険なふたり」「お前は魔法使い」「気になるお前」の後半にそれがよく表れていました。

明日の『キラリ・熱熱CLUB』も楽しみです。


ということで、本当に良いものを見せて頂いた勢いに乗って、今日はジュリーの古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』に向けて”全然当たらないセットリスト予想”シリーズ、第2弾の更新です。
お題はアルバム『耒タルベキ素敵』から「君のキレイのために」。なおかつこれは『ジュリー祭り』セットリスト、鉄人バンドのインスト2曲を含めた全82曲のうちいよいよ81曲目のお題記事となります。
気合入れて頑張ります!


①問答無用の大名盤!

西暦2000年リリース、全23曲収録。
世紀の大名盤『耒タルベキ素敵』。これはもうジュリーファンならば一家に1枚(2枚組ですけどね)、「マスト」なアルバムです。

最近になってジュリー堕ち、或いは中抜けから復帰されてこれから未聴のオリジナル・アルバムの大人買いを始めようという方がもしこの記事を読んでくださっていたら、何はともあれ『耒タルベキ素敵』。紙ジャケの本来の形状で普通に販売されている今のうちにまず購入されることを強くお勧めいたします。
なにせ、収録曲のLIVEセトリ入り率が高い!
10年前の『ジュリー祭り』が初参加という僕ですら、これまでアルバム収録全23曲のうち「A・C・B」「ねじれた祈り」「世紀の片恋」「アルシオネ」「遠い夜明け」「確信」「マッサラ」「無事でありますよう」「君のキレイのために」「everyday Joe」「生きてる実感」「この空を見てたら」「耒タルベキ素敵」と、13曲もの生歌、生演奏で体感済み。キャリアの浅いファンがツアー予習をするには最適のアルバムですよ~。
ちなみに僕がまだ未体感の収録曲ですと、「あなたでよかった」あたりが古希ツアーのセトリ入り可能性大、と考えています(依知川さんが歌ってくれた「あさいち」のLIVEで聴けてはいるのですが、ジュリーのステージではまだ聴いていません)。

アルバム最大の個性はアレンジャーの白井さんが引き出しを全開にしての異常なまでの作り込み。
もう1点はミックスの徹底したコンプレッサー処理で、その意味では『G. S. I LOVE YOU』のコンセプトを音響的に引き継いでいると言えるでしょうか。
単に「ハード」なだけのアルバムではないですね。ベースのイコライジングがハイ強めというのも、2001~05年の後続のハードロック期と一線を画します。

さて本日お題の「君のキレイのために」。
手持ちの過去ツアーDVD作品群を観ていても、「この曲はセトリ入り率が高いんだな」と感じますし、『ジュリー祭り』『奇跡元年』とジュリー本格堕ち最初期に続けてLIVE体感しましたから、「セットリスト定番」として早々に僕の頭に叩きこまれた1曲です。
ところが『奇跡元年』以降不思議にご無沙汰なんですね。もう9年ジュリーはこの曲を歌っていません。ツアーの編成がどんな形になるにせよ、さすがにそろそろ来るんじゃないですか~?
前回記事で少し書いたように、もし古稀ツアーのセットリストの一部が「月替わり」スタイルという僕の予想(希望)が実現したら、これはもう大有力候補曲。
久々の生体感を切望しているファンもきっと多いのではないでしょうか。期待しましょう!


②DYNAMITEも憧れの(笑)主夫生活

「LIVE映えする強烈なビート・ロック」とひと言で括ってしまうにはあまりに仕掛け盛りだくさん、色々な意味で「面白い」ナンバー。それが「君のキレイのために」。
まずファン周知のことですが、「ジュリーと縁深い作曲家に1人1曲ずつ依頼」とのコンセプトから当然選ばれた大沢誉志幸さんが、代表作「”おまえにチェック・イン”」へのオマージュをこの曲に盛り込みました。

ただ、「”おまえにチェック・イン”」と「君のキレイのために」って、同じ「ビートもの」でも曲想はまったく違うんですよね。
ここでの大沢さんのオマージュとは、ポップな進行の伴奏部に「tu,tu...」というキメのコーラスを載せた、という1点だけ。本質的にはバリバリのニュー・タイプな「新曲」なんです(大沢さんの提供曲で短調のジュリー・ナンバーはこの1曲のみ)。
これは、メジャー進行に載せた「tu,tu...」のコーラスをマイナー進行に載せたらどうなるか、という大沢さんの遊び心が生み出したちょっとした仕掛け。ジュリーが歌うことによって、ファンが「あ、チェックインと同じコーラスだ」と喜んでくれる・・・大沢さん、そしてアレンジの白井さんとしては「してやったり」だったでしょうか。

曲のキーは嬰ト短調。歌メロに入ってしばらくは王道パターンで進行しますが、サビで一変します。
まず同主音による転調があり、キーは変イ長調へ。

このままの僕でいい ♪
      A♭       Cm7

しかしその直後

君はいつも言うけど ♪
E♭m    F7         B♭m

ここは変ロ短調への移旋があり、それを起点に

はかり しれない愛だろうか 季節いくつ分の
      C#m  D#7     G#m    C#7    E     F#    D#7

君はまだ まぶしいな ♪
         E    F#        G#m

シレッと元の嬰ト短調に戻っています。
最初から最後まで王道を貫く「”おまえにチェック・イン”」とは似ても似つかぬ、メチャクチャ複雑な進行。それをハードに演奏するとなると、普通に考えれば「難解なロック」になりそうなものですが、「君のキレイのために」のこの親しみ易さはどうでしょう。
それが、ジュリーファンにとって馴染みの深い「tu,tu...」コーラスを前もって提示させていた効果であり、さらには覚さんの歌詞の効果でもあると僕は考えます。

君がもっと輝くなら  オフィスの視線浴びといで
G#m E      B      D#  G#m     E        B          D#

ハウスキープはまかせてよ  仕事より楽園 ♪
F#                  D#          G#m   C#m      D#

現在ではもう「ハウス・ハズバンド」スタイルの家庭も珍しくない世の中になっていますが、2000年当時ってどうだったのかな。歌詞中に「後指」なんてフレーズも登場しますし、世間の認知度はまだまだだった・・・?

嫁さんがバリバリ働いてくれるなら、そりゃ夫としては「仕事より楽園」だよなぁと、僕なんかは主夫生活というものに憧れがあります。まぁ若い頃にそんなことを言ってるとそれはハウス・ハズバンドじゃなくてヒモだろう、という話にもなりかねませんが、個人的には夫婦のライフスタイルとして全然アリだと思いますし、実際この先日本でもどんどんそうした家庭は増えていくのではないでしょうか。
でも「働くより楽をしたい」なんて男の方が安易に考えてちゃきっとダメですよね。「ハウスキープはまかせてよ♪」の心意気がまず先に無ければ・・・。

「君のキレイのために」の主人公は、おそらく主夫生活をスタートさせたばかり。
気を遣ってあれこれ頑張っているんだけど、帰宅した奥さんからダメ出しを食らって「役立たずゴメン!」と。
「笑って長い目で見て貰えている」状況が目に浮かぶ・・・まったくギスギス感が無いんですよね。
短調のハードロックがこれほど楽しく愉快に聴こえるのは、覚さんのこの詞をジュリーが完璧にストーリーに「ノッて」歌えているからでしょう。意外とジュリー自身にも主夫願望がチラリ程度にはあるのかな?

「主夫」先駆けのロッカーと言えば誰あろうジョン・レノンです。75年にリリースしたカバー・アルバム『ロックンロール』から、遺作となってしまった80年リリースの『ダブル・ファンタジー』まで5年間に渡る創作活動の空白。「子供以上の創作物は無い」と言ったとかいう話を昔何かの本で読みましたが、要は妻ヨーコさんに外のことを任せて家庭を護っていたわけです。
男性が専業主夫であることにまだまだ偏見のあった時代、もちろんそれができる環境が整っていたとは言え、ハウス・ハズバンドのスタイルを自然に先取りできる感性はジョンならでは。

2003年のインタビューでジュリーは、そんなジョンの主夫生活についてリアルタイムでは否定的だった、と明かしています。「そんなことしてないでアルバムを出してくれ」と思っていたのだとか。
でも後々「そういうのもアリか」と考えが変わってきた・・・それもまたジュリーならではの感性。
「君のキレイのために」で覚さんはジュリーの本質を突いた、と言えそうです。もしくはジュリーからある程度詞の内容についてリクエストがあったか。
いずれにせよ、「ジュリーの歌を作詞する」となった時、男性作家にこの発想は無理でしょう。

何にも囚われず人の考えないところを考える、これぞジュリー。そしてジュリーの場合はその「考え」が自作詞、提供詞問わず即座に歌となる、ロックとなる。
素敵過ぎます。
ジュリーならば、ハウス・ハズバンドとロックシンガーは兼務で行けるでしょう。僕は今年『耒タルベキ素敵』をリリースした年のジュリーに年齢が追いつきますが、いやはやここまで人生の出来が違うものか、考え方や取り組み方の境地が届かないものかと、当たり前のことながら一層憧れを強くするのでありました。


③「走る古稀ロッカー」に期待!

ジュリーがステージ狭しと駆け回る圧巻のパフォーマンスを魅せるセットリスト定番曲と言えば「愛まで待てない」と「君のキレイのために」。
「愛まで待てない」の方は『ジュリー祭り』以降も定期的に採り上げられ、先の50周年ツアーでも歌われました。「みなさま(お客さん)からはスキップしているように見えるかもしれませんが、本人は走ってるつもり」という自虐MCもすっかりお馴染みとなりましたが、いやいや僕らも間違いなくジュリーが「走っている」と観ていますよね。
そんな「疾走するジュリー」の姿を今度は古稀ツアー、「君のキレイのために」で見たい・・・これは僕だけの願望ではないでしょう。

70歳ともなれば確かに体力的には「しんどい」なんてレベルではないはずです。でもジュリーって、「だからおとなしく座って歌う」とは考えなさそう。
なんとか工夫して「走る曲は走るんだ」とあの手この手を凝らしてくるのではないでしょうか。
ジュリーが歌いたい歌を歌いたいように歌えるならば、究極を言えばキーを下げるのもアリだと僕は以前から思っているんです。
最近メディアでジュリーのことを採り上げてくださるプロのライターの方々が増えているのはとても嬉しく思っているけど、いかにもすべての曲をオリジナル・キーで歌っているかのように伝わってしまう文章表現はどうなのかと思う・・・ジュリーだって、例えば50周年ツアーで僕が柴山さんのフォームで気がついたものだけでも「あなたへの愛」「CHANCE」など下げている曲は下げているのですからね。
だから、「君をのせて」や「勝手にしやがれ」のあの高音を今でもオリジナル・キーで歌っているんだよ、という書き方でジュリーの喉、声の凄さを具体的に伝えるのが良いんじゃないか、と個人的には考えます。

ただ「君のキレイのために」について言うと、これは移調泣かせの曲ではあるんですね。
キーは嬰ト短調(サビ前半は同主音の転調があって変イ長調(嬰ト長調に同じ)。だったら半音下げのGmでも問題なさそう、と考えるのは早計です。
何と言ってもこの曲はイントロと間奏に

E→F→F#→G→G#→A→A#→B→C→C#→D→D#

と駆け上がる凄まじいフレット移動が登場します(最後のD#がそのまま嬰ト短調のドミナントとなる白井さんのアレンジ渾身の仕掛け)。
スタート地点の「E」は通常チューニングの6弦ギターで出せる最低音で、これをもし曲のキーを半音或いは1音下げて演奏するとなるとギタリストはフレットの高いポジションから最初の音を展開していかねばなりません。低い音から高い音へと駆け上がるニュアンスが希薄となってしまうのです。
オリジナル・キーとギター・アレンジが一体となっているナンバー・・・ジュリーは意地でもこの曲のキーは下げないでしょう。その上で、走る!
もし古稀ツアーでこの曲が採り上げられたら、「今、目の前で本当に凄いことが起こっているのだ」と考えて間違いはありませんよ~。

当然、セトリ入りの暁に僕が一番注目しているのはそのギター演奏箇所です。
バンド編成であれギター1本の伴奏であれ、そこは不動のポイント。
忙しく動き回る進行の曲って、意外とギター1本だけの伴奏でド迫力が増すものです。それに、後追いファンの僕はまだ下山さんの演奏でしかあの箇所を体感できていません。柴山さんだとどんなフレット運びになるのか・・・すべて横移動で魅せてくれるかもしれない、と楽しみにしています。
一方古稀ツアーがバンド編成だとすれば、この曲も前回お題「生きてたらシアワセ」同様僕はまだ「ベースあり」を生体感できていませんから、そこがまず大きな楽しみ。あと、スネアのチューニングにも注目しています。

いずれにしても、近年の「愛まで待てない」にも勝るジュリーの激走&シャウトに期待したいですね。


それでは、オマケです!
今日は昨年『まんだらけ海馬店』さんのジュリー生誕祝いの時に購入した(今年はまだ行っていないのです・・・)ミュージカル『ペ-パー・ムーン』2000年再演時のパンフレットから、数枚のショットをどうぞ~。


Papermoon1

Papermoon2

Papermoon3

Papermoon11

Papermoon15


このパンフ、元の持ち主様が最後のページにご自身が参加された『ペーパー・ムーン』公演のチケットを綴じて残していらっしゃるんです。かめありリリオホールが1枚と、シアターコクーンが2枚。
2000年のこの公演を3度も観劇されている、その道の大先輩。思うところありやむなく手放されたであろうパンフを今僕がこうして手にとっているわけで、素敵なご縁を感じつつ「有難いこと」と感謝に堪えません。
どこのどなたかも分からないのですが、この場を借りまして御礼申し上げます。


では次回更新は・・・う~むどうなりますか。
6月25日、ジュリー70歳の誕生日に「時の過ぎゆくままに」を書くというのはずっと以前からの確定路線ですが、その前にもう1曲、書けるかどうか・・・。微妙です。
もし書けそうだったら、50周年ツアーでは歌われなかったシングル曲をお題に、と考えています。

梅雨のうっとおしい天気が続きますが、もうすぐ古稀ツアー・チケットの第1陣が届けられるでしょう。
楽しみに待ちながら、ツアー初日に向けてしっかり体調管理ですね。
僕は今回の初日・武道館公演、ご事情あり参加が叶わない、というかたの思いを持って・・・そんな気持ちをこれまでになく強く胸に刻んで今を過ごしています。
元気にこの梅雨を乗り切りたいと思います。

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