瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!

2017年4月14日 (金)

沢田研二 「片腕の賭博師」

from『チャコール・グレイの肖像』、1976

Tyakoruglay

1. ジェセフィーヌのために
2. 夜の河を渡る前に
3. 何を失くしてもかまわない
4. コバルトの季節の中で
5. 桃いろの旅行者
6. 片腕の賭博師
7. ヘヴィーだね
8. ロ・メロメロ
9. 影絵
10. あのままだよ

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朝、新聞でキナ臭いニュースを読み、浮かぬ顔のままに洗面所で「へ~くしょん!」とやった瞬間に首の真後ろが「ぴき~ん!」となって悶絶しました。
ただただ情けない・・・。

さて、気がかりだったツアー前半の抽選結果は、澤會さんからのハガキが到着していないので僕はなんとか第1希望通りに参加できそうです。やっぱりツアー初日に参加できるのは何より・・・ただし、今回ばかりは(完全にリリース年代順のセットリストにでもならない限り)、演目は覚えられても演奏順は覚えられそうにありません。最低でも50曲は歌うわけですからねぇ。
いつも速報を頼りにしてくださる地方の先輩方がいらっしゃるので、一応頑張ってみるつもりですが。
なにはともあれ、ツアー初日が今から楽しみです!

では本題。
『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、いよいよ締めくくり(また来年あたりこのシリーズ期間を設けるかもしれませんが)の第5弾は『ピアノ編』です。
僕が全ジュリー・ナンバーの中で「ピアノ」演奏のベストだと常々思っているのは「most beautiful」なんですけど、これは演奏が超絶過ぎて(僕にとっては高度過ぎて)未だどう紐解けばよいのか解らず記事執筆に踏み込めない名曲。
力及ばず今回も機は熟しませんでした。
まぁそれを言うなら他のどの曲であっても特に鍵盤演奏について詳しく書くのは僕には荷が重い、というのも正直なところではありますが、ここは明快に「ポップ寄り」な名演を選び、僕の持つ僅かな引き出しに寄せる形で考察できれば、と考えました。
採り上げるのは76年リリースの大名盤『チャコール・グレイの肖像』から、「片腕の賭博師」です。
僭越ながら伝授!


①「片腕の賭博師」あれこれ

荒木一郎さんの詞には、「サム」なる人物が登場する映画か何かのオマージュ元があるのでしょうか。そのジャンルに疎い僕ではそこまでは分からないのですが、細部に「洋画」のイメージ漂う名篇ですよね。

聞いたかいサムの噂を ネバダの賭博師さ
D                        G     D                     A

月曜の晩も えらい話題 さ ♪
G           D        A     G   D

唐突かつ楽曲の話題からは逸れますが、このチャプターでは将棋の話をしたいと思います。
荒木さんと言えばまず有名なのが「空に星があるように」。でも僕はこの「誰もが知る」スタンダード・ナンバーについてまったく詳しくありません。
それもそのはず、僕はこの曲がリリースされた66年の末、12月の生まれなのですから。リアルタイムの大ヒット曲、という空気が分からないんですね。
「ザ・タイガースについて数年前までほとんど何も知らなかった」のと同じです。

僕が荒木さんのお名前を初めて覚えたのは、音楽やお芝居ではありません。
ずいぶん前に、将棋関係の雑誌か何かで「将棋が強い芸能人」みたいな特集記事を読んだことがきっかけでした。萩本欽一さんなどと一緒に荒木さんが紹介されていたのです。
僕は大学時代に将棋道場に「腕試し」に乗り込んだ時、「いかにも」という感じのおじさんと激闘の末負かされたのはともかく、小学生に一方的な惨敗を喫した経験以後、いわゆる「見る将」ファンにおさまりました。道場で気軽に対戦できるレベルのアマチュアがこれほど強いなら、上級位、そして段位を持つアマチュアは到底僕などの及ぶところではない、と「リスペクトする側」に転じたわけですな。

今回改めて調べてみたら、荒木さんは何とアマ四段なのだそうです。これはもう素人からすると神様の領域。とんでもなく強いです。
それよりさらに強いのがプロ棋士なんですけどね。
荒木さんはカード・マジックの専門家でもありボードゲームやカードゲームに秀でた才をお持ちのようで、そんな荒木さんが「片腕の賭博師」のようなギャンブル・ロマンをジュリー・ナンバーの詞に託したことも大いに肯けます。
昨年からの将棋界は大きな問題、課題を抱えザワザワしていますが、将棋ファンというのは僕のような一般人ばかりでなく、荒木さんのように超ビッグネームの芸能人、政界・財界人、スポーツ選手・・・たくさんいらして、すべての棋士をリスペクトし応援しています。
若手プロ棋士では、藤井聡四段のようなニューヒーローも誕生しています。日本将棋連盟にはなんとかこの苦境を乗り越え、しっかりとケジメもつけ今後に生かし、ファンの期待に応えて欲しいと願ってやみません。

いや、関係ない話を長々と失礼しました(汗)。そういうことも書くチャプターなのだとご理解頂ければ・・・。

②楽曲全体の考察

前回はジュリーの「普通では考えられないコード進行」の話をしましたが、今回の「片腕の賭博師」については王道を逸脱しない、ジュリー作曲作品としては珍しい直球のコード進行で作られています。
と言うかおそらく作曲段階でジュリーがメロディーに当て嵌めていたコードは「D」「G」「A」「G7」の4つだけでしょう(もちろん、船山さんのアレンジ解釈により最終的にはそれだけではなく、演奏メインのヴァースでは「C」なども登場します)。
そんなオーソドックスな進行にあっても、ジュリーのメロディーの載せ方は特徴的。特に「G7」の箇所ですね。

例えばこの曲の歌メロの最高音は、先日「ジャンジャンロック」の記事で「とても太刀打ちできない」と書いた高い「ラ」の音よりさらに半音高い「ラ#」なんですが、これがキレイに「G7」に載っています。

だけど世間のヤツラは
D                    A

いつも見て見ないふりをする
G7                          D

それが良識ってものと
D                    A

何故か思ってるのさ ♪
G7                     D

理屈で言うとこの最高音の「ラ#」は、曲のキーであるニ長調のサブ・ドミナント・コード「G」のシャープ・ナインスということになります。つまり、本格的に曲の雰囲気を再現して弾き語りたい場合、サビの「G7」を「G7+9」で弾くと良いのですが、ジュリーは飄々とこのメロディーに「G7」を当てて作曲したのでしょうね。

ヴォーカルを聴くと、「見て見ないふりをする♪」「思ってるのさ♪」の箇所では声にドスを効かせるようなニュアンスがあり、これをして「さすがのジュリーとしても相当高い音なんだろうなぁ」とは思うんですけど、かと言って「ラ#」の最高音部の発声が特に苦しそうなわけでもなく無理をしている様子も感じられず・・・やっぱり凄いな、ジュリー!とひれ伏すばかりです。
ただし、この曲のジュリー・ヴォーカルは低音部の艶っぽさ、色っぽさこそが魅力、と個人的には考えます。「ネバダの賭博師さ♪」のあたりですね。
マイナー・コード抜きでこれほどの叙情性をメロディーに託す作曲センスは、ジュリー自身の持つヴォーカリストとしての天性に導かれていると言えそう。作曲の際、高低に声が「届く」というのはそれだけメロディーの幅が拡がることでもあるでしょうから。

アレンジは非常にドラマティック。加えてハッピーな雰囲気なんですね。
のちにアルバム『今度は、華麗な宴にどうぞ。』に収録される大野さんのナンバー「女はワルだ」とよく似た曲想、というのは僕だけの感覚なのかな?
後追いファンの僕はアルバム『チャコール・グレイの肖像』をCDでしか聴いたことはありません。先輩方がリアルタイムでこの「新作」を手にされた時、レコードをひっくり返してB面1曲目「片腕の賭博師」を聴いてパッと明るい気持ちになったのでは、と想像します。
全体的に陰鬱なイメージを纏う大名盤だけに、B面に配された「片腕の賭博師」や「ロ・メロメロ」(こちらは74年の「ママとドキドキ」を連想された先輩もいらしたのではないでしょうか)という「陽」のナンバーが果たす役割も大きい・・・でもそれは、本来LPレコードで聴いてこそ、の感覚なのかなぁと思っています。

③すべてが「大きい」ド迫力の生ピアノを聴けい!

僕は一応鍵盤が弾けますが、完全に独学です。
まず高校生の時にコードを覚えて、左手1本、右手3本~4本の伴奏で「弾き語り」をマスター。20代からはいわゆる本格的な鍵盤パートのコピーを志し、ビートルズの「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」や佐野元春さんの「情けない週末」などから練習していきました。
それなりに弾けるようになって、一時はLIVEでもキーボードをメインに演奏していたのですが・・・独学なので変な癖がついていました。右手でコードを弾く時、親指をまったく使わないのです。
元々指が長く、ひとさし指と小指で鍵盤の「ド」から高い「ミ」までは届きましたから、親指を使わずに音符だけを見て運指を無視して覚えてしまったというわけ。
それが演奏上まるで理に適っていないことはもちろん、どれほど「見てくれが悪い」のかをLIVEの競演者の方が放ったひと言
「”豚の足奏法”って感じだよね」
で、初めて自覚した次第です(恥)。

さらに独学のハンデがもうひとつ。いわゆる「キーボード」での猛練習を過信して、軽い気持ちで人前で初めて「お店のピアノ」を弾いた時のことです。
「足?ピアノには足があるんか!」
「け、鍵盤が重い・・・スムーズに移動できん!」
ということで大恥をかきました。
以来、「キーボードは、腕前は三流ですが弾けます。でもピアノは弾けません」と言うようにしています。

余計な話が長くなりました。
「片腕の賭博師」は生のグランドピアノで録っているでしょう。あの重たい鍵盤がプロの腕によって軽やかに舞う華麗な演奏・・・この曲最大の魅力だと思います。
この曲は船山さんのアレンジ作品ですので、以下、ピアノ奏者を羽田健太郎さんとして話を進めます(もし大野さんだったらごめんなさい)。

勤務先で『ポエム・ジャパネスク三部作』のスコア出版があった時、羽田さんのことを偉大なピアニストとして認識した僕ですが、お名前はそれ以前から「作曲家」として知っていました。
でも僕の場合は「渡る世間~」ではなく・・・またか、とお思いでしょうが刑事ドラマです。
有名なのは『西部警察PARTⅡ』のメインテーマ(「ワンダフル・ガイズ」)で、もちろんこれは大名曲なのですが僕が最も好きな羽田さんの作品は『刑事物語’85』という渋い刑事ドラマ(主演は先日亡くなられた渡瀬恒彦さん)のメインテーマ。これが刑事ドラマのメインテーマとしては大変珍しいパターンで、主旋律をトランペットとフルートで分け合う「バラード」なのです。
この曲の「土台」とも言うべきピアノのフレーズがメチャクチャにカッコ良いんですよ。


Img385512

↑ 刑事ドラマのオムニバスCD『刑事魂・完結!(デカコン・ファイナル)』ライナーノーツより

僕の中ではこの「刑事物語’85」と「片腕の賭博師」のピアノの感動が重なります。
「片腕の賭博師」のバンド演奏は一見、スライドギターや重低音をブイブイ言わすベースが目立ちます。しかし船山さんのアレンジは「ピアノありき!」で、この手法が阿久=大野時代のジュリー・ナンバーのアレンジへと繋がっていくんだなぁ、とも思います。

ピアノが主を張るのは、イントロと間奏の一部。
うまく説明できないんですけど・・・僕の感想は「大きい!」です。スケールの壮大さに加え、演奏者(羽田さんだと思っています)の身体の大きな躍動すら伝わってくるような・・・。
僕はきっと鍵盤を「手」だけで弾いているんだなぁ。プロのピアニストは当然のこと、幼少から教室などで習っていたという会社同僚など知人の演奏を見ると、例え弾いているのがシンセであっても、身体全体を使っているのが分かります。泰輝さんもそうですよね。
ピアノはギターやベースと違い、しっかり「基礎から先達に教わる」ことが重要な楽器なのでしょう。

そうそう、泰輝さんのお名前を書いて思い出しました。船山さんが「片腕の賭博師」に託したピアノ・アレンジはビリー・ジョエルを意識したんじゃないかな。「さすらいのビリー・ザ・キッド」や「キャプテン・ジャック」のような大作(いずれもアルバム『ピアノ・マン』収録。このアルバムには「ネバダ・コネクション」という名曲も収録されています。「片腕の賭博師」とは「ネバダ繋がり」ですね)でビリーが壮大に弾くピアノです。
可能性は低いでしょうが、いつか泰輝さんのピアノでこの曲を歌うジュリーを生体感したいものです。

ジュリーナンバーに限らず、世の名曲名演多しと言えど、特定の楽器について「弾いている演者の様子までもが目に浮かぶ」曲はそうそうありません。僕はそれを「片腕の賭博師」のピアノに感じます。
また、冒頭で荒木さんの詞を「洋画のイメージ」と書きましたが、それはピアノ にも言えそうです。イントロは雄大な光景を映すオープニングのように思えますし、 間奏では登場人物達の場面転換シーンのようです。
これまで頂いた過去のコメントを拝見しておりますと、この曲を特にお好きなジュリーファンの先輩方はとても多くいらっしゃるようです。是非今度はこの名曲を、ピアノに着目して聴き直してみてくださいませ~。


最後になりましたが、2月にアルバム『チャコール・グレイの肖像』から「何を失くしてもかまわない」の記事を書き、作詞の藤公之介さん繋がりで『沢田研二の愛をもとめて』なるラジオ番組についてみなさまに逆伝授をお願いしたところ、先輩方からコメントにて色々と教えて頂くことができました。
そして・・・いつもお世話になっている福岡の先輩が、何と番組放送当時ラジカセで録音しこれまで大切に保管されていた音源を送ってくださったのですよ~。
まだ聴き込みが足りず今回の記事では間に合いませんでしたが、今後75年から77年の曲をお題とする際、楽曲考察の貴重な参考資料となるでしょう。
この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。


それでは、オマケです!
今日は76年の資料本として、『沢田研二/映画・パリの哀愁』から数ショ ットをお届けいたします。


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Pari202

Pari203

Pari204

Pari206


もうご存知の方も多いかと思いますが、5月には『日本映画専門チャンネル』にて、この『パリの哀愁』がテレビ放映されるようですね~。


さて、5回に渡り書いてきた『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズは、ひとまずこれにて終了。
次回更新までには少し間を空けます。母親の17回忌法要のため明日から鹿児島に帰省するのです。
2013年、『PRAY』を聴いた余韻のままとり行なった13回忌から、早いものでもう4年が経ちました(「不良時代」のお題で旅日記を書いています)。
その時泊まった「夜中じゅう牛の鳴き声が聞こえてくる(笑)」というレトロな日当山清姫温泉に今回もお世話になることに・・・首を痛めたばかりですが、素晴らしい原泉の「あつ湯」で、心身リフレッシュしてきます。


次回更新予定は4月20日。
僕は昨年から、この日は毎年必ず加瀬さんのことを書いていこうと決めました。今年はワイルドワンズのバラード・ナンバーお題に採り上げるつもりです。
それでは、行ってまいります!

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2017年4月11日 (火)

沢田研二 「今、僕は倖せです」

from『JULIEⅣ~今、僕は倖せです』、1972

Julie4

1. 今、僕は倖せです
2. 被害妄想
3. 不良時代
4. 湯屋さん
5. 悲しくなると
6. 古い巣
7. 
8. 怒りの捨て場
9. 一人ベッドで
10. 誕生日
11. ラヴ ソング
12. 気がかりな奴
13. お前なら

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昨日、ツアー後半の申し込みを済ませてきました。
ジュリーファンの先輩方は、肝が据わっていらっしゃると言うのか・・・締切日近くまで熟考される”ギリギリガールズ”な方が多いようです。
反して僕はうっかり者かつ小心者ですから、日数の余裕があるうちに振込みたい派なのですよ~。

いや、今回は凄い枚数になりました。と言ってもその半分以上が、声がけさせて頂いた一般ピープルのみなさまの代行申込みなんですけど。
お正月に初ジュリーLIVE参加となったカミさんの仕事絡みのお姉さま4人のうち3人までもがリピ決定!『祈り歌LOVESONG特集』セットリストの洗礼を受けたのち、今年の有名シングル・オンパレードなジュリーを生で観てしまったら・・・もうジュリーの魅力からは逃れられないでしょう。してやったり、でございます。
あとは、前々から「一度はジュリーを観てみたい」と話してくれていた同世代の面々もこの機に大挙参加が決まり、こちらは反応が楽しみなようでもあり、怖いようでもあり・・・。
そして、年明けのNHKホールをサッパリと断念し決意した熊本遠征。
この時期に来年の予定など話すと鬼が笑うどころではないでしょうが、本当に楽しみですし、「熊本に行く」という特別な気持ちを今からしっかり整えていきます。


それでは、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、第4弾は『エレキギター編』です。
これこそ幾多のジュリー・ナンバーに幾多の名演、数限りなくありますが、今日は僕自身の「音楽への目覚め」への原点回帰として、井上堯之バンド最初期(当時は「井上堯之グループ)での堯之さんのギターについて掘り下げてみたいと思います。
採り上げるのは、アルバム『JULIE Ⅳ~今、僕は倖せです』からタイトルチューンの「今、僕は倖せです」。
僭越ながら伝授!


①「今、僕は倖せです」あれこれ

エレキギターと言うと、個人的な好みではあるのでしょうが、僕の場合は「速さ」や「ハードさ」だけでは心はピクリとも動きません。
例えば、王道のエイト・ビート、16ビートであったり、調号の変化がオーソドックスな進行に載せてリード・ギターがソロをとる際、フレットのスケールを覚えているギタリストが「速弾き」を披露することが素晴らしい技術とは思えません。
極論するならそれは「指の運動」であるからです(もちろん突き詰めていけばそれも神技たりえますが)。

ところが、コードやリズムが変則の進行の楽曲だと、ギタリストはセオリーのスケールから外れて楽曲が求めている音階を探り、新たに自分なりのフレーズを考案、構築する必要が生じます。堯之さんはこの「構築力」に秀でたギタリストだと僕は感じます。
しかも、王道進行の曲でも堯之さんは同じように「楽曲の吟味」から単音を組み立てていきます。だからこそ堯之さんは「時の過ぎゆくままに」のフレーズに、自身が考案した「オリジナル」の拘りを語るのです。
スタイルは違えど、ジョージ・ハリスンもエリック・クラプトンもジミー・ペイジもそう。僕は絶賛の意を込めて、彼等を「古いタイプのギタリスト」と呼びたいです。
後年「速く弾ける」新たなタイプのギタリスト達が一世を風靡していきますが、僕にはいまひとつ響かない。「確かに凄いよ。でも楽曲愛や歌心は何処へいった?」と思ってしまうんですよね・・・。
僕はやはり、「ストイックに作りこむ」古いタイプのギタリストを好むようです。

では、そんなギタリストが真価を発揮するのはどんな楽曲でしょうか。
それはズバリ、「変な進行の曲」です。「あれっ?普通こうはいかないよね」という戸惑いに際して心燃やし、歌メロを吟味し、オリジナルのフレーズを考案して「応える」ことができる楽曲。

「沢田は、普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」・・・堯之さんの有名な言葉ですね。これは「自分がギタリストとしての本懐を遂げられる」という賛辞、親愛の言葉ともとれるのではないでしょうか。
「許されない愛」シングル・ヒットのご褒美的な感じで製作の許可が出た、とのいきさつを聞く、全編ジュリー作詞・作曲によるアルバム『JULIEⅣ~今、僕は倖せです』。ジュリー自身は自然に作っているのでしょうが、バンドメンバーからすれば「え~っ、そう来るのか!」と感じる「普通では考えられない進行」の名曲がギュッと詰まったこのアルバムを、僕が堯之さんのギター名演1番手に挙げる理由はそこにあります。
その中でも、楽曲全体が世に2つと無い「オリジナル」のギター・フレーズで散りばめられ凝縮されたタイトルチューン「今、僕は倖せです」を、「堯之さんのギターと言えばこれ!」というテーマで今日は僕なりのアプローチで紐解いていきましょう。

②楽曲全体の考察

そんなわけで、ここでは何を置いてもジュリーの「普通では考えられないコード進行」について書いておかねばなりません。
参考資料となるスコアは手元に3つ。
まずは『沢田研二のすべて』。

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この本の採譜の大らかさはある意味凄い(笑)。
YOKO君とよく話すのですが、こういうスコアを使ってギター弾いていた世代のフォーク好きな先輩って、逆に斬新な感性が育つよね、と。
まぁでもこのスコア通りに弾いて、「今、僕は倖せです」でのジュリーの作曲の醍醐味を味わうのはちょっと無理ですわな~。

次に『沢田研二/ビッグヒット・コレクション』

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さきほどの『沢田研二のすべて』については、キーを「C」(ハ長調)まで引き下げることによって、初心者のプレイヤーに「歌いやすさ」「弾きやすさ」を提示した採譜だったのだ、と強引に解釈もできます。
しかしこちらは・・・何故かオリジナルより1音高いヘ長調で採譜、難易度を上げているにも関わらず、スコア通りに弾いていると非常に無気味なバラードに。
「僕が少年時代に憧れた会社、シンコーさんにもこんな時代があったんだなぁ」と逆に感慨を抱いてしまうほどメチャクチャな採譜です・・・。

最後に『深夜放送ファン別冊・沢田研二のすばらしい世界』。

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このスコアも収載曲によっては相当いい加減な採譜だったりしますが(先日ご紹介した「淋しさをわかりかけた時」など)、この曲についてはほぼ完璧でした。

と、色々書きましたが、3冊とも本当に貴重な資料なのです。これらを比較参照、研究して自分の楽曲理解度を深めることこそが肝要。
早速、ジュリーの「普通では考えられないコード進行」を挙げていきましょう。

ジュリーの個性が最も際立つのはBメロの転調。
ホ長調からト長調という理屈で、それ自体はよくありがちな転調なんですけど

理解ある人々に いつも囲まれて ♪
C               G     C                 B7

僅か4小節で「あれっ、今何かありましたか?」とでも言わんばかりに、涼しい顔であっという間に元のキーに戻ってくるという、これがジュリー流。
さらに、理屈上は「ホ長調からト長調」という同じ転調が、まったく違う形で登場するのがCメロです。

けど僕は欲張りなのです
      Am           G

いえいえまじめな話です
Am                   B7

欲張りな事は 罪深い事なのに ♪
Am         C        F#7           B7

ここは凄いですよ。「Am」の箇所までは、ジュリーが他の作曲作品でも多用する「サブ・ドミナントをマイナーに転換」のパターンでキーそのものは変わっていないと思わせておきながら、次に「G」に行っちゃうのですから。この「G」で初めて聴き手は「あっ、また転調したのか」と気がつきます。
これをもしホ長調のまま進行させるなら

欲張りなのです ♪
Am     E
(ミミファ#ミシシシソ#)

というコードとメロディーになるでしょう。
全然イメージ違いますよね。どちらが「今、僕は倖せです」という詞と合致しているかは言わずもがな。
これは、詞曲ともにジュリーのペンならではのメロディー、コード展開を擁した名曲なのですね。

それにしても、まだ20代前半の時点で

今、僕は倖せです 何よりも歌 がある ♪
E          A     B7    E          A   B7   E7

ジュリーのキャリア中最もプライヴェート色が強い、と言っても過言でない曲を、このフレーズで締めくくったジュリーの素晴らしさよ!
大げさに見得を切っているわけではない・・・ただ「僕が倖せなのは、歌うことと出逢えて、今も歌えているから」とのフレーズが、45年後の2017年現在のジュリーにそのまま纏っている奇跡。
いや、本当に「奇跡」と言う他ありません。その歌詞1行だけとっても、「今、僕は倖せです」は唯一ジュリーという歌手しか生み出せなかった名曲であったことを、ジュリー自身のこれまでの歌人生がそのまま証明しているのではないでしょうか。

③圧倒的な構成力と献身力、まるで第2の歌メロ・・・堯之さん渾身のリード・ギターを聴けい!

このアルバムのジュリーの詞曲には、つい数年前のジュリー自身の言葉などからも「あぁ、当時は拓郎さんみたいなスタイルへの憧れもあったのかなぁ」と思わせるものがありますが、堯之さん、大野さんがそれを「ロック」としてアレンジし仕上げている印象です。
「今、僕は倖せです」のアレンジは大野さんで、これは最初の1発録りの段階で「小節割り」と、ジュリーが作った以外の箇所(イントロや間奏など)の進行を決めたのが大野さんだったということでしょう。
後録りのリード・ギターについては、堯之さんがジュリーの歌、大野さんのアレンジを踏まえて自ら「作り込んだ」フレーズと見て間違いなさそうです。

少年時代の僕が初めての洗礼を受けた音楽が『太陽にほえろ!』のサントラであることは、これまで何度か書いてきた通り。
大野さんのペンによるすべての時代、すべての挿入曲に思い入れがありますが、特に好むのはやはり最初期の名曲群。堯之さん、大野さん、サリー、原田さんの4人編成時代ということになります。
この頃のサントラは、PYGの音と手法をそのままスライドさせ、ヴォーカリスト(ジュリーとショーケン)の代わりに管楽器のソリストを迎えて作り上げられたインスト、というスタイルでした。速水さんが加入した「テキサス刑事」以降はソロがギターとなる曲が増えていきますが、最初期は堯之さんが単音とバッキングを一手に担い、正に「楽曲ありき」の素晴らしい「オリジナル」なギター・フレーズを聴かせてくれます。サックスやトランペットの主旋律をどう生かすか・・・堯之さんってラジカルなイメージも強いですけど、ギタリストとしては「良妻賢母型」と言うべき卓越した献身性を秘めていて、それが僕の好みと合うのです。
「今、僕は倖せです」での堯之さんのエレキギターにも同じことが言えます。

アルバム『JULE Ⅳ~今、僕は倖せです』の井上バンド(グループ)の演奏は、まずジュリーのヴォーカルも含めて「せ~の!」で録られた後に、堯之さんと大野さんがそれぞれ1トラックずつを追加する、というレコーディング手法だったと考えられます。
ミックス処理から推測すると、「今、僕は倖せです」についてはセンターに配されたドラムス、ベース、アコギ、オルガン、ヴォーカルをまず一発で録り、堯之さんのエレキギター(右サイド)と大野さんのピアノ(左サイド)を追加したのでしょう。
この「追加トラック」での堯之さんの作り込み、練り込みが尋常ではないのです。

楽曲全体を通してほぼ休みなく鳴っている右サイドのエレキは、すべての音が徹底して
「ジュリーの歌がこうだから、こう弾くんだ!」
という「必然性の高い」フレーズに仕上がっています。ギタリストとしての主張よりも、「ジュリーの曲を弾いている」主張の方がずっと強いんです!
なおかつ完璧にヴォーカル・メロディーの間隙を突く構成力。演奏者がその腕をふるう以上に大切な、本当に成さねばならないこととは何なのか。この曲の堯之さんのギターにはそれを思い知らされます。
戦国武将好きの僕が勝手に例えるならば、堯之さんは越後の上杉謙信。謙信にとっての毘沙門天が、堯之さんにとってのロックであり、PYGであり、ジュリーであり・・・その音にはストイックな聖将の風格と威厳を感じます。真に「音に自らの心身一体と成す」ギタリストではないでしょうか。
ちなみに柴山さんは小早川隆景。誠実と人望の知将です。2つの巨星に甲乙つけようなどというのは、僕にはとてもできない話です。

名フレーズが次々と繰り出される中で個人的に「今、僕は倖せです」のギターで最も好きな箇所は

友達もいるし 適度に忙しいし
E     F           E        F

両親も健在だし ♪
E     A       B7

ジュリーの歌と「追いかけ合う」フレージング。
実はこの曲のジュリーの作曲で特に「変テコ」なのがこの箇所です。トニック・コードからいきなり半音上がって、また戻って、を繰り返す進行。堯之さんのギターは「いかにトリッキーなメロディーを秩序づけるか」に心血注がれ「作り上げられた」もの。
僕はそんな構成力と献身力こそ、ギタリスト・井上堯之さん最大の個性と見ますがいかがでしょうか。


それでは、オマケです!
72年『女学生の友』連載のフォトポエムから、季節は今と全然違いますが、第12回『愛の出発』をどうぞ~。


Photo101

Photo102_2

Photo103


では次回更新は、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズひとまずの締めくくり、『ピアノ編』です。
お題は引き続き70年代ジュリー・ナンバーを予定。
とりあえず次回更新まではこのままのハイペースでまいります。どうぞお楽しみに~。

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2017年4月 8日 (土)

沢田研二 「噂のモニター」

from『彼は眠れない』、1989

Karehanemurenai

1. ポラロイドGIRL
2. 彼は眠れない
3. 噂のモニター
4. KI・MA・GU・RE
5. 僕は泣く
6. 堕天使の羽音
7. 静かなまぼろし
8. むくわれない水曜日
9. 君がいる窓
10. Tell Me...blue
11. DOWN
12. DAYS
13. ルナ

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先月「揺るぎない優しさ」の記事で写真添付しました会社倉庫近くの公演の桜は、先の木曜日に再び通りかかるとこのような感じになっていました。


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満開の桜を仰ぎ、「この国も、世界のどの国の人々も平和であれ」と祈るばかりです・・・。


さて、みなさまもそろそろ今年の全国ツアー後半の参加会場が決まった頃でしょうか。
僕は当初「夏からのツアーはとにかく数多く行く!」と意気込んでいて、3月に全公演日程のインフォを手にした時には、最終月の来年1月のNHKホールはすべて参加したいと考えていました。
しかし今回改めてインフォと払込票を眺めていて、「NHKホールは全部平日、全部第2希望を記入するのか~」と。そうしているとふと目に入ったのが
「1/14(日)熊本」
の文字。
ジュリーが九州に「あけましておめでとう!」と歌いに行くのはいつ以来なのでしょうか。このスケジュールにジュリーの熊本への思いを感じないわけにはいきません。
会場は、未だ改修工事中と聞くお馴染みの市民会館ではなく県立劇場となりましたが、ジュリーはこのお正月熊本公演に並々ならぬ気持ちで臨むでしょう。
考えれば考えるほど、「九州人である僕がこのタイミングを逃してよいのか」という思いが強くなってきました。カミさんも一緒に、そしていつもお世話になっているみゆきママ様も同行してくださることとなり・・・僕は年明けのNHKホール参加をサッパリと諦め、その代わり熊本公演に遠征する決意を固めました。
まだまだ先の話ですが・・・九州の先輩方、どうぞよろしくお願い申し上げます。

それでは本題です。
矢継ぎ早に更新しております『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、今日は第3弾の『アコギ編』。
採り上げるのはアルバム『彼は眠れない』から、個人的には収録曲中「Tell Me...blue」と甲乙つけ難い、最も好きな曲である「噂のモニター」です。
今回もチャプターに分けたコンパクトな文量を心がけてまいります。伝授!


①「噂のモニター」あれこれ

とは言っても新規ファンの僕はこの曲について特に逸話を何も知らないんですが・・・(汗)。

リリースされた89年は写真週刊誌全盛期だったでしょうか。アルバム『彼は眠れない』『単純な永遠』の作詞家陣には偶然なのかどうか、「スーパースターの孤独と苦悩」をコンセプトとするような名篇が多く、それをして僕はベルリン時代のデヴィッド・ボウイとの共通点としています。「世間」や「社会」といった要素に冷ややかな視点があり、敵視と紙一重のユーモアも感じられるのです。
サエキけんぞうさんの「噂のモニター」はその顕著な例と言えましょう。
ただ、当時こうした「誰かに見張られている」テーマというはごくごく一部の「有名人」にしかリアリズムを持たなかったかもしれません。

30年近い時が経ち、一般人である僕らの間で「監視社会」への危惧が語られ始める時代となりました。
この機に、「噂のモニター」を「現実感のない物語」ではなく「自分の身にも起こりうる、監視社会を題材とした」曲と捉え、ジュリーファンそれぞれがその状況を想像しながら聴いてみるのもアリではないでしょうか。

②楽曲全体の考察

「孤独という名の狂気」スレスレのトリッキーな歌詞、ブルース進行を土台に展開、進化するメロディーと構成、そしてジュリーのヴォーカル・・・僕はこの「噂のモニター」と、次作『単純な永遠』収録の「気にしてない」によく似たイメージを持っています。
いずれも「日替わり・ジュリーで一番好きな曲」の常連。単に僕の好みなのかもしれませんが、まず楽曲として詞曲アレンジすべてが文句なくカッコ良い上、こういうタイプの曲こそがジュリーの魅力を最も引き出すんじゃないかなぁ。

王道の進行であれば本来は

俺の体を切り刻む噂 熱い体を切り刻む噂
F#                           B7                     F#

すじ書き通り流せよ
C#7            B7

おまえのねらいはわかっているさ ♪
C#7                   B7              F#

とコードを載せればF#(嬰ヘ長調)のブルース。実際、歌メロはこの王道進行にも載るのです。
しかし建さんは大胆に捻って

すじ書き通り流せよ
C#7            E

おまえのねらいはわかっているさ ♪
A                       E                F#

としました。
よりシャープに、尖った雰囲気になります。「おとしどころ」を事前に決めてスクープする「モニター」達への皮肉を込めたサエキさんの詞とも噛み合っていますね。

アレンジは、左右に分かれてミックスされたアコギ2トラックを土台にエレキギターが3トラック、そしてストリングス。
アルバム『彼は眠れない』は楽曲ごとのクレジットがありません。それぞれの曲で誰がギターを誰が弾いているのかは謎なんですが、ブッとい狂乱のリード・ギターは下山さんのような気がするなぁ。下山さん、今でもこんな感じの空間系のエフェクトかけますから。LIVEでの「そのキスが欲しい」もそうでした。
あ、パッと聴きだと「ベース?」のように聴こえる薄い単音(最高に渋い!)は、エレキをミュート気味に弾いているトラックのようです。こちらは佐橋さんのように思える・・・結局僕の耳では分からないんですよね。

ロックなコード進行にストリングスを「カマす」攻撃的な手法は、ビートルズの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」以降流行し今では定番化しています。
そんなストリングスを間奏のソロ・パートとして押し出すアレンジを僕は佐野元春さんの「愛はシステム」で学びました。佐野さんのこの曲をご存知の方は、そう言えば「噂のモニター」と「愛はシステム」ってなんとなく似てるな、と思ってくださるはず。いずれもブルース進行を採り入れた曲です。

そしてジュリーのヴォーカル。
曲全体を通して完璧にカッコ良い中で僕が特に惹かれるのは、1番での「うわさ♪」の発声です。
先述の「気にしてない」にも共通して見られる、ファルセットではない「別の喉を使った」ような裏声スレスレで吐き捨てる表現力は、正に「ロック」としか言いようがありません。これはジュリー天性の資質らしく、「叫ぶように囁く」スタイルはタイガースの「誰れかがいるはず」にまで遡ることができます。
「噂のモニター」は、もしかしたら多くのジュリーファンの間では「ちょっと風変わりな曲」として愛されているパターンの名曲かもしれません。それは正しい解釈ではあるんですけど、実は「ロッカー」的には「ポラロイドGIRL」や「DOWN」以上にジュリーの魅力が明快に分かり易い曲と言えます(タイトルチューンの「彼は眠れない」もそうですが)。
もしみなさまの周囲に普段ロックを聴いている若いお兄さんがいたら、是非この曲を聴かせてあげてください。見事に釣れると思いますよ~。

③キレッキレのツイン・アコギを聴けい!

いや、わざわざ僕が「聴けい!」などと言わずとも、この曲では誰しもがアコギに耳がいくはずです。曲が始まってしばらくの間は、「ド#ミド#ミファ#♪」というエレキのリフ以外、アコギしか鳴っていませんから。

アコギは良いですよ~。1本あればアンプが無くても誰でも鳴らすことができます。簡単なコードのフォームをいくつか覚えれば、「花咲く~娘~たちは~♪」と弾き語るまでに1日とかかりません。
最初の頃は指に弦の跡がついて痛いですが、次第に指がギターに鳴れていきます。

「卑怯者」の記事で、僕が初めて演奏を始めたのはドラムだと書きましたけど、学校以外・・・つまり自宅で最初に手にした楽器はアコギです。中学生の時、父親が母親の誕生日にプレゼントした「YAMAKI」というメーカーのアコギと教則本を横取りしたのでした。
それこそ1日中弾いても飽きず、教則本に掲載されていた「小さな日記」「マルセリーノの歌」「太陽がいっぱい」などの練習曲をマスター、ギターと同時に自然にスコアの読み方も深めていきました。

さて、エキゾティクスの時は「俺のベースを聴け!」的な主張が強かった建さん、EMI期のジュリー・プロデュースを任される頃にはアレンジャーの才能が開花していて、「楽曲全体の音」作りに心血を注ぐことに。
自ら作曲した「噂のモニター」では何とベースレス、2本のアコギを押し出したアレンジを施します(先に書いた通り、レコーディング音源のアコギは誰の演奏なのか分かりません。ただただキレッキレのストロークに圧倒されるばかりです)。

建さんがベースのみならずギターも弾けることはずいぶん前から知っていました。僕はLOSER(初期)時代の泉谷しげるさんのLIVEを生で観ていますからね。
泉谷さん、チャボさん、下山さん、そして建さんの弦楽器隊4人が全員アコギを持って横並びとなり、「アコギってこんなにロックなんだぜ!」と魅せつけてくれた名曲「野良犬」の演奏シーンを今でもよく覚えています。『イカ天』審査員としてたびたび発言していたように、建さんは「ロックなアコギ・ストローク」が大好きなのですよ(「風来坊」「THE WEED」といったバンドのアコギを絶賛していました。建さんは決して「辛口」だけの審査員ではなかったのです)。
「噂のモニター」のストロークでは、ギターの「いろはの”い”」とも言うべき「ブラッシング」という基本のテクニック・・・ギターを覚えたばかりの初心者が一番早く身につける技術かと思いますが、この基本中の基本テクニックを真のプロフェッショナルが駆使すればこうなるのだ、と思い知らせてくれます。

擬音で表現すると「じゃ~、つく、じゃ~、つく♪」と鳴っている「つく」の部分がブラッシング。リズム・ストロークに右手の腹の部分でミュートした音を適所に織り交ぜ、パーカッションのような効果を出すテクニックです。
これを僕のような素人がやると、まずミュート音の「圧」が違いますし、ブラッシング箇所のリズムが甘くなる・・・プロはそこを「正確かつエモーショナル」にリズム打ちするから「キレッキレ」に聴こえるわけです。
「噂のモニター」のアコギ・ストロークは、プロの演奏の中でも極上と言えるほどの切れ味。だからこそ、Tレックス直系のエレキのさりげないカッティングがあれほど効いてくるし、印象に残るんですよね~。

ただね、「謎」がここにもひとつ。
この曲のキーは嬰ヘ長調(F#)で間違いないんですけど、普通に「F#→B7・・・」と和音通りに弾いても、この曲でのアコギの響きにはならないんです(僕の技術不足はひとまず置いといて、の話)。
おそらく変則チューニングなんだと思う!
「1音半下げ」のユルユル・チューニングの「A」で弾いてる、と言われても驚きませんが実際はどうなのでしょうか。普段から幾多のジュリー・ナンバーの名曲で僕がブチ当たっている大きな「謎」のひとつです・・・。

最後に。
今年の全国ツアーでアルバム『彼は眠れない』から歌われるシングル、「ポラロイドGIRL」は鉄板でしょう。でも、もう1枚のシングル「DOWN」は?
僕はまだ生でこの曲を聴いたことがないのですよ。
次作『単純な永遠』収録の「世界はUp & Fall」と共に、セットリスト入りを切望しています。


それでは、オマケです!
今日は、昨年書いた「僕は泣く」の記事のオマケコーナーの続きとなります。89年繋がりということで『KURT WEILL』のパンフレットから数枚どうぞ~。


Kurtweill03

Kurtweill09

Kurtweill11

では次回、『この曲のこの演奏にシビレる』シリーズ第4弾は『エレキギター編』です。
鉄人バンドの音で本格ジュリー堕ちした僕にとって「ジュリーのバンドのギタリスト」と言えば、そりゃあ柴山さんと下山さんです。ただ、ここはひとつ自分の原点に立ち返ってみよう、と。

僕は本来どんな音楽に憧れて自らも演奏人を志したのか・・・これまで何度も書いていますが、僕が流行歌よりも、ビートルズよりも早く目覚めた「音楽」は、『太陽にほえろ!』のサウンドトラックでした。
両手にも満たない年齢の頃に、それとは知らず注入された井上バンドの音。
あの『太陽にほえろ!』の音楽が最も近しい仕上がりで反映されているジュリー・アルバムは、間違いなく『JULIEⅣ~今僕は倖せです』でしょう。
次回はこの名盤の中から、僕なりに「堯之さんのギターならこの1曲!」と考える大好きなジュリー・ナンバーをお届けしたいと思います。

更新頻度が早過ぎて申し訳ないのですが、とりあえずあと2曲ぶんはこのペースで突っ走りますよ~。

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2017年4月 5日 (水)

沢田研二 「ジャンジャンロック」

『JULIE SINGLE COLLECTION BOX~Polydor Yeas』収録
original released on 1981 シングル『ス・ト・リ・ッ・パ・-』B面


Strippersingle

disc-34
1. ス・ト・リ・ッ・パ・-
2. ジャンジャンロック

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いきなりですが、「揺るぎない優しさ」とは正反対の「復興相」の発言に怒り呆れています。
彼にとって、「復興」とは一体何なのでしょうか。



失礼しました。ひとまず気をとり直しまして・・・。
全国ツアー後半のインフォ来ましたね!
自分の参加会場については、今週いっぱい熟慮し週明けには申し込みを済ませたいと思っています。
あとは、声がけして「是非」と言ってくださった一般ピープルのみなさまの分を間違いないよう記入すること。そんなこんなで今回はかつてないほどの枚数を申し込むこととなり、ひとまずの立替も合わせ今月はなかなかの金額が手元から飛んでいきますな~。
いやいや、幸せなことです。

さて、前回「卑怯者」の記事は執筆前に「とにかくコンパクトに!」と考えていたのに、土曜に1日中家に籠って下書きしたせいか、結果長文となってしまいました。
勢いだけで書くとこうなっちゃうんですよね~。

お正月の『祈り歌LOVESONG特集』ファイナルでのジュリーの「頑張れ!」エールを伝え聞き感化された僕は、少なくとも全国ツアーが始まるまでは、「今頑張っている人のために頑張る」期間として、記事の更新頻度に重点を置きたいと思っています。
でも、常に長文だと僕自身が大変ですから(汗)、今回は「コンパクト化」を真剣に考えてみました。
今取り組んでいるのは、「この曲のこの演奏にシビれる!」シリーズ。そこで、文の枝葉を少なくするため、記事を大きく大きな3つのチャプターに分けて書いてみようと思います。それは

①お題曲にまつわる(時に個人的な)あれこれ
②楽曲全体について(ジュリーのヴォーカル、歌詞、メロディーなどの考察)
③推奨・この楽器パートを聴けい!

というもの。これなら(いきなり話を飛ばせるので)常識的な文量におさまるやもしれません。
中には「長文大好きなので食い足りない」と仰る読者のかたもいらっしゃるかもしれませんが、そんなあなたは少数派(いやいや、ありがたいことでございます)。
しばらくはタイトに、コンパクトに、そのぶんどんどん更新していこうと思います。
よろしくお願い申し上げます。

では、「この曲のこの演奏にシビれる!」シリーズ、第2弾の今日は「ベース編」。
お題はエキゾティクス期シングルB面の大名曲、「ジャンジャンロック」を採り上げます。伝授!


①「ジャンジャンロック」あれこれ」

これはYOKO君が大好きな曲のひとつ。まぁ、彼以外にも「これ大好き!」と仰る先輩を知っていますから、総じてジュリーファンの人気が高い曲なのでしょう。
もちろん僕自身も特に好きな1曲です。

でもねぇ、YOKO君が熱烈に「大好き」と言ってる曲って、僕からすると一体何を基準にすればそのラインナップになるんだ、という印象です。
例えばポリドール期で彼が特に傾倒しているナンバーは、「古い巣」「コバルトの季節の中で」「バタフライ革命」「MITSUKO」「WOMAN WOMAN」「ジャンジャンロック」・・・この6曲に何らかの共通点を見出せる人がいたら教えて欲しいですよ。
ただ、それぞれ単独に考えれば当然どれも名曲ですし、「ジャンジャンロック」をYOKO君が愛している理由はよく分かります。だってこの近田春夫さんの詞、18~20才くらいのYOKO君の実生活そのままですから。

   ジャンジャン雨降り ブラブラひとり
C7  Bm

パチンコするにも金がない 仕事やめちまったのさ
Bm                            Em              Bm

店のオヤジと喧嘩 即クビだぜ ♪
      F#7                            Bm   F#7

YOKO君の場合、「店」は花屋さんだったそうで。
僕はその年齢の頃の彼とはまだ出逢っていませんが(知り合ったのはお互いが20代半ばの時、弾き語りライヴハウスの競演者として)、彼が田舎から「街に出てきて二年目」くらいまでのエピソードの数々は何度も酒席で聞きました。
当時の彼の武勇伝聞くだけで、軽くひと晩飲めますよ。万一今後機会あれば是非お試しあれ(笑)。

②楽曲全体の考察

『ス・ト・リ・ッ・パ・-/ジャンジャンロック』は両面ジュリー自身作曲のシングル。しかもいずれも短調のハード・ロカビリーということで、当時多忙を極めていたジュリーが限られたプライヴェートの時間に熱心にストレイ・キャッツを聴いていたことが窺えます。
そう言えばYOKO君のギタリストとしてのバイブルはブライアン・セッツァーの教則映像でした。「ジャンジャンロック」は詞曲ともに彼の好みだったわけですか。

で、アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』にはジュリーの作曲作品が「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「渚のラブレター」「バタフライ・ムーン」と3曲収録されましたが、これが悉くキーが高い!
いずれも普通の男声ではとても太刀打ちできない高い「ラ」の音がメロディーの最高音となっています。
DVD『Zuzusongs』で「ラヴ・ラヴ・ラヴ」を歌い終えたジュリーが「いや~、高っかい!」ということで年齢ネタのMCを展開、「昔はGどころかAも余裕で出てた」と語っていますよね。この「A」が高い「ラ」の音を指しています。アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』の自作3曲でジュリーは余裕で最高音を出しているばかりか、確実に歌の最大の聴かせどころになっているのですから凄まじい。
「渚のラブレター」について、アレンジャーの銀次さんが(おそらくリズム録りの段階で)キーを下げてレコーディングする予定を忘れて録ってしてしまったという逸話は有名ですが、結果としてそれは「ナイスうっかり」で、「取り消せるBaby♪」の神がかったジュリー・ヴォーカルが生まれたことはみなさまご存知の通り。
「渚のラブレター」よりレコーディング作業が後だったと思われる「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「バタフライ・ムーン」の時には、もう銀次さんの頭の中に「ジュリーの声に負担がかからないようにキーを下げる」気配りは完全に消え去っていたでしょう。

そしてこれは「ジャンジャンロック」にもまったく同じことが言えます。
あまりになめらかに歌っているのでパッと聴き「キーが高い曲」とは感じていませんでしたが、今回採譜していざジュリーと一緒に歌ってみると・・・

とび出しナイフがポケットで
      Em             Bm

何かつぶやいているよ
F#7              Bm     B7

遠くにきこえるパトカーのサイレンにまじって ♪
   Em            Bm              F#7               Bm

サビ全体がメチャクチャ高くて息も絶え絶えになる上、最後の最後、「サイレンに♪」の箇所で高い「ラ」の音が矢継ぎ早に登場してギブアップ。
これを楽々歌っているとは、ジュリー恐るべし!

近田さんの詞もカッコイイです。
「不良少年のイノセンス」のコンセプト自体はアルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』収録の「DIRTY WORK」や「想い出のアニー・ローリー」と共通しますが、女性の三浦徳子さんとの違いは、「原体験」とも言えるリアルさ。
それはかつてジュリーの「不良時代」や速水さんの「バイ・バイ・バイ」など、井上バンド時代によく描かれていた曲達の主人公その後の物語のようでもあります。
男性がこのテーマを描くとこうなるんですね。

当時ジュリーも近田さんの詞には共感を覚えていたようで、後で添付する『快走通信』のインタビューで「ジャンジャンロック」について語ってくれています。
「ジャンジャン」は雨降りのジャンジャン以外に、「皮ジャン」のダブル・ミーニングもあるみたいですよ。

③建さん渾身のランニング・ベースを聴けい!

僕は20代後半、かけもちしていたバンドのひとつでベースを弾いていて、吉祥寺の曼荼羅や下北沢のガソリン・アレイなど、お客さんの目が厳しい箱でLIVEに出させて貰っていたので、メチャクチャ練習していました。ジャズのランニング・フレーズを反復し、それこそ「ジャンジャンロック」のようなスタイルも勉強しましたし、「俺はベースは結構弾ける!」と思い込んで(勘違いして)いた時期もありますが・・・まぁこの曲の建さんの演奏を聴くと、当然ながら僕などの及ぶところではないと言うか、とにかく凄まじいです。

ランニング・ベースは複数の小節をひと塊と捉え、その中のコード・チェンジにどれだけのヴァリエーションを自然な音階移動と運指で表現できるか、その上でリズム楽器としてしっかり曲の土台となりソロ楽器をバックアップできるのかが勝負。
その点建さんの安定感&冒険心はハンパない!
しかもこの当時の建さんは「主張」も強い(EMI期になると、「Tell Me...blue」や「プライド」のように「縁の下の力持ち、でもよ~く聴くと凄いことしてる」、という感じに変化していきます)ので、その神技も「音」として分かり易いです。
「ジャンジャンロック」ですと、1番締めくくりの方の「電光ニュースを見上げれば♪」の「ば」から始まる長尺の「この曲でここだけ」なフレージング。ハイフレットからうねうねしながら下降してゆくベース、気をつけて聴けばみなさまも必ずフレーズは聴きとれます。

かと言って建さんは、やみくもな音階移動にうつつを抜かしたりはしません。楽曲全体の俯瞰力も素晴らしいのです。

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Bm

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Bm

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Em(onB)

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Bm

街に出て来ておいらも ちょうど二年目 ♪
      F#7                                        Bm

この「Em」でのBのオンベース解釈。ジュリーが「ジャンジャンジャン、ジャンジャンロック♪」と歌う箇所で建さんは、途中でコードが変わっているのにひたすら「シ」の音だけを弾き続けるのです。
「Em」のところで普通にルートの「ミ」の音に移行したら、行儀が良くなり過ぎて詞曲の「ヤサグレ感」が弱まってしまうと思うのですよ。このあたりの機転は建さんの持って生まれた「センス」なのでしょうね。

あとはBメロと間奏、こちらはなかなか気づきにくいですが(特に間奏ではどうしてもピアノとリード・ギターに耳が行きますからね)、単なるランニングではなく、「タッカ、タッカ、タッカ・・・♪」というシャッフル・リズムを高速で奏でます。
「タッカ」の「カ」の音はロカビリーのウッド・ベースであればスラップ音、エレキベースであればピッキングで演奏されるはずのもの。建さんはそれをエレキの指弾きでやってのける!というこれまた神技。僕はピックベースの演奏もそれはそれで好きですけど、建さんの「あくまで指!」な拘りの凄腕にはやはり憧れます。

これまでジュリーが共演してきた幾多のプロフェッショナルの中で、最もその演奏が「凄い!」と思うミュージシャンは?と問われたら、僕は迷いに迷った末に「吉田建さんのベース」と答えるでしょう。
技術と才能に裏打ちされた、破天荒なまでの演奏スタイルを前面に押し出しつつ、「バンマス」の存在感もあったエキソティクス期の建さん。
その演奏を生で体感されているジュリーファンの先輩方が羨ましい限りです。


それでは、オマケです!
今日は、先ほど文中でも触れた81年の『快走通信』(日産ブルーバードの記事がメインなのですが、売り物ではなくフライヤーなのでしょうか?大分の先輩から授かった貴重な資料です)掲載のインタビュー。
ただでさえデカい紙面に見開きでレイアウトされた記事を強引に4分割してスキャンしましたので見辛いと思います。すみません(汗)。
4枚ぶんをうまいこと繋げば全文読めるはずです。


Kaisou8101

Kaisou8102

Kaisou8103

Kaisou8204


では 次回更新は、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ第3弾、『アコギ編』です。
またまた建さんのことをたくさん書くことになりそう。

エキゾティクスの頃の建さんはとにかく「俺はベーシスト!」の主張が強いのですが、プロデュースを任されたEMI期には楽曲至上の手法に転じ、次回お題曲では何と、自身の作曲作品にも関わらず(いや、自身の作曲だからこそ、なのかもしれませんが)でベースレスでアレンジしているほど。これがまた素晴らしい!
ベースに代わり建さんのセンスを押し出しているのがアコギなのですね~。

アルバム『彼は眠れない』から、僕が特に好きな名曲のお題でまたすぐにお会いしましょう!

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2017年4月 2日 (日)

沢田研二 「卑怯者」

from『HELLO』、1994

Hello

1. HELLO
2. DON'T TOUCH
3. IN BED
4. YOKOHAMA BAY BLUES
5. 卑怯者
6. RAW
7. ダーツ
8. Shangri-la
9. 君をいま抱かせてくれ
10. 溢れる涙

---------------------

桜満開、とはいかない週末でした。
今日はお昼に出かけて神田川周辺を歩いてみたんですが、本格的に桜並木を楽しむまでにはあと数日かかりそうですね。

さて、今年の新譜2曲の記事も書き終え、今回からまた様々な時代のジュリー・ナンバーをお題に、タイトな文量でビッシビシ更新してまいります。

4月前半は「この曲のこの演奏にシビレる!」シリーズと銘打ちまして、まだ記事にしていない曲の中から特に僕の好きな素晴らしい演奏が聴けるものを選んでゆくという趣向で、まず第1弾の今日は「ドラムス編」。
僕は2008年12月3日、東京ドームでの鉄人バンドの演奏でジュリー堕ちしましたから、これまでジュリー・ナンバーのレコーディング、ライヴに関わってきたドラマーの中ではやはりGRACE姉さんが一推しです。
ただ、GRACE姉さんがレコーディングした曲はリアルタイムですべて記事を書き終えています。そこで今回は、アルバム1枚きりの参加ながら、その個性的な音で唯一無二の輝きを放つ湊雅史さんのドラムス演奏に焦点を当ててみたいと思います。
アルバム『HELLO』から・・・そう言えば、この曲にタイアップがあったことを先日知ったばかりです。
「卑怯者」、伝授!


ドラムの話の前に、まずは楽曲考察を簡潔に。
昨年末に「HELLO」の記事で書いたように、僕はこのアルバム購入当初は、秋元康さん作詞の収録曲に若干の抵抗を覚えていました。阿久さんのダンディズムを引き継いだような詞のシチュエーションが94年当時のジュリーにはそぐわないのではないか、空回りしているのではないか、と感じたからです。

でもその後繰り返しアルバムを聴くうち、そうではない、と。これは正にこの時代のヒット・チャートのトップを駆けていた秋元さんと後藤次利さんの尽力なくして成しえなかった1枚だと思えてきました。
「チャート関係なく、自分の歌いたいことを歌う」ために翌年からセルフ・プロデュースに打って出るジュリーに、秋元さんや後藤さんがキッチリと「締めくくり」を提示したかのような名曲が「HELLO」であり「卑怯者」ではなかったか、と今は考えています。そのあたりについては「HELLO」の記事もご参照ください。

再評価が叶った今、僕が特に惹かれる歌詞部は

置手紙さえ残さずに
A                       F#m

夢でも見ていたみたいに ♪
      D          E           A

ここなどは、あの70年代、80年代に狂騒じみた感慨を持ちつつ「断ち切る」感覚がありますし

卑怯者! 指をさし  俺をせめるのは
       A      D       C#7    Ddim      F#m  F#m7

愚かな正義と知ってる ♪
D      E                 A

ここはジュリーの矜持に
も繋がる・・・今タイムリーな言葉で言うなら「60過ぎて地位もなにもない」。
ジュリーはずっとずっと前から、大切な人のためなら矢面に立つ(自らを攻め立てられる立場に置く)ことに躊躇いを持つ人ではありません。後追いファンの僕はジュリーwithザ・ワイルドワンズでのテレビ出演時の演奏シーンについて考えて初めて、ずいぶん遅れてそんなことを考えたものでした。

一方では、この詞で秋元さんが描くのはギリギリのダンディズムが辛うじて支える「自虐」でもあります。「別れ」の状況にはリアリズムもあります。
かつて僕は「ヤマトより愛をこめて」がダンディズムで「LOVE(抱きしめたい)」はリアリズム、と書いたことがありますが、秋元さんはまるでその双方を、阿久さんの描いた歌の主人公が年齢を重ねて40代後半となった姿を重ねたかのように訥々と語ります。この点は「HELLO」よりも「卑怯者」の詞に強く感じることです。

後藤さんのメロディーは、いわゆる「歌謡曲」寄りであるかもしれません。
ただし採譜してみますと、、王道のメロディーに配したコードはメチャクチャ手ごわい!
特徴的なのはディミニッシュによる代理コードの多用です。先述の歌詞部に登場する「Ddim」以外にも

見慣れた街を後にして
A                          F#m

夜明けの列車で 俺は出てゆく ♪
          D       E    Fdim   F#m    E

の「Fdim」であったり

今ならおまえは やり直せるはず
      Dmaj7         A       C#m7  F#m

どんなに別れがつらくても ♪
   D       Bdim              F#m    B7

の「Bdim」であったり。
緻密に練りこんでいるんですよね。さすがです。

キーはイ長調ですが、イントロとエンディングに独立したギター・リフ(「A7」)を配した構成も大好き。ちょっとインドっぽいと言うかサイケっぽいと言うか、不思議な音階のリフ・フレーズに、僕はXTCの「Earn Enough For Us」という曲でのアンディ・パートリッジの演奏、アレンジを連想しました。
これがもしシタールに近い音色だったら、前年リリースの「Come On!Come On!」のような感じに仕上がっていたのかな。

それでは、今日のメインテーマである湊さんのドラムスについて書いていきましょう。
ガッチガチのセメント・チューニング。演奏時のインスピレーションでアドリブを繰り出すスタイルで、「同じ曲を二度と同じようには叩かない」とまで言われることもあるという「感性型」にして「超・攻撃型」のドラマー、それが湊さんです。

僕は湊さんが在籍したDEAD ENDについてほとんど知らなかったこともあり、初めてアルバム『HELLO』を聴いた時(特に「Shangri-la」が強烈でした)、「このドラマーは一体?」とクレジットを見て(その当時は『HELLO』の歌詞カードも普通に読めたなぁ・・・遠い目)湊さんの名前を頭に刻み込みました。
ただ、その後も含めて僕にとって湊さんのドラムスは、ジュリーのこのアルバムだけに集約されてしまっています。湊さんのことを語るならば本来はもっと手を拡げて勉強しなければならないところですが・・・今回はご容赦ください。
実は、湊さんの年齢を把握したのがつい先日のことなのです。なんとなく「大ベテラン」「大御所」のイメージを勝手に持ち続けていたんですけど、GRACE姉さんのツイッターをたまたま拝見して(こちら)、「えっ、湊さんってGRACE姉さんが「くん」付けで呼ぶような年齢なの?」と驚き、ネットで調べてみた次第。
なんと、僕とたった1学年しか変わりません(湊さんは早生まれですので、誕生年は僕と同じ1966年)。ということは、『HELLO』参加時はまだ20代ですか。凄い!

「卑怯者」のレコーディングでも、もちろんリハを重ねての本番だったのでしょうが、湊さんの演奏はテイクごとに細かなニュアンスが変化していき、「その一瞬」でしか繰り出せなかったフィルや打点を僕らは正規音源として今CDで耳にしていることになります。

湊さんの演奏が「何か他の人と違う」伝わり方をするのは第一に皮を「硬く」張った状態にして叩くチューニング。スネアの音が最も分かり易いでしょう。残響音が少なく、一打一打の主張が強くなっています。
第二に「インスピレーションによるアドリブ」。これは特にハイハット(LIVEだと、向かってスネアの右隣にセッティングしてある二重のシンバル。2つのシンバルをを閉じると「チッ、チッ♪」と鳴り、開くとに「シャ~♪」と鳴ります。開閉は左足で操ります)に注意して聴けば伝わりやすいと思います。
例えば1番Aメロ、歌詞1行目で「裏」や「裏の裏」を刻んでいるのが閉じた状態。「置き手紙さえ♪」で突然(そこで入れるか!と驚かされます)「シャ~♪」と鳴るのがオープン・ハイハットです。
これらの開閉が規則性なく自由に、しかも刺激的に繰り出される演奏が湊さんならでは。
また

世界 中が敵でもいい
C#m  D           A     F#m

おまえだけはきっとわかるだろう ♪
C#m   D       Bm    D            E

このブレイク部のスネアを打つタイミング、面白いですよね。これも湊さんがその瞬間に何らかの着想を得て生まれた演奏です。

加えて、フィル・フレーズの素晴らしさは言わずもがな。
やっぱりロールを絡めたフィルが目立つ中、僕が好きなのは一番最後の「卑怯者!」の直後に「しゃたん!」と鳴る2打です。
サビでジュリーが「卑怯者!」と歌う箇所は曲中計6度登場しますが、湊さんがフィルを入れてくるのは最後だけ。
後藤さんが施した「しゃかしゃん!」というS.E.とかぶってしまっているのが残念です。セオリーには反しますが、最後だけはS.E.を抜いた方が素晴らしい仕上がりになったのでは、と思いますがいかがでしょうか。

下手の横好き&典型的な器用貧乏タイプの僕は色々な楽器をやりますが(いずれも腕前は三流です)、最初に入れ込んだのはドラムでした。
小学校の鼓笛隊でスネアをやったのがきっかけで、『太陽にほえろ!』のサントラでバンドサウンドに憧れ(つまり、僕には井上バンドのDNAがそれとは知らず幼少時に注入されていたのです)その後ブラスバンドでドラムスを始め・・・「本格的にやってみたら」と言ってくれる人もいましたが、ギターに出逢ってからはそちらに気持ちが行ってしまい、ドラムの練習をしなくなりました。
元々才能なんて無いわけですから稽古不足で上達が望めるはずもなく。
それに僕は当時から腰が弱かったですからね。ドラムスって、腰への負担が半端ないと言われます。
かつてPONTAさんが『イカ天』のゲスト審査員に出演されていた時、ある出演バンド(名前を忘れてしまいました)のドラマーが素晴らしい演奏を魅せてくれた回がありました。そのドラマーが撮影当時に腰を痛めながらの熱演だったと知ったPOANTAさんは「いいドラマーほど腰からやられるものだ」と、賛辞も込めて気遣いの言葉をかけていらっしゃいました。
たとえ口には出さずとも、PONTAさんもGRACE姉さんも、そして湊さんも、腰の不調を抱えながらずっと活動を続けていらっしゃるのかもしれません。

個人的には、「観る」側としても特にドラマーへの憧れは今でも強いです。
アルバム『HELLO』での湊さんの演奏を聴くと、「演奏してて爽快なんだろうなぁ」と思います。
湊さんの個性は、楽器に詳しくない人にもとても分かりやすいですから、この機会に是非ドラムスに気をつけて「卑怯者」を聴いてみてください。

最後に。
今年の全国ツアー、このアルバムのタイトルチューンにしてシングル曲「HELLO」は歌われるでしょうか。
昨年末に『祈り歌LOVESONG特集』のセットリスト予想として記事を書いたばかり(やっぱり当たりませんでした)の「HELLO」は、僕がまだ生で聴いたことが無いシングル曲のひとつです。
リリースは「YOKOHAMA BAY BLUES」と両A面扱いですよね。ジュリーはどちらかと言うと「YOKOHAMA~」の方がお気に入りのようですから、選ぶとすればそちらに気持ちがいくのかなぁ。
この先一度は「HELLO」の方も聴いてみたいのですが、下手すると今年がラストチャンス?
是非、期待したいです。


それでは、オマケです!
現在、94年の資料ネタが尽きてしまっているので、「卑怯者」というフレーズからの連想ということで・・・若きジュリーが演じた「坂本竜馬暗殺犯」(いや、秋元さんの描いた主人公はそういう意味での「卑怯者」ではないんですけど)の記事を。
福岡の先輩からお預かりしている『ヤング』のバックナンバー、82年9月号から2ページどうぞ~。


820901

820902

ジュリーがこんな役を演じたことがあるなんて、この記事を目にするまで僕はまったく知りませんでした・・・。


いやはや、今回は「コンパクトに」と心がけて書いたのにやっぱり長文になってしまいました。
「長過ぎて最後まで読めん!」とのお言葉、よく伺います。なんとか次こそは~(汗)。

それでは、『この曲のこの演奏に痺れる』シリーズ、次回第2弾は「ベース編」です。
盟友・YOKO君の大好きな・・・と言うか歌詞の内容が彼の若かりし日々そのまんま、というシングルB面の名曲を採り上げます。どうぞお楽しみに。

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2017年2月25日 (土)

沢田研二 「想い出をつくるために愛するのではない」

from『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』、1978

Love

1. TWO
2. 24時間のバラード
3. アメリカン・バラエティ
4. サンセット広場
5. 想い出をつくるために愛するのではない
6. 赤と黒
7. 雨だれの挽歌
8. 居酒屋
9. 薔薇の門
10. LOVE(抱きしめたい)

---------------------

今日は阿久悠さんのことをたくさん書きたいと思っていますが、タイミング良くTV番組の情報が。
BSプレミアムで放映の『ザ・プロファイラー』が、3月2日に阿久さんの特集を組んでくれるようですね(
こちら)。「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」の話題は(あわよくば映像も)期待できるのではないでしょうか。
是非観てみたいと思います。

阿久=大野=ジュリーのトライアングル黄金期の名曲群・・・みなさまが敢えてその中から「個人的ナンバーワン」を挙げるとすればどの曲ですか?
僕はね、ハッキリしています。
アルバム『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』の中で一番好きな曲であり、すべての阿久さんの作詞作品の中で一番好きな曲をとうとう書く時が来ました。
「想い出をつくるために愛するのではない」、伝授!


真冬に聴くこのアルバムは格別の素晴らしさですが、その最大の魅力は何と言っても「ここまでやるか!」という阿久さんの詞です。
「TWO」も「24時間のバラード」も「アメリカン・バラエティ」も「サンセット広場」も「赤と黒」も「雨だれの挽歌」も「居酒屋」も「薔薇の門」も凄まじいと思う・・・でもやっぱり一番凄いのは「想い出をつくるために愛するのではない」ではないかと僕は思います。
てか、大トリ収録のシングル曲「LOVE(抱きしめたい)」・・・ジュリー・シングルの中でも最強に主人公のダメージ度が高い曲が普通のラヴソングに聴こえてしまうアルバムってどれほどなの?という話。

型破りなまでに斬新かつ挑発的でありながら、完全に大衆に受け入れられ音楽界で圧倒的な支持を得た、というのが阿久さんの詞の凄さです。
「タブー知らず」なその言葉選びが分かりやすく説明できる、ジュリー・ナンバー以外の阿久さんの楽曲をまずここでご紹介しましょう。
1974年に放映された「特撮ヒーロー」子供番組の主題歌ですので、当時小学生男子だった僕と同じ世代の男性ならほとんど知っているはずですが、多くの女性ジュリーファンはご存知ないでしょうか・・・ズバリ『スーパーロボット マッハバロン』の主題歌です(こちら)。

阿久さんの歌詞云々の前に、みなさまはこの歪みまくったエレキギターや、ドラムス鬼のキック連打、ハードなヴォーカル・スタイル、ロックンロールな曲調、グラム・ロックなアレンジにまず驚かれたかと思います。作曲は誰あろう、井上忠夫(大輔)さんです!
で、阿久さんの歌詞、と言うか言葉の選び方がね・・・強烈過ぎませんか?

(悪の天才が)世界征服を夢見たときに
ですよ!
蹂躙されて黙っているか?
ですよ!

こんなフレーズを当時の子供たちは普通に覚えて、歌っていたわけです。「蹂躙」なる言葉の意味を分かっていたかはともかくとして。

さらに話が逸れますが・・・僕は「パチソン」フェチです。
「パチソン」・・・これも昭和の素晴らしい文化のひとつで、当時、子供向けの特撮やアニメなどのテレビ番組幾多の主題歌を、名もないバンドが耳コピで演奏、歌唱しレコーディングしたものを、怪しげなイラストが描かれたレコード、或いはカセットテープに編集されて全国各地のスーパーやデパートで安価で叩き売られている、ということがあったのです。
もちろん「本物」とは違うヴァージョンですから、何も知らずにお母さんが買ってきたレコードを聴いて子供たちは「なんか違う~」と思いながらも楽しんでいたのですね。原曲と比べるとヴォーカルのメロディーがおかしな抑揚になっていたり、ここぞとばかりにバンドが好き放題なアレンジ解釈の主張をしていたりと、バンドの数だけ怪作、迷作が多く生み出されています。
ちなみに僕も母に買って貰った『あつまれ!テレビまんが』というパチソンLPを持っていました(今も実家にあるかどうかは未確認)。すべて「ファットロマンサーズ」なるバンドの演奏。「マジンガーZ」「アイアンキング」「デビルマンのうた」が特に凄いですが、その醍醐味を理解したのは高校生になってからでした。

そんな中、パチソン・マニアの間で「永久保存版」と言われているのが『マッハバロン』のそれです。
僕がこのパチソン・ヴァージョンの存在を知ったのはほんの数年前のことで、たまたまYou Tubeで見つけて聴いた時にはひっくり返りました。
酔っ払って風呂場にカラオケ・セットを持ち込んで歌ったかのようなリード・ヴォーカル、最初のカウント出したメンバーの遅すぎたテンポを信じられないほど忠実にキープする演奏、あまりに陽気なアレンジ解釈のキーボードも凄いんだけど、まぁとにかくここは、歌詞に注意して聴いてみてくださいよ(こちら)。

耳コピが招いた大惨事。
そりゃあ、世界征服を夢見る悪の天才が突然チューニングを始めたら僕も黙っちゃいないけどさ・・・。
でもね、これは逆に阿久さんの凄さを物語っているとも言えるんです。「あの阿久悠さんが書いた詞だよ。子供番組の主題歌だからと言ってナメていたら大変なことになるよ」という実例なのですから。

同じことは、『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』というアルバム、「想い出をつくるために愛するのではない」という名曲についても言えます。プロフェッショナルが心血注いだ歌謡曲をナメてはいかん、と。
僕は次回更新で本格的な「懺悔」モードの記事を1本書くつもりでいます。と言うのも、数年前までの僕はやたらと「ロック」を振りかざしてずいぶん不遜、傲慢な文章をこのブログで書いていました。さらにそれ以前となると、ハッキリ「歌謡曲」なるジャンルを「ロック」から2、3段下に見ていたと思います。
それを翻したのがジュリーの『今度は、華麗な宴にどうぞ』との出逢いであり、トドメが『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』でした。
阿久さんの詞だけとっても、これはロック以上にロックではないか、と。でも、世のジャンル・カテゴライズは「歌謡曲」。それで良い、それが良いのです・・・最強の歌謡曲、ここにあり!です。

阿久さんはこの曲で「2年3ヵ月つきあってきた彼女と別れた」と、要約するならば1行で済むシチュエーションをどこまで拡げられるか、というテーマに挑戦しているように思われます。
まぁ阿久さんが書いたのですからこの物語の中の主人公と彼女の関係はかなり特殊で禁断的なものではあるのでしょうがそれはさておき、「情景」を映し出す言葉も、「気持ち」を表す言葉も神出鬼没、縦横無尽に散りばめられ、濃縮され繋げられて、まるで映画を1本観ているかのような名篇。

夏の日の帽子 くるくると風に舞った
   Am                   G

まぶしさを失い 落ちて行く夕陽は
      F                     Em

生きることを恥じている
Dm       E7       Am       Am9

妥協なく畳みかけられる阿久さんの言葉。
真冬の情景に「夏の日の帽子」を登場させる手法は、同アルバム収録の「雨だれの挽歌」でも「あなたの肌の熱さ」から真冬の凍える寒さを描いた阿久さんならではの神技です。
「想い出をつくるために愛するのではない」と「雨だれの挽歌」は主人公の置かれた状況がよく似ていて、「ホテル」が共通のフレーズなのですが、当然ながら別の物語でホテルの場所も違いますね。「雨だれの挽歌」は外に出ればすぐメトロの駅まで歩いていけますから「都会」でしょう。一方「想い出をつくるために愛するのではない」は窓から冬の海が一望できる「地方」・・・おそらく、夏には旅客で賑わう観光地なんだけど冬は閑散としている「○○岬」といったところでしょうか。

で、主人公は1人ホテルの部屋で夕刻から夜にかけてを過ごしていますが、「昨日」の時点・・・いや、当日のお昼までは彼女と一緒だった、と想像できます。
別れの直後にイーグルスを聴きながら5杯目のウイスキーを飲む主人公。とは言っても聴いているイーグルス・ナンバーは「ホテル・カリフォルニア」ではなさそうです。「呪われた夜」「駆け足の人生」あたりかな。
そして

想い出をつくるために
   Am                Dm

愛するのではないのです ♪
   Am           Em         Am
   
阿久さん、容赦無し!
久世さんにしても阿久さんにしても、ジュリーを愛する天才って、美しいジュリーをトコトン痛めつけ傷つけることで心身が燃え上がったりするのでしょうか。

そして、主人公のダメージを「これでもか!」と追い込んでいるのは、アレンジと演奏も同様です。
『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』には、羽田健太郎さんをはじめとする天才肌ミュージシャンの演奏だからこその素晴らしさがあって、スコアに忠実でありながらそれ以上と言うのか、「どういう曲である」ということを踏まえて音が出ているように思えます。
特にチェロが凄い!情念、恩讐すら感じます。
そして船山基紀さんのアレンジ。一番最後のダメ押しリフレインで、各楽器が音量と手数を下げ、サ~ッと後方に退いていきますよね。とり残され、徹底的な孤独を強いられるジュリーのヴォーカルが、主人公のダメージをダイレクトに伝えてきます。

でも。
この恩讐じみたダメージ・ソングにあって、ジュリーのヴォーカルと大野さんのメロディーだけは「ノーマル」。それはまるで悪戯を企み盛り上がっている仲間連中を無言で手助けしているような・・・それでいてジュリーと大野さん無くしてその企みは成就しないという確信を持った「余裕」とも言えます。
「受け入れている」のではない、「突き抜けたノーマルの余裕」だと僕には思えるのです。
ジュリーのヴォーカルも大野さんのメロディーもひたすらに美しく気高く、俯瞰力に満ちています。このアンバランスこそが「想い出をつくるために愛するのではない」、ひいてはアルバム『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと~』の個性であり魅力ではないでしょうか。
こんな歌、「70年代歌謡曲の王者」ジュリー以外で成立するでしょうか?少なくとも並の歌手では阿久さんに飲み込まれてしまうでしょう。

正に、「狂乱の70年代」と格闘してきた阿久さんが、ジュリーという奇跡のようにノーマルな天才の歌で「時代」を映し出した名曲なのだと思います。

アルバム『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』は、僕の周囲のJ先輩やJ友さん達の間でハッキリ好みが分かれる作品のようです。
「好みでない」と仰る方々から多く聞かれるのが「くどい」というご感想。う~ん、確かに「くどい」です。また、「ド歌謡曲」と評する方々もいらっしゃいます。うん、確かにそれはその通り。
でも僕は個人的に、突出したもの、やり過ぎたもの、突き抜けたものが大好きです。
ジュリーの幾多の名盤の中で、『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』の「突き抜け度」は最高級だと思います。昭和の偉大な「歌謡曲」が産み落とした形見のような1枚ではないか、とも思っています。大好物です。

ただ・・・ジュリー本人がこのアルバムをどう思っているかはまた別の話で。
たぶん、好きではないでしょうね(笑)。
このアルバムから、「LOVE(抱きしめたい)」以外の曲をこの先のジュリーLIVE・セットリストで体感するというのは、夢のまた夢でしょうか・・・。


それでは、オマケです!
今日は、記事お題収録アルバム『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』リリースと時期こそ異なりますが、同じ78年の資料ということで・・・いつもお世話になっている先輩に以前お借りしてスキャンさせて頂いた、『JULIE ON STAGE '78』パンフレットからどうぞ~。


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77年末に日本レコード大賞を見事受賞し、明けてのお正月LIVEですよね。有名な「もろた節」を披露してくれたのは、このツアーだったのでしょうか。


さて次回更新は・・・。
今月はここまで「3日に1曲」を自分に課して頑張ってきましたが、2月は勤務先の決算月ということで月末から翌3月頭までは帰宅も遅く、下書きに集中する時間がとれません。ですので1週間ほど更新間隔を空けることになるかと思います。

来月3月11日には待望の新譜『ISONOMIA/揺るぎない優しさ』が発売となります。それまでの3月上旬、溜まりに溜まっているみなさまからのリクエストの中から3曲のお題を選び、この機に書かせて頂くつもりです。
まず次回は、今日の本文中で少し触れました通り、ちょっと「懺悔」モードの記事となります。

2010年に僕のブログの至らなさや欠点について親身にアドバイスしてくださったJ先輩が、その時宿題のようにリクエストしてくださった曲を遂に書こうと決意。
「今なら話せる」・・・あの頃の自分を振り返って。
と、思わず歌詞フレーズのヒントを書いてしまいましたが、次回、PYGのお題でお会いしましょう!

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2017年2月22日 (水)

沢田研二 「夢見る時間が過ぎたら」

from『明日は晴れる』、2003

Asitahahareru

1. 明日は晴れる
2. 違いのわかる男
3. 睡蓮
4. Rock 黄 Wind
5. 甘い印象
6. Silence Love
7. Hot! Spring
8. ひぃ・ふぅ・みぃ・よ
9. 100倍の愛しさ
10. 夢見る時間が過ぎたら

--------------------

先の日曜日は『熱中世代』のことを見事に忘れていて、前回記事を更新した後にじゅり風呂巡りをして「ああっ、そうだった!」と地団駄を踏んだDYNAMITEです。
番組はとても素敵な内容だったようですね。次は忘れないようにしないと・・・。


さて、矢継ぎ早の更新が続きます。
本当に偶然なんですが、このところ藤公之介さん、及川恒平さん、尾上文さんと男性作詞作品のお題が続いていて、今日書こうとしている曲もそうなのです。
昨年は「女性作詞ジュリー・ナンバーの旅」シリーズを書いていたことがあります。はからずも今は「男性作詞ジュリー・ナンバーの旅」をしている感覚。

ただ、今日のお題は特殊な1曲です。なにせ「2000年代の男性作詞作品」なのですから・・・ジュリーファンならば、それがどれほど稀なことかは分かりますよね。

2003年リリースのアルバム『明日は晴れる』の中で僕が最も好きな名曲です(CD購入直後は「違いのわかる男」に、”ほぼ虎”武道館公演直後は「Silence Love」にその座を譲る時期もありましたが)。
「夢見る時間(とき)が過ぎたら」、伝授!


1995年のアルバム『sur←』以降現在まで、セルフプロデュースによる新譜製作を続けているジュリー。
みなさまご存知のようにこの95年を機にジュリーは、「自作詞曲以外は基本的に女性に詞を書いて貰う」というスタンスを貫いています(act、音楽劇は除く)。

例外は、まずTEA FOR THREE、及び「Long Good-bye」のサリー、さらにはジュリーwithザ・ワイルドワンズの吉田Qさん(「涙がこぼれちゃう」「いつかの”熱視線ギャル”」の2篇)、そしてアルバム『明日は晴れる』で伊集院静さんが提供した「甘い印象」そして「夢見る時間が過ぎたら」の2篇ということになります。
僕としてはそこにもう1曲、ジュリーwithザ・ワイルドワンズの「プロフィール」を加えておきたい・・・この曲の作詞クレジット「Sunset-Oil」が一体誰の(或いは数人合作の)ペンネームなのかは未だ謎のままですが、僕にはこれ、男性が書いたとしか思えないんですよ。お互いに年齢を重ねてきた男性の長い友人同士が、人生のエールを送り送られ「まだまだ、これから!」という。
さらにそのアプローチは、伊集院さんの「夢見る時間が過ぎたら」ととてもよく似ているのです。
もし「伊集院さん=Sunset-Oil」だと言われても僕は驚きません。まぁさすがにそれはナイでしょうけど・・・。

前々回更新「絹の部屋」の記事で僕は「男性である、という時点で”官能のジュリー・バラードを聴く際にハンデがある」と書きました。
その一方で、「プロフィール」や「夢見る時間が過ぎたら」あたりは、「男性ファンだから勝手に詞の内容を妄想できる」面もあるかと思います。ただし、僕のようにジュリーと年齢が離れていては残念ながら不充分。
どういうことかと言うと・・・。

ジュリーという人は間違いなく「男が惚れる男」です。
想像するに、そうした親愛の情はジュリーと年齢が近い男性ファン、業界のプロフェッショナルをして
この男とダチになりたい
との願望を抱かせるのではないでしょうか。
ジュリーより18コも年少の僕には、ここにも大きなハンデがあると言えます。

伊集院さんは1950年生まれですからジュリーと同世代ですよね。もちろんリアルタイムでデビュー以来のジュリーの活躍を知っていらっしゃる。
加えてアルバム『明日は晴れる』には、パッケージに謳われている通り「沢田研二・芸能生活35年突破記念」というコンセプトがあったわけです。
このタイミングで同姓、同世代の伊集院さんがジュリーに作詞提供するとなれば、2人互いに50歳を越えた今、「親愛なる友人に向けて、この先の人生のエールを送る」類の作品が生まれることは自然、必然だったのではないでしょうか。

では、「夢見る時間(とき)が過ぎたら」とは具体的にどのような「時」を指すのでしょう。
おもに男性についてよく言われるのが
「青年は未来を夢見る。老人は過去を夢見る」
という言葉。
僕も昨年の12月20日をもっていよいよ50代に突入、その感覚が分かってくる年齢になりました。特に僕の場合は、錆びれた田舎町からわざわざ東京まで出てきて30年以上が経ちますからね。

故郷・鹿児島の小さな高校のクラスメイトからは、僕も含めて3人の男子が未来を夢見て上京しました。
1人は僕と同じ大学を出て今は大手出版社の編集長となり、業界では有名な「企画仕掛け人」として活躍中。もう1人は防衛大学を出て自衛官となり艦長にまで出世、世界を駆け回っています。
故郷を離れ文字通り「ひと旗揚げた」誇れる友人達。
対してこの僕はと言えば・・・上京以来好きなことばかりに熱中し続け、小さな会社勤めでごくごく平凡な日々を今も都会で送り続けています。
まぁ僕の場合はそれが身の丈に合っていますし何の不満があるわけでもないのですが、将来高々と掲げるために用意して故郷から持ってきていた「旗」をそろそろ畳んで片付けようか、という頃合です。
ってことは、僕の「夢見る時間」は過ぎた・・・のかなぁ。

ジュリーはどうでしょう。
思い出すのは『ジュリー祭り』でのMCです。僕は2008年12月3日の時点ではその言葉がよく飲み込めなかったのですが・・・「自分は、”夢を見る”ようなタイプの人間じゃない」とした上で「でも、夢を見させて貰った」と。これまでの歌人生で関わったすべての人達、お客さんへの感謝を口にしたのだ、とその後ジュリーの歴史を勉強して僕にもそのMCの深さが分かってきました。

確かにジュリーは「旗を掲げる」ということで言えばとてつもない実績を残してきた歌手ですが、「大志」はあっても「野心を抱く」タイプではありません。ただ、そんなジュリーが「もうひと旗」掲げたい、と考えた時期があったとするなら・・・後追いファンの僕の考えなので間違っているかもしれませんが、たぶんそれは2001年。
新年のコンサートで過去のヒット曲をたくさん歌ったこと、積極的にテレビ出演に乗り出していったこと・・・ファンとしては「ジュリーが再び表舞台に立とうとしている」とハッキリ感じていた時期だったのでは?

でも、当時の「表舞台」の現場とジュリー自身の「やりたいこと」には想定以上の乖離があったのかな。

いい加減うんざりだろう 時代の青臭   さ
F#m     E         D   A     D     A    F#dim  C#7

今すぐ部屋を 飛び出せ もう止まらない ♪
F#m   E(onG#)   A         G               E

「夢見る時間」は過ぎた、と思いはしなかったでしょうが、ジュリーはまるで大きな反動のように、その後は「自分のやりたいこと」に明確に向かっていきます。
伊集院さんの「夢見る時間が過ぎたら」は、はからずも2002年のジュリー・レーベル設立前後のジュリーを物語っているように僕には思われます。

好きにするさ    誰も止めな  い
C#m         Dmaj7   C#m7    Em7  A7

伊集院さんが「ジュリーとは長年の友人同士」という状況を作品で実現させて
「お前がイイ男だってことは俺がよく知ってる。世間や年齢に縛られる年はもう過ぎたな。これからは自由に、自分の好きに生きろよ」
とメッセージを贈る・・・こういうのは男性ファン独特の歌詞解釈(妄想)じゃないですか?

実際のジュリーはさらにその後、2008年の『ジュリー祭り』2大ドーム公演を大成功させ、「夢を見させて貰った」以降の人気再燃はめざましいものがあります。
僕もその過程で虜にさせられた1人。ジュリー自身が「夢を見ない」人としても、僕らファンはジュリーが歌い続けてくれる限り「過去も未来も同時に夢見る」ことができるわけで、こんな幸せなことはありません。

あと、もう1点伊集院さんの歌詞から思いついたことがあります。
僕はお正月LIVEのレポートを書き終えると、近々の執筆意欲を持つ20曲を選んで1枚のCDに纏め通勤や仕事中の移動時間に聴き込んでいますが、先日「恋がしたいな」の記事を書き終えた直後、「夢見る時間が過ぎたら」を聴いていてふと気づきました。
「恋がしたいな」の主人公って、伊集院さんの言う「夢見る時間(とき)」を過ぎたばかりの、ごく普通の男性なのかな、と。
僕は記事中で大胆な「クローン・アンドロイド説」をブチ上げましたけど、「はて、旗を畳んで、これからどう生きようか」と立ち止まって考えこんでいる平凡な人間のさりげない衝動を描いた物語なのではないか、と考えたのです。いかがでしょうか。
まぁ、クローン説もとり下げませんけどね(笑)。

長々と歌詞解釈を書きましたが、僕がこの曲を好きなのは当然「曲が素晴らしい」からです。白井さんの作曲、アレンジについても書いておきましょう(「夢見る時間が過ぎたら」のような名曲を改めて聴くと、今年からジュリーの新譜レコーディングに再登板となった白井さんへの期待は高まるばかりです)。

アルバム『明日は晴れる』は、90年代後半から徐々に押し進められてきたジュリーの「エレキ・サウンドのロック」嗜好を存分に反映させた、ハードでゴッツい名盤であることは確かです。でも、前後の『忘却の天才』『CROQUEMADAME & HOTCAKES』『greenboy』と比較するとかなり特殊な1枚でもあります。
これは以前「Silence Love」の記事で少し触れたのですが、このアルバムの収録曲は、「アコギでロックするパワー・ポップ」率が高いんですよ。
例えば「Silence Love」には、エレキギターは一切使われていません。それでも「ハード」ですし爆音感も凄い・・・それがアルバム最大の個性でもあります。

90年代のオルタナから派生していった、「ブ厚いサウンドなのにビートルズライク」というファストボール、オーズリー、メリーメーカーズといった各国の頼もしい連中が志向した「パワー・ポップ」の手法。その中でも僕が好むのが、ポップなメロディーを敢えてアコギで重厚に表現して魅せる音作りです。
「夢見る時間が過ぎたら」はその王道のようなアレンジで、アコギのストロークにエレキが明快なリフとバッキングを両刀で味付け。その上でベースの低音は効きまくり、という完璧な仕上がりです。
もちろんメロディーの素晴らしさは大前提。僕は最初にこの胸キュンなAメロを聴いた時、ニック・ロウが在籍していたバンド、ブリンズレー・シュウォーツの名曲「銀の拳銃」(リンク貼りたかったけどYou Tubeで見つけられず・・・本当にAメロはよく似た雰囲気なんです)を思い出し、一発で気に入ったものでした。

錆びれたホテルの窓辺 ♪
F#m       E          D  A

長調の曲の歌メロがマイナー・コードから入るというのがね、「来た来た!」って感じで。
エンディングにドラムスが残るアイデアは何か洋楽のオマージュ元がありそうですが、今は思い出せません(涙)。いずれにしても、アルバム『明日は晴れる』はこの曲のこのアレンジで終わるのが良いんですよね~。


加えて、白井さんのこのアレンジには「邦楽ならでは」の素晴らしさもあります。
それは、エレキギターの音色設定。
長いジュリーファンの先輩方はリアルタイムでこの曲のイントロのエレキを聴いて、どこか懐かしい感じを受けませんでしたか?過去のジュリー・ナンバーで言うと「午前三時のエレベーター」のそれによく似ていますね。
そう、つまりこれは「GS回帰」の名曲でもあるのです。
ジュリーのヴォーカルにも、若い日々を穏やかに思い出しているような印象を受けます。かと言って実際に若かったらこういう曲を歌えたかどうか。
この暖かさは50代ジュリーのものですよね。まるで僕らがジュリーからのエールを貰っているようで。
こうなると僕が妄想した「男同士の友情」などという括りは越えてきます。僕の場合この名曲の真の意味はきっと、これから年を重ねて染み入ってくるのかな・・・。

ということで、「夢見る時間が過ぎたら」は2000年代ジュリーの名曲群の中でも特に先輩方の人気が高い曲、と僕は想像しているのですがいかがでしょうか。

アルバム『明日は晴れる』から僕がこれまで生のLIVEで体感できているのは、「明日は晴れる」「睡蓮」「Rock 黄 Wind」の3曲。
「夢見る時間が過ぎたら」はじめ、そろそろ他の曲も・・・と切望しています。
とりあえず今年のツアーを考えると、このアルバムからのシングル・カットはタイトル・チューンの「明日は晴れる」・・・これはジュリーが選ぶ「50曲」の中に入ってくるんじゃないかな。
『ジュリー祭り』の80曲からは漏れたけど、その後2度のツアーで歌われていますし、ジュリーのお気に入りであることは間違いありません。
2000年代シングルの中、「耒タルベキ素敵」「明日は晴れる」「greenboy」「ROCK'N ROLL MARCH」の4曲はセットリスト入り鉄板、と僕は予想します。
いずれもジュリー自身が50周年を「シングル」で振り返った時、重要な1曲なのではないでしょうか。


それでは、オマケです!
今日は大分の先輩よりお預かりしている切り抜き資料から、2003年発行『東京人』の記事をどうぞ~。


2003tokyo1

2003tokyo2

2003tokyo3

2003tokyo4

2003tokyo5

2003tokyo6


それでは次回更新は・・・せっかくですので「男性作詞ジュリー・ナンバーの旅」をもう1曲だけ続けます。

ジュリーと深い関わりを持つ男性作詞家と言えば、やはり一番に挙げられるのは阿久悠さん。
ちょうど、冬が終わる前に書いておきたかった名篇にして名曲があります。
ジュリー・ナンバーの中でも特に重たい曲なのですが、個人的には「すべての阿久=大野作品の中で最も好きな曲」ですので、暗い記事にはならないでしょう。
どうぞお楽しみに!

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2017年2月19日 (日)

沢田研二 「PLANET」

from『単純な永遠』、1990

Sinpurunaeienn

1. a・b・c...i love you
2. 世界はUp & Fall
3. PLANET
4. プライド
5. 光線
6. New Song
7. この僕が消える時
8. 不安にさせよう
9. 気にしてない
10. ジェラシーが濡れてゆく
11. 月のギター
12. 単純な永遠

---------------------

今日は「”恥ずかしながら今さら知った”シリーズ」といったところでしょうか。

ここまで50年のジュリーの歴史、後追いで勉強してゆくのは大変ながらも本当に楽しい作業です。
そんな中、たまに「もう完全に血肉とした」つもりでいた名曲にまつわるエピソードを新たに知って「えっ、そうだったの?」と驚くことがあります。その度にジュリーの歴史の偉大さのみならず、ジュリーの名曲に関わった多くの人達の素晴らしさを知ることになるのですが、今日の記事は正にそんなお話となります。

採り上げるお題は、アルバム『単純な永遠』から「PLANET」です。早速伝授!


僕は、アルバム『単純な永遠』を大好きになるまでに結構時間がかかっています。
購入したのは2006年でしたか、”第一次ジュリー堕ち期”でポリドール時代のアルバムのリマスター再発盤をすべて買い終えた後のこと。
ポリドール以降のアルバムも一応聴いてみるか、と思い『REALLY LOVE YA !!』に続いて購入したが『単純な永遠』だったのですが、まず初聴で感じたのが「さすがに過剰プロデュースなのでは」と。
何故その時もっとよく聴きこまなかったのか自分自身でもサッパリ分からなくなっているんですけど、とにかく当時は数回聴いて放り投げてしまいました。
本当に恥ずかしいことです。だって僕は今、その「過剰さ」こそがこのアルバム最大の魅力だと思っているくらいなのですから。

2008年に『ジュリー祭り』を体感し、”第二次ジュリー堕ち期”に突入(”第三次”はやってきません。第二次がこの先永遠に続くからです)。直後はとにかく膨大な枚数の未聴のアルバムを買い漁り血肉とすることに終始したので、「既に購入済み」であった『単純な永遠』の再評価は遅れまくりました。
2009年、このブログが「じゅり風呂」として軌道に乗ってきたそんなある日、どういう経緯だったかは覚えていませんが、確か「月のギター」の記事を書こうとしたこともありCDを部屋で流していたところ・・・
突然「こ、これは大変な名盤じゃないか!」と何だか説明しようもない感覚が「降りて」きました。
あっという間に『単純な永遠』は「EMI期の中で1番好きなアルバム」に昇格、現在に至っています。

ただ、正当な評価こそ遅れましたが初聴時から「おっ、この曲は素晴らしいな」と贔屓に思っていた収録曲が2曲ありました。
「PLANET」と「プライド」です(もちろん今でも特に大好きな2曲です。ただしアルバム収録曲の「好き」1番手は、2009年から「気にしてない」で不動)。

僕は感性が鋭い方ではないので、まったく初めてのロック作品を聴く時、これまで自分の中に溜めこんできた「好みの引き出し」に見合う曲をまず最初に好きになります。「プライド」ではデヴィッド・ボウイのグラム・ロック、そして「PLANET」には「ネオ・モッズ」を想起させられたことが決め手でした。
「ネオ・モッズ」なるジャンルについてはこれまでアルバム『G. S. I LOVE YOU』収録曲の記事中で散々書いてきましたからここでは割愛しますが、「PLANET」はもろにモッズ、というわけではなくて、和製モッズの雄である加藤ひさしさんが提供した曲をいじり倒して最終的にこうなったんだろうなぁ、と思っていました。元々はマートン・パーカス(僕が特に好きなネオ・モッズ・バンドのひとつ)みたいな曲だったんじゃないかな、と。

その考え自体に今も変わりはありません。
ただ1点、僕はずっとこの曲を加藤さんがジュリーの『単純な永遠』のために「書き下ろし」た曲だと思い込んでいたこと・・・いやぁ、大好きな曲だからといって早めに考察記事を書いておかないで良かったですよ。
昨年のある日、本当にたまたま長崎の先輩から教えて頂いた「原曲」の存在。
「PLANET」は、かつて加藤さんが結成、活動していたバンド、THE BIKEの「僕はひどいパラノイア」という曲に新たな歌詞を載せ換えた「カバー」だったのですね。

ザ・ジェットセット、シークレット・アフェアー、ダイレクト・ヒッツ、スクワイア、クリーナーズ・フロム・ヴィーナス、そしてマートン・パーカス・・・僕はこれら洋楽ネオ・モッズ・バンドをパブ・ロック・バンドに負けないくらい愛していますが、長い間邦楽モッズについてはまったく見向きもしていませんでした。
己の無知を自覚させられたのは、瞳みのる&二十二世紀バンドのLIVEを観てJEFFさんに興味を持ち、JEFFさんとNELOさんが在籍するバンド、オレンジズのアルバムを購入した時。
日本にもこんなに素敵なモッズ達がいたのか!と。
でもそれを言うなら僕は和製モッズの第一人者である加藤さん(現・コレクターズ)についてあまりにも知らない・・・(キンクス関連の文章はよく拝見していたのですが)。THE BIKEというバンドもこのPVを教えて頂いて初めて知ったのです。

ジュリーファンの先輩方はとうにご存知かもしれませんが、まずはここで先述の先輩に教えて頂いた「僕はひどいパラノイア」のPVをご視聴ください(こちら)。
これはTHE BIKEのオリジナル・ヴァージョンではなく、2000年代に再録音されたものらしく、PVのストーリーは、この曲を最初に録音してから再録するまでの時間の長さを表現しているのかな。
とにかく1から10までモッズそのもの!な名曲。

ジュリーの「PLANET」に施されているあれやこれやのアレンジ手管をトコトンまで削ぎ落としたらこうなるわけです(いや、順序としてはそれ逆なんですけど)。
ちなみにPVにも登場していますが、モッズが乗るバイクは「ベスパ」というスクーターと決まっています。

Mod5

Mod6


↑ 手持ちのモッズ・コンピレーションのCD裏ジャケより

ウィキによれば、やっぱり加藤さんも乗ってるって。

さて、さらに話が少し逸れますが・・・。
「僕はひどいパラノイア」を知って俄然THE BIKEに興味そそられた僕は、色々とネット検索してみました。そこで拝見したのが、THE BIKEのカバー曲をズラリと紹介してくださっているブログ様。

残念ながらジュリーの「PLANET」についての記述はなかったものの、初めて得る知識に大いに楽しませて頂きまして、その素晴らしい記事中で紹介されていた1曲が、小泉今日子さんの「Heart of the hills」(加藤さん作曲のTHE BIKEのナンバー「TOO SHY BOY」を、小泉さん自身が新たに詞を書き換えてカバー)。
早速聴いてみますと・・・(
こちら)。

これ何と、ギターが下山さんなんですよ!
この曲が収録されている88年リリースの小泉さんのアルバム『BEAT-POP』は名だたるロック・パーソンが演奏を固めているらしく、加藤さんがもうひとつ提供した曲では、ギターが布袋寅泰さんとのこと。
「ルースターズの下山」「ボウイの布袋」として並び立つ両雄が、小泉さんの1枚のアルバム内でギター競演とは凄い。しかもどちらも加藤さんの曲で・・・。
機会あれば通して聴いてみたい1枚です。

「Heart of the hills」(「TOO SHY BOY」)での加藤さんの作曲が、クリーナーズ・フロム・ヴィーナスへのオマージュであることは間違いないと思いますが、下山さんのギターの音色、タッチがクリーナーズそっくりで驚きました。しかも本家より上手いし!
下山さん、やっぱり天才です。

それでは話を戻して(汗)。
ここからは「PLANET」と「僕はひどいパラノイア」の比較考察をしていきたいと思います。

まずは歌詞。尾上文さんが新たにジュリーに書いてくれた詞は最高にカッコイイ(アルバム『単純な永遠』のコンセプトにもピッタリ)ですけど、原曲のオリジナル歌詞部を踏襲している箇所もところどころにあって。
目立つのはサビ部。THE BIKEでは「僕は海、僕は空♪」と歌われるところで、「僕は・・・」の後に世界の都市名を次々に繋げる手法です。
また、この曲最大の肝であるAメロ

夜明けのダイナで
A              F#m

見知らぬ恋におちる baby baby ♪
G                 A        E7

この「baby baby♪」はそのまま残されました。
これが無くてはモッズではない!というほど強烈なキメの「baby♪」をいじらずに採用するとは、さすがのセンスですね。

一方、原曲を一変させている歌詞部で僕が素晴らしいと思うのは、Aメロ2回し目。
オリジナルでは1回し目の「baby baby♪」と同じメロディーで歌われる箇所で、尾上さんは「dancing in the space♪」と載せてきました。これがメチャクチャ良い!
ここは音符割りもメロディーも原曲とは微妙に変わっているんです。作詞家さんがメロディーの解釈まで変えてしまうというパターン。ジュリーの歌の切れ味も併せ、「曲先」ならではの名フレーズではないでしょうか。

あと、最後のヴァースで世界中を駆け回るダメ押しの都市名連呼・・・定かではないんですが、サエキけんぞうさんが「街の名前をひねり出していくのが面白かった」みたいなことを話している映像を以前に観た記憶があるのです。とすれば最後の段階でサエキさんが都市名を付け足し歌詞を仕上げた可能性も。
勘違いかな?
そう言えば、初聴時に気持ちよく曲を聴いていたら「ブエノスアイレス」が「メルセデス」に聴こえて、「はい?」と思って歌詞カードを確認したことがあったなぁ。

で、これらの「都市名連呼」はすべて

かけぬける 僕はPlanet ♪
   A        G              A

という最後の一節に全部纏めてかかってくる・・・こういうレトリックは何か呼び方があるのかなぁ?

続いて、アレンジ、演奏の比較考察を。
これは挙げだすと本当にきりがなくて大長文になってしまいますから、僕が特に惹かれるポイント数点に絞って書いておきましょう。

まずイントロ。「僕はひどいパラノイア」はモッズらしくバシッ!とエレキのコード・リフからスタート。このリフは曲中何度も繰り返され、間奏ではキンクス直系の「リフごと転調」も登場します。
一方ジュリーの「PLANET」は、リフはリフでもアコギの単音とチープに(←褒め言葉です)裏拍を刻むキーボードのかけ合いに変貌。
しかもこのイントロ、最初の8小節だけ転調してます。「PLANET」の歌メロはイ長調ですがここだけは嬰ハ長調(「C#7→A7」2小節ずつで4小節×2)。「イントロだけ転調させる」手法は白井良明さんが「麗しき裏切り」で採用しますが、実は建さんもやってたんですねぇ。

「PLANET」は間奏のギター・ソロも面白くて、「大陸風」な音階での独特のフレージングは、明らかに尾上さんの新たな歌詞を受けて編み出されたソロでしょう。
軌道を外れた遊星が世界各地を駆け巡っている雰囲気、ズバリ!ですよね。

あと、どうしても書いておかなければならないのが2曲のキー設定です。
今回僕は先に「PLANET」の方から採譜しました。先述の通りキーはイ長調で、メロディーの最高音は

行きつくとこなど誰も知らない ♪
F#m                               E

この「知らない♪」の「な」が高いファ#の音。
ジュリーとすれば楽々届く絶好の設定ですから、なめらかにかけ登っていくヴォーカルは当然「素晴らしい」のひと言です。

さて加藤さんはどうだろう、ジュリーより高いのか低いのか、と思いながら「僕はひどいパラノイア」を採譜してみて仰天しました。何とニ長調!
この原曲はジュリーより2音半も高いキーで歌われているのです。最高音は高い「シ」にまで至ります(ちなみに最高音部が登場する箇所は、キーだけでなくコード進行の理屈も2曲で異なります)。
元々モッズって、出せるか出せないか、くらいのギリギリの高音を縦ノリのリズムに載って搾り出すスタイルのヴォーカルが多いとは言え、これは凄まじい・・・声質も合わせ、どうやら加藤さんはデイヴ・デイヴィスばりのハイトーンの持ち主のようですね(キンクスでは、兄貴レイのメイン・ヴォーカルを信じられないほど高いところでハモる弟デイヴのコーラス・ワークが魅力のひとつ)。

ただ、「PLANET」でのジュリーの2音半下げのキー設定は大正解で、先に書いた最高音部のなめらかさもさることながら、中ほどの音域の艶がまた絶品。
「夜明け~のダイ~ナで♪」で「け~♪」「イ~♪」と音階移動しながら音を伸ばす箇所などは、たまらない色気があります。
そしてエンディング・・・最後の最後に「ジュリーのヴォーカルだけ残る」アイデアが素晴らしい!
「僕はひどいパラノイア」の方は王道のリフで終わりますね。2曲ともに、「こういう曲ではフェイド・アウトはしない!」というのがモッズ魂ですかね~。

手持ちのツアーDVDの中、「PLANET」は『1999正月コンサート』でLIVE映像を楽しむことができます(バックは鉄人バンド+依知川さん!「PLANET」では、イントロのリフを、下山さんのエレキと依知川さんのベースのユニゾンで弾くというアレンジ・アイデアに驚嘆)。
この時のセットリストは本当に素晴らしく、「PLANET」以外では「遠い旅」「ハッピー・レディー」「ママとドキドキ」「夜の河を渡る前に」といったレアな70年代の名曲なども歌われます。もう一度こんな感じのセトリでツアーをやってくれないかなぁ、ジュリー。

アルバム『単純な永遠』ということだと、僕が現時点で生で体感できているのは、「a・b・c...i love you」「光線」「ジェラシーが濡れてゆく」「単純な永遠」の4曲。
そこで、今年の全国ツアーでは何としても「世界はUp & Fall」を歌って欲しい(昨年の手術直前、根性無しの僕に勇気をくれた名シングル曲!)ところですが、50曲の枠内に選ばれるかどうかは微妙ですかね・・・。


それでは、オマケです!
昨年J先輩より安価でお譲り頂きました、『単純な永遠』ツアー・パンフレットから数ショットどうぞ~。


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では次回更新は、2000年代の名曲を書きたいと思います。まだまだ「アルバムで一番好きな」記事未執筆の曲が残っているのですよ~。


今日は暖かな日曜日でした。こちらは明日も気温は高めの予報です(強風が凄いらしい)。
このまま春になって欲しいですがそうはいかないでしょう。これが三寒四温というやつですか。
2月は勤務先の決算月で、来週からメチャクチャ忙しいのですが、体調に気をつけつつブログ更新ともどもベストを尽くし頑張っていきたいと思います!

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2017年2月16日 (木)

沢田研二 「絹の部屋」

from『架空のオペラ』、1985

Kakuu

1. 指
2. はるかに遠い夢
3. 灰とダイヤモンド
4. 君が泣くのを見た
5. 吟遊詩人
6. 砂漠のバレリーナ
7. 影 -ルーマニアン・ナイト
8. 私生活のない女
9. 絹の部屋

--------------------

矢継ぎ早の更新が続きます。
読む方も大変でしょうが、適当にナナメ読みするとか、午後のおやつの時間のお供にするとか、とにかく気楽におつき合いくださいませ。
なるべくコンパクトに、まいります!

先日のオリコン特番で若き日のジュリーを観ていたせいか・・・ジュリーの「デビュー50周年」を振り返る日々の中で、どうしても自分の「ジュリー愛」が長いファンの先輩方に比べて劣っている、ハンデがある、と感じることが時々あるな、と思い至りました。
新規ファンである、ということももちろんですが、まず僕は男性という時点で大きなハンデを負っている・・・つまり僕は「ジュリーに恋をした経験が無い」のですよ。

もちろん、それをして世のすべての男性ジュリーファンが女性ファンに劣っている、と思ってはいません。特にジュリーと世代の近い男性ファンには、同姓ならではの特別な親愛の情の持ち方があって、そのことはたぶん近々の考察記事お題で触れられると思います。それに、真剣にジュリーに「恋をした」経験を持つ男性ファンも少なからずいらっしゃるのでしょうし・・・。
ここで書いているのはあくまでジュリーよりかなり年下、かつノン気な僕個人に限ってのお話です。

そんなハンデを特に強く感じるのが、「官能のジュリー・バラード」を聴いている時。
ただ、例えば「AFTERMATH」「Pin PointでLove」あたりはもう記事を書き終えていますが、これらは男性視点から「行為軸」(ゲスな表現ですみません)と脳内でリンクさせながら聴ける特性があって、同姓だからこそ「分かる」面もあるかもしれません。
ところが、完全に「ジュリーから誘われている受け手」として聴くしかないほどの官能のバラードとなると、これは女性リスナーの感性に敵わないでしょう。
今日採り上げるのはそんな名曲です。

女性ファンの先輩方に比べて、その素晴らしさがどこまで理解できているか分からない、自分のジュリー愛が劣っていることを自覚せざるを得ない・・・。
それでも、大好きな曲。個人的にはアルバム『架空のオペラ』収録曲の中で一番好きな曲です。
「絹の部屋」、畏れながら伝授!


この曲、何といっても圧倒的なのはジュリーのあのヴォーカルですわな~。
ジュリーはデビューからずっと(「ほぼ虎」のあった2011年以外は)毎年新譜をリリースし続けています。
これは本当に世界に類を見ない凄まじい偉業なのですが、毎年リアルタイムで新譜を追いかけていた先輩方が「たったの1年で前作とはガラリと印象が変わった」と感じた作品がこれまでいくつかあったことでしょう。
中でも、84年の『NON POLICY』から85年の『架空のオペラ』の変化には特に驚いたのではないですか?
これはもう、ジュリーのヴォーカルが違う、それに尽きると思うんですよ。

もちろん84年までのヴォーカルだって素晴らしい。
どちらが優れている、という話ではありません。それに、声や歌い方それ自体は、例えば84年の「シルクの夜」と85年の「絹の部屋」を聴き比べれば自然に繋がっている、なだらかに進化している、と思えます。
『架空のオペラ』の衝撃とは、アレンジやミックスといった「楽曲の作りこみ、仕上げ方がジュリーの声をこうも違えるのか」という1点だと僕は考えています。
エキゾティクスのロックな演奏があって、そこで類稀なセンスでヴォーカリストとしての機能を果たしていたそれまでの手法から、ただただジュリーの歌がそこにある、まずジュリーの声があって伴奏がサポートに徹している、という手法への変化。
劇変ですよね。
ヴァイオリンと掛け合う「灰とダイヤモンド」、実験的なダブル・トラックを採り入れた「影-ルーマニアン・ナイト」と各曲ごとの切り口はそれぞれ違えども、「歌を押し出す」曲の作り込みはアルバム『架空のオペラ』全体のコンセプトであったようです。

「絹の部屋」での大野さんの作曲は、長調のバラード王道中の王道です。
特にAメロのコード進行については、キーやメロディーこそ異なりますがまったく同じ理屈で「愛の出帆」「約束の地」「護られているI LOVE YOU」などの純度の高いジュリー・バラードで採り入れてられています。
普通こういう曲って、仕上げに豪華な装飾をしたくなるものなんですよ。厚いオーケストラを入れたり、満を持して転調させたり、コーラスを重ねたり・・・でも『架空のオペラ』はそういうことを排するところで成立している名盤ではないでしょうか。

「絹の部屋」の場合は、「よくぞコーラスを思い留まったなぁ」と。特にBメロです。

お互いにさりげなく 小さな嘘達を
A♭            B♭        E♭        E♭7

ちりばめて見せるのが
A♭                F7

恋のドラマトウルギー ♪
      B♭            B♭7

耳に心地よく綺麗で覚え易いメロディー。音感に疎い僕ですらここは
「ラ♭ラ♭ラ♭ラ♭ラ♭~、ラ♭ラ♭ソソソ~・・・♪」
と字ハモのメロディーをすぐに脳内で音源に重ねることができます。
でもこの曲は最初から最後まで「あくまでジュリーのメイン・ヴォーカル1本!」なんですよね。

ただし、黒子に徹する演奏も、だからと言ってただ漫然としているわけでは当然なく、個人的にはジュリーのヴォーカルの間隙を縫うホイッスルのような感じのシンセの音色に特に惹かれます。
あと、独特の雰囲気があるベース・・・これは普通のフレットレスでしょうか。それともシンセ?
僕の耳では分かりません。『架空のオペラ』の演奏については未だハッキリしない謎が多いです。

この曲でのジュリーの発声の特徴は、「そっと置く」ように語尾を歌っている箇所が多いこと。
1番Aメロがとにかく凄くて

君の頬で妖しく     輝   く
   E♭        Gm7(onD)  Cm7  Cm7(onB♭)

美しい罠  だ ♪
Fm7  B♭  E♭     A♭  B♭

の「罠だ♪」の「だ」であったり

瞳を閉じ
  A♭

たまらずゆらりと揺れた ♪
                  Fm7      B♭

の「揺れた♪」の「た」であったり。
前年までの「放り投げる」ロックな語尾表現とはまた違う、「そっと置く」としか言いようのない独特の発声感覚。
特に1番では「さぁ、こっちへおいで」というシーンを歌っているわけですからねぇ。凄い凄いと思いながらも、ここが男性の僕には大きなハンデ。
どうですか、先輩方?「罠だ♪」のところで早くも「もう好きにして~」とメロメロになっちゃうものですか?

さて、ジュリーのヴォーカル、大野さんのメロディーと同じく素晴らしいのが及川恒平さんの詞です。
ジュリーが自作詞以外は女性の作詞作品を好むことは周知の事実ですが、当然男性が作詞したジュリー・ナンバーも名篇揃い。個人的には、ジュリー・ナンバーを通して初めてその才を知った及川恒平さんの作詞作品には格別な思い入れがあります。
”第一次ジュリー堕ち期”に購入したアルバム『いくつかの場面』で出逢った「外は吹雪」「人待ち顔」「U.F.O」の3篇には本当に驚いたものです。これほど素晴らしい詩人を今まで知らずにいたのか、と。

「絹の部屋」は『いくつかの場面』収録の3篇とはちょっと空気感が違いますけど、素晴らしさは不変。
煽動性の無い特殊な剥き出しのエロス・・・ズバリ書いてしまいますが、性交渉を「お互いの不自由を喜びあえる」と表現するセンスは只事ではありません。
「男性が聴くにはハンデがある」と書かざるを得ないジュリー官能のバラードを男性の及川さんが作詞している、ということからして既に凄い。

ゆこうよ君 ゆこうよ君
      E♭ Gdim   A♭  Bdim

真夜中の絹の   部屋へ ♪
       E♭     A♭  B♭7   E♭

このサビの詞、歌に自然に身を委ねることのできる女性ジュリーファンの先輩方が本当に羨ましく・・・今日はなかなかに悔しい(?)伝授でございました~。

それにしても。
この数年、年末にお2人のJ先輩との忘年会開催が恒例となっているんですけど、やっぱりその時期にお会いすると「お正月LIVEはどんな曲を歌ってくれるのか」という話題になります。そのたびに
「今回は”絹の部屋”を歌ってくれそうな気がするんですよ。でも僕がセットリスト予想記事で書いちゃうと外れるので敢えて書きません」
などと自信満々に言い続けて一体何年目になるのか(←去年も言った汗)。

ちなみに毎年、お1人の先輩が「”夜のみだらな鳥たち”を歌って欲しいのよ~」と言った後に僕が「いや、可能性が高いのは”絹の部屋”ですよ!」と応える、というのが完全にパターン化しています。ジュリー、どちらもなかなか歌ってくれません(笑)。
果たしてこの先、生のLIVEでその2曲を体感する機会は訪れるのでしょうか。

とにかく、『ジュリー祭り』デビューの僕は『架空のオペラ』収録曲の中ではまだ「砂漠のバレリーナ」1曲しか生で体感できていないのですよ~(その唯一の曲が「砂漠のバレリーナ」ってのがまた凄い話ですが)。
とりあえずは、夏からの全国ツアーで「未体験シングル曲」の一角にして代表格、「灰とダイヤモンド」に期待しています。歌ってくれるよね、ジュリー?


それでは、オマケです!
今日は、これも福岡の先輩からお預かりしている資料で、85年の『アサヒグラフ』をどうぞ~。


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ということで、怒涛の更新ペースについていけない方が続出しているかとは思いますが・・・まだまだ手を緩めず攻め続けますよ!
次回お題は、吉田建さんプロデュース期の名曲です。ネオ・モッズについても書くことになるかな~。

各地の雪の被害、その後が心配されます。みなさまお住まいの地は大丈夫でしょうか。
こちらは明日の気温が19℃の予報。暖かい日と寒い日、気温の差が激しい季節になってきたようです。

僕は風邪の症状がようやく治まりました。
今の風邪は一度かかってしまうと咳が長引いて大変ですよ。みなさま、充分お気をつけください。

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2017年2月13日 (月)

沢田研二 「恋がしたいな」

from『sur←』、1995

Sur

1. sur←
2. 緑色の部屋
3. ZA ZA ZA
4. 恋がしたいな
5. 時計/夏がいく
6. さよならを待たせて
7. あんじょうやりや
8. 君が嫁いだ景色
9. 泥棒
10. 銀の骨

--------------------

大好きなジュリー・ナンバーをお題にサクサク更新していくシリーズ、第3弾です。
今日は90年代に飛びまして、ジュリーのセルフ・プロデュース最初のアルバム『sur←』から「恋がしたいな」を採り上げたいと思います。

個人的には、アルバムの中では「時計/夏がいく」に次いで2番目に好きな曲(日によって他収録曲に並ばれることもありますけどね)。
CD購入時から変わらず大好きなんですけど、これは全ジュリー・ナンバーの中でも詞・曲とも非常に難解な1曲でもあります。特に覚和歌子さんの歌詞ですね。
不思議な名編で、「答がハッキリ見つからない」ところにまた魅力を感じます。

ずっと前に「I'LL BE ON MY WAY」の考察記事で、三浦徳子さんの歌詞について「唐突に”沈黙が金だぜ”なんて言葉が登場する必然性が分からない」と書いたところ、コメントで先輩方の解釈を伺うことができスッキリした、ということがありました。
でも、「恋がしたいな」については既に僕なりに歌詞全体のストーリー設定に「答」を見つけていて、それがおそらくみなさまにとっては相当に突拍子もないと言うか大胆な解釈なのです。
今日は恥覚悟で思いきってそれをご紹介しようと・・・。同時に、あわよくば先輩方に「正しい解釈」を教えて頂きたい、という主旨でございます(汗)。
枕もそこそこに・・・乞、逆伝授!


ここんとこ僕の辞書に 事件という文字がない
F               B♭     C  Dm          E♭       

スバ ラシイことだ ♪
B♭  C         F      B♭ C

スーツにゆでたまごの
F                B♭    C

人生はコピーだが ワイフは美しい ♪
Dm     E♭           B♭ C      F

冒頭のAメロ歌詞部からまず僕の頭に浮かんだ主人公像は、ごくごく普通の「勤め人」。
普通に家庭を持ち、平凡ながらそれなりに充実した毎日を送っている中年男性の日常・・・かと思いきや。
Bメロに入ると

シア ワセと退屈は うら おもてだなんて
B♭  C        F         B♭  C             Dm

夢  の見かた忘れた
B♭  C           F     Am7(onE)

幼  稚な    奴等の いいぐさだ ♪
Dm   Dm7(onC)  B♭        C

何か様子がおかしい・・・主人公はそんな平凡な日常に違和感を覚えているようです。
そしてサビでは

さやに銀のナイフ そっとおさめて僕も
Fm  E♭6  B♭     Fm     E♭6     B♭

タブロイドの陰に つぶやきを隠そう ♪
Fm E♭6    B♭   Fm   E♭6    B♭

硬質でぎこちない「衝動」が描かれます。
そして唐突に、「恋がしたいな」のタイトルフレーズを隠れるようにしてつぶやく主人公。
これは一体・・・?

僕はアルバム購入後しばらくの間この曲に強く惹かれつつも、サビの最後に登場する「恋がしたいな」というキメのフレーズがそれまでのAメロ、Bメロからの流れと結びけられず、歌詞解釈に悶々としていたものでした。
これはつまり、幸せなんだけど退屈な日常の裏で、「人生を変えたい」と密かな願望を持っている、という感じなのかな。でも何か釈然としないな、と・・・。

それが、「あっ、そうか!」とスッと腑におちたのが、このアルバムからタイトルチューンの「sur←」の考察記事を書いた直後のことでした。
とは言っても、例によって僕なりの「深読み」(邪推とも言う)です。みなさまにおかれましては、ここからは「こんな解釈があるのか」という感じで、もの珍しさで読んで頂ければと思います(汗)。

覚さんって、絶対SF小説を読む人だと思うんですね。
何故なら、アルバム1曲目「sur←」の中に「ニューロマンサー」というフレーズが登場するから。
これは80年代末から90年代にかけてSF界を席巻し、今も多くのフォロワーを輩出しているニュー・ジャンル『サイバーパンク』の元祖とも言われる、ウィリアム・ギブスンの名作『ニューロマンサー』をオマージュしているものと思われます。
とは言え、ロックよりも先にSF小説に嵌っていた僕はギブスンの『ニューロマンサー』を読んだことがありましたが、このフレーズに「?」となったジュリーファンはきっと多かったのかな。

一方「恋がしたいな」の歌詞全体に「?」を抱えていた僕とすれば、同じ覚さん作詞作品である「sur←」の「ニューロマンサー」に倣って「SF」のキーワードでこの詞を読み解けるかもしれない、と考えてみました。
「分からない」言葉はどれだ?と探してまず着目したのが、1番Aメロの「人生はコピーだが」なる表現です。
思い当たったのが、「これは、クローン・アンドロイドの物語ではないだろうか」という。

遠い未来の話なんでしょうけど、「複製人間」が普通の人と同じように暮らし、その生をまっとうしてゆく時代がいつか来るのかもしれません。「恋がしたいな」はそんな世界をさらにSF的におし進めた物語。
主人公は、ランダムに選ばれた「誰か」の人生をそのままなぞって生きているクローン・アンドロイドの一人。彼等の「人生」は試験的に政府機関の監視を受け、ゴシップ雑誌からも興味本位に情報開示されています(もうひとつのキーワード「タブロイド」からの連想)。
クローン本人は「感情」こそあれ生き方を自分で選べる立場にはなく、ただ誰かが以前辿った道をそのまま歩いているだけ。特にその人生に不満があるわけではないけれど、ふと、この決められたルートを逸脱する「個」の衝動に駆られる主人公。
どうすれば自分は変われるんだろう。

「恋がしたいな」

うん、これはロバート・シルヴァーバーグあたりが書きそうなストーリだぞ!
いかがでしょうか。やっぱり飛躍が過ぎるかな?

キーワードはさらにもうひとつ・・・2番に「回転ドア」というフレーズが出てきますよね。
日本SF作家のレジェンドの1人である半村良さんに『回転扉』という作品があります。ごくごく平凡な毎日を送っていたある兄弟が、亡くなった父親と瓜二つの男と出逢ってから突然、事業など何もかもトントン拍子にうまく事が運ぶようになり生活が劇変するのですが実は・・・という話で、ひとつにはその「劇変」を象徴する言葉の意味含めてタイトルが『回転扉』。
僕は覚さんが使った「回転ドア」に同じイメージを重ねます。例え解釈自体は強引としても、覚さんの「恋がしたいな」が「コピーの日々」からの変化、打破を求める物語であることは言えるでしょう。

ただ、最終的に主人公が恋をしたのか、「恋し方」が分からなくて苦悩したんじゃないか・・・などと、僕はそんなところまで考えてしまっているんですけどね・・・。
いやいや、得意の邪推を長々と失礼しました。

それではここで、覚さんが大いにインスピレーションをかき立てられたであろう吉田光さんのメロディーについても書いておきませんとね。
特徴的、個性的な曲です。こういう曲だからこそ、覚さんのあの歌詞が載ったのか、とも思います。

吉田さんと言えば、単に「ハード」にとどまらず、プログレであったり、オルタナであったり、アフターパンク寄りのゴシック・ロックであったり・・・阿久=大野時代とはまた違うヴィジュアル、構想力に秀でた「ギンギンのジュリー」を体現してくれるド派手なロック・ナンバーの数々をまず思い出しますよね。
僕が吉田さんのジュリー提供曲の中で最も好きな「Shangri-la」は正にそんなナンバーですが、2番目に好きなこの「恋がしたいな」は幾多ある吉田さん作曲のジュリー・ナンバーとしては「静かなる野心作、異色作」といった位置づけになりましょう。

吉田さんの曲はどれも、小節割りからコード進行から「ひと筋縄ではいかない」高度に練りこまれた作り込みが最大の個性。
その点、「恋がしたいな」はド派手な一連のロック・ナンバー以上に凄いんですよ。こんなにポップで行儀の良い曲なのに、紐解けば特級の変化球であり、ジュリーのヴォーカルが楽々とそれに応えている、という二重の驚きに目を見張ることになります。

最大の特徴はサビ部。
ヘ長調からヘ短調の転調です。これは「同主音による近親移調」で、これまで「追憶」「涙色の空」などの数曲のジュリー・ナンバー考察記事で触れたことがあります。ただし、それらはすべて短調でAメロが始まり、サビで明るい長調に転ずるというものでした。
「恋がしたいな」の場合は逆。長調で始まった曲がサビで哀愁を纏う短調へと一転するのです。

実は邦楽で採り入れられる「同主音による近親移調」はそのほとんどが「追憶」のような「短調から長調」のパターンです。もちろん例外も多くありますが、比率とすれば相当偏ってはいます。
これは長年個人的に「不思議だなぁ」と考えていたこと。ある意味、国民性なのでしょうかねぇ。

洋楽に目を向ければ、比率は半々くらいでしょうか。
例えばビートルズ。「同主音による近親移調」を用いた曲は数多く挙げられる中、「短調→長調」は「今日の誓い」「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」「アイ・ミー・マイン」(いずれもイ短調からイ長調)。一方「長調→短調」だと「ノルウェーの森」「フール・オン・ザ・ヒル」(いずれもニ長調からニ短調)、「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」(ト長調からト短調)と、みなさまご存知であろう有名な曲が次々に頭に出てきますし、ポール・マッカートニーのソロになると圧倒的に「長調→短調」の比率が上がって、「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」「ラヴリエスト・シング」「ビューティフル・ナイト」など。
ビリー・ジョエルなんかも「プレッシャー」「レニングラード」といった「長調→短調」パターンの曲の方が先に思い当たるくらいです。
これをして、「恋がしたいな」に吉田光さんの「洋楽嗜好」を見てとることはできると思います。

また、Aメロが1回し目と2回し目で微妙に進行、メロディーを変えてくるという手法も吉田さんならでは。これは他の吉田さん作曲ジュリー・ナンバーにも見られる特色で、とにかく細部の煮詰め方が半端ないのですね。
「一筋縄ではいかない」・・・でも、最高にポップに聴こえます。何より、淡々としつつも優しげな雰囲気があるじゃないですか。素晴らしい名曲だと思います。

ジュリーの、何気ない中にふと色気を見せるクールな歌い方は、90年代独特のものかな。
かと言ってアルバム全編そうではなくて、むしろ「恋がしたいな」は唯一無二ですよね。
他収録曲には「時計/夏がいく」のような歌い方もあれば、「ZA ZA ZA」があり「あんじょうやりや」のような歌もあり・・・とんでもないヴォーカル・アルバムですよ。
ジュリー、セルフ・プロデュース時代の幕開けにふさわしい名盤です。

僕はこれまでこのアルバムからは「緑色の部屋」「時計/夏がいく」「さよならを待たせて」「あんじょうやりや」「君が嫁いだ景色」「銀の骨」と、半分以上の6曲を生のLIVEで体感できています。
『ジュリー祭り』デビューの僕からすると、『sur←』は2007年までのオリジナル・アルバムの中では特にセットリスト入り率の高い1枚、という印象なのです。
残された4曲の中、「ZA ZA ZA」そしてこの「恋がしたいな」の2曲については、いずれ聴く機会があるのでは?と期待していますが・・・さて実現するでしょうか。


それでは、オマケです!
今日は、福岡の先輩からお預かりしている資料の中から『BRUTUS』1996年2月1日号。
この時点でジュリーの最新アルバムは前年95年にリリースされていた『sur←』で、DVD『Zuzusongs』と共に記事中で紹介されていますよ~。


Brutus1

Brutus2

Brutus3

Brutus4

Brutus5

Brutus6

Brutus7

Brutus8

Brutus9


「Don't Look Back In Anger」なる踊り文句はなかなか意味深です。これが単に「Look Back In Anger」だとよく聞く言葉で、例えばデヴィッド・ボウイにもそのままのタイトルの曲があります(79年リリースのアルバム『ロジャー』収録、邦題は「怒りをこめてふり返れ)。
このジュリーの記事はそこに「Don't」がついているわけですね。どういう意味になるのかなぁ。


・・・ということで。
新譜リリースまではだいたいこのくらいのペースでビッシビシ更新していきます。
今は、その期間に「書きたい」と意欲を持っている曲達を1枚のCDに纏めて通勤や勤務内移動の時間に聴いています。本当に、どれもこれも名曲ばかりです。

みなさまのご贔屓の曲がその中に1曲でも入っていると良いのですが・・・。
次回は80年代、絶品のバラードを採り上げる予定です。どうぞお楽しみに!

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