ACTを楽曲的に掘り下げる!

2020年6月25日 (木)

沢田研二 「エディットへ」

from『act#6 EDITH PIAF』、1994

Edith1

1. 変わらぬ愛 ~恋人たち~
2. バラ色の人生
3. 私の兵隊さん
4. PADAM PADAM
5. 大騒ぎだね エディット
6. 王様の牢屋
7. 群衆
8. 詩人の魂
9. 青くさい春
10. MON DIEU ~私の神様~
11. 想い出の恋人たち
12. 私は後悔しない ~水に流して~
13. パリは踊る 歌う
14. エディットへ
15. 愛の讃歌
16. 世界は廻る
17. すべてが愛のために

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今年もやってきました。6月25日。
今日は全国各地でジュリーファンからのお祝いの言葉が飛び交っていることでしょう。
もちろん、ここでも叫ばせて頂きます。

ジュリー、72歳のお誕生日おめでとうございます!

Paper074

↑ 毎年恒例、「ありがとう」と言ってそうな若ジュリーのショット

今年のジュリー誕生月を『ACT月間』とした時から、今日のお題はこの曲!と決めていました。
すべてのACTナンバーの中、現時点で僕が最も好きな歌。『EDITH PIAF』から「エディットへ」です。
ジュリー自作(作詞・作曲)のこの名曲の更新で、ジュリー72歳の誕生日をお祝いしたいと思います!

Edith3

「曲」と言うより「歌」と言いたくなるバラードです。
ACTの映像を未だ観ていない僕は、「エディットへ」がどのようなシーンで歌われていたのか分かりません。あくまで『CD大全集』の音源のみで感じとった詞の内容は、(ステージ上の)リアルな現実時間からピアフの時代へと遡るようにメッセージを届ける、というもの。
レクイエムのようにも感じるし、ラブレターのようでもあります。実際の舞台はそういうシーンではないのかもしれませんが、ジュリー自身がピアフに捧げた強い思い、リスペクトがひしひしと伝わってくる詞で、ジュリーがこれほどピアフへの敬愛の念を持っていたことを、僕はこの歌で初めて知りました。

まして僕は恥ずかしながらそれまでエディット・ピアフのいう有名な歌手の生い立ちや人生、どのような人であったかなどをほとんど知らずにいて、まずジュリーの「エディットへ」を聴くことで彼女の偉大さを知った、と言っても過言ではありません。
その後勤務先のシャンソン関連スコアに添えられた解説を読んだり、You Tube等でピアフが歌う映像を見たりした時、「ジュリーの歌の通りの歌手だったんだなぁ」と思ったものでした。

全然違うようでもあり、とても似ているようでもあるジュリーとピアフ。
ただ、「エディットへ」の歌詞中の「愛」はそのまま「歌」と置き換えることができ、それは近年のジュリーの創作姿勢と重なるところが多々ある、とは思っています。

最近の2年、ジュリーは新譜マキシシングルを柴山さんの作曲作品と自作曲の2曲入りという形(作詞はすべてジュリー)でリリースしていて、自身で作曲を担った昨年の「SHOUT!」、今年の「頑張んべえよ」はいずれも自らの歌人生をテーマとした詞が載っています。
凝った進行ではなく、ロックのスリー・コードを基本軸としヴォーカル・インパクトを重視した作曲。
血肉を伝えるようなメロディーが特徴的で、これは「エディットへ」と非常に近い作曲手法です。叙情的なメロディーなのにマイナー・コードへ移行しない、或いはリズムを分解すると8分の12のロッカ・バラードであることが分かるなど、「エディットへ」でジュリーは真っ直ぐに「ロック」なベクトルに立っているのです。
ピアフのことを歌うからといって無理にシャンソンに寄せたりしなかったことが、逆に説得力をもってピアフへのリスペクトを表現し得たのではないでしょうか。

cobaさんのアレンジももちろん、ジュリーの作曲の素晴らしさに応えています。
『EDITH PIAF』でのcobaさんのアレンジはACTシリーズの中では抜きん出て複雑な変化球ですが(「王様の牢屋」を『BORIS VIAN』ヴァージョンと比較するとよく分かります)、「エディットへ」は最もドラマティックかつ俯瞰的でもあると思います。

例えば、オーソドックスにサブ・ドミナントやドミナントへコードが展開しても、ルートだけはトニック音をじっと持続させる手法。
僕は最初、Aメロ2つ目のコードを「Fsus4」でとってストロークでコピーしていましたが、響きが微妙に違う・・・。
そこで指弾きのアルペジオに切り替え、「B♭onF」に辿り着きました。
ジュリー作曲時点では普通に「B♭」だったに違いなく、近年の自作曲2作と共通する、武骨でシンプルな曲作りであることを逆算的に理解できたのです。

他にも、間奏部から緊張感のあるスネアが噛んできたり、最後のサビのリフレインで徐々にアコーディオンの刻みが増え最終的にはスネアとユニゾンするなど細かい部分での素晴らしさもありつつ、僕が曲中で最も大きなインパクトを感じたのはイントロ、間奏、後奏に登場する歌メロには無い進行部でした。
「女声コーラスのパート」と言った方が分かり易いでしょうか。歌メロとは別の独立したヴァース、つまりここでのコーラスはピアフの歌声を模していて、ジュリーのヴォーカル部とは「過去」と「現在」で時間が分かれている・・・そこまで計算されたアレンジなのかな、と。
そして、別時間故にイントロと間奏では重なることのなかった女声コーラスとジュリーの歌が最後の最後、サビの着地点でクロスするという、ここは本当に鳥肌ものです。ジュリーの時代とピアフの時代が歌の力で奇跡のように「共にある」瞬間ですね。

そんなアレンジに象徴されるように、「エディットへ」でのジュリーの詞にはピアフへのリスペクトのみならず、ジュリー自身が一流の歌手だからこそ持てるであろう「共感」を、僕ら聴き手は探らずにはいられません。
特に強烈なのは以下の歌詞部。

エディット 今の時代に
F                       B♭(onF)

生まれて   いたら
       C(onF)        F

窮屈で    厄介で 息もできない
    B♭(onF)    F          G7       C7sus4  C7

愛は 見世物にされ
F                  B♭(onF)

自由に   ならぬ
      C(onF)      F

あなたなら それでも やめない 愛を ♪
      B♭(onF)   F             G7       C7

「あなた(ピアフ)の時代」と「自分(ジュリー)の時代」。ジュリーが作詞をした「今の時代」とはひとまず『EDITH PIAF』公演のあった1994年と考えるとして、どうやら僕らはその後さらに窮屈で厄介な世の中へと流され続けているように思います。
現在2020年、ジュリーのこの詞が一層身につまされる。

先述の通り僕は「エディットへ」歌詞中の「愛」はすべて「歌」に置き換えることができると考えています。
すなわち窮屈で厄介な時代において今なお「歌は見世物にされ」ていると。そんな世に生まれていたとしてもあなたなら歌をやめないだろう、と94年のジュリーはピアフに向けて歌いました。これは正に、今現在のジュリーの覚悟そのものではないですか!

歌が「自由にならぬ」時代に徹底気的に「自由」を志す姿勢然り。だから僕は今回「エディットへ」のお題を、ジュリーが自らの歌人生をテーマとし作詞・作曲した「SHOUT!」「頑張んべぇよ」と並べて考えてみたくなったのです。

与え、裏切られ、それでも許し・・・40代にしてそんなふうにピアフの歌人生を表現できたジュリー。
自らゆく道もピアフに劣らず凄いです。

エディット・ピアフは言うまでもなく有名な歌手で、全世界に彼女のファンが数えきれないほどいらっしゃるでしょう。その中でどれくらいの人達が、ジュリーのACT『EDITH PIAF』を知っているでしょうか。ジュリーがピアフに捧げ作詞・作曲した「エディットへ」という真に愛の歌を知っているでしょうか。
少しでも多くのピアフのファンにこの歌を知って欲しい、と思っています。


ということで、4曲分と少ない曲数でしたが今年のジュリー誕生月の『ACT月間』はこれにて終了。
そして今後の予定ですが、7月4日にタイガース・ナンバーのお題で1本書いた後、すみませんが(ブログ更新の)夏休みを頂きます。
仕事では8月が本決算(コロナ禍に見舞われた今季は、当然ながら大変厳しい数字と向き合うことになりましょう)。加えてプライヴェートにおいて今年は猛烈に忙しい夏になりそうです。

秋からまた再始動いたします。とりあえずは来週、タイガースの記事でお会いしましょう。

今年はこれから厳しい暑さがやって来るようです。
みなさま体調にはくれぐれもお気をつけください。

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2020年6月21日 (日)

沢田研二 「VERDE ~みどり~」

from『act#4 SALVADOR DALI』、1992

Salvador1

1. スペイン・愛の記憶
2. 愛の神話・祝祭という名のお前
3. ガラの私
4. VERDE ~みどり~
5. 眠りよ
6. 愛はもう
7. 黒い天使
8. 恋のアランフェス
9. 白のタンゴ
10. 誕生にあたっての別れの歌

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梅雨ですな~。
ここ数日は割と涼しいですが、先週は気温が高く湿気が多く天気が安定せず・・・という日が続きました。
コロナ禍のこともあり、例年以上に体調管理に気を遣う季節となりましたね。

さて、6月の『ACT月間』更新シリーズも3曲目。
今日は『SALVADOR DALI』から、フラメンコ・ナンバーのカバーにしてジュリーの日本語詞のセンスが光る名曲「VERDE~みどり」を採り上げたいと思います。
よろしくおつき合いください。

Salvador3

現時点で『SALVADOR DALI』は、『CD大全集』の中で個人的に最も気に入っている作品です。
ジュリーの声がACTシリーズ中、抜きん出て妖艶に聴こえるのは僕だけでしょうか・・・?

最初に聴いた時、この作品のヴォーカルは「鉄人バンドで歌うジュリーに近いな」と感じたものです。
ベースレスというだけでなく、パーカッションのアレンジへの貢献度や、エレアコの音色とライヴ感。元々「アレンジフェチ」で、生のジュリーをまず鉄人バンドの演奏で知った僕にとって、『SALVADOR DALI』は特に「ジュリーの歌」をリアルに聴きとる上でとても自然な音に包まれているように思われます。
まぁ、アレンジについてはフラメンコを意識しているのですからベースレスは必然なんですけど。
収録楽曲のタイプも多彩で、中でも「愛の神話・祝祭という名のお前」そして今日のお題「VERDE~みどり」は、短調のメロディーが軽快なテンポでグイグイ押してくるあたり、いかにもジュリー・ヴォーカルの真骨頂という感じがして大好きです。

以前、「ジュリーは緑色が好き」という話を聞いたことがありました。
言われてみますとジュリーには自作詞で「greenboy」「緑色のKiss Kiss Kiss」という重要な曲があります。
「エメラルド・アイズ」も緑系。また朝水彼方さん作詞の「緑色の部屋」も名曲。あとはトッポさんのヴォーカル曲ではありますが、タイガース時代にも思索的なナンバー「緑の丘」。そして今日のお題「VERDE~みどり」・・・他にジュリー関連で緑系の曲ってあるかなぁ?

で、僕はこの「VERDE~みどり」、熱烈に「ジュリーの日本語詞」推しです。
冒頭キメの部分については「直訳」とも言ってよく、その上で語感が素晴らしいわけですが、物語的にはさすがACTシリーズ、さすがジュリーで、歌が進むに連れ「ダリ」を演じる上でのオリジナルとは異なる展開、言葉使いが堪能できます。
とにかく「驚くほど自然にメロディーに載ってる」点ではACTで採り上げられた幾多のカバー曲で(加藤直さんの詞も含めても)屈指の名篇ではないでしょうか。

その魅力を味わうためにも、まずは原曲、原詞を知っておきたいところ。
残念ながらスコアは発見できませんでしたが、とても勉強になるブログ様が見つかりました。

濱田吾愛さんの『フラメンコ・シティオ』

実は僕は不勉強にてジュリーのACTで出逢うまで「VERDE」という原曲自体を知りませんでした。
濱田さんの解説は大変詳しく分かり易く、楽曲の背景やフラメンコの特色、歴史をも学ぶことができます。
例えばこの曲をヒットさせた「ホセ・マヌエル・オルテガ・エレディア」の芸名が「マンサニータ」とのことで、これは「沢田研二」と「ジュリー」のような感じの使い分けなのかなと思いきや、調べたらそうではなく、昔はスペインの人って同姓同名がとても多かったので、本名ではなく「あだ名」で呼び合うことが通例となり慣習的に引き継がれてきているんですって。
歌手しかり、なのですねぇ。初めて知りました。

さらには「VERDE」の詞の原題が「夢遊病者のロマンセ」というのだそうで、これを知るだけでもジュリーの日本語詞への理解が深まります(特に3番のサイケデリックなフレーズ群)。
それに濱田さんの訳詞を読めば、いくつかの単語についてはジュリーもそのまま日本語詞に採用し端々に散りばめていることも分かります。

僕が凄いと思うのは、物語と情景描写が正に「シュール・レアリズム」であるにも関わらず、ジュリーの言葉の並べ方、語感、畳み掛けにより歌全体に漲る「求愛」のテンションです。
メロディーの勢いを加速させるかのようなフレーズ。日本語だからこその疾走感。
短調という共通点もありましょうが、「愛の神話・祝祭という名のお前」と同じテンションを感じます。さらにはほぼ同時期のオリジナル・アルバムに収録された「涙が満月を曇らせる」や「そのキスが欲しい」と同じような、ある意味破滅的なほど激しい「求愛」を自らのヴォーカルに託す・・・そんな日本語詞だと思うのですよ。

最も衝撃的だった箇所は最後のヴァースです。
水に身を投げた女性の動かぬ冷たい顔、その緑の髪だけが水面でゆらゆら踊っているという。
描かれる情景はシュールと言うか恐怖ですらありますが、詞も歌も強烈になまめかしい・・・ここではジュリーが2行目でメロディーを崩してきて、cobaさんのアコーディオンがすぐさま呼応し速弾きになります。
アドリブかどうかは僕には分からないものの、それがまるで野性の求愛行動のように聴こえたり。
楽器編成が少ないぶん、ドキリとさせられます。

そもそも、「情熱の音楽」と言われるフラメンコは、40代の色気でジュリーが歌い演じるには格好の題材だったと言えそうです。

濱田さんのブログによれば、原曲「VERDE」は70年代末にヒットした歌なのだそうです。
意外な感じがしました。もっと古い60年代の歌だと思っていたからです。と言うのは、「VERDE」にはいわゆる「Aメロ」「Bメロ」「サビ」の変化が無く、嬰ヘ短調の短い同一ヴァースを延々と繰り返してゆく構成なのです。
このパターンが70年代末という時期にヒットするには、まず聴きながら歌詞を追いかける面白さ、さらには主題のメロディー一発で耳を捉えるキャッチーさ、そして何より歌い手の表現力が必須です。「VERDE」にはそれが備わっていて、だからこそジュリーの日本語詞と歌もここまでの名篇、名演に成り得たのでしょう。

僕はACTシリーズの映像をまだ鑑賞できていませんが、いざ!その時が来たらまずこの『SALVADOR DALI』から見ると思います。ズバリ「VERDE~みどり」の「演じ方」に興味が大きいのです。
フラメンコと言えば、ギターメインの伴奏以外に「踊り」が重要不可欠。「VERDE~みどり」のイントロ導入を担うタップ音、或いは楽器演奏が完全に引いてヴォーカル・ソロとなる5番のヴァース途中で聴こえてくる「オ~レ!」の声(cobaさんなのかなぁ?)。
どんなふうに舞台で演じられているのか、やはり音源だけだと想像がつかないんですよね。
もちろん、ストーリーと曲がどう絡んでくるか・・・まぁそれはすべてのACT作品について言えることですが。


それでは次回は6月25日、ジュリー72歳の誕生日に更新を予定しています。
あまり日数が無いけど、こればかりは何としても間に合わせなければ・・・。

お題は、個人的にすべてのACTナンバー中、現時点で一番好きな曲を考えています。頑張ります!

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2020年6月14日 (日)

沢田研二 「愛していると言っておくれ」

from『act#9 ELVIS PRESLEY』、1997

Elvis1

1. 無限のタブロー
2. 量見
3. Don't Be Cruel
4. 夜の王国
5. 仮面の天使
6. マッド・エキジビション
7. 心からロマンス
8. 愛していると言っておくれ
9. Can't Help Falling in Love
10. アメリカに捧ぐ
11. 俺には時間がない

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こちらは今日はいくらかマシのようですが・・・この一週間は暑かったですな~。雨風も酷かったですし。

僕は水曜日に持病の腰痛(ギックリ腰)を発症しまして、とても難儀をした一週間でもありました。例年、勤務先や通勤電車で冷房が入りはじめる時期に「ピキ~ン!」とやってしまうことが多いのですが、今回は自宅で発症しましたのですぐに安静の態勢になることができ、短期間で復活しました。これが仕事中に発症すると、家に帰宅するまでに悪化して、長引くんですよね・・・。

さて『ACT月間』です。今日は『ELVIS PRESLEY』からお題を採り上げます。

僕は数年前までは”キング・オブ・ロックンロール”エルヴィス・プレスリーの楽曲について、本当に有名なナンバーをいくつか知っているのみという状態でした。
『CD大全集』でジュリーのACT『ELVIS PRESLEY』を知ってオリジナル音源にも興味が沸き、さらにジュリー道の師匠の先輩からも「プレスリーは素敵だった」とのお話(その先輩はプレスリーもリアルタイムなのですから凄い!)があって本格的な勉強を開始。豪華な3枚組ベスト盤をはじめ数タイトルのCDを購入、今はようやく「少なくともジュリーが過去にカバーした楽曲はオリジナル音源も所有している」ところまでこぎつけました(70年代のステージでよく歌われたスタンダード・ロックンロールや、ACTの別作品『BUSTER KEATON』収録「淋しいのは君だけじゃない」なども含めて)。

その先輩も仰っていたのですが、プレスリーはテレビ番組出演時などの映像を合わせて聴く場合は圧倒的に初期のナンバーが魅力的です。
後追いでモノクロの映像を観るだけで途方も無いオーラが伝わってきますし、何しろあの目つきはヤバいです。視線を動かすたびに色気がだだ漏れになってる・・・「これはとんでもない歌手が現れた」と、当時全世界が釘づけになったのでしょうね。

ただ楽曲重視タイプの僕としては、「後期」と言ってよいのかな・・・60年代末から70年代のプレスリー・ナンバーも大いに気に入りました。
セールスに初期ほどの勢いが無くなってきた中で、詞曲、アレンジ、演奏、プロデュースとそれぞれのプロフェッショナルが知恵と手管を尽くして自らのアイデアをプレスリーに捧げ、実際に彼がそれを歌うというシチュエーション。ジュリーで言うと建さんプロデュースのEMI期の5枚のような雰囲気が感じられる「後期」プレスリーと、僕はとても波長が合うのです。
中でも特に惚れ込んでいる3曲が

・「イン・ザ・ゲットー」(収録アルバム『エルヴィス・イン・メンフィス』は素晴らしい名盤!)
・「バーニング・ラブ」(70年代後半のパブ・ロック・ムーヴメントにも通じる、完璧に僕好みの1曲)
そして
・「この胸のときめきを」

これが本日のお題、ジュリーACTヴァージョン「愛していると言っておくれ」の原曲です。
せりあがる3連符のグルーヴ。「あなただけでいい」「おまえがパラダイス」の例を出すまでもなく、ジュリー・ヴォーカルとの相性の良さが最初から約束されていたかのような名曲、熱唱系のバラードなのですね。
スコアも見つかりました。

Youdonthavetosayyouloveme 

↑ 『オールディーズ・ベスト・ヒット100』より。オリジナルより1音高いト短調での採譜となっています。

僕は不勉強にて最近知った曲ですが、「この胸のときめきを」はプレスリーの代表的名シングル(70年にヒット)としてのみならず、それ以前にダスティ・スプリングフィールドが歌ったりしていて、かなり有名な曲のようです。
「枯葉」進行の三連バラードという以外に、同主音による近親移調が大きな特徴。物悲しい雰囲気で始まるメロディー(ヘ短調)がサビでド~ン!と明るく視界を開く(ヘ長調)構成は、これまたジュリーのキャリアでも「追憶」をはじめとする名曲に同パターンの例は多く、ACTで採り上げたのは大正解と言えるでしょう。

加えてジュリーはプレスリーとは得意とする声域が近いようで、「愛していると言っておくれ」はもちろん、『CD大全集』収載のプレスリー・ナンバー9曲中7曲までを同じキーで歌っています。
(例外は「Surrender」→「夜の王国」がホ短調→ニ短調の1音下げ、「Love Me Tender」→「マッド・エキジビション」がニ長調→ホ長調の1音上げ)

ACT『ELVIS PRESLEY』はジュリーの「歌い方」が本当に多彩で、「無限のタブロー」を初めて聴いた時に「ジュリー、こんな歌い方もするんだ?」と驚いたものです。朗々と・・・言葉は適当ではないのでしょうが「大げさ」に発声していますよね。
「愛していると言っておくれ」のヴォーカルもこれに近いのは、三連のリズムがそうさせているのでしょうか。
とにかく普段のオリジナル・アルバムでは聴くことのできない発声と間のとり方で、ACTシリーズならではの独特の「哀しみ」を感じるテイクです。
映像を観ずに聴くと、この歌は相当切羽詰まったシリアスな場面で歌われているのではと想像しますが、お客さんの歓声や拍手の雰囲気を考えると、「ショー」の一幕という感じもします。どんなシーンが正解なのかな?(←いい加減映像も観ろ、という話汗)

ジュリーのこの日本語詞がとても気に入っています。
原詞では、去りゆく人への恋慕を主人公の「あきらめきれない、でも受け入れざるを得ない」というスタンスで描きますが、ジュリーの場合はなかなかに往生際が悪くて、「愛している」と無理矢理言わせる。相手が言ったら言ったで「気持ちが伝わらない!」と怒る(笑)。

胸をえぐった 愛なき言葉
Fm     B♭m  E♭7   A♭

冷たい  視線  甘い 誘い ♪
D♭maj7  B♭m    Gm7-5  C7

恋人同士が危機的状況にあるのは原曲と同じではあるけれど、なんとか力技で繋ぎ止めよう、引っ張り抜こうと・・・僕にはそんなふうに聴こえるのです。

あとは語感。
先述したサビでの同主音移調に加え、この曲では最後のサビでド~ン!と1音上がりの転調が登場します。転調の箇所はジュリーの詞で言うと、「長い」までがヘ長調で、「刹那」からト長調。さぁ上がるよ!というタイミングにピッタリのフレーズです。

長い 刹那 ♪
   C7      D7

当然「訳詞」ではなくジュリー・オリジナルの日本語詞。劇中のシーンに何かヒントがあったとしても、この言葉選びはトコトン冴えていますね~。

あくまで『CD大全集』音源のみの評価として、個人的に『ELVIS PRESLEY』は10作品中4番手に好きな1枚。演奏がオーソドックスなロック・バンド・スタイルというのが波長が合う要因なのかもしれません。
素敵な女性メンバー達それぞれのこの作品以外のキャリア、その後の活躍についても機会あらば追いかけてみたいところです。

それでは次回、「ジュリーの日本語詞の語感」という点ではACT中でも屈指の名篇をお題に予定しています。
今回の「愛していると言っておくれ」とはまた違って、こちらは原詞に忠実で「訳詞」に近い箇所もあったりするんですけど、メロディーへのジュリーの言葉の載せ方がキレッキレで、しかも「求愛」の歌ですからね。ジュリーの官能ヴォーカル炸裂ですよ~。

さぁどの作品、どの曲でしょうか・・・。
ということで、また来週!

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2020年6月 6日 (土)

沢田研二 「バイ・バイ・ララバイ」

from『act#3 NINO ROTA』、1991

Nino1

1. 8 1/2
2. 時は過ぎてゆく
3. カザノヴァ
4. 天使の噂
5. 忘れ難き魅惑
6. ヴォラーレ
7. 道化師の涙
8. バイ・バイ・ララバイ
9. カビリア~夜よ
10. ジェルソミーナ
11. SARA
12. 夢の始まり
13. 8 1/2

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さぁ、ジュリーの誕生月1発目の更新です。
今年の全国ツアー中止は本当に残念ですが、『キネマの神様』主演決定のビッグニュースもありました。
とにかく今は、コロナ禍を乗り越えた先の楽しみを妄想しつつ皆で踏ん張ってゆきましょう!

拙ブログではこの6月を久々の『ACT月間』とします。
映像未鑑賞のまま『CD大全集』の音源のみで書く無謀なスタイルは今回もそのまま。至らぬ点は多々ありましょうが、そこは先輩方のコメントで補完して頂こうという他力本願(汗)。
候補各曲それぞれについて色々とテーマを考え、更新できそうな4曲のお題をピックアップしCDに編集、通勤時間に聴き込んでいます。

慌しい日々が戻ってきましたので週に一度きりの更新、しかも短めの文量にはなりそうですが、この4曲を6月内に書いていきたいと思っています。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

まず今日は『NINO LOTA』から。
とても有名な曲ですね・・・映画『太陽がいっぱい』主題曲のカバー、「バイ・バイ・ララバイ」を採り上げます!

Nino5

みなさま、今日6月6日が「何の日」かご存知ですか?
カレンダーの記載を見たことがないですし、あまり知られていないのでしょうが、「楽器の日」なんです。

楽譜業界では毎年この日にちなんで前後の期間に「音楽書祭り」というフェアを開催しています。
各出版社がそれぞれ数点のタイトルを選出、プレゼント応募要項を記したフェア用の帯をつけて全国店舗展開させるのですが、例年5月中旬から展開スタートとなるところ、今年は緊急事態宣言による全国的な店舗臨時休業の影響があり、今月に入ってようやく対象商品の流通が始まったばかり。

ちなみに、何故6月6日が楽器の日かというと

Img7311

緊急事態宣言は解除となったものの、不要不急の外出は控え自宅で過ごす、というのが皆の認識。
そんな中、「家でもできる新しい趣味を持つ」世間の動きも出てきているようで、例えば今はプラモデルの売上が伸びているのだそうです。
対して楽器や楽譜は基本的には人に教えて貰う「習い事」の面が強く、町の音楽教室なども未だ自粛中というケースも多くて苦戦しています。
でもね、ギターやウクレレ、鍵盤はしっかりしたスコアが手元にあれば、充分「独学」できるものです。
6歳の6月6日というのはともかくとして・・・この機会にみなさま、是非楽器を始めてみてはいかがでしょうか。
アコギやウクレレ、電子鍵盤は最初に格安のものを購入しても大きな問題はありませんから(ただし、エレキギターの格安ものはチューニングが合わないなどのトラブルがあり得ます)

何故こんな話をしているのか・・・実は今日のお題「バイ・バイ・ララバイ」の原曲である「太陽がいっぱい」は、僕が中学でギターを覚えた時、懸命に練習してマスターした曲のひとつなのです。
他に「マルセリーノの歌」「鉄道員」などを一緒に覚えました。今考えると、初心者がいきなり手をつけるには結構な難易度の高いスコアから始めたんですよね。

僕の場合は、父親が母親の誕生日に買ってきたアコギを横取りするという形で(母親がなかなか手にとらなかったので)ギターを始めました。
父は一緒にスタンダードな有名曲を収載した曲集も買ってきていたんですけど、そのスコアが初心者向きかどうかまでは考えなかったみたい。TAB譜表記も無い五線譜で、指弾きのアルペジオ・アレンジです。
これを素人の僕が独学で一からトライするというのは大変な試みでしたが、そこはほら、「ギターが弾けるようになれば女子にモテるであろう」という10代の少年の下心が為せるひたむきな努力ですよ(笑)。
結果、女子にモテることはなかったものの、弾けば「おおお~!」と周囲に感心されるような有名曲を弾きこなせるようになったわけです。

で、この弾き始め最初期にマスターした曲って、その後何年経とうがスラスラ弾けるんです。
ある程度弾けるようになってから覚えた曲は数年のブランクがあると「え~と、どうだったっけかな」と仕切り直すのですが、先述の3曲などは身体が覚えていて指が勝手に動くという。
懸命に一から練習する、というのは尊いこと。
これか
らそれを体得、経験を積めるみなさまが羨ましいくらいです。
楽器に興味のある方は是非この機に始めてみて下さい。苦労はしますが「極端に易し過ぎない」スコアを選ぶのが僕の個人的なお勧めです。

おっと、すみません長々と。
この機にその「太陽がいっぱい」のスコアを改めて探してみたところ、さすがは有名曲、ニーズに応じてキーもアレンジ解釈も様々なパターンが見つかりました。

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↑『映画音楽の巨匠/ニーノ・ロータの世界』より。ピアノ・ソロ、4分の3、ハ短調

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↑『魅惑のポピュラー・ギター名曲選』より。ギター・ソロ、8分の6、イ短調(TAB譜の方の初っ端のルート音採譜がいきなり間違ってる・・・!正しくは6弦ではなく5弦の開放です)

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↑『映画音楽名曲全集』より。メロ譜、4分の3、ニ短調

どうやらオリジナル・キーはニ短調のようで(僕も最初に覚えたのはニ短調でした。鍵盤やウクレレだと簡単ですが、ギターだとセーハやハイ・ポジションのフォーム率が高くて初心者には難しいキーだったのです)、ジュリーの「バイ・バイ・ララバイ」もそうです。

あくまで『CD大全集』音源のみの感想ですが、ACTシリーズ全体に共通する独特のジュリー・ヴォーカルの色気が特に際立っていると思う作品は、まず『SALVADOR DALI』、次いで『NINO ROTA』。その『NINO ROTA』の中でも「バイ・バイ・ララバイ」には「禁断の色気」とも言うべき危うい官能すら感じます。
これは原曲と映画『太陽がいっぱい』のイメージを持ちつつ加藤直さんの日本語詞を聴くからなのでしょうね。

もしも君が 今目覚めたなら
   Dm

この世  は   とても 退屈だろう
   F#dim  D7-9      Gm    C7       F

だから言わない 今さら さよならを ♪
    E♭       Dm         A7            Dm

実際のACT映像でこの曲がどんなシーンで歌われるのかを僕は知りません。しかしこの加藤さんの詞を耳にするとどうしても脳裏に浮かんでくるのは、『太陽がいっぱい』でのトムとフィリップの船上対決シーンです。
二度と動かぬ眠りについたフィリップを見つめるトム。彼の胸にあるのは果たして憎しみと妬みだけだったのだろうか、憧れや不可解な愛情がありはしなかっただろうか、と観る者を戸惑わせます。
『太陽がいっぱい』は、ホモ・セクシャルを盛り込んだとした先駆けの作品と言われることがあるのだそうで、とすればあのシーンはドラマ『七人の刑事』の「哀しきチェイサー」や映画『太陽を盗んだ男』にも引き継がれているのかなぁ、と。
僕は今週カミさんの勧めでドラマ版『火花』を毎日2話ずつ観賞し昨日全話観終えたばかりで、たとえ明快に性的な描写は無くとも、2人の魅力的な男性が登場し、それぞれの野望遂げられぬ道をひた走る物語とは、そんなふうに見えるものなのかと考えてしまったり。

僕はジュリーの「バイ・バイ・ララバイ」の声の色気にそれを感じたわけですが、感性の鈍い僕に映像無しでそこまで思わせるジュリーって・・・本人は意図しないところでやっぱり「魔性」なのでしょうか。
加えて、特にACTシリーズのジュリー・ヴォーカルはワルツと相性が良いことも再確認したのでした。


ということで今日は「自宅で過ごすことが多いこの機に楽器をはじめてみよう!」「男同士の愛憎」という本筋から逸れまくった2つのテーマで(笑)このお題を書かせて頂きました。
次回更新はもうちょっと楽曲そのものに突っ込んだ内容になるかと思います。

お題は、『CD大全集』の中でもこれまた大好物の作品『ELVIS PRESLEY』から。
この1、2年で僕はずいぶんプレスリーの曲を勉強しました。プレスリーのオリジナルも、ACTでのジュリーのカバーも大好きなナンバーをお届けいたします。
更新まで1週間ほどお待ちくださいませ。

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2018年8月23日 (木)

沢田研二 「パリは踊る 歌う」

from『act#6 EDITH PIAF』、1994

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1. 変わらぬ愛 ~恋人たち~
2. バラ色の人生
3. 私の兵隊さん
4. PADAM PADAM
5. 大騒ぎだね エディット
6. 王様の牢屋
7. 群衆
8. 詩人の魂
9. 青くさい春
10. MON DIEU ~私の神様~
11. 想い出の恋人たち
12. 私は後悔しない ~水に流して~
13. パリは踊る 歌う
14. エディットへ
15. 愛の讃歌
16. 世界は廻る
17. すべてが愛のために

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更新遅れました(汗)。
さすがにお盆休み明けは仕事も忙しく・・・でもそれを見越して今月は恒例の大長文を封印して日記風『真夏のact月間』と定めたはずだったのに、情けない。7~8曲は書けるかな、と思っていたのが今日の更新合わせて5曲にとどまることになりました。
まぁ、忙しいというのは有難いこと。ジュリーを見ていても、忙しくしているのが生き生きと暮らすコツなのかなぁとも思ったりします。

それにしても時間が経つのは早い!
ここへ来てまた暑さが厳しくなってきたとは言え、今年の夏ももう終わりですよ・・・。


さて。
僕はつい先日、久々に映画『スウィングガールズ』のDVDを観ました。みなさまご存知でしょうか。2004年公開の大ヒット邦画で、楽器業界、楽譜業界が「空前の管楽器ブーム」の恩恵を授かったという、僕にとっては自分自身が映画に嵌った以上に仕事絡みでも強烈な体験をしたことで、忘れ難い名作映画です。

僕が持っている『スウィングガールズ』のDVDは、当時発売されたパッケージの中で最もグレードが高い3枚組のデラックス・エディション。
映画の影響でいきなりトランペットを購入し日々練習中だった僕は、このデラックス・エディションのオマケグッズ「トランペットの高音が出る御守(ねずみのぬいぐるみ)を今でもチューニングスライドに括りつけています。
結婚してからはなかなかトランペットを吹く機会も映画のDVDを観る機会も無かったのが何故急にDVDを鑑賞したのかと言うと・・・実は今カミさんが今年5~6月に放映された連続ドラマ版の『おっさんずラブ』にド嵌りしておりまして(放映終了から2ケ月以上経った今でもファンの熱量が下がらず社会現象にまでなっているらしい)、必然僕も引きずりこまれているという状況なんですけど、先日ふとカミさんが「(ドラマに)出演している役者さん達はこの番組を観るまで全然知らなかった」と言うので僕は、「俺は1人だけ知ってたよ」と。
それが『スウィングガールズ』にも出演していた眞島秀和さん(『おっさんずラブ』ではメインキャストの3人に次ぐ重要なキャラクター、武川主任を熱演)。
まぁそんなきっかけでカミさんに眞島さんが活躍する『スウィングガールズ』のDVD特典映像見せてあげたりして、ついでに本編も観てしまったという次第です。

『スウィングガールズ』劇中の演奏シーンはすべて出演俳優さんが実際に吹いています。メインキャストの5人はまったくの素人状態から撮影のために猛練習を重ねたわけですが、僕がこの映画の中で1番好きなのが、有名なスコットランド民謡「故郷の空」の演奏しているシーンです。
「どんな曲でもスウィングすればジャズになる」という劇中テーマへの登場人物達の最初の気づきとなる重要な楽曲として採り上げられたのが、「ジャズ」のイメージとはちょっと離れたこの名曲でした。
で、何が言いたいのかというと・・・。
ジュリーのactシリーズの中で最もジャズ・テイストが強い作品こそ、『EDITH PIAF』なんですね。

えっ、ピアフはジャズじゃなくてシャンソンでしょ?

・・・と疑問を抱いた方もいらっしゃるでしょう。
今日は『EDITH PIAF』から「パリは踊る 歌う」をお題に、そのあたりを少し書いておきたいと思います。

短い文量で徒然風に書く『真夏のact月間』、最終回でございます。よろしくおつき合いの程を・・・。


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以前、ジュリーのactナンバーはワルツ率が高い、と書いたことがあります。
顕著なのは『BORIS VIAN』ですけど、本来ならばそこは『EDITH PIAF』こそ筆頭であるべき。シャンソンのスタンダードにはワルツの名曲が多いですからね。

ところが『EDITH PIAF』はactシリーズの中でcobaさんのアプローチが抜きん出て挑戦的。あくまでも演奏についての話ですが、「群衆」などオリジナルに忠実なものが要所要所に配される一方で、原曲のイメージを一新するような大冒険アレンジを施した楽曲もいくつか見られます。
不勉強にてこのCDで初めて知ったシャンソン・ナンバーも僕にはいくつかあった中で、「PADAM PADAM」「MON DIEU ~私の神様~」などはワルツの原曲をことごとく4拍子に転換、ジャズ或いはブルースのテイストでアレンジを極めています。
そして・・・これは有名な曲ですからさすがに僕も原曲は知っていましたが、お題の「パリは踊る 歌う」。


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Souslecieldeparis2

↑ 『シャンソン名曲アルバム』より

スコアの通りこちらも原曲はワルツです。
cobaさんはこの曲をスウィング・ジャズの王道パターンに変貌させていて、actではコテコテの4拍子なのですよ。あまりにアレンジとして自然で違和感が無いので、もしかしたらジュリー以外にもこの曲を4拍子で歌った人が既にいて、僕は何気なくそれを耳にしたことがあったのかも、と考えたくらいです。

「どんな曲でもスウィングすればジャズになる」とは真に至言で、「パリは踊る 歌う」では原曲のアンニュイな短調メロディーが不思議にハッピーな雰囲気に・・・actジュリー・ヴァージョン最大の魅力はそこでしょう。
原曲同様にジュリーのヴァージョンも聴かせどころは「ムム~♪」と歌うハミング部。ジュリー、メチャクチャ楽しそうな発声だと思いませんか?

ただし!
cobaさんが大胆にアレンジ展開された曲がどれほどジャズに近づこうが、ジュリーの歌はどこまで行っても忠実に「シャンソン」なんですよね。
ジュリーはよほどフランスと相性が良いのか・・・ピアフへのリスペクトの強さ(書き下ろしのオリジナル曲「エディットへ」を聴けば、ジュリーのピアフへの並々ならぬ敬愛の情が分かります)も一因かもしれません。

同じように、ステージ上でどれほどアレンジが変わろうとも、楽器編成が変わろうとも、ジュリーの歌をジュリーが歌えば当然ながらそれはジュリー・ナンバー。
輝きを増す豊饒の楽曲群です。今回のact月間は「開催中のツアーのネタバレをしない」ということで書いてきましたが、まぁ既にツアーに参加したファンからしますとそういう想いを抱かせるツアーと言えましょう(YOKO君には、今ツアーの演奏形態についてだけは報告済み)。


ということで、僕の『OLD GUYS ROCK』ツアー2度目の参加会場となる和光市公演が迫ってきました。
仕事の決算期の慌しい中を、無理矢理時間を作って駆けつけるつもりです。
和光市は自宅の最寄り駅から電車で2駅。住所で「地元」認定を頂けたのか・・・どうかは分かりませんが、素晴らしい席を授かっています。

また、今週末はジュリー道の師匠の先輩と食事のお約束があります。
いつもご一緒していたもう1人の先輩が天国に旅立たれているのが本当に寂しいんですけど、しっかり薫陶を受けて、和光市公演に備えたいと思います。
レポは別館side-Bの方に書きますので、こちら本館はまたしばらくの間更新が滞りますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。


台風20号が心配です。
関西、中国、四国、九州にお住まいのみなさま、被害の無いことをお祈りしています。

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2018年8月15日 (水)

沢田研二 「脱走兵」

from『act#2 BORIS VIAN』、1990

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1. 俺はスノッブ
2. 気狂いワルツ
3. 原子爆弾のジャヴァ
4. 王様の牢屋
5. MONA-LISA
6. きめてやる今夜
7. カルメン・ストォリー
8. 夜のタンゴ
9. 墓に唾をかけろ
10. 鉄の花
11. 脱走兵
12. 進歩エレジー
13. バラ色の人生

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73年目の『終戦の日』です。
先の大戦を知らずに生まれた僕が戦争のことをどのようにして知っていったか、と言うとこれが「学校で教わった」ということはまったく無くて。今はどうか分かりませんし、そもそも地域性もあるのでしょうが、僕の中学高校時の社会の歴史の授業って、大正デモクラシーあたりで1年がほぼ終わってしまっていました。
第二次大戦なんて、駆け足でしたねぇ。

ですから、親や祖父から話を聞く以外で少年時代に戦争を学ぶとなると、ほとんどが「本」でした。
そしてロックを聴くようになってからは、そこに「歌」も加わりました。戦争に限らず、多くの社会問題を僕はロック・ナンバーから学びました。

最初はジョン・レノンの影響だったと思いますが、僕はロックの中でも社会性の高い歌が好きになっていって、それが今やその面においても「世界一」と思える歌手・ジュリーとの巡り逢いは奇跡のような必然。
ただし「ロック」に特化することで自己完結してしまっていた僕は、世界各国各地、リアルタイムに戦争に立ち向かった「反戦歌」なるものを、ロック以外のジャンルで長らく知り得ませんでした。
今日はジュリーがact『BORIS VIAN』で採り上げたそんな反戦歌の代表格、「脱走兵」をお題に、1冊の本をこの夏みなさまにお勧めしようという記事です。
短いですが、おつきあいください。

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僕が「脱走兵」という曲を知ったのは20歳くらいの時で、普段は塾の先生をしているアマチュアのシンガーの方のストリートライヴ、と言うか教室ライヴの録音テープを聴いたのが最初でした。
ただ、当時はそれがオリジナルなのかどうかすら分からず、これほど有名な曲だとは思いもしませんでした。そのヴァージョンは

大統領殿
この手紙、お暇があれば読んで欲しい

と歌い出し、サビでは

僕は逃げる 何の武器も持たずに
憲兵達よ撃つがいい

と歌うものでした。
これがボリス・ヴィアンの原詩にかなり近い翻訳であることは、ずっと後になって知りました。

ジュリーの「脱走兵」は加藤直さんの日本語詞で、上記ヴァージョンとコンセプトやフレージングに差異は無く、こちらもヴィアンの原詩ほぼ直訳です。
そのヴィアンの原詩について僕は長らくかじった程度の知識しか持ちませんでしたが、つい先月購入した本でようやくその全容を掴み、詞および作曲、歌と世界の背景について学ぶことができました。
今日みなさまにお勧めしようというのがその本で

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竹村淳・著『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』

作中で紹介される「反戦歌」は全23曲。
日本人なら誰もが知る「さとうきび畑」や「もずが枯木で」についてもその背景、時代考証は目からウロコでしたし、イランの歌やイスラエルの歌には驚かされました。歌の成りたちのみならず、同時進行の世界情勢を分かり易く解説してくれているのです。
例えば「脱走兵」の項ではインドシナ戦争、アルジェリア戦争への深い言及があり、ヴィアンをとりまく「対国家」(フランス)の毅然たる構図も浮かびあがります。

この世界には、戦争は必要悪だと言う人がいます。神聖な儀式である、とすら言う人もいます。
僕はそれを正気の沙汰じゃないと思うけれど、事実そういう考えの人は今現在この国の舵とりをしている為政者の中にもハッキリといます。
ならば僕は、「戦争とは、正気でない為政者が民衆の正気を奪い操り狂気に駆り立てるところからひっそりと始まる人類の愚行」と言っておきましょう。

『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』で紹介される23曲のうち、不勉強な僕でも「よく知っている」と言える曲が2つありました。
まずボブ・ディランの「戦争の親玉」。
「世界の何処かで戦争を起こす」ことで潤う武器商売の胴元。つまりは「国家」であり「体制」。それをディランは「Masters of War」と表現しました。
もう1曲はビリー・ジョエルの「グッドナイト・サイゴン」。構想から完成まで時間のかかった曲として有名でしたが、著者の武村さんはそれをビリーのデビュー時の世相にまで着眼し紐解いてくれます。
ごく普通の善良な隣人、友人がある日突然「撃つ側」に身を置かざるを得ない不条理。ビリーの「この歌で多くの人達を傷つけてしまうのではないか」との苦悩は、近年のジュリーのそれとよく似ています。

「防衛装置移転」すなわち武器輸出解禁。安保法制の強行採決。過去のことではありません。この先の僕らの身に迫ってくる、切実な問題です。
残念ながら「戦争の親玉」も「グッドナイト・サイゴン」も、僕ら日本人の身近な歌になってしまったのです。

最後に。

『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』の「脱走兵」の項で竹村さんは、ほんのひと言ではありますが、ジュリーのact『BORIS VIAN』劇中歌ヴァージョンの「脱走兵」を紹介してくださっています。ジュリーファンとしては本当に嬉しいことです。
みなさまもご一読されてはいかがでしょうか。

竹村さんは世に幾多ある「脱走兵」の歌手別のヴァージョンの中で、ジュリーのそれを「異色」と位置づけました。原詩に忠実なのに異色とはこれいかに、と一瞬疑問を抱きましたが、これはおそらく「あのド派手ギンギンのスーパースター・沢田研二が「脱走兵」のような反戦歌を歌う」ことがイメージとして異色、とお考えだったのだろうなぁと納得。
ただ、ファン以外にはあまり知られてはいませんが、「反戦歌」と言うならば今のジュリーこそはこの極東の島国において時代を牽引する詩人であり歌手。
竹村さんに是非「un democratic love」や「我が窮状」を知って頂きたい。そしてそれらの名曲を紹介する第2弾、第3弾の続編刊行を期待したいです。



さて、僕の夏休みは今日まで。
明日からはまた仕事です。今月は決算月なのでかなり忙しくなります。次の更新もなるべく早くするつもりではいますが、少し時間はかかるかもしれません。
とにかくこの暑さです。月末の和光市公演を楽しみに、なんとかこの8月を乗りきりたいです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年8月11日 (土)

沢田研二 「アラビアの唄」

from『act#8 宮沢賢治/act#10 むちゃくちゃでごじゃりまするがな』、1996

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『宮沢賢治』(1996)
1. 異界
2. 運命 雨ニモ負ケズ
3. アラビアの唄
4. ポラーノの広場のうた
5. 星屑の歌 ~スターダスト
6. 百年の孤独
7. 私の青空
8. 笑う月
『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』(1998)
1. 美しき天然
2. ボタンとリボン
3. おなかグー(セ・シ・ボン)
4. 世の中変わったね
5. 君待てども
6. トンコ節
7. け・せら・せら(ケ・セラ・セラ)

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台風13号は僕の住む埼玉県は逸れていきましたが、東日本と東北の太平洋側に暴風雨をもたらし過ぎていきました。そんな中、去る8日のジュリー北とぴあ公演が無事開催されたのは幸いでしたが、改めて自然の脅威に身のすくむ思いです。
西日本豪雨の被災地もまだまだ平穏な日常、復興には時間がかかるとのこと・・・地球、大丈夫なのかと心配になります。
とにかくみなさまのご無事をお祈りします。


さて。
どれだけ年を重ねても、敬愛するミュージシャンの「新譜」が聴ける、というのはこれ以上ない幸せなことでして・・・その意味では、毎年必ず新曲をリリースしてくれるジュリーは僕にとって世界一の歌手です。
他にもボブ・ディランやニール・ヤングなどは短いスパンでどんどん新曲をリリースしてくれます。何度も書きますが、僕は「常に新しい創作に向かう」アーティストやバンドの姿勢をまず何よりも評価するのです。

そして来る2018年9月、ポール・マッカートニーの5年ぶりとなるニュー・アルバムのリリースが決定。
タイトルは『エジプト・ステーション』。アルバム冒頭とラストに配されるインスト2曲がトータル・コンセプトである「駅」の始発と執着を表し、2曲目からラス前の歌モノの楽曲群が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの豪華絢爛な「駅の旅」に見立てられているという・・・これは大変な大名盤の予感!
両A面シングルの2曲を先行で聴けるのですが、いずれも「ポールファンには間違いの無い」素晴らしい名曲。アルバムは既に密林さんで予約を済ませていて、到着が今から本当に楽しみです。
さらに、ちょうど北とぴあ公演の日だったのですが、「来日決定!」のニュースが何と朝刊にて第1報。

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もちろん僕は東京ドームに駆けつけます。
今年はジュリーで日本武道館にさいたまスーパーアリーナ、そしてポールで東京ドームと、大会場のLIVE参加が続くなぁ・・・。

それでは、拙ブログで今月開催中、短めの徒然日記風でどんどん更新してゆく『真夏のact月間』。
ジュリーのactシリーズの中で(あくまでもCD大全集で音源のみを聴いての個人的な印象ですが)全体的に『エジプト・ステーション』的な「異国ぶらり旅」のような感覚で楽しんでいる作品が、96年の『宮沢賢治』です。
今日はこの『宮沢賢治』から、ポールの新譜タイトルにある「エジプト」からの連想ということで(安易汗)「アラビアの唄」をお題に採り上げたいと思います~。


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世代のせいでしょうか、僕はジュリーのactヴァージョンを聴くまでこの曲を知りませんでした。『CD大全集』で聴いた後も「有名な曲」とは思っていませんでした。
認識を一転したのは、朝ドラ『わろてんか』で登場人物がこの曲を歌うシーンが流れたから。
どうやら一定の世代以上では「誰もが知るスタンダード」らしいぞ、と思い改め調べると、これは元々アメリカ映画『受難者』の主題歌で、現地ではさほどヒットしなかったものの日本人の耳と相性が良かったらしく、堀内敬三さん訳詞、二村定一さんの歌による和製ジャズとして我が国では大ヒットしたのだそうです。

そんなに有名な曲なら勤務先にスコアがあるかな、と思い探しましたがなかなか見つからない・・・ようやく簡易なメロ譜をひとつ発見しました。


Arabiyanouta

『歌の宝石箱(第2巻)』より。解説文に列記されている「ダイナ」もジュリーは『act#4 SALVADOR DALI』で歌っていますね。

このスコアは、高齢者介護の現場で使用するいわゆる「音楽療法」のサブテキストとなる歌本。
歌がリリースされたのが昭和2年ということですから、なるほど高齢の方々にとっては「なつかしのメロディー」でしょうが、いやぁ普遍性の高い名曲です。
短いヴァースの中に同主音移調が登場し、勇壮な歌い出しとそれに続く哀愁漂う転調展開が、日本人の感性に異国情緒を訴えたのか・・・大ヒット当時は、「これまで聴いたことのない」斬新なメロディーのメリハリに皆が夢中になったに違いありません。

さてジュリーのヴァージョン。新たな日本語詞をつけるのではなく純粋なカバーです。何故そうしたかは映像を観ればたぶん分かるのかな。
編成はアコーディオン、バンドネオン、ベース・・・なのですが、実は僕は生音のアコーディオンとバンドネオンの区別がつきません。CDでミックスされている左右の音のどちらがどちらなのか、という状態(汗)。
通常のシンセサイザーによる擬似音だと、2つの音色設定は明快に異なります。バンドネオンはコーディオンより少し太く、幅がある感じ。例えば泰輝さんが「一握り人の罪」の間奏で使用しているのはバンドネオンのパッチだと思います。これが生音になると何故分からなくなるのか・・・情けない。

ジュリーのヴォーカルは、素晴らしく曲世界にマッチしています。『act宮沢賢治』は、ジュリーが全編に渡って「声を張る」歌い方を貫いているのが珍しく、それが大きな個性ではないでしょうか。
ジュリーは普通に歌っても声に艶があるので、阿久=大野時代の情念のナンバーであっても、近年の「祈り歌」でも、ことさら声を張って「朗々と」歌う必要はありません。そんなジュリーが敢えてこの歌い方をするならば、それは手管ではなく「表現」なのでしょう。
『宮沢賢治』はメインのナンバーが有名なベートーベンの『運命』で、これをどのように歌うか、と考えたところから舞台でのヴォーカル・スタイルが(他の曲にも影響を及んで)導き出されたと考えられます(それにしても、あの『運命』に「じゃじゃじゃ、じゃ~ん♪」と載せて歌ってしまおうという発想が凄い!)。
『CD大全集』では「アラビアの歌」はその「運命 雨ニモ負ケズ」の次に配されているので(実際の舞台でもそういう流れだったのでしょうか?)、曲調の変化から軽快な印象を抱かせますが、ジュリーは存分に声を張っていますよね。こういう歌い方のジュリーも(滅多に無いだけに)良いものです。

僕はどうしても演奏形態に囚われる傾向があるリスナーですから、当初CD大全集の中で「難解」だと思っていたのが『宮沢賢治』。
ある時そんなジュリーの「歌い方」に気づいてからはスルメ的に好きになりました。入り口がどうあれ、結局ジュリーの歌に意識が収束される・・・僕が初聴時から遅れて好きになるジュリーの作品には、どうやらそんな段階がいつもあるようですね。


それでは次回は15日の更新を目指します。
お題ももう決めています。多くのカレンダーに「終戦記念日」或いは「終戦の日」の記載が無くなってしまった今だからこそ、この日に書いておきたい1曲です。

今日からお盆休みという方々も多いでしょう。僕は今年の夏休みは出かけるのは近場だけにして、なるべくゆっくりしようと思っています。
腰はだいぶ良くなってはきたのですが、腰を庇う生活を続けていたら今度は膝とか股関節がね・・・そもそも僕は『ジュリー祭り』の時点からすると15キロも体重が増えてしまって、成人してからの長期間を40キロ台で過ごしてきたのが一気に60キロ台になったら、そりゃあ年齢を重ねた身体は悲鳴をあげたくなるのでしょう。

でも、ジュリーも北とぴあ公演で「太さは必要!」と力説していたみたいだし、まだまだ厳しい暑さが続きそうですが、休める時はゆっくり休んで・・・元気な古稀ジュリーを見倣い、夏を乗り切りたいです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年8月 6日 (月)

沢田研二 「マッド・エキジビション」

from『act#9 ELVIS PRESLEY』、1997

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1. 無限のタブロー
2. 量見
3. Don't Be Cruel
4. 夜の王国
5. 仮面の天使
6. マッド・エキジビション
7. 心からロマンス
8. 愛していると言っておくれ
9. Can't Help Falling in Love
10. アメリカに捧ぐ
11. 俺には時間がない

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8月6日です。
広島は今、大変な状況です。西日本豪雨による甚大な被害、継続する過酷な猛暑。そんな中にあっても広島の人々はこの日の祈りを忘れることはないでしょう。
その姿に心からの敬意を以って、僕も祈ります。


それでは拙ブログ8月は『真夏のact月間』、今日は97年の『act#9 ELVIS PRESLEY』から、「マッド・エキジビション」をお題に採り上げます。
(拙ブログとしては)短めの文量で考察控え目、徒然風にサクサク更新すると決めたシリーズ。下書きのない一気執筆ですが、今日もよろしくおつきあい下さい。



Elvis4

前回記事ではパット・ブーンのカバーで「あくび・デインジャラス」を採り上げました。
パット・ブーンとエルヴィス・プレスリー。この2人は黒人が生んだR&Bを白人文化にまで浸透させたロック黎明期にあって2大スターと称されたそうです。
キャラクター的には優等生タイプ(ブーン)と不良タイプ(プレスリー)ということで、それぞれ各方面の評価は異なるようですね。ただ、いずれも「俗」のエネルギーを持った眩いスターだったんだろうなぁとリアルタイムで彼等を知らない僕は想像しています。
「雅」よりも「俗」のエネルギーの方が強大で大衆に膾炙しやすい、というのは6月の新宿カルチャーセンターで、かの人見豊先生が講義してくださった通り。
まぁ僕は自分の名前に「雅」が入っているので、人見先生がホワイトボードに「雅」の文字を書いてくれたのを見て「お~っ!」と思いましたけど(笑)。

さて、幾多あるプレスリー・ナンバーの中、最も日本人に知られ愛されている名曲となると、やはり「ラブ・ミー・テンダー」ではないでしょうか。
当時「ロックンロール」と聞くと「不良の音楽」と決めつけていたPTA的「雅」な頭の固い大人達も、この美しいバラード・ナンバーについては抵抗感が少なかった・・・タイガースで言えば「花の首飾り」のようなスタンスだったんじゃないかな。
今現在でもCMなどで耳にする機会も多いですから、プレスリーの名前すら知らない若い人達もこの曲のメロディーだけは知っている・・・柔らかくて普遍性が高い名曲と言えるでしょうか。

その「ラブ・ミー・テンダー」をカバーしたジュリーのactナンバーが、「マッド・エキジビション」。
日本語詞は加藤直さんでもジュリーでもなく音楽統括のcobaさんなのですね。横文字のフレーズも敢えて片仮名読みの語感で、母音のコブシを効かせるようにメロディーに載せているのが面白いです。
既に記事を書き終えている「グレート・スピーカー」(『BUSTER KEATON』)同様、多忙でステージ演奏までは参加できなくなったcobaさんが、それでもジュリーのactに惜しみない尽力を注ぎ、作曲・編曲のみならず日本語詞についても名篇を残している・・・actシリーズに漲るそんな熱量をリアルタイムで体感されている先輩方が本当に羨ましい!

映像を観ずに楽曲だけで掘り下げようとすると、「マッド・エキジビション」のcobaさんの詞はかなり難解。幻想的のようでもあるし、写実的のようでもあり・・・。

行き先       知れぬ
E    G#7(onD#)  C#m  E7(onB)

スウィート スウィート ドーナッツラヴ
A                             Am         E

月を なめるは あおい天使 ♪
E  C#7  F#7      B7         E

ここで登場する「ドーナッツラヴ」とは?
プレスリーの死因にまつわる都市伝説(事実とは異なります)と何か関係があるのでしょうか。
そうそう、「ドーナツ」と言えばいわゆる45回転レコードの「シングル盤」。この「ヒット曲」流布のスタイルを確立させたのがプレスリーなんですよね。
僕は「プレスリーとドーナッツ」の関係については、変な都市伝説よりもこちらの偉大な事実(功績)の方を広く世間に知って欲しいと常々思っていますが・・・。

この曲のジュリーの歌声に何故か「慟哭」を感じてしまうのは僕だけなのかなぁ。
具体的に悲しいフレーズが出てくるわけではないのに、「泣いている」ように聴こえてしまいます。その上でコミカル(と言うより自虐的?)な感覚もある・・・不思議な不思議なジュリー版「ラブ・ミー・テンダー」。
ジュリーがこの曲の中に何か「痛み」を見出して歌っているのかなぁとも思えます。

泣いているように聴こえる、と言えば最近の曲だと「un democratic love」。
「Don't love me so」・・・「そんなふうに僕を愛さないでくれ」と歌うわけですが、じゃあどんなふうに愛して欲しいのか。それがたぶん「Love me tender」・・・直訳すればズバリ「やさしく愛して」。
act『ELVIS PRESLEY』以前に英語原詞のまま「ラブ・ミー・テンダー」を歌ったことがあるジュリーは(『ロックン・ジュリー・ウィズ・タイガース』)、その時既に「ラブ・ミー・テンダー」ってどういう「愛し方」だろう?と考えたこともあると思うんですね。
「tender」の志は昨年リリースの2曲でも重要なキー・フレーズとなっていて、「ISONOMIA」では「TENDERNESS」、「揺るぎない優しさ」ではそのまま「優しさ」とジュリーの自作詞に採り入れられています。
そう考えるとプレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」は「祈り歌」のように思えてくるし、「ISONOMIA」も「揺るぎない優しさ」も「un democratic love」も、そして一連の「祈り歌」は逆に「LOVE SONG」なんだなぁ、と昨年お正月のセットリストが思い出されます。

人の痛みを懸命に思わずして「祈り歌」も「LOVE SONG」も歌えない。ましてや「平和」は語れない。
今日はジュリーの「マッド・エキジビション」を聴きながら、そんなふうに考える夜を過ごしました。

ちなみに、独自の日本語詞でカバーされた「ラブ・ミー・テンダー」と言えば、僕がジュリーの「マッド・エキジビション」より先に知っていたのがRCサクセションのヴァージョン(アルバム『カバーズ』収録)。

Lovemetenderrc

こちらは、「核などいらない」「放射能はいらない」と歌う痛烈なメッセージ・ソングでした。


僕はこの日8月6日の午前8時15分を、(休日でない限り)毎年ちょうど出勤で職場最寄の駅を降り立ったあたりで迎えます。
行き交う人を避け路肩に佇み、祈り、歩き出した1日。
73年目の、そして平成最後の「広島原爆の日」がこうして過ぎてゆきます・・・。

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2018年8月 2日 (木)

沢田研二 「あくび・デインジャラス」

from『act#7 BUSTER KEATON』、1995

Buster1

1. another 1
2. ボクはスモークマン
3. あくび・デインジャラス
4. ストーン・フェイス
5. サマータイム
6. グレート・スピーカー
7. 青いカナリア
8. 淋しいのは君だけじゃない
9. チャップリンなんか知らないよ
10. 無題
11. another 2

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今年も早いもので8月となりました。
本館は久々の更新です。いやぁ毎日毎日暑いですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ジュリーの古稀ツアーも始まり、普段から師と慕う先輩がいつものように初日・武道館公演の感想レポートを送ってきてくださいました。
拝読すると改めてジュリーの新たな歴史のスタートを実感するのですが・・・その先輩がレポート中で「(ジュリーファンとしての)相方」とまで書いていらしたもうひとりの先輩がツアー直前に亡くなられたことがどうしても思い出され、「あぁ、この素晴らしいレポートを読む人が1人減ってしまったんだなぁ・・・」と、気も沈みがち。
加えて僕は先月痛めてしまった腰がまだ本調子とはいかず、連日の暑さもあって身体の調子も今ひとつという情けない状況です。
それに比べ、70歳にして怒涛のスケジュールを駆けるジュリーの体力は本当に凄い!
僕もグスグズしないで再スタートを切らねば・・・。


拙ブログ本館は10月のさいたまスーパーアリーナ公演まで、その日が満を持してのツアー参加初日となるYOKO君のために記事本文ではジュリー古稀ツアーについては一切触れません(コメント欄はその限りではありませんので、まだまだツアー・セットリストのネタバレ我慢中、という方々はご注意ください)。
そこで、気を入れ替えて頑張ってゆくこの8月いっぱいを『真夏のact月間』と銘うちまして、actナンバーのお題で更新していこうと思います。
気候に同調して暑苦しくならないように、本当に短めの文量で(笑)、濃厚な考察は封印、徒然日記風に思いついたことなど気ままに書きつつ、なるべく更新頻度の方は上げて猛暑を乗り切ろうというシリーズです。

まず今日は『act#7 BUSTER KEATON』から、「あくび・デインジャラス」をお題に採り上げます。
よろしくおつきあいの程を・・・。


Buster2

僕と同じ経験がある人ならお分かりと思いますが、ギックリ腰の大敵と言えば「くしゃみ」。

「あくび・デインジャラス」曲中の台詞でジュリーが「(あくびと違って)くしゃみは噛み殺さないよなぁ」と言っていますが、腰痛持ちは必死に噛み殺すのですよ~(笑)。油断して「へくしょん!」とやったら取り返しのつかない事態になりますから。
そうそう、『actCD大全集』歌詞カードでは、ジュリーが「くしゃみデインジャラス♪」と歌う箇所の詞は普通に「あくび」となっているんですけど、この「くしゃみ」なるフレーズの導入はジュリーが公演期間中に(直後の即興台詞に繋げる意味で)編み出したアドリブなのでしょうか。いずれにしてもジュリー独特の日本語詞によるactナンバー、語感もフレーズ使いも面白いですよねぇ。

くしゃみは余興 しゃっくりは愛嬌
                   C                    Am

げっぷは度胸だ あくびこそ悪徳 ♪
                 F     G7              C  B7  C

バスター・キートンならずとも、舞台を表現の場とする「演者」ジュリーにとって観客の「あくび」ほど罪深く悲しいものはない、ということなのかな。

でも僕らが普段生活していて、くしゃみ、しゃっくり、げっぷ、あくびの中で最ものんびりしていて平和なのは「あくび」でしょう。本人も気持ち良いですからね。あくびの後の爽快感は格別です。
ところが、ギックリ腰に対する「くしゃみ」同様、「あくび」を大敵とする病気もあります。
僕はその経験者で、ズバリ20代で患った「顎関節症」がそうなのです。酷くなってからお医者さんに行ったんですけど、「ゴキ!」とかやって貰えば治るものかと安易に考えていたら、「とにかく安静にしなさい」と。

その頃僕は月イチでギター弾き語りのライヴをやっていたので、「歌は歌っても大丈夫ですか?」とお医者さんに尋ねると「とんでもない!」とのことでね。でも歌わないわけにはいかないから無理を続けているとやっぱり症状は長引いて、結局3年ほど苦しめられました。
おとなしくしていればさほどのことはないのですが、大口空けると顎に激痛が走るんです。ハンバーガーにかぶりつく、とかそういうことができない・・・でも一番苦しかったのは、「あくび」がしたくなったら瞬時に噛み殺さなければならないこと。うっかり「ふわぁ~」とやったらそれこそデインジャラスですよ。
思いっきりあくびができないというストレスは、経験しないと分からない苦しみだと思います。

ジュリーのLIVEを観ながら客席であくびをするなど言語道断で正に「悪徳」の極みですが、何気ない日常生活において自由に気兼ねなくあくびができる、というのはとても大切で平和な瞬間なんですよね・・・。

「あくび・デインジャラス」の原曲は「スピーディー・ゴンザレス」。有名なアニメ・キャラクターとタイアップしたパット・ブーンの大ヒット曲・・・というのも僕は今回調べて初めて知りました(恥)。
僕はプレスリーについては辛うじて幾らかの楽曲知識は以前から持っていましたが、パット・ブーンってどんな持ち歌があるのか全然知らなかったんです。調べてみて「あぁ、”砂に書いたラブレター”とか歌ってた人か!」と。でも「スピーディー・ゴンザレス」は曲自体も知らなかった・・・(検索した原曲はこちら)。
ちなみに『actCD大全集』の歌詞カードではこの曲の原曲クレジットにタイトルのスペル誤植があって、「GONZALES」が「GOZALES」と記してありましたから、最初検索した時は迷子になりました。

オーソドックスなロックンロール。『BUSTER KEATON』の演奏陣の場合はトロンボーンの存在が大きくて、ゴリゴリの低音パートと優雅な高音パートを左右綺麗に振り分ける演奏が、変則編成でありながらとても自然。ロックンロールにも合います!
柴山さんのギターがこの編成上で高音パートの要、「影の力持ち」ですね。

進行的にはスリーコードではなく「Am」が組み込まれているのがポイントの曲です(パット・ブーンのオリジナルはロ長調のようですが、ジュリーのヴァージョンは半音高いハ長調)。
この進行を直系で受け継いでいる僕のよく知る洋楽だと、エルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック」がすぐに思い出されます。Aメロをバラードに転換すればそのままベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」になりますし、ポップチューン王道中の王道。
ジュリーはいかなる曲も我がものとし歌えてしまう歌手ですが、だからこそシンプルな「王道」進行に載せたヴォーカルが圧巻なのですな~。
また「あくび・デインジャラス」のジュリーの日本語詞は2年後の「量見」に曲想ごと引き継がれている、と僕は見ますがいかがでしょうか。

こういうのはactならではのジュリー創作の魅力で、新規ファンにとってはまだまだ底知れぬ「魔の沼」。
相変わらず映像を観ずに(老後の楽しみにとってあります笑)CD音源の聴き込みだけで書いている状況ですが、今月のact月間はこんな感じの内容でサラッと矢継ぎ早の更新を重ねてゆくつもりです。
短めの文量だと最後まで読んでくださる人も多いでしょうし、なにせactについてはいつも以上に先輩方からコメントで色々と教わる・・・それが僕自身大きな楽しみなのです。今回もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今日がパット・ブーンだったので次回のお題はプレスリーにしようかな。
週明けの月曜日に更新できれば、と考えています。またすぐにお会いしましょう!

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2017年6月25日 (日)

沢田研二 「愛の神話・祝祭という名のお前」

from『act#4 SALVADOR DALI』、1992

Salvador1

1. スペイン・愛の記憶
2. 愛の神話・祝祭という名のお前
3. ガラの私
4. VERDE ~みどり~
5. 眠りよ
6. 愛はもう
7. 黒い天使
8. 恋のアランフェス
9. 白のタンゴ
10. 誕生にあたっての別れの歌

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6月25日です。

ジュリー69歳のお誕生日です。おめでとうございます!


Pic010

↑ 近年恒例、「ありがとう」と言ってそうな若き日のジュリーのショットを今年も貼っております。これは・・・50年前くらいですか?

ジュリーファンにとっては、年に一度の祝祭日ですな~。全国各地でお祝いムードに包まれ「おめでとう」の声が飛び交う宴が催されていることでしょう。
僕は今日はこれから、男性タイガースファンの先輩であるYOUさんのLIVEに出かけます。ジュリーの歌を演奏してくれるわけではないみたいだけど、何と言ってもこの日付ですから、YOUさんお馴染みの長~いMCの内容には期待しています。
出かける前にこのブログでも、ジュリー誕生月に開催中の”act月間2017”の締めくくりお題としまして、今日はとてもおめでたい祝祭の名曲を採り上げ、ジュリー69歳のお誕生日に捧げたいと思います。

現時点で『actCD大全集』全discの中で個人的に最も好きな作品『SALVADOR DALI』から、「愛の神話・祝祭という名のお前」です。僭越ながら伝授!


Salvador2


僕がactナンバーで特に惹かれている曲は、まず『EDIT PIAF』収録のジュリー作詞・作曲作品である「エディットへ」。カバー曲だと『BORIS VIAN』収録の「俺はスノッブ」、或いは『SHAKESPERE』収録の「私は言葉だ」。
そして・・・actと言えばこの黄金コンビ、加藤直さん作詞、cobaさん作曲のオリジナル・ナンバーとなりますと、「とても1曲に決められない!」というくらい拮抗して惚れ込んでいる名曲が5曲。『BORIS VIAN』の「墓に唾をかけろ」、『NINO ROTA』の「SARA」、『BUSTER KEATON』の「another 1」、『ELVIS PRESLEY』の「無限のタブロー」、さらには今日のお題曲『SALVADOR DALI』の「愛の神話・祝祭という名のお前」です。

ちょっと前に放映された阿久悠さんの特集番組で、どなただったか忘れてしまいましたが、阿久悠さんの作詞を「狂気の伝達である」と語っていた方がいらっしゃいました。「狂気」と言うと少し怖い表現ですが、要はまず阿久悠さんがブッ飛んだ詞を書く、それを読んだ作曲家が「スパーク」してメロディーを作る、それがまた歌い手にも「スパーク」して伝達してゆく、ということ。
詞曲いずれが先にせよ、加藤さんとcobaさんのactナンバーには、かつての阿久=大野コンビが魅せてくれた「スパーク」の伝達と同じパワーを僕は感じます。
特にこの「愛の神話・祝祭という名のお前」。突き抜け、振り切った歌詞。短調の明快なメロディーでグイグイと容赦なく攻めてくる曲想。これはあの「勝手にしやがれ」とも共通しています。

単純にうわべだけの「スパーク」で詞曲によりかかってしまうレベルの歌手では、逆に作詞者・作曲者の「スパーク」は聴き手に伝わらないと思うのですよ。
「勝手にしやがれ」もそうですけど、ジュリーはそんなスパークの高熱を程好い温度までに冷ましてから自分に引き込む俯瞰力があり、耳あたり良く伝える驚異の才能の持ち主。「どんなことを歌っている」とか、「曲の進行はこういう理屈になっている」とか以前に、得体も知れず伝わってくるその歌声は驚くほどポップで大衆性があって、ハチャメチャにスパークしている楽曲の根本がとても分かりやすい形で耳に、心に入り込んできます。

「愛の神話・祝祭という名のお前」は、言うなれば「お前は俺のすべて」という歌ですよね。

私の子供  私の 母親
   Cm  Fm7     B♭7  E♭maj7

私の   恋人 私の女神 私のガラ ♪
   A♭maj7  Fm7 Dm7-5    G7   Cm

この情熱・狂乱のサビを歌手が押しつけがましく詞曲のスパーク温度をさらに上げて、沸騰して歌ったらかえって興ざめしそう。その点、ジュリーの歌、発声の温度は絶妙です。それがジュリー流、天性の「スパーク」。
語尾を子音と母音の2段階に分ける、色っぽくメロディーに絡んいるようでもあり突き放しているようでもあるジュリー独特の鼻濁音の発声を聴いていると、これはもうジュリー以外の人には歌えないだろう、ここまで伝えられないだろうと聴き手の方が興奮してスパークしてしまうという(笑)。
「これが天下の沢田研二じゃ、皆頭が高い!」と全世界に勝手に叫びたくなる名曲・・・ということで僕の中では「愛の神話・祝祭という名のお前」は、「勝手にしやがれ」と同格です。

ただ、考察記事を書こうというからにはここでちょっと興奮を抑えまして、なけなしの俯瞰力を総動員して程好い温度のスパーク伝授をしなければなりません。
ここからは楽曲の魅力を冷静に探っていきましょう。

祝祭という名のガラ
   A♭                Cm

まといつく緑の故郷 ♪
     A♭             Cm

実は、この曲を知るまで僕は「gala」という英単語を知らなかった(或いは忘れてしまっていた)のです。
改めて辞書を引いてみますと


Gala

ダリの奥さんであるガラについては昨年「眠りよ」の記事中で書きましたのでここでは割愛しますが、「ガラ=祝祭」の発想から加藤さんがビシッとキメたタイトルが「愛の神話・祝祭という名のお前」。
ジュリーという歌手が歌えばこのタイトルが「大上段」にはならないんですよね。歌の主人公(ダリ)の誇り高き断言であり、真理となるのです。

にしてもこの加藤さんの名篇、よくぞここまでメロディーにもお芝居の題材にも「嵌った」ものです。
舞台はスペイン、スペインと言えばフラメンコ。フラメンコは「情熱の音楽」であるとよく言われていて、メインの楽器であるギター演奏にしてもそうなのですが、その「情熱」を表現するためには逆に演じ手が「クール」であることが肝要だとされます。
淫らな官能、狂おしい求愛をして「愛の神話・祝祭という名のお前」という加藤さんの詞はとてつもなくクールであり、ジュリーの歌も同様です。
この曲に表れているのは、加藤さん、cobaさん、ジュリーによる「クールにスパークする狂気の伝達」ではないでしょうか。cobaさんのメロディーも、こんなに情熱的な曲なのに俯瞰力が物凄い。

はじめにカダケス 永遠の私の海
            Fm7        G7       Cm

それから熱烈 旅に誘う私の舟 ♪
            Fm7   G7         Cm

キーはハ短調。
メロディー、コード進行は短調ポップスの王道です。大げさな部分、トリッキーな部分は無いんですよ。サビはモロに「枯葉」進行だったりします。
ただし、「ここはまぁこんな感じでいいや」という妥協や迎合は一切ありません。
王道にしてオリジナル、一分の隙もなく練りこまれた各ヴァースの繋ぎ目と展開。そのプロフェッショナルな俯瞰力が「情熱の音楽」へと昇華されます。

「クールなスパーク」とは決して「おとなしい」ということではありません。詞も曲も、ジュリーの歌そして演奏もすごくテンション高いですよね。
それはcobaさんのアコーディオンからギターへとリレーする間奏を聴けば誰しも感じられる
でしょう。

『SALVADOR DALI』全編の演奏でcobaさんのアコーディオンと並び特筆すべきは、2本のギターのアンサンブル。スペインが舞台ということで採り入れられているフラメンコ・ギターです。
収録曲中多くの曲で登場する、じゃかじゃかとかき鳴らすように弾く奏法は、普通のアコギとは違い「ストローク」ではなく「ラスゲアード」なる呼称があります。これ、右手の爪で弾くらしいんですよ(僕には無理。指弾きはできるんですが、爪はなんだか怖くて・・・)。
ロック奏法においても僕の好きなギタリストの1人であるウィルコ・ジョンソンのように「爪弾き」の名手はいるんですけど、やっぱりフラメンコのラスゲアードというのは独特。「愛の神話・祝祭という名のお前」では、お馴染みトレモロ奏法と共にフラメンコ特有のラスゲアードを堪能することができます。
そこに噛みこむアコーディオン、バリージョ・・・「眠りよ」の記事でも書いたのですが、新規ファンの僕が遡って聴くと、『SALVADOR DALI』の演奏の魅力は「よくぞベースレスでここまで」という、言わば鉄人バンドのフラメンコ版という感じのcobaさんの素晴らしいアレンジあらばこそ。パターン的に特化した、ある意味「偏って」いるのにこれほどジュリーの歌とマッチするとは・・・ジュリー、cobaさん双方畏るべし!なのです。

そうそう、フラメンコって演奏の最中に時々シャウトと言うか、「かけ声」が入るじゃないですか。
「愛の神話・祝祭という名のお前」の間奏でも、よ~く聴くと「や~!」みたいなオフマイクの声が入っていて、僕はそういう「忘我の発声」みたいなニュアンスがメチャクチャ好きです。
CD1曲目「スペイン・愛の記憶」ではそんな声がハッキリ聴こえて、僕は当初それらを「間奏を盛り立てるジュリーの声」だと思ったのですが(いや、曲によっては実際そうかもしれませんが)、「VERDE ~みどり~」で伴奏がタップのみになりジュリーが歌う箇所でもかけ声が聴こえてきますから、「あぁ、これはバンドが”情熱のフラメンコ”を体現しているんだな」と気がついた次第。

ま~しかし、この曲は何と言ってもジュリーのヴォーカルなのですな~。
今回改めて『SALVADOR DALI』のCDを通して聴いて、やっぱり僕はactCD大全集のディスクの中ではこの作品が一番好きかなぁ、と思いました。
act全編に言えることなんでしょうけど、ジュリーの凄さは先程から書いている「俯瞰力」に加えてその驚嘆すべき「吸収力」「進歩力」に尽きると思います。新たな歌、新たなジャンルに挑むたびに、その楽曲の進行であったりアレンジであったり、とにかく「優れて特化している面」を軽々と吸収、会得してさらにまた次の新しい段階へと進んでゆく、年齢など関係ない成長。現在2017年も未だに続いているジュリーの特性・・・『SALVADOR DALI』はそんなジュリーの素晴らしい特性が実感し易い作品ではないかと思うのです。
フラメンコという良い意味で偏ったジャンルのアレンジ、独特のメロディー、官能の表現、ベースレスのアレンジ・・・ジュリーはそのすべてに悠々と対応し、歌手としてどんどん高みに昇っていきます。

ちょっと話が逸れるようですが・・・将棋界の新たなスーパースター・藤井聡太四段の大活躍については一般のニュースでも大きく採り上げられていますからみなさまもご存知でしょう。
彼に敗戦したあるベテラン棋士がこんなことを言っています。「今の藤井四段は、漫画のヒーローを見ているようだ」と。
どういうことかと言うと、史上最年少記録でプロ棋士に昇段した藤井四段は、直前の三段リーグ戦(将棋界では三段までが修行中の「奨励会員」で、四段以上がプロ棋士)を13勝5敗の成績で通過し四段に昇段しています。これは過酷な三段リーグにあって当然素晴らしい成績ではありますけど、その当時彼はまだプロではない奨励会員(三段)を相手に5敗している、ということでもあるわけですね。
それが一転、プロデビュー後の圧倒的な連勝劇(明日、歴代新記録の29連勝に挑戦します。ここまで来たら偉大な記録更新を見てみたいですが、相手の増田四段もかなりの強敵です)。
先述の棋士に言わせると、若き(というかまだ中学生なんですけど)藤井四段はプロデビュー後、対局相手の強い部分、優れている部分を易々と吸収し、次の対局までに信じられないほど強さを増していて、そんな状況が対局ごとにず~~っと続いている、と。
将棋の棋戦というのは勝ち続ければ続けるほど相手が強くなっていくわけですから、これを少年ジャンプの漫画で例えるならば、黄瀬涼太のパーフェクト・コピーが時間無制限で持続し、しかもコピー元の本家を凌ぐ強さを身につけ続けているということ(『黒子のバスケ』を知らない方々にはまったく分からない例えで申し訳ありません)。その棋士の言葉に説得力があるのは、連勝中の藤井四段と別棋戦で2度対戦して敗れている棋士だからです。1度目の対戦と2度目の対戦で、藤井四段の短期間での進化、成長を身をもって体感したのですね。

ジュリーの歌人生(これまでの道のり)って、正にそんな感じだと思うのですよ。
その中でもactシリーズ、特に『SALVADOR DALI』でのジャンプ・アップは驚異的。
「愛の神話・祝祭という名のお前」については、前後の年によく似た曲調、”短調のメロディーでバシバシ攻める”情熱系の名曲をジュリーは歌っています。91年の「涙が満月を曇らせる」、93年の「そのキスが欲しい」。いずれも大変な名曲ですが、ジュリーの歌の表現、柔軟性は、この3曲で年々グ~ッと右肩上がりでしょ?
ジュリーはデビューから50年、休まずそんな進化を続けているんだろうなぁと思える、その分かり易い楽曲例として「愛の神話・祝祭という名のお前」は本当に貴重なテイクだと僕は考えます。

個人的にこの曲のジュリーのヴォーカルで一番痺れるのは、サビのダメ押し部。嬰ハ短調への半音上がりの転調間際の声の伸ばし方です。
これもかつて歌った「スマイル・フォー・ミー」であったり「君をのせて」であったり「あなたへの愛」であったり・・・ずっと以前から「サビのダメ押し転調」曲を歌い吸収し続けてきたジュリーが、『SALVADOR DALI』の世界観を受けて応用し進化を遂げてこういうヴォーカルになっているわけで。
信じられないほどに素晴らしい、としか言えません。

今日で69歳となったジュリー。来年の古希イヤー、さらにその後・・・僕らはまだまだジュリーの底知れぬ進化を楽しむことができそうですね。
「男子3日会わざれば刮目して見よ」と言いますけど、まずは7月からの全国ツアー。チケット到着を心待ちにしながら、刮目して初日・NHKホールに参加したい、と意気込んでいる今日この頃です。
チケット到着が待ち遠しい!


それでは次回更新は・・・。
少し間隔が開きますが、いよいよジュリーのデビュー50周年記念全国ツアーが開幕する7月ということで、セットリスト予想シリーズに突入します。じっくりと3曲に絞って書こうと思っていて、お題も決めています。

拙ブログのセトリ予想と言えば、本人は当てる気満々で書いているのに蓋を開けたらてんで見当外れ、という”恒例・全然当たらないセットリスト予想”を毎回掲げています。ただし今回はちょっと路線が違うんです。
なにせ、ジュリー本人が「シングルばかり50曲歌う」と宣言しているのです。まだ記事未執筆のジュリー・シングルも数少なくなってきていますが、今回例えばその中から「愛の逃亡者」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」「背中まで45分」「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」「STEPPIN' STONES」「愛まで待てない」・・・これらのうち3曲選べば、全お題的中が濃厚なんですよ。
でもね。

そんなの、僕のブログらしくないじゃないですか!

ここはひとつ、「う~ん、その曲は50曲の中に入ってくるかどうか・・・」というギリギリのラインにいるシングルを厳選して3曲書いてみようかと。
もちろん僕的に「可能性はある」と考える曲であり、「是非生で聴いてみたい」という曲達です。
ですから、個人的には「これはまぁやらんだろう」と考えている「MEMORIES」とか「Stranger -Only Tonight」などは逆に書きません(もちろん、その2曲も万一セトリ入りしたらサプライズで嬉しいですよ!)。
あくまで、お読みくださるみなさまも一緒に「う~ん、ジュリーが選ぶ50曲の中に入るかって言うと、さてどうかなぁ?」と悩みつつ期待も持たせられる、といった感じの3曲で勝負を賭けます。題して

全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待するセットリスト予想”シリーズ(←長いよ)。

渾身の厳選シングル3曲、どうぞお楽しみに!

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