『THE SUPER FIGHTER』
アントニオ猪木さんが亡くなられた。
間違いなく僕の人生に大きな影響を与えてくれたスーパースターであり、それは猪木さんの現役時代を知るプロレスファンならばほとんどの人が同様であろう。
今、猪木さんの旅立ちに際し、どのように書けばよいのかまったく分からない。
本当にショックである。
入会している『新日本プロレスワールド』では、「ありがとうアントニオ猪木さん」の言葉を添えて、猪木さんの過去試合動画(現時点で159本)アーカイブ検索画面がトップにシフトされた。
今日はずっとその動画を観ている。「猪木&タイガー・ジェット・シン vs ビッグバン・ベイダー&アニマル浜口」なんてあったのか~、と興奮するもつかの間、実際に試合を観はじめると、猪木さんの闘う姿にじわりと涙が出てくる。
そして、部屋のシンセの上には1冊の本がある。
数年前、勤務先の引越にあたり膨大な社内資料を整理していて発掘した、『THE SUPER FIGHTER』というメロディー・スコアだ。
A4サイズ、サブタイトルには「Photograph & Music Score」とある。
奥付には「協力」として「新日本プロレスリング株式会社」「テレビ朝日ミュージック」のクレジットもある。
1983年8月発行・・・ということは、あのハルク・ホーガン戦の直後ではないか。
スコアのスタイルはコード付のメロディー譜。
各選手のテーマ曲のスコア・ページにはその選手の写真があるが、猪木さんだけは「炎のファイター」該当ページ以外にも単独フォト・ページをたくさん飾っている。
「テーマ音楽を創造する13人のアーティストが語る、リングサイドからの暑いメッセージ」という章では、井上堯之さんの言葉も掲載されている(堯之さんは、前田日明選手の最初期テーマ「KATANA」の作曲・編曲を担当)。
このスコアの猪木さんは、個人的にちょうど僕が大好きな時代の猪木さんだ。
ただ、この後時代が変わっていっても猪木さんは僕にとって特別な存在、スーパースターであり続けた。
僕が大人になり選挙権を得て初めての国政選挙では、スポーツ平和党に1票を投じたものだ。
いつもお世話になっているジュリー道の師匠は、某議員の秘書をされていた頃に何度も国会で猪木さんを見かけたという。
大きな身体を申し訳なさそうにすぼめかがむようにしてエレベーターに乗り込んでいたのだそうだ。
悲しみと想い出は尽きないが、猪木さんはきっと新しい闘いに打って出たのだろう。
現在天国のヘビー級シングルのベルトを持っているのは、馬場さんか、鶴田さんか、ブルーザー・ブロディか。
いずれにしても猪木さんは、休む間も惜しむようにすぐに挑戦表明をするだろう。
ここから精一杯の「猪木コール」を送りたい。
心より猪木さんのご冥福をお祈り申し上げます。
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