« 沢田研二 「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」 | トップページ | 瞳みのる 「久しき昔」 »

2022年6月 4日 (土)

沢田研二 「夕映えの海」

from『JULIE Ⅵ ある青春』、1973

Julie6_20220604100401

1. 朝焼けへの道
2. 胸いっぱいの悲しみ
3. 二人の肖像
4. 居酒屋ブルース
5. 悲しき船乗り
6. 船はインドへ
7. 気になるお前
8. 夕映えの海
9. よみがえる愛
10. 夜の翼
11. ある青春
12. ララバイ・フォー・ユー

-------------

今日は旅日記です。

記事お題に借りたジュリー・ナンバーは、名盤『JULIE Ⅵ ある青春』から「夕映えの海」。
何故この曲にしたのかと言うと・・・。

20220528_181735

前回少し書きました通り、先月末28、29日の1泊2日、コロナ前以来となる久々の夫婦旅行で新潟県の上越市に行ってまいりました。
幸い素晴らしい天候に恵まれ、南国鹿児島育ちの僕にとっては憧れの北陸圏、日本海を満喫しましたよ。

今日は楽曲考察ではありませんが、よろしければゆる~い旅日記におつき合いください。


上越市、というと都心からは遠いように感じてしまいますが、今は北陸新幹線があるので移動時間もさほどではありません。
我が家からだとまず大宮に出て、新幹線『はくたか』号で「上越妙高」へ。
上越妙高駅は、西側に見える妙高連山の景色が有名なのだそうです。

1653954747659

ここで『妙高はまなすライン』(第3セクター)に乗り換え、日本海に面した港町「直江津」で昼食。
お店は以前から個人的に気になっていた『直江津庵』さん(僕はYou Tubeで各地の立ち食い蕎麦屋さんをチェックするのが趣味なのです笑)。

20220528_111724

地元の方からすると、駅に隣接するごく普通の立ち食い蕎麦屋さんなのでしょう。
しかしそこは日本海の港町ならでは・・・僕等のお目当ては珍しい天麩羅のオプションでした。

20220528_112124
カミさんが注文した「大めぎす天そば」

20220528_112055
僕は「げそ天そば」

「イカ天」は各地どこの立ち食い蕎麦屋さんでも食べられるけど、「げそ天」は珍しいですよね。
「めぎす」「げそ」ともに直江津の名物です。

軽く湊町を散策後、『妙高はまなすライン』でひと駅だけ戻ります。
降り立ったのは、戦国武将好きの僕が今回の旅行で一番楽しみにしていた「春日山」。駅名の通り、ここには越後上杉氏の居城、春日山城があります。

20220528_125723

戦国時代初期では屈指の威容を誇る山城で、標高189メートルの山道を歩いて登りました。

20220528_125650

麓まで利用したタクシー運転手さんが教えてくれたのですが、この春日山神社入口の謙信公像は「川中島方面を睨んでいる」という設定になってるみたい。

やっぱり春日山城と言えば謙信公ですよ。
大学からの友人で、おもに城郭ライターとして活躍している浦上史樹君曰く
「初稿で”戦国最強”と表現して編集から赤が入らない武将は、上杉謙信ただ1人」
なのだとか。

登山道中には家臣の屋敷跡もあって

20220528_131626

直江氏は山城守兼続が有名ですけど、僕のお気に入りは「御館の乱」で景勝側につき大活躍するも、その後悲運の最期を遂げた直江信綱なんだよな~。

山頂間近に柿崎氏(上杉家臣団では猛将の系譜)屋敷跡への横道案内もあったけど、キツそうな獣道っぽかったので今回は断念しました。

そして山頂。

20220528_133543
20220528_133720
20220528_132823

天守閣跡、本丸跡には涼しい風が吹き、山登りの疲れが吹き飛ぶようです。

夕方には春日山から直江津まで戻り、JR信越線に乗り換えて「上下浜」(じょうげはま)へ。
予約の『佐渡見亭』さんにチェックイン後、宿から徒歩1分の浜辺に日本海の夕陽を見にいきました。

1653873021548 
20220528_182028
20220528_184356

水平線に沈む夕陽なんて都会暮らしだとなかなか拝む機会はありませんから、感動しますね~。
日の入りは午後6時50分過ぎ。

20220528_185300

『佐渡見亭』さんの食事は素晴らしかったです。

20220528_190605

夕食はこの状態からスタートし、後から順に「のどぐろの汐焼」「平目と海老の天麩羅」「鯛釜めし」「デザート」も追加されます。

20220528_194125
天麩羅

20220528_201323
鯛釜めし

さらに朝食はこんな感じ。

20220529_073221

写真には映っていませんが「あおさと豆腐の味噌汁」も頂きました。

チェックアウト後は、せっかくだからと朝の日本海も見に行きました。

20220529_084546
1654066118911

迫力は夕方には及ばないものの、穏やかそうに見えてもさすがは日本海、海鳴りと海風は太平洋のそれとはまったく違います。

さて2日目は上下浜から直江津経由で再び妙高はまなすライン、2駅下った「高田」に到着。
まずは「4」と「9」がつく日付に開催されているという『四九の市』へ。

20220529_100612

最近は物価の高騰が厳しい中、カミさんが「安い安い!」と言いながらトマトなどの野菜を購入、僕の荷物が増えました(笑)。

そして戦国末期の平城・高田城跡に向かいます。
先述の浦上君が執筆した『続・日本100名城/公式ガイドブック』では「高田駅から徒歩15分」と書いてありましたが・・・それに対して「オマエは競歩ランナーかよ!」ってくらい距離を感じたのは、道程が悪かったのかな。

この城は徳川家康の六男松平忠輝の居城で、僕としては築城総監督が忠輝の義父にあたる伊達政宗、というのがポイント高いのですよ。
ちなみに築城には政宗の他に真田信之も関わってます。譜代の居城ですからそのあたりも豪華で、築城は大阪の陣より少し前のこと・・・大河『真田丸』ファンにとっては感慨深いものがあります。

20220529_102345
20220529_102748
御三重櫓(93年復興)

20220529_102833
櫓からの眺め


そんなこんなで満喫しました、上越の旅。

地元の方のお話では、北陸新幹線の開通で上越市は東西双方からのアクセスが良い観光地になった、と。
関東圏、関西圏の都会にお住まいのみなさまも、今後旅の機会がありましたら是非。宿は上下浜の『佐渡見亭』さんがお勧めです!


最後に、お題に借りたジュリーの「夕映えの海」について少しだけ。
『JULIE Ⅵ ある青春』の中では決して目立つ曲ではないのですが、僕はこの名盤を『JULIE Ⅱ』主人公の少年が成長した後のストーリーというコンセプト・アルバムと捉えていて、その意味でアルバムの重要な1ピースとして欠かせない佳曲だと思っています。
『JULIE Ⅱ』で言えば「二人の生活」のようなポジション(どちらもB面2曲目ってのがまた味わい深い)。

森田公一さんらしい朴訥なメロディーをサラリと歌うジュリー、イイですね~。


それでは、添付写真が僕の旅日記だけではつまらないでしょうから(汗)オマケです!
前回に続き『ヤング』のバックナンバー、今日は

741201
741203
741204

さて次回更新は、5月15日に開催された『PEEが奏でる左門町LIVE』について書きます。
僕は今年もスタッフとして準備段階からこのLIVEに関わってきましたので、書ける範囲で(笑)ウラ話も交えつつ・・・よろしくお願い申し上げます。

|

« 沢田研二 「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」 | トップページ | 瞳みのる 「久しき昔」 »

お知らせならびにひとやすみ」カテゴリの記事

コメント

DY様 こんばんは。

きれいな夕焼けですね。

ダンナが新潟出身なので結婚の挨拶や法事などで結構訪問してました。柏崎が近いので海辺のドライブもしましたが、太平洋側と比べて波音が激しくて砂が重いかな、と感じました。

遊びで行ってのは冬はスキー何回か、夏は佐渡に行きました。泊まった割烹旅館のご飯がとにかく美味しくて朝からご飯をおひつごとお代わりしちゃいました。

「夕映えの海」はなぜかボスフォラス海峡から外海へ抜ける刹那の夕陽の海のキラメキを勝手に夢想しながら聴いてました。

投稿: nekomodoki | 2022年6月 6日 (月) 22時56分

nekomodoki様

ありがとうございます!

おぉ、新潟にご縁がありましたか。
僕が宿泊した上下浜から柏崎はすぐ近くみたいですね。

日本海はとにかく海鳴りの迫力が凄いと感じました。地元の方でも真冬の日本海は怖いのだそうです。

夕陽の写真がとれたので記事お題を「夕映えの海」にしましたが、この歌の海は確かに日本海っぽくはないですねぇ。
ボスフォラス海峡の雰囲気、合ってると思います!

投稿: DYNAMITE | 2022年6月 8日 (水) 09時11分

DY様
 こんばんは。日本海の風景なかなかよろしいですね。新潟って新潟競馬場くらいしか行ったことありませんが、海の幸を食しに行ってみたいものです。
 『ある青春』のアルバムは安井さん=加瀬さん、山上さん=森田さんのコンビで半分ずつ、イギリス人(?)らしき現地アレンジャーが二人クレジットされてますがアレンジャーはどちらかのコンビ専任という訳ではないところが興味深いです。メロディーは加瀬さん、森田さん独自色って感じで「ああ、なるほど」と思ったものです。「悲しき船乗り」と「船はインドへ」がちょっと逆のイメージでした、私の耳には。
 お題曲、アルバム中最も地味だなあと思ってました。でも確かにコンセプト上、外せない1曲なのもよくわかります。でもライブでは取り上げられなさそう(笑)

投稿: ねこ仮面 | 2022年6月 9日 (木) 20時38分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

僕は新潟は2度目でした。ただ前回は大学生時代、真冬の佐渡に行っただけなんです。
新潟と言っても広いですからね・・・次の機会があれば今度は山形寄りの日本海を見てみたいものです。

僕も初聴時、「悲しき船乗り」は加瀬さんっぽいけどなぁと思った記憶があります。

アレンジについては、このアルバムは『JULIEⅡ』同様にしっかりスコアが書かれていて、それに忠実な演奏となっていると思います。
スコア主導の『Ⅱ』『Ⅵ』に対して、バンド主導の『Ⅳ』『Ⅷ』。いずれの手法であってもジュリーの初期アルバムは魅力的ですね。

投稿: DYNAMITE | 2022年6月10日 (金) 09時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 沢田研二 「WHEN THE LIGHTS WENT OUT」 | トップページ | 瞳みのる 「久しき昔」 »