沢田研二 「言葉にできない僕の気持ち」
from『サーモスタットな夏』、1997
1. サーモスタットな夏
2. オリーヴ・オイル
3. 言葉にできない僕の気持ち
4. 僕がせめぎあう
5. PEARL HARBOR LOVE STORY
6. 愛は痛い
7. ミネラル・ランチ
8. ダメ
9. 恋なんて呼ばない
10. マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!
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関東はこの1週間すさまじく暑いです・・・。
みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。
さて、ようやく僕の住む自治体でも「50代」対象のワクチン接種予約が始まりました。近隣の自治体と比べるとかなり遅かったのでヤキモキしていましたよ。
実際の接種はまだ先ですけど、気持ち的にはこれでひとまず一歩進んだ、という感じかなぁ。
今日は予定通り”ジュリー・アルバム全曲お題記事コンプリート”シリーズでの更新。
せっかくなので季節に合わせて、と選んだアルバムは『サーモスタットな夏』です。
記事未執筆で最後に残っていたお題曲は「言葉にできない僕の気持ち」。ちょっと短めの文量ですが、よろしくおつき合いください。
『サーモスタットな夏』は個人的に大好きな名盤で、『ジュリー祭り』で本格ジュリー堕ちを果たしてから未聴のアルバムを怒涛に大人買いしていた時期、『サーモスタットな夏』はCDのみならず「ジュリーLIVEへの飢え」を満たすべく手を出したDVD作品も印象深い1枚です。
また収録曲では「サーモスタットな夏」「僕がせめぎあう」「PEARL HARBOR LOVE STORY」「愛は痛い」「ミネラル・ランチ」「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」と半数以上の6曲をLIVE体感済みで、セットリスト入り率の高さから、ジュリー自身もお気に入りのアルバムなのでは?と想像しています。
改めてアルバムのクレジットを確認して意外に感じるのは、白井さんの作曲作品が無いことです。
『サーモスタットな夏』は個人的にアレンジャーとしての白井さんのベスト、とも思っていたのですが、ここで白井さんは自身以外の精鋭作曲家競う10篇のアレンジに専念し見事このコンセプト・アルバムを仕上げた、ということなのでしょう。
作家陣を見ていくと、朝本さん、樋口さん、芹澤さん、八島さんの安定感をまず再確認する中、来るべき2000年代ジュリーのハード路線を先取りするような吉田光さんの斬新な2篇と、古き良き時代、ロック黎明期のビートを温め直すような藤井尚之さん珠玉の2篇、このお2人の提供作品対比がとても面白いんですよねぇ。
さて、アルバム音源だと「懐かしきマージービート」な雰囲気ズバリの「言葉にできない僕の気持ち」ですが、ツアーDVDでは時代最先端の楽曲に聴こえてしまうのがこれまた面白い。
柴山さんのエレキがCDオリジナル・ヴァージョンよりだいぶサスティンを効かせていること、この曲では出番の無い泰輝さんがリードする形でお客さんから手拍子が起こっていること、そして何よりポンタさんの生ドラムがその大きな要因でしょう。
オリジナルが機械のドラムですから、ずいぶん印象が違ってきますね。
ジュリーはCDと同じように発声しているんですけど、そこはやっぱりLIVEの人。バンドをグイグイ引っ張っていくのが分かります。
CDでは良い意味で淡々としているこの曲が何か得体の知れぬ「新しさ」を纏ってしまう不思議なグルーヴ。セットリスト的にもここから「さぁ、新しい曲どんどん行くよ!」という配置になっています(今となっては珍しい、セトリ前半の長~いMCの直後。ポンタさんがいったんドラムセットを離れ着替えてから再スタンバイするほどの時間を割いて色々とおしゃべりしてくれます)し、アルバムの中でも重要度の高い名曲、名演ではないでしょうか。
「言葉にできない僕の気持ち」はその尚之さん作曲の名篇。
もう1篇の「ミネラル・ランチ」も名曲ですが、こちらはズバリ60年代マージー・ビートを意識したロックで、僕が好む洋楽にかなり近い作曲構成です。
白井さんも尚之さんの意図は敏感に感じ取ったようで、いわゆる「ネオ・モッズ」的なアレンジを徹底させています(ネオ・モッズは70年代後半から80年代にかけてのムーヴメントなんですけど、コンセプト自体に「60年代ビート・ロックへの回帰」があり、それが逆に新しかった、という時代の手法です)。
「言葉にできない僕の気持ち」でのネオ・モッズ的手管を具体的に挙げますと、まず「擬似・擬似ステレオ」ミックスに耐えうる楽器パート、フレーズ構成の採用。ヘッドホンで聴くと、アルバム中この曲だけ『G. S. I LOVE YOU』みたいにトラックが左右にくっきり分かれてるでしょ?
あとは、ベースとギターがリフ・フレーズをユニゾンさせる、リズムを小節の頭で突然噛ませる、などのアレンジはいかにもネオ・モッズ直系のものです。
ドラムスに敢えてチープなリズム・ボックスを使ったり、エレキは歪ませてはいるけどサスティン無しの細い音にしたり、というのもポイントでしょうか。
エレキの音は、僕が高校時代に流行ったエフェクター(オレンジ色のディストーション)の初期設定にそっくり。これ、「そうそう!」と分かる人どれくらいいらっしゃるかなぁ?
白井さんの狙いは明快であり、尚之さんの作曲に見事寄り添ったものです。
一方、アレンジ最大の肝であるアコギのストロークについては、おそらくプリプロ音源での尚之さんの演奏を踏襲しそのまま生かしたのではないでしょうか(尚之さんはギターで作曲する、と以前教わりました)。
セーハ・コードを武骨に連ねるストロークは、プリプロ時点での曲のカッコ良さを体現しているようです。
キーは嬰ヘ長調。トニックの「F#」からサブ・ドミナントの「B」、1音上がりの「G#」、或いは豪快に駆け上がっての「A」に移動するなどガチガチのロック志向・・・にも関わらずドミナント・コードの「C#(7)」が登場しないのが尚之さんの工夫で、「次ドコ行くか分かんないよ?」的な進行が「らしさ」なのかな。
これがもしロー・ポジションの「E」(ホ長調)の作曲だったらこういう進行にはならなかったはず。
き、きき君 には イカレたよ ♪
A C# B F#
とか特にね。
「メジャー・コードをアコギのセーハで弾く」のはマージー・ビートの醍醐味と言えましょう。
尚之さんのキャリア・スタートであるチェッカーズは素晴らしい作曲家が揃っていますが、ジュリー・ナンバーで言うと鶴久さん提供の「僕は泣く」(『彼は眠れない』)と尚之さんの「言葉にできない僕の気持ち」を比較してみるのも面白いです。
鶴久さんの方はドミナントも使いますし、途中マイナー・コードにも寄り道して「ポップ」を引き立たせます。
いずれも古き良き時代のロックをオマージュしつつこうした違いが表れるのは、尚之さんが「コードから」、鶴久さんが「メロディーから」作曲されているからではないか、と僕は想像しますが実際はどうなのでしょうか。
ザ・ベストテン世代の僕にとって、尚之さんが在籍したチェッカーズはやはり思い入れのあるバンドです(同じ九州出身、というのも大きい)。
今年の春でしたか・・・NHKでフミヤさんの特番があり、予告で「チェッカーズ時代の曲を歌いまくる」と分かったので、同世代のカミさんと楽しく観ました。
驚いたのは僕が彼等のシングルで最も好きな名曲「NANA」(尚之さん作曲)を歌ってくれたこと。
この曲がNHKで歌われる、というのは結構な事件です。と言うのも「NANA」はシングル・リリース時、「歌詞の一部に卑猥な表現がある」との理由でNHKから放送禁止を食らいましたからね・・・。
でもまぁ、番組内ではフミヤさんもそれを明るくトークのネタにされていましたし、NHKもようやく「過去を脱ぎ捨て」ることができたようで良かった良かった。
で、もちろん尚之さんもバンドで出演されていて。
いくつになってもカッコイイ兄弟です。それぞれのキャラクターが絶妙に違う、というのが良いのかな。
ちょっとブルース・ブラザースのようなバランスだなぁ、と思ったりしたのでした。
僕はよくジュリーのことを「”不良少年のイノセンス”を永遠に持ち続けるロッカー」だと書きますが、藤井兄弟も正にそんな感じですね。
さぁ、これでアルバム『サーモスタットな夏』収録全曲の記事執筆が成りました。過去記事のカテゴリーもアルバム・タイトルに移行させて頂きます。
個人的には90年代ジュリーの中で最も番好きなアルバム。
酷暑続く日々ですが、みなさまもこの名盤を真夏の連休BGMにいかがでしょうか。
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