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2020年12月

2020年12月31日 (木)

シローとブレッド&バター 「野生の馬」

from『ムーンライト』、1972

Moonlight

1. いつから
2. 野生の馬
3. 舟
4. 雲
5. Happiness
6. 公園
7. なにもかも
8. 空いっぱい
9. Sugar In My Tea
10. やすらぎ
11. MOONLIGHT

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あっという間に大晦日です。
僕は29日から冬休みに入り、晴れて暖かかった一昨日に窓拭き等の大掃除を済ませて、昨日は近場に買い出しと食事。
いかにも連休を過ごしているなぁと実感し、年末モードに浸っています。

2020年は本当に色々なことがあり過ぎて大変な一年でした。ジュリーファンとしても思いのかけない出来事が起こり重なり、「辛抱元年」となりました。

そんな中で8月、シローさんが天国に旅立たれました。
メンバー全員が健在!とタイガースファンが長年当たり前のように誇らしく思っていたのに、メンバー中一番若いシローさんが行ってしまった・・・大きなショックでした。

僕は”ヴォーカリスト”シローさんについては完全に後追いで、「ザ・タイガース」と「サリー&シロー」でしか勉強できぬままこんなことになってしまい、「シローとブレッド&バター」のリマスター・アルバム購入は、シローさんの旅立ちを受けて、という形になってしまいました。
今日はアルバムの中から有名な(と言っても僕自身は今年初めてじっくり音源を聴いた曲なのですが)「野生の馬」をお題に、改めてシローさんを送り、2020年を締めくくりたいと思います。


アルバム『ムーンライト』は大変な名盤でした。

僕は「ブレッド&バター」の作品はこれがまったくの初体感。「フォーク」だと聴いていた彼らの曲は、少なくともこのアルバムではとてつもない「ロック」でした。
まぁこの頃はメインのギターがアコースティックなら「フォーク」とジャンル分けされていたのかな。
でも『ムーンライト』全体の音作りは、サリー&シローの『トラ70619』に近いんですよ。
例えばジミ・ヘンドリックス「風の中のマリー」を思い出したり(「雲」)、ビートルズの「ジュリア」を思い出したり(「公園」)と、僕の好きなロック・ナンバーと重なる魅力を持つ名曲が多く収録されていました。
日本のロック史でこのアルバムの”はっぴいえんど”との共鳴を語る人は今までいなかったのか、それとも僕が不勉強なだけだったのか。いやはや未知なる名盤があったものです。もっと早く知るべきでしたが・・・。

これは「シローとブレッド&バター」名義、唯一のアルバムなのだそうです。

Moonlightinnner

シローさんとブレッド&バターが何故結びついたのか、岡村詩野さんは付属のライナーで「正直今も明確には分からない」としながらも、当時はちょうどヒッピーの理想主義が終焉を迎えていた時期で、アメリカで様々なロックを体得したシローさんがザ・タイガースに加入の末、そうした理想、幻想が崩壊してゆくことを体験し、「癒し」のようなブレッド&バターのウエスト・コースト的音楽性に惹かれたのではないか、と推測されています。

ただ、『ムーンライト』でのシローさんはあくまで「ゲスト」のような立ち位置。
シローさんがまったく参加していない歌もいくつかあり、僕は実際そうした純粋な「ブレッド&バター」ナンバーの方で彼等の才能の再発見に驚き、大いに好きになった曲もその中にあるのですが、アルバムを通して聴くほどに「野生の馬」が光輝くように「主役」の存在を増してゆき、なるほどこれは名曲に違いない、と確信しました。

シローさんとブレッド&バターの結びつきについて僕は、腕利きのサポート・ミュージシャンの人脈も絡んでいたのでは、と想像します。
と言うのは、先述の通り『ムーンライト』は『トラ70619』と音作り、アレンジの印象がとても似通っていて、いくつかの楽器についてはミュージシャンが重複しているとしか思えないんです。

『トラ70619』 は演奏クレジットが不明でしたが、『ムーンライト』は楽曲ごとに明記があります。
僕が特に注視したいのは、「野生の馬」でも名を連ねるアコースティック・ギターの石川鷹彦さん。
みなさま、もし「野生の馬」の音源をお持ちでしたら、是非アコギの鳴りをサリー&シローの「花咲く星」のそれと比べてみてください。同一者の演奏としか聴こえないではありませんか!
石川さんはじめ当時の重要なロック・パーソンが、ブレッド&バターに”ヴォーカリスト”シローさんを推薦したとしても不思議ではない、と思えます。

さて、昨年僕の勤務先が引っ越しをした際に発掘し整理しておいた貴重な資料本の中に、このようなスコアもあったことを思い出し、今回手にとってみました。

Breadandbutter

アルバム『ムーンライト』からは当然、「野生の馬」が収載されています。

Yaseinouma

何も考えずに 自然の中で
      E♭ B♭         E♭  B♭

風を切って走る 
   E♭    D7  C7  F7

まるで野 生の   馬 さ ♪
        B♭   Cm7   E♭  B♭

(スコアは何故かロ長調の採譜ですが、ここではオリジナル音源のキーに準じ変ロ長調で表記しました)

朴訥で志の高い詞。4拍子の進行の中に2拍、3拍の小節が混在しながら、まったく違和感なく耳に溶け入ってくる美しいメロディー。
こんな名曲が普通にヒットし、皆に歌われていた・・・つくづく良い時代ですねぇ。

歌詞は、リリース時の世相と言うか社会性を反映し、「自由」を表現したものだったでしょう。
ただ今年初めて真剣に「野生の馬」を聴いた後追いの僕には、シローさんが歌う自らの「旅立ち」の歌にしか聴こえなくてね・・・。
もちろんザ・タイガース解散後のシローさんの歌ですから、「旅立ち」の解釈は当時もあったかもしれません。しかし今聴こえるシローさんのこの歌の「旅立ち」にはもっと特別な「天国へ」の意味まで考えざるを得ないです。

ちなみに僕が今日書いている(聴いている)「野生の馬」はアルバム『ムーンライト』のヴァージョンです。シングルはヴァージョンが違うのだそうで、残念ながらそちらはまだ聴けていません。
「野生の馬」という曲タイトルだけは僕もずっと以前から知っていて、これはローリング・ストーンズの「ワイルド・ホース」から拝借したのだろうと安易に考えました。
ところが今回調べてみると、アルバム『ムーンライト』のリリースは72年ですが、「野生の馬」シングル盤は71年4月10日にリリースされているのですね。
対してストーンズの「ワイルド・ホース」(『スティッキー・フィンガース』)は71年4月23日。
浅はかな考えを改めねばならないことは、明白です。

洋楽好きだったシローさんに、ストーンズはどういう風に聴こえていたのかな。
「『野生の馬』はワイが先やで!」
と、そんな声が聞こえてきそうです。


シローさんが旅立たれた2020年も、色々なことが未だ続きつつ残り僅か数時間となりました。
来年こそは良い年にしたいけれど、前途多難は間違いない・・・まずしっかりと志を持ち行動してゆくこと、それがジュリーのLIVE活動再開にも繋がると信じます。

今年も拙ブログへのご訪問、有難うございました。
みなさまよいお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2020年12月26日 (土)

瞳みのる 「明月荘ブルース」

from『明月荘ブルース』、2020

Meigetusoublues

1. 明月荘ブルース
2. 明月荘ブルース(カラオケ)

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2020年も残すところ5日となりました。

今年は憎きコロナ禍のためジュリーの全国ツアーが中止となり、寂しい1年となってしまいました。
それでも12月に入った頃には、無いだろうなとは思いつつも「もしかしたら突然お正月LIVEのインフォが届くかもしれない」と一縷の望み抱き心待ちにする日々でしたが、先日「澤會」さん解散のお知らせ・・・ジュリーファンとしてこれまで本当にお世話になった澤會さんへの感謝は当然ですが、僕のような新規ファンは正直、動揺の方が大きかったのが現状です。
常々「大きいホールにいっぱいのお客さんが入って、そのお客さんの身体を通って返ってくる音をモニターにしたい」と語っているジュリーですから、コロナ禍の完全な収束がなくしてLIVE再開無し!は当たり前のことなんですけど。

東京での1日の感染者数のニュースを毎日見るたびに、なんだか「少しずつ」増加してゆくのがまるで作られ計算されているかのように、僕らは「慣れて」しまってはいないでしょうか。
もし明日突然「今日の感染者数は2万人です」と報道されたら、誰もが「身近な危険」を感じるはず。
徐々に数が増えてゆく、ということの怖さ。「慣れ」は諦念へと繋がり、志を低くします。
もちろんあってはならないことですが、今この時点で「1日の感染者が数万人」となる状況を想像し、そのくらいの危機感を持って1人1人が気をつけてゆかねばなりません。志をしっかりと高め、僕らはジュリーの決断を尊重し辛抱が希望となるよう努めたいと思います。

一方で、ピーさんが小さい箱ならではの利点を生かし、今年もこの状況下で勇躍二十二世紀バンドとのLIVEをスタートさせたことは何よりの励みです。
僕が参加するのは年明け1月の四谷公演で、チケットを一緒に申し込んでくださったピーファンの先輩のお話では、座席の配置が市松模様のような間隔となっているとのこと。会場の感染防止対策、万全のようです。

ピーさんは「常に動いていないと落ち着かない」タイプだそうで、軽快なフットワークに制限をかけられた今年はそのぶん音源創作にパワーと時間を注がれたのでしょう・・・驚異的な新曲ラッシュの1年となりました。
「Lock Down」「明月荘ブルース」「ロード246」「失うものは何もない」とリリースは続き、さらにクリスマスに合わせChannel Peeにて最新曲「Silent night」の音源発信。
僕は昔から「新曲に向かう」姿勢のアーティストを熱烈に支持したいリスナーで、今年は特にピーさんの新曲に大いに力を貰いました。

今日はそんなピーさんの一連の新曲から「明月荘ブルース」をお題に更新したいと思います。
大変な年となった2020年。シローさんの旅立ちもあり悲しみの最中、タイガースファンの先輩方にとってこの歌がリリースされたことは本当に救われ、感慨深かったのではないかと想像します。

僕も後追いファンながらピーさんの音楽活動復帰から再結成への道程をリアルタイムで体感した身。大阪ミナミの「明月荘」が伝説の地であったことは勉強済みで、スタッフとしてお手伝いさせて頂いた左門町LIVE準備の関係でみなさまより少し先んじてこの歌を聴いた時には、感動で心が震えました。
詞曲を深く理解するより先にまず「思い」の強さがダイレクトに伝わってくる・・・世にある幾多の他曲にあまり例の無い、特殊な魅力を持った歌だと思います。

その上で、名曲とは「素晴らしい詞に素晴らしいメロディーが載っている」単純だけれどそれが真理なのだなぁ、と改めて実感させられます。
ピーさんの作詞、KAZUさんの作曲。
やはり最終的に「作品」として優れた詞曲が結実してこそ、歌い手やリスナーに思いや感動が乗り移るものなのかもしれません。

まずは何と言っても、詞に胸を打たれます。
このブログを読んでくださるみなさまは僕などより詳しくご存知のことかと思いますが一応書いておきますと、「明月荘」とはザ・タイガースがまだファニーズと名乗っていた頃、大阪で活動していたメンバーが共同生活を送った伝説のアパート。

裸電球 三畳間
     Cm        B♭

辿り着いたら 明月荘 ♪
   A♭            B♭  Cm

僕は幸運なことに、今年8月の『PEEが奏でる「四谷左門町LIVE」』を裏方でお手伝いした関係で、この新曲についてもピーさんから様々なお話を伺う機会を得ました。

「今は、三畳間の貸し部屋なんてあまり見ないよねぇ」

ニコニコとそう語ったピーさんの言葉が印象に残っています。
「明月荘ブルース」は、ファニーズ時代の思い出ばかりでなく、過ぎ去った文化、昭和30~40年代の若者たちの暮らし、世間のたたずまいまでを回顧する歌でもあるのだなぁ、とその時に思ったっけ・・・。

ピーさんは漢詩の専門家です。
僕ら日本人は普通に漢字を使って文章を書いたり脳内変換しながら言葉に発したりしますが、その漢字を1字ごとに単独の意味を深く追求することなど滅多にありません。
中国古来の漢詩において使用される漢字はひとつひとつそれぞれに意味があって、武骨に繋がっていきます(高校時代の僕は、「古文」は女性的で「漢文」は男性的だとなんとなく思っていました)。ピーさんの日本語詞にはそんな漢詩のエッセンスが含まれるため、独特の漢字使いが魅力です。

過ごした日々は 返らない
      Fm                      Cm

期待と不安 ない交ぜに ♪
    Fm                      G7

ここは日本語の漢字使いとしては「帰らない」が常套。例えば「あの日に帰りたい」とか書きますよね。
しかしピーさんは「帰ではなく「返」の字を当てました。「もうひっくり返せない」「引き返せない」という意味を持たせる狙いではないでしょうか。
短調バラードのメロディーと相俟って、切なくも強い思いが伝わってきます。
8月のLIVEに向けて採譜や演奏時用の歌詞カード作成のため、詞を何度も「書き写す」ことが多かった僕は、そんなピーさんの漢字使いに「良いなぁ、ここ良いなぁ」と感動させられたものでした。

左門町LIVEのレポートにも書いた通り、ピーさんは自作詞について徹底的に校正を重ねてゆくタイプです。
ピーさんのこれまでの人生を辿り綴った、歌メロ13番にも及ぶ大長編「My Way ~いつも心のあるがままに」(当LIVEが初演)などは、本番前日まで手を入れていたほどでした。
「明月荘ブルース」も、「My Way」に次ぐ頻度で度々の改稿がありました。例えば

加茂の川から 淀の川 ♪
      Fm                  Cm

京都で暮らしていた若き日のピーさんが志を抱き大阪へと移り住んだ・・・そんな経緯を歌った箇所。言うまでもなく「加茂の川」が京都、「淀の川」が大阪を表します。

ところが僕が8月のLIVEに向けて最初に受け取った歌詞ファイルでは、ここが大きく違っているのです(その頃は歌入れも終わっていたはずですので改稿自体はもう済んでいたのでしょうが、たまたま僕に送ってくださったのが初稿のファイルだったのだと思います)。
それによると同箇所は

古都を離れて 来た商都 ♪

となっていました。

京都が「古都」で大阪が「商都」。
こちらもピーさんらしい素敵な表現ですが、おそらく改稿に至ったのは、KAZUさんの素晴らしいメロディーが完成し実際に「歌って」みて「ここはもっと良くなる」との判断があったのではないでしょうか。
もしそうなら、この改稿はピーさんとKAZUさんの共同作業、相乗効果でもあり、名曲誕生の所以、重要な過程であったと言えると思います。

その他も細かな漢字仮名使いの校正が何度もあり、僕はその都度立ち合うことができました。
LIVEの1週間前に改稿となった箇所もあります。細部の仕上がりまで妥協せず練り込んでゆくピーさんの創作姿勢は、リスペクトせずにはいられません。

このように最後まで熱意の取り組みがあって生まれた歌ですから、もちろんCD音源で聴いても大きな感動がありますが、これは生歌、生演奏で聴くとより一層ピーさんの思いが伝わる、と僕は確信しています。
8月のLIVEではピーさんの熱唱、思いの深さがみるみるうちに「ゆうさんバンド」の演奏に乗り移ってゆき、圧巻のパフォーマンスとなりました。
是非みなさまには「明月荘ブルース」を生歌、生演奏で体感して頂きたいと考えます。

どんな人でも自分の人生を1冊の本にできる・・・そんな話を聞いたことがあります。
それが音楽家という選ばれた才人達にとってはさらに深く広く、自分の人生における様々なシーンを歌にできる、ということでもありましょう。
ピーさんは音楽界復帰後、「道」「一枚の写真」などの新曲を次々にリリースすることで、そんな創作スタイルを実践してきました。

そして・・・ザ・タイガースの根っこのシーンを、ピーさんしか描けない視点で歌った「明月荘ブルース」。
ピーさんとしても、自身の思い入れがより深い作品となったでしょう。当然僕ら聴く側にとっても。
LIVE後しばらくして改めて曲の感動をお伝えした時、ピーさんは「長く歌っていきたい」と力強く仰っていましたから、年明けの四谷公演でもきっとセットリスト入りするでしょう。本当に楽しみです!


それでは次回、もう1本「今年中に書いておきたい」と考えていたお題が残っています。

相変わらず忙しくさせて頂いていますが、29日から冬休みに入りますので年内ギリギリの更新はできそう。
頑張りたいと思います。

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2020年12月20日 (日)

沢田研二 「1989」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

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少しご無沙汰してしまいました。
気持ちが上がったり下がったりの週末になりました。

昨日はポール・マッカートニーの新譜『マッカートニーⅢ』が到着。
『I』『Ⅱ』に思い入れのある身としては期待通りの角度から作られた新譜で、大いに気に入りました。

かと思ったら、ジュリーのオフィシャル・サイトでの突然のお知らせがありました。
いや、「突然の」という言い方はきっと当て嵌まらないのでしょう。熟慮巡らせ至ったであろうジュリーの決断を僕らは尊重し、今は「辛抱」に努めるしかありません。

ブログは本当は先週に1本更新の予定でいたのですが、例年以上に多忙な師走となり断念。
ただ、今はこのようなご時世です。大変な苦労をされている業種の方々がいらっしゃる中で、自分が「忙しい」ことを感謝しなければなりません。
僕の勤務先も特に4月、5月の業績落ち込みは凄まじく、「このままでは立ち行かなくなるのではないか」と心配しました。ところが有り難いことに、夏に出版した新刊が「20年に1度」クラスの特大ヒット商品となり、救われたのです(こちら)。
半年ほどが経った今もフル回転で重版に継ぐ重版という状況で、忙しくさせて頂いています。
『BEST OF NHK』のチラ見もできてない・・・年末年始の連休にとっておくしかありませんね。

さて本日12月20日は僕の誕生日です。
54才になりました。杉真理さん風に言えば「6×9(ロック)=54」というメモリアルイヤー(?)。

毎年この日は「ジュリーが自分と同じ年齢の年にどんな歌を歌っていたか」をテーマにお題を選んでいます。
今年は、ジュリーが54才になる年にリリースしたアルバム『忘却の天才』から「1989」を採り上げました。
よろしくおつき合い下さい。


ラジオ『ジュリー三昧』によれば、ジュリーはこのアルバムあたりから、『平和』を意識して歌うようになったとのことで、『忘却の天才』はジュリー史上重要な1枚と言えますね。それはジュリー自作詞に限らず、GRACE姉さん作詞の「1989」にもコンセプトとして及んでいたようです。
ただし僕はその点悲しき「後追いファン」でして、『ジュリー祭り』以降短期間で未聴のアルバムを大量に摂取したせいか、僅かな例を除き、2000年代ジュリー・ナンバーの「歌詞解釈」は後回しになっていました。
当初はとにかく「歌が凄え!曲がカッコイイ!」という面を先立って聴いていたように思います。白状すると、僕はアルバム購入後しばらくの間「1989」のタイトルの意味すら考えていませんでした。

『ジュリー祭り』以降ジュリーのLIVEに通うようになって12年。「1989」は『忘却の天才』収録曲中「生で聴いた」回数が最も多い曲じゃないかな。
初めて生体感できた時はあまりのカッコ良さに興奮したことを今でも覚えていますが、その日の打ち上げ、確か長崎の先輩方とご一緒した席で僕はうっかり独り言のような感じで
「そういえば、1989って何の数字なんですかねぇ?」
と口に出してしまい、みなさまに「え~~~~っ?!」とドン退きされました(恥)。
「”壁”って言ってるじゃないの~」と言われた瞬間に「あっ、そうか!」と気がついた次第で・・・。
でも先輩方は優しく「リアタイで新曲として聴いていないと、そういうところまで考えないものかもね」とフォローしてくださいましたが。

対立の壁砕けて 審判の鐘が鳴った
B7

賛美のマーチと共に 再会の唄うたった
B7

Woh Woh Woh 始まりは あの日 ♪
F#                                     B

1989年、ベルリンの壁崩壊。
世界中がアッと驚き、歴史は大きく動きました。

みなさまは普段、「1989」の曲タイトルをどう発音されていますか?
僕は単純に「いち・きゅう・はち・きゅう」と読んでいます。おそらくそれが多数派でしょう。
でもGRACE姉さん的には「ナインティーン・エイティー・ナイン」なのかなぁ、と。

デヴィッド・ボウイに「1984(ナインティーン・エイティー・フォー)」という名曲があるんです。
これはSF作家のジョージ・オーウェルが1949年に発表した同タイトル小説にインスパイアされたナンバーで、僕はオーウェルの同作を早川書房のSF全集で高校時代に読んでいますが、ひとことで言うと世界的な核戦争後の管理体制を「アンチ・ユートピア」として描いています。近未来に来るかもしれない恐ろしい世界の有り様です。

GRACE姉さんの「1989」は「今」(楽曲リリース時の2002年)の人々の志を問いかけるような詞で、対立の壁が崩れ時代が大きく変わった現在から見て、未来の世界がユートピアとなるかディストピアとなるか、それは僕らの行動にかかっている・・・そんなメッセージ・ソングではないかと今は捉えています。

このように僕の初聴時時点で歌詞解釈は遅れてしまいましたが、一方で「1989」のジュリーの作曲についてはアルバムを聴いて一発で好きになっていました。
ジュリーはこの年あたりから「なるべくマイナー・コードを使用しない」曲作りを心がけるようになったんじゃないかなぁ。
今はもうそれは完全に徹底されていますけど、「1989」の場合はその上でとても凝った進行です。
特にブッ飛んでいるのは

剥がれ落ちてく プライド ♪
G       A           D      G#

ロ長調の曲に採用する進行としては異色のコード展開、そして着地。
メジャーコードを複雑に絡ませてジュリー独特の武骨なメロディーを繋いでゆく・・・そんな作曲手法は「夜の河を渡る前に」を彷彿させます。

全体的にハードなメロディーであるにも関わらずポップな手触りも感じるのは、伊豆田さんのコーラスの貢献が大でしょう。
白井さんのアレンジもキレッキレで、イントロなどに登場するアルペジオ・リフのオマージュ元は、白井さんならビートルズの「アイブ・ガッタ・フィーリング」かな、それともジョージ・ハリスンの「ワー・ワー」あたりかな、と僕の好みに寄せてあれこれ想像するのも楽しい1曲。

ジュリー自身もお気に入りの歌のようですし、「遂にLIVE活動再開!」となった時、セットリストの有力候補ではないでしょうか。
その日が本当に待ち遠しいですね・・・。


さぁ、色々あった2020年も残り僅かとなりました。
ジュリーからのお知らせに朝から動揺した誕生日でしたが、ジュリーが歌をやめると言ったわけではないし、来年の3.11にはまた新譜もリリースしてくれるはず。
普通に誰もが不安なく、いっぱいのお客さんで大ホールLIVEが開催できる日を一刻も早く届けて貰うために、僕等は「今自分ができること」を頑張りましょう。

年内に残された日数は少ないですが、「今年中に書きたい」と12月頭に考えていたお題が2つ残っています。2020年師走、せめてそれくらいは僕も頑張ろう・・・。
ということであと2本、年内更新です!

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2020年12月 3日 (木)

PYG 「花・太陽・雨」

『PYG/ゴールデン☆ベスト』収録
original released on single、1971
and album『PYG!』、1971

Pygbest_20201202220601

1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花・太陽・雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Alubim Version)
13. ラブ・オブ・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Album Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

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本日12月3日は、僕が本格ジュリー堕ちを果たした『ジュリー祭り』東京ドーム公演記念日。
まるでこのタイミングに合わせたかのように、予約していたDVD『BEST OF NHK』も届きました。

201203_1

毎年めでたい日ではあるのですが、おかげで今年は格別の気分です。
今は忙しいのでお預けですが、年末年始の連休にじっくり鑑賞するつもりです。まぁ、その前にチラ見は絶対しちゃうでしょうけどね。

2008年のあの忘れ難い東京ドーム公演から、早いものでもう12周年ということで干支もひとまわり。今年はあの日と同じ「仏滅」なのですな~。感慨深いです。

毎年この日は『ジュリー祭り』セットリストからお題を選んでブログ更新しています。
鉄人バンドのインストも含めて全82曲、既にすべてお題記事は書き終えていますが、特に2010年あたりまでに書いた記事の多くは僕自身の知識も足りず身の丈もわきまえず、という状態で到底再読に耐えうるものではありません。
ですから、今日も、そしてこれから先もこの12月3日は『過去記事懺悔・やり直し伝授!』のカテゴリーにて、同公演セットリストから「2度目のお題記事」を更新させて頂くことになります。

今年はPYGの「花・太陽・雨」を選びました。
この曲の過去記事は『ジュリー祭り』直後に本当にお世話になった、僕にとっては最初に「ジュリー道」を示してくださった先輩からのリクエスト曲として書いたのですが、ヒヨッコ丸出しで「考察記事」とはとても言えない内容となってしまっていました。
今回は、その時にはまったく触れずに済ませてしまった「シングル、アルバムそれぞれのヴァージョン比較」をメインに考察していきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。


そもそも僕が「PYG」というバンドを知ったのはかなり遅く、『ジュリー祭り』のほんの数年前のことでした。”第一次ジュリー堕ち期”の頃にYOKO君から「タイガース解散後にジュリーとショーケンが同じバンドに在籍していた」と聞かされとても驚いたものです。
まぁYOKO君にしても当時はバンド名を平気で「ピーワイジー」と発音していたくらいですからヒヨッコには変わりなかったのですが、僕よりはいくらか先を行っていた、と。
僕がPYGのベスト盤を購入し初めて「花・太陽・雨」の2つのヴァージョンを聴いたのは、ちょうどその頃だったんじゃなかったかな。もはや記憶が(汗)

アルバム『PYG!』を聴いたのは・・・これはハッキリ覚えていて『ジュリー祭り』後でした。
当時「澤會」さんが会員の新期加入を一時停止していて、僕のような『ジュリー祭り』堕ち組はなかなか会員になれずツアー・チケットの申し込みができない状況でした。そこで先述の先輩が『Pleasure Pleasure』ツアー前半のチケット予約を代行してくださり、送ってくださったチケットにPYGの音源(ファーストと『FREE with PYG』の2枚)が同封されていたのです。
先輩としては「新しいジュリーファン」である僕に「PYG」を聴いて欲しいとのことだったのですが、それにしても本当に色々とお世話になりっ放しで・・・改めて感謝、感謝なのです。

さて、みなさまは「花・太陽・雨」のシングルとアルバム、どちらのヴァージョンが好きでしょうか?
アルバム・ヴァージョンは当然アルバムで聴くことが本道ではありますが、冒頭に添付した『ゴールデン☆ベスト』は2つのヴァージョンいずれも収録していますので、「聴き比べ」には重宝します。
お持ちのかたはここで今一度聴き比べてみてください。

さぁ、どうでしたか?

拙ブログをお読みくださっているのはほぼジュリーファンでしょう。故に僕は、「もちろんシングルも好きだけど、どちらかと言えばアルバムの方が好き!」派が多数を占めるのではないか、と予想します。
僕自身がそうですから。

シングル・ヴァージョンの方が音源全体の完成度が圧倒的に優れていることを前提、承知の上で、「ジュリー・ヴォーカル」の1点を以ってアルバム・ヴァージョンに軍配を上げることになるのですね。
例えば

色のない花 この世界
   Am                G

春の訪れのない 私の
   C                      Bm

この 青春  に問いかけ る ♪
    Am  Em G  A7    C B7  Em

特に「春」の発声です。
この楽曲は滅々とした雰囲気が逆に大きな魅力で、サリーさんの詞も否定的な意味を持つ言い回しが多いのだけど、歌の主人公は暗闇の中にひとすじの光をかすかに見据えている、実はそんな前向きなメッセージもあって、アルバム・ヴァージョンのジュリーのヴォーカル、発声にはそれを感じることができます(ジュリーはシングルも同じようには歌っているのでしょうが、ダブル・トラック処理に重きを置いていること、ミックス・レベル自体が小さいこと等がその点を抑えてしまっています)。

それにしてもサリーさんの詞は凄い。「青春に問いかける」「青春に呼びかける」のフレーズは、これが40代とか50代の作品ならば普通に出てくるのかもしれませんが、サリーさんは当時まだ20代半ばですから・・・凄まじいまでの俯瞰力!(これは「やすらぎを求めて」にも同じような凄味があると思います)

タイトルの「花・太陽・雨」には「・・・」とその後に続く言葉が隠されていて、それが「花・太陽・雨・・・愛」であることはシングル・ヴァージョンを聴いても分かります。
しかしこの歌が「まよ(迷)える人」に宛てたメッセージなのだということは、アルバム・ヴァージョンでしか判明しません。
そう、アルバムの方はエンディングに追加のフレーズがあるんですよね。初めて聴いた時は驚きました。
ちなみに堯之さんのソロが入るタイミングもヴァージョン違い。そこも含めてアルバム・ヴァージョンの方が「歌詞が多い」(←身も蓋も無い表現ですみません笑)ことは比較上特筆されるでしょう。

では、演奏とミックスについてはどうでしょうか。
「どちらがより広く受け入れられるか」との観点に立てば、シングルの方が圧倒的に優れています。
並行移調のBメロに噛み込む大野さんのドラマティックなオルガン、エッジを効かせた大口さんのシンバルの刻み、スネアの音色。
そして堯之さんのギターも、ソロ部以外にヴォーカルの間隙を縫うフレーズがあります。このパターンは後の「今、僕は倖せです」に引き継がれていますね。

シングルでの堯之さんのソロは、「ギターのダブル・トラック」です。ただしそれはエフェクター採用ではなく「同じフレーズを二度弾く」という手間を惜しまない手法。
「花・太陽・雨」ではイントロのギター4拍打ちがジョン・レノン「マザー」のオマージュとしてよく語られますが、このリードギター・ダブル・トラックはジョージ・ハリスンのアルバム『オール・シングス・マスト・パス』での「同一のパートを複数同じように演奏し重ねてゆく」手法を彷彿させます。こちらは特にアレンジ・オマージュではないけれど、『ジョンの魂』と同じくフィル・スペクターが深く関わったアルバムであり、いかにも71年という時代を象徴する堯之さんのテイク、と言えましょう。
「速く弾ける」ギタリストが」世に登場したからといってそこからすべて右に倣え、とはならない・・・それがロックの面白いところです。

曲想とはかけ離れた表現かもしれませんが、シングル・ヴァージョンの「花・太陽・雨」の音作りは「キャッチー」と言ってよいと僕は思います。
一方で僕はアルバムの方の音の仕上がりも好きなんですよね・・・。
各楽器パートが淡々としているぶん、左サイドに振られたアコギに耳が奪われるのです。この歌の世界観にはアコギのストロークが目立つアレンジが合っている、とも思うのですがいかがでしょうか。

最後に、『帰ってきたウルトラマン』の話も今回は書いておきましょうか。
(「花・太陽・雨」に関する逸話としてかなり有名のようですから、ジュリーファンのみなさまも、少なくとも「そんな話がある」との知識はお持ちかと思います)
第34話「許されざるいのち」でこの曲がBGMとして採用されているんですよね。

昭和の特撮ヒーロー番組を単に「子供向けだろう」などとナメてはいけません。
「ヒーロー番組とは教育番組である」・・・これは、『仮面ライダーV3』や『快傑ズバット』で主を張った、僕の世代にとっては永遠のヒーロー俳優である宮内洋さんのお言葉です。
僕の経験からしますと、宮内さんのそんな名言が心に響き実感として受け止められるようになるのは、実際に番組を観ていた子供達が大人になってからのことではないかと思います。
幼い頃に観たヒーロー番組を再視聴した時、「そういえばこのシーンでこんなふうに感じていた、こんなことを学んでいた」と自らの成長過程を思い当たるのです。

ウルトラマンシリーズにも当然そんな面はありました。
ただ、『ウルトラセブン』では地球規模、或いは宇宙規模のスケールで人類の奢り、環境破壊、差別などの問題提起が多かったのに対し、『帰ってきたウルトラマン』ではもっと身近な、主人公(郷秀樹)の周囲の近しい人達が非業の運命を辿る、大切な人を失ってしまうというダイレクトに胸抉られるようなストーリーが多かったように思います。

『許されざるいのち』では主人公の幼少時代の友人が、自ら生み出した「命」(怪獣レオゴン)の犠牲者となる道を選びます。
懺悔なのか、けじめなのか、怪獣に向かってゆきそのまま命を断とうとする友人を阻止すべく、湖を泳ぐ郷秀樹。郷の脳裏に甦る友人と過ごした幼少期の記憶。
しかし結局友人を救うことはできなかった・・・。
「花・太陽・雨」はそんな一連のシーンで忽然と流れ始めます。イントロのギター4拍の説得力たるや、BGMとしてこれ以上ない!という効果です。

今までは考えていなかったのですが、もしこれが『七人の刑事』の「レット・イット・ビー」のように「シングルではなく敢えてアルバム・ヴァージョン」だったら事件だな、と思い今回再度確認したところ、さすがにここでは普通にシングル・ヴァージョンでした(YOU TUBEにてBGMシーンだけ上げてくださっているかたがいらっしゃいました。ありがとうございます!→こちら)。

「許されざるいのち」は71年12月の放映ですから、タイムリーなBGMであったとは言えるにせよ、幾多ある歌、もっと有名なヒット曲があったにも関わらずのPYG「花・太陽・雨」の採用には演出の執念、高いセンスを感じずにいられません。
上記のようなシーンだからこそ選ばれた歌。
ジュリーの発声やサリーさんの詞に希望を見出すのもそれはそれで一局ですが、やはり「花・太陽・雨」は胸かきむしられる悲しみのメッセージ・ソングとして聴くのが王道なのでしょうね。


それでは、年内の更新はあと3本の予定です。
2020年も残り1ヶ月を切りました。これからはコロナ禍に加えてインフルエンザの同時流行も心配です。

みなさまどうぞ気を抜かず、うがい・手洗いを継続させましょう。僕もなんとか気をつけて、この師走を過ごしたいと思います。

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