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2018年5月

2018年5月30日 (水)

沢田研二 「しあわせの悲しみ」

from『CROQUEMADAME & HOTCAKES』、2004

Croquemadame

1. オーガニック オーガズム
2. whisper
3. カリスマ
4. 届かない花々
5. しあわせの悲しみ
6. G
7. 夢の日常
8. 感情ドライブ
9. 彼方の空へ
10. PinpointでLove

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今年も中野『
まんだらけ海馬店』さんでジュリー生誕祭のお蔵だし期間が展開されるようです。
実は中野にはつい先日行ったばかり。海馬店さんも覗いてきまして、未開封の老虎Tシャツが結構なお値段で販売されているのを確認してきました。僕のはすっかりパジャマ化しヨレヨレになっていますが・・・。
今年も、普段は店頭に並んでいないお宝アイテムがお店を飾るのでしょう。また行ってこようかなぁ。
ちなみにみなさまが中野に来られた際には、ブロードウェイとは駅の反対側の通り沿いにある喫茶『アザミ』さんのランチがお勧めです。午前11時の開店から早々に混んでますけどね。

それでは今日は”作曲家・ジュリーの旅”ひとまずの締めくくりでございます。
2000年代編ということで、採り上げる曲はアルバム『CROQUEMADAME & HOYCAKES』から「しあわせの悲しみ」。
今日のお題がこの「しあわせの悲しみ」で、先に言ってしまうと次回(古希ツアーに向けて”全然当たらないセットリスト予想”シリーズの第1弾)採り上げるのが「生きてたらシアワセ」。これは先々週にはもう決めていた流れで、その2曲いずれもジュリーの作詞作品です。ジュリーがタイトル・フレーズにした「幸せ」という言葉の意味は、それぞれの歌で違うのか、それとも同じなのか。
ジュリーの古希ツアー開幕までひと月とちょっと、というところまで来て僕は今「硯の海に波もなし」には程遠い心境ではあるのですが、普段通りに頑張りたいと思います。よろしくおつきあいの程を。


①ジュリー流「パワー・ポップ」の決定盤!

今回もまずはアルバムの話から。
『CROQUEMADAME & HOTCAKES』は2000年代のジュリー・アルバムの中でもファンの人気が特に高い1枚のようです。
よく聞くのはハードロックとしての評価ですが、収録曲のメロディーやコード進行、アレンジに目を向けた時、僕はこのアルバムをジュリー流「パワー・ポップ」の集大成的名盤と位置づけたいです。

パワー・ポップはバッドフィンガーあたりが元祖と言われ、ジャンルとして確立したのは90年代、オルタナから派生したメロディー重視(つまり演奏以上に「歌」ありき)のパワフルなポップ・ロック。
それまで「イギリス>アメリカ」が不動だった僕のロックの好みが逆転してしまったという、個人的にはかなり刺激的だったムーヴメントで、根底にはビートルズをはじめとする60年代マージー・ビートへのリスペクトがあり、その意味では80年代のネオ・モッズにも似た熱を感じていました。ファストボール、オーズリー、メリーメイカーズなどをよく聴いていましたね。
このパワー・ポップのテイストはジュリーの歴史で言うと、白井さんが1人でアレンジを任されるようになった97年の『サーモスタットな夏』から徐々に強まってきて、2003年『明日は晴れる』と2004年『CROQUEMADAME & HOTCAKES』の2枚で完全に突き抜けた、という感じです。
前者がアコギ主体、後者がエレキ主体と「パワー・ポップの特性を2枚がかりで1面ずつ魅せる」という白井さん、そしてジュリーらしいアプローチだと思います。

ちなみに僕は大学時代に上井草という西武新宿線の駅前の喫茶店でアルバイトをしていて、そのお店のメニューにあった「クロックムッシュ」はよく知っていた(と言うか、マスター不在の時は僕が作ってお客さんに出していたんですよ~)のですが、「クロックマダム」の方はどういうものだか知りませんでした。
『ジュリー祭り』後にCDを購入しデザインを確認して初めて「目玉焼きを乗せたトースト」だと遅ればせながら学んだ次第です(笑)。
斬新なパッケージですよね。

このアルバムから僕がLIVEで生体感できているのは、前回書いた『Beautiful World』の場合と同じく2曲。「届かない花々」と「彼方の空へ」です。
ただ、『ジュリー祭り』以降僕が唯一参加できなかったLIVE、裕也さんとのジョイント『きめてやる今夜』で、「whisper」がセトリ入りしているんですよねぇ・・・。これを聴きそびれてしまったのは本当に痛い!

「彼方の空へ」はかなりレアな体験だと思っていますが、「届かない花々」は何度も聴けていますしこれからも聴けるでしょう。と言うか古希ツアーでもセットリスト有力候補です。
もし今年歌われたら、「過去記事懺悔やり直し伝授」の記事執筆は是非、と考えています。2009年に記事を書いた際には、僕は恥ずかしいことに9.11にまったく思いが至っていませんし、さらにその後2015年「泣きべそなブラッド・ムーン」の記事に頂いた先輩のコメントを読んで、近年のジュリーが「花束」や「花々」といったフレーズをどういう意図で自作詞に盛り込んでいるかをようやく理解しました。
「機会あれば書き直したい」と思っているジュリー・ナンバーの代表格です。

今日のお題「しあわせの悲しみ」については、作詞も作曲もジュリーということでその他の収録曲と比べると今後のLIVEでのセトリ入り率は少しだけ高いのかな、と考えています。
いつか生で聴ける日は来るでしょうか・・・。



②「しあわせの悲しみ」って何だろう?

まずはジュリーの作曲手法について書いて。
80年代からギター・コードに囚われない「メロ先」の作曲を始めたジュリー。気に入ったメロディーに後からコードを当てる、となった時、当初は「あれっ、ここのコードは何だろう?」と迷うパターンもあったでしょう。
その都度加瀬さんあたりに尋ねてゆくうち、テンション・コードを教わり、フラットナインスやディミニッシュ、オーギュメント、ハーフ・ディミニッシュなどの進行例を会得、「このメロディーだとこのコード」というパターンを覚えて、次第に「メロディーとコードが同時に脳に浮かんでくる」作曲法に至ります。
「しあわせの悲しみ」は、その点がとても分かり易い1曲だと僕は考えています。
具体的にそれを感じさせるのがBメロ冒頭部。

背中が さむいよ ♪
F          Faug

これは先日「ロイヤル・ピーチ」の記事で解説した「上昇型のクリシェ」で、コードと並行で産み出されるメロディーの一例。ジュリーはこのパターンがお気に入りとなったらしく、後に「涙のhappy new year」を同じ理屈で作曲しています。
他作曲家のジュリー・ナンバーの例では、NOBODYさんの「失われた楽園」、加瀬さんの「渚でシャララ」、そして先述した柴山さんの「ロイヤル・ピーチ」。
独特の進行ですから共通の雰囲気は分かり易いかと思います。ジュリーは当然、「しあわせの悲しみ」作曲時点でこの進行を血肉とした上でメロディーを生み出しているでしょう。

もうひとつ、「しあわせの悲しみ」ではメロディーの抑揚に明快なリズム・パターンをあらかじめジュリーが組み込んでいます。チャプター③でご紹介する糸井さんとのトークで話題に上がるのですが、ジュリーは80年代を機に「リズムのあるメロディー」作りを心がけるようになったのだとか。
こちらの手法も作曲家・ジュリーはすっかり自分のものとしていて、「しあわせの悲しみ」で提示したリズムは軽快なモータウン・ビートです。こちらの他作曲家のジュリー・ナンバー例は加瀬さんの「バイバイジェラシー」、大沢誉志幸さんの「Tell Me...blue」。

クリシェ進行にしろモータウン・ビートにしろ、2004年のジュリーは既に「考えてひねり出す」手間などなく、メロディーを思いついた瞬間にそこまでアイデアが及んでいるわけで、これほどポップな展開、進行をして「しあわせの悲しみ」の作曲作業に費やした時間は相当短かったと思いますよ。円熟の名曲ですね。

さて、この曲は作詞もジュリー。これまで書いてきた通り作曲についてはジュリーの手法が推測し易いナンバーですが、作詞となるとこれが非常に難解。
言葉遣い、フレージングそのものに奇をてらってはいないのだけれど、「ジュリーが何を伝えたいか」を読み解くのが難しい作品です。
そもそも「しあわせの悲しみ」って何だろう?

しあわせの悲しみは 悲しみのしあわせより
F                            A7

もっともっと傲慢だ それを僕は信じない ♪
B♭                      C       B♭  C


(注:このタイトル・フレーズが登場する歌詞部は伴奏無しのアレンジですが、ここでは曲中の他Aメロ箇所に準じたコードネームを振ってあります)

ここで「しあわせの悲しみは傲慢である」ということを否定しているわけですから、ジュリーにとって「しあわせの悲しみ」は「悲しみのしあわせ」とは違って好ましい心の状態である、ということになります。
「しあわせの悲しみ」とは、幸せな日常の中に突発的に起こる悲しみで、逆に「悲しみのしあわせ」とは悲しみの日常の中に稀に訪れるしあわせ・・・と考えてよいのでしょうか(既にややこしい汗)。つまり「俺の日常は基本幸せだ」という心構えを傲慢だと人は言うけれど、僕(ジュリー)はそうは思わない、ということなのかな。
いや、それだけじゃないなぁ・・・ジュリーは「しあわせの悲しみ」を肯定し「悲しみのしあわせ」を否定しているんじゃなくて、すべての「しあわせ」を肯定している。
様々な状況でそれぞれの人が自らを「幸せ」だと感じる心の在りようを尊ぶ・・・そんなメッセージ・ソングなのかもしれません。

何かヒントはないものかと「しあわせの悲しみ」というタイトルフレーズをはじめ歌詞中のいくつかの言葉並びを思いつくままにネット検索していたら、「ポジティヴ心理学」というものに当たりました。簡単に言えば、「幸せ」な心であるためには「悲しみ」「怒り」「落ち込み」といった感情も少なからず必要である、と。
そうなんだろうか・・・僕にはよく分かりませんでした。
もう少し年齢を重ねれば実感できることなのか、僕自身にその能力が無いのか、それとも無意識に意を得ているのか。
「幸せ」や「悲しみ」の感じ方って人が置かれている状況によって全然違うし、定義は本当に難しい。
ただ、ジュリーのこの詞がジュリー自身の日常から産まれていることは間違いないと思います。その意味でも「円熟の歌」という気がしますね。

あと、白井さんのアレンジについて書いておきます。
肝はイントロなどに配されたギター・リフ部です。多くのリスナーには「歌メロとはリンクしない、白井さんがアレンジ段階で新たに考案した進行」箇所と捉えられているんじゃないかと推測しますが、実はそうではないんですよ。
これは白井さんが、ジュリーが作曲したAメロ冒頭部の進行「F→A7→B♭→C」をそのまま拝借してリフを載せているんです。
ただし、そのすべてをブルーノートのギター・フレーズに置き換える、という工夫が白井さん渾身の「だまし絵」的なトリックなのですね。全然関係ない独立したアイデアによる進行だと聴き手に思わせて、白井さんはニヤニヤとほくそ笑んでいるわけです。
下手すると、歌うジュリーですら騙されているかも。

そう言えばこのギター・リフ、「グショグショ ワッショイ」の中で柴山さんが採用しているフレーズとまったく同じ運指なんですよね。
ジュリーの作曲は「ロイヤル・ピーチ」、白井さんのギターは「グショグショ ワッショイ」。
「しあわせの悲しみ」のような曲が今年の新譜と共鳴していること・・・不思議に納得のゆく偶然です。


③糸井重里さんが作曲家・ジュリーに迫る(後編)

お題曲とは関係ありませんが、”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで前回記事でご紹介した81年のラジオ番組での糸井重里さんとジュリーのトーク・・・今日はその後編をお届けします。


-糸井さん-
シンガーとしての沢田研二とソングライターとしての沢田研二ってのは、少しくらい違うって感じします?

-JULIE-
そうですね・・・自分で作ったものを歌うってのはあんまり好きじゃないみたいです。っていうのは、作ってるうちにもう自分のものになっちゃってるから。レコーディングするような段階だともう飽きっぽくなってるっていうか。
人が作ってくれたやつだと、だんだんだんだん自分のものになっていくのがすごい快感だったりする、となんかそういうところはありますね。(自分で作った曲は)メロディーも全部自分で分かってるから、つまんないなっていうか(笑)。

-糸井さん-
へぇ・・・なかなか聞いてみないと分かんないことがあるみたいですねぇ。

♪「ヘヴィーだね」オンエア

-糸井さん-
沢田さんが作った曲を続けて聴いているんですけど、(「ヘヴィーだね」は)懐かしいですねこれ。ギター弾いてる人や歌っている人の顔が見えるような。
ちょうど僕らがいちばん・・・何て言うんだろう、「音楽って何だろう」みたいな結構ややこしいことを考えてた時期の・・・。

-JULIE-
そうですね、(そういう)サウンドですね。

-糸井さん-
曲を作る、俺の曲を作ろう、って思ったきっかけというのは?

-JULIE-
きっかけはねぇ・・・へっへっへ(笑)。タイガースの頃でね。
ビートルズとかそういうグループなんかでは、(自ら作曲するのは)常識だったけれども、ビートルズが作るっていうのは、「あ、彼等だから作れるんだ」っていうふうに思ってて。でもある日アダモが日本に来てね。「あのオッサンも作ってる!」って思ったわけ(笑)。本当に全部そう?って聞いてね、あのオッサンにできて俺にできないわけないと思って。


この話は最近ジュリーのMCで聞いたなぁ。50周年ツアーの・・・大宮だったか、武蔵野だったか。
ちなみにビートルズも、ジョンなんてバンド結成当時は「自作の曲をやる」なんて全然考えてなくて、ある日ポールから「自分で作ってみた」というオリジナル曲を聴かされて、「おまえ、楽譜とか読めんの?」と尋ねたら「そんなもん読めなくても曲は作れるよ」と返されて、そこから日夜2人で共作してどんどんオリジナル曲を歌うようになった、という話があるんですよ~。


-JULIE-
で、頑張ったら、最初の曲作るのに1年半くらいかかりましたよ(笑)。忘れもしない、目黒ハイツというマンションで、毎日帰ってやるんだけど、なかなか作れなかった。
まぁどっちかっていうと地味ですね、僕の曲は。

-糸井さん-
性格が派手過ぎるから?

-JULIE-
(性格と言うより)表でやってることが派手だから、(曲は)わりとすごい地味で。でも最近は派手に・・・。

-糸井さん-
派手になってますよね!

-JULIE-
「嘘はつけない」あたりからちょっと意識してね。
だいたい僕の曲は(当初は)のんべんだらりで、メロディーにリズムが無いのが多かった。それを指摘されたりなんかして。

-糸井さん-
指摘されたんですか?

-JULIE-
ええ。木崎純久っていうディレクターに(笑)。リズムのあるので作ってくれと言われたり。それからちょっと頑張って。

-糸井さん-
リズムがあって口三味線だってことは、歌になってる、ってことだもんね。
僕はとても(ジュリーの作る曲が)好きで、これから本当に期待してるんですけれども、歌を作ることと並行して、例えばギターを持って(ステージなりを)やってやろう、というふうにはなってないですか?

-JULIE-
あんまりなってないですねぇ。
曲が作れる程度でいいと思ってるから。意外と音楽的にどうこうしたいっていうよりも、楽しんで貰ったり、笑わせたり驚かせたり・・・エンターテイメントの方に重きを置いてるみたい(笑)。

-糸井さん-
じゃあ、歌手・ジュリーが狙っているのと同じことを、作曲家・ジュリーも狙っているんですね。

-JULIE-
そうですね。

-糸井さん-
それでは、名曲・・・僕は名曲だと思います。『G. S. I LOVE YOU』のテーマになっているB面ラストの曲、聴いてみましょう。

♪「G. S. I LOVE YOU」オンエア


「G. S. I LOVE YOU」は、ほぼ虎ツアーのBGMでしたね。あれ以来、僕はこの曲を聴くと2011年のあの楽しかったツアーが思い出されてならないのですが、みなさまはいかがでしょうか。
さて、番組の最後に糸井さんは作曲家・ジュリーについてこんな言葉で放送を締めくくってくれます。


-糸井さん-
(ジュリーは)ものを作る才能をたくさん持ってる人・・・そうじゃなかったらここまで来られなかったと思う。
そういうことを(世間に)通じさせたいよね。それを今(ラジオで)言って通じさせようとしてるんだけれども、「もっと分かってくれ!」という思いがすごくあるんです。
実際に(ジュリーと)会って、ものすごい常識があって、しかもポンと跳ねるところがあって、これは本当にものを作る人の才能で。こういう沢田研二を81年はどんどん見せて頂きたい、と思うんですけど・・・最後に沢田さん、何かメッセージを。

-JULIE-
しっちゃかめっちゃかで、頑張ります(笑)。


作曲家・ジュリーの素晴らしさ・・・「もっと分かってくれ!」というのは、糸井さんならずとも、その後のCO-CoLO期だったりセルフ・プロデュース期に入ってからもずっと、先輩方が思い続けてきたことかもしれませんね。
世間に「沢田研二」の名前は知られていても、作曲のキャリアとなるとどの程度知られているか・・・。

後追いファンの僕などはそこに加えて最近の「祈り歌」での「詩人」のパーソナリティーについても(世間に)通じさせよう、とここで躍起になっているわけですが。
今は、ジュリー自身の手でそれを満天下に知らしめる古希ツアーとなることを期待しています。


それでは、オマケです!
今日は2004年に雑誌掲載された山田五郎さんの記事を、連載2回ぶんどうぞ~。


200431

200432



さぁ、もうすぐジュリーの誕生月・6月に突入します。
次回更新からはいよいよ、ジュリーの古希記念ツアー『OLD GUYS ROCK』に向けて”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズでの執筆となります。
昨年は「シングルばかりをワンコーラスずつ50曲歌う」というジュリーからの事前の告知がありましので予想記事もまぁまぁ当たりましたが、今年は僕のブログらしく「当てに行ってるのに外しまくる」結果となりましょう。その外しっぷりを今回も楽しんで頂ければ、と(と言うか僕自身が毎回それを楽しんでいるのですが)。

また、ジュリー古希イヤーということで当然今年は「特別な6月」でありまして、2009年に宣言した”ジュリー70越えまでに、『ジュリー祭り』セットリストのお題記事をすべて書き終える”という拙ブログの大目標・・・その達成月としなければなりません。
次回お題は「生きてたらシアワセ」。
この、『ジュリー祭り』セットリストの中で記事未執筆の3曲のうちの1曲で、先陣を切りたいと思います。よろしくお願い申し上げます!

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2018年5月24日 (木)

沢田研二 「懲りないスクリプト」

from『Beautiful World』、1992

Beautifulworld

1. alone
2. SOMEBODY'S CRYIN'
3. 太陽のひとりごと
4. 坂道
5. a long good-bye
6. Beautiful World
7. 懲りないスクリプト
8. SAYONARA
9. 月明かりなら眩しすぎない
10. 約束の地
11. Courage

--------------------

みなさま、古稀ツアー後半の申し込みは忘れずに済ませましたか?
今年から音楽劇がなくなり、夏からのツアーまでの間の「ジュリ枯れ」期間が長いですね。でももうツアー初日まで2ヶ月を切りました。あと少しの辛抱です!

今月は悲しい訃報も相次いで・・・先週は井上バンド時代のジュリーのライヴ・アルバムをひたすら聴いていました。今週に入ってからはYou Tubeで西城さんのシングル・ヒットをおさらいしています。
素晴らしいプロデューサー、素晴らしいソングライター・チームが組まれ、素晴らしい演奏がある。70年代、80年代にアイドルと呼ばれた歌手の楽曲、パフォーマンスの何と素晴らしいことか、と改めて感じました。それはジュリーが作ってきた道、時代なんですよね・・・。


さて今日は”作曲家・ジュリーの旅”シリーズの第4弾。
90年代ジュリーの作曲作品ということで、アルバム『Beautiful World』から「懲りないスクリプト」を採り上げたいと思います。
このアルバムには豪華な作曲家陣が起用されヴァリエーションに富んだ名曲達を提供していますが、ジュリー自身の作曲作品も3曲収録されています。
「SOMEBODY'S CRYING」「Courage」そして今日のお題「懲りないスクリプト」。僕はアルバムの中でこの3曲が特に好きなのです。

建さんプロデュース期に入って、しばらくジュリー作曲のナンバーがオリジナル・アルバムでお披露目されることなく3年が過ぎ・・・そのぶん作曲家・ジュリーの魅力はactで炸裂していたとは言え、一方では沸き上がる作曲活動へのさらなる渇望を持て余しつつ、アイデアを練り込む雄伏期間でもあったでしょう。
『Beautiful World』ではタイプの異なる名曲を3曲一気でブチ込んできたジュリー。
その作曲法の進化、素晴らしさについて、今日も張り切って書いていきます!


①建さんプロデュース期の隠れた名盤!

まずはアルバム『Beautiful World』の話を。
EMI期の吉田建さんプロデュースのアルバム5枚の中では地味、というのが多くのジュリーファン共通の認識のようです。他の4枚と違ってド派手に迫る豪快なナンバーが収録されておらず、ギターよりもキーボードの活躍が目立ちます。
アレンジもリズムに重きを置いて「お洒落」である代わりに派手さでは劣る、と。
その点は僕もそう思います。でも、しみじみ好きなんですよねぇ、このアルバム。

収録曲の中で僕が生のLIVEで体感できているのは2曲。「約束の地」については今後も必ずセットリスト入りするであろうツアー定番曲ですが、「SOMEBODY'S CRYING」を生で聴いたことがある、というのは最近になってジュリー堕ちした若い方々、中抜け復帰した先輩方が羨むレア度高めの体験なんじゃないかな。
まぁ『歌門来福』(2010年お正月)って全体的にそんなセトリだったんですけどね。

アルバム最大の個性は、作詞が覚和歌子さんで統一されていること(「Courage」のみジュリーとの共作)。僕は歌詞カードを熟読しながらアルバム通して聴き込むタイプなので、このアルバムでの「覚さんの詞からコンセプトを統一できないか」という製作スタンスはかなり好みと言えます。
そう言えば、先頃再発されたこのアルバムの歌詞カードってどんなレイアウトなんですか?
僕は幸運にも『ジュリー祭り』後にオリジナル盤を安値の中古で入手することができて、独特の「見開き」歌詞カードも気に入っています。


Beautifulworldlin

先の再発盤がここまで再現されているのかどうか・・・気になるところです。

前作『A SAINT IN THE NIGHT』での鮮烈な共同製作作業が実現、覚さんの詞を気に入ったジュリーは、引き続きアルバム『Beautiful World』でも覚さんに収録全編の詞を依頼・・・後追いファンとしては、そんな認識で合っているのでしょうか?
覚さんの作品が人間・ジュリーの生き様とリンクしてくるのはもう少し先のことですが(アルバム『sur←』あたりからです)、女性作詞家らしい奔放さ、男性では描けない視点からの「確信のある男らしさ」は既にここで発揮されていますね。
例えば今日のお題「懲りないスクリプト」。
気分良く羽根を伸ばしフワフワしている「君」にジェラシーを燃やす主人公。このシチュエーションを男性作詞家が描くと良くも悪くも「下衆」感が出がちです。そこが覚さんにかかると、「君」がどれほど素敵なのかを僕だけが知っている、という視点で「やせ我慢しない」主人公を描くわけで、阿久さんとは対極です。

ジュリーはどちらかと言うと「相手に惚れ込んで弱みから恥からすべてを晒せる」ほどの愛情を持てる男を「男らしい」と感じ、自らにも投影しやすいのかな。ならば、覚さんの詞はピッタリでしょう。
結果、「カッコついてない状態がカッコイイ」というジュリーの魅力が引き出されます。時代を遡って「どうして朝」あたりにも通じる名篇ではないでしょうか。
僕は個人的に「男性より女性の方が格上」と思って生きていますし、世の男性がすべてそう思っていれば世界は平和に違いないとすら考えるほどですので、「懲りないスクリプト」に登場する男女の揉め事が結局主人公の「服従するは我にあり」的な確信で解決するであろう描き方はとても微笑ましく、好感度が高いのです。

また、覚さんで統一された作詞クレジット以外でアルバム『Beautiful World』の特性と言えば、各収録曲それぞれのリズムの多彩さが挙げられるでしょう。
そもそも建さんプロデュースの5枚はリズム重視のアレンジですが、これはその中でも突出した1枚。
「Beautiful World」「SAYONARA」と、レゲエ調のリズムの曲が複数収録されているのはジュリー・アルバムとしては珍しいですし、他にもソウルな「SOMEBODY'S CRYING」、3連バラードの「太陽のひとりごと」、ボサノバ風の「坂道」、ハーフタイム・シャッフルの「a long good-bye」など・・・原曲自体が持つリズムの個性を建さんがあの手この手で料理しているんですね。
そして「懲りないスクリプト」が16ビートのポップスです。これぞ「メロ先」ジュリー作曲の真骨頂。
次チャプターではこの魅力的な名曲に絞って考察を進めていくことにしましょう。


②90年代16ビート・ポップスのお手本のような名曲!

ここでは、僕がこの曲のジュリーの作曲作業を、「コード先」ではなく「メロ先」であると推測するいくつかの根拠を書いていきたいと思います。

第一は、メロディー(ヴォーカル部)に関して最後まで調号の変化が登場しないこと。
「懲りないスクリプト」のキーは変イ長調ですが、間奏部ではヘ長調へのカッコイイ転調があります。しかしこれはアレンジ段階で建さんが考案した進行と見るべきで、ジュリーのヴォーカル部は一貫して変イ長調の王道。変則的な箇所はまったくありません。
かつて堯之さんが語った「沢田は、普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」という言葉は、ジュリーの「コード先」作曲作品に限られるものと僕は考えています(一部例外を除き70年代までの楽曲)。

ジュリーが、知っているコードを凡例に囚われず並べて作曲する場合は(天賦の才も手伝って)周囲が驚く斬新な進行となる一方で、鳴っている和音にメロディーが縛られるということも生じます。反対に、脳内に浮かんだメロディーから作曲にとりかかる際には、自分にとって歌い易く無理のない「好みの歌いまわし」が自在に操れる代わりに、進行自体はシンプルになりがちです。
もちろん鍛錬を積めばこの限りではありませんが、特に「ここのメロ、カッコイイ!」と自分で気に入ったものができれば、やみくもに凝った進行を採り入れず頭で生まれたそのままに仕上げる方が良い場合が多いのですね。メロディーを「線」、楽曲を「絵」と例えると、秋風先生が「勢い重視!生きた線を描け!」と若い弟子達に特訓を課していたことと理屈は同じです(あ、朝ドラ観てない人にはワケ分からない話ですみません)。
結果「懲りないスクリプト」は、メロディーの勢いそのままに、シンプルなコード進行を以って完成しました。

第二に、この曲のリズムが16ビートのポップスに仕上げられていること。
「コード先」の作曲の場合、ジュリー自らが「ギターを弾きながら」作るわけですから、まず「ギターがちゃんと弾けて、なおかつそれに合わせて歌う」ことができていなければなりません。そうなると、ジュリーの弾くギター・ストロークがその曲のリズム・パターンとして既にデモ音源で固まっているでしょう。「弾き語り」に適したエイト・ビートやシャッフル、3連バラードの出現率が高いのは自然なこと。
これが16ビートとなるとなかなか・・・最初から「この曲は16で」と決めてかからないとデモ段階でそこまでは出てこないと思います。

対して「メロ先」の作曲だと、もちろん後からコードを当てるには当てますが、伴奏は小節頭に「じゃ~ん♪」とひと鳴らしとか、そのくらいの(リズムに限っては)ラフな状態でデモ音源が作られます。
すなわち、アレンジャーによるリズム解釈の自由度が跳ね上がるのです。
メロディーの抑揚から適性のリズム・パターンを導き出す作業は、本来ベーシストである建さんにとって本懐、真骨頂。エモーショナルな16ビートの導入は、作曲者ジュリーも大いに納得の仕上がりだったはず。

ちなみに僕が「16ビートってこんなにポップになりうるんだ」と初めて学んだ曲は、佐野元春さんの「ニュー・エイジ」でした(邦楽ロック16ビート・ムーヴメントの先駆け的アルバム『VISITORS』収録)。
よく間違われることが多いのですが、16ビートというのは「テンポの速いビート」と同義ではありません。と言うか、当然例外も多々あれど16ビートのナンバーって基本テンポはあまり速くないです。
ジュリー・ナンバーで「高速」代表格の「愛まで待てない」や「彼女はデリケート」は、16ビートではないのですよ。「彼女はデリケート」には銀次さんのアイデアで16分の3連のニュアンスが加味されているので混同しやすいですが、これら2曲はいずれも「破天荒に高速なエイト・ビート」です。
逆に、16ビート・ポップスのお手本のような名曲「懲りないスクリプト」は「忙しく」は聴こえるけれど、曲に合わせて「1、2、3、4」と数えると実は落ち着いたテンポであるとお分かりになるはず。
曲の1小節ぶんを馬車に例えるならば、8人乗っている時と16人乗ってる時ではどちらが速く走れるのか、ということですね。

また「速さ」とは別に、16人も乗っていると馬車の運転自体が大変です。制御し辛い。
しかし80年代以降、その制御し辛さを革命的に解決した「リズムボックス」が流行。その影響を経て、やがて16ビート全盛時代が到来しさらに進化していきます。
「懲りないスクリプト」はそのシンセ・プログラミング採用パターンの進化上に位置する作品のひとつ。僕自身はいわゆる「打ち込み」のアレンジにさほど抵抗の無い方ですけど、それでももし「懲りないスクリプト」がリンドラムの演奏、音色だったら曲の評価は一段下がったと思います。
しかしそこはさすがのPONTAさん、しっかり生音なんですよね。機械のプログラミングと人間の生音の共演にしてガチンコ勝負です。

あと、アレンジの建さんはイカ天審査員時などの発言からサンプリング全面否定派のように語られることがありますが、決してそうとは言い切れません。ただ、「もたれかかるな」「依存するな」と。
制御されたリズムと対等に勝負しそれを凌ぐ技量を持て、ということです。「グルーヴ」において人間は機械に勝る・・・これは今後も永久の真理ですから。
ジュリーの「懲りないスクリプト」は、演奏面でそれを証明している1曲ではないでしょうか。

「メロ先」の作曲は最初から自分の好みの抑揚をメロディーに組み込めますから、ヴォーカル・テイクにジュリーならではの魅力が反映されるのは当然。
「懲りないスクリプト」では特に語尾に注目です。
例えば

新しいルージュとジョーク
A♭          E♭

何が気分の Standard Jazz
D♭            A♭

君の視線は逸れて ひとり歩きする ♪
D♭                            B♭m7   E♭7

「Standard Jazz♪」では最後の1音が跳ね上がり、ジュリーはビシッ!とジャストでその高さに到達。これは「突き抜ける」感覚。一方で「視線は逸れて♪」の最後の「て」は1拍の中に細かい音階の下降があり、こちらは粘り強い着地感。いずれもジュリー・ヴォーカル独特の、語尾の表現ですよね。
僕はこの曲、メロディーについてはBメロよりもサビよりもこのAメロが好きです。覚さんの歌詞だと

密かなジェラシー ふりまわされて
D♭            E♭   D♭             E♭

今夜もきっとモメる ♪
D♭         E♭   C7

のところが好きなんですけどね。
おそらく作詞作業はジュリーの作曲後だったと推測しますが、「モメる」なんてフレーズが素晴らしくメロディーと合っているのが覚さんのセンスだと思います。
みなさまはいかがでしょうか。


③糸井重里さんが作曲家・ジュリーに迫る(前編)

今取り組んでいるのが”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで、今回と次回のチャプター③では、お題曲とは直接関係無いのですが、81年に糸井重里さんの番組でジュリーがゲスト出演したラジオ音源について書いておこうと思います。

番組名は『音の仲間達』で、たぶん週一で糸井さんが担当していらしたのかな。糸井さんはこの時期ちょうどジュリーの作品制作に深く関わっていて、作詞が糸井さん、作曲がジュリーというコンビの名曲も次々に誕生。
放送内容をご存知の先輩方も多いかもしれませんが、ジュリーの「ソングライターとしてのパーソナリティー」を身近で感じ高く評価する糸井さんが、80年代に入って「作曲開眼」したジュリーを掘り下げその手管に迫るという大変貴重な放送回ですので、僕自身の勉強にもなりますし、じっくり吟味しながら書いていきます。
まず、「TOKIO」で初めて仕事を共にした2人がお互いの第一印象を語るところからトークはスタートです。


♪「TOKIO」(アルバムヴァージョン!)オンエア

-JULIE-
まず(「TOKIO」の)詞が来て、字を見てね。その字が、目をくすぐるような字でね(笑)。「ん?」っていう感じでね。
読んでいくとね、ブッ飛びましたね。それ以前に、コピーライターとしての糸井さんの話を聞いてて。ある種コピーライターなんていうと、すごい憧れを持ってね。羨望を持って見てたから、どういう人なのかなぁっていう。くすぐるような字を書くんで「どうなのかなぁ」って心配してね(笑)。
でも(会ってみると)話がすごい好きな人みたいでね。割と僕はいつも黙って聞いてる方だから」


なるほど、そういう点では相性抜群だったということですか。加瀬さんもそうだったように、ジュリーは話好きな人とウマが合うようですねぇ。


-糸井さん- 
僕は沢田さんのことを前から知っていまして。
ただ衣装とかね・・・お化粧とかしてる人に会うとね、あがるんですよ僕。普通に「沢田研二です」「こんにちは」って時はいいんだけど、例えば一番最初にね、コマーシャルの撮影の現場に行って、その時は挨拶はしなかったんですけど、ちゃんと衣装着てたわけね。もうねぇ・・・ダメ。何にも言えない(笑)。
あとテレビで一緒に出させて頂いたことがあったんですけれども、その時も沢田さんがちゃんと歌った後で話をしたもんだから、「あの人がこの人?」と思うと恥ずかしくて。始めから普段着でいれば、普通に「同い年の人」としていられるんだけど。
二度目はどこかスタジオで加瀬さんに紹介して頂いたんですけど、「あっ沢田さんだ」と。「年いっしょ!」とかそればかり思っててね。


糸井さんの気持ちは分かりますねぇ。女性の場合はどうか分かりませんが、男って初対面の人に年齢を聞いて「タメ」だと分かると余計な気兼ねがスッと無くなると言うか、自然に関係を構築できるんですね。
例えば僕も、最近の例だと一昨年にお友達になって今もやりとりが続いている京都の男性ジュリーファンの方と最初に電話でお話した時がそんな感じでした。
糸井さんとしては、「スーパースター」ジュリーを前に緊張は隠せないにせよ、「同い年」というところに気兼ねの無さも感じて、なんとなくもイイ雰囲気で接することができたのではないでしょうか。


♪「嘘はつけない」オンエア

-糸井さん-
(ジュリーがデビューしてから)何年もの間いろんな人(作家)と組んでやってこられたわけなんですけど、どんな人がいました?

-JULIE-
最初タイガースの時はすぎやまこういちさん、橋本淳さんがしばらく続いて、途中からなかにし礼さんなんかも入ってきて、山上路夫さん、村井邦彦さん。あとPYGがあって、安井かずみさん、井上堯之さんとか大野さんとか。1人(ソロ)になってから加瀬さん、安井さん、山上さんもありました。で、大野さんと阿久悠さん。たまに刺激が欲しい、なんて感じで荒井由実さんとか。
自分で作ったりもしてました。久世さんも1回ありましたね。そして最近糸井さん、加瀬さん。一番新しいのが三浦さんですね。

-糸井さん-
そうやってたくさんの人とチームを組んできて、その度に沢田さんっていう人は少しずつ変わってゆく?

-JILIE-
そうですね。

-糸井さん-
その「変わる」ってことに対する冒険心みたいなものは?

-JULIE-
割と僕は「こうしたら?」とか言われて「やってみようかな」と思って。言ってくれた人が想像してるのと(自分が)やったことっつうのは多少ズレはあるんだけど、常にこう「作っていく」っていうかね、「演じる」っていうか。すごい面白いしね。
自分自身で詞を書いたり曲作ったりってのはたまにはやってるけど、ほとんどそうじゃないでしょ?
割とみんながその時期その時期で・・・売れてる時期もあれば売れない時期もあったりすると、その売れない時期に「なんとかしてやりたい」と思うらしいのよね。そういう人間らしいの、僕は(笑)

-糸井さん-
言える言える!

-JULIE-
その度に(チームを組む)人が変わっているようですね。なんつうか、本当に恵まれた環境に・・・15年でござんすよ(笑)

-糸井さん-
だから、自分を壊してもいいや、って気持ちがると、逆にみんなが「いつでも大丈夫よ!」って言ってくれるみたいな?

-JULIE-
そう。

-糸井さん-
もうひとつね、僕は作る立場からなんだけども・・・沢田研二っていう、言ってみれば絵描きにとっての素材の方が変わっていく代わりに、作り手がね、沢田研二っていう絵を描くことによってまたひとつ大きくなるっていうことをしてきたんじゃないかなと思うのね。関わった人達が、沢田研二っていう絵を描くことで作家としての自分を伸ばしてきたっていう。
これは作る人にとっても「尽くすこと」というか、幸運なことだというふうに思います。


♪「クライマックス」オンエア
♪「I LOVE YOU, TOO」オンエア

-糸井さん-
え~、恐れていたことが起こりました。
この歌(「I LOVE YOU, TOO」)は僕のために沢田さんが作ってくれたんですけど・・・あ、前の曲「嘘はつけない」「クライマックス」は沢田研二作曲で、「I LOVE YOU, TOO」もそうです。
恐れていたことというのは、1月にこの曲の作曲者である沢田研二が、大阪フェスティバルホールと日比谷公会堂で歌ってしまったという(笑)

-JULIE-
もう歌えないでしょ?(笑)

-糸井さん-
もうやだ!そういうことをしないように!(笑)比べないで聴いてください、みなさんね~。


ちなみに僕は糸井さんのためにジュリーが作曲した「I LOVE YOU, TOO」というナンバーをこのラジオ音源で初めて知りました。と言うか、糸井さんが「歌手」としても活躍されていたことすら知らなかった・・・不勉強にてお恥ずかしい次第です。
「I LOVE YOU, TOO」は、「おまえがパラダイス」にも似た3連ロッカ・バラードですが、ジュリーらしい意表を突く展開もあり一筋縄ではいかない面白い曲ですね。


-糸井さん-
とっても、「歌う人が作った曲」だなって感じが僕なんかしてるんですけど、どんなふうに作っているのかってお話をちょっと聞こうと思うんですけど・・・沢田作曲工場の秘密!(笑)

-JULIE-
僕は、早いのが自慢なんですけどね。作るのが。

-糸井さん-
詞を渡すと翌日にはできてる(笑)。どの曲もそうだったの?

-JULIE-
あまり深く考えこんだりしないんですけど。
だいたい作るのはギターいじくりながら作るんですけど、ギターだと割とコード進行とかそういうのに囚われてしまって、なかなか発展していかない。最近ではもう、しっちゃかめっちゃかにカセット回しといて、詞に合わせていろんなことを勝手気ままにやるわけですよ。その中で、聴き直した時に「あっ、ここイイ!」ってチェックして、コードを今度は逆にとるわけですね。このコード、あのコードっつって。そういう具合に割と無責任風で。

-糸井さん-
ギターで作るっていうよりも、囚われていないってのが、やっぱり。で、歌って作るからさ、歌う人の歌ができるんですね。
(ジュリーの作曲について)周りの音楽関係の友達はさかんに感心して、僕も「これは新しい作曲家が活躍するのではないだろうか」と思ってるんですけど。


いやぁ、「以前はコード先で作曲していたのが、最近メロ先に変わった」というジュリーの話を引き出しているだけでもう、糸井さんのこの番組は貴重です!
ちなみにジュリーは2000年代になると完全に二刀流、つまりコードもメロディーも最初から連動して作曲していると分かる曲が増えていきます。次のお題予定曲がその一例ですから、そこで改めてそのあたりを解説したいと思っています。
いずれにしても80年代に入り作曲家・ジュリーは一段進化したのだ、と糸井さんがこの時掘り下げてくれた・・・リアルタイムでラジオを聞いていた先輩方にとってとても嬉しい内容だったのではないでしょうか。

ひとまず今日はここまでにしまして、番組後半のお2人のやりとりはまた次回のチャプター③にて。


それでは、オマケです!
今日は92年のアルバム『Beautiful World』からのお題でしたので、同年のact『SALVADOR DALI』パンフレットから数枚どうぞ~!


Dali12

Dali13

Dali22

Dali28


では次回お題で”作曲家・ジュリーの旅”シリーズの締めくくり。2000年代のナンバーを採り上げます。

実はひと月前にこのシリーズを書くと決めた時、2000年代からはアルバム『忘却の天才』収録の「1989」を採り上げる予定でいました。しかしその後、隣国をとりまく国際情勢に大きな動きがあり、今後の推移も予測し辛いという状況。
リリースから20年以上が経とうという時ですが、現在起こっているこのことは、「1989」をお題とするなら避けては通れない考察課題です。
ですから「1989」については情勢の推移を注視し、しかるべき機会を見て僕自身の考えも纏まってから書くことにします。古希ツアーのセットリスト入り有力と考えている曲でもありますが、ツアーが終わるまでに考察が纏められるかどうか。

で、今回代わりに採り上げる曲は、アルバム『CROQUEMADAME & HOTCAKES』から。
これまた歌詞解釈はとても難しい1曲なのですが・・・。先述の通りジュリーの作曲に「メロディー、コードが同時」という二刀流手法が表れた名曲です。


僕は先週、今週と珍しく身体の調子は良いですが、涼しくなったり暑くなったりと極端な気候の毎日です。
みなさま充分お気をつけください。

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2018年5月17日 (木)

ザ・タイガース 「BA-BA-BANG」

from『THE TIGERS 1982』、1982

Tigers1982

1. 十年ロマンス
2. 新世界
3. 抱擁
4. 時が窓をあけて
5. めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ
6. 夢の街
7. 野バラの誓い
8. BA-BA-BANG
9. ライラ
10. 生きてることは素敵さ
11. LOOK UP IN THE SKY
12. 朝焼けのカンタータ

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またしても悲しい訃報です。
西城秀樹さん・・・63歳はあまりに早過ぎます。

僕が小学6年生の年に「YOUNG MAN」が大ヒットしました。この曲はジュリーの「勝手にしやがれ」と同じく、当時子供達が男の子女の子関係なく虜になった歴史的1曲でした。
もちろん僕の世代は「YOUNG MAN」以前の歌もリアルタイムで知っていて、「薔薇の~鎖が~♪」と歌いながらホウキをスタンドマイクに見立てて西城さんの真似をするのが学校で流行っていたのは、いつの頃だったのかなぁ・・・。
特に想い出深い曲はやはり「YOUNG MAN」と、個人的にはスティービー・ワンダーの日本語詞カバー「愛の園」での斬新な楽曲解釈、演奏構成に強い思い入れがあります。

僕らの世代でその名を知らない人はいない、という大スターでした。心より西城さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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先日、古希ツアーの申し込みを済ませてきました。
さいたまスーパーアリーナは予定通り・・・なのですが、他会場がなかなか決められず往生しましたよ~。
今年は楽器フェア開催年なので秋から仕事が忙しく(と言うかさいたまスーパーアリーナ翌日からが鬼のように多忙)、そう何日も休みをとれないという(泣)。結局もう1公演だけ、来年の武道館3daysの中日となる20日に参加することにしました。
千秋楽には行きたかったけど、1月の月曜日15時開演はサラリーマンの身には厳し過ぎる・・・(泣泣)。開演時間が18時くらいだったら何とかなったとは思いますが、これは地方にお住まいのファンに向けてのジュリーの気遣いだと思いますから、僕としてはグッと我慢のお留守番。参加されるみなさまから後日お話を伺いたいと思っています。

今年もさいたま、武道館両日ともに音楽仲間を誘っています。昨年50周年ツアーの松戸公演に集った人数には届きませんでしたが、今回も隣席でビビッドな反応が楽しめそう。
参加してくれる仲間はYOKO君含めて全員個性派のギター弾きですので、僕の気づかない演奏の工夫を発見してくれるかもしれません。

ギリギリまで参加会場を迷っているみなさまも多いと思います。どうぞ締切日をお忘れなきよう・・・。


さて本題。
”作曲家・ジュリーの旅”シリーズ、今日は80年代ジュリーの作曲作品から、ザ・タイガース同窓会ナンバーの「BA-BA-BANG」を採り上げます。

拙ブログではタイガースの曲をお題とする際、『タイガース復活祈願草の根伝授!』という、2009年に作成したカテゴリーで書いています。
夢のようだった完全再結成が2013年に叶ったのだからもうカテゴリー名は変えた方がよいのではないか、と仰るなかれ。「あの夢よ今一度」ということで当カテゴリー、これからも継続して参りますよ~(本当は、過去記事のカテゴライズを一気に変更する方法が分からない、という理由があるんですが汗)。
よろしくおつき合いくださいませ。


①”タイガースっぽい”同窓会ナンバー

数年前・・・確か『夜ヒット』(ジュリー版)のDVDが発売された直後だったと思いますが、お2人の先輩に招かれ色々なジュリーの映像を鑑賞して1日過ごしたことがありました。その時同窓会のLIVE映像も観ていて、タイガース・デビュー以来のジュリーファンの先輩が「BA-BA-BANG」が流れた際に「この曲はタイガースっぽいな、と思った」と仰いました。

先輩は『THE TIGERS 1982』リリース当時のことを思い出して何気なく言ったのでしょうが、僕はその言葉にハッとさせられたのでした。タイガースをリアルタイムで知るファンにとってやはりあの同窓会は音源的にもパフォーマンス的にも真にザ・タイガース再結成ではなく、メンバー自身が称した通りあくまで「同窓会」であったんだなぁと。
そんな「同窓会ナンバー」の中で最も彼らのデビューから4年間の活動期を彷彿させ「ザ・タイガース」気分を高揚させてくれる曲が「BA-BA-BANG」だったのかもしれない、と後追いの僕は想像したわけです。

1971年の解散はもとより、同窓会からも本当に長い年月が流れ・・・2011年、ピーの音楽活動復帰を受けた老虎ツアー(ファンの間では「ほぼ虎」と呼ばれていますね)を経て、2013年の完全再結成。これは僕もリアルタイムで体感することができました。
老虎ツアーでは同窓会ナンバーが演奏されることなく終わり、「やっぱりジュリー達がピーに気を遣ったのかなぁ」と考えたものですが、翌年の中野サンプラザでのピーとタローのジョイント・コンサートではアンコールで「色つきの女でいてくれよ」が抜擢され、ピーが同窓会ナンバーのドラムを叩くというビッグ・サプライズが実現。そして再結成時にはもう1曲「十年ロマンス」もオリジナル・メンバー5人による演奏で披露されました。
この経緯があってようやく「同窓会ナンバー」を「タイガースの曲」だと心の整理がつけられた、という先輩方も多いのではないでしょうか。
今のところ後追いファンの僕が生で体感できている同窓会ナンバーは今挙げたシングル2曲だけです。複雑な思いを抱えながらとは言え、他ナンバーも体感できている先輩方が羨ましいですよ・・・。

ジュリー本格堕ち後、無知故に何の拘りもなく聴けたアルバム『THE TIGERS 1982』には大好きな曲も多いし、是非シングル以外のアルバム収録曲を生で聴いてみたいとの思いが僕には常にあります。
そこで・・・ザ・タイガースの再々結成の夢とは別に、同窓会ナンバーの生演奏の可能性を大きく秘めているのは「瞳みのる&二十二世紀バンド」ではないかと僕は考えているところなのです。
現在ピーに同窓会ナンバーへの偏屈な思いはまったく無いようですし、そればかりかMCで「あの時は風邪をひいていて・・・」と冗談を飛ばすほどに「同窓会」期も身近なタイガース史として受け入れているご様子。
さらに二十二世紀バンドのリーダーであるJEFFさんが「自分は同窓会でタイガースの洗礼を受けた」と、昨年のステージ上で公言しています(四谷公演)。
となれば、先述の先輩が「タイガースっぽい」と語った同窓会ナンバー「BA-BA-BANG」は、アレンジ的にも彼等のレパートリーとしてよりふさわしい1曲。
二十二世紀バンドのステージでのサプライズ選曲を妄想し、勝手に期待したいと思います~。

それでは、何故同窓会ナンバーの中でも「BA-BA-BANG」を「タイガースっぽい」と感じられるのか・・・次チャプターではそのあたりをジュリーの作曲手法と絡めて解析しくことにしましょう。


②「追っかけコーラスありき」の作曲?

そう言えば、「BA-BA-BANG」はシングル『色つきの女でいてくれよ』のB面でもありますから、先の50周年記念ツアーの会場BGMでも流れたんですよね?
僕は巡り合わせで聴けずじまいでしたが、この曲が流れるとやっぱりウキウキしたんじゃないですか?
そう、「タイガースっぽさ」はイコール、はちきれんばかりのエネルギー、躍動。それを具体的に作曲に投影しようとするなら、「BA-BA-BANG」のような「追っかけコーラス」は最適の手法です。

近田春夫さんの詞が先なのか後なのかは分かりませんけど、それとは別に「BA-BA-BANG」のジュリーの「作曲」自体がコード先かメロ先かということなら、僕は「メロ先」だと想像しています。実際、糸井重里さんのラジオ番組でジュリー自身が「最近(80年代に入って、ということでしょう)メロディーを先に考えてからそれに合うコードを探す作り方に変わった」という感じのことを語っていますし、この曲も最初から「追っかけコーラスのメロありき」で作られたと思うんですよ。
同義の比較的最近の好例が、ジュリーwithザ・ワイルドワンズの「熱愛台風」ですね。

先日加瀬さんの命日にupしたワイルドワンズ・ナンバーの記事で、80年代に入って作曲開眼したジュリーは、それを誰のために、どのバンドのために作るのかを突き詰めて作曲している、ということを書きました。
ワイルドワンズにしろジュリワンにしろ、そして同窓会タイガースの時もジュリーはその点真面目に心砕いていると考えられます。同窓会のお披露目シングル「十年ロマンス」は、トッポの高音が生きるように。さらに「アルバム収録」として取り組んだうちの1曲「BA-BA-BANG」ではタイガースのコーラス・ワークをメインに。

作曲家・ジュリーは基本的に「無」から生み出すオリジナリティーが肝ですが、この曲は明快に洋楽パターンをオマージュ元として踏襲。言うまでもなくそれはタイガースのレパートリーであった「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」であり「ツイスト・アンド・シャウト」ですよね。
ハ長調のメロディーに当てたのは、トニック、サブ・ドミナント、ドミナントのメジャー・スリーコードの循環。
具体的にはAメロで

くどき文句は BABY
C     F      G  F   G

靴音だけが MIDNIGHT
C   F      G   F   G

笑わないでよ OH PLEASE
C    F        G  F    G

愛してるのさ LOVE YOU ♪
C    F       G  F       G

王道中の王道。この「C」「F」「G」がいわゆるスリーコードというヤツで、サビ(この曲は冒頭からサビがガツンと来る構成です)ではそれらに加えて「Am」も登場します。それもまた王道ではあるのですが、ここでは「メロ先」作曲ならではの組み合わせとなっています。

BANG BA BA BANG BANG BANG
C                  F                 Am

逃がさない BA BA BANG BANG BANG ♪
      G    F                                    G

「コード先」なら「C→G→Am」或いは「C→Em→Am」とは行けても「C→F→Am」とはなかなか行き難い。80年代ジュリーの「メロ先」作曲を示す進行と言えるでしょう。

80年代に入って「作曲家・ジュリー」は大いにその作風の幅を拡げたと思いますが、ジュリー自身は「まだまだ途上」という気持ちもあったようで、ヴァリエーションをもっと増やしていかないと、と考えていたようです。
例えば曲調について「麗人」が「十年ロマンス」に似てしまったと話していたこともあったそうですね。
その意味では『THE TIGERS 1982』においても「BA-BA-BANG」と「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」は進行や構成がよく似ています。ただそこで「リード・ヴォーカリストが違うだけで全然違う曲に聴こえる」というのも・タイガースというバンドの強みでもあり・・・もしかするとジュリーは、自ら歌った「BA-BA-BANG」よりもサリーが歌った「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」の方が曲の仕上がりとしては満足しているかもしれません。

メロディー全編であれ1パートであれ、「自分以外の人が歌う」ことを念頭に作曲する極意をジュリーが会得したのはこの頃でしょう。こと同窓会タイガースについては、「自分で作って自分で歌う」となるとソロとの線引きが難しい、とかえって苦労したのでは?
だからこそ、「コーラスありき」の「BA-BA-BANG」はジュリー新境地の作曲手法だと思いますし、個人的には大好きな「ジュリー作曲ナンバー」なのです。

あと、この曲、このアルバムに限らず『ジュリー祭り』後数年まで僕は、タイガース・ナンバーで複数のメンバーが一緒に歌うパートに接しても「みんなで歌ってるな~」くらいの聴こえ方しかしていなかったのが、今では「おっトッポの声」「サリーの声」と耳が行くようになりました。
これを先輩方はもう何十年も当然のようにそうやって聴いているわけで、「BA-BA-BANG」のように「一勢に複数で歌う」パートの方が、それぞれのソロを押し出したパートよりも「タイガースっぽさ」を感じるものなのかな、と今さらのように思い始めています。


③ラジオでの同窓会タイガースの話

同窓会タイガースは5人でのラジオ出演も多かったようで、インタビュー形式のものから5人が和気藹々とフリートークに興じるものなど、たくさんの貴重な音源を福岡の先輩から授かり聞くことができています。
そんな中で今日ご紹介するのは、「明日からいよいよ同窓会ツアーが始まる」というタイミングで放送された、ジュリーが1人で他の4人(サリー、タロー、トッポ、シロー)についてあれこれ語っているという音源です(番組名まではまだ調べきれていませんが)。
後追いファンとしては新鮮な、とても面白い話でしたので、抜粋形式ではありますがこの機に書き起こしてみたいと思います。


そもそもこの世界に入る(きっかけとして)2番目に逢った人(達)っていうのかな・・・最初はサンダースというバンドがあって、そこの林さんという方に「お前、男前やからちょっと歌でも覚えて歌うてみい」てなことを言われてやね、おだてられてやったのが最初で。
そこで歌っている時に遊びに来たのが、ファニーズの4人組だったと。それがのちに僕もプラスしてタイガースになる、ということなんですけれども。
まぁそのタイガースのメンバーね、かつみ、サリー、タロー、そしてシローと、この4人ですけれども、練習でしょっちゅうここんとこず~っと会ってたわけなんですけれども、これからまた旅に行きますと。まぁ、寝食を共にするわけで(笑)。


サリーとタローっつうのは割とね、ズバリと核心を突いたことを、さりげなく冗談みたいにごまかしてシュシュッと言うのが得意な人達でね。なかなかこう、角が立たない人達ですけれども。
また、かつみなんかの場合は・・・スポットライト出た日にね、朝からず~っと無口だったんよ。何で無口なんかいなと思ったら、要するに生本番で(同窓会タイガースとしては)初めて歌うわけや。
その時の感じっつうのは分かりますわね~。ほとんど彼が歌ってるからね。


ははぁ、これは『ザ・ベストテン』に同窓会タイガースが初出演した時の話ですな。
そうか、僕は普通にランクインから始まったと思い込んでいましたが、最初はスポットライトでの出演だったんでしたっけ。トッポがほとんど歌っている、というからには曲は「色つきの女でいてくれよ」。そのスポットライト出演後に火がついて大ヒットとなりランキング出演を重ねていったということでしたか~。


僕なんか(「色つきの女でいてくれよ」で歌うのは)全員のコーラスのところと、「う~」「あ~」と、「色つきの~♪」ってとこだけでしょ?割と気が楽だったわけ。ところがかつみは何かこう、今から思えば目がちょっとつり上がったりなんかしてたね。
それが歌い終わって「間違えなかった!」つってね、黒柳さんと久米さんがしゃべってるのを後ろの方で(見ながら)座ってて、「いや~、間違えなくてよかったよ~」なんつってね。
「安心したやろ」ってな話をしてたら急にコロッとリラックスしてね、顔が全然違うねん。さっきまでつり上がってたのが本来のこう、タレ目のやつに変わってね。聖子ちゃんなんか出てきたりなんかしたら「かわいいねぇ~」ってなことを言ったりなんかしてね、「そういうこと言うと中年の証拠やぞ」ってなことを僕が言うてみたりなんかしてね。そういうこともありましたけれども。

それからシローもねぇ、心配してますよ。シローはまぁ、そんなにたくさんソロではね、歌わないんですけれども、だからなおさら「間違えんと歌わなイカン」つうのでね、「今からでもコーラス、「う~」とか「あ~」とかにしてくれたら、俺が間違うてもあんまり関係ないねんけどなぁ」てなことを言うてね。割と歌詞と一緒にハモる歌が多いんでね、そんな弱気なことを言っておりました。
しかしね、一番しっかりしてるのはシローですよ、うん。しっかりしてると言うか、ちゃっかりしてると言うのかね。で、ちゃんと核心突いたことも言うしね。

タローなんかこの間しっかりベストテンで、自分達が出るんだけど、(タローは)自分で独立して事務所を持っててね、新人タレントをやるっつうんで写真持って売り込みに来てたよついでに。しっかりしとんねん。
サリーはサリーで、今回サリーは別にリーダーというわけでもなく、とにかくベースとだけに専念、ベースとコーラスに専念してということで、気楽にやってるみたいね。前のタイガースの当時っつうのは、リーダーということで気苦労が多かったんだろうなぁと思うんですけどね。それが今(反動で)出てる。

まぁとにかく明日からのステージ、僕らも不安もありますが、楽しみにしております。


そのツアーが終わったら今回の同窓会も一応終わり、でもそこから先、今度は本当の意味での同窓会ということでメンバー間の親交を深めていきたい、との言葉でタイガースの話題を締めくくったジュリー。
この時から数えても30年経ってピーも復帰し遂に完全再結成が実現、お互いの古希のお祝いに集まるほど親交を温め合うことになろうとは・・・さすがのジュリーも予想はしていなかったでしょうかねぇ。

それにしても今、心配なのはサリーの体調です。ドラマ降板とのニュースを知ったばかりで驚き心配しています。大事なければ良いのですが・・・。
とにかくタイガースの場合はメンバー全員が健在である、ということ。それが何よりです。このまま皆元気で長生きしていたら、「もう一度やろうか」という気運はきっと巡ってくるんじゃないかなぁ。
個人的には「タイガースの新曲」が聴きたい・・・その夢を持ち続けていたいと思います。


それでは、オマケです!
今日はいつもお世話になっているピーファンの先輩に以前お借りした同窓会関連切り抜き資料から、『with』82年4月号の特集記事をどうぞ~。


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今日書いたばかりのラジオ音源もそうなんですけど、同窓会タイガースについては本当に多くのラジオ音源が手元にある中、そのほとんどがピーのことには一切触れていないんですね。
もちろん、だからこそ再結成ではなく「同窓会」なのだとファンならば知ってはいます。ただ、タイガースの中で特にピーが好きだったという先輩方がどんな気持ちでこの同窓会のステージや情報を観ていらしたのか・・・と、やっぱり考えてしまうのです・・・。



では次回は、”作曲家・ジュリーの旅”シリーズ、90年代編です。アルバム『Beautiful World』から、ジュリー渾身の16ビート・ポップスを採り上げます。
引き続き頑張ります!

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2018年5月12日 (土)

沢田研二 「ジョセフィーヌのために」

from『チャコールグレイの肖像』、1976

Tyakoruglay

1. ジョセフィーヌのために
2. 夜の河を渡る前に
3. 何を失くしてもかまわない
4. コバルトの季節の中で
5. 桃いろの旅行者
6. 片腕の賭博師
7. ヘヴィーだね
8. ロ・メロメロ
9. 影絵
10. あのままだよ

--------------------

堯之さんの突然の旅立ちを受けて記事を書いたばかりだというのに、今度は東海林修先生の訃報が・・・。
ジュリー堕ちする前からお名前だけは知っていたレジェンド。ジュリー堕ち後はそのアレンジの素晴らしさで虜にさせられました。
アルバムならまず『JULIEⅡ』、という僕にとっては本当に特別な存在のアレンジャーであり作曲家・・・東海林先生がタクトを振ったジュリーLIVEを生で観ていらっしゃる先輩方を、いつも羨ましく思っていました。
ご冥福をお祈り申し上げます。


相次ぐ訃報に心沈む日々ですが、今日は”作曲家・ジュリーの旅”シリーズ第2弾の更新です。
採り上げるのはアルバム『チャコール・グレイの肖像』1曲目収録、小谷夏さん(久世光彦さん)作詞の「ジョセフィーヌのために」。これは、いつもコメントをくださるnekomodoki様からリクエストを頂いていて(ずいぶん前ですからご本人は待たされ過ぎて忘れていらっしゃるかも汗)、もちろん僕自身も大好きな名曲です。

作曲家・ジュリーが「詞先」「コード先」ならではの斬新な展開と不思議な世界観を提示した、大いに語り甲斐のある1曲。頑張って書きたいと思います!


①孤高の名盤『チャコール・グレイの肖像』

今回”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで、ジュリー作曲作品で固められたこのアルバムから何か1曲、というのは必然の流れでしたが、通勤の行き帰りにCDを聴いていますと、いや凄まじい名盤だなぁと。
途中で他のアルバム収録曲を挟んで聴く隙が無くなるというのか、唯一無二の味わいがありますね。ポリドール時代ですと、『JULIEⅡ』『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』『女たちよ』にも似た感覚はありますけど、『チャコール・グレイの肖像』は特にズッポリと嵌ってしまう類の「この1枚!」と言えるでしょう。

最後のチャプターでご紹介するラジオ音源でジュリー自身が語っている通り、全体的に「暗い」アルバムなんですね。
作曲ということで考えても、ジュリーはビート系、アップテンポの短調の曲はよく作りますが、バラード系、スローテンポの曲で短調ってほとんど無いんです。その「ほとんど無い」筈のパターンがこのアルバムでは半数の5曲を占めているという・・・やっぱり作曲当時の環境でしょうか。とすればジュリーはメロディー作りにおいても驚くほど素直にその時の心境を反映させるタイプの作曲家なのかな。

去年の大宮の打ち上げでしたか、同席したJ先輩にちょうどこの時期のジュリーのお話を聞かせて頂いて。その先輩は当時、自分がこの先もずっとジュリーを好きでいるであろうということとは別に、謹慎もあったし結婚もしてるし、世間的にはジュリーはもう大ヒットするシングルが出ることもなくだんだんフェイドアウトしていくんだろう、となんとなく思っていたのだそうです。だから「勝手にしやがれ」からの国民的人気の再爆発には当初驚いていた、と。
なるほどそういうふうに見ていた方も少なからずいらっしゃったのかなぁと思いました。
ただ、76年というあの年に自身の「作曲」スキルを煮詰めたことが後々大きな糧となり、現在のジュリーの創作姿勢と繋がっていることは疑いないでしょう。
ジュリーにとって『チャコール・グレイの肖像』への取り組みは、自らの立ち位置を改めて俯瞰する日々であり、自分にはこれほどの「味方」(作詞陣や演奏陣、スタッフなど)がいるのだという感謝の再確認であり、ラジオでも言っている通り「これを作り終えたら、来年はメチャクチャ頑張らなイカン」と覚悟を決める期間だったのではないでしょうか。
その証に、ジュリーはこの後の阿久=大野時代の間しばらく、自身の作曲作品をリリースしないんですよね。ジュリーの「頑張る」が、「多くの”味方”が用意してくれたものに全力で取り組む」というベクトルに向かったこと、その期間を自らに課したこと・・・これもやはりジュリー独特の俯瞰力なのだと僕は考えます。

その直前に自作曲だけで1枚のアルバムを作り上げたというのが、企画提案した久世さんのジュリー愛というのもさすが、凄いなぁと。
将来の大成の前に、ジュリーには今「孤独」の創作が必要な時だ、と久世さんは分かっていたかようにも思えます。
では、その久世さんがシングル「コバルトの季節の中で」以外にもう1篇、ジュリーの作曲のために詞を捧げた「ジョセフィーヌのために」について、次チャプターで掘り下げていきましょう。


②ニ長調とホ短調を行ったり来たり!

少なくとも『チャコール・グレイの肖像』の時点でジュリーの作曲に「キー」の概念はまだありません。
作曲作業は、ギターを弾きながらコードを自由に繋げてメロディーを載せていく手法。これが80年代になるとメロディーが先で、そこにコードを当て込んでいくという手法にとって変わるわけですが(糸井重里さんのラジオ番組でジュリーがそんな話をしてくれています)、ともあれ70年代のジュリーにとって「キー」とは音域の高さを語る時に使う言葉であり、メロディーを五線譜にした際にどんな調号になるかまでは考えていなかったでしょう。

理論を知らないが故の斬新さ、素晴らしさ。もちろんそれは誰にでもできることではなく、ジュリーに作曲の才があったからこそ生まれた変態進行(←褒めていますよ!)が、「ジョセフィーヌのために」で炸裂します。
元々ジュリーが作曲を始めた頃から無意識のうちに得意技としてきた「借用和音」の採用が特殊な環境下で幅を広げて、驚異の名曲が誕生しました。

ジュリーはこの曲を「D」と「Em」のコードを軸に、(本人的には)変化を少なめに淡々とした暗い感じにしよう、と作曲しています。それはまず間違いない。

なぜこれだけ残していったのか
Em                 D

わかるような気もするのだけれど ♪
Em                   D

この箇所がメロディー作りの基本アイデア。大野さんはその点を見抜き、イントロなどでこの進行箇所を「伴奏部」として採り入れアレンジを仕上げています。
ただ、ジュリーとしても2つのコードの繰り返しだけではつまらないので、時々他のコードを繋げてみる・・・のは普通のやり方なんですが、ジュリーはそこで「D」(ニ長調のトニック)から連想するコード展開と、「Em」(ホ短調のトニック)から連想するコード展開を、理屈抜きでミックスしちゃってるわけです。
例えば

このお人形を 覚えていますか ♪
D            Em  A                 D

とか

あなたはジョセフィーヌと 名付けました ♪
Bm  G           D                     A      D

はニ長調の調号に

一年たって思います
Em           C        E

解けないパズルさ 人生なんて ♪
Em        C            D   Bm    E

はホ短調の調号となります。
ジュリーには「転調」の意識など無く、同じヴァースで2つのキーが混在するというとんでもない進行が誕生。そりゃあ堯之さんも「沢田は普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」と驚くはずですよ。
しかも、ホ短調の調号で進んできた歌メロ最後の着地点が一瞬だけメジャー(「E」)に転換してしまう強烈なオマケ付き。ですからこの曲で最もスリリングな箇所は、「リフレインをもう一丁!」の4’03”からの1小節です。ホ短調、ホ長調、ニ長調3つのニュアンスを一気に駆け抜けるんですよね~。
アレンジの大野さんもここは「凄まじいなこりゃ」とジュリーの斬新なコード展開に感嘆しながらの「仕上げの箇所」だったはずです。『太陽にほえろ!』のサウンドトラック同様、大野さんは「小節割り」に細心の注意を払っていると思いますから。

アレンジが大野さんということで、この曲の演奏は井上バンドのトラックと考えられます。
象徴的なのは左サイド、速水さんと思われるリード・ギターのフレージングと、シンセ・ストリングス。このシンセの音は70年代後半のLIVEでよく使用されている音色ですから、演奏者は羽岡さんではないでしょうか。
ピアノのトラックは、ミックスダウンの際にPANをゆっくり左右に移動させているようですね。主人公の「揺れ動く心境」を表現したのでしょう。

さて、久世さんの詞なんですけど、表面的には男女の別れの物語なのかな。
恋人が「ジョセフィーヌ」と名付けて可愛がっていた人形だけを残して去ってしまった、と。
でも、それだけじゃないですよねぇ・・・。
「コバルトの季節の中で」同様、久世さんはジュリーを見つめてジュリーに捧げる、というスタンスでこのアルバムの作詞をされていると思います(「コバルト~」の「髪型が変わりましたね♪」は、アフロをやめた時のジュリーのことを歌っているような気が・・・)し、「ジョセフィーヌのために」でも「1年経って ♪」などのフレーズに意味深なものを感じます。
久世さんの作詞の時点から「1年前」と言うとやはり『悪魔のようなあいつ』なのかなぁ。

僕は今年6月25日に「時の過ぎゆ くままに」の記事を書いてジュリー70歳のお祝いをするべく、今から少しずつ『悪魔のようなあいつ』全話鑑賞に取り組まなければなりませんが、何か「ジョセフィーヌのために」の歌詞コンセプト、題材元が見つけられるのではないかと期待しているところです。



③ラジオでの『チャコール・グレイの肖像』の話

今日ご紹介するラジオ音源、僕は番組名まではまだ分かっていないんです。
たぶんジュリーがパーソナリティーの番組内で『沢田研二・1枚のアルバム』というコーナーがあったんだと思います。「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の話題が出てきますから放送は少なくとも81年夏以降。
『NISSAN ミッドナイト・ステーション』の初期の頃なのかな、と想像していますが・・・。
とにかくこれが、ジュリーが「過去のアルバム」についてあれこれ語ってくれるという超お宝音源。結構長尺のコーナーなので、全編ではなくポイントポイントを抜粋しての書き起こしになりますがご容赦下さい。
それでは行ってみましょう!


そもそもこの『チャコール・グレイの肖像』というのは、「ドリアン・グレイの肖像」というね、ちょっと妖しげな小説があるんですが、そこから引用させて頂いて「ドリアン」ではなく「チャコール」としたわけなんですけれども。まぁ全体に、何と言うか「暗暗~(くらくら~)」「暗いくら~い」感じのね、LPにしたかったっていう感じなんですけど。

「ドリアン・グレイの肖像」・・・し、知らなかった。アルバム・タイトルにオマージュ元があったのか~(恥)。

思い起こせば1976年12月・・・ということは謹慎が明けた時でございまして。いよいよ来年はメチャクチャ頑張らなイカン、と思っていた時でございました。
これは久世光彦さんの発案でね、『今僕は倖せです』以来4年ぶりだったんですけど、自作のLPを作ろうと。
「でも僕は詞が書けない全然」っていうので「じゃあ書けるぶんだけでいいじゃないか」と。あとはまぁ、色々な人にヘルプして貰おうということで作ったんですがね。
このLPの中からとりあえず1曲お届けしましょうね。これは阿木燿子さんの作詞です。この間のロックン・ツアーなんかのアンコールの時にやった・・・時々やっとった曲でございますけれども。「夜の河を渡る前に」、これから行きましょう。


♪「夜の河を渡る前に」オンエア

76年という年は、紅白歌合戦もレコード大賞も全部出られへんかったわけね。せやから、ヒマだったんだね!(笑)
声が、エエ声しとるよ、うん。休養充分という。
それから、このLPの中の歌詞カードに色々書いてあるんです。コーラスが「JULIE & KENJI」とかね。全部自分でやっとるから。
それから「ウェスタン・パーカッション」っつうのがあるんやけど、これはウェスタン・ブーツを履いとって、板の上でこう足踏みするだけなんやね。
この曲(「夜の河を渡る前に」)に入ってましたでしょ?「コッ、コッ、コッ、コッ・・・」ってのがね。
ちなみにこのウェスタン・ブーツは、『悪魔のようなあいつ』というドラマに出てた時に履いてたウェスタン・ブーツです。それで分かるかな?(笑)ゴッツいやつです。先の角ばったやつ。76年型のブーツでございますよ、うん。最近のやつはトンガってますけどね。

この『チャコール・グレイの肖像』のLPの発案者である久世光彦さん・・・『悪魔のようなあいつ』とか『源氏物語』なんかで演出、プロデューサーをやってくれた人ですけれども、あの方も詞を書いてくださっておりまして。
「コバルトの季節の中で」ってのはこのLPの中から、先にシングルになってるわけなんですけれども、その曲も「小谷夏」さんというペンネームで出てるんですけれども、次に聴いて頂くのはA面の1曲目に入ってて。まぁステージでやったこともないし、アレなんですけど、だいたい僕はこういうパターンの曲が、好みで言うと本当は好きなんですよね。


♪「ジョセフィーヌのために」オンエア

「ジョセフィーヌのために」はステージで披露されたことが無いんですか・・・もしかして、『チャコールグレイの肖像』収録曲ってそんな曲が多いんですか?


(このアルバムは)割と長い曲が多いんですけどね。今2曲ばかり聴いておりまして思い出しましたけれども・・・謹慎をしておりましてですね、夏に全国縦断コンサートはやったんだけど、それが終わったらまた仕事らしき仕事っつうのがポツンポツンとしか・・・今思えばね、今と比べたらでございますが(仕事が)なくて、毎日もうとにかく曲ばかり作ってましたね、家で。ギター持って前かがみになりながらですね、それでのうても姿勢があんまり良くないのに、前かがみになって作っておりましたけれども。

それから、人間ドックに入ったんですよ。こんな機会でもないと精密検査もできないっつうんで。別にどこが悪いっていうんじゃなくてね。まぁ頭は悪かったですけど(笑)。
で、ある病院に3日間入院して、規則正しい生活をしてですよ、朝6時頃には体温計りに来られるわけですよ。夜はもう9時になると「朝検査がありますから9時以降は水も飲まないで下さい」と。
腹減ってね~。朝起きてから薬飲むまでにさ、あんまり腹減るから冷蔵庫のメロン食うた覚えがありますがね(笑)。
それから昼間はもう退屈でしゃあないわけ。テレビとかっつうても(昼間は)あんまりイイ番組やってない時間で。一生懸命ベッドの上でカセットテープをガチャン!として、曲ばっかり作っておりましたけれども。その時に纏めたんが、さっき聴いた「ジョセフィーヌのために」、それと桃井かおりさんが作詞してくれた「桃いろの旅行者」っつうのもここで纏めたんやったと思うね、ベッドの上で。
時々覗きに来たりなんかしてね、看護婦さんが。「静かにして下さい」(←可愛らしい女性の声マネで)って言いながらニコッとしたりなんかして。「あっ、沢田研二の歌聴いた!」っていうような顔されたりとかしてね。そんなこともありました。


この『チャコール・グレイの肖像は』全体に「暗い暗い」といった感じのLPですけれども、(これからかけるのは)その極めつけと言ってもいい曲でございますね。タイトルからしてそうでございますから。あんまりこれ聴いて気分が重くならないようにして頂きたいと思います(笑)。まぁそんな心配は無いんですけど・・・B面の2曲目に入っております、詞曲とも沢田研二です。「ヘヴィーだね」。

♪「ヘヴィーだね」オンエア

病室で新曲を仕上げているジュリーを想像すると、『チャコール・グレイの肖像』のあの美しいまでの独特の閉塞感がどうして生まれたのか納得できるようです。
例えば「ジョセフィーヌのために」は、小節の1拍目と3拍目を刻むベースがそのまま「ゆっくり、ゆっくり」といった感じで再起を期す当時のジュリーの歩幅のように思えてくるのです。「屋久島 MAY」よりさらにゆったりとした、それでいながら強く確かな前進の歩幅。
生きてゆくのはこのくらいのスピードで良いんだよ、と諭されているような気持ちになれる名曲ですね。


それでは、オマケです!
今日は、Mママ様からお預かりしている貴重な資料で、『沢田研二新聞 Vol.3』からスキャン画像を4枚ほど選んでお届けいたします~。
(スキャンが結構粗いですし、ショット全面を網羅できていなかったりします。申し訳ありません・・・)

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では次回は、80年代のジュリー作曲のナンバーをお題にお届けします。
作曲については、洋楽などの既存のスタイル踏襲にあまり拘りを持たないジュリーですが、80年代には時折そうした曲も生み出しています(例えば、ストレイ・キャッツを意識しまくった「ジャンジャンロック」など)。

次回お題もそのひとつで、とりわけその「洋楽パターンの踏襲」狙いに明快な動機がある、という点で作曲家・ジュリーとして稀有な1曲ではないかと考えます。
さぁ、どの曲でしょうか。しばしお待ちを~!

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2018年5月 7日 (月)

沢田研二 「DEAR」

from『TOKIO』、1979

Tokio

1. TOKIO
2. MITSUKO
3. ロンリー・ウルフ
4. KNOCK TURN
5. ミュータント
6. DEAR
7. コインに任せて
8. 捨てぜりふ
9. アムネジア
10. 夢を語れる相手がいれば
11. TOKIO(REPRISE)

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ゴールデン・ウィーク後半を風邪で丸々引きこもりで過ごし、現在取り組んでいる”作曲家・ジュリーの旅”シリーズの次のお題曲がまだ下書き途中という状況の中、先日の井上堯之さんの訃報を受けて今日は急遽、この記事を書いています。

加瀬さんの時もそうでしたが、あまりに突然の知らせでした。
5月5日の朝、熱で重い頭を抱え起き出した時にカミさんから訃報を知らされ、「えっ!」と言ったきり言葉を失いました。
演奏活動を再開されてからの堯之さんは精力的にLIVE活動をされていたので、近いうちに都内のLIVEに出かけてみないとなぁ、と考えていた矢先のこと。まだまだお元気だと思っていたのに・・・僕はとうとう堯之さんのギターを生で聴く機会を逃してしまいました。
これまで何度か複数の先輩からLIVE参加のお誘いも頂いていたのに都合が合わず、今になって後悔するばかりです。

先の50周年記念ツアーで、ジュリーはデビュー以来の歴史をMCで語る際、PYGのことをよく話してくれていました。
そうしたこともあり、今年の70超えツアーで何かしらPYGのメンバー絡みのサプライズがあるかもしれない、と(特に長いファン歴の)先輩方の多くが期待を持たれているようでした。
今年の4月にお会いした先輩とも、「全国ツアーすべての帯同は無理としても、アリーナクラスの会場で堯之さんが「時の過ぎゆくままに」でゲスト参加することはあるかもしれない」とお話したばかり。それも叶わぬ夢となってしまいました。本当に残念です。

ジュリーが「PYGのLIVEではお客さんよりメンバーの方が人数が多い時もあった」と語っていたのは、冗談だったのかそれとも本当にそんな時もあったのか、リアルタイムで彼らの活動、情報に接していない僕には分からないのですが、PYGというバンドがその素晴らしさとかけ離れてあまりに不遇であり悲運であったことは確かなのでしょう。
あれほどロックに特化したバンドが当時、本来ロックたるものを正当に評価すべき人達の一部から「商業主義」などと揶揄されていたとは、後追いファンの僕には信じ難いことです。
また、今ではPYGを評価する音楽評論家の文章も多く見られるようになってきた中でも、その演奏についてジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)の言葉を引き合いにサリーのベースにのみ言及したものが散見されるという状況は、未だにPYGが過小評価の憂き目を見る不遇のバンドであるように僕には感じられて、とても口惜しい思いを持ち続けています。
仕方のないこととは言え、大きな影響力を持つミュージシャンの発言に囚われPYGの本質に触れていない評論が多すぎるのではないか、と。それもこれから変わってはいくのでしょうけど。
昨年「自由に歩いて愛して」の記事で書いたことですが、今一度ここでも書いておきたい・・・サリーのベースはもちろん素晴らしいのですが、PYG期のサリーの演奏は与えられた役割を黙々とこなすという類の素晴らしさなのであって、PYGを偉大なロック・バンドたらしめているのはまず堯之さんのギターと大野さんの鍵盤。この両輪による考案力と構成力です。

作曲家としての堯之さんについては僕はそのほとんどをジュリーを通してしか知らないのですが、特に「美しい予感」「遠い旅」の2曲はジュリー・ナンバーの中で抜きん出て好きな名曲。さらに、堯之さん作曲のジュリー・ナンバーでその2曲に続いて好きなのが急遽今日の記事お題に借りた「DEAR」です。
挙げた3曲に共通するのが渾身の転調構成で、「DEAR」は理屈としては「同主音による近親移調」を応用していますが、こんなふうにヴァースを繋げられるものなのか、と惚れ惚れします。
妥協なき緻密なコード進行、美しいメロディーはいずれのジュリーへの提供曲にも言える堯之さんの魅力でしょう。

堯之さんのギター・レコーディングの個人的なベスト・テイクは「今、僕は倖せです」でのオーヴァーダブのエレキ・ギター。
「沢田がこう歌っているから、こうなるんだ」という徹底したフレージングは、正に堯之さんオリジナル!な考案力の成せるところで、それが後の「時の過ぎゆくままに」のあの有名なフレーズをも誕生させたのだと僕は考えています。

僕はずいぶん遅れてきたジュリーファンとは言え、幼少時からそれと知らず井上バンド演奏の『太陽にほえろ!』サウンドトラックを聴いていましたし、堯之さんのギターを語るだけの遺伝子は辛うじて持っているかもしれない、と思っています。『ジュリー祭り』以降は多くの先輩方に教えを授かり、堯之さんがジュリーにとって特別な人のひとりであることも学んできました。
これからも機会あらば堯之さんの素晴らしい功績、音源についてしっかりと、本質的な評価を以って書き綴っていこうと決意を新たにする次第です。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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