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2017年6月

2017年6月25日 (日)

沢田研二 「愛の神話・祝祭という名のお前」

from『act#4 SALVADOR DALI』、1992

Salvador1

1. スペイン・愛の記憶
2. 愛の神話・祝祭という名のお前
3. ガラの私
4. VERDE ~みどり~
5. 眠りよ
6. 愛はもう
7. 黒い天使
8. 恋のアランフェス
9. 白のタンゴ
10. 誕生にあたっての別れの歌

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6月25日です。

ジュリー69歳のお誕生日です。おめでとうございます!


Pic010

↑ 近年恒例、「ありがとう」と言ってそうな若き日のジュリーのショットを今年も貼っております。これは・・・50年前くらいですか?

ジュリーファンにとっては、年に一度の祝祭日ですな~。全国各地でお祝いムードに包まれ「おめでとう」の声が飛び交う宴が催されていることでしょう。
僕は今日はこれから、男性タイガースファンの先輩であるYOUさんのLIVEに出かけます。ジュリーの歌を演奏してくれるわけではないみたいだけど、何と言ってもこの日付ですから、YOUさんお馴染みの長~いMCの内容には期待しています。
出かける前にこのブログでも、ジュリー誕生月に開催中の”act月間2017”の締めくくりお題としまして、今日はとてもおめでたい祝祭の名曲を採り上げ、ジュリー69歳のお誕生日に捧げたいと思います。

現時点で『actCD大全集』全discの中で個人的に最も好きな作品『SALVADOR DALI』から、「愛の神話・祝祭という名のお前」です。僭越ながら伝授!


Salvador2


僕がactナンバーで特に惹かれている曲は、まず『EDIT PIAF』収録のジュリー作詞・作曲作品である「エディットへ」。カバー曲だと『BORIS VIAN』収録の「俺はスノッブ」、或いは『SHAKESPERE』収録の「私は言葉だ」。
そして・・・actと言えばこの黄金コンビ、加藤直さん作詞、cobaさん作曲のオリジナル・ナンバーとなりますと、「とても1曲に決められない!」というくらい拮抗して惚れ込んでいる名曲が5曲。『BORIS VIAN』の「墓に唾をかけろ」、『NINO ROTA』の「SARA」、『BUSTER KEATON』の「another 1」、『ELVIS PRESLEY』の「無限のタブロー」、さらには今日のお題曲『SALVADOR DALI』の「愛の神話・祝祭という名のお前」です。

ちょっと前に放映された阿久悠さんの特集番組で、どなただったか忘れてしまいましたが、阿久悠さんの作詞を「狂気の伝達である」と語っていた方がいらっしゃいました。「狂気」と言うと少し怖い表現ですが、要はまず阿久悠さんがブッ飛んだ詞を書く、それを読んだ作曲家が「スパーク」してメロディーを作る、それがまた歌い手にも「スパーク」して伝達してゆく、ということ。
詞曲いずれが先にせよ、加藤さんとcobaさんのactナンバーには、かつての阿久=大野コンビが魅せてくれた「スパーク」の伝達と同じパワーを僕は感じます。
特にこの「愛の神話・祝祭という名のお前」。突き抜け、振り切った歌詞。短調の明快なメロディーでグイグイと容赦なく攻めてくる曲想。これはあの「勝手にしやがれ」とも共通しています。

単純にうわべだけの「スパーク」で詞曲によりかかってしまうレベルの歌手では、逆に作詞者・作曲者の「スパーク」は聴き手に伝わらないと思うのですよ。
「勝手にしやがれ」もそうですけど、ジュリーはそんなスパークの高熱を程好い温度までに冷ましてから自分に引き込む俯瞰力があり、耳あたり良く伝える驚異の才能の持ち主。「どんなことを歌っている」とか、「曲の進行はこういう理屈になっている」とか以前に、得体も知れず伝わってくるその歌声は驚くほどポップで大衆性があって、ハチャメチャにスパークしている楽曲の根本がとても分かりやすい形で耳に、心に入り込んできます。

「愛の神話・祝祭という名のお前」は、言うなれば「お前は俺のすべて」という歌ですよね。

私の子供  私の 母親
   Cm  Fm7     B♭7  E♭maj7

私の   恋人 私の女神 私のガラ ♪
   A♭maj7  Fm7 Dm7-5    G7   Cm

この情熱・狂乱のサビを歌手が押しつけがましく詞曲のスパーク温度をさらに上げて、沸騰して歌ったらかえって興ざめしそう。その点、ジュリーの歌、発声の温度は絶妙です。それがジュリー流、天性の「スパーク」。
語尾を子音と母音の2段階に分ける、色っぽくメロディーに絡んいるようでもあり突き放しているようでもあるジュリー独特の鼻濁音の発声を聴いていると、これはもうジュリー以外の人には歌えないだろう、ここまで伝えられないだろうと聴き手の方が興奮してスパークしてしまうという(笑)。
「これが天下の沢田研二じゃ、皆頭が高い!」と全世界に勝手に叫びたくなる名曲・・・ということで僕の中では「愛の神話・祝祭という名のお前」は、「勝手にしやがれ」と同格です。

ただ、考察記事を書こうというからにはここでちょっと興奮を抑えまして、なけなしの俯瞰力を総動員して程好い温度のスパーク伝授をしなければなりません。
ここからは楽曲の魅力を冷静に探っていきましょう。

祝祭という名のガラ
   A♭                Cm

まといつく緑の故郷 ♪
     A♭             Cm

実は、この曲を知るまで僕は「gala」という英単語を知らなかった(或いは忘れてしまっていた)のです。
改めて辞書を引いてみますと


Gala

ダリの奥さんであるガラについては昨年「眠りよ」の記事中で書きましたのでここでは割愛しますが、「ガラ=祝祭」の発想から加藤さんがビシッとキメたタイトルが「愛の神話・祝祭という名のお前」。
ジュリーという歌手が歌えばこのタイトルが「大上段」にはならないんですよね。歌の主人公(ダリ)の誇り高き断言であり、真理となるのです。

にしてもこの加藤さんの名篇、よくぞここまでメロディーにもお芝居の題材にも「嵌った」ものです。
舞台はスペイン、スペインと言えばフラメンコ。フラメンコは「情熱の音楽」であるとよく言われていて、メインの楽器であるギター演奏にしてもそうなのですが、その「情熱」を表現するためには逆に演じ手が「クール」であることが肝要だとされます。
淫らな官能、狂おしい求愛をして「愛の神話・祝祭という名のお前」という加藤さんの詞はとてつもなくクールであり、ジュリーの歌も同様です。
この曲に表れているのは、加藤さん、cobaさん、ジュリーによる「クールにスパークする狂気の伝達」ではないでしょうか。cobaさんのメロディーも、こんなに情熱的な曲なのに俯瞰力が物凄い。

はじめにカダケス 永遠の私の海
            Fm7        G7       Cm

それから熱烈 旅に誘う私の舟 ♪
            Fm7   G7         Cm

キーはハ短調。
メロディー、コード進行は短調ポップスの王道です。大げさな部分、トリッキーな部分は無いんですよ。サビはモロに「枯葉」進行だったりします。
ただし、「ここはまぁこんな感じでいいや」という妥協や迎合は一切ありません。
王道にしてオリジナル、一分の隙もなく練りこまれた各ヴァースの繋ぎ目と展開。そのプロフェッショナルな俯瞰力が「情熱の音楽」へと昇華されます。

「クールなスパーク」とは決して「おとなしい」ということではありません。詞も曲も、ジュリーの歌そして演奏もすごくテンション高いですよね。
それはcobaさんのアコーディオンからギターへとリレーする間奏を聴けば誰しも感じられる
でしょう。

『SALVADOR DALI』全編の演奏でcobaさんのアコーディオンと並び特筆すべきは、2本のギターのアンサンブル。スペインが舞台ということで採り入れられているフラメンコ・ギターです。
収録曲中多くの曲で登場する、じゃかじゃかとかき鳴らすように弾く奏法は、普通のアコギとは違い「ストローク」ではなく「ラスゲアード」なる呼称があります。これ、右手の爪で弾くらしいんですよ(僕には無理。指弾きはできるんですが、爪はなんだか怖くて・・・)。
ロック奏法においても僕の好きなギタリストの1人であるウィルコ・ジョンソンのように「爪弾き」の名手はいるんですけど、やっぱりフラメンコのラスゲアードというのは独特。「愛の神話・祝祭という名のお前」では、お馴染みトレモロ奏法と共にフラメンコ特有のラスゲアードを堪能することができます。
そこに噛みこむアコーディオン、バリージョ・・・「眠りよ」の記事でも書いたのですが、新規ファンの僕が遡って聴くと、『SALVADOR DALI』の演奏の魅力は「よくぞベースレスでここまで」という、言わば鉄人バンドのフラメンコ版という感じのcobaさんの素晴らしいアレンジあらばこそ。パターン的に特化した、ある意味「偏って」いるのにこれほどジュリーの歌とマッチするとは・・・ジュリー、cobaさん双方畏るべし!なのです。

そうそう、フラメンコって演奏の最中に時々シャウトと言うか、「かけ声」が入るじゃないですか。
「愛の神話・祝祭という名のお前」の間奏でも、よ~く聴くと「や~!」みたいなオフマイクの声が入っていて、僕はそういう「忘我の発声」みたいなニュアンスがメチャクチャ好きです。
CD1曲目「スペイン・愛の記憶」ではそんな声がハッキリ聴こえて、僕は当初それらを「間奏を盛り立てるジュリーの声」だと思ったのですが(いや、曲によっては実際そうかもしれませんが)、「VERDE ~みどり~」で伴奏がタップのみになりジュリーが歌う箇所でもかけ声が聴こえてきますから、「あぁ、これはバンドが”情熱のフラメンコ”を体現しているんだな」と気がついた次第。

ま~しかし、この曲は何と言ってもジュリーのヴォーカルなのですな~。
今回改めて『SALVADOR DALI』のCDを通して聴いて、やっぱり僕はactCD大全集のディスクの中ではこの作品が一番好きかなぁ、と思いました。
act全編に言えることなんでしょうけど、ジュリーの凄さは先程から書いている「俯瞰力」に加えてその驚嘆すべき「吸収力」「進歩力」に尽きると思います。新たな歌、新たなジャンルに挑むたびに、その楽曲の進行であったりアレンジであったり、とにかく「優れて特化している面」を軽々と吸収、会得してさらにまた次の新しい段階へと進んでゆく、年齢など関係ない成長。現在2017年も未だに続いているジュリーの特性・・・『SALVADOR DALI』はそんなジュリーの素晴らしい特性が実感し易い作品ではないかと思うのです。
フラメンコという良い意味で偏ったジャンルのアレンジ、独特のメロディー、官能の表現、ベースレスのアレンジ・・・ジュリーはそのすべてに悠々と対応し、歌手としてどんどん高みに昇っていきます。

ちょっと話が逸れるようですが・・・将棋界の新たなスーパースター・藤井聡太四段の大活躍については一般のニュースでも大きく採り上げられていますからみなさまもご存知でしょう。
彼に敗戦したあるベテラン棋士がこんなことを言っています。「今の藤井四段は、漫画のヒーローを見ているようだ」と。
どういうことかと言うと、史上最年少記録でプロ棋士に昇段した藤井四段は、直前の三段リーグ戦(将棋界では三段までが修行中の「奨励会員」で、四段以上がプロ棋士)を13勝5敗の成績で通過し四段に昇段しています。これは過酷な三段リーグにあって当然素晴らしい成績ではありますけど、その当時彼はまだプロではない奨励会員(三段)を相手に5敗している、ということでもあるわけですね。
それが一転、プロデビュー後の圧倒的な連勝劇(明日、歴代新記録の29連勝に挑戦します。ここまで来たら偉大な記録更新を見てみたいですが、相手の増田四段もかなりの強敵です)。
先述の棋士に言わせると、若き(というかまだ中学生なんですけど)藤井四段はプロデビュー後、対局相手の強い部分、優れている部分を易々と吸収し、次の対局までに信じられないほど強さを増していて、そんな状況が対局ごとにず~~っと続いている、と。
将棋の棋戦というのは勝ち続ければ続けるほど相手が強くなっていくわけですから、これを少年ジャンプの漫画で例えるならば、黄瀬涼太のパーフェクト・コピーが時間無制限で持続し、しかもコピー元の本家を凌ぐ強さを身につけ続けているということ(『黒子のバスケ』を知らない方々にはまったく分からない例えで申し訳ありません)。その棋士の言葉に説得力があるのは、連勝中の藤井四段と別棋戦で2度対戦して敗れている棋士だからです。1度目の対戦と2度目の対戦で、藤井四段の短期間での進化、成長を身をもって体感したのですね。

ジュリーの歌人生(これまでの道のり)って、正にそんな感じだと思うのですよ。
その中でもactシリーズ、特に『SALVADOR DALI』でのジャンプ・アップは驚異的。
「愛の神話・祝祭という名のお前」については、前後の年によく似た曲調、”短調のメロディーでバシバシ攻める”情熱系の名曲をジュリーは歌っています。91年の「涙が満月を曇らせる」、93年の「そのキスが欲しい」。いずれも大変な名曲ですが、ジュリーの歌の表現、柔軟性は、この3曲で年々グ~ッと右肩上がりでしょ?
ジュリーはデビューから50年、休まずそんな進化を続けているんだろうなぁと思える、その分かり易い楽曲例として「愛の神話・祝祭という名のお前」は本当に貴重なテイクだと僕は考えます。

個人的にこの曲のジュリーのヴォーカルで一番痺れるのは、サビのダメ押し部。嬰ハ短調への半音上がりの転調間際の声の伸ばし方です。
これもかつて歌った「スマイル・フォー・ミー」であったり「君をのせて」であったり「あなたへの愛」であったり・・・ずっと以前から「サビのダメ押し転調」曲を歌い吸収し続けてきたジュリーが、『SALVADOR DALI』の世界観を受けて応用し進化を遂げてこういうヴォーカルになっているわけで。
信じられないほどに素晴らしい、としか言えません。

今日で69歳となったジュリー。来年の古希イヤー、さらにその後・・・僕らはまだまだジュリーの底知れぬ進化を楽しむことができそうですね。
「男子3日会わざれば刮目して見よ」と言いますけど、まずは7月からの全国ツアー。チケット到着を心待ちにしながら、刮目して初日・NHKホールに参加したい、と意気込んでいる今日この頃です。
チケット到着が待ち遠しい!


それでは次回更新は・・・。
少し間隔が開きますが、いよいよジュリーのデビュー50周年記念全国ツアーが開幕する7月ということで、セットリスト予想シリーズに突入します。じっくりと3曲に絞って書こうと思っていて、お題も決めています。

拙ブログのセトリ予想と言えば、本人は当てる気満々で書いているのに蓋を開けたらてんで見当外れ、という”恒例・全然当たらないセットリスト予想”を毎回掲げています。ただし今回はちょっと路線が違うんです。
なにせ、ジュリー本人が「シングルばかり50曲歌う」と宣言しているのです。まだ記事未執筆のジュリー・シングルも数少なくなってきていますが、今回例えばその中から「愛の逃亡者」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」「背中まで45分」「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」「STEPPIN' STONES」「愛まで待てない」・・・これらのうち3曲選べば、全お題的中が濃厚なんですよ。
でもね。

そんなの、僕のブログらしくないじゃないですか!

ここはひとつ、「う~ん、その曲は50曲の中に入ってくるかどうか・・・」というギリギリのラインにいるシングルを厳選して3曲書いてみようかと。
もちろん僕的に「可能性はある」と考える曲であり、「是非生で聴いてみたい」という曲達です。
ですから、個人的には「これはまぁやらんだろう」と考えている「MEMORIES」とか「Stranger -Only Tonight」などは逆に書きません(もちろん、その2曲も万一セトリ入りしたらサプライズで嬉しいですよ!)。
あくまで、お読みくださるみなさまも一緒に「う~ん、ジュリーが選ぶ50曲の中に入るかって言うと、さてどうかなぁ?」と悩みつつ期待も持たせられる、といった感じの3曲で勝負を賭けます。題して

全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待するセットリスト予想”シリーズ(←長いよ)。

渾身の厳選シングル3曲、どうぞお楽しみに!

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2017年6月21日 (水)

沢田研二 「王様の牢屋」

from『act#2 BORIS VIAN』、1990

Boris1

1. 俺はスノッブ
2. 気狂いワルツ
3. 原子爆弾のジャヴァ
4. 王様の牢屋
5. MONA-LISA
6. きめてやる今夜
7. カルメン・ストォリー
8. 夜のタンゴ
9. 墓に唾をかけろ
10. 鉄の花
11. 脱走兵
12. 進歩エレジー
13. バラ色の人生

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『大悪名』終わってしまいましたね・・・。
僕はラス前の17日に観劇し、千秋楽の18日は遠征の先輩方にお誘い頂き打ち上げだけ参加しまして、お話を伺うことができました。
最前列で観劇されていたMママ様からは、記念のお宝も頂いてしまいました。


20170618

とにかく素晴らしいフィナーレだったようです。

僕が参加した17日も大盛況でした。ジュリーのマルガリータはみなさまのお話通りとても似合っていました。本当に「カッコイイ親分」に見えますよね。
歌はもちろん素晴らしかった中で特に印象に残ったのは、曲のタイトルが分からないんですけど(恥)、一番最初にジュリーがソロで歌うワルツのバラード(柴山さんのアルペジオ伴奏)。詞もメロディーも沁みました。
当然お芝居も素晴らしく、下戸の朝吉親分(漠然さん)がお酒を飲んで「うげ~」となるシーンでは、お客さんの反応から「あぁ、このシーンは公演を重ねてどんどんユーモラスに変化しているんだな」と分かりました。

あとは前半のクライマックス、噂に聞いていた漠然さんが数珠を引きちぎるシーン。
もっと乱暴なシーンを想像していたんですけど、横に伸ばした数珠をスッと引っ張りちぎるのか~。なるほど、その方が「力持ちの親分」な感じが伝わるんですね。

僕はジュリーの音楽劇はこれまで『雨だれの挽歌』と昨年の『悪名』しか観ていませんから、ストーリーや挿入歌の繋がりが理解できていない部分も多いとは思います。それでも「これが最後」の音楽劇集大成の雰囲気はビシビシ伝わってきました。

他の出演者では、僕は『ちりとてちん』(2007-2008年のNHK朝ドラ。主演は貫地谷しほりさん)の大ファンですから(完全版のDVD持ってます)、徒然亭小草若役の茂山宗彦さんの演技を楽しみにしていました。
茂山さんの演技はもちろん期待通りに懐かしくとても良かったことに加え(そ~こ~ぬ~け~に最高でしたがな~)、改めて感嘆したのはこちらも『ちりとてちん』に出演されていた松永玲子さんの存在感でした。台詞がダイレクトに脳に飛び込んでくる感じで。
『ちりとてちん』で松永さんは主人公の故郷である小浜(福井県)の『魚屋食堂』の女将(と言うか「噂話好きのおばちゃん」)を演じていらっしゃいました。劇中、一人娘の順ちゃんの結婚が決まる回は松永さんが登場するシーンの中でも屈指の泣かせどころでしたが、「楽天的」なキャラが嵌った上での松永さんの「悲しみ」「戸惑い」の表現が素晴らしく、その個性はこの『大悪名』でも大いに、半端なく発揮されていました。
(『ちりとてちん』を観ていなかったみなさまには、よく分からない話ですみません・・・)

演奏陣ではやっぱりcobaさんですね~。
1本柱が通ると言うのか、演奏だけでなくその佇まいも含めて「バンマス」感、「音楽監督」感バリバリのプロフェッショナルです。生で体感できて感激です。

先日YOKO君にメールで『大悪名』観劇の報告をしてcobaさんのことを書いたら、彼は「ビョークの『ホモジェニック』はよく聴いてる」とのこと。
『ホモジェニック』はビョーク1997年リリースのアルバムで、ワールドツアーのメンバーだったcobaさんも当然レコーディング・メンバーとして参加しています。
僕は17日の観劇前にランチをご一緒した先輩から、cobaさんとジュリーの関わり(actを音楽監督のみに専念し伴奏陣からは外れた経緯など。この時のジュリーの「男気」はジュリーファンの間ではとても有名な逸話のようですね)を改めてレクチャーして頂けたのですが、ビョークの活動とリンクしてみると、なるほど当時cobaさんはactの曲作りと並行して世界で大活躍されていたわけです。
そんな歴史があって、ジュリー最後の音楽劇に駆けつけ渾身の演奏で花を添えてくださったcobaさん・・・そう考えると、ずっとジュリーを観続けてこられた先輩方の思いが今回の東京芸術劇場(もちろん他会場も)のあの熱気を作っていたのかもしれません。
劇の最初の演奏シーン、cobaさんのソロでジュリーはじめ出演者がcobaさんを取り囲むようにして踊っていた時のお客さんの拍手とかね・・・今思い出してようやく「あぁ、特別な公演だったんだなぁ」と。

昨年魅せられた柴山さんのギターと熊谷さんのドラムスも、cobaさんが入ることで昨年とはまた違い完全に「バンド」のアレンジで挑んできましたね。
ブルース調、或いはロックな曲ではチェロがベースを弾く(指で弾いていた曲もありましたね)というのもこの編成ならでは、でしょう。各パートに見せ場があり、本当に贅沢なバンド・サウンドでした。

カーテンコールでの役者陣、演奏陣、そのステージと満員のお客さんの一体感。2階席ならではのそんな光景を目に焼き付けて帰宅しました。
今回はDVDの発売予定が無いことを先日聞きまして驚いています。ジュリー最後の音楽劇『大悪名』を、1度の参加でしたが生で観ることができ、幸運でした。


さて、1週間ほど間が開きましたが今日は”act月間2017”第4回の更新です。
相変わらず「伝授!」などと言いながら実は記事を書き終えた後にみなさまから逆伝授を賜る、というスタイルの考察が続きます。『大悪名』千秋楽の日の打ち上げでも、ご一緒した先輩方から改めて「美しき天然」について教えて頂きましたし、今回もきっと更新後に勉強することがたくさんあるでしょう。

今日のお題は前々から、『大悪名』でのcobaさんの生演奏を聴いた上で閃いた曲を、と考えていました。
観劇を終えて色々と考えたんですけど、やっぱり「ワルツ」の曲が良いんじゃないかなぁ、と。
2階2列目(A席)だった僕の席からは5人の演奏陣がよく見えましたが、双眼鏡は持参しなかったのでcobaさん達の細かい表情までは分かりませんでした。
でも、なんとなく「あっ、cobaさん目を閉じて弾いてる!」と感じたのは、劇中で3曲(だったと思います)披露されたワルツ・ナンバーだったんです。
そこで今日は、いかにもcobaさんが目を閉じて弾いていらっしゃる光景が目に浮かんできそうなactのワルツ・ナンバーをお題に採り上げることにします。
『BORIS VIAN』から「王様の牢屋」、僭越ながら伝授!


Boris3


先輩とのご縁を頂いて念願の『actCD大全集』購入が叶った時、僕がまず最初に聴いたのがこのdisc-2『BORIS VIAN』でした。
理由は、収録曲にクレジットされていた「きめてやる今夜」「脱走兵」がお目当てだったから。その2曲はいずれも期待通りに素晴らしかったのですが(と言うか「きめてやる今夜」の方はリズム解釈にビックリした)、初めてCDを通して聴いて特に衝撃を受けた曲は「墓に唾をかけろ」「鉄の花」そしてこの「王様の牢屋」。僕がまず『BORIS VIAN』の中で大好きになったのはこの3曲でした(今は「俺はスノッブ」が一番好きになっています)。
『BORIS VIAN』が最初、というのはactのCDを聴く順番としてはとても良かったように思います。
「オリジナル・アルバムのジュリーとは違う!」強烈な感覚が分かり易い作品と言えるのではないでしょうか。

さて、「王様の牢屋」。みなさまご存知のように、actの「王様の牢屋」は2つありますね。
エディット・ピアフの歌ですから当然『EDIT PIAF』でも採り上げられています。素晴らしい名演ですが、そちらのヴァージョンはですね・・・僕のレベルでは到底採譜不可能!というくらい凝ったアレンジでございまして(この曲以外も、『EDIT PIAF』は難解なアレンジの曲が多いです)、すぐには考察に手をつけられません。
対して『BORIS VIAN』の「王様の牢屋」の方はポップ性が高いと言いますか、おそらくcobaさんの和音解釈は原曲に近い感じなのかな。
何とか自力の採譜も成りましたので今日はこちらを採り上げようという次第です。

映像を観ていない上、僕はボリス・ヴィアンの人物像もほとんど知らないに等しいので、何故エディット・ピアフのこの曲が『BORIS VIAN』で歌われたのかすら分かっていないんですけど、ちょっとネットで調べましたら、ボリス・ヴァイアンがエディット・ピアフの歌声を
「電話帳を読んだだけでも人を泣かすことができる」
と語った有名な逸話があるそうですね。
獄中にある想い人のこと女性の一人称で歌う「王様の牢屋」。それを男性のジュリーが切なく歌う・・・actならではの名演、名曲ですよね。

先程「自力で採譜した」と書いたように、この曲のスコアはまだ見つけることができていません(たぶんこの世に存在はしていると思うのですが・・・。エディット・ピアフの歌でact関連曲については、既に記事を書き終えている「群衆」の他、「愛の讃歌」「バラ色の日々」「水に流して」「私の神様」などのスコアは見つかっています)。
ただ、この曲に少し触れている文章は見つけました。


Img51835

↑ ピアノ伴奏譜『シャンソン名曲アルバム②』から解説ページ、「待合室」の項より

シャンソンのスタンダード・ナンバーって、どれも詞が良いんですよね。
また、「王様の牢屋」も日本語のカバーが幾多存在していて、その中には牢屋に閉じ込められているのが女性、という斬新な視点で歌われる日本語詞もあるのだそうです(これは、先輩ジュリー・ブロガーでいらっしゃるRスズキ様の過去記事で勉強しました。ありがとうございます!)。獄中の女性が彼氏に「ここにきて!」と訴える内容なのだとか・・・ひえ~。

actの「王様の牢屋」は、原詞のシチュエーションを踏襲しているようです。

お城の奥深くにある 王様の牢屋に
    Em Bm7   Em  D      C    B7   Em

閉じ込められた私のあの人
     G              Em  Bm   Em

Oh  Oh Oh Oh! ♪
Am  D7       G

前回「丘の上の馬鹿」の記事で「歌へと集約する詞曲一致」ということを書きましたが、いやぁ「王様の牢屋」もその点素晴らしい!

actでのキーはホ短調(原曲のオリジナル・キーはまだ調べきれていません)。しかし「閉じこめられたあの人 ♪」からは平行移調させる長調のニュアンスも含みます(着地のコードがGで、続く「二度と・・・♪」のヴァースからは明快にト長調)。にも関わらずここは出だし以上に悲しいんです。
詞が悲しいから、だけではありません。例えト長調のヴァースでも、メロディーそれ自体確かに悲しい感じがする・・・驚くべきことです。
この「長調の哀愁」を加藤直さんが見事に日本語で表現しきった日本語詞。それを「悲しい歌」「切ない歌」を歌わせたら天下一品のジュリーが歌うわけですから、物語の説得力が凄まじい!
しかもジュリーはこの曲では完全に「演じて」いますよね。それは前回採り上げた「丘の上の馬鹿」とはまた異なるジュリー・ヴォーカルの醍醐味です。

僕が最も愛するジュリー・アルバム『JULIEⅡ』制作時に池田道彦さんから「おまえは、”歌で演ずる”ということをやった方がいい」と言われ、その言葉がACTにも繋がっている、と『ジュリー三昧』で語られている、その「歌で演ずる」様子がCDだけでヒシヒシと伝わってくる作品が『BORIS VIAN』です。
僕がactを聴き始めて最初期に感じとっていたジュリーの魅力は「キュート」で、昨年の『悪名』を観劇することで追体験したような気分になったものでしたが、僕がそんなジュリーの魅力に気づけたのは、『BORIS VIAN』初聴時に受けた印象が大きいと思います。
『BORIS VIAN』には、語りかけるような、台詞を言っているような歌が多く、僕はそんなふうに歌うジュリーをまずは「キュート」だと感じたわけですね。
もちろん今日のお題「王様の牢屋」でも、そんなヴォーカル部が登場します。

罪ならあります 私も盗みました
C                           G

はい 王様 あの人の心を ♪
        Am           B7      Esus4  Em

この「はい」がね・・・初めて聴いた時はドキリとしました。これは、リアルタイムでジュリーの生歌を聴いた先輩方もそうだったんじゃないですか?

そして、「いかにも目を閉じて弾いていそうな」cobaさんのアコーディオン。
『大悪名』で生演奏を聴いて改めて感じたのですが、アコーディオンって不思議な楽器ですよね。他のパートとは流れている時間(リズム)が違っているような。
例えば「王様の牢屋」では

二度と出られないというのは本当ですか ♪
       C                  G         C           G

この、ジュリーの切ない「本当ですか♪」を追いかける「レミレミレミ・・・♪」の音色が、とてもゆっくり、ゆったりと 聴こえます。でも決して全体のテンポが変わっているわけではなくて、cobaさんのアコーディオンだけ別の時間が流れているように感じられるのです。
まるで主人公の女性の心情がそのまま伴奏に乗り移っているようで、これはアコーディオンという楽器でなければ出せないニュアンスなのでしょうね。

僕はactの映像を観ていないので状況はよく分からないのですが、この曲ではいったん「演奏終わったかな」というお客さんのフライングがあって、そこからドドドド~ともうひと盛り上がりあるじゃないですか。
今聴いていると、そのエンディングと同時進行で何やら舞台が動いているような感覚を受けます。
『大悪名』で曲のエンディングの間にセットが変わるシーンが何度かあり、僕はたぶんそれを「王様の牢屋」の荘厳なエンディングに重ねて聴いているのです。
ですからそれは「今まで(『大悪名』観劇以前)は感じていなかった」聴こえ方になっているということ。

このように、物語や曲調は全然違うのに、今の僕にとって「王様の牢屋」は何故かジュリー最後の音楽劇『大悪名』の様々なシーンを思い出しながら聴いてしまうactワルツ・ナンバーとなっています。
『BORIS VIAN』はactの中でも特にワルツ率の高い作品で、CDでは「気狂いワルツ」→「原子爆弾のジャヴァ」→「王様の牢屋」とワルツの曲が続いています。
ワルツって不思議な既視感があって、「何かを思い出す」脳の働きを刺激するリズムなのかなぁと思います。ジュリーが少年時代から心に残る歌として「美しき天然」を挙げているのも、ワルツのリズムに導かれる郷愁なのではないでしょうか。

僕はたまたま今回「王様の牢屋」を聴いて、観劇したばかりの『大悪名』を思い出しているわけですが、先輩方はこの曲を聴くとどんなことを思い出すのでしょう。
やっぱり生で観劇された『BORIS VIAN』でのワンシーン?それとも同年のツアー『単純な永遠』のこと?
いずれにしましても、新規ファンの僕としてはただただ羨ましいばかりです・・・。


それでは次回更新は・・・昨年と同じく、今年の”act月間”締めくくりのお題をジュリーのお誕生日に捧げたいと考えています。
今月から来月頭にかけてはちょっと予定が立て込んでいて(男性タイガース・ファンの先輩であるYOUさんのLIVEに行ったりします)、じっくり下書きする時間も無いのですが、なんとか6月25日の更新を目指し、「これぞジュリー!」という大好きなactオリジナル・ナンバー(加藤さん作詞、cobaさん作曲)を採り上げます。もちろんcobaさんのアコーディオンも大活躍する名曲ですよ~。

それが終わったら次は7月。
デビュー50周年の全国ツアーに向けて、”全然当たらないセットリスト予想”ならぬ”全力で外しにいくセットリスト予想”シリーズに突入の予定です。
今回ばかりは「外す方が難しい」ですからねぇ。でもそれは逆に、「全力で外しにいったのに当たっちゃった!」みたいな結果を実は期待しているわけで、当然ながら「是非聴きたい」曲ばかりを書くということなのです。

最後の音楽劇が大成功で閉幕し、今ジュリーファンは次なる大きな楽しみ・・・全国ツアーのチケット到着・第1弾を心待ちにしているところですよね。
例年のように、まずは8月までの公演のチケットが届けられるのでしょうか。到着は今月末か、来月頭か、もうちょっとギリギリになるのか・・・本当に楽しみです。
あまりに楽しみ過ぎて、早々に8月までの各会場のサイト様へのリンクなどサイドバーに貼ってみましたが、実は「五所川原」だけ座席表のページを見つけられないんですよ。僕の探し方が悪いのかなぁ?

とりあえずジュリー69歳の誕生日まであと数日、今年の拙ブログ”act月間”ラスト1曲の考察に全力でとり組みます。よろしくおつきあいのほどを・・・。

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2017年6月14日 (水)

沢田研二 「丘の上の馬鹿」

from『act#5 SHAKESPERE』、1993

Shakes1

1. 人生は一場の夢 Ⅰ
2. 人生は一場の夢 Ⅱ
3. 丘の上の馬鹿
4. 人生は一場の夢 Ⅲ
5. Sailing
6. 人生は一場の夢 Ⅳ
7. Lucy in the sky with Diamonds
8. 愛しの妻と子供たち
9. タヴァン
10. 悲しみのアダージョ
11. アンジー
12. レディー・ジェーン
13. 私は言葉だ
14. I am the champion 孤独な

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『大悪名』はどんどん進化しているようです。
公演も残り少なくなり、「最後の音楽劇がもうすぐ終わってしまう」と思うと寂しいですね・・・。

僕の観劇は今週末ですが、実は先の土曜日にカミさんがひと足早く観劇しまして、いろいろ話を聞いて僕もちょっとストーリーをネタバレしてしまいました。
ジュリーについては「坊主と言うよりスキンヘッドだけど、意外やすごくカッコイイ。頭の形がエエのは当然として、耳の形がキレイなんやな」とのこと。
あと「ジュリーは和服系が似合う!いっそツアーの衣装も和服じゃアカンやろか」と斬新なことも言ってましたがそれはさすがにナイですよね(笑)。

さて、拙ブログ今年のジュリー誕生月記念”act月間2017”3曲目のお題は、『SHAKESPERE』から。
この作品は僕が普段からよく聴く洋楽ロックのカバーが演目の中心ですからCD初聴時からとっつき易く、なおかつジュリーのヴォーカル、加藤直さんの日本語詞やcobaさん達の演奏も「うわっ、あの曲がこうなるのか!」と衝撃大で、その後のリピート率も高いです。
その中から今日採り上げるのはビートルズのカバーで「丘の上の馬鹿」。
原曲「THE FOOL ON THE HILL」(以下、邦題の「フール・オン・ザ・ヒル」で記していきます)はAメロ、Bメロが長調、サビが同主音の短調というポール得意の近親移調が炸裂する大名曲。ポールの作曲作品としては音域がさほど広くなく、最高音も高い「ファ#」ということで、actのジュリーはポールと同じキーのニ長調(サビはニ短調)で歌っています。

思索的な歌詞を加藤さんがどう「進化」させたのか、cobaさんはじめ演奏陣の解釈、アレンジの妙など、原曲をよく知っているだけに考察ポイントも多い1曲です。
張り切って伝授!



Shakes4


「フール・オン・ザ・ヒル」は今年のポール・マッカートニー来日公演でセットリスト入りしていて、僕は今回5度目の参加となるポールのLIVEで初めてこの曲を生体感することができました。今までは何故か当たっていなかったんですよね。

5月の『あさいち』(ゴダイゴの浅野孝巳さん+お馴染み依知川さんのユニット)LIVEのMCでもポール来日公演の話がありましたが、お2人とも「今回は行かなかった」と(浅野さん曰く「でも、タケカワとミッキーとスティーヴは行った」とのこと。その3人ならきっと武道館に行ったんだろうなぁ)。
参加しなかった理由について浅野さんは「あんまり変わらないと思って・・・」ということなんですが、実は僕も今回は浅野さんと同じ気持ちがあって、当初は参加するつもりはなかったのです。
ポールってあんまりセットリストをいじらないんですよ。もちろん多少は入れ替えてくるんですけど、まぁ今回も想定の範囲内であろう、と。贅沢なセトリが実現したとしても、それは武道館(チケット代が東京ドームとは比較にならないくらい高過ぎて、僕ではとても参加は無理)の1日だけなんだろうなと思って。

でも、カミさんの友人にお誘い頂いたこともあってドームの初日に参加したら、これがとんでもなく素晴らしいセトリでね~。今回ばかりは武道館よりドーム初日の方がレア度が高かったんです。ウイングスの「ワインカラーの少女」なんて、結局この日しかやってない(現時点で日本ではこの1度きりしか歌われていない)ですから。
加えて個人的に初体感となる曲・・・「ジュニアズ・ファーム」「テンポラリー・セクレタリー」「ユー・ウォント・シー・ミー」など全部で11曲もありまして大興奮。そのうちの1曲が「フール・オン・ザ・ヒル」でした。

Thefoolonthehill

↑ バンドスコア『マジカル・ミステリー・ツアー』より


この、詞曲ともに大好きなビートルズ・ナンバーとのactでの出逢い・・・鮮烈でした。
『actCD大全集』歌詞カードのクレジットは普通に「レノン=マッカートニー」ですが(ビートルズの曲はジョンの単独作品、ポールの単独作品についてすべてそのように表記されます)、「フール・オン・ザ・ヒル」はポールの単独作です(一方で、『SHAKESPERE』収録のもうひとつのビートルズ・ナンバー「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」はほぼジョンの作品とされます)。

ジョンの死後にリリースされたポールのアルバム『タッグ・オブ・ウォー』の頃だったでしょうか、ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンが「ポールは、自分ではそうは思っていないが優れた作詞家だ」と語っているのは、ビートルズ時代の「フール・オン・ザ・ヒル」をはじめとする名曲群(個人的にこの曲の他にポール作詞のビートルズ・ナンバーで好みなのは「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」と「ロッキー・ラクーン」。一般的には「エリナー・リグビー」の詞が「フール・オン・ザ・ヒル」と共に高い評価をされているようです))を念頭に置いての言葉だったでしょう。

世の真理を見抜いた一人の男が、その発見を誰からも支持されずむしろ虐げられ、今日も丘の上でただひとり世界が周り続けているのを眺めている・・・ポールのこの詞は、世界で初めて地動説を唱え断罪されたガリレオ・ガリレイにインスパイアされ、彼の孤独な蟄居生活を描いたものと言われてきました。
Wikiにもそう記してあるんですが、ポール自身は「誤解されやすい人のことを歌った」と語っているそうで(『ザ・ビートルズ全曲バイブル』より)、真偽は微妙。
ただ、ガリレオのことを歌った曲と念頭にして聴くと詞の味わいが一層増す名篇であることは確かです。

『SHAKESPERE』の舞台でこの名曲がどのように(詞のコンセプト含めて)ストーリーに噛んでくるのかと興味津々ですが、それは個人的に「老後の楽しみ」としてとっておいてあるact映像鑑賞の日まで待つとしまして、ここでは加藤直さんの日本語詞とポールの原詞を比較をしてみましょう。
全体のコンセプトはポールの詞と変わっていませんが、面白いのは加藤さんのヴァースが「新書き」部と「翻訳」部にきっちり分かれていることです。具体的には、ポールのオリジナルをほぼそのまま日本語訳しているのが2番、コンセプトは変えずに新たなストーリーを組み立て言葉と表現を書き下ろしているのが1番。

今日も 空に梯子
D6         Em7(onD)

立てかけて男が登って行く
      D6                Em7(onD)

一体何をするんだ 男が答える 星をつみにさ
   Em7       A7         D6     Bm7   Em7     A7

みんな笑うけど 男は大真面目
         Dm             Dm+5

ごらん あんなに 星にとどくほど ♪
      C7                   Dm         Dm7

素晴らしい!
もちろん表現的にも素晴らしいのですが、ポールのオリジナルとは全然違うシチュエーションなのに、「フール・オン・ザ・ヒル」という楽曲の世界観、ひいてはポールの作詞の本質をまったく変えていないという、それが素晴らしいのです。
これは既に記事を書き終えているドアーズ原曲の「私は言葉だ」やクイーン原曲の「I am the champion 孤独な」についても同じことが言えるんですけど。

ポールの詞には「フール・オン・ザ・ヒル」に限らず、難しい単語はほとんど出てきません。しかしその単語ひとつひとつを綿密、丁寧にメロディーに載せてしっかり発声する、その几帳面なまでの発声が詞の世界を昇華させるというのがポールの特性です。言葉や物語が「歌」に集約されることこそが前提というわけですね。
そしてこれは、歌手・ジュリーの特性と本当によく似ているのです。
ジュリーの歌の素晴らしさは、声質や音程に加えてその発声・・・メロディーに載った言葉が聴き手の耳から脳にグッと入ってくる瞬間の魅力があるのです。
加藤さんは、そんなジュリーとポール共通の特性をきっと見抜いていたと思いますよ。

ジュリーも加藤さんの日本語詞を一語一語丁寧に発声していますよね。
英語の原曲とはずいぶん語感も違ってくる中で、メロディーを
大事に歌うのが伝わってきます。その抑揚にはまやかし、誤魔化しが一切ありません。
ジュリーにとって(ポールにとっても)それが「歌」というものなんだろうなぁ、とactの「丘の上の馬鹿」には改めてそんなことを教わる思いです。

あと、歌詞とメロディーの一致、「歌」への集約ということで言えば、ポールがこの曲でニ長調からニ短調への近親移調を採り入れたことには理由があります。
オリジナルの詞は冒頭Aメロからサビへと向かって「1日」が経過していきます。まずは朝陽が昇り、主人公が丘の上から「世界が廻る」のを見つめ続けているうちに1日が終わり夜になる、と。
「夕暮れ」の切なさ、「夜」の孤独・・・それらを表現するために、サビのメロディーは短調へと変わらなければならないんですよ。
加藤さんの日本語詞、ジュリーのヴォーカルは見事その「詞曲一致」を体現していると思います。もしかすると劇中で「丘の上の馬鹿」が歌われるシーンでは、サビで照明が徐々に暗い色へと変わってゆく・・・そんな演出があったのかもしれないなぁと僕は想像しているのですが、さて実際どうなのでしょうか。

2番サビでのジュリーのヴォーカルには、まるで3連シャッフルのようなリズムを感じます(『単純な永遠』収録の「不安にさせよう」みたいな感じ)。
これはおそらくバックで後ノリのニュアンスを出しているゲタ夫さんのベースとPONTAさんのドラムスに呼応しているのでしょう。初日からこうだったのではなくて、公演を重ね進化し辿り着いたヴォーカル・スタイルなのかなぁと考えています。

演奏で印象深いのは、やはりイントロからこの名曲をリズムの面でも和音の面でもリードするcobaさんのアコーディオンです。
ポールが「フール・オン・ザ・ヒル」について「父親の部屋のピアノでD6の和音を鳴らしていたらインスピレーションが沸いた」と話している、その「D6」。ニ長調のキーで「シ」の音が鳴っているというのがこの曲の伴奏の肝で、もちろんcobaさんもそうしていますが、原曲のピアノとはまた違った雰囲気になっていて。
アコーディオンの音ってすごく柔らかいですよね。原曲でのポールのピアノの場合「じゃん、じゃん、じゃん・・・♪」と4拍子連打のガッチリしたイメージで聴くところ、アコーディオンは裏拍から入っていくようななだらかさがあって、それでゲタ夫さんとPONTAさんが後ノリのニュアンスで演奏しているんじゃないかな。
また、原曲ではリコーダーとフルートが活躍するアレンジですが、act「丘の上の馬鹿」単音ではチェロとギターがそれぞれ新たなフレーズで優しく装飾しています。
シャキシャキとした「フール・オン・ザ・ヒル」、優雅な「丘の上の馬鹿」・・・これが僕の2つのヴァージョンから受ける演奏の印象の違い。
ただし、優雅と言ってもどこか寂しい、切ない感じがするのは原曲のメロディーそのものの魅力でもあり、ジュリー・ヴォーカルの対応力と説得力でもあり、加藤さん独特の語感でもあるのかなぁと。

『SHAKESPERE』には「私は言葉だ」であったり「I am the champion 孤独な」であったり、或いはcobaさん作曲の「愛しの妻と子供たち」のように、日本語特有のゴツゴツした語感がメロディーに載っているのをジュリーの発声で生かす、という手法が目立ちます。
加藤さんの技であり、『SHAKESPERE』という舞台の狙いでもあるでしょう。
いつになるかは分かりませんが、僕が改めてactの映像を勉強しようという時、一番最初に観るのはたぶんこの『SHAKESPERE』になるんじゃないかな。
今CDだけで聴いても大変な名盤と思っていますが。


それでは次回更新は、おそらく1週間ほど間隔が開いてしまうかと思います。
というのは・・・僕は今週末にいよいよ『大悪名』を観劇します。音の面で何と言っても楽しみなのは、初めて生で体感することになるcobaさんのアコーディオン。
実際にcobaさんの演奏を聴いて感動し触発されるところは必ずあるはずで、そこで閃いたactナンバーをお題に選ぼうと考えているのです。
バラードになるのか、ビート系になるのか。カバー曲になるかcobaさん或いはジュリーの作曲作品になるか・・・今は自分でもまったく想像できませんが、そんなことも含めて観劇を楽しみにしているところです。
もちろん記事冒頭で舞台の感想、ジュリーのマルガリータ・インパクトの話も交えながら、という内容になると思います。よろしくお願い申し上げます!

こちら関東は今週ここまで涼しい日が続いていますが、明日あたりからまた暑くなりそうで、週末の予想最高気温は25℃超え。
なんとか万全の体調で観劇当日を迎えたいものです。みなさまも充分お気をつけください。

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2017年6月10日 (土)

沢田研二 「量見」

from『act#9 ELVIS PRESLEY』、1997

Elvis1

1. 無限のタブロー
2. 量見
3. Don't Be Cruel
4. 夜の王国
5. 仮面の天使
6. マッド・エキシビション
7. 心からロマンス
8. 愛していると言っておくれ
9. Can't Help Falling in Love
10. アメリカに捧ぐ
11. 俺には時間がない

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昨日あたりから、またまた暑くなりました。
気温と天候の目まぐるしい変化についていけず、この季節恒例の風邪をひいてしまったDYNAMITEです。寝込むほどのことはありませんが、喉の軽い痛みなどの症状が出ています。
遂に『大悪名』池袋公演も始まりましたし、早く体調を戻さなければ・・・みなさまは大丈夫ですか?

風邪のせいかどうかは分かりませんが、先日仕事の外回り途中で大失態をやらかしましてね・・・。
移動中の電車で眠りこけてしまい、ちょうど目的駅で目が覚めて慌てて降りたんですね。
改札抜けたあたりで「あっ!」と。
持ち歩いていた封筒を座席に置き忘れてきたのです。請求書だのキャラクター商品の許諾シールだの、仕事関係の重要な書類一式を入れていた封筒でしたから、サ~ッと血の気が引いていきました。
すぐ駅員さんに届け出て、自分の記憶通りに
「進行方向前から2両目か3両目」
と座席位置を説明して捜索をかけて貰ったんですが、「見つからない」と。駅員さんは進行先の各駅にも届け出がないか電話をかけまくってくれまして、それでも今のところ該当する届け出も無いとのこと。
僕が悄然としておりますと駅員さんは、「その電車があと20分ほどしたら折り返してこの駅に戻ってきますから、念のため一緒に探してみましょう」と言ってくださり、電車の再到着を待ちました。やがて電車が来て一緒に探しましたがやはり見つかりません。
僕はもう「大変なことをやらかしてしまった。どう責任をとればよいのか・・・」と途方に暮れるばかり。ところが駅員さんは「一応、反対側の車両も見てみましょう」と言って全速力でダッシュして探しにいってくれて・・・見事そのまま座席に置いてあった封筒が見つかったんですよ、僕の記憶とは間逆の車両に。
もうね、電車の端から端までダッシュしてくれた親切な駅員さんには感謝しかなく「日本はいい国だなぁ」とか思うわけですが、それにしても酷いのは僕の記憶です。
いや、正確には記憶ではなくて「空間把握能力」。

同じハンデを持つ人なら分かってくださると思いますが、僕は酷い方向音痴で、道を間違う時は必ず間逆に間違います。これは自分の位置移動を正しく把握できないということなのです。
例えば、初めてビル屋内のお店に入ったら、僕は必ず自分が入ってきた方向とは正反対の方角に向かって店から出ようとします。ふざけているんじゃなくて、本当にそっちから入ってきたような気がするのです。
それにしても、電車を降りて階段登って改札グルッとしただけで、自分が電車の進行方向前に乗っていたか後ろに乗っていたかという記憶まで引っくり返るとは。
方向音痴のみなさま、もし今回の僕と同じようなケースに遭遇したら、「前から2、3両目もしくは後ろから2、3両目のいずれか」と申し出ましょう!

いやいや、くだらない枕を長々と失礼しました。

さて今年もジュリーの誕生月に張り切って書き始めた”actお題月間”・・・まず前回「美しき天然」を採り上げたわけですが、いやぁ昨年同様に記事を書き終えてから先輩方から教わることが、本来楽曲考察上とても大切なことだったりしましてね。
どうやら今年も濃密な勉強のひと月になりそう。またそれが僕にとってはすごく嬉しいことなのです。
普段から「伝授!と言いながら実はみなさまから逆伝授を受けている」スタイルがもう隠しようもなくなってきている拙ブログですが、そのぶん気合とジュリー愛だけはたっぷり込めて頑張ってまいりますよ~。

さて今日のactは『ELVIS PRESLEY』です。
採り上げるのは、有名なロックンロール・スタンダード「ハウンド・ドッグ」のカバーにして、ジュリー本領発揮の「らしい」訳詞とブッ飛んだヴォーカル・・・actならではの「ジュリー・ナンバー」として大好きな1曲です。
「量見」、伝授!



Elvis2


前回「美しき天然」の記事に続き、今回もまたまたヒヨッコDYNAMITEの「恥ずかしながらつい最近知った」話から始めなければなりません。
act『ELVIS PRESLEY』でゴキゲンな演奏を聴かせてくれる女の子バンド・・・彼女達が同年の全国ツアー『サーモスタットな夏』にコーラス隊として登場する”BOKE BOKE SISTERS”であったことを、僕は今年の2月に初めて把握しました(←遅過ぎますよね汗)。
『ELVIS PRESLEY』と『サーモスタットな夏』が同じ年であったことは頭に入っていたのに、まったく結びついていなかったという。いや、教わったことはあったのかもしれないけど、全然分かってなかったのかな。
僕は今でも、ジュリーファンなら当然の知識を改めて知りビックリする、ということが頻繁にありますがそれにしてもこれは酷い。
GRACE姉さんがバンドメンバーとなる前にBOKE BOKE SISTERSのオーディションを受けていた、という話は以前教えて頂けていましたが、僕はそれを

『サーモスタットな夏』の全国ツアー各公演にバンドと一緒に同行するBOKE BOKE SITERSなる女性コーラス隊の結成オーディション


だと思い込んでいたわけです。
ちょっと考えたらそんなワケ分からない話があるはずがない、と気づくはずですが・・・いやはや情けない。
2月に、いつもお世話になっている先輩に食事に誘って頂いた際たまたまそんな話が出て、僕が「ああっ、そういうことだったんですね!」と驚いていたら、その先輩だけでなく一緒にいたカミさんからも「えっ分かってなかったの?」と呆れられましたよ・・・(滝汗)。
それはさておき(いや、さておいてはイカンのですが)、cobaさんがアレンジ・プロデュースに専念し、『ELVIS PRESLEY』の伴奏陣を女の子ロック・バンドに託した、というのは素晴らしいアイデアです。演奏と共に「お姉ちゃんコーラス」にも重点を置いたわけですね(さらに、曲によってギタリストが鍵盤も担当できる、というのも重要な選考基準だったと思われます)。
50歳手前のジュリーが華やか、賑やかな女子バンド・メンバーを従えて歌う・・・それがactならではの「エルヴィスの一生を描く」意味を深めていると感じます。

『actCD大全集』に収録されているエルヴィスのカバーについては僕の知らなかった曲もいくつかありますが、「量見」のオリジナル・ナンバー「ハウンド・ドッグ」はさすがに知っていました。「エルヴィスに似ていないものはロックではない」というブライアン・セッツァーの名言をこの1曲に集約できるほどの、本当に有名なロックンロール・スタンダードですからね。
手元にはスコアもあります。


Hounddog

↑ 『50-60 ロックンロール・アゲイン』より


僕はプレスリーを生で聴くというのは世代的にも叶わぬことでしたが、「ハウンド・ドッグ」という楽曲自体は別のバンドの生LIVEで体感したことがありますよ。
ピンと来た人も多いでしょう。そう、この曲は瞳みのる&二十二世紀バンド2015年の全国ツアー『Let's Go カキツバタ』で、セットリスト前半を締めくくるナンバー(スタンディング・ヴォーカルのピーが演奏終了よりひと足早く踊りながらステージを後にする、という楽しい演出がありました)として採り上げられたのです。

act『ELVIS PRESLEY』では、添付したスコアの冒頭解説にあるブルース・トーンのコーラス・ワークを女声でバッチリ決めてくれています。
女子のバンドがロックンロール特有のルーズな(←それが良い!)コーラスを担う・・・これは本当にカッコイイです。先述した二十二世紀バンドもメンバーに女性2人がいるので、同じようにゴキゲンなコーラス・ワークが楽しめたことを今改めて思い出したり。

バンドに任せていた部分も大きいかとは思いますが、おおよその輪郭を提示していたであろうcobaさんのアレンジはズバリ王道。
エンディング、いったん終わると見せかけテンポを落とし3連ロッカ・バラードのコーダへと移行するのはエルヴィスも同じですが、締めくくりに採り入れた進行は
「C→C7(onE)→F→F#dim→G7+9」
「ド~ド、ミ~ミ、ファ~ファ、ファ#~ファ#、ソ♪」という音階移動はみなさまも何となく「あ、このパターンあるよね」と聴き慣れているはずです。
ちなみに、このロックンロール・エンディングお馴染みの進行を、サビメロのド真ん中に配したジュリー・ナンバーが1曲存在します。白井良明さん作曲の「GO-READY-GO」です。

恐れの中に 飛び込む勇気だけが
C        F      C                  F

難関突破   できる
C   C7(onE)  F    F#dim

生きるためならダイ ブ ♪
G                   E♭  C


↑ この曲のオリジナル・キーはト長調ですが、「量見」と比較しやすいようにハ長調に移調して表記しています。

「難関突破できる♪」の箇所です。
こんな使い方・・・少なくとも僕はジュリーの「GO-READY-GO」しか知りません。世の音楽のほとんどの進行例って、ジュリー・ナンバーだけですべて勉強できてしまうんじゃないかと思ってしまいます。actの曲について書いている今、それは一層思うところですね。

しかしまぁ、「量見」の場合は何と言ってもジュリーのあの物凄いヴォーカルにつきますわな~。

俺は名もねえ猟犬 あんたのもん
C

手前勝手な量見 持っちゃいねえ
                F7                    C

上眼使いで あんたの指図を待ってる ♪
      G7                     F7               C

僕は現時点ですと『actCD大全集』の中で一番のお気に入りは『SALVEDOR DALI』、僅差で『NINO ROTA』『SHAKESPERE』あたりが続く感じですが、もちろん『ELVIS PRESLEY』も大好きで、初めて聴いた時(本当に、軽い気持ちで聴き始めてしまったのですが)のジュリー・ヴォーカルのインパクトは忘れられません。CD冒頭の3曲「無限のタブロー」「量見」「Don't Be Cruel」の流れには本当にヤラれました。
ジュリーのヴォーカル、3曲それぞれ歌い方が全然違いますでしょ?

「無限のタブロー」のようなヴォーカル・スタイルはジュリー・ナンバー唯一ですし、「Don't Be Cruel」の正にプレスリー直系のロカビリー・スタイルは他のジュリー・ナンバーに「MAYBE TONIGHT」くらいしか見あたりません。
そして「量見」。ドスの効いたシャウト、ねじ伏せるような発声で歌うロックンロール・・・これまた他のどのジュリー・ナンバーとも違う、と感じます。敢えて言えば「ゴー・スージー・ゴー」のライヴ・ヴァージョン(たまたまですが最近「凄ぇ!」と思いながら聴き直したばかり。『愛をもとめて』でかけてくれていたんです)が近いですけど、やはり20代半ばと40代ラストイヤーではジュリーの声質も発声のテクニックも大きく異なります。
ブルースや3連ロッカ・バラードでよく似た発声のナンバーはあるにせよ、ロックンロールでこの歌い方というのがね~。ジョンなら「ロックンロール・ミュージック」、ポールなら「のっぽのサリー」、ジュリーなら「量見」。これが僕の中でのロックンロール・スタンダードのカバー名演、ヴォーカリスト・ベスト3ですよ。

あとはジュリー自身による訳詞の面白さです。
actでのジュリーの作詞や訳詞は、同年リリースのオリジナル・アルバムと比較するとギャップが激しいこともまた魅力ですけど、「量見」についてはいかにも『サーモスタットな夏』の年のジュリー、って感じですね。

オリジナルの「ハウンド・ドッグ」は「猟犬」と「女たらし」のダブル・ミーニング。「猟犬」を軟派な女たらし野郎に見立てて、硬派な主人公(歌い手=プレスリー)が「猟犬」をコキ下ろすという内容です。
一方ジュリーは自らが演じるプレスリーを「猟犬」に見立てます。「猟犬」転じて「量見」の発音連想は今現在のジュリー作詞手法の根幹とも言うべきもの。
「量見」の場合はユーモラスながらも歌詞全体の言い回しには潔い気骨があり、「俺はただでは終わらんぞ」という展開がジュリーらしいプレスリー解釈です。

前に書いた「無限のタブロー」の考察記事でも触れたのですが、「いざ間奏!」のジュリーのシャウトが「がおっ!」と言うんですよね。これが最高にカッコ良い!
「ナメてたら噛みつくぞ!」みたいな感じ。
ロックンロール間奏間際のシャウトは普通なら「アオッ!」とか「カモン!」、はたまた「ゲリロン!(get it on)」とか言うところ、「量見」の「がおっ!」は「無限のタブロー」での「わっは~!」と共に物語(歌詞)的に必然性があり、actの舞台でなければ実現しなかったジュリーのシャウトを引き出しています。
さらに言えば「量見」はジュリー自身が訳詞だからこそ、そのシャウトが素晴らしいのですね。
ロックンロールそのものの捉え方でプレスリーを見ている・・・噛みつく相手である「あんた」は当然「体制」或いは「権力」ということになりましょう。

act映像未体験の僕はどうしても『actCD大全集』それぞれのディスクを「ジュリー渾身のヴォーカル・アルバム」のようにして聴いてしまいます。ですからactのコンセプトへの理解自体はまだまだ浅いとは言え、ジュリーの「声」の無限の拡がり、普段は(オリジナル・アルバムの時には)見られない、それぞれの楽曲に特化した発声を堪能することはできていると思います。
「ヴォーカル・アルバムとして捉えたactのディスク」の意味で『ELVIS PRESLEY』は大変な名盤です。
演奏も「軽さ」「隙間」の魅力が全開で、ハードな音圧を好む人は肌が合わないかもしれないけれど、個人的にはこういうロックは大好物。
みなさまはいかがでしょうか。


では次回更新は、これもまた「洋楽カバー」のお題を予定しています。
今日はプレスリーでしたが今度はビートルズです。実は僕はそのお題予定曲を、今年になって初めて生で体感したんですよ。もちろん4月のポール・マッカートニー来日公演で。
今までなかなか参加当日のセットリストで「当たらなかった」曲・・・ポールのLIVE5度目の参加にしてようやく聴くことができ、その時「よし、6月のact月間の時にこの曲を書こう!」と決めていました。

僕はビートルズの話になると勢いがつき過ぎていつも以上に大長文となる傾向がありますが、なんとか今日くらいの文量におさまるようにしたいと思います。
どうぞお楽しみに~。

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2017年6月 5日 (月)

沢田研二 「美しき天然」

from『act#8 宮沢賢治/act#10 むちゃくちゃでごじゃりまするがな』、1998

Miyamutya1

『宮沢賢治』(1996)
1. 異界
2. 運命 雨ニモ負ケズ
3. アラビアの唄
4. ポラーノの広場のうた
5. 星屑の歌 ~スターダスト
6. 百年の孤独
7. 私の青空
8. 笑う月
『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』(1998)
1. 美しき天然
2. ボタンとリボン
3. おなかグー(セ・シ・ボン)
4. 世の中変わったね
5. 君待てども
6. トンコ節
7. け・せら・せら(ケ・セラ・セラ)

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ちょっと更新間隔が開きました。
6月です。今年もジュリーの誕生月がやってきまして、拙ブログでは昨年同様この6月を”act月間”とし、act全10作品の中からジュリーが歌った名曲群をランダムに採り上げていくことにしました。
『大悪名』観劇もあるので、月の後半はその感想なども交えながら、という感じになりましょう。

まぁ相変わらず映像を観ていない状態のまま(汗)、CD『act大全集』に収録されたものの中から、あくまで楽曲に特化した片手落ちの考察記事です。
どのジュリー・ナンバーについてもそうなんですけど、僕のブログはコメントなどで先輩方から色々と教えて頂いて初めて「記事完成」と言える類の考察だと思っています。特にactはその意味合いが強く、昨年もcobaさんの「SARA」楽曲誕生秘話など教えて頂いたりしまして、記事を書き終えてから「おおっそうだったのか!」と気づかされる重要なポイント、逸話がたくさんありました。
今年もそうなるであろう、と期待して(甘えて)おります。

さて、「映像未体験」とは言ってもほとんどの作品については『act大全集』の曲の流れを追っていけば「あぁ、この曲はきっとこんなシーンだな」とか「こんなことを歌っているんだな」とか予想だったり妄想だったりできてしまうわけですが、ただひとつの例外、それが98年の『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』です。CDを聴いてもお芝居の内容やコンセプトがまるで想像できません。
そもそも他作品はすべて実在人物がタイトルになっているのに、act最後の10作目にしてこれは一体?

収録曲を俯瞰して言えるのは、ジュリーの作詞の面白さであったり、cobaさんのアコーディオンとNAOTOさんのヴァイオリンというシンプルな構成ながらバリバリの緊張感で奏でられる演奏の素晴らしさ。
そして何よりこれはあの『ROCK'AN TOUR '98』と同じ年の作品ですからね。ジュリー・ヴォーカルのキレ、情感、躍動感についてはそりゃ間違いはないわけで。

『act大全集』としては1枚のCDに『宮沢賢治』とダブル収録ながら、『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』の1曲目としてクレジットされたカバー曲「美しき天然」・・・今日はこの曲をお題に採り上げ、ジュリー自身がこの曲に幼少時からの思い入れがあったことなどにも触れながら、色々と書いてみたいと思います。
僭越ながら伝授!



Miyamutya3


「美しき天然」はとても有名な曲・・・なんですよね?
本当に恥ずかしいことなのですが、僕がこの曲を知ったのはつい数年前・・・2012年でした。
その年の新譜『3月8日の雲』がリリースされ、戦慄と感動のままにSNSで次々に叫んでいた中で、「カガヤケイノチ」について「本当に厳かで美しいワルツ!」といった感じのことを書きましたら長崎の先輩が反応してくださって。「ジュリーはワルツが好きなのよ」と。
子供の頃からジュリーは「美しき天然」が好き、という有名な話があるとのことでしたが、僕は「美しき天然・・・なんでしょうかそれは?」状態だったという(恥)。

「有名な曲なのかなぁ?」と思い、翌日出社してスコアを探してみたわけです。
勤務先からは『日本叙情歌全集』という、全4巻全700曲に及ぶブ厚い(それぞれの巻が、ちょうど『忘却の天才』ブック・パッケージくらいの背圧)歌集を発売しています。僕の入社前から現在に至るロングセラー商品なのですが、何とその第1巻の1曲目に収載されているのが「美しき天然」でした。


Tennen

↑ 『日本抒情歌全集①』より

これすなわち、「超」がつく有名曲であることの証。
おそらく僕より少し年長、そこから上の世代の日本人ならば知らない人はいないであろう楽曲なのでしょう。いや、僕の世代でも知ってる人の方が多いのか・・・でも僕の小中学生時代にこの曲が音楽の教科書に載っていた、ということは無かったと思うなぁ。

で、スコアを眺めているうちに「あれっ、そう言えば”美しき天然”という字面にはジュリーの資料絡みで見覚えがあったはずだぞ」とビビビッと来ましてね。
今度は帰宅してから、多くの先輩方からお預かりしている切抜き資料を漁りまくり(笑)。
結果、2つの資料が見つかりました。
もちろんそれ以前に目を通していた資料でしたが、「美しき天然」なる曲を知らなかったため、その箇所については頭に残っていなかった、というわけ。

まずはMママ様の資料で、これは何の雑誌ですかね・・・『沢田研二に直撃100問』という企画です。


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読者からジュリーへの質問を公募してジュリー自身がそれに答える、というね。
ただしこちらの資料は質問者であるジュリーファンの先輩方のお名前がバッチリ載ってしまっておりますので記事本文の添付は控え、「美しき天然」に関する箇所だけ書き出すことにしましょう。
「思い出に残る歌は?」との質問に、ジュリーはこんなふうに答えています。


(メロディーをつけて)ズーチャチャ、ズーチャチャっていう、あれ。(考えて)”美しき天然”だ。理由はないけど、心に残ってる。

歌詞ではなく、ワルツのリズムに旋律を載せて口ずさんだということですから、ジュリーにとっては「ワルツ」が少年時代の原風景なのでしょう。

続きまして、大分の先輩から授かりました2008年の『日本経済新聞』夕刊記事の切り抜きです。
こちらについては、「美しき天然」の話が出てくる箇所以外もすべて添付しておきましょう(1枚目のスキャンがうまくいっていません。ごめんなさい)。


Nikkei20081125

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Nikkei20081128

還暦を迎えたジュリーが自身のこれまでの人生を振り返った時に挙げられた曲・・・「美しき天然」がジュリーの大切な1曲であることは間違いありませんね。

実は僕は『act大全集』のCD『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』については、昨年この「美しき天然」1曲だけを聴いて「なんか難しそうだな~」と思いそのままになっていました。全収録曲を通して聴いたのはつい先日のことです。
1曲だけ聴いた際には正直、ジュリーのヴォーカルにさほど魅せられるという感覚はありませんでした。普段好んで聴いているロックとはあまりに異なるタイプの曲ですしね。
ところが今回他楽曲を把握し、その上でさらに1曲目「美しき天然」に戻って聴いてみますと・・・いやぁこれは素晴らしい歌声です。
「じっくり聴く」心構えというものが、1曲単体で聴くのと他収録曲を聴いた後で聴くのとでは全然違うように思われます。ほら、他の曲は結構コミカルな歌詞、曲調が多いじゃないですか。歌の途中でお客さんがドッと沸く声が上がったり、曲のイントロがお客さんの笑い声と重なっていたり(愉快なシーンを受けて演奏が始まっている、ということでしょう)・・・舞台の雰囲気が最初の「美しき天然」とは一変しているわけですよね。

『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』への先輩方のご感想も、その多くは「う~ん・・・」というものでした。
おそらくそれは、このヒヨッコにうまくその魅力を説明できない、とのお考えだったのかと今にして思うのですが、僕は「あぁ、actの中ではいまひとつ、というみなさんそんな認識なのかな」と思い込んでしまいました。
でも今年の始めに、敬愛する先輩のおひとりが『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』を大絶賛されている、と伝え聞きまして・・・それが今回actのお題探しでまずはこの作品のCDだけでも通して聴き込んでみよう、と考えたきっかけとなった次第です。

もしかすると『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』って、一度目の観劇より二度目の観劇の方が良い、という作品だったのではありませんか?
この作品を高く評価する先輩方が複数回の観劇をされたかどうかは分かりませんが、少なくとも僕は「美しき天然」のジュリーの歌の素晴らしさを、他収録曲を聴いた上で改めて、という段になるまで理解できませんでした。いや、これは僕の感性が鈍いだけかな?

耳朶を震わすジュリーの歌。僕がそこから思い描くのは、無数の稲穂が大きく揺れ動く風景です。ですからジュリーの声は「風鳴り」ですね。
元々「美しき天然」は「故郷」とか「幼い頃」を思い起こさせる曲だと思いますから、聴き手がジュリーの歌から描くものは、それぞれが持つ原風景によって異なるでしょう。無数の稲穂は僕自身の故郷の風景です。

ちなみに僕はつい先日まで曲のタイトルを「うつくしきてんねん」と読んでいましたが、どうやら一般的には「うるわしきてんねん」と読むようです・・・ってそれはたぶん常識、僕が知らなかっただけ(汗)。

ジュリーと縁深いヴァイオリニスト、NAOTOさんについても僕がお名前を知ったのは遅く(恥)、2011年のことでした。これまた仕事の話なんですけど、その年に勤務先でご本人監修のスコアを出版したのです(NAOTOさんのオリジナル曲をメインとした、ヴァイオリン・ソロ+ピアノ伴奏の三段譜)。
NAOTOさんが過去にジュリーと共演されていたことも、その時たまたまJ先輩から教わりました。
スコアは売れ行きも良く、今では第2弾のスコアも出版しています。


Naotoacousticduo


僕はNAOTOさんの演奏を生で観たことはありませんが、LIVEに行かれたことのある先輩のお話では「まるで柴山さんみたいだった」と。とにかく演奏しながらよく身体が動くのだそうです。wikiにもそんな説明がありました。ギタリストならそれはよくある光景ですが、ヴァイオリニストとなると珍しいですよね。
『むちゃくちゃでごじゃりますがな』の演奏もそんな感じだったのかな。参加された先輩方、いかがでしたか?

静寂を切り裂くようなイントロ・・・「美しき天然」でのNAOTOさんのヴァイオリンは曲の最初と最後でまったく表情が違います。凡人にはなかなか理解の及ばぬところなのでしょうが、優れた音楽家にとって「原風景」「故郷」とはまずこのイントロのような狂おしい、激しい旋律かきたてられ体現させるテーマなのでしょうか。
エンディングの音は逆に、ス~ッと宙へ溶けてゆくかのようで、お客さんがその音が消えるまで息を殺して舞台に集中する様子が、CDだけでも伝わってきます。
actの音源を録っているグローブ座は、公演の千秋楽なのでしょうか。舞台と客席の呼吸が「できあがっている」感じ。初日だとこうはいかないんじゃないかな?

狂おしいイントロはcobaさんのアコーディオンが始まると平穏へと転じ、「ワルツ」を意識させないまま進行します。僕レベルでは初聴だとジュリーの歌が始まるまで強拍、弱拍のニュアンスが掴みきれなかったのです。
ジュリーの話によればcobaさんは「目を閉じながら演奏する」ことが多いのだそうで(『大悪名』で確認できるかな?)、この「美しき天然」の演奏などはいかにも、と想像します。例えば「次のヴァースに行くよ!」という時のフレージングが一度たりとも同じではないという・・・cobaさんはその時その時で音とリズムに身を委ね、自然と目を閉じてしまわれるのでしょう。

空にさえずる 鳥の声
Cm               Fm    Cm

峯より落つる  滝 の音 ♪
Fm    Cm  G7   Cm G7 Cm

キーは原曲通りのハ短調で、まぁコードをとるなら上のようにスリー・コードになるのですが、「ド・レ・ラ♭」「レ・ファ・ソ」なんて構成の和音も登場しますし、あまりコードをふる意味はない曲なのかなぁと思います。

『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』は『actCD大全集』の中でも僕としてはまだまだ聴き込みが充分とは言えないながら、なかなか楽しそうな作品です。
アコーディオン、ヴァイオリンという最小限のアンサンブルが、実はactの妙諦なのかもしれません。主役がジュリーの歌なのですから。
映像は手元にありますのでいつでも鑑賞できますが、もう少し先になるかな~(老後の楽しみ?)。
どんな舞台なのか、『大全集』収録曲以外にどんな歌が歌われているのか・・・楽しみにしながら、まずはもっとCDを聴きこんでいこうと思います。

では”act月間”次のお題は、今日とはガラリと雰囲気を変えて「ロックンロール」を予定しています。
さぁどの曲でしょうか。お楽しみに!

今週の関東はグズグズした天気の日が多い予報ですが、みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。
お互い体調には気をつけて過ごしましょう。

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