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2017年5月

2017年5月28日 (日)

沢田研二 「我が心のラ・セーヌ」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

---------------------

『大悪名』、どんどん進んでいきますね~。
僕は一応ストーリーを知らない状態で池袋公演に参加しようと思っていますが、ジュリーの様子も気になるし・・・各所チラ見チラ見で過ごしております。

毎日暑いですな~。関東だけ?
さぁ、拙ブログでは引き続き”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連したお題を探す”シリーズ・・・今日はジュリーのフランスの話・第2弾です。
あやかったお題は作詞・作曲ともにジュリーのペンによるナンバーで、アルバム『忘却の天才』から「我が心のラ・セーヌ」。
枕もそこそこに、伝授です!


①エレキ大好きなジュリーがアコギ好きにシフト?

ジュリーはやっぱりこの曲に自分なりの「シャンソン」魂を吹き込んで作ったと思います。
素直なメロディー、素直な進行。
耳馴染みの良い穏やかな曲調に、「以前どこかで聴いたような気がする」と、リアルタイムでアルバムを購入した先輩方も思ったのではないでしょうか。
みなさまが真っ先に思い浮かべたのは、あまりに有名なこの曲だったかな?

ところが、白井さんのアレンジの仕上がりはあっと驚く(ジュリー自身も?)トラディショナルな雰囲気のパワー・ポップとなりました。
ギンギンのハード・ギター・アルバムである『忘却の天才』に完全なアコースティック・アレンジのこの曲が入っているというのは重要なポイントでしょう。何故なら翌2003年、突如ジュリーLIVEに「アコースティック・コーナー」が登場するからです。
お正月の『LOVE & PEACE』ツアーは、過去の様々なナンバーが「えっ、この曲でエレキ使わないの?」という斬新なアレンジに変身・・・リアルタイムで観た先輩方はビックリされたでしょうね。
これ、「我が心のラ・セーヌ」のアレンジ・アプローチを気に入ったジュリーが、キーボードレス(当時はそうでしたね)のステージに柔らかな「変化」を求めたアイデアだったと考えてみるのはどうでしょう。
キーボードが無い以上、ギター・サウンドの枠内でアレンジに明確な変化をつけようとするならアコギ重視の選択肢は当然と言えば当然。とは言えオリジナルのアレンジをあそこまで大胆に変えてくるとはさすがの先輩方でも予想できなかったのでは?

ただし、「アコギ・サウンド=ロック色の薄さ」とは(ジュリーに限らずそうですが)言えません。
後追いファンの僕はその点を踏まえて「我が心のラ・セーヌ」を聴き、「うん、ギターがアコギしか使っていなくたって、この穏やかなメロディーの曲がこんなにもロックするじゃないか!」と改めて考えるのです。
次のチャプターでは、ジュリーとしてはシンプルなコード進行の曲を白井さんがいかに装飾したか、ということも含めて曲の細部を分析していくことにしましょう。

②楽曲全体の考察

僕はジュリーがこの曲の原型を作曲したというテレビ番組『フランス・僕のなかにもセーヌが流れる』を観たことがありません。今回その点で楽曲考察が片手落ちとなりますが、いずれ勉強の機会はあるでしょう。
ジュリーが番組の中で披露してくれたと聞く「我が心のラ・セーヌ」は、当然ながら元々即興性の高い曲だったということになりますね。
「自然に口ずさむ」スタイルで作曲したであろうジュリー、おそらくアルバムに向けて後に全体を完成させた際にも、使用したコードは「E」「A」「B7」(ホ長調のスリー・コード)と、サビ最後に登場する「C7」、この4つのみであったと考えられます。

僕はこれまでいくつかのジュリー作曲作品について、かつて堯之さんが語った「沢田は普通では考えられないコード進行の曲を作る」との言葉を引用し、記事中でその斬新さ、自由さ、独創性に触れてきました。
しかし面白いことにジュリーは2001年から2003年の時期に集中して、多くの曲でシンプルで素直な進行を採り入れます。「AZAYAKANI」「糸車のレチタティーボ」「明日は晴れる」・・・そして「我が心のラ・セーヌ」。
いずれもジュリーが作詞も併せて担っていることを考えると、この時期に「内なるメッセージの開放」を明確に創作コンセプトとしたジュリーの新たな姿勢と、そのメロディー作りとは無関係ではないでしょう。
ジュリーが提示したのは、牧歌的、いやそれ以上に「平和的」なメロディーなのだと思います。

誰が知るだろう あのせせらぎたち
E                                           A

三つの源流  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
A            E     B7                         E

ちなみに「Ma Belle」は僕が12才の時に初めて覚えたフランス語だったりします。(ビートルズの「ミッシェル」で)。日本語に訳すとニュアンスが崩れちゃうんですが、ジュリーはこの部分を、「川」を擬人化する感じで歌っていると思います。
いずれにしても、25年の歳月を経てフランスを旅したジュリーに、かつて「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を苦労して録音し大ヒットさせた当時の様々な記憶が甦ったであろうことは想像に難くなく、加瀬さんと道中を共にしたことなども思い出していたのではないでしょうか。
「我が心のラ・セーヌ」のメロディー、コード進行は長年の歌人生の中でジュリーの血肉となっていた要素がそのまま素直に反映されたかのような朴訥さが魅力ですが、曲中唯一の「フェイク」部とも言えるサビ部「C7」の採用に、加瀬さんに関連する不思議な符号を見出すことができます。

(ジュリー)
25 年 ♪
C7   B7

(加瀬さん)
いつまでも ♪
C7         B7

そう、「我が心のラ・セーヌ」でジュリーは、かつて加瀬さんが(まだこの進行に日本で馴染みが無かった時代に)「想い出の渚」のサビで採用した「C7→B7」の半音移動をまったく同じように踏襲しているのです。
2曲ともに朴訥なポップ・チューン。全体的にはジュリーの方が硬派(加瀬さんの「想い出の渚」とは違い、歌メロにマイナー・コードが登場しません)ですけど。

さて白井さんのアレンジですが、ジュリーが作曲した「歌メロ」の部分についてはコードまで変えることはしていないと思います。
対して伴奏部、或いはヴォーカルの隙間隙間は「これでもか!」というくらいいじり倒していますね~。
例えばこの曲、Aメロの1回し目と2回し目の間にパッと雰囲気を一変するお洒落な伴奏部が挿し込まれています。コードは「Am7→Gmaj7→C#m7-5→B7」。
進行自体は、ジュリーとはまた違った白井さん流の「シャンソン」的解釈と見ましたが、それを曲のキーであるホ長調そのままではなく突然転調させてト長調のスケールでやる、というのがね・・・なんとも白井さんらしいと言うか、ロックなんですよ。

白井さんのロック色についてはイントロはじめ頻繁に登場するアコギのカッティング・リフにも同じことが言えて、進行は「E→F#→G→C→B」。
もしかするとみなさまの中にはリズムの切り方、音の響きなどから2012年の「3月8日の雲」との共通点をお考えの先輩方がいらっしゃるかもしれません。でもこれ実は全然違う進行で。
「3月8日の雲」の方は他ジュリー・ナンバーで言うと「悲しき船乗り」とか「希望
」でも採り入れられているポップ・ロックの王道パターン(ホ長調で表記すると「E」の次に素直に「G」が来る)。「我が心のラ・セーヌ」での「E→F#→G→C→B」なんて進行、僕はこの曲以外知りません。ジュリー作曲作品とは言えこれは正に白井さんオリジナル。ヤンチャでロックなアレンジなのです。
かつて白井さんが「凡庸がいいな」のエレキ・サウンドで試したアレンジ手管をアコギに転換させたらこうなったのでは、と僕は密かに睨んでいるのですが・・・。

ジュリーの詞は、やはりかつてのフランス進出を含めたそれまでのジュリーの歌人生を振り返って、という気持ちで聴くとグッときます。ですから、ずっとジュリーから離れずに歩いてこられた先輩方がリアルタイムで聴いた時のインパクト、感動は大きかったんじゃないかなぁと想像します。
おそらくみなさまが特に惹かれているのは、1番、2番ともサビのこの部分ではないですか?

(1番)
忘れられる想い出がいいな
             A                   E

悲しいこと うれしいこと ♪
            B7               E    E7

(2番)
変わってゆく 視線の高さが
               A                  E

嫌なことも 好きなことも ♪
            B7               E    E7

今僕が勉強している『愛をもとめて』でも強く感じられる、本当に飾らない言葉。藤公之介さんのお言葉を借りれば(ビビアン様、教えてくださりありがとうございます!)「ある時は告白的に、ある時はグチっぽく、自分の心を隠さずに語ってくれる」ジュリーがそのまま表れたような歌詞です。
独白の色合いが強いぶん、ファンなら絶対に共感できるという特別な名篇。音的には徹底してハードなコンセプト・アルバム『忘却の天才』で、収録曲中ただひとつの純粋なアコギ・サウンド。その1曲にジュリーのこの名篇、歌詞が載っているというのがね・・・白井さんのアレンジは大成功だったのではないでしょうか。

後追いファン、しかも『ジュリー祭り』後に未聴のアルバムを一気に購入したせいもあったでしょう・・・僕はそんな「大人買い」の作品の中で最初期に聴いたアルバム『忘却の天才』を一発で気に入ったけど、「我が心のラ・セーヌ」という楽曲自体にはさほど心を動かされなかったんです。
今思えばそれも止む無し。ジュリーのことを深く知らずして理解できる曲ではありませんからね。
僕がこの曲を好きになったのは、ツアーDVDを観た時でした。「おっ、今まで気がついていなかったけど、なんかイイ!」と。その「なんかイイ」の「なんか」が何だったのか・・・僕はこの10年で少しずつ会得してきたわけです。
それにしたってまだまだこれから!ですけどね。

『愛をもとめて』でジュリーのフランス話を聞いて、今さらに「我が心のラ・セーヌ」の詞が沁みてきます。

変わらぬのは 見えぬ未来
                A                 E

流れてゆく  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
             B7  C7                          B7

セーヌの川の流れに、時の流れを重ねて見るジュリー。今よりずっとずっと昔から、ジュリーは時代時代を旅する吟遊詩人だったんですね・・・。

③『愛をもとめて』より フランスの話(第2弾)

さて今日はですね、もし可能であればみなさまにはちょっとここで読むのを中断して頂きまして、お手持ちであろう『夜のヒットスタジオ』DVDのdisc-1の2曲目「巴里にひとり」の映像をご鑑賞くださいませ。

・・・よろしゅうございますか?

実は今日の『愛をもとめて』コーナーはズバリ、『夜ヒット』でジュリーがあの”発音に厳しい”ピエールさんから手渡しでフランス・ポリドールのゴールデン・ディスク賞のトロフィーを受け取った、正にその日に放送(収録?)されたお話なのです。
これは只今猛勉強中の『愛をもとめて』幾多の放送回の中で、ヒヨッコ後追いファンの僕が日付特定できる数少ない回なのですよ~(75年5月5日)。

ということで、4月14日~18日の渡仏の報告、ならびに「今日頂いたばかり」というゴールデン・ディスク受賞の喜び(←本当に嬉しそう)を語るジュリーです。


1月に「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」という曲のプロモートのために1度行ってるんですが、(その後に曲が)どういうわけか大ヒットしまして・・・。

う~ん、この時点でのジュリー渡仏の回数が僕には微妙に分からないなぁ。レコーディングとは別にあと1回行ってたってこと?
そのあたり、まだ把握しきれていません・・・。
喋っているジュリーがね、特に「どういうわけか」と話す時の声の抑揚が、今でも時々LIVEのMCでちょっと照れ隠しのようにおどけながら自画自賛みたいな話をしてくれる、あの感じのトーンなんですよね。そういう時のジュリーの声、変わってないです!


花のフランスで大ヒットしまして、予定にはなかったんですが(向こうから)「是非来てくれ」と。3日間でもいいから来てくれと言われまして、「じゃあ行ってやろうじゃないの!」(←ここもおどけた感じの声のトーン)とそんな感じになりましてですね~。
やっぱり1月に行った時とはだいぶ、扱いと言うか待遇と言うか、それも大変よいものでございまして・・・なにしろ今ヒット中の曲を歌っている、そしてまたはるばるジャポンから来たケンジ・サワダということでですね、大変テレビの出番も良かったし、ラジオなんかも出て、それもインタビューの時間が、前なんか「ヘラヘラヘラヘラ~」っとやられたんですけどね、今度はじっくりとやって貰えたりとか、色々ありました。


そうかぁ・・・今回はあの厳しい厳しいピエールさんも「OH~、ケンジ、やったな!よく来てくれた!」と再会のハグとかしてきたのかなぁ、なんて妄想します。
いえね、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事を書きながら思っていたんですよ。やっぱりフランスの成功ってピエールさんのような現地スタッフの厳しさ、判断力、眼力があっての結果だったと思うんですよね。ジュリーもそれに対して「望むところ」と頑張った、その充実感も結果以前に確かにあったのでしょうし。

『愛をもとめて』では「ロンドンの報告」の回もありますが(いずれの機会に書きます)、ジュリーの話すテンションが「パリの報告」とは全然違うんです。まだロンドン、パリいずれも結果が分からない時期の放送なんだけど、ジュリーの「手ごたえ」からセールスの予想がついちゃうと言うか・・・。
一気にアルバムぶんの曲数を録ったロンドンと、曲を絞って集中して取り組んだパリとでは単純に比較できないかもしれないけど、現地スタッフの熱意、東洋の若い歌手の「作品」創りに向かう姿勢の違いがそのまま結果に表れた、という面もあると思うなぁ。

「モナ・ムール・ジュ・ビアン・ドゥ・ブ・モンド」はフランスのみならずベルギー、スイス、オーストリア、カナダと発売されて、ジュリーの夢でもあった「インターナショナルな立場で仕事がしたい」というのがひとつひとつ実現していってる、と。

1曲目がこんなにうまくいくとは思わなかったし、むこう(フランスの)の人達も口では「絶対ヒットする」とは言ってたけれども、ここまでうまくいくとは思ってなかったと思うんですよね。
だって僕らがそうなんだから。


2曲目、3曲目の話もすでに決まっていて、2曲目はもう(歌の)レコーディングも終わっている、と。
この時点でジュリーは曲のタイトルを口にしてはいませんが、「アテン・モワ」のことですよね。なんでも、多忙なジュリーに気を遣ってくれたフランス・ポリドールの計らいで、この2曲目からジュリーは歌だけ日本で録る、というスタイルになったのだそうです。


ちょうど18日に加瀬さんと渡辺美佐さんと、フランス・ポリドールのミッシェルさんと一緒に(日本に)帰ってきましてですね。

ミッシェルさんはジュリーの歌入れのために、フランスで録ったバックの演奏のテープを持って来日したというわけです。現地の若手プロデューサー、ミッシェルさんにとっても「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」の大ヒットは嬉しかったでしょうからね~。
2曲目をピエールさんに一任され、張り切ってジュリー達に同行し日本の地に降り立ったことでしょう。


なにしろフランスだけで25万から30万(枚)近く売れてるわけですよね。大ヒットしたわけですから、ゴールデン・ディスクをフランス・ポリドールから頂いたわけでございまして。

ここから先程みなさまに改めて観て頂いた『夜ヒット』の受賞シーンの話に。遂にピエールさんも来日!

あの人はミッシェルさんの上の人ですよ!「製作部長」って感じなのかな。わざわざね・・・直接(ゴールデン・ディスクの受賞トロフィーを)貰ったわけでございまして。

日本のポリドールでは曲が出た次の年になってからそういった受賞セレモニーがあるけど、フランス・ポリドールは結果が出たら速攻なのだそうですね。

やっぱり向こうのゴールデン・ディスクってイイんですね、うん・・・最近ほら、(日本では)何でもそうだけど、クイズ番組にしても何にしてもすぐトロフィーが出てきてさ、みんなチャチっこいトロフィーとかそんなんだから。一見重そうだけど持ってみたら全然軽かった、ってのが多い中で、(フランスのは)こじんまりしてるんだけれども、なんとなくイイんだ~っていうそういう感じでね。

2曲目、3曲目もコンスタントに評価されるように一生懸命頑張りたいと、このように思っている次第でございます。

いや~、いい話だなぁ。『愛をもとめて』でのフランス話はどれも本当に良い話です。
ちなみにフランスの話・第3弾は、新曲「アテン・モワ」についての話が中心なんですけど、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」を現地で生で歌った際に、お客さんが「Hoo、ooo~♪」のコーラスをつけてくれた、というこれまたジ~ンとする逸話が。
またいずれの機会に採り上げて書きますので、気長にお待ちくださいね。


それでは、オマケです!
今日は、以前大分の先輩から授かりました2002年『桂春団治』についてのインタビュー記事です。


Harudanji1

Harudanji2


では次回更新は、今月中に間に合うかどうか微妙なところではあるんですが、もう1本だけ”『愛をもとめて』のジュリーの話に関連したお題を探す”シリーズを書いて、その次から”祝!ジュリー69歳の誕生月・act月間”へと移りたいと思っています。

で、次回採り上げる予定の『愛をもとめて』放送回は、朗読したポエムのテーマにちなんでジュリーがつらつらと語ってくれる、本当に「ちょっとした話」なのです。
でも先日「あなたでよかった」で書いた「写生大会の話」もそうなんですけど、日々の仕事のこととはさほど関係しないそんなジュリーのちょっとした話というのがまた、『愛をもとめて』という番組の醍醐味のように思えてとても良いんですよね~。
なるべく早めに更新したいと思います!

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2017年5月24日 (水)

沢田研二 「指」

from『架空のオペラ』、1985

Kakuu

1. 
2. はるかに遠い夢
3. 灰とダイヤモンド
4. 君が泣くのを見た
5. 吟遊詩人
6. 砂漠のバレリーナ
7. 影 -ルーマニアン・ナイト
8. 私生活のない女
9. 絹の部屋

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いやぁ先週末からとにかく暑いですな~。
まだ5月だというのに職場では冷房がかかりまくっています。僕はあまりクーラーが得意ではないので重ね着したりして体調に気をつけていますが、みなさまはこの暑さの中いかがお過ごしでしょうか。
こちらでは今日の夕方から暑さは少しマシになったっぽいので、『大悪名』海老名公演にお出かけのみなさまにとっては幸いでしたね。

さて、自分の中での予定よりも少しだけ更新が遅れました。案の定と言うか、今日のお題曲の採譜に手こずりましてね~。でも、斬新な進行を地道に確認してゆく作業は本当に楽しいのです。
最近また大長文傾向にある拙ブログですから(と言うか『愛をもとめて』のチャプターに気合が入りまくっている笑)、今回も枕は短めに・・・”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連してお題を選ぶ”シリーズ、今日はジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれた回を書きますので、考察お題は当然蜷川さん繋がりの圧倒的大作バラード、「指」を採り上げたいと思います。
アルバム『架空のオペラ』から、伝授!


①猟奇?妖美? 「指」はどのようにエロいのか

僕は小学校高学年で既に江戸川乱歩の「大人向け」な数々の名作を読破していたという、自慢できるようなヤバイような少年時代を過ごしておりました。
とは言っても別にませていたわけではなくて、小学校低学年で読んでいたポプラ社の少年探偵モノから、ごく自然にシフトしていったというわけです。

ただねぇ、そんな年齢ではいくら「孤島の鬼」やら「パノラマ島奇譚」やら「陰獣」やらを「面白い面白い」と夢中になって読んだとしても、その真髄は理解できようはずがないんですよ。やっぱり、ある程度の年齢になって読み返してじわじわとね。
それでも子供心に「面白い」と思っていたことは確かです。ただし、中には10代そこそこでは「理解できない」ばかりか「面白いとも思えずひたすら気持ち悪い思いをしただけだった」作品もいくつかありました。
そのひとつが「盲獣」。
もちろん今は大変な名作と思ってはいますが、なにせ「謎解き」とかまるで関係ないし、物語が解決することもない・・・いや、一応解決はしているんですけど初読の年齢ではそれが分からない、どこが面白いのかサっパリ理解不能だったのでした。
エグ過ぎるストーリーなので詳しい説明はやめておくとして、ただ1点、「異常なまでに触感が研ぎ澄まされた」男が登場する物語、とだけ記しておきます。
なまめかしくもゾゾゾ~っとする男の指の描写は、DYNAMITE少年の数年間に及ぶトラウマとなりました。

そんな僕が初めてアルバム『架空のオペラ』で「指」を聴いた時、良い意味で幼少期の「盲獣」のトラウマが甦ってきたのも、この曲の特殊「性」あらばこそ。
「ジュリー・ナンバーにエロ多し」と言えども「指」はやはり異質。では、何がどう異質なのでしょうか。

「身体を差し出すようなエゴイズム」?
「自傷と紙一重のナルシズム」?

いやいや、僕のそんな陳腐な表現では全然ダメ。もっと深くて・・・そして、敢えてこう表現しますがもっともっと「不健全」なものだ、と感じます。
もちろんこれは僕自身に美的センスが皆無、ということも影響しているとは思いますが(涙)、例えばこの曲で有名なのは何と言っても蜷川さん演出の、雨に打たれて歌い、泥水にまみれるジュリーですよね。
個人的にはあの映像を単に「斬新」「美しい」では済まされない。不愉快と快感ギリギリのところでジュリーが苦しみ、あがいているように思われるのです。
ある意味あんなに猟奇的、自虐的、耽美的なことをして見事に歌、詞、演奏とガッチリ嵌っているにも関わらず、歌っているジュリーの「ノーマル」な本質がそれを抗っていると言うか・・・いや、ジュリーだけじゃないなぁ。松本一起さんの詞も、僕はこれ実はすごくノーマルなんじゃないか、と思っています。

人さし指 5本の指 10本の指
G           Gmaj7      Dm7

君の肩を 胸を腰を 暗闇に描く
C                                  G

君を抱きしめた この生きもので
   Dm7                                Cmaj7  C#dim

思い出より 君を憶えている この指で ♪
      Dm7           Fm     G7          C

このサビなんかも、表現としては凄まじくエロいし「ズバリ!」ではあるんですけど、これ特に異常な情景や心情ではないわけですからね。誰しもが共感し体験することでもあるでしょう。

敬愛する先輩が以前仰っていたけど、蜷川さんのこの演出が無くてもジュリーが普通に「指」という歌を歌えば、聴き手それぞれが何か尋常ならざるものをかきたてられる、ということは起こるはず。でもあの演出で「指」は確信犯的に聴き手を異質の場所へと誘導し引きずりこんでしまいます。
それは「水」と「泥」の触感。
水の冷たさや泥の手触り、肌触りなんて気持ちの良いものではないのだけれど、その触感を与えておいた上で、そこから歌全体のイメージが改めて刷り込まれるという・・・ですから僕にとって「指」のエロとは、蜷川さん演出の映像を観る前と後とではとんでもなく感じ方が変わりました。
今はね、「怖いもの見たさ」に近い感覚。少年時代にはまるで理解できなかった乱歩の「盲獣」を、大人になってから読み返した時の戦慄によく似ています。
僕の中にある「ノーマル」な感性がチクチク刺され剥がされていく感じですかね~。

たぶんこの曲には、聴き手の「闇」を抉る力があって、それが他のジュリー・ナンバーとは比較し得ない「エロ」として迫ってくるのではないでしょうか。
まぁ僕の持つ「闇」なんてそんな大層なものではないですが(←卑屈になってるのか言い訳してるのかどっちだ?笑)、それでも「指」は本当にヤバイ曲ですよ。
だからこそ凄まじい名曲なのでしょう。

②楽曲全体の考察

歌っているジュリー、作詞の松本さんが「ノーマル」であると書きましたが、対峙する「アブノーマル」として「指」には蜷川さんの演出以外にもうひとつ、「危険な淫靡」をもたらす要因があると僕は考えます。それが大野さんの作曲です。

大野さんの作曲作品って、王道の進行に流麗なメロディーを載せてくるパターンが多くて、調号の変化が登場するナンバーは数えるほどしかありません。
ただ、大野さんがひとたび転調を採用するととてつもない大作、とんでもない斬新な作品が生まれます。ロック調なら「残された時間」、そしてバラードなら・・・僕はこれまで「ママ・・・・・・」だと考えていましたが、やっぱり「指」も負けないくらいに凄かった!
まずホ長調(Aメロ、Bメロまで)で始まる歌メロがサビでト長調、そしてサビの途中から(!)いつの間にやらハ長調へと転じています。

しかも、同じホ長調であるにも関わらず、AメロとBメロは全然印象が違いますよね。
おそらく「指」で大野さんは、「まったく異なる楽曲のアイデアを合体させて1曲の大作とする」作曲手法をとったのではないでしょうか。
この手法はクイーンの作曲クレジットが有名で、例えばフレディ・マーキュリーとブライアン・メイが持ち寄った別々の曲を合体させちゃうわけです。同一の作曲家であれば、ジョン・レノンの「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」が、「ヴァースごとにまったく違う!」この手法の大成功例ですかね。

「指」の進行、Aメロに限っては王道です。

同じ夜 同じ星 だけど違う場所
      E          C#7         F#m7     B

今 寂しくはないのか?
         A            G#m7

君はどこにいる ♪
   C#m      D     B7

これがBメロになると、一瞬だけ「んん?」と唸るフェイクが顔を出します。

最初の炎 ただ揺れて燃えつきて
E                                E(onD)

過去を見つめ うつろにワインを飲み終える ♪
                       C#7                         C

最後の「C」が、突然の半音堕ち。なんか・・・ここエロいですよね(笑)。危険な香りがします。

サビに突入すると、もう「今何がどうなった?」とクラクラするほど。3度登場するコードの中で「Dm7」の役割がそれぞれまるっきり違うんですよ。
(コードはチャプター①を参照)
1度目の「Dm7」は、ト長調のドミナントをマイナーに変換するという、「福幸よ」「犀か象」で昨年解説しまくった手法。これだけでも充分斬新ですけど、2度目の「Dm7」は、「みんな気づかないと思うけど、ここからハ長調になってるよ!」という「仕込み」です。これが無ければ次の「この生きもので~~~~♪」の圧巻のメロディー(ハ長調のトニックに着地)、ジュリー・ヴォーカルのあの突き抜け感には繋がりません。
3度目の「Dm7」は、ここはもうシレッとハ長調のサブ・ドミナント。「G7」(ドミナント)と共に、「この指で♪」の着地を助ける役割を担います。この「Dm7」と「G7」の間に突如「Fm」が挟まっているから、パズルみたいな進行になるのですな~。

「指」そしてアルバム『架空のオペラ』が素晴らしいのは、この斬新な進行のバラード大作をアルバムの冒頭1曲目に配していること。
演奏時間長めの重厚かつ複雑な構成のバラードで幕を開け、聴き手のド肝を抜く・・・ジュリーのアルバムでこのパターンは珍しいですよね。敢えて言えば、『思いきり気障な人生』もそうかな?
いずれにしてもそのインパクトは強烈。特に『架空のオペラ』はアルバム全体を通しての「こんなジュリー、今まで無かった!」感を冒頭の「指」がそのまま支配し続けているわけで、リアルタイムで聴いた先輩方はさぞ驚かれたのではないでしょうか。

アレンジも豪華です。個人的に好みの手管が2つあって、まずは歌メロ最後の最後、後奏へと向かって切り込むティンパニが痺れる!
「ここぞ!」のタイミングで噛み込むティンパニって、僕は昔からの大好物。『真田丸』のメインテーマでも一番好きなのは、イントロ「ちゃっ、ちゃっちゃっちゃっ、ちゃららっ、ちゃっちゃっ、ちゃっ♪」直後の「でけでんでん、でけでんでん!」のトコですからね。
もうひとつは、これも後奏で目立つのですが、ストリングス3連符の刻み。
壮大なバラードならではのアレンジで、この刻みのリズムは僕が現時点で最も好きなactナンバーである「エディットへ」にも登場します。

85年というのは、大野さんのアレンジャー・キャリアで言えばちょうど「サンプリング」を採り入れた大変革の時期と言えます。これは『太陽にほえろ!』の挿入曲の歴史を辿ってみても明らか。
『架空のオペラ』収録曲ですと、「はるかに遠い夢」などは「マイコン刑事」のために大野さんが作曲・編曲した2つのテーマソングと密接に繋がります。
もちろん「打ち込み打ち込みしたサウンド」もそれはそれで素晴らしいのですが、この「指」についてはサンプリング(タンバリンが一番目立ちますね)すら独特の緊張感があって、生の感触が強いように思います。ストリングスとかイントロの木管とか、これシンセなんですかね?僕には生音のように聴こえてしまっていますが・・・。

いずれにしても、「灰とダイヤモンド」以外すべて大野さんの作曲、そして全ナンバーのアレンジを大野さんが担当することによって『架空のオペラ』に魔法がかかり、「指」=1曲目の斬新な配置も大野さんの曲並びからすんなり決まったのでしょうね。
僕は決してアルバムの中で「指」が抜きん出て好きというわけではありませんが、「別格の名曲」とは考えていて、やっぱりこの曲なくして『架空のオペラ』は成立しない・・・たぶん一度でもジュリーの生歌を聴けたら「超別格曲」と認識を改めるであろうことは確実(同時に、こうして文章で語り倒すことの無意味さ、愚かさをも痛感することになるでしょう)とは言え、果たしてこの先機会がありますかどうか。
とりあえず『架空のオペラ』からは、今年のツアーで「灰とダイヤモンド」セットリスト入りを期待します!

③『愛をもとめて』より 『唐版・滝の白糸』の話

今日の『沢田研二の愛をもとめて』のコーナーは蜷川さん繋がりということで、ジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれている回を採り上げます。
この回は、「追憶」「白い部屋」2曲ぶんのBGMの間、「公演が終わってひと安心しているところ」という心境のままにたっぷりと話してくれるジュリーです。
まずはこのお芝居をやることになったきっかけを


こういうのも巡り合わせでね、別に「どうしてこうして」っていうんじゃなくて、偶然が偶然を呼んでトントントントンと。

と、ジュリーはまったく本心で話しているでしょうが、「偶然」は確かにあれども、周りがジュリーの魅力、適性を放ってはおかなかった面もたぶんにあるんじゃないかなぁ、と思いながら僕は聞いていました。


まぁ僕も(話が具体化する)途中で本を読んでみたり色々したら、もう台詞はいっぱいあるしね~。長いしね~。
初めてでしょう、僕が舞台で生のお芝居をやる、なんていうのはね。テレビとか映画だったら、「カット割り」とか、そこだけとにかくやって次のところはまた練習して、ってできるけどお芝居は始まっちゃったらず~っとねぇ。
まして僕なんか、ほとんど最初っから出ずっぱり。途中ちょっと5分か10分くらい引っこんでるだけでね、(お芝居全体の中の)1時間半くらいは丸々ね。大主役なわけですよ。


そうかぁ、ジュリーはこれが初のお芝居だったか~と、後追いファンの僕は改めて再確認。その後40年余が過ぎて、今まさにジュリーは「最後の音楽劇」となる『大悪名』公演真っ最中という・・・。


だから最初話が決まりかけた時にね、僕はイヤでイヤでしょうがなかった。いや、今だから言えるんだけれども(笑)。怖くてね、こんなの僕にできるのかな、なんて思ってね。

稽古に入ってから最初の2、3日は台本見ながらやったそうです。ジュリーはどうしても台本を見てしまう、頼ってしまうという状況だったそうですが


「そろそろ台本離してやりましょう」と蜷川さんがおっしゃいましてね。「怖い、怖い」なんて思ってね。
稽古は12日くらいやってたのかな。(稽古期間の)真ん中くらいにきて、台詞を覚え出した頃から、だんだんこう、面白くなってきてね。やってるうちに、自分で酔えるっていうかね。
大映の東京撮影所で作ったセットで、本番通りに照明もして、やってたらね、自分でやってて涙が出てくる、胸をかきむしられるような、っていう。こういう時って、歌を歌っててもそうだけど、別に「悲しい」とかそんなんじゃなくて、涙がじ~っと出てくるっていう・・・そういう時って一番嬉しい時だから。


なるほど・・・これが「表現者」がよく言うところの「無心の涙」なのかな。
僕もジュリーのLIVEに行くようになって、何度か「歌っている最中に涙が上がってきている」ジュリーを観ています。もちろんそれは歌の内容、歌詞によるところが大いにあるんだけど、それ以上に歌に入り込んで、邪気を無くした時に起こると。
だから、カッコをつけたり、「こういうことを歌っている」と思考し主張しながら歌ったり演じたりしていると逆にそれは起きないことなんだろうなぁ。
ジュリーは『唐版・滝の白糸』で、初めてのお芝居にして高い境地に達していたのですね。


評判も良かったしね。今思ったらやっぱり「よくやったなぁ」と思うんだけれども、この仕事をしてね、いつもいつも軽い仕事ばっかりしてるとね、人間ダメになってしまうなぁと思ったりもしてるし、うまくいったらいったで・・・まぁ現金なものだけど、今終わって振り返ってみて、やっぱり唐十郎さんとか、共演してくださった麗仙さんって人も、本当にあの人とやってる時ってのはね、あの人は(お芝居全体の)真ん中あたりから出てくるんだけれども、あの人が出てから僕の気持ちもビシ~ッ!と締まってきてね、どんどんどんどんリードされるわけですよね。
「アングラの華」って言われてあんまりテレビとかそういうとこ出ないで、ご存知ないかたの方が多いのかもしれないけど、隠れたところで頑張って一生懸命やってる人もたくさんいるんだなぁと。


最後はしみじみと、演出の蜷川さんはじめスタッフがお金の計算とか考えずに、「とにかくいいものを!」と打ち込む、そういう仕事ってのは大切なんだなぁと語っていたジュリー。初めてのお芝居を大成功させて


今度の中野サンプラザのステージは頑張ってやろう・・・と、やる気になったんです。ものすごく。

改めて羨ましいなぁと思うのは、首都圏にお住まいの(或いは75年当時お住まいだった)先輩方の中には、『唐版・滝の白糸』を観劇され、続く中野サンプラザのLIVEにも参加、ジュリーの進化を目の当たりにした方々が実際いらっしゃるのだ、というね。
いつもお世話になっているピーファンの先輩から以前お借りしたスクラップ・ブックの中にも、チケット半券が大切に保管されていました。

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また、別の先輩には『唐版・滝の白糸』の批評が掲載されている新聞記事の切り抜きを見せて頂いたことがあります。僕のような後追いファンとしては、その切り抜きの存在自体がもう夢かうつつか、という感じで現実感が持てなくて。
今回『愛をもとめて』でのジュリーの話を聞き、勉強して、今までリアルに飲み込めていなかった感覚を少しだけ克服できたような気がしているところです。

僕がジュリーのスケジュールをリアルタイムで把握するようになったのは『ジュリー祭り』が明けた2009年以降ですが、「お芝居をやってから全国ツアー」というスタイルでずっと来ていますよね。
体力的にも大変でしょうしシンドイのでしょうが、ジュリーの中では仕事をしてゆく上でそれが自然にして必然の「いい流れ」だったのでしょう。
音楽劇は今年2017年でラスト・・・70歳となる来年からはまた違ったスケジュールに切り替えてコツコツと、ということになるのでしょうが、最後の音楽劇を僕もしっかり見届けなければ、と思いを強くしました。

そうそう、今回の『大悪名』豪華キャストの中で僕が特に注目しているのは、茂山宗彦さん(つい先日出演されていることに気がつきました)。あの懐かしい『ちりとてちん』の小草若じゃあないですか~。
「底抜けに痺れましたがな!」の茂山さんがどんなお芝居を魅せてくださるのか・・・楽しみです!


それでは、オマケです!
こちらも福岡の先輩のお世話になり手元にございます『ヤング』のバックナンバー、85年1月号から。


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この頃はジュリーの「今後の情報」というのがまったく無くて、ファンからは次のコンサートの問い合わせなどが相次いでいたそうですね。
その「次のコンサート」で皆のド肝を抜いたのが、お題の「指」であったりした・・・のかな?
そして、この『新春かくし芸大会』から30余年。今ジュリーは貫録の「親分」を演じているのですね~。


では次回更新ですが、実は、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事で書いたジュリーのフランス話・第1弾が秘かに大変な好評でございまして。
普段優しくも厳しく拙ブログの内容を叱咤してくださる指南格の先輩方が揃って、珍しくただただハートマーク状態となり(笑)「続きを~」と切望していらっしゃいますので、フランスの話・第2弾を書こうと思います。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」大ヒットを受けてジュリーが再度渡仏した際の話や、有名な「フランス・ポリドールのゴールデン・ディスク受賞」の話も出てきて、これまた素敵な回ですよ~。

考察お題曲は「フランス関連」ということで、ジュリー自身の作詞・作曲による2000年代のアコースティック・パワーポップなあの名曲を採り上げます(←バレバレ)。
どうぞお楽しみに!

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2017年5月18日 (木)

沢田研二 「あなたでよかった」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

音楽劇『大悪名』の大阪公演は「河内音頭」のサプライズと共に大盛況に終わり、週末は栃木。いよいよ沢田組が関東に帰ってきますが、僕が観劇する池袋までにはあと1ヶ月ほど待たねばなりませんねぇ・・・。

さて今日は、楽曲考察以外に書きたいネタが満載。
暑苦しい大長文が懸念されますので(それはいつものことか汗)、枕もそこそこに本題に突入しますよ~。
お題は依知川さん作曲のアコースティック・バラード「あなたでよかった」です。
アルバム『耒タルベキ素敵』から、伝授!


①『あさいち』LIVEの「あなたでよかった」

前記事で少し触れた通り、先の土曜日(5月13日)、浅野孝巳さんと依知川さんのアコースティック・ユニット『あさいち』LIVEを観に水道橋まで行ってきました。
会場はイタリアン・レストラン『la cucina VIVACE』。音楽好きのマスター(かつて、あの『ミュージック・マガジン』に寄稿されていたという凄い方でした)が企画し、『あさいち』初の出演会場となるお店だそうです。
まず最初の1時間はお店のイタリアンをバイキング形式で頂き、お店のセッティングを変えてからLIVEが始まるという二部構成。昔アマチュアの弾き語りLIVEで出演していた荻窪『グッドマン』を思い起こす独特な雰囲気のお店、ステージングでした。
料理は味、量とも大満足!

想定外に楽しかったのは、その食事タイムで相席となった男性お2人がとても博識かつ面白い方達で。
BARAKA(依知川さんのバンド)の後援会をされているとのことで、人柄的にも懐の深そうなお2人でしたが、何と言っても同世代というのが大きくて(僕も含めた男3人が、昭和40年、41年、42年生まれという偶然)、音楽の話が次から次へと繋がる繋がる!
楽器の話、エイティーズ・ロックの話、プログレの話、ゴダイゴの話、そして当然世代的にお2人ともジュリーの有名シングル曲はご存知でしたから、「カサブランカ・ダンディ」や「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の話もしましたよ!

そんなお2人が力を入れて今頑張っていらっしゃるのが・・・結成20周年を迎えたBARAKAの今年の全国ツアーで11月2日・東京国際フォーラム公演が決定していて(依知川さん、翌日のジュリー松戸公演と連チャンですね~)、「なんとか満員にしたい!」と。
もちろん話を聞いた僕も何とか応援せねばと思い、拙ブログでも今後機を見て『BARAKA・東京国際フォーラム公演』の広報活動を心がけてまいります。


Baraka1

Baraka2

ジュリーファンのみなさま、ご都合よろしければ是非!

さて、メインである『あさいち』のLIVEですが、これが本当に素晴らしかったです。
浅野さんも依知川さんも「音の求道者」って感じで・・・もちろん依知川さんが素晴らしいことは生のジュリーLIVEで知っていましたが、日本が誇るレジェンド・ギタリストである浅野さんの演奏を、僕は今回初めて生体感することになりました。
何と言っても僕が生まれて初めて自分で買ったレコードは、ゴダイゴの『ガンダーラ』のシングル盤でしたからね。僕は浅野さんの音をキャッチするアンテナを、幼少時の原風景と共にバッチリ持っているんですよ。

ゴダイゴの曲(演奏順に「ホーリー&ブライト」「ビューティフル・ネーム」「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「銀河鉄道999」)とビートルズの曲(同じく「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「サムシング」「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」)を中心に、モンキーズ、サンタナ、ジェフ・ベック・・・たっぷり堪能しました。
この日演奏は無かったのですが、僕は『いろはの”い”』というドラマのサントラでの浅野さんのギターが大好きで。とにかく音色と指圧が圧倒的なんですよね。
そのあたりも「あぁ、あの浅野さんの音だなぁ」と数々の曲で実感することができました。

また依知川さんのベース演奏では、特にジョン・レノンの「ラヴ」のアレンジに痺れましたね~。
前奏と後奏、ハイフレットのベース・ソロで美しい歌メロを再現(アンコールの3曲以外、僕の席からは依知川さんの指使い、楽器はまったく見えませんでしたが、この曲はフレットレスのように聴こえました。自信はありませんが・・・)。同個所で切々としたピアノ・ソロを配した原曲アレンジへのリスペクトが窺えました。
あと、セットリスト前半の「ビートルズ・コーナー」でやってくれた「サムシング」では、サビの「I don't wanna leave her now♪」を追いかける素晴らしいオリジナル・ベースラインを2番以降はキッチリ再現してくれたんです。
依知川さんはリード・ヴォーカルをとりながらの演奏でしたから、なおさら凄い!
演奏後に「ジョージの曲の時のポールのベースはイイんですよ~」としみじみ語っていた依知川さん。
これは本当に仰る通りです!ビートルズの他のジョージ・ナンバーでは、高速シャッフルの「オールド・ブラウン・シュー」とか、16ビートの「タックスマン」とかね。
そういえばお正月のジュリーLIVE、依知川さんは「こっちの水苦いぞ」で、オリジナル音源に入っている泰輝さんのシンセベースのコピーではなく、新たに考案したベースラインを披露してくれました。それが「タックスマン」でのポールの演奏とよく似ていたのです。
依知川さん、僕はあの時大喜びしていましたよ!

で、この日「今日は2人のオリジナルも1曲ずつやろうと思います」とのことで採り上げられた依知川さんの曲が、ズバリ「あなたでよかった」でした。ジュリーファンとしては特大にラッキー!
依知川さんのMCを振り返ってみましょう。


昨年からまた沢田研二さんのバンドをやっていまして、今年はシングル曲をたくさん歌う、というツアーが全国66公演決定しております(客席からは「そんなにやるんだ?」と驚きの声も)。
今は、(ツアーのセットリストに)どんな曲が来るんだろう?と楽しみにしているところなのですが、それとは別に、沢田さんのために(依知川さんご自身が)書いた曲がいくつかありまして、その中から・・・これは詞を載せてくれたのが覚和歌子さん。『千と千尋の神隠し』などで有名な方ですが、本当に”詩人”なんですよねぇ。
お父さんのことを歌った詞なんですが、沢田さんの歌が本当に素晴らしくて、自分が歌うなんておこがましいのですが・・・。

そんなMCに続いて始まった「あなたでよかった」。
浅野さんがアコギ(アルペジオからストローク)、依知川さんがベースとリード・ヴォーカルです。
この曲はジュリーのオリジナル音源にベースが入っていませんから、音としてはまずその点が新鮮でした。ドミナント・コードで開放弦を使う依知川さん、その際空いた左手でトレードマークの長髪を「バサ~ッ」とかき上げます。これはもうお約束なのですな~。

僕は依知川さんのリード・ヴォーカルをこの日初めて聴いたわけですが、ハスキーで柔らかいハイトーンに驚きました。あの体躯ですから、なんとなくドスの効いた男らしい歌声を想像していたので本当に意外です。
でもよくよく考えてみれば依知川さんは、ジュリーの「麗しき裏切り」なんかではメチャクチャ高音域を綺麗なハイトーンでハモっていますからね。
ジュリーとはまた違った魅力溢れる「あなたでよかった」が聴けました(依知川さんが作った美しいメロディーについての考察は、次のチャプターで書きます)。

そうそう、依知川さんは歌だけでなく普通にお話される時の声もまるで女声のような柔らかさでしたよ。
セットリスト前半後の休憩時に僕らの席の横を通りかかった依知川さんが「楽しんでますか?」とその美声で話しかけてくれまして。自ら手を差し出し握手もしてくださってね(カミさん、「キャ~!」言うてた笑)。
LIVEが終わってお店を出る際にも、もう一度握手。もしお願いしたら一緒に写真も撮って頂けそうな雰囲気でしたが、僕らジュリーファンからするとやっぱり依知川さんって特別な人じゃないですか。畏れ多いやら恥ずかしいやらでそこまではとても無理。
「BARAKAにも行きます!」とお伝えするのが精一杯でしたね・・・。

浅野さんの方はもうね、レジェンド・オーラが凄くて。
食事の時にお客さんの各テーブルに乾杯にきてくださいましたが、「あのゴダイゴの浅野さんと乾杯ってマジか~!」と、僕は完全に舞い上がっていました。
「ジャズコのセッティングすべて12時がベスト、って本当ですか?」とかお尋ねする勇気は無し!
とにもかくにも、素敵な夜でした。

ではこのチャプターの締めくくりに。
お店のマスターが仰るには、「動画はダメだけど、写真はどんどん撮ってどんどんupして、今日来れなかった人に自慢してください!」とのことでしたから、カミさんが撮影した当日のステージ・ショットを1枚どうぞ。

20170513asaichi1


依知川さんが立って演奏しているので、アンコールでやってくれた「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「銀河鉄道999」「サンシャイン・ラヴ」いずれかのシーンだと思います。
ちなみに「ス・ト・リ・ッ・パ・-」はオリジナルと同じホ短調での演奏でした。この曲のベースは本当にカッコイイ!

マスターはお店での『あさいち』公演・第2弾も考えていらっしゃるそうです。
お食事含めて本当に楽しい時間、空間ですので、こちらもみなさま是非一度・・・詳しい情報が入りましたら拙ブログでもご案内させて頂きたいと思います!


②楽曲全体の考察

多くのジュリーファンのみなさまもそうかと思いますが、この曲はどうしても自分の父親のことを重ねてしんみり聴いてしまいますね。それだけ力のある詞でありメロディーであり、ヴォーカルだということです。

僕はちょうどジュリーがお母さんを亡くしたのと同じくらいの年齢で、母親を病気で早くに亡くしました。でも、その後いつの間にやら80歳を越えた父親はまだまだ元気で、調剤師の仕事も現役。有難いことです。
体格は僕とは違ってガッチリ型。僕は体質など身体的には完全に母親似なんですけど、性格や人との接し方などは男兄弟3人の中で一番父親に近いです。

ひたいを押しつける 上着に染みついた
Gm             Cm7     F7             D7

強い煙草の匂いと ♪
Gm        Cm7    D7

今はもうやめていますが、僕の父親もかつてはヘヴィー・スモーカーで、ピースを1日60本吸ってましたからね。上着には煙草の匂いが染みついていましたよ。
『あさいち』でこの曲を情感こめて歌った依知川さんも、ご自身のお父さんを思いながらの熱唱だったのかなぁ。ハスキーな美声で切々と歌っていました。

依知川さんがジュリーに提供したナンバーの中で、「あなたでよかった」は唯一のバラードということになるでしょうか。その上で依知川さんらしさと言うか、音楽的嗜好がよく表れた名曲だと思います。
キーはト短調。

やさしさと弱さを
        Gm  F   E♭maj7

裏おもてにして
D7       Gm       F   E♭maj7   D7

目立たぬようにと     歩いてきたよね ♪
          Gm F    E♭maj7   D7       Gm

サビの進行自体は王道ですけど、メロディーの載せ方や音符割りには、依知川さんの好きなクリーム「ホワイト・ルーム」のAメロをバラードにしたらこんな感じになるのかなぁ、と思わせる武骨な面もあります。
また、依知川さんが『あさいち』2人の「共通項です」とLIVEで話されていた、ビートルズのエッセンスも。
僕が特に想起させられるのは、ポール・マッカートニーのアルバム『オフ・ザ・グラウンド』に収録されている、アコースティック・アルペジオ・バラード「アイ・オウ・イット・オール・トゥ・ユー」です。まぁこれはアレンジ段階で白井良明さんが狙った解釈なのかもしれませんが、とにかくメロディーが美しいのです。
ヴァースごとの着地も丁寧で、このあたりは「書」にも通じる「結び」の感性と技術ではないでしょうか。

そして、依知川さんも「本当に素晴らしい」と語っていたジュリーのヴォーカル。

夕映え の坂道
   Cm7   F7    B♭  B♭(onA)

思うたび 泣ける のを こらえる ♪
   Gm             Cm7  F7          B♭   D7

特にグッとくるのはここですよね。
嗚咽しながら歌ったこのヴォーカルが正規テイクとなったのは必然でしょう。
これは歌い手の魂がそうさせている、と言えば良いのでしょうか。いずれ別の機会に記事に書きますけど(次回かな?)、『沢田研二の愛をもとめて』で、『唐版・滝の白糸』についての回があります。その中で、演じながら(歌いながら)涙があがってくることがあった、という話が出てきますが、それは何も「悲しいから」とかそういうことではない、と。無心のままに起こることなのだと。

もちろんそれは、「あなたでよかった」で言えば覚さんの歌詞、依知川さんのメロディーに身体ごと入り込んで歌っている証。まったく「あざとさ」が無いんですよ。
アルバム『耒タルベキ素敵』収録曲の中でも、屈指のヴォーカル・テイクだと思います。


③『愛をもとめて』より 写生大会の話

さて今日は「あなたでよかった」が記事お題ということで、『沢田研二の愛をもとめて』で何か関連する話題の放送回音源があるかな、と探しまして。
ほんの少しなんですけど、ジュリーがお父様の話をしてくれた回について書くことにしました。

もちろん僕は詳しくは知りませんが、この番組では時々「アンコール・ポエム」と題して、詩集の中から視聴者リクエストを募ってジュリーが朗読するコーナーがあったようですね。
この回朗読されたのは、「風景」とか「絵」をテーマにした作品でした(タイトルまでは分かりません)。
詩の印象的な箇所を書き起こしますと


おまえと歩いた道のり おまえと耐えてきた風雪が
まるで美術全集の1冊のように心の中にしまいこまれている

明日から描く僕の心の風景画には
おまえの姿はどこにも見あたらないだろう
寒い、さみしい景色だけが 色あせて広がるだけだろう


詩集をお持ちの先輩方なら、「あぁ、あれか!」とすぐに思い当たるのかな?
いつか僕も実物を拝んでみたいものです。

朗読を終えたジュリーは、自身の「絵」にまつわる思い出話をしてくれます。
小学校や中学校では「写生大会」なるものがあって、生徒みんなその日は喜んでいたものだった、と。


成績はともかく、おべんと持って外へ出られる、というのが非常に良かった。
中学2年か・・・3年だったかな?(その写生大会の日に)ケンカをしたんですなぁ。(相手は)他の学校の卒業生で、もう働いていた人だったのかな。僕らのいた岡崎中は、当時ケンカが強くてガラの悪いことで有名な学校でして、まぁ簡単に言うと「番長グループ」の中に僕らもいて。でも、僕らはケンカはするけど一応真面目に不良をやっておったのです。


と、苦笑いも交えつつ力説するジュリー。つまり「粗にして野なれど卑ではない」ってやつですな。
CO-CoLO時代の名曲「青春藪ん中」は、「お兄さんのことを歌った」と解釈するファンもいらっしゃいますが、僕はこの頃の仲間のことを歌ったんだと思うなぁ。
男子が実の兄弟のことを「ブラザー」とは言わんだろう、と・・・。「ブラザー」ってやっぱり「男同士のダチ」のことですよ。
で、そんな「ブラザー」達と一緒に


その日も僕らは真面目に絵を描いておったんですよ。

とジュリー。
「円山公園の方に向かって・・・」と詳しくその場所も説明してくれていますが、京都の地理に疎い僕にはなかなか聞き取り辛くて・・・すみません。
そうしていたら一人の男がぶつくさと因縁をつけてきて、それでケンカになったと。


僕らも腹立ったから「ドカ~ン!」と蹴ったりなんかしてね。

そんなこんなで色々とあって、まぁ派手に暴れたぶん後で騒ぎも大きくなったのでしょうし、代償もね・・・詳しく書くことは控えますが、そのケンカの件が元でお父様にも大変な心配、苦労をかけてしまったようです。


その時の親父の気持ちが、僕には痛いほど分かった。
(ケンカした)手も痛かったし、心も痛かった、というような思い出があるんですが・・・「絵」に関してこういう思い出を持っているっつうのは僕くらいのもんでしょうかね~。僕と、その仲間だけですなぁ。


有名な芸能人のこういう話って、武勇伝的に語られることが多いように思います。でもジュリー違います。
何についてもそうなんですけど、自分を大きく見せようとか、カッコつけようみたいな感触が一切ありません。むしろ「僕はごく普通の人」という自然体が際立つと言いますか・・・。この放送回も、ごくごく自然に「絵」についての少年時代の思い出話をしてくれていて、それがまたファンとしては特別、格別な感じがしてね。
40年以上経ってから初めてそんな語り口に触れると、いかにジュリーが得難いまでに真っ当な感性をもって、それでいて奇跡のような歌人生を歩き続けてきたのか、ということを思います。

そんなジュリーの1年1年にずっと立ち会えている先輩方が僕はひたすらに羨ましく・・・貴重なラジオ音源と昭和の良き時代に改めて感謝するばかりなのです。


それでは、オマケです!
今日は2000年の資料ということで、まずはミュージカル『ペーパームーン』再演に向けてのジュリーのインタビュー記事を2枚。


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続いて、『音楽倶楽部Vol.4』から、『耒タルベキ素敵』ジュリー全国ツアー・レポート中で紹介されていた、「あなたでよかった」作曲当時の依知川さんです。

2000oc09

2000年はBARAKA結成3年目ですか。さすがに若い!


では次回更新ですが、『愛をもとめて』でのジュリーの話から関連したお題を探すシリーズを続けます。
先に少し触れた『唐版・滝の白糸』の話をしてくれた回が有力候補ですが、そうなると当然蜷川さんの関連で、ほとんどのジュリーファンが大好物であろうあの大作エロ・ナンバーをお題に採り上げるしかありません。
いかにも難しそうなあの名曲を、短期間で僕がキチンと採譜し楽曲構成を完全に血肉とできますかどうか・・・。難しいようでしたら他の話題、選曲に切り替えますが、とりあえずベストは尽くしてみます。

暑いのか寒いのかよく分からない気候が続きます。
みなさま体調を崩さぬようくれぐれもお気をつけください。僕は今のところ大丈夫ですが、「大丈夫」と書くとその直後に風邪をひくのが毎度パターン化しているような気がしますので、ホント気をつけよう・・・(汗)。

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2017年5月14日 (日)

沢田研二 「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」

from 『KENJI SAWADA』、1976

Kenjisawadafrance

1. モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド
2. ジュリアーナ
3. スール・アヴェク・マ・ミュージック
4. ゴー・スージー・ゴー
5. 追憶
6. 時の過ぎゆくままに
7. フ・ドゥ・トワ
8. マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス
9. いづみ
10. ラン・ウィズ・ザ・デビル
11. アテン・モワ
12. 白い部屋

---------------------

みなさま、昨日の『パリの哀愁』オリジナル版の放送はご覧になりましたか?
この映画のオリジナル版がテレビ放映されるというのは相当に貴重な機会ということで、多くの先輩方もとても楽しみにしていらしたようですね。
それにしても、相手役の女性はゴッツイですね・・・そのおかげで、先輩方がよく仰る「ガラスのジュリー」がこの映画では際立っているように思います。

放映はあと2回あります(スケジュールは
こちら)から、今回見逃した方々はチェックしてくださいね!

ジュリー界の話題と言えば、あとは『大悪名』が今日で大阪公演ラストですか。
大坂在住のカミさんの友人(特にジュリーファンではない一般の方)が観に行かれたそうで、「とても面白かった」と。ジュリーの頭には驚いたみたいですが。
北千住の初日含め、参加されたみなさまの雰囲気から素晴らしい舞台であると分かります。
なかなか斬新な脚本のようで、観劇の前に全体を把握するのは勿体ないような気がしてきましたので、自分が参加する池袋公演までこれ以上のストーリーのネタバレはやめておこうと思っていますが、ジュリーの髪型についてだけは、いつもお邪魔しているブログさんなどで逐一チェックするつもりです!(笑)

さて、今日から5月末までの自由お題更新期間は、只今猛勉強中の『沢田研二の愛をもとめて』ラジオ音源からのネタを交えるスタイルで書いていこうと決めました(と言うか楽曲考察よりもむしろそちらに力が入っていたりして汗)。
75年当時のジュリーがリアルタイムで語ったあんな話、こんな話・・・もちろん先輩方にとっては既にご存知な内容ばかりでしょうけど、後追いファンの僕は目からウロコ、「今にして知った」話題ばかり。
それに今回僕が勉強しているのは、いつもお世話になっている福岡の先輩が放送当時必死にチューニングを合わせてカセットテープに録音し、長年大切に保管されていた貴重な音源です。
長いファンの先輩方も、その当時ジュリーが様々なタイムリーな話題をどんなニュアンスで、どんな言葉遣いで語っていたかまでを鮮明に覚えていらっしゃる、という方は少ないでしょう。そんな雰囲気を最大限みなさまにお伝えできるように、これから5月いっぱいまでの更新を頑張ってまいります。

ということで今日はジュリーのおフランスなアルバム『KENJI SAWADA』から、「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の楽曲考察記事とともにお届けしますよ~。
よろしくおつき合いください。


①「ゲイシャ」は世界に通用する日本語?


まずは、歌詞の話をしたいと思います。
僕はアルバムを通して聴く際にジュリーであれ好きな洋楽であれ、歌詞カードを目で追いながらじっくり味わいたいタイプなんですけど、「フランス語」の敷居の高さなのでしょうか、楽曲それ自体はともかくアルバム『KENJI SAWADA』の歌詞カードについては未だ全曲の熟読には至っていません。
これまでフランス語ナンバーを4曲記事に書いていて、その都度「あぁ、こういう歌詞だったのか」と訳詞を読みながら改めて把握してきた、という状況です。

記事執筆5曲目となる「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」も今回初めてフランス語詞と訳詞を歌詞カードで確認することとなりました。
さすがフランス語・・・耳で聴いて何となくイメージしていた僕の貧弱なそれとは世界が違うものです。
いきなり冒頭から

Elle a seize ans
Cadd9

Des yeux d'ange un visage d'enfant ♪
                       C                                 

ここ、「えら、せぞ~ん・・・♪」というメロディーの語感で覚えていた僕は、「セゾン」を「季節」の「セゾン」だとばかり思い込んでいました(アン・ルイスさんの「ラ・セゾン」の「セゾンですね)。
でも正しくは「seize ans」=「16」。訳詞は「あの子は16才」となっています。
うっひゃあ~、16才の「ゲイシャ」に貢ぎまくる歌ですか?とビビリましたが、読み進めていくと

Ma geisha de France ♪
     G7          C

この訳詞が「ぼくのフランスの恋人」。
日本語解釈で「ゲイシャ」を「恋する人」としているわけですな。てか、ちょっと待てよ・・・元々「ゲイシャ」は日本語なんだから、それがいつの間にやら「恋人」に化けたことになる。じゃあフランス人にとって「ゲイシャ」が「モナムール」的な解釈で知られている日本語なのかって言うと、そうでもないような気がします。
下手すると「コールガール」みたいな認識があるのかもしれない・・・「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」って、現地では結構過激なアダルト・ラヴソングと捉えられたかもしれないなぁ、と思ってみたり。実際の感覚がどうかは分かりませんけどね。

ただ、何故「ゲイシャ」が楽曲タイトルに組み込まれたのかは明白で、そりゃあジュリーが「日本の歌手」だったからですよね。「女性」を表す日本語の代表格ということで抜擢されたフレーズでしょう。
ひと昔前、外人さんが「あなたが知ってる日本語は?」と尋ねられてよく答に出てくるのが「スシ」「ゲイシャ」・・・僕にはそんな印象があります。70年代ならなおさらその2つは突出していたのではないかと。
とは言っても
「今夜は貴方と2人きりでスシを食べたいんだ」
って歌では間抜けですから
「君は僕のゲイシャ・ガールだよ」
と。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の大ヒットで一躍脚光を浴びた日本のハンサムな青年歌手、ケンジ・サワダに「日本人」の特性を生かしたテーマとして「ゲイシャ」を歌った楽曲が与えられた・・・現地フランスとしては正攻法の曲作りだったと言えましょう。
その辺りもビバ70年代!もし今の時代に当時のジュリーと同じくらいの若さでフランス進出を果たした日本人男性歌手が現れたとしたら
「僕はアキバ・シティからやってきたオタク・ガイだ」
みたいな曲を歌うことになるんですかねぇ。

その点ジュリーは生まれる時を間違っていない・・・デビューからこれまで、その時代時代で真っ当に、ふさわしい曲を歌ってきているんだなぁと思うばかりです。

②楽曲全体の考察

今度は「曲」のお話。
ジュリーのいくつかのフランス語ナンバーには作曲の大きな共通点があります。
それぞれキーこそ違えどBメロ(展開部)でまったく同じ理屈の転調が登場するのです。例えばアルバム『KENJI SAWADA』収録曲で言うと、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」「ジュリアーナ」「スール・アヴェク・マ・ミュージック」「フ・ドゥ・トワ」「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の5曲。これらの曲をすべて調号なしのハ長調(今日のお題曲「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」のキーです)で揃えて移調表記すると、Bメロでは必ず「ミ」「シ」「ラ」3つの音に♭がつく調号へと転調します。

数がさほど多くないジュリーのフランス語ナンバーの中でこれだけの曲例があるからには、偶然とは考えられません。かと言ってこの進行が特に「シャンソンの王道パターン」というわけでもない。つまり、ジュリーのフランスでの「適性を狙って」作曲されていると思うのですよ。
これはやっぱり、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の大ヒットが現地フランスのスタッフにとって想定以上と言うか強烈なインパクトがあり、「よ~し、徹底的にこの路線で!」と上層部(フランス・ポリドールの偉い人)から指示が飛んだのではないかなぁ、と。
また、フランスでのセカンド・シングル「アテン・モワ」にはこの転調こそ登場しませんが、曲調としては「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を受けていますよね?
「許されない愛」でソロ・デビュー後初のヒットをカッ飛ばしたジュリーに、その後「よく似た」テーマであったり曲調を擁する「あなただけでいい」「死んでもいい」が提供されたのとよく似たムーヴメントが、海の向こうのフランスでも起こっていた・・・そう考えるとなんとも痛快ではありませんか。

さて、そんな曲達の中「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」はなかなかの変り種。バラードとまでは言えませんし、「ジュリアーナ」のようなノリノリの曲調でもありません。
テンポ自体はスローですけど、この曲は何と言ってもドラムスの渋さね!
特に難しいテクニックを駆使しているわけではないんですけど、ハイハットがエイトではなく16を刻むのでテンポが倍速に聴こえます。その効果で曲がちょっと愉快でお洒落な、グッと気どった雰囲気に・・・もしかするとジュリーのフランス語ナンバーの中で、僕ら日本人が「シャンソン」に抱いているイメージに一番近いアレンジの曲は「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」なんじゃないかな?

バンド・サウンドの伴奏にストリングスと女性コーラスで味つけするトラック割りについてはこの曲も他曲と変わらず。『沢田研二の愛をもとめて』を参考にすると、どうやらジュリーの歌入れ作業はバンドのリズム録り(ドラムス、ベース、ギター)の後。歌を録ってからストリングス、コーラスを重ねるという順序だったようです。
ちなみにセカンド・シングル「アテン・モワ」以降の曲は、その作業過程でジュリーの歌だけ日本でレコーディングしていたのだとか。
「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の場合は「歌い上げる」感じではなくどこか飄々と歌っているトラックを、現地でダブルトラック処理したっぽいですね。

ヴォーカルで僕が好きな一番箇所は、Aメロ最後の「フランセ~♪」ですね。
これまで何度か書いたように僕は大学で2年間だけフランス語をかじっているんですけど、とにかく「R」の発音が難しくてね・・・。とうとうマスターできませんでした。
「R」が出てくる単語「フランス」は、正しく発音すると「フハンス」みたいなニュアンスにもなります。「吐息を抜く」ことにかけては天性の才を持つジュリーの「フランセ~♪」(フハンセ~♪)では、そんな「R」の微妙なニュアンスにすごく気を遣っているのが分かると同時に、「語尾の「セ~♪」でパ~ッと解放されるような感覚があって素敵なんですよね~。

さて、ここで例によって拙ブログお得意の大胆な推測(時によっては単なる邪推)を。
この曲のヴォーカルは不思議なことに、最初から最後までダブル・トラックではないんですよ。いえ、途中でシングルになる、のではありません。何と曲中でほんの一瞬だけ「トリプル」になるんです。
1番の0’47”~0’49”あたり。
何故「いきなり」なタイミングで第3のヴォーカルが出現することになったのでしょうか。
そこで僕の大胆な推測とは

ここ、ジュリーとは別の人が歌い重ねてませんか?

という。
う~ん、さすがにみなさまの同意は得られませんか。やっぱり僕の耳がおかしいのかな?

万一僕の推測が当たっているとして考えられるのは、この箇所だけジュリーのフランス語の発音が甘く、厳しい厳しいフランス・ポリドールのピエールさん(この人は次のチャプターで登場します)の指示のもと、ネイティヴな発音のヴォーカルを現地スタッフの誰かに歌わせて一瞬だけ新たに挿し込んだのではないか、と。
70年代のレコーディング・スタイルであればあり得る手法だと思うのですが、果たして真相は・・・?

③『愛をもとめて』より フランスの話(第1弾)

今日は「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」のお題にあやかりまして、ジュリーが語る「フランスのご報告」編を。
『沢田研二の愛をもとめて』では複数回にわたりフランスの話題が出てきますが、これはその第1弾。「曲をレコーディングして帰ってきたばかり」というタイミング(!)でジュリーが語る現地での奮闘話です。

ロンドンからパリへと渡り、フランス・ポリドールの若いプロデューサー、ミッシェルさんに発音指導からつき合って貰って、4曲を録り終え再びロンドンに戻ってきたジュリー。苦労しながらどうにかこうにか、という感じで録ったけど、「これでパリの仕事も終わった~」と思っていたら、フランスから電話がかかってきたんですって。


ミッシェルの上司の人がね、「これじゃダメだ」と言ってる、と。
(発音を聞き取って、歌っている言葉の)意味は分からなくもない。でもこれじゃあ作品として恥ずかしい。このままレコードを出すのは不可能である、ということでね。せっかく(ヨーロッパに)来たんだし、もう一度やってくれないかと。


ジュリーは、「こっちとしても乗りかかった船だし、トコトンやろう!」と再度フランスに。
そこでミッシェルの上司であるピエールさんと共に、みっちり発音の練習からやり直し。それと共に企画も再検討され話し合われたのが


いきなり4曲、なんてやり方がダメなんだ。2曲に絞ろう!

なるほど、その2曲がフランスのファースト・シングルになるんですね・・・。
って、ジュリーがそこで話すには


1曲は「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥモンド」、もう1曲は英語の曲で「ホニャララ」

とのことなんですが、僕にはその英語曲のタイトルが聞き取れないんですよ~(ちょうど受信感度が下がったりして・・・でも知ってる曲ならなんとなくはタイトルも分かるはずですから、フランスのファースト・シングルB面はもしかして僕のまったく知らない曲なのかなぁ?先輩方、ご伝授お願いします)。

ピエ-ルさん曰く「練習してみて、どうしてもダメだったらそのまま日本に帰りなさい」とのことだったそうで、「厳しいですよね~」とジュリー。
でもそこはね、スーパースターにして天賦の才と努力根性を併せ持つ日本男児・ジュリーなわけですよ。みっちりやっていたら、いつしかピエールさんも「やればできるじゃないか!」と。
そのままレコーディングにも最後までつき合ってくれたピエールさんは

素晴らしいものができた。
こっちで日本人がレコードを出すというのは初めてのこと。我々としても成功させたいし、成功するであろう。


とまで言ってくれたんですって。


お世辞も入ってるのかもしれないけど、現地でも会社をあげて色々とやってくれると言っていたし、とても喜んでいます

これはリアルタイムでラジオを聞いているファンにとっては嬉しい報告だったでしょうね~。
後追いファンの僕がしみじみ感じるのは、これまだフランスで曲がヒットする前の放送で、「どうなるか分からない。でももしかしたらもしかするかも」という期待感がジュリーの声から滲み出ているという・・・本当に貴重な40年以上前の雰囲気を今こうして実感しながら音源を聞けているなぁ、と。


たぶん「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」というスローな曲の方がA面になると思いますが、2曲とも僕が日本人である、ということを前提として作られた歌詞なんです。
どういう内容かと言うと
「私は遠い国からやってきました。私はパリのことを知りません。だからあなたと一緒にパリの道とか、夜景とか、ラ・セーヌとか、青い空とかを見て歩きたい」
とかなんとかかんとか言って、最後の方には
「私はパリが気に入った。あなたもいるし」というような内容でね。「私はもう自分の国へは帰らない。今、私の人生はここから始まる」ってなようなね!


ジュリーの話し方が、LIVEのMCでメチャクチャ楽しそうに、お客さんに語りかける感じであれやこれやと話している時の、あのジュリーのテンションなんですよ。
「パリにどっぷり、という感じ」とちょっと照れくささそうにしながらも


でも「本当にイイ!」って(ピエールに)言われたんだから!

と、現地での今後の反応、セールスに漠然とした期待を寄せてのことか、『愛をもとめて』の他の回と比べてもいつになくウキウキ感溢れるジュリーなのでした。

僕としては何から何まで初めて知るエピソードでしたし、この回の『愛をもとめて』は若き日のジュリーの本質が見えると言うか、本当に良い話だなぁと思いました。

周りにお膳立てされて、そこに乗っかっているだけのアイドルならこうは行かないでしょ?
最大限の自己努力を惜しまない、やるからにはトコトンやる、という「普通の人」以上に普通にして類稀なる「努力」の資質と、周囲に大きな期待を抱かせ「もっと、もっと」と高みを求められる原石の輝きを、ジュリーは兼ね備えていたわけです。
そんなジュリーの適性を信じプリプロまでこぎつけたミッシェルさん、「この歌手はまだまだ良くなるはずだ」と、妥協無きプロフェッショナルな姿勢と眼力を見せたピエールさんという2人のフランス人スタッフの人柄やジュリーとの関わり方も、ジュリーが真っ正直に見たまま思ったままを話してくれているから、なおさら素敵に思えます。
その結果が「大ヒット!」と相成るわけで・・・加瀬さんもそうだし、このフランス・プロモートに関わったすべての人達が皆素晴らしい!としか言えませんね。

で、番組の最後にジュリーが「現地から持ち帰りホヤホヤ」の「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の音源をかけてくれたのですが・・・これが、ネイキッド・ヴァージョンなんですよ!
つまり、最後の仕上げをして正規リリースされるより前の、ジュリーが歌入れしてピエールさんのOKが出た段階での仮ミックスだと思われます。女声コーラスもストリングスもまだ入っていません。ただ、ストリングスの代わりにヴァイオリンが1本鳴っているというね(仕上げの試しトラックをミックスしたのかな?)。
正規のヴァージョンは穏やかで華麗な印象ですが、こちらはベースの音量が強くて、ビートが強く押し出されてくる感触。ジュリーのヴォーカルは当然正規のものと同じテイクながら、受ける感じは全然違いました。
全体としては確かに正規音源の方が「ヒット性」は高いですけど、このヴァージョンはジュリーファンなら誰しもがグッとくるはず。先輩方はこの時の音源を覚えていらっしゃるのかなぁ?
でも先輩方は楽曲自体をこのラジオで初めて聴いたわけですから、後々の正規ヴァージョンとの違いなんて気づきようがなかったですかね・・・。

『沢田研二の愛をもとめて』ではこの回以外に、「モナ・ムール・・・」のヒットを受けて再び渡仏したら今度は現地での待遇が全然違った、という話や、セカンド・シングル「アテン・モワ」にまつわる話が(僕が現時点で聞けている限りでは)あります。
いつになるかは分かりませんが、またいずれの機会に『愛をもとめて』から「フランスの話・第2弾、第3弾」も書いていきたいと思っています。乞ご期待!


それでは、オマケです!
今日は、ちょっと前に「片腕の賭博師」の記事で添付しました、Mママ様からお借りしている資料『沢田研二/映画・パリの哀愁』の続きでございます。

そうそう、「片腕の賭博師」と言えば、『愛をもとめて』では『悪魔のようなあいつ』の話も数回聞けているんですけど、その中でジュリーが荒木一郎さんの演技を絶賛している回がありました。「片腕の賭博師」の考察記事で作詞の荒木さんのことを書いたすぐ後に本格的に『愛をもとめて』の勉強に乗り出して、「うわ、これ聞いてから書けば良かった!」と思いましたよ~。
まぁそれを言うなら、ずいぶん前に記事を書き終えてしまっている「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」や「アテン・モワ」の2曲は特に今そんな思いが強いですけどね・・・。

おっと話が逸れました。それではどうぞ~。


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では次回更新ですが・・・。
実は昨夜はカミさんと『あさいち』のLIVE(水道橋『la cucina VIVACE』さん)に行ってきまして。
『あさいち』・・・ご存知のジュリーファンの方も多いかと思いますが、「あさ」は浅野孝巳さん(ゴダイゴのギタリスト。『Rock'n Tour '75』に参加された先輩方にとっては懐かしいお名前なのでは?)で、「いち」は依知川さん。このお2人によるアコースティック・デュオです(曲によっては浅野さんがエレキに持ち替えます)。
LIVE前の食事含めとても楽しい時間を過ごすことができました。次回はその感想なども交えつつ、依知川さん作曲のジュリー・ナンバーをお題に考えています。

もちろん、『愛をもとめて』関連のネタも強引に(笑)。
どうぞお楽しみに~!

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2017年5月10日 (水)

沢田研二 「単純な永遠」

from『単純な永遠』、1990

Sinpurunaeienn

1. a・b・c...i love you
2. 世界はUp & Fall
3. PLANET
4. プライド
5. 光線
6. New Song
7. この僕が消える時
8. 不安にさせよう
9. 気にしてない
10. ジェラシーが濡れてゆく
11. 月のギター
12. 単純な永遠

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長らくご無沙汰してしまいました。
2週間ぶりの更新です(汗)。

みなさま、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?
『大悪名』観てきたよ!」と仰る方、或いは「今日の大阪が私の初日!」というジュリーファンも多いでしょう。
かく言う僕は6月の池袋までお預けなのです・・・。
今年も6月は『act』月間として記事更新してゆくつもりですが、なんと言っても今回の『大悪名』での個人的な楽しみ・・・新規ジュリーファンの僕はcobaさんの演奏を生体感するのが初めてなんですよね。
もちろん、ジュリーの丸刈り姿にも注目しています!


さて、4・27ポール・マッカートニー東京ドーム公演(本当に素晴らしいセットリストでした)の余韻もこの連休でどうやら落ち着き、ジュリー・スイッチを入れ直すことができました。
またバリバリと矢継ぎ早に書いていきますよ~(なるべくタイトな文量でね汗)。

ちょっと遅れての話になってしまいますけど、5月1日に放映された『あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル』、ジュリーの「時の過ぎゆくままに」のシーンを僕も無事観ることができました。
CM直前にジュリーをチラ見せしておいて、CM明けから延々引っ張る・・・これって昔のバラエティー番組のCM前に「女湯潜入!」のシーンなんかをチラッと流して世のお父さん達にチャンネルを変えさせない、という手法と一緒ですよねぇ・・・。
ともあれ後追いファンとしては、「時の過ぎゆくままに」は特別な1曲なんだなぁ、と再確認。”ジュリー70超えまでに『ジュリー祭り』セットリストすべて記事に書き終える”ことを当面の大目標と掲げている拙ブログですが、大トリ(来年6月25日更新予定)にふさわしいのはやっぱりこの曲。なんとか無事達成させたいものです。

今日はその『ジュリー祭り』セットリスト、全82曲から76曲目の記事お題です。
一般的には決して有名ではないですしシングル曲でもありませんが、先輩方にとってはこれまた「重要な1曲」でしょう。頑張って書きたいと思います。
1990年リリース、『単純な永遠』からアルバムのタイトルチューン「単純な永遠」、伝授!


①「シングル向き」」ではないからこその大名曲!

・「誓いの明日」を「ちかいのあす」と読む。
・「PYG」を「ピーワイジー」と読む。
・「単純な永遠」を「たんじゅんなえいえん」と読む。

「新規ジュリーファンあるある」です。
もちろん正しい読み方はもう分かってはいるのだけれど、これがなかなか直らない。先輩とお話している時、発声しかけて咄嗟に「イカン!」と身体が強張り、不自然な「間」を作ってしまった経験が何度もあります。
未だにそんな状況の僕が「伝授!」などとはおこがましい・・・強くそう感じてしまう曲、イコール、ジュリーにとってもファンにとっても大切な1曲。
EMIの建さんプロデュース期作品の中で「単純な永遠」とはそんな名曲でしょう。

この曲にまつわる有名な逸話は、当初ジュリーがアルバム『単純な永遠』からのシングル・カットとしてこのタイトルチューンを切望していたという「伝説」。
そう、実話にしていかにもジュリーらしい「伝説」です。
実際は、建さんはじめスタッフの「この曲は若い人には分からない」との考えから、シングル・カットはアップ・テンポの「世界はUp & Fall」に譲ることとなったとか。
前回「すべてはこの夜に」の記事中で、佐野元春さんが常に「若い世代に聴いて欲しい」と思い続けて歌っている、という点に触れましたが、少なくともアルバム『単純な永遠』当時の建さんプロデュース期に同じ狙いがあったことは確実。「バンドブームに浮かれる若者達に”本物”(=ジュリー)をお見舞いしてやる!」というベクトルではありますけどね。
全体的なセールスはともかく、シングル「世界はUp & Fall」は”本物”を見抜く感性を持つ若者を開眼させたことと思います。その上でフルアルバムで上級篇「単純な永遠」を味わって貰おうという戦略。僕はこれ、建さん達の正攻法だったと思っています。
でも、ジュリー自身の考えは少し違った、と言うか俯瞰力が高かったのでしょう。

自分はどんな歌を歌いたいのか、伝えたいのか・・・70年代の若き日のインタビューに遡ってさえ、常にジュリーはその点を考えていたふしがあります。
1990年、ジュリーのそんな長年の志に叶った曲が「単純な永遠」だったのでしょうか。
ジュリーがこの曲の何処にその真髄を見出していたのか、また何をしてこの名曲が(ファン以外の一般ピープル、若者達にとって)上級篇と見なされシングル・カットを見送られたのか。今日はそのあたりを僕なりに突っ込んで考えてみましょう。

リズムはゆったりしたテンポのシャッフル(「タカタ、タカタ、タカタ・・・♪」という3連符構成)のロック。
これがバラードであれば「君をのせて」、或いは「おまえがパラダイス」のようなロッカ・バラードの解釈を以って「シングル」っぽく仕上げる手法も考えられますが、「単純な永遠」はそうした曲想ではありません。
かと言ってアップテンポでもない。ロッカ・バラードでもロカビリーでもブルースでもない・・・それでも3連符構成を強く押し出すシャッフル・ナンバー。
邦洋問わず、僕はこの手の「シングル・ヒット」になかなか思い当たりません。敢えて言えばティアーズ・フォー・フィアーズの「ルール・ザ・ワールド」でしょうか。でもあれはバラードなのかな?

作曲者の建さんとしては、アルバム・タイトルチューンにして大トリ収録に適う、との意味で「単純な永遠」渾身の自信作だったでしょう。ただ、建さんが「シングル・カット」を意識していたら、こういう曲想(無骨なシャッフル・ロック)にはならなかったと思う・・・逆に、だからこそ誕生した名曲なのかなぁと今考えます。
2008年のラジオ特番『ジュリー三昧』でジュリーはアルバム『単純な永遠』について、「この頃から”大好きな曲”が増えてくるんですよ」と語っていました。その時には「ジェラシーが濡れてゆく」をかけてくれましたが、自身が当初「シングルに推した」タイトルチューン「単純な永遠」がアルバム中一番のお気に入りだったのではないでしょうか。

ちなみに、建さんがアルバムのリリース当時、「不安にさせよう」について「ジュリーはこういうシャッフルのリズムが得意中の得意」みたいな感じでそのヴォーカルを絶賛し、一方ジュリーが「そうかなぁ?」といった表情で黙って話を聞いているシーンを何かの映像で以前観たことがあり、何故か強く印象に残っています。
もしかしたらジュリーとしては、同じシャッフルなら自分は「単純な永遠」の方が自信あるな、と考えていたかもしれませんね。

②楽曲全体の考察

ではここで、いったん「ジュリーお気に入りの曲」という要素を抜きにして、マッサラな観点から「単純な永遠」の特性を紐解いていきましょう。

採譜をしながら「うひゃあ・・・」と感嘆させられた曲でした。
キーはヘ長調。五線譜にするなら♭ひとつの調号で最後まで通せます。しかし!

信じることは   くずれてしまうけど
Gm              F  E♭                       Dm7

ゼロの空気は透明 なぜかまぶしい ♪
C                      F7

ここはどう考えてもヘ長調の進行じゃないんだよなぁ。本来トニック・コードであるはずの「F」が、「なぜかまぶしい♪」の箇所では変ロ長調のドミナントの「F7」として登場します。
それなのに、続くサビで転調はせず(むしろ転調させるより難解)、メロディーは自然に繋がります。
すごく・・・変な曲。でも「変」とは思わせない。やっぱり一般的には「上級篇」の1曲と言えましょう。

しかもこの変態進行(褒めていますよ!)にリード・ギターを載せた下山さんの音が「サイケ」なものだから、ますます「混沌の名曲」度が濃厚となります。
エンディングのヴォーカル・リフレインで左にミックスされた狂乱のソロを敢えて音の海に埋もれさせているところが、建さんの「混沌」アレンジの極みでしょうか。レコーディング段階での下山さんは、相当な爆音で弾いているはずですけど・・・。

下山さんのギター以外で印象的な演奏パートは、おそらくみなさまも大好きであろう「鐘」ももちろんですが、個人的には尖りまくったストリングス(シンセかな?)の音階、挿し込み方に惹かれます。
特に2番Aメロのヴォーカルに一瞬だけ絡んでくる箇所が大好物。ちょっと前に「噂のモニター」の記事でも書きましたが、ロックな曲に尖ったストリングスの組み合わせは、当時の建さんのアレンジの必殺技になっていますね~。

あと、この曲はトラック全体に「一気がけ」のエフェクト処理があって、それが「アルバム大団円」の雰囲気を作っているようです。ドラムス(特にタムのフィル)が一番聴きとり易いでしょうか。ショート・ディレイ×コンプレッサーのような・・・ちょっと音が「ダブった」感じがしますよね。
これはヴォーカルも同様。ジュリーのヴォーカル・エフェクトとしては珍しいパターンですが、これまた建さんプロデュース期ならでは、の個性と言えるでしょう。

③ジュリー「断捨離ソング」の原点?

「自分が歌いたいことを歌いたい」
そんな渇望は、ジュリーが72年あたりから既に何度となく口にしてきたことですね。
その意味でも「単純な永遠」は、楽曲が好きという以外に「歌いたい内容」だったこと・・・つまりジュリーはサエキけんぞうさんの詞に入れ込むところが大きかったので「シングル押し」したのでしょうし、その後ずっとLIVE定番曲であり続けているのでしょう。
ここでは、後年セルフ・プロデュース期に突入しいよいよ「自らの伝えたいこと」と歌詞(自作詞曲に限らず)がリンクし始めた90年代後期の女性作詞作品2曲と、「単純な永遠」の共通点について考えてみたいと思います。

まずは99年のアルバム『いい風よふけ』からシングル・カットされた「鼓動」。作詞はGRACE姉さんです。
「宝石」「メロディー」という2つの単語が偶然にもサエキさんの「単純な永遠」と共通して登場します。

予測してなかった   宝石の時間
Gm                     F  E♭               Dm7

シンプルだけど満更じゃないメロディー ♪
C                        F7

以前書いた「鼓動」の記事で僕は「宝石」を「大切なたったひとつのもの」、「メロディー」をその大切なものを形にしてくれる「魔法の響き」と解釈しました。
これ、サエキさんの「単純な永遠」でももまったく同じように(ジュリーが)解釈し歌うことができる言葉だと思うのです。「予測してなかった」というのは、いわゆるセールス黄金期、「様々な装飾が纏わりついていた歌を歌っていた頃には」と考えるのはどうでしょう。

次作『パノラマ』と並びジュリー史上最も装飾性の高いアレンジが施されたアルバム(もちろん、それも含めて『単純な永遠』は大名盤です)のタイトルチューンに、「纏いついているものを取り払ってみたら、一番大切な宝石を見つけた」といった歌詞解釈はなんだかそぐわないような気もするんですけど、僕にはこの曲が「断捨離ソング」に聴こえてなりません。

「断捨離ソング」と言えば98年のアルバム『第六感』収録の「グランドクロス」。こちらは覚和歌子さんの作詞です。
「もう夢はみない」とまで断じたある意味衝撃的な詞ですが、「単純な永遠」においても

夢が消えて朝が残る
F              Faug

日射しからは無言のエネルギーだ け ♪
F                     B♭         C    B♭ C

サエキさんのこの歌詞部などは、80年代までの喧騒の時代(夢)から目覚めたジュリーの、本当に大切なものへの「気づき」を想起させます。
「グランドクロス」にせよ「鼓動」にせよ、90年代後半から顕著となった覚さん、GRACE姉さん作詞作品と生身のジュリーの歌人生とのリンク・・・もしジュリーが「こんな感じで」とお2人に詞のテーマをサジェスチョンすることがあったのならば(まぁ、もうひとつのテーマ「エロ」については明らかにそんなこともあったようですが)、ジュリーはそこに90年のお気に入りナンバー「単純な永遠」への思いから繋がる感覚を持ち続けていたのではないでしょうか。

その上で「単純な永遠」が特別なのは

それは All I want is you 素敵なあいづち
          E♭ B♭     F      E♭    B♭     F

確かな情 熱 受けとめておくれ
E♭    B♭  F  E♭       B♭    F

All I want is you 素敵なヒントさ
E♭ B♭     F     E♭     B♭   F

単なる永 遠 感じておくれよ ♪
E♭    B♭  F  E♭   B♭    F

ステージから客席に気持ちを投げかけるような詞なんですよね。「僕はこういう感じが素敵だと思うけど、どう?」というのは、今現在のジュリーの姿勢そのもの。
だから、言い方は悪いかもしれないけれど「単純な永遠」って「ずっとジュリーを観ている人にしか分からない」歌なのかもしれない・・・なるほど上級篇なんだなぁ、と僕のような遅れてきたファンは思うわけです。
この曲の真髄が少しだけ分かりかけて、LIVEでジュリーが歌っているのを何度か体感してきて、「名曲!」だと躊躇わずに言える・・・今僕はようやくその境地まで追いついたところ。

何度かツアーで体感してきた中で、個人的に忘れられないのは『奇跡元年』かな。『ジュリー祭り』の時は漫然と流して聴いてしまっていたのが(恥)、年が明けて参加した僕にとっての初の「通常のLIVE」でジュリーが満を持して歌ってくれて、興奮して思いっきり頭上手拍子やってたら途中で両腕が痛くなっちゃってね(大恥)。
でも会場のお姉さん達を見渡すと(この時は1階最後方席での参加で、渋谷公会堂独特のお客さんの熱気、盛り上がりが一目できた公演でした)、余裕でジュリーについて行ってる・・・聴き手にとってこれは体力とかの問題じゃないんだな、これがジュリーのステージなんだな、と感じ入ったものです。

来年の古希イヤーには再びセットリスト入りを果たす曲かと思います。その時は僕も10年前の自分と比べて、頭上手拍子を楽々こなせるでしょう。
ジュリーファンとしてのキャリアに比例して名曲度を増してゆく、名曲中の名曲「単純な永遠」との近い再会を、今から楽しみにしていま
す。


それでは、オマケです!
『単純な永遠』ツアー・パンフレットからどうぞ~。

199003

199004

199013

199015

では次回更新ですが、これから5月いっぱいまでは自由お題で様々な時代のジュリー・ナンバーを気の向きままに採り上げていきます(6月に入ったらact月間とする予定)。

最近の僕は、福岡の先輩が録音されていたラジオ音源『沢田研二の愛をもとめて』を聞かせて頂きながら、改めて「ああっ、そうだったのか!」と75年のジュリーを猛勉強中。
何かのキーワードにかこつけて、そんな話もチラホラと織り交ぜていければ、と考えています!

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