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2017年4月

2017年4月26日 (水)

沢田研二 「すべてはこの夜に」

from『NON POLICY』、1984

Nonpolicy

1. ナンセンス
2. 8月のリグレット
3. 真夏のconversation
4. SMILE
5. ミラーボール・ドリーマー
6. シルクの夜
7. すべてはこの夜に
8. 眠れ巴里
9. ノンポリシー
10. 渡り鳥 はぐれ鳥

--------------------

それでは今日も、『ジュリー祭り』セットリストからのお題が続きます。
あの東京ドーム公演が初のジュリーLIVE参加となった僕は、それまでのジュリーの歴史に疎く、今日のお題曲が歌われた時は「おおっ、これは激レアな選曲に違いない!」と興奮したものでしたが、後に「かなりセットリスト入り率の高い曲」と知りました。
少年時代によく聴いていた佐野元春さんが作詞・作曲した曲・・・でも「彼女はデリケート」「I'M IN BLUE」「THE VANITY FACTORY」「BYE BYE HANDY LOVE」とは違い「ジュリーの歌で初めて知った」佐野さんナンバーということで『ジュリー祭り』以前から、ヒヨッコなりに思い入れを持っていた名曲です。

自分が特に好きな曲をLIVEで歌ってくれる喜び、という点で、『ジュリー祭り』6曲目に配されたこの曲は特に忘れ難い想い出となっています。
アルバム『NON POLICY』から、「すべてはこの夜に」。今日は大胆な推察も交えて・・・伝授です!



①オマージュ元はタイガースのあの超有名曲?


いきなりですが、まずは拙ブログお得意の大胆な推察(時によっては単なる「邪推」ですが今回はどうかな笑)から書いていきましょう。

佐野さんって、何かのヒントから天賦の感性でパッと閃いたヴァースやフレーズをとっかかりにして楽曲全体を煮詰めていく・・・そんな曲作りをするんじゃないかなぁと僕は常々思っていました。その観点から、ズバリ今回披露する僕の推測とは
佐野さんの「すべてはこの夜に」は、ザ・タイガースの「花の首飾り」からインスピレーションを得て作られた曲ではないだろうか
というもの。

驚きましたか?
「え~っ、全然違う!タイガースって言ってもジュリーのヴォーカルじゃないし、ムキ~!」との先輩方のお声がするような気がしますが、まぁ聞いてくださいませ。

確かに、まったく印象の異なる2曲ではあります。
キーが同じイ短調(Am)という以外は、メロディーもコード展開も違います。
ところが、楽曲構成を各ヴァースごとに吟味、その配置を見ていくと面白いことに気がつくのです。
「花の首飾り」のサビは「私の首に♪」からのヴァースですよね。もちろん「サビ」として申し分のない素晴らしいメロディー。でも、すぎやま先生はこの曲のエンディングを「サビのもうひと押し」では締めくくらず、「おお、愛のしるし♪」の1行をリフレインさせるという鮮烈な構成で仕上げました。
この1行が詞、メロディーともにディープ・インパクトとなって耳にこびりつく・・・「花の首飾り」がタイガース・ナンバー最大のヒットとなった一要因だと思います。
「おお、愛のしるし♪」の1行は、Aメロの最後にくっついているメロディーですが、すぎやま先生の手法から、独立した短いヴァースと捉えることができるでしょう。

そこで、「すべてはこの夜に」のヴァース構成と配置を見てみましょう。
「花の首飾り」における「私の首に♪」を、「すべてはこの夜に」の「HANG ON ME♪」のサビに、さらには「おお、愛のしるし♪」を「ALL MY LOVE♪」のAメロにくっついた1行(独立した短いヴァース)と、それぞれ配置の一致を見ることができるのです。
サビとは別のヴァース、「ALL MY LOVE・・・♪」のリフレインで締めくくられる「すべてはこの夜に」。ここのメロディーが好きなんだ、と仰る先輩方も多いはず。

おお、愛のしるし 花の首飾  り ♪
        Fmaj7    E7     Am  Em   Am

「花の首飾り」エンディング・リフレインの強烈なインパクトから、佐野さんの才能は瞬時の閃きをもって

ALL MY LOVE   すべてはこの夜に ♪
            Fmaj7  G6   E           E7   Am

の1行を紡いだ・・・僕は「すべてはこの夜に」という名曲を、正にこの1行の佐野さんの閃きから作曲作業が始まった、と見ますがいかがでしょうか?

そんなふうに考えると、歌詞もまるで「花の首飾り」のアンサーソングのようではありません
か。
「HANG ON ME ♪」って、普通に訳せば「僕から離れないでくれ」みたいな感じでしょうけど、「首」と関連する単語「HANG」を使った「HANG ON」という英語表現の由来まで突っ込んで紐解けば、「相手の首に手を回して」愛し合う、慈しみ合う人の姿が浮かびます。

「HANG ON ME」=「私の首にかけたあなたの両手を、どうか今夜はそのまま離さないでほしい」

どうです?
「花の首飾り」と密接に繋がってきませんか?

いえ、僕もずっと以前からこの推察に辿り着いていたわけではありません。こんなことを思いついていたら、もっと早く記事を書きますからね~。
実はこれ、最近になって「ああっ、そうだったのか!」と新たに得た知識がきっかけで思い当たった推察。次のチャプターは、そんな話から始めたいと思います。

ともあれ、こんなトコで書いても伝わるはずはないのですが・・・銀次兄さん、ブログでの『S/T/R/I/P/P/E/R』製作秘話、ジュリーファン一同首を長~くしてお待ちしています。
もし「すべてはこの夜に」がこの頃に一度レコーディングされていたとするなら、そんなお話も是非是非!

②楽曲全体の考察

いつも偉そうに薀蓄垂れている拙ブログですが、今そのほとんどが『ジュリー祭り』以降、先輩方のブログを拝見したり、こちらにくださるコメント、またお会いした際に色々と教えて頂いたり、資料をお借りしたりして徐々に学び身につけた知識が土台となり、そこから考えを拡げていけた考察ばかりです。

僕は2009年、幾多のジュリーファンの先輩方のブログの存在を知ってから、できる限りをリアルタイムで拝見しています。さらに折を見ては、『ジュリー祭り』以前に先輩方が書かれた記事も遡って勉強しています。
その中から今日はまたしても、同世代ながらジュリーファンとしては大先輩でいらっしゃるkeinatumeg様の記事を参照させてください(
こちら)。

僕はまずkeinatumeg様の文章、語り口の大ファンなのですが、それに加えて新しく教わるジュリーの逸話も本当に楽しく学ばせて頂いていて。
keinatumeg様の「すべてはこの夜に」について書かれた御記事を拝見したのがつい昨年のことでした。
いやぁ驚きましたよ。僕はてっきりこの曲、84年のアルバム『NON POLICY』のために佐野さんが書き下ろした作品だとばかり思い込んでいましたから(ホント、大好きな曲だからといって早めにお題に採り上げないでいてよかった~。84年の佐野作品との比較とか、普通に書いちゃってただろうなぁ・・・)。

佐野さんの作曲自体は80年のアルバム『G. S. I LOVE YOU』の頃・・・ということは、「楽曲提供の打診を受け、タイガースからジュリーの歌を全部聴いた上で曲作りに臨んだ」との有名な逸話があるあの時期に、佐野さんは「すべてはこの夜に」を作っているのです。
なるほどそれならこの曲を「吉川晃司さんに歌わせたい」とナベプロさんから打診された時に佐野さんが「沢田さんのために作った曲だから、沢田さんが歌った後なら」と条件付で承諾した、という話も説得力を増します。
佐野さんとしては、ごく当然の気持ちだったのだ・・・じゃあどんあなふうに「すべてはこの夜に」を作ったのだろう、その時佐野さんはタイガースを聴いていたのだろうか・・・と考えた結果、先述の推察に至った次第です。

keinatumeg様の御記事でさらに驚いたのが、アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』の頃に一度レコーディングした「すべてはこの夜に」ヴァージョン存在の可能性。
もし現存するならば、僕らが今『NON POLICY』で聴けている「すべてはこの夜に」は明らかに84年の音作りですから、それはまったくの別モノ(本家ヴァージョン)と考えて間違いないでしょう。聴いてみたいなぁ・・・。

と、ここまで書いて突然思ったんですが、当初アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』の時期に「佐野さんか小田さんの曲をシングルに」とのアイデアがあった、という有名な話・・・その「佐野さんの曲」って、アルバム収録された「BYE BYE HANDY LOVE」ではなく、当時レコーディングされた「すべてはこの夜に」だったと考える方が自然じゃないですか?

改めて考えてみると、佐野さんがジュリーに提供した曲ってニュー・ウェイヴ色が強くて刺激的、個性的ではあるんだけど、リズム自体はとても由緒正しいオーソドックスなものばかり。それは、「80年代の早い時期までに」作られていたことと無関係ではないでしょう。
「すべてはこの夜に」のリズムはエイト・ビートですが、これがもし84年の書き下ろしならば、「ロックの新興勢力」であるダンス・ビート寄りの16ビート解釈となっていたはず。なにせ84年は、佐野さんがそのキャリア中最も異色なる名盤『VISITORS』を作っている年なのですからね。
例えば「BYE BYE HANDY LOVE」の直系ロカビリーや、「彼女はデリケート」の極限までテンポアップしたエイトビートというのは、やはり80年代初頭の佐野さん、或いは銀次さんの手法にして正攻法ですよ。
「すべてはこの夜に」も根っこは同じです。

では、歌詞はどうでしょう。
これはもう、アルバム『SOMEDAY』の頃の佐野さん全開!だと僕は思うのです。
佐野さんらしいレトリックで難解にはなっているんだけど、そこからひとつひとつのフレーズを丁寧に脱がせていくと、ストレートな純愛が残ります。
「愛に魂を捧げる」感覚が明快に押し出されているアルバムとして、『SOMEDAY』は佐野さんの最高峰でしょう。このアルバムの収録曲でジュリーファンのみなさまがよくご存知なのは「I'M IN BLUE」「THE VANITY FACTORY」のセルフカバー2曲かと思いますが、「すべてはこの夜に」の詞は「真夜中に清めて」というバラードのそれに近い、と僕は感じます。愛する人の純潔を求め、身体ごと夜に沈んでゆく歌です。
そんな詞を84年、男盛りのジュリーが歌うと・・・。

僕  が 月夜に 浮 かぶ小舟なら
Dm7  G7  Cmaj7  Dm7   E      Am7 

あなたは遠く眠る 夜明けの光
Dm7           Am7  E         E7 Am    Am7

言わずもがな、です。僕はジュリーの「すべてはこの夜に」は「エロック」だと思うのですよ。
自らの愛のすべてを「あなた」とのこの一夜に捧げる、と歌うジュリー。『S/T/R/I/P/P/E/R』の時期にレコーディングされたオリジナル・ヴァージョンと比べ、官能という点では84年のジュリーの方が勝っているかもしれません(是非聴き比べてみたいものです・・・)。

僕は長らく「シティ・サウンド」のイメージに引っ張られて『NON POLICY』のジュリーのヴォーカルの魅力に気づけずにいたんですけど、先輩方はリアルタイムではこのアルバムをレコードで聴いていらっしゃるでしょうから、LPをひっくり返してB面の「シルクの夜」「すべてはこの夜に」「眠れ巴里」と続く官能の歌声、インパクトは凄かったのではないですか?
しかも3曲それぞれ色っぽさのベクトルが違うという・・・。
作曲の佐野さん自身は今でも(歌い続けている限り)、15~25歳の若い世代に聴いて欲しい、と思い活動されているそうです。でも、ジュリーの「すべてはこの夜に」は「R30」な名曲、という気がしています。

また、この曲はレコーディング音源とLIVEでかなり印象が違うのも魅力です。柴山さんの間奏のギターがグイグイ前に出てきますし、『Pleasure Pleasure』ツアーでは、サビ部でのお客さんの頭打ち手拍子

HANG ON ME 街角から街角に
G                          C

心の痛み捨ててきた oh baby
F              G       C   Csus4  C

HANG ON ME もうきどるのはやめさ
G                           C

抱きしめてほしい oh ♪
   F                E   G7

会場の「熱」とジュリーの「oh baby♪」のシャウトに驚いたものです(『ジュリー祭り』の時にはそこまで気づけていませんでした)。
この「レコーディング音源とLIVEの違い」は、『NON POLICY』全収録曲について言えることなのかもしれません。僕は「すべてはこの夜に」以外のアルバム収録曲を生では未体感ですから、是非今年の50周年ツアーで「渡り鳥 はぐれ鳥」、来年の古希ツアーで「ノンポリシー」を聴いてみたいものです。
可能性はありますよね?

いずれにせよ、吉川さんの話も絡んで「じゃあ、ジュリーに先に歌って貰わなければ」と、改めてリメイクされたヴァージョンが84年のアルバム『NON POLICY』に収録されたわけなのですね。
それがジュリーお気に入りの1曲としてLIVE定番曲となり、『ジュリー祭り』でも歌われました。僕は『ジュリー祭り』と『Pleasure Pleasure』ツアーでこの曲を生体感していますが、いつかまた聴く機会はきっとあるでしょう。

③吉川晃司さんのこと

僕はジュリーのアルバム『NON POLICY』から遅れてリリースされた吉川さんの「すべてはこの夜に」をしっかり聴いたことがなく、今回比較考察にまで踏み込めなかったのは残念です。しかしそれを置いてもここで是非書いておかねばならないこと・・・この場を借りて、吉川さんに土下座しなくてはいけないことがあります。

僕は2013年の「Fridays Voice」の記事で、「ロック」のジャンルにおけるビッグネームが、2011年の大震災、原発事故を受けてなおこの国の社会問題について口を開こうとしない現実を批判しました。
そりゃあ、ジュリーはじめ佐野さんの創作姿勢などは知っていましたが、あまりに人数が少ない、と。賛否いずれであれ、これほどのことが起こって第一線のロッカーが何の意思表示もない、声を出さないというのは情けないと。でもそれは僕の無知でした。

数年前に吉川さんの一連の活動を知り、これはいつかブログで書かねばならないと思っていました。
『ザ・ベストテン』ドンピシャ世代の僕は、クラスメートの女子が完全に「吉川派」と「フミヤ派」に分かれている、という青春時代を過ごしていますから、どうしても吉川さんには「アイドル」のイメージが強く残っています。
故に2013年、数少ない「真っ当な日本のビッグネーム・ロッカー」を見渡した際に吉川さんが盲点となってしまったわけですが、それは言い訳になりません。かつて「アイドル」と呼ばれたことが「ロッカー」の活動にとって何の乖離にもならないことを、ジュリーファンの僕は思い知っていたはずなのですから。

震災以後の吉川さんの活動、創作姿勢について最もよく纏めているのは
こちらの記事でしょう。
ナベプロさん期待の新星として、同プロの看板スターであるジュリーに迫るほどの人気を爆発させていた頃の吉川さんを、ジュリーファンの先輩方がどのように見て、捉えていらしたのか僕には想像できませんが、もしかしたらこの記事は先輩方の吉川さんに対するイメージを一新するのではないでしょうか。
念のために書きますと、僕は決して「原発に反対だから」吉川さんのことを「凄い!」と思っているのではありません。このような時代に自分の考えを堂々と創作姿勢に投影することこそが第一線のロッカーたるものであり、その意味で吉川さんはジュリー同様リスペクトできるロッカーであったのだ、ということです。

ちなみに僕は歌番組によく出演されていた当時以降の吉川さんの音楽は追いかけていませんでしたが、俳優としては長らくすごく好きでして。
昨年『真田丸』がまだ序盤の放映だった頃に、「是非”大阪の陣”で登場する後藤又兵衛役は吉川さんに演じて欲しい!」と勝手に考えていました。実際これは昨年春にお2人のJ先輩と食事をご一緒させて頂いた時に、切々とお話してしまっていたほど。

実際のキャスト、哀川さんの又兵衛もとても素敵でしたが、司馬遼太郎さんの『城塞』が大好きな僕にとって、又兵衛は白髪、細く鋭い目つきの大柄で寡黙な初老の男、幸村とはすごく身長差のある「見た目凸凹」コンビ、というイメージなのですよ。
吉川さんが『真田丸』で又兵衛を演じていたら、木村重成の危機に駆けつけた今福村の砦柵を巡る対佐竹隊との鉄砲戦のシーンは、実際の放映とはかなり違った脚本に(一般的な又兵衛の逸話、通説に近い感じに)なっていたのではないかと想像します。
ということで、僕の”『真田丸』ロス”は未だ継続中なのでありました・・・。


変な〆になりましたが(汗)、それではオマケです!
今日は1枚だけの資料なんですけど、以前ピーファンの先輩にお借りした切り抜き集の中にあった、84年のジュリーの記事(掲載誌は不明)をご紹介しましょう。


Img444750


では次回更新はもう1曲、『ジュリー祭り』セットリストからのお題です。
シングルではありませんが、ジュリーの歌人生の中でとつてもなく重要な名曲・・・ようやく書く時が来ました。先輩方にとっても思い入れの深い1曲と心得ておりますので、なんとか頑張りたいと思います。

余談ですが、明日は仕事を早退してポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行ってまいります(武道館は僕の経済力ではさすがに無理・・・泣)。
前回は望外のアリーナ神席でしたが、今回は1階スタンド、ごくごく普通の身の丈に合った席での参加となり、ジュリー50周年ツアーの席運は残しました(笑)。
楽しんできます!

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2017年4月23日 (日)

沢田研二 「TOMO=DACHI」

from『ROCK'N ROLL MARCH』、2008

Rocknrollmarch

1. ROCK'N ROLL MARCH
2. 風に押されぼくは
3. 神々たちよ護れ
4. 海にむけて
5. Beloved
6. ロマンスブルー
7. やわらかな後悔
8. TOMO=DACHI
9. 我が窮状
10. Long Good-by
11. 護られている I love you

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さて、これから拙ブログでは『ジュリー祭り』セットリストからのお題を3曲続けて更新していく予定ですが、第1弾の今回は短めの変則的な内容となります。

先の記事で書いた通り、僕は今月15日から母親の17回忌法要のため久々に鹿児島に帰省しました。
故郷に帰るとどうしても少年時代の想い出が溢れてきます。今日はそんなとりとめのない想い出の中から、僕の高校時代・・・初めて「落語」というものに興味を持った時のことを書かせて頂こうと思います。
「落語」がキーワードと来ればお題にあやかる曲は、ジュリー自らの作詞で友人・桂ざこば師匠のことを歌った「TOMO=DACHI」で決まりですね。
アルバム『ROCK'N ROLL MARCH』から、よろしくおつき合いのほどを・・・。


僕の出身校は、鹿児島県霧島市にある国分高校(通学当時は市町合併以前の国分市)。
一応歴史ある県立の進学校なのですが元々は女子校で、僕が通っていた頃は生徒の女子率が7割近かったでしょうか(いや、別にそれが目的で入学したわけではないですよ!)。「勉強、勉強」という雰囲気はまるで無くて、良い意味でのんびりした校風でした(今はどうか分かりませんが)。
女子校時代の校歌が何と北原白秋・作詞、山田耕筰・作曲というのが、自慢できる特記事項かな~。

で、今も続いているのかは分からないんですけど、国分高校では年に1度『卒業生を送る会』なる行事が開催されていました。これは完全に「生徒主導」の仕切りで執り行うイベントで、毎年2年生を中心に生徒達がアイデアを出し合い、卒業を控えた3年生の在学の想い出となるような工夫が凝らされます。
高校生の考えることですから良くも悪くも斬新、恐れ知らずのアイデアが飛び交います。確か僕らが「送られる」年・・・誰が最初に言い出したのか「落語家さんを呼ぼう!」という話が持ち上がりました。
なにせ鹿児島の片田舎の、しかもたかだか高校生です。皆、落語家さんなんてほとんど知らないに等しいんですよ(少なくとも当時の僕はね汗)。
でもただ一人だけ、僕も含め全校生徒知らない者はいないだろう、という人がいました。
当時『笑点』司会者となって数年が経ち、全国区不動の人気を爆発させていた5代目・三遊亭圓楽師匠です。

高校生の行動力は凄いものです。なんと即座に圓楽師匠にオファーを出してしまったという・・・これが大人(先生)達の仕切りだったら、「それはさすがに無茶」のひと言で片付けられていたのかもしれません。
ところがさらに驚くべきことに、圓楽師匠からは素早い快諾のお返事が!
都会ならいざ知らず、鹿児島の、しかもド田舎の高校の『卒業生を送る会』のために、あの圓楽師匠が高座に来てくださるというのです。多くの生徒達はそれがどれほどの奇跡なのかすら実感していなかったというのも今考えれば失礼過ぎる話なんですけど。

当時僕は「落語」などまるで知らないに等しかったです。下手すると、大喜利と落語の区別すらついていなかったかもしれません。
予備知識の無いまま当日を迎えることとなりました。

圓楽師匠が用意してくださった高座は、最初から最後まで師匠独演の三部構成でした。
まず第1部では、「落語」の成り立ちやこれまでの歩みを面白おかしく教えてくださいました。
続く第2部では、特別落語に興味が無くても皆がチラッとは知っているとても有名な噺をしてくれた・・・と思います。明確に書けずすみません、実は第1部と第2部については内容をよく覚えていないのです。ただ、この第2部までは会場の生徒、先生方もひっきりなしに笑い、とても賑やかだったという印象だけは残っています。

空気が一変したのは第3部。
僕が強烈に打ちのめされ、その後「落語」に興味を持つに至ったのは、この第3部での圓楽師匠の高座が忘れられなかったからです。
鹿児島のド田舎の高校生のために遠路はるばるやって来た圓楽師匠が、第3部・・・つまり「大トリ」で何の噺をかけてくださったと思います?
少しでも落語に興味を持つ読者のみなさまはビックリされると思いますよ・・・何と、『死神』です。
素人、まして初めて高座を聞く高校生には、一体この噺のどこでどんなふうに反応し笑うのが正解なのかすら分かりません。ただただリアルに、本当にリアルに情景を語り話を進めてゆく圓楽師匠のほとばしるオーラ、熱気に圧倒されるばかり。師匠の前に、噺の肝である蝋燭が立ててあるのがハッキリ見えるんですよ。

そして最後の最後・・・師匠がその蝋燭の炎に向かって「あぁ・・・消えるぅ・・・」と呻き、ガクンと頭を落としました。会場はシ~ンと静まりかえっています。皆、「これで噺が終わり」ということも分かっていません。
沈黙の時間がずいぶん長かったような記憶がありますが、実際にはほんの数秒だったかもしれません。拍手も無いままにその沈黙は過ぎ、顔を上げにこやかな表情に戻った圓楽師匠は、『死神』の「オチ」の説明をしてくださいました。この噺の「オチ」にはいくつものヴァリエーションがあるのだけれど(例えば、蝋燭が消えた瞬間に派手に後ろにひっくり返る)、自身が受け継いだ『死神』はこういう終わり方をする、そしてそれを自分も後世に伝えてゆく、と。
これは一体どういう世界だ?凄いぞ・・・「落語」というのはこれまで僕らがかじっていたほんの少しの知識とは比べものにならないくらい深いのだ・・・。
と、多くの生徒達が感じたはずです。

後になって思えば、圓楽師匠としては高校生相手に『死神』をかければこういう状況(会場がオチも理解できず場が静まりかえって終わる)になる、と見越していらしたはず。それも含めての高座であったでしょう。
チャレンジ精神旺盛な師匠はオファーを受けて、高校生対策を練りに練り、見事たったの1日、たった数時間の間に落語の「いろはの”い”」から上級までを駆けてくださったのでした。

師匠が最後に「わたしゃあ国分高校を生涯忘れやしません」と言ってくださったのを、今でも昨日のことのように覚えています。
大学進学のため上京した僕はその後、池袋演芸場に数回(お客さんが僕と連れの友人2人だけ、という日もあったなぁ)、あと場所は忘れましたが銀座で「食事をしながら落語を楽しむ」会など、これまで何度かプロの落語家さんの高座を聞きました。
残念ながら先代圓楽師匠の高座を聞いたのはあの高校生の時一度きりとなってしまいましたが、「10代の高校生時に5代目・三遊亭圓楽師匠の『死神』を生で体感したことがある」というのは一生の宝物です。

そうそう、僕は「上方落語」は未だ体感したことが無いんです。NHK朝ドラ『ちりとてちん』に大嵌りしていた時に、知識だけはずいぶん蓄えましたけどね。
いずれ機会あらば、と考えています。


といったところで、思い出話はここまで。
今日お題にあやかったジュリーの「TOMO=DACHI」についても少し書いておきましょう。

ずっと気になってたんや
Am                Dm

会えたらどないやろか ♪
G7     E7        Am

ざこば師匠のことを歌った曲、ということすら『ジュリー祭り』後に知った僕が、アルバム購入時にこの曲を「関西弁?トリッキーでユニークな曲だけど、よく分からないなぁ」と思ってしまったのは致し方ありません。
今聴いて改めて感じるのは、題材やアレンジなどに『今、僕は倖せです』の頃のジュリーを重ねることもできるんじゃないか、という。
身近なテーマをロックする!というのは2000年代ジュリーの特性のひとつですが、「TOMO=DACHI」の詞には、ジュリーの周りにいる「人」の存在をひしひしと感じることができる好篇の意味で、72年のセルフ・プロデュース・アルバムからのジュリーの創作姿勢の一貫性、繋がりを思います。
「リズム=キメのリフ」を採り入れたアレンジも、「お前なら」を彷彿させますしね。

八島順一さんの作曲は、95年の「泥棒」にかなり近い手法だと思います。この2曲はあまりにイメージが違うので「えっ?」という先輩方も多いでしょうけど、「TOMO=DACHI」って「カッコイイ歌謡曲」にも通ずる、哀愁漂うキャッチーな短調のメロディーなんですよ。
同主音による移調を採用して全体の構成にメリハリをつけているのも「泥棒」との共通点。「TOMO=DACHI」の場合は、イ短調の曲がサビと間奏で明るいイ長調へと転調します。

ZACK ばらんな人や おもろいで
A        C#m7    F#m      D

BUT 泣かっしょんにゃわ
A      C#m7      F#m

はなしが良え シビレタで ♪
   D          F      G      A

躍動的なメロディーですよね。
ひとつ謎なのは、何故これほどまでドラムス・パートのミックスを抑えたのかなぁ、と。
いかな打ち込みのプログラミングとは言え、こうも極端なミックスは珍しい。僕などには気づけていない、白井さん一流の狙いが何かあるのかもしれません。
今後の考察課題です。


それでは、オマケです!
まずは、『ジュリー祭り』2大ドーム公演を前にしたジュリーが思いを語った、『読売新聞』夕刊記事から。


Img126

200815


続きまして、同じく2008年の資料。ジュリーの「TOMO=DACHI」と言えば当然この人もそう・・・客席から観る『ジュリー祭り』を楽しみにしているサリーの記事です。

Gsw


今回「TOMO=DACHI」の執筆をもって、昨年の『G. S. I LOVE YOU』に続き、『ROCK'N ROLL MARCH』についてもアルバム収録全曲の記事制覇成りました。
一応過去記事をすべてアルバム・タイトルのカテゴリーに移行しますが、少なくとも「Long Goog-by」の記事だけはいずれ機を見て書き直すつもりです。
「あのままだよ」と併せての記事ですし、あの曲をタイガースの「た」の字も知らない超・ヒヨッコ状態で書いてしまっているのは大いに問題アリですからね・・・。


それでは、次回からは通常の考察記事として、『ジュリー祭り』セットリストからお題を採り上げます。
全82曲の記事完全制覇まで残すは8曲。
意外や「これをまだ書いてなかったんか!」という重要な名曲が結構残っているんですよね~。
引き続き頑張ります!

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2017年4月20日 (木)

ザ・ワイルドワンズ 「涙色のイヤリング」

『All Of My Life~40th Anniversary Best』収録
original released on 調査中(汗)
or single『ハート燃えて 愛になれ』B面、1985


Wildones

disc-1
1. 想い出の渚
2. 夕陽と共に
3. ユア・ベイビー
4. あの人
5. 貝殻の夏
6. 青空のある限り
7. 幸せの道
8. あの雲といっしょに
9. 可愛い恋人
10. ジャスト・ワン・モア・タイム
11. トライ・アゲイン
12. 風よつたえて
13. バラの恋人
14. 青い果実
15. 赤い靴のマリア
16. 花のヤング・タウン
17. 小さな倖せ
18. 想い出は心の友
19. 愛するアニタ
20. 美しすぎた夏
21. 夏のアイドル
22. セシリア
23. あの頃
disc-2
1. 白い水平線
2. 涙色のイヤリング
3. Welcome to my boat
4. ロング・ボード Jive
5. 夏が来るたび
6. ワン・モア・ラブ
7. 想い出の渚 ’91
8. 追憶のlove letter
9. 星の恋人たち
10. ハート燃えて 愛になれ
11. 幸せのドアー
12. 黄昏れが海を染めても
13. Yes, We Can Do It
14. あなたのいる空
15. 愛することから始めよう
16. 懐かしきラヴソング
17. 夢をつかもう

--------------------

母親の17回忌は、80歳となっても元気バリバリな父親の仕切りで無事終わりました。

鹿児島の実家近辺は人通りもほとんど無く、平和な田舎町の風景は相変わらず。
弟一家と共に泊まった温泉宿『清姫温泉』は、13回忌の時に近くでひと晩中モーモー鳴いていた牛がいなくなっていて、これで今回はぐっすり寝られるかなと思っていたら、夜中に突然凄まじい雷雨が。
僕は「屋内で聞く雷の音には癒される」というタイプなのでむしろ心地よかったですが、カミさんは怖くてよく眠れなかったのだとか・・・本当に稀な集中豪雨だったようで、翌日鹿児島市内の鴨池球場で開催を予定していたホークス×バファローズ戦がグラウンド・コンディション不良のため中止となってしまったそうです。
でもその雨も昼には上がって、半袖がちょうど良い陽気に恵まれた帰省でした。平穏な故郷へと帰れる有難さをしみじみと感じながら、49℃の源泉にゆっくり浸かってリフレッシュしてまいりましたよ~。


加瀬さんは今年が3回忌ということになりますね。
命日である今日4月20日の更新、僕はブログを続ける限りこの日には何らかの形で加瀬さんのことを書いていこうと決めています。昨年はワイルドワンズの平和へのメッセージ・ソング「Yes, We Can Do It」について書きました。今年は再びワイルドワンズのナンバー・・・でも今度はちょっとほろ苦い恋のバラード「涙色のイヤリング」をお題に採り上げます。
まだまだ僕はワンズについては基本的なことから勉強中の身です。記述に誤りなどありましたらバシバシ御指摘くださいませ。


一昨年の悲報を機に改めて加瀬さんのことを色々調べていて、「その時初めて知った」加瀬さんの功績と言えば・・・1985年にリリースされた「ハート燃えて 愛になれ」というワイルドワンズの曲が、刑事ドラマ『私鉄沿線97分署』のオープニング・テーマであったこともそのひとつです。
中学生までは「刑事ドラマ」であれば何でも観ていた僕ですが、高校に入るとバンド活動が生活のメインとなってしまい、テレビドラマをあまり観なくなりました。前回記事で触れた『刑事物語'85』も、羽田さん作曲のメインテーマの印象は強烈でしたが、ドラマの内容自体は実はよく覚えていないのです。

『西部警察PARTⅢ』の後番組として84年から86年まで放映されたという『私鉄沿線97分署』はちょうどその同時期の作品で、こちらについてはまったく観た記憶がありません。
「ハート燃えて 愛になれ」はその第2期、85年にオープニング・テーマとしてお茶の間に流れていたとのこと・・・そしてさらに、同番組エンディング・テーマもワイルドワンズの曲が採用されていたと昨年知りました。それが今日のお題「涙色のイヤリング」です。

情報を得た時、僕は「あれっ?」と首を捻りました。手持ちのベスト盤『All Of My Life』はワンズの代表曲を基本年代順に収録したもの。でも、「涙色のイヤリング」はdisc-2の2曲目、「ハート燃えて 愛になれ」は同10曲目と収録配置が離れています。
しかも「涙色のイヤリング」は、ワンズ再結成間もないリリースのシングル「白い水平線」の次に収録されている・・・とすればリリースはだいたい81年くらいと考えるのが自然です。その曲が85年の刑事ドラマのエンディングとは一体・・・?
調べてみますとこの曲、85年のシングル「ハート燃えて 愛になれ」のB面曲でもあるらしいことが分かりました。いよいよもって『All Of My Life』収録位置との整合性がとれません。
これは何かある!と踏んだ僕は、今年になってこのようなCDを購入してみました。

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↑ 刑事ドラマのオムニバスCD『刑事ベスト24時』


収録曲の多くは「僕があまりテレビを観なくなった」時代の番組からの選曲がメインですのでちょっと思い切った買い物でしたが、このCDの売りのひとつが”『私鉄沿線97分署』のワイルドワンズAB面2曲の同時CD収載は業界初”とのことでしたから、購入前から「ある確信」は持っていました。
いざ聴いてみますとその確信は当たっていて、ここに収録されている「涙色のイヤリング」は、『All Of My Life』収録のものとはまったくの別ヴァージョンでした。

つまり、『私鉄沿線97分署』エンディング・テーマ「涙色のイヤリング」は、過去に一度リリースされた同曲をワイルドワンズがドラマ・タイアップのためにリメイクした作品ということになるのでしょう。
ワンズファンのみなさまにとってこの2つのヴァージョンの存在は常識かもしれませんが、僕は85年のリメイク・ヴァージョンを今年になって初めて聴いたわけです。
これがまた「ヴァージョン違いフェチ」な僕としてはたまらないパターンでしてね~。


「涙色のイヤリング」の曲調はいわゆる”3連バラード”の王道です。当然作曲は加瀬さん。
加瀬さんの”3連バラード”と言えばジュリーファンの僕が真っ先に想起するのは「おまえがパラダイス」と「きわどい季節」ですが、「涙色のイヤリング」はちょうどジュリーがこの2曲を歌う間に2つのヴァージョンをレコーディングしていることになりますか~。
「ロッカ・バラード」と言うには甘やかな曲ですが、「おまえがパラダイス」にも採り入れられている「ミミミミファ#ソ#ララララソ#ファ#ミ♪」(「涙色のイヤリングのキー・ホ長調での音階表記)という洋楽直系の王道フレーズも、Aメロ締めくくりの箇所にリード・ギター・パートとして登場します。

では、2つのヴァージョンはどのように違うのか。
ここでは『All Of My Life』収録のヴァージョンをオリジナル、『刑事ベスト24時』収録のヴァージョンをリメイクと記して話を進めていきましょう。
演奏はもちろん、編曲クレジットも違います。


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↑ 『All Of My Life』のクレジット

Img386712


↑ 『刑事ベスト24時』のクレジットおよび解説


オリジナル・ヴァージョンはとても柔らかな、「胸キュン」志向のミックス・バランスが特徴。良い意味で、鳥塚さんのヴォーカルもワンズのコーラスも演奏も「ぼんやり」しています。
これは80年代初期、女性アイドル歌手のアレンジ、ミックスで良く見られた手法で、ワンズに限らない「時代の個性」と言ってよいと思います。

対して『私鉄沿線97分署』エンディング・テーマであるリメイク・ヴァージョンは猛々しい、男らしい仕上がりです。
鳥塚さんのリード・ヴォーカルはダブル・トラック。僕は鳥塚さんのダブルトラックってとても好きですね。ジュリワンの「プロフィール」が大好物ですから。
楽器パートで一番印象をガラリと変えているのはドラムスでしょう。ドッカン、ドッカンとキックが鳴っています。まるでアリスタ時代のキンクスみたいに、コンクリートの壁の反響音が聴こえているんじゃないか、というくらい尖っていますよ。
また、2番サビ前のフィルも荒々しい名演。リメイク・ヴァージョンの「男っぽさ」を決定づけています。

ただし、逆にオリジナルの方が「男らしく」、リメイクの方が「柔らかい」パートもあり、それがそれぞれのヴァージョンの肝となっているというのが面白い!
オリジナルでは、加瀬さんのギターです。
この曲はいずれのヴァージョンも植田さんを中心としたコーラス・ワークをフィーチャーしたヴァースでフェイド・アウトするんですけど(この曲には半音上がりの転調が2度登場し、エンディング・コーラスは嬰ホ長調となっています)、オリジナルの方ではそこで加瀬さんの破天荒なトレモロ奏法が炸裂しまくっているのです。リメイクにはそのギターがありません。
一方リメイクでは、イントロに独立したストリングスのソロが配されています。初めて聴いた時には、それこそ「きわどい季節」が始まったのかと思いましたよ。
これがオリジナル・ヴァージョンにはありません。

このように、「明らかに違う」同一曲の別ヴァージョン比較が叶う曲は聴いていて本当に飽きません。
今、僕のお気に入りのワイルドワンズ・ナンバーのひとつ・・・ジュリーファみなさまにも、是非機会あれば2つのヴァージョンを聴き比べて頂きたい名曲です。

最後に、竜真知子さんの詞について。

指輪をしたままで
B7           E

抱きしめあった日   か  ら ♪
D#7               G#m7  F#7   B7

ということで、これは夏の日の危険な恋の物語・・・なんですけど、同シチュエーションを描いた作品が多い阿久=大野時代のジュリー・ナンバーと違って、加瀬さんのメロディー、鳥塚さんのヴォーカルには何故か「悲壮な禁断の色」がまったく感じられません。これはワイルドワンズならでは、の個性ではないでしょうか。

めぐり逢うのが  遅すぎた
      E      G#m7   F#m7  B7

二人すべて   知りながら
   G#m7  C#m   F#m       B7

ひと夏の あやまちにできない ♪
   E    C#m  F#m7  B7        E   A   E

竜さんの描く夏のバカンスの「二人」は、表面的には初対面であるように読みとれます。
でもね、鳥塚さんの歌を聴いていると、どうにも僕はこの二人が「久々の再会」を果たしたかつての恋人同士のように思われてならないんですよ。
ジュリーwithザ・ワイルドワンズでの、三浦徳子さんの「渚でシャララ」と同じ状況です。

つかの間の 歓び は
E        C#m  F#m7  B7

片方だけの イヤリング
   E     C#m  F#m7    B7

夏に揺れた  君の 涙の色 ♪
G#m7    C#m   F#m   B7  E  C#m  F#m7  B7

お互いの若い日をよく知る二人が思いもかけず再会を果たし・・・情熱は「あの頃」のままだけれど、人生経験を積んだ今はそれにもまして「互いの涙色を分け合う」までに熟している、と。
つまり、竜さんの詞を、ワイルドワンズが「かつての若者達」に届ける「大人のラヴ・ソング」と読み解くことはできるのではないでしょうか。
僕は『私鉄沿線97分署』を観た記憶は無いんだけど、ごく普通の人々の過去から現在に至る悲喜を描くことの多い刑事ドラマのエンディング・テーマとして、このバラードはピッタリだったんだろうなぁ、と思います。


それでは、オマケです!
今日は、いつもお世話になっているピーファンの先輩から以前お借りした『グループ・サウンズ・ヒット曲集』から数枚のショットを。
先輩方には見慣れた写真ばかりかもしれませんが、タイガースとワイルドワンズのショットがカッコ良いので、この機会に載せておきます~。


Gs101

Gs102

Gs103

Gs104

Gs105

Gs106


加瀬さん。
なんだかキナ臭い時代になってしまいました。50周年のジュリー、古希イヤーのジュリー、その後のジュリーをどうぞいつまでもお護りください・・・。


では次回以降の更新予定ですが、今年もこのあたりでそろそろ『ジュリー祭り』セットリストからいくつか記事を書いておかねば、と考えています。
「ジュリー70超えまでに、鉄人バンドのインストも含めた『ジュリー祭り』セットリスト全82曲のお題記事を書き終える!」・・・拙ブログ当面の最大目標達成までタイムリミットは約1年。残すお題は9曲となっています。
今年中に6曲、そして来年6月25日までに3曲の執筆を予定しておりまして、まずは2017年前半、ここで3曲ほど書いておきたいと思います。

第1弾の次回はちょっと変則的な内容となります。
『ジュリー祭り』セットリストからのお題にあやかりまして、個人的な「落語」にまつわる思い出話を書かせてくださいませ~(←お題曲バレバレ)。

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2017年4月14日 (金)

沢田研二 「片腕の賭博師」

from『チャコール・グレイの肖像』、1976

Tyakoruglay

1. ジェセフィーヌのために
2. 夜の河を渡る前に
3. 何を失くしてもかまわない
4. コバルトの季節の中で
5. 桃いろの旅行者
6. 片腕の賭博師
7. ヘヴィーだね
8. ロ・メロメロ
9. 影絵
10. あのままだよ

--------------------

朝、新聞でキナ臭いニュースを読み、浮かぬ顔のままに洗面所で「へ~くしょん!」とやった瞬間に首の真後ろが「ぴき~ん!」となって悶絶しました。
ただただ情けない・・・。

さて、気がかりだったツアー前半の抽選結果は、澤會さんからのハガキが到着していないので僕はなんとか第1希望通りに参加できそうです。やっぱりツアー初日に参加できるのは何より・・・ただし、今回ばかりは(完全にリリース年代順のセットリストにでもならない限り)、演目は覚えられても演奏順は覚えられそうにありません。最低でも50曲は歌うわけですからねぇ。
いつも速報を頼りにしてくださる地方の先輩方がいらっしゃるので、一応頑張ってみるつもりですが。
なにはともあれ、ツアー初日が今から楽しみです!

では本題。
『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、いよいよ締めくくり(また来年あたりこのシリーズ期間を設けるかもしれませんが)の第5弾は『ピアノ編』です。
僕が全ジュリー・ナンバーの中で「ピアノ」演奏のベストだと常々思っているのは「most beautiful」なんですけど、これは演奏が超絶過ぎて(僕にとっては高度過ぎて)未だどう紐解けばよいのか解らず記事執筆に踏み込めない名曲。
力及ばず今回も機は熟しませんでした。
まぁそれを言うなら他のどの曲であっても特に鍵盤演奏について詳しく書くのは僕には荷が重い、というのも正直なところではありますが、ここは明快に「ポップ寄り」な名演を選び、僕の持つ僅かな引き出しに寄せる形で考察できれば、と考えました。
採り上げるのは76年リリースの大名盤『チャコール・グレイの肖像』から、「片腕の賭博師」です。
僭越ながら伝授!


①「片腕の賭博師」あれこれ

荒木一郎さんの詞には、「サム」なる人物が登場する映画か何かのオマージュ元があるのでしょうか。そのジャンルに疎い僕ではそこまでは分からないのですが、細部に「洋画」のイメージ漂う名篇ですよね。

聞いたかいサムの噂を ネバダの賭博師さ
D                        G     D                     A

月曜の晩も えらい話題 さ ♪
G           D        A     G   D

唐突かつ楽曲の話題からは逸れますが、このチャプターでは将棋の話をしたいと思います。
荒木さんと言えばまず有名なのが「空に星があるように」。でも僕はこの「誰もが知る」スタンダード・ナンバーについてまったく詳しくありません。
それもそのはず、僕はこの曲がリリースされた66年の末、12月の生まれなのですから。リアルタイムの大ヒット曲、という空気が分からないんですね。
「ザ・タイガースについて数年前までほとんど何も知らなかった」のと同じです。

僕が荒木さんのお名前を初めて覚えたのは、音楽やお芝居ではありません。
ずいぶん前に、将棋関係の雑誌か何かで「将棋が強い芸能人」みたいな特集記事を読んだことがきっかけでした。萩本欽一さんなどと一緒に荒木さんが紹介されていたのです。
僕は大学時代に将棋道場に「腕試し」に乗り込んだ時、「いかにも」という感じのおじさんと激闘の末負かされたのはともかく、小学生に一方的な惨敗を喫した経験以後、いわゆる「見る将」ファンにおさまりました。道場で気軽に対戦できるレベルのアマチュアがこれほど強いなら、上級位、そして段位を持つアマチュアは到底僕などの及ぶところではない、と「リスペクトする側」に転じたわけですな。

今回改めて調べてみたら、荒木さんは何とアマ四段なのだそうです。これはもう素人からすると神様の領域。とんでもなく強いです。
それよりさらに強いのがプロ棋士なんですけどね。
荒木さんはカード・マジックの専門家でもありボードゲームやカードゲームに秀でた才をお持ちのようで、そんな荒木さんが「片腕の賭博師」のようなギャンブル・ロマンをジュリー・ナンバーの詞に託したことも大いに肯けます。
昨年からの将棋界は大きな問題、課題を抱えザワザワしていますが、将棋ファンというのは僕のような一般人ばかりでなく、荒木さんのように超ビッグネームの芸能人、政界・財界人、スポーツ選手・・・たくさんいらして、すべての棋士をリスペクトし応援しています。
若手プロ棋士では、藤井聡四段のようなニューヒーローも誕生しています。日本将棋連盟にはなんとかこの苦境を乗り越え、しっかりとケジメもつけ今後に生かし、ファンの期待に応えて欲しいと願ってやみません。

いや、関係ない話を長々と失礼しました(汗)。そういうことも書くチャプターなのだとご理解頂ければ・・・。

②楽曲全体の考察

前回はジュリーの「普通では考えられないコード進行」の話をしましたが、今回の「片腕の賭博師」については王道を逸脱しない、ジュリー作曲作品としては珍しい直球のコード進行で作られています。
と言うかおそらく作曲段階でジュリーがメロディーに当て嵌めていたコードは「D」「G」「A」「G7」の4つだけでしょう(もちろん、船山さんのアレンジ解釈により最終的にはそれだけではなく、演奏メインのヴァースでは「C」なども登場します)。
そんなオーソドックスな進行にあっても、ジュリーのメロディーの載せ方は特徴的。特に「G7」の箇所ですね。

例えばこの曲の歌メロの最高音は、先日「ジャンジャンロック」の記事で「とても太刀打ちできない」と書いた高い「ラ」の音よりさらに半音高い「ラ#」なんですが、これがキレイに「G7」に載っています。

だけど世間のヤツラは
D                    A

いつも見て見ないふりをする
G7                          D

それが良識ってものと
D                    A

何故か思ってるのさ ♪
G7                     D

理屈で言うとこの最高音の「ラ#」は、曲のキーであるニ長調のサブ・ドミナント・コード「G」のシャープ・ナインスということになります。つまり、本格的に曲の雰囲気を再現して弾き語りたい場合、サビの「G7」を「G7+9」で弾くと良いのですが、ジュリーは飄々とこのメロディーに「G7」を当てて作曲したのでしょうね。

ヴォーカルを聴くと、「見て見ないふりをする♪」「思ってるのさ♪」の箇所では声にドスを効かせるようなニュアンスがあり、これをして「さすがのジュリーとしても相当高い音なんだろうなぁ」とは思うんですけど、かと言って「ラ#」の最高音部の発声が特に苦しそうなわけでもなく無理をしている様子も感じられず・・・やっぱり凄いな、ジュリー!とひれ伏すばかりです。
ただし、この曲のジュリー・ヴォーカルは低音部の艶っぽさ、色っぽさこそが魅力、と個人的には考えます。「ネバダの賭博師さ♪」のあたりですね。
マイナー・コード抜きでこれほどの叙情性をメロディーに託す作曲センスは、ジュリー自身の持つヴォーカリストとしての天性に導かれていると言えそう。作曲の際、高低に声が「届く」というのはそれだけメロディーの幅が拡がることでもあるでしょうから。

アレンジは非常にドラマティック。加えてハッピーな雰囲気なんですね。
のちにアルバム『今度は、華麗な宴にどうぞ。』に収録される大野さんのナンバー「女はワルだ」とよく似た曲想、というのは僕だけの感覚なのかな?
後追いファンの僕はアルバム『チャコール・グレイの肖像』をCDでしか聴いたことはありません。先輩方がリアルタイムでこの「新作」を手にされた時、レコードをひっくり返してB面1曲目「片腕の賭博師」を聴いてパッと明るい気持ちになったのでは、と想像します。
全体的に陰鬱なイメージを纏う大名盤だけに、B面に配された「片腕の賭博師」や「ロ・メロメロ」(こちらは74年の「ママとドキドキ」を連想された先輩もいらしたのではないでしょうか)という「陽」のナンバーが果たす役割も大きい・・・でもそれは、本来LPレコードで聴いてこそ、の感覚なのかなぁと思っています。

③すべてが「大きい」ド迫力の生ピアノを聴けい!

僕は一応鍵盤が弾けますが、完全に独学です。
まず高校生の時にコードを覚えて、左手1本、右手3本~4本の伴奏で「弾き語り」をマスター。20代からはいわゆる本格的な鍵盤パートのコピーを志し、ビートルズの「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」や佐野元春さんの「情けない週末」などから練習していきました。
それなりに弾けるようになって、一時はLIVEでもキーボードをメインに演奏していたのですが・・・独学なので変な癖がついていました。右手でコードを弾く時、親指をまったく使わないのです。
元々指が長く、ひとさし指と小指で鍵盤の「ド」から高い「ミ」までは届きましたから、親指を使わずに音符だけを見て運指を無視して覚えてしまったというわけ。
それが演奏上まるで理に適っていないことはもちろん、どれほど「見てくれが悪い」のかをLIVEの競演者の方が放ったひと言
「”豚の足奏法”って感じだよね」
で、初めて自覚した次第です(恥)。

さらに独学のハンデがもうひとつ。いわゆる「キーボード」での猛練習を過信して、軽い気持ちで人前で初めて「お店のピアノ」を弾いた時のことです。
「足?ピアノには足があるんか!」
「け、鍵盤が重い・・・スムーズに移動できん!」
ということで大恥をかきました。
以来、「キーボードは、腕前は三流ですが弾けます。でもピアノは弾けません」と言うようにしています。

余計な話が長くなりました。
「片腕の賭博師」は生のグランドピアノで録っているでしょう。あの重たい鍵盤がプロの腕によって軽やかに舞う華麗な演奏・・・この曲最大の魅力だと思います。
この曲は船山さんのアレンジ作品ですので、以下、ピアノ奏者を羽田健太郎さんとして話を進めます(もし大野さんだったらごめんなさい)。

勤務先で『ポエム・ジャパネスク三部作』のスコア出版があった時、羽田さんのことを偉大なピアニストとして認識した僕ですが、お名前はそれ以前から「作曲家」として知っていました。
でも僕の場合は「渡る世間~」ではなく・・・またか、とお思いでしょうが刑事ドラマです。
有名なのは『西部警察PARTⅡ』のメインテーマ(「ワンダフル・ガイズ」)で、もちろんこれは大名曲なのですが僕が最も好きな羽田さんの作品は『刑事物語’85』という渋い刑事ドラマ(主演は先日亡くなられた渡瀬恒彦さん)のメインテーマ。これが刑事ドラマのメインテーマとしては大変珍しいパターンで、主旋律をトランペットとフルートで分け合う「バラード」なのです。
この曲の「土台」とも言うべきピアノのフレーズがメチャクチャにカッコ良いんですよ。


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↑ 刑事ドラマのオムニバスCD『刑事魂・完結!(デカコン・ファイナル)』ライナーノーツより

僕の中ではこの「刑事物語’85」と「片腕の賭博師」のピアノの感動が重なります。
「片腕の賭博師」のバンド演奏は一見、スライドギターや重低音をブイブイ言わすベースが目立ちます。しかし船山さんのアレンジは「ピアノありき!」で、この手法が阿久=大野時代のジュリー・ナンバーのアレンジへと繋がっていくんだなぁ、とも思います。

ピアノが主を張るのは、イントロと間奏の一部。
うまく説明できないんですけど・・・僕の感想は「大きい!」です。スケールの壮大さに加え、演奏者(羽田さんだと思っています)の身体の大きな躍動すら伝わってくるような・・・。
僕はきっと鍵盤を「手」だけで弾いているんだなぁ。プロのピアニストは当然のこと、幼少から教室などで習っていたという会社同僚など知人の演奏を見ると、例え弾いているのがシンセであっても、身体全体を使っているのが分かります。泰輝さんもそうですよね。
ピアノはギターやベースと違い、しっかり「基礎から先達に教わる」ことが重要な楽器なのでしょう。

そうそう、泰輝さんのお名前を書いて思い出しました。船山さんが「片腕の賭博師」に託したピアノ・アレンジはビリー・ジョエルを意識したんじゃないかな。「さすらいのビリー・ザ・キッド」や「キャプテン・ジャック」のような大作(いずれもアルバム『ピアノ・マン』収録。このアルバムには「ネバダ・コネクション」という名曲も収録されています。「片腕の賭博師」とは「ネバダ繋がり」ですね)でビリーが壮大に弾くピアノです。
可能性は低いでしょうが、いつか泰輝さんのピアノでこの曲を歌うジュリーを生体感したいものです。

ジュリーナンバーに限らず、世の名曲名演多しと言えど、特定の楽器について「弾いている演者の様子までもが目に浮かぶ」曲はそうそうありません。僕はそれを「片腕の賭博師」のピアノに感じます。
また、冒頭で荒木さんの詞を「洋画のイメージ」と書きましたが、それはピアノ にも言えそうです。イントロは雄大な光景を映すオープニングのように思えますし、 間奏では登場人物達の場面転換シーンのようです。
これまで頂いた過去のコメントを拝見しておりますと、この曲を特にお好きなジュリーファンの先輩方はとても多くいらっしゃるようです。是非今度はこの名曲を、ピアノに着目して聴き直してみてくださいませ~。


最後になりましたが、2月にアルバム『チャコール・グレイの肖像』から「何を失くしてもかまわない」の記事を書き、作詞の藤公之介さん繋がりで『沢田研二の愛をもとめて』なるラジオ番組についてみなさまに逆伝授をお願いしたところ、先輩方からコメントにて色々と教えて頂くことができました。
そして・・・いつもお世話になっている福岡の先輩が、何と番組放送当時ラジカセで録音しこれまで大切に保管されていた音源を送ってくださったのですよ~。
まだ聴き込みが足りず今回の記事では間に合いませんでしたが、今後75年から77年の曲をお題とする際、楽曲考察の貴重な参考資料となるでしょう。
この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。


それでは、オマケです!
今日は76年の資料本として、『沢田研二/映画・パリの哀愁』から数ショ ットをお届けいたします。


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もうご存知の方も多いかと思いますが、5月には『日本映画専門チャンネル』にて、この『パリの哀愁』がテレビ放映されるようですね~。


さて、5回に渡り書いてきた『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズは、ひとまずこれにて終了。
次回更新までには少し間を空けます。母親の17回忌法要のため明日から鹿児島に帰省するのです。
2013年、『PRAY』を聴いた余韻のままとり行なった13回忌から、早いものでもう4年が経ちました(「不良時代」のお題で旅日記を書いています)。
その時泊まった「夜中じゅう牛の鳴き声が聞こえてくる(笑)」というレトロな日当山清姫温泉に今回もお世話になることに・・・首を痛めたばかりですが、素晴らしい原泉の「あつ湯」で、心身リフレッシュしてきます。


次回更新予定は4月20日。
僕は昨年から、この日は毎年必ず加瀬さんのことを書いていこうと決めました。今年はワイルドワンズのバラード・ナンバーお題に採り上げるつもりです。
それでは、行ってまいります!

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2017年4月11日 (火)

沢田研二 「今、僕は倖せです」

from『JULIEⅣ~今、僕は倖せです』、1972

Julie4

1. 今、僕は倖せです
2. 被害妄想
3. 不良時代
4. 湯屋さん
5. 悲しくなると
6. 古い巣
7. 
8. 怒りの捨て場
9. 一人ベッドで
10. 誕生日
11. ラヴ ソング
12. 気がかりな奴
13. お前なら

--------------------

昨日、ツアー後半の申し込みを済ませてきました。
ジュリーファンの先輩方は、肝が据わっていらっしゃると言うのか・・・締切日近くまで熟考される”ギリギリガールズ”な方が多いようです。
反して僕はうっかり者かつ小心者ですから、日数の余裕があるうちに振込みたい派なのですよ~。

いや、今回は凄い枚数になりました。と言ってもその半分以上が、声がけさせて頂いた一般ピープルのみなさまの代行申込みなんですけど。
お正月に初ジュリーLIVE参加となったカミさんの仕事絡みのお姉さま4人のうち3人までもがリピ決定!『祈り歌LOVESONG特集』セットリストの洗礼を受けたのち、今年の有名シングル・オンパレードなジュリーを生で観てしまったら・・・もうジュリーの魅力からは逃れられないでしょう。してやったり、でございます。
あとは、前々から「一度はジュリーを観てみたい」と話してくれていた同世代の面々もこの機に大挙参加が決まり、こちらは反応が楽しみなようでもあり、怖いようでもあり・・・。
そして、年明けのNHKホールをサッパリと断念し決意した熊本遠征。
この時期に来年の予定など話すと鬼が笑うどころではないでしょうが、本当に楽しみですし、「熊本に行く」という特別な気持ちを今からしっかり整えていきます。


それでは、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、第4弾は『エレキギター編』です。
これこそ幾多のジュリー・ナンバーに幾多の名演、数限りなくありますが、今日は僕自身の「音楽への目覚め」への原点回帰として、井上堯之バンド最初期(当時は「井上堯之グループ)での堯之さんのギターについて掘り下げてみたいと思います。
採り上げるのは、アルバム『JULIE Ⅳ~今、僕は倖せです』からタイトルチューンの「今、僕は倖せです」。
僭越ながら伝授!


①「今、僕は倖せです」あれこれ

エレキギターと言うと、個人的な好みではあるのでしょうが、僕の場合は「速さ」や「ハードさ」だけでは心はピクリとも動きません。
例えば、王道のエイト・ビート、16ビートであったり、調号の変化がオーソドックスな進行に載せてリード・ギターがソロをとる際、フレットのスケールを覚えているギタリストが「速弾き」を披露することが素晴らしい技術とは思えません。
極論するならそれは「指の運動」であるからです(もちろん突き詰めていけばそれも神技たりえますが)。

ところが、コードやリズムが変則の進行の楽曲だと、ギタリストはセオリーのスケールから外れて楽曲が求めている音階を探り、新たに自分なりのフレーズを考案、構築する必要が生じます。堯之さんはこの「構築力」に秀でたギタリストだと僕は感じます。
しかも、王道進行の曲でも堯之さんは同じように「楽曲の吟味」から単音を組み立てていきます。だからこそ堯之さんは「時の過ぎゆくままに」のフレーズに、自身が考案した「オリジナル」の拘りを語るのです。
スタイルは違えど、ジョージ・ハリスンもエリック・クラプトンもジミー・ペイジもそう。僕は絶賛の意を込めて、彼等を「古いタイプのギタリスト」と呼びたいです。
後年「速く弾ける」新たなタイプのギタリスト達が一世を風靡していきますが、僕にはいまひとつ響かない。「確かに凄いよ。でも楽曲愛や歌心は何処へいった?」と思ってしまうんですよね・・・。
僕はやはり、「ストイックに作りこむ」古いタイプのギタリストを好むようです。

では、そんなギタリストが真価を発揮するのはどんな楽曲でしょうか。
それはズバリ、「変な進行の曲」です。「あれっ?普通こうはいかないよね」という戸惑いに際して心燃やし、歌メロを吟味し、オリジナルのフレーズを考案して「応える」ことができる楽曲。

「沢田は、普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」・・・堯之さんの有名な言葉ですね。これは「自分がギタリストとしての本懐を遂げられる」という賛辞、親愛の言葉ともとれるのではないでしょうか。
「許されない愛」シングル・ヒットのご褒美的な感じで製作の許可が出た、とのいきさつを聞く、全編ジュリー作詞・作曲によるアルバム『JULIEⅣ~今、僕は倖せです』。ジュリー自身は自然に作っているのでしょうが、バンドメンバーからすれば「え~っ、そう来るのか!」と感じる「普通では考えられない進行」の名曲がギュッと詰まったこのアルバムを、僕が堯之さんのギター名演1番手に挙げる理由はそこにあります。
その中でも、楽曲全体が世に2つと無い「オリジナル」のギター・フレーズで散りばめられ凝縮されたタイトルチューン「今、僕は倖せです」を、「堯之さんのギターと言えばこれ!」というテーマで今日は僕なりのアプローチで紐解いていきましょう。

②楽曲全体の考察

そんなわけで、ここでは何を置いてもジュリーの「普通では考えられないコード進行」について書いておかねばなりません。
参考資料となるスコアは手元に3つ。
まずは『沢田研二のすべて』。

Imabokuhasiawasedesu1

この本の採譜の大らかさはある意味凄い(笑)。
YOKO君とよく話すのですが、こういうスコアを使ってギター弾いていた世代のフォーク好きな先輩って、逆に斬新な感性が育つよね、と。
まぁでもこのスコア通りに弾いて、「今、僕は倖せです」でのジュリーの作曲の醍醐味を味わうのはちょっと無理ですわな~。

次に『沢田研二/ビッグヒット・コレクション』

Imabokuhasiawasedesu2

さきほどの『沢田研二のすべて』については、キーを「C」(ハ長調)まで引き下げることによって、初心者のプレイヤーに「歌いやすさ」「弾きやすさ」を提示した採譜だったのだ、と強引に解釈もできます。
しかしこちらは・・・何故かオリジナルより1音高いヘ長調で採譜、難易度を上げているにも関わらず、スコア通りに弾いていると非常に無気味なバラードに。
「僕が少年時代に憧れた会社、シンコーさんにもこんな時代があったんだなぁ」と逆に感慨を抱いてしまうほどメチャクチャな採譜です・・・。

最後に『深夜放送ファン別冊・沢田研二のすばらしい世界』。

Imabokuhasiawasedesu3

このスコアも収載曲によっては相当いい加減な採譜だったりしますが(先日ご紹介した「淋しさをわかりかけた時」など)、この曲についてはほぼ完璧でした。

と、色々書きましたが、3冊とも本当に貴重な資料なのです。これらを比較参照、研究して自分の楽曲理解度を深めることこそが肝要。
早速、ジュリーの「普通では考えられないコード進行」を挙げていきましょう。

ジュリーの個性が最も際立つのはBメロの転調。
ホ長調からト長調という理屈で、それ自体はよくありがちな転調なんですけど

理解ある人々に いつも囲まれて ♪
C               G     C                 B7

僅か4小節で「あれっ、今何かありましたか?」とでも言わんばかりに、涼しい顔であっという間に元のキーに戻ってくるという、これがジュリー流。
さらに、理屈上は「ホ長調からト長調」という同じ転調が、まったく違う形で登場するのがCメロです。

けど僕は欲張りなのです
      Am           G

いえいえまじめな話です
Am                   B7

欲張りな事は 罪深い事なのに ♪
Am         C        F#7           B7

ここは凄いですよ。「Am」の箇所までは、ジュリーが他の作曲作品でも多用する「サブ・ドミナントをマイナーに転換」のパターンでキーそのものは変わっていないと思わせておきながら、次に「G」に行っちゃうのですから。この「G」で初めて聴き手は「あっ、また転調したのか」と気がつきます。
これをもしホ長調のまま進行させるなら

欲張りなのです ♪
Am     E
(ミミファ#ミシシシソ#)

というコードとメロディーになるでしょう。
全然イメージ違いますよね。どちらが「今、僕は倖せです」という詞と合致しているかは言わずもがな。
これは、詞曲ともにジュリーのペンならではのメロディー、コード展開を擁した名曲なのですね。

それにしても、まだ20代前半の時点で

今、僕は倖せです 何よりも歌 がある ♪
E          A     B7    E          A   B7   E7

ジュリーのキャリア中最もプライヴェート色が強い、と言っても過言でない曲を、このフレーズで締めくくったジュリーの素晴らしさよ!
大げさに見得を切っているわけではない・・・ただ「僕が倖せなのは、歌うことと出逢えて、今も歌えているから」とのフレーズが、45年後の2017年現在のジュリーにそのまま纏っている奇跡。
いや、本当に「奇跡」と言う他ありません。その歌詞1行だけとっても、「今、僕は倖せです」は唯一ジュリーという歌手しか生み出せなかった名曲であったことを、ジュリー自身のこれまでの歌人生がそのまま証明しているのではないでしょうか。

③圧倒的な構成力と献身力、まるで第2の歌メロ・・・堯之さん渾身のリード・ギターを聴けい!

このアルバムのジュリーの詞曲には、つい数年前のジュリー自身の言葉などからも「あぁ、当時は拓郎さんみたいなスタイルへの憧れもあったのかなぁ」と思わせるものがありますが、堯之さん、大野さんがそれを「ロック」としてアレンジし仕上げている印象です。
「今、僕は倖せです」のアレンジは大野さんで、これは最初の1発録りの段階で「小節割り」と、ジュリーが作った以外の箇所(イントロや間奏など)の進行を決めたのが大野さんだったということでしょう。
後録りのリード・ギターについては、堯之さんがジュリーの歌、大野さんのアレンジを踏まえて自ら「作り込んだ」フレーズと見て間違いなさそうです。

少年時代の僕が初めての洗礼を受けた音楽が『太陽にほえろ!』のサントラであることは、これまで何度か書いてきた通り。
大野さんのペンによるすべての時代、すべての挿入曲に思い入れがありますが、特に好むのはやはり最初期の名曲群。堯之さん、大野さん、サリー、原田さんの4人編成時代ということになります。
この頃のサントラは、PYGの音と手法をそのままスライドさせ、ヴォーカリスト(ジュリーとショーケン)の代わりに管楽器のソリストを迎えて作り上げられたインスト、というスタイルでした。速水さんが加入した「テキサス刑事」以降はソロがギターとなる曲が増えていきますが、最初期は堯之さんが単音とバッキングを一手に担い、正に「楽曲ありき」の素晴らしい「オリジナル」なギター・フレーズを聴かせてくれます。サックスやトランペットの主旋律をどう生かすか・・・堯之さんってラジカルなイメージも強いですけど、ギタリストとしては「良妻賢母型」と言うべき卓越した献身性を秘めていて、それが僕の好みと合うのです。
「今、僕は倖せです」での堯之さんのエレキギターにも同じことが言えます。

アルバム『JULE Ⅳ~今、僕は倖せです』の井上バンド(グループ)の演奏は、まずジュリーのヴォーカルも含めて「せ~の!」で録られた後に、堯之さんと大野さんがそれぞれ1トラックずつを追加する、というレコーディング手法だったと考えられます。
ミックス処理から推測すると、「今、僕は倖せです」についてはセンターに配されたドラムス、ベース、アコギ、オルガン、ヴォーカルをまず一発で録り、堯之さんのエレキギター(右サイド)と大野さんのピアノ(左サイド)を追加したのでしょう。
この「追加トラック」での堯之さんの作り込み、練り込みが尋常ではないのです。

楽曲全体を通してほぼ休みなく鳴っている右サイドのエレキは、すべての音が徹底して
「ジュリーの歌がこうだから、こう弾くんだ!」
という「必然性の高い」フレーズに仕上がっています。ギタリストとしての主張よりも、「ジュリーの曲を弾いている」主張の方がずっと強いんです!
なおかつ完璧にヴォーカル・メロディーの間隙を突く構成力。演奏者がその腕をふるう以上に大切な、本当に成さねばならないこととは何なのか。この曲の堯之さんのギターにはそれを思い知らされます。
戦国武将好きの僕が勝手に例えるならば、堯之さんは越後の上杉謙信。謙信にとっての毘沙門天が、堯之さんにとってのロックであり、PYGであり、ジュリーであり・・・その音にはストイックな聖将の風格と威厳を感じます。真に「音に自らの心身一体と成す」ギタリストではないでしょうか。
ちなみに柴山さんは小早川隆景。誠実と人望の知将です。2つの巨星に甲乙つけようなどというのは、僕にはとてもできない話です。

名フレーズが次々と繰り出される中で個人的に「今、僕は倖せです」のギターで最も好きな箇所は

友達もいるし 適度に忙しいし
E     F           E        F

両親も健在だし ♪
E     A       B7

ジュリーの歌と「追いかけ合う」フレージング。
実はこの曲のジュリーの作曲で特に「変テコ」なのがこの箇所です。トニック・コードからいきなり半音上がって、また戻って、を繰り返す進行。堯之さんのギターは「いかにトリッキーなメロディーを秩序づけるか」に心血注がれ「作り上げられた」もの。
僕はそんな構成力と献身力こそ、ギタリスト・井上堯之さん最大の個性と見ますがいかがでしょうか。


それでは、オマケです!
72年『女学生の友』連載のフォトポエムから、季節は今と全然違いますが、第12回『愛の出発』をどうぞ~。


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では次回更新は、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズひとまずの締めくくり、『ピアノ編』です。
お題は引き続き70年代ジュリー・ナンバーを予定。
とりあえず次回更新まではこのままのハイペースでまいります。どうぞお楽しみに~。

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2017年4月 8日 (土)

沢田研二 「噂のモニター」

from『彼は眠れない』、1989

Karehanemurenai

1. ポラロイドGIRL
2. 彼は眠れない
3. 噂のモニター
4. KI・MA・GU・RE
5. 僕は泣く
6. 堕天使の羽音
7. 静かなまぼろし
8. むくわれない水曜日
9. 君がいる窓
10. Tell Me...blue
11. DOWN
12. DAYS
13. ルナ

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先月「揺るぎない優しさ」の記事で写真添付しました会社倉庫近くの公演の桜は、先の木曜日に再び通りかかるとこのような感じになっていました。


1704060823

満開の桜を仰ぎ、「この国も、世界のどの国の人々も平和であれ」と祈るばかりです・・・。


さて、みなさまもそろそろ今年の全国ツアー後半の参加会場が決まった頃でしょうか。
僕は当初「夏からのツアーはとにかく数多く行く!」と意気込んでいて、3月に全公演日程のインフォを手にした時には、最終月の来年1月のNHKホールはすべて参加したいと考えていました。
しかし今回改めてインフォと払込票を眺めていて、「NHKホールは全部平日、全部第2希望を記入するのか~」と。そうしているとふと目に入ったのが
「1/14(日)熊本」
の文字。
ジュリーが九州に「あけましておめでとう!」と歌いに行くのはいつ以来なのでしょうか。このスケジュールにジュリーの熊本への思いを感じないわけにはいきません。
会場は、未だ改修工事中と聞くお馴染みの市民会館ではなく県立劇場となりましたが、ジュリーはこのお正月熊本公演に並々ならぬ気持ちで臨むでしょう。
考えれば考えるほど、「九州人である僕がこのタイミングを逃してよいのか」という思いが強くなってきました。カミさんも一緒に、そしていつもお世話になっているみゆきママ様も同行してくださることとなり・・・僕は年明けのNHKホール参加をサッパリと諦め、その代わり熊本公演に遠征する決意を固めました。
まだまだ先の話ですが・・・九州の先輩方、どうぞよろしくお願い申し上げます。

それでは本題です。
矢継ぎ早に更新しております『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、今日は第3弾の『アコギ編』。
採り上げるのはアルバム『彼は眠れない』から、個人的には収録曲中「Tell Me...blue」と甲乙つけ難い、最も好きな曲である「噂のモニター」です。
今回もチャプターに分けたコンパクトな文量を心がけてまいります。伝授!


①「噂のモニター」あれこれ

とは言っても新規ファンの僕はこの曲について特に逸話を何も知らないんですが・・・(汗)。

リリースされた89年は写真週刊誌全盛期だったでしょうか。アルバム『彼は眠れない』『単純な永遠』の作詞家陣には偶然なのかどうか、「スーパースターの孤独と苦悩」をコンセプトとするような名篇が多く、それをして僕はベルリン時代のデヴィッド・ボウイとの共通点としています。「世間」や「社会」といった要素に冷ややかな視点があり、敵視と紙一重のユーモアも感じられるのです。
サエキけんぞうさんの「噂のモニター」はその顕著な例と言えましょう。
ただ、当時こうした「誰かに見張られている」テーマというはごくごく一部の「有名人」にしかリアリズムを持たなかったかもしれません。

30年近い時が経ち、一般人である僕らの間で「監視社会」への危惧が語られ始める時代となりました。
この機に、「噂のモニター」を「現実感のない物語」ではなく「自分の身にも起こりうる、監視社会を題材とした」曲と捉え、ジュリーファンそれぞれがその状況を想像しながら聴いてみるのもアリではないでしょうか。

②楽曲全体の考察

「孤独という名の狂気」スレスレのトリッキーな歌詞、ブルース進行を土台に展開、進化するメロディーと構成、そしてジュリーのヴォーカル・・・僕はこの「噂のモニター」と、次作『単純な永遠』収録の「気にしてない」によく似たイメージを持っています。
いずれも「日替わり・ジュリーで一番好きな曲」の常連。単に僕の好みなのかもしれませんが、まず楽曲として詞曲アレンジすべてが文句なくカッコ良い上、こういうタイプの曲こそがジュリーの魅力を最も引き出すんじゃないかなぁ。

王道の進行であれば本来は

俺の体を切り刻む噂 熱い体を切り刻む噂
F#                           B7                     F#

すじ書き通り流せよ
C#7            B7

おまえのねらいはわかっているさ ♪
C#7                   B7              F#

とコードを載せればF#(嬰ヘ長調)のブルース。実際、歌メロはこの王道進行にも載るのです。
しかし建さんは大胆に捻って

すじ書き通り流せよ
C#7            E

おまえのねらいはわかっているさ ♪
A                       E                F#

としました。
よりシャープに、尖った雰囲気になります。「おとしどころ」を事前に決めてスクープする「モニター」達への皮肉を込めたサエキさんの詞とも噛み合っていますね。

アレンジは、左右に分かれてミックスされたアコギ2トラックを土台にエレキギターが3トラック、そしてストリングス。
アルバム『彼は眠れない』は楽曲ごとのクレジットがありません。それぞれの曲で誰がギターを誰が弾いているのかは謎なんですが、ブッとい狂乱のリード・ギターは下山さんのような気がするなぁ。下山さん、今でもこんな感じの空間系のエフェクトかけますから。LIVEでの「そのキスが欲しい」もそうでした。
あ、パッと聴きだと「ベース?」のように聴こえる薄い単音(最高に渋い!)は、エレキをミュート気味に弾いているトラックのようです。こちらは佐橋さんのように思える・・・結局僕の耳では分からないんですよね。

ロックなコード進行にストリングスを「カマす」攻撃的な手法は、ビートルズの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」以降流行し今では定番化しています。
そんなストリングスを間奏のソロ・パートとして押し出すアレンジを僕は佐野元春さんの「愛はシステム」で学びました。佐野さんのこの曲をご存知の方は、そう言えば「噂のモニター」と「愛はシステム」ってなんとなく似てるな、と思ってくださるはず。いずれもブルース進行を採り入れた曲です。

そしてジュリーのヴォーカル。
曲全体を通して完璧にカッコ良い中で僕が特に惹かれるのは、1番での「うわさ♪」の発声です。
先述の「気にしてない」にも共通して見られる、ファルセットではない「別の喉を使った」ような裏声スレスレで吐き捨てる表現力は、正に「ロック」としか言いようがありません。これはジュリー天性の資質らしく、「叫ぶように囁く」スタイルはタイガースの「誰れかがいるはず」にまで遡ることができます。
「噂のモニター」は、もしかしたら多くのジュリーファンの間では「ちょっと風変わりな曲」として愛されているパターンの名曲かもしれません。それは正しい解釈ではあるんですけど、実は「ロッカー」的には「ポラロイドGIRL」や「DOWN」以上にジュリーの魅力が明快に分かり易い曲と言えます(タイトルチューンの「彼は眠れない」もそうですが)。
もしみなさまの周囲に普段ロックを聴いている若いお兄さんがいたら、是非この曲を聴かせてあげてください。見事に釣れると思いますよ~。

③キレッキレのツイン・アコギを聴けい!

いや、わざわざ僕が「聴けい!」などと言わずとも、この曲では誰しもがアコギに耳がいくはずです。曲が始まってしばらくの間は、「ド#ミド#ミファ#♪」というエレキのリフ以外、アコギしか鳴っていませんから。

アコギは良いですよ~。1本あればアンプが無くても誰でも鳴らすことができます。簡単なコードのフォームをいくつか覚えれば、「花咲く~娘~たちは~♪」と弾き語るまでに1日とかかりません。
最初の頃は指に弦の跡がついて痛いですが、次第に指がギターに鳴れていきます。

「卑怯者」の記事で、僕が初めて演奏を始めたのはドラムだと書きましたけど、学校以外・・・つまり自宅で最初に手にした楽器はアコギです。中学生の時、父親が母親の誕生日にプレゼントした「YAMAKI」というメーカーのアコギと教則本を横取りしたのでした。
それこそ1日中弾いても飽きず、教則本に掲載されていた「小さな日記」「マルセリーノの歌」「太陽がいっぱい」などの練習曲をマスター、ギターと同時に自然にスコアの読み方も深めていきました。

さて、エキゾティクスの時は「俺のベースを聴け!」的な主張が強かった建さん、EMI期のジュリー・プロデュースを任される頃にはアレンジャーの才能が開花していて、「楽曲全体の音」作りに心血を注ぐことに。
自ら作曲した「噂のモニター」では何とベースレス、2本のアコギを押し出したアレンジを施します(先に書いた通り、レコーディング音源のアコギは誰の演奏なのか分かりません。ただただキレッキレのストロークに圧倒されるばかりです)。

建さんがベースのみならずギターも弾けることはずいぶん前から知っていました。僕はLOSER(初期)時代の泉谷しげるさんのLIVEを生で観ていますからね。
泉谷さん、チャボさん、下山さん、そして建さんの弦楽器隊4人が全員アコギを持って横並びとなり、「アコギってこんなにロックなんだぜ!」と魅せつけてくれた名曲「野良犬」の演奏シーンを今でもよく覚えています。『イカ天』審査員としてたびたび発言していたように、建さんは「ロックなアコギ・ストローク」が大好きなのですよ(「風来坊」「THE WEED」といったバンドのアコギを絶賛していました。建さんは決して「辛口」だけの審査員ではなかったのです)。
「噂のモニター」のストロークでは、ギターの「いろはの”い”」とも言うべき「ブラッシング」という基本のテクニック・・・ギターを覚えたばかりの初心者が一番早く身につける技術かと思いますが、この基本中の基本テクニックを真のプロフェッショナルが駆使すればこうなるのだ、と思い知らせてくれます。

擬音で表現すると「じゃ~、つく、じゃ~、つく♪」と鳴っている「つく」の部分がブラッシング。リズム・ストロークに右手の腹の部分でミュートした音を適所に織り交ぜ、パーカッションのような効果を出すテクニックです。
これを僕のような素人がやると、まずミュート音の「圧」が違いますし、ブラッシング箇所のリズムが甘くなる・・・プロはそこを「正確かつエモーショナル」にリズム打ちするから「キレッキレ」に聴こえるわけです。
「噂のモニター」のアコギ・ストロークは、プロの演奏の中でも極上と言えるほどの切れ味。だからこそ、Tレックス直系のエレキのさりげないカッティングがあれほど効いてくるし、印象に残るんですよね~。

ただね、「謎」がここにもひとつ。
この曲のキーは嬰ヘ長調(F#)で間違いないんですけど、普通に「F#→B7・・・」と和音通りに弾いても、この曲でのアコギの響きにはならないんです(僕の技術不足はひとまず置いといて、の話)。
おそらく変則チューニングなんだと思う!
「1音半下げ」のユルユル・チューニングの「A」で弾いてる、と言われても驚きませんが実際はどうなのでしょうか。普段から幾多のジュリー・ナンバーの名曲で僕がブチ当たっている大きな「謎」のひとつです・・・。

最後に。
今年の全国ツアーでアルバム『彼は眠れない』から歌われるシングル、「ポラロイドGIRL」は鉄板でしょう。でも、もう1枚のシングル「DOWN」は?
僕はまだ生でこの曲を聴いたことがないのですよ。
次作『単純な永遠』収録の「世界はUp & Fall」と共に、セットリスト入りを切望しています。


それでは、オマケです!
今日は、昨年書いた「僕は泣く」の記事のオマケコーナーの続きとなります。89年繋がりということで『KURT WEILL』のパンフレットから数枚どうぞ~。


Kurtweill03

Kurtweill09

Kurtweill11

では次回、『この曲のこの演奏にシビレる』シリーズ第4弾は『エレキギター編』です。
鉄人バンドの音で本格ジュリー堕ちした僕にとって「ジュリーのバンドのギタリスト」と言えば、そりゃあ柴山さんと下山さんです。ただ、ここはひとつ自分の原点に立ち返ってみよう、と。

僕は本来どんな音楽に憧れて自らも演奏人を志したのか・・・これまで何度も書いていますが、僕が流行歌よりも、ビートルズよりも早く目覚めた「音楽」は、『太陽にほえろ!』のサウンドトラックでした。
両手にも満たない年齢の頃に、それとは知らず注入された井上バンドの音。
あの『太陽にほえろ!』の音楽が最も近しい仕上がりで反映されているジュリー・アルバムは、間違いなく『JULIEⅣ~今僕は倖せです』でしょう。
次回はこの名盤の中から、僕なりに「堯之さんのギターならこの1曲!」と考える大好きなジュリー・ナンバーをお届けしたいと思います。

更新頻度が早過ぎて申し訳ないのですが、とりあえずあと2曲ぶんはこのペースで突っ走りますよ~。

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2017年4月 5日 (水)

沢田研二 「ジャンジャンロック」

『JULIE SINGLE COLLECTION BOX~Polydor Yeas』収録
original released on 1981 シングル『ス・ト・リ・ッ・パ・-』B面


Strippersingle

disc-34
1. ス・ト・リ・ッ・パ・-
2. ジャンジャンロック

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いきなりですが、「揺るぎない優しさ」とは正反対の「復興相」の発言に怒り呆れています。
彼にとって、「復興」とは一体何なのでしょうか。



失礼しました。ひとまず気をとり直しまして・・・。
全国ツアー後半のインフォ来ましたね!
自分の参加会場については、今週いっぱい熟慮し週明けには申し込みを済ませたいと思っています。
あとは、声がけして「是非」と言ってくださった一般ピープルのみなさまの分を間違いないよう記入すること。そんなこんなで今回はかつてないほどの枚数を申し込むこととなり、ひとまずの立替も合わせ今月はなかなかの金額が手元から飛んでいきますな~。
いやいや、幸せなことです。

さて、前回「卑怯者」の記事は執筆前に「とにかくコンパクトに!」と考えていたのに、土曜に1日中家に籠って下書きしたせいか、結果長文となってしまいました。
勢いだけで書くとこうなっちゃうんですよね~。

お正月の『祈り歌LOVESONG特集』ファイナルでのジュリーの「頑張れ!」エールを伝え聞き感化された僕は、少なくとも全国ツアーが始まるまでは、「今頑張っている人のために頑張る」期間として、記事の更新頻度に重点を置きたいと思っています。
でも、常に長文だと僕自身が大変ですから(汗)、今回は「コンパクト化」を真剣に考えてみました。
今取り組んでいるのは、「この曲のこの演奏にシビれる!」シリーズ。そこで、文の枝葉を少なくするため、記事を大きく大きな3つのチャプターに分けて書いてみようと思います。それは

①お題曲にまつわる(時に個人的な)あれこれ
②楽曲全体について(ジュリーのヴォーカル、歌詞、メロディーなどの考察)
③推奨・この楽器パートを聴けい!

というもの。これなら(いきなり話を飛ばせるので)常識的な文量におさまるやもしれません。
中には「長文大好きなので食い足りない」と仰る読者のかたもいらっしゃるかもしれませんが、そんなあなたは少数派(いやいや、ありがたいことでございます)。
しばらくはタイトに、コンパクトに、そのぶんどんどん更新していこうと思います。
よろしくお願い申し上げます。

では、「この曲のこの演奏にシビれる!」シリーズ、第2弾の今日は「ベース編」。
お題はエキゾティクス期シングルB面の大名曲、「ジャンジャンロック」を採り上げます。伝授!


①「ジャンジャンロック」あれこれ」

これはYOKO君が大好きな曲のひとつ。まぁ、彼以外にも「これ大好き!」と仰る先輩を知っていますから、総じてジュリーファンの人気が高い曲なのでしょう。
もちろん僕自身も特に好きな1曲です。

でもねぇ、YOKO君が熱烈に「大好き」と言ってる曲って、僕からすると一体何を基準にすればそのラインナップになるんだ、という印象です。
例えばポリドール期で彼が特に傾倒しているナンバーは、「古い巣」「コバルトの季節の中で」「バタフライ革命」「MITSUKO」「WOMAN WOMAN」「ジャンジャンロック」・・・この6曲に何らかの共通点を見出せる人がいたら教えて欲しいですよ。
ただ、それぞれ単独に考えれば当然どれも名曲ですし、「ジャンジャンロック」をYOKO君が愛している理由はよく分かります。だってこの近田春夫さんの詞、18~20才くらいのYOKO君の実生活そのままですから。

   ジャンジャン雨降り ブラブラひとり
C7  Bm

パチンコするにも金がない 仕事やめちまったのさ
Bm                            Em              Bm

店のオヤジと喧嘩 即クビだぜ ♪
      F#7                            Bm   F#7

YOKO君の場合、「店」は花屋さんだったそうで。
僕はその年齢の頃の彼とはまだ出逢っていませんが(知り合ったのはお互いが20代半ばの時、弾き語りライヴハウスの競演者として)、彼が田舎から「街に出てきて二年目」くらいまでのエピソードの数々は何度も酒席で聞きました。
当時の彼の武勇伝聞くだけで、軽くひと晩飲めますよ。万一今後機会あれば是非お試しあれ(笑)。

②楽曲全体の考察

『ス・ト・リ・ッ・パ・-/ジャンジャンロック』は両面ジュリー自身作曲のシングル。しかもいずれも短調のハード・ロカビリーということで、当時多忙を極めていたジュリーが限られたプライヴェートの時間に熱心にストレイ・キャッツを聴いていたことが窺えます。
そう言えばYOKO君のギタリストとしてのバイブルはブライアン・セッツァーの教則映像でした。「ジャンジャンロック」は詞曲ともに彼の好みだったわけですか。

で、アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』にはジュリーの作曲作品が「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「渚のラブレター」「バタフライ・ムーン」と3曲収録されましたが、これが悉くキーが高い!
いずれも普通の男声ではとても太刀打ちできない高い「ラ」の音がメロディーの最高音となっています。
DVD『Zuzusongs』で「ラヴ・ラヴ・ラヴ」を歌い終えたジュリーが「いや~、高っかい!」ということで年齢ネタのMCを展開、「昔はGどころかAも余裕で出てた」と語っていますよね。この「A」が高い「ラ」の音を指しています。アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』の自作3曲でジュリーは余裕で最高音を出しているばかりか、確実に歌の最大の聴かせどころになっているのですから凄まじい。
「渚のラブレター」について、アレンジャーの銀次さんが(おそらくリズム録りの段階で)キーを下げてレコーディングする予定を忘れて録ってしてしまったという逸話は有名ですが、結果としてそれは「ナイスうっかり」で、「取り消せるBaby♪」の神がかったジュリー・ヴォーカルが生まれたことはみなさまご存知の通り。
「渚のラブレター」よりレコーディング作業が後だったと思われる「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「バタフライ・ムーン」の時には、もう銀次さんの頭の中に「ジュリーの声に負担がかからないようにキーを下げる」気配りは完全に消え去っていたでしょう。

そしてこれは「ジャンジャンロック」にもまったく同じことが言えます。
あまりになめらかに歌っているのでパッと聴き「キーが高い曲」とは感じていませんでしたが、今回採譜していざジュリーと一緒に歌ってみると・・・

とび出しナイフがポケットで
      Em             Bm

何かつぶやいているよ
F#7              Bm     B7

遠くにきこえるパトカーのサイレンにまじって ♪
   Em            Bm              F#7               Bm

サビ全体がメチャクチャ高くて息も絶え絶えになる上、最後の最後、「サイレンに♪」の箇所で高い「ラ」の音が矢継ぎ早に登場してギブアップ。
これを楽々歌っているとは、ジュリー恐るべし!

近田さんの詞もカッコイイです。
「不良少年のイノセンス」のコンセプト自体はアルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』収録の「DIRTY WORK」や「想い出のアニー・ローリー」と共通しますが、女性の三浦徳子さんとの違いは、「原体験」とも言えるリアルさ。
それはかつてジュリーの「不良時代」や速水さんの「バイ・バイ・バイ」など、井上バンド時代によく描かれていた曲達の主人公その後の物語のようでもあります。
男性がこのテーマを描くとこうなるんですね。

当時ジュリーも近田さんの詞には共感を覚えていたようで、後で添付する『快走通信』のインタビューで「ジャンジャンロック」について語ってくれています。
「ジャンジャン」は雨降りのジャンジャン以外に、「皮ジャン」のダブル・ミーニングもあるみたいですよ。

③建さん渾身のランニング・ベースを聴けい!

僕は20代後半、かけもちしていたバンドのひとつでベースを弾いていて、吉祥寺の曼荼羅や下北沢のガソリン・アレイなど、お客さんの目が厳しい箱でLIVEに出させて貰っていたので、メチャクチャ練習していました。ジャズのランニング・フレーズを反復し、それこそ「ジャンジャンロック」のようなスタイルも勉強しましたし、「俺はベースは結構弾ける!」と思い込んで(勘違いして)いた時期もありますが・・・まぁこの曲の建さんの演奏を聴くと、当然ながら僕などの及ぶところではないと言うか、とにかく凄まじいです。

ランニング・ベースは複数の小節をひと塊と捉え、その中のコード・チェンジにどれだけのヴァリエーションを自然な音階移動と運指で表現できるか、その上でリズム楽器としてしっかり曲の土台となりソロ楽器をバックアップできるのかが勝負。
その点建さんの安定感&冒険心はハンパない!
しかもこの当時の建さんは「主張」も強い(EMI期になると、「Tell Me...blue」や「プライド」のように「縁の下の力持ち、でもよ~く聴くと凄いことしてる」、という感じに変化していきます)ので、その神技も「音」として分かり易いです。
「ジャンジャンロック」ですと、1番締めくくりの方の「電光ニュースを見上げれば♪」の「ば」から始まる長尺の「この曲でここだけ」なフレージング。ハイフレットからうねうねしながら下降してゆくベース、気をつけて聴けばみなさまも必ずフレーズは聴きとれます。

かと言って建さんは、やみくもな音階移動にうつつを抜かしたりはしません。楽曲全体の俯瞰力も素晴らしいのです。

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Bm

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Bm

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Em(onB)

ジャンジャンジャン ジャンジャンロック
Bm

街に出て来ておいらも ちょうど二年目 ♪
      F#7                                        Bm

この「Em」でのBのオンベース解釈。ジュリーが「ジャンジャンジャン、ジャンジャンロック♪」と歌う箇所で建さんは、途中でコードが変わっているのにひたすら「シ」の音だけを弾き続けるのです。
「Em」のところで普通にルートの「ミ」の音に移行したら、行儀が良くなり過ぎて詞曲の「ヤサグレ感」が弱まってしまうと思うのですよ。このあたりの機転は建さんの持って生まれた「センス」なのでしょうね。

あとはBメロと間奏、こちらはなかなか気づきにくいですが(特に間奏ではどうしてもピアノとリード・ギターに耳が行きますからね)、単なるランニングではなく、「タッカ、タッカ、タッカ・・・♪」というシャッフル・リズムを高速で奏でます。
「タッカ」の「カ」の音はロカビリーのウッド・ベースであればスラップ音、エレキベースであればピッキングで演奏されるはずのもの。建さんはそれをエレキの指弾きでやってのける!というこれまた神技。僕はピックベースの演奏もそれはそれで好きですけど、建さんの「あくまで指!」な拘りの凄腕にはやはり憧れます。

これまでジュリーが共演してきた幾多のプロフェッショナルの中で、最もその演奏が「凄い!」と思うミュージシャンは?と問われたら、僕は迷いに迷った末に「吉田建さんのベース」と答えるでしょう。
技術と才能に裏打ちされた、破天荒なまでの演奏スタイルを前面に押し出しつつ、「バンマス」の存在感もあったエキソティクス期の建さん。
その演奏を生で体感されているジュリーファンの先輩方が羨ましい限りです。


それでは、オマケです!
今日は、先ほど文中でも触れた81年の『快走通信』(日産ブルーバードの記事がメインなのですが、売り物ではなくフライヤーなのでしょうか?大分の先輩から授かった貴重な資料です)掲載のインタビュー。
ただでさえデカい紙面に見開きでレイアウトされた記事を強引に4分割してスキャンしましたので見辛いと思います。すみません(汗)。
4枚ぶんをうまいこと繋げば全文読めるはずです。


Kaisou8101

Kaisou8102

Kaisou8103

Kaisou8204


では 次回更新は、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ第3弾、『アコギ編』です。
またまた建さんのことをたくさん書くことになりそう。

エキゾティクスの頃の建さんはとにかく「俺はベーシスト!」の主張が強いのですが、プロデュースを任されたEMI期には楽曲至上の手法に転じ、次回お題曲では何と、自身の作曲作品にも関わらず(いや、自身の作曲だからこそ、なのかもしれませんが)でベースレスでアレンジしているほど。これがまた素晴らしい!
ベースに代わり建さんのセンスを押し出しているのがアコギなのですね~。

アルバム『彼は眠れない』から、僕が特に好きな名曲のお題でまたすぐにお会いしましょう!

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2017年4月 2日 (日)

沢田研二 「卑怯者」

from『HELLO』、1994

Hello

1. HELLO
2. DON'T TOUCH
3. IN BED
4. YOKOHAMA BAY BLUES
5. 卑怯者
6. RAW
7. ダーツ
8. Shangri-la
9. 君をいま抱かせてくれ
10. 溢れる涙

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桜満開、とはいかない週末でした。
今日はお昼に出かけて神田川周辺を歩いてみたんですが、本格的に桜並木を楽しむまでにはあと数日かかりそうですね。

さて、今年の新譜2曲の記事も書き終え、今回からまた様々な時代のジュリー・ナンバーをお題に、タイトな文量でビッシビシ更新してまいります。

4月前半は「この曲のこの演奏にシビレる!」シリーズと銘打ちまして、まだ記事にしていない曲の中から特に僕の好きな素晴らしい演奏が聴けるものを選んでゆくという趣向で、まず第1弾の今日は「ドラムス編」。
僕は2008年12月3日、東京ドームでの鉄人バンドの演奏でジュリー堕ちしましたから、これまでジュリー・ナンバーのレコーディング、ライヴに関わってきたドラマーの中ではやはりGRACE姉さんが一推しです。
ただ、GRACE姉さんがレコーディングした曲はリアルタイムですべて記事を書き終えています。そこで今回は、アルバム1枚きりの参加ながら、その個性的な音で唯一無二の輝きを放つ湊雅史さんのドラムス演奏に焦点を当ててみたいと思います。
アルバム『HELLO』から・・・そう言えば、この曲にタイアップがあったことを先日知ったばかりです。
「卑怯者」、伝授!


ドラムの話の前に、まずは楽曲考察を簡潔に。
昨年末に「HELLO」の記事で書いたように、僕はこのアルバム購入当初は、秋元康さん作詞の収録曲に若干の抵抗を覚えていました。阿久さんのダンディズムを引き継いだような詞のシチュエーションが94年当時のジュリーにはそぐわないのではないか、空回りしているのではないか、と感じたからです。

でもその後繰り返しアルバムを聴くうち、そうではない、と。これは正にこの時代のヒット・チャートのトップを駆けていた秋元さんと後藤次利さんの尽力なくして成しえなかった1枚だと思えてきました。
「チャート関係なく、自分の歌いたいことを歌う」ために翌年からセルフ・プロデュースに打って出るジュリーに、秋元さんや後藤さんがキッチリと「締めくくり」を提示したかのような名曲が「HELLO」であり「卑怯者」ではなかったか、と今は考えています。そのあたりについては「HELLO」の記事もご参照ください。

再評価が叶った今、僕が特に惹かれる歌詞部は

置手紙さえ残さずに
A                       F#m

夢でも見ていたみたいに ♪
      D          E           A

ここなどは、あの70年代、80年代に狂騒じみた感慨を持ちつつ「断ち切る」感覚がありますし

卑怯者! 指をさし  俺をせめるのは
       A      D       C#7    Ddim      F#m  F#m7

愚かな正義と知ってる ♪
D      E                 A

ここはジュリーの矜持に
も繋がる・・・今タイムリーな言葉で言うなら「60過ぎて地位もなにもない」。
ジュリーはずっとずっと前から、大切な人のためなら矢面に立つ(自らを攻め立てられる立場に置く)ことに躊躇いを持つ人ではありません。後追いファンの僕はジュリーwithザ・ワイルドワンズでのテレビ出演時の演奏シーンについて考えて初めて、ずいぶん遅れてそんなことを考えたものでした。

一方では、この詞で秋元さんが描くのはギリギリのダンディズムが辛うじて支える「自虐」でもあります。「別れ」の状況にはリアリズムもあります。
かつて僕は「ヤマトより愛をこめて」がダンディズムで「LOVE(抱きしめたい)」はリアリズム、と書いたことがありますが、秋元さんはまるでその双方を、阿久さんの描いた歌の主人公が年齢を重ねて40代後半となった姿を重ねたかのように訥々と語ります。この点は「HELLO」よりも「卑怯者」の詞に強く感じることです。

後藤さんのメロディーは、いわゆる「歌謡曲」寄りであるかもしれません。
ただし採譜してみますと、、王道のメロディーに配したコードはメチャクチャ手ごわい!
特徴的なのはディミニッシュによる代理コードの多用です。先述の歌詞部に登場する「Ddim」以外にも

見慣れた街を後にして
A                          F#m

夜明けの列車で 俺は出てゆく ♪
          D       E    Fdim   F#m    E

の「Fdim」であったり

今ならおまえは やり直せるはず
      Dmaj7         A       C#m7  F#m

どんなに別れがつらくても ♪
   D       Bdim              F#m    B7

の「Bdim」であったり。
緻密に練りこんでいるんですよね。さすがです。

キーはイ長調ですが、イントロとエンディングに独立したギター・リフ(「A7」)を配した構成も大好き。ちょっとインドっぽいと言うかサイケっぽいと言うか、不思議な音階のリフ・フレーズに、僕はXTCの「Earn Enough For Us」という曲でのアンディ・パートリッジの演奏、アレンジを連想しました。
これがもしシタールに近い音色だったら、前年リリースの「Come On!Come On!」のような感じに仕上がっていたのかな。

それでは、今日のメインテーマである湊さんのドラムスについて書いていきましょう。
ガッチガチのセメント・チューニング。演奏時のインスピレーションでアドリブを繰り出すスタイルで、「同じ曲を二度と同じようには叩かない」とまで言われることもあるという「感性型」にして「超・攻撃型」のドラマー、それが湊さんです。

僕は湊さんが在籍したDEAD ENDについてほとんど知らなかったこともあり、初めてアルバム『HELLO』を聴いた時(特に「Shangri-la」が強烈でした)、「このドラマーは一体?」とクレジットを見て(その当時は『HELLO』の歌詞カードも普通に読めたなぁ・・・遠い目)湊さんの名前を頭に刻み込みました。
ただ、その後も含めて僕にとって湊さんのドラムスは、ジュリーのこのアルバムだけに集約されてしまっています。湊さんのことを語るならば本来はもっと手を拡げて勉強しなければならないところですが・・・今回はご容赦ください。
実は、湊さんの年齢を把握したのがつい先日のことなのです。なんとなく「大ベテラン」「大御所」のイメージを勝手に持ち続けていたんですけど、GRACE姉さんのツイッターをたまたま拝見して(こちら)、「えっ、湊さんってGRACE姉さんが「くん」付けで呼ぶような年齢なの?」と驚き、ネットで調べてみた次第。
なんと、僕とたった1学年しか変わりません(湊さんは早生まれですので、誕生年は僕と同じ1966年)。ということは、『HELLO』参加時はまだ20代ですか。凄い!

「卑怯者」のレコーディングでも、もちろんリハを重ねての本番だったのでしょうが、湊さんの演奏はテイクごとに細かなニュアンスが変化していき、「その一瞬」でしか繰り出せなかったフィルや打点を僕らは正規音源として今CDで耳にしていることになります。

湊さんの演奏が「何か他の人と違う」伝わり方をするのは第一に皮を「硬く」張った状態にして叩くチューニング。スネアの音が最も分かり易いでしょう。残響音が少なく、一打一打の主張が強くなっています。
第二に「インスピレーションによるアドリブ」。これは特にハイハット(LIVEだと、向かってスネアの右隣にセッティングしてある二重のシンバル。2つのシンバルをを閉じると「チッ、チッ♪」と鳴り、開くとに「シャ~♪」と鳴ります。開閉は左足で操ります)に注意して聴けば伝わりやすいと思います。
例えば1番Aメロ、歌詞1行目で「裏」や「裏の裏」を刻んでいるのが閉じた状態。「置き手紙さえ♪」で突然(そこで入れるか!と驚かされます)「シャ~♪」と鳴るのがオープン・ハイハットです。
これらの開閉が規則性なく自由に、しかも刺激的に繰り出される演奏が湊さんならでは。
また

世界 中が敵でもいい
C#m  D           A     F#m

おまえだけはきっとわかるだろう ♪
C#m   D       Bm    D            E

このブレイク部のスネアを打つタイミング、面白いですよね。これも湊さんがその瞬間に何らかの着想を得て生まれた演奏です。

加えて、フィル・フレーズの素晴らしさは言わずもがな。
やっぱりロールを絡めたフィルが目立つ中、僕が好きなのは一番最後の「卑怯者!」の直後に「しゃたん!」と鳴る2打です。
サビでジュリーが「卑怯者!」と歌う箇所は曲中計6度登場しますが、湊さんがフィルを入れてくるのは最後だけ。
後藤さんが施した「しゃかしゃん!」というS.E.とかぶってしまっているのが残念です。セオリーには反しますが、最後だけはS.E.を抜いた方が素晴らしい仕上がりになったのでは、と思いますがいかがでしょうか。

下手の横好き&典型的な器用貧乏タイプの僕は色々な楽器をやりますが(いずれも腕前は三流です)、最初に入れ込んだのはドラムでした。
小学校の鼓笛隊でスネアをやったのがきっかけで、『太陽にほえろ!』のサントラでバンドサウンドに憧れ(つまり、僕には井上バンドのDNAがそれとは知らず幼少時に注入されていたのです)その後ブラスバンドでドラムスを始め・・・「本格的にやってみたら」と言ってくれる人もいましたが、ギターに出逢ってからはそちらに気持ちが行ってしまい、ドラムの練習をしなくなりました。
元々才能なんて無いわけですから稽古不足で上達が望めるはずもなく。
それに僕は当時から腰が弱かったですからね。ドラムスって、腰への負担が半端ないと言われます。
かつてPONTAさんが『イカ天』のゲスト審査員に出演されていた時、ある出演バンド(名前を忘れてしまいました)のドラマーが素晴らしい演奏を魅せてくれた回がありました。そのドラマーが撮影当時に腰を痛めながらの熱演だったと知ったPOANTAさんは「いいドラマーほど腰からやられるものだ」と、賛辞も込めて気遣いの言葉をかけていらっしゃいました。
たとえ口には出さずとも、PONTAさんもGRACE姉さんも、そして湊さんも、腰の不調を抱えながらずっと活動を続けていらっしゃるのかもしれません。

個人的には、「観る」側としても特にドラマーへの憧れは今でも強いです。
アルバム『HELLO』での湊さんの演奏を聴くと、「演奏してて爽快なんだろうなぁ」と思います。
湊さんの個性は、楽器に詳しくない人にもとても分かりやすいですから、この機会に是非ドラムスに気をつけて「卑怯者」を聴いてみてください。

最後に。
今年の全国ツアー、このアルバムのタイトルチューンにしてシングル曲「HELLO」は歌われるでしょうか。
昨年末に『祈り歌LOVESONG特集』のセットリスト予想として記事を書いたばかり(やっぱり当たりませんでした)の「HELLO」は、僕がまだ生で聴いたことが無いシングル曲のひとつです。
リリースは「YOKOHAMA BAY BLUES」と両A面扱いですよね。ジュリーはどちらかと言うと「YOKOHAMA~」の方がお気に入りのようですから、選ぶとすればそちらに気持ちがいくのかなぁ。
この先一度は「HELLO」の方も聴いてみたいのですが、下手すると今年がラストチャンス?
是非、期待したいです。


それでは、オマケです!
現在、94年の資料ネタが尽きてしまっているので、「卑怯者」というフレーズからの連想ということで・・・若きジュリーが演じた「坂本竜馬暗殺犯」(いや、秋元さんの描いた主人公はそういう意味での「卑怯者」ではないんですけど)の記事を。
福岡の先輩からお預かりしている『ヤング』のバックナンバー、82年9月号から2ページどうぞ~。


820901

820902

ジュリーがこんな役を演じたことがあるなんて、この記事を目にするまで僕はまったく知りませんでした・・・。


いやはや、今回は「コンパクトに」と心がけて書いたのにやっぱり長文になってしまいました。
「長過ぎて最後まで読めん!」とのお言葉、よく伺います。なんとか次こそは~(汗)。

それでは、『この曲のこの演奏に痺れる』シリーズ、次回第2弾は「ベース編」です。
盟友・YOKO君の大好きな・・・と言うか歌詞の内容が彼の若かりし日々そのまんま、というシングルB面の名曲を採り上げます。どうぞお楽しみに。

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