« 沢田研二 「想い出をつくるために愛するのではない」 | トップページ | 沢田研二 「枯葉のように囁いて」 »

2017年3月 4日 (土)

PYG 「淋しさをわかりかけた時」

『PYG/GOLDEN★BEST』収録
original released on 1971
シングル『自由に歩いて愛して』B面


Pygbest

1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version)
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花、太陽、雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Album Version)
13. ラブ・アンド・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Live Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

---------------------

かまやつひろしさん(ムッシュかまやつさん)が、先の3月1日に亡くなられました。
昨年かまやつさんが入院され病気を公表された時、僕はちょうど人生初の外科手術直前でした。
大変な病気と真正面から向き合い、復活を目指すかまやつさんのお姿に僕は喝を入れられ励まされました。
かまやつさんから勇気を貰い、手術も無事終わって術後の日々が一段落してから、僕は「午前3時のエレベーター」の考察記事を更新、かまやつさんのことをたくさん書きました。
あれからまだ数ヵ月しか経っていない・・・かまやつさんは宣言通りにラジオの仕事もされ、年末には堺正章さんの古希のお祝いに駆けつけるなど、お元気になられたものとばかり思っていました。
突然の旅立ちの知らせは信じられません。

作曲家としてのかまやつさんと言えば、スパイダースをリアルタイムで知らない僕の世代が真っ先に思い浮かべるのは、『はじめ人間ギャートルズ』のオープニング、エンディングの2曲です。
オープニング「はじめ人間ギャートルズ」は、ユーモラスなメロディーにファンキーなリズム、でも土台には武骨なブルース進行がある斬新な名曲。エンディング「やつらの足音のバラード」は、切なくも美しいワルツのメロディーで人類創生が歌われます。いずれも当時から変わらず大好きな曲です。
その後、かまやつさんがジュリーやタイガースに提供した名曲群を知り、スパイダースでの活躍を知り・・・日本のポピュラー音楽の礎を築いたレジェンドだったのだ、と学びました。

訃報があった2日は、ずっと「港の日々」を聴いていました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

☆    ☆    ☆

3月になりました。
祈りの月・・・ジュリーの新譜『ISONOMIA/揺るぎない優しさ』が今年も3月11日にリリースされます。また、澤會さんのツアー・インフォメーションは来週半ばに発送されるとのことで、新曲を聴きながら日程とにらめっこすることになりますね。

今年の新曲は久々の白井良明さん作曲の2曲。
お正月LIVEに1度聴いているとは言え、歌詞やメロディー、アレンジについてはまだ未知数の部分が多く今からCD音源を楽しみにしていますが、新譜発売までのこの3月上旬、拙ブログではこれまでみなさまから頂いていたリクエストお題の中から何とか頑張って3曲を書かせて頂くつもりです。
まず第1弾として、いつも丁寧にブログを読んでくださっている先輩から授かりましたリクエスト曲、PYGの「淋しさをわかりかけた時」を採り上げます。
この曲のリクエストを頂いてからは、ずいぶん時間が経ってしまいました・・・。

そして、今日は「伝授」とは言えない「懺悔」モードがメインの記事となります。
「そんなのつまらない!」とのお声もあるでしょう。でも僕は特にこの数ヶ月、大好きな将棋界の未曾有うの混乱、迷走ぶりを目の当たりにして、「懺悔」「謝罪」がいかに大事なことかを痛感しています。
ほとんどの方はこの将棋界を揺るがす大問題について詳しいことをご存知ないでしょうが、長い将棋ファンの多くが今怒り嘆いているのは、一部の「当事者」である棋士が何故「酷いことを考え、口に出してしまった。ごめんなさい」のひと言を言えないのか、という1点に尽きるのです。しかもそれを言わないのが、悉く僕が普段から個人的に応援してきた棋士達であるという・・・なんともやりきれない思いです。
僕自身が同じではいけません。時間はかかってしまいましたが、今こそ「ごめんなさい」を言う時。
恐縮ながら・・・よろしくおつき合いくださいませ。


Img196

まずは、ちょっと長くなるんですが・・・今日のお題リクエストを先輩から授かり、今回の執筆に至るまでの経緯について書かせてください。

僕のブログ(に向かう心構え)はこれまで幾度かの転機を重ねていますが、その中でも2011年には2度に渡って大きなきっかけがあり、その時に色々と自問自答し考えたことは今も継続して自分に言い聞かせています。
考えたことを具体的に言うと
「読んでくれる人の気持ちを考える」
「己の無知、至らなさを自覚する」
この2点です。シンプルなことではありますが、以前の僕はそれがまるでできていなかったのですよ・・・。
じゃあ今それがうまくいっているかと言うとどうか分かりませんが(自分で「なってなかったなぁ・・・」と思う時もままあります)、常に頭にあることです。

2008年12月の『ジュリー祭り』東京ドーム公演レポートを機に「じゅり風呂」となったこのブログ。有難いことにたくさんの方が訪問してくださるようになりました。
それだけに今振り返って、特に2010年までの記事の中には、大間違いの記述に恥ずかしくて削除してしまいたい、あまりにも失礼な物言いで穴があったら入りたい、と思える記事も多いです。
楽曲考察記事については「あまりにも」と感じる部分を後からこっそり修正することもあるんですけど、問題はLIVEレポート。生ものの記事ですから修正も躊躇われ、自戒も込めてすべてそのままにしてあります。
酷い記述、傲慢な表現・・・とても多いですよ。
記憶の大間違いというだけならまだマシ。例えば2009年『奇跡元年』のレポートで僕は、鉄人バンドのインストのコーナーを平気で「休憩」と書いています。
演奏の諸々を偉そうに薀蓄垂れておきながら、ありえないことですよね。

まぁ、2009年までは「目下勉強中」ということで良かった・・・翌2010年、地方にお住まいの先述の先輩がわざわざ時間を作ってくださり、このブログについてアドバイスをくださるまでの期間は、かなり問題ありでした。
まず僕は同年リリースの新譜『涙色の空』を聴いて「これは凄いことになった」と感じました。
ベースレスの鉄人バンドが、完全に新たな境地に達した、ジュリーは奇跡のバンドを遂に手にした、と。特にタイトルチューン「涙色の空」での「1人1トラック体制」はちょっとこれまで聴いたことがない、こんなふうに音をぶつけてくるバンドは世界中でも他にないとの気持ちが強く、それなのに世間にそれが知られることなく、多くのジュリーファンにも伝わっているのかどうかも分からず・・・「聴くからには真に理解して欲しい」などと偉そうなことを思うようになり、演じ手と聴き手の乖離についてツアー・レポートで書いてしまいました。
「乖離」は実は自分の足元にこそありました。

その先輩は僕の書いたことを「ショックだった」と仰いました。そこで初めて、僕は自身の酷い傲慢に気がつくことになります。
ひとりよがりで調子に乗っていた、自分が見えていなかった、と思い知らされました。

その後しばらく、試行錯誤の時期が続きます。
「失礼のないように」と考えながらブログに向かうようにはなったのですが、具体的に何をどう変えていけばよいのかまでは分からずにいました。
「こう変えよう」と心が決まったのは2011年・・・先述の通り2つの大きな出来事が契機となりました。
ひとつはあの震災です。
遅すぎましたが、ようやく「人の気持ちを考えて書く」ことに思い至りました。自分の考えたこと、思うことを書く前にまずその点を考える・・・それをしないとブログを続けられないほど、あの震災は深刻な出来事でした。
もうひとつの出来事は、”ほぼ虎”という形ではありましたが、初めてザ・タイガースを生体感したこと。
「ロック」のカテゴライズに縛られて音や演奏を追いかけていたのでは見えてこない大切な魅力がここにあるのだ、と半年間の全国ツアーでガツンと知らされたように思います。
僕の想定外のところで「ステージと客席が通じ合う」不思議な雰囲気が漂う公演に何度も遭遇しました。ツアー前に2ケ月使って20曲の考察記事を書いたことも含め、タイガースと真正面から向き合ってみると、自分の至らない点が次々に見えてくるようでした。
何も分かっていないのは僕の方じゃあないか、と。

それからですよ。タイガースでなくとも・・・ジュリーのソロ・コンサートに参加していて、本当に時々ですけど「今、ステージとお客さんの間で特別なことが起こっている。僕はその境地に追いつけていないなぁ」と思う瞬間を感じるようになったのは。
2012年『3月8日の雲~カガヤケイノチ』ツアー後半の「気になるお前」が最初かな。
それまでもきっとあったそんなシーンに、僕は気づけていなかったのですね。
今回は参加叶わず生で体感できませんでしたが、先のお正月の「頑張れ!」エールのシーンもそうだったんじゃないかなぁ、と想像しています。
ジュリー=ロックという考えには今でも変わりありませんし、それどころか「今、世界で一番ロックしている歌手」だと思ってはいますが、今ではそこに「ジュリーはロックというジャンルだけでは括れないけれど」との枕が常に脳内についてきます。この感覚は2011年以降ずっと僕の中にあるものです。

以来、「ロック」を振りかざしたり、自分の考察を絶対のように押しつけることだけはやめよう、と決めました。これは、2010年に先輩が色々とお話くださらなければできなかったことだったかもしれません。御礼が本当に遅れましたが、とても感謝しています。

さて、そこで今日のお題「淋しさをわかりかけた時」。
PYGナンバーの考察は、タイガース以上に僕には難しいのです。当然僕はPYGのステージを生で体感したことがないですし、実はジュリーのデビュー以来の長いファンでいらっしゃる先輩方の中にも、「タイガースのLIVEは観たことがあるけどPYGは機会を逃してしまった」と仰るかたも多いほど。
まして僕などは当時の空気感も想像すら困難。ただただレコーディング音源を聴き込んで色々と考えていくしかないのですが・・・これは何という名曲でしょうか。

1971年リリースという時期を考えても、演奏の完成度はもとより、タイガース解散の記憶も新しいこのタイミングでジュリーはこんな歌を歌っていたのか、との驚き。その声、詞、メロディー、演奏からは美しいほどの切なさが襲ってきます。
これは・・・何だろう?
先述の先輩からリクエストを頂いた際には、リクエスト曲とその時の先輩のお話とは別物と考えていましたが、いやいやそうではなかったのかなぁ、と。
安井かずみさんのこの詞は、「人の気持ちや痛みを考える」内容ともとれるのではないでしょうか。

雨には雨の歌があ  る さ
Gm        Am      Dm  C   F

忘れてたやさしさ ♪
Gm        B♭   F

こちらの気持ちが「晴れ」であっても、相手は「雨」の時もある。雨には雨の歌がある・・・。

愛には愛の明日があ  る よ
Gm        Am         Dm  C    B♭maj7

淋しさをわかり かけた時 ♪
   B♭   Em7-5  A7       Dm

「分かった」ではなく「わかりかけた時」。完全に理解はできていなくとも、「気づき」があれば自分から変わっていける・・・これは、2011年のあの震災と”ほぼ虎”ツアーで僕が悩みながら自分の意思で「変わらなきゃ」と考え過ごした日々と驚くほどリンクします。

この曲はじめ、PYGの演奏は圧倒的にロックです。「ロックバンド」以外の何物でもない・・・だからこそ、当時もしかすると少し前の僕のように、彼等が実際に奏でる音楽とLIVEに訪れるファンの応援のありかたの乖離を書きたてた評論家さんもいたかもしれません(具体的にそのような資料は見たことはないですけど)。
今はそれがまったくナンセンスと分かります。「淋しさをわかりかけた時」の安井さんの詞に、僕はそんなことも改めて教わる思いがします。

・・・と、ここまでは「考察」と言うより個人的に「書いておきたかったこと」です。長々とごめんなさい。
ここからはこの名曲の聴きどころを探ってみましょう。

Sabisisawowakari


今日の参考スコアは、『深夜放送ファン・別冊/沢田研二のすばらしい世界』から。採譜されたコードは相当怪しく誤りだらけですが、本当に貴重な資料です。

まずイントロ、無機質な鐘の音とハモンド・オルガンの低音で「不穏な」感じを受けますね。「花・太陽・雨」でのジョン・レノンの「マザー」のような4拍の重々しいギター連打の印象と重なります。
ところがこのイントロの進行は、曲の最後のハミング部で再度登場。ハモンドの音階が変わり、ハミングのヴォーカル・メロディーが加わるとこうも違うのか!と言うほどの爽快さに驚かされます。
そりゃあそのはず・・・これは、あの「風は知らない」のイントロとまったく同じ進行なのですから。

歌メロが始まると

今  なら話せる傷ついた過去
Dm   C     F       B♭          C   A7

今  なら許せる
Dm   C     F   B♭

あいつ 若い日の憎しみも
      Gm              Am7   Dm   C

今  なら歩ける あの夕陽の丘 ♪
B♭  Am7 F            B♭        C  A7


(ちなみに、『沢田研二の素晴らしい世界』ではAメロの出だしをすべて「Dm→Am→F」で統一していますがこれは二重の意味で誤りです。「今なら許せる」と「今なら歩ける」でコード進行を変えてきているのがPYGの素晴らしい工夫です)

重い歌詞です。
想像でしかありませんが、リアルタイムで聴いたジュリーファン、タイガースファンは、この歌に同年1月24日の記憶を呼び起こされたりしませんでしたか?
新規ファンの僕ですら、この詞を歌うジュリーに「涙」のニュアンスを感じるほど・・・実際、手持ちのCD『GOLDEN★BEST』に収録されているライヴ・ヴァージョンでは、「心では泣いてても」と歌うジュリーの声が涙で震えているように聴こえます。
でも、それがまたジュリー・ヴォーカルと大野さんのメロディーの魅力。背負うものも多い中で、「自分達はこういう音楽をやっていくのだ」との覚悟も感じます。

それにしても、リアルタイムでドーナツ盤のシングル『自由に歩いて愛して』で両面2曲を聴くインパクト、感じられるバンドの気迫は如何ほどだったでしょう。
A面、B面合わせてのコンセプト・シングルという点では、タイガースからのジュリー50年のキャリア中でも突出した1枚かと思います。
PYGの気迫、一体感はこの2曲それぞれのアレンジにも表れていて、間奏ひとつとっても、堯之さん作曲の「自由に歩いて愛して」で大野さんのオルガン・ソロ、大野さん作曲の「淋しさをわかりかけた時」で堯之さんのギター・ソロと、対をなしています。

「淋しさをわかりかけた時」の堯之さんのソロは素晴らしい名演で、「花・太陽・雨」のソロを短期間で進化させたかのようです。
左サイドにギターのコード・カッティングのトラックがありますから、このソロは満を持しての「後録り」でしょう。堯之さんは、チョーキングの際に上弦に触れるかすかな音すら「こう!」とストイックに作りこんでレコーディングに臨んだのではないでしょうか。

それと、これは以前「初めての涙」の記事でも書いたのですが、ジュリーのヴォーカルに身を委ねている時、瞬間瞬間で飛び込んでくるショーケンの声に耳を奪われハッとする、ということがこの「淋しさをわかりかけた時」でも起こります。
例えば1’27”の「明日が♪」のあたり。ショーケン独特の濁音表現の存在感、ハンパないですね。

PYGの曲には、たとえ明るい曲調、前向きな歌詞であってもどこか(良い意味で)影があるように思います。これは、70年代初期洋楽ロックのカウンター・カルチャー色を採り入れているとも言えますし、日本独自のニュー・ロック的な表現であるとも言えます。
苦境の中から立ち上がって行こう、という感覚でしょうか。ですから、ちょっと落ち込んだりしている時に心に染み入ってくる曲が多くなります。

僕はこの「淋しさをわかりかけた時」と「自由に歩いて愛して」の2曲を、2014年のツアー・ファイナル直後によく聴いていました。
ステージで色々とあって僕らジュリーファンの気持ちも沈みがちだったあの時期、この曲を歌う71年のジュリーの声になんとも言えず癒されたものです。
「ただ明るいだけ」の曲ではそうはいかなかったかもなぁ、と思います。

もうひとつ重要だと思えるのは、ジュリーがこの曲を2007年のお正月コンサート『ワイルドボアの平和』で採り上げ、冒頭1曲目で歌っていることです。
『ジュリー祭り』の後、僕は先輩方からタイガースについて色々と教えて頂く機会が多かったのですが、その時「数年前から、ジュリーがピーに会おうとしている」ということを何人もの先輩から伺ったものでした。

タイガースの再結成とかそういうことではなく、長い間疎遠になってしまった友達との再会を望んだジュリー。そんな最中の2007年、「淋しさをわかりかけた時」のような歌をジュリーが歌った、というのは何か深い意味があるようで・・・考え過ぎなのでしょうか。
僕は『ワイルドボアの平和』でジュリーが1曲目に歌った「淋しさをわかりかけた時」をリアルタイムで体感した長いジュリーファンの先輩方が、その時どのような感想を持たれたのかとても気になります。
「おおっ、すごくレアな曲が聴けた!」というそれだけではなかったのではないですか?
コンサートに参加されたみなさま、是非この機にお話を聞かせてください。

今夏からの50周年メモリアル全国ツアー、「シングルばかりを歌う」ということで、ファンは「PYGの曲は歌われるだろうか」と期待を寄せています。
多くの先輩方はその中でも「自由に歩いて愛して」を切望されていますが、どうなるでしょうか。
個人的にはやっぱり「花・太陽・雨」じゃないかなぁと予想しています。
僕が生でPYGナンバーを聴いたのは『ジュリー祭り』の「花・太陽。雨」唯1度。他の曲となるとすべて未体感です。タイガースについてはどうにかこうにか先輩方の後から必死に追いかけ、末席からでもついてはいけてるなぁと思いはじめた僕ですが、PYGは本当に未知のゾーン。気をつけていないと未だにバンド名を「ぴー・わい・じー」と呼んでしまいます(これはYOKO君も同様)。
夏からのツアーで、少しでもPYG追体験の感覚に浸れると嬉しいのですが・・・。


それでは、オマケです!
Mママ様からお預かりしている切り抜き資料の中から、『叫び pyg言行録』をどうぞ~。


Img179

Img180

Img181

Img182

Img183


では、みなさまからのリクエスト週間、次回も「シングルB面」のお題が続きます。
今度はジュリーのソロ、エキゾティクス期の名曲。

僕としては珍しく(汗)、リクエストを頂いてから僅かひと月で書くことになります。
その曲に
は、以前から「書きたい!」と考えていた「アレンジの謎」があるのですよ~。この機に独自の推測でその謎を紐解いていきたいと思っています。
引き続き頑張ります!

|

« 沢田研二 「想い出をつくるために愛するのではない」 | トップページ | 沢田研二 「枯葉のように囁いて」 »

みなさまからのリクエスト伝授!」カテゴリの記事

コメント

Dy 様、3月に入り新譜発売迄いよいよ一週間を切りましたね。そして、東日本日本大震災も発生し丸6年。
岩手県、宮城県は東北の方々の粘り強い意志の元、一歩一歩着実に暮らしを立て直されていらっしゃることには、本当に頭が下がります。もちろん、それぞれのお心の内はわかりませんし、それを勝手に忖度することは不遜でしかありません。
東京に住み仕事のある私に出来ることは、意識的に岩手県、宮城県、この2県にも増して福島県産の品々を、日々の生活に組み込むこと。祈ること。学ぶこと。時々はしっかり「怒る」こと。そして「fridays voice」に参加すること。
福島県はもちろん原発事故の為、人為的に移動を余儀なくされている方々はもちろん、移動はなくても生活基盤が立ちにくくなられた方々の日々の暮らしは、未だ道半ばどころか、目処が立たないのが現実。
特に東京新聞が毎週掲載している「F.V.の声」を読む度に、日々の暮らしの中で見失い勝ちな「寄り添い」の意識をフラットに戻しています。

ムッシュと奥様が一週間を置かず共に帰天され、学生時代「ムッシュ」〜かまやつさんが開いていたお洋服屋さん〜で遊ばせてもらったことを思い出しました。日本の音楽シーンに、常に新たな刺激とカテゴリーの垣根を軽々と超えてのかまやつさんの音楽人生、それに常に寄り添い遂げられた奥様のご冥福をお祈りさせて戴きます。又、「人の生き死に」への意識を新たにしました。

「PYG」のliveは野音が最初。板の上は凄〜〜く良かったけれど、板の下にはちょっと……。キャ〜は苦手。
Julie '17 live ture 50曲でのPYG曲は「自由に歩いて愛して」をアンコールでが私の希望ですが…はたして。

相変わらずの長文で(-。-; ですし、お題のことについてナッシングですが、「PYG」を聴く度に「中井さん、本当にありがとうございました‼️」と、感謝の気持ちが湧いて来ます。あの方なくして、「THE TIGERS」も「PYG」も今にきちんとした形で音楽シーンに遺されなかったでしょうから。

ではでは、春は名のみの〜でまだまだ安定しない陽気が続いております。Dy 様&奥様共々ご自愛下さいませね。☺︎🌷

投稿: Lucha | 2017年3月 5日 (日) 06時15分

DY様 こんにちは

ご苦労があったこと、その様子も知りませんでした。とても紳士的な対応されているコメントを読んでいると、頭の下がる思いになります。私などは、見た目やさしく真面目でおとなしそうかもしれませんけど、切れるのが早い!瞬間湯沸し器みたいに。ダイナマイトさんが一番素敵なところは、ジュリーの歌全曲に愛を持っていることだと思っています。どうぞその愛情で、全曲解説制覇をよろしくお願いします。

私がPYGを知ったのは、楽譜「沢田研二ビッグヒットコレクション」(500円)を買った時です。ディスコグラフィにPYGのレコードも載っていました。どんなグループなのか理解するまで時間がかかりました。ですので私もPYGの思い出はありませんが、レコード大賞を受賞した時にショーケンを始めメンバーが舞台に登場したシーンが印象に残っています。

お題曲ですが、ライブで一度聴きました。頭の中は「?」状態、ダイナマイトさんの解釈通りザ・タイガースの再結成の思いがあっての選曲だと気づいていたら、ファンとしては更に嬉しさ倍増したことでしょう。

久しぶりにお題曲を聴いていて「えっ」となった箇所がありました。ライブバージョンの方が分かりやすい。1分57秒に登場する堯之さんのギターソロのフレーズが、ジュリーの「そして一人」のサビに出てくる♪Love me Love me Love me と全く同じではないですか。嬉しい発見です。

投稿: BAT | 2017年3月 5日 (日) 15時15分

Lucha様

ありがとうございます!
お返事大変遅れました。どうやら決算の仕事も今日で一段落つきそうで、新譜発売までまた今夜からスパートかけます!

実は今回のかまやつさんのことで、いつもお世話になっている先輩から個人的に追悼の文章を頂いていたのですが、その中でLucha様が書いてくださっているかまやつさんのお店の思い出話もありました。
赤坂の東急の中のこじんまりしたお洒落なお店だったのだそうですね。かまやつさんってファッショナブルなかただったんだなぁ、と初めて知りました。
改めて、かまやつさんのご冥福をお祈りしたいと思います。

福島第一原発・・・未だ廃炉に向けて「方法が分からない」事案があることをどのくらいの人が認識しているでしょう。「廃炉はゆっくりとだけど進んでいる」と何となく思っている人も多いのではないでしょうか。
一度事故が起こってしまったらこうなるのだ、ということを報道するメディアが少ないのは、なんともやりきれませんね・・・。

毎度バタバタしてすみません。一度お返事切ります~。

投稿: DYNAMITE | 2017年3月 7日 (火) 09時02分

Dy 様、決算期が一段絡とのことで、又「伝授」ギアが上がった儘、新譜発売へと云うことと伺い、嬉しく楽しみに致しております。

かまやつさんの「ムッシュ」ですが、私が入りびたって?いたのは、銀座松坂屋にあったスペースの方〜知人がバイトしておりました関係もあり〜でした。
赤坂のお店などは、私レヴェルではちょっと…と云う程敷居が高くて、ついに足を踏み入れることがありませんでしたので。
商品は、デザイン、素材、仕上がり共々最先端のレヴェルにあり、その商品は男女関わらず着られる人、買える人ならどなたでもと云う、大らか且つ自由度の高いものでしたが、お値段もそれなりな…でしたから、私達学生が気軽に手出しはしにくかったお店でもありました。
この当時私達学生にとって、銀座・六本木・原宿・青山などは普通に利用致しておりましたが、赤坂だけは完全に「大人だけの街」と認識されてましたので、全く利用することなど埒外のエリア〜「MUGEN」はエスコートあり限定でたまに〜でしたから。

では、ギアの上がった「伝授」楽しみに、11日は山野売り上げランキングに貢献するべく、銀座で購入を予定致しております。ではではでは🌹

投稿: Lucha | 2017年3月 7日 (火) 10時26分

BAT様

ありがとうございます!

いえいえ、みなさまからのお言葉で少しずつ改めたり反省したりして成長させて頂いてはおりますが、僕などまだまだ「紳士的」には程遠いです。それこそ、かまやつさんのような人から比べれば洟垂れ小僧ですよ・・・。
僕は性格的に自分のことをあれこれ言われるのは何ともないのですが、自分の好きな人のことを言われると瞬間沸騰します。ですから、隣でジュリーの悪口を言う人がいたら速攻で爆発すると思いますよ(汗)。

「そして一人」・・・なるほど目からウロコです。
この曲は堯之さんのファンでもあるJ先輩とお話しているとよく話題に上がる曲です。ご指摘の点はこれまで気づいていませんでした。面白い類似ですね。

「沢田研二ビッグヒットコレクション」は僕も長崎の先輩から長々とお借りしていて今も手元にありますが、「自由に歩いて愛して」のコード採譜はちょっと自由過ぎますね(笑)。

Lucha様

ありがとうございます!

あぁなるほど、そうでしたか。
それで分かりました。その先輩の文章では、その赤坂のお店の前で「友達とモジモジしていた」「ムッシュのロゴ入りのシャツがあって、あれなら買えるね、と話していた」と書いていらしたのです。何故モジモジしていたんだろう、と不思議に読んでいましたが、Lucha様のコメントで何となく雰囲気が分かりましたよ~。

今夜には次の記事をupする予定です。
引き続き頑張りたいと思います。

投稿: DYNAMITE | 2017年3月 7日 (火) 11時33分

DY様 こんにちは。

大好きな歌です。
私もこれを聴くたびに1月24日を思い浮かべます
。PYGは厳密には解散してないはずなのですが、もう一度生で観ることはタイガースよりいろんな意味でハードル高いですよね。
日劇のウエスタンカーニバル(多分)で何回か観てます。ジュリーとショーケンのキス(?)とか。(笑)

ムッシュの訃報、ショックです。
自分にとって、そこにいらっしゃるのが当たり前、と思っていた方々が次々にリアルの世界から消えていく・・・。
年月は残酷で愛おしい。

投稿: nekomodoki | 2017年3月 7日 (火) 17時23分

nekomodoki様

ありがとうございます!

やはりそうですか・・・タイガースからの長いファンの先輩方はきっとこの曲を聴いて1月24日を思い出されるのではないか、と想像していました。
ウエスタンカーニバル、実体感されている方のお話はいつも羨ましく思います。PYGとしても出演していたのですね。

かまやつさん、YOKO君もショックを受けています。昨夜は2人で「ノー・ノー・ボーイ」のスコアをやりとりして研究しました。
YOKO君曰く「日本のロック第1世代の大先輩」・・・素晴らしい人だったと思います。

投稿: DYNAMITE | 2017年3月 8日 (水) 16時46分

ジュリーとは関係のない話で恐縮なのですが、この記事冒頭に書いた将棋界の問題についての補足です。

「ずっと応援してきた棋士達に素直な謝罪の態度が見えないのがやりきれない」と書いたわけですが、その中の1人、橋本崇載八段(ずっと前に『アカン警察』に捕まったりして、棋士の中では一般的にも知られている方の人だと思います)が、今月初めに「疑ってしまってごめんなさい」と発信されていたことを今日になって知りました。

橋本八段曰く「三浦九段の潔白を世間に知って頂くために拡散を希望」とのことですので、将棋とはあまり関係のない拙ブログでも、こちらのネット記事のリンクを貼らせて頂こうと思います。

http://shogi1.com/hashimototakanori-gomennasai/

男にとって「前言撤回」は勇気のいることですが、橋本八段の今回の発信はとても嬉しかったです。
あんなに応援していたのに、NHK杯で勝ちあがっていたのに、応援する気持ちがしぼみかけていたところでした。
今後の橋本八段の、明日に向かっての行動に注目したいです。

ハッシー、今度の理事選に立候補してくれ!


投稿: DYNAMITE | 2017年3月 9日 (木) 17時04分

DY様
 おはようございます。
 私が「読者」になって初めてのPYG曲の登場、今、『FREE WITH PYG』聴いていますが日曜日の朝に合うような合わないような……。
 お題曲、初めて聴いたのは中学生の時にカセットテープで出ていたPYGのベスト盤?です。「自由に歩いて愛して」のB面曲と知ったのは少しあとだったと思います。タイガース、PYGをリアルタイムで聴けなかったのは、キース・ムーン存命時にフーを見れなかったのと同じくらい残念ですね、例え幼くても「生まれては」いたのですから。 
 「ZUZU SONGS」でライブで初めて聴いた時はアレンジも変わっていて「何だかな~」と思ったんですが(すんません、偉そうに)、改めてPYGで聴くとなかなかいい曲ですね。ライブ盤の方が好きかな、堯之さん入魂のギター、かっこいいです。「自由に歩いて愛して」はスタジオの方が好みです。

 

投稿: ねこ仮面 | 2017年3月12日 (日) 09時20分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

『FREE WITH PYG』は僕も音源だけですが持っています。
これ「いざGI!」の朝ならばテンション上がって合っているのではないか、と思いますよ(笑)。

「自由に歩いて愛して」は僕も確かにレコーディング音源の方が好きかもしれません。
とにかくあのギターはメチャクチャ難しいんですよ!
LIVEで完全に再現するとなると、2人ギタリスト体制が必須になるのでは、と思います。
逆に、1人で再現した堯之さんや柴山さんが凄い、とも言えますが・・・。

さてキース・ムーンと言えば、ザ・フー。ザ・フーと言えば今年の新譜です。もうお聴きになりましたか?
「ISONOMIA」での白井さんの作曲、アレンジは「ROCK'N ROLL MARCH」に引き続いてのフーとクイーンの合体。カップリング「揺るぎない優しさ」では、オータコージさんのキース・ムーンばりの強烈なタム攻勢が堪能できます。
やはり演奏者が変わると音も変わるものですね。

投稿: DYNAMITE | 2017年3月13日 (月) 12時26分

DY様

高校生になってから「花・太陽・雨」は、大好きになりましたが、発売当時は、B面も含めて、少々、荷が重たい曲ではありました。2作目の「自由に歩いて愛して」と「淋しさをわかりかけた時」を聴いたときの第一印象は、分かりやすくなったでした。いつ聴いても「自由に歩いて愛して」の恰好よさは格別です。「淋しさをわかりかけた時」のイントロの鐘の音を聴くと、当時もいまもジョンのマザーを思い出します。また、当時、洋楽ファンの友人から、PYGなんてROCKじゃない。歌が全然ダメ、と言われた瞬間、顔面にパンチをくれてやった若き頃を想い出します。全然、音楽的な話ではなくて、すみませんでした。

投稿: ムーミンのパパ | 2017年4月 6日 (木) 10時53分

ムーミンのパパ様

ありがとうございます!

いえいえ、音楽以外のことでも何でも、新規ファンの僕にとって先輩方のリアルタイムの想い出話は大歓迎です。コメント嬉しいですよ~。

それにムーミンのパパ様は、ジョン・レノンも並行して聴いていらしたご様子。
僕はビートルズファンですが、完全な後追いです。真剣に聴き始めた矢先にジョンが亡くなってしまったという世代ですから、「淋しさをわかりかけた時」のイントロから「マザー」を連想するゾクゾク感も、リアルタイムで双方を体感されてきた先輩とは比較にならないでしょう。

PYGはロックですね。
今年のジュリーの全国ツアーで果たして「自由に歩いて愛して」が聴けるのでしょうか。

投稿: DYNAMITE | 2017年4月 6日 (木) 16時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185531/64939329

この記事へのトラックバック一覧です: PYG 「淋しさをわかりかけた時」:

« 沢田研二 「想い出をつくるために愛するのではない」 | トップページ | 沢田研二 「枯葉のように囁いて」 »