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2016年6月 1日 (水)

沢田研二 「ベルリンの月」

from『act#1 KURT WEILL』、1989

Kurt1

1. モリタート
2. 男はいつも悲しい兵隊
3. ヒモ稼業
4. 海賊の花嫁ジェニーの唄
5. まほろばソング
6. 約束の地
7. 大いなる眠り・都市よ -K・Sへ
8. マック・ザ・ナイフ ~人間の努力の空しさよ~
9. ベルリンの月
10. ロゥリング・シティ
11. 天国への囁き
12. 亡命者 ~私達のいるだろうベッド~
13. モリタート

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『悪名』2016年公演も5月29日の千秋楽をもって無事、大盛況の閉幕となりましたね。
僕も、新たなJ先輩とのご縁があって千秋楽の会場に駆けつけることができました。

僕は3年前に『哀しきチェイサー~雨だれの挽歌』を観劇した時、ジュリー・ナンバーの中でも熱烈に好きな曲がメインだったにも拘らず今ひとつピンと来なくて、「音楽劇は僕にはちょっと合わないのかなぁ」と決めつけてしまいました。
そのため、翌年の『悪名』公演は参加せずにテレビ放映での鑑賞で済ませていたので、今回が初の生『悪名』となったのですが・・・いやぁ、本当に楽しかった!
本来なら別途レポート記事を上げるべきなのですが、挿入曲タイトル、役者さんのお名前と役名など僕にはまだ分からないことが多くて、本格的なレポが書けません。今日のこの場を借りまして、簡単な千秋楽公演の感想を記しておこうと思います。

ストーリーの面白さ、役者さんの素晴らしさはもちろんですが、やっぱり僕は「バックの演奏に敏感で、演奏のテンションに自然に気持ちをリンクさせていくジュリー」を観るのが好きなんでしょうね。今回の『悪名』はその点大満足でした。
柴山さんのギターについては観劇前から完全に信頼していましたが、初めての体感となる熊谷太輔さんの演奏が本当に素晴らしかったのです。

何より素晴らしいのは、熊谷さんのジュリーをはじめとする役者さん達、そして柴山さんへの深いリスペクトが演奏や表情から客席まで伝わってくること。
その志は、ステージにいるすべてのプロフェッショナルとのシンクロ度の高さとなります。
柴山さんのアルペジオ・ソロから導入する楽曲では、まるでジュリーの気持ちがググ~ッと入ってくるタイミングを察するかのように噛み込むドラムス。もちろんそのアレンジは事前に練られ用意されているわけですが、途中から鳴り始める音が凄く心地よくて。

また、熊谷さんが各シーンに応じて使用する楽器、音色も和太鼓からグロッケンまで多彩。
僕が特に印象に残ったのは、第2幕の冒頭の曲だったかな・・・ロックっぽい曲。ジュリーのヴォーカルではないのですが、曲中で熊谷さんがカウベルを鳴らす数小節があって、これが最高にカッコ良かった!
正に「一曲一打入魂」 のカウベル・・・その数小節で完全にシビレた僕は、すっかり観劇中に熊谷さんのファンとなってしまっていたようです。

柴山さんのギターは当然の素晴らしさ。
1番がお照さん、2番が清次さんのヴォーカル・リレーの曲がありますよね?あの曲で、ギターの単音僅か1小節のフレーズだけで女声のキーから男声のキーへと移調するアレンジ・アイデア・・・脱帽でした。
ただ、僕のこの日の席からだと柴山さんはちょうどステージに立つ役者さんの影になっていて、ほとんどの曲でギターモデルの確認まではできない状態でした。音だけだと、僕の耳ではアコギなのかエレガットなのか判断できなかった曲も・・・。
熊谷さんの雄姿はよく見えたんですけどね。

お芝居については、初の観劇となった僕もお客さんの反応やステージの雰囲気から「ここはきっとアドリブなんだな」と察せられたシーンも多々。
伺ったお話では、この千秋楽はアドリブのシーンも格別に長かったのだとか。
朝吉親分と清次さんとのサンドイッチマンのシーンもきっとそうだったのでしょうね。朝吉親分が「別れても好きな人」のメロディーで、サンドイッチマンのテーマを清次に押しつけ伝授する、という・・・。
清次は呆れて舞台から立ち去ろうとしたり、「いやぁ楽しいですね」と素の感想を言ったり、果ては「親分という人が分からなくなってきました」と首を捻ったりしてお客さんを大いに笑わせてくれました。

いやぁ、清次良かったなぁ~。クライマックスの殴り込みのシーンでは、清次が朝吉親分と同じくらいカッコ良く見えました。熊谷さんの効果音とも息ピッタリ。
いしのようこさん演じるお絹さんも綺麗でしたし・・・登場人物それぞれに魅力的で、本当に楽しみました。
休憩時間には、隣席のお姉さんから一昨年の前回公演、そして今年の公演期間でこの日の千秋楽までに進化してきた点についてお話を伺うこともできましたし(鈴子さん?のキャラクターの変化ですとか、タクシーのシーンでのアドリブの推移、などなど)
そう言えば、会場のBGMでレッド・ツェッペリンがガンガンかかっていたけど、何か『悪名』に関連する狙いがあるのかなぁ。開演直前が「グッド・タイムス・アンド・バッド・タイムス」、終演直後が「ミスティ・マウンテン・ホップ」でしたが・・・。

あと、『悪名』のジュリーにはとても重要な個人的「気づき」があり、6月のブログ更新に向けて大いにはずみがついたんですけど、それはこの今日の記事の最後に書くことにいたします。

そうそう、会場では話題のツアーTシャツも無事にSサイズを購入することができました。東京公演が開幕して最初の頃に、Sサイズは連日当日在庫切れと聞いていましたし、例によってこの日も僕は見事に道に迷って(汗)、余裕をもって出かけたにも関わらず、ダービーで賑わうウィンズ新宿の雑踏を駆け抜けなんとか開演15分前に到着という状況でしたから「もう残ってないだろうなぁ」と思っていたので嬉しかったです。
帰宅してカミさんに現物を見せると、やはり「普通ならMサイズの大きさやな~」とのこと。思惑通り僕にはSサイズで丁度良かったようですね。
また、カミさんはこの「えび茶色」について「(そのための配色かどうかは別として)黄緑色のリストバンドと合う色だね」と。僕はそういうことはまるで分からないんですけど「なるほど」と思った次第です。

千秋楽はやっぱり「特別」なもの・・・最後のカーテンコールでジュリーから「来年は私の芸能生活50周年です」という言葉があって、お客さんと一緒にステージのみなさんも拍手をして。続けて「50周年記念の『悪名』特別公演を行います」との発表がありました。
2017年はさらに進化した『悪名』が楽しめそうです。
ひと口に「50周年」と言っても、それは本当に凄まじいことですよね・・・。今回の参加で、『悪名』が素敵な舞台、素晴らしい演奏の音楽劇だということが分かりましたし、ジュリー御自身の口から「50周年」の言葉を聞いた以上、これはもう僕も末席ながらお祝いに駆けつけなければならぬ!と意を強くしたのでした。
来年が本当に楽しみです。


ということで、6月です。
今日はいきなり枕が長くなりましたが、予告していましたように6月の拙ブログは、『act』の曲をお題にして更新を頑張っていきます。

ちょうど音楽劇も終わり、夏からの全国ツアーを待つまでの期間・・・ここ毎年「ジュリー枯れ」が特に厳しい梅雨の季節がやってきます。
まだセットリストの予想には早いし、かと言ってランダムにジュリー・ナンバーを採り上げていっても、「この曲は今年のツアーで歌ってくれるかなぁ」とどうしても考えてしまう・・・じっと辛抱の時を過ごすべく、ここは潔く『act』にテーマを絞り、6月いっぱいは『act-CD大全集』収録の名曲群に向き合っていくことで、なんとか「ジュリー枯れ」を凌ぎたいです。

7月に入りましたら”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズを開催の予定。
それまでの間、ご一緒にactの名曲を楽しみましょう!
どうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年、遂に購入叶った『act-CD大全集』から今日採り上げるのは第1作『KURT WEILL』。
お題曲は、今年天国へと旅立ったデヴィッド・ボウイも歌ったことのあるクルト・ワイルのナンバー「ALABAMA SONG」のカバーで、「ベルリンの月」です。
僭越ながら伝授!



Kurt6

『act-CD大全集』のdisc-1『KURT WEILL』で初めてこの曲を聴いた時、「うわっ、アラバマ・ソングだ!ジュリー、こんな曲も歌ってたのか!」と思いました。
僕の「よく知っている曲」でした。

しかし実は、本来の意味では「よく知っている」とはとても言えないのです。僕はクルト・ワイルのオリジナルについては、未だ何も知らずにいるのですから。
『act』における「カバー曲」の楽曲考察は、本当に様々なジャンルの世間によく知られた名曲を、貧弱な知識しか持たない僕が「勉強する」良い機会となります。『SHAKESPEARE』以外の作品に収録されたカバー曲はすべてそうなるでしょう。
今年の6月は僕にとって、「伝授!」などとは口ばかりの、勉強のひと月となりそうですね~(汗)。いや、6月って「勉強の月」なんですよ。その昔、「習い事、稽古事は数え6つの6月6日に始めると上達が早い」と言われていたのだそうです。ですので楽譜業界では6月に各メーカーが協力してフェアを組んだりするのですよ。
いや、僕自身はもう数え50ですが(汗)。先輩方のコメントにも頼りつつ、学びの月としたいものです。

まずは、僕が語れる範囲での「アラバマ・ソング」の「よく知っている」面・・・ロック界でのこの曲の2つのカバー・ヴァージョンの存在から書いていきましょう。


Alabamasongdoors

↑ 『THE DOORS/GUITAR CHORD SONGBOOK』より
 (音源はこちらで)

Alabamasongbowie

↑ 『DAVID BOWIE/THE COLLECTION』より
 (音源はこちらで)

ちなみにジュリーの「ベルリンの月」は、ドアーズよりも高音階であるボウイのヴァージョンと同じキーで歌われます(クルト・ワイルのオリジナル・キーについてはまだ調べきれていません)。


デヴィッド・ボウイが70年代に「アラバマ・ソング」をカバーしていたことを僕が知ったのは30代になってからのことで、それまでレコードしか持っていなかったアルバム『スケアリー・モンスターズ』をCDで購入し直した際、そこにボーナス収録されていたトラックを聴いたのが初めてでした。
その時のヒヨッコ・DYNAMITEの最初の感想は「大勘違い」も甚だしいもので
「へぇ、ボウイがドアーズのカバーやってたのか」
と(恥汗)。
僕は、高校生の時に聴いていたドアーズのファースト・アルバム『ハートに火をつけて』に収録されている「アラバマ・ソング」・・・「水晶の舟」や「ハートに火をつけて」「ラブ・ストリート」といったいかにもドアーズ、な独特の同主音移調の使い方の共通イメージもあり、完全に「アラバマ・ソング」をドアーズ・オリジナルだとばかり思い込んでしまったのでした。
ボウイのCD『スケアリー・モンスターズ』のクレジットをよく見て「KURT WEILL」の文字に気がつき、「ありゃ、この曲ってドアーズのオリジナルじゃなかったのか」とようやく認識し直したのです。
同時に、僕が「クルト・ワイル」という作曲家の名前を初めて知ったのもその時のことでした。

時は経ち2015年。
『act-CD大全集』をランダムに1枚ずつじっくり聴いていって、disc-1の『KURT WEILL』を手にとったのは秋になってからのこと。「僕が既に存在を知っていた、ただひとつのクルト・ワ
イルの曲」である「アラバマ・ソング」のメロディーが唐突に襲いかかってきた時の衝撃・・・ジュリーが歌う「アラバマ・ソング」は加藤直さんの訳詞とcobaさんのアレンジ解釈を得て、収録曲中でも抜群の存在感を放っていました。

Oh moon of Berlin   行かなければ ♪
     G               Gmaj7    G6         Edim

(ボウイのヴァージョンでは「G6」の部分を敢えてポップに「Em」とし、Aメロと対比するサビに色づけをしています)

「ベルリンの月」・・・さすがにこのタイトルからあらかじめ「アラバマ・ソング」を連想することは僕には難しかったです。でも、サビの「ベ~ルリ~ン♪」というキメのフレーズは、「ア~ラバ~マ♪」というジム・モリソン、デヴィッド・ボウイいずれの声のメロディーとしても、自然に僕の中に根づいているものでした。

その上で確かに言えます。ジュリーのヴォーカル表現の素晴らしさは息を飲むばかりだ、と。
「演技と音楽を結びつけることに生涯を捧げた」と言われるクルト・ワイルを題材に10年間に及ぶactシリーズの幕が切って落とされたことは必然・・・そんなふうに思わせてくれるジュリーの歌。

『KURT WEILL』はパンフレットも手元にあり、CDでは割愛されているセットリストも把握しているのですが、現時点ではactシリーズの中で唯一我が家に映像が無い作品でもあります。
「サムライ」「君をのせて」「勝手にしやがれ」「時の過ぎゆくままに」「背中まで45分」といった有名なジュリー・ナンバーがここでどのように歌われ演奏されているのか気になります。かつて観劇された先輩方は、そのあたりどのような印象だったでしょうか。

とにかく、「ベルリンの月」然り、「モリタート」然り、これらの曲がアルバム『彼は眠れない』と同じ年の音源とは信じられない・・・「歌」がまるで違うんですよね。
しかも双方違った上でそれぞれ素晴らしいときているわけですから、ジュリーという歌手はやはり、底知れない多面性をも平気で使い分ける化け物ですよ。

ただ、actが素晴らしいのはジュリーの歌ばかりではありませんよね。
actの醍醐味のひとつに、カバー曲の歌詞とアレンジ解釈の独創性が挙げられます。
cobaさんのアレンジは、例えば原曲ではワルツであるものを4拍子のジャズにしたり、ブルースにしたり(この点については『EDIT PIAF』が頭抜けて素晴らしいと僕は思っています)と自由自在。「ベルリンの月」ではAメロ部でテンポをグンと上げた喜劇風の仕上がりとしています。その効果でサビが一層光りますね。

そして歌詞・・・actの「日本語詞」には本当に色々なパターンがあります。箇条書きにしますと

①ほぼ訳詞と言って良いもの
②訳詞なんだけど、フレーズや言い回しでトリッキーに解釈の幅を拡げているもの
③原曲とは完全にかけ離れた「作詞」に近いもの

「ベルリンの月」はこの中で①に当てはまるでしょう。
ただし、原曲のストーリーに倣いつつ、その表現は独特にして斬新。加藤直さんの「言葉使い師」ぶりがact第1作から早くも炸裂しています。
ここで参考資料として、デヴィッド・ボウイ『スケアリー・モンスターズ』CDボーナス収録「アラバマ・ソング」の日本語訳(対訳・北沢 杏里さん)をご紹介します。


Alabamasongwords


ご覧の通り、加藤さんは「ベルリンの月」で2番と3番の詞の内容の順序を入れ替えています。そのあたりの必然性については映像を観れば分かるのかなぁ?

2番で「女」の箇所を「いかすやつ」と表現しているのがカッコ良いですし、3番の「もうけ話」は「よくぞこの譜割に載せた!」という感じのフレーズですね。actの詞は当然演劇性が高いですから、言葉がギュッと詰まっているパターンが多く、それがまたジュリーの歌の表現、演じ方の魅力を引き立てているように思います。
ただ、ボ~ッと油断してこの曲を聴いていると「それでもうけ話 探してる ♪」と歌う3番のサビが一瞬「もう、ケバナシ探してる♪」と聴こえてしまい、「あれっ、”ケバナシ”って何だ?」と我に返る、ということがしばしば・・・。
えっ、僕だけですか?(汗)


とは言え、actと言えばやはり最大の魅力はジュリーのヴォーカルに尽きます。
よく聴き込みもせずジュリーの歌の巧拙をあれやこれや言う人には、この『act-CD大全集』からどれか1枚聴かせてあげるのが一番てっとり早いでしょう。
有無を言わせぬ「最高に歌が上手い歌手」ジュリーを広く知らしめる音源として『act-CD大全集』は最適。映像作品とは別のリリース意義があったわけです。

それは「歌い方」ひとつとってみても・・・例えば僕がこれまで2曲執筆済みのactナンバー「道化師の涙」「無限のタブロー」はいずれも、オリジナル・アルバムなどではなかなか聴くことのできないジュリーのヴォーカル表現を最大の魅力として考察しました。
自作詞のヴァースに合わせて大胆に「嗚咽」の表現を盛り込んだ「道化師の涙」。
大上段な、それでいてまったく嫌味の無い「酔っ払い唱法」(?)を炸裂させる「無限のタブロー」。

では「ベルリンの月」はどうでしょう?
敬愛するJ先輩のお話によりますと、act第1作となった『KURT WEILL』では、ステージ上のジュリーの歌にはまだ「手探り感」が感じられたとのこと。翌年の次作『BORIS VIAN』を観劇された時に「ジュリー、素敵じゃない!」と思えたのだそうです。
これは実際そういう感覚はあったのでしょう。ジュリー自身にも、そして観劇するファンの方にもね。「ジュリーが新しいことを始める時」の、なんとも形容し難い「戸惑い」のような感覚。もちろん素晴らしい作品に触れている・・・そう分かっていてもなかなか追いつかない。そんなソワソワする気持ちというのは、僕も2012年にリリースされた新譜『3月8日の雲』に向き合った時に少なからず味わったことでした。
それと似た雰囲気が、ひょっとしたら『KURT WEILL』の公演にはあったのかもしれないなぁ、と。

ただ、後になってこうして音源でじっくり聴いてみると、この第1作の時点でactならではの「歌で演じる」ジュリーの表現は確立されていたのだ、と分かります。
「ベルリンの月」のAメロでは、「急いで、急いで」「待ってられない!」といったお芝居の感情がヴォーカルに注入されていますよね。もちろんcobaさんのアレンジによって素直に引き出されているものです。
ジュリーの素直さにactの礎あり、ではないでしょうか。

最後に。
僕が今回『悪名』を大いに楽しめたこと・・・もしかしたらその理由のひとつなのかな、と気づいた(ハッキリと再確認した)のが、「歌で演ずる」際のキュートなジュリーの魅力です。「素直」の先に見えてくる、ジュリーの表現としての「キュート」ですね。
僕はまだ音楽劇を2作品しか生で観劇していませんし、大きな勘違いなのかもしれませんが、『悪名』って、ジュリーが自身の中にある「キュート」を全開で解放できる、そんな作品なのではないでしょうか。そして僕は、キュート全開なジュリーの演技が好きみたい。

『act』のジュリーには、CD音源で歌を聴いているだけで「キュート」を感じます。
今日のお題「ベルリンの月」のようなコミカルなアレンジの曲には明快にそれがありますし、『KURT WEILL』に限らず他のact作品、他のどんなハードなナンバー、哀しい歌にもそれはある、と僕には感じられるんですよ。
ジュリーのてらいのない「キュート」・・・それは「歌で演ずる」ことへの最大の適性だと思います。

「6月はactの曲を書こう」というのは前々から決めていましたが、その直前に『悪名』を観劇し、生でキュートなジュリーに触れられたこと・・・本当に良いタイミングだったなぁ、と今思っているところです。

あとは余談になりますけど、デヴィッド・ボウイのことも少しだけ書かせてください。
僕はボウイの「アラバマ・ソング」のステージ映像を最近まで観たことがありませんでしたが、今年1月(ショッキングな訃報の直後ですね)、テレビ放映でツアー映像を観ることができました。70年代後期、カルトスター時代のボウイ屈指のステージだと感じました。
僕は遂にボウイのLIVEを生で観ることは叶いませんでした。でも、ボウイはたくさんの名曲を僕らに残してくれました。

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今年勤務先から出版した新刊も含め、僕は8冊のボウイのスコアを持っています。
まだソラでは弾けない曲も、1曲ずつじっくりと勉強して血肉としていきたいものです。

ここに改めて、天国へと旅立つその時まで一貫して偉大なシンガーであり、卓越したソングライターであり、優れたセンスを持つ多才な演奏者であり、真にロック・スターであり続けたデヴィッド・ボウイの軌跡を思い、ご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。


それでは次回の『act』は、第5作『SHAKESPEARE』から、今日のお題とはドアーズ繋がりのナンバーを予定しています(バレバレですな)。
この『SHAKESPEARE』に限っては、洋楽ロックのカバー曲について僕がジュリーファンとなる前から熱心に聴いていた曲がたくさん収録されていますから、原曲のこともそれなりに詳しく書けそうです。

ビートルズ、ストーンズ、クイーン・・・どのカバー曲にも魅力的な解釈があり、名演・名曲が並ぶ中で、初めて『SHAKESPEARE』を聴いた時にとにかく驚いたのが、ドアーズのカバーである次回お題予定曲でした。
加藤直さんのブッ飛んだ日本語詞(もう完全に「作詞」です)、演奏のクオリティーとテンション、そしてジュリー・ヴォーカルの驚くべき順応力、表現力、確信力。こんな凄いことをやっていたのか、ジュリー!という驚きは未だ薄れることはありません。
ドアーズ独特の世界についても同時に考察しつつ、張り切って書きたいと思います。

今日は『悪名』観劇のことなど織り交ぜて書きましたのでかなりの長文となりましたが、次回からはもう少しタイトに・・・そのぶんガンガン更新していきますよ!

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コメント

DYさま

ふっふっ ふ 歌で演じる ジュリーのキュートさに 気付いていなかったとは 以外や以外
みんな知ってますよ〜  そこ萌ポイントだから
私は KURT WEILL 聴いたことがありません
DVDの方は とりあえず見ることは出来たんだけど KURT WEILLは入っていませんしね
CDを買うと KURT WEILL も聴けるんですね
いつの日か手に入れたいです。

投稿: ぷー | 2016年6月 1日 (水) 22時57分

DY様 こんばんは。
シリーズ一作目
「Kurt Weill」自体を良く知らず
(音楽劇?唐突に何で?)の状態での参加でした。でもどこかで聴いた曲も多かったし、映像が残っていないのが残念です。
1920年代のベルリンの退廃と不穏な空気が迫ってくるような舞台にジュリーの声が溶け込んでました。
これが1989年上演された年の暮れ、ベルリンの壁が壊されたのは偶然でしょうか、必然でしょうか。
アメリカに亡命していなかったらその業績ごと葬られていたかも知れなかったみたいですし。

投稿: nekomodoki | 2016年6月 2日 (木) 01時00分

ぷー様

ありがとうございます!

いやぁ本当に「今さらながら」の気づきでした。
ジュリーがキュートなことは心得てはいましたが、そのキュートな魅力を自然に解放できる環境・・・音であったり人であったり、或いはお客さんであったり・・・そういう環境がある時のジュリーが素敵なんだろうなぁ、と改めて知った次第です。
今年『悪名』を観にいけて良かったです。来年の楽しみが増えました。

僕はactの映像鑑賞は老後の楽しみにとってあります。『クルト・ワイル』だけ持っていないんですけど、いずれ手に入れたいと思います。

nekomodoki様

ありがとうございます!

89年と言えば正にそうですねぇ。僕は以前名曲「1989」のコンセプトが分からず先輩に笑われたことがありましたが、やっぱりジュリーって、その時その時に意図的であるにせよ偶然にせよ不思議と世相とのシンクロがあります。
だからタイムリーで観る、聴くことに意義深いものがあるのですね。そうしたことも、ずっとジュリーを観続けてこられた先輩のお話から察せられます。

クルト・ワイルについてはこれから勉強していきます。次にこの作品からのお題を採り上げるまでに、せめて『三文オペラ』の楽曲くらいはキチンと把握しておかないと・・・ということで今色々と動いています!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月 2日 (木) 15時32分

DYさま、こんにちは。
6月のACTご伝授楽しみです。

ボゥイの「アラバマソング」ありがとうございます。初めてみました。
クルトワイルはどんな気持ちで「アラバマ」だったんでしょうね。アラバマからベルリンに変わると緊張感が増すみたいに感じるのは1989年だからかな。

「クルトワイル」のジュリーは、DY様の言葉を借りれば、この後のステージに比べてキュート感が不足していたかも(笑)個人的な感想です~

ACTでのバックミュージシャン達の力には、敬服してしまいます。この音がジュリーの歌唱をより高く飛ばしたと思っています。
もちろん、加藤直&cobaの巧妙かつ飛躍にとんだ作、詞、演出、アレンジは、毎回あっけにとられるくらいステキ!
ただ、エディットピアフでのアレンジにはこれって、どうなの?と思ったので、ぜひDY様のご伝授をお願いいたします(笑)

ドアーズの曲のご伝授、楽しみです。
わたしは、初め気が付きませんでした(笑)

投稿: momo | 2016年6月 3日 (金) 17時43分

momo様

ありがとうございます!

以前actについてお話させて頂いた時はまだ4作品しか聴いていない状態でしたが、遂にact月間を開催するまでに聴き込みましたよ~。

『EDITH PIAF』のアレンジ、最初は「なんじゃこれは?」だったのですが今は病みつきに。僕はやっぱり「やり過ぎた」作品が好きみたいです。
ただ、あまりにアレンジがトリッキーで採譜がパッとできない曲が多い・・・一番好きな「エディットへ」もその理由で今月は書けそうもありません。
『EDITH PIAF』から今月採り上げるのは、たぶん先輩方にも人気の高いあの曲になるんじゃないかなぁ。

ドアーズの曲の記事は、今日中には更新します!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月 4日 (土) 10時53分

DY様 御無沙汰してました。

 初“「悪名」体験(*しかも大千秋楽)”おめでとうございます。

 ここ5年余り私めは…ジュリーの音楽劇、コンサート(*トークショーも)と、チケットを無駄にする回数が年々増え続け・・・ 今年に限り、ジュリーチケットは“確実に行ける当日の券”を求めることにしているので、千秋楽チケットを手にすることは先ず有り得ません。

 すべては健康あっての物種。
 来年、50周年記念音楽劇「悪名」こそは…願わくは、千秋楽に参加出来ます様に。
 ※“ジュリーへの想い”とは別に…今年3月、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ“解散”世界ツアー・東京公演に馳せ参じられなかったことは、返す返すも残念でした。

 ところで私は、ACTと銘打たれた音楽劇とは違う? その10年の流れのこと? 未だによく理解できてなくて。
 時々コンサートには行って“劇”も観てたかも? だけれど…自分の日常の変化が“ジュリーの速さ?”についていけなくなって…ファンとして自己の均衡を保つため、半分以上眠って? ジュリーを観ていたことが、今も続いているのかな???

 ACTとは違うけれど? あの時代『荒城の月』(「漂泊者のアリア」)を朗々と歌う姿が印象的で、勝手ながらジュリーの未来に光明を見た気がしました。
 浪々さ? は、後のコンサートで披露される『六甲颪』に通じるものがある様な…?(笑)

 お題曲『ベルリンの月』は“御伝授なるほど!”です。
 遅ればせながらACT、勉強し直しさせて貰いますね。


追伸:9月上旬に来日されるエルヴィス・コステロさんの大阪と東京公演が今から楽しみです。

投稿: えいこはん | 2016年6月 5日 (日) 07時25分

DY様
 おはようございます。DYさんの応援もむなしくダービー、私の本命馬は10番人気7着でしたが当日の目黒記念と昨日の鳴尾記念の安~い馬連的中、離陸はしても低空飛行でしょうか。
 actシリーズのCD、ほとんど聴いてません。オリジナル曲だけ思い出したように聴くくらいです。actシリーズに限らずジュリーのいわゆるロックっぽいライブ以外観に行ったことないんですよね。藤山直美さんと共演していた松竹座に一回行ったくらいです。ファンの風上にも置けない奴ですね。CDボックス持っているのに手が伸びないのはcobaさんの偉大さは認めつつも全篇アコーディオン活躍というアレンジに馴染めないのか、はたまたどのアーティストに限らずカバーあまり好きじゃないから?
 今朝、朝食食べながら久しぶりに『クルト・ワイル』聴いています。原曲1曲も知りませんが、「ヒモ稼業」「天国への囁き」が良かったです。お題曲は……。劇中の曲って歌唱ですね。
 このあと京都まで武豊展に行ってきます(笑)。
 

投稿: ねこ仮面 | 2016年6月 5日 (日) 08時13分

えいこはん様

ありがとうございます!

『悪名』は予想以上に楽しめて大満足だったのですが、やはり千秋楽という独特の雰囲気を味わえたことも良かったのかもしれません。完全に客席が「できあがってる」感じでした。LIVEツアーの千秋楽でもなかなかあそこまでは、と今にして思い返します。

ACTはジュリーの長い歌人生の中で特に濃密な10年だったとジュリー本人も感じているように思います(『ジュリー三昧』を聴いているとそう思います)。

コステロの来日は、平日ということもあり今回は参加を見送ることにしました。
アトラクションズ時代の曲をバンバンやる、とのことでセットリストは気になっているのですが・・・是非またアトラクションズと共に来日してほしいものです。

すみません、お返事一度切ります~。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月 5日 (日) 11時16分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

ダービー堅かったですね。今日の安田記念は頭が結構荒れたようですが、いかがでしたか?

actのcobaさんのアコーディオンは素晴らしいと僕は思いますが、全編アコーディオンのアレンジというわけでもないですよ。
ねこ仮面様がアコーディオンのイメージで音源を遠ざけているようでしたら、今一度『BUSTER KEATON』『ELVIS PRESLEY』の2枚を聴き直すことをお勧めします。

僕は、まだ聴き込めていない『宮沢賢治』『むちゃくちゃで~』以外のすべての作品、音源はそれぞれ大好きでアレンジにも日本語詞にもヴォーカルにも惚れこんでいます。
6月いっぱいはactの曲ばかり書きますので、是非ご一緒に楽しみましょう!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月 5日 (日) 17時57分

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