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2016年6月11日 (土)

沢田研二 「群衆」

from『act#6 EDITH PIAF』、1994

Edith1

1. 変わらぬ愛 ~恋人たち~
2. バラ色の人生
3. 私の兵隊さん
4. PADAM PADAM
5. 大騒ぎだね エディット
6. 王様の牢屋
7. 群衆
8. 詩人の魂
9. 青くさい春
10. MON DIEU ~私の神様~
11. 想い出の恋人たち
12. 私は後悔しない ~水に流して~
13. パリは踊る 歌う
14. エディットへ
15. 愛の讃歌
16. 世界は廻る
17. すべてが愛のために

---------------------

あ、暑い・・・。
梅雨の時期って毎年こんなに暑いものでしたっけ?下手に歩き回ると身体が参ってしまいそう。
ということで、旅行は結局延期となりまして、今週も引き続き「act月間」にて土曜日更新です。上田城にはまた、もうちょっと涼しい時期に訪れることにしました。
10月くらいかな~。


最近改めて、「映像を観ずにCDで聴いた楽曲だけでactの考察記事を書く」ことがいかに無謀であったかを痛感させられていますが、「未知なるジュリー」を先輩方に色々と教えて頂く機会ともなり、ヒヨッコ的には非常に楽しい学習期間となっております。

今日採り上げるのは『EDITH PIAF』です。
『ジュリー三昧』でのジュリーの解説によれば、actも第6作を数え「そろそろ”歌を歌った人”をやるのもいいんじゃないの?」という話になり、そこでジュリーが「女の人がいい!」と言ったことで、「その生涯は(actの題材的にも)とても面白い」というエディット・ピアフに決まったのだそうですね。

僕は彼女がどのような生涯を送ったのかも知らず、と言うかそもそも彼女が歌った数々のシャンソン名曲すら数年前までほとんど知らなかったという・・・(恥)。
手持ちの資料で基本的なことをおさらいしてみました。

Edith1_2


↑ 『実用 音楽用語事典』より

なるほど・・・。


タブーとされた題材を多く取り上げ、率直に歌い上げたため多くの曲が放送禁止となった

そうなんだ・・・全然知りませんでした。
こうして少しでもエディット・ピアフという人を調べていくと、ジュリーの歌が彼女の生涯に本当にリンクしているように聴こえてくるのです。

ジュリーの入魂度は相当なもの・・・僕が「actすべての楽曲の中で一番好き!」と言っても良い14曲目収録の「エディッ トへ」を聴けばそれは明らか。「一流、一流を知る」とでも言うのか、おそらく僕らの分からない部分で、「歌手」の本質でリスペクトし共感している・・・ジュリーのそんな志を感じてしまいます。
エディット・ピアフについてほぼ何も知らないに等しい僕にも、この1曲を聴くだけで「こんな人だったんだろうなぁ」と感覚で伝わってくるようなジュリーの歌です。

この「エディットへ」はジュリーが1人で作詞・作曲したactオリジナル・ナンバーで、詞もメロディーもとにかくてらいやあざとさというものがなく、無理にキャッチーにもならず、正に「ジュリーの中から生まれてきた」ことを強く感じさせる名曲。
本当はこのact月間の更新で、僕は『EDITH PIAF』からこの曲をお題に採り上げたかったんですけど、cobaさんのアレンジ解釈が凄過ぎて未だ採譜作業が進められていないのですよ・・・。
いずれ気合を入れて書きたいと思っていますが、「ジュリーの作曲段階ではきっとこうだったんだろう」というレベルの採譜しかできないかもしれないなぁ。
ただ、少し前に「君をいま抱かせてくれ」で触れた「ジュリーの得意なコード進行」が作曲に採用されているのは間違いないです。

さて、そうなれば今回『EDITH PIAF』から採り上げるべき曲は、『ジュリー三昧』でジュリーがこの作品から
選んでかけてくれた曲・・・「群衆」で決まりでしょう。
ジュリー、ラジオで曰く

歌っていると興奮してくるんですよ!

とのことですから、そんなジュリーのヴォーカルを生で体感した先輩方の感動はいかばかり?
actの楽曲の中でも特に先輩方から大きな支持を得ている曲、と認識しております。
本当に僭越ながら、伝授!



Edith6


「群衆」のヴォーカルの素晴らしさ、さらには「歌っていると興奮してくる」とのジュリーの言葉・・・その秘密に「ワルツ」のリズムが挙げられると僕は考えます。

actのいくつかの作品では、歌われた楽曲群のワルツ率が非常に高いです『BORIS VIAN』など)。
『EDITH  PIAF』でも、「MON DIEU~私の神様」などはcobaさんが4拍子のブルース・ナンバーとして編曲としていますが、「群衆」は原曲のリズムとメロディーを重視、跳ねるワルツに仕上げられていますね。
ただし、和音の進行はよりポップに解釈されています。

手元には原曲のスコアがあります。

Lafoule


↑ 『シャンソン名曲全集』より

元々はペルーの歌だったそうです。と知るや脳内の「群衆」の人混みのイメージが、変わってアルパカの群れに・・・。
(後註:実際はアルゼンチンの歌だそうです。Rスズキ様のブログで勉強しました。ありがとうございます!)

スコアはロ短調の表記ですが、You tubeで検索し視聴すると、エディット・ピアフはこの曲をホ短調で歌っていたようです。一方、act版「群衆」のキーはイ短調で、ジュリーは本当に気持ち良さそうに歌います。
ジュリーが歌う「ワルツ」って、本能的と言うか邪気が無いと言うのか、おそらくジュリーにとって「原風景」のリズムなんだろうなぁ、と思います。
元々、20代の頃から好きな楽曲として「美しき天然」をよく挙げているジュリーですから(その「美しき天然」が収録されているact第10作『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』については僕はまだ充分に聴き込むことができていないのですが)。

どんなリズムであれジュリーのヴォーカルは素敵だけれど、ワルツはちょっとひと味違うように思えるんですよね。そしてそれはactでのジュリーの歌の素晴らしさにも繋がっていると思います。
actをやっていた頃のジュリーは、オリジナル・アルバムとactとでは同年の作品でも「歌」の印象が凄まじく違います。例えば『EDITH PIAF』と同年リリースのアルバムは『HELLO』。全然イメージ違いますよね。

後追いの僕はact、アルバムいずれのジュリーの歌にもただただ感嘆するしかなくそれぞれ大好きですが、タイムリーな先輩方のお話では、「もちろんどちらも大好き」と仰る方、「actの歌の方が好き」という方、「アルバムの方が好き」という方それぞれお好みがあるようで。例えば、僕が日頃からactについて色々と教わっているJ先輩は「act派」でいらっしゃいます。
僕がactとアルバムとで最も印象がかけ離れている、と考えているのは1991年(actは『SALVADOR DALI』、アルバムは『PANORAMA』)。で、そのact派の先輩が『PANORAMA』について「あまり個人的には好みのアルバムではないけれど、”夜明け前のセレナーデ”が好き」と仰っていたことがあるんです。
僕はその時「あぁ、それはきっと”ワルツ”だからですよ」とお話したものでした。

建さんプロデュース期の5枚の中、最も洋楽ロック・テイストとの融合を試みたアレンジで仕掛けも多彩なアルバム『PANORAMA』は、同時代のactとの比較はもちろん、ジュリー・アルバムの中でもここまでアレンジ主導でロックを押し出した作品は見当たりません。
ジュリーの歌は乱舞する装飾を泳ぎ渡り孤高のイノセンスを魅せてくれていて、僕は大変な名盤だと思っていますが、actでのジュリーの「歌」を聴いていると「これはジュリーの本質とは違うな」とも思えます。
そんな中、ふと「actのジュリー」が顔を覗かせている曲が、跳ねるワルツのリズムを擁した「夜明け前のセレナーデ」ではないでしょうか。「群衆」のような狂おしいヴォーカルではありませんが、ワルツのリズムに載るジュリーはとても心地良さげなのです。
(後註:勘違いしていました汗。『PANORAMA』と同年のact作品は『NINO ROTA』です~)

ただ、ワルツを歌うジュリーの中でもactの「群衆」は、多くの先輩方の熱烈な評価を考えれば特別、格別のようです。それは何故なのでしょうか。


「僭越ながら、私が詞を載せました」と言って『ジュリー三昧』でこの曲をかけてくれたジュリー。
となるとまず気になるのは、元々エディット・ピアフがどんな歌詞で歌っていたのか、ということです。
今はネットがありますから色々と検索してみました。
有名な曲ですから多くのサイトがヒットする中、一番勉強になった素晴らしいブログ様がこちらです。

このブログ様のおかげで、act版「群衆」のジュリーの日本語詞は、原曲に忠実な「訳詞」のスタイルであることが分かりました。
その上でどういう言葉を使っているか、どのような言い回しで「群衆」のストーリーを日本語で再現しているか・・・と改めて詞のフレーズに着目してみますと、いやぁジュリー、この訳詞は素晴らしい名篇です!

太陽の下 喜びに息も詰まりそうな町
   Am           Dm     G7                 Cmaj7

叫声と音楽が高まり 跳ね返り熱にうね る
   E7                Am         Dm     Bm7-5  E7

祭りの勢いに弾かれ 
   Am               Dm

麻痺し立ち尽くしていた
      G7                   Cmaj7

振り返るとあなたが後退り
      E7                      Am

誰かに押されてこの胸に ♪
       Bm7-5   E7      Am

美的に、とか知的にとかそういうことは一切考えていませんよね。ただ素直に日本語のフレーズが的確に連なり、忠実であるからこその卓越したセンス。自らが「歌う」ことを第一に考えた訳詞だと思います。
あとは、「情景」と「感情」の溶け具合が絶妙です。そのどちらかに偏っても台無しになる、というギリギリのところで日本語を生かし歌を生かすジュリー。

群衆に押され引きずられ 奴らを呪った
          G                        C

与えておき 奪ったのだ
G                           C

ファランドール踊る群衆は うつつと幻
                    E7                    Am

あなたに二度と逢えなかった ♪
         F           E7     (Am)

僕は楽曲考察の事を書く際、できる限り全編の採譜をして楽器を弾きながらジュリーと一緒に歌ってみる、ということを毎回心がけていますが、この曲は「弾く」ことはできても歌いきることはできませんでした。
特に最後のサビ・・・僕レベルではとても歌のテンションについていけません。
『ジュリー三昧』でこの曲をかけた後にジュリーが「こんなの、よう歌ってたな~」と言っていましたが、ジュリー自身にとっても『EDITH PIAF』での「群衆」は(自身の訳詞やcobaさん達の演奏も含めて)、史上最高級の名演だったと思っているのでしょう。
CDで聴いているだけで伝わってくる、ステージ上のジュリーの躍動と興奮。
実際生で観劇された先輩方がただただ羨ましく、圧倒されっ放しのヒヨッコなのでした。


ジュリーのヴォーカルのことばかり書いていますが、もちろんこの曲は演奏も素晴らしく、歌との一体感はact作品の中でも出色です。
単に、上手い歌手が歌い上手い演奏者が伴奏した、というものではありません。歌うジュリーとcobaさんを始めとする演奏者が双方を引っ張り或いは引き込まれ、瞬間瞬間を表現し構築してゆく・・・やはり生歌、生演奏というのはこうでなければ!
それができる人こそがプロフェッショナル。これは楽曲がシャンソンであろうがロックであろうが同じこと。「群衆」は正に真のプロフェッショナルによる名演を感じられる1曲です。ジュリーのヴォーカルが良い、というのはそういうことなんだと思います。

act作品の考察に取り組むことは、僕の偏った音楽知識を幅広くしてくれます。
『EDITH PIAF』は、先に触れた通りジュリー作詞・作曲のオリジナル書き下ろしナンバー「エディットへ」を熱烈に好きになったこともあり、個人的にはCDリピート率が非常に高い作品なのですが、cobaさんのアレンジが凄まじく凝っているので各曲の採譜が本当に大変。

しかし幸いなことに、エディット・ピアフの歌ったシャンソン名曲は広く大衆に膾炙しているので、ジュリーが『EDITH PIAF』で歌っているシャンソン・ナンバーの大半は、スコアが見つかっています。
今日のお題「群衆」も然りで、cobaさんはコード進行もかなり変えてきているとは言え、原曲のスコアの存在はとりあえず頼もしい限り。これからじっくりと他のシャンソンの名曲の構成、進行を研究し、機会あれば「群衆」以外の『EDITH PIAF』収録のシャンソンもどんどん書いていきたいと思っています。


それでは次回更新は・・・。
今日はactの楽曲(或いはアレンジ)の「ワルツ率の高さ」について触れましたが、作品全体の演目でのワルツ率で言うと、『CD大全集』収録曲で判断する限りでは『BORIS VIAN』が頭抜けています。
そこで、名ワルツ揃いの『BORIS VIAN』の中で、初めて聴いた時に「ええっ、この曲がワルツに?!」とひっくり返った曲を次のお題に、と考えています。
僕は『act-CD大全集』をこの手にした時、その曲が入っていたから、という理由で『BORIS VIAN』をまずイの一番に聴きました。それだけに、actならではのアレンジ解釈は衝撃的で、感銘を受けたものでした。

そう、ジュリー作詞・作曲のアレです。
お楽しみに!

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コメント

DY様 こんにちは。
actの中でもとりわけ印象の強い曲のひとつです。
舞台を見終わったあと、狂おしく何かを追い求めるように歌う姿が感情移入してしまったエディットとダブって頭から離れなかったのを思い出します。
確かTVでも歌ってました。映像があるはずなんだけど・・・。
次の曲は・・・思わずのけぞったワルツなリズムのロックンロール・・・ですか?

投稿: nekomodoki | 2016年6月12日 (日) 12時02分

nekomodoki様

ありがとうございます!

昨年初めてactの曲を書いた時、nekomodoki様がコメントで『EDITH PIAF』を推していらしたので、この作品はじっくり音源を聴くのを楽しみにしていました。CDだけでも、期待に違わぬ名作でした。
とにかくジュリー作詞・作曲の「エディットへ」が大好きなんですよ。

「群衆」のテレビ映像が存在するかもしれないのですね。貴重ですねぇ・・・。

次回お題・・・「あの曲がワルツに?」とひっくり返ったのはやはり僕だけではなさそうですね。
僕はまずあctのCDを『BORIS VIAN』から聴いたんですけど、あの曲がactの世界に見事嵌っているのには本当に驚きました。頑張って書きたいと思います。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月13日 (月) 09時24分

DY様、こんばんは。

「群衆」見事な歌いっぷりです~
高まってくる感情の強いうねりをうわずる一歩手前で歌にのせて来るところがジュリーの歌の潔さね。外側に情熱がそのまま伝わってドキドキします。

ピアフの周囲にいた様々なオトコ達をジュリーが演じ分けながら彼女の人生を浮き上がらせる手法がおもしろかったです。
「大騒ぎだねエディット」では、3人のオトコを声、歌い方、しぐさがそれぞれ「らしく」すごくうまく歌いこなしていて、加藤さんの詞も「らしくて」、セリフよりもストレートに、複雑な彼女の愛や男性遍歴の残酷でもある一面を面白おかしく一曲の中に見せて来る。歌も演出もうまいな~と思いました。
エディットピアフでは、楽曲のせいかピアフへの解釈なのか、全体に歌声の強さが独特に感じられませんか?

この時もジュリー、細くて素敵だった♪
共演している女優(フランス人?)さんが大女に見えましたww
ピアフだったからでしょうか、石井好子さんが来てらした。
DY様はご存知ないかも知れませんが、石井好子さんは日本のシャンソン界の大御所でいらっしゃいました。
ジュリーが捧げた「エディットへ」をどのように聴かれたのでしょうね。

投稿: momo | 2016年6月13日 (月) 23時35分

momo様

ありがとうございます!

> ピアフの周囲にいた様々なオトコ達をジュリーが演じ分けながら彼女の人生を浮き上がらせる手法

あぁなるほど、舞台はそんな感じなのですか!
そういうことも知らずに曲の記事を書いているという無謀な状況・・・momo様にとってはさぞもどかしいでしょう。どうぞお許しください(笑)。

「群衆」は正にジュリー!の歌ですね。
「エディットへ」は、生半可な興味や知識だけでは絶対に作れない詞曲だと思いますが、ジュリーの「ハードルを越える能力」に打ちのめされます。こんなジュリーだからこそ、今の新曲のようなこともできるのかなぁ、と。

石井さん、有名なかたなのですね。この先『EDITH PIAF』の他収録曲の記事を書く前に勉強したいと思います!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月14日 (火) 09時05分

DY様
 こんばんは。関西は一日中雨降り、甲子園球場に出掛けた火曜日は好天でしたが我がオリックスバファローズは阪神に完封負け、その前の土曜日も京セラドームでベイスターズに完封負けしたゲーム観に行ってました。今年現場観戦は1勝3敗、イチローの打率より1割低い勝率です。
 お題曲、actシリーズのCDほとんど聴いていない私には「ああ、こんな曲もあったよね」レベルでしたが、久しぶりに聴くと新たな発見もありました。
 まず、おっしゃる通り、なかなか歌いこなせませんね、このメロディー。決してメロディー自体に無理がある訳じゃないですが、ジュリーの歌唱力恐るべしです。それと演奏のエキセントリックさ、エンディングのカッコ良さでしょうか。歌はライブ録音ということもあってか小さめですね(でも「エディットへ」なんかはそうでもないですが)。
 舞台観てないので、音だけ聴いて「?」と思ってましたが、ジュリーがエディット役を演じていた訳じゃなかったのですね。他の方々のコメント大変参考になりありがたいです。

投稿: ねこ仮面 | 2016年6月16日 (木) 22時05分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

仰る通りで、このactシリーズのお題では特にそうですが、先輩方のコメントが非常に参考になり目からウロコという状態で、さらに曲が好きになっていきます。

「群衆」のエンディングはカッコイイですよねぇ。
ジュリーの歌と演奏陣の相乗効果、actシリーズはどの作品も『本当に素晴らしいです。

阪神もオリックスも今年はピリッとしない戦いが続いていますね…。
オリックスの打線は凄まじい名前がズラリ並んでいる印象がありますが、いまひとつ機能していないようですね。阪神の方は、有望な若手がどんどん出てきているんですけど、どうも試合結果と噛み合いません。
お互い試練の1年でしょうか。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月17日 (金) 08時37分

DY様 こんばんは

「actエディットピアフ」も、キートン同様その生い立ちや時勢を調べてみました。芝居のあらすじが飲み込めて、またまたはまっております。お題曲はその畳み掛ける歌と演奏に魅了されました。特に、シンコペーションのリズムが力強く独特な雰囲気を持った、8分の6拍子であるところが私のお気に入りです。原曲がペルーの舞曲(こちらも8分の6拍子)を元に作られたようです。因みに8分の6拍子と言えば、『アルメニアン・ダンスpart2』の「婚礼の踊り」を思い出します。ジュリーの曲だと「G.S I LOVE YOU」と「めぐり逢う日のために」ですかね。

劇の中では、「青くさい春」でも「群衆」と同じリズムが使われていました。サビの終わりに「終わることのないワルツを踊る」の歌詞を受けて、間奏とエンディングが4拍子から8分の6拍子に変わります。劇の繋がりで聴くと、cobaさんのアレンジの魔法に引き込まれてしまう箇所です。「青くさい春」は劇用のオリジナル曲ゆえに強くそう感じました。

お題曲はテンポが速く、息つく暇も無いほど言葉が詰まっています。なのに歌詞がしっかり聞き取れます。滑舌の良さは勿論ですが、何よりもカバー曲を歌う時、メロディーラインやテンポを崩して歌わない、楽譜に忠実なところがジュリーの魅力です。オリジナル歌手よりもジュリーの方がオリジナルじゃないのかなあと錯覚する理由です。

「群衆」の作詞について感想があります。♪ファランドール踊る群衆は うつつと幻♪ この一文が光っています。ダイナマイトさんが教えて下さったブログで直訳詞を読みましたが、そのような訳がなく、群衆がなぜ私と彼を引き合わせ引き離したのか、詞の意味が分からずにいました。フランス語ではきっともっと細やかなニュアンスがあるのでしょうが、日本語訳の詞をいくつかみても謎が解けないでいました。でもジュリーは、「うつつと幻」というオリジナルティを加えていました。私の眼はその一文に釘付けとなりました。恋人マルセルを失った後、アルコール依存になったり、事故により痛み止めのモルヒネ中毒になってしまったエディットの狂乱心情が、さりげなく表れていて歌詞全体の意味が繋がって聴けました。

ピアフが(ひばり)だと知って、美空ひばりを直ぐに思い出しました。歌の天才、アルコール依存、夢半ば若くして亡くなり、今もまだ二人を越す者がいないなど余りの酷似に驚いています。

投稿: BAT | 2016年6月17日 (金) 22時14分

BAT様

ありがとうございます!

いつものことながら勉強になります。
「うつつと幻」に僕がさほど惹きつけられなかったのは、BAT様のようにピアフという人、その生涯を知ってはいなかったからだと気づかされます。
これから勉強してゆかねば・・・「群衆」でのジュリーの訳詞ひとつとっても、まだまだ奥が深そうですね。

8分の6は名曲が多いですね。ジュリー・ナンバーですとあとは「ウォール・イン・ナイト」ですとか。

ただ、「G.S.I LOVE YOU」は現代のスコアアレンジャーなら8分の12の4拍子で採譜するでしょう。『ストリッパー楽譜集』では8分の6ですね。

そして、実は今月ジュリーの誕生日更新と決めているお題も8分の6です。
もちろんactナンバーですよ!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月18日 (土) 10時10分

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