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2016年6月 8日 (水)

沢田研二 「グレート・スピーカー」

from『act#7 BUSTER KEATON』、1995

Buster1

1. another 1
2. ボクはスモークマン
3. あくび・デインジャラス
4. ストーン・フェイス
5. サマータイム
6. グレート・スピーカー
7. 青いカナリア
8. 淋しいのは君だけじゃない
9. チャップリンなんか知らないよ
10. 無題
11. another 2

--------------------

いよいよ梅雨ですね。
じめじめとした季節だけど、ジュリーの誕生月ということもあって憎めない6月。中野の『まんだらけ海馬店』さんが今年もジュリー生誕記念お蔵出しをやってくれないかなぁ、などと思いながら過ごしています。

拙ブログではこの6月を『act』月間として頑張っていて、本日その第3弾となる更新で採り上げるのは、act7作目の『BUSTER KEATON』です。
ここまで『KURL WEILL』『SHAKESPEARE』と書いてきましたが、自分の無知をさらけ出すような記事が続いている中、コメントくださる先輩方に色々と教えて頂くことで本当に助けられています。
今回もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今回も、喜劇俳優バスター・キートンについて名前しか知りませんでしたので(恥)、少し調べました。
actに抜擢されるだけあって、その生涯に様々な逸話があるようです。初舞台でお父さんに逆さまに抱え上げられブンブン振り回される「人間モップ」を平然と受け入れていたという話が有名とか。
「彼は、大変危険な技をやっていたんですよ~」とは、『ジュリー三昧』でのジュリーの言葉。

ジュリーは 「この頃に”演ずることで笑いをとる”ことが凄く楽しくなってきた」そうで、そんな境地に到達するのに(actをやり始めてから)7年かかった、と。
この『BUSTER KEATON』は本当に楽しかった、とラジオでしみじみ回想していましたね。
先日『悪名』千秋楽公演を観劇したばかりの僕は「そりゃあ、ギターが柴山さんだしね!」と思ったり。

このように、演奏の編成やジュリーの取り組み方も変化し、タイムリーでactを観続けていらした先輩方にとっても新鮮な作品だったのではないでしょうか。
今日のお題は、柴山さんの豪快なギター1本の伴奏から導入する”act版ロッカ・バラード”「グレート・スピーカー」を選びました。僭越ながら伝授です!


Buster6


前々回のお題「ベルリンの月」(「アラバマ・ソング」)同様に原曲についてはほとんど知識を持たないにも関わらず、「よく知っている」曲ではありました。
原曲タイトルは「グレート・プリテンダー」。タイトルが違いますから、『BUSTER KEATON』のCDで初めて「グレート・スピーカー」を聴いた時には「あぁ、あれか!」と、やっぱり新鮮な驚きはありましたよ。

僕が「よく知っている」ところの「グレート・プリテンダー」とは、フレディ・マーキュリー(クイーン)のカバー・ヴァージョンです。
で、この曲のオリジナルがプタラーズの特大ヒット曲だということも、僕はフレディーの音源から遡って知ったのでした。先輩方はどちらかと言うとプラターズの方で既にこの曲を知っていたことでしょうね。僕はちょっとだけ世代が違うんですよ。
「あぁ、”オンリー・ユー”とか”煙が目にしみる”の人達ね」とフレディの時も思ったけど、同じことを数年前、ザ・タイガースの勉強の時も思ったんだったっけなぁ・・・プラターズの曲は相当有名なものばかりらしいのに、どうも僕は横の知識が甘いです。
(今回プラターズのベスト盤を調べたら、「マック・ザ・ナイフ」も収録されていてビックリしました)

フレディの「グレート・プリテンダー」は素晴らしい熱唱で(PVはワケ分かりませんが)、とても好きな1曲でしたから「おぉ、ジュリーもこの曲を歌っていたのか!」と、『BUSTER KEATON』の「グレート・スピーカー」も初聴時から盛り上がりました。
フレディのヴァージョンはキーもプラターズと同じト長調でアレンジ解釈もオリジナルに近いですけど、ジュリーの「グレート・スピーカー」はホ長調で、当然actならではの独特な解釈が楽しめます。

原曲のタイトル「グレート・プリテンダー」とは、「大いなる見栄っ張り」でしょうか。
歌詞を一部抜粋しますと


僕は今、自分の殻の中で彷徨っている
おどけてみせるのは、恥ずかしいからなんだ

こんな内容の詞をactでバスター・キートンに重ねて新たな解釈「グレート・スピーカー」とした日本語詞はcobaさんです。actではcobaさんが詞を担当した曲がいくつかありますが、いずれも名篇です。本当に多才なかたなのですね~。

陽気なサギ師たち  偉大な嘘つき
E     B7     E       E7    A        E     E7

君の心  の中で 今も出番 を
   A   B7   E    A    E   F#m7  G#7

うかがっているのさ ♪
      E       B7     E

「偉大な嘘つき」とはカッコ良い表現ですが、全体的にはcobaさんはお客さんを念頭に「大いなる喧伝者」と見立ててコンセプトとしているのではないでしょうか。

ああ なぜ君は語るのか くだらないことを
        E        B7   E       E7    A             E  E7

そのたびに 君の心
      A     B7     E   A

うすっぺらになってゆくのに ♪
        E          B7     E       E7

こうしてみると、ジュリーが歌う必然性のある詞なんですよね。cobaさんはやはりジュリーの理解者であり、ここでは詞によってそれを体現しています。

ちなみにこのAメロ2回し目の最後、ジュリーの「なってゆくのに♪」の「くのに♪」3音だけが、違うニュアンスの声のように聴こえるのですがこれは・・・?
そういえば『BORIS VIAN』収録「脱走兵」の一番最後の「撃ってください」も似た感じに聴こえます。あれは、ジュリーが立ち位置を移動してそうなっているのが音源だけで伝わってきますが、「グレート・スピーカー」のこの箇所もそのパターンなのかなぁ。

さて、『BUSTER KEATON』の音作りで最大の聴きどころは柴山さんのギターでしょう。
やっぱり素晴らしいですし、ジュリーLIVE歴僅か8年目の僕ですら柴山さんの音には圧倒的な「親しみ」を感じます。長いファンの先輩方はなおさらでしょうね。

もう何度も生で体感している柴山さんのギターですが、今年の『悪名』公演で初めて体感した「音楽劇での柴山さんの演奏」はLIVEとはまた違った趣向、工夫がありとても新鮮に感じました。
残念だったのは、席の関係で柴山さんの姿がほぼ役者さんの死角になってしまっていたこと。加えて、演出上完全に真っ暗なステージからその音だけが聴こえてくる、というシーンも多かったですよね。
ですから、音を聴いているだけでは「何をどうやっているのか分からない」柴山さんの名演ポイントもたくさんありました。例えば、お芝居の本当に最後の方の曲だったかと思いますが、ステージが暗転した中での重々しくも美しいスライドギターの演奏がありました。
「時間の経過を表現しているのかな」と思いながら聴いていると、そのスライドの音が徐々に激しくなり遂には轟く爆音になって・・・途中で何かを「切り替えた」感じではなくて、なだらかに、なめらかに激しい音へと移行していったんです。どうやったらあんなことができるのか、僕にはサッパリ分かりません。
昔、ディレイの「長さ」と「深さ」を両極の設定にしてガリガリとかき鳴らすと「爆発音」のような効果が得られることを学びましたが、最後の方の柴山さんの音はそれに近い感じでした。
それにしては、エフェクトを途中で切り替えた雰囲気が無かったんだよなぁ・・・。
すべての音が繋がっていました。僕にとっては今回の『悪名』における一番の謎です。

おっと、そろそろ話を『BUSTER KEATON』での柴山さんの演奏に戻しましょう。

『悪名』同様、『BUSTER KEATON』でも柴山さんは多種多様の音を聴かせてくれています。
1曲目の「another 1」(ナルシストっぽいジュリーのヴォーカルが神ががり。個人的には『BUSTER KEATON』の中で現時点で最も好きな曲です)と、ラスト収録の「another 2」のアルペジオは、普段のLIVEツアーでは聴けないような音色です。
指弾きなのかな。
対して、鳴り一発で「おおっ、柴山さんだ~!」という耳慣れた豪快なタッチを楽しむことができるのが、お題の「グレート・スピーカー」で、この曲は収録全曲の中で最も「今」の柴山さんを連想させるギター演奏ではないでしょうか。
あまりにそうした印象が強いのでSGに聴こえてしまうけど、この時期ならレスポールなのかな?
いやいやこのガレージ感はエピフォン・カジノの可能性も・・・まぁ要は分からないんです。映像で柴山さんのギター・モデルは確認できるシーンがあるのかなぁ。

1番については丸々そんな柴山さんのエレキ1本の伴奏で歌うジュリー。
有無を言わせぬこの2人の安定感!柴山さんのギターでこのリズム・パターンを歌えば、ジュリーのヴォーカルは必然のように「ロッカ・バラード」へと昇華します。
ジュリーが3連符のメロディーを歌う時の独特の滑舌は、僕の大好物。「おまえがパラダイス」「そばにいたい」「WE BEGAN TO START」・・・80年代の幾多のロッカ・バラード名曲群に匹敵する「グレート・スピーカー」でのジュリー・ヴォーカルは、柴山さんのギターによって引き出されているでしょう。

あと、『BUSTER KEATON』ではcobaさんは音楽監督に専念、それまで「actと言えば」の象徴的存在であったアコーディオン・サウンドではなく、伴奏がギター、ベースにホーン・セクションを交えて、力強さ、豪快さを押し出していることも大きな特徴です。
しかもホーンの編成がちょっと変わっていて、普通3人体制のホーン・セクションであればサックス2本にトランペット、或いはサックス、トランペット、トロンボーン各1本の組み合わせとなるところ、『BUSTER KEATON』はサックス2本とトロンボーンという編成。
このトロンボーンの活躍がcobaさん不在の演奏陣の中で、act作品の「色」を決定づけているように感じます。例えば「ボクはスモークマン」なんて、トロンボーンという楽器が無ければ成立しないアレンジです。

トロンボーンは音色だけならトランペットと近いですが、中低音の太っとい鳴りと、スライド管楽器であることが最大の個性と言えましょう。
『BUSTER KEATON』収録の多くの曲は基本の伴奏をギターとベースが担い、ホーンが賑やかしく噛んでくるアレンジです。その「賑やかし」が、まるで色々な動物達の鳴き声のような楽しげな効果を生んでいます。低く太いトロンボーンの音はまるで「象」のよう。
スライド音独特の、良い意味でルーズな太めの音が『BUSTER KEATON』の世界をよりおどけて魅せてくれているのではないでしょうか。

お題曲「グレート・スピーカー」ではトロンボーンが目立つ箇所はさほど無いながらも

すてきな世界 が ♪
      E    F#m7  G#7

ここの「合いの手」なんかは、カッコ良い「ルーズ」が爆発ですよね(3’13”くらい)。これはトロンボーンのスライドだから出せる味です。
ジュリーが歌う「ロッカ・バラード」とトロンボーンの意外な相性の良さを再発見・・・こういう楽しみもactの音源ならではです。

サックスのヤンチャぶりも楽しい・・・映画『スウィング・ガールズ』劇中で小澤先生が憧れていたのがこんな感じの演奏でした。
僕はやっぱりホーンがゴリゴリ鳴ってるアレンジが好きみたい。同じ好みの方は、『BUSTER KEATON』がお好きなんじゃないかなぁ。


それでは次回更新ですが・・・。
実は今週末、旅に出る予定があります(本決まりではありませんが)。毎週『真田丸』を見ていて戦国武将フェチの血が騒ぎ、今年に入り『真田丸』効果で賑わっていると聞く上田城を見に行きたくなりました。
ジュリワンの長野公演で遠征した際に松代城は訪れることができたのですが、上田城はまだ見たことがないので・・・。ついでに美味いお蕎麦を食べたり温泉に浸かったりできれば良いな、と。

ですので、もし旅に出た場合はこのところノルマとしている土曜日更新はお休みさせて頂き、少し間隔を開けて次回は1週間後くらいの更新になるかと思います。
旅を見送った場合は早めに更新できると思いますが、いずれにしましても「act月間」としてのお題ということに変わりはありません。どの作品のどの曲にするかはまだ未定。旅先の印象から関連してお題を選ぶことになるのか、どうなるのか。

関東では、今日の午後あたりからいきなり暑くなり・・・。外回りが厳しい季節がやってきました。
みなさまも、体調にはくれぐれもお気をつけください。僕も気をつけます(『悪名』公演でお会いした先輩に、健康全般のために鼻呼吸を心がけるようアドバイスを頂きましたので、日々実践中です)!

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ACTを楽曲的に掘り下げる!」カテゴリの記事

コメント

ACTシリーズですね…。インクスティック(ここはココロのライヴですが)や銀座セゾン劇場、グローブ座とジュリーを間近で見る事に緊張というか、どう見たらいいのか、どう楽しむのか、なぜかそんな事が記憶に残ってます。漠然としたコメントでスミマセン。当時のグッズでボリスヴィアンのテレカ買いましたねぇ…。

投稿: クリングル | 2016年6月 8日 (水) 23時40分

クリングル様

ありがとうございます!

インクスティックの時に「ジュリーが近い!」とその距離感に却って戸惑った、というお話は僕も何人かの先輩から伺っていましたが、そうかぁactもそんな感じでしたか。

『ジュリー三昧』でジュリーも会場の独特の構造について話をしてくれていましたね。
「上の階から見ると頭が大きく見える」と気にしていた(?)ようです。

> ボリスヴィアンのテレカ

そんなグッズがありましたか!
初めて知りました。お宝ですね~。羨ましい!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月 9日 (木) 09時07分

DY様 こんにちは

休みを利用して本作DVDを繰り返し見直したり、キートンの人なりや作品背景などについて検索して調べています。恥ずかしながら私、三大喜劇王(チャップリン、キートン、ロイド)のいずれの作品も観たこともなく、人なりも詳しく知りません。そもそも、サイレント映画とトーキー映画も分からないほど関心がありませんでした。ですから、ジュリーがどんな内容の芝居をしているのか理解に苦しむ場面が多すぎました。

例えば、腹話術のコーナーで人形を思いきり何度も放り投げつける場面がありました。今のご時世では、子供虐待の犯罪扱いにされます。実はこれ、バスター少年が父親から芝居のしつけと称して芝居中に受けていた紛れもない虐待の実話だったようです。バスター少年は一家劇団の人気者だったため、虐待を芝居に見せかけようといつしか無表情になったのです。痛くても痛いと言わない、そんなやりとりが腹話術の台詞にありました。

成人したキートンは映画人となって大成功を収めますが、サイレントからトーキーに代わると、無表情や大掛かりなドタバタ劇が足かせとなって、時代に取り残されてしまいます。そんな時代背景を調べて知りました。

お題曲は正しくキートンが、サイレント映画の素晴らしさを憂いて、トーキー映画やそれを作る人たちを揶揄した内容になっています。『グレート・スピーカー』とはトーキー映画のことで、「偉大な嘘つき」はキートンの内なる思いを代弁しているように思いました。

♪なってゆくのに の箇所ですが、映像を見る限りでは歌い方を変えた様子はなく、音声トラブルのように感じました。「脱走兵」の件では、立ち上がり、「撃ってください」と両手を頭上にあげたため右手に持つマイクが口から離れてしまいました。違和感を感じたのはそのせいでしょう。

もうひとつハッとしたこと。芝居をしている時の無表情なキートンと内なる感情の本当のキートン。それを探る「actバスター・キートン」はまず、『another』で始まり、『another』で終わります。アンコールでは、♪あなたはもう今夜からは 素顔がきれいだ♪と『そのキスが欲しい』が歌われ、『君をのせて』で締めくくります。久世さんが言われた「これは男同士の友情の歌だ」。その言葉がふと過り、ふたりのキートンが見えました。しばらく身体が震え熱くなりました。

また芝居の冒頭で、観客に背を向けてテレビゲームに興じるジュリー。その意味もキートンの思いに創造を巡らすことで、理解出来ました。

投稿: BAT | 2016年6月 9日 (木) 18時04分

BAT様

ありがとうございます!

大変勉強になりました。
なるほど…「グレート・スピーカー」としたcobaさんの詞にはトーキーのことが絡んでいましたか。
僕は横溝正史さんのファンなのですが、『悪魔の手毬唄』の物語の中で、やはりトーキーへの複雑な思いというものが重要な鍵を握ります。それを市川崑監督の映画では小説以上にクリーズアップし見事に描ききっていました。トーキーの台頭が招いた悲劇というものがあったことを、僕はそこで学びました。

そして今回のBAT様の「グレート・スピーカー」の解説…すべてが腑に落ちた思いです。
「あぁ何故君は語るのか」…なるほど、なるほどという思いです。
ますます曲も好きになりましたよ。BAT様のおかげです。

アンコールのお話もありがとうございます。
この先、映像で鑑賞する時が楽しみです。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月 9日 (木) 19時33分

DY様 こんばんは。
大きなトランクの中から小道具と一緒に引きずり出されて現れる幼いキートン。DVという言葉もごく最近のもので、当時は虐待という概念すらなかったのでしょうね。
エディット・ピアフも旅芸人だった父親から金づる扱いで小突きまわされていたようです。
ピアフは15歳の時17歳の少年と駆け落ちして逃げ出しますが、キートンは与えられた環境の中で必死に頑張っていたのでしょう。表情と言葉を封印することで。
だから、トーキーの時代が来ると居場所を失ってしまった・・・切ないですね。
「チャップリンなんか知らないよ」
CDでは歌だけを繋げてますが、映像では合間にいろんな思いが散りばめられています。冒頭カズさんの処まで行き、何か打ち合わせしている感じ。ちょっとたどたどしいミニピアノ(?)の弾き語りが新鮮でした。

投稿: nekomodoki | 2016年6月 9日 (木) 22時39分

DYさま、こんにちは。

コラージュ感を強く感じた舞台でした。
腹話術の人形を使ってのドタバタは、どこか物悲しくもあり、おかしくもあり、ちょっと狂ってるなとも感じましたよ。
なによりも、ジュリー、細い!♪ここが一番でしたね(笑)ヘアスタイルもしぐさもチャーミングで、素敵でした。
たよりないような感じが、キートンのいつも被害者みたいな笑いとの共通点だったのかしら。
着地点がどこか分からないな、アヴァンギャルドだな、ジュリーは痩せるとホントにチャーミング。というのが当時の感想です。いま見たら、また違うかもしれませんが、芝居的には、いちばん解りづらい跳んでるものだと思います。
キートンという人を加藤さんはそう料理して、ジュリーは無邪気に演じていました。

「グレートスピーカー」久しぶりに聴きましたがクールに堂々と歌ってますね~
ご紹介のフレディマーキュリーも見せていただきました。なかなか(笑)
彼のことは通り一遍の知識しかありませんが、ヴォーカリストとしての強烈な個性と演劇的な嗜好からもactのようなことはやりたかったかも。

この時、cobaさんact欠席のお許しをジュリーにひざまずいてお願いしたんですって♪
さすがにイタリア仕込みですね(笑)

投稿: momo | 2016年6月10日 (金) 11時22分

nekomodoki様

ありがとうございます!

なるほど…言葉と表情を封印することで頑張っていた少年、ですか…。
確かに当時は「虐待」なんて観念はまだ無かったのでしょう。程度の差こそあれ、親も子もそれを当然と疑問を持たず、生きていたのかなぁ。

「チャップリンなんか知らないよ」は、不思議な曲だと思っていました。
『BUSTER KEATON』は、メロディーは耳馴染み深いものばかりを採り上げていますが、コンセプトはエグいですね。音だけ聴いているとどの曲も「楽しい」のですが、みなさまからコメントを頂き、それだけではない部分も少し感じることができてきたように思います。

すみません、お返事一度切ります~。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月11日 (土) 13時38分

momo様

ありがとうございます!

『BUSTER KEATON』って、シュールなスラップスティックなだったのかなぁ、と今さらのように実感してきました。音楽だけ聴いていた今までそんなふうには聴こえていなかったのですが、みなさまのコメントを拝見して・・・。

> 芝居的には、いちばん解りづらい跳んでるもの

いやぁ、そう考えるとこの風変わりな楽器編成にも必然性を感じられます。
同様に、アコーディオンの不在も…cobaさん、優雅にひざまずきでしたか~。

この時のジュリーは細かったのですね。95年と言えば、『あんじょうやりや』の年ですね…なるほど!

投稿: DYNAMITE | 2016年6月11日 (土) 18時11分

DYさま

長野には無事行けたのでしょうか...
原曲 聞き覚えはあるのですが 脳内再生できません
ですが たいていの曲は ジュリーのカバーで 身に焼き付いているのですが

DYさま あんじょうやりや どころではありません
DVD チラ見だけでもしてみて下さい
きゃしゃなジュリー です
それでも 声がきれいに出ています
ブルーカナリーを 映像と共に聞くと また違った感想をお持ちになると思います

投稿: ぷー | 2016年6月11日 (土) 20時37分

DY様 こんばんは

楽器編成はディキシーランドジャズの再現かなと思いました。チャップリンやキートンたちが活躍した、1920年代〜30年代頃のアメリカ音楽や流行歌が楽しめるact劇になっています。トランペットが無いのは、グローブ座では狭くて不向きだったからかなと。

cobaさんが不在だった理由はアレですよ。ビョークのワールドツアー(60ヶ国以上)参加のためです。当時とても話題になりました。ご自身のアルバムも好評で世界的名声を得たのもこの頃です。

色々調べてみました。キートンはヘビースモーカーだったため肺がんで亡くなったこと。トーキー映画に代わってからアルコール中毒にかかったこと。チャップリンに誘われて共演した「ライムライト」やその中でチャップリンが「ノミの芸」をすること。キートンは父親に得意のハイキックで蹴られたこと。それらが全て、劇や歌の訳詞で細かく再現されていました。全く知らないで初めて観た時は、少なからずシュールだなと感じた部分があったかも知れませんが、今はとても暖かい映画を見終えた後のようです。キートンは晩年、24才年下で三人目の奥さんのお陰で、穏やかに幸せに過ごされたそうです。「キートン、野球をやろうよ!」が近所に住む子供たちの合言葉だったそうです。 そんな人生をジュリーは、劇中歌ラストの「another2」の作詞で、♪病も癒えて蘇る孤独から♪と歌い締めます。

どうしてジュリーは、こんなにも温かく優しい気持ちなれるのでしょう。actシリーズの中で一番のお気に入り作品になりました。

すいませんもうひとつ。劇中、「8歳の時からボクはずっと16歳。16歳でないと舞台に立てないから」という台詞があります。実際に訴えられた時の父親の言葉が「彼は小人なんです」だったとか。そんな噂も逸話として残っているようです。

前回コメントの訂正です。創造 → 想像

投稿: BAT | 2016年6月11日 (土) 23時32分

DY様
 こんばんは。関西は午後から雨、あさって「オリックスバファローズの応援に」甲子園行くのでそれまでにやんでほしいと願っています。
 チャボさんの「プリテンダー」に出てくる「グレート・プリテンダー」とはお題曲の原曲だったんですね。チャボさんは初め「プリテンダー」の言葉の意味をよくわからず作ったとか……ジュリーにも同名の名曲ありますね。
 で、お題曲、それまでどちらかと言えば題材人物が妖艶、シュール、二枚目路線だったのに対して喜劇役者キートンということで雰囲気も楽器編成もずいぶん変わったなあとまず思いました。収録曲でも「聖者の行進」とか正直、「ええっ?」って思いましたが、「グレート・スピーカー」はなかなかいいですね。「another 2」とお題曲がお気に入りです。
 横溝正史さん、私も大抵買い揃えました。「悪魔の手毬唄」名作ですね、犯人の気持ちもよくわかると言うか。ただ読み返す気になりません。文庫本の表紙があまりにゾッとするからでしょうか?

投稿: ねこ仮面 | 2016年6月12日 (日) 22時34分

ぷー様

ありがとうございます!

長野への旅行は、あまりに急に暑くなったせいか夫婦揃って体調がいまひとつだったこともあり見送りました。また秋くらいに、と考えています。

そうですか、どうやら『BUSTER KEATON』のジュリーはルックス的にも相当素敵なようですね。
「ブルー・カナリー」は『ジュリー三昧』でこの作品からジュリーがセレクトした曲でした。いつか映像と共に観るのを楽しみにしています。

BAT様

ありがとうございます!

重ねて色々と教えてくださり感謝です。
なるほど・・・それでcobaさんが演奏者から外れていたのですか。納得です。

ディキシーランド・ジャズですね。それでもやはりトランペット不在というのはいかにも変則ですが、仰る通り会場の向き不向きもあるのでしょうか。僕は生で会場を体感したことがないので雰囲気は分からないのですが・・・。

お話を伺うと、どうやら「ボクはスモークマン」には、ヘビースモーカーの意もかかっているようですね。
そう知ってから聴くとまた味わいが違います。

すみません、またここで一度お返事切ります。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月13日 (月) 09時10分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

ねこ仮面様はオリックスファンでいらっしゃいましたか。
僕は阪神です。開幕前は「遂に生え抜きの1、2番が固定されるか」と期待しましたがいざシーズンに入るとご存知の通りの苦戦。去年は交流戦で盛り返したりしたんですけど。今年は・・・金本監督、我慢の数年間になるかもしれませんが若手の成長に期待しています。

「another1」「2」良いですね!
僕は「1」が熱烈に好きになりましたがもちろん「2」も素晴らしいです。柴山さんのアルペジオがクールですね。

横溝正史は、市川映画では『悪魔の手毬歌』推しですが原作ですと個人的には『病院坂』が圧倒的に好きです。世間の評価は「冗長」と言われたりすることもありますが、その枝葉の部分が面白いと思うんですよね・・・。
あと、マニアックなところでは『真珠郎』。もし70年代ジュリーがあの魔性の少年を演じていたら大傑作の映像作品になったのでは、と妄想します。

投稿: DYNAMITE | 2016年6月13日 (月) 16時07分

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