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2016年4月 7日 (木)

沢田研二 「犀か象」

from『un democratic love』、2016

Undemocraticlove

1. un democratic love
2. 福幸よ
3. 犀か象
4. Welcome to Hiroshima
    ~平成26年(2014年)8月6日『平和への誓い』より


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4月となりました。
音楽劇『悪名』大阪公演も大盛況に終わったようです。素晴らしい舞台が続いているそうですね。

そんな中僕はと言うと・・・先週から体調を崩し、土日に花見に出かけることも叶いませんでした。
まぁ、満開の桜には通勤途中の公園で出逢うことができていますけど。

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僕の体調不良は日常茶飯事、みなさまは「またか~」とお思いでしょうが、今回は相当凹みました。
今はすっかり良くなっているからこんなことも書けるんですけど、人生で初めて体験する症状がいくつか表れましてね・・・。

例えば、某(元)大臣が辞任後かかったと言われている「睡眠障害」。これは辛かった!
肉体的には確実に疲れているし、気持ちは「寝なきゃいかん」と思っている・・・でもいざ眠りに落ちようとした瞬間に、酷い吐き気で意識を戻されるんですよ。
それがちょうど一週間前の木曜日の夜のことでした。
結局その日は一睡もできず・・・
調べたら「入眠障害」という症状分類になるらしいです。
「心と身体のバランスが崩れる」ってこういう状態を言うのかなぁ、と生まれて初めて考えてみたり・・・まずビックリした、というのが正直なところ。今回の僕の場合、睡眠障害っぽいその症状は僅か1日のことでしたから「たまたまの不調」だったのかもしれませんが、もしこれが数日続いていたらと思うとゾッとします。

その他いくつかの変調があり、「年齢なのかなぁ」とか「ストレスかなぁ」とか考えこんでしまって。
と言うのは、それぞれの細かな症状をネットで調べると、原因としてまず「ストレス」と出るわけですよ。
僕はこれまで精神的ストレスを実感したのって、20代に仕事で苦労した時(専門的な教育も受けていないのに高いスキルを求められ、勤務時間外に独学で必死に勉強するしかなかった)くらいしか心当たりがありません。
確かに今は、ジュリーの新譜に向き合って、色々なことを相当突き詰めて考えていますし、踏み込んだことも書いているので一部からの風当たりも強い・・・やっぱりそれなりの負荷は感じています。
でも、基本楽しんでやってるはず・・・なのです。

だから、ストレスとは言ってもそれは加齢によるもので、身体の何処かがくたびれてきて、それが知らず知らず心体に負荷をかけていたのかなぁ、と。
いつもお世話になっている先輩が仰るには
「人は”9”がつく年齢の年に身体の変調が起こりやすい」らしく、僕は正に今49歳の年を過ごしているわけで・・・ちょっと早い気もしますが、メノポーズの可能性も考えられます。こう見えても僕は女性ホルモンが多い体質なんですよ(残念ながらジュリーと違ってそれがルックスにまでは反映されていません笑)。

今日の記事は、個人的には「聴けば聴くほど」のスルメ感覚で急速に好きになっていった曲がお題ということで、「意外と短期間で更新できそうだな」と思いつつ先週から下書きをしていましたが、そんなこんなでそれも数日間の中断。ずいぶんお待たせしまくっての、この日の更新となってしまいました。
改めて、「何事もない日常」がいかに大切かを考えさせられた日々なのでした。


さて本題。
10日からG7外相会議が始まります。「核なき世界」を広島の地から世界へ発信し、今後日本がその舵取りをしてゆく。そんな未来を願うばかりですが・・・。

先日、アメリカ共和党の次期大統領候補であるトランプ氏が、「日本と韓国の核保有容認」に言及しました。これは氏特有の現実主義的な考え方と鮮度の高い表現力を根底にするもので、詳しく話せば本当に長くなるんですけど、当事者であるこの日本でも「世界で唯一の被爆国である日本だからこそ、堂々と核を持つ資格がある」と考える政治家が増えてきている現状。個人的にはまったく受け入れがたい考え方です。
先日の4月1日の閣議によれば
「憲法9条は、一切の核兵器保有、使用をおよそ禁止しているわけではない」
という現政権の解釈が公にされ答弁されました。
つまり「今は保有しない方針だが、保有すること自体は違憲ではない」ということ。
とうとうここまで来たか、と感じます。
加えて、大阪維新の会の松井代表が先立って「我が国の核兵器保有の是非を話し合うべき」と発言。どうやらこの党は「是」の立場であるようです。

よく「原発推進と国の核保有、核武装はまったく別の話」と語られることがあります。でも、「核を持ちたい」と考える政治家はほぼ原発推進です。
使用しないプルトニウム331キロをアメリカに移送中だったこともあり、先日ワシントンで開催された『核安全保障サミット』で安倍さんは、「我々は使用目的のないプルトニウムは持たない」とアピールしましたが、日本はそれでもまだ47トン(47000キロ!)ものプルトニウムを保有しています。これは、核兵器を持たない国の保有量としては歪なまでに大きな数字です。

その莫大な量を「原発で使うため」の目的にすり替えるとは・・・2012年の総選挙での「できる限り原発に依存しない社会の構築」という自民党公約は、もう世の中から忘れられているとでも言うのでしょうか。
「潜在的核保有国」から「実質の核保有国」へと向かうこの国の流れを嫌でも予感させられる中で、ジュリーの新譜『un democratic love』から今日の考察お題は、3曲目「犀か象」。
アルバム『greenboy』収録の「Aurora」以来、久々の依知川さん作曲作品がレコーディングされました。

新譜の記事を書き始めてから、先輩方から様々なご意見やアドバイスを頂き本当に有り難く思っている中で・・・やはり今回も、ジュリーの歌詞について感じたことを正直に書き、社会性の強い題材にも言及してゆく切り口は変えずに取り組みたいと思います。
ジュリーのメッセージはもちろん、純粋に楽曲としての考察ポイントも多い魅力的なビート・ロック・ナンバーです。よろしくつき合いのほどを・・・。


この曲では、ジュリーの歌詞の前に依知川さんの作曲についての考察から書いていきましょう。
「何故ジュリーの詞がこういうスタイルになったか」を、依知川さんが作ったメロディーやコード進行から読み解くことができる、と考えるからです。

”『Barbe argentée』セットリストを振り返る”シリーズで「お気楽が極楽」を採り上げた際、僕はこれまでの依知川さんのジュリーへの提供曲を「(白井良明さんの)アレンジでトリッキーに装飾されているけど、基本はどれも直球パターン」と書きました。
2016年、久々のジュリーへの楽曲提供。さて依知川さんはどんな直球を投げ込んでくるかな、と楽しみにしていましたが・・・何と「犀か象」は今回の収録4曲の中で抜きん出て変化球!
ジュリー・ナンバーに変態進行の名曲は数あれど(褒めてます!)、まさかここへきて、しかも依知川さんの提供で新たな名曲がそこに加わろうとは・・・。

めくるめくコードの流れ、いきなりの転調、変幻自在のサビ配置の威力。硬派な中にどこか可愛らしさが同居するメロディー。「面白い曲だな~」と柴山さん達に褒められ、スタジオで巨体を恐縮させて照れている依知川さんの姿が目に浮かぶようです。

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進行、構成こそ超・変化球ですが、ひとつひとつのコードは正直で明確な和音があてられていて、採譜の作業自体は早かったです。でも、採譜しながら何度も「ええ~っ、そんなトコ行っちゃう?」と驚嘆の連続。非常に入魂度の高い名曲です!


『PRAY FOR EAST JAPAN』をテーマに作曲し、ジュリーがそれに歌詞を載せる・・・依知川さんにとっては初めての大仕事です。「被災地への祈り」を真剣に考え取り組んだことでしょう。
依知川さんはまず、「元気の出るメロディー」を主軸に作曲にとりかかったと思います。
ただ「元気一辺倒」では何か違う・・・被災地の現状を思えば、そこにシリアスな悲しみの音も挿し込まなければいけないと考え、それがこの変則的な構成を生み出したのではないでしょうか。

興味深いのは、「サブ・ドミナントやドミナントのコードをマイナーに転換する」という、2曲目「福幸よ」で柴山さんが徹底して魅せてくれたアイデアと同じ手法を、依知川さんもこの「犀か象」で部分的に採り入れていることです。さらに言うと、その作曲手法は僕の中で「下山さんの得意技」というイメージがあるのです。
これは、今回の新譜にいくつか見られる不思議な符号のひとつです。
また、「福幸よ」との共通点としては他に「マーチング風」アレンジの導入が挙げられます(「福幸よ」はエンディングの大サビ、「犀か象」は間奏ギター・ソロ部)。

「犀か象」のキーはニ長調。
メロディーの高低幅は狭く、最高音も高い「ミ♭」。ジュリーが思いっきり「遊べる」くらいの音域だったことも、作詞に影響しているかもしれません。

ニ長調の曲は初っ端のコードが「D」であることが多いですが、この曲は「G」で始まるサビ部を冒頭に配置しています。畳みかけるビートとジュリーのヴォーカルがいきなり耳に飛び込んでくる感覚は、前曲「福幸よ」直後の収録順だからこそスリリング。
その効果で、2度目の登場となる同進行のサビ部は「おっ、きたきた!」と思わせる(直前のジュリーの「バイヤ♪」が効き過ぎ!)と同時に、「イントロの時点では難解に聴こえてしまうけれども実はポップなメロディー」を復習するような感じで聴くことができます。

また、エンディングに向かって「神をも畏れない再稼働」というフレーズが3回繰り返されますよね。
実はこれ、歌詞とメロディーは3回同じなのに、あてがっているコードはそれぞれ違うんですよ。

地震多発も犀か象 舌の根乾き犀か象
G              A         Bm            E

神をも畏れない犀か象
Em           A           Bm

神をも畏れない犀か象
G             A           Bm

神をも畏れない犀か象 ♪
G             A           D

ね?
(ちなみにジュリーの「舌の根乾き」という表現は、先述した2012年の総選挙の際の自民党公約を念頭に置いていること、まず間違い無し)
イントロは、まるで進行途中から曲が切り込んできたように聴こえ、対してエンディングの「D」はキレイなトニックへの着地。それがジュリーの歌メロに始まりジュリーの歌メロ声に終わる、という・・・歌詞のテーマとも合っていて素晴らしい構成だと思います。

転調は一瞬の早業、という感じ。依知川さんにとっては「居合い」の感覚でしょうか。
1番で言うと

知事は青海鼠で 国は鹿馬(しかうま)
Cm           G       Cm      D

こんな日本な筈ないよ
Em     A    Em  A

侍   いなくなってしまった ♪
F#m  Bm              Em    A

「知事は♪」からト長調に転調していることは歴然。
問題は、何処で(ニ長調に)戻っているのか、ということなんですが、僕は上記2行目まではト長調が続いていると解釈してみたいです(「侍♪」からニ長調)。
だって、2行目の「Em→A」と3行目の「Em→A」では全然受ける音のイメージが違うじゃないですか(2行目は、まるでポール・マッカートニーの「アンクル・アルバート」ばりの美しさ!)。
いずれにしても斬新な転調です。「居合い」の転調に「侍」のフレーズが歌詞として載ったのも奇跡的。名曲の条件はレコーディング前から揃っていますね。

初めて『PRAY FOR EAST JAPAN』をテーマにジュリー・ナンバーを作曲した依知川さんは、「どんな詞が載るのかなぁ」と楽しみにしていたと思います。
で、ジュリーがつけたタイトルが「犀か象」。
依知川さん、最初はさぞビックリしたでしょうね(笑)。
ところが詞の内容や言葉使いは、依知川さんが提示した細部の工夫、冒険的なコード進行、全体に漂うキュートな空気感にバッチリ合っているわけです。
依知川さんは、すごく嬉しかったと思いますよ。

ジュリーの作詞について僕は2曲目「福幸よ」の記事で「ジュリーは柴山さんの曲に力を得たのでは」と書きましたが、この「犀か象」は「依知川さんの曲にジュリーが乗った」のではないかと考えています。
それではここから、その点を念頭にジュリーの歌詞について詳しく書いていきましょう。

「ただ明るい、だけではいけない」との思いが依知川さんにあってのことでしょう、通常メジャー・コードであるべき箇所をマイナーに転換した箇所。まずドミナント・コードをマイナーにしたのが、1番の

犀が腹を切るの 象がゴミを食うの
D           Am       D            Am

2番の

メルトダウン煙  水素爆発廃墟
D              Am    D           Am

また、「サブ・ドミナント・コードをマイナーに転換」(「福幸よ」とまったく同じ理屈)したのは、1番で

知事は青海鼠で 国は鹿馬(しかうま)
Cm           G       Cm       D

2番で

大臣最後金目 政治馬鹿(うましか)
Cm         G      Cm       D

このように、依知川さんが変化球を投げた箇所で、ジュリーは悉く辛辣な歌詞を載せてきています。
全体的に明るい曲調の中で要所要所に「厳しさ」を加味している点は、正に詞曲の合致。

現在、12万箇所で住宅の庭先などに除染廃棄物が放置され、廃棄中間処理施設の敷地確保は、政府計画の僅か3%に留まっているという状況です。
それでも政府は再稼働推進。
「基準を満たしている」とは言っても「安全です」とは言わない規制委員長。有事に誰が責任をとるのか、核のごみをどう処理するのか。
「犀が腹を切る」「象がゴミを食う」・・・ジュリーの比喩は「できもしない」ということを表します。

「メルトダウン煙」「水素爆発廃墟」のフレーズ並びは、2011年の事故映像を呼び起こすもの。
「メルトダウン」とは「炉心溶融」のことですが、これを東電はずっと「炉心損傷」と過少評価し続けてきました。5年経った今年ようやくメルトダウンを認め国会で陳謝するに至りますが、じゃあ5年間何故認めなかったかと言うと「炉心溶融の判定基準を記したマニュアルの存在に気づかなかった」ためだという・・・。
もしそれが言葉通りなら「想定外」とはどの口が言っていたのかという話でしょうし、本当は気づいていたとすれば、5年間の隠蔽行為だったことになります。
今も現場で必死に頑張っている方々のことを思うと、この東電上層部の「集団的無責任」ぶりはあまりに酷い。これをして一事が万事とするなら、あの事故が真に「人災」であった可能性は非常に高まってきます。

そうした福島第一原発事故原因徹底検証、責任追及無しに再稼働はあり得ない、という道筋は当然と誰もが分かりそうなものなのに、「知事は青海鼠」「国は鹿馬」。ジュリーはこの「鹿」と「馬」を言いたいがために「犀」と「象」に登場願っているようですね。

原発事故の収束について「最後は金目」と言ったのは、「かの人」の息子さんでした。
最近また大臣としてテレビで見かける機会が増えていますが、ジュリーは特にこの人には怒っているのか、歌詞では続けて「政治馬鹿」と、遂に1番の「鹿馬」ではなくハッキリ「馬鹿」と斬って捨ててしまいました。辛うじて発音は、「うましか」ですけど。

先に少し触れた『核安全保障サミット』で安倍さんは「日本は二度とあのような事故を起こさないとの決意の下、原子力の平和的利用を再びリードすべく歩み始めた」と語りました。さて世界各国は、どのように受け取ったでしょうかね・・・。
そこで「再稼働推進」については安倍さんは「世界で最も厳しいレベルの新規制基準を作った」と主張したそうですが、原子力規制委員会の再稼働認可において「避難計画」が規制基準の対象外という時点で、あの過酷事故を経験し多くの避難者の存在を今も抱える国として「厳しいレベル」とはとても思えないのですが・・・。

再稼働していた関西電力高浜原発3、4号機はトラブルが相次いでいました。そしてその後3月9日、大津地裁の判決により運転は差し止められています。
以下、おっかないのを覚悟で書きますと・・・。

大津地裁による稼働差し止め決定という司法判断は、福井地裁の2015年の判決に続くもので、これをして原発推進派が福井地裁に対して行ってきた「特異な裁判官による特異な判決だ」という批判は、まったく筋が通らなくなりました。
原発推進の立場をとる『日本経済新聞』『産経新聞』の2紙は、司法判断そのものへの疑問を訴えています。つまり、原発稼働についての判断は特殊な知識を持つ専門家によって為されるべきで、一介の裁判官が判断して良いことではない、というものです。
しかしこれは「再稼働してもらわないと困る」という経済人の考えありきの理屈で、司法をド素人扱いする不遜にして強弁な批判と言わざるを得ません。
大津地裁は「原発反対」と言ったのではなく、「規制基準が不充分により現在の稼働は停止」としたわけで、それは中立な司法判断なのですから。

また、愛媛県の伊方原発3号機が先日、7月の再稼働を目指して使用前検査に入りました(「使用前検査」について僕は故郷・鹿児島の川内原発再稼働に向けての動きが具体化した際に勉強しましたが、鹿馬(国)が主導する規制審査、さらには青海鼠(県知事)の認可がある以上、それは「再稼働ありき」の形式的な段階に過ぎないことがその後の推移でよく分かりました)。
さすがに今は国も県も規制委員会も電力会社も「この原発は安全ですから動かします」とは言えず、その代わりに「安全確保に万全を尽くす」」とした上で、反対意見を軽んじ再稼働へと突き進むようです。

そんな有り様に対してジュリーが痛烈に皮肉った歌詞表現は、まず1番で
「安全じゃないっしょ」
この言い回しには、「何度も言ってるのに聞こえないの?」という意味が込められているでしょう。
さらには2番で
「安全じゃないっちゅ」
これは
「どうも貴方たちには僕の言うことが理解できないようですから、赤ちゃん言葉で言い変えてみました」
くらいの強烈な表現。
ジュリー、相当怒っていますよ。

と、ここまでは今回も額に皺寄せるようなことばかり書いてしまい、また自分に負荷をかけてしまったのかもしれませんが・・・これはジュリーが歌う「誇大でない現実」を僕なりに押さえておかないと曲に向き合った気がしない、という個人的な嗜好によるものです。
楽曲の素晴らしさはそんなことに左右はされません。その上で、このジュリーの作詞はピュアな感性にこそ訴える名編だと思っています。

「犀か象」のタイトル、次々に登場する「犀」「象」「鹿」「馬」の動物達・・・面白いアイデアですよね。
そして、面白おかしく言葉を料理したジュリーが歌詞で何を言おうとしているのかが「分かりやすい」ことこそがこの曲の最大の狙いです。少年少女達、子供達に訴えかける力が強い、ということだと思うんです。

「大人」である僕は一瞬「犀か象=再稼働」の語呂合わせとして歌詞を分かった気になってしまい、そこでいったん思考がストップしました。
でも、こういう曲を耳に得た若い、幼い感性はきっとそんなふうには済まさないでしょう。
「誰にでも分かりやすい」面白い比喩で聴く者を惹き付け、その中にある重要なメッセージを届ける・・・これはロック、フォーク含みポップ・ミュージック真髄の手法です。メッセージのベクトルは様々ですが、僕が少年時代に聴いた人で言うと、まず忌野清志郎さんがその代表格。桑田佳祐さんやサンプラザ中野さんの詞にもそれを感じたことがあります。

そして最近ではジュリーです。
でも『PRAY FOR EAST JAPAN』をテーマとした楽曲でこのスタイルを採り入れたのは、「犀か象」が初めてですね。それが今年の新譜の個性のひとつです。
依知川さんの曲に「乗った」ジュリーが踏み込んだ一歩は見事成立していますし、物を分かったような気でいた「大人」の僕をピュアなロック少年に引き戻してくれたような感覚があります。そう、「犀か象」はとてもピュアに痛快なロックなんですね。

もちろん、僕のような情けない「大人」ばかりの世の中であるはずがありません。
今年の新譜を聴いてすぐにこの曲を特に好きになれたジュリーファンは、ジュリーの真髄、作法に敏感な人で、
歌詞のテーマについても日常からアンテナを張ることができている人だと思います。
僕は時間がかかりました。最初に「えっ、こんな感じでこのテーマを歌うの?」と思ってしまいました。
何度も繰り返し聴いて詞曲とも大好きになった「犀か象」・・・購入直後のいかにも「大人だよね」な自分の感想を、今では恥じています。

あと、歌詞中で「ジュリーが一番言いたかったこと」じゃないかと僕が思うのは

侍   いなくなってしまった ♪
F#m  Bm              Em    A

ここですね。
お正月に「サムライ」を歌ったこともあって、今回改めて「ジュリーのイメージする”侍”ってどんな人達のことだろう」と考えてみました。

人それぞれ思う浮かべる人物は違うでしょうけど、僕はやはり歌詞のテーマから、80年代末に『朝まで生テレビ』で原発の賛否、展望について本音でやり合っていたパネリスト達を「侍」に重ねました。
皮肉なことに、彼等パネリストの中でも僕が特にイメージしてしまったのは、昨年亡くなられた野坂昭如さんだったんですよ。
「皮肉なことに」と僕が言うのは、長いジュリーファンの先輩方ならお分かりのはず。「嫌なこと思い出させて!」と呆れる先輩もいらっしゃるかもしれません。
そう、かつて野坂さんは大ヒット中の「サムライ」の衣装にクレームをつけたことがあるそうですね。
当時のジュリーファンは怒ったでしょう。僕ももし当時今と同じくらいにジュリーファンで、洋楽の知識もあったとしたら、「いや、野坂さん、あれはデヴィッド・ボウイがベルリンで表現していたステージへのリスペクトがまずあって・・・」と反論したくなったはずです。

『朝まで生テレビ』で観ていた頃の野坂さんについて僕は、「ちょっと左に寄り過ぎていて怖いなぁ」と感じていました。ただ、多くのレギュラー・パネリストの中で、体裁に囚われず本音で自分の考えをハッキリ言っていた、という点では野坂さんが頭抜けていたように思います。
スタジオに招かれた一般のかたの「(原発は)なんだか怖い」という発言に対して多くのパネリストが「それじゃ話にならん」と理屈でねじ伏せ委縮させてしまう中、「恐怖」を人間の自然な感情、立ち振る舞いとして擁護していたのも野坂さんでした。
思えばそれは今ジュリーが「神をも畏れない犀か象(再稼働)」と歌っていることと目線は近かったんじゃないかなぁ、と思うんです。

そういう人が今はもういなくなってしまった・・・たとえ言いたくても公の場では控えるようになってしまった・・・こんな日本なはずないじゃないか、と。


最後になりましたが、この曲は間奏もすごく面白いので僭越ながら解説を少し。
ジュリーの「パオ~~!」という豪快なシャウト(LIVEでの再現が楽しみ!)を合図に始まるこの間奏は、「犀か象だ犀か象だ」(「再稼働だ再稼働だ」)と賛否お構いなしに突き進もうとする今の状況をマーチングのリズムで風刺したものと考えられます。
ブルース構成ならいざ知らず、エイトビートのポップなナンバーで間奏が12小節というのがまず斬新。
コードは「G→F#7」「G→Bm」「G→A」で4小節ずつ。どれも「G」を起点にしているのに、それぞれのニュアンスがまったく違って聴こえるのが凄いです。
これはコード進行の面白さ(依知川さんの作曲段階からのアイデアでしょう)もさることながら、柴山さんの音階移動表現が最高に名演なのですね。
過激でパンキッシュに攻めたてる音色と運指が、曲想的には対極と言ってもよい1曲目のバラード・ナンバー、「un democratic love」と共通しているというのがまた素晴らしい。

今年、レコーディングのギターを1人で受け持つことになったことも関係しているのかもしれませんが、柴山さんの音もこれまでとは何処か変わったように僕は感じています。このことも、次回「Welcome to Hiroshima ~平成26年(2014年)8月6日『平和への誓い』より」の記事で大いに触れる予定でいますが・・・。


ということで、ジュリー2016年の新譜『un democratic love』全曲考察も残すところあと1曲となりました。

先日『東京新聞』で、原発事故のため広島県に避難、転居されたご家族の記事を読みました。
避難指示区域から各土地に移り住んだ同様の境遇の方々が多くいらっしゃる中、それぞれの避難先の学校でお子さんが原発事故に絡んだ心ない「いじめ」に逢っている、と伝え聞いていたそのご家族のお母さんは、子供の転校先となる学校の先生にそのことを前もってご相談したのだそうです。すると先生は
「お母さん、ここは広島ですよ」
と。
広島では、何十年の時が経とうと戦争の悲惨さ、「核」の恐ろしさは語り継がれ「平和教育」が徹底しているんだ、という先生の誇りであり確信でしょう。
それが、今回ジュリーが詞の題材とした2014年の子供達による『平和への誓い』に息づいています。

この子供達の言葉・・・ジュリーが今年の新譜で歌にしてくれて初めて知った、という人は多いかと思いますが(僕もそうです)、日本人として心に刻み、皆で世界へ伝えていかなければならないんですよね。
「戦争できる国であることが普通」なんてのが世界の常識だとしたら、日本はそんな世界を変えてゆくメッセージを発信し続けるべきです。
人間を信じて・・・次回更新も顔晴ります!

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コメント

DYさま

Wow 投稿終わったら upされてるじゃありませんか。
これから 読ませていただきます 。

投稿: ぷー | 2016年4月 7日 (木) 20時52分

DYさま
ジュリーの詩は字数としては最小限で、それを理解するのは???となることがあります。頭の悪い私は読み方も意味もわからなくて辞書を引くところから始まる詩も多数あります。
「目に見えない知らない相手は怖い」が信条の私ですが、DYさまがその身を削るようにして理解されたもの、またコメントされる皆さまのお考えをも読ませていただくことには新鮮さや共感を得ることも多くてたいへん感謝しております。ありがとうございます。
例えば「犀か象」では「犀が腹を切る」「象がゴミを食う」の比喩もDY様の解説ですっきりいたしました。
このアルバムは安倍首相の耳には届くでしょうか? 1曲目「un democratic love」から4曲目の「Welcome to Hiroshima ~平成26年(2014年)8月6日『平和への誓い』より」を聴いたとき私は、ジュリーは安倍首相にも聴いてほしいと願って作ったアルバムなんだなと思いました。
最後に、どうかDYさまが愛する方のためにもお体を大切にしてくださいね。

投稿: U55 | 2016年4月 8日 (金) 12時36分

追伸
本日、地元での『悪名』に行ってきます。
角刈りの朝吉親分を観るのは別の意味でドキドキするのです。

投稿: U55 | 2016年4月 8日 (金) 13時20分

ぷー様

ありがとうございます!

今回も長いのです~。
お時間のある時に、ゆっくりお読み頂ければ、と…(汗)。

U55様

ありがとうございます!
今日はお出かけ日和でしたね。静岡の朝吉親分はいかがでしたか…?

仰る通り、安倍さんにも聴いてもらいたい作品です。
この新譜には、ジュリーの怒りはもちろん感じますが、とにかく話を聞いて欲しい、という切々とした気持ちも伝わってきます。1、4曲目は特にそうです。

それだけに、3曲目の「犀か象」は収録構成も気持ちの良い変化球で、ジュリーの「作法」を感じます。「流儀」と言っても良いですが、ジュリーには「作法」が似合うような気がしています。

お気遣いのお言葉、とても嬉しく、有難く思います。身体の強くない僕ですが、気をつけてゆきたいと思います!

投稿: DYNAMITE | 2016年4月 8日 (金) 21時31分

DY様 こんにちは

昨夜、私も「悪名」静岡公演の観劇に行ってきました。昨年に続いての来静、近所で見られるのは嬉しいことです。今回も綺麗で迫力ある歌声は健在で、尚且つクスクス笑える芝居や生演奏による効果音などもあって、あっという間の二時間半でした。「BAD BOYSのテーマソング」を愉快な振り付けで歌うのが気に入りました。場面チェンジで演奏される曲のイントロが、どれも「ストリッパー」に似ているので、そんなロカビリー調なところはカズさんのギターが心地よく感じました。

さてお題曲ですが、「バイヤ」が気に入ってます。これもジュリー語になるのでしょうか。犀も象も 再稼働の語呂遊びだけかと思っていたら、ダイナマイトさんの考察でありました比喩的な意味合いを持ち合わせているから考えてねと。そんな風に聴くと、たった3音に英語なのか日本語なのか不明な「バイヤ」を編み出すセンスにはもう脱帽です。若さとか熟練とかではない何か、それと向き合えるのが私にとって、今のジュリーの歌を聴く楽しみなのかも知れません。

投稿: BAT | 2016年4月 9日 (土) 11時18分

BAT様

ありがとうございます!

「やばい再稼働」転じて「バイヤ犀か象」なのでしょうね。「バイヤ」の箇所はサビ直前の景気づけのようなとてもポップなメロディーですが、依知川さんの作曲段階からのアイデアなのでしょうか。いずれにしても「効き過ぎ」な「バイヤ」、僕も大好きです。

『悪名』静岡公演、素晴らしい舞台だったと聞いています。
熊谷さんのツイッターに新しいリストバンドがあるよ、と教えて頂き見てきましたが、文字が「PRAY FOR JAPAN」に変わっているように見えました。
もちろん東日本も含み、この国のために祈るのだ、というジュリーの思いでしょうか。4曲目の考察に向けて一層気合を入れているところです。

投稿: DYNAMITE | 2016年4月 9日 (土) 19時05分

DY様 こんばんは。
「侍」で思うのは、明治維新の志士達です。
否応なしに迫られた開国で、西洋列強に飲み込まれないためにどうしたらいいか必死で考え、目先の利益や権力のために日本人同士でこれ以上争ってはならないと、どうしようもない理不尽をかみ殺して未来に賭けた人々です。
この決断はそういう立場にいた人がやるしかなかったのでしょう。
「脱原発」も同じで国のトップの決断にかかってると思うのです。
でも安倍さんがダメなら他に誰が、と言われても思い浮かばないのです。
だから、ジュリーも安倍さんに「聞いてくれ」と言ってるんじゃないでしょうか。

仕事の締めで気が付いたら桜が散っていた去年のウラミ(?)を晴らすべく今年は、花見三昧でした。DY様お体お大事に。

投稿: nekomodoki | 2016年4月 9日 (土) 22時35分

DYさま

井土塀(いどべい)議員  という言葉をご存知でしょうか?
明治維新後の新政府には、 『志し』 のある代議士がおられ、
自分の崇高な大義のためなら 喜んで 資産を投げ出し お国のため、民のため に尽くした結果、
自分の資産として 残ったものは 『井戸』 と 『塀』 だけになってしまう という意味だそうです。

正に(侍)ではないでしょうか?
崇高な志しのために 信念を貫ぬく。。。   
そんな議員、今はいたとしてもマイノリティーで 声はかき消されてしまう。
『侍いなくなってしまった』 とは 崇高な志しを抱く政治家が いなくなってしまった  とも とれます。  

リストバンドが EAST JAPAN から  JAPAN に変わっている事、私も確かめました。
明らかに ジュリーは 祈りの対象を 日本国 に移しての今年の新譜ですね。
だから CDのジャケットのリストバンドに文字が無かった。
素敵過ぎます ジュリ〜〜〜

DYさま 私 13日の水曜日 悪名 です   
何を隠そう 私 ジュリーの 下唇フェチ なのです。
お髭で隠されることなく 『し、下唇』💋 💝 堪能できるでしょうか? dokidoki 💓
                   💕   💬💦
                  😍   😅

投稿: ぷー  | 2016年4月11日 (月) 01時45分

nekomodoki様

ありがとうございます!

僕の方は今年はバタバタしている間にすっかり葉桜となってしまい、おちついた花見はできなかったんですけど、仕事の移動中などでは何度も満開の桜に出逢えていますから、桜を楽しむことはまぁできたかなぁ…。

「侍」は明治維新の志士ですか。それは考えませんでした。
なるほど、私利私欲を捨てて…ということでしょうね。
安倍さんはその点はその通りの人だと思いますから「他にいない」というのも頷ける部分はあります。ただ、安倍さんが描いている未来には賛同できないんですよねぇ…。

体調はずいぶん戻りました。お気遣いありがとうございます。
ひとつ気になるのは円形脱毛症の症状が残っていることですが、まぁそれは痛い痒いというようなものではないので…。

ぷー様

ありがとうございます!

井土塀(いどべい)議員…恥ずかしながら初めて知りました…。
先の朝ドラ『あさがきた』でそうしたシーンも少し描かれていましたね。

新しいリストバンドがファンに配られるかどうかは分かりませんが、『PRAY FOR JAPAN』の気持ちについては僕もジュリーと共にありたいと思っています。正に今年の新譜のコンセプトですよね。

ジュリーの容姿について「爪フェチ」「関節フェチ」などは聞いたことがありますが、「下唇フェチ」というのは初めて聞きましたよ~。
群馬公演のご感想、楽しみにしております。

投稿: DYNAMITE | 2016年4月12日 (火) 09時35分

DYさま

リストバンド 届きましたよー

投稿: ぷー | 2016年4月12日 (火) 13時25分

ぷー様

おぉ!
嬉しいお知らせ、ありがとうございます!

投稿: DYNAMITE | 2016年4月12日 (火) 15時09分

九州佐賀にも本日(14日)リストバンド届きました。まったく知らずにいましたので、嬉しかったわ!

何やら忙しく新譜をまだ聴けずにいる私です。グレーのジャケットが何かしら怖い印象があって聴くのをためらってもいます。何の色でしょう。津波の様にも思えてしまいます。落ち着いてからじっくりと聴くことにします。
ジュリーが歌うこと、思うことは何年も何年も経過してから本当に起こることが多いように思えてしまいます。早すぎて早すぎて、まるで預言者のようです。これから一体何が起こるのか怖いような心配なような・・・

「悪名」福岡講演がもうすぐです。今回は何と最前列をいただけました。目の前であの「河内音頭」を聴けます。初めて聴いたときにあまりの感動に手が腫れ上がるほど拍手したことを覚えています。柴山さんのギターもじっくり聴いてきます。

ご伝授とは直接関係ないことでお邪魔してしまいました。リストバンドが嬉しくてついつい。


投稿: 澤會佐賀県支部長(自称) | 2016年4月14日 (木) 16時51分

澤會佐賀県支部長(自称)様

ありがとうございます!

おぉ、九州にも届きましたか。ジュリーの贈り物、嬉しいですね。

新譜のジャケットについては、僕も最初は「ふ不吉」「まがまがしい」という印象でした。
その後、「un democratic love」の記事にコメントをくださった方が、「Every cloud has a silver lining」という英語の諺を教えてくださいました。
直訳すると「どんな雲にも銀色の裏地がある」となりますが、これは雲の裏側に太陽で照らされた明るい部分が隠れている、ということで、「憂いの反面には喜びがある」とか「絶望の中の希望」という意味になるのだそうです。
考えてみれば、「銀色」って本来は素敵な輝きの色なんですよね。

新譜の歌詞はかなり痛烈なものでしたが、個人的にはこれまでの4作と比べると「元気が出る」「未来への希望を見据えることができる」感じがしています。
慌てず焦らず、人それぞれ余裕のある時にじっくり聴く、というのも良いと思いますよ。
カミさんは最近は毎年、新譜はLIVEを体感してから聴いているようです。それもまた人それぞれで良いんじゃないかなぁと思っています。

『悪名』福岡公演もうすぐですね!
参加されるみなさまのご感想を楽しみにしております。

投稿: DYNAMITE | 2016年4月14日 (木) 17時38分

澤會佐賀県支部長(自称)様

追伸です。
昨夜の地震は大丈夫だったでしょうか…佐賀も相当揺れたと聞いています。
鹿児島の実家近辺は無事のようですが、各地の被害が心配です…。

投稿: DYNAMITE | 2016年4月15日 (金) 08時53分

御心配頂いて本当に有り難うございます。

佐賀はあまり地震はないのですが、この様に揺れたのはもう何年前になりますか福岡の西方沖地震の時以来だと思います。震度4、揺れはやはり大きかったです。被害はありませんでしたが、揺れの回数が多いのでそのたびにビクビクしてしまいます。夜は殆んど眠れませんでしたけれども、私は元気に生きてます。熊本では亡くなった方がいます。人間何時どのようにして最後を迎えるのか本当にわかりません。ついさっきまで側にいた人が居なくなる、それも別の場所に行ったのではなく永遠に会えなくなってしまう。信じられないことです。だからこそ人間常に他の人に優しく明るくなれるように毎日を過ごさなければいけないのだろうと思います。

それにしても、ニュースでは国内でただ一基だけ運転している鹿児島の川内原発を問題が発生していないと報道しています。政府は運転を停止するという選択はしないのでしょうか。確か九電によると今年は電力に余裕があると言っていたようなんですが。

ジュリーの心配が現実になってほしくありません。まだ聴けずにいる新譜はもしかしたら少し明るい曲なのでしょうか。第九の第四楽章の様に、光が差し込んで来るかしら?その気持ちが現実になるように祈りたいです。

御心配頂いて本当に有り難うございました。元気で居ますとお伝えできたことが幸せです。

投稿: 澤會佐賀県支部支部長(自称) | 2016年4月15日 (金) 10時12分

澤會佐賀県支部支部長(自称)様

お返事ありがとうございました。ご無事でよかったです。
強い余震が続いているそうで、みなさま怖い思いをされているのでは、と心配でしたが、お返事頂き少しホッとしています。

今年の新譜は、今澤會佐賀県支部支部長(自称)様から頂いたお言葉そのまま…命の重さ、日常の過ごし方、そして原発のことも、本当にお言葉そのままのことをジュリーは歌ってくれています。
歌詞は重いのかもしれませんが、僕はとても前向きな印象を受けました。
「明るい」と言ってよいと思います。短調の曲がありませんから。すべて長調で、バラード2曲、ビート系のロックが2曲です!

投稿: DYNAMITE | 2016年4月15日 (金) 10時34分

DY様
 こんにちは。関西にもリストバンド届きました。さっそく着けてウインズ梅田に行ったら、阪神メインレース、安い配当ですが的中しました。使い方というか着ける意味が間違ってますね。
 お題曲、今朝久し振りに車で聴きましたが、解説いただいた難解なコード進行とは裏腹にアルバム中で一番耳に残る曲のような気がします。依知川メロディーとひねくれて文句多い私の感性と相性いいのでしょうか。
 歌詞はどうでしょうか、シニカル、あるいは攻撃的、反抗的な切り口は清志郎っぽいような、でも違うような、私にはちょっと小難しく思えます(毎回すんません)。
 色々動物が登場することで「馬」「鹿」もオブラートに包まれるわけで、ジュリー流のヒット&アウェイなんでしょうね。ただ文章的には文末が「馬」「鹿」である必然性がなく、もっとストレートな政治批判じゃまずかったのかなとも思います。
 清志郎作品には「LONG TIME AGO」「善良な市民」「君はLOVE ME TENDERを聴いたかい?」(未発表)「あこがれの北朝鮮」etc.勇気あるなぁとうなされる曲がゴロゴロありますが、ジュリーはやはり間接照明的な、悪く言えば老獪な線を狙ったんでしょう。次作はどんな歌詞になるのか楽しみです。

投稿: ねこ仮面 | 2016年4月16日 (土) 16時51分

DY様

新譜全曲のご伝授お疲れさまでした

九州での地震被害の映像を目にするたびに

「神をも畏れない犀か象」

のメロディとフレーズが私の脳裏にリフレインされます

心の底から『PRAY FOR JAPAN』と思わずにおれません

投稿: Mr.K1968 | 2016年4月17日 (日) 11時38分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

僕はこの曲の歌詞について「小難しい」とは感じませんでした。分かり易いと思いますよ。
ただ、やはり清志郎さんとは切り口は違いますね。ジュリーの場合は徹底的に「現実」を踏まえ、ここから先の部分はそれぞれで考えて欲しい、と…そういう意味では「難しい」と言えるかもしれません。

確かにメロディーは心地よく「後に残る」感じがしますね。今年の新譜は、たとえコードが捻ってあっても全体的にキャッチーな仕上がりになっているのではないか、と思っています。

Mr.K1968様

ありがとうございます!

まったく仰る通りです。
リストバンドが届いた直後にこんなことが起きてしまうなんて…。こんな状況でも「畏れない」のか、と思います。

一方、みなさまからご心配頂いている関東地方の強風については、土曜夜から日曜にかけてまるで台風のような凄い風が吹き荒れましたが、外出を控えたので僕は大丈夫でした。
でも、各所で被害は出ています。自然への畏れを感じずにはいられない週末となりました…。

投稿: DYNAMITE | 2016年4月18日 (月) 12時28分

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