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2016年2月18日 (木)

沢田研二 「マッサラ」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

--------------------

今週は、先週の土日の暖かさは去り寒くなってきたとは言え、東京は凍えるほどの酷い寒さ、というほどではありませんでした。明日はまた暖かいらしいですし。
ただ、インフルエンザが流行し勤務先でも小さい子供さんのいる人からやられていってる感じです。
気をつけなければ・・・みなさまは大丈夫ですか?

ジュリーファンとしては、ただでさえ毎年2月というのはね・・・「ジュリー枯れ」真っ只中の時期になることが多いですよね。真冬が身に染みると言いますか・・・。
新譜の詳細情報が待ち遠しい今日この頃です。


それでは本題。
ジュリーのセットリストって、結構同じアルバム収録曲を固め打ちするパターンが多いですよね。
今回『Barbe argentée』では、アルバム『耒タルベキ素敵』から「アルシオネ」「マッサラ」「遠い夜明け」「耒タルベキ素敵」と4曲が歌われました。
その中から今日は”『Barbe argentée』セットリストを振り返るシリーズ”第2弾として、まだ記事に書いていなかった「マッサラ」を採り上げたいと思います。
一見ハードな印象が強い曲ですが、メロディーは怪しくも美しく、アレンジの工夫も細やかで「聴けば聴くほど」の名曲です。伝授!


はじめに・・・白井さんによれば『耒タルベキ素敵』収録曲の多くはアレンジに様々なオマージュ元があるそうですが、僕にはこの「マッサラ」にそうしたネタがあるのかどうかまでは分かりません。
あったとしても、僕の知らない曲かなぁ。
ちょっとXTCの「YOU'RE MY DRUG」を連想するアレンジだとは思っています。
でも、他収録曲のオマージュ元がかなりの有名曲揃いであることを考えると、そんな渋いところからはアイデアを持ってこないような気もしますし・・・。

さて、前回「愛は痛い」の記事で、おもに90年代後半から2000年代にかけてのジュリーの作詞アプローチ・・・僕の考えるところの「3本柱」について書きました。


① 「LOVE & PEACE」を軸とする社会性の高いメッセージ・ソング
② 独特の語感をメロディーに組み合わせた遊び心満載のロック・ポップス
③ 大切な日常を、ピュアな感性のままに綴った等身大な小品

「愛は痛い」を③のパターンとしたわけですが、今日のお題「マッサラ」は明快に②のパターン。
そのジュリーのトリッキーな語感、フレージングもいざLIVE体感すると、「あぁ、ジュリーはこんなことを言いたかったのかなぁ」と色々なことを感じさせてくれる・・・そんな素晴らしさ、深さを僕は最初にこの曲を聴いた時には分からなかったんです。

僕が『耒タルベキ素敵』を初めて聴いたのは、”第1次ジュリー堕ち期”の最終段階である2006年(『ジュリー祭り』以降が”第2次”です。”第3次”は来ません。”第2次”がこの先永遠に続きますから)。

ポリドール期のアルバムを全部聴いた直後でいきなり『耒タルベキ素敵』というのは、僕のセンスの無さを差し引いてもちょっと無理があったのか(ジュリーは本当に、キチンと時代の流れを把握していないと真にその素晴らしさが理解できない名盤が多いです)、YOKO君に「ファンの評価は高いみたいだけど、全演奏トラックの音が一様にデカくて好きになれんなぁ」なんて偉そうに言っていたのですから我ながら許せん(YOKO君は「そんな筈は無い!」とは言いつつも、その時は自ら進んで聴こうとはしなかったわけだからまぁ同罪だわな)。
その時僕は確かに「自分はヘヴィーな音作りが苦手」と思い込んでいて、「音」のことをYOKO君にブツブツ言ってたんですが、実はもう1点・・・「ジュリーの自作詞」への抵抗も感じていました。
ホント、今だから白状できることなんですが・・・下手に「普段から歌詞を重視して色々なロックを聴いている」というのが逆に目を雲らせることがあるんだなぁ、と。

だって、それまで僕の中で「ロック的な歌詞」の範疇には無かったようなフレーズが、『耒タルベキ素敵』収録のジュリーの自作詞曲にはガンガン登場するんです。

「とてつもなくカッコ良いメロディーに、なんだか変テコな詞が載っている」という感覚のジュリー自作詞ナンバーは今でこそ病みつき度が高くて大好物となっていますが、当時僕は本当にヒヨッコでした。
今日は懺悔も込めて、そのあたりを掘り下げていくことから楽曲考察を始めましょう。

僕がアルバム『耒タルベキ素敵』を再評価するまでには、『ジュリー祭り』から2ヶ月ほど遅れをとります。
「持っていないアルバム」をガンガン大人買いしてどんどんジュリーの「深み」に嵌っていくことはすぐにできたんですけど、『耒タルベキ素敵』は既に購入済みで「持っているアルバム」。なのに・・・二重の意味でお恥ずかしい話で、当時僕の部屋はあまりに散らかっていて(遊びに来たYOKO君はよく玄関で「ここ、靴は脱がなくていいんだよね?」と真顔で言ってました笑)CD『耒タルベキ素敵』が行方不明になっていました。
どれだけだらしない生活をしていたか、そしてどれだけ『耒タルベキ素敵』を軽視し放置していたのか、というあまりに酷い低レベルな話。

ですから、よく書いている”『ジュリー祭り』後に部屋の大掃除を決意した”というのは、『耒タルベキ素敵』を発掘する、という目的もあったわけです。
しかし、目につくところからコツコツと掃除を始めてもなかなか見つからず、「もしや捨ててしまったのでは?」と不安になったりしましたが(当時YOKO君には、「プラケースならわざわざ捨てはしないだろうけど、『耒タルベキ素敵』は紙ジャケってのがポイント。おそらく『週刊プロレス』の間に挟まったまま、それと気づかず捨てられたんだろう」と言われていました)、結局大量の本だの何だのの山の隙間から無事発掘は成りました。

すぐに通して聴きましたよ。
驚きました。以前とは全然聴こえ方が違う・・・「マッサラ」の歌詞について言うと、僕がそれまで「なんじゃこの詞は?」とたじろいでいた箇所は

耐えに耐えてる不況風 立ち直れりゃ御祝儀サ
E5

占いは吉さ
C          E5

君努力 僕努力 きっといつか結実
   A5                                          B5

愛を疎通する ♪
C              B7+9

といったあたりの言い回し。
それが『ジュリー祭り』を体感して、『奇跡元年』にも参加して、未聴のアルバム大人買いを経てから改めてCDで聴き直すと、なんとも言えず良い!
きみ、ど~りょく!ぼく、ど~りょく!
この語感・・・これぞジュリーだ!と思っちゃうわけですから本当に不思議です。
そこには、僕自身がジュリー堕ちしたことで何か変わってきているぞ、という実感もあったりして。

2011年の『BALLAD AND ROCK'N ROLL』で初めてこの曲を生体感した時にはそこまで考えられなかったんですけど、今回の『Barbe argentée』・・・ジュリーが今の気持ちで歌った「マッサラ」で最も響き際立っていたフレーズはやはり「平和」だと思います。
僕はこれまで「マッサラ」の歌詞を”「平和」と「君」とでは「君」の方が重い”というふうに無意識に解釈していたんじゃないかな・・・いや、ジュリー自身もあくまでレトリックとしてはそういう使い方をしていたんだろう、とは思います。でも本質的にはむしろ逆で、”「平和」な日々あった上での「君」と戯れるあれやこれや”(平和な日を貪る快楽)がコンセプトだったのではないでしょうか。

AH! 鳩が飛ぶ 歓喜に鳩が飛び立つ ♪
E5          C         E5                 C

他でもないジュリーが「鳩」のフレーズを自作詞に組み込むならば、たとえ自身のヴォーカル曲でなくとも、かつてザ・タイガースが『ヒューマン・ルネッサンス』大トリの「廃虚の鳩」でオービタル・ピリオドを託した「鳩」・・・平和への希望をそのフレーズに受け継いでいるはずだ、と考えるのは、僕の深読みが過ぎるのかなぁ。

そう考えていくと、当初感じていた「詞と曲の合ってなさ感」が距離を詰めると言うか、ジュリーらしい絶妙なバランス感覚に惹かれるようになります。
当たり前のことですが、別の人が作ったメロディーに詞を載せる場合のジュリーは、提供された楽曲のまず最初の理解者でもあるのですね。

それまでのジュリーの歌人生、人脈を踏まえ、今またさらなる新たな金字塔的作品を、ということで、アルバム『耒タルベキ素敵』では過去ジュリーの歴史を彩ってきた多くのキーパーソンが再び楽曲を提供し、そのいくつかでジュリーが自作詞を載せています。
「マッサラ」もそのひとつで、作曲者はエキゾティクス期「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」以来の西平彰さん。

西平さんと言えば・・・最近新たにJ友さんとなった同学年の男性ジュリーファンの方がいるんですけど、彼はオールウェイズ、エキゾティクスの大ファンでもあり、当時西平さんから貰ったファンレターのお返事を、今でも宝物として大切に保管されているそうです。
やっぱり僕と同世代でタイムリーにジュリーファンになると、必然オールウェイズやエキゾティクスの大ファンにもなるものなのですね(僕もその頃にジュリー堕ちしていれば、同じ道を辿ったはずです)。
電話でお話した際に驚いたのは、彼はギターのみならず様々な楽器に詳しくて、エキゾティクス当時に西平さんが使用していたシンセサイザーの機種を次々にソラで言えるんです。僕などは、自分が自宅で愛用しているシンセですら「コルグの・・・ええっと何だったけかな?」という低レベルなものですから、なんだか魔法の呪文を聞いているようでした。

で、僕は西平さんに何となく「音の求道者」のようなイメージを持っていたんですけど、それを証明するような彼のお話・・・曰く
「西平さんは(エキゾティクスとのジュリーのLIVEでは)、ほとんどプリセットの音は使っていなかった」
と。
YMO顔負けの、細かく作り込んだ音を出していたんですって(そうそう、YMOと言えばあの坂本龍一さんが、「日本でドラマーと言えばまず上原ユカリ」と言っていた、という話も今回彼に聞いて初めて知りました)。

そんな「求道者」タイプの西平さん、「マッサラ」の作曲でもそのストイックで凝り性なキャラクターは随所に反映されています。

まず、この曲は長調なのか短調なのか、というね。
いや、譜面表記するなら間違いなく#4つのホ長調になるんですよ。ただ、そうするとコードとしてはAメロ冒頭が「E7」ということになり、ギター1本だけで弾き語ってみた時、「あれっ、こんなに明るくないぞこの曲は」と戸惑う人は多いと思います。ギター1本のコード弾きで歌うなら、全然「Em」の方が雰囲気出るんですよ。
なので僕は今回、上記引用の歌詞部のように「E5」のパワー・コード表記を使いました。

このメロディーのカラクリには色々と要因があるんですが、一番は、ホ長調の曲で敢えて「レ」や「ソ」の音をシャープさせない西平さんのアイデアでしょうね。
この点は、「ジミヘン・コード」を採り入れ長調と短調の境界をとっぱらうような感覚を持つかまやつひろしさん作曲の「everyday Joe」以上に徹底しています。
西平さんが久々のジュリーへの楽曲提供に奮い立ち、あのエキゾティクスの頃の尖りまくった「ロックなジュリー」を思い描いて張り切って作曲した様子が想像できるようではありませんか。

白井さんも「心得た!」とばかりに半倍のテンポに落としたヴァースを用意し、ワウ・ギターを採り入れたアレンジでさらに長調。短調の境界線を曖昧に。
ジュリーはちゃんとそうしたことを分かっていて、バリバリの「新曲」だった「マッサラ」を「オリーヴ・オイル」と繋げて歌う『祝・2000年正月大運動会』のあのスリリングなセットリストが生まれているわけですね。

西平さんの作曲の工夫で僕が具体的に惹かれる箇所は、Aメロの1回し目と2回し目でメロディーが違っている、という点。
普通ならば「知らず知らず♪」のところは出だしのメロディーに揃えそうなものですが、西平さんはここでいきなり高音域に跳躍させていて、ジュリーのヴォーカルが生々しく、ガツンと来るのです。

また、演奏で個人的に好きなのもやはりAメロのアンサンブルなんです。
ずっと鳴っているのはドラムス、ベースのみで、そこに加えて右サイドのアコギの怪しげな単音、左サイドのエレキのブッた斬るようなカッティング。
他のヴァースと比べて全体の音量を「退いて」いるのが肝で、特に2回し目で高音に移行したジュリーのヴォーカルが映えますね。
しかも白井さん、1回し目と2回し目の間のアコギで
「ミレ#レド#ド・・・ ♪」
と延々と半音下降させ、西平さんの歌メロの「長調なんだか短調なんだか」感を煽っちゃってます。

僕はいつか「マッサラ」を、このアコギ入りで生体感してみたいんですよ。ハードなエレキ・サウンドに見えて実はアコギが重要な役割を果たしている、という白井さんのアレンジが大好物なもので。

CD音源だと、「周囲のトラックの混沌に乗じてイッちゃってる」ベースの大暴れ箇所(演奏はマルコシアス・バンプの佐藤研二さん。さすが!)は、依知川さんの復帰により『Barbe argentée』で久々のステージ再現(と言うか完全に「ベース・ソロ」としてフィーチャーされます)となりました。あとは是非、アコギですよ!

あと、コーラスについてなんですけど、最後の最後のサビ部で右サイドから聴こえる、歌メロのオクターブ下の無表情な低い声がとても好きです。
クレジットを見るとこの曲のコーラスは伊豆田洋之さん。でも、確かにAメロの「トゥルットゥ、トゥルットゥ・・・♪」なんかはいかにも伊豆田さん、としか思えないけど、この低音パートだけは、僕にはジュリーの重ね録りのようにも聴こえるんです。
このアルバムでは「ブルーバード ブルーバード」「この空を見てたら」でサリーとタローがゲストでコーラス参加しています。自分のオリジナル・アルバムの曲のレコーディングで改めてサリーの低音に触れたジュリー、「やっぱりええなぁ!」と感激して自分でもやってみた・・・そんなことを勝手に妄想しますが。
まぁでも、やっぱり伊豆田さんなのかなぁ?

最後に。
今回の『Barbe argentée』では初日1度きりのツアー参加となった僕は、その後、依知川さんが在籍していた頃のツアーDVDを観まくって過ごしていました。その中で、久々に観た『爛漫甲申演唱会』の「マッサラ」が凄く良かったんです。
どこか変態チックな感じ(←褒め言葉です)でね。
まぁそれはエキセントリックな衣装のインパクトもあるのでしょうけど、他セットリストも素晴らしく、かなりおススメの1枚です。お持ちでないかたは是非!


それでは、オマケです!
今日ご紹介する資料は、記事お題の「マッサラ」とは全っ然関係ないんですけど・・・。

先日の『報道ステーション』に出演された吉田拓郎さんのお話がジュリーファンの間で大きな話題となっておりまして、いつもお邪魔しているブログ様でも様々なご感想を拝見することができました。
その中で、「拓郎さんはシンシア(南沙織さん)のファンだったけど、シンシアはジュリーが好きだったのよね~」というお話がチラホラと。
(南さんがジュリーに)出したファンレターの枚数の話までみなさまよく覚えていらして、感動しました。
子供の頃にすごく興味があって見聞きしたことって、自然に頭の中に入っていって、そのままずっと残っているものなんですね。僕は、ジュリーに関してはその感覚を持っていません。残念ながらずいぶん遅れてきたファンですので・・・ジュリーの様々なことも「覚えよう」としなければなかなか蓄えられないんですよ。

僕の手元には今、Mママ様からお預かりしております膨大な資料の中、先輩方がかつてタイムリーに触れていらしたであろう、ジュリーと南さんの対談記事の切り抜きがございます。今もこの記事を大切に保管されている先輩ももちろんいらっしゃるでしょうが、無くしてしまわれたかたも多いかと思います。
拓郎さんのおかげで頂いたタイミング・・・せっかくですので、資料をここに残しておきますね。


Img4141

Img4142

Img4143

Img4144

(4枚目の画像左端は、個人情報記載部をトリミングしています)

ちなみに僕は、「シンシア」で初めてかまやつひろしさんの名前をキチンと覚えたんだったなぁ・・・。


それでは次回、”『Barbe』セットリストを振り返る”シリーズ第3弾は、「DYNAMITE3大壁曲」の一角だった、あのナンバーを採り上げます。
こちらは今日以上に懺悔、懺悔の内容になりそう。

バンドメンバーに復帰しこれからの活躍が楽しみな依知川さんの作曲作品ということもありますし、気合入れて書きたいと思います!

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瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!」カテゴリの記事

コメント

おはようございます、Dy 様(*´-`)

世界中が、苛立ち、不寛容で不安からの他者攻撃が溢れてしまっていて、本当に一個人が出来ることは限りがあると、実感させられますが、
Julie ファンで良かった、同世代でリアルタイムで「時代の空気」と「価値観の変遷」を体験出来たことに、感謝しております。

「平和」と「愛」については、かなりJulie 世代は日常的に意識して~周りの大人は皆様、大なり小なり戦争体験者でしたからね~大人になっている方々が多いですし、思春期にベトナム戦争を身近にしておりますから、その大切さには敏感だと思います。

なので、Dy 様のご指摘のように「鳩が飛ぶ~」の歌詞と「廃墟の鳩」との繋がりはJulie の中で無意識・意識としてあるように、私も思います。
私には、東京オリンピックの開会式~「平和の祭典」と冠が付く~も「鳩が飛ぶ~」の鮮明な記憶ですから。

「マッサラ」は、歌詞だけ読むと「なにこれ?・・・」Julie 独特歌詞らしさ満載なんですが、live だと魅力満載に大変身しちゃう素敵曲。
だから、Julie live はやめられまへん~わなぁ♪
だってぇ~、Julie が気持ち良くなって唄い捲り、バンドはノリノリ弾き廻り、私達ファンはそれに酔い捲りが、Julie live なんですもの♪

Dy さんも苦手克服曲が後ひとつになられ、残るは「素肌に★~」のみ。
私は大好きですけどね♪まぁ、今後のJulie live
で見える確率は限りなく…ひ・く・い・かも、ですけど、それも又良しかも。

今は、自分の出来ること、求められているこれを、Julie が東京ドームの最後のMC で語ったように、日常をコツコツと勉めて生きたいと、Cocolo に刻み込んで暮らしを造り治しております(^_^)v
お正月にJulie もMC で語っておられたように、たまのお楽しみを十二分に楽しめる為に。

何より、Julie もバンドメンバーもスタッフの皆様も、勿論私達ファンや全国の新しいオーディエンスの方々も、健康に留意され日々を過ごされますように。

ではでは、又長文で失礼致しました(--;)

そう言いつつ、後3週間で「東日本大震災」日発売の新譜を手元に出来るとは、日々は止まらず進み行くですね。

投稿: Lchia | 2016年2月20日 (土) 09時04分

Lchia様

ありがとうございます!

「マッサラ」もそうですが、歌詞だけだと一瞬理解不能、逆に歌詞を読まずに音源を聴くと脳内で漢字変換に迷う…ジュリーの自作詞って、面白いですよね。
その個性は皮肉にもあの震災以後、完全に唯一無二の作詞家として確立しました。

今年もまた、「語感だけだとこう聴こえるけど歌詞カードの漢字変換は違う」という曲達がリリースされると思います。

それにしても…次のお題予定、あれほど「苦手」と決めつけていた「お気楽が極楽」に勇気と感動を貰い過ごす日々です。
この曲に励まされたジュリーファンの先輩は多いんだろうなぁ、と思いながら記事の構想を練っています!

投稿: DYNAMITE | 2016年2月20日 (土) 19時46分

DY様 こんばんは。
「歓喜に鳩が飛び立つ」
で私が思い浮かべるのは1964年の東京オリンピックで開会式の最後に放たれたおびただしい数の鳩なんです。平和だからこその祭典にふさわしい演出でした。
当時小学生でしたが、テレビ画面を見ながら胸が高鳴りました。ジュリーは高校生だったはず。
同じ景色を見てたのかな?とふと思ったりして。
ジュリーがこの詞を書いた時、ジュリーの目に世界はどう映っていたのでしょうか。

投稿: nekomodoki | 2016年2月21日 (日) 23時43分

DY様 こんばんは

21世紀目前の2000年の年、誰もが希望平和を願って止まなかったと思います。世紀をまたぐって、生きている間に何回も体験できることではありませんから。その瞬間、自分は何を感じていたのかもう忘れてしまいました。でも、ジュリーのアルバム『耒タルベキ素敵』を聴くと、鮮やかに当時がフィードバックしてきます。
阪神・淡路大震災に地下鉄サリン事件、更に9.11テロ事件と相次ぐ大事件に希望どころか混沌とした時代に不安が広がりました。思い出しますが、青空に鳩が飛び立つ希望を我々は持てていたでしょうか?

正月ライブで歌われた時、時を経て胸に迫る歌へと私の中では変わりました。それはジュリーが3.11Prayソングを作り、歌い続けて来て得た信頼感が満ち溢れているからだと思います。

「鳩が飛び立つ」の歌詞で思い出す歌が1曲あります。1991年度のNHK合唱コンクール課題曲「聞こえる」です。高校生たちが、「鐘が鳴る 鳩が飛び立つ 広場を埋めた群衆の叫びが 聞こえる 歌を 歌をください……『歓喜の歌』が聞こえる…」と切実に歌う歌声に身が震えました。この歌は、天安門事件やベルリンの壁崩壊などの民主化運動、タンカーからの原油流出による海洋汚染など世界で起こっていたことが題材となっています。あの時はテレビ越しに希望が見えました。だから歌詞が重く強く訴え掛けて来ました。

そんなこんなで、鳩から受けるイメージは多種多様ではございますが、私の中では『廃墟の鳩』よりも『聞こえる』の鳩が、現在のジュリーに繋がります。
…乱文にて失礼しました。

投稿: BAT | 2016年2月22日 (月) 03時27分

nekomodoki様

ありがとうございます!

なるほど…僕は東京オリンピックの年はまだ生まれておらず、開会式の様子なども映像で知っているのみですが、お話を伺うとその時のみなさまの記憶、思い、「歓喜に飛び立つ鳩」の様子などが本当に想像できるようです。
正に「平和のための東京五輪」、希望に満ちたものだったのですね。

スポーツ大好きな高校生の少年・ジュリーが同じ景色を見ていたのは間違いないでしょうね。

BAT様

ありがとうございます!

「聞こえる」…恥ずかしながら知らなかった曲で、大変勉強になります。そんな曲があったのですね。譜面が存在するかどうか、ちょっと探してみようと思います。

確かに今、なかなか未来への希望を持てずにいる人は多いでしょう。僕自身がどうか、は今はよく分かりません。
ただ、そんな状況だからこそ生まれている活動もあると思いますし、ジュリーの今年の新曲にもきっとそれはある、と思います。
今年もリリースされる新曲…タイトルと作者クレジットだけはJASRACでそれらしき4曲を確認しましたが、正式な発売情報が待ち遠しいですね。

投稿: DYNAMITE | 2016年2月22日 (月) 13時20分

DY様
 こんばんは。すっかり出遅れてもう次の曲伝授されてますやん。
 お題曲「マッサラ」、「5」という妙なコードがこのメジャーともマイナーとも言えない云々、いやあ、納得です。私も曲りなりに曲書くんですが、生涯使うことのなさそうな(押さえ方知りませんし)コード進行ですね。
 作曲者の西平さん、私が印象的に覚えてるのは「ストリッパー」の時、キーボードのパートがスタジオ録音にはないせいかギターを弾いておられた姿です。ギター3人の編成って何かカッコ良かったです。そのせいかCo-Colo期以降のキーボード入った「ストリッパー」にどうしてもなじめなくって……って何十年引きずっているのでしょう。
 今回もお題曲からかけ離れたコメントお許し下さい。「マッサラ」はスタジオ録音よりベース強調された(今回のような)ライブの方が私は好みです。歌詞は……みなさんのコメント読ませていただいて「鳩」の奥深さを知りました。

投稿: ねこ仮面 | 2016年2月23日 (火) 22時38分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

アルファベットに「5」を付けるパワーコード標記は日本では馴染み薄いですが、洋書のスコアでは頻繁に見かけます。
「ルート+5度の音」を意味し、例えば「G5」なら6弦3フレット、5弦5フレット、4弦5フレットの3本の弦のみを押さえ、1~3弦は弾きません。
メジャーかマイナーかを確定する3弦(Gメジャーなら4フレット、Gmなら3フレット)の音を割愛しているわけですね。非常に便利で、ロック独特のコード解釈です。

「ストリッパー」はギター3人体制がカッコ良いですね。初めて『快傑ジュリーの冒険』を観た時の感動は今も覚えています。
でも、「ストリッパー」の泰輝さんのオルガンも素晴らしいですよ!

投稿: DYNAMITE | 2016年2月24日 (水) 17時30分

マッサラ 伝授ありがとうございます。 ジュリーから外せない曲になっていると思います。ジュリーの、独特の言葉遣いがいいです、好きです。五輪の、鳩が印象的で思い出しました。

投稿: keik | 2016年2月24日 (水) 18時28分

keik様

ありがとうございます!

仰る通り、「外せない曲」になっていますね。
西平さんの曲もジュリーにピッタリですし、ジュリーの詞も独特で味わい深いです。

みなさまからのコメントで、僕も自分が生まれる前の「五輪の鳩」の光景を想像できるようになりました。新たに曲の魅力が深まったようにも思います。
「歓喜に鳩が飛び立つ」というジュリーの表現も、記事を書いた時には今ひとつ消化できていなかった「歓喜」の意味が何となく分かったような気がしています!

投稿: DYNAMITE | 2016年2月25日 (木) 18時10分

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