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2015年6月16日 (火)

沢田研二 「きわどい季節」

from『ROYAL STRAIGHT FLUSH 1980-1996』
original released on 1987、single


Royal80

disc-1
1. TOKIO
2. 恋のバッド・チューニング
3. 酒場でDABADA
4. おまえがパラダイス
5. 渚のラブレター
6. ス・ト・リ・ッ・パ・-
7. 麗人
8. ”おまえにチェック・イン”
9. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
10. 背中まで45分
11. 晴れのちBLUE BOY
12. きめてやる今夜
13. どん底
14. 渡り鳥 はぐれ鳥
15. AMAPOLA
16. 灰とダイヤモンド
17. アリフ・ライラ・ウィ・ライラ~千夜一夜物語~
disc-2
1. 女神
2. きわどい季節
3. STEPPIN' STONES
4. CHANCE
5. TRUE BLUE
6. Stranger -Only Tonight-
7. muda
8. ポラロイドGIRL
9. DOWN
10. 世界はUp & Fall
11. SPLEEN ~六月の風にゆれて~
12. 太陽のひとりごと
13. そのキスが欲しい
14. HELLO
15. YOKOHAMA BAY BLUES
16. あんじょうやりや
17. 愛まで待てない

----------------------

どうやら夏風邪をこじらせてしまったようです。
実は先日書いた「コンビニ店員のジュリー」の夢を見た日あたりから、どうもおかしかったんですよ。「雨に濡れる夢」って、だいたい体調悪い時に見ますよね・・・。
「そんな状況で長文書いてる場合か!」とのみなさまのお声、ごもっともなのですが、僕は文章をこねくり回していると心が落ち着く、という不思議な体質でございまして・・・「下手の横好き」というヤツですな。

今は「ジュリーの全国ツアーが始まるまで、セットリストのことはなるべく考えずに加瀬さんの曲を書き続ける」ということで頑張っていて、今日を含めて残すところあと6曲分の記事構想を持っています(4月頃は、「ジュリーの歌った”KASE SONGS”をなんとかこの機にすべて書き終えたい」と意気込んでいましたが、さすがにそこまでは無理でした。名曲が多過ぎるよ加瀬さん・・・)。
7月第2週まで、だいたい5日に1曲の更新ペースでベストを尽くしていきたいです。

今日は、CO-CoLO時代唯一の加瀬邦彦作曲作品をお題に採り上げ、例によって大胆な仮説(邪推とも言う)など織り交ぜながら語ってまいりますよ~。
これまた名曲「きわどい季節」、伝授です!


Fukyou513


今日の参考スコアは、福岡の先輩からお預かりしている『不協和音』5号掲載のコード譜。『不協和音』では毎号新曲のスコアが紹介されていて、4号までは五線譜のメロディー付という贅沢なものだったのですが、この号と最終号(6号)では「コード付歌詞」というシンプルな形に変わっています。

しみじみ、いい曲ですよね~。
「女神」やアルバム『告白-CONFESSION』もそうですが、この頃のCO-CoLOの音って、(レコーディングの場所は関係なしに)「ニューヨーク・サウンド」って感じです。ちょっとジャズっぽさもあったりして。
どの曲、とは言えないけど、僕はビリー・ジョエルの『ザ・ブリッジ』(1986年)というアルバムでの音作りを連想するなぁ。ちなみに作曲者の加瀬さんがタイムリーでビリー・ジョエルをよく聴いていたことは確実で、加瀬さんが音楽を担当した東映戦隊ヒーロー番組『超電子バイオマン』(1984年)のエンディング・テーマである「バイオミック・ソルジャー」という曲は、明らかにビリーの「あの娘にアタック」(1983年)へのオマージュです。

さて、「きわどい季節」は一般ピープル的にはどういうスタンスの曲でしょうか。

ファンにとってはシングルの名曲ではあるけれど、ジュリーがMCで「みなさまにも多少は耳馴染みのある・・・」とおどけて紹介するパターンのいわゆる「シット曲」には当てはまらないでしょう。
リリース当時特にジュリーファンでなかった僕は、この曲を長い間まったく知りませんでした。
『ROYAL STRAIGHT FLUSH 1980-1996』の豪華ブックレットに載っているシングル・レコードのジャケットを見ると、「’87サントリーCANビールCMソング」とありますが、CMの記憶も全然無いんだよなぁ・・・。


Kiwadoikisetu

『ROYAL STRAIGHT FLUSH 1980-1996』を購入するまで、この曲に「Summer Graffiti」という副題がついていたことすら知らなかったヒヨッコです・・・。
「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」と「愛の嵐」の副題は早々に覚えたんだけど、何故この曲については見逃していたんだろう・・・?

前シングル『女神』に続いて「素晴らしい歌手が素晴らしい曲を得た」という感じが今でこそ僕にも分かるけど、ずっと知らなかったということは、ファンでない人のアンテナに届くほどには当時ヒットはしなかった、ということなのでしょうね。

本格的にジュリーファンとなって以後の僕にとっても、これは時代背景の整理、セールス状況の把握に時間がかかったシングル曲のひとつでもあります。
そもそも、後追いのジュリーファンが過去のジュリーの作品を遡って勉強していく中で、CO-CoLO期は色々と難易度が高いんですよ。
まずCDが普通には手に入らない(オークションなどでたまに見かけても、途方も無い値段がついています)。僕も未だにCO-CoLO期のアルバム4枚については先輩を頼っての音源のみの所有で、歌詞カードもプレプレ安城公演で出逢った別の先輩にお願いしてコピーを頂いたものを今もって愛用している状況。
また、ジュリーをとりまく環境が劇的に変化した時期の作品ということで、制作経緯、CO-CoLO各メンバーの個性など学ばなければならないことは非常に多いはずなのに、情報量が他時期と比較すると圧倒的に少ない、という面もあります。

ところが、まず昨年末に先述の『ROYAL STRAIGHT FLUSH 1980-1996』を手頃な中古価格で購入することができ、シングル曲の歌詞、ジャケット写真を含む充実のブックレットを手にしたこと。
さらには今年に入って、いつもお世話になっている福岡の先輩から『不協和音』をはじめとするCO-CoLO期の貴重な雑誌資料などを大量にお預かりしたことで、どうにかこうにか僕もこの時期のジュリーについて新たに知識を蓄えているところです。

それらを参照しながら、復習も兼ねて「きわどい季節」リリースの時系列、ジュリーのスケジュールを整理してみて・・・ふと沸いた疑問。
それは、このシングルが果たして国内でレコーディングされた作品なのかどうか、ということ。

シングル「きわどい季節」のリリースは1987年3月。
タイミングとしては、アルバム『告白-CONFESSION』に先がけてのプロモート戦略と言えるでしょう。
そこでジュリーのスケジュールなんですが・・・リリース直前の2月に、ジュリーとCO-CoLOはアルバム・レコーディングのためニューヨークに渡っています。


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Fukyou505

こちらも『不協和音』5号より

この記事で嬉しいのは、レコーディングの細かな作業スケジュールが明確に記されていること。
ベーシック・トラック(リズム録り)からオーヴァーダブ、そして最終的な作業であるマスターカッティングまで、すべての作業がニューヨークで行われたようです。
もし「きわどい季節」「やさしく愛して」の2曲がこの時同時にレコーディングされていたとしても(相当タイトなスケジュールではありますが)、プレスを経て3月のシングル・リリースには間に合うでしょう。むしろ、「最短で」作業すればそれは必然の流れ。
一方、87年が明けてすぐにジュリーは日本国内でCO-CoLOと共にシングル用の2曲のレコーディングを済ませ、マスタリングとプレス作業をスタッフに任せて次のアルバム制作のためニューヨークに飛んだ、という経緯も考えられます。
スケジュール的にはこちらの方が自然かな。

ただ、この87年2月のニューヨーク・レコーディングには「現地のミュージシャンが多数参加した」とされていて、じゃあアルバム『告白-CONFESSION』収録曲でCO-CoLOメンバー以外の音を探してみよう、となるとどうも合点がいかないんですよ。
例えば「青春藪ん中」のサックスとかは分かるんですけど、アルバム収録曲の基本的なトラックはCO-CoLOの演奏でほぼ事足りているように思うので、現地のミュージシャンが「多数」という印象は薄いのです。
そこで、もし「きわどい季節」がこの時のニューヨーク録音作品で、あの豪華な生のストリングス・パートが現地ゲスト・ミュジーシャンの演奏だったら、と仮定するとすべて納得が行くんですね。
でもクレジットが無いので本当のところが分かりません。「きわどい季節」ストリングス・レコーディングの経緯を詳しくご存知の先輩はいらっしゃらないかなぁ?

さて、後追いファンなりにジュリーの歴史を俯瞰すると、この「きわどい季節」はCO-CoLO期のジュリーのシングルの中で最重要、大勝負のシングル・リリースであると捉えることができます。その理由はただ1点、「加瀬さんが作曲している」ということです。

加瀬さんのジュリーへの楽曲提供は、シングル『麗人』のB面「月曜日までお元気で」以来5年ぶり、ということで良いのかな。
独立以後シングル・セールスで苦戦を強いられてきたジュリーとしても、加瀬さんに作曲を依頼することで心機一転、セールス実績の盛り返しを心に秘めていたでしょうし、「どんな時でもジュリーの味方」である加瀬さんが意気に感じ相当な気合を入れて作曲に取り組んだことは想像に難くありません。

では、加瀬さんはどんな曲想を以って「ジュリー完全復活」を新たなメロディーに託したのでしょうか。

「きわどい季節」は3連符構成による長調のバラード。
この87年の時点で、ジュリーには3連符のバラード、或いはロッカ・バラードの名曲が既にたくさんありました。ヒット・シングルとしても「おまえがパラダイス」「渚のラブレター」の2曲がすぐに浮かびますね。
「ジュリーに再びヒット曲を」の思いを描いたであろう加瀬さん・・・ジュリーの歌手としての素晴らしさを知り尽くしている加瀬さんは、この機に「ジュリーらしさ」を第一に目指したのではないでしょうか。
「何も奇をてらう必要は無い。ジュリーが、ジュリーらしいメロディーを歌えばそれだけで素晴らしい曲になる。そうすればセールスは自然に後からついてくる」
という考え方です。

タイガース時代から「おっ、ひと味もふた味も違うぞ」と思わせた、3連符のバラードを歌う時のジュリー独特の艶っぽいヴォーカル。加瀬さんはそこを狙いました。
しかし加瀬さんが選んだのは、かつて自身が作曲したロッカ・バラード「おまえがパラダイス」のような、猛々しいジュリー・ヴォーカルではありませんでした。

「きわどい季節」を「クラシカルな曲」「どこか懐かしい感じの曲」と評することは簡単です。
でも、それは単に洋楽オールディーズの3連バラードを踏襲した、とかそういう曖昧な考察では不充分。「きわどい季節」を楽曲的に評するならば、ジュリーが過去に歌ったある名曲との比較考察が絶対に必要ではないか、と僕は考えています。
その曲とはズバリ、正に歌手・ジュリーの原点・・・ソロ・ファースト・シングル「君をのせて」です。

多くのみなさまがご存知の通り、かつてのジュリーのMCによれば(僕の場合はタイムリーでそれを聞いたわけではなく、DVDで後から観たのですが)、加瀬さんは「君をのせて」について「ああぁあ~きみを~♪のああぁあ♪ってところが沢田らしくてイイ!」と大絶賛していたそうです。ジュリー曰く「その後ワタシは、あ~あ♪と歌う曲が多くなりました(笑)」とのこと。
「きわどい季節」に「あ~あ♪」は登場しませんけど、87年というこの時期に作曲を任された加瀬さんは、「君をのせて」へのリスペクトをメロディーに込めて、原点回帰とも言うべき「ジュリーらしさ」を引き出し、世に問おうとしたのではないでしょうか。

記念すべきソロ・デビュー曲でありながら、セールスは今ひとつだった「君をのせて」。
しかし加瀬さんは当時からこの曲の中に「ジュリーらしさ」「ジュリーの歌手としての本道」を見ていました。
時は流れ、抜群に上手い歌手に成長したジュリーが今、セールスに苦戦しながら「歌」を求めている。飢えている。ならば、ジュリーの持つ一番の良さを自分がもう一度引き出してやろう・・・加瀬さんは、そんな思いで「きわどい季節」を作ったんじゃないかなぁ。
「ジュリー、今こそ俺がもう一度、”君をのせて”海を渡る舟になってやる」と。

「きわどい季節」と「君をのせて」の共通点を具体的に挙げてみましょうか。
3連符構成のバラード、というのはまず基本として、キーが王道中の王道、ハ長調であること。
ハ長調のメロディーでどんな音域になろうとも、今のジュリーなら高い声も低い声もバッチリだ、という加瀬さんのジュリーへの信頼が第一にあります。

あとは、歌、伴奏を含めたヴァースの構成です。
歌メロとは完全に別モノの独立した格調高い伴奏がイントロに配されたかと思えば、間奏ではあくまで歌メロ(Aメロ)の旋律に忠実に奏でられるストリングス・アレンジ。その間奏を引き継ぐ形でジュリーのヴォーカルが戻ってくる、というパターン。
最後の最後には半音キーを上げる転調があり、一層美しい声でダメ押しのサビが歌われる・・・本当に「君をのせて」とそっくりな構成なんですよ。

ふり向けば乙女が まぶしい女になり
   C       Em      Am         Dm  G7

抱きしめてみたいと 両手を   ひろげる ♪
   C       Em        Am       Dm7  G7       C

「きわどい季節」でファンが一番惹かれるのは、このサビへと入った瞬間のジュリーの声ではないでしょうか。色っぽい、と言うにはあまりに自然な・・・。
Aメロで訥々と語りかけるように歌っていたのが、いざサビに入ると感情が溢れだすような歌い方に聴こえます。しかもその変化は信じられないほどになめらか。

これはおそらく意識せずともできてしまうジュリー天賦の才によるもので、「君をのせて」でも「君のこころ ふさぐ時には♪」の箇所から声がいきなり伸びやかになって歌の表情が変わりますよね?あれと同じ魔法が「きわどい季節」のサビでも起こっているわけです。
「きわどい季節」のサビに入った瞬間がたまらなく好き、と仰るかたは、たとえ無意識であろうとも「君をのせて」を歌うジュリーをそこに見出していらっしゃるんじゃないかなぁ、と僕は思っていますし、逆に、少し遅れてジュリーファンになって「きわどい季節」を先に知っていた人が、遡ってソロ・デビュー作「君をのせて」を聴いた時にどんな印象を持たれたのかなぁ、ということにも大いに興味があります。
(ちなみに僕はだいぶ遅れてきたファンですが、曲を知った順序は「君をのせて」の方が先でした)

ジュリーが天性で持っていた「ジュリーらしさ」を存分に引き出し再演出する加瀬さん渾身の作曲作品、それが87年の「きわどい季節」。
阿久さん独特の高尚なリビドー(?)を投影したような味わい深い歌詞が載り、CO-CoLOのクラシカルでありながら80年代最先端の音作りを追求した演奏、アレンジを擁して、「きわどい季節」はジュリーがステージや歌番組で歌う回数を重ねれば重ねるほどに深さを増し、次第に一般リスナーにもキラキラと浸透してゆく・・・特に、半音上がりの転調後のサビのヴォーカルあたりは、きっと生で歌い重ねるごとに「ジュリーの声、一体どこまで突き抜けるんだ?」という感じで進化していったに違いないんですよ。
この曲は、そんな輝かしい道のりをゆく名曲であったはず・・・なのですが。

何ということか・・・予期せぬ大きなアクシデントがジュリーを襲い、ジュリーはこの名曲を「歌い重ねる」多くの機会を逃してしまいます。
さぁこれからガンガン行くぞ、という時に大怪我をして入院してしまうんですね。

全6冊に及ぶ『不協和音』は、いずれも読み応え充分の内容で、レコーディングからLIVEに至るまで当時のジュリーのタイムリーな活動を綿密に網羅した貴重な情報が満載ですが、第5号だけはページ数も極端に少なくあっさりした作りになっています。
それがちょうど、この「きわどい季節」のセールス・プロモート展開たるべき時期。
原因は他でもない、ジュリー本人が怪我の治療とリハビリで活動を制約されていたからだ、と後追いファンの僕が気づいたのは、恥ずかしながら本の内容を確認してからのことでした。


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再び『不協和音』5号より

冒頭に掲載されたジュリーの言葉は一見明るく前向きのようですが、ジュリーにしては珍しく「無念」の思いが滲む内容となっているように僕には感じられます。
「せっかく加瀬さんが作ってくれた新曲を、もっとどんどん歌っていかなきゃいけないのに・・・」という悔しさが伝わってくるようで、切なくなってしまうのです。

リリースから、30年近い時が流れました。
ジュリーが今、加瀬さんのことを思う時・・・CO-CoLO期唯一の加瀬作品の名曲「きわどい季節」への、ある意味での悔恨、忘れ物をしてきたような気持ちというのがありはしないでしょうか。

夏からのツアーではどうか分かりませんが(僕は巷に流れているらしい今ツアーの「予定曲」なる情報、その内容には一切目を通していませんので・・・みなさまにもどうか汲んで頂き、コメントなどでその件には触れないでくださるよう、厚かましいながらこの場を借りてお願い申し上げます)、ジュリーが加瀬さんへの深い親愛を自ら確信に変えるべく、改めて「きわどい季節」を熱唱する日が来るのはそう遠くないのではないか、と僕は勝手に想像しているのです。


ということで、ちょっとしんみりしてしまいましたが・・・それでは、今日のオマケです!
『不協和音』6号より、その後すっかり元気になったジュリーのインタビューをどうぞ~。


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最後に、蛇足と言うかまたまた得意の邪推になってしまうかもしれませんが、「きわどい季節」の阿久さんの歌詞について少しだけ。

これは男性目線からすると、かなり「きわどい」性衝動の一瞬を描いたものかと思いますが、女性ファンにはそのあたりが伝わりにくいのかもしれないなぁ、と。
いずれにしてもこういうことは阿久さんが描きジュリーが歌う、という天才による表現だからこそカッコイイのであって、一凡人が熱く語り始めるとただの気持ち悪い話になってしまうのでここでは置くとして。

その一方で・・・この詞に登場する女性というのが、阿久さんが当時のジュリーを見て置き換えた姿である、と考えてみるのはアリのような気がするんですよね~。
70年代から、大野さんとのコンビで幾多の名篇をジュリーに提供してきた阿久さんから見た、10年経って成長しリアルな生活感のある色気を纏ったジュリー。

「君をのせて」について「これは男同士の歌だ!」と言っていたのは久世さんでしたっけ?
当然阿久さんもそうした感性は持っていたはずで、はからずも加瀬さんが「君をのせて」を思わせる曲を提示したことにより、阿久さんもソノ気になってみた・・・そんな歌詞考察はいかがでしょうか?(汗)
まぁ、「君をのせて」と「きわどい季節」の関連からして僕の邪推である可能性もあるわけですが・・・今日は、「この2曲には色々と共通点があるよ」ということを是非書いておきたかったのでした。


では、次回更新では再び70年代のお題に戻ります。
その前にこのしつこい夏風邪をなんとかせねば(涙)。みなさまも体調には充分お気をつけください。

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瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!」カテゴリの記事

コメント

DY様 こんにちは

当時はまだカラオケをスナックで歌っていた時代でした。漏れ無く「きわどい季節」も歌いました。ジュリーの新曲と知る人がほとんどいなくて、やはりという感は否めませんでした。でも歌うと気持ち良いんです。特に歌い出し部「あそびつか〜れたら」の「か」の溜めと、「両手を広げる〜」と伸ばしながら転調する所です。とても優雅な歌なので好きですよ。

ただ1987年は、別居、離婚と前年からマスコミの一番の話題でしたね。遠のいた女性ファンが多かったのではないでしょうか。男の私には、それと歌とはまったく関係無くて、ヒットはして欲しいけどしなくてもジュリーの歌が聴けることが嬉しいです。1985年のツアーメンバーにペッカーさんやエレキバイオリンの飛鳥さんが参加したり、CO-COLOバンドではツインドラムだったりと、たいへん贅沢な音楽が楽しめました。アルバムではジュリー作詞、作曲も数多く有り意外と貴重な時代でしたね。

CO-COLOバンド結成後のレコーディング風景などを追ったドキュメンタリー番組をご存じですか?その中で、ミキシングルームでバンドメンバーと共に録音した「やさしく愛して」を聴きながら、「涙ものだね」と言ってるかのように指で目から落ちる涙の仕草をするジュリーが印象的でした。恐らくシングル候補曲のレコーディングだったと思います。「やさしく愛して」は1987年1月7日出演の夜のヒットスタジオで歌いました。「きわどい季節」のレコーディングについては分かりませんが、「女神」と同時期ではないかと思います。阿久さんの詞でストリングスも入っていますし、画伯役で出ていたビールCMでもソバージュヘアーだったと思いますけど。どうでしょうか?

投稿: BAT | 2015年6月17日 (水) 08時18分

BAT様

ありがとうございます!

当時はカラオケになる歌も相当限られていたと思いますが、「ジュリーの新曲」は無条件で制作されていたでしょうね。セールス的には苦戦していたようですが…。

お尋ねのドキュメント、持っていますよ。2010年に出逢った先輩が「是非」と焼いてくださったのです。ですからジュリワンや「秋の大運動会~涙色の空」ツアーの記憶とも重なる部分があり、とても印象に残っています。ジュリーの「男」が際立っていて驚いたものです。
そうか…その中の「やさしく愛して」のお話から考えると、「きわどい季節」のレコーディングもその頃でしょうね。
86年の段階でトラックは完成していたのでしょう。さすがに2月にニューヨーク録音して3月リリース、というのは無茶ですか(汗)。

僕はCMの記憶はまったく無いんですよ。
でもたぶんtubeで見つかると思うので、探してみます!

投稿: DYNAMITE | 2015年6月17日 (水) 09時10分

DY様 こんにちは。

お察しの通り、私を含め、数多の女性ファンにとっては心穏やかなぬ日々でした。
JULIEはもちろん、私たちファンも「覚悟」を試されている気がしました。
新曲も素直な気持ちで聴けていなかったかなぁ、と思います。
無心に聴くとすごく穏やかな気持ちになれるのに。

最近夢はあまり見ませんが、得意(?)なのは、「夢とわかってて見る夢」「夢の中で見る夢」です。


投稿: nekomodoki | 2015年6月17日 (水) 16時34分

DYさん、ご無沙汰しております。
女性ファンが遠のいた時期に、ますます、ジュリーについて行く決意を固めた女子中学生は、私です。時代背景は、概ねBATさんがおっしゃるとおりです。ただ、ソバージュのジュリーが出演したのは、86年に「女神」とタイアップしたJ○LのCMで、お題の曲は、薬師丸ひろ子さんが出演したサン○リーのCMとのタイアップでした。
当時、お題の曲を聴いた私の率直な感想は『これ、CO-CoLOで、やる意味あるの?』でした。良い曲だけど、バンド向きではないですよね…。でも、世間に、その答えを問う前に、ジュリー本人が事故に遭ってしまいました。リリースして、これからプロモーション!という時期のことでした。だから、もし事故による入院がなかったら世間は、この曲をどう受け止めたのか…それは分かりません。
でも、退院後、初めての歌番組出演となった夜ヒットで、事故前と変わらぬ歌声で、この曲を歌うのを見た時は、本当にうれしかったです。そういう意味で、私にとって思い出深い曲です。

投稿: 74年生まれ | 2015年6月17日 (水) 19時46分

サン○リーとのタイアップCMありました。
http://youtube.com/watch?v=CtiVfZ71Y8c
J○Lのほうは、まだ再会できていません…。

投稿: 74年生まれ | 2015年6月17日 (水) 20時38分

DYさま、こんばんは。

ココロ期とは思えない程のジュリーの甘い歌声です。
「架空のオペラ」を加えた4作とそれに続く90年代を通してこれ程伸びやかで甘くロマンチックな歌声はないので、特別、格別です♪
これは、加瀬マジックとしか思えませんね。
凄く、凄く好きなのですが・・
個人的な好みで言うと、詞がオッサンくさいww
阿久さんは多分オールディズの「ジジ」や「昼下がりの情事」などのシュチュエーションで書いたのではと推察いたしますが、説明的でドキドキ感がない詞なんです、わたしには。DYさまはあるのね(笑)
この時期のジュリーのシングルへのそれぞれのアプローチが・・う~ん、ふたりの感性がそもそも合わないんだわ(笑)
この曲にZUZUが詞をつけたら、と当時、思っていました。
ああ、もったいない、と思っていました。

この時期のジュリーにこの声を出させた加瀬さん♪
混迷の中にいるジュリーへ、その歌声の原点に的を絞ってくる作曲家の手腕は、気懸りと愛でしょうか。
DYさまのおっしゃる通り加瀬さんは、ジュリーの声を思い、信じて書き、ジュリーはそれに応えて歌った。
ここから約20年にわたるお別れの前に、ふたりが寄り添った、ある意味でオトコ同志の歌ともいえますね~(妄想)
阿久さん、仲間外れにしてごめんなさい。

超個人的で自分勝手な、暴言、妄言をお許しくださいませ~
実に複雑な思いに行ったり来たりしていた時期でしたww

投稿: momo | 2015年6月18日 (木) 00時11分

nekomodoki様

ありがとうございます!

なるほど「覚悟」ですか~。
BAT様がコメントで触れてくださったドキュメントなど見ると、ジュリーに男らしい「覚悟」はあったと思いますよ。仕事に対しても、他のことに対しても。
でも、タイムリーでずっとジュリーを見てきたファンは追いかけるのが大変だったかもしれませんね…それは(なんとなくですが)分かるような気がします。

ただ、やはり「曲」は時を超えてその魅力は不変でもあり変わっていくものでもあり…今のジュリーが「きわどい季節」を歌うのを聴いてみたい、と切望している次第です~。

74年生まれ様

ありがとうございます!

CMタイアップのシングルが矢継ぎ早にリリースされていたわけですね。
記憶が無い自分が恥ずかしい…たぶん上京したてでほとんどテレビを観ていなかった頃だからなのかな。

僕は「きわどい季節」は、これぞCO-CoLOというバンド演奏曲だと思いますよ。とにかく各パートが渋いだけでなく、スタジオ・ミュージシャンではこうはならないだろう、というフロントマン・ジュリーへ込めたリスペクト、入魂を感じます。どちらかと言うと「女神」の方がバンド・サウンドとしては異色に感じるかなぁ。

CM映像、ありがとうございます。
帰宅したら観てみます!

すみません、ここで一度お返事切ります。

投稿: DYNAMITE | 2015年6月18日 (木) 14時11分

momo様

ありがとうございます!

よくお話をさせて頂くようになった最初の頃、ジュリーの歌人生の奇跡について「加瀬さんがついていたこと」をmomo様が一番に挙げていらしたことを、最近よく思い出していますよ。

「詞がオッサンくさい」というのは、核心を突いていると思います。だってこれ、阿久さんのとっかかりは「オッサンの歌」だったんだろうと僕は考えているのです。

当時の「シングル」制作経緯から考えて、阿久さんに作詞依頼が行く時には既に「ビールのCMとのタイアップ」が決まっていたと思います。
「ビール」=「成人」という発想…つまりこれは、20歳となる娘さんを持つ父親が、ふと我が娘に「女」への性衝動を感じてドキドキする、という一瞬のシチュエーションを描くところから作られたのではないでしょうか。
阿久さんの作詞に「タブー」はありませんから(笑)。
読んでくださるみなさまが「ウエ~気持ち悪い」と感じてしまわれるのが怖くて、その考察は記事本文では自重したのですが、こうしてここで書いてしまっているという(汗)。

まぁ、阿久さんはそこからさらに発展させて色々と肉付けをしていると思うので、記事の最後に書いたような解釈も出てくるんですけど…基本、「ごく普通のオッサンの歌」だと思ってます。
とすれば、確かに阿久さんとジュリーとは感性合わないかなぁ…(笑)。

投稿: DYNAMITE | 2015年6月18日 (木) 16時41分

DY様
 こんばんは。
 「きわどい季節」、私も正直なところあまり好きにはなれませんでした。B面の「やさしく愛して」の方は大好きでしたが。みなさんがおっしゃるように歌詞と加瀬さんとの相性、曲とCO-CoLoとの相性のミスマッチみたいなものを感じたのかも知れません。エキゾティクスはもちろんカッコ良かったですが、CO-CoLoはメンバーがジュリーと同年代、バックバンド色が薄れて横並び的な方向に向かうのかと期待していた矢先、ちょっと肩透かしみたいな…。
 「夜のみだらな鳥達」「告白」「TRUE BLUE」の3枚のアルバムは「笑ってやる八ッ!八ッ!!」1曲を除いてすべてジュリーかメンバーの作曲でそれなりにバンド的なカラーというか統一感みたいなものがあったように思えます。それが私には心地良かったのですが、大好きな加瀬さんでもここには出てきて欲しくなかったですね。
 私がそう思う伏線?は前シングル「女神」もあまり好きじゃなかったからでしょうか。

投稿: ねこ仮面 | 2015年6月18日 (木) 21時23分

DY様こんばんは

CO-COLO期は独特の異彩を放っていて、私はとても好きです。
また加瀬さんはJULIEに50曲近く提供されましたが、
きわどい季節も加瀬さんらしい秀逸な名曲だと思います。

>ふと我が娘に「女」への性衝動を感じてドキドキする

この感覚は男性には普通のものなのでしょうか?私のような者には理解しがたく,
D‥DY様?マジ?とまばたきを忘れました(笑)

私はこの曲を聴いたとき、光源氏と紫の上をヨーロピアンにした感じだな~と思ったのですが、
JULIEの光源氏のシーンを、そのまま挿入した化粧品のCMも薬師丸さんだったので、
無意識に結びつけたのかもしれません。
そのせいか絵画のような曲だと思っていました。(まさか、おっさん曲だったとは…笑)

若いJULIEに「背中のジッパーつまんで下ろす」と唄わせた阿久さんが、
時を経て今度はドレスアップした背なのファスナー上げさせる。
この歳のJULIEなら確かにその方が数段色っぽいな~と、妙に納得したものです。


投稿: hina | 2015年6月19日 (金) 01時34分

変な所で改行になってしまい、読みづらいコメントで申し訳ありません。

投稿: hina | 2015年6月19日 (金) 01時46分

ねこ仮面様

ありがとうございます!

以前記事を書いていますが、僕は「女神」もかなり好きですよ。「きわどい季節」も相当好きです。
ただ、ねこ仮面様ご指摘の、「アルバム制作とシングル戦略の乖離」という点は強く感じます。作曲者についても、確かにそうですよね。
以前は何となく「経費の問題かなぁ」なんて思っていました。大きなプロモートはシングルで、アルバムは地道にツアーで、というスタンスだったのかなぁ、と。でも『不協和音』を読むと、シングルの作曲依頼ひとつとっても、様々な人脈、チョイスの重要性があったようだとようやく分かってきました。

でも、「CO-CoLOの心地よさ」という点で考えれば、CMタイアップの「女神」「きわどい季節」はなるほど当時違和感を抱くファンもいらしたかもしれませんね…。

hina様

ありがとうございます!

やはり、気持ちの悪い話になってしまいましたか(汗)。

「性衝動」と言うとどうしてもいやらしいイメージで女性は考えてしまうかもしれませんが、男親にはそうした瞬間はきっとあると思います。娘を清らかな「乙女」として見るのか、まぶしい「女」として見るのか、それが切り替わる一瞬、ということです。

僕自身はそういう家庭環境にはありませんが、僕も最近、同世代の友人や同僚からそれに近い話を聞く年齢になってきました。
例えば、高校生の娘のスカートがいくら短かろうが、お父さんはオロオロと心配こそすれ、娘を「女」とは認めていません。しかし「娘が成人式の帰りに友だちと飲み屋に行ったらしい…」と落ち込んでいる時のお父さんは、もう娘を「女」として見てしまった瞬間の後なんだと思うのですよ…。

と、力説すればするほど気持ち悪い話になっていますが、「源氏と紫」のお話は目からウロコでした。
なるほど、そう考えれば上品なんだなぁ…。

投稿: DYNAMITE | 2015年6月19日 (金) 09時17分

DY様 こんにちは

再び失礼します。
シングルとアルバム作品の違和感は、私も感じました。でも改めて当時のライヴ映像で聴いてみると心地良いなあと思いました。私の当時のお薦め曲は、「はるかに遠い夢「女神」ですね。若さとアダルトが混ざった艶やかさと伸びのある歌声は、紛れもなくとても貴重です。

阿久さんと加瀬さんコンビ作品は、お題曲が初めてなんでしょうか。ジュリー以外でも私は知らないのですが。もし初めてなら、「燃えつきた二人」の記事で話題に出ました「時の過ぎゆくままに」の作曲競作から12年後に、ようやくコンビ作品が出来たことになります。加瀬さんが一番喜んでいらっしゃったかも知れませんね。考察にありました、「君をのせて」と同じ構成作曲のお話を初めて伺って、加瀬さんのジュリーへの友情と作曲家としてのプロ魂を強く感じました。コマーシャルの映像にも写っていましたが、加瀬さんの曲には海が似合います。

それにしても80年代後半から90年代に掛けてのドラマ、映画、舞台、オペラ、中近東の旅、バラエティー司会、コマーシャル出演や歌のタイアップ、更にはactシリーズの開始など怒涛の勢いがありましたね。レコードがヒットしなくなり少し忘れられた存在のように思われますが、いや〜素晴らしい活躍だと思います。

投稿: BAT | 2015年6月20日 (土) 12時47分

BAT様

ありがとうございます!

CO-CoLO期の作品は、不思議と今のジュリーの「被災地への祈り」をコンセプトとした新曲群と繋いで聴いても違和感の無いものが多い、ということに僕はこの数年驚いているところです。
ステージ上での再現はなかなかされませんが、新曲の直後でもスッと胸に入ってくる曲が多いように思うのです。
実はこのブログでは、もし加瀬さんのことがなかったら、僕は夏からの全国ツアーのセットリスト予想で、「君が泣くのを見た」(これも一応CO-CoLO期に含まれるということで)を、「憑き物落とし」候補曲として書くつもりでいたんですよ。

BAT様の仰る通り、「レコードが売れなくなった」のと「まったく活躍していない」のとは違いますよね。むしろ、大衆の知らないところでとんでもない素晴らしい活動をしていたジュリー。
マスコミの書くスターの「浮き沈み」がどれほどいい加減なものであるか、今改めてジュリーの歴史から学べるような気がします。まぁ、ジュリーという人は比類なきスター、特別な存在である、というのが大前提ですけどね。

投稿: DYNAMITE | 2015年6月21日 (日) 11時18分

DY様

ご無沙汰してます。

この楽曲は、アルバム(自分が歌いたい歌を作る)とシングル(不特定多数に愛されるヒット曲を作る)では、制作スタンスが異なるこの時期でも、その違いが顕著に現われた例だと個人的には思ってます。

どちらも名曲揃いだと思いますが、シングルとアルバムはそのアーティストの世界観で統一される方が自然な現在とは違って、まだジャンルが細分化せず、シングル中心の歌謡界が最大のマーケットとして存在していた、この時期ならでは特有な事象である面もあるんじゃないでしょうかね~(シングルとアルバムが別物でも、セールス的に成立してたのは、一時期までの桑●佳祐さんが最後のようなような気がします)。

ちなみに私が一番最初にお題の楽曲を聴いたのは、DY様とは真逆で、薬師丸●ろ子さんのCM映像のBGMに、
「ん?もしかして、ジュリーか?」
と反応した時でしたね。

この時期ジュリーは、TVでの露出が少なかったので、私にとっては、従来の「待っていたら情報が来る」状況ではなくなってました。

今考えれば、
「私は何ともったいないことしてたのだ(悔)」
と思いますが、その後、ニューアルバムも発売されてから知るという状況が何度か続き、遅れて聴いてはいましたが、やがて未聴のアルバムが増えていきました。

それが数年後に私が中抜けした遠因になったのかもしれません。

そういう意味でも、お題の楽曲をはじめ、CO-CoLO期は一度は生で聴きたい楽曲の宝庫です。

投稿: Mr.K1968 | 2015年6月21日 (日) 12時42分

Mr.K1968様

ありがとうございます!

アルバムとシングルの制作スタンスの違い、確かに仰る通りですね。

佐野さんの「YOUNG BLOODS」のシングルが出た時、「アルバムで聴きたいタイプの曲だな」と感じたことを覚えています。佐野さんは完全に「アルバムの人」ですよね。
なるほど、桑田さんを例にすれば分かりやすいですか。CO-CoLO期のジュリーの場合はその乖離が徹底していますけどね。次のシングルが、アルバムからのカットである「STEPPIN' STONES」となることも興味深い流れです。

最近はなかなか歌ってくれませんねぇ、CO-CoLO期の曲。
今歌ってこそ、という名曲も多いと思うのですが…。

投稿: DYNAMITE | 2015年6月21日 (日) 14時33分

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