沢田研二 「風吹く頃」
『JULIE SINGLE COLLECTION BOX~Polydor Yeas』収録
original released on 1975 シングル「白い部屋」B面
disc-12
1. 白い部屋
2. 風吹く頃
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みなさま、連休はいかがお過ごしでしたか?
ジュリーの音楽劇『お嬢さんお手上げだ 明治編』もその間お休みで、明日の栃木公演から再開ですね。
僕は5月2日から5日まで、カミさんの実家への帰省を兼ね、おもに琵琶湖周辺を旅しておりました。
女性が旦那さんの実家に帰省するのは「修行」だと聞いたことがありますが、男性が嫁さんの実家に帰省するのはひたすら怠けに行くようなものでして・・・僕も仕事で慌ただしい日常から解放され、完全まったりモードでリフレッシュしてまいりました。
今日は、DYNAMITEがこのゴールデン・ウィークに訪れたところ、食べたものをひたすらご紹介するという、世間にとって何の需要も無い旅日記です。
記事タイトルは、加瀬さん作曲ジュリー・ナンバーの隠れた名曲「風吹く頃」をお借りしました(加瀬さん、今回はこんな内容ですみません・・・)。
「風吹く頃」はシングル『白い部屋』のB面として1975年3月にリリースされていますが、歌詞と曲想の爽やかさは、今の季節にピッタリではないでしょうか。春の緑の景色が浮かぶ名曲だと思います。
それでは、「風吹く頃」をBGMに、しょうもない旅のスナップなどを・・・。興味の無い方々は、最後の最後にちょっとだけ楽曲考察がありますので、そちらまで読み飛ばしてくださいませ~。
☆ ☆ ☆
出かけたのは、連休初日の2日です。新幹線品川駅は乗車待ちの人でごった返していましたね・・・。
ランチは車内で、崎陽軒のシウマイ弁当。
有名な駅弁で、メインのシウマイはもちろんですが、「サブの鮪の照り焼きが好き!」と仰るJ先輩も。
京都駅で下車。すぐに実家には向かわず、地下鉄で四条まで移動し散策しました。
錦市場。すごい人混みでした。外人さんが多かったな~。
市場のを少し逸れた通りに見つけたレトロな造りの喫茶店・・・アイスカフェラテを注文したら、こんなグラスで出てきました。
翌3日は素晴らしい快晴でドライブ日和。カミさんのお父さんが車を出してくれ、お母さんとカミさんと4人で遠出しました。
長浜城址入口から見た琵琶湖。
本丸跡。
復元された長浜城。
ちなみに今、すぐ近くの安土城にも城郭復元の話が持ち上がっているとか。安土城のスケールだとずいぶんお金も時間もかかりそうですが・・・実現したら訪れてみたいです。
長浜名物、『鯖そうめん』を道の駅で頂きました。
鯖を炊いた甘辛い出汁の味をそうめんにも染みこませ、つゆ無しで鯖と一緒に頂くという不思議な食べ物でしたが、なかなか美味しかったです。
木之本駅から徒歩5分、木之本地蔵尊。
で、地蔵尊から徒歩30秒、信じがたいほどの大変な賑わいを見せていたのが、『つるやパン』さん。
このお店の「サラダパン」はもう全国的に有名なのだとか。
狭い駄菓子屋さんのような店内には人が溢れ、お店の人が黙々とサラダパンを補充し続けていました。
木之本から少し西、琵琶湖と余呉湖の間にあるのが有名な賤ヶ岳。僕が戦国武将好きなのを知っているカミさんの両親は、今回この賤ヶ岳登頂をドライブのメインに、と考えてくれていたようです。
登山道もありますが、僕らはリフトで頂上へ。
リフトの出発点には七本槍の幟が・・・。
結構な急勾配を、一人乗りの小さなリフトで登っていきます。下が岩肌剥き出しだったら相当怖いと思いますが、今の季節はご覧の通りシャガの花が足元一面に咲いていて、フワフワと花の上をすべりながら昇っていくような感覚があります。
ちなみに降りの写真はこちら↓
シャガの花の眺めは、降りリフトの方がより感動的でした。
リフトを降りてから数分かけて険しい山道を上ると頂上です。
賤ヶ岳七本槍で一番有名なのは清正公でしょうが、僕の贔屓は何と言っても福島正則。出世後の広島の為政、人望など、単なる暴れん坊というだけの人物でなかったことは明らかです。
山頂から南西を臨んだ琵琶湖眺望。
賤ヶ岳古戦場の激戦地はここよりも少し北西、余呉湖周辺だったと言われています。
一方こちらは山頂から南東を臨んだもの。方角的には、姉川古戦場や小谷城址などが見えているはずなのですが・・・。
帰りには近江八幡にある『ラ コリーナ』(たねや)に寄りました。
ところが、連休ということもあってか、店内は想定外の大混雑。バームクーヘンを買って帰るつもりだった僕らは、あまりの行列にスゴスゴと退散したのでした・・・。
翌4日はハッキリしないお天気。結局、日中に激しい雨が降ることはありませんでしたが、遠出は控えました。
午前中にやってきたのは、昨年まで「日本一の廃墟」とまで言われ閑散としていながら、今年リニューアル・オープンし復活を遂げたという『ピエリ守山』。
朝10時オープンで到着したのは10時20分くらいだったのですが、どうにかギリギリ満車を免れるほどの盛況です。ちなみに帰る頃には駐車待ちの車が並んでいて大渋滞となっていました。
大型連休とは言え、朝からかなりの盛況。どうやら「廃墟」の汚名返上は成ったようですね。
フードコートの目玉はこのお店。バニラアイスがはさんであるメロンパンなのだそうです。
が、甘いものにあまり興味の無い僕は、近くのラーメン店『来来亭』でのランチをリクエストしていました。
チェーン店で関東にもガンガン進出してきていますが、本場は滋賀県です(本店は野洲)。
一味唐辛子が隠し味の濃厚鶏ガラ醤油に背油、という組み合わせ。麺は細ストレート。美味いです!
翌5日は朝の散歩から。
カミさんの実家近辺は『とび太くん』発祥の地として有名ですが、JA直売所『おうみんち』入口近くに、「3人のとび太くん一体型」という超レア・ヴァージョンがあります。こうなると最早「こども飛出し注意」という本来の目的とは別の「アート」と化していますな~。
そして、お昼12時過ぎの新幹線で帰京。
京都駅構内の『松葉』さんにて、鴨せいろ蕎麦。
ここは「にしんそば」が有名らしいのですが、僕は蕎麦はできれば「もり」系で頂きたい派なので・・・。
☆ ☆ ☆
といった感じで、完全に「食う・寝る・遊ぶ」を満喫したゴールデンウィークでありました。
久々の更新がこんな話だけでは怒られそうなので、少しだけですが今回記事タイトルを借りました「風吹く頃」について書いておきましょう。
ジュリーのシングルB面曲は本当に名曲の宝庫ですが、中でも70年代は特に加瀬さん作曲による素晴らしい作品が多いですよね。
先輩方の人気が特に高いかな、と感じているのは「青い恋人たち」と「甘いたわむれ」ですが、この2曲はA面がとんでもなく有名な大ヒット曲ということで、「完璧なシングル盤」として両面合わせての評価の高さに繋がっているとも考えられます。
「風吹く頃」の場合はA面が「白い部屋」・・・もちろんこちらも名曲です。ただ、「白い部屋」の考察記事を書いた頃に色々と先輩方に教えて頂いたのは、ジュリーがこのタイトルに今ひとつ乗りきれていなくて、自分が海外に行っている間にタイトルが決定していたのを悔やんでいた、と。
タイトルには前年の布施さんの大ヒット曲「積木の部屋」とのイメージ重複などもあったようで、ジュリーファンの間では当時このシングルA面に微妙な感覚もあったのかなぁ、と僕は想像しています。
もしかすると「”風吹く頃”の方がA面だったらな~」とお考えのかたもいらしたかもしれませんね。
実は僕も後追いファンなりにジュリーの歴史を勉強してきて、そう思うところはあるのです。
「白い部屋」リリース時のジュリーは海外での活動を成功させ、ファンにしてみれば「凱旋」のイメージがあったに違いありません。
とすれば
風吹く街を 背中にかんじて
G Em G Em
急ぐ小さな お前の住む窓 ♪
Am D7 Am7 D7 G
「旅先でいろいろ楽しんでいたけど、やっぱり僕の帰る場所はあなたの家」
という安井さんの歌詞がそのまま、ジュリーの海外進出を応援し帰国を楽しみに待っていたファンへの言葉・・・「風吹く頃」にはそんなストーリー演出が可能だったんじゃないかなぁ、と思うのです。
曲想も、(当時の邦楽としては)ちょっと珍しいカントリー・ポップな16ビート。加瀬さんの作曲の懐の深さを感じますし、何よりキュートですよね。洋風でいて日本的な穏やかさ、涼やかさもあり、「海の向こうから颯爽と帰ってきたジュリー」のイメージにピッタリで、リリース・タイミング的にはA面曲としてよりふさわしかったのでは?
もちろん「白い部屋」も素晴らしい名曲なのですが・・・みなさまはどうお考えでしょうか。
ちなみに「風吹く頃」で僕が最も好きな箇所は
髪をとかし 淋しそうな 姿 が胸に
Em Bm C D7 G
ひとり静か 時計の音
Em Bm
すべてが 昔のままで ♪
A7 D7 B7
2番のこの歌詞部です。
いかにも安井さんらしい、そして加瀬さんらしい箇所だと思います。ジュリーの歌声はタイガース前期を思わせる可愛らしさで、この曲がA面の方がジャケ写ともマッチしていると僕などは思うのですが・・・。
ということで、今日は個人的な旅日記の記事更新にて失礼いたしました。次回からはまた、通常の楽曲考察記事スタイルに戻りますからね~。
最後に、オマケです!
お題曲とは全然時代が異なりますが、『山河燃ゆ』完全版DVD発売決定を祝しまして・・・『ヤング』83年11月号からの関連記事ページをどうぞ。
『山河燃ゆ』・・・本当に豪華キャストですよね~。
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コメント
DY様 こんばんは。
はい、私も「風吹く頃」がA面だったら良かったのに派です。
ZUZU&KASEのノーテンキ・ポジティブモードが最高。(何しに来たの?となる可能性は全く頭にない)
連休、充実なさってたようでなによりです。
かくいう私は高くて混んでいる時期にわざわざ出かける一般人をヨコ目に空いてて安い時期の旅行を計画しております。
定年バンザイ(笑)
投稿: nekomodoki | 2015年5月 9日 (土) 00時43分
nekomodoki様
ありがとうございます!
いやいや仰る通り…大型連休に遠出は避けた方が良いようですね。場所によってはとにかく凄い人で。
隠居生活にはまだまだ遠い身ですが…。
さて「風吹く頃」。確かに相手の都合お構いましに「帰ってきたよ~!」的なポジティヴモードは安井さんと加瀬さんコンビならでは、なのかもしれませんね。
もし今のジュリーが歌ったらどんな感じになるんでしょう?
投稿: DYNAMITE | 2015年5月 9日 (土) 12時41分
DY様 こんばんは
お題曲のシングル盤は、成人してから買いました。メロディーがフォーク調で覚えやすく、好きになりました。また、あの頃の歌謡曲の特長だなあと思う、ギターの「チュクチュク」という16beatのアレンジが何故か幼い時から好みなんですよね。
当時のジュリーの状況からして、フランスでは大ヒット一躍スターになったけど、日本に帰って来たら浦島太郎状態だったかも知れませんね。なんと言ってもテレビでは、新ご三家を始め、アイドルが目白押しで私も夢中で見ていました。特に秀樹と淳子ちゃん。異色なところでは、ダウンタウン・ブキブギバンド。更には、友達がギターで弾く、陽水やかぐや姫にぞっこんでした。ジュリーの面影を思い出せないほどです。
「白い部屋/風吹く頃」をシングルとして出そうとした狙いが、恐らくファンの中には疑念のまま残っているだろうなというのが、今の私の率直な感想です。ヒット狙いならアルバムからのシングルカットで「キャンディー/ジュリアーナ」若しくは、「四月の雪/お前は魔法使い」もありだったかも知れないと思えて仕方ありません。ニーナに続く"人名曲"か"シンガーソングライター・ジュリー"なんてなんかゾクゾクしませんか。ジュリーが日本を留守にしている間、歌だけが勝手にラジオ、有線で人気になっていたと思うんですが。今となっては残念な一枚です。
投稿: BAT | 2015年5月 9日 (土) 20時18分
BAT様
ありがとうございます!
なるほど…ジュリーが日本と海外を忙しく行ったり来たりしている間に、新御三家の人気が爆発していたのですね。
73年~74年くらいなのかな…雑誌で(『平凡』かなぁ?)ジュリーがホストの対談連載があったようで、その切り抜き資料がいくつか今僕の手元にもありますが、野口さん、西城さんとの対談でのジュリーは「兄貴」的な感じで…75年あたりはいよいよ芸能界でもジュリーが幾多のアイドル歌手にとって「大物の先輩」という時期が来ていたのですね。
とすると、シングル『白い部屋』には「ちょっと大人っぽい歌を」という狙いがあったかもしれません。
75年ということで言えば、後追いファンながら僕が「シングル・リリースすべきだったのでは」と考える曲は、何と言っても「残された時間」ですね…。
投稿: DYNAMITE | 2015年5月11日 (月) 09時11分