沢田研二 「みんないい娘」
from『BAD TUNING』、1980
1. 恋のバッド・チューニング
2. どうして朝
3. WOMAN WOMAN
4. PRETENDER
5. マダムX
6. アンドロメダ
7. 世紀末ブルース
8. みんないい娘
9. お月さん万才!
10. 今夜の雨はいい奴
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最近の僕の通勤途中のBGMは、加瀬さんの作曲作品を集めて編集したCD2枚と、ジュリーの新譜『こっちの水苦いぞ』のローテーション。
その新譜のタイトルチューン、下山さん作曲の「こっちの水苦いぞ」について、かなり多くの先輩方が「なんとなくGSを思わせる」と仰っています。「イントロのあの覚えやすいギター・リフのせいかな」というのがそんな先輩方のご感想と分析です。
それはもちろんその通りです。
でも「GS風」というキーワードであの曲を紐解くと、それだけじゃないと思うんですよね。
シンプルなギター・リフと、もうひとつ別の楽器・・・良い意味での「チープさ」を以って、誰しもの郷愁をかきたてるオルガンの音が噛んでこそ、みなさまがタイムリーで体感されたGS、ひいては古き良き60年代ビート・サウンドを想起させるんじゃないか、と僕は考えます。
比較的最近のジュリー・ナンバーですと、例えば2006年の「Aurora」あたりにGSを思い起こす、というかたがいらっしゃるなら、それは曲想だけでなく、オルガンの音からそう感じとっているのだと思います。
「GS回帰」と言えば、他でもないGSが生んだトップ中のトップの作曲家である加瀬さんが3曲を提供したジュリーのアルバム『G. S. I LOVE YOU』が思い出されるところですが、実はその少し前に、加瀬さんがGSのエッセンスを存分に発揮し、見事その曲想通りのアレンジと歌詞が施された「ひと足早いGS回帰」とも評すべき名曲があります。今日はそちらをお題に採り上げましょう。
アルバム『BAD TUNING』から。もちろんアレンジの決め手は「明快なリフとチープなオルガンの合わせ技」です。
「みんないい娘」、伝授!
「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」・・・加瀬さん作曲のシングルでジュリーが開いた80年代の扉。
いよいよ、途方も無く新しい音楽のスタイルでジュリーが邦楽ヒット・チャートを席捲するぞ、という予感バリバリの斬新なシングルが2枚続いていたその頃、加瀬さんはそうし
た作風とは別に、「みんないい娘」のような素敵な曲もアルバムに加えていたのですね。
どうでしょう・・・当時、発売と同時にアルバム『BAD TUNING』を購入された先輩方、「みんないい娘」を聴いて「GSっぽいなぁ」とか、「懐かしい感じがする曲だなぁ」と感じたことはありませんでしたか?
加瀬さんのメロディー、後藤次利さんのアレンジ、糸井重里さんの歌詞、そしてジュリーのヴォーカルも・・・それぞれ「60年代回帰」を体現しているように僕には聴こえています。
まずはアレンジ面から紐解いてみましょう。
良い意味での「チープ」なオルガン。しかし単にそれだけなら、アルバム1曲目にしてヒット・シングルでもある「恋のバッド・チューニング」にも、似た音色のオルガンが採り入れられています。
作詞・作曲・編曲とも同クレジットですが、「恋のバッド・チューニング」と「みんないい娘」とでは、印象がかなり違いますよね。オルガンの音については、後追いの僕が言うのは変ですが前者は「おおっ、新しいぞ!」という感じで、後者は「懐かしい」感じ。
先輩方がどう感じていたかは分かりませんが、「どちらも大好きな曲、同じ人の曲なのにずいぶんイメージが違う」と仰るファンは多いと推測します。
これは1つには、「チープなオルガン」を他の楽器とどう噛ませたか、というアレンジの狙いの違いであると僕は思います。「恋のバッド・チューニング」の「装飾」に対して「みんないい娘」は「土台」。
70年代末から80年代冒頭にかけてのロック・ムーヴメントには、先ほどから述べている「60年代回帰」以外にもうひとつ重要なジャンルの流行がありました。
「テクノ・サウンド」ですね。
「ピコピコ」しているイメージ、と言えば分かりやすいでしょうか。この時代の真に「新しい」(当時の言葉で言うと「ナウい」)手法で、「恋のバッド・チューニング」のオルガン(を含むアレンジ)はこちらに分類されそうです(当然、前シングル「TOKIO」の流れも汲みます)。
いかにもこういう格好の人が当時歌ってそうな音楽・・・でもジュリーのテクノは「ブッ飛び×大衆性」が唯一無二だけどね!
(画像は『ス・ト・リ・ッ・パ・-/沢田研二楽譜集』より)
対して「みんないい娘」の場合「昔よく聴いていたような感覚」を甦らせるもので、それが「GSっぽさ」に繋がるのではないでしょうか。
また、「みんないい娘」ではオルガン・パートがサイド・ギターの役割を代行しています。
このアレンジが60年代っぽい!
朝に追われて 夜が逃げてゆく
Dm Gm7
酔いも醒めたよ 外は曇空
C F
ひとり窓 に 額つけて
Gm7 A7 Dm Gm
おまえを想っていたよ ♪
B♭ C Dm
Aメロ最初の2行ではカッティングのような歯切れ良い「刻み」、3行目は1小節の全拍頭打ちの突き放し、そして4行目で他楽器とキメのリズムをユニゾン・・・これはまさしくギター・パートのアプローチですよ。
クレジットによると、オルガン演奏は佐藤準さん。
60年代回帰ムーヴメントの元祖である海の向こうのネオ・モッズ・バンドが積極的に採り入れていたホンキー・トンク風のピッチ設定も含めて、「ロックの手管だなぁ」と感じます。
また、後藤さんのベースに関しても、76年の『チャコール・グレイの肖像』の「夜の河を渡る前に」などでレコーディング参加していた頃の後藤さんの演奏には、「俺のベースを聴けい!」と言わんばかりの強烈な主張があったのですが(もちろん、それはそれで素晴らしいです)、『TOKIO』『BAD TUNING』ではベースも完全に「アレンジャー」視点。
類稀なる音のセンスで各楽器のアンサンブルに気を配り、楽曲の「仕上げ」に心血を注いでいます。
「神技の演奏者」から「アレンジの達人」へ・・・ジュリー絡みの人脈で言うと、実はこの後、後藤さんと同じくベーシストである吉田建さんが同じような変化を辿ります。その建さんの変化については、いずれ「噂のモニター」をお題に採り上げた際に語りまくる予定です。
80年当時後藤さんはもうヒット・メイカー・アレンジャーですが、時代が求めるありとあらゆるバリエーションへの嗅覚が鋭く、しかも柔軟で幅広いのですね。
ジュリーのアルバム『TOKIO』『BAD TUNING』の2枚への後藤さんの貢献度は本当に凄いと思います。
次に、詞について。
糸井さん作詞のジュリー・ナンバーを大きく2つのタイプに分けるとすると、先に挙げた「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」、或いは「HEY!MR.MONKEY」「クライマックス」などの「ぶっ飛び系」と、「MITSUKO」「嘘はつけない」そしてこの「みんないい娘」のような「物語系」に整理することができると思います。
さらにその「物語系」3曲には、「花から花へ」上等な浮気性の色男が、たったひとりの女性にいつしか心奪われている自分にふと覚醒する、という共通のシチュエーションがあります。「二枚目な男の三枚目な純情」とでも言いましょうか・・・これは、60年代ティーンロックの主人公だった少年(大抵は気に入った女の子を片っ端からモノにしてゆく浮気者)が成長した10数年後の情景とも考えられ、それをして「80年代冒頭の原点(60年代)回帰」と解釈するのもアリなんじゃないかな~。
ちなみに楽曲タイトルは、ビートルズがカール・パーキンスの曲をカバーした「EVERYBODY'S TRYING TO BE MY BABY」の邦題・・・ズバリ「みんないい娘」にあやかったのではないでしょうか。
↑ バンド・スコア『ビートルズ・フォー・セール』より
この曲を大トリ収録したアルバム『ビートルズ・フォー・セール』には、ジュリーファン、タイガースファンならお馴染みの「ロックンロール・ミュージック」「ミスター・ムーンライト」も収録されています。
ただ、ここまで書いてきた後藤さんのアレンジ、糸井さんの作詞も、加瀬さんが作った素晴らしいメロディーあってのプロフェッショナルな仕事(前回執筆「恋は邪魔もの」の記事でご紹介した資料の記述から、この頃の加瀬さんの曲は「曲先」であり、糸井さんの詞は後から載せられたと考えて良いでしょう)。
「みんないい娘」が60年代回帰に適い、「懐かしい感じの名曲」たらしめたのは、まず加瀬さんの作曲作品であったことが大きい・・・それを忘れてはなりません。
正に日本ポップス界の軽業師。「恋のバッド・チューニング」のような曲もあれば、「みんないい娘」のような曲もある。それらが涼しい顔で1枚のアルバムに同居してしまうことの凄まじさは、そのままジュリーと加瀬さんの「ただならぬ関係」(2010年のジュリーがよくMCで言ってました笑)を表していると言えるでしょう。
加瀬さんが素晴らしい作曲家であることは当然として、「ジュリーの曲」だからこそ加瀬さんができたこと、というのはあると思うんですよ。
世間一般的に「加瀬邦彦の曲」と言うと、「想い出の渚」のようないわゆる「湘南サウンド」の朴訥で柔らかい長調のメロディーを想起する人が大半かと思います。
しかし実は加瀬さんはハードな短調のロック・ナンバーが得意中の得意。
最近お題に採り上げた「許されない愛」「恋は邪魔もの」もそうですし、2010年のジュリーwithザ・ワイルドワンズのツアーでも採り上げられたワイルドワンズの名曲「夕陽と共に」「青空のある限り」「愛するアニタ」・・・そして、今日のお題「みんないい娘」もテンポこそミディアムですが曲想は「ハードな短調のロック」と言えます。
「みんないい娘」のキーはニ短調。
ところがこの曲には、まるで長調のポップスのような明るさがあるんですよね。これはサビ部でヘ長調への平行移調があるから、というだけでは済ませられません。だって僕はこの曲、明快な短調で始まるAメロの時点で既に、明るくウキウキと聴いてしまうのですから・・・。
だけどいま 胸のなかに
F Dm
痛みまで感じてる
B♭ C7
おまえだけ眩しくて 消えてくれない ♪
F Dm B♭ C Dm
(このサビ部はヘ長調になってるんですけどね・・・。ただし最後の着地点はニ短調のトニックである「Dm」)
これは、加瀬さんの持つ天性の「軽快さ」がそうさせているんじゃないかなぁ。
アレンジを経てもそのまま残る「軽さ」。「軽い」という言葉は僕にとっては素晴らしく良い意味で(元々、音量や音圧で威嚇するようなタイプのバンドの曲が少々苦手だった、ということもあります)、加瀬さんのような「軽さ」を持つ人が作曲して、ジュリーのような人が歌う・・・それこそがポップスとしてもロックとしても最高なのであって、『ジュリー祭り』以前にCD音源だけでジュリー堕ちしていた時期(まぁ今とは濃さが全然違いますが)、僕は間違いなくジュリーと加瀬さんの「音楽作品における関係」についてはハッキリ「好みだ」と無意識にでも感じとっていたと思うんですよね。
2人の「ただならぬ関係」までをも知ったのは、『ジュリー祭り』以降のことでしたけど。
Aメロ・・・1番で言うと「額つけて♪」のメロディーは、ジュリーのヴォーカルがグッと強調されています。ここ、他の歌手が歌うと普通に流してしまうところですよ。
ジュリーが歌うと何故か「特に魅力的な箇所」になるのは・・・声なのか、歌い方なのか・・・いずれにせよこういうところがジュリーと加瀬さんの相性。
「優しかったよ♪」のあたりには70年代後半、大野さんの曲を歌っていた頃のジュリーのヴォーカル・ニュアンスがひょい、と顔を出したり。ジュリーにそれをさせるのもまた加瀬さんの曲の力かな、と。
加瀬さんの作曲作品でヘヴィーなアレンジが施されたジュリー・ナンバーもいくつかありますが、すべて元々の「軽快さ」は残されていると感じます。それこそが「KASE SONGS」ではないでしょうか。
そして、「みんないい娘」はその度合が高い・・・僕はとても好きな曲ですね~。みなさまはいかがですか?
最後に。
今さら言うまでもないことですが『BAD TUNING』は大変な名盤です。今回もこの記事を書くにあたってアルバム通して何度も聴きましたが、改めて思うのは・・・スタジオ・レコーディングの5曲とLIVEテイクの5曲の振り分けが神だな、と。
もちろんそれぞれの曲の逆のパターンも聴いてみたいですけど(「世紀末ブルース」に関してはシングルB面で聴けますね。先輩に教えて頂きようやくその存在に気づいたいたのがほんの数年前なんですが恥)、それぞれ「この形がベスト!」という分担になっていて、それが収録曲の並びの素晴らしさ、レコーディング・テイクとLIVEテイク入り乱れる構成の自然さを生み出していると思います。
実は先の「SHE SAID・・・・・」の記事を更新する直前まで、「この次のお題は”PRETENDER”にしよう」と考えていて、「書きたいことの箇条書き」やオマケ画像の添付までは終わっているんですよ。
その後、更新お題については方針転換しましたが・・・秋くらいにはその記事も仕上げたいと思っています。
それでは、オマケです!
今日も『ヤング』のバックナンバーをご紹介いたします。まずは80年7月号から5ページ!
続いて8月号から3ページ!
で、この次の9月号では『ロックン・ツアー’80』のフォト&レポートなど掲載されていくわけですが、そちらはまたいずれの機会にとっておきましょう。
いつも思うことですが・・・こうした貴重な資料を長い間大切に保管されていた先輩方がいらっしゃって、こうして拝見していると、僕ら新規ファンも当時のジュリーの活動を追体験できたような気持ちになれます。
感謝、感謝です!
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コメント
DY様 こんばんは。
「カザノヴァ」の年貢の納め時・・ってシチュエーション。
攻めの恋は得意でも、守りの恋はヘタレそうなヤツですね。
こういう曲をいけしゃーしゃーとJULIEに歌わせる加瀬さんのビミョーな「下心」ががどこそこに。
「危険なふたり」ではZUZUの「下心」に嫉妬(?)していたらしい加瀬さん、また、なんかの形でJULIEの曲を作って欲しかったです。
「PRETENDER」は久しぶりに聴きたいなぁ。
投稿: nekomodoki | 2015年5月19日 (火) 00時18分
nekomodoki様
ありがとうございます!
> 「カザノヴァ」の年貢の納め時
な、なるほど!
確かにそういう歌ですね。僕は阿久さん時代のジュリー・ナンバーに漠然とそういう印象を持っていましたが、糸井さんの詞にもそれを感じさせるものがいくつかありますね。今さら気づかされました。
そして…「加瀬さんの下心」にも、なるほどなぁ、と。
「PRETENDER」は是非1度生で聴いてみたい曲ですが、実現となるとどうでしょう…。
実は『ジュリー祭り』がジュリーLIVEデビューの僕は、このアルバムの収録曲を生で聴いたことが無いのです。そう、「バッドチューニング」すらジュリーLIVEではずいぶんご無沙汰…。
今年も…どうかなぁ?
投稿: DYNAMITE | 2015年5月19日 (火) 12時36分
久しぶりに聴くといいですね、オルガンがいいんですね、今夏 歌ってもらいたい みんないい娘のコーラス鉄人バンドで聴きたいです。加瀬さんのジュリーの歌. 名曲だらけでいいです。oh sandy ジュリワンLIVEで最高でした。
投稿: keik | 2015年5月19日 (火) 23時59分
keik様
ありがとうございます!
「みんないい娘」はまず親しみやすさが魅力ですね。オルガンの音色はそんな魅力に一役も二役も買っていると思います。
「Oh Sandy」はジュリワンのライヴで一番盛り上がった曲でした。僕はあのツアー、島さん側の席での参加が多かったですが、「Oh Sandy」では加瀬さんも島さんの位置くらいまでいつも来てくれて、八王子公演では目の前でギターを弾く姿を見ることができました。汗に光る加瀬さんの笑顔を、今でもハッキリ覚えています…。
投稿: DYNAMITE | 2015年5月20日 (水) 09時54分