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2015年4月27日 (月)

沢田研二 「許されない愛」

from『JULIEⅡ』、1971

Julie2

1. 霧笛
2. 港の日々
3. 俺たちは船乗りだ
4. 男の友情
5. 美しい予感
6. 揺れるこころ
7. 純白の夜明け
8. 二人の生活
9. 愛に死す
10. 許されない愛
11. 嘆きの人生
12. 船出の朝

-------------------------

加瀬さん。
大きな時間が巡る世界で新たな無限のエネルギーを手にされ、早速大活躍されていることと思います。

先日、僕はこれまでどのくらい加瀬さんの作曲作品を記事に書いてきたんだろう、と思って数えてみたら、書いたばかりの「SHE SAID・・・・・・」の記事まで、全部で31曲もありました。
それでも。
何人かのジュリーファンの先輩が、ジュリー関連の加瀬さんの曲を整理してくださっていて、それを拝見すると、まだまだ書いていない名曲がたくさんたくさん残っているんです。

その中のひとつ・・・加瀬さんが作ってくれた、僕がこの世で一番好きなアルバム『JULIEⅡ』からのシングル・カットに して、ソロ歌手・ジュリー初の大ヒット曲「許されない愛」。
これまで何度か「書こう」と思い立ったことはあるんですけど、何となく先延ばしにしてきました。書いちゃうのが勿体無い気もしていましたし、僕などが「伝授!」な~んてやるのは、100年早い曲のような気もしましたしね。
まさか、こんな気持ちで書く時が来るなんて、夢にも思っていませんでしたよ・・・。

でも、いつもの僕のスタイルで、楽しいジュリー・ナンバー大名曲の考察記事として書こう、と思っているんです。

いつもお世話になっているジュリーファンの先輩が教えてくださいました。加瀬さんは、「僕は人が喜んで、愉しんで、感動してくれることが一番嬉しい」と仰っていた、と。
何と素敵な言葉でしょう。
及ばぬまでも、見倣わなければなりませんね。

今、加瀬さんのことを思い出すと、その笑顔にどれほど暖かな力が漲っていたのか、改めて分かるような気がします。
加瀬さんの旅立ちを聞いてからというもの毎日のように、2010年のジュリーwithザ・ワイルドワンズ・八王子公演での「FRIENDSHIP」が終わった後の加瀬さんの笑顔が脳裏に甦ってきます。
あの日あの曲でジュリーが歌詞を見失って、「あわや」というところを、ステージ上の全員が力を合わせて切り抜けました。
曲が終わって皆がいったん退場の直前に、ジュリーがお客さんに向かって最後の念押しの土下座をした時、加瀬さんがギターを抱えたままジュリーに歩み寄って、膝をついて「ポンポン!」とジュリーの肩を優しく叩いていましたね。あの時の加瀬さんの笑顔ばかりを僕は思い出しているのです。

加瀬さんの笑顔の記憶に力づけられて、僕はこれから「許されない愛」の記事を書かせて頂こうと思います。

☆    ☆    ☆

「ブラス・ロック」と人の言う。
トランペット、トロンボーン、サックス・・・豪快な金管楽器のアンサンブルが、ロック・バンドと競演する、説得力抜群のアレンジ・コンセプト。ビートルズなら「ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」「レディ・マドンナ」「サボイ・トラッフル」。ストーンズなら、「ビッチ」「ロックス・オフ」「ドゥ・ドゥ・ドゥ・・・」。
こうして挙げていくと、とてつもなく好きな曲ばかり。

そうかぁ、僕は「ブラス・ロック」というだけでもう、その曲のことを愛せるのかもなぁ・・・。
ブラスバンドをやっていたせいか、さして音楽知識の無かった中学生の頃から、「あ、この音はトランペットだ」くらいには耳が効いていたので、自然に聴き込みが深くなっていたのかもしれません。

今日のお題は、日本の歌謡界に「ブラス・ロック」で殴りこんだ(?)ジュリーの大ヒット曲。

ザ・ワイルド・ワンズとザ・タイガース。それぞれのバンドで既に大成功を収めていた加瀬さんとジュリーだけど、額を突き合わせ肌を合わせて(いや、変な意味ではありませんよ!)以降の2人のサクセス・ストーリー・・・その原点とも言える曲ではないでしょうか。
「許されない愛」、僭越ながら伝授です!

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「許されない愛」には個人的に色々語りたいところが本当にたくさんあるんですけど、あまりに長くなってもナンですので、この記事ではおもに「ブラス・ロック」のアレンジと、ジュリーのヴォーカルに焦点を絞って考察してみたいと思います。

でも最初に、演奏とミックスについて少しだけ。
『JULIEⅡ』収録曲の演奏は、どの曲のどの楽器も最高に素晴らしいトラックばかりですが、「許されない愛」のバンド・サウンドについて敢えて特筆するならば、やはりリード・ギターとオルガン。この組み合わせはどうしてもドアーズを想起しちゃいますね。
アルバムへの加瀬さんの提供曲は2曲共にドアーズを彷彿とさせるものがありますが、「純白の夜明け」がコード進行やメロディーに強くそれを感じるのに対し、「許されない愛」では演奏、アレンジなのです。
正に「咆哮」の音ですよ。

またミックスについては、1’49”からの伴奏部で、先日「涙まみれFIRE FIGHTER」のエンディングについて書かせて頂いた「レコーディングされた複数の演奏トラックへの後がけのエフェクト(フランジャー)」が導入され曲の臨場感を高めています。
40年以上もリリース時期を異にした2曲いずれもが「激情」「喪失感」を狙ってまったく同じミックス手法を採り入れている・・・とても興味深いことですね。

さて。
70年代初期、日本の歌謡曲にオーケストラの伴奏付きは当たり前、常識だったのだそうです。
あくまでオーケストラとしてのストリングスやブラス隊が曲を豪華に装飾し、歌手をもり立てる・・・そんな手法が全盛の時代にあって、突如「ロック・バンドとの競演」を前提としたホーン・セクションを擁した激しい曲がお茶の間のド肝を抜き一躍大ヒット。
歌うのはあのザ・タイガースのジュリー・・・とくれば、なんとも痛快な話ではありませんか。

しかし、ですよ。
もし単独のシングルとして「許されない愛」という曲が制作・リリースされていた場合、このアレンジ・アプローチは果たしてあり得たでしょうか。
僕は個人的に「許されない愛」のアレンジ、ひいてはジュリー・ヴォーカル最大の意義を、「アルバムからのシングル・カット」であることに見出しています。

アルバム『JULIEⅡ』の収録曲を見ていくと、各曲の特性やコンセプト・ストーリーに合わせ、「この曲はこのアレンジ」というふうに、オーケストラの役割、手管も様々。それぞれ的確に割り当てられています。
優しいストリングスをメインとするもの、おどけたような木管楽器が囃し立てるもの・・・本当にバラエティに富んでいる中、そうした手管のひとつとして「許されない愛」のブラス・アレンジも生まれています。これ、最初は「シングルで売る」ためのアレンジとしては考えられていなかったと思うんですよ。
禁断の愛を自ら断ち切ろうとする激情を歌った、良い意味で「負」の激しさを持つ「許されない愛」には、あくまでアルバム収録曲のバランス上、豪快なホーン・セクションと、濡れた音色のギター、オルガンとの濃密な競演が求められたのではないでしょうか。

その後になって、アルバムの中から、最も「ジュリー」を押しだせる曲としてシングルに選ばれたに違いない「許されない愛」。大ヒットはあくまでオマケ(いや、ソロ歌手・ジュリーの潜在能力が最初にセールスに結びついた必然の結果、とも言えますが)、嬉しい誤算?だったのかもしれません。
しかし、「ジュリーならシングルはこの曲だよ!」という手応えがスタッフの総意として自然に纏まっていったのだとすれば、作曲者である加瀬さんの功績ははかりしれないものがあります。

これまで何度か書いていますが、僕の少年時代のジュリーの鮮明な記憶は「勝手にしやがれ」から。それ以前では「危険なふたり」を「なんとなく覚えてる」という感じです。先輩方にとっては信じられないことでしょうが、「時の過ぎゆくままに」すら何の記憶も持っておりませんで・・・そんな僕は当然「許されない愛」という曲をまったく知りませんでした。
2005年(だったと思う)にジュリーのポリドール期の作品が一気にリマスター発売され、勤務先でたまたま手にした『ROYAL SYTAIGHT FLUSH』全3枚の試視盤との出逢いが、ジュリーファンとしての僕の第1歩目となったわけですが、当時「ロック」に強い拘りのあった僕は『ROYAL SYTAIGHT FLUSH』の「Ⅱ」と「Ⅲ」ばかりを聴きまくり、「Ⅰ」は後回しにしてしまいました。「たぶん歌謡曲時代だから」という、たったそれだけの完全に誤った思い込みでね・・・。
そのまま「アルバム」の大人買い期へと突入。そんな中、数十年来の音楽仲間であるYOKO君が『A面コレクション』を所有しているライトなジュリーファンであった、という事実が発覚し(今はヘヴィーです笑)、彼に借りた『A面コレクション』で僕は初めて「許されない愛」を知ることになります。

その時は特に強烈な印象は残らなかったんですよ。
いや、言い訳になりますけど、『A面コレクション』のボリュームと言うか密度って、冷静に考えるとちょっと凄過ぎるじゃないですか。一気に聴くと、圧倒されて1曲1曲への聴き込みができないと言うか・・・。
あと、やっぱりその時点でこの曲を「単独のシングル曲」と思い込んでいたことがまず僕の失敗でした。
もちろん良い曲だとは認識できましたが、「時代」或いは「背景」というものを知らずに『A面コレクション』を聴くと、「あなただけでいい」「死んでもいい」といった続く収録楽曲とイメージが混同して(もちろんそれは、「許されない愛」のヒットを受けて「ジュリーのシングル」にそうしたコンセプトが継続して与えられていった、という史実を学ぶことでもあるんですけど)、埋もれてしまっていたのかな。

それがある夜、アルバム『JULIEⅡ』の素晴らしさに突然目覚めたその時から、「許されない愛」の聴こえ方は、まるで変わってしまったのです。
もちろんアルバム通して聴くのが最高なんですけど、「許されない愛」を単発で(『ROYAL~』や『Aコレ』で)聴いても、何かドキドキ、ワクワクするようになってきました。大好きな曲になった、ということですね。
そうなると、アレンジやヴォーカルについても、細かいところまで耳がどんどんのめり込んでいきます。

この曲のホーンセクションについては、とにかくトランペットがただただ凄いな、と。
僕は映画『スウィング・ガールズ』を観たことがきっかけで、30代後半でいきなり「金管楽器をやってみよう」と思い立ちトランペットを購入、入門書を読みながら独学で勉強したんですけど、メロディー音域の広い曲、音符の粒が詰まっている曲、「#」の多いキーの曲については結局自由に吹きこなせるまでには上達しませんでした。
中でも特に難しかったのが、音域の広い曲です。

「許されない愛」のトランペットにはとてつもなく高い音を出すパートがひとつあって・・・それだけでもう「うひゃあ!」と聴き惚れてしまいます。
金管楽器には(基本3本のピストンを使った)いくつかの固定フォームがあり、唇の形を変えることにより同じフォームで違う音を出します。例えば「ド」と「ソ」は同じフォーム。また、普通の「ド」の音と高い「ド」の音、さらにもう1オクターブ高い「ド」の音もすべて同じフォームです。僕の感覚で大まかに言うと、低い音は「ぼ~♪」、高い音は「ぴゅ~♪」という唇の形で音を出します。これが、極端に高い音や極端に低い音になると、そうそううまくは出せないんですよね・・・。

『スウィング・ガールズ』でも、トランペット担当の女子高生(演じているのは、後に『ちりとてちん』で大ブレイクされた貫地谷しほりさん)が、「シング・シング・シング」(『act ボリス・ヴィアン』収録の「墓に唾をかけろ」の間奏で登場する有名なビッグ・バンド・ジャズ・ナンバー)の最高音がなかなか出せず苦闘する、という重要なシーンがあります。彼女は結局その練習時に、トランペットの中に住みついていたネズミ(笑)の突然の出現にビックリ仰天したはずみで偶然、曲の最高音に適う唇の形をマスター。これは、ユーモラスというだけにはとどまらない本当に素晴らしい脚本で、実際、唇を「ぴゅ~」の形にしながら「・・・・!」といった感じで身体をビクッとのけぞらせるようにすると、凄く高い音が出る唇の形になるんですね。
問題は、それを自在に操って演奏できるようになるかどうか、ということで・・・「許されない愛」の高音トランペット・パートを聴くと、当たり前ですがプロは凄い。
また、「技」の点ですと

だけどもしも ここにあなたが
   Gm    B♭        Cm       D7

いたなら駆け寄り すぐに抱く  だ ろ
      Gm            E♭    F     E♭ F   D7

あなたを連れ去り 逃げて行き  たい ♪
      Gm            E♭     F    E♭ F  Gm

このサビ部、ジュリー入魂のヴォーカルを追いかけるようにしてブラスが噛んできますよね。
パッ!と叩き斬るフレーズの連続にゾクゾクしますが、「いたなら♪」と「駆け寄り♪」の間のフレーズでの運指と音の複合技が特に素晴らしいです。途中「トゥルル♪」みたいな感じで鳴っている箇所があるでしょ? これが素人にはキレイに出せないんだなぁ・・・。

こうして加瀬さんの名曲に施された「ブラス・ロック」アレンジは、後のジュリー・ナンバーはもとより多くの歌手によるフォロワー的な日本歌謡ヒット曲へと様々な形で継承されていきます。
ただ、「受け継がれる」ということで言えば、”「許されない愛」が元祖!”なのは、ジュリーのヴォーカルこそが正にそうだったのではないか、と思うのです。
もちろんジュリーはタイガース時代から、「美しき愛の掟」などでこうしたヴォーカル・スタイルを既に魅せてくれていましたが、若い男性ソロ歌手が、情熱的な「激情」「溺愛」を狂おしく歌う・・・僕は70年代前半の歌謡曲の流れというのはタイムリーで体験していないのでこれが正しい感覚なのか分かりませんけど、例えば74年リリースの西城秀樹さんの名曲「傷だらけのローラ」(73年の「危険なふたり」と共に、小学生低学年だった僕が「なんとなく覚えてる」ほどインパクトのあった当時の大ヒット曲のひとつです)なんて、ジュリーの「許されない愛」が無かったら、果たしてあんなヴォーカル・スタイルになり得たでしょうか。
他にも僕の知らない 「許されない愛」から派生した男性歌手のヒット曲・・・まだまだありそうな気がします。

いずれにせよ、ジュリーの「許されない愛」がその後の男性歌手に与えた影響は、決してルックス(髪型とかね)だけでなく、「歌」もそうであったことは間違いないでしょう。
先述のサビ部以外でも、(サビに比べれば)やや抑え気味に歌っているようなAメロの

忘れられないけど   忘れようあな たを
Gm          F  Gm  F  Gm          F  Cm       

       めぐり逢う時が   二人遅すぎた ♪
Gm  Cm             Gm   E♭maj7    D

この「遅すぎた♪」の語尾の余韻なんてね・・・「生身の声」と表現するしかありません。

僕はこれまで何度も
「『JULIEⅡ』のヴォーカルは、ある意味”歌わされている”状況がかえってジュリーの無垢に伸びあがる声、その才を引き出し、”歌の神”の存在にはまだ誰ひとり気づいていない」
などと書いてきました。
そのこと自体は『JULIEⅡ』の特性をある部分言い当ててはいる、と自負していますが、実際の状況としては僕の考えは邪推で、アルバム制作時ジュリーに「オマエは、”歌で演ずる”ということをやった方がいい」と言っていたのが、池田道彦さんだったそうです(2008年のラジオ『ジュリー三昧』より)。この時点で池田さんは”歌の神”の存在に気がついていたわけで、そうなるとやっぱり加瀬さんもとっくに気づいていたんじゃないか、と思えますよね。

『JULIEⅡ』には、ジュリーが(池田さんの言葉を受けてのことでしょうか)ちょっと工夫をして、「演ずる」ことを盛り込んだヴォーカルが3曲あると僕は思います。
「官能」をハスキーなファルセット・ヴォーカルで表現した「純白の夜明け」。
自嘲の笑い声、泣き崩れた言葉すら自然に「歌」の一部となった「嘆きの人生」。
そしてこの「許されない愛」。
どんなヴォーカルかと問われれば、「歌詞の通り、メロディーの通り、演奏の通り、アレンジの通り」のヴォーカルである、と。歌われているすべての言葉、鳴っているすべての音を全部取り込んでいる、神がかり的なヴォーカルではないでしょうか。
”歌の神”に「気づいてない」のはひょっとしたら、ジュリー本人だけだったのかもしれないなぁ・・・。


それでは、オマケです!
まずは、71年末の『セブンティーン』の記事です。ソロ歌手としての偉大な一歩を踏み出した当時のジュリーを知る上で、貴重な資料ですね。


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続いては、今や伝説、71年末の日生リサイタルのパンフレットから3つほど。

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このパンフレットは本当に充実の内容で、まだまだページは続きますが・・・まぁそちらはまた別のお題の機会にとっておきましょう。

22日の朝刊スポーツ紙では、加瀬さんの訃報を1面で伝えるものもあり、改めて加瀬さんの偉大さが世間に知らしめられました。報道の中でワイルド・ワンズの「想い出の渚」を始めとする「加瀬邦彦の代表曲」が列記され、当然ジュリー・ナンバー「危険なふたり」「TOKIO」も連ねられていましたが、今日のお題曲「許されない愛」をそこに見つけることはできませんでした。
でも、僕より少し上の世代の方々は、たとえジュリーファンでなくてもこの曲を覚えていらっしゃるはず。
作曲者が加瀬さんであることは、どのくらい知られているのかなぁ・・・。

ジュリーの「許されない愛」・・・間違いなく、加瀬邦彦作曲作品で1、2を争う大名曲です!

☆    ☆    ☆

そうそう。
加瀬さん、僕は先週の23日に、ポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行ってきましたよ。
直前に加瀬さんのことがあったから複雑な気持ちを抱えたまま参加したけど、とても素晴らしい時間でした。
4回目の参加となるポールの来日公演で、僕は今回初めてのアリーナ席だったんです。しかも望外に前方の席で・・・少しだけ高い位置の特等席でご覧になっていた加瀬さんからは、狂喜乱舞する僕の頭がチラチラと見えていたかもしれませんね・・・。

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瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!」カテゴリの記事

コメント

DY様 こんばんは。

そういえばこの曲、まだだったんですね。
発売当初、アルバムを通して聴くならともかく、単体で聴いたらちょっと唐突な感じに思われないかな?と心配したのですが。

でもうちのダンナは特にファンというわけではないのですが、「君だけに愛を」と「許されない愛」の二曲だけは自分で買ったそうです。(アルバムはほとんど聴きませんが、なぜか「架空のオペラ」だけはよく聴いてました。)
ダンナの好みの基準てナゾだったんですが、DY様のレクチャーの中にヒントがあるのでしょうか。
歌の神様は降りた相手には自覚を与えない気がします。

投稿: nekomodoki | 2015年4月27日 (月) 23時27分

DYさま

加瀬さんの魂を送る夜に、加瀬さんの曲でジュリーがいままでに無かった歌の表現を世間に見せた最初の曲のご伝授をありがとうございます。

この曲を歌うジュリーが見せた表現の影響は大きかったと思います。これ以後の若い男性歌手にジュリーの影響を見ない者はいないと感じるほどです。

この曲を歌うジュリーが特別なのだと思ったことがありました。
ひとつは、歌番組でまるい台の上で、この歌を歌うジュリーのすぐ後ろに座っている他の歌手の人達全員の目がジュリーを凝視していた姿です。
歌番組は当時まだセットなども洗練されていませんでした。
驚きと憧れと羨ましさの混じった目の強さは凄くあけすけで、今もその雰囲気が目にうかぶほど強く印象に残っています。
もうひとつは、当時母が購読していた雑誌のエッセイのなかに、この歌を歌うジュリーに触れた文章があったことです。
他の婦人雑誌に比べて、高級感、おすまし感のある雑誌でした(笑)
「身もだえしながらなにかを訴えている姿」を見た驚きを書いていました。何事だ、と(笑)
どうしたの?どうしてほしいの?と思って、テレビを見つめてしまった、と。
名前は忘れましたが「ええ~この人が!?」と思った女性作家あるいは評論家だったと思います。当時はそういう方々が若い人気歌手に見とれたなどと書かれることはありませんでしたので、驚き、ジュリー凄いよ、と思いました。

昔話を長々と書いてしまいましたが、70年代の初め、TG解散後ソロ歌手として、世に現われたジュリーは、この曲でみんなにショックを与え、一躍歌謡界の中央に躍り出たのです♪

加瀬さん、ありがとうございました。


投稿: momo | 2015年4月28日 (火) 00時38分

nekomodoki様

ありがとうございます!

「君だけに愛を」と「許されない愛」と『架空のオペラ』って…どれだけ情熱的な旦那さんですか!

当時、ほとんどのファンはアルバム・レコードを先に聴いているわけですから、「許されない愛」は物語のヤマ場とはいえ前後繋がりのある一篇、ということで「シングル」慣れには時間がかかったかもしれませんね。
でも、いざこのアルバムからシングルカット、と考えるとこの曲しか無いんですよね…やはり加瀬さんにとっても偉大な1歩だったんだなぁ、と思います。

momo様

ありがとうございます!
やはり、これはそういう曲だったのですね!

テレビ番組の光景、目に浮かぶようです。
同業者、共演者であるのに吸い寄せられ引きつけられ…やはりそこで一番強く出ていたのは羨望だったでしょうねぇ。

お茶の間でも「何事だ?」と思わずテレビを見つめてしまう感覚…分かるように思いますよ。
ただ、その頃は「歌い方」よりもその容姿、動きをしてそう思われていたでしょう。それがごく当然のことだった、とは思えますが。

年末の歌唱賞受賞、ジュリーは嬉しかったと同時に「まだ上を」の気持ちを新たにしたことでしょう。
「許されない愛」はジュリー史上、重要な1曲ですね。加瀬さんのコード・アプローチも本当に素晴らしいです。

投稿: DYNAMITE | 2015年4月29日 (水) 14時01分

DY様 こんにちは

ポールの武道館コンサートは、さぞかしご満悦の事と思います。

「許されない愛」をリアルタイムで聴いていた筈なんですが、全く印象に残っていません。唯一覚えているのは、レコード大賞の授賞式でアッコさんがなぜか隣にいたジュリーの手を引っ張って壇上に上がったシーンだけですね。歌に関してはやはり小学5年生には難しくて興味がなかったのかも知れません。卒業文集には好きな歌手、沢田研二と大きく書いていたんですけどね。

当時、学校中の男子の話題の中心は、「真理ちゃん」でしたね。日本中がそうだったと思います。そしてなんと言っても、ヘソだしルックで時の人となったリンダさん。更には、演歌なのに子供にも人気だった「女のみち」も好きでしたね。歌唱力なら、朱里エイコやペドロ&カプリシャス、いやいや森昌子に女王・美空ひばりがいました。子供ながらそれらは全部覚えていますし感じていました。印象に残るヒット曲が数多くあった頃でよく覚えていますが、どうしてもジュリーの印象がありません。地味だったのでしょうか?

今、曲の分析をすれば、ブラスロックだったり、ジュリーの熱唱歌唱だったり、新しい予感をさせる音楽だったんだということが良くわかります。でも当時、それでも大ヒットまでいかなかったのは、ライバルが多すぎたからでしょうかね?残念です。

それからその年にはオリンピックがあって、一年中金メダルに沸いていましたね。

投稿: BAT | 2015年4月29日 (水) 18時33分

こんばんは。お久しぶりです。3月になってから私事が大変忙しくなり、コメントをする余裕がなくなっておりました。いろいろな事があった一月でした。恐らく生涯に一度しかしないであろう手続きかれこれに忙殺されていましたが、今は少し落ち着いてきたところです。明日は「お嬢さん・小倉公演」最終日に行ってきます。ジュリーは普段と変わらないご様子らしいのですが、やはり気になります。
そんな訳で、発売日翌日に澤會から届いた新譜をいまだ聴いておりません。ご伝授やご伝授のコメントを読んでおりますと、なかなか気楽には聴けないようですね。姿勢を正して聴かなければいけないようです。「3月8日の雲」から通して4枚を聴いてみようかとも思っています。何年か後になってから、ベートーベンの交響曲第九の「歓喜の歌」のような喜びに満ちた歌が新譜で出される事を夢見ています。
さて、「許されない愛」ですね。この歌はレコード大賞歌唱賞を受賞しているのですね。ちょっと記憶していませんでした。しかし、隣に座っていた和田アキコがジュリーの手を引っ張って壇上に上がったのは覚えています。今思えば、ジュリーは自分の受賞が意外だったんでしょうか。
それよりも、この年の紅白歌合戦に初出場したことがとても記憶に残っています。12月になってからだったと思います。NHKのニュースで出場者の発表がされ、ジュリーが初めて紅白に出るのが判った時、泣きました。やっとジュリーが出場する。やっと認められたと思いました。その頃は、NHKの歌謡番組に出る、紅白歌合戦に出場する、ということは歌手として認められたことの証のような時代でしたから。嬉しかったですよ。本当に。今思い出しても涙が出ます。
当時、高校生になったばかりの私はシングルレコードは知っていましたが、アルバムは知りませんでした。よく聴いたレコードです。情熱的なA面の「許されない愛」、とても綺麗なメロディーのB面の「美しい予感」 。ジュリーの歌いかたがまるきり違うように感じられました。「許されない愛」は苦しみを表現しているのですね。「美しい予感」はとても幸福な気持ちが表現されていると思います。最近になってからです、アルバムを知ったのは。そういうことなんだと思いました。同時にこの二曲を理解することができました。「美しい予感」がA面だったら何だか幸せだなと当時はずっと思っていましたから。
加瀬さんの作曲でしたね。そうなんですね。「長寿」と言いますが、長く生きていればその分多くの人との別れがあるということですから辛いですね。
加瀬さんと言えば、やはり「危険なふたり」です。私は、今でもジュリーの初期代表曲はこれだと思っています。

投稿: 澤會佐賀県支部支部長(自称) | 2015年4月30日 (木) 00時31分

BAT様

ありがとうございます!

オリンピックの年だったんですね。「新鮮」に満ちた時代だったのでしょう。僕はまだ幼くてその当時の記憶はあまり無いのですが…。

この曲、僕は「大ヒット」という認識なのですが、そこまででもなかったのかなぁ。ただ、ジュリーの歌が初めて正当に評価され始めたきっかけの曲ではありますよね。

確かにこの年の歌唱賞受賞曲…凄い歌手の凄い曲が揃っていますね。「喝采」の大賞受賞シーンはよく映像を見かけますが、思わず視界の端にジュリーの姿を探してしまいます…。

澤會佐賀県支部支部長(自称)様

ありがとうございます!

仰る通り、今年の新譜もサラリと聴き流せるような作品ではありません。落ち着かれて、お身体も余裕のある時にじっくり聴かれることをお勧めしますよ~。ジュリーの思いの詰まった素晴らしい名盤であることは保障いたします!

「許されない愛」での紅白出場決定については、当時の資料も多く手元にありますが、ファンももちろんジュリー自身が凄く嬉しそうにしているのが伝わってきます。天地さんと2人で、紅白に新風を起こしたとも聞いています。
また、他の先輩方の中にも、「美しい予感」に「許されない愛」のB面曲のイメージを強くもたれているかたは多いようですよ!

そして翌73年…仰る通り、加瀬さんのジュリー・ナンバーと言えば何といっても「危険なふたり」ですね。
今年の全国ツアーがどんなセットリストになるのか分かりませんが(個人的には、加瀬さんの曲はアンコールだけに固めてくるような気がします)、昨年も歌った「危険なふたり」は今年も歌ってくれると予想します。「危険なふたり」「TOKIO」「気になるお前」と続くような…僕の予想は毎年全然当たらないんですけどね…。

投稿: DYNAMITE | 2015年4月30日 (木) 12時39分

DYさま、こんにちは。

「許されない愛」当時、僕は6歳。この曲のリアルタイムの記憶はありません。以降の「レコード大賞」などでの振り返りVTRなどで追体験をした次第です。

「勝手にしやがれ」レコ大受賞を契機に、ジュリーが僕にとってのスーパーヒーローになったわけですが(当時11歳、多くの同年代の少年が同じ道を辿ったはず)、過去の曲では「危険なふたり」と「許されない愛」に特に惹かれました。これにはもちろん過去のVTRで多く目にしたということもあると思います。

「許されない愛」の詩、曲、アレンジ、歌唱、パフォーマンス…どれをとっても当時の僕には強烈なインパクトを与えてくれました。それ以降、友達のお姉さんがジュリーのベスト盤を持っていると聴き、ダビングしてもらい本当にテープが擦り切れるまで聴いたものです(ちなみに当時僕の家にはステレオというものがありませんでした)。

ツアーではこの曲を聴きたいという思いもあり、またその他の加瀬さんの名曲の数々も聴きたい、そう思います。

僕のツアーの構成への勝手な希望(夢想)。
1部=15曲、2部=8曲。
1部は通常、2部は加瀬さんの曲オンパレード。

DYさんと同様、僕も加瀬さんにちなんだ曲を編集したCDをずっと聴いています。今のジュリーに歌ってほしい曲が多すぎて迷ってしまいます。

しかしながら、一番は、ジュリーがどんなステージであるいはどんなツアー構成、セットリストで、加瀬さんに思いを届けるのか、それをしっかりと見届けたいと思います。

ステージのジュリーと鉄人バンド、それに関わる多くの方々がそうであるように、僕も会場のみなさんと一緒に加瀬さんに感謝を伝えたいと思います。

投稿: goma | 2015年5月 3日 (日) 10時39分

goma様

ありがとうございます!
お返事遅れて申し訳ありませんでした。

少学生時代にカセットテープで何度も繰り返し聴いていた音楽というのは特別ですよね。
残念なことに僕はジュリーの曲については特にそうした体験がありません。僕の場合それは刑事ドラマのサントラなどになるわけですが、それでも今にして思えばそこからジュリーへと繋がる線はたくさんあったのです。ジュリーは本当に当時の歌謡界ド真ん中を走っていたのですね。

goma様のセトリ案は、『ひとりぼっちのバラード』形式ですね。
完全な2部構成で、「オマケ」が長めというスタイル…確かにジュリーが悲しみを越えて加瀬さんの曲を多く歌おうと決心したなら、その形式がふさわしいでしょうね…。

投稿: DYNAMITE | 2015年5月 6日 (水) 11時51分

DY様

何という事でしょう!
この記事を見逃していたとは…。

99%有り得ませんが、もしも、もう一度ジュリーをやる事があるとしたら、この曲がセットリスト候補にあがる事は、間違いありません。
それほど、僕の中では重要な位置を示す曲です。

20代の頃、バンドをやめ、ギターも押入れにしまった僕が、ミュージシャンの残り火を燃やしていたのが、ジュリーを演じる事でした。

当時カラオケがあるのは、スナックやパブといった飲み屋、今のように街中にカラオケが溢れている環境ではありませんでした。
音源は弁当箱のような8トラックカートリッジww
伴奏はエレクトーンの貧弱な音(シンセサイザーは誕生してないと思います)。
おまけにキーは下げて作ってある。アナログなので、今のようにキーは変えられないのです。
さらに曲は演歌中心。

そのような中、ジュリーの曲が置いてあって、小さくともステージがある飲み屋を探しては行きました。
ただ歌うだけでなく、身振り手振りも真似して、バンドができなくなった心の隙間を埋めたかったのです。
しかし、パフォーマンスは他のお客さんから白い目で見られたりもしましたが…。

一年前にお見せしたパフォーマンスは、この頃に養われたものなのです。

その時代にいちばん聴きこんだのが「許されない愛」だと思います。
しかし、この曲があるお店には、なかなか巡り会えなかったです。

そして、ついにあったその店のカラオケは、なんと完璧なカラオケ!
それはLPレコードで、ジュリーのヒット曲(サムライまで)が入っていて、ジュリーの歌唱だけをキャンセルした本物のカラオケだったのです。
このLP、当然僕も探して買いました。今も所蔵しています。

真っ先に「許されない愛」を選び、ステージに上がって、熱唱しました。

そのような思い入れたっぷりな曲の考察を見逃すとは、一生の不覚です(´-∀-`;)。

紅白初出場の時は、井上尭之バンドの演奏で歌われました。
これは本当に嬉しくて、興奮しました。
イノヤンのオブリに鳥肌が立ちました。

DYさんは、お気づきだと思いますが、「だけどもしも ここにあなたが」の「ここに」がレコードと生では、歌い方が違うのですよね。
僕はレコードに合わせてずっと歌っていたので、たぶん今歌ってもそちらになると思います。

もう40年近く歌っていませんが…(笑)。

「4分間のドラマ」と言われたジュリーの歌唱。
その原点である「許されない愛」は、僕にとってもジュリーにのめり込む原点だったのです。

投稿: YOU | 2015年5月26日 (火) 20時26分

YOU様

ありがとうございます!

なるほど~。
当時のカラオケ事情というのは僕もなんとなく想像できます。僕も高校生の頃に「キー変更ができない」カラオケ音源で歌ったことはありますよ。「勝手にしやがれ」を歌ったこともあります。まぁ僕の場合はYOU様とは逆で、「もうちょっと低くしたい」と思ったクチでしたが…。

72年のジュリーの紅白出場時、初出場ということ、加えて「ジュリーの歌が正当に評価された」との思いでファンは大いに溜飲を下げたかと想像しますが、あの年の時点で「ロックバンドとして紅白で歌っている」ことは一般世間に届いていなかったはずです。
YOU様は当然として、ファンの先輩方は「バックは井上バンドだな~」と、当然のように認識して当時テレビを観ていたのでしょうが、実は「時代の一歩も二歩も先をいくシーン」を、ジュリーを通して自然と受け入れていらしたのですね。凄いことです。

あ、「許されない愛」のスコアはいつでもご用意できますので(笑)。

投稿: DYNAMITE | 2015年5月27日 (水) 09時09分

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