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2015年2月 5日 (木)

沢田研二 「僕がせめぎあう」

from『サーモスタットな夏』、1997

Samosutatto

1. サーモスタットな夏
2. オリーヴ・オイル
3. 言葉にできない僕の気持ち
4. 僕がせめぎあう
5. PEARL HARBOR LOVE STORY
6. 愛は痛い
7. ミネラル・ランチ
8. ダメ
9. 恋なんて呼ばない
10. マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!

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前回は、コメント受付も無い緊急の記事更新にて、大変失礼いたしました。何か書いておかないと先へ進めない気がしましてね・・・。

ここ数年、ジュリーのお正月LIVEでの言葉がそのままその1年を象徴してしまうような年が続いています。
「新しい年になったのに、何も嬉しいことがない」
今年のジュリーの最初の言葉。それが2015年を通してそうならないことを祈るばかりです。

先日、盟友・YOKO君から貰ったメールの冒頭に、こう記してありました。
「吐きそうな世の中だけどさ、俺は俺らしく行くよ!」
ジュリーの歌と共に、稀有な「強いHEART」を持つ友人の存在をも頼もしく思います。
そうだよね・・・僕も「僕らしく」行こう!

「なんでこんな世の中になったかなぁ・・・」と不安になる一方で、ひょんなところで「同じ思いのかたがいらっしゃる」と分かるとなんだか勇気が沸いてきて、「よし、楽しい記事を書こう!」と思えてきます(真由様ありがとうございます!とてもとても嬉しかった・・・)。
こういうスイッチが入ると、僕は筆が速い(笑)。

ということで。
毎日毎日、心が重くなるニュースばかり相次ぎますが・・・その一方で、明るいニュースもあったのです。
昨年5月、来日直後の急病により無念の全公演中止となってしまったポール・マッカートニーが、あの時の約束通りに、早々に改めての日本公演開催、再来日ツアーを発表してくれました!

う、嬉しい・・・。
僕にとってビートルズの音楽は、今なお人生に無くてはならないものです。ジュリーの音楽と同じくらいに。
そしてポールも、70歳を越えた今も超人的なスケジュールでツアーを続け、もちろんその合間に新曲もリリースしてくれるという、現在進行形のアーティスト。
どうやらポールとジュリーに共通するこの”現役バリバリ”の秘訣は、「人間的にも技術的にも完全に信頼できる一身同体のバンドがそばにいる」ことがひとつ重要なポイントとして挙げられそうですね。

もう、参加できるだけで幸せなので・・・良席は期待できないながら、チケットぴあの限定先行販売で東京ドーム1日目の公演(4月23日)を即申し込み、当日の有給休暇も予約。あとは当選を祈るのみです。
春に大きな楽しみができました。

さて、大物外タレの来日ツアーと言えば他に・・・今回採り上げるジュリー・ナンバーのお題にもかなり関係してくるバンド、ザ・ベンチャーズ。
僕は彼等のステージを1度も生で見たことはないのですが(仕事がらみで、場外に立ちっ放しで漏れてくる音をずっと聴いていた、という経験はあります)、今年の日本ツアーが7月から始まるそうで、どうやらこのツアーが「ドン・ウィルソン最後の日本公演」となってしまうようです。

http://www.nishinippon.co.jp/nlp/showbiz_news/article/142446

81歳になったドン・ウィルソンは、ベンチャーズのデビュー・オリジナル・メンバー。姿はまだまだお元気に見えますが、本人としては「そろそろ体力的に限界」と決意したのことで・・・寂しいですね。

ザ・タイガーズの前身ファニーズも、ジュリー参加以前はエレキ・インスト・バンドだったそうで、ならば当然ベンチャーズの影響は大だったでしょう。
「ベンチャーズのギタリスト」と言えばこの人!のような存在であるノーキー・エドワーズが当初はベースを担当していた、というのもあの時代ならではの逸話。
当時は「ギターが弾ければベースも弾けるだろう」という理屈が普通にあって、「ギターよりも弦の数が2本少なくて太く、音が低い楽器がベース」くらいの認識で通っていたのです。
それが
「ベンチャーズに影響されてバンドを結成した60年代の若者達は、ジャンケンでギターを担当するかベースを担当するかを決めていた」
という「よくある話」にも繋がってくるわけですが(或いは、発言力のある兄貴分のメンバーがギターで、弟分がベース、というパターンもよく聞きます)・・・結成時のファニーズってその辺りどうだったんですっけ?確か面白い逸話があったような・・・。

そして、「ベンチャーズの遺伝子を持つ」ということで言えば、後にジュリーの作品に関わることになった多くのキーパーソンもまた然り。
1995年からのジュリーのセルフ・プロデュース期にアレンジャーを務め、アルバム制作に欠かせない存在であった白井良明さんも、もちろんその一人です。

今日は、『昭和90年のVOICE∞』”セットリストを振り返る”シリーズ第2弾。
97年のアルバム『サーモスタットな夏』で、アレンジャーの白井さんがベンチャーズのエッセンスを大胆に盛り込んだ(当然それだけではありませんが)、エレキ・ロックナンバーをお題に採り上げます。
「僕がせめぎあう」、伝授!

まずは、この曲にまつわる最近の僕の身辺の、ど~でもいい話題をほんの少しだけ。
先にちょっと書いたYOKO君のメール、その内容が何だったのかと言うと・・・。

みなさまには「信じ難いほど気の長い話だな~」と呆れられると思いますが・・・3年前から、YOKO君(これまで彼はお正月LIVEにただの一度も参加できていません)にジュリーの正月セトリを順に週に1曲ずつ伝え、その曲からインスパイアされる洋楽曲のスコアを任意で課題曲として採り上げ1週間かけて研究する、というやりとりが恒例となっておりまして。
ちょうど先週、4曲目の「僕がせめぎあう」まで伝え終わったところなんです。
YOKO君、この曲のセトリ入りには「え~~っ?!」と悶絶しながら羨ましがっていましたよ。

僕と彼は共に『ジュリー祭り』が初のジュリーLIVE参加で、そこで初めて90年代以降のジュリーの名曲群の素晴らしさを知り、未聴のアルバムを怒涛のように摂取していくことになったわけですが、「映像」について言えば97年の『サーモスタットな夏』ツアーDVDが『ジュリー祭り』以後第1弾の鑑賞でした。そのせいか、2人ともこの映像作品、ひいてはアルバムに相当深い思い入れがあるのです。
YOKO君曰く、風邪をひいた時の対処法として、「スタジオで歌って治せ!」の他に「サーモのDVD観て盛り上がって治せ!」ってのもある、のだそうで・・・。

『ジュリー祭り』以降、ジュリーはアルバム『サーモスタットな夏』から数曲を採り上げ、僕は幸せなことにそのすべてを体感できていますが、何故かそれらはお正月LIVEに集中しているんですね。
必然YOKO君は「PEARL HARBOR LOVE STORY」も「愛は痛い」も「ミネラル・ランチ」もまだ未体験。
当然今回の「僕がせめぎあう」もね。

「僕がせめぎあう」は曲想的にも特にYOKO君好みの1曲ですから、彼は本当に羨ましがり、悔しがり、あられもない妄想を逞しくしているようです。
セトリ4曲目を伝えたメールの返信に書かれていた彼の言葉があまりに面白くて夜中に大爆笑してしまったので、いかにも彼らしい非常に不謹慎な発言ではありますが、ここで紹介しておきましょう。
曰く


鬼に金棒、ジュリーに和歌子!
金棒でツボ押しまくられて、みなさん即昇天だったろうね!


コラコラコラコラ!(笑)
「ツボに入るのは、むしろアンタのその言葉だよ!」とツッコミたいところですが、実際今回のこの曲のジュリーは、正に彼の言う通りだったわけだからなぁ・・・。

ま~~~~エロかったですよね!

歌っている時の上下、左右の動きがね・・・「せめぎあい」以上に「求愛」のようでした。

一方、オリジナルCD音源についてはどうでしょうか。
YOKO君も大層ご贔屓の覚和歌子さんが作詞、ハードな作風でジュリー・ナンバーへの貢献数多い吉田光さん作曲のロック・ナンバー、そして歌うのがジュリーとくれば・・・その時点でレコーディングもエロい仕上がりになるのは必然だったでしょうか。まぁ、「エロ」についてはやっぱりLIVEの方が凄い、とは言わざるを得ませんけど。
また、「嘆きの天使」「オリーヴ・オイル」などの逸話が示す通り、覚さんの作詞内容について、ジュリーからのサジェスチョンがあった可能性も考えられます。

「僕がせめぎあう」・・・行き場を求めてギリギリのところで「思考する」主人公。その「思考」もまた、「本能」とせめぎあい、沈みこむ先は「官能」。ジュリーがこの歌詞、このメロディーを歌えば聴き手はどうしても、「行き先」をそう捉えまてしまうのです。

メロディー或いはヴァースの構成だけを考えれば、吉田さんの作曲には70年代ロックのガレージ感、さらにはサイケ、プログレといった趣向を感じさせ、もちろん最終的な仕上がりでもそうした面は強く残っているのですが、白井さんのアレンジがそこに「ベンチャーズ」を注入することで、より面白い、ある意味奇妙で変態的な(褒めています!)ロック・ナンバーへと昇華されていますね。
「オリーヴ・オイル」が真っ向からハードなエロ本道の「ストレート」とすれば、「僕がせめぎあう」は手管の限りを尽くした七色の「変化球」のように思えます。

ところが!
これがまた白井さんの凄いところなのですが、パッと聴いたイメージでは「様々な極彩色の音が入り乱れてせめぎあっている」この曲・・・実は演奏トラックが他収録曲に比べて極端に少ないのです。
ドラムス、ベース、そしてギター2本。
おそるべし白井さん・・・これは言わば、「ハード・サイケデリック・ベンチャーズ」なアレンジですよ!

「忘却の天才」など多くの例があるように、基本ハードなロック・ナンバーで白井さんはエレキギター・トラックを3パターン用意、それを自在に組み合わせて全体に厚みを持たせ、さらにはジュリーのステージ再現を踏まえてミックスを振り分ける、という手法が王道。
しかし「僕がせめぎあう」のギターは2トラック。それを左右に振り分ける、と見せかけておいて要所要所で右サイドのトラックをセンターに出張させる、という・・・これはもう、覚さんの歌詞世界にのっとり、ジュリーのヴォーカルのミックス、センドリターンを徹底的に「せめぎ倒す」アイデアを念頭に置いた上でギター・トラックが録られているわけで、限られた時間の中で手間を厭わずそれを形にした白井さん、ミキシング・スタッフのプロ意識には本当に頭が下がります。

このように、「僕がせめぎあう」は普段ヘッドホンを使用しないリスナーでもミックスの面白さがとても分かり易いナンバーですが(例えば先日のフォーラムでもジュリーの「誘ってくれ♪」と「誘わないでくれ♪」はCD通りに左右分離して片方だけのスピーカーから聴こえてきましたよね。ただ、渋谷初日にはそれが無かったように思うんだよな~)、それはジュリーのヴォーカルのみならず、ギター・トラックにも密かに適用されているのだ、ということをここでは書いておきたかったのでした。

さて、ベンチャーズです。
彼等が編み出した奏法、サウンドは瞬く間に全世界で「エレキギター・ブーム」を巻き起こし、今や伝説となっています。その奏法は幾多の名ギタリストによって緻密に進化複合し、またエフェクターの進歩などによって現在はベンチャーズの演奏例は「スタンダード」「基本中の基本」とされていますが、「僕がせめぎあう」で白井さんは「進化形」ではなくむしろ「原型」っぽい弾き方をしてくれます。

例えば。
まずは、ベンチャーズと言えば何といってもこれ・・・クロマチック・グリス奏法(「テケテケテケ・・・♪」と説明した方が分かり易いですよね?)。
ミュートで音の粒を揃えつつ、明確な単音で軽快に弾くパターン、コード・ブラッシングで「くしゃくしゃっ!」と弾くパターン・・・いずれも『昭和90年のVOICE∞』で柴山さんが再現してくれた通りです。
あとね、これはこの記事を書くためにCD音源のトラックを紐解いていて初めて気づいたことで・・・主に「テケテケ」は左サイドのギターがキメるんですが、右サイドのギターにもほんの一瞬「テケテケ」の出番があるんですよ。しかも左トラックとユニゾンで!
『ギターマガジン2月号』でのインタビューを読むと、下山さんはジュリーLIVEに向けてまずオリジナル音源のギター・アレンジから「僕のパート」を探す、というアプローチで臨んでいるようです。
とすれば、ギター2本体制でレコーディングされた「僕がせめぎあう」では、柴山さんがCDの左サイド、下山さんが右サイドの各トラックをある程度まで忠実にステージ再現した、と見るべきでしょう。
つまり今回、柴山さんだけでなく下山さんも一瞬「テケテケ」を弾いたシーンがあったと考えられます。残念ながら僕はそこまで気づけなかった・・・。

続いて、トレモロ・フレーズ奏法(ジュリーLIVEの例ですと、「ダーリング」「銀の骨」「海に向けて」などで柴山さんが魅せてくれる「トゥルルルル・・・」という音)。
CD音源での白井さんは「掻き毟る」ような感じで激しく演奏していて、そのあたりは歌詞世界やハードな曲想を意識してのことでしょう。
これはこの曲の中でも特に登場回数の多い奏法ですが、僕が
最も耳に残るのは、2番Aメロの

ぶちまけた缶のビール ガラス窓を横切る
Gm

耳鳴り 加速する夜 ♪
   Cm                Gm

この「耳鳴り」というフレーズをトレモロで表現。しかも、左右トラックのせめぎあいになっています。

そして・・・こちらもベンチャーズのおハコと言える、アーミング・ヴィブラート奏法。
かなり渋いタイミングで導入されているのでCDだけだとさほど目立たないのですが、生演奏に際してひとたび耳がその音を捕えれば、印象は強烈。
あと、この奏法を曲中で何度も繰り返し視覚的に楽しめるのが、ジュリワンのインストね。

他にも、「スクラッチ・ノイズ」「ピッキング・ハーモニクス」「ダブル・チョーキング」など、ベンチャーズ流の手管が「これでもか!」と詰めこまれているのが「僕がせめぎあう」での白井さんのアレンジ。
吉田さん、完成音源を聴いて「いやぁ、こうなりましたか~!」と驚いたのか、それとも最初から想定内だったのか・・・それは分かりませんけど。

一見パート的には地味な、「バックアップ」としてのロック・ギター演奏(リズム・ギター、サイド・ギター)に華やかな光を当てたギタリスト、ドン・ウィルソンの愛器は、ベンチャーズの代名詞であるモズライト以外に、フェンダー・ジャズマスターが有名なのだとか。
柴山さんも、この「僕がせめぎあう」ではSGではなくジャズマスターを弾きます。その上で、ガンガンにリードギターを弾いてくれるんですよね。
サスティンが身上のSG、音の切れが身上のジャズマスター。1音1音の歯切れ良い独立した「鳴り」を表現するなら、やはりジャズマスターです。
柴山さんについては


60年代にベンチャーズが巻き起こしたエレキ・ブームは、ここ日本でも多くの少年たちに衝撃を与え、一握りの恐るべき子供たちを産み落とした

と、『ギターマガジン1月号』インタビュー記事冒頭に紹介文がある通り。ベンチャーズの「原型」を受け継ぎ、さらにそれを凌駕する凄まじい技術を身につけた「恐るべき子供たち」として「アンファン・テリブル」なのだと僕は解釈したけれど、どうなんだろ?
いや、実は「アンファン・テリブル」って言葉をこれまでまったく知らなかったんですよ・・・(恥)。

と、ベンチャーズ・オマージュについて長々と語ったわけですが、「僕がせめぎあう」って、それでもやっぱり「おどろおどろしい」(良い意味で、ですよ)官能的な曲であることは揺るぎないと思うのです。
「ブライトな設定」によるクランチ・サウンドを踏襲しつつも、『昭和90年のVOICE∞』での柴山さんの演奏はハードで、サイケで、本当におどろおどろしかった!
たとえ身体の動きが、ジュリワンの時の「想い出の渚」と同じであってもね。

まぁ、柴山さんが音で完璧に表現しているのが分かっていながら、僕は”青くせめぎあう霊”が演出する「おどろおどろしさ」ばかりに釘づけでしたが・・・(笑)。

最後に、この曲のドラムスについて。
CDをじっくり聴けば分かるかと思いますが、「僕がせめぎあう」のドラムスは実は2トラックなんです。イントロやブレイク部で目立つ「つっつったん、つかたかたん!」と鳴っているドラムスは打ち込みのリフレイン。その上で、「うん、たた、うん、た!」といういかにもベンチャーズ!なアクセントで生のドラムスが重ねられています。
ただし、『サーモスタットな夏』ツアーでのこの曲は、『あんじょうやりや』ツアーでの「緑色の部屋」や、『愛まで待てない』ツアーでの「嘆きの天使」のように、ドラムスを打ち込み音の再現のみに頼り、ポンタさんがドラムを叩かない、というパターンとはまったく違います。

DVD『サーモスタットな夏』で確認すると、CDの打ち込み音と同じフレーズが聴こえていますが、これは人力の音なんですよ。でもポンタさんは豪快に「うん、たた、うん、た!」と叩いていますから、その生音は別の人が出している、ということになる・・・これは一体?
全然カメラが寄らないのであくまで推測なんですが・・・ひょっとして泰輝さんが鍵盤でラテン・パーカッションの音を作って演奏してる?

で、「僕がせめぎあう」は翌1998年の『Rock'an Tour』でも採り上げられていますが、ここではアレンジが一変(ドラムスはGRACE姉さんに変わっています)。
この時鳴っているのはおそらく打ち込み音だと思います。その上からGRACE姉さんが生ドラムを演奏し、泰輝さんは何とタンバリン!

さぁ問題は、『昭和90年のVOICE∞』ではどうだったか、ということなんですが・・・。
全っ然覚えてない・・・恐るべし、ジュリーのヴォーカルと”青くせめぎあう霊”の吸引力!(違)

でもね、明らかな打ち込み音が鳴ってたり、泰輝さんがタンバリン叩いてたりしたら、さすがに僕もその場で気がついただろうと思うんですよね。
ですから今回は、「打ち込みは一切使わず、GRACE姉さんが一人でドラムスを再現し、泰輝さんはベースラインをフォローしていた」説が有力。
と言っても確認のすべ無し・・・ジュリーお願いだ、ツアーのDVD録り復活して~!


それでは、オマケ(寒中見舞い)です!
今日は『サーモスタットな夏』からのお題でしたので、以前大分県の先輩に授かった資料の中から、1997年の新聞記事をご紹介いたします。
ちょっとそれぞれの画像の繋ぎ目が分かりにくいスキャンをしてしまいましたが、4枚の画像合わせてすべての文章が読めるようになっておりますので・・・。

199707061

199707062

199707063

199707064


実は僕は今年、『サーモスタットな夏』のジュリーに年齢が追いつくんですよね~。
それにしては、物事の考え方とか、まったく追いついてないなぁ。追いついたのは老眼だけ?(涙)
(註:『サーモスタットな夏』ツアーDVDのMCでジュリーは、「辞書の字がほとんど読めなくなった」と嘆いておられます。「歌詞カードの文字はできるだけ大きめに大きめにと心がけておりますが・・・」とも言ってくれてるんだけど、僕はもうこのCDの歌詞カードですら・・・涙涙)


では、次回更新は『昭和90年のVOICE∞』”セットリストを振り返る”シリーズの第3弾。
こちらも覚さん作詞の大名曲、「嘆きの天使」を採り上げます。今回に引き続いて、これもまたうっとおしいウンチク満載の記事になってしまう予感・・・でも、それが「僕らしい」スタイル・・・なのかな?

え、『週刊女性』の件にはひとこと無いのか、ですと?

「動くものに惑わされず、動かないものを見る」
な~んて偉そうなことを言いつつ実は全然修行が足りていないDYNAMITEも、さすがにあそこまでの空想科学記事だとスルー能力が働くようです(笑)。

代わりに、この記事の更新寸前に、いつもお世話になっているJ先輩から頂いた情報がこちら。
http://www.osakaben.or.jp/
「what's new」の2月4日付のトコね。
僕はまだファイル開けてません。どんな内容なのでしょうか。帰宅したら即チェックします!

(追記)
読みました・・・素晴らしかった!
そうかぁ、やみくもに「マス」に発信するんじゃなくて、「ミニ」の良さを生かして「マス」に拡げるということなのか・・・ジュリーらしいなぁ。さすがだなぁ。
何が嬉しいって、ジュリーの言う「ミニ」って間違いなく「LIVE」のことですよね?
ジュリーは「ミニ」としてのLIVEを武器(パワーレス・パワー)にしようとしているんだね!

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コメント

DY様 こんばんは。

ベンチャーズの「てけてけてけてけ」か
テケテケテケテケの「べんちゃーず」か(笑)
「ダイヤモンドヘッド」好きでした。

「僕がせめぎあう」
私も前列の3人に釘付けで後列の照明が紫だったことすら覚えてません。(ゴメン)
それにしてもナマで聴くたびにエロ度が増していくのはすごいです。

記事読みました。
「想い」も「祈り」も生のライヴで伝えていくしかないんですね。それが「歌手」ですから。でも、やっぱりDVD出して~。

投稿: nekomodoki | 2015年2月 5日 (木) 22時54分

nekomodoki様

ありがとうございます!

生で観たことがあるかDVDで観ただけか、ということもあるのかもしれませんが、僕は『サーモ』よりも『ロッカン』よりも、今回の「僕がせめぎあう」の方が良かった(エロかった)ように思われます。
それでも…もちろん生で観られたことは本当に幸せだけど、今回のも合わせてすべての「僕がせめぎあう」をDVDでじっくり比較してみたいものです…。

後ろの2人が紫だった、と後で聞いて、そういえば泰輝さんとGRACE姉さんのあたりはちょっと薄暗かったなぁ、と思ったのですが、それにしても肝心な部分の演奏を聴き逃していることを記事を書く段階で気づく、というのもなんだかなぁ…。
やっぱり何か記録に残して欲しいですね。ツアーのたびに毎回思うことですが…。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月 5日 (木) 23時12分

DYさん、お邪魔します。
私は『昭和90年のVOICE∞』における、この曲は、ジュリーの気持ちを代弁する曲として選ばれたのかもしれない、と考えています。初日速報でセトリを知った時から、そう捉えて2日目に臨みました。歌唱もパフォーマンスも、とてもリアルでした!心を晒しているから、結果的にエロチックな表現に昇華されたのだと思います。
『リアリ』と『ロッカン』は、生で観ました。たしかに『リアリ』では、CDと同じサウンドでしたが、ポンタさん、あてぶりではなかったと思いますよ。たぶん、泰輝さんのシンセとの併せ技。そもそも、DVDは、別の会場での映像に差し替えられている曲もありますからねぇ…。参考資料にとどめておいたほうがよいでしょう。『ロッカン』は全体的にノーブルだったので、この曲もエロ成分、少なめ。ほとんど印象に残っていないです(汗)。

投稿: 74年生まれ | 2015年2月 8日 (日) 23時10分

74年生まれ様

ありがとうございます!

『リアリ』は「AFTERMATH」のことですか?
あれはさすがに打ち込みですよ~。
ただ、泰輝さんのシンセと併せ技と仰るということは、『サーモ』の「僕がせめぎあう」のお話でしょうか。
それでしたらその通りでしょう。DVDでは泰輝さんにカメラが行かず確認できませんが、音は完全に人力の音ですから。

いずれにしましても…まぁ僕の場合は生で観ているかそうでないかという違いは大きいながら、「僕がせめぎあう」のエロ成分については66歳のジュリーが一番凄い!という印象です~。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月 9日 (月) 22時56分

すいません。DYさんに言われて初めて、サーモと書くつもりが、リアリと書いていたことに気づきました(汗)。お詫びして訂正いたします。

投稿: 74年生まれ | 2015年2月 9日 (月) 23時56分

74年生まれ様

了解です!
『サーモ』の「僕がせめぎあう」のお話ですね。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月11日 (水) 19時14分

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